1 :
N ◆.a7VUr.VD. :
おっと、スレだてできたぜ。
>>1 乙〜!
誰かすでに立ててくれたみたいだけど、
こっちはケンカ読書用にいいねw
敬愛する秀雄様が佃煮マニアみたいな輩に汚されるのは嫌だから、別の作家の短篇にしましょう。掟の門はどうですか?
短すぎるか。カフカの短篇って面白くないですか?
なんだとこのクソアマ!!
クソはお前の専売特許だろ
そんな事ないよ。人類老いも若きも皆さん糞をしますよ。
お前って下ネタ以外に考える事ないの?
きもすぎ
ウンコを下ネタとカテゴライズしてしまうあなたの脳みそがわからない。そんなにスカトロが好きなの?
アイドルはウンコなんてしないよ! そんなふうに考えていた時期が俺にもありました。
バキw
鈴木と話してるとどんどんスカトロの方に話をもっていかれるなw
よっぽど好きなんだなw
>>5 カフカ「掟の門」か、それも短くていいねえ。
皆の衆、ここでは文学でバトルしてくれよw
サドにしようか。
青空文庫から選べよ
そうだよ青空文庫から選ぼうよ。シェイクスピアとか、ないんだっけ?
今日古本屋で買った本
「家出のすすめ」寺山修二
藤村詩集
ゲーテ詩集
杉浦茂漫画館ー東洋の奇奇怪怪ー
「少年マーケッター五郎」しりあがり寿
「三文オペラ」ブレヒト
「悪口学校」シェリダン
「完全犯罪」萩尾望都
あっち隔離スレにしようぜ
青空文庫だったら
夢野久作とか横光利一とかかい?
宮沢賢治がいい
鈴木がうれしがって泣いてぐるぐるはねまわって、それからからだが
天にとんでしまうぐらい、いいものを読みたいなあ。
KJか…悪くない。遺稿にしようか?
それってクスリじゃんw
読み物を読む時は素面です。
素面で読み続けないと高まってこないものって、きっとある。
バロウズだろうがブルトンだろうが山下洋輔だろうがカスタネダだろうがヴィアンだろうが
本を読むときは酒も飲まなきゃ化学物質も嗅がず素面でただただ読みます。
高校時代、長井エフェドリン錠を100瓶くらい並べてひっきりなしに飲み続けながら
ひたすら読んだり、やせ薬を飲みながらすごい早さで読んだこともありますが
ちっとも頭に残りませんでした。すごいシーンの断片しか覚えてない。
(@∀@)さん今日は元気だね
家族がおいしいものを食べにいっちゃって、ひとり風邪ひいて(休みなんですが)
車もなくお留守番中です。買い薬の風邪薬と痛み止めのせいか、本を読んでも
レコードをかけてもすぐ飽きて眠ってしまいます。なにをやってもダルいのですが
たしかに退屈しています。昨日買ったアイスを取りに台所に行ったきり、ずっと
ベッドにいます。このカキコもベッドから携帯で書いています。
エフェドリン欲しいなあ
>>31 そうか、かわいそうに
あたたかくしておやすみ
>>29 ヴィアンは俺も好きだねえ。
文学はやっぱ素面じゃないとトリップできないよねえ。
携帯で長文カキコご苦労さまです(^^)
>>32 昨年、鎌倉駅前のHACで普通に売ってましたよ。なつかしくて買っちゃいましたが
次に行ったときにはもうなかった。相変わらず安かった。
25年前くらいになくなる前は、ひと瓶300円でいくらでも買えました。こいつが
高校3年頃規制対象になって手をだしたのが当時薬局で買い放題だったトランコパール。
でたらめに飲んで一日中ぐにゃぐにゃ。受験勉強どころではないw。これも
まもなく要処方箋になってしまう。ここからわたくしの城南薬局詣、海外旅行
マイブームがスタートし、真ニンゲンへの途は18にして永遠に絶たれてしまいます♪
「本物」の作家に幸せな人間なんているのだろうか
むしろ「幸せ」こそが幸せではないのではないか
>>35 もしかしてエフェドリン個人輸入って出来たりしますか?
どこか遠くに行きたい
41 :
吾輩は名無しである:2011/06/14(火) 12:27:21.22
佃煮マニアは怖じ気づいて書きこまないのか。鈴木の不戦勝だな。
やったー超嬉しいー(棒読み)
自演乙
知能で言えば鈴木より佃煮の方がはるかに上だよ
自演乙
自演乙
揚げ足取りと誹謗中傷しかできない時点で負けなんだよ
名無しで自演して毎回もれなくバレてる人の知能が高いんですか。とっても面白い話ですなあ。
お前は低能のくせに頭悪いって言われると反発するよな
いや俺は頭悪いけど、佃煮マニアよりはマシですよw
884 :佃煮マニア :sage:2011/06/12(日) 21:27:21.42
相手を質問攻めにして労苦を強いて説明させて、それを揚げ足取り、反論されればオウム返し。
これが鈴木の詭弁術です。えんえんこれですからね。疲れてしまいますよ。
>>50 こけおどしはもうたくさんだよ。じゃあプルーストについて10行ぐらいで語ってみせて
いや、プルースト読んでないから。
じゃあ誰を読んだの?
>>51 佃煮も飛躍の多いしゃべり方するからなあw
質問されるのは当然かと。
奴独白になってること多いだろ。
質問攻めで揚げ足取りって最低だよな
飛躍の多い話をしておいて質問を受けて矛盾を指摘されることを「質問攻めで揚げ足取り」と言っているなら、そうでもないんじゃね。
そんな真摯に質問と対峙した佃煮マニアを一度も見たことないですけどね。
何も語れない奴がよく使うんだよな、質問攻めで揚げ足取り。
バタイユスレでもやってるね鈴木、自分の意見は一切言えず相手の文脈を一切無視して質問攻め
こいつまともに議論すらできないんじゃん
>>60 独白で満足できる人からすればうざいでしょうねえ。
>>61 自分の意見は一切言わずに俺を質問攻めにしてるのは佃煮マニアなんですけど。よく読めよ。自分がやってる事をよw
ほんと鈴木は「佃煮マニア」でグーグル検索するのが好きだからなあ
どこまでストーカーなんだ
いや、マジで一度もやった事ないよw
>>65 じゃあなんで佃煮の常駐スレを次から次と荒らしてるの?
そうとうな思いいれがあるんでしょ?
なにかといえば佃煮の話ばっかしてるし
いや、文学板でやめてくれって言ってても埒が明かないなと思ったから仕方なく哲学板に直訴しに行ってるんですが…
そうだそうだ!
ごめんね馬に蹴られてしまえだよねROMるよwww
>>70 文学板でやめてくれ
↑
何を?
まさかまた食糞ネタとか言い出すつもりじゃないだろうな?
あれは鈴木の妄想ということで皆の同意を得たはずだが?
お前まだ言ってんのか?
>>74 みんな佃煮マニアがやってると思ってますけど。お前が言う「みんな」ってのは誰と誰だよ?佃煮マニアと誰だよ?
>>73 お前鈴木にセックスさせてあげたら?
こいつ飢えてるから喜ぶんじゃね?
>>75 雑談スレでは鈴木の妄想という事で型がついた。
トリップばらしてるんだからトリップの所有権は鈴木にない。
おまえ数日前のことも思い出せないのかよ?
お前の隔離スレでもお前同じ事言われてたよな?
お前短期記憶が壊れてるんじゃねえの?
>>78 いや、片が付いてねえし。なんで佃煮マニアがやってないってお前が言えるのかおかしいって話はしたよな。なんで言えんの?
お前が佃煮マニアだから?それとも全ての食糞ネタをお前が書いてるから?もちろん両方だよな。とりあえずお前は黙ってろ。
なんかこう、いろいろな妄想が膨らんでるんだろうなあwww
それはそれで面白いwww
>>79 スカトロ言い出したのは鈴木が最初だし、トリップはバラしてるんだから
誰かにスカトロネタを書かれるのは当然だろ
数人の名無しがが自分が書いたと言っている
佃煮は書いてないと言っている
鈴木の腐った脳内ではスカトロネタが全員佃煮なんだろうがそれは妄想だ
何が当然なんだか(笑)
鈴木のトリップ→!ninjav(・x・)v鈴木雄介#
鈴木のスカトロ発言↓
http://logsoku.com/thread/love6.2ch.net/book/1244997606/ 39 : (o^v^o) ◆m0yPyqc5MQ : 2009/06/15(月) 20:30:20
なに言ってんだよお前?いい感じの変態だな!
嫌いじゃないけどね。ウンコ食わすのは問題だけど、
ウンコ食うのは別に暴力的な感じはしないし、いいじゃん。
中学の頃とかいじめられてウンコ食わされてる奴いたじゃん。
普通は食いたくないものね。臭いし、汚いし、非人間的じゃない。
スカトロって愛を感じない?あなたのウンコなら喜んで食べますみたいな。
よくわからないんだけど、佃煮がスカトロマニアってこと?
鈴木 スカトロ 文学板 の検索結果
約 137,000 件 (0.45 秒)
だからw
鈴木って自演して佃煮にスカトロセクハラしてるんだけど、
それやるたびにウンコ鈴木としてのポジションが確立していくんだよねw
つまり・・・佃煮マニアがなりすまししてるってこと?
まえはマグナにスカトロセクハラしてたんだけど、ターゲットを佃煮に変えたんだよなw
ほんとくだらない奴だよウンコ鈴木はw
652: 忍法帖【Lv=5,xxxP】 v(・x・)v鈴木雄介 ◆m0yPyqc5MQ (233) :sage:2011/05/18(水) 23:36:30.13
まあ、マグナみたいなスカトロ変態に対する反感はないよ。頑張って欲しいとすら思う。
ほんと鈴木は懲りねえなあw
こいつ二年以上ウンコの話しつづけてるんだぜw
自演バレバレだぞ鈴木
このスレ、どこが読書会なんだ?
鈴木はウンコの話で一スレ潰すからなあ
もうウンコの話はやめようよ…
お前が最初にスカトロネタの話を始めたんだろw
俺が言い出したわけじゃない。俺は反応しただけだ。
括約筋が?
お前が言い出したんだろ
70: 忍法帖【Lv=15,xxxPT】 v(・x・)v鈴木雄介 ◆m0yPyqc5MQ (32) :sage:2011/06/14(火) 13:53:16.25
いや、文学板でやめてくれって言ってても埒が明かないなと思ったから仕方なく哲学板に直訴しに行ってるんですが…
よくわかんないよママー(泣)
こうなったら、どっちが太いウンコ出せるか勝負しろよ!
そこのボケナス二人、またやってんのかよw
ったく、こっちは仕事でいそがしーのに
「2ちゃんで例の二人が糞投げ合ってます」ってメールが来たじゃねーかw
課題図書は火野葦平「糞尿譚」で決まりだから、
それ読んでバトルしろよw
鈴木は動物園のゴリラみたいにどんどんウンコを投げつけてくるよな
>>106 >課題図書は火野葦平「糞尿譚」
青空文庫の小説にしろって言ってるだろ
>>108 糞投げ合ってる2名の課題図書だよw
青空文庫なら、夢野久作「木魂」読んで来いやw
俺もうウンコはウンざりですよ。
鈴木はウンザリするほどウンコを食って来たんだな
常人には理解できない
ウンコ 鈴木 文学板 の検索結果
約 553,000 件 (0.26 秒)
>>106 メールで報告されるほど有名なんだな、佃煮と鈴木はw
なんか知らないけど鈴木にからまれてウンコの話ばっかさせられるんだよ
何をがんばるの?
118 :
吾輩は名無しである:2011/06/14(火) 16:32:30.00
面白いね。記憶喪失やマグナもぜひ参加してほしい。
それにしよう!
みんな、iPhoneで青空文庫を読む方法知ってる?
Stanzaに木魂ダウンロードしたよー
久々に新書読んだんだが、新書って早く読み終わるのがいいな
福島原発メルトダウン?
「木魂」面白かったですよ。私は喧嘩するつもりはありませんが感想をちょっと書いておきます。
「ドグラマグラ」なら映画で見たことありますが、あれもグロテスクな資料室が突然風にさらわれて消えたり、
なんか不可思議な描写が多いですよね。
で、「木魂」の霊的体験ですが、私も同じ様な体験をしたことがあるので興味を引かれましたね。
寝る前になると知らない少年の声が聞こえて来て、絵を交換しようと言ってくるのです。
それで目をつぶると暗闇の中に様々な絵画が浮かんで来て、うっとりさせられました。
私もなるべく面白いものを心の中で描いて、少年に送り届けました。
そんなやりとりがしばらく続きましたが、ある日少年が、「ママに止められたのでやめなければならない」
と言って来たんですね。それで少年との不思議な関係は終りました。
「木魂」の主人公も、最初声に呼び止められて、だんだん霊的な世界にのめりこんでいくんですよね。
ラカンに言わせると、こういった声の現象というのはすべて精神症状であって、
いわゆる内在的自己、自分の無意識の中の他者と会話しているだけなのだ、声やイメージの材料は自分の記憶である、
と語っているんですね。精神医学的に解剖してしまうと種明かしのようでつまらないんですが、
霊的体験というものは体験した者にとっては一度はまるとなかなか抜け出せない迷宮的なもので、
とても魅力的なものなのです。
>>124 早速いい感じだねえ。鈴木は先手を取られたなw
もう読んだの?佃煮さんは読むの早いなあ。僕追いつけないや。
僕はまだ1ページも読んでません。全部読んでから佃煮さんの感想を拝読したいと思っております。
木魂でしょうか?
いいえ、誰でも
「遊ぼう」って言うと
「もっと大きな声で!」って言う。
「馬鹿」って言うと
「もっと!もっと腹から!」って言う。
「もう遊ばない」っていうと
「ダメダメ!本気でぶつかってこいよ!」って言う。
「ごめんね」って言うと
「はい伝わった!今ごめんって伝わったよ!」って言う。
こだまでしょうか?
いいえ修造です。
青空文庫の作品だと、すぐにみんな読めるのがいいねw
「木魂」読んだよ。
轢死の予感をあつかった短編小説ということで、ディケンズの「信号主」を
おもいだしたな。あれも名作。ディケンズの短編のほうは、行為の反復が
プロットの中心であるが、木魂のほうは自意識の反復がストーリーを
形成しているね。 世界と自分自身を数学的に把握しようとする自意識は
つねに自己を反復する自意識。「信号主」ではえがかれなかった轢死者の
自意識を高速度カメラで撮影して定着させた短編であるな。
子供の轢死と最後の語り手の死のつながりかたからはまた、古めかしい
因果応報譚を連想させる。
私の感想は、こんなもんでありんす。
読んだ?っていうと
読んだ。っていう
大ファン?っていうと
大ファン。っていう
パクってない?っていうと
パクってない。っていう
二人目到着。なんかおらワクワクしてきたぞ
大人になるほど「ごめん」って言えなくなるよね
>>127 んなもん、1時間もありゃ読めんだろw
逃げる気じゃねーだろーなw
>>128-129 上手いw
>>130 蛇足w
一番先に感想をupするってのは勇気がいることだよな。
まずそこに敬意を払いたいねえ。
そして
>>124 は自身の体験談を盛り込んでいるところがいい。
訂正でーす
ディケンズの短編は「信号主」ではなく「信号手」ね。変換ミスです。
謹んでおわびします。
まあ、電車のホームにいるとき、ここから飛び込んだらどうなるだろうとか
よく空想するよ。 高いビルから下を見下ろしたときは、ここから飛び降りたら
どうなるだろう、と必ず空想するし。そういう空想というのは、誰でも抱いているの
かもしれないが、言語化されることはあまりないから、空想する人は自分だけが
そういう思考を抱いているのかと考えるものだね。 小説家がそういう空想に
かたちを与えることで、自分の抱いていた妄想、思考がまったく個人的な
孤独なものでないと理解する。それはカタルシスを読者にもたらすんだね。
>>132 木霊でしょうか?いいえ。川上未映子です。
『木魂』は再読に耐えうる作品ではない。
人間の精神というものは、元来、目に見えないかたちで
それぞれの自己の中で黙々と動いているのである。
人間の精神といったものが抽象化され、説き伏せられる
方程式も因数分解も、個人の精神運動として描かれているが、
精神を要因の組み合わせとまとめてしまうには、僕にはどうもしっくりこない。
一体、心というものが、個性というものが、分解や合成の運動の連続だろうか。
現実は無限に複雑で、神秘であり、人間の知恵は有限である。
法則や定義で規定されるような、いかなる現実にも、興味がない。
現実に散らばる本質は計算を必要とせず、ただそこに居座っているだろう。
僕は心という人間の本質が、言葉と行為と一体となったものであり、
それらを観ずることによってのみ、掴むことができるという宣長の学問を信じる。
僕には、『木魂』に、琴線に触れるようなものはなく、仄暗い絵空事に終始しているように見得た。
自然に納得のいくものなどなかった。
三浦とうちゃーく。
批判的な感想は初めてだな。
鈴木はさっさと読めや!
【夢野久作「木魂」について、私が感じた二、三の事柄】
まず文体について。とにかくカタカナがよく出てくる。
たとえば、「バラバラになって、グルグルと渦巻いて」
「ユラユラチラチラと明滅するのを」「タマラナイ悪寒がゾクゾク」
擬音語や擬態語によって感覚的に読ませるところが面白いんだけど、
平仮名や漢字でいい形容詞までもカタカナで書くことで
それらをもカンカク的に伝えようとしてるんじゃねーかと。
どこからともなく聞こえてくる声…。
それはソシキタイケンの影響なのか…。
主人公は「下らない妄想に囚われていると俺はキチガイになるかも知れないぞ」
と考える。が、だまされてはいけない!
タイトルの「木魂=スダマ」のアナグラムは「ダマス」。
狂っているように見えるが実はまったく狂っていない!
結論 この作品の主人公は記憶喪失男である。
「「映画批評家と映画監督は違う。違うどころか、両者は水と油だ。どちらにも手を染めようとする者は、いずれ自分の首を絞めることになるだろう」
と言う人がいる。しかし私が思うに、それは家で寝ていても監督のところに映画製作の依頼が飛び込んでくる場合の話であって、
そんな幸運な人は現在の日本に十人といない。だから監督業に携わる人の多くは、自ら撮りたい映画の輪郭を日々追い求め、
それが現代のニーズに合った企画として成立するかよく吟味したうえで、会う人ごとに吹聴し、それがいかに面白いのか得々と語ることを自分に課し、
場合によっては、世界映画状況におけるその作品の位置を見事に論じて見せなければならない。
そういう地道な努力を怠れば一巻の終わりである」
黒沢清でさえこんな苦労をしてるらしい
やっぱ最低限のコミュ力は必要だなと思った
携帯で青空の木魂読み始めたんだが
メモリ不足らしくて途中までしか表示されない…(涙
古本屋で探すかな
>>142 それ黒沢清の文章?なんか涙ぐましいな。
>>143 ムーさんは収入あるんだからiPhoneかiPad買いなよ。損はしないと思うぜ。
そんなの買うくらいなら
温泉にでも行くよw
っていうか
今週たいして仲いいわけじゃない同僚の結婚式があって
無駄遣いできねーんだよ
今月は
なにこの鈴木のダメっぷりw
感想文ですか。面白そうですね。
わたくしこの作家はぜんぜんよく知らないんですよ。人気あるんですよねえ。
早く読めるのが優秀だとは限らないからなあ。
そういう所は蓮実の「映画は千本見てからだ」というのは違和感を覚える。
鈴木は蓮実を尊敬しているようだが。
150 :
吾輩は名無しである:2011/06/15(水) 11:00:39.31
むしろ鈴木はこのまま読まずに逃げきってほしい。
まあスマホやケータイの人はハンデがあるんで気長に待ちましょ。
とりあえず鈴木と言いだしっぺのムー待ちで。
誰でも参加自由なので、(@∀@)さんや他の人もぜひ!
※第1回課題図書 青空文庫 夢野久作「木魂(すだま)」
わたくしも読みました。
男一匹オギャアと生まれて、スクスク育って人と成ったとしようか。世はこともなし、
戦もなければ病気もしない、生殖能力だって一人前。立派な生活者だ。文句の
つけようもないこの野郎は、はたして考えたことがあるだろうか。
「わたくしは、死ぬものだ。」
こいつを意識する、また受け容れるとしたら、それは一体どんな時で、どんな
具合にしてだろうか。いやそも受け入れてやる必要なんてあるのだろうか。
世の中美しい、ユークリッド平面上の法則は美しく果てしなく、函数の条件を満たした
ように平和なこの星の、木には緑、季節は巡り風は吹き、空にはヤア鳥さん、
虫さん、太陽さんらんららんららん。幸せだなあ…ボカアこの調和してる世界に
いるときが一番幸せなんだ…ボカア死なないぞ百年でも千年でも生きるんだ、
とこの野郎がうかれようが泣こうが喚こうが、居眠りクレーン車が時速50キロで
こいつをぺちゃんこにしてしまえばそれまでだ。
見ろ。氏も育ちも申し分ない、立派に跡取り坊主も産んで愛情たっぷりの母親、
非の打ち所のないこいつの女房にしてからが、血肉を分けた愛する倅の、立派な
男になりやがって、どこの誰とも知れぬいけ好かねえ糞アマを嫁にするのを
見るどころか、半ズボンも脱げないうちにアレ坊や…コロリとくたばっちゃった。
ヒトなんてものは、これをああしようどれはこうしよう、やあ嬉しいわあ悲しい
なんてアレコレ考えたって、明日をも知れぬ今日にでも、ドカン!ぱたりころりと
死んじまうもんだ。水から飛び出して、血を求めてプ〜んと飛んでるときに
べちんとでっかい五本指のお化けに潰されちゃうことを考えてる蚊が、どこの
世界にあるものか。
ふつう人間てのは、奥さんをもらったりふた親がだんだんよいよいになって
くると、どんなのんきな野郎でも考えて始めるものだ。
(ははあ…俺はこいつらのためには、なかなか死ぬわけにはいかないぞ。)
次にこうも考える。
(明日にでも俺が死んだら、こいつらの始末が大変だ。なんか手を打たなきゃ…)
と、ここまで考えてふつうの奴は、
ぺい!やってられっか!俺が死ぬかも知んないけどこいつらだっていつかは
死ぬんだ。死ぬのは天下の決まりごとだい!
俺の責任でもなんでもありゃしねえやい!
ところが馬鹿にはこれがわからない。ただの馬鹿じゃないよ。世の中は因果で
バランスが取れてて、その美しさは何より俺がよく知ってるくらいに思い上がってる
神様気取りの誇大妄想馬鹿だ。自分が美しい世界のバランスに干渉しなければ、
世の中すてきに安定していやなことなどおこりゃしないと思うほど徹底的に
イカれた野郎だよ。
…とここまで書いたらずいぶん草臥れた。てにをはも変になってきた。
なにしろそろそろお昼を食べて出勤の時間だ。
続きは30時間後くらいから考えます。
156 :
記憶喪失した男 忍法帖【Lv=1,xxxP】 :2011/06/15(水) 15:53:19.30 BE:221582922-2BP(791)
二十世紀の十大小説はおれが選ぶつもりだからね。
今のところの候補は、
・甲賀忍法帖
・ドグラ・マグラ
・魍魎のはこ
・0の殺人
・時の門(短編)
・ジャックポット(短編)
・巣(短編)
・エンダーのゲーム
:百年の孤独
・エジプト十字架の謎
マジで、この十大小説に勝てる小説が見つからないぜよ。
記憶喪失は独創的だなあ。映画や漫画のベストテンも決めていいよ。
ブコフでたやすくゲットできやした
顔文字東電さんの続きが楽しみですな。
ときおり主人公に呼びかける不思議な声は
霊的な声でも主人公の分裂した自我の声でもなく、未来からの声、終末からの声だろう。
今未来の声と言ったけど、この小説のゼロアワー、つまり現在は主人公の死の瞬間なのだから、
むしろ声は現在の声だということになる
この声が、過去から現在に向かって線形に進む主人公の人生の所々に、時空を超えたワームホールを穿って円環構造を作り出し、最初から主人公を死に向かってせき立てているんだろう。
有限の線分として描かれる、主人公のどん詰まり人生のデッドエンドが、
それ自体としては前後にどこまでも延びて行く一本の線路だというのも鮮やかな皮肉になってると思う。
まあ拡がりゼロの一本の線はまた
一つしかありえない方程式の解を解き明かすかのように、
破滅的な終末に向かって「必然的」に突き進んでしまう主人公の
人生という名の「数学」の謂いでもあるんだろうな。
そんなとこかな
今日読んだマンガ
「少年マーケッター五郎」
ギャグのごり押し
「女王の百年密室」
形而上的な設定が活かしきれてない気がした
160 :
吾輩は名無しである:2011/06/15(水) 23:20:09.73
先生、鈴木くんが課題図書を読まずに川上スレで遊んでまーす!
いいんじゃねえのw
サークルの戯れみたいなもんだし。
鈴木はもう立場ないなw
2ページ読んだもん!(怒)
先生、鈴木くんは腐ったみかんです。
なんで?
(@∀@) さん、ちょっと長いよ〜w
鈴木くーん、まだーw
己の文脈に対して無自覚な人間は批評家足り得ない
誰も批評家なんて目指してないから
鈴木くーん、まだー?
なにがー?
ムーさんが黒沢清論を書いてるのってどのスレだっけ?
ムーさんとか呼ぶなよ。気持ち悪い。
なにがじゃねーだろw!
最初参加しないって言ってた佃煮を鈴木も煽ってただろーが!!
ダメ人間スレだけど
今清関係ないし
そうか、鈴木はやる気満々だったのか。
それがあんな短い文章をまだ読まないであちこちのスレで暴れてるのか。
>>174 煽ったからと言って自分が書く理由もないけどなw
あーあ、みんな鈴木に呆れてるぅー
180 :
吾輩は名無しである:2011/06/16(木) 00:29:15.41
だって、鈴木って川上未映子の盗作を強烈に批判してるけど、川上未映子を読んだことないんだもん。そんなやつだよ。
鈴木は文盲だなー
183 :
吾輩は名無しである:2011/06/16(木) 00:45:48.36
鈴木は他のスレには書きこんでるのに、ムーのレスに答えない。誠実さもないよ。
>>183 他のスレも監視してるとは執念深いですなwww
鈴木はどのスレにも常駐してるからたまたま見かけたってだけだろ
このスレからは完全に逃亡してるけど
そんなにすぐ読まなきゃダメなの?
みんな楽しみにまってるんだとおもう
芸術家が仕事に新鮮さを失っちゃ一巻の終わりだ
昨日久々にクラシック聴いた
カラヤン指揮のヴィヴァルディ
190 :
吾輩は名無しである:2011/06/16(木) 14:19:57.11
そういや鍵とマグナがまだ来てないな
マグナはともかく、鍵は…普通に感想文書きこんだら笑うけど。
数式が面倒臭い!!
なんなんだこの小説はw
よくわかんないけど面白かったです!
195 :
吾輩は名無しである:2011/06/16(木) 17:02:18.14
わわわわわ・・・
つーか、みんな真面目に感想書いてるけどさ、これってユーモア小説でしょ?ちがうの?
鈴木の感想しょぼすぎ
だっせー
俺はいつもこうじゃんw
でも
>>194って作家は言われて一番嬉しい感想かもね。
本気で言ってたら、だけど。
>>196 みんな真面目に書いてると思うかい?w
>>198 いつもはもっとヒデーじゃんw
で、どのへんがユーモア小説なんだ?
