1 :
代表:
さあ、語ろう。
それから?
最後のシーン読んで気が狂いそうになった。
4 :
吾輩は名無しである:2007/09/01(土) 15:19:10
三四郎は読んだが、それからは断念してしまった……。
>>1 最近の研究動向ってどうなってるんでしょうか。
いい論文などがあれば教えてください。
三四郎〜それから〜門
この流れ、最強!
7 :
吾輩は名無しである:2007/09/10(月) 17:23:02
現代風に解釈すれば、変に金を持ってるニートは先のことを考えられないってことかな。
8 :
吾輩は名無しである:2007/09/17(月) 16:11:19
漱石もこうしたかったんだろうな。大塚楠緒子さん
高等ムーミンに憧れる。
10 :
吾輩は名無しである:2007/09/26(水) 21:58:53
三千代さんはどうなったんでしょうか
11 :
吾輩は名無しである:2007/09/26(水) 23:22:09
嗽石唯一のスレだね
12 :
吾輩は名無しである:2007/09/27(木) 10:06:31
花瓶の水をなぜ…?
「作者の求めるもの」を追求するのが一般小説
「読者の求めるもの」を追求するのがラノベ
俺はこう考えてる。
純文学とか読むと分るけどさ、腐敗しきってんだよ。一般小説は。
独りよがりなオナニーをタラタラ垂れ流してるだけ。
今の純文学は漱石の文学を基盤に書かれてるわけだし、基本的に明治の文学と言っていいわけだよ。
その証拠に成熟しきっちゃたから進化を止めて保守的になってるじゃん。「純文学とはこういうもの」ってのが確立されてるじゃん。
だからどんどん前に進んでる「日本語」から取り残された。
漱石の文章とかもう読めたもんじゃない。古文書。化石。
「文章は劣化しない」とか言っちゃう馬鹿がいるけどさ、言葉は風化するんだよ。
言葉が風化すれば自ずと文章も風化してくる。
風化した文章って古典と同じだからさ、文章を書いた人がアタマヨサゲに見えるわけ。「それを読んでる俺カッコイイ!」なわけ。
それを美文だのなんだのとまつりあげるんだから失笑モノだよ。
熟れ過ぎた果物をそれと気づかずに食べてる。それが今の一般小説厨のオメデタイところ。
一方、ラノベはまだまだ発展途上だ。
「コレはラノベ」とは言えるけどさ、定義なんて文章の上では見つからない。
漢字が少ない? 文章が稚拙? 高橋弥七郎とかあてはまらない。
ファンタジー? SF? 半月はどうなんだ。
「絵がある」という共通点はあるけどさ、言ってしまえばそれだけ。
文章の上での共通点なんてないし、まだ模索してる最中。
読者の求めてるものがまだわからないから多様化してる。
まだ若い果実なんだよね。みずみずしいとは言わないけどさ。
下がり続けてるものと上がり続けてるものを比べてどっちが優れてるなんて言ってるのは意味がないと思う。
少なくとも俺はそう思う。
いつかは追い抜かされる日が来るからね。
http://love6.2ch.net/test/read.cgi/magazin/1171251147/206
14 :
吾輩は名無しである:2007/10/04(木) 21:50:12
それからはまだその先に希望を見出せるからまだいいよ。
しかし門は絶望そのものだ。
15 :
吾輩は名無しである:2007/11/27(火) 00:35:23
優作の映画がええ
16 :
吾輩は名無しである:2007/11/29(木) 09:49:24
漱石作品のニート率の高さは異常
高等遊民気取りもあるけど
実際エリート達が続々と職にあぶれてもいた時代
大陸に新天地を求めたりさ・・・第一次ロストジェネレーション
夏目漱石=主人公=ニート相通ずる
だって帝大卒で職がないんだぞ
20 :
