1 :
吾輩は名無しである:
文明は戦争を生み、戦争は文学を生む。
トルストイは 戦争と平和 を、ヘミングウェーは 陽はまた昇る を書き残した。
そして、大岡昇平は俘虜記とレイテ戦記を残した。
しかし、大岡は 事件 の作者として死んだ。
確かに、映画 事件 での大竹しのぶの演技は素晴らしい。
けれども、ここでは、あくまでも戦争にこだわりたい。
戦争文学の視点の位相を把握する上で対比すべき作品が二つある。
一つは青年海軍士官の視点で描かれた吉田満の 戦艦大和ノ最後 であり、もう一つは、火野葦平の 麦と兵隊 である。
大岡昇平は京都帝大を卒業しながら兵卒として出征した。
帝大卒の吉田が士官と出征したのとは異なるとはいえ、大岡の視点は火野とも異なる。
言うならば、手塚治虫の妖怪が水木しげるの妖怪と異なるようなものだ。
真の妖怪を描いたのは天才手塚ではなく、凡人水木ではないか。
同じように、戦争を描ききったのは吉田でも、大岡でもなく、火野ではなかったか。
西欧的知性は妖怪を描けない。
西欧文明が生み出した妖怪たる近代総力戦の実態は西欧型知識人には描きえないものではなかったか。
2 :
空耳:2001/03/27(火) 00:20
ほんとう?
麦と兵隊を読んだこと無いけど、
私にとって大岡はショッキングだった。
充分に。
麦と兵隊に興味は湧いたけど・・・
3 :
考える名無しさん:2001/03/27(火) 00:22
やっぱ「成城だより」。
大西巨人萌え。
4 :
いんちきしんきち:2001/03/28(水) 12:19
戦争文学なら、太平洋戦争が舞台の、ノーマン=メイラーの「裸者と死者」
も傑作だと思う。
5 :
吾輩は名無しである:2001/03/29(木) 13:14
>>1に反論
確かに手塚は天才だが、水木もまた奇才である。
まっ、レイテ戦記は太平洋戦争を扱ったものとしては
最強の部類に入る戦争文学だとは思うけどね。
6 :
1です。5さんのとおりです。:2001/03/30(金) 21:36
手塚に比べて水木の学歴は平凡であった。
しかし、水木の絵は手塚よりも非凡であった。
画力の差は世界を把握する力の差であった。
南の島で片腕を失った画家は逆に想像力の翼を手に入れていた。
彼の描く妖怪達は戦場で死んでいった兵隊達の末裔であった。
7 :
いんちきしんきち:2001/03/30(金) 21:41
ノーマン=メイラーへの言及頼みます。
8 :
吾輩は名無しである:2001/03/30(金) 22:13
>確かに手塚は天才だが、水木もまた奇才である。
いや、水木こそが天才だと思う。手塚はその画質からいって模倣を誘いやすかった。
故に多数のフォロワーを輩出、結果として現在の地位や評価を築いたわけだが、
世界観・画質ともに独自的かつ高度な物を誇る水木は
それゆえ追随者を寄せ付けなかった。
後世において芸術・文化として決定的に高い評価を得るのは
水木だろう。
こういった人物と同時代を共有できた
我々は非常に幸せだと思う。
9 :
吾輩は名無しである:2001/03/30(金) 23:30
大岡の「歴史小説論」どう思います?
10 :
吾輩は名無しである:2001/03/30(金) 23:50
いきていてすわせませんていうからいねんすーつしんちょうされて
ほすてすがどうとかでいきとこかぜんぜんわからん
11 :
無学で済まぬ:2001/03/30(金) 23:56
「歴史小説論」は未読です。
大岡は論争の人であった。
若き日は青き狼について井上靖に噛みついた。
草原の狼はチンギスハンであり文壇の狼は大岡であった。
晩年には森鴎外の歴史小説の作法について批判した。
鴎外を批判する事は文学界とエスタブリッシュメントの暗黙の忌避に触れることでもあった。
生き方が不器用であったのではない。
大岡の魂は晩年に至るまで、かの地で戦死した人々と共に在ったのだ。
12 :
いんちきしんきち:2001/03/31(土) 22:41
太平洋戦争の文学について語るのだったら、メイラーに言及するべし。
ひょっとして読んでない?
