¥田久保英夫¥

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1吾輩は名無しである
公式ウェブサイトがあります。www.h-takubo.jp
作家の1928年1月25日−2001年4月14日の略式年譜、目録等を閲覧できます。
彼の作品を読みつぎつつ、蔭ながら応援しようという目論見です。
2吾輩は名無しである:2006/03/10(金) 19:28:20
建ちましたか。よかったよかった

このスレッドの予定スケジュール(調整可):
・'08〜 市井の文学青年くずれに合言葉《田久保いいよね》を浸透させる
・'11− 全集が刊行されてお役御免
・〜'11 最低限、文学板住人全員が二冊以上読んでいること

放っておくと、どんどんフェルメなスレッドになることが予想されますので、
なんだったらアスキーアートでも貼って定期的に保守っといてください。
(目下、田久保AA募集中。)
3:2006/03/10(金) 19:34:29
ちなみにわたしは五年かけてのんびり全作品を読む予定。
これまでに読んだことがあるものは短篇集『髪の環』長篇小説『触媒』
しかも、いま手許に一冊もない。ついでに言うと講談社文芸文庫の作品集は未読。
こんな状況で1とは名乗れませんから、ここでは仮にlとしておきます。

「わたしは1ではありません。」

いま110円で作品集『水中花』をネット註文しようか迷っているところです。
一年に一回くらいはわたしも書き込みますので
このスレッドが古書価格を吊り上げてくれるようにがんばりましょう。
4:2006/03/10(金) 19:39:51
とにかく、みんな書き込んでくれ。
読んでなくてもいいから。興味なくてもいいから。

ただ、本は買ってくださいね。
5吾輩は名無しである:2006/03/10(金) 20:08:01
この人、親米派の政治評論家だっけ?
6:2006/03/10(金) 20:14:17
>>5
オフィの年譜で確かめてみてはいかがでしょう。

結城信一とどっち建てるか迷ったんですけどね。
結城信一さんでは「正字正かな派を考える」スレと重複の恐れがありますし、
幸い田久保さんにはオフィシャルサイトもあることですし。

ところでマンガレリの訳者田久保はほんとうに娘田久保なんでしょうかね。
読んだ限り(っしつこいようですけど二人あわせて三冊だけ)では二人の感性は近いような気がします。
まあ、どうでもいいことですが。
7:2006/03/10(金) 20:24:46
あと、みなさん、お願いですから田久保の描く「女」に萌えるのだけは止しましょう。
彼の描く女たちがメチャメチャたおやかで端正で品格があり、それでいてマッタリとしつつもキレがあって
健康と美容にとっても良いのは認めます。でも、萌えるのは不健全です。

かわいいよ田久保かわいいよ
8吾輩は名無しである:2006/03/10(金) 22:49:15
書架漁ったら、現代の文学34が有った。ただし未読。
丸谷目当てで買ったんだけどなw
9:2006/03/11(土) 05:22:15
やはり講談社なんですが、戦後短編小説再発見(2)所収「蜜の味」は田久保の作品です。
この短篇の作為的なコントラストのきつさに少々閉口するのはおそらくわたしだけではないのでしょうが、
容易に入手可能な作品の数すくないうちの一篇ということもあり、あらすじの紹介は割愛します。

その描写において、おそらくはつねに働いていると思われる作家の節度は特筆に価いします。
ぜんぜん立ち読みOKの長さなので、ぜひ読んでたしかめてください。

こちらの受ける印象としましては、作品の持った独特の臭気をおびたぬくみに反して、
ほとんど外科手術のようなと言っても過言ではないほどの的確な機微と知識に裏打ちされたものを感じます。
読者は映像の深みをいったん浚って、像の把持する深度と鮮度とを見定めたのちに、あせらず、たゆまず、
作品の流れを見誤ることなくタブロに沈着させてゆく筆さばきにまず驚かれるに違いありません。

作家の節度というのもこの場合、けっして消極的なものではなく、
抒情性におぼれることのない大胆さを備えているということです。

わたしはこの作家が非常に強くたしかな筆圧を持った作家であると確信しております。
(肉筆ボツ原稿のお宝流出お待ちしております!)
10:2006/03/11(土) 05:33:36
ちなみに「蜜の味」を収めた短篇集『髪の環』には創意にあふれる小道具が種々登場します。
エリセ映画の懐中時計ですとか振り子などを思い浮べる人もきっといるはずです。
作品にある種象徴的な余韻をふくませているのですが、これは好き嫌いの分かれるところかもしれません。

