1 :
1:
文学版らしく小説のことはこちらでどうぞ〜
2 :
吾輩は名無しである:2009/08/03(月) 18:36:03
エレカシのうざい人たちがあっちにいってくれると助かるね
童貞かメンヘル御用達の作家
6 :
吾輩は名無しである:2009/08/03(月) 18:41:59
これから色々と書評が出てくるんだろうけれど、いまのところ一様にイジメ文学
ってくくりになってるのに不満がある。
一般人がそう読むのはいっこうにかまわないけれど、
プロの評論家がそのまま受け取るっていうのはどうかと思うね
7 :
吾輩は名無しである:2009/08/03(月) 18:42:58
いじめ小説でいいよ
哲学にしては浅すぎるし
にわかに文学づいてる気配があるけど、
ヘヴンはどれくらい売れると思う?
>>7 思想小説だと思う
百瀬〜僕の対面シーンで埴谷雄高思い出したけど、そういえば川上氏も埴谷雄高読者だったんね
イジメ文学どころかぶんがくになってない。
てつがく? どこがww よほどアホだな自演アホw
川上さんのインタビューってもうどこかに載ったっけ?
哲学でもなんでもいいけど、評論家が仕事してないのはたしかだと思ったな
この時間けっこう暇なんだわ
ヘヴンよもー
川上て2ちゃんねるキチガイらしいぞw
みえこは才能がゼロだから自分で宣伝しなきゃいけないのよ。
小説家は読んでなさそう
思想系の人が多そうだね 東なんとかとかw
講談社がどれくらい宣伝するのかw
あそこ倒産まぢか?噂あるけど本当かな
>1
こら未映子バカ、重複スレ立ててんじゃねーぞw
うれぱみんって何?
男で未映子がきらいな奴って、どういう理由から?
文学青年崩れなの?
21 :
吾輩は名無しである:2009/08/03(月) 18:59:06
このスレたてた>1は女で、頭のカラッポなDQNw
あっちを噂スレにしちゃえばいいんでないの
批評家か評論家で、川上に対して批判的なのって誰かいる?いたら教えて
金井美恵子とかショウノヨリコあたりが言及したことってあるのかな?
重複スレは禁止。
削除依頼に本人が行くのが規則。
廃刊とか休刊とか倒産とかさせる力があるのかもとも思ったけど、そうゆうまずい感じを嗅ぎつけて絡みに行くのかも。
どっちでもいいんじゃない 別に もう来ないし
>>27 なんでそんな必死なの? どっちでもいいじゃん
この人、ヘヴンでエレカシの宮本と離婚ってあがってくるけど結婚してたってことはないよね?
31 :
吾輩は名無しである:2009/08/03(月) 19:16:48
旦那がいるだろ
「文芸誌が売り切れになることはまずない」って1Q84に書いてた
良スレの予感。。
34 :
吾輩は名無しである:2009/08/03(月) 19:55:32
講談社には倒産間近という噂はない
出版社の中ではまだいいほうだ
噂がある(しかもあり続けているw)のは岩波
文芸関係では新潮社だったが
最近ちょっともちなおしたようだ
雑誌全体売れなくなってきてるから寧ろミエコ様は救世主なんだし。
ミエコ様のおかげでもちこたえてるんでしょ。
それよりうれぱみんてなに?おじゃぱめんみたいな感じだけど。
岩波文庫って業界で唯一、返品認めないんだよね?
老舗なのに、やっぱ経営は別 大変なんだなー…
講談社は社員の給料が半端ないんだよ
30歳で年収は一律一千万
漫画家が土一揆起こしたのもうなづける
うれぱみんは。。。
あのシーンかわいくて好き
1Q84って実売どれくらいなのかな?オリコンではそんなにいってないよな
41 :
吾輩は名無しである:2009/08/03(月) 21:49:20
返品の規模によるけど赤字かもね、新潮社
42 :
吾輩は名無しである:2009/08/03(月) 22:17:46
文芸誌に掲載してから単行本にする小説ってだいたいどれくらい刷るの?
人にもよるけど、純文学だとだいたい5000部くらいじゃない?