13 :
吾輩は名無しである:2001/04/01(日) 00:00
14 :
吾輩は名無しである:2001/04/01(日) 18:13
読書への渇望は文学において普遍的に描写されるものの一つである。
しかし、読書とは例えば良質の葉巻、酒のごとく微毒の楽しみにすぎない。
凡そ寸暇を惜しむ者は文学に現を抜かしていない。
ではなぜ、文学者は誰も望まない作品を世に問う愚挙を犯すのであろうか。
俘虜記は投降した兵士の記録であり、又占領された日本の隠喩であった。
占領下において俘虜記をなすことは賢明な知性で在ればなしえぬことであった。
それは個人的なレジスタンスであった。
戦艦大和ノ最後は未来を語ろうとして過去に止まったが、俘虜記は過去を語って占領下の現在を批判したものであった。
但し、彼は旧日本陸軍と対比して占領軍の美点を評価することも忘れなかった。
そして彼の視点は戦場の舞台となった南の島とそこに住む人々にも移っていった。
知性の曇りない眼は、眼の持ち主を必ずしも幸福に導くとは限らない。
しかし、残され作品は尚我々に語りかける。
なればこそ、文学への渇望の悪徳が癒されることはあり得ないのだ。
15 :
吾輩は名無しである:2001/04/01(日) 21:07
「桜の森の満開の下」をテレビで見ました。いい作品でした。
昔読んだ 籔の中 を思い出しました。
一つの事実も人は様々に語り、真実は手の中から逃げ迷宮に隠れます。
しかし、望む真実にあった事実だけを拾い上げる誘惑に駆られれば、さらなる誘惑が待ちかまえているかもしれません。
大岡の文学の普遍性が時の壁を越えて次の世代に受け継がれることを切に願います。
16 :
インチキ:2001/04/02(月) 13:30
おいおい、日本文学しか読まないで、太平洋戦争うんぬんしているのですか?
17 :
奥さまは名無しさん:2001/04/02(月) 15:35
「ミンドロ島ふたたび」は何度読んでも泣けるなぁ
18 :
JPB:2001/04/02(月) 20:20
>いんちきさん
メイラーと大岡を比べるのはなかなか難しいですが・・・
作家の書き方の話になってしまうのですが、メイラーはやっぱり
レマルクと同様に戦争を素材として、ある別次元のことを描こうと
している気がします。
一方、大岡は戦争と同じ地平に立って何が描けるのかを試みてる
気がします。
メイラーの方がそういう意味では正統的であって、読んで面白いとは
いえそうです。が、大岡はそうした素材化が、死んでいった大勢の
同僚の声をむしろ抹消するものであると考えて、とにかく声の回復を
企図して書いていったらああなった、と読みますが。
19 :
いんちきしんきち:2001/04/04(水) 22:30
>JPBさん
>メイラーはやっぱり
レマルクと同様に戦争を素材として、ある別次元のことを描こうと
している気がします。
丁寧なレスありがとうございます。ラテンアメリカ文学スレッドに続いて、感謝します。
僕も、大岡昇平と比べると、メイラーは戦争とは別次元のことにつながることを書いている
と思います。
兵士の過去をフラッシュバックの手法を使って描き出し、アメリカ社会の現実に
迫る所や、米軍内での人間関係、つまりハーン少尉やカミングス将軍やダルスンなどの
争いは、戦争とは別の次元のことにつながっていくでしょうね。
戦争とは別のことにつながることをも戦争小説のなかで描いたメイラーの方が
私はどちらかといえば好きです。戦争小説でもあると同時に社会小説でもあると
いうような。
20 :
吾輩は名無しである:2001/04/08(日) 22:02
とにかく大岡昇平は橋本治よりも男前である。小林よりも誠実で、博打の才能にも恵まれていた。
21 :
吾輩は名無しである:2001/04/08(日) 22:07
JPBさん、俺の興味あるスレのそこかしこに貴方のレスを見つけますが、
いつも丁寧で読み応えのあるレスに感服しています。
20のような話には正直うんざりです。
22 :
JPB:2001/04/08(日) 22:31
21さん。ありがとう。
しかし、私が20さんのレスにすがすがしさを感じてしまうことも
また事実。言い切りのできない臆病者なんだな、私は。
語れないものは避けてるし。
一言一言から色々学ばせてもらってる。
23 :
吾輩は名無しである:2001/04/08(日) 22:57