ちなみにその2、貸した『髪の環』が返ってきません。

みなさん、よい読書にお約束の「三日後のいいなァ」といえば、田 久 保 ですよ。
おぼえましたかあ? たあーくうーぼ。タクホヒデオですよ!
11:2006/03/11(土) 05:41:43
あと、バカみたいに大口あけて髪の環――かみnoワ!――と発語してみるとお分かりになるかと思いますが、
この作家は視覚と聴覚への貞操観念において群をぬいています。
たとえばリルケの墓標三行目に刻まれたたったひとつの語句"Lidern"などを思い浮べてくださると、
短篇小説の名手と言われた所以がなんとなくであれ掴めるはずです。

しかし文芸文庫『海図(遺作)』の品切れは手痛いなぁ。いつ読めるかな……
てか、このクソスレどうすりゃいいんだ。

>>8
いま現代の文学を編纂したら、才一のお父っつぁんが洩れることはまずないとしても、
田久保の名前は十中八九リンボ送りの刑ね…… いいえ、それではまずいのです!
どんどん、どんどん読んじゃいましょう! 味読は後回しでいいですから。

超越的に味読しながらでいいんで、テクストと同伴出勤でもだれも咎めないんで、感想なんかどしどし書き込んじゃいましょうね!
わたしなんか一冊も手許にないのに大口たたいて書き込んじゃってますから!
12:2006/03/11(土) 05:44:04
ストップ!
13吾輩は名無しである:2006/03/11(土) 06:01:17
いいや、まだ早いね。20位まではガンガッテ!
14:2006/03/11(土) 09:41:20
>>13
ヒデオ親族の方ですか? わたしに本を恵んでください。気兼ねは要らんので。
だめなら署名本とかレンタルで…… いや、まずはお付き合いから、かな……?

ああ示申よ! わたしは本を読むためならイ本を許します! 売りますとも、体!

というわけで、気乗りしないけど朝メシ摂ったことだし『触媒』第五章から。
あらすじぜんぜん覚えてないんだけど、ま、20行けばそれでいいや。
カシーバーに倣ってアドリブで書くからどうなるかしらん、がそれでもいいか。いいな?

                 ハ_ハ  
               ('(゚u゚∩  age!
                ヽ  〈  制限時間60分 yo-i, donn!
                 ヽヽ_)
15:2006/03/11(土) 09:51:47
《課題文》

  この女には自分自身など稀薄なようでいて、その形のままに
 やはり自分がいることを、今さらに見る思いだ。それはありふれた言葉で言えば、
 一種の「(漢字一文字。自分の字が読めん)」なのだろうが、
 それは敦子の中で深々と洞のように潜んでいる。

ほとんど逐字的に読ませる文章と言えます。
一種の「抽象的で感覚的な美文」をごろりごろりとおもむろに転がしはじめた同時期の古井などと比較すると、
もっとずっとわかりよいのかもしれませんが、仮に二人の表現の喚起力の性質が似たようなものであったとしても、
描いているものはまるで異なります。

二つのセンテンスに分断されたこの条りは、話者の陥った傍観者たらざるを得ない状況とその決心とをつぶさにすくいとっているのです。
女に附された《この》という眼指の働きが織り成すアラベスク、または焦点深度のvariationenと言えます。以下、たどたどしくたどります。

そうだ、ああ夏目先生、先生の誉高き名著feeling+Focus文学論は未読なのです。ごめんなさい。
16:2006/03/11(土) 10:05:09
まず、この―女 だけでは飽き足らず、―には などと重ねて局限していることに注意を促しておきます。
女が《この女》に移る状況といえば一般にマンネリに陥った恋人たちの尻切れトンボな目配せを思わせますが、
敦子というのはたしか主人公青年のフィアンセでして、この《には》にはなんとかして繋ぎとめておかねば
ただよって逃げていくかのような責任の在りかを再度あらたに自身へ引き受ける意思さえも見え隠れするようです。

(以下《》略)

自分自身と自分とを隔てている、あるいはいつしか分かたれてしまったにもかかわらず
離れることも触れあうこともできない自分と自分自身とを結びつける関係性の稀薄さにそっと撫でるように触れたのち、
観念の霧の中につつみこむようにしてその形のまま保ちつつ、やはりと話者は彼女の姿を再認します。
(こうなっては女は逃げも隠れもしないものですよね……)

