蓮實重彦

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1オマンコばんざい
蓮實重彦をめぐって
2吾輩は名無しである:2014/02/12(水) 23:56:12.13
文学オタが好んで使う「◯◯をめぐって」という気取った書き方が
昔から気持ち悪くて仕方がない
3ムー大陸 ◆POG0Nh1MOnGz :2014/02/13(木) 01:11:21.12
にしても「第三の男」はダメだよなあ。
所どころオーソン・ウエルズが協力したっぽいカットはあるし、
何から何までアカンというわけではないが、いかんせん各々のショットを統べる論理が
単なる装飾的技法に堕していて、ちょっと見るに耐えないな。

まあこんなんで映画史が打ち止めだとしたら悲し過ぎますよw

幸いそんなことはないのですが
4オマンコばんざい:2014/02/13(木) 01:35:31.76
題材と形式の関係に必然性がないからじゃないの。飾り立ててるのは。
ほかになに撮ってんだろ。『オリバー!』か。ふつうのひとじゃない
かな。そりゃ『上海から来た女』のほうがいいじゃん。アリダ・ヴァ
リが嫌いなわけじゃないけどリタ・ヘイワースってやっぱいいもん。
5オマンコばんざい:2014/02/13(木) 01:45:38.44
装飾的技法ってルルーシュの『男と女』とかちょっと前だと
カーウァイみたいなもんでPVみたいなものだと思うよ。
めぐってっていう書き方はなにも思いつかなかったから『光
をめぐって』から借りただけ。
6ムー大陸 ◆POG0Nh1MOnGz :2014/02/13(木) 02:38:34.87
ふむ、まあキャロル・リードにしてもルルーシュにしても、
特に「新しい」技法を創造したわけではなく、
むしろナラティブな語り口としての映画技法は、トーキーが現れる前の1920年代中頃までには出尽くしているわけです。
斜めの構図やら様々な装飾的技法やらも、実はサイレント映画の時代に
既に爛熟期を終えていて、もう大概のことはやり尽くされている。
まあ前スレの人が何をもって1955年という年号を持ち出したのか
さっぱりわかりません。
もっとも、長らく完成の域にあったナラティブな映画の技法(装飾的なものも含む)は、
第二次大戦によって、ある種の映画作家たちにあっては崩壊の危機に晒され、
その結果新たなイメージの体制が創造されたのだ、
という主張をしているのがドゥルーズだったりするわけです。

まあ「第三の男」は戦後間もないウィーンの混乱を題材としていながら、
そうした崩壊体験とは程遠い、無駄な抒情に浸り切っている映画なのですね。
7オマンコばんざい:2014/02/13(木) 03:27:05.14
そして1920年代終わりから第二次世界大戦前夜までにトーキーも
その可能性を消尽したともいえるわけで。戦前で終わってるっち
ゃあ終わってる。ルビッチが好例だけど。ハリウッドの30年代は
ちょっとすごい。つまりフォードはもちろんワイラーでさえのり
にのっていてプレストン・スタージェス、青年ホークスがいたり
ラングやヒッチコックも旺盛な作家活動を開始してるから。
8オマンコばんざい:2014/02/13(木) 03:41:13.51
ドゥルーズはたしかに大戦をほとんど決定的な断絶と捉えていて
ロメールたちの起源としてロッセリーニに光を当てている。蓮實
重彦はむしろニコラス・レイやアルドリッチ、ロージーによって
大戦の断絶を生々しくたどっている感じがするけど。その点に関
しては少なくとも蓮實のほうがより実証的だと思うな。
9吾輩は名無しである:2014/02/13(木) 09:25:22.21
このHNが>>1レスだってことは1000レスまでこれを見なくちゃならんからな。
オレはもう来ない。
円城=ムー=オマンコばんざい、削除依頼を出して別スレ立てな。
10吾輩は名無しである:2014/02/13(木) 09:37:21.51
キチガイだからしょうがねえけど、娑婆で何をしたってキチガイならいいんだってことはないぜ?
たまには正気になることもあるんだろ?そん時には先ず第一番で削除依頼を出せよな。
11吾輩は名無しである:2014/02/13(木) 11:13:21.36
コテ名と並び建てられると珍妙さが浮かび上がって真顔で見てられないでござる
12ムー大陸 ◆POG0Nh1MOnGz :2014/02/13(木) 11:19:58.95
>>9
さよーならー

つーか俺がオマンコで円城って
妄想が定番杉w
13吾輩は名無しである:2014/02/13(木) 13:28:58.65
メルヴィルのインタビュー読んだらヴィスコンティやペキンパーを酷評してて面白かった
14吾輩は名無しである:2014/02/13(木) 17:23:55.88
ムーの頭の中って90年代で停まってるのな
言うことがいちいち旧い
15吾輩は名無しである:2014/02/13(木) 18:34:40.54
当時私はドイツにいた。(中略)
(そのとき暖炉部屋でくつろいで考えた。)
多くの部分から組み立てられた多くのマイスターの手で出来た作品には、
大抵の場合、ただ一人が仕上げたほどの完全性(また美しさ)は見られない、ということを。(中略)
(同様に考えた。)昔は半ば野蛮状態にあり、その後に徐々にしか開化せず、
その法律を、犯罪や争いの患いに強いられてのみ作ってきた国民は、
集いあった初めから、ある賢明なる立法者の作った憲法を守ってきた国民ほどには、
よく治められていることはありえないだろう、と。(デカルト「方法序説」第二部)
16ムー大陸 ◆POG0Nh1MOnGz :2014/02/13(木) 19:25:58.81
>>14
まあそれは否定しないw
17ニャントロ星人:2014/02/13(木) 23:31:59.12
早ければ数年でSTAP細胞は臨床段階まで突入するという話もあるから
マノエル・ド・オリヴェイラはSTAP細胞で若返って
旺盛に映画を撮っているんじゃないかとふと思った
18オマンコばんざい:2014/02/14(金) 01:29:12.95
対立する作家同士がたまたま二人とも自分の好きな作家だったことって
あるかも。そういうときっていろいろ考えちゃう。あからさまに言い合
ってなくても作風の相性がきっと合わないだろうなってとき。ジェーム
ス・グレイにとってはきっとガス・ヴァン・サントの作家活動は意味不
明だろうとか、師弟関係かもだけどパゾリーニはベルトリッチと相容れ
ない映画だとか。フランスとか台湾でも過去にあったし他国でもけっこ
うありそう。
19オマンコばんざい:2014/02/14(金) 01:42:17.98
ムー大陸は保守本流だよ。あんまり知らないけど。オマンコは
まだ自分のスタンスがわかってない。だからムーはオマンコを
からかって遊んでるだけ。
20ムー大陸 ◆POG0Nh1MOnGz :2014/02/14(金) 01:43:03.42
女がらみの場合もあるな。
ロッセリーニに走ったバーグマンにヒッチコックは
あんな素人の映画に出やがって!と憤慨したらしい。
一方ロッセリーニはヒッチコックの「商業主義」を深く軽蔑してたので、
「まな弟子」のトリュフォーがヒッチコックの本を出した時は
あんな奴の本を出しやがってとえらく悲嘆したらしい。
21ムー大陸 ◆POG0Nh1MOnGz :2014/02/14(金) 01:44:29.60
>>19
いや別にそんなつもりはないよう
22オマンコばんざい:2014/02/14(金) 01:54:56.62
STAP細胞とヴードゥー教を憎悪しているのは誰か。たぶんそれ
があることで損害をこうむる作家かもね。コナン的にいえばそ
れはコスタじゃないの。オリヴェイラとモンティロっているだ
けでコスタの胃に穴があきそう。
でもそれもSTAP細胞でなんとかしたらわかんないや。
23オマンコばんざい:2014/02/14(金) 02:15:43.93
トリュフォーの心労のほうに目がいっちゃうんだけど。
ヒッチコックからロッセリーニってやっぱ美人てヤダ。
娘のイザベラ・ロッセリーニを産んだことだけがイング
リッドの歴史上の功績だと思いたい。さらにトリュフォ
ーはトリュフォーなりにゴダールとの決別があるわけで。
映画は健康上有害であるってことはタバコ以上。
24ムー大陸 ◆POG0Nh1MOnGz :2014/02/14(金) 02:27:38.47
まあ映画人の対立って結構ドロドロしがちで、
ブルックナーとブラームスの対立とか、ホロヴィッツとグールドの対立みたいな
清々しいライバル関係はあまり知らないなあ。
小津と吉田喜重の論争とかは割と微笑ましいかな
25オマンコばんざい:2014/02/14(金) 02:29:43.56
素人のプロとプロの素人が酷評し合って骨身をけずって、それでも
我関せずっていつにもまして不可触のまま彼らのやりようを眺めつ
つ、お次の者をまってる映画って。
26吾輩は名無しである:2014/02/14(金) 12:36:34.17
>>8
ニコラス・レイはともかくロージーだのアルドリッチは今でもヨーロッパでは全く知られてないし
ほとんど評価されてない
当然本国でも
ロージーだのアルドリッチだのフライシャーだのシーゲルだの言ってるのは世界中見渡しても
日本の元東大総長の変なおじさんだけだよ
かろうじてフラーの評価が高いくらい
27吾輩は名無しである:2014/02/14(金) 18:45:12.18
青山がカウリスマキにアルドリッチ見てるかと訊いたらそんな奴は知らんと言われたという話があったな
28吾輩は名無しである:2014/02/14(金) 18:47:33.43
多くのマイスターの手で出来た作品には、
大抵の場合、ただ一人が仕上げたほどの完全性(また美しさ)は見られない
〈デカルト)

シネフィル作家主義とは、デカルト主義じゃないのか。
29ムー大陸 ◆POG0Nh1MOnGz :2014/02/14(金) 21:23:23.57
そうだとも言えるし
そうではないとも言える
30吾輩は名無しである:2014/02/14(金) 22:07:15.21
ワグナーは、主体の問題について、デカルトとは違ったかたちで初めに考えた人の一人。
いわばアナキストだった。
(フーコー「哲学の舞台」)

もちろん、ワグナー、だから、主体には、芸術創作上の主体、の含意があるだろう。
31吾輩は名無しである:2014/02/14(金) 22:13:08.36
映画を設計主義的にとらえるのなら
最終権限者は監督ではなくプロデューサーでしょう。
32ムー大陸 ◆POG0Nh1MOnGz :2014/02/14(金) 22:35:01.02
映画を可視または可聴の部品の足し算=寄せ集めと見做すなら、それは正しい。
映画はカメラ、装置、照明、役者、音響、音楽の各マエストロによる合同作業であり、
最終的な統括者はプロデューサーであって、監督は単に現場を仕切る中間管理職でしかない。
33吾輩は名無しである:2014/02/14(金) 22:41:06.61
なら、映画評論では、プロデューサー論や、場合によっては、映画会社社長論
も監督並みにやらなきゃ、あまりに不十分ではないか。
34ムー大陸 ◆POG0Nh1MOnGz :2014/02/14(金) 22:43:40.08
では、そのような状況下でいかに映画監督が「作家」たりえるのかと言えば、
それは映画監督が可視可聴の有限なユニットの集合を指揮するからではなく、
不可視・不可聴の無限な全体から「引き算」を行う存在だからだ。
「演出」とは、語りえぬ全体を、ある選択を通して顕在化する。
しかしその顕在化は、語りえぬ巨大な領域のかすかな痕跡という形でしかなされない。
35ムー大陸 ◆POG0Nh1MOnGz :2014/02/14(金) 23:05:42.63
>>33
もちろんそうしたアプローチはなされるべきだし、現になされてもいる。
映画を産業と見做す場合や、技術の集積と見做す場合、
ブロデューサー論やスタジオ論は有効である。
例えば五社体制崩壊以前の大映と東宝の照明には、
明らかな個性の違いがあるし、同じ会社の撮影所でも京都と東京ではテイストが異なる。
こうした要素は監督の「個性」とは別個に存在しており、
故に可視可聴のユニットの中に、監督の「視覚的署名」を見出だすのは一般に難しい。
もっとも黒澤や溝口のように、全ての要素を完璧にコントロールするタイプの場合は話は別である。
そして、「作家主義」以前はそのような「足し算タイプ」の映画監督のみが
「芸術家」扱いを受けていたのだが、ヌーベルバーグの連中が称賛したのは、
逆に低予算を逆手に取ったB級映画の「引き算タイプ」の映画監督たちだった。
36吾輩は名無しである:2014/02/14(金) 23:19:31.19
B級などといわずとも、たとえば、スピルバーグは、メジャー映画会社のオーナー社長で、
制作者で、監督なわけね。
スピルバーグ論で、極端に言えば、「典型」的には、間に合うんじゃないの。
37ムー大陸 ◆POG0Nh1MOnGz :2014/02/14(金) 23:20:44.22
なので、映画監督が「作家」でありうるのは、映画監督が
技術者でも設計者でもない限りにおいてである。
それは、映画監督がプロデューサーを兼ねている場合にも言えることである。
プロデューサーとしてのホークスやヒッチコックと、監督としての彼らは全く別の人間である。
38ムー大陸 ◆POG0Nh1MOnGz :2014/02/14(金) 23:27:46.90
スピルバーグの悲劇は、低予算で撮影期間3週間で撮り切るべき題材を、
百億の予算と数年がかりの時間を費やして撮らざるを得ないことにある。
これは正に時代が生んだ悲劇なのだが、本人以外はそれが悲劇だという認識はないだろう。
39吾輩は名無しである:2014/02/14(金) 23:39:25.43
ようするに、ムー大陸は、スターシステムが「悲劇」なのだと言っているのじゃないか。
スターというのはもちろん、なにも俳優や歌手に限らん。
「作家」がスターである場合もある。J・K・ローリングだって、キャサリン妃と同等くらいに、
スーパースターだろう。
イーストウッド(べつにビートたけしでもいい)は、スターになるのが、作家になるよりも先だったが、
スピルバーグは、作家になるほうがスターになるよりも先だった、
というだけの話しだろう。
40ムー大陸 ◆POG0Nh1MOnGz :2014/02/14(金) 23:48:34.84
それは違うな。
スピルバーグ個人がスターであるなしに関わらず、
映画がかつてのような、安定供給される「工場商品」ではなくなり、
一回一回がハイリスクハイリターンのイベントになってしまったことが悲劇の原因としてある。
41ムー大陸 ◆POG0Nh1MOnGz :2014/02/14(金) 23:54:06.07
ちなみに本来の意味でのスター・システムは現在存在しない。
スター・システムは、俳優が各映画会社の専属だった時代の用語です。
42吾輩は名無しである:2014/02/14(金) 23:56:25.84
スターシステムは、まずなによりも、
ファイナンスの「格付け」のためのものだもの。
特にちがってないだろう。
43ムー大陸 ◆POG0Nh1MOnGz :2014/02/15(土) 00:00:53.61
その当時でも、監督の名前がネームバリューとなるケースはいくらでもあった。
ヒッチコックやルビッチはその意味で「スター」だったのだが、
スピルバーグの体験する悲劇とは無縁だった
44吾輩は名無しである:2014/02/15(土) 00:01:58.17
スターシステムが、旧い拘束を脱した、
と考えれば、スターシステムでいいわけだよ。
いうなれば、帝国主義と新帝国主義(グローバリズム)のちがいみたいなものだろう。
45ムー大陸 ◆POG0Nh1MOnGz :2014/02/15(土) 00:09:03.77
いや、今のフリーエージェント制度では、「スター中心主義」ではあれ、
「システム」とは言えないと思うな。

まあどうでもいいけど
46吾輩は名無しである:2014/02/15(土) 00:12:19.55
じゃあ、新スターシステムなら、問題ないだろう。
旧スターシステムがもはやないわけだから。
47ムー大陸 ◆POG0Nh1MOnGz :2014/02/15(土) 00:13:07.63
ハイハイw

おやすみ
48オマンコばんざい:2014/02/15(土) 02:54:11.62
もしかすると蓮實重彦って50年代に旺盛な作家活動を迎えるはずだった
作家たちを本格的に取りあげた先駆者かもね。ゴダールはカイエにニコ
ラス・レイ論とかアルドリッチ論とかの批評を寄稿したりもしたけど結
局自身が作家活動に入ってしまったからまとまったものは書いていない。
むしろ実作をとおして批評したんだよね。クリス・フジワラやジョナサ
ン・ローゼンバウムの登場はそのずっとあと。
49オマンコばんざい:2014/02/15(土) 03:15:58.44
たぶん戦前、戦中までは巨大予算の映画と中、低予算映画の歯
車がうまく噛み合うことでハリウッド映画は機能していたと思
うの。でもテレビの登場やら赤狩りでそのときの働き盛りの作
家たちが映画を撮る機会を徐々にうばわれていった。さらに探
ればその原因はテレビや赤狩りではなくほんとはそんな時代の
変化や打撃に適応できずに既存のシステムをつづけようとして、
ムリヤリ巨大予算の映画を撮らせようとした映画会社にあるん
じゃないかな。
50オマンコばんざい:2014/02/15(土) 03:26:07.79
だから映画産業はもうとっくの昔に終わってるの。映画じゃなく
産業のほうね。経済競争で敗北してもなんとか生きのびたいなら
やり方を変えるしかないよね。それなのに21世紀にはいってさえ
何十億かけて映画をつくってるんだよね。よくやるよと思うけど
何十億かけて映画一本撮るなら同じ額で3、4本撮ったほうがいい
っていうテーゼがあるってことじゃないの。
51オマンコばんざい:2014/02/15(土) 04:23:39.27
『イヴの総て』のマンキーウィッツが『クレオパトラ』撮るっていう
のがすごく異常なわけじゃん。ハリウッド映画が映画製作会社によっ
てつくられるものだとしたらハリウッド映画なんてほとんどないんじ
ゃないの。会社っていったってつぎはぎだらけのゾンビみたいなコン
グロマリットだもん。
52吾輩は名無しである:2014/02/15(土) 04:38:07.14
アメリカであっても大作なんて数がすくないだろう。
そして、ほかの国では、ほぼない、と。
だから、大作主義の問題、などは特にないのじゃないの。
それから、わりあい「作家主義」的な監督だとされていたような人が、
テレビドラマの制作総指揮みたいな事をやっているケースも、いまはけっこうある。
その種の最近のもので印象深いのは、ジェーン・カンピオンの
「トップ・オブ・ザ・レイク」かな。
53オマンコばんざい:2014/02/15(土) 04:49:03.52
かつての映画製作会社からいまのコングロマリットそいつらの背後にずっと
いるもんはなんだって話。たぶん答えはアメリカ合衆国なんだろうけどその
答えにたどりつくための分析の仕方とか手続きのことを唯物論的とよんでも
いいわけで。
54吾輩は名無しである:2014/02/15(土) 04:59:16.63
>>45
>>「システム」とは言えないと思うな。

マジか(笑)
ツタヤのレンタルで楽しんでる一般の方にどうこう言ってはいけないのだろうが
普通の人のレベルでみても映画を知らなすぎだろ(失笑)
55オマンコばんざい:2014/02/15(土) 07:06:42.92
かつての映画監督がテレビドラマをそれなりに好きにつくってるんなら
個人の自由だしいいよね。実際には150億から200億が最近の大作らしい
けどそれが映画一本つくる値段として高いかどうかはわからないよ。2
億の映画を100人に撮らせてあげれるなあってこと。大作の数が問題で
はなくてね。でも一方で広告の干渉があるとやりにくいってひともいる
んじゃないかな。その干渉の狡猾さや日和見的な圧力の俊敏さとかはか
つてのヘイズ・コードの比じゃない場合ということもあるし。
56オマンコばんざい:2014/02/15(土) 07:59:42.77
ジェーン・カンピオンって地元で撮っても大舞台で撮っても
パッとしなかった印象のひとでしょ。機会があったら見てみ
るね。スピルバーグはどうかしらないけどスコセッシならお
金と映画の質のかかわりがあるのがわかる。『グッドフェロ
ーズ』までは保留してたけどあきらかに『カジノ』あたりか
ら映画がやたら薄まってダラダラしてきたよね。で『ギャン
グ・オブ・ニューヨーク』だとわざわざ映画館で座ってみる
のがつらかった。そのあと『シャッターアイランド』があっ
たりしていま『ウルフ・オブ・ウォールストリート』でしょ。
予告だけだけど冗長そう。それこそ蓮實じゃないけど90分く
らいで地元のチンピラ映画をつくってくれたらなって思う。
もちろん『ギャング・オブ・ニューヨーク』と同時期の9時間
くらいある『鉄西区』はちがうよ。疲れはするけど濃密で充
実してるからかもね。ケツ痛くてもみたい映画がみたいって
こと。
57吾輩は名無しである:2014/02/15(土) 09:34:39.23
18世紀は俳優の時代とも言われ、演劇は主に花形俳優を中心に考えて作られ上演された。
時には古典劇の戯曲が、演じやすいように、あるいは俳優の好みに合うように書き換えら
れることもあった。また演劇のメインストリームが、王侯貴族によって保護された芸術と
しての演劇から、中産階級を主な観客とする日常の娯楽としての演劇へと、徐々にシフト
し始めた時代でもあった。イギリスでは、革新的・実験的を世に送り出そうとするものよ
りも、スターを中心に組み立てられた演劇が主流を占めた。

ウィキのスターシステムの項目にも、ちゃんと由来について学問的なことが書いてある。
なお、英語版ウィキよりも、日本語版のほうが、この件は歴史的に正確である、と思う。
ムー大陸がいうのは、ムービー・スター・システムのことであって、ひじょうに狭義にとればそうだ、
ということだ。ムー・Nは、すこし大意をとる、ということをおぼえるといいな。
ちなみに、わたしは、マイスターとマエストロの法制度的な違いのような細かいことついてなど、
本筋ではないので、いちいち指摘しておらん。
58吾輩は名無しである:2014/02/15(土) 09:45:56.22
ジェーン・カンピオンが、冴えるかさえないか、は、
好みの問題だろうが、経歴は、女性初がたくさんあるという、
赫々たるもの、だろうな。
この場合、カンピオンは、「映画作家主義」的監督としての例だから、
肝心なのは、後のほう、となるだろう。
59吾輩は名無しである:2014/02/15(土) 09:57:24.95
ベルイマンにしても、「ファニーとアレクサンデル」
「ある結婚の風景」など、
もとはテレビドラマとして作っているものが、いくつもあっただろう。
こういう作品の「完全版」は、およそテレビ版のことになる。
60オマンコばんざい:2014/02/15(土) 13:34:59.22
ほんとだ女性初がたくさんある。たぶんテレビや映画もまだまだ
ホモソーシャルだろうから女性が活躍できるといいね。テレビが
完全版だったりその逆だったりどっちでもいいけど好きなテレビ
ドラマがあれば自宅で無料で寝っ転がりながらみれるからいいよね。
61吾輩は名無しである:2014/02/15(土) 15:24:20.87
>>53
>かつての映画製作会社からいまのコングロマリット
>そいつらの背後にずっと いるもんはなんだって話。たぶん答えはアメリカ合衆国なんだろうけど

そう。
俗にいう韓流とはIMF管理以降にハリウッド方式が導入によって生まれたものであり、
邦画で1人勝ちしているTOHOもそんなところです。
もっとも邦画は代理店によるメディアミックス方式や制作委員会方式で
さらに細分化とシステム化が進んでいるわけだけど。

というか、アメリカですら劇場での興業による採算が取れなくなっており
作家性や作品性を通り越して
DVDやネット配信といったコンテンツビジネスの駒に過ぎなくなっている。
でもまあ、もともと暇つぶしの娯楽にすぎないから。
62吾輩は名無しである:2014/02/15(土) 17:53:51.63
ここまですべてムーの自演
ここから↓またすべてムーの自演
63ムー大陸 ◆POG0Nh1MOnGz :2014/02/15(土) 20:32:48.19
そして>>62も実は俺。
64ムー大陸 ◆POG0Nh1MOnGz :2014/02/15(土) 20:42:51.03
>>55
つーか単純に、2時間かそこらの映画一本作るのに
数百とか数千とかのスタッフ従えて数年がかりで撮るとか
人生の無駄だよなと思う。
せいぜい半年くらいがちょうどいいと思う。
マキノなんか生涯で百本以上撮ってるんじゃね?
今出先で調べられないけど。
65吾輩は名無しである:2014/02/15(土) 20:44:56.38
スピルバーグが最近、このままでは映画を映画館で観るということが、
ブロードウエイのミュージカルを観るるような、高価な娯楽になる、
かのようなことをいって、一部で物議をかもしたらしい。
しかし、それの何が悪いか、と思うな。
いまは高価なミュージカルだって、もとは、そうそう下衆な娯楽だったのだろうし。
劇映画も、その下々の文化からの上昇、に倣うのは、ある意味、ふつうの成り行きじゃないのか。
これはそして、蓮實重彦が(ひそかにか)望んだこと、映画を芸術として世に認知させる、
ことの一つの帰結だろう。
66ムー大陸 ◆POG0Nh1MOnGz :2014/02/15(土) 20:55:11.39
いや、鑑賞料金の値上げとハスミン何の関係もないしw

馬鹿だねー
67ムー大陸 ◆POG0Nh1MOnGz :2014/02/15(土) 20:58:48.01
ほんと気のきいた事言ったつもりで無内容なことほざくのは世代病だよな。
「天声人語」シンドロームと名付ける。
68ムー大陸 ◆POG0Nh1MOnGz :2014/02/15(土) 21:00:52.74
なので、ハスミンの唯物論的思考はまだ意味を持っているわけやね。
この世に馬鹿がいる限り。
69ムー大陸 ◆POG0Nh1MOnGz :2014/02/15(土) 22:21:51.75
ちなみにマキノが生涯で監督した映画の本数は261本だとさ。
70吾輩は名無しである:2014/02/15(土) 22:22:51.26
蓮實は関係ないだろう。
だいたい世界の映画界およびその周辺の趨勢にじつは参与することもない、
お役人さんメディアパーソナリティーのたぐいだし。
ただ、作家主義とかなんとかいうのは、ようするに、ブランド化を望んでいた、
ということなんで、とうぜん値段が高くなることはあるわけね。
71ムー大陸 ◆POG0Nh1MOnGz :2014/02/15(土) 22:33:46.52
しかし、ハイドンが交響曲を100曲以上作曲し、
モーツァルトも若死にしたのに40曲も書いているのに、
ベートーベンもブルックナーも9曲(しかもブル9は未完)、
ブラームスに至ってはたった4曲しか書いてないのは一体どういうことか。

つまり交響曲の作曲は、いつしか「仕事」じゃなくて「人生の一大事」になってしまったわけだ。
映画もそうなりつつある。
72吾輩は名無しである:2014/02/15(土) 22:40:51.33
純邦楽界なんて、本人もピンとこない、ブランド化が、
わんさとあったわけね。
ムー大陸にはまあ、、無縁な世界だろうが。
本人は中卒なのに芸大の教授になっちゃって、
「おじさん、いったいなに教えてんですか」とかきくと、
「まあ、てきとうにな(苦笑)」なんていう受け答えがあったり、
板前あがりが、紫綬褒章もらったり、とか、いくらもあるんだ。
ぎゃくに、ほんらいなら安田善三郎の息子、つまり、オノ・ヨーコの伯父が、
役者だったりするだろう。あとのほうは、松竹の話だから、ムーだって知っているだろう。
かたほうは、モードになぞらえれば、二十世紀の労働者の作業用私服を、
ヨージ・ヤマモトとかいってファッション化するようなもんだし、
ぎゃくに、もういっぽうで、むかしふうには、京友禅を雑巾にするみたいなこともある。
蓮実なんか、知っているようで、身を以ては知らんのだ。そこは、三島由紀夫とひじょうに似ている。
73吾輩は名無しである:2014/02/15(土) 22:41:08.49
映画は大衆向けの文化産業だから
例えばワーグナーのオペラのように大量動員の状態で
集団催眠をかけられないとまずいわけです。
米国政府が映画産業に肩入れするのは、そういう事ですよ。
74ムー大陸 ◆POG0Nh1MOnGz :2014/02/15(土) 22:41:59.73
こうした映画製作に対する「記念碑的」態度にずっと抗ってきたのが、
イーストウッドとゴダールという同年生まれのじいさんなのだろうが
今や映画を「単なる一つの仕事」として作るのは難しいんじゃないかな。
75吾輩は名無しである:2014/02/15(土) 22:43:09.88
二十世紀→二十世紀初頭ヨーロッパ
76吾輩は名無しである:2014/02/15(土) 23:10:25.88
宮廷音楽家というのは普段は便所掃除をさせられていたような存在であり、
一種の宴会芸人のようなものだから飽きられたらおしまいでしょう。
量産するというのはそういう事だと思いますよ。

これがブルジョア社会におけるパトロン付き芸術家ともなれば扱いは違ってきますが、
それも大衆的な人気を背景にしてのことなので、人気がなくなれば
元の雑役夫のような扱いに逆戻りでしょう。

映画のように大仕掛けの芸能が少数の愛好家向け芸術にはならないと思いますけどね。
スタジオや技術者の維持すら難しいでしょう。
77ムー大陸 ◆POG0Nh1MOnGz :2014/02/15(土) 23:22:48.02
それを言っちゃあおしめえよ♪
78ムー大陸 ◆POG0Nh1MOnGz :2014/02/15(土) 23:27:20.68
えー
でもハイドンは便所掃除もさせられてたんですか?
相当苦労したらしい事は知ってたけどショックだなあ
79ムー大陸 ◆POG0Nh1MOnGz :2014/02/15(土) 23:30:47.62
モーツァルトが便所掃除しててもそんなに違和感ないけどw
80吾輩は名無しである:2014/02/15(土) 23:36:50.55
ルートウィヒ二世のワグナーへの肩入れというのは、
ビスコンティ映画にあるような、極度の芸術愛によるものでは必ずしもなく、
壮大なるワグナー芸術による、バイエルン国民国家ひいてはドイツ民族の文化的統合が狙いの、
あんがい生臭いものだった、とう説もあるようだ。いいだももの評論の受け売りだが。
プロイセンの覇権主義に対抗上のもの、ということなんだろう。
これは後の、ヒトラーの「芸術的国家」像のもとのひとつ、という人もあるようだ。
81吾輩は名無しである:2014/02/16(日) 01:01:06.28
でももまあ、ワーグナーが死んだときに
「(ワーグナーの)遺体は私のものだ!」と叫んだそうですから
中世の聖人にも似たような思い入れ(フェティッシュな)があったのでは?
聖人にではなく音楽家に肩入れするというのが生臭いところなのですが。
要するにパンテオンに遺体が集まるのと同じ理屈ですよ。
82吾輩は名無しである:2014/02/16(日) 01:04:09.12
>>78
ハイドンの方がしていたと思いますけどね。
ヨーロッパにおける音楽家の地位はもともと低いのですよ。
83ムー大陸 ◆POG0Nh1MOnGz :2014/02/16(日) 01:32:07.65
間違ってるよヨーロッパ!!
84吾輩は名無しである:2014/02/16(日) 01:41:33.08
芸術的偏愛と政治的野望が、一体となる、
というのが、いかにもドイツ的、いえる、だろうか。

ところで、Ludwig 1881
これも、バーガー主演なのだ。やっぱり、ドイツ人が見ても、
この人以外に、この役はない、ということなんだろうかね。
ちなみに、この、いわば「ルードウィヒ外伝」のあることを
うかつにもつい最近知った。
85吾輩は名無しである:2014/02/16(日) 01:52:06.86
>>83
礼樂一致というのは儒教ですよ。
だから中華の貴人はたしなみとして琴を爪弾くのです。
中華の僻地である日本も西欧の蛮人同様でそういう事はしない。
だから小中華を自認する朝鮮通信使は呆れて帰国する。
すなわち、日本に貴人はいなかった、と。
86吾輩は名無しである:2014/02/16(日) 01:56:19.74
光源氏、柏木、などの人は、
いちおう最高の演奏家になっているはずだけどな。
中国的貴紳の像に似せている、ということだろう。
87吾輩は名無しである:2014/02/16(日) 09:07:53.64
李氏朝鮮は清の冊封国だからね。将軍家は独立国家の通信使(おいおい郵便配達かよw)としては扱わない。
まあ徳を慕って拝謁に来たんだから、とエラクもてなすけど、それだけ。
将軍家は見送りはしない。対馬の宗氏に釜山まで送らせて、その宗さんもそこで帰って来ちゃう。
答礼じゃないからね。あくまで郵便配達wを朝鮮まで無事に送り届けるだけだから。

