>>170 >「よい眺めじゃろう」
急に声をかけられ、広彦は驚いて後ろへ向いた。
深紅の袴に緑や橙色の衣を重ね、さらに桜色の汗衫を羽織った少女が、悪戯っぽく笑って広彦を見下ろしていた。
黒目がちの瞳に、うなじで切りそろえられた髪。鼻筋の整った上品な細面が、実に服装と似合っている。
年のころなら十二、三歳ほど。格好のわりにぞんざいな手つきで、奥の座敷を示した。
「あちらで話そう。いま赤穂が菓子を持ってくるところじゃ」
広彦は黙って立ち上がり、少女の後に続いた。白いうなじを見るともなしに見ていると、少女は振り向きふふっと笑った。
「狐につままれたような顔をしておるのう」
そういわれると、少女の顔つきがどことなく狐っぽく見えてくる。何となく、そう言うと怒られそうな気がしたので、広彦はやはり黙っていた。
少女はしとねの上に横座りして、脇息にもたれかかった。
「楽にしてよい、このインテリアはただの趣味じゃから」
正面の座布団に正座した広彦は素直に足を崩し、あぐらをかいた。
「妾(わらわ)は琵琶じゃ。弾くほうの琵琶。そのまま呼んでもらって構わぬ」
「俺は……」
「知っておる、知っておる。総上広彦。妾とおぬしはまさに『見知らぬ友人』というわけじゃ。まぁ、それについてはおいおい分かるじゃろうからいちいち話さん」
鈴を転がすような声で次々と言葉を重ねていく。心地よい強弱は何かの歌でも歌っているようで、広彦が口を挟む暇もない。
「おぬしが戻って来たと噂に聞いての。近いうちに招待しようと思っていたところだったのじゃ。赤穂の馬鹿者が接触しそこねて以来、おぬしとは会えなくなってしまったからのう」
広彦は眉をひそめる。
「俺に何か用が?」
「うむ。おぉ、来た来た」
赤穂が廊下から入ってくるや、少女の頬がパッと染まった。ややつりあがり気味の目が盆にのった皿へ釘づけになる。
「ワラビ餅、食べられるよね」
「あ、どうも」
赤穂は茶と菓子を二人へ配り終えると、ほくほく顔の琵琶へ向き直った。
「来た来た」はこのキャラで不自然