メモ帳からコピペして息抜き。
「《分ちがたく結ばれた二羽の鳥が、同じ木に住まっている。
一羽は甘い木の実を食べ、もう一羽は友を眺めつつ食べようとしない》
(『ムンダカ・ウパニシャッド』、第三ムンダカ、第一カンダ、シュルーティ一。
『リグ・ヴェーダ』、T、一六四、二〇。『シュヴェーターシュヴァタラ・ウパニシャッド』、
第四アデャーヤ、シュルーティ六。)」(ル・クレジオ『物質的恍惚』豊崎=訳から)
17:2006/03/11(土) 10:17:46
(早くもタイムアウト近くなってきたので文章は乱れますけど、できれば汲み取ってください。)

今、さらに、つねにその決心においてあたらしく、くりかえし彼女の姿を正視することを半強要された場面ということになりますか。
しかしこの一文において確認作業は思いに終始します。けっして話者による彼女の病理分析が開始されるというわけではありません。
おそらく、そこに話者の拒絶点があり、また孤独の水準点となっているものと思われます。

その文章に息づく思念のめぐらしにのっかって、(田久保は世田谷区在住だったようだが、のっかるのはバックビートにではない。)
彼女は話者の舌に絡めとられ、えぐられるかのように運ばれてゆきます。

文章の呼吸を整えたのち、彼女の似姿の運搬は話者の脳内さらに奥深くへと進みます。
頭蓋の内側を大理石の塊りが打ち付けているかのような不眠による感覚の鈍磨も読みとれるかもしれません。
おそらく「   」は対症療法的な一時的にしか効果の望めない処方箋でしょう。
話者はまずありふれた方へと向をとることで頭を休め、それからあくまで能動的に、その意志によって言葉へと、
さらには発語へと機会をうかがいつつ踏み込みます。
18:2006/03/11(土) 10:26:59
実にやっかいなことに話者たるものつねに話さねばならぬものです。
たえざる言語化の作用におびやかされるのは描かれる者のみならず、描く者にもまた言えることです。
それがおそらく「言葉で言えば」ということなのです。

わたしはこの六文字に対して言葉というものがすでにはらんでいる不自由を買ってでたというように読む者であり、
このことを作品全体を貫く濁りなきメローメロ文体(わたしはここでの文体を書くことによってでしか生起し得ない「たえざる今」の意味合いで言っています)と
あわせてかんがみるに、『触媒』は或る青春の一時期に起った恋愛を題材に択んだ小説の体裁を採りつつも、同時に小説家の小説、
芸術家小説のジャンルに与するのだと言いたい。

田窪はありふれた言葉であれ、それがたとえば愛のようなクサくてキザな流通経路しか残されていない単語であれ、
そのリスクを承知でとにかく賭けてみる作家です。一言でいえばその姿勢は信頼に価いするものです。
わたしが田窪をすばらしいと思える点はそこに尽きるかもしれません。
19:2006/03/11(土) 10:35:09
まだ気がかりがあります。でも今日はこれで〆括るふりだけでもしておきましょう。

では、後続に書きつけられた敦子の中は、こう言ってよければ中身のともなわぬ、
くだらぬ、つまらぬ空虚な言葉の響きのこだまにすぎぬものではないのでしょうか?

それは違う、うまず女に種付けが行われているではないかというのがこちらの私見です。
涸渇した泉が無様に見せるがらん洞(※)のようになった敦子の中へと深くうずめられた「 」は、
いずれ彼らに恵みをもたらすのでしょう。
すくなくとも田久保には、そのような期待に賭けるだけの理由があるのです。

その理由をわたしは突き詰めてゆきたい。みなさんもご一緒にいかがですかあ?笑

※ また古井を引き合いに出すのは気が引けるのですが、〜かのような、〜のようにといった
中学で習ったas if節のような修辞句は、少々鼻につくきらいもある古井の十八番です。
彼の場合はもっぱら認識の遠近感そのものが虚実をブチ割って突如現出する不気味さを表現する場合に用いているようですが、
どうも田久保の場合、もっとやさしくて、あったかいものを感じます。見守っているような……
20:2006/03/11(土) 10:54:08
配分ミスった。レス1つ足りてねぇ。

>13 ご褒美プリーズ。褒められて、育つ仔なんです。わたし……

てか、書き込んでで何度か「アレッ?」って思ったんだけど田久保ってリルケの影響が濃いのかな? 