いや楽しかったよ。俺、本を読めないんだよね。集中力が続かないから、動機がないと読めない。
最後まで飽きさせず読ませる力があったと思うよ。心ない感じが素晴らしい。
>>200 えっ?笑えるシーンいくつもない?急に別の事を考え始めたりとか。
太郎のキャラクターとか、奥さんのキャラクターとか笑わせようとしてるとしか思えなかったのだが…
鈴木は文学は諦めな。汁男優がお勧めだって
そもそも鈴木文学目指してたんだっけ
目指してないw
なんだよw俺素直に感想書いてるけどなw常に素直だから俺は。
>>208 「すぎる」んだよw まあそれを取ったら何も残らないかw
そうだね。俺からそれを取ったら何も残らない。
滝田ゆうの落語マンガ面白い
ダウンロード出来るならアドレス教えて下さい
岡本太郎の「今日の芸術」読むぜ
あの渋谷の絵の件、すごい良かったよな。パッションある若者は最高だよな。
オチもギャグっぽいしな
鈴木が好きな中原昌也も蛭子さんの絵で再生すると面白いんだが、『木魂』はより蛭子さんに合うかもな。
湿っぽいところが。
中原昌也は漫画嫌いだからね。根本敬以外w
俺は面白い漫画があったら教えて欲しいけど。小説より読むのが楽じゃん。
中原根本好きなのか。
確かに根本の絵柄で再生した方がしっくりくるw
夢野は蛭子で中原は根本か。
>>218 楽だからこそオススメとか気にせず濫読すればいいと思うよ。
マンガは。
小説も本来そうでいいと思うんだが、文学ファンって文学魂みたいなところあるじゃん。
それがウザイのはウザイ。
>>601
中原昌也はそういうのじゃないですよ。自伝で「お前らなんでそんなに文学が好きなんだ?」みたいな事を書いてましたよ。
そういう中原昌也が一番文学だと思うんですけどねw
あ、変なアンカー付けちゃった。
>>220 その文章は知らないが中原はそういった「文学魂」が無いように思えるので
気軽にマンガの絵とかで再生できる。
濫読するには金がいるでしょう?やっぱり俺とかダウンロードして、よければ買う(ほとんどない)事になるんですけど、そのダウンロードすべき作品を教えて欲しいのら。
>>223 自伝、めちゃくちゃいいですよ。あれこそ文学ですよ。語り下ろしだけど。お勧めします「死んでも何も残さない」
正直俺っち昌也のことなんて一ミリも知らんのYO
とりあえず自伝を買って下さいよ。俺は逆から辿ったけど、自伝から作品を辿っても同じ理解に達するはずだと俺は思います。
>>612 まあそうじゃないか。
でも実際の考古学なんて、古代文明を自分達の「お手本」にするつもりはないだろう。
「起源」を明らかにすることで「起源」から解放され、an+archy+ism、になる、ってところはあるだろうなあ。
ふむ
たしかに渇いたおかしみはあるわな
奥さんが唐突に死んじゃって
なおかつ「線路を歩くな」とかよくわからん遺言を残すあたりの剛速球ぶりとか
笑えるところではある
でしょ?ユーモア小説でしょw
ユーモアではあるがフォーク的な蛭子的な湿っぽさも評価したい。
まあ地獄の警備員がユーモア映画だという
同じ意味においてはユーモア小説だわな。
笑えないけど
俺的結論。
「木魂」はフォークである。
主人公の清貧ぶりもフォークだし、鈴木が指摘する「急に別の考えをしたり」
という突拍子もなさはナンセンスギャグマンガに通じるが、
フォークはそういったナンセンスギャグもふんだんにある。
フォークにはコメディソングも多くあるが、大概はナンセンスギャグである。
よって「木魂」はフォークである。
地獄の警備員も笑えるよw
夢野作品自体が、「文学魂」な「文学ファン」たちに祭り上げられてるのが、不幸なことかもしれないなあ。
おれ夢野さんの作品初めて読んだけど、面白かったよ。ドグラ・マグラとか案外読めるのかも知れないな。
ふむ
「蛇の道」も笑えればたいしたもんだ
笑えるか笑えないかの問題じゃないと思うんだが。
ナンセンスかどうかという問題。
ナンセンスを笑えばナンセンスギャグになるだけ。
たとえば、カリスマは笑えないか?ムーさん。
ムーの
>>237も「映画魂」みたいなもんだろうな。
いや
笑えないとか書いたけど
そういや地獄の警備員は見て笑ったな俺w
カリスマもおかしいけど
大笑いしたってほどじゃない
まあ根本敬で大笑いする奴もどうかだしな
ニヤって笑いじゃね
ムーの中でそれらニ作品を繋げて「笑えればたいしたもんだ」と言っているだけ。
鈴木がその作品で笑うかどうかと別の作品で笑うかどうかは関係ない。
なら何故お前はそう言ったのか。
「俺の方が映画を見ている」という「映画魂」があったのではないか。
もし、「蛇の道」で鈴木が笑えるかどうか疑問に思っただけなら、「「蛇の道」で笑えるか?」と書けばいいだけ。
それなら「映画魂」とは言えないだろう。
しかし君は「たいしたもんだ」と書いた。
それはなぜ?
銀魂のほうが笑えるけど・・・
さて明日あたりみんなが書いてくれた「木魂」についての感想・論評を
ことごとくぶったぎるぜw
>>244 きもいよ君w
ちなみに言外のメッセージは「俺は映画を見てる」
じゃなくて
「はやく蛇の道見て語ろうぜ鈴木」なんだがW
わかってるよなあ鈴木
>>245 銀魂はハンパな漫画なんだよな
「ねえわかっているでしょ」的なスタンスがだめ
明日あたりとか言っちゃうあたりがアセンションの温いところだw
今こいや!
でなけりゃ予告なんてしないで明日いきなり襲い掛かってこい。
それが文学だ!
そうなんです。まるきり漫画じみてて笑うしかない。映画や漫画で表現される、
幻覚の虫をせっせと数えて捕まえあつめるジャンキーのようなばかばかしさ。
蛭子さんの漫画とはよくぞ例えたものですね。このお話の薄っぺらなヒーローには、
人間生活やドラマにはそれなりに流れているあたりまえな時間もなければ、
世界や自分を動かす根性ど性っ骨みたいなものがこれっぽっちもない。
エイヤッと次元を飛び越えていく軽やかさもなければ、ゴリゴリと穴を穿って
突き進むエネルギー、体力腕力気力もない。
251 :
吾輩は名無しである:2011/06/16(木) 23:33:07.81
>>248 鈴木に「ねえわかっているでしょ」的なスタンスを取ってるそばから、「ねえわかっているでしょ」的なスタンスを批判すんなw
池沼か、おまえは。
ただぽえ〜んと踏切に突っ立って口を開けて阿呆面を
してるだけでなんの仕事もしない。時間も動きも力もないのだから仕事量は
もちろんゼロに決まっています。さすがは小学算数、ヒーローまでもが二次元グラフを
描く方眼紙みたいにペラっペラだ。時間が
カッチコッチ進めど捗めど、中心Oを持つ
r10米の円周上を一分間に40センチ進む蟻さんや、A駅からD駅へ特急列車で行く
鶴太郎さんとB駅から各駅停車に乗りCターミナルから同じ特急に乗り換える亀子さんが
二人合わせて2千円でりんごとみかんを買ってくるほどの仕事すらもしない。
あきれ果てた主人公だ。
今日はブルームズデーだからやめとくよw
なんで年を取ると、くどい長文になるのか・・・
255 :
吾輩は名無しである:2011/06/16(木) 23:37:38.08
てかアセンションは作戦を立てる時間が欲しいんだろw
>>251 今日は泥仕合もOKなんだぜ!
不特定多数の読者に向かって「ねーわかるでしょ」と擦り寄るのと
特定の個人に「わかるだろお前」とズズイと迫るのは
全然別じゃねーか
池彰はおまえ
現実生身の切れば血の出る生き物が、朝日が出たから布団を出て、
…う゛〜ぎも゙ぢわ゙る゙い゙な゙あ゙。いやあ飲みすぎだ。どォれお早うございます、
と暦を一枚めくり、サテ今日は…ああ倅の死後x日にしてオッカあがくたばってより
数えること(x+a)日か。二人とも先日なくなったきり今日もまだ見つかって
おりませんね、まあ出てきても困っちゃうけど。では行って参ります…と、
実存の活動ほんじつのお仕事未来への大冒険にお出ましあそばされなきゃ
ならんという大事な時、読者の眼前に提供されるのは、白い踏切板の上に立つ
蛭子さん漫画のほぼ左右対称正面図の男が、目から間抜け光線をぴゃーとばかり
放出してる姿だけだ。遮断機の陰にからおそるおそる顔をのぞかせ、眉は
への字、目は点にした不安そうな息子と、汗をかいて眼を三角にした母親の
姿が目に浮かぶようです。
東電さん頑張れ!
>>255 (@∀@) さん待ちだったんだよw もう来たけどw
馴れ合ってるムーが一番キモいよ。
そうかなあ
ヒーローはプラスマイナスいずれの成長もしないまま、高熱時にボンヤリ覚えた寝言みたいな
幻影を二日酔いの脳みそで再生しながら、あれよあれよという間に電車に
轢かれてぺっちゃんこ。はいおしまい。
せめて機関車が走り去る次の瞬間!
…ああ、見よ!なんてことでしょう…驚くなかれ先生は、今や赤いスイングトップを
着て金髪を風になびかせながらくわえタバコで目を細めつつ、薄い唇の端に笑みを
浮かべたジミーディーンとなって、爆進する貨物列車に連なる無蓋貨車のひとつで
干し草に腰を降ろして座り、機関車が目指す先にある遠い西部のまだ見ぬ
暮らしと人びとに思いをはせるのであった…くらいの終わり方ならば、
まだ救いがあったのに。
わたくし以前から、『モコ』さんふうの自動筆記調を一度やってみたかったの
ですが…実際やってみるとこれは難し過ぎるw。
あの勢いあるスタイルは、すごい技すごい才能なんですねえ。
>>254 普段メールを送った相手からも、必ず同じことを言われるんですよ。
もう今更治らないでしょうね。くどいまま死んでゆくと思います。
詩:君とビール
うめえ!
バシュ!シュルシュルシュル!ゴクッ!!
液体がよぉ!俺の体に染み渡るぜえ
もう何でもやりてえぇよwwボケがよおw
うめえ!ビールwこのつまみ高いけどマジ最高だわww
264 :
吾輩は名無しである:2011/06/17(金) 00:00:48.10
俺詩才あるだろww
わたくしもビール飲みたくなりました。
買ってこよう。
ちなみに
セブンイレブンの枝豆は
わりとイケるんだよな
>>256 >不特定多数の読者に向かって「ねーわかるでしょ」と擦り寄るのと
>特定の個人に「わかるだろお前」とズズイと迫るのは
>全然別じゃねーか
別だがそう違いはないだろ。
東電さんの書き込み、作品論でも批評でもないけど、一番笑えるわw
無償の饒舌ってやつか。
至高の批評は沈黙、という説がある。 そういう視点からすれば、すべての
批評は冗漫であり過剰であり空虚な饒舌であるんだが、こういう企画の際には
そんなテーゼはおっぽりださないと、企画自体がなりたたんw
いやあみんなすごいね
自分の意見を書けるだけでも
バーで巻くクダみたいなもんだけどな
あれだよね、やっぱり小説的蓄積がないと、饒舌でも全然つまらないとか
そういうことになるよね。 逆から言えば、笑える饒舌というのは、小説的
蓄積があることの証になるわけだ。
木魂も饒舌な小説だけど、その饒舌さのところどころに亀裂は走っていて
それが作者の意図せざる笑いを生んでいるといえるかも。
もっとも作者の意図せざる笑いというのは、作者が読者に笑われるという
ことに他ならず、作品としては失敗していると、どうしても評価せざるえなく
なるんだな。
そうかねえ
俺はこれが一種の笑劇に外ならないことを
作者は十分意識していたと思うがね
>>273 まあ、もう一回読んでみたら、また感想がかわるかもな。
流し読みしただけで、細かい数学的議論とか、ほとんど
読み飛ばしてるし。
意識の流れを数学的、科学的処理と、主人公の死が
子供の死に継起する因果譚、怪談めいた話の間に、亀裂を
感じてしまってね。 それは二つの題材の接合がスムースに
小説化されていないという兆候だと、俺は読み取ったのさ。
そこだよね。おれもムーに同意見だけど、そのような立場から見て、Nのような読み方は、Nが浅いのか、作者の失敗なのかがわからない。
276 :
マグナ:2011/06/17(金) 01:50:57.50
俺にとってこの「木魂」は再読である。当然だいぶ前に読んだので内容はすっかり失念しているが、
数学者を主人公に据えた鉄道事故を扱った小説、ということは覚えていた。
まずタイトルからして「コダマ」と読むのかと思えば「スダマ」である。
このことに驚いたのだが、「スダマ」は「コダマ」よりももっとざらついた、「ス」の音の下を引きずるような感覚がある。
まさにその引きずるような感覚に満たされた短編ではあろう。
箇所によって緻密になるところ、乱雑になるところが非常に分かれる作者であり、この作品もその両面を表している。
緻密に描かれたかと思えば、なんだこれはというような稚拙な感じの比喩が飛び出してきたりして、
そのアンバランスさも魅力のひとつといえるのではないだろうか。
>>275 そりゃまー、小説としておもしろいかそうでないかという、それが重要さ。
おもしろけりゃ成功だし、そうでなけりゃ失敗だ。
ムーもあんまり笑えないっていってなかった? 「木魂」は。
>>241とかそういう意味だと思ったが。
いや
因果譚や怪談ってものがそもそも
本来数学的なもんだと思うんだよ
結局ひとつの運命=解にいかにして人が巻き込まれるかという話だからね
おやすみ
279 :
マグナ:2011/06/17(金) 01:53:40.83
Nがカメラの動きという指摘をしていたが、たしかにこの小説では主人公の視点に寄り添わせた描写が多い。
「ハッと気が付いてみると彼は〜彼は又もハッとばかり固くなってしまった」
「両眼を大きく大きく見開いて行った〜血よりも紅い茎の折れ曲りを一心に見下していた」
なんてのは本当に主人公教師の視線にカメラをより沿わせているし、なんと言っても白眉なのは、
「そうしてタッタ今、凝視していた砂利の上に〜二三度大きく瞬をしてみた」
までの衝突の瞬間のカメラを、主人公に寄り添わせたカット(とあえていってしまおう)である。
281 :
マグナ:2011/06/17(金) 01:56:05.72
上のカキコはちょっと繰り言的になったかもな。「木魂」における主人公の視点とそこから描き出される意識はよく顔を出すものである。
「意識の流れ」ってほどでもない。
この小説の構成は現在の主人公→過去の主人公の行状→現在の主人公と描いたところで話の円環は閉じられるというかたちになっている。
そしてその間を縫う存在として主人公の脳内の独り言が中断(生い立ちを語る箇所)を除いて乱雑に配置されている。
現在過去にかかわらず主人公は冒頭から独り言を続けているわけであり、円環が主人公の現在にいたるにおいて、独り言は数を増し、
やがてその増殖ヘ飲み込まれるかたちとしての主人公の死がある。話の幕切れとして必然的に用意された死が周到にやってくるというわけだ。
一方でこの短篇は瑕疵も多い。
「暖かい他人の同情の言葉もあれば〜」
以下のダラダラな羅列はいかにも稚拙なものであったり、書きすぎ、誇張しすぎといったような微妙な表現は数多く見受けられりする。
もちろんそれが効果的に力を発揮している場面はあるが、興ざめな箇所はいくらかある。
これはダメだと思ったのは数学をネタにした優生学(疎い俺でもこれ見てダメだろっていうような箇所がいくらかあった。)の開陳だったり、
伏線の張り方だったりするものがある。
また線路に数式等が浮かび上がるシーンも初読時は強烈に記憶に残ったものだったが今回はそうでもなかった。
主人公が数学者でなかったらこの作品が成り立つのかはわからんが、少なくとも作者が数学にはそれほど興味がないのが伝わってくる気がする。
作者本人の思考はあくまで優生学的なモチーフにあり、数学にはそれほどないものであると思われる。
282 :
マグナ:2011/06/17(金) 01:56:52.98
おっとマグナだ
これで出揃ったかな
でも眠い
おやすみ
>>278 因果関係に親子関係がからむと、どうしてもドロドロしたムードが醸し出されるな。
こっちの先入観のせいかね。
おやすみー。
>>279 カメラ論か。この主人公も脳の内部にひとつのカメラを抱えた存在だな。
>箇所によって緻密になるところ、乱雑になるところが非常に分かれる
>そのアンバランスさも魅力のひとつといえるのではないだろうか。
ここ重要かもな。
蛭子さんのマンガだって感想は、ヘタウマってことだろ。
文体はヘタウマではあると思う。
決して「計算され尽くした美しい文章」とは言えないんだよな。
>>282 次の課題はこれか。 これまたドロドロした因果譚っぽいなどうもw
近代的装いをほどこした日本的因果もの、怪談というのか。
まあ、次の課題がこれで俺は異存ないよ。
こんなにぽんぽん出されるとは思ってなかったw
いやもっとじんわり語り合ってから次の作品、って考えてた。
>>263 ビールうまー、酒うまー。
評価したぞ。
で、マンガのヘタウマって大体ナンセンスギャグなんだが、ある種の不条理的な不安感を醸し出していると思うんだよな。
ヘタウマナンセンスギャグは、ギャグだけではなく妙な不安感がある。
マグナの言う「アンバランスさ」が、作品全体から漂うヘタウマ的不安感だということになるだろうか。
しかしこのヘタウマ的不安感は、ギャグとも紙一重である、と。
どうすんの、このまま次の課題移る?
それとももちっとだべってからにする?
ここは一番年長であろうムーさんに決めてもらうか。
おいオヤジ出てこいや。
@@さんは面白えなあ
おはよー
アセンションがケンカしたいって言ってるから
次行くのはそれ終わってからでいいんじゃない?
借りれないってことは
いつも貸出中ってこと?人気あるな清は
さて仕事である。
鬱である♪
遠藤周作語れる奴いねーのかよ
烏賊ちゃんを召喚すれば語ってくれるよ
呪いがかかるからダメ
そんなことないでしょ(笑)
バッサバッサ斬っていくよ〜
感想のほうに傾くにしろ批評のほうに傾くにしろ、
明快さってやっぱ大事だと思うんだよね。
その点で優れてるのはこの3人だね。
>>124 佃煮マニア・・・「木魂」面白かったですよ
>>138 三浦・・・『木魂』は再読に耐えうる作品ではない
>>201 鈴木雄介・・・飽きさせず読ませる力があったと思うよ
良い悪いの判断が明確なのがいい。
来い来い!!
欧米人はエクスタシーの時、イクのではなく、comeなんだってね。
一番切れ味鋭くスカッと自己主張しているのは三浦だが、
残念ながら、その主張が狭い自己見識に基づいているため、
読み方としては非常に視野の狭いものになっている。
佃煮のほうは自分の体験を盛り込んでいるのはいいが、
ラカンの名前を出して感想から批評へと乗りかけたのが失敗。
鈴木はといえば、あくまで感想の域に留まろうという心がけはいいが、
その潔さは実はチキンな精神の現われでしかない!
三浦が小説の内容に焦点をあてたとすれば、
小説の形式のほうに目を向けたのが
>>131のNだ。
ディケンズの「信号手」を引き合いに出し、
自意識の小説におけるプロットの反復性に注意を喚起しているが、
小説の形式や構造にとらわれるあまり、内容のほうが疎かになっている。
チキンっつーか、それ以上の感想がないんだよ!仕方ねえだろうが!
>>158のムー大陸もまたN同様に小説の構造に重点を置く。
ゼロアワーとしての「時間」と一本の線路という「空間」を配置しているのは
興味深いものの、時空を超えたワームホール、円環構造、拡がりゼロの一本の線、
といった言葉たちが曖昧なままに併置され、自身の感想もその霧の中に消えている。
立ち位置が明確でなく、主張性は佃煮、三浦、鈴木以下である。
>>308 こっちが聞けばどんどん言葉が出てくんだろがボケッw
ちょいブレイクw
でも訊かれてもない事を長々と話すのも面倒臭えじゃねえか。
>>306僕には作品の批評なんてできないです。
だから逃げました。形式は小林秀雄のパクリです。
内容的には、ただ自己主張しただけというアセンションの指摘は正しいです。
批評とは作品を利用して自分語りすることではないし、
対象(もの自体)到達するのでもありえない、
ただ、作品の内部構造や、その関係だけを暴くのが批評である
と、柄谷は言ってます。実際その通りだと思います。
そういう意味では、僕のは批評でもなんでもないです。
やけに弱気じゃねえか三浦さん
チキンは口だけ達者なの
やっぱり誰の目で見ても鈴木はチキンなんだなw
アセンションのいう「内容」ってのがなんなのかさっぱりわからんな。
文体論か? プロットについての評価か? どうも良いか悪いかの判断
ただそれだけというのは、あまりにプリミティブといえばプリミティブな批評w
そう、誰の目で見ても佃煮は失敗者だし。
>>311 面倒臭えだと?臭えのはおまえらの糞の投げ合いなんだよ!
糞の投げ合いは面倒臭がらずにやってんじゃねーかw
>>312 いや「再読に耐えうる作品ではない」と言い切るのは
もうそれだけでも鋭い批評のひとつだよ。問題はその後。
>僕は心という人間の本質が、言葉と行為と一体となったものであり、
ここのところは小林秀雄の影響?
アセンションってプルーストやベケット読んでるわりには驚くほどの印象批評。
いい感じに喧嘩っぽくなって来た
>>316 Nの内容的な言及は「古めかしい因果応報譚を連想させる」
というところだけだと思うな。
自意識の高速度カメラ撮影、反復するプロット、という形式的批評が
単に小説のアウトラインをなぞってるだけに見えるのでは?
鈴木は文学板中のコテにスカトロセクハラしてる変態だからなあ
アセンションは、メタな立場ですべての批評を評価するために
「内容」「形式」というカテゴリーをわざわざでっちあげたと
そういう風にしか見えないよねw
>>321 そのあたりの表現は、無意味な形式的陳述にすぎないといえばいえようが
マグナがそれひろいあげて、
>>279で作品からの引用による視点論を
展開してるから、まったく無意味な陳述というわけでもない。
まあ、作品論として一番が首尾が整ってるのは、マグナの評じゃないか。
作品からの引用を批評的に処理するという手続きが明確で。
>>233 >「木魂」はフォークである。
清貧ぶり、ナンセンスギャグマンガ、フォークという
3つの概念をつなげたのはユニークではあるものの、
この感想自体がナンセンスギャグのテイストをまとっている。
>>152 (@∀@)
一番芸があるといえるのが(@∀@) である。
もはや感想や批評の領域を遥かに超越し、
天衣無縫ともいえる自由闊達な筆運びを見せている。
言い換えれば、霞のような曖昧な文章、というわけである。
それ以前に長すぎるw
俗に染まらないなんてこともまた馬鹿のすることでしょうか?
>>324 「自意識の高速度カメラ撮影」というテーマはNがもたらしたもので、
マグナの
>>279はそれを補足説明しただけといえるだろうね。
もちろん形式的陳述は無意味なんかではなく、とても興味深い!
>>276 >>281 マグナはさまざまな角度から「木魂」にメスを入れているが、
やはりムー大陸同様に、自身の立ち位置が明確ではない。
表現における緻密さと稚拙さのアンバランスに言及しているのは独創的であるが、
独り言の円環構造はムー大陸のパラフレーズとも見える。
オオトリということもあってまとまりはあるものの
寄せ集め的な自分のない批評となってしまっている。
これで全員について書いたかな?
いや自己批評が残っていたw
私アセンションはよりにもよって
「木魂」論を記憶喪失男論とする暴挙を行った。
夢野久作の文体についての言及したものの
非常に浅学な読解といわざるを得ない!
一等賞は誰?
>>327 まあ、「高速度撮影」という俺の比喩も、まったく無償の饒舌という
ことにはならずにすんだわけさ。
一方、「形式」「内容」というカテゴリーは、芸術批評の誕生と同時に
生まれたと言っていい、由緒正しいカテゴリーであり、すべて串刺しに
して批評するためには好都合な道具であるが、であるがゆえに、無償の
饒舌におわる危険性もまたきわめて高いわけでね。 どうもその危険性に
対する敏感さがアセンションには足りなかったんではないかと。
だから「内容」「形式」についての言が単なる無償の饒舌でおわったのでは
あるまいか。
「芸術はある種の物的な形の意識的な創造であり、形式以前に内容はない」
>>330 決めたいのなら、何か投票で決めるしかなさそうだが。
これを読んでる名無しによる投票という形式でね。
まあ、無理に決める必要もないとは思うけど。
333 :
忍法帖【Lv=14,xxxPT】 マグナ ◆i.K3ZM.pZo :2011/06/17(金) 22:12:45.03
あ
お尻を出した子が一等賞
>>330 >一等賞は誰?
う〜んこれは難しいなw いろいろ考えていたんだが、
個人的には今回は佃煮マニアか鈴木雄介のどちらかじゃないかな。
大穴すぎだろw
>>318心と言葉と行動を三位一体のものと見なすのは
小林ではなく本居宣長の思想の特徴です。
宣長は、感情による感動で直観することによって、
本質を掴むことが、間違いを犯さない、学問の方法だと考えました。
いわゆる、「もののあはれを知る」という方法です。
もののあはれを知る事で本質を掴み、その自覚した本質を、
実生活の中に活かすこと、それが正しい生き方だと、
宣長は言います。
心が拙い人は、言葉も、行動も拙い、要するに善く生きていない。
それは、心の本質を掴んでいないからだ、という宣長の思想のパクリです。
>>332 投票なんて自演連投でどうにでも工作できるよ
意味がない
>>331 いくつかの軸を置いたんだけどね。
感想←―――――→批評
内容←―――――→形式
独創←―――――→模倣
もちろんどっちがいいという話ではなく。
まあ、俺個人的には読んでおもしろかった東電さん、作品論として
首尾結構が整っているマグナのどっちかを推すね。
>>337 なるほど。でも本居宣長の思想に三浦は共感しているわけじゃないの?
>>338 そういわれりゃそうだ。
>>339 アセンションの過去レスみると、感想・批評の対立軸もそれほど
明瞭ではないんだよなあ。 何が感想で何が批評かは、印象論的に
述べられているだけで。 だから
>>319の批評は適切だと思うよw
343 :
忍法帖【Lv=14,xxxPT】 マグナ ◆i.K3ZM.pZo :2011/06/17(金) 22:38:26.85
確かにカメラはNのに影響受けているが、円環構造はムーのを意識したつもりはないぞ。
ざっと読んで無意識のうちに影響受けたかもしれないが、作品自体読んだらそういう構造になっているから指摘した感じだ。
>>341多少共感してるところはありますが、
やっぱりただの引用じゃないですか。
感想を言うための道具として利用しただけで、
作品を切り開いたわけじゃないですから。
345 :
忍法帖【Lv=14,xxxPT】 マグナ ◆i.K3ZM.pZo :2011/06/17(金) 23:25:07.05
>>342 ああ印象批評的な面はどうもあるねえ。
>>343 なるほど。
>>344 引用に「ただの」を付ける必要はぜんぜんないと思うな。
共感してるところがあるからその道具を使えるわけで。
ということで、好き勝手なことを書きましたが、
もし気分を害された人がいたらアイムソーリー。
みなさんの書き込みは面白く読ませてもらいました!
お疲れである
そうか
お題出したやつが
感想書いたやつ全員にケンカ売るってルールはいいかもねw
それいい
ただ、青空文庫に限定してしまうと、アクチュアリティーがないのがつまらない。どうせ鈴木は劣等生なんだから、すでに読んでるものから選んでいいんじゃね。
この流れは文学板には珍しく良い流れw
村上春樹、川上未映子、中原昌也、西村賢太あたりが面白い。
353 :
吾輩は名無しである:2011/06/18(土) 00:53:14.19
春樹なら鍵くんも書きそう(笑
>>346 おつかれさーん。 自分以外の評者全員に喧嘩うるとか、なんと無謀な
ふるまいと最初は思ったぜ。 なにはともあれ、その八方破れな大胆さ
ある意味勇敢さには敬意を払わねばなるまい。
355 :
吾輩は名無しである:2011/06/18(土) 02:36:48.88
みんなかっこよかったぞ。鈴木以外。
>>318 俺は嫌で仕方ないんだけど、投げられたら「これは俺じゃないですよ」って言っとかないといけねえじゃん。本当にしつけえんだ奴は。
ちょっと質問。
小説の始まりを巡る議論って、結構
ホットトピックな割に、個々の論者によって、セルバンテスだとか、ルソーだとか、ゲーテとか、古いのだと『ダフニスとクロエ』とか、諸説入り乱れてるよね。
それでどの論者がどの作家、作品を小説の始まりと考えているのか一覧を作ってみたいんだけど、もし何か知っていたら教えてくれないでしょうか。
ちなみに今読んでるワットの『小説の勃興』では、デフォーとリチャードソンとフィールディングが他のヨーロッパ諸国の作家に先駆けてノベルというジャンルを書いたとされている。
(ただその三人を最初の小説家とするのは、イギリスでは割りと伝統的な「通説」らしく、その通説がいつ位に固まったのか、その際議論を牽引するような誰かの有力な言説があったのかとかはワットの本だけではわからない。)
日本近代文学の起源?