そりゃそうしか扱われない通信使wの日本観にはえらくバイアスがかかってるよ。
彼氏たちが日本を誉めるわけないでしょ。(笑)
88吾輩は名無しである:2014/02/16(日) 10:54:04.53
新井白石みたいな君子ではあるけれど融通の利かない形式主義者はここらへんを徹底させて、
冊封国くんだりが宛名を「日本国王」と書いて手紙をよこすな、とか、
正式な国書を正式な特命全権大使に持たせられない(国書として出して大使に持たせたら宗主国に成敗される)で郵便配達に持ってこさせた
その郵便配達をあんなにもてなすことはないからって簡素にしたり、とやったけど、
まあまあ、そんな堅いことは言わなくてもいいじゃないですか、で彼の後には元に戻したわけね。
まあしかしそうゆうことなんだから、朝鮮通信使なんてとりたててどうこう言うことのない、なーんでもないものなんだよ。(笑)
89オマンコばんざい:2014/02/16(日) 11:04:35.95
ここ10年から20年で名画座とかミニシアターがバタバタ潰れてる。ミニ
シアターのほうはいまから振り返ってみるとけっこう短いスパンのもの
かもしれない。すこしまえに銀座の並木座がなくなってこないだ爆音を
ほとんど初めて企画した吉祥寺バウスが閉館するんだって。かといって
シネコンがいまのままつづくかといえばそんな感じはしないよね。郊外
や地方にスタバみたいにいまもどんどんつくってるけど都心の一等地で
あれだけの場所つかって平日の昼間なんか客は二、三人とかって。もう
すぐ映画生誕120周年だけどそれこそかわいそうな映画って感じ。
90吾輩は名無しである:2014/02/16(日) 11:22:16.96
イーストウッドの『許されざる者』を激賞してたけど、ケンワタナベのリメイク版の評価はどーなの?
91オマンコばんざい:2014/02/16(日) 11:32:52.31
もしかするとかつて工場で製品としてパッケージ化されたのは映画
じゃなくて映画の誕生の祝祭的雰囲気なんてことになるかも。たし
かに見ず知らずのひとたちがいっせいに同じほうを向いて巨大スク
リーンをみることになんの理由もないわけじゃん。いまならたとえ
ば自宅でネットの動画でかつての名画から最新作までみたっていい
んじゃないかなって。ただまだほとんどの画質がひどいからアレだ
けど向上も時間の問題だろうし。
92オマンコばんざい:2014/02/16(日) 11:35:04.23
見てないからわかんないけど無謀だよね。
93オマンコばんざい:2014/02/16(日) 11:46:29.71
それにつれて機材もかなり安く手にはいるようになってきてるんだってさ。
ちかくの電機屋で買えるキャノンのデジカメが二、三十万でその解像度が
ほとんどヤヌス・カミンスキーのそれと変わんないっていう。もちろんお
もしろい映画と解像度のあいだには必然的なむすびつきはないけどね。
94オマンコばんざい:2014/02/16(日) 11:50:22.09
その動画がそのままネットに貼り付けれるようになったら
どうなるかわかんない。
95吾輩は名無しである:2014/02/16(日) 12:42:05.09
>>87

通信使というのは名目で日本の監視ですよ。
通信使とは言いながら位で言えば正三位クラスの今でいう外務大臣クラスの人物が来日している。
当時の朝鮮は科挙が採用されていたので礼樂の素養のある人物が文官に採用されており、
当然のことながら書画の素養も確かなものである。

しかしながら日本側の接待役や幕府の高位高官のものにはそのような素養はなく、
もっぱら書画を求められるだけの日々だったという。
その程度の文化だったわけですね、特に徳川武家政権というのは。
あまりに人材がいないから民間の新井白石のカンペで政道を行っていた始末。
で、あまりにひどいから朝鮮通信使の扱いをもっと良くしなさいよ(恥をかきますよ)と
進言したわけですね。

まあ、今も政治家が半島に行って
無教養に由来する赤っ恥をかいて帰ってきていますが。
96オマンコばんざい:2014/02/16(日) 13:23:10.06
事実もうみんなやりはじめているわけだけど。井口奈巳とか菅野慧とか
あと片桐絵梨子。もう安定しちゃってる若手が育ってきてるんだからそ
っちのほうで撮影しちゃって人気がでれば劇場でなんてこともあるんじ
ゃないかな。詳しくはwebでの逆だけどさ。ロメールの撮影隊が標準にな
ってくればどんどんおもしろくなるんじゃない。
97吾輩は名無しである:2014/02/16(日) 19:09:35.36
新井白石は、

清国皇帝が日本天皇と同格、
朝鮮国王が対外的には日本国王である将軍と同格、

として、対等外交だといっていたのではなかったか。
98吾輩は名無しである:2014/02/16(日) 19:53:29.84
そもそもで朝鮮通信使は京都を素通りさせられた。
昔は徒歩旅行だからね。
京都市内を通過している時の(これも儒教的形式第一の)通信使の屈辱感たらそりゃないでしょ。
いいことを言うわけがない。
でもそれを承知で朝鮮自治王国は日本に郵便配達wを派遣していたんだよ。
99吾輩は名無しである:2014/02/16(日) 22:15:33.47
しかし、ある元貴族院議員は、いくつか持っていたむかしの朝鮮の知識人政治家の書を
ひじょうにありがたがっていたな。
名のある日本人の書よりも、ずっと尊重していた。
これは、むかしの教養人のごく普通の感覚じゃないのか。
100吾輩は名無しである:2014/02/16(日) 23:41:31.93
いわゆる「正統的」な文化、ようするに、ハイカルチャーに関しては、
前近代日本は、おおむね朝鮮に負けていただろうな。
なお、清に負けていたかどうかは知らない。
だから、日本の優位はむしろ、歌舞伎、浮世絵、のような、大衆文化にあるだろう。
それと、和歌の流れの文芸ね。jこれは、いちおう独自のものだから、比べなくてもいい。
いうなれば、いまどきの右翼が好む硬派的なものじゃなく、軟派的な文化にこそ、
東アジアにおける日本の優位性があった、ということだな。
101ムー大陸 ◆POG0Nh1MOnGz :2014/02/17(月) 00:39:32.93
>>85
まあヨーロッパの貴族はほとんど文盲だったらしいですからねえ。
102ムー大陸 ◆POG0Nh1MOnGz :2014/02/17(月) 00:44:02.52
>>94あたり

まあでもいくら撮影機材が安くなったからと言って、
それで簡単に騎馬軍団とかが撮れるわけではないからなあ。

いやCGがあるか
103吾輩は名無しである:2014/02/17(月) 01:02:02.97
>>98

日本国の主権が将軍家に帰属するか天皇家に帰属するかは
(その当時としては)外国人には分かりづらいこであり、
現に明朝ですら滅亡時の救援要請を将軍家に出している。

また、国号を日本国とすることを献策しながらも、
同時に貿易制限による鎖国体制の推進や崩壊寸前であった宮家再興、
皇統譜の整備など幕末の皇国史観の形成に貢献したのは新井白石である。
近代日本の生みの親といっても良い。
104吾輩は名無しである:2014/02/17(月) 01:20:55.16
>>100

あの当時の和歌というのは主に一部の公家に伝わるものであり、
いわゆる江戸文人の南宋画というのは文化・文政期の支邦ブームの残照にすぎない。
俳諧も徳川が宗教政策として保護した俳諧師のものが中期以降に上層町人に広まった、というだけで。

また、江戸初期の武士というのは犬や牛馬を道端で屠って食したり、
大名クラスで男娼を30人ほど召し抱えたりするような戦国風の気質が横溢していた。
到底、文明国家とは言えないのです。
賀茂真淵が批判する漢風によってどうにか文明国家に似たものになった、というだけで。

そういう意味ではハスミさんのよく言う野蛮な風土なのかも知れない。
でもまあ、アフリカで殺戮の限りをつくしたフランス人がそんなに高尚な文化なのかなあ?
105オマンコばんざい:2014/02/17(月) 02:09:57.18
騎馬軍団とかはCGじゃムリだよね。ノスタルジー抜きで視覚効果として
まったくの別物だから。アニメと実写くらいのちがいがあるもんね。精
巧にはなってきてるから用心はしてるけどね。でもそのちがいがわから
ないひとって年齢不問でそこかしこにいるってのがびっくりなんだけど。
まーオマンコがムー大陸に同意すると自演だっていうひとがでてくるっ
てなんか小学校のノスタルジーみたい。あいつら付き合ってんだってい
う。もちろんフランス人は野蛮だよ。ヘゲモニーなんてむしろ野蛮の必
然的帰結ともいえるし。
106吾輩は名無しである:2014/02/17(月) 02:24:11.71
福島正則は、自分の小姓に恋して、
お手打ちかくごで、中奥に忍び込んだ家臣を、
むしろ褒めた。
小姓も、その決死の恋心にうたれて、
相思相愛になったので、
正則は、「思いのまま、契るべし」
と下げ渡した、という。
こういう美談は、他国にはない。

ボーイ・ジョージはかつて、男が女装しての演技(いわば、ドラグ・クィーン芸術)
が、国民的な芸術として認知されている日本を、
世界でもっとも進んだ芸術文化をもつ国だ、と口を極めて称賛した。
ジョージは文革前の京劇について知らなかったのだろうが、
それでも、いまや外に対して自慢できることとなったであろう。
107オマンコばんざい:2014/02/17(月) 02:24:55.97
蓮實重彦はフランスはおろかヨーロッパを高尚だとは思っていない
んじゃないかな。かといって日本がいいともいってないとは思うけ
ど。それこそブレッソンなんて晩年は野蛮さを厳格に撮っているよ
うにみえるよ。
108オマンコばんざい:2014/02/17(月) 02:46:00.32
二丁目と歌舞伎でもみたのかな。宝塚もみているかもしれないよね。
109吾輩は名無しである:2014/02/17(月) 03:02:02.35
ジョージは、歌舞伎のことを言った。
勝手にいうまでもないことと思い書き落としました。
110オマンコばんざい:2014/02/17(月) 03:23:52.30
かりに一都道府県に映画館一つにしたらどうなるか。アメリカなら各州
に一つ。
111吾輩は名無しである:2014/02/17(月) 03:42:08.57
ところで、最近のゲームやマンガなんかで、
人気の高い織田信長やら伊達政宗やら真田幸村やらが、
月代を剃っていない姿で描かれるのは、
なんかカッコ悪い感じがするからだろうな。
たぶんハゲみたいな感じがするのじゃないか。

前にも言ったが、いわゆる「ちょん髷」というのは、
西洋人が見れば、辮髪の一種だ。朝鮮人もそう思っていただろう。
これは清と同じ夷の習俗ということである。
もしちょん髷を辮髪の一種ではない、というなら、たとえば、君が代をペンタトニックだ
というような似通った西洋風の見方をも廃するのでなければ、いかにも片手落ちとなる。、
112オマンコばんざい:2014/02/17(月) 04:48:16.71
黒沢清、青山真治、万田邦敏にはそれぞれ好きな映画はあるんだけど
どうなんだろって思いのほうが強いかな。もうすこし経ってすごいん
だってなる危惧もあるんだけどそれを考えてもたいしたことないんじ
ゃないか。苦心して撮ってるんだろうけどそれに付き合う義理もない
わけだし。塩田明彦にしたってそう。外国でもいるけどダニエルが亡
くなったにせよストローヴ=ユイレの映画があるのにペドロ=コスタの
登場はなくてもいいんじゃないかって言いきらなきゃいけない。
113オマンコばんざい:2014/02/17(月) 05:16:25.81
ただジャ・ジャンクーの最近作までの駆け上がりかたと処女作からの
各々の映画はどれもよかったし、ジェームズ・グレイの映画もまたつ
ねに面白いと思っていてそれがどうしてかってのは自分でもわからな
い。中国の市場開放とかアメリカ合衆国の凋落とかの抽象的な説明ぬ
で書くことのできるひとがいないんだよね。
114オマンコばんざい:2014/02/17(月) 05:40:44.42
このスレって蓮實関連ならなに書いてもいいわけだしたまたま自分
以外でコテあるのがムー大陸とニャントロ星人だから作品名の表示
とその作品論をききたいんだけど気がむいたらでいいんでお願いし
ますね。長短文問わずでそこから始められないかな。論がはじまっ
たら終わるまで黙ってるからさ。
115オマンコばんざい:2014/02/17(月) 11:10:04.16
かれら以外の作品論作家論もみてみたいなって。そんなヒマないかも
だけどだれか書きたいひといないのかな。とうぜん偏愛で。独断と偏見で。
116吾輩は名無しである:2014/02/17(月) 11:48:30.27
映画しか語らないなら映画板でやれや雑魚ども
中上持ち上げて春樹叩いとけばよかった時代はもう遠い過去だな
未だにそのパラダイムが続いてると思ってるのも青山真治くらいだろうけど
こいつ自身が同時代の作家を語ることから撤退したからな
117オマンコばんざい:2014/02/17(月) 13:11:36.61
パラダイムという言葉じたいがもう遠い過去だけどね。青山真治自身が
もう自分のなかで清算しちゃってるんだから周囲がとやかくいうことは
ないよね。支持はしないけど。ただ同時代に叩くに値する小説家なんて
いないじゃん。いずれ文芸レスもでてくるだろうからあんま焦んなくて
もいいと思うの。
118ムー大陸 ◆POG0Nh1MOnGz :2014/02/17(月) 13:26:10.78
>>116
つまり話に混ざろうとしても混ざれなくて寂しいと。

なら自分から自分がしたい話をふればいいだけのことじゃね。

大人はそうします
119ムー大陸 ◆POG0Nh1MOnGz :2014/02/17(月) 13:41:20.45
あとハスミンはある時から中上と決別してるよなw
それに中上と村上を並べて評してたことってあったっけ。
(ないような気がするがあるかも知れない)
120ムー大陸 ◆POG0Nh1MOnGz :2014/02/17(月) 13:45:23.26
要するに>>116はいかにも三文ジャーナリズムっぼい皮相なくくりでしか
語っていないと思うんだな。

あんま話題に発展性がないので、それくらいなら映画の話でもしていた方が建設的かとw
121吾輩は名無しである:2014/02/17(月) 16:21:57.83
ソクーロフ、オリヴェイラの作品で何かお勧めの一本てありますか?
122吾輩は名無しである:2014/02/17(月) 18:18:47.70
『小説から遠く離れて』を読んでないのか?
お話にならないな
123ニャントロ星人:2014/02/17(月) 19:12:29.77
私は「小説から遠く離れて」の単行本も文庫本も持っていますが
もちろん全部読みましたが細かい部分は忘れているところもありますが
丸谷才一と井上ひさしと村上春樹と桐山襲と石川淳が
全く同じ類型的物語を語っていて村上龍がその類型的物語から多少ずれて
大江健三郎と中上健次が類型的物語に抵抗して書いていると
大雑把にいえばそういうお話ですね
村上龍の相対的孤児と中上の絶対的孤児の対比とか
石川淳を名人芸のの退屈と切って捨てたりとかね
124ニャントロ星人:2014/02/17(月) 19:14:54.38
蓮實が中上と決別したのは
日輪の翼以降でしたね
蓮實が中上に「異族」なんか書くなと言って
それから疎遠になったんでしたっけ?
125ニャントロ星人:2014/02/17(月) 19:21:37.69
「小説から遠く離れて」とは別に
アブラム・ロームとかバルネットなどの旧ソ連・ロシアの映画はどんな感じなんでしょう
ソ連崩壊後は旧ソ連の撮影所の撮影所システムは崩壊したんでしょうけど
その後のカネフスキーとかアレクセイ・ゲルマンとかアラノヴィッチとかは
どうなっていったんでしょうか
それと現在のロシア映画の現状なども
ネットで調べれば多少わかるのかもしれませんが
この辺の知識はかなり前で止まっているので
126吾輩は名無しである:2014/02/17(月) 19:50:14.58
同時代の文学を語ることから逃げている
芥川賞原作の青山を完全無視は笑った
ピストルズ対談はするのに
127ニャントロ星人:2014/02/17(月) 19:54:41.20
ゼロ年代=近代文学派
純粋小説の今日的変奏
128ニャントロ星人:2014/02/17(月) 19:56:31.64
今こそ
大岡昇平の常識的文学論や
中村光夫の風俗小説論が必要?
129ニャントロ星人:2014/02/17(月) 20:03:18.17
スガ秀美
「小ブル急進主義批評宣言」所収の
「『純文学』をもこえて」には大笑い
語句をいくつかゼロ年代と変えると
そのまま今の状況を言っているんじゃないの?
130吾輩は名無しである:2014/02/17(月) 20:40:30.02
EV.Cafe 超進化論(1985年、講談社)
村上龍対談集 存在の耐えがたきサルサ(1999年、文藝春秋)
にて人生論や官能について語る蓮實
131ニャントロ星人:2014/02/17(月) 20:42:04.04
>>129
スガ秀美ではなくスガ秀実と訂正
132ニャントロ星人:2014/02/17(月) 20:47:30.66
>>130
それ読んだことねえや
対談集は「饗宴T・U」「魂の唯物論的用語をめぐって」所収の
対談とか批評空間U期までの対談くらいかな
批評空間の批評空間Tの最後と批評空間Uが家にあるだけだが
133ムー大陸 ◆POG0Nh1MOnGz :2014/02/17(月) 22:17:02.54
>>123
あーそんな話だったっけ。
大昔読んだけど殆ど印象がないんだよなー。
「小説から遠く離れて」
文芸批評家としてはたいしたことないんじゃないかなハスミンは。
134ニャントロ星人:2014/02/17(月) 23:18:15.42
>>132訂正

>>130
それ読んだことねえや
対談集は「饗宴T・U」「魂の唯物論的擁護をめぐって」所収の
対談とか批評空間T期くらいまでの対談が乗っている本くらいかな
批評空間自体は批評空間Tの最後と批評空間Uが家にあるだけだが
135吾輩は名無しである:2014/02/18(火) 00:21:42.41
小説に関しては好き嫌いしか言ってない。
その言い回しが幻惑的なのだけど、
単なるレトリックの集まりに過ぎないので
実際のところ何も言っていないのに等しい。

本質的に女性ファッション雑誌などに掲載されている
季節の新アイテム紹介文と変わらない。
でも、それは批評じゃないから。
136吾輩は名無しである:2014/02/18(火) 01:47:21.86
批評というものは、どう高尚めかそうが、もとが評判記であって、
どこぞの飯屋が美味いのまずいのの類いだろう。
柄谷も、そんなことをいっていた。
だから、蓮實批評が本質的に、今春のモード、的な紹介記事と、
大して変わらないとしても、それがそう悪いとも思わない。
ただ、蓮實映画批評によるところも少しはある、映画のハイカルチャー化は、
今になって思えば、ひじょうに嫌らしいものだった。
これは、官が民(それも、いわば被差別的立場だった民の先人の仕事)、
を食い物にする、ことの文化領域における露骨な例に過ぎない。
現在進行中のマンガのハイカルチャー化も、そのながれにある。
137オマンコばんざい:2014/02/18(火) 01:54:38.48
ソクーロフとかオリヴェイラは映画館とかシネマテークならフライヤー。
DVDならジャケ買いかあればジャケ借りが結局当たりが多かったよ。他
の作家もおんなじだったけど理由はわかんない。
138吾輩は名無しである:2014/02/18(火) 02:00:07.38
アカデミズム的テクノクラティズム
あるいは、テクノクラティズム的アカデミズム、
そういうチープな虚妄を有難がる心理が、事態をさらに悪くするだろう。
139ニャントロ星人:2014/02/18(火) 04:57:06.39
>>135
自分はそうだとは思わない
小説に関してのものは
小説から遠く離れて、私小説を読む、大江健三郎論
夏目漱石論、『文学批判序説 小説論=批評論』、絶対文藝時評宣言
が家にあるな


>>134
「魂の唯物論的な擁護のために」
に訂正
140吾輩は名無しである:2014/02/18(火) 07:22:23.36
『小説から遠く離れて』は単なる類型的な物語批判だろ
『ピストルズ』なんて『小説から〜』の基準なら論外
なのに褒めた。その程度
141吾輩は名無しである:2014/02/18(火) 12:12:39.61
ハスミ虫スレ発見
とっととしねばいいのに
142ムー大陸 ◆POG0Nh1MOnGz :2014/02/18(火) 12:26:09.57
なんか嫌な思い出でもあるんですか?
143吾輩は名無しである:2014/02/18(火) 14:34:07.97
こんな骨董品を未だに崇拝してるやつwwwwwwwwwwww
144吾輩は名無しである:2014/02/18(火) 15:13:46.47
違う違う。崇拝じゃないw
こっちに乗ったほうが得だ、と馬鹿ムー(おまんこばんざい)がスレ立てヨイショをしただけwww
145吾輩は名無しである:2014/02/18(火) 15:29:44.45
右に習えでトニスコ褒め始めた連中が全員くたばれば文句はないな
146ムー大陸 ◆POG0Nh1MOnGz :2014/02/18(火) 17:29:34.21
古い話をww
147ニャントロ星人:2014/02/18(火) 18:07:34.63
渡部スガ蓮實浅田柄谷の村上春樹批判に対して
まともに反論できた人っているの?

それとゼロ年代=近代文学派の反復
純粋小説論の今日的変奏というのは
みんなそう思っているんだ
148ニャントロ星人:2014/02/18(火) 18:09:52.68
>>140
小説から遠く離れては物語分析であって
2流以下の作品がわかるというだけで
一流の作品はあれではわからないと蓮實自身も言っていたはずだが
149ニャントロ星人:2014/02/18(火) 18:23:31.08
>>143
骨董品とかレッテルを張る根拠は薄弱だな

ゼロ年代=近代文学派の反復というのは
あまりにも的を得ているレッテルなのかもしれないけど
150吾輩は名無しである:2014/02/18(火) 18:38:43.53
>渡部スガ蓮實浅田柄谷
渡部の名をこの頃はいつも加えているというのがなんとも見え透いていてw
151ニャントロ星人:2014/02/18(火) 19:36:51.99
>>150
何が見え透いているの?
言っておくけど東と同じ年齢なんだけど
同じ1971年生まれ
152吾輩は名無しである:2014/02/20(木) 11:37:10.51
村上春樹が世界的に評価されちゃったことで
なーにもわかってないことがバレちゃったからな
こいつが文学を語ることは許されないwww
153吾輩は名無しである:2014/02/20(木) 12:27:49.92
暇なおっさんだらけだな
ゲロ吐きそうになるわ
154吾輩は名無しである:2014/02/20(木) 12:54:02.49
このヨボヨボが再び文学を語るなら、それは村上叩きから始めないといけないからな
それができないから語らない
155ムー大陸 ◆POG0Nh1MOnGz :2014/02/20(木) 13:26:20.86
暇なのはいいことだと思うよ。
俺忙しいけど
156吾輩は名無しである:2014/02/20(木) 19:45:40.28
確かに言っていることは「正論」も多い。が、もう妄想に近い「暴論」も多い。
ただそれを自分で「正論」というあたりが「やっぱり教授はこういう人種かな」とも思う。
例えばドイツのGKオリバー・カーンをワールドカップのブラジルとの決勝でのミスと
1999年のチャンピオンズリーグの決勝でのミスを例として「80分以降必ずミスをする」というが
カーンがすごいプレーを見せた2000年のチャンピオンズリーグの決勝でのPKの事には一切触れていない。
また「サッカーは神に愛されたものだけが活躍できる反民主主義的なもの」などと言っておられるが
神に愛されてるかどうかなんていうのは抽象的すぎるし努力というものの否定に思えてならない。
時間とお金に余裕があれば読んでみるのもいいですが積極的にはお奨めできません

蓮實氏が俗物であるのは十分存じ上げていたつもりだったが、正直ここまでレベルが低いとは思わなかった。
自分が多少なりとも知っているジャンルで見るからこそ、わかることなのだろうが。
書かれている言説は2ちゃんねるのサッカー板とさして変わらない。というか、
2チャンネルですら「アイタタタ」と揶揄される厨房レベルだ。
対談の相方である渡部の茶坊主ぶりもすごい。どの発言も「ハゲドウ」と言わんばかりの追従ぶりだ。
一つ一つの発言は確かに刺激的であるが底が浅く、にわか知識に基づいており、
ブランドと権威に弱く、有名人大好きで、弱いものを叩きたがる。悲しいことに芸にすらなっていない。
こんな厨房はいまどき2ちゃんねるでもそうは見かけない。
また84年に書かれた「草野進との対談」が収録されているのには目を疑った。
草野進の正体が蓮實本人であることは周知の事実。あの顔でネカマまがいの文章を書いても、当時なら若気の至りで済んだかもしれない。
しかし、20年後に出版される本に収録するのはあまりにも恥ずかし過ぎる。
まともな感性の持ち主なら原稿を破り捨てたくなるはずだが、彼はそうではないのだろう。
この程度の人物が「日本を代表する知性」だという現実を知るには良いかもしれない。けど、そういうマゾ趣味がないならお金の無駄。
157ニャントロ星人:2014/02/20(木) 21:05:58.42
>>152
世界的評価って何?
単に売れているだけでしかないようにしか思えないが

蓮實なり浅田柄谷スガ渡部の批判に対して
まともに反論できた人いるの?
それに過去のノーベル賞受賞者を見ても
もはやだれからも相手にされないような作家がいるように思いますが
158吾輩は名無しである:2014/02/20(木) 21:19:34.91
例えば河出文庫版「挟み撃ち」の解説では

予定調和的物語の定型性、あるいは旧来の「ナルシシズム」的描写に逃げることなく、
未知の現実に向き合う散文的記述に挑戦する姿勢は、
その成否にかかわらず評価されて然るべきであろう

程度の事にを何ページも紙数を割いて書いている。
蓮實さんの批評(というほどのものではないのだけれど)自体が「ナルシシズム」だと思いますけどね。
とくに末尾の「1991、パリ」とか。
意味なく無駄に長く、そしてくどい。
159ニャントロ星人:2014/02/20(木) 21:26:45.76
>>159
で?
村上自体が最悪のナルシズムじゃないの?

実際問題「男流文学論」レベルの批判が当てはまってしまう
対してきちんと読んでないけど
160ニャントロ星人:2014/02/20(木) 21:29:26.55
>>159アンカミス訂正


>>158
で?
村上自体が最悪のナルシズムじゃないの?

実際問題「男流文学論」レベルの批判が当てはまってしまう
対してきちんと読んでないけど
161ニャントロ星人:2014/02/20(木) 21:31:44.23
>>158
ちなみに
河出文庫版の「挟み撃ち」は家にあって
蓮實の解説はよんだけど
162ムー大陸 ◆POG0Nh1MOnGz :2014/02/20(木) 22:33:02.45
>>156
書いてる内に自分の中でやたらどす黒い炎がバーニングしてきてアドレナリンがどくどく、
血管ブチ切れそうな自分に酔いながら気持ち良く書いてる感じがほほえましいです。
163ムー大陸 ◆POG0Nh1MOnGz :2014/02/20(木) 22:34:43.07
まあ言論によるサウナみたいなもんですかな
164吾輩は名無しである:2014/02/20(木) 22:44:25.35
>>160

だから、批評はもちろん解説にすらなっていない、ということね。
作品の出来不出来はともかく物語ではない所が気に入ったというだけだから。
であるのなら、例えば芥川や石川淳などによる作家批評、
つまり伝統的な作品評などの方が気が利いている。
さしあたって、村上春樹はどうでも良いの。

そこ行くと映像美にまで踏み込んで記述を試みている映画批評の方はまだマシですね。
165ニャントロ星人:2014/02/20(木) 22:59:58.82
>>164
私小説を読むや大江健三郎論や夏目漱石論は
そうではないわけ?
166ムー大陸 ◆POG0Nh1MOnGz :2014/02/20(木) 23:03:31.61
真央かわいそう。
俺がだきしめてあげるよ。
167ムー大陸 ◆POG0Nh1MOnGz :2014/02/20(木) 23:05:18.28
やべえ誤爆った。

実はマオイストです
168吾輩は名無しである:2014/02/20(木) 23:06:31.62
森の浅田真央は「大事なときには必ず転ぶ」発言から
蓮實のオリバー・カーンは「大事なときには必ずミスをする」発言を思い出した
169ムー大陸 ◆POG0Nh1MOnGz :2014/02/20(木) 23:09:48.99
真央にそんなこと言う奴はハスミンと言えど許さぬ
170ムー大陸 ◆POG0Nh1MOnGz :2014/02/20(木) 23:17:52.84
もっとも、陸上競技、格闘技、球技と違い、
己の動きをその「イデア」に接近させることが、
そしてそのことのみが、至上の課題であるようなスポーツは、
ハスミンのような人種には幼稚に見えるかも知れぬ。
171ムー大陸 ◆POG0Nh1MOnGz :2014/02/20(木) 23:25:38.77
というか、私にはフィギュアスケートが一体「何」を目指しているのかが結局よくわからぬ。
氷の上という動きのままならぬ場所をわざわざ選んで、
くるくる回って倒れなければ喝采を浴びるってのがわからない。
氷の上ってのを差し引くとそんなに美しくはないんだよなフィギュアの動きって
172吾輩は名無しである:2014/02/20(木) 23:30:38.35
浅田真央なんて安倍にしか見えないし良さの欠片もないよ!
173吾輩は名無しである:2014/02/20(木) 23:37:40.08
というかスケートに限らずスポーツそのものが無意味だし馬鹿でしょ!
特に冬期競技なんて極めつけ!
174吾輩は名無しである:2014/02/21(金) 00:08:13.05
渡部が男子と比べると女子サッカーはスポーツとして見劣りがすると言ったら
蓮實は女子サッカーのポニーテールを絶賛した
175ムー大陸 ◆POG0Nh1MOnGz :2014/02/21(金) 00:21:05.03
ふむ
グールドが、ホロヴィッツに代表されるコンサートプレイヤーを批判していたのと
ちょっと似ている感覚なのかも知れない。
グールドいわく、一度きりの舞台で、難曲をノーミスで弾き終えることを
目標とするプレイヤーも、またそれを期待する聴衆も愚物なんだそうな

なのでグールドに倣い、個人の動きのみが重要な種目については、
一回こっきりでおしまいではなく、失敗を恐れず何度も何度もビデオ撮りして、
その中でも最良のものを観客に供すればよい。
そうすれば、観客は一層美しいものに触れることが出来るだろう。
恐らく「練習中」の方が「本番」よりも神の生み出したごとき
奇跡の瞬間に満ち溢れているだろう。

そしてこれは、サッカーのように、ライバル同士が必ず空間と時間軸を
共有しなければならないような競技では不可能である。
つまり、「一回性」が他者を巻き込んでいる場合においてのみ、「同時性」は意味を持つ。
もちろん氷はスケーターにとって他者であるが、
しかしそれは人間と違って辛抱強い他者であり、スケーターと時間を共有はしていない。

なんか切りがないので終わり
176ムー大陸 ◆POG0Nh1MOnGz :2014/02/21(金) 00:22:22.54
>>175
>>173に対して
177ムー大陸 ◆POG0Nh1MOnGz :2014/02/21(金) 00:23:43.89
>>174
そこらへんが小ずるいんだよねハスミンはw
178吾輩は名無しである:2014/02/21(金) 01:00:24.66
なんだ、マオがミスったとかいってるのって文革のことか
179吾輩は名無しである:2014/02/21(金) 01:03:21.47
つまりモリはゴダールの中国女を批判したわけだな
180ムー大陸 ◆POG0Nh1MOnGz :2014/02/21(金) 01:18:45.07
メメント・モリ!
(森死ねや!)