吾輩は名無しである:2007/12/02(日) 03:18:55
三千代は受け入れたんだよね…ロシア文学のオネーギンって主人公の金持ちでぷーなとことか、他人の妻になって高嶺の花になってから
恋慕したり、よく設定が似てるんだ。ただ違うのは、女がつっぱねて終わること。まだ彼のこと好きなのに。
だって漱石が惚れ抜いてたのはドストエフスキーだから…
22 :
吾輩は名無しである:2007/12/13(木) 13:29:38
あげ
嫂萌え
24 :
吾輩は名無しである:2007/12/13(木) 16:11:37
三千代に限らず、明治の作品の女の話し方はかわいいと思う …てよ、とかね
でも今実践しようとしたら気取ってると思われかねないので、反動でついぶっきらぼうな口調になってしまう(;´д⊂)アチャー
明治は可愛いよね。
でも昭和中期くらいまでの映画やドラマだと、女優の発声や発音や口調が
どれも同じでしかもえらいわざとらしいなあと思ってしまう。
「〜なんだわ!」頻出とか。録音等の関係で早口になってるのかもしれんけど。
26 :
吾輩は名無しである:2007/12/13(木) 16:45:27
代助からもらった指輪を質に入れたことを暗に示したシーンが特にかわいい
指を見せた後に、顔を赤らめて「仕方がないんだから、堪忍して頂戴」と言う
鏡花に比べて台詞回しが難しくないし、状況を想像しやすい
27 :
吾輩は名無しである:2007/12/13(木) 23:06:48
誰か映画と原作の相違点がわかる人いないか?
29 :
吾輩は名無しである:2008/01/16(水) 22:21:27
ニート文学
BSでこのスレタイと同じような番組やってたよ
島田雅彦とか出てた
31 :
吾輩は名無しである:2008/02/08(金) 11:05:59
それから
小谷野研究(再録) 小谷野 = 漱石「坊っちゃん」説
子供の時に漱石「坊っちゃん」を読んで「刷り込み」が起こったのだろう。
1.東京の学校を出た主人公が関西に教師として赴任する。
2.そこで同僚教師とケンカする。
・・・主人公の認識では相手が卑怯で一方的に悪い。
・・・相手は赤シャツ(W辺)と野だいこ(Y村上)
3.すんなり辞職して東京に帰ってくる。質素な職業に就く。
「そんなら、おれは明日辞表を出してすぐ東京へ帰っちまわあ。こんな下等な所に頼んだって居るのはいやだ」
「私が「喧嘩して潔く大学を辞めてしまった」と・・・ どうも世間の人は、「大阪大学」を辞めるなどというのは大変な、人生を棒に振るような決心だとでも思っているらしい。
しかし私はまったく後悔などしていなくて、あそこへ戻れと言われたら泣いてしまうだろう。」
関西のイナカッペと馬鹿にする一方で赤シャツ(教頭、文学士)と野だいこ(美学教師)の教養に対して劣等感を感じている。
「露西亜文学だとか、俳句が新体詩の兄弟分だとか云って、人を烟に捲くつもりなんだ。あんな弱虫は男じゃないよ。」
自分の知らないもの(バルト、デリダ)は何でもケナす。
坊っちゃんは愛すべきキャラクターだが、アっちゃんは卑劣で陰険: 学歴差別、レズビアン差別、プライバシー侵害、誹謗中傷・・・
> 坊っちゃんには山嵐や清がいたけど あっちゃんには誰もいないね・・・悲しい
清 = 母親 山嵐 = 呉智英? うらなり = 大東和重?
映画を先に見てたので
あれのキャストが邪魔になって
読んでて鬱陶しい。
自分のイメージは藤谷美和子ではないのに
どうしてもいつのまにか藤谷美和子になってしまう。
でも松田優作にはならない。
読み終わった。
なんかものすごく大変なことになってしまったようでいて、
よく考えると、そんなに大変じゃない。
でもえらいこつちゃという気持ちはわかる。