中原昌也とかそんくらいだったはず
44 :
吾輩は名無しである:2009/08/03(月) 23:14:42
うれぱみん
かわいいよね
45 :
吾輩は名無しである:2009/08/04(火) 00:32:51
さみぱみん
くるぱみん
かなぱみん
うれぱみん面白かったですね。
もう少しそういうのがあっても良かった。
いまの私はねむぱみん。
47 :
吾輩は名無しである:2009/08/04(火) 12:34:39
そうですね。
コジマとの可愛い場面がもう少しあった方が
逆に後の展開が効果的だったかもしれないと思います。
48 :
吾輩は名無しである:2009/08/04(火) 12:45:50
うれしお
うれぱみん
これ、ぱくりよ
49 :
吾輩は名無しである:2009/08/05(水) 11:28:31
わたしもいま、ぺこぱみん
菊地なるよしが
ラジオでみえこたんのこと誉めてた
仲良いんだね
51 :
吾輩は名無しである:2009/08/05(水) 11:47:05
次はお泊まりでと誘われて悪い気しなかったんじゃ?
みえこたん!
オヤジ転がしが露骨にウマすぎて引くわ >お泊まりで
やせて急に老けた…気が
55 :
吾輩は名無しである:2009/08/06(木) 23:05:20
群像の合評は内容がうすい
新潮目次ちらみした
永井均が川上さんについて書いてる。思わず購入。
なんだかんだ言って、みんなミエコののってる雑誌チェックしてるw
自分の人生を生きようよ
58 :
吾輩は名無しである:2009/08/07(金) 18:38:12
>>55 そうでもないと思った。
文芸時評よりはずっとましではないか?
59 :
吾輩は名無しである:2009/08/07(金) 19:19:44
ましなのは町田だけだろう
町田は読解力はあるな
60 :
吾輩は名無しである:2009/08/07(金) 21:17:44
でも、町田は自分でも言っているように哲学が分かっていないので
宗教を抜け出した、高次のいわばニーチェ的宗教の境地が掴めていない。
だから最後を単に非宗教的な普通の世界に戻って来たみたいに読んでしまう。
永井は逆に、そういうニーチェ的宗教の境地まで掴んだ上で、
そういう対比構造を普通の人の人生にも一般化できるものとして読む、という読み方のようだ。
しかし本当の題名が「誕生日」だとはどういうこと? 誰か教えてください
筆談ホステスって出てきたね。負けるなみえこたん。
二流ミュージシャン、二流ホステスだったんでそ?
明示されてはいないけれど、コジマたちが見に行ったのはシャガールだと思われる。
コジマが説明する特徴に合うのはシャガールの「誕生日」という作品。
割に有名だからすぐに見れるのでは。
>>60 永井の論の二段目、
コジマと百瀬の対立に表現されてるニーチェ思想の緊張って、
詳しく教えてくれませんか
65 :
吾輩は名無しである:2009/08/07(金) 23:14:21
>>63 ご教示ありがとうございます。それでよくわかりました。
>>64 永井の『これがニーチェだ』の構図を使うと以下のようになると思われます。
コジマの思想vs引用されているツァラトストラの発言は第一空間での対立で、
「同情」が介在するかどうかだけが違う。
それに対して、百瀬は第二空間におけるニーチェの思想を体現している。
コジマと百瀬には、空間内部の対立ではない、空間間の対立関係があって、
これはニーチェ思想内部の緊張関係である。
そして主人公が最後に達するのが第三空間で、
この現実そのものがそれ自体で神的であるというニーチェ的な逆転宗教。
…という構図ではないかと思います。
それなら「ニャロメのおもしろ数学教室」のほうが上だな。
67 :
吾輩は名無しである:2009/08/08(土) 00:45:56
65さんありがとうございます
難しいですね。
これがニーチェは読んでいませんが、
へヴンに本当に感動したので、
関係することならなんでも理解したいと思っています。
とにかく明日、永井さんの本を買ってみます。
(後から建てたこのスレを本スレにしたい
>>1 の自作自演会話が目立つ?)
永井のいうニーチェ思想内での緊張は、説明がないのでわかりにくいのだけど…
コジマは一見するとキリスト教的だが、実はニーチェ的でもあるという文脈なので、
ニーチェ思想はキリスト教と対立しているようだが、実はキリスト教的な面を持っている
(力への意志という思想を語るのは、実は弱者である)というところの話なのではないかと
空間でいえば、第二空間内部の話というか、第二空間全体に関する疑問・矛盾というか
解説をありがとうございます。
では、ニーチェ思想のなかでの本当の弱者と強者いうものは、明確に線引きされていないということですか?