いや誤訳なのは自覚してます
181ムー大陸 ◆POG0Nh1MOnGz :2014/02/21(金) 01:48:36.91
真央〜!!
182吾輩は名無しである:2014/02/21(金) 03:45:45.59
>>175
大して興味もないくせに思いつきで変えられもしないルールについて一席ぶってしまう文章からの加齢臭がすごい(*゚Д゚艸)
183吾輩は名無しである:2014/02/21(金) 04:25:41.51
文革は、その前の大躍進政策の大ミスを(こちらのほうが死屍累々たる事態を招いた)、
ごまかそうとしたものだから、
正確には、単なるミスではなく、ミスの上塗り、だろう。
その点、われらがマオのほうは、上塗りをせず、
フリーをちゃんと演じきったので、立派といえる。
184吾輩は名無しである:2014/02/21(金) 04:55:19.17
ムー大陸の感想というのは、
芸術やスポーツの最初期の刷り込みが、ライブではない人のものなんだな。
蓮實もそうだ。
そこは伝統芸術の刷り込みがばあさんが聴いていたレコードだった三島由紀夫から東浩紀のアニメまで、
実はあまり変わらん。
ただ、三島以外、蓮實や東は、はなから複製芸術を批評の対象に選んでいるので、別に問題にはならない。
185吾輩は名無しである:2014/02/21(金) 05:35:30.20
それから、スキーなどが「人気ない」というなら、
ゴルフも似たようなもんだろう。
まあ、スキーは、ヨットほどじゃないと思うが、それでも、
雪山近くの住民以外が、物心つく頃からスキーに馴染むのには、ふつう金がかかる。
プレイする費用がかかるだけでなく、道具も高いしな。
だから、マニアは数が限られる。これは、アメリカなどは、もろにそうなんじゃないの。
冬の休みはいつも、自家用機で、とはいわずとも、家族みんなでスキーに行った、なんていうのは、あちらでは、
いちおうハイソの証明だろう、と傍目に見えるが、ただ、じっさいにどうかは知らん。
186ムー大陸 ◆POG0Nh1MOnGz :2014/02/21(金) 13:52:19.04
>>182
大人の余裕と言いなさい。
187吾輩は名無しである:2014/02/21(金) 21:42:04.32
近代化(市民化)されているとはいえ、基本的には祭典なので
限定された時間と空間の中での一回性の美を達成しなければならない。
とはいえ、興行化されているので採点面で開催国側に甘くなるのはご愛嬌では済まないか。

まあ、大多数の観客も美よりはドラマを求めているから。
実際、浅田選手に対するコメントも演技そのものよりも
外部状況に由来するドラマ性に触発されたものなので。
188ムー大陸 ◆POG0Nh1MOnGz :2014/02/21(金) 22:09:17.74
まあ反復され拡散していく複製芸術しか基本知らないからなあ俺。
しかし、そういう視点からは、逆に一回性が神話化しやすいということもある。
実際にはあらゆる瞬間が一回性でしかないのだが、
「特別な瞬間」ないし「特異点」が存在するという信仰は、
むしろ「その他の瞬間」である一様に流れる無機質、無表情な時間が前提とされる。
恐らくそれが我々近代以降の人間と、オリンピックの生みの親であるギリシャ人との違いだろう。
恐らく彼らには、マトリックスとして一様に流れる時間という概念はなかった。
彼らはごく自然に一回性を享受していたし、時間とは、そうした特異な一回性の連なりから
構成され、その間をかりそめの点線で結ぶといったふうであったろう。
189吾輩は名無しである:2014/02/21(金) 22:54:02.37
基本的に競技ではなく神々への供犠だから。
神やその代理人たる貴人に対して
「失敗したからもう1回」といういいわけは通用しない。

しかし、NHKの女性アナウンサーには吃驚したね。
本人も意図してはいなかったのだろうけど、ああいう盛り上げ方があったとは…。
W杯もそうだけれど、競技者とは別のところで劇が作られていくのね。
みんな競技以外のところを見てドラマチックに観戦しているでしょう。
190吾輩は名無しである:2014/02/21(金) 23:24:53.02
一回性の神話云々なんて難しく考えなくとも、
ベンヤミンがいった「アウラ」というのが、やっぱり生芸術にはあるわけよ。
複製技術がもっと進歩すれば、その違いもなくなるかもしれんが、
とに、匂いとか、手触り、なんてものは、
まだ複製できないわけで。
蓮實が「映画は映画館で観ろ」というのも、本当はアウラをあんがい重視しているからだろう。
オリジナルなき複製芸術にしても、観る環境には、アウラがある、と。
191ムー大陸 ◆POG0Nh1MOnGz :2014/02/21(金) 23:34:21.36
ふむ。それはそうかもなー。
でも俺最近映画館じゃなくインドア派なので、
モニターで映画を見る時にも「アウラ」は存在すると言っておこう。
うろ覚えなんだが、昔トリュフォーかバザンだかが、テレビ放映で映画を見ることを、
「サモトラケのニケが両腕を欠いてるからと言って、その美が損なわれることがあろうか」
という美しい比喩で肯定していたことを思い出す。
192吾輩は名無しである:2014/02/22(土) 02:55:14.47
キムとマオの時代が終わりを告げたいま
「金毛ノ友情」という映画をゴダールが撮るのだ
193オマンコばんざい:2014/02/22(土) 03:14:12.83
蓮實が気になるだけでアンチ蓮實からみれば信者なんだろうけど、そういう
意味ではアンチ蓮實のほうがより信仰が深いんだろうね。蓮實の影響力に過
敏に反応してるから。影響力そんなないよ。影響力に無自覚なだけっていう
かもだけどそんなこといったらねぇ・・・
サッカー批評は知性と運動が通奏低音なんだから趣味判断したって仕方ないじ
ゃん。偏愛と独断の責任とってるわけだしさ。
194オマンコばんざい:2014/02/22(土) 04:56:21.06
アウラかどうかはわかんないけど一時期フィルムっていうアナログから
なかなか離れられなかったよね。映画館で不特定多数の見ず知らずの他
人とのパルタージュっていうとくだらないけどそういうのはいまもある
みたい。同じときを分有してるけどその分有は孤独を分有してるってい
うそういう時間。それが小屋でみるってことになるとそれこそナンシー
みたいになるわけじゃん。でもそれを蓮實はいえない。それこそ小屋論
ないしスクリーンの適切な大きさとかの分析=記述をよみたいんだけど。
そもそもいまじゃ小屋は不特定少数なんだけどね。
195オマンコばんざい:2014/02/22(土) 05:14:24.30
でもあるとき映画館をパッと捨てたら蓮實は面白いと思う。ゴダール
は自作にフィルムを挿しこんだりするけど機材とか媒体をみるとおそ
らくアナログというかフィルムに作家としての未練はない。だってホ
ームシアターが彼なりの冗談めかした総決算の上映に際して最良の条
件をみたしてるんでしょ。最近は年老いてバイバイっていうことを楽
しんでるみたいだけどバイバイ言葉とか言い始めたからそのうちバイ
バイ、イマージュっていうかもね。
196オマンコばんざい:2014/02/22(土) 05:28:53.61
ソシアリズムのレクイエムみたいのを撮ったんだから仮にイマージュ
との決別を生きるような映像を撮ってイマージュとともに葬送される
ゴダール自身の肖像が各々のPCの小さなモニターに配信されたらそれ
はそれで美しいんじゃないかな。
197オマンコばんざい:2014/02/22(土) 08:19:45.06
村上春樹読んでみたよ。支持するひとがいるのはわかる気がする。
性別に関係なくおもに性経験と読書経験のない中学生を対象とし
て需要がありそうだよね。それにしては人気がありすぎるからそ
れ以上のなにかがあるのかな。べつに彼をバッシングする流れに
同調する気はないからむしろ熱烈な春樹ファンが説明すれば簡単
に済む話なんだけど。
198吾輩は名無しである:2014/02/22(土) 09:09:59.32
テレビといえば香取慎吾の英語バラエティ番組で
蓮實が北野武にインタビューしてたな
批評空間は1990年代を中上を持ち上げて対処したけど
蓮實は中上でなく北野武だった
金井美恵子との対談で初期の北野映画を評価したのは蓮實山根淀長くらいと言って
映画ファンのブログで批判された
199オマンコばんざい:2014/02/22(土) 09:16:05.03
嘘ついてるって言われたのかなー
200オマンコばんざい:2014/02/22(土) 10:10:22.75
ホントのところいえば蓮實嫌いでゴダール嫌いだからだいたいこれで
黙らせるけどね。蓮實擁護とかゴダール擁護のおバカさんは赤っ恥か
くから見ないほうがいいかも。
http://www.youtube.com/watch?v=OL4tTtSziO8
201吾輩は名無しである:2014/02/22(土) 10:52:44.43
そういえば蓮實は黒澤明の白黒とカラーの映画を見ると日本人の顔が駄目になっていくのがわかると言ってたが
ゴダールの映画を見るとフランス人の歴史的な顔の変化がわかるんだろうか
202吾輩は名無しである:2014/02/22(土) 16:04:21.46
>>198
>金井美恵子との対談で初期の北野映画を評価したのは蓮實山根淀長くらいと言って
>映画ファンのブログで批判された

周りから無視されつつも、マチズモや抒情性の観点で
初期の段階から北野監督作品を支持し続けたのは上野昂志ですね。
一般的(批評家界隈)には「ソナチネ」ですら評価が低かったからね。
203吾輩は名無しである:2014/02/22(土) 16:17:47.96
>>201
>そういえば蓮實は黒澤明の白黒とカラーの映画を見ると日本人の顔が駄目になっていくのがわかると言ってたが

それは晩年の黒澤が駄作続きの近作に対しての言い訳のように言っていたことです。
黒澤が初期のような映画を撮れなくなったのは三船のような俳優の身体性に負うところが大きかったのと
映画産業がかつてのように大資本をかき集めることができなくなったことでしょう。
まあ、影武者でスペクタクル性を狙いすぎたのが痛手となったのかも。
「南極物語」で興行収益を確保できるのならお金のかかる時代劇映画なんて撮る必要はありませんからね。
204吾輩は名無しである:2014/02/22(土) 16:18:22.34
蓮實の著作捨てたら、気持ちがラクになったよ
あの異質で抑圧的な雰囲気の精神を置いておきたくないんだよね
別にアンチでもないけど、おれのなかでは既に死んだことになってる
ほんとゴダールみたいにスイスの田舎で愉しく老後を送ってほしいわw
205吾輩は名無しである:2014/02/22(土) 16:37:23.46
蓮實の映画批評が世を風靡したのは
パイディアや海で現代思想ブームなどを仕掛けてきた安原顯が
社内左遷を経て編集担当することになった女性誌で
その当時流行っていた芸術映画の批評をやらせたのがきっかけだと思いますが。
勘違いした女性向けのスノビズムに過ぎないから衒学的な方が有難味が湧く。
206ムー大陸 ◆POG0Nh1MOnGz :2014/02/22(土) 23:25:48.56
それはともかくハスミンをヤスケンと絡めて考えるのはアリかもなあ
207吾輩は名無しである:2014/02/22(土) 23:40:28.64
「なんで映画見に行く人が減ったのか?」みたいな話が出る度に、

「350円でドリンクを売り、ペラッペラのパンフを800円で売り、
1800円も払って入ってくれた人に対して延々20分も広告を見せた
挙句に犯罪者呼ばわりする」

という現状を把握した上で言ってんの?…と思う。

https://twitter.com/takazawa/status/437033982538948608
208オマンコばんざい:2014/02/23(日) 01:56:56.50
蓮實重彦とゴダールの文章や映像に触れるとやっぱ彼らを支持
するひとたちのそばで非力ながらレスしたいなって思うよね。
209オマンコばんざい:2014/02/23(日) 02:13:29.46
ゴダールっていう固有名詞つかうヤツはバカだっていう風潮があるけど
外国語に自信なくてもその映像と音響を経験しちゃうと現代映画じゃな
くて現在なんだなって思っちゃう。アンタンシテってこういうことなん
だっていうのをドゥルーズみたくいうのもありだけど逆にゴダールの特
異性ばかりが屹立しちゃうのが驚きといえば驚き。
210オマンコばんざい:2014/02/23(日) 02:33:37.80
日本人の顔が変遷したのかそれともキャスティングする側の嗜好が変化
したのかはむずかしいけれどもしかすると日本だけじゃなくEUや合衆国
でも顔が求められてない時代がそりゃもうだいぶむかしから到来してい
るってことじゃないの。こないだまでの発展途上国とか第三世界って顔
がいいじゃん。顔を求めるって作家個人の才能のはなしじゃなくて原理
的にムリってことなんじゃないかな。
211オマンコばんざい:2014/02/23(日) 02:49:31.19
だからこの場合資本なんだよね。世界大戦後とか共産圏、第三世界の
民族、宗教とかのプリミティブな環境に資本が投下されるとそりゃい
い顔うまれそうだもん。大戦後であればヨーロッパでさえそうだし、
だいぶあとだけどキアロスタミなんてそれじゃないの。黒澤個人の話
じゃないと思うけど。
212オマンコばんざい:2014/02/23(日) 04:05:44.59
でゴダールの映像での顔の変遷って反動的だから面白いよね。はじめは
制作資金がなかったからとかかもしんないけど戦後の合衆国のうしろで
覇権としての地盤を徐々に固めていくフランス本国ないしEUの資本で顔
の陰影がより増していくっていうね。ふつう逆じゃん。『探偵』のレオ
とかアリディに刻まれた皺が最近作の『フォーエヴァーモーツァルト』
までつづいてんだからどうしても見ちゃう。
213オマンコばんざい:2014/02/23(日) 06:28:10.47
いい顔撮ろうとしたのはなにも黒澤だけじゃなくて大島もだと思うの。
むしろより徹底的にそのプランを推し進めてたのかも。『御法度』で
すらそう思う。でもそれはそのときの日本の風土というかむしろ環境
が許さないよね。国内が生ぬるい爛熟のあとでその甘くて苦い思い出
に感傷的にひたっていた時期の産物なんだから。爛熟が形成されつつ
ある直前にあればなっていう映画。
蛇足の蛇足の補足だけどドゥルーズの一義性についてね。あれってヨ
ーロッパひとつっていう言葉とぴったり呼応しててなにもドゥルーズ
が時代の子っていうんじゃなくてドゥンス・スコトゥスでの存在の一
義性が現実化とはべつに現勢化してるっていう。こんな天真爛漫な接
続を乾いた笑いでやっちゃう哲学者っていないよね。
214オマンコばんざい:2014/02/23(日) 07:28:31.91
ムー大陸みてくれたかな。アホな前置きのあとのURL ゴダールの近作。
再生率に、率だよ、変化あるかの誇大妄想てきな調査だったんだけど
さ変化はない模様。でもいきなり「WILD BUNCH」なんだよ。
215吾輩は名無しである:2014/02/23(日) 09:30:46.78
こう、これがムーの言う「パラケルスス」、「一見デムパのオンパレードなんだが、ある種のバランス感覚の結果である」文章だったりするのかなあ
216吾輩は名無しである:2014/02/23(日) 09:31:35.15
あ、批判とかじゃなくて、わたしはこのへんの知識がないからわからんけど、おもしろい文章だなーと思って見てた
217オマンコばんざい:2014/02/23(日) 09:54:19.19
おもしろいなら文章買ってください。お願いします。
218オマンコばんざい:2014/02/23(日) 10:34:00.83
『ADIEU AU LANGAGE 』を見ると晩年のターナーとかモネとかと比較できなく
なっちゃってる。19世紀とのつがいみたいな20世紀になんかヘンなものが混じ
っちゃって、これいうと非人道的な病人ってよばれるだろうだけどチェルノブ
イリの畸形児みたいな美しさなんだよね。
219ムー大陸 ◆POG0Nh1MOnGz :2014/02/23(日) 21:45:33.09
>>214
ふむ。頭でキヤノンの5Dが2台くっついてたけどこれって本編3Dなのかw
まあ昔から基本何でもアリなんだよなゴダールは。
それでいて昔セルジュ・ダネがいみじくも言ったように
ゴダールの唯一の弱点は、何を撮っても美しい映像になってしまうことなんだよな。
これは、アングロサクソン的な野蛮さと運動神経がなければ出来ることではない。
ゴダールが「知的」な映画作家であるというのは嘘っぱちだよな。

>>215
いや全然関係ねーw
つーかなんでここでその話題が出てくるのかわからん。
まあミニハンも大概な妄想っ子だからなーw
220ムー大陸 ◆POG0Nh1MOnGz :2014/02/23(日) 22:29:52.01
>>201
>>203

遅レスだけど、それは黒澤個人とは関係なく、単純にスタジオシステムが崩壊して、
いわゆる「大部屋俳優」を底辺とする役者のローテーションシステムが
消え失せたことが原因だな。

それが黒澤の映画からも見てとれるというだけの話で。
実際東宝の俳優陣はトップから脇役まで神レベルだったから
221ムー大陸 ◆POG0Nh1MOnGz :2014/02/23(日) 22:32:01.55
ちなみに私は加東大介主義者です。
222吾輩は名無しである:2014/02/23(日) 23:14:47.13
>>220
>それが黒澤の映画からも見てとれるというだけの話で。
> 実際東宝の俳優陣はトップから脇役まで神レベルだったから

だから黒澤が言うように役者自体は払底していないでしょう?
役者の顔が悪いというのは言い訳に過ぎない。
もちろん、蓮實の役者批判もそう。
223ムー大陸 ◆POG0Nh1MOnGz :2014/02/23(日) 23:56:22.03
いや、スタジオシステムが崩壊してから、全体としての役者の質は明らかに落ちてます。

その下落の激しさたるや、黒澤個人がいかに粘ろうとどうこう出来るレベルではない。

というか、60年代半ばから、黒澤は半ば東宝から追い出される形で独立プロを立ち上げるわけですが、
黒澤はそもそもスタジオシステムありきの監督なので、黒澤プロの誕生が黒澤個人の衰退のみならず、
日本映画全体の衰退の一つのメルクマールと見做せるわけです。
つまり、60年代半ばには、日本映画は黒澤のような浪費家を抱えておく余裕がもはやなかった。
そこからの黒澤の低迷は、彼個人の才能の枯渇によるものではない。
それは日本映画の構造変化の結果だと思う。
これは黒澤だけでなく、スタジオシステムの中で生きてきた職業監督の殆どにも大なり小なり言えることです。
例えば岡本喜八なんて、ATGで撮り始めてから途端につまらなくなっている。
224ムー大陸 ◆POG0Nh1MOnGz :2014/02/24(月) 00:11:01.68
皮肉なことに、黒澤も岡本も、会社の商業主義的な論理により、
「芸術性」が適度に抑制されていた時にこそ、最良の作品を生み出している。
これは、映画会社の商業主義的システムが一方で生み出した、
スタッフや役者の技術の高度な蓄積と、正確に表裏一体の現象です。
225ムー大陸 ◆POG0Nh1MOnGz :2014/02/24(月) 00:13:54.56
ハスミンが「日本人の顔」の下落を言う時に黒澤の名前を出したのは、
正にそういう事情の体言者が黒澤だったということでしょう。
226ムー大陸 ◆POG0Nh1MOnGz :2014/02/24(月) 00:45:59.92
ハスミンの面白いところは、どこか明治の旧家の富国強兵というか、
官民共同みたいな「鈍感さ」を隠そうとしない所なので、
例えは日本のスタジオシステムが70年あたりで崩壊した後も、
日活だけがポルノ路線に特化することにより、その先約10年にわたり、
撮影所の伝統を保持していたのだが、その、ある意味日本人好みの「美談」をも、
ハスミンはどっかの対談で冷酷に切り捨てていた。
彼によれば、日活の延命は、イタリアにおけるマカロニウエスタンの一時の興隆と同じく
「偽りの運動」に過ぎないというのだ。
俺個人としては、この説には殆ど同意はできないが、
ハスミンの本質が隠れもなく吐露されているという意味で、非常に潔いとは思う。
227オマンコばんざい:2014/02/24(月) 02:37:15.53
蓮實が神代辰巳をも偽りの運動とよぶとしたらそれはかなりの
事実誤認だと思う。
228オマンコばんざい:2014/02/24(月) 02:51:04.81
むしろ日活ロマンポルノこそが蓮實の言説を流通させる下地を
つくったとも言えるわけで。その散文的な運動を偽りとして卑
下することは蓮實自身がみずからをアポリアに追いこんでると
いう自覚はないのかな。まあその傲慢さが明治の文人とよばれて
もしかたない所以だとしてもね。
229オマンコばんざい:2014/02/24(月) 03:24:37.16
息抜きに『南極物語』スレしようよ。見たことないけど。いまだ撮られて
ないっていう設定で。この映画の舞台知ってるひといないかな。どうして
も思い出せない。
230吾輩は名無しである:2014/02/24(月) 04:13:58.16
>>219
違うのかー
いまだにその一線がわからん
231吾輩は名無しである:2014/02/24(月) 04:50:55.16
>>229
堺雅人が出てたよね
232オマンコばんざい:2014/02/24(月) 04:55:22.83
よくおぼえてるね。マニアっているんだ。主演はたしかに堺雅人。
恋人役もいたけど女優がどうしても名前が出てこない。
233オマンコばんざい:2014/02/24(月) 04:59:44.27
でも舞台は南極ではなかっと思うけど。オープニングはすごく
よくって曲が最高だったと思う。そうそうフレディ・マーキュ
リーだった。
234オマンコばんざい:2014/02/24(月) 05:05:24.55
たしかに黒澤は世界のクロサワっていうアーティストだっていう
イデオロギーがいまだに根強いんだよね。北野さんでさえそう思
っていてでも明白に撮影所のひとなんだよ。むしろ北野武のほう
がよっぽど特異なわけでさ。
235オマンコばんざい:2014/02/24(月) 05:26:04.12
手前味噌になるけどだから黒澤と宮崎駿はどっか似てるの。どうし
てかっていうとすくなくともいま国内ではアニメーション制作って
採算がとれて宮崎でなくともけっこうコンスタントに工業製品を商
品として成立させてるわけじゃん。国外からの需要もあるし。だか
らまえに言った資本の投下ってある種の制作会社を円滑に機能させ
たり徒弟制度なんてものを可能にさせるともいえるんじゃないかな。
236オマンコばんざい:2014/02/24(月) 05:51:54.84
仮にそうだとすれば蓮實の批評の臨界点は鈴木清順にもいえる。スタジオ
システムとアーティストの話だけどここに限っては争議の問題やらなんや
で蓮實はアーティスト清順をも支持してるんだよね。これはどういうこと
なの。
237吾輩は名無しである:2014/02/24(月) 08:46:51.25
蓮實重彦:で、小林秀雄あたりからそれがおかしくなってきている。やっぱり小
林秀雄ってのは頭がよすぎて、そんなことを考えてたらば、早晩なんにも書く
ことがなくなるということがかなり若いときからわかっていたんでしょう
238吾輩は名無しである:2014/02/24(月) 08:50:56.60
123死ね
239吾輩は名無しである:2014/02/24(月) 09:20:24.71
>>237
批評家ってほとんどが旬がすぎちゃうと
作家より惨めな存在だよな
240吾輩は名無しである:2014/02/24(月) 10:10:08.44
蓮實重彦だろうが誰だろうが、ひょーろん家が小林秀雄みたいなひょーろん家をけなすわけないじゃん。(笑
ひょーろん家だよ、頭がよすぎるわけないじゃん。
ただのバカだから、何にも創れずひょーろんを書いて身すぎ世すぎをする、くだらない一生を「神様」で送るんだよ。(笑
241ムー大陸 ◆POG0Nh1MOnGz :2014/02/24(月) 14:29:44.52
>>236
ふむ。ここで清順を持ち出すセンスは良いね。
ちなみに清順については、今まで黒澤を巡ってなされていた問題提起にはまるで当て嵌まらない。
日活時代の作品とATG時代の作品を見比べても、日本人の顔が貧しくなったなどという
感想は浮かび上がって来ないだろう。
なぜなら、黒澤は、映画は「豊かな」ものだと信じており、その「豊かさ」は、
役者やスタッフの技術の集合体によって保証されていた。
役者の「顔」も当然その範疇に含まれる。
一方清順は、デビュー時から一貫して「映画は貧しいものである」というテーゼに従って
仕事をして来た。
その中でも人間の顔なんてものはもっとも貧相な代物なのだと
清順は達観していたはずである。
その達観は、あの呪われた「悲愁物語」のヒロインの恐るべき貧相さによって
最高潮に達するのである。
その貧相さは確かに時代が生み出したものでもある。
しかし清順は黒澤と違い、時代の貧相さに抗うのではなく、
もともと映画なんてそんなもんさという達観に生きている
242吾輩は名無しである:2014/02/24(月) 15:15:08.00
>会社の商業主義的な論理により、
>「芸術性」が適度に抑制されていた時にこそ、最良の作品を生み出している。

これは押井守がそうだよなあ、と思った
243吾輩は名無しである:2014/02/24(月) 15:17:08.97
パヤオだしてくるならその対比として押井と
244吾輩は名無しである:2014/02/24(月) 19:37:35.23
80年代黒沢清は資金のない映画監督として方向性を模索していて
深作欣二には貧困と歴史がある
神代辰巳にはセンスがある
相米慎二にはスペクタクルがある
黒澤明にはその3つと資金があるが行き詰まってる
どうしたらいいかと悩んでいるときカサヴェテス特集を見た
カサヴェテスには貧困と歴史もセンスもスペクタクルも資金もない
しかし面白い
対象を撮る、それだけでいいんだ
あとから出てきた北野武にも似たようなものを感じたと
245ムー大陸 ◆POG0Nh1MOnGz :2014/02/25(火) 00:19:45.34
>>242
俺的に押井は「パトレイバー2」一本だけの人なんだよなw
246ムー大陸 ◆POG0Nh1MOnGz :2014/02/25(火) 00:33:37.80
>>244
それって哀川翔で撮りまくる前の話かな?
247ムー大陸 ◆POG0Nh1MOnGz :2014/02/25(火) 02:58:52.97
そういやニンゲン合格とラヴ・ストリームスはどこか似てるっちゃー似てる
248オマンコばんざい:2014/02/25(火) 03:22:32.69
清順の話でムー大陸がいうことはわかるよ。黒澤は清順よりひと回り年嵩
なんだよね。顔の変遷でいえば清順はたしかに一貫しててというか顔を撮
ってないともいえる。どっちが優れてるっていうつまんないことじゃなく
て黒澤の場合、顔とか表情の厚みみたいなもんが魅力だよね。でもそれは
円滑に機能する撮影所ありきであってね。それこそ黒澤はベルイマンとか
タルコフスキーに比せられる作家じゃなくてさむしろB級=プログラムピク
チャーの帝王ジョセフ・H・リュイスという立場に対してどんなスタンス
をとりうるかっていう青地図も描けるよね。
249オマンコばんざい:2014/02/25(火) 03:55:26.87
『ニンゲン合格』は『レナードの朝』だよ。『レナードの朝』マイナス
物語でしょ。
250オマンコばんざい:2014/02/25(火) 03:57:42.99
黒沢はまえにけっこう描写っていってたけどなんなんだろ。
説明してくれるひといるかな。
251ムー大陸 ◆POG0Nh1MOnGz :2014/02/25(火) 03:57:49.88
しかしぶっちゃけ俺は黒澤の撮る顔はまるで好きになれないなw
まあ演出で厚塗りし過ぎて原型留めてないし。
用心棒の山田五十鈴や加東大介の演出なんでマジ最悪で吐き気がしたぜ。
252ムー大陸 ◆POG0Nh1MOnGz :2014/02/25(火) 04:00:07.03
唯一おっと思ったのは我が青春に悔いなしの原節子の顔くらいだな。
あれはカウンターショックだったw
253オマンコばんざい:2014/02/25(火) 04:10:48.75
もうひとつ教えてほしいのはカサヴェテスのフィルムでの不断の
アップデートとワイズマンフィルムの不断の新しさの出現のちが
いなんだけどさ。ワイズマンがいることでカサヴェテスはそのほ
とんどを失ってしまうと思う。たとえジョンには演劇あるにして
も。だとワイズマンがロッセリーニだとしたらカサヴェテスはサ
ッシャ・ギトリーみたいなもんでさ。
254オマンコばんざい:2014/02/25(火) 04:13:11.83
でも『蜘蛛巣城』っていいよ。かなりの水準でしょう?
255ムー大陸 ◆POG0Nh1MOnGz :2014/02/25(火) 14:15:32.53
俺は「虎の尾を踏む男たち」しか認めないw
(これだけは無条件に好き)
256オマンコばんざい:2014/02/26(水) 05:49:23.03
カサヴェテスを野次ったけど偉大な映画人だと思う。まだ『ラヴ・スト
リームス』見てないんだけど『フェイシズ』や『こわれゆく女』よりい
いいのかな。機会があればすぐに見るつもり。
257オマンコばんざい:2014/02/26(水) 05:54:40.69
黒澤の撮る顔いいじゃん。そりゃ『乱』の仲代の顔はよくない
けどさ。黒澤もとは絵画でしょ。それが彼のイデアなんだろう
ね。
258オマンコばんざい:2014/02/26(水) 05:57:08.87
ヴェンダースの話でもしてみない?誰でも思うところを。
259オマンコばんざい:2014/02/26(水) 07:02:04.41
『都会のアリス』とか『事の次第』とか『アメリカの友人』とか
『ゴールキーパーの不安』とか『パリ、テキサス』とか『ニック
スムービー/水上の稲妻』とか『さすらい』とかいいもんたくさ
んある。あと『東京画』と『都市とモードのビデオノート』も
 ある。
260吾輩は名無しである:2014/02/26(水) 10:21:41.88
123四ね
261ムー大陸 ◆POG0Nh1MOnGz :2014/02/26(水) 22:05:38.17
三つ数えろ
262吾輩は名無しである:2014/02/27(木) 13:07:42.31
ハスミ信者とかまだいるのか
絶滅危惧種だろ
263ニャントロ星人:2014/02/27(木) 22:26:09.57
ハメット、ハワード・ホークス
264オマンコばんざい:2014/02/28(金) 01:27:44.58
ニャントロ星人は戦後からの文芸批評の流れってどう考えてるのかな。
ムチャぶりで悪いけど概観からなんかおもろいこと出てくるかなって
思ったの。見取図を馬鹿にするひとはとりあえずスルーしてざっくり
書いてくれると助かるんだけど。
265オマンコばんざい:2014/02/28(金) 01:55:25.15
ハメット、ホークスの『三つ数えろ』。ハメット、ホークス、ヴェ
ンダースの『ハメット』。ハメット、ホークス、ヴェンダース、万
田邦敏の『四つ数えろ』。ハメット、ホークス、万田邦敏、オマン
コばんざいの『三つ数えた』。
266オマンコばんざい:2014/02/28(金) 02:07:44.42
小林秀雄から吉本隆明、そして蓮實重彦に柄谷行人そのあとに
浅田彰。そこには江藤淳や中沢新一とかの名前のみならず色々
な批評家が欠けてるよね。
267オマンコばんざい:2014/02/28(金) 02:23:40.48
批評というとき評論と区別して浅田に倣って批評的=危機的の
解釈でいいと思うの。評論のエッジで初めてクリティックが
一瞬の火花として飛び散って、どこか批評=臨床としてのクリ
ニックとさえ分岐的総合を果たすっていう夢想はエティック
=エステティックな視点でアリなんじゃないかな。
268ニャントロ星人:2014/02/28(金) 03:23:06.11
>>264
ほとんど「近代日本の批評」に依拠していると思います
座談会においてのスガの発言なんか見ると
スガ秀実はそれとは多少ズレているみたいですが

中村光夫・大岡昇平や武田泰淳などの小説家や近代文学派など
→江藤淳・吉本隆明→内向の世代に属する批評家→70年代の蓮實・柄谷など
→80年代以降の蓮實・柄谷・浅田・スガ・渡部直己など→東などその他という感じですか