いやいや。20からは何も学ばないでイイです。
まぁ、そんなに特権的に取り上げるほど20が
いけないわけではないんだけど・・・。
語れないものは語らないというのは学ばなきゃ
いけないことだと思いました。
24 :
がんばれ ひろゆき:2001/04/11(水) 22:28
死者は語らず。
生者のみ駄弁を弄す。
2chに自由カキコできる日も永遠には続かない。
生は元より有限であり、表現の場も又有限である。
25 :
吾輩は名無しである:2001/04/12(木) 21:11
アメリカと中国の両大陸の間にハワイがあった。
偵察機の米兵達は中国を出国してハワイに向かった。
26 :
名無し象は鼻がウナギだ!:2001/04/14(土) 09:02
「あのおうつかぬことうかがいますけど25ねんまえおたくのいぬに
くいころされそうになったのですけどあのいぬしにましたあ」
27 :
JPB:2001/04/15(日) 00:54
私は、大岡について1さんの言うことには同意します。
『野火』の後半、山上で蝿にまとわりつかれた狂人と主人公が出会うくだり
が、アレゴリーの方へ引っ張られ過ぎて、生の眼に映る「死」に意味が
過剰に込められてしまったきらいがあるような。それが見方によっては
インテリ臭さになってあらわれるのかな?
田山花袋の『一兵卒』や安岡章太郎の『遁走』と比べてみよう・・・
28 :
JPB:2001/04/15(日) 01:21
あっ、ただ、最後の三行はどうかと。近代総力戦は「妖怪」的イメージ
を持つことは認めますが、「実態」はやはり国民国家のシステムと個人
の問題であって、「妖怪」という比喩的なものではないと考えます。
29 :
吾輩は名無しである:2001/04/15(日) 17:56
お岩さんの誕生の背景には幕藩体制の御用思想たる儒教の行動原理 建前としての忠義と本音としての立身出世 に支配された武士の犠牲になる庶民の恨みがあります。
ここでは、お岩さんのように恨みながらも名を残して死んでいった人を幽霊と呼ばせていただきます。
一方、中国大陸における遊牧民族と農耕民族の対立は徴兵、徴税から逃れられない貧しい百姓の犠牲の上に解決がはかられました。
万里の長城の築城の途上で飢えと過労に倒れた名も無き人々がいました。
これらの人たちを、ここでは 妖怪 と呼ばせていただきます。
さて、東と西の近代武装の軍隊が太平洋の南の島で戦いました。
東の軍人も西の軍人も南の島の住民も沢山亡くなられました。
名を残して死んで行かれた人たちも少なくはなかったでしょう。
しかし、多くの兵士とほとんどの南の島の住民達は名もなく死んでいきました。
30 :
空耳:2001/04/15(日) 19:47
>JPBさん
私は、あなたの、27の意見に賛成しますが、
野火は、レイテのように、戦争そのものを描こうとしたものでは
ないと思うので、それで良いと思います。
私は、読後、彼は戦争を書こうとしたのではないのだと思いました。
あの混乱は、戦争における共通したことではなくて、
インテリ大岡昇平の極めて個人的な混乱のようなものに感じたからです。
だからインテリくさいのは失敗ではないと思います。
31 :
JPB:2001/04/15(日) 21:21
>29さん
なかなか難しいですね・・・もう少し考えさせてください。
>空耳さん
なるほど、了解です。私も『野火』は大岡の傑作の一つで、自分にとっても
大切な一冊だったりします。読んだ実感としては、大岡がインテリだとは思えず
むしろ一兵士の立場から、死と生の断面、つまり、なぜ彼が死んで私が生きてい
るのか、ひいては、彼の死を背負うとはいかなることかという問いを一貫して
出していると考えるのです。だけれど、なぜ「インテリ」として理解されるのか?
それを少し考え、書きました。
取り急ぎレスします。
32 :
JPB:2001/04/15(日) 21:35
それでその・・・話は変わりますが、大岡の小説にはいくつかの系列が
ありますよね。
1.戦争物・・・『野火』『俘虜記』『ミンドロ島ふたたび』『レイテ戦記』
2.恋愛?物・・・『武蔵野夫人』『花影』
3.歴史物・・・『天誅組』『堺〜』『事件』
4.スタンダリアン的エッセイ
ざっと、今目にするものってこんな感じ。
みなさん、その中の2についてはどんな感想ですか?