確かに、ヘヴンの最後のほうで、百瀬とコジマの顔が入り乱れる箇所がありました。
それはそのメタファーなのでしょうか?
空間の話は、これがニーチェだを読めばわかりますか?
永井さんの用語ですよね?
ニーチェ思想の中でというか、永井が『これがニーチェだ』の中で、そういう疑問を指摘してるということですかね
空間というのは、もちろん、『これがニーチェだ』に出てくる用語です
73 :
吾輩は名無しである:2009/08/09(日) 11:45:35
しかし コジマは「僕」に対して なぜ「権力意志」を持って「僧侶的」になったのかな
もちろん「僕」に「お父さん」を見たからなのだろうけど…
「僕」を狙ったわけではなく、逆にもともとコジマは、同情とか「苦しみには意味がある」
という発想に基づいた教義(コジマ教(仮称))を持っていて、仲間が増えるのを待っていたのだが、
周りにコジマ教に引っ掛かりそうな人が「僕」くらいしかいなかった、という順序ではないかと考えてみた
…このように文字にすると、えらくひどい発想のように見えるなw
でも、そうなんじゃないかと
コジマに悪意があったとまで言う気はないけど
75 :
吾輩は名無しである:2009/08/09(日) 16:14:35
でも、コジマはそもそもなんでそんな「教義」を持つ必要があったのかな
境遇から見てもそんな必要があるようには思えないんだけど…
76 :
吾輩は名無しである:2009/08/09(日) 16:55:05
コジマはもともと弱者だから
必然的にそうなるよね
こうなってくると僕の役割について考えるのが面白くなってくる
コジマの生活は、母親の離婚・再婚前はかなり大変だったようだから、そのためじゃないの?
と思って読み返してみたら、コジマの母親が「こんなはずじゃなかったのにな」「ほんとに、なにもないわ」
などと言ってるので、母親から受け継いだ教義(しかし母親は転向(?)した)ということかもしれんですな
78 :
吾輩は名無しである:2009/08/09(日) 21:38:13
コジマが「教義」を持ったのは「僕」に出会った後という可能性はない?
79 :
吾輩は名無しである:2009/08/09(日) 22:00:26
川上がそこまで考えて書いたとは思えない
ここのをパクるに1000乳
そこは永井均の書評に同様のことが書かれてると思うけど、最初から教義を持っていたのでなければ、
わざわざ父親との生活のしるしと称して汚い格好をする理由がないのでは
それでも、「僕」と会うまではあまり具体的あるいは意識的ではなかったのかもしれない
全体的にはそのように読める描写が多いし
しかし、「僕」への最初の手紙で「わたしたちは仲間です」と断言してるところや、
父親と実際に生活してるうちは汚い格好をしてたわけじゃないのに、別れてからわざわざ
そうしてることを考えると、やはり最初からある程度意識してたんだろうか
81 :
吾輩は名無しである:2009/08/10(月) 00:45:29
文学作品の価値は 作者自身がどこまで考えたか にあるのではない
むしろ
どこまで考えられるような作品を 考えもせずに 作ったかだ
82 :
吾輩は名無しである:2009/08/10(月) 02:25:14
川上は永井の弟子だぞ
考えて書いたに決まってる
しかし周到だな
町田も哲学わからないなりに律儀な作家だと評してた
永井とニーチェについての対談とかしたらいいのに
(後から建てたこのスレを本スレにしたい
>>1 の自作自演会話が目立つ?)
>>83 ファンなのか関係者の書き込みなのか分からないけど、そこに萎えつつある
手放しの賛辞ってファンでも萎えるんだよね・・
85 :
吾輩は名無しである:2009/08/10(月) 10:17:19
82は「賛辞」にならないだろう。
81の方がもし事実なら「賛辞」。
ヘヴンは良い作品だと思う
小説全体が読まれるためにも、川上さんにはがんばってもらいたいって
書店員同士で盛り上がったよ
87 :
吾輩は名無しである:2009/08/10(月) 13:50:11
書店店員のレベルw
(後から建てたこのスレを本スレにしたい
>>1 の自作自演会話が目立つ?)
