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64絵國香織
「毒虫のこと」
冬の朝、冷たい床を歩くときの爪先の感覚。目を覚ました時いっとう先に思っ
たのは、そんなことだった。窓ガラスが、呼気に温められて薄く白い水滴でく
もっているような、いつもと変わらない日だったと思う。
父がつけてくれたザムザという名前に、二十歳をとうに越えた今でも馴染むこ
とができない。ザムザ、ザザムシ、ゾウリムシ。ざの音にはなぜか虫の名前が
多いような気がする。夕べ虫の名前を数えながら眠りについたせいか、お布団
の中のわたしの体がどうにも虫に変わってしまった気分がして困る。目を閉じ
たまま、ぼんやりした頭で、仰向けになった背中に神経を集めると、驚いたこ
とにほんとうに固い甲殻になってしまっていた。か細くなってしまった両の手
で毛布を持ち上げ、こわごわと薄目で昨日までお臍があった辺りを見てみると、
よく磨かれたマホガニーの家具のような様子をしている。これではまるで、毒
虫だ。私はおかしくて笑ってしまった。