私はどうもこれの評価に困るのです。
33 :
吾輩は名無しである:2001/04/17(火) 21:30
2 は読んだことがない。
34 :
名無しさん@1周年:2001/04/17(火) 21:41
未完の「酸素」が読みたいんだけど、どうしたいいの?
やっぱ本になってないの?
35 :
JPB:2001/04/17(火) 22:55
>34さん
『酸素』はどうやら1955年新潮社から出ています。
全集だと筑摩の『大岡昇平全集 4』(1995)に所収のようです。
ついでに、1に『ながい旅』、2に『雲の肖像』『青い光』
3に『将門記』をいれてみましょう。
36 :
吾輩は名無しである:2001/04/23(月) 20:29
眼前の米兵を射殺しなかったのはなぜか。
37 :
吾輩は名無しである:2001/04/24(火) 06:19
大岡さんは戦前、川崎重工の高級社員でしたよね。いわば日本軍国主義の恩恵
を存分に受けていたわけです。「成城だより」や「レイテ戦記」は好きですが、
どうもそこのところがひっかかります。
38 :
吾輩は名無しである:2001/04/24(火) 21:03
大岡が陸軍兵卒として出征したのも事実である。
もちろん、そのことで近代日本が背負った十字架を否定することはできない。
では、語るべきではなかったか。
語るべき資格の有無の視点からの問いかけは当然ありえよう。
しかし、大岡は語る事を決断した。
彼がなぜ、そのように決断したか。
その答えは、彼の全作品の総体にあると、私は考える。
39 :
吾輩は名無しである:2001/04/24(火) 21:56
工>の高級社員でしたよね。いわば日本軍国主義の恩恵
>を存分に受けていたわけです。「成城だ
おいおい、そういう発想そのものが君の限界じゃないか。
大岡はレイテ戦記を書いた頃までは十分説得性があったが
晩年はつまらぬ取り巻きに示嗾されて、つまらない発言をしているぞ。
惰性的な反戦メッセージ。
40 :
吾輩は名無しである:2001/04/24(火) 21:58
水木しげるも同じだな。
昔、戦記物を書いていた頃やゲゲゲのキタロウの頃までは
読めたが、最近みたいに反小林よしのり戦線に名乗り出るよう
になっては、これもだめになったと思うな。
41 :
?I?i?y?b?g:2001/04/25(水) 08:55
おい おい 水木が 戦争のせの字もしらない小林に恐怖を感じる
のは当然だろう。
42 :
吾輩は名無しである:2001/04/26(木) 20:16
小林秀雄の孫がよしのりである事実はあまり知られていない。
なんでも秀雄がマスコミに圧力を掻けたせいであるらしい。
43 :
吾輩は名無しである:2001/04/27(金) 02:45
水木しげるは、本当は小林が羨ましいのだよ。
水木は心情的には絶対に小林の戦争論を支持しているはず。
しかし、物が言えない。
それは、私どもは責めることはよそう。
水木の限界でもあるが、戦中派の一種の限界でもある。
戦中派というのは、表面、小林のようなことを言ってても、反面、
「自虐派」のようなことを吐露する。
逆に、水木のようなことを言ってても、心理では、小林だ。
水木と小林は近親憎悪の関係。
水木がつまらぬ反小林本に荷担したのは悲惨だが、
戦中派の世代の吐露として許そうや。
44 :
吾輩は名無しである:2001/04/27(金) 03:15
第二次大戦のジャングル戦はすごかったらしい。
敵もそうだが 湿度 マラリア 脱水症状とか
免疫ついてない人間には想像できない苦しみだそうだ。
俺だったら 国の大儀とか天皇とかの前に なんで
こんな所で 俺は何をやってるんだ?という不条理に
なるだろう。それが水木の妖怪なんだよ。
45 :
吾輩は名無しである:2001/04/27(金) 03:28
>44
それは分かるよ。
戦争を知らない、俺にも。
分かるような気がする。