2000年代以降はあまり詳しくないのであまりわかりませんが
269ニャントロ星人:2014/02/28(金) 03:31:28.36
中村光夫などのところに小林秀雄・花田清輝・坂口安吾などをを加えるべきでしたね
ただ重要なものは戦前に書かれているみたいなので
入れるべきなのかはわかりませんが
270吾輩は名無しである:2014/02/28(金) 08:31:37.56
>>262
蓮實主義者のブログ
http://yokato41.blogspot.jp
271オマンコばんざい:2014/02/28(金) 09:08:27.42
>>268
ありがとう。戦後すぐだとなんか批評家が乱立しててなんかよくわかんない
印象。ほら60年安保でやっと吉本隆明が圧倒的影響力をもってそれへのレス
として後々、柄谷とか蓮實の登場を準備したと思う。終戦直後だと『文學界』
を中心として小林秀雄、大岡昇平、中村光夫、それこそ花田や安吾もいたと
思うの。でもそのときってもちろんまだ保田與重郎も三島もいたわけで。
272オマンコばんざい:2014/02/28(金) 09:29:23.11
戦後の混乱期っていえば簡単かもだけどたぶんニャントロ星人のいう
ように戦前からの著作が執拗につづいていると同時に当時無名の吉本
が詩人として出発したり小林からみれば野良犬みたいな安吾が『教祖
の文學』で噛みついたりも終戦直後だっけ。当時もちろん京都学派だ
っている。でも花田ってわかんない。たんなるトリッキーな詐欺師だ
ったのかそれとも絓秀実のいうようにある意味必要なひとだったのか
なって。
でも大岡や武田、そして安吾の名前をみると小説=批評であるのは断言
できそう。
273オマンコばんざい:2014/02/28(金) 09:30:52.12
絓って強調されて表記されるんだ。
274オマンコばんざい:2014/02/28(金) 09:55:58.65
2000年代はわからない。東がでてきたってことはあるよね。この
ひとやたら揶揄されるけど『ソルジェニーツェン試論』から『存
在論的、郵便的』まではすくなくともみんな驚いたってことの証
左だと思う。世間で誹謗するのはまだまだ先のことかなって思う。
275吾輩は名無しである:2014/02/28(金) 10:26:19.12
>>274
最初から危なかったけどな東は。
まあ、期待はされたけど、
留学に失敗して完全に終わってしまった。
2000年代になってからの東はもうひたすら下降してるだけだろ。
一般意思2.0とかいうのもひどかったな。
いまや、人文業界では誹謗すらされない、ただのイベントバーの親父だな。
まあ、才能ゼロの頭の悪い若者をひきつれて威張ってるだけだよ。
276吾輩は名無しである:2014/02/28(金) 10:31:31.25
蓮實重彦:で、小林秀雄あたりからそれがおかしくなってきている。やっぱり小
林秀雄ってのは頭がよすぎて、そんなことを考えてたらば、早晩なんにも書く
ことがなくなるということがかなり若いときからわかっていたんでしょう
277吾輩は名無しである:2014/02/28(金) 11:16:45.33
【訃報】童謡「ぞうさん」の作詞 詩人まど・みちおさん 104歳
http://uni.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1393549016/
278吾輩は名無しである:2014/03/01(土) 10:46:20.37
低学歴デブの自称芸術家123、でてこいよ〜♪
279吾輩は名無しである:2014/03/01(土) 14:52:02.47
 丸谷が、ゴシップを文学の源泉として評価していることはもちろん知っていた。そして、私もそうである。
だが、何よりゴシップ的なのは、丸谷が敵視していた私小説ではないか、と思い、そういえばそのことを指摘しなかったかもしれないと気付いた。
『蒲団』はもとより、『オリンポスの果実』にせよ『火宅の人』にせよ『死の棘』にせよ、ゴシップではないか。
なのになぜ丸谷は、私小説を攻撃したのか。もとより、丸谷が嫌ったのは、
丸谷と同時に川端賞をとった上田三四二の「祝婚」のような冠婚葬祭・身辺雑記私小説なのは分かる。
だがそれならなぜ、ゴシップ的私小説はいい、と言わなかったのか。
http://d.hatena.ne.jp/jun-jun1965/20140228
280オマンコばんざい:2014/03/02(日) 02:56:20.39
丸谷ってバカだからどうでもよくないかな。小説ってもともと卑近で
低劣な素材をテーマにしてるのが発祥でしょ。
281オマンコばんざい:2014/03/02(日) 03:11:42.25
私小説はゴシップだとは思わないけど。もっと低劣下品で卑近
なのが小説の魅力なんだからさ。ゴシップみたいに多数の見苦
しい感情の共有なんか及ばないよね。
282オマンコばんざい:2014/03/02(日) 03:21:04.04
むしろ身辺雑記だってゴシップにも私小説にもなりうるんじゃ
ないかな。丸谷才一って言葉のいちばん素朴な意味でのラディ
カルですらないし。気になるひとだけ読んどけばっていう。
283オマンコばんざい:2014/03/02(日) 03:31:09.29
ただ東が佐々木中とかよりずっと危なっかしくて舞城みたいな
散文を地でいってるから面白いっていうのはあると思う。
284吾輩は名無しである:2014/03/02(日) 03:59:07.98
東なんて文章は、それこそ安定指向だろ。
彼の場合、危なっかしのは趣味指向だな。
あまりにもステレオタイプのうえに、
目利きとしても失格。

ていうか、東の話は東スレでやってくれ。スレが臭くなる
285吾輩は名無しである:2014/03/02(日) 15:11:41.24
東って、ひどく劣化した丸谷って感じだろ。
丸谷は俗物ぶっていながら、それでも基礎的教養が充分過ぎるほどあったけれど、
しょせん受験秀才の東には、文化的基礎教養が欠けているんだよな。
だから、丸谷には若干薫るアイロニーが、東にはまったくない。
デビュー作こそ、浅田彰の優れたプロデュースもあって、
期待値も含め、それなりに評価されたんだけど、
その後は、オタクに媚びるだけで、思想的には下降線をたどばかり。
動ポモとか図式的すぎて、開き直りのネタかと思ったけど、
airについての微妙な評価も含め
本人はいたってまじめだったので、笑ってしまったよ。
airで泣いてしまった自分に恥じてたあたりかわいよな。
エクリチュールレベルでも、人生レベルでも、
ただただ恥ずかしいステロタイプのロマンティストぶりを、
ひたすら披露し続けてくれていて、観察対象としてはそれなりに興味深い人物ではあるよな。
こんな人、他にはいないからな。佐々木中なんかは、東ほど俗物じゃないから逆につまらないな。
まあ、ドランクドラゴンの鈴木みたいに、
【炎上文化人】という新たな分野を、最初に開拓したことは、充分に評価できると思う。
だが、凡庸人としては、やはりあまりに類型的過ぎて、
デュ・カンの域には遠く及ばない、ただの俗人なのが惜しい。今後の活躍に期待する。
286吾輩は名無しである:2014/03/02(日) 15:20:10.92
先日の浅田彰×東浩紀の対談から、
個人的関心で浅田彰の蓮實重彦に関する発言を以下に記す。@aysf65
「蓮實重彦のマクシム・デュ・カン論というのは傑作なんですよ。
あれは、つまり凡庸な芸術家の肖像を完璧に書くことで、それのネガとして偉大な愚鈍としてのフローベルというものを浮き上がらせた訳でしょ。
あれでもういいんですよ。今さらポジティブにフローベルなんか論じることなんかないよ。
フローベル読めばいいんだもの。と思うから、あれも、もう読まないな、たぶん。」
287ニャントロ星人:2014/03/02(日) 15:32:55.22
「凡庸な芸術家の肖像」は全部読んだな
288ムー大陸 ◆POG0Nh1MOnGz :2014/03/02(日) 22:15:34.15
アラン・レネ死去。
91歳とな。
289オマンコばんざい:2014/03/03(月) 03:18:55.12
レネ亡くなったの。日本ではどうか知らないけど本国ではけっこう
カイエが晩年までフォローしてたかも。デプレシャンが高く支持し
てたけどアルノー本人の真意ってわかんない。ゴダール、トリュフ
ォーにたいする第三極としてのレネっていう目算があったかも。今
にして思えば。
290オマンコばんざい:2014/03/03(月) 03:37:40.85
批評家の仕事ってそれだよね。その意味で『凡庸な芸術家の肖像』
は傑作っていうわけでしょ。読むことは論じることなんかじゃなくて
フロベールの小説に記された文字を愚直にたどって感情が抑制できな
くなったり思考することを迫られたりする経験でしょ。だとすればフ
ロベールについて語りたければフロベールにはけっして触れるなとも
言えるわけで。実際具体的な小説作品について語ったひとなんか皆無
だもの。かりに語れたとしてもその批評は対象の小説作品と一字一句
変わらない文字列なんだから。
291オマンコばんざい:2014/03/03(月) 03:47:10.97
だから批評家の仕事ってどうしても支持する小説をああではない
こうではないって否定的に突き詰めていってやっとおぼろげなが
らその輪郭を浮かび上がらせるっていうかなり疲労する職業なん
だろうね。それにくらべて小説家の図々しさときたら。
292オマンコばんざい:2014/03/03(月) 04:09:29.31
だから作家論って作品論でもいいけどどっちかっていうと彫刻家
なんだよね。画家とかその画家が描いたキャンバスを背景から切
り離してあぶり出す残酷な試みかもね。残酷っていうのはなにも
その行為が残酷って意味ではなくてひとりの天才がいてその周り
に有象無象がいましたよというほとんど絶対的な非対称な構図の
ことね。だとすれば蓮實が戦後民主主義に反旗をひるがえす姿が
みえてくるっていうことはあると思うよ。だから貧しい発想で三
島との類縁性を口にするひとがいるんじゃないの。ほら貧しい発
想ってそもそもユニヴァーサルなわけじゃん。
293オマンコばんざい:2014/03/03(月) 04:51:32.56
まえの話に戻れば映画と産業がともに肯定された時代はルビッチとともに
死んだんだよね。いまはかろうじて映画だけが生き残ってる。先の大戦や
ロッセリーニやゴダールが断絶なんかじゃなくてルビッチが死ぬと同時に
ルビッチが生まれるっていう不自然さを自然にクリス・フジワラやローゼ
ンバウムが共有してればいいよね。だから一度『天使』と『自由と祖国』
とかアベル・ガンスの『ナポレオン』と『妥協せざる人々』の併映があれ
ばなって。
294オマンコばんざい:2014/03/03(月) 09:16:49.44
現在の民主主義や圧倒的に非対称な構図その両者を同時にそしてホントに
批判できてるのってゴダールとストローブ=ユイレなんだよね。でもその批
判をポジティヴに明文化したり一般化したりすることはできない。しいて
言えば彼らの映画を見ることしかないんじゃないか。知性と暴力だけが国境
を越えるんじゃなくて貧しい発想も国境を越えちゃうって言いたかっただけ
なんだ。
295オマンコばんざい:2014/03/07(金) 05:07:16.25
もういいよなんでも。トピックお願いします。
296吾輩は名無しである:2014/03/07(金) 05:33:44.13
蓮實重彦は村上龍の映画(古っ)どうおもってんのかなあ。
297オマンコばんざい:2014/03/07(金) 12:05:05.30
なんか決定的にダメだって読んだことあるよ。
インタヴューで龍本人に言ってた。
298吾輩は名無しである:2014/03/07(金) 13:51:09.31
浅田彰は龍映画のことを抑制がきいている、とか
苦しい評価してたけど、浅田彰って
映画評論としてはどうなの?
299吾輩は名無しである:2014/03/07(金) 17:48:38.93
かっこつけたいだけだよ、浅田。
300吾輩は名無しである:2014/03/07(金) 20:55:10.69
小津 安二郎(1903年12月12日 - 1963年12月12日)
谷崎 潤一郎(1886年7月24日 - 1965年7月30日)

ジョン・フォード(1894年2月1日 - 1973年8月31日)
蓮實 重康(1904年5月30日 - 1979年1月11日)
ニコラス・レイ(1911年8月7日 - 1979年6月16日)

ロラン・バルト(1915年11月12日 - 1980年3月26日)
ミシェル・フーコー(1926年10月15日 - 1984年6月25日)
加藤 泰(1916年8月24日 - 1985年6月17日)
中村 光夫(1911年2月5日 - 1988年7月12日)
大岡 昇平(1909年3月6日 - 1988年12月25日)
豊崎 光一(1935年12月20日 - 1989年6月12日)

中上 健次(1946年8月2日 - 1992年8月12日)
マキノ 雅弘(1908年2月29日 - 1993年10月29日)
ジル・ドゥルーズ(1925年1月18日 - 1995年11月4日)
淀川 長治(1909年4月10日 - 1998年11月11日)
後藤 明生(1932年4月4日 - 1999年8月2日)

相米 慎二(1948年1月13日 - 2001年9月9日)
ダニエル・シュミット(1941年12月26日 - 2006年8月5日)
ダニエル・ユイレ(1936年5月1日 パリ - 2006年10月9日 ショレ)
エドワード・ヤン(1947年11月6日 - 2007年6月29日)

エリック・ロメール(1920年3月21日(3月20日、4月4日説もあり) - 2010年1月11日)
テオ・アンゲロプロス(1935年4月27日 - 2012年1月24日)
吉本 隆明(1924年11月25日 - 2012年3月16日)
トニー・スコット(1944年7月21日 - 2012年8月19日)
梅本 洋一(1953年1月9日 - 2013年3月12日)
301ムー大陸 ◆POG0Nh1MOnGz :2014/03/07(金) 21:27:42.44
梅本入れんな。
彼の冗談としか思えない翻訳業は万死に値する。
あのスペインの修復画レベル。

一方9.11の二日前に死んでのけた相米は神です。
302オマンコばんざい:2014/03/08(土) 03:07:47.69
中上健次は生きてたら70手前くらいだね。生きてたらどんな小説かいてた
ろうって想像もできないから夭折すべくして夭折したっていう印象かな。
浅田は身内に点が甘いんじゃないかな。坂本龍一然り。ストローブを評価
しながら龍もいいなんてあるわけないもん。やっぱ浅田って頭いいから仲
間意識少なめですぐれた作家を取りあげるとそれなりにうまいと思う。
あとたしかに梅本によるホークスインタヴューの翻訳はすさまじかった。
それを許した出版社もどうかと思う。
303ムー大陸 ◆POG0Nh1MOnGz :2014/03/08(土) 20:23:33.29
有名なのはホークスのそれだけど他も酷いよー梅本の翻訳は。
確かに本人だけじゃなく出版社の職業意識も問われるわな。
こういうのどういう力関係なのかわからんが
304吾輩は名無しである:2014/03/10(月) 20:25:01.57
1950年 黒『醜聞』『羅生門』、小『宗方姉妹』、溝『雪夫人絵図』、成『石中先生行状記』『怒りの街』『白い野獣』『薔薇合戦』
1951年 黒『白痴』、小『麦秋』、溝『お遊さま』『武蔵野夫人』、成『銀座化粧』『舞姫』『めし』
1952年 黒『生きる』、小『お茶漬の味』、溝『西鶴一代女』、成『お国と五平』『おかあさん』『稲妻』
1953年 小『東京物語』、溝『雨月物語』『祇園囃子』、成『夫婦』『妻』『あにいもうと』
1954年 黒『七人の侍』、溝『山椒大夫』『噂の女』『近松物語』、成『山の音』『晩菊』
1955年 黒『生きものの記録』、溝『楊貴妃』『新・平家物語』、成『浮雲』『くちづけ』第三話
1956年 小『早春』、溝『赤線地帯』、成『驟雨』『妻の心』『流れる』
1957年 黒『蜘蛛巣城』『どん底』、小『東京暮色』、成『あらくれ』
1958年 黒『隠し砦の三悪人』、小『彼岸花』、成『杏っ子』『鰯雲』
1959年 小『お早よう』、成『コタンの口笛』
305吾輩は名無しである:2014/03/10(月) 23:08:17.40
20組の監督が選んだオールタイム・ベスト(2012年版)
http://umikarahajimaru.at.webry.info/201208/article_7.html
306オマンコばんざい:2014/03/12(水) 02:36:13.45
最高のオールタイム・ベストテン作るっていうか納得できる正典が映画
にあってもいいと思う。『天井桟敷〜』とかはヤだけど。
307オマンコばんざい:2014/03/12(水) 02:48:07.31
かりに作家からいくとラング、ヒッチコック、フォード、ホークス、
グリフィス、シュトロハイム、チャップリン、溝口、ムルナウ、小
津ならあくまで正典として・・・
『M』
『めまい』
『捜索者』
『リオ・ブラボー』
『散りゆく花』
『グリード』
『モダンタイムス』
『雨月物語』
『サンライズ』
『東京物語』
とかね。
308吾輩は名無しである:2014/03/12(水) 02:53:49.82
黒澤はどうする
309オマンコばんざい:2014/03/12(水) 02:53:57.41
映画ってある意味センスだからカッコイイを基準にしてクールな
オールタイム・ベストテンつくれるひといるかな。もちろん新旧
問わず。上記はたんなる例だから。お願い。
310オマンコばんざい:2014/03/12(水) 02:54:36.97
黒澤どうしようか??
311オマンコばんざい:2014/03/12(水) 02:56:45.61
溝口がいるとなると黒澤は今回はランク外じゃないかな。ムルナウ
もいるし。
312吾輩は名無しである:2014/03/12(水) 03:01:20.29
キートン『将軍』
チャップリン『サーカス』
リーフェンシュタール『民族の祭典』
ゴダール『軽蔑』
ホークス『黄金』
ワイルダー『お熱いのがお好き』
エイゼンシュテイン『イワン雷帝』
リーン『逢引き』
ルノワール『黄金の馬車』
ヴィスコンティ『ルードヴィッヒ』
313吾輩は名無しである:2014/03/12(水) 03:05:51.69
ムルナウ『サンライズ』なら黒澤『続姿三四郎』
314吾輩は名無しである:2014/03/13(木) 14:28:52.45
続かよ
315ムー大陸 ◆POG0Nh1MOnGz :2014/03/13(木) 22:56:50.45
>>312
一つ間違えてる箇所があります。
さてどこでしょう。


って突っ込まれたくて書いたとしか思えんw
316オマンコばんざい:2014/03/14(金) 01:50:34.06
>>315
えwオマンコもわかんない。あえてググらないでホークスんとこかな。
ヒューストンかも。それかキートンとチャップリンとこ。あとは合って
るはずだけど・・・
317オマンコばんざい:2014/03/14(金) 01:59:24.69
>>312
たしかにエイゼンシュテイン『イワン雷帝』はカッコイイ。
でもゴダール『軽蔑』ってそんなにいいの。ゴダールのとこ
もっとマニアックにしても正典になるような気がするけど。
でもタイトル思い浮かばない。
318オマンコばんざい:2014/03/14(金) 02:12:36.56
『16ブロック』良かったよ。見たひといればいいな。かなり前だけど
ブルース・ウィリス主演、デビッド・モースが悪役。パッと聞いたと
きのあらすじがいいんだよ。証人を警察署から16ブロック先の裁判所
へ運ぶだけっていうね。企画としては『フォンブース』とか『ニック
オブタイム』にちかいけど監督リチャード・ドナーのせいかなホント
良かった。オルタナエンディングだけどもちろんハピエン唯一。
319オマンコばんざい:2014/03/14(金) 02:16:34.58
デビット・モースで思い出したけど『インディアンランナー』とか
覚えてるひといるかな。やっとこの歳になっていいなって思えてき
た。
320吾輩は名無しである:2014/03/14(金) 09:13:00.33
パゾリーニは異彩というか、異臭も放つだろうねw
321ムー大陸 ◆POG0Nh1MOnGz :2014/03/15(土) 01:10:48.15
越えてはならない一線を越えてしまった映画ベストテン(順不同)

鈴木清順「悲愁物語」
オリヴェイラ「カニバイシュ」
相米慎二「雪の断章」
リヴェット「セリーヌとジュリーは舟でゆく」
ブニュエル「砂漠のシモン」
キン・フー「忠烈図」
タチ「プレイタイム」
ゴダール「映画史」
ムラートワ「無気力症シンドローム」
中川信夫「地獄」
322ムー大陸 ◆POG0Nh1MOnGz :2014/03/15(土) 01:15:46.57
次点として
ドライヤー「奇跡」
ルビッチ「花嫁人形」
ジーン・マーティン「ホラー・エクスプレス」
323オマンコばんざい:2014/03/15(土) 03:28:19.20
自堕落な感傷に浸ってベストテン

ヴィム・ヴェンダース『パリ、テキサス』
ジェームズ・グレイ『リトル・オデッサ』
クレール・ドゥニ『パリ、18区、夜』
アラン・タネール『白い町で』
アンドレイ・タルコフスキー『ノスタルジア』
ジェームズ・フォーリー『摩天楼を夢みて』
ジャン・リュック・ゴダール『ゴダールのリア王』
ビクトル・エリセ『エル・スール』
侯孝賢『憂鬱な楽園』
ロベール・ブレッソン『ラルジャン』
324吾輩は名無しである:2014/03/15(土) 11:11:44.86
325吾輩は名無しである:2014/03/15(土) 18:58:25.17
蓮實が語らない外交・経済・国家
326吾輩は名無しである:2014/03/15(土) 21:48:08.67
昭和文学(戦後〜昭和末年)ベストテン[小説篇]『三田文學』No.91(2007年秋季号)

大岡昇平『野火』
深沢七郎『楢山節考』
三島由紀夫『金閣寺』
島尾敏雄『死の棘』
小島信夫『抱擁家族』
大江健三郎『万延元年のフットボール』
武田泰淳『富士』
大庭みな子『浦島草』
中上健次『千年の愉楽』
埴谷雄高『死霊』

昭和文学(戦後〜昭和末)ベストテン 評論篇『三田文學』No.111(2012年秋季号)

小林秀雄『「白痴」についてU』
江藤淳『成熟と喪失』
秋山駿『内部の人間』
福田恆存『私の國語教室』
吉本隆明『マス・イメージ論』
柄谷行人『日本近代文学の起源』
三島由紀夫『日本文学小史』
坂口安吾『堕落論』
平野謙『芸術と実生活』
磯田光一『永井荷風』
327オマンコばんざい:2014/03/16(日) 03:13:43.81
昭和文学(戦後〜昭和末)小説ベストテン でも昭和って篇

大江健三郎『ピンチランナー調書』
谷崎潤一郎『瘋癲老人日記』
阿部公房『砂の女』
大岡昇平『堺港攘夷始末』
古井由吉『仮往生伝試文 』
クロード・シモン『三枚つづきの絵』
島尾敏雄『死の棘』
トマス・ピンチョン『V.』
中上健次『鳳仙花』
村上龍『ピアッシング』1994年
328吾輩は名無しである:2014/03/16(日) 15:48:59.97
安部を阿部と書く奴は死んでくれ
329オマンコばんざい:2014/03/17(月) 01:18:52.32
>>328
ごめん。間違えた。
330吾輩は名無しである:2014/03/17(月) 01:36:07.72
通常、安部を阿部と書く奴は馬鹿。
オマンコばんざいなどというHNを使うやつも普通は馬鹿。
だが、オマンコばんざい君よ
君が馬鹿でないことを証明するチャンスをあげよう。

問:君にとって映画とは何か?

気の利いた答えをたのむよ
331オマンコばんざい:2014/03/17(月) 14:28:07.60
私にとって映画とは
無芸無能のハッタリだけの世渡りでの「最後の砦」です
by 中原
332吾輩は名無しである:2014/03/18(火) 01:37:28.72
おまんこバンザイって高校生?
ベストテンのほとんどがその作家の中でも薄味な作品ってどういう魂胆なのか
マイナー寄りかと言えば全員ビッグネームだし、個人的な好みに特化してるとも思いにくい…
333吾輩は名無しである:2014/03/18(火) 01:37:49.81
>>330
オールタイムベストとかやるのが蓮実信者。蓮実がヘタ
レかどうかは知らんから、どうでもいいが。

オレの場合文学ヲタとか映画ヲタを気取るつもりは無いしガ
マンしてまで見栄張るのもどうかと思う。だいたいこのスレはコ
ンプレックスの塊が多いんだよ>>330も気付け。

コテハンがアホっぽいのは同意だな。
ばかのかまってちゃんと見た。せいぜい読んでるのは阿部和重
んとこらへんか、青山あたりだな。あと中原昌也か。

ざっと見渡しても実際安倍公房読んでんの君ぐらいだと思う。
いくら虚勢張ったってオマンコばんざいが無知なのはバレてるしな。
 
334オマンコばんざい:2014/03/18(火) 01:46:58.88
たしかにメジャーな作家の薄味な映画って好きかも。
335吾輩は名無しである:2014/03/18(火) 01:51:44.80
映画のみならず小説もだろう

なんでもありならどうでもいいけど、
「昭和」縛りありで「昭和」らしさを感じさせない作品ばかり選ぶのって
どうしてなのか本当に分からん
336オマンコばんざい:2014/03/18(火) 02:08:02.53
うん小説のほうのベストテンもね。あえて昭和縛りで吟味すればこう
なるってこと。ビッグネームで薄味って指摘されたけどそれこそ昭和
なんじゃないかってことなの。
337オマンコばんざい:2014/03/18(火) 02:16:31.40
戦後の復興から高度経済成長期、バブルの爛熟と崩壊っていう
教科書的な流れを愚直にたどるんならこうなっても仕方ないって
いうね。むしろ特化した個人的な好みに需要なんてあるのかが疑問
かな。
338吾輩は名無しである:2014/03/18(火) 02:30:54.77
こじつけが半端じゃないが、2ch以外でもそうなの?
そんなんでまともに会話してくれるやついるのかね

冗談ならまじめに応対してごめんね(。-人-。)
339オマンコばんざい:2014/03/18(火) 02:36:55.45
>>330より>>333のレスのほうが正直ツライかも。図星って意味で。
でもオマンコと同じく>>330>>333のレスはまったく理解できな
いような気が。
340オマンコばんざい:2014/03/18(火) 02:39:45.10
>>338
あ、真面目な話だったのね。こちらこそゴメン。
341吾輩は名無しである:2014/03/18(火) 02:43:08.68
俺には>>330>>333もおまんこさんと裏表の同類にしか見えないが
とりあえずおまんこさんはあまりにも大ざっぱな戦後思想史の見取りを欲しがったり
何者かに阿るかのような映画の選別をしていたり(映画に罪はない)
ぬるい自己顕示があちこちに散りばめられていたりして(新鮮味はない)
全体的に佐々木敦の劣化コピーみたい

蓮實に対する愛情とも異なる妙なこだわりからしても重なるね
ヘンなの
342オマンコばんざい:2014/03/18(火) 03:13:28.84
まあ気分だからね。気楽にいこうっていう。
343吾輩は名無しである:2014/03/18(火) 11:00:04.93
自分が絶望的になった時に他者に見られる所で絶望的に行動できるやつってのは生きるのが楽でいいよなあ。
オマンコばんざい = 中原 みたいに。
あれだけのあの人がこんな絶望をやってるの?、が最初から無い、ただのクズだったのバカはいいよなあ。
344吾輩は名無しである:2014/03/18(火) 11:44:52.18
昭和(戦後)なんて括りに意味あるかね?
「もはや戦後ではない」と言った経済白書の方が気が利いてないか?
345オマンコばんざい:2014/03/18(火) 12:58:31.74
たしかにあんま意味ないね。
346吾輩は名無しである:2014/03/18(火) 15:44:28.12
ミイラ取りがミイラになったようなニヒリストが跋扈してるスレだな。
347ムー大陸 ◆POG0Nh1MOnGz :2014/03/18(火) 15:56:26.44
だなー
348吾輩は名無しである:2014/03/19(水) 16:48:57.32
1867幸田露伴 夏目漱石
1872島崎藤村
1879永井荷風

1883志賀直哉
1884長谷川伸
1885野上弥生子 武者小路実篤
1886谷崎潤一郎
1888菊池寛
1889室生犀星
1892芥川龍之介 佐藤春夫 吉川英治
1894江戸川乱歩 木村毅
1896宮沢賢治
1897宇野千代 大佛次郎
1898井伏鱒二 尾崎士郎
1899石川淳 尾崎一雄 川端康成 山手樹一郎

1900稲垣足穂
1902中野重治 横溝正史
1903阿部知二 深田久弥
1904永井龍男 丹羽文雄 舟橋聖一
1905石川達三 伊藤整 円地文子
1906坂口安吾
1907井上靖 火野葦平
1909大岡昇平 太宰治 埴谷雄高 松本清張
1912武田泰淳
1913杉浦明平
1914八切止夫
1915戸板康二 野間宏
1917柴田錬三郎 島尾敏雄
1918中村真一郎 福永武彦 堀田善衛  
1919鮎川哲也 水上勉
349吾輩は名無しである:2014/03/19(水) 16:50:05.43
1920阿川弘之 豊田穣 安岡章太郎
1921庄野潤三
1922瀬戸内晴美 中井英夫 山田風太郎
1923池波正太郎 遠藤周作 司馬遼太郎
1924安部公房 陳舜臣 吉行淳之介
1925辻邦生 丸谷才一 三島由紀夫
1926井上光晴 立原正秋 山口瞳
1927小川国夫 北杜夫 吉村昭
1928澁澤龍彦 田辺聖子
1930開高健 野坂昭如
1931小松左京 曽野綾子
1932石原慎太郎 五木寛之 小田実 小林信彦
1933渡辺淳一
1934井上ひさし 筒井康隆
1935大江健三郎 紀田順一郎 富岡多恵子 秦恒平
1937赤瀬川原平

1944椎名誠
1946中上健次
1947荒俣宏 立松和平
1949村上春樹
350オマンコばんざい:2014/03/20(木) 06:54:47.37
たまに投下される年表っていったいなんなのかしらん。
351吾輩は名無しである:2014/03/20(木) 07:49:14.26
三浦哲郎、後藤明生、北杜夫、古井由吉、古山高麗雄、田久保英夫、丸山健二、
高橋三千綱、津島祐子、高橋源一郎、三田誠広、宮尾登美子、庄司薫、村上龍、
青野聰、池澤夏樹、伊集院静、星新一、色川武大、阿部昭、山川方夫、三木卓、清岡卓行

ざっと思いつくだけでもここら辺が抜け落ちている。
352オマンコばんざい:2014/03/20(木) 08:59:14.83
小説っていうジャンルの定義がすごく曖昧だし個々人の嗜好もあいまって
会話が支離滅裂になるのはしかたないよね。簡単にこれだけの名前がなら
ぶっていうのも小説という容器が特異だからっていえるわけでさ。ヨーロ
ッパを起源にするひともいれば中国を起源にするひともいてでも大多数が
ヨーロッパ起源説かも。意識するしないにかかわらず。
353オマンコばんざい:2014/03/21(金) 02:26:14.27
私の母が卵の中に閉じ込められてしまったので、一緒に粘土を食べませんか?
私、塗り絵には自信があるんです。

いきなりだけどこれってなんなの。ボケてで見たんだけど。一周まわってデュ
シャンってことなのかな。流行ってんのかな。
354オマンコばんざい:2014/03/21(金) 02:29:27.43
柴田元幸が好きそうなだけで新鮮味はないけどこんなに需要あるんだ
って驚いた。
355吾輩は名無しである:2014/03/21(金) 02:55:13.50
いみふ
356吾輩は名無しである:2014/03/21(金) 03:12:24.52
こいつのは完全に独り言だからな
無視していいよ
357吾輩は名無しである:2014/03/21(金) 03:14:52.83
おめーにきいてんじゃねーよ、ばーか
358オマンコばんざい:2014/03/21(金) 04:12:02.10
>>355
>>356
>>357