あとすごいうろ覚えだけど、スガがなんかの本でブランショ引用しながら、(「イーリアス」に対して)「オデュッセイアー」こそが近代の小説の起源だ、みたいなすごいアクロバティックなこと言ってた気がするんだけど、実際ブランショにそういう議論があるんですかね。
ひとつも知らないわ…
>>318 批評も糞みたいなもんだと思うがなあ。
糞投げつけられてないのに糞投げるのがいいってわけでもあるまい。
特に「木魂」みたいな小説は「糞投げつけられた」ってわけじゃないし
三浦の批評は「糞投げつけられた」かもしれないが、あれは主人公の内で自己完結してるものだから、あんまりどうともなあ。
主人公の自己語りなわけだろ、全体として。
ハルヒのキョンみたいな。
アセンションの考える批評というのがどういうものか、って話だな。
Nのように批評=口コミなら、鈴木みたいな会話風な感想も充分批評だ。
鈴木はヒップホップおじさんだからね
よくわかんない…
>>347 おうよw
>>348 いやケンカ売るも買うも自由でいいと思うよw
それを好まない人もいるだろうから。
俺は別なケンカの仕方ガあることを見せたかっただけなんでw
>>350 マグナが小酒井不木「血の盃」を候補として挙げているけど
ここは最下位を獲得した鈴木に決めてもらうってのもいいかもねw
鈴木は、小林秀雄「Xへの手紙」、カフカ「掟の門」を挙げたことがある。
>>354 そんな無謀さは馬鹿にしかできないことだよなw
>>356 問題は場所だよな。それが空地なのか、レストランなのかってことよ。
俺は青空文庫がいいと思うなー。もしくは不敬小説。
具体的な候補は?
決めて頂いていいですよ。短いものがベター。
鈴木から他の候補がないんだったら
青空文庫の小酒井不木「血の盃」で決まりだな。
ブラジャー!
糞云々のくだりは他スレのことで、三浦はまったく関係ないよw>361-362
ここは感想も批評もありなんで、そこに優劣をつけようとは思わないんだな。>363
感想は個人内で完結するものなら「面白い」「つまんない」だけで本当はいい。
でも他人との間で話す時には、「それはなぜか」を伝えるのがサービス精神ってやつで、
それを進めていくと感想は批評的なカラーを帯びていくって思うんだよ。
三浦の最初の一行「再読に値する作品ではない」に批評性を感じたのは、
そこに三浦の価値基準が言外に示されていると思ったんだよ。
他作品との比較論のヴェクトルがそこには萌芽として埋まっている。
>>373 >でも他人との間で話す時には、「それはなぜか」を伝えるのがサービス精神ってやつで、
鈴木の一口感想はその後会話になってるんだからいいんじゃないのか。
つか批評って「サービス精神」なのか?
>>373 >他作品との比較論のヴェクトルがそこには萌芽として埋まっている。
比較論なら東電もムーもやってるが。
そう。なぜかって訊かれたら敢えて言うという姿勢で、別にサービス精神に欠けるから言わないわけじゃないですよ。含羞ですよ。
ここにきて含羞となw
含羞って言うとなんか偉そうかw
ただのアホのくせに
↓以後「便臭」禁止です。
そう。ただのアホのくせにな。
中原中也ならともかく鈴木の口から「含羞」という言葉が出るとは!w
>>374 あるいは愛と言い換えてもいいけど、
それが出発点になきゃ始まらないと思うぜw
>>375 他作品への参照ではディケンズ「信号手」を引いたNが優れてるね。
俺的には聴覚つながりで太宰「トカトントン」を脳裏に浮かべてた。
批評性の高さに関してはN、ムー、マグナ。
芸に関しては(@∀@)がダントツ。
これはまあ俺が言うまでもないっしょw
ただ三浦評には非常に明快な価値判断があるのが素晴らしい。
たとえ本居宣長の思想を援用し、的を外しているとしても。
>>382 ええ、俺の考える批評とアセンションの批評は随分違うようだ
>>383 Nは最初のは三浦っぽさがあったな。自己完結してるというか。
途中の議論で「批評性」のあるレスはあったと思うが。
分かった。俺の中では「批評性」とは「会話」みたいなもんなんだよ。
「愛」や「サービス精神」と「会話」は別物だろ。
>途中の議論で「批評性」のあるレスはあったと思うが。
Nのレスな。
三浦は作品については最後まで自己完結していたと思うので、どうかなと思った。
そもそも、ある作品が受け取り手同士の話題に上ることが、批評の原型だと思うんだよね。
その作品についての自分の考えを自己完結的に述べることは、むしろ感想だと。
なので「会話」である鈴木のレスも批評だと思えるが、三浦のは感想だ。
って
>>373と同じような事か。
「サービス精神」である必要はないけど、「他人との間で話す」「「それはなぜか」を伝えるのが」批評だと。
>>371二回目の読書会が始まったんですか。
小酒井不木「血の盃」読了しました。疑問の残る作品でした。
小酒井不木が冒頭でこちゃこちゃと説明している様ですが、正しくはこうです。
世界のすべてが必然で構成され、何もかもが過去の行いを原因とする結果としてあらわれてくるものだ、
という考え方を決定論と呼び、過去現在未来を全て見通す絶対的な存在をラプラスの悪魔と言います。
しかしこの考え方には欠点が多く、今ではトンデモ扱いになっています。
一方の因果応報ですが、この宗教的な迷信も廃れていいはずなのに、未だに残っているんですよね。
罪を犯せば罰が下るなどと言いながら、世の中には未解決の凶悪事件が絶えません。
いくら悪い事をやったって、要領さえよければうまうまと逃げ仰せるものなんですね。
そして、悪い事をする人というのは大抵良心の呵責なんてものは感じない様にできてます。
だから、良心の呵責が災いを招くなんていうのは一部の善人だけの話なんですよ。
また、今回の物語「血の盃」は、盲目になったあさ子の復讐劇であって、
これは人為的な力が加わっているので、因果応報的な天罰とは言わないでしょう。
だからこの物語で強調すべき事とは、因果応報の恐ろしさというよりは、女の執念の恐ろしさじゃないでしょうか。
…男性というのは誰だって若くて健康な女性を望みます。良雄だって例にもれずそうだったんでしょう。
流行病が原因だったとはいえ、不具になった女性に嫁の役目は果たせませんから、あや子は当然良雄にふられるでしょう。
病気になった事は誰のせいでもないんですよね。父親のせいでもないし、良雄のせいでもありません。
そして、あや子のせいでもないんだから、これまでの事は忘れて、療養生活をすればいいのに、
あや子はなにがなんでも全ての責任が良雄にあると思い詰めてしまうんです。これが悲劇のもとです。
なんだか、読んでいてもあや子の執念が気色悪くて判官びいきみたいな感情がぜんぜん起こらないし、
良雄とその嫁に災いが起こってもカタルシスみたいなのがありませんし、何だか中途半端な物語だと思います。
もう少しどこかに救いがなかったかな、と惜しまれる作品です。
ああまあ、三浦のがここでは唯一批判だったから、自己完結的になったってこともあるか。
会話になれば批判も賞賛も色々あるってなるだろ。
なので、一人が書いた批評でも、批判と賞賛が交じり合っていいと思うんだけどな、批評は。
「ここは良いけどここは気に入らない」と書いてもいい。
俺、読んで本当に嫌だと思った小説ってディープラブだけだな。
なんだ
蓋を開けてみれば佃煮が一番リキ入ってるじゃんw
佃煮の株が上がった。鈴木の株が下がった。
株上がったのかw
一番早いのは一番偉いよな。普通に考えて。
俺も感想をひとこと
ベスト批評は
鈴木の
「これはユーモア小説でしょう」の一言
次点は
顔文字東電さん
そんなとこかな
しまった、ムーと評価が同じだ
いやいやどうもありがとうございます
鈴木、評価のされ方が中原っぽいなw
どこらへんがですか?
>>399だよ。バカっぽい角度から誰もが見逃してしまいがちな本質を突いて評価される。
あんなくだらない一行レスを持ち上げるからムーはバカなんだと思う
「頭いい」って評価自体が所詮は「他人の評価」だからなあ
猿は人間を頭いいとは思ってないだろう
まあ、バカなんだよ。ただ、バカにしか見えないものがあったりする。
>>404 中原さんは自分で自分をバカって言ってるけど、それは学校の勉強が出来ないって意味で本当は天才なんですよ。
俺なんか学校の勉強は出来たけど本当の意味でバカだな。だから全然彼とは違うよ。悲しい事にね。
>>408 鈴木って時々こういうかっこいいこと言う。
本当の事だからなあ(泣)
411 :
忍法帖【Lv=15,xxxPT】 マグナ ◆i.K3ZM.pZo :2011/06/18(土) 23:32:18.30
くだらん。学校の授業の成績など参考になるか。
俺も学校では劣等生のクラス(下手すれば留年していたかもしれないぐらい)だったからなあ。
412 :
忍法帖【Lv=15,xxxPT】 マグナ ◆i.K3ZM.pZo :2011/06/19(日) 00:08:50.13
ちなみに、授業なんて一つも聞いていなかったし妨害が紛いなこともしたことあるが、未だに童貞だ。そんなものだぜ、現実は。
413 :
忍法帖【Lv=15,xxxPT】 マグナ ◆i.K3ZM.pZo :2011/06/19(日) 00:26:32.64
当然大学などろくなところは受けられず、その中でもまともなところに行こうとしたが落とされる、結局都落ちして他所の大学に行くがすぐに不登校になり、中退。
実は早稲田出という高学歴の川俣が望んでも得られないような低学歴人生だ。
414 :
吾輩は名無しである:2011/06/19(日) 00:28:35.06
低学歴は死ね♪
マグナもけっこう不器用なんだな
416 :
忍法帖【Lv=15,xxxPT】 マグナ ◆i.K3ZM.pZo :2011/06/19(日) 00:31:40.96
意外に高学歴が多いようだからな、文学板は。美香でさえ早稲田、ムー大陸もいいところ出ているはずだ。
ほかのあれそうに見える糞コテ諸君もそこそこまともな大学に行っている。
その中でマジ低学歴の本物のバカが紛れ込んでいる。こりゃ面白いところだろう。
417 :
忍法帖【Lv=15,xxxPT】 マグナ ◆i.K3ZM.pZo :2011/06/19(日) 00:39:55.52
ちなみ自称中卒で元底辺労働者、体を害した後、現在は実質ヒモのニートで悠々自適のワナビ読書生活を送っているオッサンがいるんだが、あいつには負けたと思ったもんだぜ。
糞な奴だとは思うがな。
カミュの偉大さは、「人間の善さ」を信じたい心を裏切って異邦人を書ききったことだぜ
真の文学は振り返っちゃダメだ
419 :
忍法帖【Lv=15,xxxPT】 マグナ ◆i.K3ZM.pZo :2011/06/19(日) 00:49:34.02
後ろに向かいながら前に進むもんだろ、文学は。俺は猛烈に今前に進む気力はある。
それも正規の人間の手順を踏まずに、である。奪うものは奪っていく野望もある。
ルサンチマンを否定するのは「人間の善さ」だとしたら、「人間の善さ」をかなぐりすてて初めてルサンチマンは邪魔者がいなくなるだろう。
戦いはそこからだ。
マグナも面白いな。
「学校の勉強が出来ないという意味で本当は天才」という文章が誤解を呼んでるね。
「学校の勉強が出来ない」から「天才」と言ったわけじゃないよ。そんな奴腐るほどいるんだよ。
>>408の要旨はいくら学校の勉強が出来てもバカな奴はバカだし、学校の勉強が出来ない天才もいるって意味だね。中原昌也は実は勉強家だけどね。
なんだ大学行ってないのは俺だけかよ…
大学行ってないのは素晴らしい!
つーか、短編小説ひとつに、ここまで批評的労力を費やすのは、エネルギーの
浪費のような気もするなあ。 読んで、おもしろいからいいけど。
鈴木のような一行批評だと、エネルギーの浪費もすくなく経済的、省エネな感想だねw
小説がおもしろいかつまらないかはそっちのけになって、批評のための批評ばかり
自動的に増殖する傾向に、ややもするとひきずられがちになることがあるのは
自省せねばなるまいて。
まあ、ユーモアという観点からいうと、「木魂」という作品それ自体より、東電さんの
批評のほうが笑えちゃったんだよね俺はw
>>416 ストレートな魂の叫びを感じる。
しかし所詮は匿名掲示板での叫び。 そんなこと書いてるマグナが実は
一流大学文学部卒だったとしても、俺は全然驚かない。
ついでに小酒井不木「血の盃」の感想も書いとくか。
「木魂」と比較すると、最初から最後まで亀裂なく破綻なくまとまっている
短編だとおもった。逆に言えば、そのぶんこじんまりしているというか。
作者は東大帝国医学部卒医学博士なんだってね。それでミステリも好きで
たくさん小説書いたというから、まあ当時の一流教養人なんだろうな。
外面的には因果譚のかたちをとりつつ、心理的、社会的な因果関係の解明を
軸とした内的には合理主義志向の短編というとこだ。
まあ、この主人公の学生も、美人の幼なじみの肉体を貪るだけ貪って、あとは
知らん顔、まったくフォローなしじゃ、女との縁のきりかたとしては、悪い見本というか
最悪の部類だよねw 復讐されて不幸におちいるのも、自業自得としかいいようが
ないな。こういう無責任な学生が破滅する結末をよんで、われわれは責任というものの
重要さを確認するんで、これは勧善懲悪の小説といえよう。
>>426 そうだね。俺のベストは@@さんの批評だな。
>>429 そうかそうか。まあ、あれは批評と言うよりは、東電さんの創作といったほうが
俺的にはしっくりくる。
本当のところを言えばね。
小酒井不木「血の盃」を読んだ。
東北震災で「天罰」を語った石原の影がちらつきやがる。
自然に逆らって安易に文明化した現代社会へのたたり?
ノンノンノン! 「神」なんか持ち出すなバカヤロー!
ええと何の話だったっけ。そう小酒井不木「血の盃」。
ポアンカレの「偶然=複雑な必然」を引き合いに出してるけど、
あれは複雑でも何でもない人為的なイージーミスだった。
チェルノブイリやスリーマイルズの反省を活かさなかった
自民党政府や東京電力や保安院や委員会やその他諸々の責任さ!
それで、えっと怪談話だね。俺たちは奴らのせいで
「血の盃」すなわち放射能に汚染されたミルクを飲まされるんだ。
奴らはいつも屋根裏部屋で画策してやがる。
ああツェラン、黒いミルク…。飲む、飲む、飲む…。
「因果応報」とか「たたり」とか「天罰」だって?
屋根裏をあばけば、そんなものじゃないことはわかるさ。
俺たちに必要なのは、隠蔽されたものを見抜く力、
原子力ではなく幻視力だ!
で、何が言いたいかって?
ストーリーもスタイルも平凡な退屈な怪談話だったってこと。(了)
アセンションが提案したんじゃなかったっけか?
そうか。読んでみたいな〜
うーん
読んだけどつまんない。
なぜつまんないかって言えは戦略不足なんだよな。
短編なんて戦略命なのに。
とにかくヒロインが壊れてく様子を段取り通りに描いているのが芸がない。
つまり「さあ何かが起こりますよ。さあ出ますよ。出ますよ」と言い続けてるようなもんだ。
クライマックスになる、肝心の「血の盃」のアイデアそのものがどっかで見たことがあるようなものに過ぎないのに、これじゃあダメです。
俺が作者なら、ヒロインには不気味なほどにニコニコと屈託なく振る舞わさせるな。
そして最後の最後でつき落とす。
そうすれば少しはましになるであろう。
以上
438 :
記憶喪失した男 忍法帖【Lv=5,xxxP】 :2011/06/19(日) 22:21:30.36 BE:3988483889-2BP(791)
「血の盃」感想。
因果応報といっておきながら、振られたから呪い殺そうとしたら、
自分が死んじゃった話である。彼女が失明したから別れる男が
悪いとただそれだけ思う。
どう考えても、失明したから別れるというのは身勝手であり、
看病できないというのもわかるのだが、うーん、ここに至って、
おれの思考能力では解決不可能な問題と化した。
失明した女と別れるか否か。おれは、ぶっちゃけ、モテない男なので、
それだけでは別れないと思う。
だから、別れた男が悪いのであり、看病する気概を見せるのが粋であった
と思われる。だから、あさ子が呪うのもわかるのであり、
あさ子の死によって幕を閉じるこの物語はバッドエンドであると思われる。
とても、因果応報を描いた物語だとは思われない。
因果応報はあさ子だけにしぼって描かれており、相手である良雄の
因果応報についてまったく描かれていないのは片手落ちとしかいいようがない。
それとも、結婚式が血でけがれた程度のことで、一人の人生をだいなしに
してしまった応報を果たされたというのであろうか。
この作者の良心の踏み込みにあまさを感じる。
みんな批判的な評価してるな
>>438 記憶喪失男さんきゅ!
ここらで好意的な評が入ると注目度upですよw
うーん
記憶喪失に負けたなあw
自分ならどうするなんて考えもしなかったw
いちいち勝敗を決めんでもよろしいw
俺はいつも切り合いのつもりで書き込んでるよw
鈴木は最初っから負けっぱなしだもんな
うん…悲しいよね。
またビリか?
うん。ドンケツを狙ってるw
さすがホモ
なんだよ 誰のケツをねらってるんだよ
鈴木はもてなさすぎてホモを自称するようになったのか
何だって?
血の盃の感想
小説と云うよりも体としては民話やおとぎ話に近い物を感じた。
これを小説として評価するならストーリーテラーが少し目立ちすぎてる気がした
短編ゆえに仕方ない所もあるかもしれんが、描写にムラがあるのは芸の甘さであると思った
手前勝手な感覚だが、もう少し最初の説明はコンパクトにして欲しかった
一つ良いと思った点は盃に血が滴る場面への持っていき方・見せ方が上手かったこと
内容面では
この作品はお父さんの愛情の話と捉えることもできると思う
娘が死にたい死にたいいうのを気持ちを汲んでせめて憂さを晴らせて死なそうとした、おとうさんの心じゃないか?
もっと参加しましよう!名無しさんの参戦を待ってるぜ!俺はまってるぜ!別に戦争じゃないけど。
人の感想読むの面白いな
私的には、記憶の「俺はモテナイ男だから別れねえ」が良かったw
仮コテハンもさんきゅ!
>>443 その気合、素晴らしい!w
>>447 姑息な後出しジャンケン戦法?w
つーか、座談会じゃないんだから、こういう場合フェアにやるなら
相手の札を見ずに各自が札をテーブルに差し出して
そこから何やかやと始まるんじゃないの?
いや冗談だよ。ドンケツってのは最下位って意味ですよ。
一番後は普通に負けでしょう。別に勝ちたいとも負けたいともおもってないがw
>>455 文学板のヒーローは一等を目指さないとだめじゃんw
こんなクズのどこがヒーローなんだw
皮肉にしてもつまらないw
俺は俺なりに真剣に向き合えるならそれでいいんだよ。そこから先へ行こうとは思わない。
誤植がありましたので訂正します。文学板のエーローの誤りでした。
今日はまだ二回しかオナニーしてませんよ。
一週間に一日はオナ禁日を設けたほうがいい。
生活にメリハリがつくから
それにしても佃煮の感想・・w
明日、今やってる仕事が終わった後に読んで、
また感想文を出しますのであまり早く締め切らないで下さいね。
あさ子に対する評価がまっぷたつに割れてるな
論戦になったら面白い
あさ子が損害賠償請求訴訟で慰謝料を貰う
立証が困難な時には、地獄少女に恨みを晴らして貰うってのが筋だな。
468 :
忍法帖【Lv=17,xxxPT】 マグナ ◆i.K3ZM.pZo :2011/06/21(火) 02:05:35.78
諸君は「血の盃」をくだらないという。たしかにこの作品は、優れた作品とは言えないかもしれない。
余りにも語られるストーリーは直線的だし、実話という設定上記述に飛躍はできないし、する必要もない。
だが、読者を試すような部分もある小説であるとは思った。
「木魂」ほど複雑な小説ではないかわりに、いくらかの含みを持たせた表現の見事さではこちらに軍配が上がるのではないだろうか。
まず、良雄は「東京で悪友に誘われて遊里」にで入りするようになり、女の味を覚えて、
「初心なあさ子の美しい姿」に心動かされ、あさ子を口説き落として「人目をしのぶ仲」になった。
「不純な分子」というのは一種性欲の対象としてあさ子を利用していたことを指すのであろう。
また先程の「遊里」の描写と合わせれば、あさ子の「悪疾」というのも想像がつくであろう。
お、マグナまだ続くか?
470 :
忍法帖【Lv=17,xxxPT】 マグナ ◆i.K3ZM.pZo :2011/06/21(火) 02:25:46.30
保菌者としての良雄、これをまず念頭に置くとこの小説の見え方も微妙だが変化する。
さらに二つ目のファクターとしてあさ子の父母の存在がある。
父である丹七は、「他人の内縁の妻と駈落ち」して、良雄の父を頼り、この土地で綿打業を始めた。
ところが丹七の妻であり、あさ子の母親は「あさ子を生むと同時に」「発狂して、川に身を投げて死んでしまった」
丹七はあさ子が盲目になったのを「罪のむくい」であると考え、娘に堪忍してくれと懇願する。
ここで丹七の罪のむくい=あさ子の失明=良雄の父への恩義=良雄を憎めないという等式が生まれる。
さらに次項においては、あさ子の精神に「異常の徴候があらわれ」た記述が割かれ
「二十年の昔、河の中から引き上げられたあさ子の母の死骸に触れた時の感じ」と描写されるにおいて。
完全にあさ子の母の発狂=あさ子の発狂という連環性を生み出す。
471 :
忍法帖【Lv=17,xxxPT】 マグナ ◆i.K3ZM.pZo :2011/06/21(火) 02:38:22.14
同時にこの項ではあさ子の良雄への憎悪がこの物語を次項へと続くものとして出現する。
ここで第一項の「神社の境内で砂をいじって遊んだ」という言及に注目していただきたい。
あさ子が「良雄になぞらえた藁人形」を「老松」に「磔」にしようとするのは「神社の境内」である。
思い出の場所でそういうことをし、「両袖を顔に当てて、声をあげて泣く」あさ子は、良雄への愛情をまだ断ち切れていない。
しかし、丹七はあさ子のそういう側面は理解しようともせず、ただ「丑の刻参り」の真似をするわが子の心の怖ろしさに戦慄」を禁じえず、
「母の血統を受け、思いつめたあげくに、万一のことを仕兼ねないかも知れぬと思うと、全身の血が凍るよう」に思うのであった。
ここに一つのコミュニケーションの断絶をあるという見方もできる。
「波打つ肉体の顫律を感じたとき」あさ子が母親と重ね合わせられるシーンにかかる言葉は十分エロティックなものであり、
語り手もそれを十分以上に理解してこの言葉を配置している。
この物語が、主題として性的なものを扱った小説である、というのは諸君もだんだんと分かってきたのではないだろうか。
472 :
忍法帖【Lv=17,xxxPT】 マグナ ◆i.K3ZM.pZo :2011/06/21(火) 03:00:50.96
第三項の最後であさ子を監禁させるまでの丹七の躊躇いが描かれ、これは第二項で組み立てられた等式を補強するものであろう。
さらにその側面として村人のあさ子に寄せる同情がちらりと描かれ、「精神異常は一日一日に増して行くのであった」と語り手は次項、次々項であらわれる「復讐」のモチーフの成立を予期させていく。
不思議なことにこの項を境に丹七の記述は第五項の最後に至るまで知らされない。これはただ単に出てこなかったから、で済ませられる問題なのであろうか。
第四項の冒頭が村人の驚きで始まっているのは奇妙である。これは前項において、読者の視線を村人に寄り添わせた処理を強調するものであろう。
この箇所において語り手の目論見は暴露されるものである。
さらに奇妙なことはそれ以下の記述に良雄の母が出現し、「遠縁に当る家の娘と恋に落ち、在学中にも拘わらず結婚すると言い出」したことが描かれる。
見合いではなく、なぜ恋なのか、またなぜ在学中に結婚することになったのか。
そしてなぜ母親はそれを許可したのか。十分な説明はこの小説においてされないが、
おそらく母親はあさ子と息子の恋愛を知っていた、そして、意見としては丹七のものと同じ、
「身分がちがうことであるから、良雄とあさ子との結婚は望み得ない」ものであったと思われる。
そこで都合よく、良雄が親戚の娘と恋に落ち(あくまでこれは憶測の範囲は出ないが、その娘との間を取り計らったのは母親ではないのだろうか)
結婚することになったのはよいことだったのである。
また見合いではなく恋愛であることも冒頭で示した良雄=保菌者説を取るならば有力ではあろう。
良雄というのは婚前交渉は辞さない男であることは判明している。結婚する娘とも当然交渉があった。
473 :
忍法帖【Lv=17,xxxPT】 マグナ ◆i.K3ZM.pZo :2011/06/21(火) 03:11:32.07
母親の思惑とは裏腹に、良雄はあさ子の発狂を知らなかった。
「結婚の日まで、一歩も外出しないことに決心した」とするまでの心理状態は果たして良雄一人のものであろうか、
それは、あさ子との一件を知っているであろう家族のものと共有されうるはずである。
テキストに書かれていないことは推測するしかない、しかし、書かれてないことが存在しなかった、とも言えないはずである。
またそれ以下に続く婚礼の描写に関しても奇異とするべきことは多い、なぜ娘の顔が「幾分か蒼ざめて見えた」のか、
「四人の顔には緊張の色が漲った。やがて花嫁の前に盃が運ばれた。花嫁は顫える手をもって盃を取り上げた」
の「顫」の字が「波打つ肉体の顫律を感じたとき」と重なるのは単に偶然と言い切れるのだろうか。明かされない問題は多い。
娘は恐らくあさ子のことを知っていたのではなかろうか、それならば「赤い液体が盃の中に落ちて、パッと盃一杯に拡がった」以下の動揺も、単に血を見たからだけでは片付けられないものがあるのではないだろうか。
また、娘があさ子の存在を知っていたと考える方が語り手が第一項冒頭で述べたこととの共通性が見出せるだろう。
474 :
忍法帖【Lv=17,xxxPT】 マグナ ◆i.K3ZM.pZo :2011/06/21(火) 03:17:45.79
第五項はとりあえず一般的怪談の手順をとって説明される。
しかしこれもまた奇妙なことが多い、あさ子の死因と、それが「血の盃」に繋がることの不思議、
「花嫁の容態はその後脳脊髄膜炎」になり「脳を冒されて白痴のようになってしまった」とあるが、これは全く良雄の関与しないところであるのか、
以下の疑問が残ってくる。しかしこれは医学を知らないものが憶測すべき箇所ではないだろう。
>>466 評価の分かれ目って、身につまされる覚えがあるかどうかの違いじゃないかなあ。
童貞のマグナが、こういうヤリ捨て小説をチョイスしたっていうのも、何か下心が
感じられるなw
477 :
記憶喪失した男 忍法帖【Lv=6,xxxP】 :2011/06/21(火) 12:18:32.30 BE:1163307773-2BP(791)
めっちゃ、詳細な書評でワラタ。
あさ子の恋心は巧妙に描かれているのはわかったのだが。
478 :
忍法帖【Lv=17,xxxPT】 マグナ ◆i.K3ZM.pZo :2011/06/21(火) 12:37:31.68
最後に疑問として残るのはあさ子の父丹七がこの騒動の仕掛け人としていたのではないか、
丹七の罪のむくい=あさ子の失明=良雄の父への恩義=良雄を憎めないという等式を解決するものとして、
あさ子の憎悪を知り、それを達成させるのが親の努めだと思ったのか、またあさ子と自分の妻を重ね合わせて、どう答えを出したのかという疑問が残る。
これも語り手は一切言及せず、はぐらかしてしまう。そして、良雄の失明に話を及ばせ、
「自分で蒔いた種は自分で刈らねばならない」因果応報と説明して終わる。
だがこの語り手は医学の知識を持つ、近代的知識人である。この物語に奇妙な偶然性があることは確かだが、
細かい箇所に置いてもう一つの解釈も成り立つ余地を残している可能性は強い。
丹七が姿を消したことさえ、「穿った解釈」として不本意な情報であるかのように退ける語り手の老獪さだけが最後に残されることになったのである。
「木魂」の程の描写力のソリッドさはこの小説にはない。しかし、複数の意味合いを持たせたということでは、その力量を評価するべき作品ではあろう。
読みました読みましたいらっしゃいいらっしゃい、二つで十分ですよ。
やあ感じの悪い話ですね、わたくし、これは何の前世の因縁かしりませんが日曜にもし暇でかつ寝坊をしなければ
のそのそと出かけていってお御堂に入り、立ったり座ったり膝をついたり、
前や後ろ隣の知らない人に突然小声で話しかけたり、割烹着を着たガキが
鳴らす鐘にあわせて頭を下げて恐れ入ったりするあの団体にいるものですから
題名と、「わあ。びっくりー。こわあい(棒)」のクライマックスを見て頭に浮かんだ
のは、糞坊主唯一の役得、その瞬間のお馴染みの台詞。
食事の終わりに同じように杯を取り、感謝を捧げ弟子に与えて仰せになりました。
「皆此を受けて飲みなさい。此は私の血の杯。貴方がたと多くの人の為に流されて
罪の赦しとなる、新しい永遠の契約の血である。これを私の記念として行いなさい。
チリンチリンチリン!(わたくしどもハハアと恐れ入る。)
今ひとつは髄膜炎です。わたくしガキの時分にこいつにやられまして、体が清盛
入道ほどに熱くなったらしい。風呂の湯が沸くかと思ったと言った女がいますが
これはわたくしの妹の倅にとってはお爺ちゃまにあたる人の奥さん。早い話母だ。
脊髄腋を抜くわたくしの医者が裸で脉をとったかどうかは聞いてないので
わからない。見ていたくだんの母(残念。頭も体もヒトだ。)は当時最高学府の
医学部の大学院にいたが、この時の
恐怖で小児科学問をあきらめたらしい。この病気をやらかしたせいで、
わしは危うくタリラリランのコニャニャチワになるところだったのだ。これでいいのだ。
わたくしども一族にとっては聞くだけで
おおぶるぶる、おおぶるぶるな病なのです。
さて感想です。
梵や佛で輪廻と呼び、行者法主の言う因果は、巡りっ放し廻りどおし、
聚生は何奴も例外なく、うとき親しき隔てなく、生まれて死ねどまた産まれ、
報いの生を暮すのだと。秘傳パワーで悟り一発、スッキリ解脱のその日まで、きのうは
畜生あすは虫と、決わまるところなくまた取り付く島もなく、下りエスカレータを
昇るのだ。…なにウンザリだ?まだあるぞ。面倒なのはここからだ。此奴は伝染る。
遺伝する。ひらたく言えば祟るのだ。親の因果が子に報い可哀想なはこの子でござい。
親兄弟が飲みすぎて、浮かれ過ぎたり騒ぎすぎたり、悪ノリしすぎ遣い過ぎ、
ゲロ吐き過ぎて死んだツケを…げははは!喜べ。お前が払うのだ。キーングボンビー!