それは大いなる体験だろうね。
しかし現実には、ある一点の個人的にはひとつの体験となって
歴史的には今日の「戦争体験」として残された。
その一点から拡散される多様な視点。
それを見ること想像すること。それが戦争を知らない世代の責務。
南京30万大虐殺を歴史の事実として信じこまされ、
原爆を「投下」という傍観者的言葉で受容した
われわれを振り返らねばならぬ。
46 :
ixion:2001/04/27(金) 04:08
なんか戦争論やら小林やらになると、みんな盛り上がるんだな。
近代日本の背負った十字架、としての戦争ねぇ…。
俺はそんなクソ真面目なものより、古山高麗雄「プレオー8の夜明け」
とか「墓地で」のように、どこかで戦争という文脈を外したような
ユーモアを交えつつ語ることが、本当の意味での複眼的な観方だと
思うのだが、こんなことを書くと「不謹慎だ」「お前には大岡らの
体験した峻烈厳酷残忍な歴史が見えておらんのだ」「だから戦後後
世代というのは」云々言われてしまいそうなので退却。
大岡よりも山田風太郎や古山高麗雄の描く「戦中」にこそ戦後を
捉えなおす視点があると思うけど怒られるからやっぱりやめる。
47 :
さいぶ:2001/04/27(金) 05:00
安岡章太郎もいいね。中国で凍ったウンコを新米の兵士がハンマー
で解体させられる話。安岡じゃないかな?どこかで読んだことがある。
戦争記はやっぱ理論じゃなく細部だ。開高たけしの”紙の中の
戦争”はいい批評集だよ。野火ではいきなり聖書
を引用しているが 西洋思想にちょっと飛躍すぎやしないかい。
48 :
吾輩は名無しである:2001/04/27(金) 05:38
章太郎には四国で林檎の栽培を試みた叔父がいた。
サローヤンの小品にも実らぬ果樹の苗を植える男の話がある。
木を植える男たちの物語は愚かなるものの祈りの物語である。
大岡もまた木を植えようとした男である。
49 :
吾輩は名無しである:2001/04/27(金) 05:53
>47,48
いやね。
そうした体験記というのは、文学者に頼らずとも、
今の80くらいの人に聞けば分かることで、
あとは、こっちの想像力だよ。
15年〜20年くらい前まではその人たちもかくしゃくとしていて、
見のある話もあったが、かえって聞きづらいこともあって、
放置されてたけど、最近じゃ、考古学的に聞く風潮になって
かえって虚構じみているよね。
ここ10数年くらいの戦争体験話ってのは、うさんくさいものが多い。
慰安婦問題に代表される日本軍不法行為問題なんか、その現れだよ。
それに便乗して名をあげる高嶋なにがしとかいう学者なんか出て
うるさいことうるさいこと…。
50 :
吾輩は名無しである:2001/04/28(土) 02:27
朝日だったか読売だったか忘れたけど、安岡は大岡昇平の追悼文を書いていたね。
安岡がカッパを題材にしたいいかげんな小説を書いて、その事で大岡にむちゃくち
ゃ怒られたというようなエピソードが書かれていた。「小説家ならもっと勉強して
から書いたらどうだ。」と喫茶店で2時間近くしぼられたそうだ。また一人文壇か
ら頑固な老兵がいなくなってしまった、というふうな、なかなか良い追悼文だった。
51 :
吾輩は名無しである:2001/04/28(土) 07:11
>>46 よくお見かけします。いつも興味深いレスで楽しみにしていますが
ぜひ続きが聞きたいです。よろしければお願いします。
軽い話題で悪いけど、
大岡昇平ってかっちょよいよね。
顔が。
53 :
:2001/04/29(日) 01:28
大岡昇平、山本七平、小野田寛郎。
どれも圧倒的なフィリピン描写だね。二次大戦文学とはこういうものです。
54 :
JPB:2001/05/01(火) 23:30
『武蔵野夫人』をもう一度読んで思ったことは、復員者がもっていた視線としての