どうぞご自由に。
359吾輩は名無しである:2014/03/21(金) 04:30:20.55
こいつただのバカだわw
360吾輩は名無しである:2014/03/22(土) 07:32:03.46
東浩紀 hiroki azuma ‏@hazuma 17時間
こういうひとが哲学や文学好きとか言うから、哲学や文学は滅び
るんだよなあ。ほんといや。すげえいや。
開く 返信 リツイート お気に入りに登録 その他
東浩紀 hiroki azuma ‏@hazuma 17時間
いいかげんに読まれるほうが読まれないよりいいに決まってる
よ。というか、多くの場合、読みはいいかげんなんだよ。コミュ
ニケーションの本質について考えろ。
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東浩紀 hiroki azuma ‏@hazuma 17時間
うわ・・RT @HAYASHI_twit いいかげんに読まれるくらいなら読
まれないほうがいいでしょう。マジメかアソビかの二項対立次元
が問題なのではなく、言語そのものを問う次元とプラグマティズ
ムが無縁でない領域を見出せるかどうかが重要でしょう。@hazuma デリダはもっといい
361吾輩は名無しである:2014/03/22(土) 13:16:47.63
あずまんなんか貼るなバカw
362吾輩は名無しである:2014/03/22(土) 15:11:29.39
スレが豚臭くなるので、ハゲブタのツイートなどはるなよ123.
363マグナ ◆vI4NRkhGyA :2014/03/22(土) 23:25:06.91
>>321-323
ナンタルチア、二本しか見てない。
364オマンコばんざい:2014/03/23(日) 03:41:46.57
ごめん。このHNみんな使ってるから名無しと同じね。責任だけはもちます。
365オマンコばんざい:2014/03/24(月) 04:21:40.87
小説家としてのデリダをみんな求めてるんだから。『葉書』を見よ
366吾輩は名無しである:2014/03/28(金) 06:58:37.64
『小説から遠く離れて』を手に入れた。なんか取り上げている作品が偏っているような…
井上ひさしなんてどーでもいいだろ。まあ古い本だから仕方ないのか…
367吾輩は名無しである:2014/03/28(金) 09:54:59.50
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/psycho/1336740400/89
↑  ↑  ↑   ↑  ↑  ↑
368吾輩は名無しである:2014/03/28(金) 20:32:19.47
佐々木敦は、まったくもって一筋縄でいかないインチキ批評家である。
369吾輩は名無しである:2014/03/29(土) 00:16:06.40
>>363
すごいな。このスレ来る意味ある?
370オマンコばんざい:2014/03/29(土) 04:31:30.22
>>366
当時売れてたのかなあ。だから取り上げてたのかも。でもまえ蓮實さん
ページ幾らっていう批評やってたっけ。そういうの初見だったから面白
かった。こじつけで嫌いな作家をこきおろしてるんだけどね。偏愛のた
めなら手段をえらばないっていう。そんなこじつけがアイロニカルな笑
いを誘うっていうのが魅力といえば魅力。でもイヤミだよね。だからそ
こに嫌悪感いだくのもよくわかるし。実際じぶんもどうなのかなーって
思うもん。
371オマンコばんざい:2014/03/29(土) 04:50:55.55
佐々木敦よんだことないけどそんなにひどいのかな。どうインチキなのか
書いてくれると嬉しいんだけど。たしかにヤな批評家っているよね。梅本
洋一とか。むかしのカイエ・ジャポンなんてひどいのいっぱいいた。それ
がいまnobodyとかいう映画雑誌に受け継がれてるんだよね。アホな学生が
寄稿する冊子。うわ恥ずかしいっていう記事がけっこうあるからひやかし
に読んでみるのも一考。マイナーな作家の写真が載るっていうのが唯一の
救いだけど買う必要はないよ。批評空間のバックナンバーほうがよっぽど
いいと思うんだけど。人文のみならず映画についても示唆に富んでるから
いいんだよね。浅田とか柄谷が嫌いっていうひとは多いからこのレスは支
持されないかもしれない。
372オマンコばんざい:2014/03/29(土) 05:21:45.39
いい映画批評家っているかなあって考えるんだけどなかなかでて
こない。宮台のもひどいでしょ。日本のブルデューみたいなんだ
よ。たしかに山田宏一は好き。でもそのほかの加藤幹郎とか鈴木
布美子、中条省平なんて残念ってかんじしかしない。愚痴ばっか
になっちゃったけどいま批評家って映画畑にはいない。マツコは
批評書けるかもしれない。
373吾輩は名無しである:2014/03/29(土) 10:16:46.54
>>370
>当時売れてたのかなあ。だから取り上げてたのかも。

いやいやw
374吾輩は名無しである:2014/03/29(土) 16:23:16.87
蓮實の『マクシム・デュ=カンまたは凡庸な芸術家の肖像』の中の一節、
『レンブラント・インクの物語』を読んでたんだが、
蓮實のどさくさまぎれの考えの浅い、間違ったアナログの発想には
顔をしかめざるを得ないね。
写真技術の発見において、その場合の「知の起原」から起こる、
「知の大衆化」、「知の民主化」、「知の起原からの派生」らを
「コピーに過ぎない」として全部を一緒くたにして落しめてるんだな。
まず、派生とコピーは全く違う。
派生の過程自体にオリジナリティが高い場合など、掃いて捨てるほどあり、
そういうのは「中興の祖」とも喩えられるのが相応しい。
「祖」即ち、「起原」だ。
これを見ても、蓮實が浅はかなポストモダニストだった証拠がモロだと
思うが。「起原」の持つ意味を貶めようという意図が露骨で結果が稚拙。
375オマンコばんざい:2014/03/31(月) 01:48:37.95
どうなのかねえ。その一節は忘れたけど派生をコピーとして貶めてる
のかな。でも蓮實さんは複製技術時代のベンヤミンやらフランクフル
ト学派に苦い顔してるからむしろコピーも派生も賞揚さえしてるんじゃ
ないかな。ま混同してるかどうかはわかんないけど。起源と派生につ
いては反復と同一性ってタームで考えるとそんなに稚拙でもないよ。
376オマンコばんざい:2014/03/31(月) 02:37:25.54
起源をデリダみたいに差延として考えてるんじゃないの。起源の価値下落
を意図しようとなんてみえないけど。起源にはどうしてもたどり着けない
っていう当時の流れがあったんじゃないかな。デュ=カン論書いてたときね。
触れたらおしまいだっていう危惧があってだからあえて遠く離れるってい
うことはあったと思う。むしろ起源を畏れてたんでしょ。でもその畏れは正
しいよねっていうはなし。
377吾輩は名無しである:2014/03/31(月) 08:38:23.64
蓮實は「・・・・・はコピーを生産することに過ぎない。」と、
同じく、ダゲレオタイプの鏡像性の画期性についても述べてるが、
これは彼の無知から来る、まったくの誤解である。
「ルネッサンス以来」と、断ってはいるものの、彼はルネッサンスから
ヨーロッパの文明が始まったとでも思ってるのかね?w
だから、「プレモダン」という用語を好んで使う?
蓮實を擁護する程、虚しいものはないw
378オマンコばんざい:2014/04/01(火) 03:19:19.64
ああ文明ね。だって蓮實さんは第二帝政まえはどうしても見えないって言ってた
じゃん。だから彼がルネッサンス以来と言うときかなり譲歩してるよね。エーゲ、
ギリシア、ローマ、中世が文明だったかどうかなんて誰もしらない。精査で綿密な
実証的な研究でも文明と野蛮の境界なんて確定できないもんね。彼を擁護する気
はまったくないしできないけど故のない指摘はむしろ蓮實さんをムダに掲揚する
ことになるから自分は避けてるってだけ。
379オマンコばんざい:2014/04/01(火) 03:22:19.85
故ある指摘に自信あるっていうひとのレスが急務だよね。そこ突っつけ
ばいいっていうね。
380オマンコばんざい:2014/04/01(火) 05:35:54.62
でもどうして蓮實嫌いの蓮實支持派ってこうも多いんだろ。こういうバカ
が蓮實をより増長させてるってことに無自覚なほど脳が沸いているわけで
もないと思いたいし。
381オマンコばんざい:2014/04/06(日) 01:41:46.89
言葉が汚かった。ごめんなさい。
382吾輩は名無しである:2014/04/06(日) 01:52:34.38
べつにいいんじゃねーの
383吾輩は名無しである:2014/04/06(日) 02:11:58.05
自分のバカさ加減に気づかないバカが他のバカを批判する悲惨な光景
384吾輩は名無しである:2014/04/06(日) 02:18:23.21
あんまりバカバカ言わない方がいいと思う
385吾輩は名無しである:2014/04/06(日) 02:19:52.31
俺の知った事か
386吾輩は名無しである:2014/04/06(日) 02:30:12.57
そうだね
きみの気が晴れるのならそれはそれでいいとおもうよ
でも、いつもこれは真実だと思うのは
他人をバカという人はまず間違いなくバカな人で
バカでない賢い人は他人をバカだなんていわずに
黙ってバカな人よりも上等のことを黙ってやってるんだってこと
387吾輩は名無しである:2014/04/06(日) 03:16:53.23
2chではそんなお上品な方法はまったく役に立たない。

バカ
ブサイク
死ね

の3行で言うしかないw
388吾輩は名無しである:2014/04/06(日) 03:41:48.78
そうか、きみの言う通りかもしれないね
ただね、どうもよくわからないのが
果たして言いたいことというのが

>バカ
>ブサイク
>死ね

の3行で言うしかないことだったのかどうか、ということ
なにか、もうちょっと、この3行以上で言うべきことだったような・・・
でも、案外それだけだったのかもしれない

どうも偉そうな言い方だったようで反省してるよ
すまなかった
人それぞれ
自分が楽しめるようにやればいいんだね
勉強になったよ
どうもありがとう
389吾輩は名無しである:2014/04/06(日) 04:19:17.52
新鮮味が無いんだよ、お兄さん
退屈なの
390吾輩は名無しである:2014/04/06(日) 12:58:20.24
うひょー、長い規制あけじゃー、オマンコ面白い
391吾輩は名無しである:2014/04/06(日) 19:21:35.59
聡明/バカ
美しい/ブサイク
生きている/死ね
392吾輩は名無しである:2014/04/06(日) 22:00:00.88
オマンコはオマンコについて語ってよ。
素人童貞のまぐにゃんでもいいけど…
393ムー大陸 ◆POG0Nh1MOnGz :2014/04/06(日) 22:22:25.52
オマンコはオマンコである

と割と混んでる東横線の中で書き込んでる俺
394吾輩は名無しである:2014/04/07(月) 01:15:33.22
おまえも言うほど見てないだろw
395ムー大陸 ◆POG0Nh1MOnGz :2014/04/07(月) 02:15:17.38
何を?
オマンコ?
396オマンコばんざい:2014/04/07(月) 07:21:50.75
オマンコは都内在住の38歳既婚男性だよ。10代後半から20代前半がいちばん
映画を多くみた時期だから90年代をよく覚えてる。意外と蓮實さんの本読ん
だのって自分よりひと回り上の世代に多いんだよ、と>>392からのことばを
真に受けてみました。遅れて読んだから上の世代には馬鹿にされるし同世代
で読んでるひとは少ないしで実際蓮實さんというひとはよくわからない。
397オマンコばんざい:2014/04/07(月) 07:50:10.04
例えばだけど『映画に目が眩んで 文語篇』にでてくる作家について
はそのほとんどが面白いと思う。でも立教のひとたち黒沢、青山にな
るとアレ?って感じがいまでもある。北野武さんは本気で好きだけど。
同時代のひとが小津を冷遇したように自分が鈍感で立教のひちたちを
冷遇してしまってるのかなっていう危惧がずっとあって。それは文芸
でもいえて阿部とかホントにいいの?っても思ってる。
398オマンコばんざい:2014/04/07(月) 07:59:28.54
自分自身は映画製作や小説の創作にたずさわったことはなくて、実際
に言葉を交わした映画関係者は2,3人くらい。偶然酒の席で話す機会が
あっただけ。批評家のティエリー・ルナス、ジュスのほうじゃないよw
映画作家のワン・ビン、亡くなってしまったけど佐藤真さんだけ。ペ
ドロ・コスタはそのパーティに来なかったから話したことはない。
399吾輩は名無しである:2014/04/07(月) 12:11:59.57
蓮實「偏執狂的に過不足のなさにグイグイ入りこんでいくと、ある種の『幻想』に至る。正当な言葉遣いに徹していると、ふとその正当さが超えられてしまうということが描写の原理じゃないかと思います」

この基本的な考えがやがてボヴァリー夫人論にいきつくのだろう。
しかしいつ出版するのか?
400吾輩は名無しである:2014/04/07(月) 12:25:12.65
オマンコ世代的にはウォン・カーウァイとか岩井俊二がどんぴしゃ?
401吾輩は名無しである:2014/04/07(月) 19:04:39.61
あっそうかあ、急にムー(オマンコ)が映画づきを始めたネタ本は蓮實の本なんだあw だからかw アホくさw

バカ
ブサイク
死ね

www
402ムー大陸 ◆POG0Nh1MOnGz :2014/04/07(月) 20:29:24.12
いや俺はオマンコじゃなくてオチンコだし、
何年も前から映画についての書き込はしているが。
まあ君の容姿は知らないし、死ねと言うほどの憎しみはないが、
君ってバカじゃないw
403吾輩は名無しである:2014/04/07(月) 20:44:31.90
おまえはホーケイだろ
404オマンコばんざい:2014/04/08(火) 02:37:09.49
>>400
まさにその通りです。渋谷のシネマライズでやってたのがカーウァイとか
岩井俊二。あとトレインスポッティング。シネマライズがメディアに影響
力をもってた。信じられないけどそんな時代があったかと。
405オマンコばんざい:2014/04/08(火) 03:00:00.39
たぶん推測だけどムーは自分の十歳うえくらい。ちがったらごめん。
406ムー大陸 ◆POG0Nh1MOnGz :2014/04/08(火) 03:01:45.91
>>403
>>405
黙秘します。
407オマンコばんざい:2014/04/08(火) 04:08:51.30
都内ならムーは早稲田松竹でみてたのかな。なんかそんな香りがするw
408吾輩は名無しである:2014/04/08(火) 09:10:25.46
ムーは映画は三越劇場で見てたって言ってたじゃない、常連客でさw
409吾輩は名無しである:2014/04/08(火) 09:36:47.07
そう言えばモコは数寄屋橋の下を流れている川に酔っ払って転落したって書いてたなwww
410吾輩は名無しである:2014/04/08(火) 09:40:54.48
そうゆう話を得意話で話すムーとモコには、そりゃ
「オマンコばんざい!」
と叫んで白旗を上げるしかないわなwwwww
411吾輩は名無しである:2014/04/08(火) 14:26:49.30
レオンに素朴に感動して、阿部・中原にあれはグロリアのパクリと嘲笑された世代
412吾輩は名無しである:2014/04/08(火) 18:58:12.70
だんべ(北海道)
まんじゅ(青森県)
まんじゅう(秋田県)
びった・まんちょ(岩手県)
おぺこ・アベチョ(山形県)
べっちょこ(宮城県)
べっちょ・ペッペコ(福島県)
まんじょこ・べっちゃ(新潟県)
おめんちぃ(茨城)
おまんこぉ・おべっちょ・おまんちょ(山梨県)
おちょこ・つんびー・あいべっかい(静岡県)
ちゃんぺ(石川県)
おべんちょ(愛知県)
ちょんちょんと(三重県)
めんちょ(滋賀県)
おそそ(奈良県)
めんちょ(鳥取県、島根県、山口県)
おそそ・おちゃんこ・おちゃこ(香川県)
おちゃんぽ・おちゃんこ(徳島県)
おめこ・めっこ(愛媛県)
ちょぼ・おまんまん(高知県)
まんじゅ(福岡県の都市圏)
ちょんべ(佐賀県)
めこんす・おめしゃん(長崎県)
めめじょ(熊本県)
おぼぼ・めっじょ(鹿児島県)
ホーミー・ぼぼ・ひーあー(沖縄県)
413吾輩は名無しである:2014/04/08(火) 20:13:00.49
ムーは46歳くらいだと思ふ
414吾輩は名無しである:2014/04/08(火) 20:23:20.71
ムー伯爵はすてきなオジサマ
415吾輩は名無しである:2014/04/08(火) 21:01:33.41
自演乙といわねばなるまい
416吾輩は名無しである:2014/04/08(火) 23:01:05.77
ライター・カメラマンが選んだ二度と会いたくないジャニーズ(週刊文春)

亀梨和也 「笑ってくださいと注文すると睨まれる」「携帯いじってシカトされた」「インタビュアーが好みの女だとご機嫌」
東山紀之 「男の編集者には親切で一生懸命に答えてくれるのに、女だと警戒して口数少なくなる。キレイな子連れて行っても効果なし」
堂本光一  「写真嫌いでカメラの前では仏頂面。フィルム2本までしか撮らせてくれない」
中居正広  「気さくに話しかけると睨まれる。終始かったるい空気を出してる。」
木村拓哉 「スタッフ30人の大名行列。ヘアメイク担当だけで7〜8人。」
松本潤   「王子様気取り。褒めても『当たり前だろ。俺を誰だと思ってんだ』と高飛車。」
城島茂 (ムー大陸)  「さわやかで礼儀正しい。率先して撮影に協力してくれるが、ポーズが時代遅れ。」
417吾輩は名無しである:2014/04/09(水) 00:32:48.99
皆の衆、これからムー閣下と呼ぶがいい
418吾輩は名無しである:2014/04/09(水) 00:33:52.47
>>415
単細胞だな〜w
419吾輩は名無しである:2014/04/09(水) 00:35:26.24
ホーリーモーターズ挫折した
420ムー大陸 ◆POG0Nh1MOnGz :2014/04/09(水) 02:14:27.12
なんか俺大人気だなw
でもこのスレ女子いなさそうだから意味ない
421吾輩は名無しである:2014/04/09(水) 02:15:38.57
「時代はやがてムー殿下のものとなるであろう」みしぇるふうこう
422吾輩は名無しである:2014/04/09(水) 02:17:30.86
わたしって17歳のJKなんだけどー、
ムーちゃんのことマジ尊敬しちゃうぅぅ
423吾輩は名無しである:2014/04/09(水) 02:18:02.75
自演すんなよタコ!
424吾輩は名無しである:2014/04/09(水) 19:58:52.12
ぬくみずさんに似てるよね
425吾輩は名無しである:2014/04/09(水) 20:51:19.64
いや、ふくやままさはるに少し似てるらしいよ
426吾輩は名無しである:2014/04/09(水) 21:14:05.31
自演すんなよハゲ!
427吾輩は名無しである:2014/04/09(水) 21:15:10.92
インチキ批評家佐々木敦 インチキでどこが悪い
428吾輩は名無しである:2014/04/09(水) 21:28:08.23
ハすみしゲひこ
429オマンコばんざい:2014/04/09(水) 23:06:27.88
でもいまなんて莫大な予算かけた大作か口コミで広がるような低予算映画
くらいしか話題にならない。話題っていってもネットの存在が大きいから
世界を巻き込むような大きな流れなんて幻想だよね。各作家が細々と作り
たいものを作るっていうある意味いい時代。少数の支援者が次回作のパト
ロンになって多様な映画が世界規模で偶発的に撮られればいいなとW
430オマンコばんざい:2014/04/09(水) 23:42:33.85
さて小保方さんなんだけど蓮實さんの視点から批評はないのかい
431オマンコばんざい:2014/04/09(水) 23:46:43.28
『佐村河内守をめぐって』
『小保方晴子 あるいは仮死の祭典』そんな批評。
432ムー大陸 ◆POG0Nh1MOnGz :2014/04/10(木) 00:33:35.20
つまんねーよw
433吾輩は名無しである:2014/04/10(木) 18:51:53.00
「200回性交しました」
434吾輩は名無しである:2014/04/10(木) 19:00:04.21
リア充のオマンコに非リアのムーが嫉妬する図
435吾輩は名無しである:2014/04/10(木) 20:02:00.00
_______  __    __   ______ __   _ _
|        |  |  \ |   | |          | |   |  | || |
|.____    |  |.     | |   | |          | |   |   ̄  ̄ _____
r― 、  /  /   \__| |   |   ̄ ̄ ̄|   | |     ̄ ̄ ̄| |       |
|   \/  /        /   |  ___|   | |          | |       |
 \     ./   | ̄ ̄ ̄  ./  |          | |   | ̄ ̄ ̄  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
   \   \  |     /   |          | |   |
     ̄ ̄ ̄    ̄ ̄ ̄      ̄ ̄ ̄ ̄ ̄   ̄ ̄
436吾輩は名無しである:2014/04/10(木) 20:04:29.90
バカムーキタネエネタ自演
437ムー大陸 ◆POG0Nh1MOnGz :2014/04/10(木) 22:53:05.28
>>436
そうそう。
そんでお前も俺の自演な。
438ムー大陸 ◆POG0Nh1MOnGz :2014/04/10(木) 22:58:09.15
つーかオマンコはリア充なの?
439吾輩は名無しである:2014/04/10(木) 23:12:40.31
おまえと比べたら誰でもリア充だわ
440ムー大陸 ◆POG0Nh1MOnGz :2014/04/11(金) 00:11:58.86
>>439
だからー
お前は俺の自演であり、つまりは俺の付属物に過ぎないわけだよ。
お前の独立人格としての記憶は実は捏造されたものであり、
リアルのお前は今俺のガラケーに文字打ち込んでいる親指に過ぎないんだよ。
そろそろ気づけ
441吾輩は名無しである:2014/04/11(金) 00:39:35.57
>>440
お前は今スマホをいじっている檻のゴリラのインポちんこに過ぎない
442吾輩は名無しである:2014/04/11(金) 01:26:53.23
男子ってホントバカ
443オマンコばんざい:2014/04/11(金) 01:49:18.89
>>438
仮性包茎だから非リアですね
444オマンコばんざい:2014/04/11(金) 03:30:12.74
どうでもいいけどリア充ってことで『ゴダールのリア王』はどうかな
445オマンコばんざい:2014/04/11(金) 03:36:26.65
でもリア充って映画にならないよね。やっぱ不幸がないと。でも自分
の年代だとリア充って感覚がよくわかんない。恋も仕事も上々ってこ
となのかな。でもそんな瞬間は永続しないよね。人生に2,3回あればい
いってくらいじゃない?寂しいかもだけどまったくなくても楽しい生き
かたなんて沢山あるし。
446吾輩は名無しである:2014/04/11(金) 04:01:36.76
今、ガタカっていう映画を観てるんだけど映画にも文学にも文化にも必要なのは圧倒的な差異という原動力だね
現代だと差異なんてありゃしないからリア充的な永遠の日常で戯れる作品ばかり
けどこの映画は未来に差異を見出しそれも人間としての本質的な問いかけをね
だから滅茶苦茶感動しながら観てるんだわ
447オマンコばんざい:2014/04/12(土) 01:57:57.39
『ガタカ』身近でも「見とけ」っていうひと多いから見てみる
448オマンコばんざい:2014/04/12(土) 02:03:42.07
そう。相対的な差異に安住しちゃってそれに誰も脅えていない。圧倒的
な差異の裂け目なんて日常のそこかしこにひらいてるのに。
449オマンコばんざい:2014/04/12(土) 02:07:05.17
なんだろ。世界恐慌が目のまえに来てるってのに株の売買に奮闘する
仲買人みたい。行方知れずの人々。
450吾輩は名無しである:2014/04/12(土) 05:09:30.95
嵐の櫻井くんが太っていく。生贄だろうか
451吾輩は名無しである:2014/04/13(日) 02:22:24.89
さよなら渓谷もしょーもないなこれ
452吾輩は名無しである:2014/04/13(日) 20:11:51.61
うなじがそそるかどうかに集約されますわ
453吾輩は名無しである:2014/04/13(日) 20:12:29.57
まちげえた
454吾輩は名無しである:2014/04/16(水) 21:34:58.51
黒沢清とか青山真治とかわざとらしいというか鼻につく感じで嫌いだ
455吾輩は名無しである:2014/04/16(水) 21:41:55.77
サッドバケーションとか本当に見ててイライラしたんだよ!
後半の浅野が暴走するシーンとか、ああここ「活劇」でしょはいはいみたい気分だし、
なんか叫び声でガラス割れるとか「シャウト」オマージュなのか?というかどうでもいいよそんなの!とか
あとラストのシャボン玉も腹立った
456吾輩は名無しである:2014/04/17(木) 21:02:00.18
黒沢はいいじゃない
457オマンコばんざい:2014/04/19(土) 02:16:26.85
蓮實重彦は批評界のビートたけしみたいなもんで読むけど黒沢とか青山は
ダンカンとガタルカナル・タカみたいだから特に見ようとは思わないかな。
458吾輩は名無しである:2014/04/19(土) 02:26:26.96
立派に働いて、高収入を得ている社会の奴隷(笑)には敬意を表しますが
焼き肉と言ったら牛角や安楽亭、寿司と言ったら回転寿司のような残飯食い漁ってるような生活水準の奴は虚しくならないのか?
飲み行って会計が数万円になったくれーで痛々しい顔するhttp://ameblo.jp/toney0407/image-10374804565-10288694032.htmlとか、てめー自身が痛々しいっちゅーのw

世間的に「無職(笑)」と指差されて笑われようが、知的障害者級の低学歴でもない限りは年間600万は楽々稼げて最低限度の性活ができるスロプの方がマシリト博士かなと。

http://chosksysi.xsrv.jp/wordpress/archives/39220
459吾輩は名無しである:2014/04/20(日) 12:27:57.19
佐々木○敦のインチキ批評にうんざり
460吾輩は名無しである:2014/04/23(水) 23:27:33.51
>>455
ラストは相米っぽくてまあいいんじゃないの
基本的には>>456と同意見

黒沢はいつもだいたい蓮實の一歩先を行っている
461オマンコばんざい:2014/04/26(土) 07:01:05.10
>>460
どういうこと?
462オチンコはんざい:2014/04/26(土) 22:27:23.33
どういうことかなんていちいち聞かなくても分かるじゃねえか、バカやろ
え、どうせ聞こえないだろって?佐村河内じゃねえよ、バカやろこのやろ
463オマンコばんざい:2014/04/27(日) 02:53:52.94
バウスシアター閉館のお知らせ
464吾輩は名無しである:2014/04/27(日) 09:30:09.01
ワクテカ ‏@rewktk 14 時間
なぜ95年にモダニズムのハード・コアが出たのかという話。
岡崎乾二郎:日本にグリーンバーグがいなかったのは、グリーンバーグより優秀な小林秀雄がいたから。 #genroncafe
465吾輩は名無しである:2014/04/27(日) 11:36:24.60
>>464
和魂漢才の伝統=「日本語と外国語のズレ」を問題にすること
そのものが、時代からズレてるのではないか?
少なくとも、現代の中心の問題では断じてない。
岡崎の発言の元々の出所は1993年の「批評空間10号」の
座談会?
466吾輩は名無しである:2014/05/02(金) 13:39:17.91
岡崎乾二郎 先日、近畿大学で小林秀雄の『近代絵画』を扱いました。小林秀雄は
その当時読める物を海外の文献を含めてだいたい読んでいる。これだけ文献を読んでいる
日本人は彼しかいないだろうというぐらい読んでいる。確かに論としてはヒントしか
書かれていないんですが、発展させればクレメント・グリンバーグからさらに現代の
ロザリンド・クラウスの議論に通じる論点までがそこにはある。なぜそういう射程
の深さがあったかというと、もちろんボードレールからアルフレッド・バーに至るまで、
先程の柄谷さんの話ではないけれど読むべき基本文献を読んでいたからですね。グリンパーグ
やらクラウスと共通の出発点をきちんと押さえていた。小林秀雄というとそれだけで誤解
があって、現代の美術批評はもちろん、その当時もおそらく誰もこの本の可能性を理解して
いなかったでしょう。「解説」を読むと案の定理解していなくて「画家たちの魂の深み」
みたいなことが書いてある(笑)。
つまり小林秀雄が前提とした文化的コーパス(サブカルチャーまで含めたかなりの広さの)
を共有していないと、小林秀雄が何を言っているか、何を批判しようとしていたかは、
わからない。グリンバーグが昔、日本に来て、マティスやセザンヌをみたことがない日本人
には自分のいっているモダニズムの議論は意味がないだろう。それはむしろ幸せなのかもし
れないなんてことをアイロニカルにいったけれど、この言葉は少なくとも小林秀雄には通用
しなかった。逆にいえば、ゆえに小林の美術論も当時の日本はおろか、現代の日本の文化の
状況でもまったく理解されえないだろうとも感じるのですね。その小林をわれわれが批判
しようとするときには、それ相当の覚悟がいる。せめて小林と同じくらいは美術や音楽に
触れていないとどうしようもない。現在小林よりもはるかに容易にそれに触れる
チャンスがあるのに小林ほどにも経験がないというのはどうしようもない。
467吾輩は名無しである:2014/05/02(金) 20:03:43.17
>>466
マルチするなよ、低脳チンカス野郎が。
468吾輩は名無しである:2014/05/03(土) 00:42:14.14
ゴダールの新作楽しみだね
469マグナ ◆vI4NRkhGyA :2014/05/03(土) 01:36:38.26
岡崎の重要性がどうも分からない。ただ単に文学業界で顔を出してる美術畑の人ぐらいの印象だ。
470オチンコはんざい:2014/05/03(土) 01:59:55.27
>>468
日本での公開はいつ?
471吾輩は名無しである:2014/05/03(土) 06:23:50.04
466のネタはとにかく古いのではないか?
ポストモダニズムの美術批評家はオリジナリティの存在を
否定することにおいて、その他の分野のポストモダニストら
よりも明解だった点で、その他の分野のポストモダニスト達が
拠り所にしたという点があったのではないかな?
小林秀雄においても「モダン」の概念が最も明瞭だったのが
美術批評だと推測する。
ロザリンド=クラウスの場合は、写真のことを
「optical unconscious」とか言うけど、現代の携帯の?
カメラでも良いけど、どんどんカジュアルに撮れ、しかも
写り具合が人間の実際の感覚に近付くことを目指しており?
しかも、後で何度も見直されることが少なくなってる点で
むしろ「optical conscious」に近付いてることと、どう
関連してるのか。
また、オリジナリティは困難ではあるが、不可能ではない、と
思う。不可能だという証明はない。であれば、オリジナリティを
目指さないのは芸術家としての怠慢に過ぎない。また、これから生まれる
オリジナリティは過去のそれよりも、多分はるかに貴重なものに
なるだろう。

第一、466の随所に見られる「私だけが分かっている」式のレトリックは93年の座談会で、
小林のデメリットとして全員一致したものだぜw
小林が「日本人でアルにも拘らず」モダンを理解していたことなど、どうでも良いのだ。
岡崎が美術批評家として優れていれば、著書の翻訳権を求めて世界中の出版社が
門前市をなしてるはずだよw
岡崎自身が英語やフランス語で執筆するまでもなく、日本語で書かれたアイデアが認められてたはずだが、
そんなことは全く起きなかった。
472吾輩は名無しである:2014/05/03(土) 08:40:54.80
要するに、岡崎、柄谷、浅田、蓮實らの言い訳は
「僕が最初から英語で原稿を書けたら、世界的なライターになっていた。」
なんだな。
しかし、英語が苦手と言われるフランス人でも英語で書いてるライターは
一杯いるし、言い訳にならん。
第一、英語で書けることは、最初はチャンスが多いかもしれないが、
内容に独自性がないと直ぐに行き詰まり、頭打ちになるのは英米人
ライターも同じだ。
加えて、内容に独自性があれば、外国語など全く出来ないライターで、
しかも住んでる国がまともな出版社さえ僅かで、それがしかも資金力に
乏しい場合でも、世界的に認められることはある。日本なんか恵まれてる
方だ。それなのに、自分達が世界的になれないのは語学力のせいだと
してるんだな。こいつらの座談会は全部そうだ。
この糞野郎4人組はさっさとくたばれw
473吾輩は名無しである:2014/05/03(土) 08:48:58.27
>>472
まあ、その4人は、なんだかんだ言いながら英語やフランス語ができるから、
今ではそれなりに海外でも評価されてるけど、
東浩紀みたいな語学が不得手な人間は、
オタクがらみの小冊子の翻訳が出たけど、
結局今でも海外では、まったく評価されてないな。
474吾輩は名無しである:2014/05/03(土) 09:08:02.53
>>473
>>それなりに海外でも評価されてるけど

