【ラノベ】自作を晒して感想をもらうスレvol.35
>>170 >車は田んぼを横切る道路を通り、舗装されていない山道へ入った。人家はまるで見当たらない。
しばらく行くと、木漏れ日の差し込む中に木造の門が見えた。赤穂はその手前で車を止めた。
「ここからは歩きだ」
山頂までの距離を見て、広彦は眉をひそめる。
「ここから登るの?」
「いや、すぐだよ」
トラを先頭に、二人は並んで木々にはさまれた道を進んだ。さらに石段を登った先に門があり、その屋敷はあった。
広彦は都津が『猫御殿』と呼んだのを理解した。まさに時代劇に出てきそうな“御殿”だった。
連なる部屋を取り巻く回廊に、真っ赤な欄干。渡殿の柱もまた赤く、さらに金粉で猫の模様が描かれている。その下を遣り水が流れ、中庭の大きな池では二つの島が橋で繋がれている。
中庭を見渡せる座敷に通された広彦は、しばし言葉もなく立ち尽くした。
「ここがあんたの家?」
「うん、まぁ」
赤穂は奥の御座を見つめている。厚畳みにしとねや脇息が置いてあるが、座っている者はいない。柄や色使いからして女性物らしい。人気はなかったが、他にも誰かいるようだ。
「お茶を持ってくるよ」
赤穂がいなくなり、広彦はすることもなく縁側にあぐらをかいて中庭を眺めた。
庭や池の島、ところどころに猫がいる。いつのまにやら姿を消したトラも、屋敷のどこかでくつろいでいるのだろう。
同じ町とは思えない。ここだけ何かしら異空間に位置しているように、広彦には思えた。
ここまでをもっと早く
>>170 >「よい眺めじゃろう」
急に声をかけられ、広彦は驚いて後ろへ向いた。
深紅の袴に緑や橙色の衣を重ね、さらに桜色の汗衫を羽織った少女が、悪戯っぽく笑って広彦を見下ろしていた。
黒目がちの瞳に、うなじで切りそろえられた髪。鼻筋の整った上品な細面が、実に服装と似合っている。
年のころなら十二、三歳ほど。格好のわりにぞんざいな手つきで、奥の座敷を示した。
「あちらで話そう。いま赤穂が菓子を持ってくるところじゃ」
広彦は黙って立ち上がり、少女の後に続いた。白いうなじを見るともなしに見ていると、少女は振り向きふふっと笑った。
「狐につままれたような顔をしておるのう」
そういわれると、少女の顔つきがどことなく狐っぽく見えてくる。何となく、そう言うと怒られそうな気がしたので、広彦はやはり黙っていた。
少女はしとねの上に横座りして、脇息にもたれかかった。
「楽にしてよい、このインテリアはただの趣味じゃから」
正面の座布団に正座した広彦は素直に足を崩し、あぐらをかいた。
「妾(わらわ)は琵琶じゃ。弾くほうの琵琶。そのまま呼んでもらって構わぬ」
「俺は……」
「知っておる、知っておる。総上広彦。妾とおぬしはまさに『見知らぬ友人』というわけじゃ。まぁ、それについてはおいおい分かるじゃろうからいちいち話さん」
鈴を転がすような声で次々と言葉を重ねていく。心地よい強弱は何かの歌でも歌っているようで、広彦が口を挟む暇もない。
「おぬしが戻って来たと噂に聞いての。近いうちに招待しようと思っていたところだったのじゃ。赤穂の馬鹿者が接触しそこねて以来、おぬしとは会えなくなってしまったからのう」
広彦は眉をひそめる。
「俺に何か用が?」
「うむ。おぉ、来た来た」
赤穂が廊下から入ってくるや、少女の頬がパッと染まった。ややつりあがり気味の目が盆にのった皿へ釘づけになる。
「ワラビ餅、食べられるよね」
「あ、どうも」
赤穂は茶と菓子を二人へ配り終えると、ほくほく顔の琵琶へ向き直った。
「来た来た」はこのキャラで不自然
>>170 >「それじゃ、ボクは奥の部屋にいますから。ちゃんと説明してあげて下さい」
「分かっておる、分かっておる」
