文学と自閉症 4

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45吾輩は名無しである
インタラクティブ性ってそんなに重要なことかなあ。
たとえば最近ゲームもCGとか相当リアルになって映画みたいなゲームもあったりするんだが(PSとかPSとかPSとか)、
インタラクティブ性で言えば、映画よりゲームの方がなくないかい?
「言語によって」の部分からは外れちゃうけど。それに拘るならノベルゲームとかがある。
ゲーム機があれなら昔ゲームブックとかもあったよなあ。ちょっとはまった時期はある。なつい。
それと比べるなら一般の小説は「相手の反応がない」「インタラクティブ性はない」となるだろうよ。
君は小説という書籍と何を「インタラクティブ」しているのだい?
>>41のわたしの推測を採用するならば、「自分の快感のために小説を読んでいる」となり、別に「インタラクティブ性」は必要ないだろう。

>>42
>言語ってのは、生まれてから他者から与えられる点で、はじめから
>インタラクティヴな契機を持ってるという点で特殊。

大文字の他者すなあ。
はじめて学んだ時はインタラクティブだったのかもしれないが、「逆転移や共依存といった反応のない」のは小説や映画も同じじゃね。
であるならば、小説や映画とのインタラクティブ性とは、はじめて学んだ時のそれを幻想化したものなんじゃねえの。

>>44
レストランへおかえり。

余談だが

>「逆転移や共依存といった反応のない」のは小説や映画も同じじゃね。

はこのスレでは>>5(わたしのレスではないが)になるかな。

>本に励まされても、作者は知らない人だし、(多少は私もそんな風に思うことがあるのかもしれないが)
>裏切られたなんて言うこと自体がナンセンスだし。