ニーチェ云々は所詮お洒落の一環でしょ、
セリーヌもなんだかとってつけたリボン結びみたいな眼くらましに使われてるけど
なんだかんだメルロー・ポンティでしょ
物語性におけるパースペクティブの介在と作中のロンパリいじめ物語を
呼応させるというとっても玄人ウケのする内容だと思うけど
一言でいうなら全然リアルじゃない。
なんだろうこの人の作品のもつリアルじゃなささは。
なんかいまひとつ読者層をつかめないのはこのなんともいえぬとってつけた感だと思う。
リアルじゃなささw
しかし概ね同意
91 :
吾輩は名無しである:2009/08/10(月) 19:49:38
浮世離れしてる人にとっては魅力かもね
93 :
吾輩は名無しである:2009/08/10(月) 20:23:15
スノッブをターゲットにした小説家らしいなw
少しは東京のスノッブも進化しろよw
94 :
吾輩は名無しである:2009/08/10(月) 20:25:34
メルロポンティもニーチェも知らない読者が感動したと書いてるので
小説として成功しているのでは?
玄人受けだけで安心する作家が多いなかで
なかなか難しいところを突き進んでるように見えるから応援してるけど
95 :
吾輩は名無しである:2009/08/10(月) 20:35:22
89の玄人ウケってスノッブ受けのことか?w
スノッブなんて日本にいるの?早稲田とか?
97 :
吾輩は名無しである:2009/08/10(月) 22:19:38
スノップはイギリスにしかいません。
繊細な階級差別を前提にしないと無意味な概念なので。
98 :
吾輩は名無しである:2009/08/10(月) 22:30:19
>>89 >物語性におけるパースペクティブの介在と作中のロンパリいじめ物語を
呼応させるというとっても玄人ウケのする内容だと思う
というところの意味がわからないので説明してほしい
(そんなふうに「玄人」にウケていると思えないのだが
そのまえにとにかく意味が分からないのでまず説明を)
99 :
吾輩は名無しである:2009/08/10(月) 22:30:55
(後から建てたこのスレを本スレにしたい
>>1 の自作自演会話が目立つ?)
100 :
吾輩は名無しである:2009/08/10(月) 22:46:16
後から建てられたこのスレに追い越されたことを恨み続けている人がいますねw
(自作自演会話ミエミエで追い越したもなにもないがねwwwww)
102 :
吾輩は名無しである:2009/08/10(月) 23:23:00
電磁波を使った嫌がらせをする人たちがいます。
そういえばコジマ教(仮称)がいつ生まれたのかに関してだけど、コジマが「受け入れるのが
正しいこと」と(明らかにねじれたことを)言い出したのは、「僕」がいじめられてる様子を
見てのことなんですな
やはり、「僕」のほうが、(意図したのではなかったとしても)コジマ教を具体化させていった
という面もあるんだろうか
(後から建てたこのスレを本スレにしたい
>>1 の自作自演会話が目立つ?)
ある本から「パースペクティヴ」という語の用法を拾ってみました
・貧乏人のパースペクティヴからは、すべての人間がもっと金持ちになりたがっていて、それには例外がないように見える。
・同様に、力なき者のパースペクティヴからは、世の中のすべては「力への意志」で説明がつくように見える。
これを参考に文を作ってみました
・自然にレスをできない人のパースペクティヴからは、すべての人間が自作自演をしたがっていて、それには例外がないように見える。
うーんなかなか難しいですね
106 :
吾輩は名無しである:2009/08/11(火) 00:04:01
ニーチェ、ドストエフスキー、メルロポンティ
たしかに玄人はくすぐられるだろうな
へヴン読んでから芥川賞の読んだけど
ステップアップしたね
今後もっといいの書くだろうと思う
107 :
吾輩は名無しである:2009/08/11(火) 00:30:45
新潮の永井均さんの文章は難しくて、よくわかりませんでした。。。
108 :
吾輩は名無しである:2009/08/11(火) 01:05:25
まるで力を持ち邪悪な集団みたいな
(後から建てたこのスレを本スレにしたい
>>1 の自作自演会話が目立つ?)
