1 :
吾輩は名無しである:
近年、幻想文学的要素のないエポックメイクな作品はほぼ皆無
なぜか?
おちんちん
でたな!おちんちんマン!
>>4 三島「軽王子と衣通姫」
鏡花「高野聖」
漱石「夢十夜」
百�「件」
野坂「骨餓身峠死人葛」
レオ・ペルッツ『第三の魔弾』
リチャード・ブローティガン『西瓜糖の日々』
マルセル・シュオブ「木の星」
ヴィリエ・ド・リラダン「ヴェラ」
ミルチャ・エリアーデ「ムントゥリャサ通りで」
建部綾足「本朝水滸伝」
上田秋成「雨月物語」
幸田露伴「観画談」
谷崎潤一郎「蘆刈」
澁澤龍彦「高丘親王航海記」
ポー「アルンハイムの地所」
ネルヴァル「シルヴィ」
フロベール「聖ジュリアン伝」
カフカ「変身」
ミルハウザー「シンドバッド第八の航海」
シュニッツレル「カサノヴァの帰還」
ヘッセ「荒野の狼」
トウェイン「ミステリアス・ストレンジャー」
カーター「夜のサーカス」
夢野久作「焦点を合わせる」
>>5 近年じゃない上に
とてもエポックメイクとは言えない作品ばっかっすね
エポックメイクw
画期的と書け低学歴
8 :
吾輩は名無しである:2010/08/22(日) 02:54:01
ただのはやり
幻想的なやつって人生経験なくても書けるからね
「前衛文学」はジョイスとベケットで終わった
「幻想文学」はまだ終わってない_
12 :
吾輩は名無しである:2010/08/22(日) 13:16:39
さて、武陽辺りがあらかじめくることを予想して存分に罵倒しておきますか(笑)
武陽なんぞはまず幻想文学を嫌っておることが分かっておりますが、そこは仕方のないことです(笑)
私にしても同意権ではありますからねぇ(笑)おやはや(笑)さて果て(笑)
ですがどのような文学でも私の読むものを幻想文学とされましても(笑)おやはや(笑)さて果て(笑)
武陽はオーソドックス至高、英雄至高、例えば坂本竜馬に関しましても稗史的考え方を持ち出して武陽を反論しますと、狂ったように噛み付いてきましたからねぇ(笑)おやはや(笑)さて果て(笑)
世の中には栄光に浴せぬ者もいます(笑)そしてそういうものを愚かと切り捨ててしまうのはいかがかと(笑)
幻想文学という言い方は非常に閉鎖的で私は嫌いますが、これをもう少し範囲を広くして、稗史と言い換えればいかが(笑)おやはや(笑)さて果て(笑)
例えばウンベルトエーコなんぞにネルヴァルはプルーストの先駆だとみなされておりますし、
バルガスリョサもその書に「荒野の狼」でページを割いておるわけです(笑)おやはや(笑)さて果て(笑)
15 :
吾輩は名無しである:2010/08/22(日) 15:43:51
コテ同士粘着争いうぜー
"ヌンチャク争い"との一致はありません。
>>13 さっさと2ちゃんを捨てて本の執筆にいそしむ舞踊に比べてお前の負け惜しみと間違いだらけのうんちくは何とも情けないなw
18 :
(o`.´o):2010/08/22(日) 16:11:21
舞踊謎は、秋声好きの秋声死らず(笑) クリトリスチャンに死て原罪死らず(笑) の阿呆です殻ねぇ〜(笑) 離しに鳴り増せん〜(笑)
19 :
吾輩は名無しである:2010/08/22(日) 16:16:13
顔コテ軍団がまたぞろ
底辺コテ
キリスト教福音派って進化論を信じないんでしょ。
>>5はすごく偏ってるな
単純に好きな作家や作品が幻想的なだけだろう。
>>22 >>5は重複スレで挙がっていた幻想文学リストのよせあつめコピペですよ。
>>23 なるほど。
どおりでガチャガチャな筈だ。
シュルレアリズムやラテンアメリカ文学
中欧文学やアメリカのポストモダンや超物語(アーヴィングとかね)
を挙げるんなら分かるんだよ。この傾向はなぜか、と
25 :
吾輩は名無しである:2010/08/25(水) 17:49:54
1がいいたかったのはそういうことだろうな。
で、不勉強で悪いんだが超物語って何だい?
アーヴィングのようにポストモダンによる物語の解体以降に
物語を再構築した作家の作品のことをそう言ってますけど?
つまり、ポストモダン文学(バーセルミとかね)以前の物語
とは違うぞ、ということ。
浅田や高橋なんかが普通に使ってる用語ですけど?
澁澤はポストモダンという言葉を嫌っていたが
誰が言いだしっぺか知らんが、超物語というのもそれに輪をかけてひどい用語だな
浅田はドゥルーズをチャート化してしまったなんちゃってドゥルージアンですし
京都精華大もほとんどFランといっていい大学ですしねえ。
80年代で終った批評家では〜。
>>27 元々は建築用語だよ>ポストモダン
で、フランスの思想家であるリオタールが思想用語として使ったんだ。
当時流行していた新哲学の向こうを張ってポストモダンとしたわけだ。
大きく出たね(笑
こういったリオタールの脱近代・脱物語を文学的に実践したのが70年代アメリカ文学で
80年代以降は物語回帰の風潮が高まったんで超物語としているわけ。
その頃台頭したニューコンサヴァティズムやミニマリズムとの対比でもあったんだろうな。
そう言えば編集者でも使っていた人がいたよ?安原という男がね。
超物語でぐぐっても3件しかでてこない
なんか使わない方がいいワードなんだろうな
言葉の響きが美しくないと言ってるのに
延々と解説されてもな
>>31 ゴメンゴメン。
ただ、意味合いとしてはそんな所です。
語感ついでだから書いとくと
幻想文学をファンタジーと呼ぶと違和感がある
海外でもてはやされるファンタジーのたいがいは「空想」と呼ぶものに近い
幻想には、境界状態というか、「はざま」「あいだ」の感覚がある
こういう言葉に敏感なひとにこそ、幻想文学は語ってほしいね
だって、“幻想文学”というのは日本の括りだから
それを国外の文学作品にまで適用したらいけないよ。
おっしゃるように幻想=ファンタジーと解すると
SF(ブラッドベリ)やフォークロア(ケルト民話)まで含まれる事になる。
ただ、リアリズムから外れるものするのなら、これらも含まれるわけ。
スレタイとしてはそういう意味合いがあると思うけどね。
実例を挙げるのなら小川洋子の「冷めない紅茶」(古いなあ)とかね。
35 :
吾輩は名無しである:2010/08/26(木) 08:20:36
>>5 一つだけをを挙げるならば下記に変更を請う。何故かって? オレ様が好きだからさ。
内田百閧ヘ、「件」→「東京日記」
ポーは、「アルンハイムの地所」→ 「妖精の島」
36 :
吾輩は名無しである:2010/08/26(木) 08:28:53
↑ばかまるだし〜
37 :
吾輩は名無しである:2010/08/28(土) 01:08:04
アラン・フルーニエ『ル・グラン・モーヌ』ハドソン『緑の館』サド『悪徳の栄え』を幻想文学として評価したい。
ボルヘスとか寺山修司も幻想文学に入りますよね。
39 :
吾輩は名無しである:2010/08/28(土) 23:29:34
ウルフもブランショも芥川も谷崎も幻想文学です。
リアリズムこそ幻想だと気づいたから