>>474の引用の最後。「語ることのできない美と、そのまわりをうろつく犬である芸術家の対立」。芸術家は
批評家の間違いかと思ったが、原文(「小林秀雄を〈読む〉」現代企画室、1981)をみてもやはり芸術家
なんだよね。
もう一つだけ、引用。実作者対批評家といった図式が端的に現れる箇所。
最初、タンタロスって、よだれからパブロフの実験を連想し、犬の名前かと勘違いしていたw
>美の通夜
「美は人を沈黙させるとはよく言われることだが、このことを徹底して考えている人は、意外にも少ない
ものである。」
(中略)
「優れた芸術作品は、必ず言うに言われぬあるものを表現していて、これに対しては学問上の言語も、実
生活上の言葉もなすところを知らず、僕らはやむなく口を噤むのであるが、一方、この沈黙は空虚ではなく
感動に充ちているから、何かを語ろうとする衝動を抑え難く、しかも、口を開けば嘘になるという意識を
眠らせてはならぬ。」
このまがりくねったセンテンスから浮かぶ批評家の姿は、死体を前にした通夜の光景をおもわせる。おも
くるしい沈黙をやぶることばは、すべてそらぞらしい。「そういう沈黙を創り出すには大手腕を要し」、と
いうのは、ものとつくったことのない人間のいいぐさであろう。友人と語りあうように、過去の他人の作品
を気がるに利用できないような作家は、小林秀雄級の批評家になって、美食を前にしたタンタロスのように
よだれを流すだけである。