■■池澤夏樹■■

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158吾輩は名無しである

「スティル・ライフ」、コンパクトに纏まっていて、やはり「名作」
の名に相応しいと思う。この小説を読むと日々日常の瑣末事にこせこせ
している自分に嫌気が注して、職業なんて何だっていいような気がしてくる・・・

そういう意味ではメルヘンなんだけど、場面の切り取ってきかたがうまい。
佐々井という風来坊も、「現実味がない」というよりは人間の生活感覚の
奥底にある感覚をのぞかせてくれる気がする。「生きる」という感覚の底に
ある根本的な根なし草性というか浮動性というか。実際にこういう生活を
送ったことのある人でないと実感できないのかもしれない。
この小説のリアリティーっていうのは、ちょうど文章中にあるような、
“ガラスでできた棚の隅においてある”何か小さなもの、踏み台を使っても
手の届かない何か、のような気がしてくる。いわばリアリティーという
実体の根っこを裏側から眺めさせてもらっている、というような・・・