西尾維新の本って何が面白いの?19

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8この名無しがすごい!
「えー、あのー……、いえ、私も『赤ずきんチャチャ』は、大好きでしたけれど。アニメも見てましたけれど。愛と勇気と希望でホーリーアップしてましたけれど」
 ましたけれど、竜崎さんの趣味嗜好については全く興味がないということを言いたかったのだが、この私立探偵にそんな常識的観点からの意見を述べたところで、意味が通じるかどうかは怪しい。
 竜崎と同じくらい怪しい。
 いや、それは言い過ぎか。
「そうですか。まあ、アニメ版の魅力については今度本格的な席を設けてゆっくり語ることにするとして、今はこれです。見てください」
「はあ……」
 言われるがままに、本棚に並んだ『赤ずきんチャチャ』を見る南空。
「何か気付きませんか?」
「そんなことを言われても……」
 ただ、コミックが並んでいるだけにしか見えない。だから精々、ビリーヴ・ブライズメイドが日本語に堪能で、日本のコミックを愛読していたことくらいしかわからないが……そんな人間は、このアメリカ合衆国にいくらでもいる。
訳されたバージョンではなく原本で接するというのは、マニアというほどの読者でなくとも、よくあることだった。インターネットが全盛の現代、原本を手に入れるなど、容易いことだ。
 竜崎はそのパンダ目で、じっと南空を見ている。居心地の悪い視線――それから逃れるように、南空は、考えもないまま、一冊ずつ、『赤ずきんチャチャ』をチェックする。
しかし、十一冊すべてチェックし終えたところで、新事実らしいもの、あるいは真実らしいものは、一つとして発見することはできなかった。
「わかりません……何かあるんですか? この十一冊のコミックの、どこかに」
「いえ、ありません」
「……はあ?」
 さすがに声に険が籠る。
 からかわれるのは好きではない。
「ありませんって、それは、どういう――」
「ありません」
竜崎は、自分の言葉を、復唱した。
「あるはずなのにないもの――ですよ、南空さん。犯人がメッセージを込めたものがあるとすれば、それはないものではないだろうか――と、あなたは看破しました。
 そしてそれが、ビリーヴ・ブライズメイド本人であることも、あなたは看破しました。そんなあなたになら、きっと説明するまでもないと思ったんですが――見てください、南空さん。これ――足りないんですよ。四巻と九巻が、抜けているんです」
「え?」
「『赤ずきんチャチャ』は全十三巻です。十一冊では、二冊足りません」
 そう言われて、改めて確認してみると、確かに、背表紙に振られた巻数のナンバーが、『1』『2』『3』ときて『5』、『6』『7』『8』ときて『10』に飛んでいる。全十三巻という竜崎の言が本当なら、四巻と九巻、その二冊が足りないということになる。
「その――よう、ですね。でも、竜崎さん、それがどうかしたんですか? 犯人が、四巻と九巻だけ持っていったとでも? 確かにその線は考えられなくもありませんが、そんなの、元々不揃いなだけかもしれないでしょう?
 これから買う予定だったのかもしれませんし。本を順番通りに読む人ばかりではありませんよ。現に、それを言うなら、こちらのディークウッド・シリーズは、中途で終わっているようですから……」
「ありえません」
 竜崎は断定的に言った。
「『赤ずきんチャチャ』を、四巻と九巻だけ飛ばして読む人間なんてこの世にはいません。恐らくこれは裁判でも十分証拠として通じる事実でしょう」
「…………」
 この男はアメリカの司法制度を何だと思っているんだ。
「少なくとも、陪審員が、日本のコミック事情に明るい者達で構成されていれば、必ずそうなるでしょう」
「そんな偏った裁判は嫌です」
「犯人が持ち去ったと考えるのが妥当ですね」
 突っ込みを無視するという暴挙に出る竜崎。
 それでも、常識的観点に則り、南空は食い下がった。
「だとしても、竜崎さん、犯人が持ち去ったと決め付ける根拠はないでしょう。たとえば、友達に貸したということは、考えられないんですか?」
「『赤ずきんチャチャ』ですよ? 親が相手だって、貸すなんてことはありません。買えと言うはずです。つまり、これは犯人が持ち去ったと考えるしかないんです」
 強い断定口調で言い切る竜崎だった。