何?そんなカオスな玉突き事故が、拡大加速暴走して、世界がメルトダウンしちゃう?
頭を使え頭を。お前がツケを払うからにはそれをぼってる奴がいるんだ。
貸借全部を足してごらん。黙って見ればピタリと当たる。因果応報連結決算は、
使途不明金なし損金なし。収支dd一発監査。桃屋質量保存法則の術。
ですから貴方の因果が今期、天文学的赤字でも、果報修正は認められません。
と、法ごとってのは庶民善男善女に対して、やけに貸し借りに理詰めだ。
(で説話や怪談になると、庶民が泣いても笑ってもどうにもならない深い深い
因業や怨恨、化け物の類を、たいてい徳の高い偉い坊さんが登場、ほいほいっと
一晩くらいで解決しちゃうんですけどね。)
…てな感じの、「人生のツケを払う」ってものの考え方。これが騒動の始まりです。
問題解決のためまさに熟慮断行が要求される最重要局面で、この父も娘も色男も
因果応報という個人の内面的貸借対照のバランスを、それぞれなりに意識した、
そのことこそが悲劇を生んじゃったのだ。ことに親父はひどい。読みよう
次第によっては、大たわけのコンコンチキにすら見える。なんぼ大恩ある旦那の
倅が相手だとはいえ、娘が瘡毒でめくらになったんだ。ヤイ!若旦那イヤサ若えの!
…手前一人で鼻を落っことすくらいならともかくだ、人の娘まで瘡っかきに
しやがって。しかもおポンポンやら尻っぺたをさんざ裏表ひっくり返して楽しみ
やがった上、ご丁寧に目の玉までひっくり返すた何事だ。ヤイヤイヤイ!どうする?
程度のことを言えないのかなさけない。
考えてみたら元来此奴はケチな間男野郎で、一番根性の悪いのは死んだ女房。
間男こさえて駆け落ちした毒婦だ。サムレエなら重ね餅の四つ切り、町人なら鼻そぎか耳そぎか乳房そぎのうえ重追放、
それか素ッ裸に剥いて日本橋の高札の前に生き晒しが当たり前。子供だ?馬鹿
言っちゃいけない。高橋おでんや夜嵐おきぬ、すこし下がって阿部お定。
こいつらに娘がいたと思いな。見たら石にされるなんて騒ぎじゃ済まないから
驚くなよ。声を聞いたなっ、…と思ったら、アレ?もう鼻が落ちてらあ。
こん畜生の牝豚めが、どうせ死ぬなら腹ぼての時一人親子丼心中でもなんでも
しておれば誰も迷惑しないものを、ダラダラ10ケ月も引っ張りやがって最後の最後、
とうとう、「ガイキチ女の御落胤」などという迷惑極まりない血統書つきの娘を
ひり出しやがった。なに御落胤はおかしい?じゃあ御落式部だ。なんなら
ゴラクイネスでもゴラクイパースンでも好きなように呼べばいいや。
相変わらず@@さんはすげえなー。もう俺は読まないから、次に行こうぜ!次に!
読まねえのかよw
読まないんじゃなくて読めないんだろ
そうだね。無学文盲だからね。
前から気になっていたんだが
(@∀@)が鈴木の自演キャラだと思ってるのは俺だけ?
それは光栄だなあ
491 :
忍法帖【Lv=1,xxxP】 マグナ ◆i.K3ZM.pZo :2011/06/21(火) 21:46:21.92
合評はまだか。
マグナがやりなよ。
494 :
吾輩は名無しである:2011/06/22(水) 01:17:58.97
医者で芸術に興味があったりする人とかけっこう見かけるけど
これってなんなんだろうな?
やっぱり人間とは何かとか考えちゃう職業だからなのかなあ?説明になってないかw
夜ですか♪今日は昼寝と買物しか予定がない。間に合う。
自分の感想(前半)を今読んだら草臥れた。ですが、実はまだ
あれこれと頭に思い浮かべた事があったはずで…すみません
更にダラダラお尻に接ぎ足していきます。
次は必ず締切と指定字数を厳守します。
ご亭主奥さんお嬢ちゃん、ここの親子はもろびとこぞりて、色にばっかり
傾いて、他に人間らしい暮しの臭いがせん。淡きことエルビーなんちゃら水の如し。
人間なにが大事って手前の命よりも大切なものはありません。偶に命よりも
金じゃカネなんて言うのもいますが、なにご覧、イザって時は懐から虎の子を
放りだして、顔前でおてての皺と皺を合わせて伸びたり縮んだり赤くなったり
青くなったり、ニャゴニャゴと祈るわ拝むわ、「命ばかりは」と言いますから
お楽しみに!。まあこれを見ますと金はたしかに役に立ちます。でも、本当に
「僕は金のためなら死ねる!」と言って死んでしまったら、その金を使うのは、
もちろん岩清水君ではない誰か他の人です。やっぱり命が一番でお金は二番だ。
昔の歌謡曲にお金なんかはちょっとでいいのだってのがありましたが、
ちょっと過ぎても不便です。スッポンポンのフリチン紳士が5円玉の首飾りをしてるのを町で見たとする。ヤア健康で幸せそうだ。おやユダヤ教徒ですか。ぜひお知り合いに、と名刺入れを取り出す人は多くはなかろ。衣食足りてサンガリア。命も金も暇もギリギリあっての色恋だ。嘘だと言う奴は
今年の夏じゅう、毎晩死骸と添い寝をしてごらん。空の財布を逆さに振りながら
ソープランドに入って見ろ。
秋葉山三尺坊の火祭りで、増川仙右衛門、清水次郎長、法印大五朗の三人に
チられてスんだ神澤小五郎は、嘗て肴商増川屋佐太郎を殺して五十両の金を奪い、
佐太郎の後妻と手に手をとって草鞋を履いた。草鞋を脱いだのが歯槽膿漏、
じゃねえ甲州貸元武井安五郎の処。さて。この浪人小五郎と逃げた女、商人
佐太郎後妻のお島だが、今度はここでドモリのヤクザ武井のドモ安とくっついちゃった。
男は順番にばらりずんワアやられたと死んでいきますが、この女郎あがりの助平女、
堂々天寿を全うして野れ垂れ死んだ。おんなたる物こうでなくちゃいけない。
女がこうだから、世の男どもは官命商い渡世の凌ぎに命懸け、心も身体も細らせて、
汗水たらし働くのだ。生産と労働、社会が停滞しないのは、女の欲が強いからだ。
落語の世界だって、塩原太助の出奔したは、おかめとおえいが欲の為。
哀れな萩原新三郎が、お化けにとり殺されたのも、欲深おみねが伴蔵に、
金を貰えと吹っ込んだからだ。おえいは乞食になってもいっこう死なないし、
おみねは殺されてもうるさいくらいに化けて出やがる。野郎にふられて鐚銭の
一文すら取れなかったり、頼まれも
せずに自殺してやるとは何事だ。命を何だと思ってやがる。母が母なら娘も娘。
のち夜叉となるこのガキを、こさえたその日のその夜ソノ時は、おっ母さんも
お父っさ゚んもふたり仲良く大声で、死ね死ね死ね死ね!、死ぬ死ぬ死んじゃう!
とマントラを唱えまくったに相違ない。百回殺しても死なず、百一回目でとうとう
殺されたら、仕返しに一千回は化けて出るくらいの嗜みは無いのかこの玉無し!
…元々ないか。今や目玉もない。馬鹿娘。女の面汚し、女の風上にも置けぬ。
うっかり置けば風の日に、女の腐ったような臭いが、重暑苦しくどろどろと
澱成し来る様はさながら溶岩の如し。駿州遠州三州尾州、四國あまねく漂いこめて、鼻がもげそーでかんわ。
わたくしがこの目暗娘と親父にイライラさせられるのはここだ。恋愛というのは、
突き詰めれば男の操縦法だろう。めくらでも瘡っかきでも、ねえンあンたァ〜と
クネクネへそで踊って見せりゃ、女房に留守を言いつけて、フ〜ラリふらふら風来坊、
ふしだらをしに来させるてのが恋愛の魔術だ。恨みを晴らすつもりなら、ここで
思うさま滅多刺し大根切りに殺っちまえ。
しかるに若旦那の弱みにつけ込んで捻じこむくらいのことすら才覚できない
なんてのは、これはおっ母さんがいないこいつの運命であり、世間を学ばせも
せず、因果応報にビクビクしてるだけのお父っさ゚んの責任もあるだろう。
が、究極自分の恋愛だ。脚のあいだのことをお父っさ゚んに相談する娘というのは、
オツムがちょっとこれでサと噂されても仕方あるまい。
501 :
吾輩は名無しである:2011/06/22(水) 14:46:22.30
おちんちん
ありがとうおちんちんマン!
が、今のばやいは仕方ない。火急の問題だ。生きる気のある奴ならばここが
正念場。もとよりキチガイの娘、今やその上感覚傷害者だ。時間と共に脳味噌が
溶けては鼻から流れ出す。漫画で表現されるところの阿呆面だ。今更何をどう
学んだって手遅れ。鉄道バスがただになった程度で補償できるものではない。
ん?美術館博物館もタダ?うん…まあ、人の足音と咳払いに半日ずっと耳を傾ける
趣味でもあればきっとそいつも素敵だろうな。…前から疑問なのが、美術館動植物園水族館で年に5、6度は見かける
あの手摺や陳列ケース説明板の手前にある点字。あれを売り込む奴見積もる奴、
決裁する奴作る奴手配する奴てのは、いったいどれくらい稼いでいるのか。
そして本当にあれを触ってフフン成程と納得してる生まれついての目くらの人を
目撃した人はどれほどいるのか…。わたくしメクラ相手ではあがったりな稼業な
せいか、どう頭を働かせてもあの世間的には通用しているのだろう筈のアレが
活用されてる情景をイメージすることができない。ぼんやり思い浮かぶのはせいぜい、
巨象を撫でる三盲人の姿。白い象だぜ、ペンキを塗ったのではないぜと聞けば、
はあさいですかと頷くしかないじゃないか。
だいたいですな……話を元に戻そう。
若旦那の色狂いおんな遊びのおかげで目が潰れちゃった。それがどうしたい。
目を三角にして…じゃねえ吊りあげ…駄目か、いやもう目は無いのだったな、
藁人形持って夜な夜なお詣りするのは馬鹿げている。気の利かない女だ。
嵯峨天皇の昔から、丑の刻参りをするのは鬼に決まっている。目を取られた
腹いせに角を生やしやがった。馬鹿だねえ、鬼に惚れ直す男などあるもんか。
男は女に惚れるのではない手前の自惚れに惚れるのだと言ったのは蝸牛庵だが、
目がなくたって構わない、だってこうして抱いてくれる、あたしゃあんたに
惚れてんだよウと、指でのの字を、尻で千字文を書いてやりゃあ、うーんかわいい、
よおしあたしも漢だ任せておくれと、路地裏に婆さまかおさんどん付きで
路地裏裏店に裏庭のある一軒も借りて、一人くらいは食わしてくれるだろう。
なに日陰者?贅沢言うねえ陽向も日陰もわからねえ癖に。
妾手掛けは男の働き…ってね。目欠け妾は瘡毒の鼻欠けだ。もとより女には
目も鼻もない助平旦那だ。目なんぞ無くたって楽しめるだろ。
504 :
吾輩は名無しである:2011/06/22(水) 15:21:10.86
終わり?
今出前を取ってラーメンが来るのを待ってます。
あと2つくらいで終わらせたいのですが。どうやって終わろうかしら。
ぜんぜん読む気がしない長文
お嫁さんだって鬼じゃあるまい。もののわかった学生さんだ。めくら千人
目明千人。話せば目から鼻に抜ける。目端が利いて目が早い。旦那はめかし者
だから、いつも女に目移りする。
つまり女に目がない。この場合は女の目が無いんだけどね。まだ若いんだし
先もある。長い目で見ることだ。目くじら立てて
「私の目を盗んであんな…」
「私の目の黒いうちは…」
などと剣呑なことを、座った目で睨んで言ってみたり、目から火の出るほど
ぶん殴って亭主を殺したりしてはいけません。目口乾きは盲さわぎの素。
うちに帰ってきた晩は、じっと見つめる目でぶち殺す。なに、すぐそのうちに
目に入れても痛くない赤さんでもできた日には、目が廻るほど忙しくなるよ。
いざこの面倒がおこりそうな、いよいよ目のはなせない事態になったら、
こちとら目抜き通りの大店の若奥様で、仇はただのどめくらだ。金でもやって
切らせるがいい。これが本当の目腐れ金だ。
大丈夫。
外野のことなど気にすることなどございやせん。
各々気の済むままに書けばよろしい。
さて
あまり皆様の評論が面白く、先に発表した私の評がみすぼらしく見えて悔しいので
今「血の盃」そのものを全面的にリライトするという暴挙を開始しました。
私をここまで追い詰めた皆さんに敬意を表します。
早ければ夜中あたりにアップします
当然東電さんをしのぐ長文になります
刮目して待て!
ところがこんどのお話の、めくら娘と明きめくらどもは、なんにもせぬまま
腕拱いて、とうとう婚礼嫁入の日になっちゃった。その間に盲は夜叉となり、
角の生えたる狂った頭で、なにを考え思ったか、旦那の屋敷の居間のうえ、
天井裏屋に潜り込んだ。
よく誰も気がつかなかったなあ…にわかとはいえやっぱり盲だ。真っ暗な
天井裏に平気で入り込みやがった。さすがにえらいもんだ。
…さあ、どうだか。わたくし、こいつは実はこんなことなのじゃないかしらと
思っています。若旦那と盲娘は切れてなかったのじゃないかな。あるいは
一度は切れたけれど、焼けぼっくいに火が点いた。若くて好色な若旦那だ。
自分との遊びで目の潰れた女をむざに捨てきれなかったか。見えぬ娘の狂態や
力を限りの凶暴な乱れ姿に冒険心を動かされたか、なにもわからぬ哀れな雌が
そのとき見せる媚態のうちの、妖しいものに魅入られたか。色のことだもの
なんだって理由になるし、何の理由など要るものかえ。
勝手知ったる自分の家だ。女出入りも毎度のこと。婚礼の日まで家の中で
腐っているような奴じゃない。若旦那自ら手引きして、天井裏で楽しんで
いやがったのかもしれない。で、その日がやってきた。娘はそこにいたはずだ。
怪談ばなしの梁の上、女が息をひそめているのは、山賊野盗鬼の類の、鉄火な
博打の盆の上だが、こいつは違う。上にいるのが鬼なのだ。
この世に生きた最後の時間、娘は変化となったのか。いまわの際に手探りで
何をしながらそこにいたのか。娘は縊れ死んだのか、何ゆえその血が流れたのか。
親父は知っていたかもしれない。大奥様はどうだろう。角を隠した白無垢の、
花嫁姿のお嬢様に、何かが起きたのかもしれない。そして勿論若旦那だ。杯言が
始まる前、天井裏の暗闇で、起こった事を知ろうにも、もう娘には口も無い。
なにも言わない誰も聞かない。サントリー山崎12年。
511 :
吾輩は名無しである:2011/06/22(水) 17:20:00.39
>>496 本当に暇なんですな。まぐにゃんより長文とはw
お前やっぱ鈴木だろ?そろそろ賞賛レス入れなくていいの?
@@さんの長文殆ど読んでないけど、一番長い時点で一番偉いと思う。
俺の読み方の
一見単なる振られた女の復讐譚のように見えるが、
視点を変えれば娘の無念を晴らさせた父親の愛情の話と捉えることもできる
この作品の読みの二面性を与えたところにこの議論における私の独自性があるのです
とアピってみた
しかしあれだな、喧嘩というのは相手の言い分をよく理解してないとできないものだ
最初の方で投稿された感想しか読んでない俺は喧嘩に参加できないな
つーかあえて喧嘩する必要もないよね。
というか、そもそもは鈴木と佃煮の喧嘩をよりフェアなものにするための喧嘩読書会だったわけだが
鈴木は棄権するということは負けを認めたということでいいのか?
喧嘩とまでは言わんが、ある程度議論をぶつけ合うのは大切だぞ
そんな面倒臭い趣旨だとは知らなかった。誰が言い出したの?
>>519 馴れ合いがいいとは言いませんけどね。でもみんな見る角度が違うんだから、
より正しい解釈というよりは、より新しい解釈はどれかっていう話になるんじゃないかなあ。
あなたポストモダンの思想に飼い殺されてませんか?
芸術・文化とはつまり権威への闘争ですよ、牙を見せなさい
権威っつーのが正しい批評、公式批評ってものでしょう?
牙はいいから、ちんこ見せなさい!
>>508 やだw
>>513 この節電時代に長いのは原点だろうにw
で、マグナは各評をどう読んだのかな?
テキストデータなんてデータ量はたかが知れている
>>515 確かに「父親の愛情」に焦点を当てたコテハン(仮)の視点はユニークだよな。
全体的にもなかなか特徴のある書評が多い感じがするよ。
>>521 今回でいうと鈴木的な「より新しい解釈」とは?
そもそも原作を読んでないのに語れるわけないじゃないですかw
>>529 そりゃそうだなw
マグナが来るまで少しお茶を濁しておくか。
>>390 一番乗りの佃煮マニアは
>良心の呵責が災いを招くなんていうのは一部の善人だけの話
だといい、この世は因果応報で成り立ってないというわけだね。
自身の立場では「良心の呵責」は感じないということだろうか?
531 :
吾輩は名無しである:2011/06/22(水) 22:05:52.69
たぶんない
>>428 Nは
「女との縁のきりかた」が拙さ、「勧善懲悪」という道徳性
>>437 ムーのは
書き手の立場から物語構成の「戦略不足」
>>438 記憶喪失は
因果応報の描かれ方のアンバランス
>>451 コテハン(仮)は
「描写のムラ」と「父親の愛情」
もう少し喧嘩腰で
戦争覚悟で
視点の違い、重点の置き方の違いがなかなか面白い。
今回は俺は喧嘩しないよw>533-534
あと
>>467 忍法帳レベル-100点は、
>あさ子が損害賠償請求訴訟で慰謝料を貰う
という因果応報よりも法的措置を取るべきだという。
2ちゃん的にいえば、荒らしに報復するより、
運営に通報、ということだねw
マグナのは物語を深読みする可能性、
(@∀@)のは、ん〜…これ何だ?w
忍法帳レベル-100点は非常に現代的な読み方ではあるねw
記憶喪失的な見方をもっと推し進めていくとしたら
人類すべての因果応報を描かなければならない。
つまりアダムとイヴまで遡る必要も出てくるんだw
あと、俺の
>>432-433は誰か読んでみてくれw
アセンションのは書評というより電波ポエム
>>537 確かにw 詩とか歌詞みたいだよな。
しかしもっともアクチュアルだとはいえないだろうか?w
いいんじゃない、たまには
でも結論はラスト二行なのでは?
541 :
忍法帖【Lv=18,xxxPT】 マグナ ◆i.K3ZM.pZo :2011/06/22(水) 22:45:31.44
そうだなー、佃煮と記憶のもうちょっと読み込むべきとは思った。
えーそれだけ?
もっと痛烈に批判してよー
佃煮はちゃんと洗え、まんこを。
やっちまいなよ!