110 :
吾輩は名無しである:2009/08/11(火) 01:33:38
貧乏人、力なきもの
みえこもその仲間たちの権力志向は目に余りますな。
やくざと同じ思考
111 :
吾輩は名無しである:2009/08/11(火) 01:47:26
みえこのパースペクチブ
金持ちか貧乏か。
112 :
吾輩は名無しである:2009/08/11(火) 02:06:44
のりぴーだけに責任を押し付けず、
ぶんだんも捜査対象にするべきですね。
変な組織が入り込んでいないか。
113 :
吾輩は名無しである:2009/08/11(火) 06:48:43
>>97 そうかなあ、最近読んだアメリカかイギリスの評論家の本で
日本の文化はスノッブが買い支えてるって意味の事を書いてたがなあ。
俺はこれが欧米人の一般的な日本観かと思ったんだがw
今ちょっとその評論家の名前を思い出せないが。
俺は毎日、何十冊もの本を読み散らしてるもんでw
永井均の書評は、『これがニーチェだ』を読んでいないと(というか読んでいても)よく意味が
分からないと思われるので、永井に興味がなければ、別に気にしなくていいんじゃないかとw
115 :
吾輩は名無しである:2009/08/11(火) 08:42:08
在日は日本人が死んでも自分たちさえよければ
何でもやる人たち。
116 :
吾輩は名無しである:2009/08/11(火) 11:10:18
永井の書評は『これがニーチェだ』とはそれほど関係ないと思う
ポイントはコジマの「僧侶的」なあり方を完全に「宗教的」なものとは見ないで
「理念(idea)によって繋がった友情」の一例と見るところにあると思う
森田童子が引き合いに出されているところからみてもそれは明らか
117 :
吾輩は名無しである:2009/08/11(火) 23:19:47
(116の続き)
同じ事態を逆に語れば、
「理念(idea)によって繋がった友情」を「宗教」と見る、と言ってもいい。
そして、その「宗教」から脱する過程に人生のありのままの「美」を、
つまり「誰に知ってもらうこともできないただの美しさ」を 見る、
ということではないだろうか?
それこそが本当の「ヘヴン」である、と。
118 :
吾輩は名無しである:2009/08/11(火) 23:33:38
(後から建てたこのスレを本スレにしたい
>>1 の自作自演会話が目立つ?)
119 :
吾輩は名無しである:2009/08/12(水) 00:20:05
(117の続き)
もしかすると、「宗教」から脱する過程だけではなく、
その「宗教」から教義理念を取り除いた宗教的生そのものの中にも、
「誰に知ってもらうこともできないただの美しさ」を見るのかもしれない。
「誕生日」に直接「ヘヴン」を読み取るとはそういうことかもしれない。
以上です。
>>119 これはニーチェをちゃんと読んで理解しないといまいちぴんとこないかもですね。。。
でも哲学や思想をまったく知らない私でも、純粋にコジマと僕のやりとりや、百瀬のまっとうさ、
善悪の無根拠について、考えさせられました。
121 :
吾輩は名無しである:2009/08/12(水) 01:05:41
未映子の哲学の才能とはDQNの純粋培養で育った道徳観
122 :
吾輩は名無しである:2009/08/12(水) 01:06:47
(後から建てたこのスレを本スレにしたい
>>1 の自作自演会話が目立つ?)
123 :
吾輩は名無しである:2009/08/12(水) 01:32:15
売れるかな?
ふつうに小説として感動したでは、駄目なのかな?
125 :
吾輩は名無しである:2009/08/12(水) 12:11:49
もちろん、それでいい。
>>120 「百瀬のまっとうさ」とは、良い意味でのまっとうさですか?
私は途中から、中学生が自分のいじめ行為を正当化しているだけでは?
と思ってしまいました。
もちろん一定の説得力はあるのですが、「厨房」の弁であると意識すると…。
年齢設定を上げれば説得力は増す半面、哲学色が強くなってしまいますね。
作者としては、いかにもな哲学小説にしたくなかったのでしょうかね。
127 :
吾輩は名無しである:2009/08/13(木) 00:57:28
『群像』の合評読んだけど、都甲幸治には笑ったな
とくに312頁の最下段の町田との対話はすごい
「僕」にとってわかってくれる人はコジマだけだから、
彼女の宗教に入信するしか生きる道がないと思っていたけれども、
その後ある程度わかってくれる人は偏在することに気づいて
主人公が信仰から抜けるという話なんでしょうか。
異常に的はずれ
しかも「でしょうか」って町田に聞いてどうするんだ
合評者なのに自分の読み方はないのか
128 :
吾輩は名無しである:2009/08/13(木) 03:23:49
メンヘラ臭漂う作品を批評するのは難儀なことです
どうやらみえこたんのヘブンを的確に読解できるのは自分しかいないと思ってるらしい
このうんこな思い込みこそが川上にとってのコジマなのにな
130 :
吾輩は名無しである:2009/08/13(木) 09:53:27
と言われると
「川上にとってのコジマ」が
何かよくないものを表現しているように聞えるぞ
いっそのこと「僕」がイエスでコジマがパウロと読んでみるのはどうか、と考えてみた
無理があるか
彼女はただ巧みな商人で、時代の嗜好に合わせて文を書き連ね、それらしいものをつくる名人だ。売り込みの名人で、今は小説家の苦境の時だ、彼女は雑誌社や各方面に渡りをつけて副業で荒稼ぎ、美人だのユニークな作風などと巧みにもてはやされている。
みたいな。
133 :
吾輩は名無しである:2009/08/13(木) 19:45:59
>巧みな商人…
むしろ褒めすぎ。
そんな「技巧」によって「巧みに」作風を変えているのだとしたら、むしろ天才だろう。
どう見ても、それほどの者じゃない。
たんに精一杯頑張っているんじゃないかな?