それなりw
475マグナ ◆vI4NRkhGyA :2014/05/03(土) 17:31:30.97
岡崎って単著一冊かよ。それが名著扱いで例の文春ライブラリーで出てるが、そんなに名著なのかね。
476吾輩は名無しである:2014/05/04(日) 12:48:27.53
5つ星のうち 5.0 2014年2月に文庫化予定 2013/10/19
By pentaxxx斎藤環
形式:単行本
長らく品切れが続いていた本書がついに文庫化されます。文藝春秋社から「文
春学藝ライブラリー」の一冊として、2014年2月刊行予定。10年以上を経てもま
ったく色褪せることのない奇跡的な名著です。僕の思想や批評の価値判断基
準は臨床的に使えるかどうかだけれど、本書はまれにみるほど”使える批評”
の書でもあります。全人類必読の書でもあります。
477吾輩は名無しである:2014/05/04(日) 12:49:22.98
『ルネサンス 経験の条件』は「歴史的な書物の誕生」[1]と浅田彰によって評された。
478吾輩は名無しである:2014/05/04(日) 12:51:48.34
だが、浅田彰は岡崎乾二郎の「ルネサンス 経験の条件」を評して、何十年後の未来の読者がやっと感嘆することにだろうと最大級の賛辞を捧げつつ、
479吾輩は名無しである:2014/05/04(日) 12:54:07.64
2001-07-24 浅田 彰 ブランカッチ礼拝堂の岡崎乾二郎 i-critique
歴史的な書物の誕生に立ち会うという喜びは、そうそう味わえるもので
はない。岡崎乾二郎の『ルネサンス 経験の条件』(筑摩書房)は、久
々にそういう喜びを与えてくれた書物である。凡庸な解釈者たちが、作
品の意味を図像学的に読み解き、作品を内容に還元しようとする(「こ
の絵には実はこういう意味があるのです」云々)のを尻目に、自身も画
家である岡崎乾二郎は、あくまで形式的な次元で、作品がどのような論
理によって構成されているのかを分析していく。とくに、マサッチオら
によるブランカッチ礼拝堂の壁画連作(ルネサンスの開幕を告げる記念
碑とされる)の構造分析は圧巻であり、いくつもの場面の間に複雑な対
応関係を見いだしてゆく手つきはほとんど魔術師のようだ。ただし、岡
崎乾二郎の狙いは、この壁画連作に隠された精密な論理を、静的な構造
として析出することではない。むしろ、複数の作家たちの開かれたコラ
ボレーションを可能にした実践的なルールとして理解することなのだ。
とすると、その議論は、岡崎乾二郎自身が作家として展開するさまざま
なプロジェクトにもかかわる、きわめてアクチュアルな意味を帯びてく
ることにもなるだろう。「日本におけるイタリア年」である今年は、ル
ネサンス展も開かれ、多くの書物も刊行されているが、市民教養講座の
水準を超えるものは皆無と言ってよい。少なくとも美術の領域に関する
限り、今年は『ルネサンス 経験の条件』が刊行された年として記憶されることになるだろう。
480吾輩は名無しである:2014/05/04(日) 12:56:14.06
[東]90年代の『批評空間』でモダニズムのハードコアと言われていた
が、あのときモダニズムが必要だというのは誰が思ったことだったか。
[浅田]あの頃の『批評空間』は岡崎乾二郎を読めと言っていただけ。
その結果として『ルネサンス 経験の条件 (文春学藝ライブラリー)』が
生まれた。最近文庫本にもなったし、傑作だから読むべし。
481吾輩は名無しである:2014/05/04(日) 18:16:00.44
歴史的だの、最大級の賛辞、傑作だのと言われて、素直に読む奴が
一杯いるなら、世の中苦労しない。
英語版も出てなくて、ちっとも評判になってないようだが。
浅田もそんなに良いと思ったなら英訳版ぐらい出してやれ。
英訳出したら不都合でもあるのか?
日本でだけ評判になって、英訳版ないとパクり疑惑がつきまとうぞ。
これは現実的な話。
482吾輩は名無しである:2014/05/04(日) 18:50:18.14
>>472
そいつら全員村上春樹に敗北したんだな
483吾輩は名無しである:2014/05/05(月) 00:02:49.51
>>482
そもそもスタート地点に届かなかった東浩紀は、
敗北すらできなかったんだな。
484吾輩は名無しである:2014/05/05(月) 00:53:04.55
蓮實は、英仏伊語で、原稿を書いており、
あちらのそれなりの本に掲載されている。
ただし、評価のほどは知らない。
まあ、彼の日本における地位が、あちら様の扱い方を良くしていた、
という感じはする。
485吾輩は名無しである:2014/05/05(月) 00:59:50.96
「新潮」2014年1月号先行発表分を含む、序章+全10章+終章からなる800頁を超える大著、蓮實重彦「『ボヴァリー夫人』論」は筑摩書房より2014年春刊行予定です。
486吾輩は名無しである:2014/05/05(月) 01:24:15.49
柄谷の「日本近代文学の起源」は、英訳が出た途端に、
インド人のなんとかいう文学研究者の本のパクリじゃないか、
という疑惑がもちあがった。
じっさいに、切り口は酷似していたようだ。
柄谷本人は、ネタ本とされたものを読んだことない、と否定したと記憶している。
487吾輩は名無しである:2014/05/05(月) 06:54:44.53
>>486
>>柄谷の「日本近代文学の起源」

その種の題名の本ですら、英訳が出てるなら、
ルネサンスを扱ったものに、英訳が出ていないのは、
言い訳の効かない矛盾だ。

柄谷の「読んだことない。」の言い訳は、『批評空間10号』の
座談会で磯崎の「浅田との対談で(李禹煥達の)
もの派はアルテ・ポーヴェラの真似だと口走ったら、おれたちは
アルテ・ポーヴェラを知らなかった。知らないのに関係があった
というのはおかしいと、李禹煥から批判されたんだよ。」発言の
中の李禹煥のと同じ。浅田も、若手の哲学研究家を批判した時に、
似たようなことを言ってたと思うが。要は、基本を踏まえずして、
無邪気を装うなと。
まず言って、柄谷が内容に言及せずに「読んでなかった。」は
盗作の証明だろう。インド人はオリジナルな研究が多いから。

肝心なことを付け加えておくと、モダンの定義などあまり意味が
ない、ということなんだ。現代もモダンなんです。どんどん、変化
してるから。
モダンの定義が問題になるのはポストモダニストにとってだけ。
488吾輩は名無しである:2014/05/05(月) 07:11:45.26
柄谷とかどうでもいいから。
柄谷の恨み晴らすなら、柄谷スレでやってくれよ、あずまん。
489吾輩は名無しである:2014/05/05(月) 07:22:10.60
>>487
への訂正

モダンの定義→『批評空間10号』におけるモダンの定義
490吾輩は名無しである:2014/05/05(月) 14:39:35.00
柄谷は、日本国内向けの宣伝のために、
「世界的思想家」であるかのごとく装う必用があって、
自分で手をまわして英訳を出させていたわけだから、
とうぜん出るだろう。
「世界の」という枕の日本文化人は、基本的におなじ商法じゃないのか。
坂本龍一、村上春樹、あるいは、アントニオ猪木。
ただ、日本人が書いた「近代日本文学」論だから、いちおう翻訳しておこうか、
というのもあったろう。まだ、ジャパン・バッシングが遠からぬころで、
関心を持たれており、パッシングにはなっていなかった。
日本人の書いたルネサンス本なんか、それも今になって、
訳そうと思うやつは、たぶんおらんのじゃないか。
491吾輩は名無しである:2014/05/05(月) 14:58:53.52
海辺できままな日記 映画音楽の巨匠もやっていましたか

ちなみに、↑で引くと出てくるブログを見るとよい。
音楽関係板では誰でも知っているが、文学板では知らない人もいるであろう
坂本龍一の盗作疑惑についての記事がある。

アカデミー賞「ラストエンペラー」は、富田勲、
ゴールデンクローブ賞「シェルタリングスカイ」は、ジョー・サンプル、
それぞれの結構有名な曲に酷似している。とくに富田のは、
「新日本紀行」のテーマ曲だから、よくここまでろこつにやるな、
と、ある意味、すごい(神経の図太さ)と感心する。
492吾輩は名無しである:2014/05/05(月) 16:23:36.14
http://twitter.com/dnobori/status/159201224518942720

情報公開法を用いて「天皇陛下の御使用になられているパソコンのレジストリファイル」を行政文書として開示請求したら、
宮内庁から電話がかかってきて、「天皇陛下は毛筆にて業務をされており、公務ではパソコンを使用されていません。」と言われた。
493吾輩は名無しである:2014/05/05(月) 19:58:21.14
浅田があの頃の批評空間は岡崎を売り出すためだった、
みたいなことを東との対談で言ってるが、批評空間10号の
座談会での岡崎の発言に「Ping Chongのパフォーマンス
作品『DESHIMA』に対して、誰も良いとも言わないし、
批判もしない」の意味のがあるけど、当時もニューヨークタイムズに
1993年1月6日の MEL GUSSOW の日本語で1000字を軽くこえる
劇評が出てるし、1990年頃から1993年頃のパフォーマンスに
ついて、そこそこの批評記事もあちこちに出てる。岡崎の発言は嘘だと
いうこと。それに調子を合わせた浅田、柄谷も軽率だったw

『批評空間』はヨーロッパの批評家を積極的に紹介したのは良かった。
当時は何を言ってるのか、さっぱり分からなかったが、彼等の記事の
背景をもっと説明しないと、一般人には分からんわな。
今はネットで関連記事を探して読めるけど。
『批評空間』では、さすがにヨーロッパの批評家のレベルは高いわな。
Jean-Marie Schaeffer関連でネットで検索すると、ヨーロッパの
批評家が次々出て来る。Svetlana Alpers, Sophie Berrebi
494吾輩は名無しである:2014/05/08(木) 14:05:20.55
東京オリンピック開会式が、演出ビートたけし、音楽坂本龍一になったら、
と思うと、ぞっとする。せめて、宮崎駿、富田勲、でやってもらいたいが、
いよいよ耄碌しちゃいそう(場合によっては、死んじゃいそう)だから、ダメだろうな。
495吾輩は名無しである:2014/05/14(水) 19:56:35.39
浅田は岡崎の批評的な能力だけでなく作品も評価してるみたいだけど
岡崎は現時点で作品が全然鑑賞されてないし
ましてや死後に残るわけはないな

残るとしたら、『ルネサンス』が
しばらくは読まれるかどうかって感じじゃないかな
496吾輩は名無しである:2014/05/21(水) 21:09:31.80
ららら
497吾輩は名無しである:2014/05/22(木) 21:17:14.64
『ボヴァリー夫人』論
蓮實 重彦 著
単行本 A5判 850頁 刊行 06/25
本体 6,400 円+税
498吾輩は名無しである:2014/05/22(木) 21:30:32.65
6,400 円だなんて、ボッたなー、爺さんw
499吾輩は名無しである:2014/05/22(木) 21:42:34.13
1959年 - プロ野球初の天覧試合。巨人・長嶋茂雄が阪神・村山実からサヨナラ本塁打。
500吾輩は名無しである:2014/05/23(金) 15:03:34.16
浅田や椹木が誉める岡崎の作品に伝統的な日本文化としての
本質的なスーパーフラットはないと思う。
日本の伝統の本質を岡崎は掴んでない。
浮世絵の本質とは何ですか?
それは今のトコ俺だけしか分かってないw
501吾輩は名無しである:2014/05/23(金) 15:22:39.38
>>500に補足すれば、
中村光夫が、西洋の自然主義の把握を基準にして日本の作家の
自然主義理解を批判したのと違って、浮世絵は日本の
伝統文化だから、ちゃんと理解しましょうということなんだな。
無論、それと離れて、作家は自由に創作して良い訳だが、岡崎や
浅田は日本人の「モダニティ」理解についてあれほど、煩く
言って来た訳だから。
502吾輩は名無しである:2014/05/24(土) 06:30:47.14
さらに、>>501に補足すれば、俺の考える浮世絵の本質が
漫画、アニメにまで綿々とw
受け継がれて来ている。

俺は、アートの鑑賞家、あるいは理解者としての浅田の
能力を疑問視してる。
それは俺が柄谷の文学の読解者としての能力を全く
認めていないのとパラレルなんだな。
鑑賞や読解には勉強する能力と殆ど全く関係ない直観力が
必要だから。
503吾輩は名無しである:2014/05/24(土) 09:32:11.71
『批評空間』の近代の定義についての座談会においての4者の
「日本的なるもの」についての共通認識が、彼等の甚だしい
理解不足に基づくものである以上、座談会の内容は空疎に
ならざるを得ない、ということなんだ。
それは西田や和辻ら以来の?伝統でもあるが。
無論、江戸時代以前の日本人にはそれを意識出来なかったろうが。
504吾輩は名無しである:2014/05/25(日) 01:00:09.03
>>503
単にお前が理解不足だろ
505吾輩は名無しである:2014/05/25(日) 01:34:12.49
>>504
退いてろ
506吾輩は名無しである:2014/05/25(日) 14:03:51.53
浅田彰は「スーパーフラット」を定義できないんだな。
だが、俺には出来る。
村上に出来ないのはしょうがないとしても、何時も概念操作
ゲームの達者な浅田がスーパーフラットごときも定義できないで
それを分かったふりして椹木と対談するのはいただけない。
椹木は無論、分かってないが。
507吾輩は名無しである:2014/05/25(日) 14:10:40.33
「曖昧な日本の私」とか、宣ったのは大江健三郎だが、
曖昧なのは浅田や岡崎の頭だ。
508吾輩は名無しである:2014/05/29(木) 09:13:31.23
>>506
スーパーフラットとはなにか具体的に書いてみて。
509吾輩は名無しである:2014/05/29(木) 20:17:13.42
ここの人達って「ボヴァリー夫人論」の現物を目の前にすると射精してしまうんでしょ
510吾輩は名無しである:2014/05/30(金) 13:08:29.77
>508
具体的に説明出来ることこそ、俺のメリットであり、
具体的に何も説明したことないのが浅田や柄谷なんだが。
だが、俺はウン百万円以上の金が取りあえず、もらえる形で発表したい。
金がないからなw
511吾輩は名無しである:2014/05/31(土) 07:36:05.95
浅田が、アートを全然わからん、
というのは、当たっていると思う。
けっきょく、いくら斜に構えて、無駄なことに青春時代を費やしたつもりでも、
ようは、根が「勤勉にして従順」な日本知的プチブル層の出にすぎない、という多分に漏れない、人なわけよ。
512吾輩は名無しである:2014/05/31(土) 07:51:41.42
浅田は岡崎乾一郎と仲良くて、助けてもやりたいんだろうけど、
それなら、スーパーフラットを日本の美術の歴史から説き起こし、
日本的平面の代表である浮世絵の本質を解きあかし、それが現代の
漫画やアニメにどう繋がっており、それを岡崎はどのように吸収し、
芸術として昇華させたかを説明すれば、村上の
「スーパーフラット」を奪い去ることすら可能だと思う。
村上にしても「スーパーフラット」の理論化は不十分すぎると
言っても、全然言い過ぎじゃないくらい、理論化されていないはず。
村上の作品が何億で売れたとか聞くが、理論化を取りあえず
完成させておかないと他人に取られてしまうことも有り得るよ。
513吾輩は名無しである:2014/05/31(土) 08:03:03.98
村上の作品が数億で売れた、
というのは、日本国内向け宣伝のために自分サイドが買った、
のじゃないのか。
オークションの手数料支払い分が損金になるだろうが、
それは広告費だと思えば、
べらぼーに高い金をかけた、となるものでもなかろう?
514吾輩は名無しである:2014/05/31(土) 08:21:27.45
どうかな?
それなら週刊誌も書きそうな気もするがw
515吾輩は名無しである:2014/05/31(土) 08:31:12.69
週刊誌なんて、そんなの書かないだろう。
法律が整備されている証券市場であっても、
そんなこまごまとした市場操作なんぞ問題にもにならないものを、
ましてや海外アート市場なんか、しかも、千万単位の取引の内実など、
ほとんど誰も注目していない。

なお、金額を見たら、50万ドルだったな。
当時のレートで6000万円弱だろう。
かかりはたぶん、いくら多く見積もっても、百万単位だな。
ならば、効果に対して、安い広告料だろう。
516吾輩は名無しである:2014/05/31(土) 11:38:37.60
失礼しました。
村上作品で、約16億円で落札、というのがあった。
事情に疎くて、すいませんでした。
ただ、それでも、↑のような感じ、は変わらないが。
517吾輩は名無しである:2014/05/31(土) 11:51:25.11
>>516
世界には、すごい金持ちがごろごろいるんだよ。

日本は、格差だとか何だとか言っても、世界でも珍しい平等な国だから、
わからないだろうが、日本人的な常識をはずす努力は必要だよ。
518吾輩は名無しである:2014/05/31(土) 12:00:04.73
自分が価値がないと思うものに価値を認める人がいることが許容できない。
それで陰謀論に走ってしまったね。世界の多様性を認めればいいだけ。
個人的には村上とか本当にどうでもいいゴミ以下の害悪だと思ってるが。
519吾輩は名無しである:2014/05/31(土) 12:06:14.04
べつに陰謀論を唱えているのじゃなく、
そういうのは、その種のビジネスではよくあったことだから、
いったまででね。
なにも、日本人の作品だから特別、ということでもない。
せいぜい、「内向き」という感じをうけるのが、日本的、と言う程度のことだな。
520吾輩は名無しである:2014/05/31(土) 12:24:01.37
517のようなレスが、少々ずれているな、と思うのは、
ふつうは、この種の美術品の購入というのは、
投資目的なわけね。
常識的には、一人自室で眺めるために、落札しているのではないわけさ。
だから、当たり前の取引であったとしても(というか、擬態駅な問題点もないのだから、
そう考えるべきだろう)、
その「すごい金持ち」、となんととかいうのは、
純然たる趣味で落札したとは常識的に考えにくいので、あまり関係ないのじゃないの。
521吾輩は名無しである:2014/05/31(土) 12:27:33.17
擬態駅→具体的
522吾輩は名無しである:2014/05/31(土) 12:35:44.19
土地・株だけじゃなくて美術品バブルもやってたよね、日本人は。
結局は美術品も、土地・株同様、売り抜けなかったんだろうけどね。
ただ美術品バブルは最初っからババだと分ってるババ抜きだから、そうそうババを次々には回せないんだろうな。
最初にババを引いたヤツが最後にババを引いたヤツだってことでしょう、と。
523吾輩は名無しである:2014/05/31(土) 12:45:39.97
村上作品のコレクターとしては、セキュリティソフトで有名な
ピーター・ノートンなどの富豪がいる。ノートンは慈善事業とか
熱心にやってるね。
524吾輩は名無しである:2014/05/31(土) 12:54:24.35
だけどあんだなあ、土地・美術品とは違って株は現物を持って無くても売れるわけで、
バブル崩壊で相場価格が暴落すると凄まじい大もうけができる人もいるんだってね。
例えば金曜日にライブドアを大量に空売りしたヤツは土曜日に堀江逮捕で月曜日にライブドア株は紙切れになる。
火曜日に紙切れを金曜日の値段で買主に渡して決算して高額所得番付入り。
もちろん買主は紙切れを金曜日の値段で買うんだから、多重債務で樹海行き。
ありゃやっぱり、普通には、人を破滅させるわな。
525吾輩は名無しである:2014/05/31(土) 13:07:58.28
覚悟の上だろ。
金のない奴がギャンブルをやっちゃいかん。
樹海行きは飛び込み自殺よりはずっと良い死に方だ。

村上隆だって何時、作品が売れなくなるか分かりャしないw
526吾輩は名無しである:2014/05/31(土) 13:13:30.56
株に詳しくない人(おれもまったくくわしくない)が誤解するといけないんで補足。
持ってない株を売ったんでそれは決算日までに市場で現物を調達して決算日に相手に渡すのね。
上の例で言えばタダ同然の月曜日の価格で紙切れのライブドア株を市場で買って金曜日の価格で火曜日に相手に渡す、ね。
527吾輩は名無しである:2014/05/31(土) 13:18:38.61
アメリカでは、富豪ほど、資産管理の専門家の助言に基づいて、
最適配分をこころがけるのが、ふつうであろう。
また、慈善行為にしても、税法上において、優遇されることを
目的とする場合が多いのじゃないか。
528吾輩は名無しである:2014/05/31(土) 13:21:44.74
ピーター・ノートン氏は、美術商もやっているのだな。
529吾輩は名無しである:2014/05/31(土) 13:26:59.91
ところがマカフィー氏と言ったら...
530吾輩は名無しである:2014/05/31(土) 13:32:51.63
村上作品のコレクターの誰かが超安値で作品を放出すれば、
それが引き金になって村上が破産に追い込まれる可能性だってある。
村上はポストモダン・アートの代表だから、いきなり、
ちっとも売れなくなったり、価格が暴落したりの可能性はある。
531吾輩は名無しである:2014/05/31(土) 15:29:22.21
仮定の話だが、村上作品のコレクターであるような富豪が、大量その作品を、
たとえば、公立の美術館等に寄贈する予定ならば、
べつに「売り抜け」の必要性もないだろう。
なぜなら、寄贈品の評価額に、オークションでついた法外な値段が大いに反映するだろうから、
おそらく、そのぶんが節税になれば、安値で買って高値で売ったのと同様の効果があった、
とみなせるはずだろうからだ。
532吾輩は名無しである:2014/06/01(日) 06:19:43.27
そうだろうね。美術館へ寄贈するだろうな。
超安値で放出とか、よほどの悪意がなきゃやらんわな。
まあでも、アートは相場の変動はかなり激しいと思う。
貴金属みたいに堅実にはとても行かない。
岡崎や浅田が馬鹿にしてた骨董の方がまだ値下がりは激しくないw
一年経ったら、16億が1万円に値下がりするぐらいなこともある
だろう。
533吾輩は名無しである:2014/06/04(水) 12:38:17.48
>>508
506だが、
今さら、スーパーフラットを秘密にする価値もないと思うので
言うと、
日本的平面の本質はともかくとして、スーパーフラットとは、
時間的、空間的に常識では同一平面の中に共存することが有り得ない、
できるだけ多次元の要素を空間や歴史などの脈絡を断ち切って、
絵画という同時制的平面空間(三次元立体でも良いが)に、
同居させる試みである、といえるだろう。
そこに、作家個人のイロニーやサタイア、ウイットで
味付けすれば、作品の出来上がりという訳だ。
それは幼稚である場合もあるかもしれないが、同時多面的な
革新的deconstructionである場合もある、とも言えるだろう。
上の「空間や歴史などの脈絡」にこだわったのが、岡崎や浅田、
柄谷、磯崎らであり、彼等と村上らが対立するのは、ある程度
当然とも言える。
2001年のワールド・トレード・センター爆撃事件は、中東と
アメリカが同時平面に存在した、典型的瞬間だったと思う。
あれは現実のスーパーフラットだった。
そして、瓦礫の山そのものもスーパーフラットだった。

だが、アートのスーパーフラットは既存の枠の2極対比の中の
コップの中の嵐でしかないのでは?
アートの作り手は既存の2極対比構造の体系そのものを攻撃
しなければ駄目だと思う。
恐竜は自動車をレイプすることは出来ない、それを表現するのは
作家のフラストレーションの表現でしかない。
534吾輩は名無しである:2014/06/16(月) 11:53:29.36
浅田が梅原猛を批判する理由は良く知らないが、京都学派全体を
否定するのは早計に過ぎるのではないかな。
中井正一や花田清輝も広い意味での京都学派だと思う。
仮に、マリヤ・ギンブタスの「古ヨーロッパ」全景に対しての、
「古アジア」全景みたいなものを仮想することが出来るかもしれない。
それは近年、明確になりつつある気がするんだが。
梅原がそこまでを射程に入れていないことは間違いないかもしれないが、
何らかのスプリングボードになる可能性までは否定できないのでは
ないか?
535吾輩は名無しである:2014/06/16(月) 12:19:29.40
536吾輩は名無しである:2014/06/17(火) 05:07:59.16
浅田らの提案する「connect-i-cut」だが、要するに、
繋がってはいるんだが、何時でも抜けられますよ、
という関係を提案してる訳だ。
ヨーロッパ共同体もそういう理念で形成された?

これは良いことだと思うが、単なるエリート主義と
捉えられる危険もあるだろう。
現状では携帯電話の接続を切る権利は下層には与えられてない?
537吾輩は名無しである:2014/06/17(火) 08:02:37.72
>>536に続けると、
「connect-i-cut, but interface-activated」かな。
538吾輩は名無しである:2014/06/18(水) 17:40:28.06
ばきゅーん
539吾輩は名無しである:2014/06/21(土) 17:24:00.04
ついにボヴァリー夫人論が水曜日に出るぞ
前日から本屋に並ぶ準備は出来ているか?
540吾輩は名無しである:2014/06/22(日) 15:11:33.68
>>539
近郊の大きな本屋に売っていたら買うよ
なけりゃしばらく様子見

現物見て勢いで買うしかないような本だろうからな
541吾輩は名無しである:2014/06/23(月) 00:52:04.44
ボヴァリー夫人にあこがれて・・・
発売記念あげ!
542吾輩は名無しである:2014/06/25(水) 11:44:23.95
ボヴァリー夫人論、発売初日に
Amazonで売り切れてる・・・
543吾輩は名無しである:2014/06/25(水) 12:01:16.38
発売日延びたのか?
どこの本屋も在庫切れみたいなんだが…
544吾輩は名無しである:2014/06/25(水) 12:19:51.31
筑摩のツイッター見てたら、27日発売になってるな…

「筑摩書房 @chikumashobo ・ 6月12日
蓮實重彦著『「ボヴァリー夫人」論』は筑摩書房より6月27日(金)刊行です。
A5版で850ページ、本体定価6400円です。」

筑摩のwebサイトでは相変わらず25日になってるし、
一部26日発売って記してるショップもあるし、
いったりどうなってるんだよ。
とにかく、今日は本屋にはなかったよ。
545吾輩は名無しである:2014/06/25(水) 13:07:31.39
アマゾンも6/27発売に変更されて、
いまは、また予約可能になってるね。

6/12に発売延期が分かってるなら、
自社のサイトも含め、ちゃんと仕事しろよ筑摩書店。
546吾輩は名無しである:2014/06/25(水) 13:49:54.64
ちゃんと仕事しろよ筑摩書店× → ちゃんと仕事しろよ筑摩書房○

間違えたスマソ。
547吾輩は名無しである:2014/06/25(水) 20:22:34.00
筑摩書店という名の小説を書いたら
売れそうです
548吾輩は名無しである:2014/06/26(木) 21:36:53.63
今日から本屋に並んでいるとの
目撃情報が
549吾輩は名無しである:2014/06/26(木) 23:01:14.88
新宿のブックファーストにはあったよ
550吾輩は名無しである:2014/06/28(土) 10:14:31.00
ミシェル・フーコー(フコ)(Michel Foucault 、1926年10月15日 - 1984年6月25日)

「ボヴァリー夫人」論 (単行本)
蓮實 重彦 (著)
出版社: 筑摩書房; A5版 (2014/6/27)
551吾輩は名無しである:2014/06/28(土) 11:19:39.59
『「ボヴァリー夫人」論 』のあとがきの最後で
ゲイの息子が手がけた百合アニメ『ささめきこと』のサントラを褒める蓮實に
不覚にも書店で涙した。
蓮實の文章に泣かされたのはこれがはじめてだ。
552吾輩は名無しである:2014/06/28(土) 15:40:40.47
内容についてのコメントがまだないのが、いかにもだなw
553吾輩は名無しである:2014/06/28(土) 15:51:30.76
佐々木敦
‏@sasakiatsushi
蓮実重臣『ささめきおと』聴いてる。アニメを全く観ないので、この作品のこと全然知らなかった。
完璧に人工的なロマンチシズム、プラスそれ自体甘やかな空虚感。重臣さんとはもう長らくご無沙汰している。
ちなみに一応言っておくと僕はお父様とは面識がありません。

アニメのタイトルを間違える佐々木敦の期待を裏切らない凡庸さに感動する
554吾輩は名無しである:2014/06/28(土) 15:54:09.44
『ささめきおと』はサントラのタイトルで
佐々木敦が間違えることなどあろうはずがなかった
555吾輩は名無しである:2014/06/28(土) 16:17:45.74
佐々木にとって蓮実がささめき弟(おと)であった可能性も?
556吾輩は名無しである:2014/06/28(土) 17:48:07.12
重臣の音楽に感動する重彦は
光の音楽に感動する健三郎のようだ
そこに茶々を入れる敦と彰
557吾輩は名無しである:2014/06/29(日) 13:29:44.14
猫飛ニャン助
@suga94491396
3.11以降の戦犯が吉増剛造(文化功労者)であることは先週土曜カフェラバ
ンデリアのイベントで指摘したが、より根源悪は松浦寿輝(紫綬褒章)だろ
う。松井らの師・ハスミは勲章拒否である。『ボヴァリー』だってうんざり
で読むの躊躇するが、『明治の表象空間』まったく読む気にならない所以。

猫飛ニャン助 @suga94491396 7 時間
@suga94491396 松浦は若い時、川村二郎を揶揄して川村湊とどう違うかと言
ったか(それなりに的確な評)、近年(二郎晩年)では、川村二郎は日本の
ジュネーブ学派だとか言ってもちあげていた。過去を知らぬふりしての、露
骨な擦り寄りが、紫綬褒章への道だろう。
558吾輩は名無しである:2014/07/03(木) 15:47:34.21
都内23区に棲んでいる者だが、どこの本屋にもおいてないぞ。
559吾輩は名無しである:2014/07/05(土) 00:59:24.79
>>558
学術書を自費で購入する読者層が利用するような書店はどこも売り切れということ?(嫌味)
各種ネット書店で自宅配送やコンビニ受け渡しで買える。
実物を確認してから購入を決めたいなら、大型書店のウェブサイトで店舗在庫の確認ができる。
560吾輩は名無しである:2014/07/05(土) 06:15:14.30
>>558

丸善、ブックファーストには普通に置いてる。著者サイン本まであった。
561吾輩は名無しである:2014/07/05(土) 06:22:21.70
売ってる書店の数は全国でも100未満かもな。
562吾輩は名無しである:2014/07/05(土) 10:56:50.38
だが、既にブックオフで1000円で売られていたりしてw
563吾輩は名無しである:2014/07/05(土) 11:28:30.33
日本文学界の大事件と言ってもいい出版なのに、世間的な影響力は妖怪ウォッチの
1000分の1もありはしない。
564吾輩は名無しである:2014/07/05(土) 11:36:40.69
空々しいわなw
日本文学界の大事件w
コピーばかりで、中身のない賛辞w
565吾輩は名無しである:2014/07/05(土) 21:35:02.81
浅田彰も岡崎乾二郎のルネッサンス本を誉める時は、
>>563と同じような、何の特定性も具体性もない誉め方を
していたねw
ま、浅田の勘違いも良いトコだろうねw
566吾輩は名無しである:2014/07/05(土) 23:28:39.29
小説というものは何に貢献するのか分からない言語的な装置である…
そもそもフローベールが渾身の力を込めて書いたはずでありながら『ボヴァリー夫人』には内容的に齟齬を来している細部がたくさん存在している。
それにどうして誰も驚かないのか。それこそが驚きー蓮實重彦(「週刊読書人7/4号)。

見ることが所有に繋がるというのは歴史的にはともかく、少なくともフィクションとしては近代の視点だとはっきり言える。
その所有の対象が異性であったとしても、見ることが所有に繋がるというブルジョワ的心性を、
フローベールは「気化」という概念によって避けたと言えるかも知れませんー蓮實。

山田𣝣先生はよく「シャルルはいいなあ」とか「エンマのおやじはいいなあ」とかいつも呟いておられました。
そのような意味で私がエンマに冷たくシャルルにそれほど冷たくないとしたら、我々を惹きつける人物たりえていないにも関わらず、
最後に「気化」するがごとく死んでしまうからでしょうー蓮實。
567吾輩は名無しである:2014/07/06(日) 12:56:29.45
蓮實さんは『感情教育』は好きじゃないの?
568吾輩は名無しである:2014/07/06(日) 18:22:42.21
>>565
歴史的な書物の誕生みたいな言い方してたね
浅田はいい加減なやつだよ
569吾輩は名無しである:2014/07/07(月) 04:12:08.54
566を読んで感じたのは、いまだに蓮實が「見ることと所有」の関係に、
注目しながら、「触ることと所有」の関係を疎かに?してるのではないか?
という疑問だな。
ポスト・ネット・ポルノを考える時、AKBの握手戦術を無視できない。
これからの話だが、日本の若い女達がもっと、インターネットのフリー
ポルノに登場するようになれば、アイドル産業は成り立たなくなるのでは
ないか?
それへの対抗策としての、「触ることと所有」との関係に着目したAKBの
握手戦術だったと思うのだが。
そしてそれは一応、成功した。
だが、もし世の女達のスカートが10cm長くなり、お万個の神秘化が
進行すれば、ネット・ポルノの価値はいやが上にも高まり、アイドルの
握手戦術は無効と化してしまうのではないか?
既にその兆しはある?
570吾輩は名無しである:2014/07/07(月) 07:13:24.09
なかなかいいことを言う。
この見解には、かなり感心した。
571吾輩は名無しである:2014/07/07(月) 10:36:02.62
もはや「所有」という問題設定が不毛なのだよ
ネット・ポルノ時代には
572吾輩は名無しである:2014/07/09(水) 16:12:55.37
全くだ
言説にこだわるしか能が無い貧乏人だけが借り物のように生かされていくだけだ
573吾輩は名無しである:2014/07/10(木) 20:06:36.58
「蓮實重彦のマクシム・デュ・カン論は傑作。凡庸な芸術家の肖像を完璧に
書き切ることで、 ネガとして偉大な愚鈍としてのフローベールが浮かび上
がる。それでいいんですよ。 今更ポジティヴにフローベールを論ずること
なんてない。だってフローベールの小説を読めばいいんだから」
というのは、浅田の何時の発言か知らないが、マクシム・デュカンは
凡庸な芸術家ではないと俺は思う。
蓮實も浅田も安易にフランスの当時の世評を真に受け過ぎてるのではないか?
574吾輩は名無しである:2014/07/10(木) 20:32:30.71
573の続き
「凡庸な芸術家」という表現をイロニーと解釈するにしても、
蓮實がマクシム・デュ・カンをどの程度読めていたのか、疑わしい。
575マグナ ◆vI4NRkhGyA :2014/07/10(木) 22:01:57.54
マクシム・デュ・カン読んだことあるのか。どんな小説を書くんだ。
576吾輩は名無しである:2014/07/11(金) 03:21:17.48
旅行記の英語に翻訳されたのをちらっと読んだだけだが、
面白い。
現代人に受けるのはフローベールではなくて、デュカンではないか?
海賊的な略奪者としてのスピードへの熱情みたいなものがある?
彼が写真を撮った地中海南部沿岸の遺跡がブロンズ時代後期?
のものに集中している?とすれば、当時の新技術の写真機を手にした
デュカンはまさに、鉄器時代の到来と共に地中海を暴れ回った海民の
連合体に先見性、スピード、略奪性において似ている。
577吾輩は名無しである:2014/07/11(金) 08:52:09.63
河出書房新社「世界文学全集」〈第12〉フローベール,メリメ (1962年) 
ボヴァリー夫人・聖ジュリアン伝・カルメン・コロンバ