リルケって
すべてぇー出発点はあ、unverbraucht(なんの手も付けられていないの意)な事物から!
とかほざいたり、クロソフスカ手篭めにして庶子クロソフスキ作ったり(それは関係ないな)、

(……只今散らかった部屋で古井訳ドゥイノエレギー捜索中也……)
(詩への小路、落丁本せっかく代えてもらったのに見つかんねー汗)
(向きあっていること、それ以外の何ものでもない、
常にただ向きあっていること、これが運命と呼ばれるものだ、
第八にこんな感じのありませんでしたっけ?)

まあいいや。この時代リルケがよーく読まれてたんでしょうね。
あと、なんとなくサン=テグジュペリの新潮文庫版『夜間飛行|南方郵便機』
『戦う操縦士』とか散文の感触が近いような……

結局まだ110円+送料に迷ってるんですけど買いですかね?>文庫版『水中花』
21吾輩は名無しである:2006/03/11(土) 16:22:57
乙彼。これでこのスレ当板残留確定かな。
スクリプト攻撃でも喰らわない限り、少なくとも3年、長けりゃ5年位の
長寿スレになるかもよ?、君のコマメな保守(2ヶ月に1度で十分w)が
あればだけれども。
まー俺もその内読んでみる。



 冷たい朝露が、草原一面に降りていた。
 暁の菫色の光に山襞が黒く巨きく浮びあがり、原生林に沿ってひかる裏手の
有刺鉄線は、鋭い刃物のようだ。夏の終り。風が露の香りをふくんで肌寒い。
コンクリート二階だての本廠舎前にならぶ五台の米軍用輸送車の大きな幌も
風に膨らみ、後尾の貨物車が向きを変えると、ヘッドライトの眩い光芒が、
ぎらりと僕の目を射てきた。浮き出る人影。小きざみなエンジンの唸り……。

                                 『深い河』冒頭
22:2006/03/12(日) 13:35:20
>21
いいね。

年譜を見るかぎり、『深い河』の頃になれば作家にとって習作の時期は終っているものと
看做すべきなのかもしれないけど、書きながら書いているものを検めている感じがビシビシ伝わってくるね。

こりゃ居残りがだいぶ長くなりそうだなー笑
23l ◆zOrK5KtBn6 :2006/03/18(土) 23:26:05
ここは田久保英夫のスレッドです! どんどん書き込んでくださいね!

(偽者出るとまずいからトリップ晒しとこう。#h-takubo)

本棚あさったら新鋭作家叢書後藤明生集に寄稿している文章を見つけました。
後藤を読むのに参考になるというより、田久保を読むのに親しむための文章のように思います。

  後藤明生は、複眼的な眼をもった作家である。……複眼的だというのは、一つには
その部分と部分をつなぐ眼の動きにある。後藤氏の眼は、対象への「遠近法」を整えて、
一つの全体を描くのではなく、部分から部分へ匍うように動く。その動きのなかに、
対象の全体像が、いや全体の投影がダイナミックに現れる。(以下省略)「自由なる潜行者」

どうもこのことは田久保にも言えることのように思います。
一つの段落のなかで食い違う時制・テンスの問題において、ですけど。

後藤の結成していた草野球チーム「キングコングス」に所属していたということは
オフィの年譜にないようですね。さしでがましいようですが、ここに補足しておきます。

ここは田久保英夫のスレッドです! どんどん書き込んでくださいね!
24:2006/03/18(土) 23:36:01
ここ一週間でウェブ古本屋に田久保本の出品が増えました。
入手が容易になったということは喜ばしい。このスレッドへの追い風ですよ。

わたしはまだ一冊も註文していませんけどね!