全然褒めてないです。なんでもかんでも褒めてるように受け取ってしまうのはなぜですか。
135 :
吾輩は名無しである:2009/08/13(木) 20:44:55
あなたが褒めてないのは前提です。
それでさえ「褒めすぎ」だそ、
というよくある単純なレトリック。
136 :
(o^v^o) ◆m0yPyqc5MQ :2009/08/13(木) 20:53:26
なんであんたら文芸誌に掲載されただけで単行本として出版もされてない作品読んでるわけ?
137 :
吾輩は名無しである:2009/08/13(木) 20:54:57
>>131 いや、無理はないと思う。
それだと、
「コジマ」が「僕」なしには成立しえないという側面がよく捉えられて、
ひとつの解釈になると思う。
(しかし他の解釈と対立してないのではないかなあ?)
(後から建てたこのスレを本スレにしたい
>>1 の自作自演会話が目立つ?)
139 :
吾輩は名無しである:2009/08/13(木) 22:33:30
>>136 もちろん文芸誌を読んでいるからです。
(もし世の中に文芸誌に掲載されただけで単行本として出版されてない作品
を読んでいる人がいなかったら、文芸誌なんて存在できないでしょう。)
しかしなんでそんなことが疑問なんですか?
140 :
吾輩は名無しである:2009/08/13(木) 22:40:35
女神は紫の季節を花の宝石で彩る
141 :
吾輩は名無しである:2009/08/14(金) 11:51:25
>>139 136はそういうことが聞きたかったのではないのでは…
解釈の仕方がおかしくなってくるじゃないの?だんだんと。
143 :
吾輩は名無しである:2009/08/14(金) 20:45:41
(後から建てたこのスレを本スレにしたい
>>1 の自作自演会話が目立つ?)
145 :
吾輩は名無しである:2009/08/14(金) 21:48:46
(後から建てたこのスレを本スレにしたい
>>1 の自作自演会話ばかりだとも思えないが?)
146 :
吾輩は名無しである:2009/08/14(金) 22:02:42
浮き上がる蕾を西風の呼吸で暖い総(ふさ)に 繁らすためにあふる
147 :
吾輩は名無しである:2009/08/14(金) 23:10:37
>「コジマ」が「僕」なしには成立しえないという側面がよく捉えられて、
>ひとつの解釈になると思う。
それは
偉そうなことをいっても
百瀬もやはり二ノ宮なしにはりえないという事実に対応しているのではないか
つまり
思想小説、宗教小説、として読んではいけない
ということではないか
この小説は、ニーチェの内部の緊張こそを描いている
このあたりのことは文藝評論家と話してもらちがあかないだろうから、
永井均との対談を望む
149 :
吾輩は名無しである:2009/08/15(土) 00:34:04
(後から建てたこのスレを本スレにしたい
>>1 の自作自演会話が少しある?)
150 :
吾輩は名無しである:2009/08/15(土) 09:32:35
151 :
吾輩は名無しである:2009/08/15(土) 23:45:55
町田は結局、川上のこと認めてるの?
かなり自分に引き寄せて解釈してたけど。
(後から建てたこのスレを本スレにしたい
>>1 の自作自演会話が目立つ?)
153 :
吾輩は名無しである:2009/08/16(日) 01:54:18
>>151 まるで自分が書いたかのように解説していたね。
認めているってことだろうな。
154 :
吾輩は名無しである:2009/08/16(日) 02:15:03
(後から建てたこのスレを本スレにしたい
>>1 の自作自演会話が目立つ?)