これが出会いであるが、私にとって、フローベール作品は、いわばシングルレコードのB面だったな。
長じてからも、マクスム・デュ・カンのB面、というより、フローベール論など読んだことなかった者が、
デュ・カン論は、最盛期の現代思想に連載していたので、ちょろっとでも読むはめになった、
わけである。
578吾輩は名無しである:2014/07/11(金) 10:19:31.63
蓮實のいう「凡庸」の反対は、たしか「愚鈍」だっただろう。
「愚鈍」の反対なのだから、この「凡庸」な人は、普通の意味での凡人ではなく、
むしろ才人のことではないか。
蓮實は、いうなれば、才人こそが「凡庸」であるというようなことを、
どこかで言っていたはずだ。
579吾輩は名無しである:2014/07/11(金) 12:04:13.38
蓮實の文章には、デュカンは、「かろうじて芸術家に成り上がった。」
みたいな意味のことを書いてるわな。
つまり、才覚はあったと、蓮實は認めている。
蓮實は、記事の中で繰り返し、写真技術におけるオリジナルと
コピーの概念の対比に触れているが、ヨーロッパの大きな歴史から
すれば、むしろ写真技術は、「生産」と「略奪」の対比で語られる
側面がもっと必要ではないかと思う。
海賊行為は古代や中世の地中海世界では勇敢で強くて賢い優れた者の
行為とされ、本当に禁止されたのは19世紀に入ってしばらくしてから
だった?
580吾輩は名無しである:2014/07/11(金) 15:24:38.04
581吾輩は名無しである:2014/07/11(金) 17:28:55.93
1974年 西ドイツ 『批評あるいは仮死の祭典』
1978年 アルゼンチン 『フーコー・ドゥルーズ・デリダ』『夏目漱石論』
1982年 スペイン 『小説論=批評論』
1986年 メキシコ 『凡庸さについてお話させていただきます』
1990年 イタリア 『成瀬巳喜男の設計 美術監督は回想する』
1994年 アメリカ合衆国 『魂の唯物論的な擁護のために』
1998年 フランス 『われわれはどんな時代を生きているか』
2002年 韓国/日本 『「知」的放蕩論序説』
2006年 ドイツ 『表象の奈落 フィクションと思考の動体視力』
2010年 南アフリカ共和国 『随想』
2014年 ブラジル 『『ボヴァリー夫人』論』
582吾輩は名無しである:2014/07/11(金) 19:35:59.53
私掠(海賊行為)を国が公認したのは、イングランドが最初だという。

ウォルター・ローリー(Sir Walter Raleigh、1552年または1554年 - 1618年10月29日)は、
イングランドの廷臣、探検家、作家、詩人。イングランド女王エリザベス1世の寵臣として
知られ、新世界における最初のイングランド植民地(バージニア)を築いた功績がある。

ちなみに、映画「エリザベス・コールデン・エイジ」の準主人公で、スペイン大使に、
蛇蝎の如く嫌われている様子がえがかれている。

ローリー卿は、当時の最高の詩人だとされたようだ。海賊ナイトが第一級の文学者
というのがいかにも良いな。
583レディー・ジャネット:2014/07/11(金) 21:58:32.84
思えば蓮實的には、フローベールの「愚鈍」に対して、
メリメも、「凡庸」な部類になるのじゃないか。
あるいは、前者の作は「小説」であるが、
後者のは「物語」である、とならないか。
とはいえ、どっちの書く女が、魅力的かと言えば、
私としては、間違いなく後者のラテンの(半ばクレール的な感じもする)女である。
これを、いわば欧州内「オリエンタリズム」とセクシズムの混合の物語素、、
といって切り捨てるのは、たやすいであろうが、それは、ある種の野卑な脂っこさのようなもので、
たとえ「体には悪そう」でも、それを旨いと感じる人がいるのは仕方ないことだ。
ワールドカップ開会式にしても、やはりジェニファー・ロペスが、
ショーの主役だった。
584レディー・ジャネット:2014/07/11(金) 22:10:32.04
訂正
クレール→クレオール
585レディー・ジャネット:2014/07/11(金) 22:21:20.73
≫海賊行為は古代や中世の地中海世界では勇敢で強くて賢い優れた者の行為

「ゴールデンエイジ」でも、スペインの大使が、
ローリーについて、
「海賊がテムズ川を公然と遡って、女王のベッドで寝ている」
という皮肉をエリザベスにいうところがある。
史実として本当に男妾だったかどうかは知らないが
(ただ、女王の侍女を妊娠させ、勅許なく結婚して、投獄されたのは史実だ)、
へなちょこの重代の貴族の男にない魅力を、
女王がローリーに見た、ということが、「物語的」であるがゆえに、
ドラマを通俗的な意味で面白くしている。
586吾輩は名無しである:2014/07/12(土) 04:58:33.12
>>585
煙草を吸ってるポーズも様になってるローリーは中々の伊達男だね。
ローリー寺西も元気でいれば良いがw

蓮實のダゲロタイプや写真技術の解釈だと、やはり「凡庸」は
平凡で取り柄のないことの意味に使われてる面は否定できない
と思う。
浅田も、他に説明もことわりもなしに、「凡庸」を使ってるし、
ここで色んな人が蓮實を弁護しても駄目だよw

写真技術をコピーのアレゴリーとしてしか用いない蓮實や、蓮實の
表現である「ある凡庸な芸術家」を何の注釈も断りもなしに引用する
浅田こそ、「ある凡庸な批評家」でなくて何だろうか。
騒げば騒ぐほど、蓮實の思う壷という気もするがw
587吾輩は名無しである:2014/07/12(土) 09:48:30.23
べつに擁護するつもりはないのだが、
蓮實重彦は、芸なし能なしが大半の論壇の中では、
外国語教師としては一流という、
芸ありの人なわけよ。
英語の論説文すら代筆してもらっているような、
まったくの能なしを責めればいいのじゃないか。
588吾輩は名無しである:2014/07/12(土) 10:35:17.21
構想45年!蓮實重彦さん「ボヴァリー夫人」論
http://www.yomiuri.co.jp/book/news/20140709-OYT8T50055.html?from=ytop_ymag

 「人類は、つくづく物を読むのが嫌い。読まずに、ほかのことを考えるのが好きです。
99%の批評家や理論家は、『ボヴァリー夫人』をじっくりと読んでない」

 「小説は普通、人物が中心にあると思われる。でもフローベールは足や靴、手などの『物』が、
生きている者とほぼ同じように描かれている。だから、『足の物語』や『靴の物語』といった見方ができるのです」

「小説には、面白いことがいっぱい書いてある。私は人間に興味がある。それは、『目に見える運動』であって、
見えない彼らの考えではない。見えないところに逃げてはならない。目に見えるものだけで判断せよ。映画もそうですね」

「今では自分より年上の人が亡くなり、変なことですが、英語や仏語、イタリア語などを含めて私が、
『ボヴァリー夫人』について書かれた文献を世界で最も読んだ人になった」

「これを書き上げると、ほかのものをしないように聞こえる。サッカーのワールドカップ、小説、映画を見てもいい。
世の中には面白いことが多くあるから、自粛したくありません」
589吾輩は名無しである:2014/07/12(土) 10:38:13.20
ホント馬鹿だな。

>外国語教師としては一流
ってのは芸でも能でもないんだよ。

江利チエミが(マスターしてない(だろう))外国語で歌ったジャズはネイティブとくらべても超一流だよ。
590吾輩は名無しである:2014/07/12(土) 11:29:12.32
なんて名前の王様だったか忘れたけど
「朕はただ好き勝手なことを口から出まかせで言ってるだけだ。しかし、すると法律学者がもっともらしく理由をつけてそれを重々しく深い『意味』にする(笑」」
って名言(皮肉?)を言ったよね。

そーゆーことさ。(笑
591吾輩は名無しである:2014/07/12(土) 11:43:52.67
蓮實重彦は、だいたい「深さ」が嫌いな人だぞ。
588でも、裏も奥も底も想わず、目に映る表のみを見るべし、といっているだろう。
これはあるころから、まったく揺るがず一貫している。
小説ならば、文字で書かれていることのみが読まれるし、
評論も同じだ、というのだろう。
だから、蓮實の文にも、深さなどあるはずもない。
592吾輩は名無しである:2014/07/12(土) 14:05:02.68
>>591
それじゃ底が浅いってだけだって読まれるよ。(笑
とゆーわけで、裏と奥と底を想って以下添削。(好きなんだよねー。^^;)

蓮實重彦は、だいたい「深読み」が嫌いな人だぞ。
     ------------     
だから、蓮實の文にも、「表れていないものを読むのが批評」などあるはずもない。
593吾輩は名無しである:2014/07/12(土) 14:27:22.63
いや、単純に、深さがないのだ。
あるいは、深みでもいいぞ。
まあ、底が浅い、でもいいわ。
ようするに、書いてある通りの他愛のないことだな。
588ならば、ご隠居さんの控えめな感慨含みの
脱稿後の心境にすぎない。

周りが勝手に何かをやっていたとすれば、
それは、深い意味にする、などという手間のかかることではなくて、
蓮實重彦という人の文に、
書いてあること以外に何かがある、かのように想いつづけた
ということだろう。
そして、わたしとしては、べつに他には何もない、と思う、と。
594吾輩は名無しである:2014/07/12(土) 15:02:14.00
蓮實重彦に悪いところがあったとすれば、

「見えないところに逃げてはならない。目に見えるものだけで判断せよ」

これを仕事で読んでいる人、あるいは、義務で読んでいる人にのみ、
「そうせよ」といっています、というおことり書きをしなかったことだろうな。
これは、些細なことのようだが、意外に大きな悪影響を及ぼした。
想像する、というのが、ふつううの読書の楽しみの大きな部分だからな。
それを、かなり多くの専門家でない知的読者に、一種の禁欲主義的理想を植え付けたことになる。
蕎麦につゆをちょっぴりしかつけず、食べるのでなくすするのが通、
みたいな話だが、
これには、通人が、「死ぬ前に蕎麦に露をたっぷりつけて食いたかった」
と言う、といったオチがあるのはいうまでもない。
595吾輩は名無しである:2014/07/12(土) 23:10:58.66
通ぶった凡庸な書評ですなw
出版社の阿呆編集には良くいるでしょうw
596吾輩は名無しである:2014/07/15(火) 01:35:41.08
構想45年!蓮實重彦さん「ボヴァリー夫人」論
http://www.yomiuri.co.jp/book/news/20140709-OYT8T50055.html
597吾輩は名無しである:2014/07/15(火) 07:30:14.14
下は鵜飼哲著「ジャッキー・デリダの墓」についての若松英輔の書評から
哲学板デリダスレからの転載です。

デリダの著作を「読む」とは、記された言葉を 扉にして、その奥にある意味の世界を感じることだった。
「これらの語は、テクストの表面に、つねに現れて
いるとは限らない。だが、幻覚のように読まれること、幻聴のように聞こえることがある。私の母の容態を彼
が訊たずねてくれるたび、私はいつも、彼が言わない彼の言葉を聞いていた」、と作者(鵜飼)は書いている。

蓮實先生、「書かれてもいないことを読むな、言ってもいないことを聞くな」
と鵜飼氏を叱ってください。
598吾輩は名無しである:2014/07/15(火) 12:05:58.48
まじレスすれば、蓮實は深読みのし過ぎを戒めただけだろ。
心理学者の神話解釈など、そういう例が多い。
599吾輩は名無しである:2014/07/15(火) 12:42:41.54
まじレスした方のは、悪いが勘違いだな。
蓮實は、むかしの、かなり堅めのテクスト論者的な立場で言っている。

たとえば、研究者が主人公を「エンマ・ボヴァリー」と呼ぶことについて、

<作中では、「エンマ」「ボヴァリー夫人」と書かれ、姓名をつなげて表記されることは一度もない>

と強調しているのは、つまり、ちゃんと読んでいないから、つい安易に「エンマ・ボヴァリー」などと書いてしまうのだ、
という、いかにも「細けー」と思えることを指摘している。
600吾輩は名無しである:2014/07/15(火) 12:45:37.22
なるほどね。
俺は蓮實の発言がどう云う状況でなされたものか知らないからな。
601吾輩は名無しである:2014/07/15(火) 12:48:40.44
596を見れば書いてある・
602吾輩は名無しである:2014/07/15(火) 12:50:30.95
そうやすやすとリンクは踏まんw
603吾輩は名無しである:2014/07/15(火) 12:58:28.29
<文学研究には、作品のモデルの人物を探すようなものもある。それらに対し(蓮實は)、
「私には詮索する人の精神構造が全く分からない」。人類学をはじめ、
ほかの学問の「構造」を安易に使う考察にも否定的で、テクストそのものと向き合い続ける。>

でも、↑の部分は読んだから、神話解釈とか、いったんじゃないのか?
読まないで言ったなら、たいした「深読み」(これは洞察鋭いという、いい意味)だ。
604吾輩は名無しである:2014/07/15(火) 18:13:53.37
読まないで言ったよ。
最近の欧米の心理学者らの神話解釈にうんざりしてたから。

でも、603の前半だけでは蓮實の意図は俺には良く分からんな。
だが、蓮實のデュカン論を完全否定する用意が俺にはある。
605吾輩は名無しである:2014/07/15(火) 19:18:49.44
          ____
       / \  /\  キリッ
.     / (ー)  (ー)\
    /   ⌒(__人__)⌒ \
    |      |r┬-|    |  だが、蓮實のデュカン論を完全否定する用意が俺にはある。   
     \     `ー'´   /
    ノ            \
  /´               ヽ
 |    l              \
 ヽ    -一''''''"~~``'ー--、   -一'''''''ー-、.
  ヽ ____(⌒)(⌒)⌒) )  (⌒_(⌒)⌒)⌒))
606吾輩は名無しである:2014/07/16(水) 22:27:31.68
いまだに読むことを知らない人に嫌われるわけね、蓮實は

こういう人が居なくなったらどうなるんだろうね、代わりも居ないし
607吾輩は名無しである:2014/07/17(木) 02:25:24.71
読むことを知ってる証拠をまず、示してくれよw
守中ぐらいなら、何時でも相手になるよw
608吾輩は名無しである:2014/07/17(木) 11:18:58.60
だいたいボヴァリー夫人ってそんなに大層な小説か
609吾輩は名無しである:2014/07/17(木) 11:22:11.75
書かれていないものを読むな、存在しない映像を見るなというのはそういう輩は自分のロマネスクに耽溺して
肝心なところを読んでいない、見ていないという戒めだ
深い浅いの話ではない
表層批評で論旨を深く掘り下げるのは可能だ
610吾輩は名無しである:2014/07/17(木) 11:29:10.38
>>608
@文学史で初めてスーパーマンではなく普通の凡庸な人物を主人公にした
A文学史で初めてエクリチュールの意識を具現化し作品化した(フローベール以前のスタンダール、バルザックに
エクリチュールの意識はなかった)

この二点において文学史に画期を成す作品だろう
611吾輩は名無しである:2014/07/17(木) 11:35:16.78
ドン・キホーテはその奇矯性において、ジュリヤン・ソレルはその知能とイケメン性において、ウージェーヌ・ド・ラスティニャックと
フェリックス・ド・ヴァンドネスはその野心においてスーパーマンだろ?
612吾輩は名無しである:2014/07/17(木) 13:29:07.87
文学史に画期を成すことが意味を持つということは
表層批評的にどう考えるべきなのだろうか
613吾輩は名無しである:2014/07/17(木) 14:04:10.30
>>612
意味などない
考える必要はない
ただボヴァリー夫人とそれについて書かれた蓮實のテクストを読んで楽しめばいい
614610:2014/07/17(木) 14:42:33.86
>>610
×エクリチュールの意識を具現化し
○エクリチュールの意識を前景化し
615吾輩は名無しである:2014/07/17(木) 16:35:04.83
フローベールより前の作家は才能があって「書くこと」が自明のことだった
フローベールは「書くこと」とは何か、「エクリチュール」とは何かと問うた
そんなことに懊悩呻吟しながら小説を書く作家はいなかった
この馬鹿正直さが蓮實の言う「愚鈍」なんだろう
616吾輩は名無しである:2014/07/17(木) 20:07:56.18
蓮実の本を、「物語批判」的に読むことだって、できるんだから、
アンチはやってみたらいいのじゃないか。たとえば、

<蓮実は、足や靴の記述などに着目し、「華奢」な足や靴を持つエンマと、その魅力に気づかない「頑丈」な足の子に育った夫シャルルのすれ違いを浮かび上がらせる。>

肝心な新著を読んでないから、たしかなことはいえないが、
もしも、蓮実が、華奢な足を「ブルジョワの綺麗なお嬢さん」の記号として、
いまも通用すると思っているならば、それはやっぱりアナクロであって、
いわば「古くなった物語」となるだろう。

ちなみに、アメリカンアイドルのモデル版のようなナオミ・キャンベル司会のオーディション番組があって、
それでは、かつて「華奢な足」で、一世を風靡したツィギーが審査員を務めている。
ツィッギーは英国人だが、その彼女はカリブの島の出身の出場者の女の子が訛りを気にしていることに対して、
「わたしも、労働者家庭の出なので、デビュー当時は、(下層階級の)訛りをどうしようかと
悩んだものだけれど、けっきょくは、なんとかなった」と自らの経験を踏まえて励ましたことがある。
つまり、「華奢な足」は、とうの昔にかつての意味を失っている。そんなことは、いまどきの人は
云われなくても分かっているはずだが、しかし、批評する、となると、普段なら分かり切ってい
ることを、「物語」(ようするに、これはイデオロギーの神話作用のことだ)の力
にひっぱられて、意外と忘れることもある。
617吾輩は名無しである:2014/07/17(木) 20:13:39.80
エンマは、都市有産階級としてのブルジョワの出ではないが、
ということわりがきを忘れていたので、
補足。
618吾輩は名無しである:2014/07/18(金) 05:58:41.16
>蓮実が、華奢な足を「ブルジョワの綺麗なお嬢さん」の記号として、

書かれていないものを読み取ってしまう典型的な例ですね。
フローベールも蓮實もそんなことは書いていない。
本人も書いているようにエンマはブルジョワの出身ではないのだから。
単に蓮實はスケベだから「華奢な足」にエロチックなものを感じているだけ。
谷崎も「華奢な脚」フェチだったなあ。
619吾輩は名無しである:2014/07/18(金) 06:29:37.38
読んでないから、あてずっぽうだけど、もしもそうなら、といったのよ。

ただ、足フェチにしても、華奢なのが好き、
というのは、世代的なものかもしれないし、人種意識、
階級意識もある、かもしれないよ。

私なんかは、長いのは筋張ってごつい、短いのは筋肉質で太い、
そういう足が好きだから。

華奢な足を、魅力的とすることが、もし小説にその通り書いていないとすれば、
すでに、書かれていないことを読んでいる、ことになる。
いずれにせよ、完全な表層批評と言うのは、現象学的還元みたいなもので、
じっさいは、出来っこないことだと思う。だから、一種の対抗言説みたいなものとして
理解したほうがいいのだろうが、果たして今、対抗すべきヘゲモニックな言説編成と言うもの自体が、
あるのだろうか。
620吾輩は名無しである:2014/07/18(金) 06:42:58.48
表層批評って批評文の検証可能性を作品に求める態度を指すスタイルではないでしょう
621吾輩は名無しである:2014/07/18(金) 08:02:48.92
華奢な脚は、昔の中国の纏足によっても、人為的に作ることができた。
足を極端に小さくすれば、脚の骨だけでなくて、全身の骨が細くなる
らしい。纏足した中国女性の骨格をたくさん調べた結果だそうだ。
金関の説だが。
ポール・クローデルのthe satin slipperも中国女性をaniconicに
示唆してる訳だろ。
今のファッション・モデルは最低でも180近くから、190以上だろ。
これぐらいの大女になると、すらっとしてはいても、脚の骨は太くならざるを
得ない。動物は大型化すればするほど、体重に対する骨の重量の割合が
高くなる。
ツイッギーは170ぐらいだから、華奢でいられたが。

aniconismの文化における存在は、いくら蓮實でも認めざるを得ないだろ。
それは故意に、「描写」を省くということなんだが。
日本人を含めた東洋人と西洋人との頭脳の違いも問題だ。
日本人は何でも「ベタ」に表現しなければおさまらないから。
黒瀬の「来迎図」など、仏教美術についての理解を参照すれば分かる。
622吾輩は名無しである:2014/07/18(金) 10:10:58.68
表層批評をいうのは、作者になりかわって自分が作品を統御したいという
俺様指向で、俺様ハスミにふさわしい方法論
表層批評の深層はハスムのエゴという話
623吾輩は名無しである:2014/07/18(金) 12:05:14.86
ところで、華奢な足、といえば、ふつうシンデレラとくるだろう。
あれは、もとが中国のお話という、よく知られた説は、正しいのか?

622の、いうなれば「作者の死」は、特権的読者としての批評家のエゴによる殺人事件だ、
というのは、たしかに当たりだとは思う。
べつにそれが、そんなに悪いとも思わない。
がしかし、笙野頼子の「だいにっほん」の結び、「わたしは、まだ生きている」
を読んだときには、やけに感動した。
624吾輩は名無しである:2014/07/18(金) 12:11:13.93
>華奢な足
そのころの女ってのは踝さえ人目には晒さなかったんじゃないか?
まあ、作者が「華奢な足」だって書けば華奢な足なんだろうが、
亭主や情夫でもなきゃほっそり足なのか大根足なのかなんてことは知りえなかったもんだろ?
625吾輩は名無しである:2014/07/18(金) 12:16:22.59
(ボヴァリー夫人は)『足の物語』や『靴の物語』といった見方ができるのです(蓮實)

もしや、文学史において画期的な作品は、
シンデレラ・ストーリーだったのか?
626吾輩は名無しである:2014/07/18(金) 12:20:02.40
浅田が蓮實の『マクシム・デュ=カンまたは凡庸な芸術家の肖像』に
ついて、その中でのデュカンとフローベールの関係をポジとネガの
関係に例えてるが、そんな雑なアナロジーの把握は凡庸どころか、
有害でしかない。
デュ=カンのダゲレオタイプの写真においては、最初からポジ画像が
得られるのであり、反転の意味は喪失している。
蓮實の思わせぶりな「デュカンの友人」という中途半端な表現に
ポジティヴな要素など全くないだろう。
この表現の思いつきがどこから来たものかといえば、俺はまず、
古代ギリシャや中世イスラムのaniconismではないかと、想像
するが、無論、これはaniconismの誤解、誤用に過ぎない。
ま、色々言い訳や言い逃れはあるだろうが。
627吾輩は名無しである:2014/07/18(金) 12:21:27.09
ここら辺はねえ、リアリズムで小説を実際に書いてる実作者が
その場面を「誰の目・誰の心」で描写しているか?でメチャクチャ苦労しているところなんだよね。
だからそこの「?」がよーく解るからバカなものが素直に読めないんだ、実作者には。
こう言ってもしかし、アホなポモには解らないけどねw
628吾輩は名無しである:2014/07/18(金) 12:31:10.61
今の編集者はポモばかりだろw
629吾輩は名無しである:2014/07/18(金) 12:35:51.50
>>628は「五大純文学誌総合スレ第五巻目【プラス】」←こっち。
ワナビー相手にリアリズム描写の苦労話をするつもりはさらさら無い。
このスレまでワナビー板の飛び地にするんじゃない。
630吾輩は名無しである:2014/07/18(金) 17:18:56.71
>>629
628と626は同じく、俺が書いたものだが、お前よりはるかに
俺の方が重要な人間のはずだが。
ポモの編集者を全部、首にしないと日本の出版の再生はない、
そういう単純な真実を俺は言ってるだけだ。
631吾輩は名無しである:2014/07/18(金) 19:08:02.28
629はただの、阿呆な編集者なんだからしょうがないだろw
632吾輩は名無しである:2014/07/18(金) 20:00:48.71
 YO! 最近、悪い事件多いよね 皆、口をそろえて言う「怖い」とねって 
いつ現れるか分からん通り魔 「なぜこの人を」と問えば 
そして返ってくる言葉は 「ただ金が欲しかった 別に誰でもよかった」と顔色一つ変えずに言った

そんなやつらの考え理解できねえ そんなやつらがいたんじゃ良い未来できねえ 
年々増える犯罪者を減らさなきゃ増えてしまう被害者 育った環境、時代が犯罪を生み 
死亡率が増える世界の国々 ささいなことでケンカして いつの間に大惨事に発展して

今の世の中 頭おかしく魂腐ってる野郎をできるだけ減らすんだ
今の世の中 今の時代の現実を見ろって人ごとにしてられないんだ
今の世の中 本気で変えなきゃダメだろう 未来変えなきゃダメなんだ

まだ小学生のBOY & GIRL 近ごろ多い少年犯罪 
きちんとした意味もなく人殺して 年関係なくそれはもう人殺しで 
まだ幼いのに何してんだ 親や教師は何してたんだ 子どものことぐらい知っとけ 
ゴメンじゃ済まないとちゃんと言っとけ 教えとけ 常識ぐらい覚えとけ
君も辛いだろう しかもテレビのニュースだと 被害者だけ公表される名前と顔 
加害者は守られる その後の人生とか これからが困るだろうと使われるアルファベット 
何も言えずおれらはずっとポツネンと どんなに悲しんでもしょうがない 
もう戻ってくることはない そんなの情がない 被害者の人生台無し 
これからが大事だし そんな運命に用はなし 年寄りになってからのほうが長いかもしれないと 
悲しみ憎しみとかが計り知れない 幸せ奪いながら、おれにとっちゃ許せないことばかり 
一生消えない思い出や怒り もう我慢できなくて この現状変えたくて 本気で変えてほしくて
今の世の中 本気で変えなきゃダメだろう 本気で考えなきゃダメだろう 未来変えなきゃダメなんだ
633吾輩は名無しである:2014/07/18(金) 20:07:59.40
003読むことの始まりに向けて
030@散文と歴史
087A懇願と報酬
135B署名と交通
204C小説と物語
278D華奢と頑丈
327E塵埃と頭髪
386F類似と齟齬
457G虚構と表象
542H言葉と数字
608I運動と物質
681読むことを終えるにあたって
634吾輩は名無しである:2014/07/18(金) 20:09:41.68
>>632
ペイフォワード思い出したぜ!
635吾輩は名無しである:2014/07/18(金) 20:18:28.47
ハローワークが求職者の妨げになってるのは否めないわな。
ハローワークの職員はたくさんいて、給料をもらって、求職の邪魔をしてる。
普通なら、電話して、当日に面接、即決雇用のはずが、ハローワークが
間に入るために時間がかかり、嘘の情報が求職者に流れ、雇用側の立場が
強くなる。
現場関係の仕事が履歴書郵送とか、ド阿呆かw
電話を受けたら、さっさと面接、即決雇用だろうが。
一部上場企業のつもりかw
636吾輩は名無しである:2014/07/18(金) 23:26:48.77
「凡庸な芸術家の肖像」を、ほんの少しだけ読み返した。
思えば、これは評伝であって、べつに理論的な本ではなかった。
史料にこまめにあたっているということも、
明らかになく、歴史に関する記述は、あちらの書物からの借用が多いだろう。
ようするに、デュ₌カンという、(当時は)どうでもよさげだった人(日本では、蓮實が有名にしたのである)
について、さももっともらしいことを書いた、という「捻り」をきかせたところが、なにやら新しげな感じがした、
というだけのことであったな。
という、
637吾輩は名無しである:2014/07/19(土) 10:19:17.84
スキゾ/パラノみたいな感じで愚鈍/凡庸を流行らせたかったんだろ
638吾輩は名無しである:2014/07/19(土) 15:33:28.91
017『凡庸な芸術家の肖像』への序章
033@蕩児の成熟
050A蕩児は予言する
064B特権者の代弁
078C開かれた詩人の誠実
092D韻文の蒸気機関車
110E凡庸さの発明
124F旅行者の誕生
142G芸術家は捏造される
158H仮装と失望
174I写真家は文芸雑誌を刊行する
185J編集者は姦通する
200K友情の物語=物語の友情
215L『遺著』という名の著作
230M自殺者の挑発
243N教室と呼ばれる儀式空間
256O説話論的な少数者に何が可能か
272Pイデオロギーとしての倦怠
285Q新帰朝者の自己同一性
301R日本人の模倣癖と残忍さについて
314S才能の時代から努力の時代へ
639吾輩は名無しである:2014/07/19(土) 15:37:46.88
331@崩壊・転向・真実
348A夢幻劇の桟敷で
360B外面の痛み=内面の痛み
384Cシチリア島の従軍記者
389Dふたたび成熟について
402Eパヴァリアの保養地にて
425F徒労 または旅人は疲れている
432G文学と大衆新聞
447H変容するパリの風景
461I物語的配慮とその許容度
475J黒い小部屋の秘密
489Kパリ、または数字の年
504L排除さるべき落伍者たち
019M素朴な政治主義者
033N回想記作者の悲劇
048O犠牲者の言説
063P魔女とテロル
079Q性と権力
094Rいま一つの『狂気の歴史』
107S密告者の誕生
640吾輩は名無しである:2014/07/19(土) 15:42:02.97
123@母と革命
137A臆病な話者は何を恐れるか
150B四輪馬車と鉄鎖
164C足の悲劇
178D旅行靴と風見鶏
192E帝国の狩猟地にて
206F皇妃と人道主義
221Gカルタゴと晩餐会
236H香具師と逸脱
249I図書館と劇場
264J大衆化という名の事件
278K通俗小説の時代
291Lミイラと特権
304M警視総監との友情
317N犠牲者の言説
330O打たれなかった弔電
344P葬儀のあとで
359Q凡庸な嫉妬の物語
381R敵意を誘発する装置
395S黄昏――夕暮どきの言葉――
411『凡庸な芸術家の肖像』への終章
641吾輩は名無しである:2014/07/19(土) 16:22:56.90
肩書きは仏文学者になるのか
朝日新聞のインタビューW杯の限界だってw
642吾輩は名無しである:2014/07/20(日) 04:03:24.29
哲学的つぶやき−その14−
643吾輩は名無しである:2014/07/20(日) 09:27:16.57
>>641

W杯は国の威信を背負ってたたかうから
失点を恐れるようになって守備かためるから
爽快なゴールシーンが見られなくなった
だと
単なるニワカの意見だった
644吾輩は名無しである:2014/07/20(日) 09:48:28.69
あと
日本が負けても悔しくもなんともない変な人間なんです
とドヤ顔で語っていたのがイタイ感じだった
そんなサッカーファン普通にいるって
645吾輩は名無しである:2014/07/20(日) 10:38:15.52
多田さんのサクランボに抵抗できないハスミン
646吾輩は名無しである:2014/07/20(日) 16:02:19.16
『映画千夜一夜』淀川79歳、蓮實52歳
『『ボヴァリー夫人』論』蓮實78歳
647吾輩は名無しである:2014/07/20(日) 18:33:49.60
日本代表が負けていなくなってからの強豪の試合を楽しむのが
本当のサッカーファンだという奴なんていくらでもいると思うが
648吾輩は名無しである:2014/07/21(月) 12:42:26.77
>>608


普通の読者には退屈な作品

それはこれからも永遠に変わらない
649吾輩は名無しである:2014/07/21(月) 13:08:00.49
>>643
>W杯は国の威信を背負ってたたかうから
>失点を恐れるようになって守備かためるから
>爽快なゴールシーンが見られなくなっただと