どなたか居らんかねー 田久保読んでみたいって奇特なひとはー
25吾輩は名無しである:2006/03/18(土) 23:53:11
興味もったよ。今度読んでみる。
26:2006/03/19(日) 00:34:48
『薔薇の眠り』というタイトルを聞いて思い浮んだものがありました。
これから読むひとになにかしら連想をふくらますきっかけになればと思うので引用:

おまえは千の眠りだ
わたしがよそおうまぶたに重ねられ
このよそおうているまぶたのしたでわたしはさまよう
香り豊かな迷宮のなかを

aus ばら VII (1924) 訳=白井健三郎/吉田加南子

やっぱリルケなんですけど、もし田久保にリルケからの影響があったとしたら、
審美社界隈のマルテ・オルフェウスあたりの選好とはまた違ったものだろうと思います。
たしか慶應にLES ROSES(1927年没後出版)があったと思うので、仏文科にいた田久保が
戦後世代として研究にかんでいたという可能性もなきにしもあらず。
(年譜を見るかぎり、一身上の都合で学生時代の研究はどうも中途半端なもののまま
切り上げてしまったようですが……)

>25
よろしくお願いします。
むろん読みを錬っていくのは或る作品を読むにあたっての楽しみのひとつなのですが、
キメの書き込みが要所要所にあるので、田久保作品は読み飛ばしても楽しめます。たぶん
27吾輩は名無しである:2006/03/19(日) 14:34:46
保守しる。即逝きするぞ。
28吾輩は名無しである:2006/03/19(日) 21:05:33
文芸文庫の「戦後短編小説再発見」に田久保作品とられてたよ。「蜜の味」
29吾輩は名無しである:2006/03/20(月) 06:19:21
>>9に既出ですよ。
30:2006/03/20(月) 07:08:35
選集第二巻『性の根源へ』ですね。
なにを勘違いしたか買ってしまったひとが結局ブックオフに売りつけたりする巻でもありますけど……

ペアーを食ったあとにかぎらず、ときどきふっと思い浮ぶ作品です。あざとさと紙一重で巧いなと、思います。
ずっと前、入院中の親父に読ませてみたら照れてましたっけ(笑)>「蜜の味」

自レス訂正。 ×オルフェウス  ○オルフォイス(に捧げる十四行詩)

>29
まあそう言わず。のんびり行きましょうよ。
    ______________
つ  |・|:|∴|::|中|中|中| | | |發|發|發| >27 (レスアンカーに意味はない)
     ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
             ↑ こういうのじゃなくて、
文学板では女性読者再獲得にむけて訴えかけるところのあるカワイイ田久保AA募集中です!
31:2006/03/24(金) 09:09:21
メンテage. >11訂正。『海図』は遺作じゃありません。おそらくは「生魄」が田久保の絶筆です。
(どこで刷り込んだか思い当たるフシなし。)ごめんなさい。
おそらくこの調子でわたしの書き込み全部を撤回する破目におちいるのではないかと不安です。
性格か、どうしてもボロが出るようです。
出先で作品集『薔薇の眠り』を見かけたので週末の古本屋巡回時に買ってくる予定でいます。
(そりゃもう当スレッド死守のためにですよ!)
立読みしたかぎり、当てずっぽうに書き込んだ>26でのリルケというのは的外れのようでもなく
目下牽制中といったところです。一読後、粗くであれ紹介しますね。

スレッドを建てて二週間になりますか。あらためて皆様、田久保をよろしくお願いいたします。
引きつづき講談社文芸文庫所収の田久保作品を読んだ方のレスもお待ちしております。
32吾輩は名無しである:2006/05/21(日) 10:03:49
保守点検
33:2006/05/25(木) 06:08:03
やあどうも。でも、なにを書き込もうか迷っているんですよね。
田久保作品においてその記述は難解なところがひとつとしてありませんから、
おそらくは、あの作品のあそこがいいよね、とか
あそこが好きだなー、とか
そういった話しの盛り上がりかたが、最も好ましいのだろうとは思うんですが。

春休みに『海図』を読みましたが、セリフに謎のような余韻を残すあたり
それもまた洗練のひとつとして挙げられそうな気がします。

この作家は、ページの文字組みに並々ならぬ精力をそそいでいますね。
出版過程の或る作業をさしてなんと言うのか知りませんが、
単行本上梓の前にかなり手直しを加えているようだと見受けられました。
ページをめくって最初に飛び込んでくる一行がどのようなものか、
わくわくするんです。
34吾輩は名無しである:2006/05/27(土) 22:05:23
diaってあなたか?
35:2006/05/27(土) 22:19:10
さあ?
あなたが確言(肯定)を避けたようにこちらにも確言(肯定)できません、
なんてね。しかしとんだご挨拶だな。そんなことより大事なことがあるでしょう?