>>154 自演はお前。
156 :
吾輩は名無しである:2009/08/16(日) 10:16:50
すごく基本的なことだが、ニーチェ哲学と永井の思想は、別もんだろ?
『これがニーチェだ!』は、ニーチェの思想に対する一理解でしかない。
俺としては、永井のニーチェ解釈の大半は読者を舐めた彼のひとりよがり。
ニーチェだなんだ言ってるのは、ニーチェ読むのめんどうな輩が、
ニーチェ入門書読んで、それがニーチェ思想だと勘違いしてるだけ。
罪作りな永井。
まあ「これがニーチェだ!」が副読本になることは確かだが、決してニーチェの著作はそうならない。
百瀬との問答で、埴谷雄高おもいだした、って、どこがだよ?
『死霊』のどのへんかなのか? 俺にはまったくそうはおもえんが。比較するだけ、埴谷に失礼だろう。
とりあえず、哲学的身振りが好きな人(東なんとかや北田なんとか、あるいは大澤なんとかあたりのファン)が、
食いつくのは、よーくわかるが。
157 :
吾輩は名無しである:2009/08/16(日) 10:18:00
次とるとしたら谷崎賞か?泉鏡花は系統が違うし
158 :
吾輩は名無しである:2009/08/16(日) 11:32:00
三島賞じゃねえの?
しかし、そんなに褒められる作品か?
相対主義についてのあれこれを中学生という幼い立場を言い訳に拙く描いただけだろ。
(後から建てたこのスレを本スレにしたい
>>1 の自作自演会話が目立つ?)
160 :
吾輩は名無しである:2009/08/16(日) 12:31:52
>>156 それはすでに前提になっていることなのでは?
そもそも誰もニーチェなんて読んでいないし…
161 :
吾輩は名無しである:2009/08/16(日) 12:39:48
>相対主義についてのあれこれを中学生という幼い立場を言い訳に拙く描いただけだろ。
というのは
百瀬という無意味な端役に引っかかった全くの誤読だとは思うが、
しかし、賞は取らないと思うな。
(後から建てたこのスレを本スレにしたい
>>1 の自作自演会話が目立つ?)
163 :
吾輩は名無しである:2009/08/16(日) 13:22:15
>>160 無知。お前の事情を「誰も」かもにあてはめるな。
少なくとも、俺は読んだ。
164 :
吾輩は名無しである:2009/08/16(日) 13:30:19
>>163 馬鹿。
おまえが読んでいるのは当たり前だろう。そう言っているんだから。
「誰も」は、全称命題ではなくレトリックに決まっているだろう。
そうでなければ、そもそも他人のことなんかわかるわけがないの当たり前。
要するに、ニーチェなんて関係ないってことだ。
165 :
吾輩は名無しである:2009/08/16(日) 13:38:22
(後から建てたこのスレを本スレにしたい
>>1 の自作自演会話が目立つ?)
166 :
吾輩は名無しである:2009/08/16(日) 13:38:22
このあたりでこのスレ名物の
(後から建てたこのスレを本スレにしたい
>>1 の自作自演会話が目立つ?)
を入れてもらいたいところだな。
163と164が本当に自演だったら面白い。
そこまでしてなぜ「このスレを本スレにしたい」のか?
167 :
吾輩は名無しである:2009/08/16(日) 13:41:06
おお!
そう書いたら、本当に(直前に)やってくれた!
言っときますけど、俺たち(165と166)は自演じゃないぞ、絶対!
168 :
吾輩は名無しである:2009/08/16(日) 13:50:25
169 :
吾輩は名無しである:2009/08/16(日) 13:56:50
ああまたイクイクよーイクイクイクイクイクイクイクイクイクイクイクイクよーここにここにドピュピュドピュドピュドピュドピュドピュドピュドピュドピュドピュドピュドピュドピュドピュドピュピュドピュピュピューレビュードピュ!
170 :
吾輩は名無しである:2009/08/16(日) 14:06:35
>> 165,166,167
おまえ(ら?)、馬鹿すぎ!