爺さまは以前村上龍との対談で、
機動性の高いイタリアサッカーが好きだという主旨のことを言っていた記憶がありますが。
守備的なカウンター攻撃のイタリアサッカーが。
650吾輩は名無しである:2014/07/21(月) 14:47:23.35
あの文体は何のために・・・
651吾輩は名無しである:2014/07/21(月) 14:53:45.02
>>648
ボヴァリー夫人、普通に面白いよ。
652吾輩は名無しである:2014/07/21(月) 17:47:34.67
>>648
小説の言葉を読まず、
物語で読もうとするからつまらないんだよ
653吾輩は名無しである:2014/07/21(月) 18:59:19.01
>>651
価格がものすごい高いですね。買えない場合は「それはあなたがバカだからです」
とかいうのかな。
654吾輩は名無しである:2014/07/21(月) 20:04:30.43
ボヴァリー夫人 (新潮文庫) フローベール、 生島 遼一 (1997/5)
¥ 767

ボヴァリー夫人 (河出文庫) ギュスターヴ・フローベール、 山田 ジャク (2009/7/3)
¥ 1,188

ボヴァリー夫人 (上) (岩波文庫) フローベール、 伊吹 武彦 (1960/6/25)
¥ 713

ボヴァリー夫人 (下) (岩波文庫) フローベール、 伊吹 武彦 (1960/11/25)
¥ 713
655吾輩は名無しである:2014/07/21(月) 22:40:28.99
蓮實の「ボヴァリー夫人論」のことを略して、
「ボヴァリー夫人」と、言った人がいたんだろうね。
656吾輩は名無しである:2014/07/21(月) 22:47:03.74
白井浩司 訳のボヴァリー夫人はどうなんだろう

生島や山田の訳はいろいろ文句をつけられているようだが
657吾輩は名無しである:2014/07/22(火) 09:00:06.38
608 :吾輩は名無しである:2014/07/17(木) 11:18:58.60
だいたいボヴァリー夫人ってそんなに大層な小説か

648 :吾輩は名無しである:2014/07/21(月) 12:42:26.77
>>608


普通の読者には退屈な作品

それはこれからも永遠に変わらない

651 :吾輩は名無しである:2014/07/21(月) 14:53:45.02
>>648
ボヴァリー夫人、普通に面白いよ。

653 :吾輩は名無しである:2014/07/21(月) 18:59:19.01
>>651
価格がものすごい高いですね。買えない場合は「それはあなたがバカだからです」
とかいうのかな。
658吾輩は名無しである:2014/07/22(火) 09:22:27.72
『ボヴァリー夫人』は『集英社ギャラリー [世界の文学] 7 フランスII』所収の
菅野昭正訳が一番善い
『感情教育』が旧い訳ばかりで善い訳がないから菅野先生が存命の内に訳して慾しいところだがもう84歳だから無理か
659吾輩は名無しである:2014/07/22(火) 10:28:03.53
>>654
ボヴァリー夫人 (河出文庫) ギュスターヴ・フローベール、 山田 ジャク (2009/7/3)
¥ 1,188

これ、今回の蓮實の『「ボヴァリー夫人」論』で、使用されてる翻訳なんだけど、
初出の中公の世界文学全集の古本が、ブックオフなんかで探せば、
けっこうな確率で100円で売ってるよ。
そっちのほうが、『3つの物語』や『「紋切り型辞典」抄』も併載されていて、ずっとお得だよ。
660吾輩は名無しである:2014/07/22(火) 11:40:38.96
『「ボヴァリー夫人」論』

思い出すね。凡庸な芸術家の肖像と全く同じ。
無駄に長いけど、全く中身なし。
きっと内容じゃなくて文体で読めとか言うんだろうけど、
それほどの名文でもない。
自称だけは世界レベル。
661吾輩は名無しである:2014/07/22(火) 12:41:43.58
山田訳は菅野訳に較べ全然ヴィヴィッドじゃない
原文の精巧さと艶やかさを全然伝えてない
蓮實の文も燻った文だから合ってるので採用したのだろうが
菅野訳を引用したら負けるからな
662吾輩は名無しである:2014/07/22(火) 12:44:23.45
蓮實は山田訳に改稿する前は生島訳を採用してたようだが菅野訳から逃げてる分だけ駄目な本だわ
663吾輩は名無しである:2014/07/22(火) 13:09:05.36
>原文の精巧さと艶やかさを全然伝えてない
具体的に菅野訳貼れよ
664吾輩は名無しである:2014/07/22(火) 13:17:44.34
買えよ
本に金使う気がないなら文学など読まないことだ
665吾輩は名無しである:2014/07/22(火) 14:51:59.99
おまえが引用すればすむ問題だろ
666吾輩は名無しである:2014/07/22(火) 16:39:04.94
甘えんじゃねえよ
667吾輩は名無しである:2014/07/22(火) 16:41:19.25
蓮實が自分でまず訳すべきだろ。
フローベールを一生研究してきて、
自分で訳してないとか。
668吾輩は名無しである:2014/07/22(火) 16:46:11.74
だいたい、ちょっと反動的なかんじのするほど、
日本語にこだわらず外国語(ほぼ欧米語のこと)で書け、
と言ってきた人が、なんで日本人しか読めない「ボヴァリー夫人論」を、
ライフワーク(ただ、本人はそう言っていないようだが)として表したのか。
フランス人も他国の仏文学も読めないものを、胸を張って「世界一のボヴァリー夫人論だ」といっても、
うつろに響くだけだろう。
669吾輩は名無しである:2014/07/22(火) 16:48:41.46
管野の訳がそんなに素晴らしいなら
集英社あたりで文庫化されたときに読むわ
670吾輩は名無しである:2014/07/22(火) 16:58:13.36
蓮實の到達点もこの程度かと思うと、
これまでのすべての批評活動が怪しく思えてくるw
671吾輩は名無しである:2014/07/22(火) 17:11:06.98
訂正
仏文学→仏文学者
672吾輩は名無しである:2014/07/22(火) 17:11:40.14
>>668
フランス語には翻訳されるだろ
その頃御大は死んでるだろうが
673吾輩は名無しである:2014/07/22(火) 17:13:41.62
翻訳してもらう、じゃなく、日本語と並行して、
自分で書くべきだっただろう。
674吾輩は名無しである:2014/07/22(火) 17:16:32.73
ところで、蓮實重彦の著書のうち
外国語に訳されているのは、
現時点で何がある?
675吾輩は名無しである:2014/07/22(火) 19:11:24.34
>>672>>673
仏訳はそう簡単じゃないだろ。
蓮實単独では仕上げの文章までは書けないから、フランス人の
有能な編集者が必要だろうから、お金が一杯かかるだろ。
たぶん、実現しない。
蓮實には日本の名だたる、作品を単独で仏訳した経験がないことで
分かるはず。
また、そのぐらいの実力があれば、どっかのフランス語の本を和訳
した時に浅田に何百もの誤訳を指摘されてないはず。
676吾輩は名無しである:2014/07/22(火) 19:33:46.21
著者自身による内容紹介文を読む限りでは蓮實さんのボヴァリー夫人論は
辻原登の東大講義と大差ないような気がします。
辻原さんは文庫本で45ページといった具合にコンパクトにまとめています。
というか、「ボヴァリー夫人」がいわゆる写実文学(岩波文庫版帯)などではない
ことくらい蓮實さんに言われるまでもなくみんな知っていますよ。
677吾輩は名無しである:2014/07/22(火) 21:23:49.18
>>674
『監督 小津安二郎』は仏訳がある。
678吾輩は名無しである:2014/07/22(火) 23:59:26.21
マクシム・デュ=カンとフローベールがトルコ、エジプトなど
近東を旅行したのは、考古学的遺跡などの写真を取る一方で、
各地の売春窟で、発見したオリエンタルな女達のヌードを撮ることも、
大きな目的の一つだったろう。フローベルはセックス以外に関心は
なかったろうが、彼の相棒はそれよりも、オリエンタルな女達の
ヌードをパリやロンドンで売り捌いて、旅費の元を取ろうと思ってた
のではないかな?
当時はトルコやエジプト女への、ヨーロッパの男の憧れは強かった。
クールベの御万個をリアルに描いた『世界の起源』は、
ポルノグラフィーに対する対抗意識?も伺える。
そういう絵でさえ、当局の検閲の対象だったから、デュ=カンが
トルコ女の御万個を撮った証拠は多分、残ってないだろうが。
679吾輩は名無しである:2014/07/23(水) 03:10:46.06
フラン語で書くのは校正に金がかかる、という言い分があるわけね。
じゃあ、英語で、といおう。それでも、日本語のみ、よりは、だいぶいいだろう。
680吾輩は名無しである:2014/07/23(水) 03:29:48.49
これまで、日本の映画監督を論じたもののみが訳されているだけなのに、
「ボヴァリー夫人論」が訳されるかね?
わたしは訳されないと思う。役職を退いた人の本を訳したって
あちら側に何らの見返りもないだろうし。
681吾輩は名無しである:2014/07/23(水) 06:10:12.25
そういう問題もあるけど、ボヴァリー夫人論」が訳されない大きな
理由は内容の古さ、陳腐化だと思う。これの主要部分が書かれた時代は、
ポストモダニズム全盛期だろ。
682吾輩は名無しである:2014/07/23(水) 06:25:44.86
俗にいうポストモダン全盛期だったころのものが古びていたり陳腐化しているというのが
全く意味が分からない。
蓮實自体がそもそもポストモダンに批判的で、モダンの擁護が自分の批評だといっていたはずだが。
俗にいうポストモダンに属するという批評家もポストモダンについて批判的だったはずだ。
柄谷行人も「批評とポストモダン」というポストモダン批判を書いている。
俗にいうポストモダンの時期に書かれているものが古びていると考えていること自体、
柄谷が「批評とポストモダン」で批判していたことではないか。
いわゆるフランス現代思想なるものが、過去の哲学や文学の引用ではなく、
全く新しい概念に基づく思考だったと思っているのか、あなたは
683吾輩は名無しである:2014/07/23(水) 06:34:16.77
そもそもいったい何が古びているという意味が全く分からない
端的に言って江藤なり吉本が古びているというのなら、よくわかるが、
いったい何に対して古びていると、言っているのか。
684吾輩は名無しである:2014/07/23(水) 06:56:22.99
大体ポストモデルヌなんて言ってるのはリオタールだけで日本ではやたら流行語になって一時期の仏日の思想潮流を
包括する言葉みたいになってるけど全然グローバルに通用する言葉ではない
685吾輩は名無しである:2014/07/23(水) 06:59:03.97
大江がノーベル賞の授賞スピーチで「ポストモダーンの」(笑)うんぬんて言った時は会場が「はぁ?」状態だった
686吾輩は名無しである:2014/07/23(水) 07:10:40.38
日本ほどではなくとも、
アメリカでは「ポストモダン」は、
すくなくとも知識人の間では、
通用するのじゃないか。
687吾輩は名無しである:2014/07/23(水) 07:12:53.36
「批評空間」全体がポストモダニズムの立場に立っていたことを
あれこれ言い訳しても、しょうがない。
ポストモダニズムの主要な言説を補強、追認するために、
「批評空間」が存在していたことを、何で否定するのかな。
688吾輩は名無しである:2014/07/23(水) 07:16:34.81
アメリカ、というよりも、英語圏だな。
たとえば、
「ポストモダニズムの幻想」(イーグルトン)
「ポストモダニストは二度ベルを鳴らす」(アデア)
などは、そこそこ読まれた。
689吾輩は名無しである:2014/07/23(水) 07:21:08.57
浅田や岡崎が、「批評空間」で「芸術の理念と批評」という表題で
やった座談会での、日本におけるモダンについての再考を、自分達が
ポストモダニストではないという言い訳にしてるんだな。

岡崎乾二郎が制作でやってることは、村上隆と同じスパーフラットで
あり、これをポストモダント言わずして何と言えば良いのか。
690吾輩は名無しである:2014/07/23(水) 07:24:26.57
スーパーフラットは終わった。
だから、俺は定義した。
ポスト・スーパーフラットが今まさに始まろうとしている時に、
「蓮實はもう古い」と、言ってるだけ。
691吾輩は名無しである:2014/07/23(水) 07:40:24.41
>>687
それはあんたの妄想だろ
そもそもポストモダンって誰のことを言っているんだ?
まさかフーコーとかデリダ・ドゥルーズとかバルトのことを言っているんではないんだろうな
692吾輩は名無しである:2014/07/23(水) 07:42:43.64
>>690
アホ草
何でそれで蓮實が古くなるのか全く意味不明
693吾輩は名無しである:2014/07/23(水) 07:47:03.85
宇野が古いというのなら、とてもよくわかるが
ただの近代文学派の焼き直し=再生産だから
694吾輩は名無しである:2014/07/23(水) 08:53:40.08
>>688
リオタールを真に受けた人がアメリカと日本にはいたというだけでしょ
フランスにそういう人はいないしヨーロッパ全体にもいない
695吾輩は名無しである:2014/07/23(水) 09:44:52.19
1970〜80年代のドイツにおけるポストモダン思想の受容についての論文。

「ある保守主義者の 『ポストモダン論』」
清水多吉

↑で検索すれば、出てくる。ほかにも、似たようなことを論じたものは、
たくさんあるのじゃないのか。
696吾輩は名無しである:2014/07/23(水) 10:02:24.98
そもそも、蓮實重彦自身が、
東大の中沢新一問題について、
ニューアカ排除の意思が働いたもので、
ソーカル事件の先取り、だと述べたのだ(「闘争のエチカ」)。
アメリカに「ニューアカ現象」なるものはなかったから、
ほとんど「ポモ排除」と同じ意味にとっていいわけだ。
ヨーロッパでは、ハイデガー、ド・マンのナチス加担問題が急に出てきた時も、
似たような雰囲気があった。
ハイデガーのほうは、もろに旧悪の蒸し返しだ。
両方とも、タイムやニューズウィークのような一般誌でも
ポストモダニズムがらみで取り上げられた。
こっちのほうは、デリダが「弁明本」を書いたし、
当方では柄谷が結構気にしていたな。
697吾輩は名無しである:2014/07/23(水) 10:06:10.26
訂正
「闘争のエチカ」→「知的放蕩のすすめ」
698吾輩は名無しである:2014/07/23(水) 10:28:45.87
>>695
それ書いたの日本人じゃん
実際にドイツでポストモダンなる概念が流通してたか怪しいな
日本人が論文でキャッチーな言葉で事実を歪曲するのはよくある
ドイツ人が書いたポストモダン論もってきてよ
699吾輩は名無しである:2014/07/23(水) 11:32:03.66
≫日本人が論文でキャッチーな言葉で事実を歪曲するのはよくある

そういうことを最もやったのが、蓮實重彦だった、
と言う人は多かろう。
700吾輩は名無しである:2014/07/23(水) 12:00:38.47
Wege aus der Moderne: Schlüsseltexte der Postmoderne- Diskussion

Wolfgang Welsch
701吾輩は名無しである:2014/07/23(水) 13:03:37.55
蓮實が言っていることはあまりにも単純なことであって、
書かれてもいないこと、画面に映ってないことや聞こえないものを
見たり聞いたりすることをするのをやめましょうということ。
それが古くなるということが全く分からない。
702吾輩は名無しである:2014/07/23(水) 13:04:42.54
まあラカンもフーコーもデリダもドゥルーズもポストモダンなんてことは一言も言ってないわけで
703吾輩は名無しである:2014/07/23(水) 13:21:23.99
フーコー、ドゥルーズなどの人が別に嫌いで言うわけではないが、
括りというのは、世間の他人がするものだ。

自らは「一言も言っていない」から、そうではない、
といえるなら、ヒトラーは他国を侵略したとは
公には一度も言わなかったはずから、侵略していない、となる。
イスラエル政府も、ガザ地区の一般人を虐殺などしてない、
テロリストの拠点を破壊する際に起こった事故である
と今いっているのじゃないか。
704吾輩は名無しである:2014/07/23(水) 13:31:28.79
フーコー・ドゥルーズ・デリダ (河出文庫―文芸コレクション
蓮實重彦

こういうのを一括りにする、とふつう言うわけだよな。
サールによると、フーコーは、デリダを腐しまくっていたし、
柄谷によれば、デリダもドゥルーズをやや小ばかにしていたそうだが。
705吾輩は名無しである:2014/07/23(水) 13:39:02.93
リオタールに釣られすぎ問題だわな
706吾輩は名無しである:2014/07/23(水) 18:41:18.56
元は建築業界の用語でしょう。
707吾輩は名無しである:2014/07/23(水) 23:05:45.16
このスレで蓮實を擁護してる人は置いてきぼりで良い。
708吾輩は名無しである:2014/07/24(木) 02:55:03.89
わたしとしては、べつに責めているつもりもないよ。
なんだかんだいっても、尊敬しているからな。
709吾輩は名無しである:2014/07/24(木) 07:03:11.54
建築やアートでは思想が具体的に象徴的に表現されるからな。
710吾輩は名無しである:2014/07/24(木) 07:50:19.10
それは広い意味の「コンセプチュアル・アート」は小理屈こねられる者なら、
誰でもできるから、「これなら私でもできる」式に、こぞってやるからだろう。
極端に言えば、作品なんかどうでもよくて、プレゼンの上手い下手の勝負になる。
まあ、その前に、コネとか、そういうのがあるがな。

ミンモ・パラディーノがむかし、なぜペインティングを選んだんですか?
ときかれて、上手い答えをした。
「当時は、美術家が、ほとんど絵を描かなかったからです」というものであった。
ニューペインティングに、文句のある人はいるだろうが、
すくなくとも、バンドメンバーを募る際に、
楽器弾けない人はいらない、と言う程度のまともさはあった。

私の考えでは、コンセプトをあからさまするというのは、
芸術行為ではなく批評行為である。
711吾輩は名無しである:2014/07/24(木) 07:51:12.10
まあ、どっちにしても大した人間ではなかったということ、
ボヴァリー夫人論の無内容に寄って露呈されたね。
712吾輩は名無しである:2014/07/24(木) 08:24:01.66
age馬鹿はボヴァリー夫人論を読まずに批判してるのが、丸わかりだな。
貧乏そうなので、どうせ買ってすらいないんだろう。
713吾輩は名無しである:2014/07/24(木) 08:37:53.16
あの無駄に長い評論にどんな画期的な価値があるのか
教えてもらいたいね。
714吾輩は名無しである:2014/07/24(木) 09:00:04.23
世界一のフローベールが日本語でボヴァリー夫人論
でやってることはテマティック批評
うーん
715吾輩は名無しである:2014/07/24(木) 09:27:56.45
今にいたってもまともな批評ひとつ出てない。
誰も読みたくないわけだ。2000枚のガタクタなんてな。
批評は100枚が限度だな。そんな長い批評なんて読む価値はない。
村上春樹の長編だったら、ムック本が出るくらいの
人気なのにな。
716吾輩は名無しである:2014/07/24(木) 14:07:16.27
>>715
教養もなく、地頭も悪いことということを恥じるわけでもなく、
自慢げに話してるが、結局はただの馬鹿の言い訳だな。

蓮實やフローベールに興味がないのなら、さっさとこのスレから去ればいいのに、
ずっと粘着してるのも気持ち悪い。
おそらく禿豚東の信者かなにかなんだろう。
717吾輩は名無しである:2014/07/24(木) 22:49:48.16
この人は大江健三郎とは仲が悪いの?
718吾輩は名無しである:2014/07/25(金) 04:25:18.81
てす
719吾輩は名無しである:2014/07/25(金) 11:46:55.81
アマゾンレビューだと★二つ付けてる奴が居るな……
720吾輩は名無しである:2014/07/25(金) 12:10:29.67
しかしひどいな、「ボヴァリー夫人」論w
ただ延々と書いてるだけって感じで、要するに何が言いたいのかわからん。
これほど蓮實が無能とはね。バカさらして退場か。こいつらしいわw
柄谷の方も、散々バカさらしまくってるからあいこだな。

村上春樹? あんな世界文学の作家とこのバカを比べるのかw
721吾輩は名無しである:2014/07/25(金) 12:54:08.70
村上春樹w
ただの任天堂と同じ類だろ
722吾輩は名無しである:2014/07/25(金) 14:22:37.20
村上春樹とかアマゾンレビューとか、
アンチはレベルが低すぎて話にならないな。
723吾輩は名無しである:2014/07/25(金) 17:27:27.16
>>719
そいつ松浦の『明治の表象空間』にも☆2つけててワロタw
なにかコンプレックスでもあるのか
724吾輩は名無しである:2014/07/25(金) 18:01:22.23
蓮實の嫁さんはベルギー人で学習院大学でフランス語を教えていた
とても厳しい先生だったらしいが、それならば、蓮實は、
『フローベール夫人論』をフランス語で原稿を書くことも可能だったと
思われるのだが、おそらくは蓮實夫人の協力が得られなかったのでは
ないかな?
フランス語で書いたとして、フランスの良識ある出版社が蓮實の
『フローベール夫人論』のフランス語版の原稿を受け付けるはずが
ないから。
「フローベール」と書く代わりに「デュ=カンの友人」と、何度も
繰り返して書く。その一点で、欧州の出版社なら何処も原稿を受け
取らないだろう。
蓮實はアニコニズムについて、決定的、致命的な誤解をしている。
アニコニズムは啓示的な性格を帯びるものであって、「ほのめかし」
や「代替」とは全く、違う。
浅田は馬鹿だから誉めたが。
725吾輩は名無しである:2014/07/25(金) 19:01:44.24
>>724
ソルボンヌで書いたフローベルについての博士論文は、当然ながらフランス語で書いてるし、
また、フランス語で出版された『監督 小津安二郎』は、賞をもらってる。
726吾輩は名無しである:2014/07/25(金) 19:17:25.07
724さんよ、「フローベール夫人論」じゃなく、「ボヴァリー夫人論」だろう。
わたしまで、つられて間違えるところだった。

論文は、いわゆる「蓮實節」ではなく、おそらく型どおり書いているだろう。
「文体」を有する「作品」、それも、ひじょうに長い「作品」を外国語で書くのとでは、
労苦がまるでちがう。
727吾輩は名無しである:2014/07/25(金) 19:33:18.56
>>725
なるほど。
だが、前者においては、蓮實が単独で書いた証明はない。
蓮實は博士号取得の翌年に、フランス留学中に知り合った
ベルギー人妻シャンタルと結婚して、その翌年に長男が生まれてる。
先ず言って、博士論文提出以前にシャンタルと知り合ってるだろう。

後者のフランス語で出版された『監督 小津安二郎』のフランス語への
翻訳は誰がしたのか分からない?
728吾輩は名無しである:2014/07/25(金) 19:51:31.24
蓮實はとうぜん、論文は書けるはずだ。
ある程度くだけたものだって、
そう長くないものなら、英、仏、伊語で書いている。
もちろん、清書を手伝った人はいるだろう。それはインチキでもなんでもなく、
仕方のないことだ。
ただ、「ボヴァリー夫人論」のような、くだけた(読んでないので推測だが)もので、
あれだけ長いとなるとどうか、とは思う。
「大」のつかない普通の長編小説をフランス語で書くのと同じくらいは
たぶん難しいことだろう。
729吾輩は名無しである:2014/07/25(金) 19:58:20.31
蓮實さんの「ボヴァリー夫人論」はとりあえずどうでもいいので
リョサの「果てしなき饗宴―フロベールと『ボヴァリー夫人』」を
便乗出版という言い訳で文庫復刊してください、筑摩書房さん。
730吾輩は名無しである:2014/07/25(金) 20:29:49.30
蓮實のベルギー人妻・シャンタル蓮實は、相当な才女だろ?
吉本とフーコーの対談を通訳したという噂もある?
シャンタルは蓮實と知り合った1962年頃、小津安二郎の
熱狂的ファンだったらしい。それは蓮實の博士論文提出の約3年も
前だし、後にフランス語版が出た著作は『監督−小津安二郎』で、
シャンタルの関心分野とぴったり符合する。
シャンタルは蓮實の『ボヴァリー夫人論』の価値を全く認めてないと
推測する。

蓮實は彼女の才能が世に知られることを恐れてると思う。
その場合、蓮實は妻が自分より先に死んでくれるとほっとする
のではないかな。
蓮實が先に死ねば、とにかくシャンタルは何かを書くかもしれない。


726での訂正をありがとう。
731吾輩は名無しである:2014/07/25(金) 20:38:33.78
>>726
>論文は、いわゆる「蓮實節」ではなく、おそらく型どおり書いているだろう。

それは福田和也による蓮實批判(週刊新潮だったかな?)で触れられていたように
非常に定型的なものだったそうです。
まあ、そうでしょうね、学位取得を前提とした論文ですから。
いわゆる「蓮實節」は一般読者向けの御座敷芸なんですよ。
732吾輩は名無しである:2014/07/25(金) 20:39:14.76
女にもてる、というのは、文学者にとっては、最高の才能である。
才女、しかも、ヨーロッパ女性を上手いことひっかけた才能は、
完璧なヨーロッパ語で論文を書く能力よりも、
はるか優れたものではなかろうか。
733吾輩は名無しである:2014/07/25(金) 20:46:20.71
>>文学者にとっては、最高の才能である。

蓮實が死ぬ前に思いっきり恥を掻かせてやるよw
734吾輩は名無しである:2014/07/25(金) 22:30:35.36
>>733
「負け犬の遠吠え」、にしか聞こえないんだけど…

それより、『「ボヴァリー夫人」論』、やっ買ったけど、
物理的に重すぎるよ、この本。
うちクーラーないし机もないから、ベッドで本を読むんだけど、
暑いから、持ってるだけで汗が出てきて、ページが汚れるし、
なにより暑すぎて、とても読書どころじゃないよ。
もう一冊買ってきて頁を分断して軽くするって手もあるけど、この本けっこう高いし…
秋になるまで、うちではとても読めないよ。
あ!ちょうど夏休みだし、一日電車で読書って手もあるな。
まあ、キセルまがいのことまでして読むこともないか。
735吾輩は名無しである:2014/07/25(金) 22:38:38.96
著者なんてとりあえずの署名でしかないのだし他人の筆が入っていようが引用だけであろうがテクストが面白ければそれでいいのではないかというのが現代的な文学論なのです。
736ムー大陸 ◆POG0Nh1MOnGz :2014/07/25(金) 23:39:20.86
ハスミン人気者だなw
しかしデュカン論もボヴァリー夫人論も読まないまま死にそうな気がする
737吾輩は名無しである:2014/07/26(土) 00:11:07.97
>>734
まずクーラー買いなよ…
738吾輩は名無しである:2014/07/26(土) 00:24:29.82
構想45年。原稿2000枚。
仏文学者で批評家の蓮實重彦さん(78)が、大作『「ボヴァリー夫人」論』(筑摩書房)を出版した。
「読まれるべき書物は何よりもまず『ボヴァリー夫人』でなければならない」。
フローベールの長編を徹底的に読み込み、「テクスト的な現実」と向き合った。

「人類は、つくづく物を読むのが嫌い。読まずに、ほかのことを考えるのが好きです。99%の批評家や理論家は、『ボヴァリー夫人』をじっくりと読んでない」

19世紀的な近代小説を完成させた名作は、様々に論じられてきたはずなのに、手厳しい。

その一例が『ボヴァリー夫人』を考察する際、疑うことなく主人公を「エンマ・ボヴァリー」と呼ぶことだ。
作中では、「エンマ」「ボヴァリー夫人」と書かれ、姓名をつなげて表記されることは一度もないという。

序章と終章のほか、計10章からなる著書は、多方面から作品を論じる。登場人物の記述にのぞく社会と階層の問題。物語に頻出する「3」の謎。

中でも、「華奢と頑丈」の章の読み解きは華麗だ。足や靴の記述などに着目し、「華奢」な足や靴を持つエンマと、
それらの魅力に気づかない「頑丈」な足の子に育った夫シャルルのすれ違いを浮かび上がらせる。

「小説は普通、人物が中心にあると思われる。でもフローベールは足や靴、手などの『物』が、生きている者とほぼ同じように描かれている。
だから、『足の物語』や『靴の物語』といった見方ができるのです」

文学研究には、作品のモデルの人物を探すようなものもある。それらに対し、「私には詮索する人の精神構造が全く分からない」。
人類学をはじめ、ほかの学問の「構造」を安易に使う考察にも否定的で、テクストそのものと向き合い続ける。

「小説には、面白いことがいっぱい書いてある。私は人間に興味がある。それは、『目に見える運動』であって、見えない彼らの考えではない。
見えないところに逃げてはならない。目に見えるものだけで判断せよ。映画もそうですね」
739吾輩は名無しである:2014/07/26(土) 01:02:57.78
>>734>>735
既に>>724で、一応の「決定的な」批判をしてる訳で、こんなものは
馬鹿な日本人向けでしかない『ボヴァリー夫人論』だよ。
740ムー大陸 ◆POG0Nh1MOnGz :2014/07/26(土) 01:42:44.34
>>724
東スポかよw
これが「決定的な」批判てww
741ムー大陸 ◆POG0Nh1MOnGz :2014/07/26(土) 01:48:12.16
まあアンチもシンパもダメだねえ。
うざいから一掃したいんだが。。。

読んどくか『ボヴァリー夫人論』
んでもってお前ら皆殺しな。
742吾輩は名無しである:2014/07/26(土) 01:52:37.35
>>740
フローベールと書かずに、「デュ=カンの友人」という表現を
蓮實が繰り返す不自然さをどう解釈する?
蓮實の言いたいことは、この表現に集約されてる、と言っても、
過言じゃない。
743吾輩は名無しである:2014/07/26(土) 02:06:59.53
>>741
一掃するとか、君に不可能なことを言いなさんなw
744吾輩は名無しである:2014/07/26(土) 02:50:29.31
構想45年。原稿2000枚。
アピール・ポイントはこれだけ。
745歌謡ポエム:2014/07/26(土) 03:03:01.74
>744
まあ2ちゃんだからしかたないけど
ボヴァリー夫人もボヴァリー夫人論も読んでないから
こんなこといえるんだよね
蓮實重彦をそれほど読んでいるわけではないけれど
少なくともボヴァリー夫人論はすげーわ
I運動と物質のぶどう樽とシャルルの縁なし帽子とかね
まず読んでみよう
個々人の価値観だが
これで1万円もしないというのは
本って安いなーと思うな
746吾輩は名無しである:2014/07/26(土) 06:48:47.80
>>745
まず、「デュ=カンの友人」という表現が繰り返されることに
比べれば、君の言ってることは枝葉末節に過ぎない。
君の詩は奴隷の詩だ。
747吾輩は名無しである:2014/07/26(土) 09:25:32.60
プルーストは、フローベールが革新的な仕方で半過去の動詞を使ったことに気づいていた。
そしてフローベールの多用する半過去を「永遠の半過去」(éternel imparfait)と名付けた。
プルーストは、こうした半過去の役割を「継続する状態」(un état qui se prolonge)を
示すことだとした。

たしかに「ボヴァリー夫人論」には、読み手によっては、
さすが、と思うところが、おそらくあるんだろう。
しかし、上に書いたようなことは、
(フランス文学者を除く)日本人向けの日本語の本では、
本当はどうにも云いようのないはなしだろう。
その意味では、日本のヨーロッパ文学畑出の批評家としては、
第一人者といえるであろう老人の、この「構想四十五年のライフワーク」的大著は、
外国文学を評する、ということの限界を示す一例として、
理解できる面もある。
748吾輩は名無しである:2014/07/26(土) 10:06:18.69
うっかりしていたが、プルーストがかくかく云々と言った、
というのは、蓮實の著書と直接には関係なく、
いわば通説、を例にとるために書いた。
ようするに、フランス語の文によって持続を観る、というようなことが、
「構造」的に異なる言葉を用いる者には、
正直よくわからんのじゃないか、と思うのだ。
すくなくとも、わたしはそうである。
749吾輩は名無しである
ニュアンス的に「ボヴァリー夫人」ではなく「ボヴァリー家の嫁」くらいで
エンマは“ボヴァリー家の嫁”を構成するワンピースに過ぎず、
そのエンマも状況に応じて変転する帽子や靴、手袋、瞳、歯、髪の総称に過ぎない。
「ボヴァリー夫人」は一種のモザイク小説なのね。
蓮實さんの長大な評論を読む前に原作を目で舐めるように読み込んだ方が良い。
どう考えてもそちらの方が手早く、有意義であるだろうから。

で、何度でも言いますが筑摩書房さんは
絶版状況下にあるリョサの「果てしなき饗宴―フロベールと『ボヴァリー夫人』」
を文庫本でもいいから出してくださいよ。