誇りが、道子との接触によって前線としての「銃後」に勉が思いをはせるところが
とてもクリティカルだ、ということですね。
つまり「戦場から帰ってきたんだぜ、俺」的な誇りが、戦うという行為すらできず
ひたすら耐乏という形での戦闘を強いられた「銃後」に批判されるという経験を、
『武蔵野夫人』読み込んでみたら、非常に興味深く読めた。
この道子の視線は、おそらく安岡のもつ地を這った視線や、山田風太郎の持つ
自己内省的で矛盾した意識をもてあました視線と共振するところがあるんじゃない
かと思います。
まあ、『夫人』が『俘虜記(第一稿)』や『野火』と平行して書かれていたこと
をカンニングして読んだんですが。。。
しかし、古山作品無いな・・・
55 :
ixion:2001/05/02(水) 00:31
JPBさん
とりあえず、フーコン戦記はまだあるんじゃ…ないかな<古山
3部作のくせに、3部そろって読めないし^^;
俺が大岡よりも古山の方が好きなのは、戦争を実存的な契機と
考えるよりも、なんかだらだらと薄れて行く記憶を辿って:
こういう偶然で私は生きた、ここにこういう人がいた、ただ
今はもう無音でありまた物故されていて、妻は「あなたは戦争
のことばかり、私はあなたのせいでつまらない生涯を送っています」
と愚痴り、夫婦は半別居、しかし私は仕事部屋で一人フーコンのこと
を雲南のことをビルマのことをカンホイキャンプのことをとりとめ
もなく思い出している…
といった「老人の記憶」としての戦争が、観念ではなく実感(呆け
や記憶の減退も含めて)として淡々と綴られているから。特に
『セミの追憶』なんてのはその淡さ故に絶品。エッセイは駄目だけど。
大岡昇平は、戦争に対する「視線」が面白い。観念じゃなく。
「私は手榴弾を腰から外し、目の前の土において眺めいった。それは
九九式と呼ばれる樺色に塗られた六角の鉄の小筒で、その胴には
縦横に溝が走っていた。その溝によってくぎられた方三分ほどの
小片が、内部の火薬の爆発とともに四散するしかけらしい」
彼の文が描写においてここまで正確であろうとすること、それ自身が
戦争を「批評」することであって、古山は逆に「思い出す/忘れる」
ことを重視することで批評とは違うアプローチで戦争を実感しようと
する。ここにさらに藤枝静男「イペリット眼」とか吉田満「戦艦大和
の最期」(読みづらいけどね^^;)とか付け加えたら、やっと戦争を
「複眼的」に見ることのとば口に立つことができる…。
56 :
JPB:2001/05/02(水) 00:46
>ixionさん
なるほど。はやく読みたいなあ。暇になったと思いきや図書館しまって
るんだよなあ。
古山高麗雄、安岡章太郎がエッセイの中で一緒に悪さしたこととか
でしか印象がなかった(^^読もう。
57 :
吾輩は名無しである:2001/05/02(水) 22:00
吉田満が生きていたら今日のNHKKの番組にどんな感想を持っただろうか。
58 :
吾輩は名無しである:2001/05/04(金) 02:46
今武蔵野夫人を読み終わったよ。
途中から止まらなくてもうこんな時間。。
すごいよかったよ。
最後のところで、ひどく泣いてしまった。
大岡昇平ってこういうのも書ける人なんだね・・・
59 :
吾輩は名無しである:2001/05/04(金) 03:00
>>55 たしかに。戦争を「複眼的」に見るには、生き残った作家達
それぞれの視点を揃えて、その上に
死んで行った人々の書き遺したもの(素人が書いた一枚の葉書の
ようなものだろうと)も、同様の重さで読み取ることが
必要な気がしてならない。重すぎる<戦争
60 :
吾輩は名無しである:2001/05/04(金) 03:21
大岡は自分で「顔」の重要さを指摘している。
自分の「ツラ」に自信があったのだなあ。
大岡の「ツラ」への自信と「インテリ」としての矜恃。
これが見事に力として結実したのが「俘虜記」。
彼の最高作の一.