佃煮の俗物臭は異常w
546 :
忍法帖【Lv=18,xxxPT】 マグナ ◆i.K3ZM.pZo :2011/06/22(水) 23:03:34.39
Nが一番読み込んでいるんじゃないか。一応批評的なことも行っている。
@@は一見支離滅裂なようで細かく読んだら深い意味があるな。
批評ではないかもしれんが面白い。
感想書いてない奴の野次がうっとおしいな
みんな偉いよな。
アウシュヴィッツの後で詩を書くことは野蛮である、
とアドルノは言った。
石原の「天罰」発言の後で因果応報を語ることは野蛮である、
とアセンションは言うw
『血盃異聞』(けっぱい いぶん)
作:夢大陸太夫(むだい りくだゆう)
「あなた様も、ずいぶん変わったお方でいらっしゃいますね。こんな山奥に、わざわざ、わたくしのような者
の話を聞きに訪ねてくださる。ありがたいことでございます。
はい、あの出来事は、いまでもよく覚えておりますとも。わたくしは、一部始終をこの目で見たのですから。
それに、ついこの間、小酒井先生のお書きになった小説を、ひとにお頼みして読んでいただいたのです。
先生は、このようなものを読んでは体に障るからとおっしゃって、ずっとわたくしから遠ざけられていたの
ですが、もう遠い過去のことですから、気持ちに整理をつけるためにも読ませてほしいとお願いしたら、
しぶしぶ許してくださいました。
感想ですか?失礼ですが、あんまりに事実と違うでしょう。所々、怒るのを通り越して笑ってしまったことも
ございます。
そんな、天井から滴った血が、たまたま盃に当たったなどと、馬鹿馬鹿しい。それに、縊死をしたおねえ
さまが血を流したならば、それがどんな血なのか、そうしたことに昏い、わたくしのような女にも、思い当たる
ことがございます。ほんとうに汚らわしいお話ですこと。事実は全然違うのです。わたくしがこれからお話し
することで、おねえさまの名誉がいくらなりとも戻るなら、こんなにうれしいことはございません。
矮小化しすぎ
なんか始まったぞw
いいえ、わたくしはあき子さんの肉親ではありません。わたくしの名前は、小林たか子でございます。
良雄は、わたくしの三つ上の兄でございます。わたくしは、幼いころ、いつも良雄おにいさまとあき子さんと
いっしょに遊んでおりました。だから、あき子さんのことはおねえさまと呼んでいたのです。
大きくなると、あき子さんやあき子さんのお父様は、我々のような者に、お嬢様がそんな呼び方をされる
のはもったいないとおっしゃりましたので、表向きはあき子さんとお呼びしていましたが、あき子さんは、
二人きりのときだけはおねえさまとお呼びすることを許してくださりましたし、わたくしも、本当のおねえさまの
ようにお慕いしておりました。だから、今もあき子さんは、わたくしにとってはおねえさまなのです。
そう、わたくしのことは、小酒井先生の小説には書いてありませんね。でも、表沙汰にはなりませんでした
けれど、たぶん先生は、わたくしが、あの出来事の最後にしてしまったことを、ちゃんと知っていらっしゃた
のでございましょう。その上で、若い娘の身空を思いやって下さり、その辺りをぼかして下さったのだと思い
ます。
それはありがたいことでしたが、あの小説の中には、つじつまを合わせるため、小酒井先生が勝手に捻じ
曲げておしまいになったことがいくつもございます。
婚礼の日は、四月の長雨の時などではなく、よく晴れ渡った九月のある日のことでした。わたくしの家と
おねえさまの家の間に、小さなお社様があったのは、小説にも書かれていたでしょう。境内の南に、田んぼ
に向かった土手があったのです。毎年この頃合には、曼珠紗華の花が斜面いっぱいに咲き乱れて、それ
は綺麗な眺めでございました。わたくしたち三人は、小さいころよくおままごと遊びをしたものです。おにい
さまがお父様になり、おねえさまがお母様になって、真っ赤な曼珠紗華を、小さな椀に盛ってくださって、
「さあめしあがれ」と差し出してくださったのを今でも覚えております。
話が脱線していけませんね。婚礼があったのは秋口でございましたが、おねえさまが病気がもとで光を
なくしたのは、その何ヶ月か前でしたから、たぶん春のことであったでしょう。
いいえ、おねえさまは、その後も、決して狂いなどしませんでしたとも。あの小説に書かれていることは
全て嘘です。あれは、田舎のうぶな娘が、男に捨てられたらどうなるだろうか、ということを、漠然と想像して
書いているだけなのです。
もちろん、光をなくしたばかりでなく、用のなくなった人形のように冷たく捨てられた後、おにいさまへの
憎しみは、紅蓮の炎となって、おねえさまを昼となく夜となく苛んでいたはずでございます。でも、その生き
地獄の中で、おねえさまは最後のときまで正気を保っていらっしゃいました。そうでなければ、どうして
あのような手の込んだからくりで、おにいさまに復讐をすることができたでしょう。おねえさまは、それは強い
おかただったのです。でもわたくしは、おねえさまは、おにいさまに捨てられたとき、いっそ狂ってしまわれた
ほうが、どれだけ楽だったろうかと、今でも時々考えるのでございます。
わたくしは、おにいさまとおねえさまが男女の仲になった時分、静岡の女学校にやられておりました。なので、
二人の間にどういうことが起こったのか、実はよくわからないのです。おにいさまが名古屋の中学に上がった
時分は、おにいさまが離れてしまった寂しさもあって、わたくしとおねえさまは、実の姉妹のように、色々な
ことを相談し合う間柄でした。わたくしが、おねえさまの家の軒先で、おにいさまの消息を話すときなど、
おねえさまは仕事の手を一時止め、口元に小さな微笑を浮かべながら聞き入っていらっしゃったものです。
わたくしは、おねえさまのそういうお顔を見るのが大好きでございました。
わたくしは、おにいさまが東京に出たのと同じ年に、静岡にある、さる女学校の寄宿舎に入りました。わたく
しとおねえさまは、それでも日にあけず手紙を交換し合って、お互いの悩みを打ち明け合ったものです。
ところが、学校に入って、最初のお盆が過ぎたころから、おねえさまからの手紙は途切れがちになって、以前は
秘められた心の襞の一枚一枚を解きほぐすような親密なやりとりをしていたのが、急に時候の挨拶のような、
あたりさわりのないことばかり書きよこすようになってきたのです。
わたくしは、たいそう寂しい思いをいたしました。そこで、年末に帰省したおり、夕暮れのお社様で、一度おねえ
さまを問い詰めたことがございます。涙ながらにおねえさまの薄情を責め立てるわたくしの言葉を、おねえさまは
しばらくじっと黙って聞いていらっしゃいましたが、いきなりわたくしを抱き寄せたかと思うと、小さな、でもしっかり
とした声で、
「たかちゃん、まだ誰にも言っちゃだめだけどね、おねえちゃん、たかちゃんの本当のおねえちゃんになれるかも
知れないんだよ」
と言いました。
わたくしは驚いて身を離して、おねえさまを見つめました。おねえさまは杉の木の間から差し込む残照を斜めに
受けて、目に珠のような涙を浮かべながら、優しく微笑んでいました。わたくしは、こんなに綺麗なおねえさまの
姿を見たことがなかったので、どぎまぎしました。
その時、わたくしの家の方から、調子外れに軍歌を奏でる口笛が聞こえました。振り向くと、学生帽をあみだに
かぶったおにいさまが、こちらにぶらぶらと歩いてくるところでした。おねえさまは、はっと体を硬くして、他所を
向きました。おにいさまは、わたくしたちのどちらにでもなく、
「よう」
と声をかけ、そのままどこかに歩き去って行きました。
557 :
吾輩は名無しである:2011/06/22(水) 23:36:46.55
肉親ではありません まで読んだ
558 :
忍法帖【Lv=18,xxxPT】 マグナ ◆i.K3ZM.pZo :2011/06/22(水) 23:51:52.71
支援あげ
小説などどう読もうと個人の勝手だ
感想だって十人十色だからこそ面白いのだ
感想に優劣を付けて批評家の誰それのように読めなどと言う方がおかしい
その考え方単なる思考停止に思えて大嫌いなんだよね
個人の考えの多様性にとどまって、作品の性質そのものについてはほとんど言及されていない
俺はそれを超えた「何か」があると思ってるよ、といってもその「何か」を言語化できる力をもっていないのだけど
わたくしが、おねえさまとおにいさまの仲を暗示するような出来事に出会ったのは、これが最初で最後でござい
ます。次の休みにわたくしが帰省したとき、おねえさまはもう光を失っておりました。わたくしは最初何も聞かされず、
ただお母様から、もうおねえさまの家に寄ってはいけないと強く言われました。おねえさまが病気をしていて、
うつるかもしれないからというのがその理由です。もちろんわたくしは、お母様の説明に納得はいたしませんでした。
おにいさまなら何かを知っているのではないかと思いましたが、そのとき、おにいさまは東京にいたのです。
そこでわたくしは一計を案じ、夜中にこっそりと家を抜け出して、おねえさまの家に向かったのです。
その晩は、新月だったので、お社さまの境内は真っ暗でした、かすかな星あかりに、敷石が白くぼんやりと浮かび
上がっているのが、辛うじて目に入るだけで、目の前は黒い布を押しあてられたような闇です。見上げれば、春の
少し霞んだ星星が、黒々とした杉の木立に、ギザギザに切り取られているのがわかるだけでした。それでも、ここは
自分の家の庭のようなものでしたから、わたしは提灯を持たずとも、易々と歩いて行けたのです。
わたくしが、境内の短い参道の敷石を横切って、おねえさまの家の裏手へと続く、杉木立の中の小道に分け
入ろうとした時でした。背後の土手のあたりから、かすかな低い唸り声のような音が聞こえてきたのです。
わたくしは、最初、獣の類かと思って、足を止めて耳を澄ませました。すると声は、高く低く、境内の地べたを這い
まわるように響きながら、だんだんと強さを増してきました。それは、わたくしが今まで聞いたことのないような唸り
声で、喉の奥から無理やりしぼり出されたような、不自然で、ひどく心をかき乱す調子を持っておりました。
わたくしは、体の芯まで凍りつくような恐怖を感じながらも、きびすを返して、その唸り声が聞こえてくる土手の
方へと、そろりそろりと向かいました。好奇心というよりも、それが家に戻る一本道で、これほどの闇夜なら、声の
主に見つからずに済むだろうと思ったからです。わたくしは、這うようにして、所々に石塔が立ち並ぶ、土手の上の
小道に戻りました。その間も、唸り声はどんどん大きくなり、獣じみた慟哭の調子を帯びてきました。そして、
わたくしが土手の脇に達したとき、そのすぐ下で、耳をつんざくような高い絶叫が響いたのです。
その、およそこの世のものとは思えない咆哮を間近に聞いて、わたくしはすくみあがりましたが、身を守るためと
好奇心とで、石塔の陰から、そっと顔をのぞかせました。視界の奥では、田植えを済ませたばかりの田んぼが、
ぼんやりと星の光を反射しておりました。その手前の道から足元の土手にかけてはぬまたばの闇でございます。
その闇の底で、見えるともつかない、白いぼんやりとしたものが、なにやら蠢いているようでございました。
そのものは、地べたに伏し、のたうちまわりながら、およそこの世のものとは思えない叫び声を上げていました。
それは、むき出しの絶望をそのまま声にしたようなむせりになり、言葉にならない呪詛を低くごろごろとしばらく
続けたかと思うと、突然闇を引き裂く金属的な叫びになって、夜空に憤怒をぶちまけました。そのなにものかは、
土手の斜面の下のほうでもだえ転がりながら、あたりの若草を、手当たりしだいに毟り取っているようでした。
ちぎれたヨモギが立てる青臭い匂いが、わたくしのところまでただよってきて、わたくしはそれにも、何とはなしに
ぞっとする思いをしました。私がそこを立ち去ることもできず、じっと隠れている間に、叫び声はしだいにすすり
泣きに変わっていきました。やがて、その白いものは、おんおんと慟哭しながら、お社様の前の道を、よろよろと
這いつくばるようにして去って行きました。
わたくしは、その時見たものが一体何だったのか、いまでも説明ができません。あのものは、おねえさまの
家がある方向に去って行きました。今となっては、あるいは人知れず慟哭するおねえさまの姿を見てしまったの
かも知れないとも思いますが、その様は、あまりに人間離れしておりました。それに、その時のわたくしは、
おねえさまに振りかかった悲運については露ほども知らなかったので、何か恐ろしいものを見たとだけ思い、
震えながら家への道を引き返したのです。
バカか、何が思考停止だ
例えば書評のコンペなど存在しないだろう
そもそも本の感想などを競い合うという発想が間違っているのだ
今夜はこれまでです
後半は数日中に
衝撃の結末を震えて待て!
あ、メタ小説とかじゃないですから
エンターテイメントですから
書評のコンペは普通にあって(群像とか)、そこから出てきた批評家も多いが
「競い合い」というよりも「ぶつかり合い」のない場所に
批評精神なんか生まれないだろうよ。
マグナは津原文学のどこが駄目なのか具体的に批評してみろ
完全に潰せ
それより次の課題は?
俺の大傑作の結末を待つ必要はないぜ!
>>540 そう、俺の結論はそれ。
つまらないものについて楽しく書くにはこんなもんでいいんだよな。
石原の「天罰」発言の後で因果応報を語ることは野蛮である、
このアクチュアリティにおいて俺は電波ポエムのスタイルを選んだw
小酒井の作品ってマグナの深読みや(@∀@)やムーのリライトに値する作品か?
それをするならもっと別の素材を選んだほうがいい。
ムーの妙な気負い方が微妙に好きw
すごく好きと言え!
君女性?
>>571 今度はムーが選んでいいぜw
石原「天罰」発言の後の「いまここで」で因果応報を語ること。
特に道徳的な必要性から「因果応報」を持ち出すことの危険な一面、
それを指摘しておきたいという意図ゆえの電波ポエムw
>>568 書評の新人賞ってどれだよ
リンク先示せよ
いや
次の次でいい
セレクトする奴が多少はホスト的な動きはしたほうがいいからな
結末書きあげるまで俺は動けないから
もう決まってるんだけどね
つまんない作品はハッキリつまんないって書こうぜw
で、本当はそれで充分なんだよ。芸を見せ合ってどうすんだってw
や、やばい、喧嘩しないと言っておきながら、
口調がとがってきてしまった…w
>>567 気が向いたら数行読むかもしれないと予想される可能性もないことはないw
対作品評としては今回はNが一番いいんじゃないか。分量的にも。
あっ、マグナもそう言ってたかw
>で、本当はそれで充分なんだよ。芸を見せ合ってどうすんだってw
ほんとそう思う
どれだけ深読みしたかとかどうでもいいし
馬鹿だな
ここはすでに
芸を見せ合う場所以外のなにものでもないのだよ
つまんない作品をただつまんないと言ったってつまんないじゃない
>>585 有名な文芸批評家のデビューの経緯とか調べたら? わざわざ群像の名前も出してあげてんのに。無知の開き直りはだめだよ。
佃煮マニアみたいじゃないかw
読んでみたらNなんてあらすじ紹介しただけじゃないか
どこが読み込んでるんだ
>>584 芸を見せるのに何レス消費するんだって話だよw
2〜3レスで充分だろ。
要するにエネルギーの使う方向性だよ。
腐りかけた魚をどう料理したって食えたもんじゃない。
>>587 読み込んでいるというマグナの意見は間違ってるが、
Nぐらいの軽さの評でいい作品なんだってことだよw
590 :
忍法帖【Lv=18,xxxPT】 マグナ ◆i.K3ZM.pZo :2011/06/23(木) 00:52:26.08
じゃあ次のお題選別はNにやってもらうか。
>>586 蓮實重彦、小林秀雄、東浩紀、柄谷行人、浅田彰、大森望のウィキを見たけど
誰も新人賞でデビューしたなんて書いてないぞ
言い訳はいい加減にしてもう謝ったらどうだ?
しかも無知の開き直りが佃煮ってどういうことだ?
お前はバカか?
やべー、どうも俺は喧嘩腰になっちゃうなあ…w
しかし、作品以上にみんなの評が多様で面白かったのは事実だよ。
>>590 そうだね。
>>588 2ちゃん脳だなあw
俺や東電さんはそういうの関係ないんだよw
>>593 そういう意見をぜひどんどん書いてくれ。
俺の視点が狭すぎるのかもしれないからw
>>591 おいおい、調べてそれかよw どんだけバカなんだ?
柄谷行人は群像新人文学賞の評論部門でデビューしてるし、小林秀雄も今はないが改造の懸賞評論に入選してるんだぜ。
>>595 ああ、みつかった
しかしあまりにもマイナーな新人賞で経歴には載らないし、
この賞をとってもその後仕事につなげてる評論家なんてほとんど例外で、柄谷ぐらいだな
あとは殆どがコネで出版に至ってる
評論の登竜門なんてないにひとしい
>>596 おまえが知らないだけで、群像新人文学賞の評論部門はそれなりに有名だよ。
それはいいが、自分の非を認めろよクズ。
??597
今年の群像の新人賞評論部門の応募数129篇w
どこが有名なんだw
有名だったらもっと大勢が応募して来るだろw
バカじゃねw
はいはいw
名無し佃煮とは絡みたくない。しつこいから。
日本の人口が1億2千万なのに群像の評論部門に応募してるのが129人だけってわろたw
どんだけマイナーなんだよw
>>600 おいおい俺は佃煮じゃないぞ
おまえよっぽど佃煮が好きなんだな〜
名無しが誰でも佃煮に見えるとはw
鈴木ってどこでも戦力外の気がする
ムーさんもやべえな。よくやるよw
129人だけなのか・・・
俺にもチャンスあるかも・・と思ったり・・冗談です・・w
私的な感覚として
詩は絵画に、小説は音楽に似てると思う
撰者がお題を採る時頭に浮かんだことなんかもバラしてくれると面白いですね。
読んで腑に落ちなかったとか、目についたけれど確信できなかった要素材料とか。
>>605 まじで狙い目でしょう。アセンションとかもどうよ?
>>603 いや、鈴木という存在は偉大だよ。
奴がいないとみんな連投規制にかかってしまう?w
>>608 俺ただの読み手だしなあw
マグナがこの作品を選んだ理由は自分で書いているように
>この物語が、主題として性的なものを扱った小説である、
というところでしょ。
作品以上にマグナ評は圧倒的に面白いよ。
血が盃の中に落ちて、パッと拡がるとこの描写も
処女喪失のメタファーと読めるわけで。
そこまでマグナは書いてなかったかw
(@∀@)のはもう読むというより耳で聞いたほうがいいよね。
このリズムはやばいw
ムー大陸の異聞をさっと読んだけど、今のところ感想なしw
>>609 よくわかってるなあ。俺は殆どそれしか意識してないよ。
やっぱ芸術観って人によって違うんだなーと再認
津原を真の文学と云う奴がいるんだからなw
なんかあんまり長すぎる作品評は読む気がしないね実際w
創作なら、尺をどうしよううと作者の勝手だが、批評のつもりなら
読み手のことも少しは考えてもらわないとね。 作品以上に
長い批評とか、それを読んでる間に、他の短編をもうひとつ
読んだほうが、時間の使い道としては、よりマシ、能率的なんじゃ
ないかと思う今日この頃。
>>590 正宗白鳥の短編をお題にしたかったんだけど、白鳥の作品は
青空文庫にはいってないんだよねー。小林秀雄のもね。
露伴か鴎外か芥川か鏡花のどれかがいいかなあ。
ではでは、芥川の「お富の貞操」、次のお題は、これでいきたいと思うがいかがか。
読む気がしないとか言わないでさ、読もうよ。書いた人はせっかく一生懸命書いたんだからさ。
>>615 まあ、あとでちょっと暇なときにまた読みかえしてみるわ。
これからまた出かけなくちゃいけないし。
つーか、鈴木が自分で感想かけないなら、作品批評よんで感想かいてやれよw
大丈夫、元の作品読んでなくても書けるってw なにしろそれは、単なる作品評と
いうよりは、既に自立した創作として提出されているといっていいのだから。
618 :
吾輩は名無しである:2011/06/23(木) 19:55:48.17
619 :
忍法帖【Lv=18,xxxPT】 マグナ ◆i.K3ZM.pZo :2011/06/23(木) 19:55:54.69
いや、やはり俺は作品を読んでからにするよ。しかし、第二回読書会はもう終わり?もう第三回に進むの?
異議がなければ、第三回にすすんでもいいと思うがな。
誰か異議あるひといる? まあ、明日中までの異議申し立ては
受け付けるということでどうだろうか。
俺は読んでないから何も言えない。でも異議がなければ先に進むのではなく、一応感想を書いた人全員の了解の下で先に進むのがいいと思う。
感想書いたひとしか異議申し立てできないの? 名無しが異議だすのだって
ありだと思うがな。 沈黙によって異議なしを示すというやりかただってあるしな。
まあ、俺は時間を区切って、異議を受け付けるというやりかたのほうがいいと
思うねw
じゃあ明日の夜まで?
俺はそれでいい。
>>614 >作品以上に 長い批評とか、それを読んでる間に、他の短編をもうひとつ
>読んだほうが、時間の使い道としては、よりマシ、能率的なんじゃ
>ないかと思う今日この頃。
確かに感想を述べあうというよりは、作品にインスパイアされて芸をするという類いの事をやる人もいて、
これじゃ議論にならないんじゃないかと思いました。
>>619 「お富の貞操」読了しました。もう感想書いちゃいますよ。
猫が出てくるも猫文学と呼べる程猫のあれこれについて仔細に描写されているわけでもなく、
お富と乞食の間で跳ね回る猫の存在に何の意義があるのかもよくわかりません。
また、乞食が短銃を振り回してお富を脅しますが、なんで乞食が短銃を持てるのか、
私はそれだけが気になりながら読みました。しかしそのことは一つも描いておらず、
説明不足だなあと感じました。そこを描けば話はもっとリアリティと重みを持ったと思うのですが。
乞食とお富が雨の日に揉み合って、二十年後に両者とも幸せな立場の者となって偶然視線を交わす、という、
これだけのあっさりした物語の中で筆者が何を言いたかったのかさっぱりわかりません。
喧嘩読書会の一番目と二番目のお題の作品では幻想的な仕掛けがあったので、
本作を読む時にもそれを期待していたのですが、
お富が猫の化身という訳でもなくて、二十年後の二人の間で拳銃の記憶が暗い影を落としてどうこうということもなく、
淡々と抑揚もなく話が展開して落ちもなく終ってしまうので、もうちょっとひねりがなかったかなあと感じています。
小説として文学的価値をなさない作品というものは時代考証のための材料にしかならないのが常ですが、
明治時代って避妊の手段とかはどうなってたんでしょうね。
ちょっと調べてみたら、コンドームというものはあった様ですが、非常に高価だったそうです。
また明治時代は梅毒が大流行していたようです。このお話の乞食もかかっていたかも知れませんね。
ムーの「異聞」後半が今夜あたり入るんじゃないかな。
長さについては俺もいろいろ意見は言ったんだけど、
少なくとも俺はすべてに目を通してるからね。
読もうとしてるから文句も言いたくなるわけでw
偉い!
>>626 いつもながら異様な速さだなあ。
>>619 「お富の貞操」ってタイトルだけでもうマグナ向きな感じがするw
俺の後半はもう何日か後になりそうだなあ
気にしないで次行ってくださいまし
あとアセンション読んでくれてありがとな
>>630 何かいつも俺は好き勝手なこと書いてるけど気にしないでおくれ
632 :
忍法帖【Lv=19,xxxPT】 マグナ ◆i.K3ZM.pZo :2011/06/24(金) 00:42:30.02
>>630 俺も期待してる。全部読んでから感想を言うか。
想像してみましょう。季節は梅雨。今頃だ。日暮里谷中上野公園、言問通は
三ノ輪根岸、国際通りの千束竜泉、下って浅草清洲橋。地震や火事が来たでも
無く、ただ雨ばかりが降っていて、役場商店寺社団地、表通にも裏店にも、
誰ぁれも人がいないのを。世界屈指のダウンタウンが、スッカラカンの不思議な晩です。
元禄享保から今日に至る、この一帯の歴史の中で、恐らく最もヘンな晩です。
ヘンテコな日。ヘンテコな夜。ショーグンは去り役人は今や賊軍。翌日、雨も上がらぬ
夜明けから官軍来り砲煙上がり、その後三日は斬捨御免となるヘンな晩。
二、三十町四方は誰もいない暗闇で、いい男といい女が鉢合わせます。
男はもとより死ぬ覚悟だ。女も世界がでんぐり返り、戦になるのは判ってる。
男女は緊張更に緊張、もひとつ緊張、そして緩和、不思議な時間を共有する。
二人を偶然出会わせる役目を果たした猫だけが、一部始終を見届けた。
月日は流れ二十数年。
凌雲閣ができた年。あのヘンテコな思い出の、場所からさほど遠くない、路上で
女は思いがけず、男をみつけた。(生きていた!)
うれしい。男は私が感じた通り、立派な漢になっていた。私の見込みは
違ってなかった。私も猫も知っていた。猫はあの後死んじゃって、
私ひとりが覚えていた。でも、今は男も知っている。
わたしがそれを知ってたことを。
あらすじになっちゃいましたw。次回こそは真剣にやります。
この話を読んだら、なぜかマストロヤンニとソフィアローレンの「特別な一日」を
思い出して観たくなりました。明日賈ってこようかしら。
637 :
忍法帖【Lv=19,xxxPT】 マグナ ◆i.K3ZM.pZo :2011/06/24(金) 02:47:00.18
>>635 ローレンとマストロヤンニの共演って結構見てるつもりだったがプレタボルテもそうだし特別な一日は名前すら知らなかった。
どちらもDVD出てるが絶版らしい。
私の小説が誰か病んでいる人の処方箋になればいい
みたいな事言った人誰だっけ?
昨日から思い出そうとして思い出せない!!
それ精神病を治すって事?小説にそんな機能があるのか?
>>639 坂口安吾さんも似たようなこと言っているね…。
しかして精神病にもいろんな種類があるからねえ
一度、自発的に過度なストレスによって発狂して、社会的なイニシエーションによって
病を癒すと同時にシャーマンになるという共同体のあり方は知っているが……。
聖書、コーラン、仏典、不安の概念→死に至る病、カラマ第2部くらいか
現実には薬物療法、精神支持療法が一番有効だとは考えられるが。
鈴木さんって、ちなみに眠剤も含むけど向精神薬何か読んでいますか?
眠剤は飲んでたけどやめてます。だからこんな時間に起きちゃうんですよね。
>>641 あー、でもアルコールは飲むんでしたっけ? 量はどの程度がちょうどよいのかな
アルコールも先月まではガブガブ飲んでたけど、今月に入って量が減ってきて、昨日とかは焼酎とウイスキーを一杯づつですな。でもなんでそんな事が知りたいの?
行く道行けるかどうかで男が決まるんじゃーい!!
>>640 あー 坂口安吾が言ってたような・・・
何の本に書いてありましたっけ?堕落論??
暗い青春だったかしら。石の心だったかな。巻頭。
いま外なのでわかりません。
648 :
吾輩は名無しである:2011/06/24(金) 23:09:38.85
最近日本人ってとくに人間関係に対して神経質な気がするな
島国で過密な地域である以上仕方ないと思うが、それが絶対今の閉塞感とも関係あるよな
東電さんもアンゴ好きなんだ。
「血盃異聞」について一つ訂正。
語り手の名前は「小林たか子」ではなく「木村たか子」です。
誰だよ小林って
佃煮マニアって言ったら自演マニア
起き抜けにあらためて、長文の感想・創作をよんでみる。
IDポップアップして読むと、長編もよみやすくていいね。 東電はこんどは
捕物帖風の語り口だわ。江戸前だねえ。捕物帖をたくさん読むと、こういう
語り口で語るちからがつくんだろうか。
ムー大陸は女性視点の一人称で小説を書き換えたのか。これまたうまいもんだ。
俺は、小林秀雄の「おふぇりや遺文」を思い出したわ。女性視点から書き換えることで
作品がよりフェミニンになるとか、そういう発想かしらんw なんかどんでん返しの
オチがあるようで続きを期待してみよう。
「お富の貞操」を感想文の題材としてとりあげることに、異議はないみたいだな。
佃煮がさっそく感想を
>>626にアップしてるわ。
>>626 各人の熟成されたエクリチュールを味わうというのも、それはそれで乙なものである。
しかしやはり合評会という体裁をとっているからには、際限の無いエクリチュールの
垂れ流しにはひとこといっておかねば、との思いもある。
お富の貞操 感想
文章はうまいよねえやはり。書き出しのこのあたりとか。
>猫はその音の高まる度に、琥珀色の眼をまんまるにした。竈さへわからない台所にも、この時だけは
>無気味な燐光が見えた。が、ざあつと云ふ雨音以外に何も変化のない事を知ると、猫はやはり身動きも
>せずもう一度眼を糸のやうにした。
簡潔的確で余韻もある描写とはこのようなものか。水で薄めたような文章ばかり
読まされるのは、安酒ばかり飲むようなもんだねw こういうコクのある文章の良さは
美味い酒とおんなじだ。この作品の作者が名無しだっとして、文章のうまさについての
評価がそんなにかわるとは思えない。
猫がでてくる意味がさっぱりわかんないって佃煮がいってたが、この短編において猫が
でてくる意味というのは、次の台詞をひきだすためにあるといってよかろう。
>「何をつて事もないんですがね。――まあ肌身を任せると云へば、女の一生ぢや大変な事だ。
>それをお富さん、お前さんは、その猫の命と懸け替に、――こいつはどうもお前さんにしちや、
>乱暴すぎるぢやありませんか?」
芥川の短編は様々な心理的逆説に満ちたものが多いが、この台詞がこの短編における逆説の焦点に
あたるってわけだ。これがさっぱり逆説とみえないのなら、この短編、まったく読んでも平板で
つまらないかもしれないw それがよいことかわるいことか、軽々には判断しかねるがw
この作品におけるもうひとつの逆説、それは以下の文章に集約されている。
>新公が、――尤も今の新公の体は、駝鳥の羽根の前立だの、厳めしい金モオルの飾緒だの、大小幾つかの
>勲章だの、いろいろの名誉の標章に埋まつてゐるやうなものだつた。しかし半白の髯の間に、こちらを
>見てゐる赭ら顔は、往年の乞食に違ひなかつた。
「往年の乞食」は官軍に攻撃される間近の上野のような日常性が崩壊した場所でないと、お富を
押し倒そうなんて思わなかったんだろう。新公はお富をそのまま手込めにしちゃえばよかったのにと
思うが、これも芥川が仕掛けた心理的逆説のいちか。 そのような日常性が崩壊した瞬間でないと
かかわりのない関係というのは、ちょうど鈴木=佃煮のような関係ではなかろうかw もちろん
新公=乞食=鈴木で、お富は佃煮ねw まあ、佃煮は亭主がいるんで処女ではないが、それでも
この小説を、鈴木×佃煮の関係として読み替えることは、この短編を現代の読者にとって、より
近づきやすいものとするであろう。
>>647 もしよければ教えていただけたら嬉しいです・・・
友人に坂口安吾の本を貸してしまい、確認とれなくて・・・
この雨のまだ降り止まぬ翌未明、上野の御山は総崩れ。三日後、
「御即位につき切るべからず」太政官令が下るまで、橋という橋に
官軍の関が置かれ、辻という辻には賞金一両目当ての人夫どもがウロウロ。
隊士臭いのは勿論、怪しいのはただ怪しいってだけでズダズタに斬られた。
運が無い奴だと、ツイこないだ旗本の株を買ったばかりの百姓を、誰かが
アイツだっ!て指したとこを、ズドンと鉄砲試し撃ちの的にされちゃったのもある。
三日にわたるまさに直参旗本のホロコーストだ。
部屋住チンピラ軍団の彰義隊でそれだ。乞食貌に身をやつし、拳銃呑んで府内に
潜伏してた新公が、どこをどうして生き延びたか。逃げて逃げて逃げ切った。
斬って斬って斬り抜けた。よほどの生存能力か、頼れる協力者ネットを
持っていたか、幕閣最高部に連なる大見識の人物か…。
おそらくその全てに当てはまる男なのでしょう。この夜、お富もそれに
気づいたことだと思います。再会の日は(やっぱり)と感じたのじゃ
ないか知らん。
親切だなあ
芥川読むの久しぶりだなあ!
