【涼宮ハルヒ】佐々木とくっくっ Part59【変な女】
騒然とする室内。長門はカラオケを中断し、鶴屋さんと朝倉がそれぞれ命よりも大切な鍋を持ちあげて窓から素早く離れてゆく。
「落ち着いてください」と集まった面々に避難を呼びかけている、その古泉の声が一番落ち着きがないのは最早お約束というべきか。
危機が迫っているのは自覚していたにも関わらず、ケツから座布団に根っこが生えたかのように俺は動けなかった。
徐々にその姿が拡大してくるにつれ、闇夜の中でも明瞭な線を持った形状が浮かびあがってくる。
どこかで見た事がある。
トナカイだ。
間一髪ハルヒ(だったと思う、俺のすぐ隣に座っていたのはあいつだった)に手を引かれ、直前まで俺が座っていた場所にトナカイが墜落した。
とりあえず判った事を整理してみようと思う。
鶴屋家の離れに空から墜落したソリが突っ込み、乗っていた赤服の老人が、手にした蒼い銃をあちこちに向けて乱射したのだ。
しかし乱射、という言葉がこの場合に当てはまるかどうかは疑問が残る。
なぜならその蒼い銃の銃口からは弾丸も光線も発射されず、引鉄の音もプラスチックのオモチャじみた安っぽい音しか立てなかったのだ。
簡単に言うと、赤服のサンタクロースが畳じきの座敷でピストルごっこをしていた。
そして撃たれた人間が、撃たれたフリをしていた。
それ以上でもそれ以下でもない。なかなか想像しづらい構図ではあるが、俺だってこんな光景を想像だにしていなかったんだ。
説明不足と言われたら返す言葉もないが、しかし他にどうやってこの異常な状況を説明すればいいんだよ。
というかハルヒも妹も鶴屋さんも谷口も国木田も朝倉も古泉も、ノリノリで撃たれた振りをしてやがる。
さすがに長門と朝比奈さんは、彼女らのように悪ノリはしない。悪ノリをしないだけだが。
「教化完了」
ひとしきり蒼い銃を乱射し、室内の死屍累々を満足げに眺めて赤服が言った。
誰だお前。
「サンタクロースだ。クリスマスに配るプレゼントを配ろうとしていたら、鳥に当たって墜落したのだよ」
その自称サンタクロースとやらは、やたら威厳のある鷹揚な口調だった。少し怯むが、クリスマスの集まりを台無しにされて黙っている俺ではない。
ハルヒほどではないにしろ、この場を楽しんでいたのは認めよう。そこに勝手に乱入してきて何やってんだ。警察を呼ぶぞこのジジイ。
「警察は呼んでも来やしないぞ」
闖入者の分際で、シューベルトの魔王みたいな事を言うな。だいたい何で警察が来ないと言い切れるんだ。
「年末は泥棒どもも忙しい。飲酒運転を行なう不届きな輩も多発する。そいつらに人手を割かれている以上、私の相手などできるはずもない。
別に私は犯罪者でも何でもない、ただのサンタクロースだからな。民事不介入の原則を知らんのかね」
知っているが、事故が起きたらまずは110番通報が原則だ。サンタが空から降って来たと正直に説明して、警官に納得してもらえるとも思えんが。
「解っているなら話は早い。さあ電話を諦めてそこをどきたまえ。私は急いで空に戻らねばならん」
鶴屋さん家に激突しておいて、謝罪の言葉も無しか。俺が四の五の口を出す話でもなかろうが、それでも鶴屋さんに謝らんのは人としてどうなのだ。
「だから同じ事を何度も言わせるな愚鈍な少年よ。私は人ではなくサンタクロースであり、人の法や道徳倫理に従う責務は負っておらん。
それに私は急いでいる。人間の法道徳に従う義務はないが、クリスマスプレゼントを配る義務はあるのだよ」