赤穂が出て行く。たちまち琵琶はいっぺんにワラビ餅を頬張り、膨らんだ口の中で幸せそうに咀嚼してごくりと飲み込んだ。
「んまい。至福なり、至福なり」
たしかにうまかった。こんなシチュエーションでなければ、思う存分味わって食べていたいところだ。
琵琶はずずっと茶を飲み、黙々と食べている広彦の様子に首を傾げた。
「どうした。口に合わんか」
「いや。俺、ここで何してるんだろうと思って」
「妾と一緒にワラビ餅を食べておる。なんじゃ、記憶喪失とやらになると認識力も落ちるのか」
「そうじゃなくて。俺の用って言うより、あんたらの用で連れて来られたみたいじゃないか。さっきの赤穂さんの言葉といい」
「ふむ」
琵琶の視線がしばし宙へ向く。その澄んだ瞳がわずかに青みがかっていることに、広彦は気づいた。
「たぶん、おぬしの質問と妾の用件は、そう無関係でもないところに位置していると思う。ずばり、おぬしは亡くした父母について聞きたいんじゃろう」
小さな人差し指がピンと立った。広彦は最後のワラビ餅を食べるあいだ、じゅうぶんな間をおいてから聞いた。
「五年前にあったこと、何か知ってるのか?」
「それを話すには、まずおぬしに来てもらわねばならぬ所がある。さあ、茶を飲め。では、ゆこうぞ」
言われるまま冷たい茶を一口飲み、広彦は慌しく立ち上がった。琵琶はさっさと廊下へ出て、衣擦れの音だけ立てて歩いていく。
人気のない廊下をぐるぐると渡り、やがて寂れた裏庭へ出た。靴脱ぎには琵琶の草鞋と一緒に、広彦の靴がきちんとそろえて置いてあった。
二人は裏木戸をくぐり、林の中をしばらく歩いた。
時計を見ると五時になろうとしている。木々の間から差し込む西日が妙に熱い。
やがて、洞窟の前に出た。琵琶がおもむろに広彦の手を握った。
「中は暗いからな。しっかりついて来るのだぞ」
「こんなところに何があるんだ?」
「来れば分かる」
ここに来るまでに、多くの読者が終了するかもしれない。
>>170 >ためらう間もなく、ぽっかり開いた穴の中へと進んでいく。高さはじゅうぶんにあったが幅はせまく、油断すると壁にぶつかりそうになる。
おまけにすぐ外の光も届かなくなり、広彦は息苦しさを覚えた。
「どこまで行くんだ」
「黙ってしっかり妾の手を握っておれ。振り向くなよ」
声は何故かしら緊張をはらんでいた。
やがて、ざわざわと虫の這うような音が聞こえ始めた。しきりと何かが体に触れた。思わずたたらを踏みそうになった広彦の手を引っ張って、琵琶はずんずん歩いていく。
ざわざわ、きぃきぃ、気味の悪い音はいよいよ大きくなり、そして不意にぱたりとやんだ。
琵琶の振り向く気配。
「もうすぐだ」
言葉通り、すぐに明かりが見えた。広彦はほっと息をついた。
そこは洞窟の深奥でなく、外だった。御殿のある側とは真裏に出たようだ。そのわりに、さっきと変わらぬ西日が木々の中へ差し込んでいる。
軽い頭痛と眩暈を覚え、少しふらついた。琵琶が下から覗きこむ。
「大丈夫か?」
広彦は黙って頷き、自分の体を見下ろした。ありがたいことに虫はついていなかった。
二人はさらに歩き続け、やがて先ほどの裏木戸とまったくよく似た門の前に出た。琵琶は何も言わずにくぐっていく。広彦はちょっと周りを見回し、その後に続いた。
寂れた裏庭。きざはしと回廊。赤い欄干。先ほどまでいた御殿とまるで同じ造りをした建物がある。
妙な既視感を覚えて、広彦は立ち止まる。訝しげな広彦を振り向いた琵琶は、黙ってついてくるよう目顔で促した。二人は履物を脱いで屋敷へあがり、入り組んだ回廊を広間へと戻った。
相変わらず静かで人気はなかったが、座敷の景色は二人が出て来たときとは違っていた。廊下から回ってみれば、十匹ほどの猫が夕日のかかった座敷に寝転がっていたのである。
イメージできる。ここは文章がうまい