【ぼくらの】 田中慎弥3 【たなしん】

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696吾輩は名無しである
捨てられない
2011年02月11日


田中慎弥さん

  小学生の頃の一時期、周りの大人たちからかなり嫌われていた(いまはもっと煙たがられている)。
中でも教師との折り合いが悪かった。学校には休まず通っていたし、特に悪さをするというわけでもなかったが、
毎日確実に忘れ物をする、宿題はやらない、授業中に教師から質問されても黒板をじっと見つめているだけで
ひと言もしゃべろうとしない、テストの答案用紙(特に算数)にはまともに答えを書かない、というありさまだった。
 教師から見れば、悪い生徒よりまだやっかいな、いやな生徒だっただろう。
悪ければ校則や法律という道具で対処出来るかもしれないが、私のような子どもは扱いづらかったに違いない。
 何人かの教師からはずいぶん乱暴な言葉を浴びた。それは決して気分のいいことではなかったが、
反論したり誰かに泣きついたりはしなかった。我慢していたのではない。あきらめていたというのとも違う。
逃げたり反撃したりする知恵や力もないまま受け流していた。嫌われることそのものが、
私にとっての頼みの綱になってしまっていた。教師からの罵倒(ばとう)ほど、私の存在を証明する出来事はなかった。
その教師たちを恨んではいない。そんな根性は持ち合わせていない。ただ、二度と会いたくない。教師の方でもそうだろう。
 忘れ物をせず、宿題をきちんとやり、教師の質問に答えられない時は、分かりません、とはっきり言う。
そんな簡単な、誰でも出来る、出来て当たり前のことが出来なかった。その結果、作家という、
当たり前でない職業に行き着いたのかもしれない。
 それがいいことなのかどうかはまだ分からない。少なくともいい少年時代とは言えなかった時期を
どうにかやり過ごしたことが糧になったのだ、とも思えない。捨てたいものを捨てられずに引きずって生きている、
という感覚はある。これからも捨てずに引きずる。