Nに芥川についての疑問点について解説してもらえました。
ありがとうございます。
663 :
記憶喪失した男 忍法帖【Lv=10,xxxPT】 :2011/06/25(土) 19:30:29.13 BE:1551077074-2BP(791)
「お富の貞操」
意味がわからなかった。猫を銃で撃ち殺そうとした男を女が止めたようだが、
それが物語に何の意味があるのかわからない。
理解できない。たぶん、薬で眠たいからだ。そういうわけで、感想は、
理解不能な作品である、というものだ。おれの評価の何分の一かは、
このように理解不能だったまま、低評価に評価されるが。
とにかくわからなかったのだから、わからなかったのだ。この小説は難解である。
俺も読みたいなー。タイトルがいい。お富の貞操帯だったらもっと良かったのにな。
じゃあ読めっつーのw
666 :
吾輩は名無しである:2011/06/25(土) 23:45:25.72
ごめんなさい。汗をかきながら屋根裏を探しましたが、冬樹社全集の
第七巻評論しか発掘できませんでした。堕落論やあのあたりのエッセーでは
ないみたいですね。なにの小説でしたかしら。
お富の貞操Stanzaにダウンロードしたぜ!寝る前に読むかあ。
669 :
吾輩は名無しである:2011/06/26(日) 02:49:05.18
知性って筋肉と同じようなもんだよな
読んだけど、よくわからなかった。もっと言えばつまらなかったw
いや、読んでないのかも。ページを最後までめくっただけかも。
ぶりぶりうんこじゃないよ
674 :
記憶喪失した男 忍法帖【Lv=10,xxxPT】 :2011/06/26(日) 13:24:32.00 BE:1551077647-2BP(791)
だから、お富と貞操は理解不能が正解なんだよ。
筋がよくわからないんだけど、乞食にレイプされかけて、結局そいつと結婚したって話でいいの?
676 :
吾輩は名無しである:2011/06/26(日) 14:04:47.70
レッテル貼りって論議を抑えつけるだけで微塵の生産性もないな
678 :
吾輩は名無しである:2011/06/26(日) 14:18:38.63
素人の作る芝居や小説の言葉が死んでるのは、精神の解放する方法を知らないからだ
「お富の貞操」、今までのところ、俺以外は全部マイナス評価だなおい。
やっぱりエンタメ要素が薄いせいかね。
680 :
吾輩は名無しである:2011/06/26(日) 14:33:43.20
鈴木と記憶喪失に言いたい。
芥川は巨根だったんだぜ!
あ、東電さんの批評はマイナス評価とはいえないな。 新公についての感想を
述べてるんで。
この短編にあるような心理主義的分析というのが、近代的な神経症、神経衰弱の
一症状で、既にして陳腐で時代遅れだから、芥川を今読んでも、つまらないのである
とそういう評価も可能やもしらん。 つまり、この作品がつまらないのは読者のせいでは
ないと、そういう結論にもっていくこともできよう。 その結論は、読書会の多数派の
志向に一致するだろう。
>>679 だからこそプラス評価が光るんですよ。マイナス評価に意味などない!
>>680 な、なんだってー!?
士農工商犬鈴木だよ
まあねえ
キラリッと光るは俺のプラス評価☆w
いやー芥川「お富と貞操」はなかなか面白い短篇だったね。
無駄のないプロットは面白いし、上手いね芥川は。
端的にいえば、映画のような感じで読める作品だなあ。
雨と猫、音と光…出だしの描写は特に上手い。
それにダシにされた猫の三毛がやっぱ効いてる。
乞食の新公とお富のプレイなきプレイも逆にエロティックで。
物足りないとすればラストシーンかな。
やっぱ最後にも三毛の子孫をちらっと出したいところだ。
別に凹んでねえ〜よ
鈴木くんどもー
流れがよく分からんが、参加させてもらいますわ
いらっしゃいませ
武陽さんはいないのか
また来るぜー
>633-634
では書きそびれましたが、この夜を境にこの国からは、
「武士は食わねど高楊枝」
な男はほぼ絶滅し、立派な奴と呼ばれるやつであればあるほど
2号さん芸者遊びを誇る時代がやってきます。
そして20年。あの夜新公お富がたがいをどう思っていたか。読者は回答を得ます。
あの夜私がふらりと抱かれそうになったあの男は、男の中の男、立派な侍だった。
あの男は生き延びて、私のことを覚えていた。
なにが新時代だい。ざまあみろ。本当の男だって女だって、
どっこい、まだ生きてるんだ!
みなさん暗い土間や居間のほうが好きみたいですが、わたくし最後の最後
お富が背筋をのばして雑踏をゆく、その晴れ晴れとした顔こそがこの物語で
一番美しい、胸のすくシーンです。
おかしいか?
イタ研がすごいスカトロ好きなんだって鈴木が言ってたよ
>>693 へー(@∀@)はラストシーンが良かったのか〜。
確かに一般受けするのはそこかもしれないね。
「お富の貞操」を3つのパートに分けるとすると
1 雨と猫
2 新公とお富
3 20年後
パート1の抑制がパート2のドラマを引き立ててると思うなあ。
>>655のN評にほとんど異論はないけど
俺が上手いと思ったのは、ひとつの形容詞。
「雨は見えない屋根の上へ時々急に降り注いでは、何時か又中空へ遠のいて行つた。」
この「見えない」という形容詞ひとつで
読者を家の中に置かせる力があるね。
>>656のアクチュアリティのある読みはご愛嬌にしても芥川に失礼w
>>694 言ってねえし。てめえいい加減にしねえと殺すぞ?
芥川の小説って難解ですね。
芥川の病的傾向が描写されてると話題の「歯車」も読んでみたけど、
なんだか話についていけませんでした。
閃輝暗点と幻聴妄想のことは結構下調べしてあったんですけど。
>>696 >アクチュアリティのある読みはご愛嬌にしても芥川に失礼w
鈴木がスカトロセクハラしてどこまでもストーカーしてくるんですけど、
何とか云ってやってもらえませんか?
スカトロセクハラしてんのはテメーじゃんw
704:吾輩は名無しである :sage:2011/06/26(日) 22:12:04.15
大体本の感想なんてべらべら言ってるやつが分かってるとは限らない
w
705: 忍法帖【Lv=28,xxxPT】 ('A`)鈴木雄介 ◆m0yPyqc5MQ (168) :sage:2011/06/26(日) 22:13:08.93
俺に都合のいい意見ありがとうございます。
>>699 俺を巻き込まないでくれw
それにしても今回の俺の評はちょっと真面目だったかなw
今回はイタ研という人も参加するのか〜
アセンションが佃煮をからかってた時期は名無しからの罵倒がすごかったけど、やめるとそれもぴたっとなくなるっていうね(笑)
佃煮はもてるんだな
>>703 俺に絡んでくる名無しはからかうけど、
そのほかは別に関知しないことにしてるw
>>701 低能がバレて窮地に立たされた鈴木の必死の自演乙という感じだな
>>706 まああれだ、鈴木はウソをつくような奴じゃないから
自演なんてしないよ。
ただ読書会のほうじゃ、今のところ客観的にみて
鈴木より佃煮のほうがやや優勢じゃないのかなあ。
まともな読解力も示せずに自分の方が佃煮より頭いいと言いはってる鈴木はカスだな
>>633 東電さんは、相変わらず、地名の使い方がとてもうまいなあ。
東京電力勤めだと、東京の地理に自然と詳しくなりそう。
>>696 芥川に失礼かなあ。でも、全然面白くないってひとに、面白さを
伝えてみようという努力のあらわれなんだよwこれも。
俺も頭は悪いけど、佃煮マニアは自演のやり方がすごく頭悪いよね。勝てねえなあと思う事もある。
で、次の喧嘩読書はどうする?
元はといえば鈴木と佃煮の為のリングだろ。
ここは一番、鈴木が得意分野で一本決めてやるのも
いいんじゃないか?
次から(@∀@)は本文2レス以内な。
>>711 鈴木はもう負けだよ
読書会で堂々と佃煮と勝負できないくせにコソコソ陰口叩きに来てるんだから
やりかたが卑怯すぎる
鈴木も佃煮も、叩き合い以外で面白い事も書けるんだから
糞みたいな罵り合いより読書勝負にでも力注いでくれたら
読む方としても楽しいんだけどね。
今のスレまたぎウンコマンコ騒ぎは正直うざい。
いや、鈴木はこれでいい。
詞と詩の違いは、それが伝える物であるか在るものかということだよ
718 :
忍法帖【Lv=22,xxxPT】 マグナ ◆i.K3ZM.pZo :2011/06/27(月) 18:18:15.40
ソンタグの十四才からのノートざっと見たが読書量が桁違いだな。いや、読書量ならば勝っているのも日本で居るだろうが、
くだらん本が多いだろう。質的な面でもよほど日本人を上回っている。もちろん芝居や映画も定期的に見に行っていている。
いくら努力してもこんな人間には勝てねえよって感じがするな。
朝吹が認識が官能だとかなんかよくわからん御託を並べてたが、そこに書きつけられた言葉の生々しさに勝るものはない。
>>718 ソンタグの生まれ育った環境はすごいんだろうね。
マグナの「お富の貞操」評はまだだっけ?
どうも猫が引っかかるので何度か覗いていますが、昨夜からあまり書き込みが
ありませんね。わたくし、猫を飼ったことはないし知合いに愛猫家もない。
こども時代野良子猫を見ても触ろうなどとは考えもしなかった。猫の出る
お話も漱石くらいしか思い出せません。そんなわたくしですから、お話の道具にこの三毛の必要なわけが、どうにも
わからなくて困ってしまいます。
このお話では、新三郎がお富を誘惑するきっかけになり、お富も折れざるを
得ない脅し、決して腕づくにならぬような脅迫の材料が必要で、それは同時に
この切羽詰まった状況下、お富が店へ遣いに出されるほどの重大な理由です。
ここまで考えて、わたくし首を捻らざるを得ない。
牡の三毛は万に一匹の珍獣であると聞きますが、果たしてそれほどとんでもなく
貴重なものなのかしら。それとも、わたくしが決定的に見落としている何かが
このお話にはあるのかしら。
猫に詳しい方の解説をお待ちしています。
女って、犬や猫をかわいがるのがすきだよね。かわいいものが好きなんだね。
この猫も可愛かったのかな。 可愛い猫とは書いてないが、最近の女は何でも
可愛いという評価ですませるから、たぶん普通の三毛猫なら可愛い猫認定
されるだろう。
たぶん香箱を作ってる時点で萌えなきゃダメなんじゃね?
かわいいなw でも猫を取りに帰ってきたというのはお富の作り話じゃないの?
短銃で猫を撃ち殺すって、新公がいったら、「それだけはやめて」って
お富はいったし、嘘とはおもえないな。 猫を取りに帰ってきたというのが
嘘であるとほのめかす文は、この小説にないだろう。
「お富の貞操」の主題は何でしょう?
作品の読み方に正しいもクソも無いとは思いますが、
僕は、どうしても、日本の貞操観念というものについて考えたくなります。
個人的には、日本人の貞操観念は本来、三毛猫と引換えにする程度の物だったと思う。
それは男も女もです。
昔っから、日本人は童貞、処女というを重要視していなかったのではないか。
お富はその価値観を、感覚的に理解していた。三毛猫のために処女を捧げてもいいと思った。
それを止めるのは、新公の何であったか?
「彼の顔には形容の出来ない、妙な表情が漲つてゐた。それは嫌悪のやうにも見えれば、恥ぢたやうにも見える色だつた。」とあるが、
これは、何の精神の動きでしょうか。僕にとって、ここが一番不自然に感じたところです。
何故、お富の貞操が守られたか。守ったのは新公ではなく、芥川の理性ような気がしてなりません。
ゲーテは、「感覚は私を欺かない。理性が私を欺くのだ」と言うように、これを書いた時、
芥川の理性は、近代の知性に欺かれていたのではないでしょうか。
感情に任せず、なんだかよく分からない理性の力で、お富の貞操を奪う事をやめた新公は、
最後まで、悪者扱いをされません。最後はお富のイキイキとした笑顔で終わる。
一匹のネコを救うために処女を捨てることを、語り手は、無分別とし、
ネコを救う動機も、新公が、すんでのところで止めてしまった原因も、最後までわからないまま終わります。
ここで、語り手が正解を出すのは間違っていると思った、芥川の「はからい」でしょう。
小説は開かれていて僕達の可能性を刺激します。
新公が「忘れ物は?」とたずねてからお富が答えるまでにかなり間があるよ。
で、最初は「「何だつて好いぢやないか?」とつっけんどんだったのが、
「ふと何か思ひついたやうに」猫のことを新公にたずねるのは不自然じゃね?w
>>728 空き屋で新公に会うとは思ってなかったから、驚いたんだろう。
誰もいない空き屋で猫をさがすつもりできたから、ひとに猫の行方を
訪ねるという思考回路が事前に形成されていなかった。
それで、新公がいるなら新公に猫の行方を聞けばいいじゃないかと
考えつくまで少し間があったと。 むしろ自然な描写に思えたがな俺は。
>>729 最初のお富の驚きは芥川のひっかけだと思うんだな。
お富は新公であることを確認すると落ち着きを取り戻すから。
で、俺の読みは、お富は新公に会うために家に戻った。
つまり貞操を捨てる覚悟だった、ということ。
猫はダシだったと思うな。
>>730 すごい読みだなおいw そんならお富を押し倒すことをほのめかした新公を、お富が
傘でさんざん新公をぶっ叩いたり、カミソリまでもちだしてくる理由はないはずだぜ。
最初っから貞操捨てるつもりだったらさあ。
カミソリもちだしてきたから、新公も力づくはあきらめて、猫を猫質にとることを
思いついたんでね。
>>731 >実はお富がヤリたかったのかもしれない!
まあ、結果だけを見れば、そういう解釈はありうるかもな。
カミソリで頸動脈でも切られたら、どんな男でも一発でアウトだかんな。
「高い城の男」に確かそんな描写が。
>>731 yes! そうじゃなきゃ面白くないw
>>732 カミソリも猫も傘もすべてプレイの道具、と読んでるw
ちょっと外出〜
>>735 ずいぶんと危険なプレイが好きなんだなw ロシアンルーレットなみの
危なさだ。
wikiを見てみました。
生殖能力のある三毛猫のオスは、1979年にイギリスと1984年にオーストラリアで確認された
ものの他、2001年に日本で確認されたものが現在世界で唯一存命中である。なお、
繁殖能力のあるオスの三毛猫が交配しても、オスの三毛猫の子猫が生まれる確率は
変わらず、その可能性は非常に小さい。
福を招く三毛猫を船に乗せると船が遭難しないという言い伝えがあり、特にオスの
三毛猫はその希少性のためからか福を呼び船が沈まないと言われ、江戸時代には
高値で取引されていたとされるが、実際の取引事例については明らかではない。
日本の第一次南極観測隊では珍しくて縁起がいいという理由でオスの三毛猫のタケシが
連れて行かれ、昭和基地内のペットとして南極で飼われている。
こいつは相当な珍獣だ…。知りませんでした。
三毛猫はみんな雌なんだなあ
三毛猫って、ほとんどメスなんだってね。 この三毛もたぶんメスなんだろうね。
伴性遺伝の代表的な例とか。
740 :
忍法帖【Lv=22,xxxPT】 マグナ ◆i.K3ZM.pZo :2011/06/27(月) 21:18:56.77
今回は三浦の評が的を射てると思う。これを敷衍するかたちで書くか。
741 :
吾輩は名無しである:2011/06/27(月) 22:21:42.71
今日はもうプルーストスレでの佃煮の「コテもつけたりはずしたり」発言でお腹いっぱい。
お前はアホみたいなスレチの煽りしてるだけだったな
743 :
吾輩は名無しである:2011/06/27(月) 22:28:22.71
あらあら、コテもつけたりはずしたりw
ほんとワンパターンなんだよなあ。バカだから仕方ないんだとは思うけどw
佃煮はやっぱり学歴詐称もしてたのかよ。死ねよ(笑)
ほんとしょーもないw
もろ川上スレのイカ臭いノリw
おやはやw
もはやガソリン切れの川上スレから瀕死の性賎士がなだれ込んで来て話題を引っ張ろうと必死な様は泣けるw
>>740そう言ってくれるのは嬉しいですが、みんなで議論とかはべつにやらなくてもいいと思います。
言いたいことがある人が、好きなように言えばいい。
僕は、小説の読み方は人それぞれあって当然だし、正解は無いって言いたかったです。
マグナがそうやりたいって話で「みんなで議論」って誰が言ってるの?
752 :
三浦 ◆aKZjWmIOl2 :2011/06/28(火) 12:38:23.24
753 :
吾輩は名無しである:2011/06/28(火) 13:43:13.07
川上スレではチェクメの醜態が晒しまくられてるから
ここに逃れてきたのかw
やっぱお富はやりに行ったという読みのほうが自然だ!
756 :
吾輩は名無しである:2011/06/28(火) 22:32:09.60
>>646 坂口安吾の青春論の「すくなくとも、僕は人の役に多少でも立ちたいために、小説を書いている。けれども、それは心に病ある人の催眠薬としてだけだ。」か?
今まで生活に埋没しながらだらだらと書きあぐねてたんだけど
やっと俺の表現したい、そして表現できそうな材料が見つかった
やったるで〜変に背伸びせずに今の力をもってやるわ
頑張れよ
血盃異聞続き
翌朝早く、わたくしは皆が眠っている間に起き出して、もう一度、家を抜け出しました。
なんとしても、おねえさまに会いたい、会って無事を確かめたい、会ってずっと会え
なかった恨みを申し上げたい、そして最後にはいっしょに笑い合いたい。そんな一心で
ございました。裏庭から石段を小走りに駆け上がって、土手の上の道にさしかかったとき、
わたくしは昨夜のことを思い出して、こわごわと下を覗き込みました。夜明けに少し雨が
降ったらしく、土手の草々は濡れそぼっておりました。わたくしが白いものを見たように
思ったあたりは、手前に生い茂るフキの群に隠れて様子がよくわかりませんでしたので、
わたくしは思い切って、すそが濡れるのもかまわず、急な土手を一気に駆け下りました。
そうして見えたのは、土手の下の草むらが、ひどく荒されている様子でした。三畳ほどの
広さで、ヨモギや下草がなぎ倒され、押しつぶされていて、所々は根こそぎむしり
取られていたので、醜いブチのように赤色の土がむき出しになっていました。潰されて
散り散りになったヨモギの葉が、その、雨で泥のようになった土に半ば埋もれながらも、
むしろその緑が、どぎつく鮮やかに映えているのを見て、わたくしは、なんともいやな
ものを見てしまった心持ちがしました。ゆうべのことは、わたくしの見間違いでも
なんでもなく、たしかにあのものは、ここにいたのです。わたくしは、何やらわからない
まま、わたくしがこれまで暮らしてきた、優しく、穏やかで、笑いが絶えなかった世界が
突然ぐにゃりと裏返しになって、よそよそしい、得体の知れない顔が、ぬっと現れた
ように思いました。そして、その予感は、決して間違ってはいなかったのです。
わたくしは、その忌まわしい眺めから、努めて背を向けると、土手の上には戻らずに、
そのままお社さまの前の道を進みました。いつものわたくしなら、おねえさまの家に寄る
ときは、お社さまの境内を横切って、低い石垣に切られた三段の階段を下り、鉢植が
小奇麗に並ぶ小さな裏庭を抜けて、勝手口の扉を開け、「あき子さん!」と呼ぶのですが、
この日は、早朝、半ば人目を偲ぶようにして会いに行くという後ろめたさから、わたくし
はかえって、いつもは使わない、お行儀の良い道を選びました。鳥居の前を行き過ぎると、
すぐに生垣に囲まれた、小さな板張りの家の前に出ます。そこが、おねえさまの家なの
でした。朝まだきに、雨戸が堅く閉ざされたままの、おねえさまの家は、まるで知らない
人の家のようでした。わたくしが、雨戸を叩こうか、それとも勝手口に回ろうかと、
もじもじと思案しておりますと、裏で戸の開く音がして、角からおねえさまのお父様が
ひょっくりと現れました。丹七さんは、わたくしの姿を見ると、ちょっと驚いたふうに
立ち止まりましたが、
「これはお嬢様、おひさしぶりでございます」
と言って、小柄な体を深深と折り曲げ、にっこりと顔を上げると、
「しばらくお見かけしないうちに、ずいぶんとお綺麗になられました。すっかり都会の
おひとになられましたな」
とお世辞を言いました。
わたくしは、ひどく拍子抜けをいたしました。丹七さんが、いつもの丹七さんと、何も
変わらなかったからです。まるでお芝居の大詰めに、勝手口からご用聞きが「毎度」と
現れたような按配でした。わたくしが、おねえさまの無事を尋ねますと、丹七さんは、
しばらくにこにこしたまま、わたくしの顔を見つめておりましたが、わたくしが本当に
何も知らないと悟ったのでございましょう、
「いえ、あれは大したことはないのです、今は少し伏せっておりますが、なに、じきに
治りましょう。お嬢様にこんなに心配をおかけして、本当にもったいないことでございます」
と言って、また深深と頭を下げました。
丹七さんは、普段からこのような様子で、わたくしのような小娘が相手でも、馴れ馴れ
しいような態度を見せるようなことは決してありませんでした。かと言って、無闇に
へりくだるということでもなく、いつもにこにこと、機敏に立ちまわりながら、まるで
空気のように、ひとの邪魔にならない方でした。何をするにも、人の数歩先をささっと
走って行っては、万端ゆくりなく整えてしまうお方で、小柄ななりと、短く刈った髪と、
目の大きなお顔が、失礼ながらお猿さんに少し似ていたものですから、うちの使用人などは、
「太閤様」などと呼んで、よく笑っていたものです。
でも、実を申しまして、わたくしは、丹七さんのことが、あまり好きではありません
でした。丹七さんは、いつもにこにこしている代わりに、決してひとと深く交わろうとは
しないお方でした。わたくしが何を話しかけても、「さようですか」という相槌から始まる、
当たり障りのない返事に終わってしまうので、幼いころのわたくしは、このひとは、心の
ない、お人形みたいなものなのだと独り合点しておりました。少し大きくなってから、
丹七さんがおねえさまのお母様と駆け落ちをされたこと、そのお母様が川に身を投げて
しまったことなどを知るともなく知りましたが、当の丹七さんに、そのような浮いた気配が
微塵も感じられなかったので、わたくしはいつも不思議な感じを抱いたものです。
このように、その頃のわたくしにとって、丹七さんは、「大人」という得体の知れない
生き物の、それは代表のようなお方だったのですけれども、わたくし、今となっては、その
お心の内がよく分かるような気がいたします。丹七さんのように、恐ろしい悲しみを
味わって、それが人生の一部になってしまったような方は、その悲しみを自分ひとりの胸の
底に沈めたまま、かえって何事もないように、平気に振舞われるものなのです。また、
そうしたお方は、不幸が育つ芽というものを、ほんとうに目ざとく見つけてしまうので、
わたくしたちが、まだ年端もいかぬ内から、丹七さんは、自分の娘と、わたくしたち兄妹の
間柄に、そうした芽を早くも見て取って、それがだんだんと育って行くのを、きっと悲しく
見守っていらっしゃったに違いないのです。
それに引き換え、わたくしはなんという大馬鹿者だったことでしょう。
わたくしは、丹七さんの言葉を鵜呑みにして、ほっと一安心すると、丹七さんに、
おねえさまに一目会わせてほしいとお願いをしました。丹七さんは、あれはまだ床にいる
から、かえってお嬢様に失礼になりましょうと、最初やんわりと断りを入れましたが、
それでもわたくしが、眠ったままのおねえさまでいから、一目顔が見たいとお願いすると、
しばらく横を向いて思案している様子でした。そして、わたくしの顔をじっと見て、
「ようござんしょう、お待ちなさい」
と言ったきり、黙って雨戸を畳み始めました。
わたくしは、まだ全部の雨戸が開かないうちから土間に入り込み、じっと奥の暗がりを
見つめました。丹七さんは、音を立てぬように注意をしながら、それでも手際よく雨戸を
開いていったので、土間からすぐ続く、八畳一間の部屋の中ほどで、おねえさまが横に
なっている様子が、だんだんと見えてまいりました。そうして、一旦裏に回った
丹七さんが、西側の雨戸も開けたので、障子からさした朝の光が、さっとおねえさまの
顔を照らしました。
斜めから射し込む光の中で、静かに眠るおねえさまの横顔は、まるで象牙の彫像のような、
冷たい輝きを帯びておりました。ただ、胸のあたりの布団が、規則正しく上下していること
から、おねえさまが確かに生きていると知れました。細い光の筋が、おねえさまの横顔が
描く、まるい額から、真っ直ぐ通った鼻筋に至る稜線を、白く縁取っているさまを、ただ
見つめておりますと、その先の唇が小さく開きました。
「お父っつぁん、誰かいるの?」
おねえさまは、目を閉じたまま、外の丹七さんに問いかけました。
「木村のお嬢様がお見舞いにいらっしゃったんだ。挨拶をしな」
そう丹七さんが答えますと、しばしおねえさまは黙り込んでしまいました。目を閉じた
ままの横顔は、冷たく冴えたままで、何の表情も現れませんでした。でも、その動かない
お顔の内では、一体どんな思いが荒れ狂っていたのでしょうか。わたくしは、今思うと
恐ろしいばかりでございます。
表口から入ってきた丹七さんが、口をきかないままのおねえさまに、
「ほら、お嬢様が心配してなさるじゃないか。こんな病気はすぐになおると、お前からも
言っておやり」
と声をかけ、そのままお勝手の方に抜けて行きました。
おねえさまは、なおしばらく黙ったままでしたが、閉じられた目で、上を向いたまま、
「たかちゃん、こっちに来て」
と静かにおっしゃいました。
今日はここまで
ラストは数日中に
ムーさん働いてるくせにすげえなあ…
文字数で勝敗を決めるのは悪くないアイデアかも知れん
だろー
ヤバいと思うw
ハハ
元ヤク中に勝ったぜい
誰も俺を止められないんだぜい!
だから最後まで書ききって下さい!
書くとも!
でもその前に「お冨の貞操」の感想を。
俺は東電さんと違って歴史には暗いんだけど、確かに上野の戦いは酸鼻を極めたらしいから、これが発表された大正時代にも、その記憶は結構残っていたんじゃないかな?
多分、当時の読者は、その具体的に限定された場所と時間に、切迫した死の気配を感じ取っていたと思うし、
こうした要素抜きに、猫が出て来る必然性はないだろうな。
まあこれはエロ小説なわけだけど、最終的な「やったやらない」はたいした問題ではないと思う。
二人の間に結局何も起こらなかったのは、別に登場人物や芥川その人の倫理感を反映させたものではない。
外では歴史の嵐が吹き荒れる中を、密室で瓢悍な男と向こうっ気の強い女が、猫を挟んで攻防戦を繰り広げるという話は、
それ自体で十分エロチックなものだし、話の面白さはそれで尽きているのだから、
別にその後男と女が引っ付こうが引っ付くまいがどうでも構わないのである。
ラストのある種の清々しさは、むしろそこから来ているのだと思う。
二人が再び出会うのが、日本が日清日露を体験する直前に設定されているのは何か意味があるのかな?
詳しい人にはそのあたり聞きたいな
あとこの話、神代辰巳が映画化してたら面白かったろうな。
もちろん結末は変わって、お冨(宮下順子)と新吉(江角英明)がやりまくることになるんだが
新吉じゃなくて新公か。
あと江角英明じゃなくて
石橋蓮司がいいなやっぱ
あとお冨は谷ナオミかなあ
ムーはどうせならお富の一人称小説のリライトのほうが面白かったと思うがなあ
なんか映像作品作らない?みんなそういう仕事してるんでしょ。アフターエフェクトとか使うんでしょ。したら本気出すよ。
みんなでシェイクスピアを読んで感想の作品作ろうよ。もうそれしかないと思うな。
でもギャラが出ねえとやんねえか。俺が勉強するしかないのか。
>>777おもしろそうですが、映像制作技術を持っている人って誰ですか?
ちなみに僕は持ってません。
佃煮は虚言だろ(笑)
虚言癖の津原がそう言ってたんだろ
佃煮は持ってないよ。ソフト何を持ってるか訊いてみりゃいい。
じゃあ鈴木が一人で撮影すればいいんじゃないの?
感想を書けない代わりに映像で参加してもいいよ
カメラがない。
やるならパラパラ漫画だなあ。絵をかけないけど。
>>784 映像作ろうとか言って何でも人頼みかよ!お前は糞だな!