文学板よ許せ。過去ログを漁らせてもらった。

●追悼・田久保英夫●
http://mentai.2ch.net/book/kako/987/987412334.html

これが前スレだ。

何か書きたいが、まだ時間がかかりそう。
触媒を読んだのは浪人したとき、髪の環を読んだのは3年前、せいぜい保守するさね。

あのとき古本屋に彼の本が並んでいたのは死んだからだってことに今さら気づいたよ。
まとめて全部買っときゃよかった。笑

中篇「薔薇の眠り」で一番好きな箇所。

「 僕は三穂子の躰のすべてを夢幻のように、眩く感じた。いや、その肉体がすべて
自分の腕のなかにありながら、いま幻そのものに化し、深く深く開ける世界に変貌した。
その想念の世界には優しい〈神さま〉の母がいた。いまこの瞬間、目眩のなかで、……」
36:2006/05/27(土) 22:25:34
ちなみに、
誰も書き込まないようなら落してしまえと極めつけていました。
ごめんなさい。

建て直すときのスレタイもしっかり定めてあったんですよ。
「田久保英夫総合スレ Pt.2」どうだ!笑

さて、次になに読もうかな。
37吾輩は名無しである:2006/05/27(土) 22:27:54
>>35
ああ………ああ…
38:2006/05/27(土) 22:55:32
そちら様は次になに読むか決まったようですね。
うらやましい限りであります。笑

>>4の撤回しとくかな。読めばいいんじゃないか、なんででも。
図書館でもいいし、なんなら内面化された法を侵してでもね。
それがいいか悪いかは知らんよ、勿−論。

ブログを検索したら、芥川賞の審査員やってたとき、阿部和重に関して
田久保は「これを小説と認めるならば私は筆を折る」って言ったらしい、とか、
そんな記事があったよ。心境は複雑だねぇ。
39:2006/06/28(水) 22:10:06
まだこのスレを見ている人がいるかはかなり疑問なんだけど定期保守しておきます。

昨日夕方から朝方にかけて徹夜して長篇『仮装』をざっと読んだからメモ程度に書き込み。
(最近じゃそういう読書の仕方をすることもめったにないから少々疲れた。)
いろいろなことが言えると思う。やれ競争、淘汰、本能、契約、誠実、風習、掟、
そういった「愛」を取り巻くごもっともな理由の間で調停がうまくいかずもがく姿だ、とか、
やれそうして遠慮なく全力で事にあたれば、いくらかの惨状の下に正解は得られるかもしれない、
そんな予感に翻弄される姿だとか。やれ生きるに先験なしと……、いや、
読後の余韻にひたりながらそんなことを言うヤツはいないか。
帰宅してもう一回パラパラやったけど、いいね、これは。
話者が五十半ばと青年との二人いるんだけど、割かれる筆の分量も描きわけも申し分ない。

作者の実生活をモデルにしたとおぼしき作家兼大学講師をして「表現の力の停滞」といわせる
時期はたしかにあったんだろうと思う。このあたりはほとんど未読だからなんとも言えんのだけれど、
最高傑作かはさておき、田久保の世界を形づくるほとんどすべての要素を見出せる気がする。
(したがってまた初めての読者には恰好の入門篇ということにもなるのかな?)
どうもこれが長篇としては彼の最後作らしいこともあってコメントしにくいや。
一種異様なおかしみがあるね。自由または自棄になれず周囲をうろついちゃう不撓の精神というか。
たとえばここで言われている《場》を意識/無意識、あるいは性愛関係なんて語句に換言しちゃうと、
興ざめして、鼻白みもいいところで、そこにこの作家の面目躍如たるところがあるんじゃないか。

