>>170 >アパートのすぐ隣家へ向かい、チャイムを鳴らす。
その瞬間にドアが開き、魚類を思わせる面長の顔をした老人が現れた。ギョロリとした目は広彦を素通りし、鼻歌を歌いながら荷おろしの準備をしている猛を見た。
「きさまか、うるさく叫んでおったのは!」
「どーも! そいつのアニキの猛っす」
「うるさいわ、このガキンチョめが。静かにせい!」
痩せた体から出ているとは思えない大音声が、あたりにびりびりと響き渡る。猛はヒャーと舌を出して頭をかいた。
「すいまっせーん」
盛大な鼻息を吹いたあと、老人はようやく広彦を見上げた。
「で、なんじゃ?」
「今日からアパートの部屋をお借りする総上です」
「ああ、きみか」
老人はちょっとうなって、胸ポケットにはさんであった眼鏡を取った。分厚いレンズをつけた姿はますます魚っぽい。
「目が悪いもんでな。今日はあのガキンチョがつきそいかい」
「叔父は仕事で」
正確には叔父ではないが。老人はズボンのポケットから鍵を出し、広彦へ渡した。
「お借りするだなんて、そんなたいそうなモンじゃないがね。近ごろの若いもんは、言葉ばかり丁寧で気に食わん」
まぁよろしくと素っ気無い言葉だけを残して、ドアが閉まった。
ただでさえ気分が悪いところへさらに嫌な気持ちになり、広彦は仏頂面でアパートへ向かった。タンスを抱えた猛が後に続く。
「どうした?」
「いやなじいさん」
「この前、親父と来たときは感じの良い人だったんだろ。今日はたまたま留守番してたんじゃねぇの」
「同じ人だよ。子供だけだから見くびってるんだ」
「オレは大人だぜ」
次に続く