61 :
吾輩は名無しである:2001/05/04(金) 07:01
顔の理由は、彼のプライドと覚悟を定めた。
戦前の帝大の特権性は違和感を持つものに過酷であり、そのことが反面で多くの文学者を育てた。
62 :
? ?¢?²?[:2001/05/04(金) 07:12
言われてみれば岡本太郎もある意味でそうだな。
彼は陸軍で しかもフランス帰りの芸術家。
自伝によるとすごく殴られたらしいよ
63 :
JPB:2001/05/05(土) 01:39
>58さん
そうですよね。読みなおして、かつての自分が「野火」のイメージで
「武蔵野夫人」を読んでたことに気づきました。こういうのも書けるんですよ
大岡って。。
64 :
吾輩は名無しである:2001/05/06(日) 02:10
空豆さん
65 :
吾輩は名無しである:2001/05/07(月) 03:50
大岡は晩年、確実に俗流反戦集団に飲み込まれていた。
沢地久江なんかのくだらない作家連中と一蓮托生の雰囲気。
レイテ戦記を書き上げた時まででしょう。
大岡が戦記を語って伝えてくれたメッセージは。
小野田少尉を発見した若者への疑いの目は読んでてシュウカイとしか
見えなかったな。
66 :
65:2001/05/07(月) 03:52
レイテ戦記の初稿だよ。
67 :
吾輩は名無しである:2001/05/07(月) 04:28
>沢地久江なんかのくだらない作家連中と一蓮托生の雰囲気。
ただ、昭和天皇の病気に際して「おいたわしい」発言があったのもこの頃。
若干のブレがあって、それが物議をかもしていた。
68 :
吾輩は名無しである:2001/05/07(月) 22:39
どうなんだろうね。
天皇は事実上先般であったとしても、
病気になって当然ということはあるまい。
69 :
アメン父:2001/05/31(木) 23:52
「『アンチ=エディップ』読みたいなあ、読みたいなあ」ってインタビューで
言ってるんだな、昇平は。フロイドがどうも好きじゃないみたいなんだけど、
「少年」なんかでは、四方田犬彦もいうように少年時代には
性的記号を読解してたりする。
70 :
JPB:2001/06/26(火) 01:10
もう何だか死んでしまった、スレかも知れないですが。
戦争文学というか、一応このカテゴリーかな、と思いまして。
最近、古山高麗雄の『二十三の戦争短編小説集』(文芸春秋 2001)が
再編集され出ました。そこに以前ixionさんから御紹介頂いた
「プレオー8(ユイット)の夜明け」が収録されていました。
音のつかみかたが妙に面白かったです。
「インケツのガル公は、鳴り物入りで登場するのだった。あるときは
第十三号のほうの階段から、あるときは第十六号のほうの階段から
ボンボボ、ボンボボ、ボンと、口でマーチを奏しながらやってくる」とか
「ヌザボン、ヌザボン」とか「てめえらサッパリはたらかねえじゃないか」とか
「ね、若旦那、ドードシャって、なーに?」とかね(^^
ていうか、これじゃどんな話だかわかんないですけど、面白いですよ。
71 :
吾輩は名無しである:2001/06/26(火) 01:28
事件って結局何がいいたかったんですか?
真実は法廷でも完全に理解できないこと?
72 :
JPB:2001/06/26(火) 01:47
>>71さん
そうですね。アレは裁判過程を描いたということで、作者のメッセージ
はむしろ読者の読みに委ねているような気もします。
「事件」という事実性を「真実」というものに構成していく過程、それ
を大岡は裁判の経過に見て、推理小説の手法で書いてみたのではないでし
ょうか。
73 :
JPB:2001/06/27(水) 01:21
あげてみた
74 :
吾輩は名無しである:2001/06/27(水) 03:54
「来宮心中」って素晴らしいと思った。
75 :
大学生:2001/06/27(水) 20:22
明日までに「野火」の概要文&作品に対する自己感想・批評・意見等を
400字原稿用紙12枚にまとめて提出しなければなりません。
しかし私は大岡昇平「野火」の本を持っていません
図書館ではどこも貸し出し済みで、本屋で本を買う金もありません。
どなたか詳しい方、このスレッドに概要及び考察について書き込みを
是非、お願いします。宜しくお願い致します。
76 :
吾輩は名無しである:2001/06/28(木) 12:31
>図書館ではどこも貸し出し済みで、本屋で本を買う金もありません。
野比がそんなに人気あるかよ。文庫本一冊買う金がなくてどうやってここに書き込んでんだよ。
古本屋で文庫本探せばいいじゃん。ぜってーあるって。
78 :
吾輩は名無しである:2001/06/28(木) 15:33
野火くらい買えって。
79 :
吾輩は名無しである:2001/07/11(水) 03:36
age
80 :
吾輩は名無しである:
「愛について」ってどうなの?