>>156 マジの反論(?)というか、異論(?)だが、
まず「ヘヴン」はニーチェではなく永井の『これがニーチェだ』抜きには理解不能だと思う。
というのは、最後の場面が「第三空間=独在性」を象徴していて、
これは元来のニーチェにはない(か、あるとしても弱い)ものだからだ。
第三空間(永遠回帰や運命愛)を独在性に問題に繋げるのは、
「解釈」としては無理だと思うが、
「改釈」としては個人的にはかなり魅力的な思想だと思うし、
「ヘヴン」もそれを文学的に語っているように思う。
ただし、以上のことと文学作品としての評価は別問題であることは当然だ。
171 :
吾輩は名無しである:2009/08/16(日) 16:07:17
>> 163 164
のやりあいは勝手だが、「誰も」がレトリックっていうのは、アホすぎ。
このスレの住人「誰も」がニーチェを読んでいない、ってのは、なんでわかるのか。
おまい以外「誰も」が読んでいたばあい、それもレトリックでオッケー! なのか。
横文字使う前に日本語勉強しやれ。
172 :
吾輩は名無しである:2009/08/16(日) 16:28:54
だからこれは小説として端に優れてると言ってるんだけど
思想やらニーチェなくても普通に読める
永井均のニーチェの空間理論に呼応してとは思うけど、それだけ
描写やセリフ、キャラクター、小説として、いいんだよ
鹿島田マキあたりがやっているドストエフスキーのまんまパクリとは、まったく意味がちがう
俺も永井のニーチェ理解は魅力的だと思うし、読者。
川上は、ニーチェの第三空間をよく理解してると思う。個人的にはそこに感動したけどな。じゃないと最後のシーンはあんな風に書けない。あそこは本当に見事だった。
その「いい」はエヴァンゲリオンにぐっとくると言ってるのと同じような気がする。
175 :
吾輩は名無しである:2009/08/16(日) 17:37:28
美しかった
携帯小説落ち
177 :
吾輩は名無しである:2009/08/17(月) 09:27:06
描写やセリフ、キャラクター、小説として、いいんだよ
って、ずいぶん「いい」小説に巡り逢ってないんだな。可哀相に。
ま、そゆう輩に向けて書かれてる視野の狭い作品だから、しょうがないか。
最後のシーンが見事、って感覚も、然りだね。
178 :
吾輩は名無しである:2009/08/17(月) 12:14:24
みんな結果的に川上さんに釣られてるw
(後から建てたこのスレを本スレにしたい
>>1 の自作自演会話が目立つ?)
(後から建てたこのスレを本スレにしたい
>>1 の自作自演会話が目立つ?)
みえたん…やっちゃったなぁ
「群像8月号」ヘヴン
p.105下段
…違和感を感じていた。
(原文のまま)
言葉は変わるもんだし、そのあたりは今の時代もういいよ。dream a dream。
183 :
吾輩は名無しである:2009/08/17(月) 20:45:31
184 :
吾輩は名無しである:2009/08/18(火) 18:26:11
この人の本て売れてるの?
185 :
吾輩は名無しである:2009/08/18(火) 20:45:29
乳と卵が12万部
このご時世、芥川賞にしたら破格だけど
そのうち10万部は出版社に返品でしょ?
187 :
吾輩は名無しである:2009/08/19(水) 09:34:09
10万部は創価信者が買ってるだろ
188 :
吾輩は名無しである:2009/08/19(水) 10:58:10
なぜ、創価?
189 :
吾輩は名無しである:2009/08/19(水) 11:13:25
実家が学会員なだけだろ
190 :
吾輩は名無しである:2009/08/21(金) 09:17:08
(後から建てたこのスレを本スレにしたい
>>1 の自作自演会話が目立つ?)
そういえば、百瀬は自分のいじめの正当化を図っているという意見があったけど、どうだろう?
斜視など理由ではないと言ったり、「僕」もやり返せばいいじゃないか、どうしてしないのか、
とけしかけたりで、正当化を図っているわけじゃなく、ただ事実(と百瀬が思っていること)を
話しているだけのようにも見える。
むしろ、二ノ宮のほうが、いちいちロンパりだの何だのと、自分たちのしてることには理由があるとか、
実行されなければならないとか、(勝手な)正当化をしたがっているようにも見える。
そういう面では、実は二ノ宮のほうが百瀬よりは弱者ではないか(無理やりな正当化を求めようとする点で)
と考えてみると、個人的にはちょっと面白い。
193 :
.:2009/08/21(金) 23:31:12
194 :
吾輩は名無しである:2009/08/22(土) 15:52:57
芥川賞作家なのにきれい
(後から建てたこのスレを本スレにしたい
>>1 の自作自演会話が目立つ?)