糞はてめえだろ!何が糞だよ!
作品の評価自体はエヌとほぼ同じながら、お富の心理の解釈についてはエヌとかなり違うんだよなあ。
お富はもともと新公に好意を寄せていた。
それに気づかないふりをする新公に腹を立て傘で叩いた。
本当は新公とロマンチックで情熱的なメイクラブをしたかったんだよ。
すべての人間にとって便利な世の中とは生きにくい世の中ですな
そんな事はなくね?SUICAとか素晴らしいよ。
お陰でキセルはやりにくくなったけど、仕方ないよ。
>>779そうなんですか。職業クリエイターってことですか?
pete rock & c.l smoothのクリエイターって曲は最高ですよ。ノーマンクックがリミックスしてますよ。
時代のアヴァンギャルドを担っていくような志のある書き手はいないのかよ
いたら教えて
アバンギャルドって何ですか?
前衛芸術
いますよ。でも教えたところで買わないでしょう?じゃあ教えたくねえよ。
>>793英語が聞き取れない僕には良さがわからないです……
鈴木はヒップホップの何処で優劣を判断しているんですか?
ノーギャラで映像を自主制作とかすると
大低人間関係が崩壊しまくるよ♪
編集機と字幕専用機以外の民生PCを使うのは、クレジットとテロップ入れしか
わからないわたくしが来ましたよ♪
ノンリニアは全く駄目(キー局各社にAvidが入って、誰もいじってない頃少しだけ
さわったことはありますがもう10年も昔だ)ので、外野から声援を送ります。
絶対馬鹿にしたりはしません。真剣に応援します。
リニアでやってるってことは
やっぱバジェットがそこそこ大きい仕事なんだろうなあ
東電さんがやってるのは
私は学生の頃16ミリで自主映画を作ってたぐらいですね。
私は美術担当でした。
小道具作ったり衣装作ったりタイトル文字作ったり。
修業したのは報道の特集枠ものです。本音は動物記録物志望だったのですが、
民法はすでに馬鹿タレントが生き物の変な姿をゲラゲラ笑ったり、雛が食われるのを
アイドルが口に手を充てて顔をしかめたりするのをアニカやNGSのフッテージにワイプ切って
入れるだけのくっだらない番組ばかりになっていましたw。
今はキー局のサブ出し用オフラインと、CS番組のフォーマット直し、あとはポルノと企業Vばかり。
何列も使う凝った技を脳味噌フル回転で考案するチャンスは、年に一度あるかなし。
それもたいてい画じゃなくて「第○位は!」とか糞みたいなCGの加工ですw。
民法ってなんだよ…もちろん放です♪。
やっぱりなんやかんや言って東電さんは本流だあ。
こちとらオフラインとかっていう観念がありませんからね。そもそも。
パソに取り込んで、編集してオーサリングしてそのまま納品みたいな仕事ばっか。たまのスタジオ作業といえばナレ撮りくらいだし。
まあ全部ひとりでできるから気楽なんですがw
制作の人が皆ノンリニアで白を作るようになったおかげで、スタジオのキャラ落としワークは
消滅、オフラインルームというものがどんどん潰れたのが7〜8年前。
フルHDのシステムを組みVTRを買う億単位の借金ができず、何人もの人が夜逃げしました。
今リニアの仕事は下手すりゃ色補正カット残り直しとテロップ、サイドスーパー入れだけです。
仕事は減るわ聞いたことのないエフェクトの呼び名で注文がでるわと、まさに踏んだり
蹴ったり。
絵もきれいになりました。昔はダウンタウンDXをにじんだ絵を見ながら、
ホレ見ろだからノンリニアは駄目だ。こんなもんに俺たちが負けるはずがない!
…と、ふんぞりかえってヤケ食いをしたものですがw。
>>798 音に決まってるじゃないですか。音楽は全部音なんですよ。
あとマグナとイタ研かな?
ムーさんも未完成ですよ
810 :
吾輩は名無しである:2011/07/01(金) 12:53:41.68
鈴木って基本的に適当な茶々入れてるだけで中身のある発言はゼロじゃないですか
それでいいじゃん
そうかも知れないね
すずきんたま
なにそれ臭そう
佃煮マンコ
なにそれ気持ち悪い
>>813 字を見ただけで刺激臭で目がやられちゃう
毎日うんこを食ってる鈴木は体臭もうんこ臭そう・・・
鈴木はたまに鋭いこと言うんだよ。
お富は作り話をしたんじゃないかって書いたら
間髪入れず、お富はヤリタカッタ、と書き込んだからなあ。
そうじゃないとあの話は意味がわからないよ。なんだったのかと…
言葉のアクセントまわし一つでグルーヴポイントをズラしていったりとか、韻が転調や
他の楽器のフレーズ導入の引き金になっていくような遊びのあるものは愉快ですね。
特に前者はヒップホップならではのスタイルだと思います。外国語のニュアンスうたごころが
わかればもっと楽しいのでしょうが、楽器と考えて楽しむだけでもじゅうぶん
面白い。
ただ、演奏はシビアでしょうね。わたくしビースティーズとかを叩くのは大好きなんです
が、あんな脳天気に突っ走っているようで、あらゆるシカケが満載されている。
本人たちはもしかするとスポーツの超絶テクニックで遊んでるような気分なのかも
しれませんが、理屈で考えてるとしたらとんでもなく頭のいい人たちだと
思います。
爆撃されてるんじゃないかってぐらいの雷
とりあえず三浦さんにはパンチラインって考え方を理解して頂きたい。
日本人流行歌手の歌モノ演奏にはどうも不釣り合いな言葉のような気もします
けどね。単純に「必殺技」ではいけないのでしょうか。
どうもお富新三郎の、千萬億に一遇の事件的出逢いが軽く見られている
ような気がしてなりません。この時代、官軍東征と上野戦争という特殊な
状況下に顕れた一夜限りのゴーストタウンで、この状況以外では前にも後にも
庶民に指いっぽん指させることなど有り得べからざる筈の大見識の人物と
町の娘が、数億にひとつの珍獣を間に挟んで、たしかに恋に落ちた。
これはおとぎ話です。わたくし個人はお富新三郎は顔見知りだっただけで
この時まで互いに情痴恋愛を意識したことなどなかったと考えていますし、
わたくしの常識一般がそんな心馴染みの二人に生じるチャンスはこの宵より外に
あったはずがないと叫んでいます。
今回はあまり譲歩したくないんだなあ。芥川のために。
この時をチャンスと貞操を捨てに行ったお富、
お富の恋心を知りつつも貞操を守ってやった新公、
その描き方が芥川上手し!ってとこじゃないかなあ
あと三毛は今じゃ珍しいけど昔はいっぱいいたのでは?
俺の読みでいけば、鈴木も記憶喪失も作品の意味がわかると思うし、
この短編の面白さも増して、芥川って上手いなあってなると思うんだよなあ。
お富の貞操面白かった
お富と新公の間をつなげるかすかな歪んだ慕情がなんともいえん読後感を創出したね
さすが芥川だなと、猫を絡めることで一本調子の話にならなかったことも良かった
>>821 俺も東電さんの意見にさんせー。
お富は最初から新公と寝たがってったってのは、すべての
女は男と寝たがっているという、解釈者の願望を投影した解釈だと
思うなーw
Nそれから(@∀@) と真っ向から対立だなあw
大まかなプロットより細かい芥川の表現を読むことが必要で
少し具体的な箇所を数点。
1)お富と新公の出会いの場面
「何か忘れ物でもしたんですね」と新公は一度ならず尋ねるが、
なかなかお富はそれに答えない。そして、
「ふと何か思ひついたやうに」猫のことを尋ねる。
最初からお富が猫を探しに来たのなら、この間は不自然で、
また「ふと思い出して」という表現ですむところを、
なぜ芥川は「ふと何か思ひついたやうに」と書いたのか?
2)嚇かしの場面1
猫ごときを探しに来たお富を新公は笑い、
「万一わたしが妙な気でも出したら、どうしなさるね?」
と新公は嚇かす。しかしその言葉にも、
「澄んだお富の目には、恐怖らしい影さへ見えなかつた。」
逆に「お前はわたしを嚇かさうつて云ふのかい?」と言って、
「一足新公の側へ寄つた。」
新公に対する恐怖の欠如どころか、積極性が見られる。
この積極性は「貞操を捨てる覚悟」に通じるのではないか?
3)嚇かしの場面2
お富の襟もとへ目を落した新公の顔をお富が見上げたとき、
彼女の顔には何時の間にか、「活き活きした色が返つてゐた。」
なぜ芥川はここでこの表現をしたのか?
「活き活きした色」、これは恋心を抱く相手に対するものとして自然ではないか?
とりあえず3点ほど。
>>829 >この間は不自然で
そりゃ、いきなり新公に出会って驚いたからでしょ。新公にこんなところで
出会うとは、お富はまったく予想していなかった、小説ではお富はそのように
描写されているのだから、間があるのは不自然ではない。お富は新公に
会うことを予期していた、そんな描写、ものいいはないだろう、この短編に。
>また「ふと思い出して」という表現ですむところを、
>なぜ芥川は「ふと何か思ひついたやうに」と書いたのか?
小説のこの場面では、お富の内面についての心理描写はなされていないので
「思ひついたやうに」というのも、外面からの観察であるといえるな。
お富が内心どんな風に考えていたか、読者は手掛かりしか与えられていないので
いろいろ想像するしかないから、アセンションのような読解がなされる余地も
あるわけだけどね。お富の内心を意識の流れに沿って描写すれば、新公への
恋心も一瞬は頭に浮かんだ可能性はそれはありうると思うよw
俺は読書量が圧倒的に足りないな
そのあとの質問を分析すれば、その仮定が妥当かどうか、ある程度の推測はつこう。
「ふと何か思ひついたやうに」、何をお富は尋ねたかというと、猫のゆくえを尋ねたので
新公についての質問じゃなかったわけでね。 お富の内心は、既に新公への恋心で
いっぱいというなら、このとき新公のことについて尋ねるだろう、お富はw
お富の発言は、外見的には思いつきのようにみえるが、内心ではそうではなかった
ということを、芥川がこの文で示そうとしているならば、お富は内心、猫のことしか
ずっと考えていなかったが、ふと思いついたように猫のことを尋ねたと、こういう
解釈のほうが整合性があるとおもうなぁ俺は。
>>830 >「澄んだお富の目には、恐怖らしい影さへ見えなかつた。」
>逆に「お前はわたしを嚇かさうつて云ふのかい?」と言って、
>「一足新公の側へ寄つた。」
新公ひとりなら、武器があるから、大丈夫っておもってたんだろう。
傘もあるし、剃刀ももってるし。 人気のないところへ、女ひとりで
いくのだから、護身の準備はまえもってしてたわけだな。
新公が万一襲いかかってきても、傘と剃刀があれば十分と
思ってたんじゃないの? まあ、お富の内面についての説明は
ないから、これもそちらの解釈と同様、想像だけどさ。
>>831 >「活き活きした色」、これは恋心を抱く相手に対するものとして自然ではないか?
お富は最初から活き活きとした娘として描写されてわけでね。
>彼女は色の浅黒い、鼻のあたりに雀斑のある、田舎者らしい小女だつた。
>なりも召使ひに相応な手織木綿の一重物に、小倉の帯しかしてゐなかつた。
>が、活き活きした眼鼻立ちや、堅肥りの体つきには、何処か新しい桃や梨を聯想
>させる美しさがあつた。
が、その活き活きした色が途中で消えうせるわけでね。
>お富は今までとは打つて変つた、心配さうな目つきをしながら、心もち震へる唇
>の間に、細かい歯並みを覗かせてゐた。
>「その代りお前さんの体を借りるぜ。」
>お富はちよいと目を外らせた。一瞬間彼女の心の中には、憎しみ、怒り、嫌悪、悲哀、その外
>いろいろの感情がごつたに燃え立つて来たらしかつた。
ここでは、お富の内心がお富の表情から推測されているが、お富が最初から新公に恋心をすこしでも
もっていれば、このようなマイナスの感情ばかり表情にあらわすことはないんでね。 期待とか嬉しさとか
そういうものが、表情にあらわれなきゃおかしいわな。
要するに、お富は最初から猫のことばかり考えていると。貞操は守ることは重要だが、猫の命には
かえられないと。 いきものの命は大事という、そういう価値観の娘なんだねw
837 :
N ◆.a7VUr.VD. :2011/07/02(土) 19:48:47.02
いまどき、一日に、薬殺、ガス殺されてる引き取り手のない猫の数はとても
多いんだそうで、猫の命の重さについて語ること自体、あまりに感傷的ってのが
一般常識なんだろうけどー、この娘にとっては必ずしもそうではなかったと。
若い娘って、結構そういう考え方するもんだよ。 飼えなくなったからって
すぐに猫を処分しちゃうのは許せない!とか、そういう素朴な考え方をね。
いや、それは俺だって思うよ。飼えなくなるなら最初から飼うな。死ぬ気で育てろよ。マジで思うわ。捨てる飼い主が死んで欲しい。
>>838 そうなんだけどねー、でも殺される猫はかわいそうだから、おまえが飼ってやれば
いいんじゃね?って聞くと、やれ病気持ってる可能性があるとかなんとかいって
助けてあげないんだよねー、。 知り合いの女性で、保健所から猫をひきとって
何匹も育ててるひとがいるが、そういう奇特なひとはなかなかいないね。
>>837-839 うーん、そんな話じゃこの短篇はぜんぜん面白くないなあ。
エヌから説明されてもどうもうまく納得できないんだなあ。
すべては「藪の中」に収まる運命だとしても、
もう少し食い下がってみようw
1)お富は新公に会うことを予期していたことは、
もちろんこの作品では書かれていないけれども、
住居侵入者が新公であることを知った途端、
お富の狼狽や不安は消えてるよね。
だから「新公に会いに来た」ことを否定する要素は
少なくともないと思うんだなあ。
2)「ふと何か思ひついたやうに」猫のことをお富は尋ねた。
もしも貞操と引き換えにするほど猫の命を大事に考えたとしたら
そして最初から猫のことしか頭になかったとすれば。
「ふと何か思ひついたやうに」ではなく、
「すぐに思い出して」尋ねるべきだと思うんだね。
少なくとも芥川はそう書くべきだった。
でもそうは書かず「ふと何か思ひついたやうに」と書いた。
これは芥川の筆のミスじゃなく計算だと思うんだなあ。
「何か思ひついたやうに」というのはひらめきに近い状態だから、
この家に戻ってきたいい大義名分が思いついた、と読めるんだ。
しかも、その前に数回新公は忘れ物を尋ねているから。
まあ読み違えはあり得ることだけれど、もう少し続けよう。
3)「憎しみ、怒り、嫌悪、悲哀、その外いろいろの感情」
これを新公という人間に対する負の感情とみるか、
あるいはお富が期待したものとは違う
新公の言葉と態度に対するものとみるかで
まったく逆転するところだと思うんだよね。
4)冒頭近くで猫に話しかける新公を読者は知っているから
本当に猫を撃ち殺そうとするつもりなどないことは
我々は知っているし、おそらくはお富も。
5)途中で消え失せた「活き活きした色」が
なぜ新公が嚇かしたときに蘇ってきたのか、
ここも重要だと思うんだなあ。
お富はこの瞬間を待っていた、とも読めるのでは。
これは余談だけど、
江戸から明治への劇的転換期の上野を舞台にしたこの短篇。
貞操を捨てようとするお富はもしかしたら、
江戸時代に別れをつげ新しい文明に身を委ねようとする
日本そのもののメタファーとも読めるかもしれない。
新公は20余年後に明治政府の高官となったわけで。
>>840 そうかなあ、俺的にはお富がもともと新公に惚れていたからって
別に話は面白くならないなあ。 まあ、ひとそれぞれだわなこれは。
1) お富は新公と顔なじみだったから、遭った相手が新公と確認できて
安心したので、ただそれだけのことでしょ。 お富が会いにきたのなら
まさか、こんなところで会うとは意外だった、想定外だったとお互いに
思っているのは、辻褄がまったくあわないわな。
2) 誰もいないはずの場所で、誰かと出くわしたら驚くじゃないか。
驚いたら、しばらく動転するのは当然だな。 新公にしてみりゃ、なんで
女ひとりでこんな危ない場所にくるのか、理由をしりたいと思うのは
当然だが、お富のほうは新公にまったく気がないから、新公の質問を
あきらかに煩がってるんでね。この辺の描写を見る限り、お富は新公と
顔なじみだが、つきあう相手としては眼中になかったと思えるねw
3)
>あるいはお富が期待したものとは違う
>新公の言葉と態度に対するものとみるかで
>まったく逆転するところだと思うんだよね。
逆転するかなあ。新公はお富の体を借りたいっていったんだよ?
それに対する反応がこれということは、お富は新公に体を貸すことに
嫌悪を抱いてたから、こういう反応になったのさ。 つまり体を貸して
くれといわれることへの期待など、はなからなかったと。
4)
猫に話しかけたなら、その猫を撃つつもりは絶対ないはずだって
それはあまりに根拠薄弱な推論だなw お富が撃ち殺すはずは
絶対ないと知っていれば、「やれるならやってみろ」とか何とか
いいそうだよね、お富の性格からして。
5)
そりゃ、猫を助けてやるって、新公がいったから、活き活きした色が
返ってきたのさ。 見やすい理ではないか。
>>844 それは極論。まあ、猫捨てるやつの命など、猫一匹以下の値打ちしかないと
いうのも、ひょっとしたら真実かもしれないけどさ。
とりあえず罰金刑でしょ。懲役でもいいけどさ。リスクを背負えよ。
処分費用はやっぱりとられるんだろ。保健所にもっていけば。
坂東眞砂子という作家は飼い猫に子供を産ませて子猫を崖から投げるのが趣味らしいじゃないですか。
ひでー話w
まあ十分書いたから俺はこれくらいにしとくよw
おーげー。
にしても、マグナはまだかよ。 もうとばすかやつは。
次の出題者には、俺は東電さんを指名したいんだが。
来週から別のを読みたいね
お題候補よろしく〜
ではわたくしも、あえて狭い意味での「貞操」にこだわりつつ自分なりの
補足自己弁護いいわけ申し開きを。
娘お富が侍新公をたじろがせるまで頑強に抵抗した程度には重く思えたその操は、
三毛の命を前に一旦はアッサリと重みを失います。が、その三毛の命は不思議にも、
金切れつけた官軍が歩き回る緊張の江戸市中を掃き溜め漁りしつつ必死で
逃げ回り、遂に上野を死に場所と胆を括った侍が我が身の危険をも顧みず、
見に戻らずにはいられぬものでもありました。
偶然とはいえこの瞬間、可愛らしい田舎娘の貞操は、猫のいのちという
物差を挟んで、源氏の嫡流直参旗本御家人の時代に対するけじめ覚悟と
堂々渡り合える精神的な値打を持ったのです。
次第によっては、乞食にしてはチョット良い男が田舎娘をいてこますほどな、
情念の入る隙間もない衝動一辺倒の行為でしかないものにさえなりかねぬ
この夜は、若さそしていくさと死の予感という衝動的な要素はそのままに
人間と人間、おとことおんなが互いに尊敬しあい認め合う夜となりました。
男は、娘がその肌身をいきおい乞食風情にまかせたなどというつまらぬ始末を
こしらえることを潔しとしませんでした。娘は、ただの乞食などではない
おそらく素性も確かな立派な男が、じぶんを大事に思ってくれたことに気づき
感心しありがたく思いました。
そして新時代。多くのものが変わりました。社会。男振。恋愛。貞操観念。
女はもう娘ではなく、男は乞食どころではありません。女は男を見つけ、あの
猫とそれが取り持った大切な瞬間を思いだして、今自分の得た生活と幸せ、
つまらぬ情動で汚されるどころか、あの場で操を散らさなかったことで
美しい娘時代の精神的記念碑となり、誰にも我にも恥じることないわが貞操を
思い、また、あの夜男に感じたおのれの予感の正しさを確認してこころ弾み
胸を張り面を上げ、背筋ののびる思いがしたことでしょう。おしまい。
酔っ払ってたので読みづらかったらごめんなさい。
858 :
吾輩は名無しである:2011/07/03(日) 09:14:21.35
菅総理ももう辞めるこおを決意したんだろうね。
妙にがんばっていて,国民が支持しだした。
あそこまでがんばると、判官びいきが現われる。
わが家にたった一つモニターがぬっ殺されました。
修理買い替え計画は全く未定です。
残念ながらしばしお別れです
お題を選ぶのはまた次の機会にでも。
ではごきげんよう。
直ったらまた来ます
ありゃ〜
そういえば俺のPCもボロくなったなあ
鈴木か佃煮は何かお題候補ないかい?
861 :
忍法帖【Lv=9,xxxP】 :2011/07/03(日) 11:44:50.46
そろそろ外人の作品を一つどうよ?
外国ものもいいねえ
何か候補あるかい?
血の盃もお富の貞操も、長さがちょうどよかったから
それぐらいのやつがいいね
東電さんが当分駄目なら、アセンションを指名でいいや。
お題を選んでくれ。
指名制かwじゃあ
カフカの断食芸人
か
横光利一の蝿
どちらかがいいだろう?
865 :
忍法帖【Lv=26,xxxPT】 マグナ ◆i.K3ZM.pZo :2011/07/03(日) 15:13:07.26
さて、遅ればせながら、「お富の貞操」で一席。
この小説の主役はお富でも新公でも、また猫でもなく、恐らくは音であり、時間である。
俺はこのことを以下の一節で明瞭に悟った。
「暮色は疎らな雨の音の中に、だんだん此処へも迫つて来た。引き窓の綱、流し元の水瓶、――そんな物も一つづつ見えなくなつた。と思ふと上野の鐘が、一杵づつ雨雲にこもりながら、重苦しい音を拡げ始めた。」
これを冒頭の「戸をしめ切つた家の中は勿論午過ぎでもまつ暗だつた」以下の描写と引き比べて欲しいのだ。
「八つ、八つ半、――時はこの雨音の中にだんだん日の暮へ移つて行つた。」
まず猫の記述でこの小説ははじまるが、その後に姿を現すのは音であって、時間である。
時間がうつろい、その中にぽっかりと猫も新公もお富もいる。この事実は指摘しておきたい。
これはただの時代小説ではない。ここには時間が切り取られているからだ。
歴史、というかたちで滔々と流れる雄大な時間の流れが、雨の音をきっかけにして休息に静止し、ゆったりとした動きへと変化する。
その静止した時間の中で二人の男女と一匹が描かれている。
866 :
忍法帖【Lv=26,xxxPT】 マグナ ◆i.K3ZM.pZo :2011/07/03(日) 15:28:30.86
最後の箇所はさながら不思議だ。
これまでゆったりとしていた時間は雨の水を吸収した流し元の水瓶の「黄昏の水」を新公が「柄杓になみなみと水を酌ん」で飲んだ後一気に加速する。
二十年後の記述は変化を見せている。
例えばなんでもないような「前田正名、田口卯吉、渋沢栄一、辻新次、岡倉覚三、下条正雄」といった歴史上の人物の固有名詞が、
既にここで描かれる光景を色褪せた写真のように見せているし、明治二十三年内国博覧会という設定そのものが、既に一幅の絵巻上のものでしかない。
「目の中に冴えた光は昔と余り変らなかつた」ところがここにお富の視点が投入されると、また時間がゆっくりとなる。
「二十年以前の雨の日の記憶は、この瞬間お富の心に、切ない程はつきり浮んで来た」
「馬車とすれ違」うまでの間にお富の心中に浮かび上がる思いは酷くゆったりとした個人の時間である。
雨の記憶はこの小説全体を覆っているが、二十年後の記述で天気は描写されないが、それゆえにからりと晴れた青空を思わせるものがある。
それはお富の描写ゆえだ。「何事もないやうに頬笑んで見せた。活き活きと、嬉しさうに。……」
867 :
忍法帖【Lv=26,xxxPT】 マグナ ◆i.K3ZM.pZo :2011/07/03(日) 15:35:47.76
夢野久作も小酒井不木も推理小説家らしい企みに満ちた小説を書いてはいる。
しかし、彼らの小説は「個人の時間」を描写できてはいない。なるほど確かに数学教師の履歴は描かれているし、内面描写はされている。
だがそこにあるのは企みとして、機械としての時間の推移であり、「個人の時間」には後一歩で達せていない。
芥川とこの二人を分けるものが何か、といえばそれはやはり「文学」だ、としか俺は言いようがないと思う。
マジで言ってんの?
ややナルシスティックな雰囲気をまといながらもw
新公が水を飲む場面に注目したのはマグナっぽくていいと思うな
>>868は最後の行に対するツッコミね。マグナは即レスしてくれると思ってたんだが…
んなこと言ってもわかんないかw
872 :
忍法帖【Lv=26,xxxPT】 マグナ ◆i.K3ZM.pZo :2011/07/03(日) 18:27:14.41
お富と新公の関係に話を戻す。アセンションとNの論争だが、その中間をとるべきだと思う。
お富は必ずしも、新公を誘っていた訳ではない、さりとて全くその先にあるものを否定していた訳ではない。
貞操、ってのは何をもってそうなのか。まずこれは明治以後に作られた言葉であるんだよな。
辞書で見るとchastity,virtue,honorの訳語に相当するというものという。
芥川は当然英語ができたからこの外来語を翻訳した言語を使うことを恐らく相当意図的に行っていることは確かだと思う。
ひるがえって考えるならば、処女であっても「貞操」を失ってる女はいる、とも考えることができるのではないだろうか。
特に現代であれば、耳年増どころか目年増になることもでき、それどこか、処女であっても様々な体験ができるから、必ずしも貞操というものの存在が必要視されないとは思う。
貞操=「操」だとするなら処女かどうかではなく、一人の男に誠意を尽す、ということでもあるしな。
三浦の意見を反転させてみたが、江戸時代には果たして、「貞操」というのものあったのか、
そういう疑問を江戸から明治に移行するという微妙な舞台設定に持ってきたあたり、芥川の小説家としての手腕は冴えている、としか言いようがない。
これは別の意味では言葉にならないものを言語化した小説であり、敷衍すれば男女間の言葉にならない間柄を言語化しようと試みた実験でもあるのではないだろうか。
お富は処女でもあり、貞操を持っていた。そしてその言葉の揺らぎのごく微妙なところを描いた作品、とこの小説を捉えればしっくりいくのではないだろうか。
既に言語に淫してしまっている人間=芥川が、言語として表出しない人間の裏側を描き出そうとした、とまではいえないかもしれんが。
873 :
忍法帖【Lv=26,xxxPT】 マグナ ◆i.K3ZM.pZo :2011/07/03(日) 18:35:37.61
>>868 文学は括弧つきだぞ。そのあたりを考えてみるべきだ。
あと新公はおそらく村上源氏の末裔で侍の端くれだよな。武士といえば軍人であり、野蛮な側面を持っているが、反面知識人としての部分も持っているという厄介な存在である。
明治期に官僚になったのも無学文盲ではないという証拠だろうな。
当然語り手の視線が新公に寄せられるのは当然のことではある。
それとの対極にお富、そして猫がいるとすればわかり安いのではないだろうか。
芥川もまた、「庄造と猫と二人のをんな」の谷崎と同じように動物と女を近似したものと捕らえていたのではないだろうか。
その証拠に指摘があるとおり、お富の内面は猫とほぼ同じように描写されない。そしてその外面的な動きと発言だけが捉えられていることに注目するべきだろう。
お富は町人であり、町人の男と結婚した。新公は士族として出世した。階級的な面からこの小説をとらえても面白いかもしれん。
874 :
忍法帖【Lv=26,xxxPT】 マグナ ◆i.K3ZM.pZo :2011/07/03(日) 18:50:07.17
教科書的な側面から見れば、四民平等といわれて、問題が解消したように思うかもしれないが、
男女間に介在する階級的な問題は今なお、ごくうっすらとではあるが日本に残っている。
さらにそれを裏返せば、四民平等という言葉が存在する以前から町民と武士階級、さらには貴族階級の男女間の渡り合いは存在したということにもなる。
そういう歴史的な文脈からお富の「貞操」をとらえてみてもいいかも知れんな。
二人が環形するということは、そういう階級的な垣根を踏み越える、というもう一つの「貞操」を犯す危険性があったのでは、とか。
>>873 揚げ足は取らないから、カッコ付きの文学についてもう少し詳しくお願いします。
マグナのいう内面描写は
明治元年の雨の一夜と20余年後とでは
男女入れ替わってるんだな
まあ20年後の描写は
内面というよりもお富に寄り添う感じといったほうがいいか
カッコ文学トジカッコか。
結局芥川はそれ止まりなんだよなあ。
芥川と夢野、小酒井との差を括弧付きであれ何であれ
文学と呼ぶことにはほとんど意味を感じないけど
確かに差は感じるね
端的にいえば上手さ
雨が「見えない」屋根に降る、という一見何気ない表現
でもこの「見えない」という言葉はすごいと感じたね
三人称の語りでありながら読者を家の中におき、新公の目線に自然に近づける力があるんだよなあ
ムーの異聞ラストはまだかい?
そろそろ次に行こうかと。
ああ
待たずに次行ってくださいな。
俺はマイペースでやりますからw
882 :
忍法帖【Lv=27,xxxPT】 マグナ ◆i.K3ZM.pZo :2011/07/04(月) 02:01:42.30
「文学」ってのは表現としては今ひとつだったかもな。ただこれは「文学」だと感じさせるものがあるわけだ。
歴史小説=「文学」ではない。夢野や小酒井はあくまで怪奇小説の域をでない。
その二つが到達していないところに到達している、それが名付ければ「文学」なのだ、ということだろうか。
てか、新公はどうみても乞食、三下みたいな口のききかたしてるよな。
新公が武士って設定なら、もうすこしマシな口のききかたさせるんじゃないか
芥川は。後で出世はしたが、この上野戦争の時点では、ただの乞食って
芥川がいってるんだから、作者のいうことをまずは信じるのが無難だろうなぁ。
あと、「貞操」って言葉を言海でしらべてみると、ちゃんと載ってるね。これは
明治以前からある言葉だと俺はおもうなー。 日本人は貞操観念薄かったって
話があるが、なかったわけじゃなさそうだね。「純潔」という言葉で調べてみると
中世の御成敗式目でも、姦夫姦婦は所領の半分が没収とか流罪とか、姦通した
相手を妻ごと斬り殺す女敵討というのが合法化されていたなんて話がある。
近松も姦通ものをいくつも書いてるって言うから、姦通が罪ということは、つまり
貞節という観念が一方にあることの証明になると思われる。
カフカの「断食芸人」か、横光の「蠅」が次の候補ね。
どっちも青空で読めるのな。まあ、日本の作家の作品が
みっつ続いたから、次はそれ以外の作者の作品をとりあげる
ってことでいいんじゃないか。
884 :
忍法帖【Lv=27,xxxPT】 マグナ ◆i.K3ZM.pZo :2011/07/04(月) 02:26:06.55
885 :
忍法帖【Lv=27,xxxPT】 マグナ ◆i.K3ZM.pZo :2011/07/04(月) 02:33:32.67
当時は正体を見破られたら殺される危険性があるからな。
知られた志士でも普通に偽名で暗躍していたりするし。特に新公の場合恐らく官軍側だろう。死地に飛び込んでいる訳だ。
887 :
吾輩は名無しである:2011/07/04(月) 11:08:00.14
>>886 カフカ「断食芸人」についていくつか。
そもそも断食というものが芸になりうるのかと、読み始めてから驚きました。
私も過去にダイエットの為に断食したことがあるし、最近では断食は健康法の一つです。
また断食と言えばこの間、海で迷ってしまった漁師が約40日の間、水だけ呑んで生き続け、
自力で港までたどり着いてニュースになりました。断食芸人も水だけ呑んで40日の断食です。
人間というものは、水だけで2ヶ月ぐらいは生きる事ができるそうです。
しかし、飢えている人間というものはどうにも見苦しいだろうと思うんですよね。
食べなければ数日で痩せていきますが、痩せて行くからなんなのかとも思うし。
知り合いに拒食症で体重が32キロの人がいますけど、裸なんか見ても無惨な姿ですよ。
骨格がむき出しになってるし、胸やお尻の肉がまったくないんですよ、皮膚が垂れ下がってるだけです。
そういう無惨なものに対して、群衆というのは好奇心を示すものなんだろうかと不思議になります。
痩せぎすの人の体なんてすぐに見飽きてしまうものですよ、普通は。
だからもしかしたら、群衆は、断食芸人が断食の途中で死ぬのを見に来てるのかもしれないと思いました。
ただ単に食べない人を見てもつまらないけど、最後に事切れるというオチがあれば多少は見るに値するかも。
視線に晒されながら誰にも助けられず死んで行く人を見たいという残酷な欲望なら多少は理解できます。
この話はカフカ特有のトリックなどは見られないけれど、モチーフのインパクトはあって、
私などはつまらなければ最後まで読むつもりはなかったけれど、読ませる力はありました。
ろくなもんじゃないよお前の感想は。
今日も夫婦漫才やってんな
ほんとダメ。批評と薀蓄を混同してるよね。
また佃煮が一番乗りか
チャチャ入れる権利があるのは感想を書き込んだ奴だけだぜ
鈴木はそれまで引っ込んでろw
まともに小説を読んだ事がないくせに文学板への常駐率が一番高い鈴木は今日も知的コンプレックス爆発させてるな
いや、俺はどれだけダメかという勝負だと思ってるから。もっとヒドい感想を書いてやるから覚悟しとけよな!
人の感想にケチつけて自分は逃げるって最低だわ
コテを付けろよw
それって敗北宣言?
お前は佃煮マニア?
うんこ放り出してごらん
はぃぃぃぃぃ〜!!
>>894 おーいい度胸じゃねーかw そこまで啖呵きったんだったら
つべこべ言わず佃煮よりひどい感想を書いてみろよ。
書けるもんならなw
鈴木は字を書く事が困難だから書評などという無理難題に取り組ませるのは無理だ
断食芸人面白かった、そしてけっこうくるものがあったわ
カフカ的手法はこの作品にも顕在だと思うけどなあ、これは求道者の生態を残酷な形で表してるんだと思うね
>うまいと思う食べものを見つけることができなかったからだ。
うまいと思うものを見つけていたら、きっと、世間の評判になんかならないで、きっとあんたやほかの人たちみたいに腹いっぱい食っていたことだろうよ
この一説を書きたいがためにこの作品を書いたんだろうなあカフカは
人に驚かれ、差異化することに自尊心を保っていた断食芸人は
安い考えで大衆と同じ位置に扱われることをとにかく嫌う
埋没した生活に満足できない人間の悲哀、そしてはそれは彼が何も持たぬことの裏返し
断食とは単なる苦行ではなくて彼の自己証明のための唯一の手段、拠り所だった
ゆえに断食とは容易い、彼のすべてなのだから
この作品の最後が悲しい形で終わったのは・・どうなんだろうなあ、私的に身につまされたものがあったから
あえて考えたくないなあ
この作品はモチーフ選びの妙で既に成功が決まっていたね
カフカすげーよ
俺の知性もそれなり研磨されてきたと思うんだけど
生半可じゃ安定した就労には結びつかないんだよなあ
切れない刃物に買い手はつかん
断食芸人、岩波文庫の「カフカ寓話集」で読みました。面白いなあ。とても面白いです。
公務員をやりながらずっとこんな事ばかり考えていた人が存在したという事実だけで感動的だと思います。
今回は早いw
鈴木は何を見ても「面白い」しか言わないな
つまんないも言いますよ。
これは何度も読んでみたい作品だったので、終わるまでに青空文庫も読んでみたいなあ。
でも面白いって感想しか出てこないんだろうなとも思う。「これはいい小説です!」とかw
911 :
忍法帖【Lv=28,xxxPT】 マグナ ◆i.K3ZM.pZo :2011/07/05(火) 13:28:53.02
age
例えば、言葉による情報と、視覚その他の感覚による情報の違いは、前者が「〜がない」という状況を即座に伝えられるのに対して、同様の事態に直面した後者は、殆どなすすべがないほど無力である、ということに尽きる。
例えば机の上に花瓶がないという状況を言葉で説明するなら、そのまま「机の上に花瓶がない」と書けば済む話なのだが、
これを映像で説明しようとすると非常な困難に逢着するわけだ。
何の予備知識も持たない人間に、上に何も置いてない机の映像をただ見せたとしても、
相手は机が写っていると思うだけで、そこに「花瓶がない」ことに思い至る人間はいないだろう。
だとすると、この困難な使命を担わされた伝達者は、なんらかの手段で、本来この机の上には花瓶が「ある」べきなのだと相手に知らしめ、その上で上に何もない机を示さなければならないことになる。
断食芸人が直面する困難と矛盾は、まさにこうした事態に等しい。
断食芸人が観客に見せたいのは、ある純粋な「否定」の状態である。彼の魂は、「否定」と「拒絶」によって初めて肯定されるという厄介な状況にある。
ところが、食べ「ない」という事柄を、そのままスペクタクルとして示すことは不可能なので、
この絶対的な「ない」を示すため、芸人は断腸の思いで数々の屈辱的な妥協をせざるを得ない。
絶対的な「ない」が、檻によって監禁され、監視者を置くという、相対的な「限定」に取って代わられる。
ところがここにもまた一つの矛盾がある。
こうした檻や監視者を望み、必要としていいるのは、当の芸人であるからだ。
彼は、単に自然な欲求に従って断食しているのではない。
彼はプロの表現者なのであって、観客がいない所に彼の人生はない。
恐らく、言葉によって「断食芸人」という「作品」が紡がれている、ということは、「文学」というものの、一つの悲しくも輝かしい勝利なのだ。
なぜなら、断食芸人の栄光と凋落は、小説という形態でしか正確に伝えることができないからだ。
最後でカフカは珍しく親切に、わかりやすい対比として猛獣を出してくるのだが、
この「自然」、この生の「肯定」を提示するのにどんな表現手段でも訳はないわけだ。
映像であれ文字媒体であれ、大概の「作品」においては、いかにこの「豹」を活写するかに精力が注がれる。
しかし、もし真にカッコ文学トジカッコなるものに相対しようとするならば、
それはよく出来た小説になどはならず、むしろその奇形性によって、「文学」と「文学ならざるすべて」の境界線を引くような、
つまりこの線を踏み越えたら全くの虚無か、全くの白色の光しかないような、
「絶体絶命」の地点に導くものでなくてはならないだろう。
その意味で、カフカもこの「断食芸人」も貴重な存在だと思う。
もちろん断食芸人はカフカの自画像に外ならない。
長々とつまんないんだよおっさん
なんだ電車で夢中で携帯打ってたら
いつのまにか東京横切って北千住来ちゃったよ
どうすりゃいいんだ
つまんないと言えるってことは
少なくとも読んでくれたってことだよな
愛してます
>>888 >死んで行く人を見たいという残酷な欲望なら多少は理解できます。
なるほど、佃煮は観客目線で読んだわけだ。
>>903-904 佃煮とは逆に903は
>求道者の生態を残酷な形で表してるんだと思うね
>私的に身につまされたものがあったから…
断食芸人の立場に身を置きながら読み、そして
「うまいと思う食べものを見つけることができなかったからだ。」
という一文にフォーカスをあててるというわけだね。
>>910 >面白いって感想しか出てこないんだろうなとも思う。
と書く鈴木の読みは今のところよくわからないがw
もしかしたらある意味すごい読み方なのかもしれない…w
で、
>>912-914のムーは
言語芸術と視覚芸術を対比させた上で、
食べ「ない」という純粋な「否定」の表現に注目し、
芸術家=表現者としての断食芸人にカフカの自画像を見る、と。
作品読んでないけど
>>903が一番読みたくなったな
903がなぜ「私的に身につまされたものがあった」のかはわからないが、
うまいと思える食べものを見つけられない断食芸人を
たとえば、こんなふうにおきかえて読む人もいるんじゃないだろうか。
「働きたい仕事が見つからなかったから、仕事をしていない」と。
気合の入ったニートか
また、断食芸人ではなく、それを見る観客の視点で作品を読んだ佃煮は
ある意味個性的な読みともいえるのかもしれない。
評論と広告は違うだろうけど、佃煮もムーも、「課題図書だから読んでやった」感が出ててなあ
鈴木や
>>903の素直さが読んでない俺も読んでみようかなと思わせる
素直に感想を書くことと評論は違うか
原田義人訳「断食芸人」。
この短篇を書いた作家がフランツ・カフカだということを
とりあえず俺は忘れてみるふりをしてみよう。
原書がドイツ語で書かれているということも放り投げておこう。
あたかも原田義人という訳者が、どの国の誰かもわからない人の
小さな作品を見つけてきて、それを翻訳したのだと考えてみよう。
そうした仮定をして「断食芸人」を読んでみたとき、
一体何が起こるのだろうか?
まずやってくるのは戸惑いだ。この作品は何だろう?
笑わせるためのコント? 実話に基づく悲しい物語?
メタファーに満ちたおとぎ話? 自伝的な寓話?
断食期間は興行主によって四十日間に切り上げられる。
まだまだ断食できるのに、途中で打ち切られるのだ。
この打ち切りは、断食芸人の元気をそいだ。
打ち切りのために元気がなくなったのに
元気がなくなり限界だから打ち切りだというのである。
結果が原因とされてしまうまやかしだ。
この「真実をねじまげる興行主のやりかた」は、
「断食芸人がよく知っているものだった」のだが、
こうした「愚劣さの世界と闘うこと」は不可能だという。
カフカ的だ。まるでカフカが描く世界だ。
この作者がカフカじゃないとしてもカフカ的だ!
月日は流れて「まだ断食をやっているのかね?」と監督はたずねる。
「おれの断食に感心することを望んでいたんだ」といいながら、
「でも、みんなは感心してはいけないんだ」とも断食芸人はいう。
感心することを望んでいるのに感心してはいけないのだというパラドックス。
ここにもカフカ的としかいえないロジックがある。
この作品が誰によって書かれたとしても、
ここに描かれた世界はカフカのものだね。
佃煮の話はリアリティがあって面白い
うん。
>>903は求道者の心情について丁寧に観察されてる
あと鈴木はもしかしたら断食芸人を体現してるのかもしれないw
書きたいふさわしい言葉がないから、書かない、と。
アセンションの深読みもなかなか面白い
>>933 さんきゅーw
あとムーも基本的な読みのヴェクトルは
>>903と変わらないだろうけど、
言語芸術と視覚芸術の対比はムーらしさが出てるよね。
ただ、「ない」という否定や無為を表現した視覚芸術はないだろうか?
たとえばベケット「ゴドー」はどうだろう、と。
コロンボの奥さんとかな
いや
ベケットも含めて演劇は言葉使ってるし。
まあ映画だって登場人物に「あ、花瓶がない」って言わせればすむんだがw
ゴドーが来ない、と語られる部分じゃなく、登場人物が一幕と二幕の最後で動かない動作なき動作を繰り返すとこね。
まあ話が逸れるからこれくらいで。
>>914 その意味で、中原昌也の「」をこの作品と対比させてみるのも面白いかも知れない。
「」は活き活きした馬の絵をめぐる物語なんだけど、監禁されて馬の絵を描かされてる人がいるんだよね。
そしてやはり断食芸人はカフカの自画像なのか。
思うに、カフカの寓話を私小説的に、彼自身のメタファーとして読むのは面白いと思ってたんだよね。
それを徹底したら断食芸人はどう読めるのか…青空文庫読みながら考えてみます。
>>918 おれはその一文いらねえんじゃねえかな?って思ったんだけど…説明がない方が面白くないですか?
>>922 いや普通のニートだと思うw
>>925 まあそうなんだけど、俺も佃煮マニアに批評と薀蓄を混同してるとか言ったけどさ、
そういう俺も別に批評をやろうとは思ってないんだよ。感想でいいと思うんだな。
だから批評しようとしてる皆さんは凄いと思うよ。
>>927 そうか。カフカには一貫した主題があるんだね…
>>932 なんか嬉しいね。ありがd
ごめん、今出先で、「」の間に作品名を入れてから書き込もうと思ってて忘れてた。家に帰ったら書きますね。
鈴木はまた万引きしてるのか
こいつの親はなんで気がつかないんだ?
通りすがりだが、ムーって人は創作の才能は無さそうだけど、おもしろそうな人だw
こんなの出て来たどうしよう
6 :吾輩は名無しである:2006/04/17(月) 19:09:02
ムー大陸は美香がメンヘラーのブログを荒らした時一緒に煽ってた最低人間だ
オマエも一緒に死ね
25 :吾輩は名無しである:2006/04/18(火) 18:11:42
しかしムー大陸は卑劣だな。
論先生の社会損失、美香の逮捕
どちらに転んでも腹の中でほくそ笑むんだな。
無名の下流の不健康な攻撃性がみえるよ。
賭けてもいいよ。こいつはロクな人生を歩んでこなかったし、
これからもそうだ。
>>938は「路傍の墓石」でした。河出書房の「マリ&フィフィの虐殺ソングブック」に入ってます。
虐殺SBは持ってるから読んでみるか〜
あの話は素晴らしい。カフカを暴力的にした感じですかね。中原昌也はハスミンに「カフカの子」と呼ばれていた。
>>972 そうそうw
俺は極悪非道で何するかわかんない奴なんだぜい♪
せいぜい気をつけなw
つーかヒマだな君
気にするなよムーさん
また未来にアンカーしちまったぜい
非道もここに極まれりだな。
>>942 でした
いや懐かしんでるw
俺過去ログとか読めないからな
ありがたいことです
俺も鍵君のレスの責任を取れとか言われて、確かに正論だから取ろうと思ってたんだけど、無理かもしれない…
今やっと
ムーと鈴木が馴れ合ってる理由が分かった気がした
どっちも同じレベルのクズだから分かりあえるんだ
いや、俺がムーさんを尊敬してるからだよ。
>>884 芥川が、そういう設定にしたいなら、新吉は乞食のふりしてる侍ですって匂わせる
文をどっかに挿入すると思うんだよね。 俺は最初っから乞食説をとる。
言海もってるよー。基本装備の一だよね。
さて、次は「断食芸人」の感想を書かないと。
「断食芸人」についての感想ね。プロット的には、同じ作者の「変身」と似てるなあと感じたね。
内面的に愛情深く誠実な主人公と、外面の奇怪さ(「変身」の場合は奇怪な昆虫のかたち
「断食芸人」の場合は、断食という異常な見世物的パフォーマンス)でしかものを見ない世間
社会とのギャップについての物語。 「変身」のグレゴール・ザムザは、まったく自己の
意思とは無関係に、怪虫に変身し、断食芸人はあくまで自己の意思によって、不正を
せずに断食をつづけるという違いはあるにせよ。そしてどちらの物語でも、主人公の誠実さは
最後までむくわれないね。これが不条理ってもんなんだろう。
断食芸人が最後に残した言葉、なぜ断食をつづけたかについての理由
「うまいと思う食べものを見つけることができなかったからだ。うまいと思うものを
見つけていたら、きっと、世間の評判になんかならないで、きっとあんたやほかの人たち
みたいに腹いっぱい食っていたことだろうよ」
これは断食芸人が最後の最後に無理解な世間を見返した言葉とも、ある意味いえよう。
この言葉を世間に吐くために、芸人は断食をつづけたきた、とこの小説はいっているように
みえる。しかし社会はそのような不遜な遺言に相応の報いを与え、芸人の遺体は豹のエサに
なって、芸人は自分の身体が「うまいと思うもの」だったことに死ぬまで気づかなかったことを
嘲笑されるという落ちだね。
ところで、島田雅彦も断食についての小説を書いているそうで、断食についての短編を
よんで、島田のその作品について、「断食芸人」と比較してみたいと、ふと思った。
まあ、それはいずれ別の機会があるときに。
課長はもういいよ。
>>935 ごめん意味わからなくてスルーしてたんだが
いまさら吹いたw
>>937 それで思いだしたんだが、昔、渡辺守章がゴドーについて、
全てが不在になった後も、俳優の身体という「プレサンス」は残るんだ
みたいな話をしてた気がする
>>954 エヌ評はいつも安心できるw
ただ、「断食芸人はわらといっしょに埋められた。」ってあるから
>芸人の遺体は豹のエサになって、
ってとこは、象徴的な意味を別にすると違うのでは?
スレ終わったからここに
花の接写はねえだろ!!文学板的に
ムーにはいい女なんて寄り付かないんだから美香おじさんでオナニーしてなさいね
心配ご無用です。
俺には麻衣子がいるから
エロゲの主人公かよ!
違うよ
川上麻衣子を知らんか!
っていうか最近オナニーなんかせんなあ
仙人に近づいているのかも知れん
ああごめん
新スレ立ったからこの流れはやめよう
おやすみ
何だ
そういやこのスレもうすぐ終わりじゃないか
スレを存続させるのか?もう終わりにするのか?
参加者たちは相談してくれ
この企画自体はいい。
けなし合いでない自由な感想の出し合いは読んでて楽しめる。
コテのヨイショ合戦にならないなら続けてほしいね。
>>957 >芸人の遺体は豹のエサになって、
>ってとこは、象徴的な意味を別にすると違うのでは?
青空の「断食芸人」から引用するな。
>「それじゃあ、片づけるんだ!」と、監督はいった。断食芸人はわらといっしょに埋められた。
>例の檻には一頭の若い豹が入れられた。あんなに長いこと荒れ果てていた檻のなかに
>この野獣が跳び廻っているのをながめることは、どんなに鈍感な人間にとってもはっきり
>感じられる気ばらしであった。
断食芸人の遺体はわらに埋められたっていうんだけど、ずっと断食芸人はわらの中で
断食してたんで、遺体が檻からだされた、とはどこにも書いてないんだよね。
だから、豹と断食芸人の遺体は同じ「例の檻」の中にあったと、そう読んだんだけど俺は。
豹は肉食だし、芸人の遺体とは肉であるから、豹が同じ檻の中にある遺体を食べようと
したとして、それは不思議なことじゃないだろうと思ったんだな。
>豹がうまいと思う食べものは、番人たちがたいして考えずにどんどん運んでいった。
とあるから、豹が断食芸人のやせ衰えた遺体には興味をいだかず、番人たちの運んでくる
エサしか食べなかったって解釈も可能性としては、ありえないことはないと思われるが。
けれども、ライオンなどの肉食獣に人間が食べられたってニュース、今でもたまにあるから
豹だって、きっと目の前に人肉が転がっていれば食べるだろう。
>だが、見物人たちはそれにじっと耐えて、檻のまわりにひしめきより、全然そこを立ち去ろうとはしなかった。
最後のこの一行は、見物の興奮について語っているね。ただの豹の展示だけで、今まで
見捨てられていた断食芸人の檻に見物が殺到するということがあるだろうか。
やはり、人の遺体をくらう豹という見世物が、非常に興奮する見世物であるからこそ
サーカスはそれを見世物にし、見物はそれを見ようとひしめくとなるんじゃなかろうか。
>>965 もうしばらく続けたいね。鈴木が本気になるまでw
>>967 なるほど。
これまでのエヌの読みに比べるとやや深読みになるような感じもするなあ。
>>968 そうかな、俺は今までと読みのやりかたはそんなに変わってないつもりだけど。
970 :
吾輩は名無しである:2011/07/07(木) 03:15:39.81
一人の作家について深く深く読んでいくことの重要性を最近痛感してるわ。
そして俺が一番読んでるのは・・村上春樹・・w
そういや、このスレもそろそろ終わりだな。
次スレたてておくか。雑談スレはもうあるから
読書会スレとして、雑談スレとは別進行のスレとして
たてるのがいいだろう。
973 :
三浦 ◆aKZjWmIOl2 :2011/07/07(木) 13:28:17.79
カフカ「断食芸人」
主題:断食芸人と見物人の関係
見所:大衆の性質と個人の実力の限界
文体:身体と動作中心の描写
問題:歴史的文化的背景、個人の存在意義と職業の関連性の程度、豹の描写の効果と意味、社会の暴力について
感想:他人に読ませて、どう思ったか感想を聞いてみたいと思った
俺は常に本気ですよ!!
975 :
三浦 ◆aKZjWmIOl2 :2011/07/07(木) 14:27:19.72
鈴木は、もし、断食芸人と同じ立場に置かれたとしたら、作品の結末と同じような結末を迎えたと思いますか?
そういう立場って、断食芸人は内的契機に基づいてやってるんだから、そういう仮定はあり得ないでしょ。
つーか狭い檻に閉じ込められて飯も食えないって刑務所より辛いよwまさに生き地獄じゃないですか。
977 :
三浦 ◆aKZjWmIOl2 :2011/07/07(木) 15:42:03.12
そうですか…
カフカの描く人間はどれもからっぽで、個性が無く、強いて個性があるとすれば職業くらいのものです。
僕はこの断食芸人がだれであろうと、結末は変わらないと思ったんですね。
カフカはそういう描き方をしていると思った。
人間一般を扱った小説だと僕は読みました。
この断食芸人のような、やるせなさを、あるあるネタとして扱った、そこにこの作品の面白さがあると思ったんです。
僕は、内的契機がその人を断食芸人にしたというよりは、その人が無力だったから断食芸人でもやるしかなかったからで、
自分が断食する姿を見て感心して欲しいというのは後からついてきた欲望というふうに読みました。
でも他にいくらでも仕事あるでしょ。こんなにきつい事をやる事はないよ。乞食のほうがまだ楽だよ。
カフカは中身がないからくだらない
中身って何だよ?w
鈴木は何でまとまった形で感想書けないの?
貼り付いて一行二行のレスを書き散らかすのやめてよ見づらくなるから
お前は黙ってろよ。殺すぞ?
ここで堂々と勝負しないで影で私の悪口を書きまくったりストーカーしたり、
鈴木は女の腐った奴みたいですね。
まあ、鈴木のちんちんは腐ってるようなものだから
くされおめこがパクパク言ってるw
鈴木最低だな
何て言ってるんだろう?
>>973 今回の三浦は変化球だね〜
>>977 >人間一般を扱った小説だと僕は読みました。
なるほど、これは新しい視点かな。
人間は誰しも断食芸人的な面はあると?
残り少なくなったから、エヌが立ててくれた新スレにスライドしつつ。
いま大阪にいるから虐殺SB手元にないんだけど
中原を引き合いに出した鈴木の断食芸人読みの続きはどうだい?
>>989 みんなが買ってくれるならやりたいけど、そうじゃないなら青空文庫のやつでいい。
鈴木が書くっていうんなら文庫だしみんな買うかもよ?
鈴木のために金使うのやだ
アセンションが
>>957で書いた「象徴的な意味」っていう言葉が
なんとなく気にかかるな。
この短編は寓話的であるね。寓話というのは、何かの寓意を伝えることを
目的としてるが、この場合のそれはなんだろう。
やはり何か時代的な趨勢というものを、寓話的に表現してるんかな。
この短編は、1922年に文芸誌「新ドイツ展望」に発表されたそうだ。
1922年というと、ミュンヘン一揆の前の年だな。凶暴な時代への予感と
いうのが、カフカにあったんではないかと、想像してしまうな。
豹という獣から想起される文学的なイメージは、ニーチェの「金毛獣」であるしね。
カフカはニーチェも読んでいたそうだ。
二人以上買うならやってもいい。Nさん買ってくれる?ムーさんは?
豹に与えられている「自由」という言葉が気にかかるね。
>>994 そこは「やってもいい」じゃなく、「買ってください」だろ!w
なんだよここは鈴木のための介護施設かよ
いいかげんにしろ
むしろエロスじゃねえのかな。豹が表現してたものは。「路傍の墓石」における馬だよな。
「マリ&フィフィの虐殺ソングブック」買って下さい!!
1000 :
吾輩は名無しである:2011/07/07(木) 20:54:02.75
1000なら佃煮のマンコに蜘蛛の巣が張る
1001 :
1001:
このスレッドは1000を超えました。
もう書けないので、新しいスレッドを立ててくださいです。。。