「自分と外界との間に、何かかくれた陰密な場があるような、渇きとも懐かしさともつかない
衝動に襲われた。」(仮装 P.189から)
40吾輩は名無しである:2006/07/01(土) 20:09:25
見てるよ(笑
41吾輩は名無しである:2006/08/03(木) 12:38:58
親米派の政治評論家
42:2006/10/17(火) 13:04:24
すまん、今忙しいからちょっとまってくれ。
43あぼーん:あぼーん
あぼーん
44:2006/11/22(水) 22:32:33
年を越せばきっとここにも人が来るはず。
それまで我慢。
45吾輩は名無しである:2006/12/19(火) 00:22:55
46吾輩は名無しである:2006/12/21(木) 19:47:27
19時50分頃書き込むか。馬鹿の得意げな顔が目に浮かぶ。
47:2006/12/21(木) 20:06:04
いらっしゃい。返レス拒止のムード濃厚っすね。
その後、さして読書がはかどっているわけでもなし、気長に構えています。
折みて書き込みますからどうぞよろしく。
48吾輩は名無しである:2007/01/05(金) 08:54:20
49吾輩は名無しである:2007/01/05(金) 10:28:59
海図ってどーなの?田久保作品の中では
50:2007/01/13(土) 06:55:13
地味ですよ。そこを佳しとする方も、いまひとつ煮えきらないと、不満を抱く方もいるでしょうね。
短篇連作に挑んでの二作品目にあたります。

『蕾をめぐる七つの短篇』という作品がありますが、うち4/7、『海図』創作のあいだに書かれ、
完結し、83年6月に刊行されています。こちらも連篇であり、執筆の開始は『海図』に先行します。
ただ、『蕾をめぐる七つ』のうち、はじめの三篇が昴79年11月号に同時掲載されているため、実質、
2つの作品はほぼ同時期に書かれた作品です。

また海図の書きはじめられた80年には、長篇小説の構想をとる「わが胸の薫る草」が昴に掲載され、
杜絶。未完。これらが年譜作品欄の伝えるところ。

自然そのあいだ、それだけ単なる短篇の数はすくないようですが、あるにはあり。
短篇連作となりゆく「氷夢」に関しても、83年の新年号に掲載されており、このことに附言すれば
84年の文芸誌新年号には彼の作品が二篇、新潮に「海図 V 夕の諧調」が、「氷夢 II 双鏡」が
群像に、それぞれ掲載されています。

入り組んでいるというほどではないにしろ『海図』各篇の執筆順序は収録の順と食い違っています。
こういうのは気分なんだとわりきって、それぞれのインターヴァルを図示してみると、こんな感じ。
51:2007/01/13(土) 07:01:25

              80      81      82       83       84
 ━━━━━━┳━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┳━━━━━━
  海     図 ┃    ★                                 ┃80-4 新  潮
  風  の  木 ┃  ★                                  ┃80-1 文学界
  野     生 ┃         ★                            ┃81-1 新  潮
  凪       ┃                  ★                    ┃82-1 新  潮
  夕 の 諧 調 ┃                                 ★   ┃84-1 海  燕
  草  の  路 ┃              ★                       ┃81-7 新  潮
  水     宴 ┃                      ★                ┃82-8 群  像
 ━━━━━━┻━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┻━━━━━━
              80      81      82       83       84

あとがきには、執筆の端緒となっている風の木、切りとなった夕の諧調を、それぞれ初出原稿から
「大幅に改稿、そのほかにも手を加えた」とありまして。85年6月に単行本の刊行です。

無論、『わが胸の薫る草』が気になるところです。
それがある種の挫折であったのか。あるいは当時、作家を見舞ったインタラプションがあったのか。
徹底的に破棄されたか、仕舞い込まれて、再開始するみこみがあったかどうか。
さしあたり、海図への直接の反映はないように思われます。

それで、いまパラパラめくっているのですが、あちこち記憶に穴がね。
ここであらすじでも追ってみようかなと。およそ公正さに程遠い評価もそれまで持ち越しておきます。
52:2007/01/15(月) 19:50:03
『蕾をめぐる七つの短篇』も『海図』も短篇連作です。それぞれに七篇を収録するという点では
共通します(『氷夢』もそのようです)が、ひと口に、ほぼ同時期におなじ作家の手がけた二つ
といっても、前者ではタテイト 経‐緯 ヨコイトの文目は判明としており語彙の反応も直截です。
また話が陰鬱であるならあるだけ、せめて文章の運動はぬれやすさを斥けようとすることなど、
もうなじみと言っていい。特質でしょう。

一風変わった衛星のように取り巻いている、そんな印象を受けます。
その意味では、全き作品から斥けられた「天球のハルモニア」のようなものかもしれませんね。
原稿用紙の三〇〜四〇枚といった分量に凝縮する作業には、すでに円熟がみえるようでもあり、
モチーフにおいて過去作の反復がみられるようです。
各篇における登場人物はそれぞれ名を与えられていますが、男は《かれ》に統一されています。
題名に冠する蕾とあわせて、このあたり興味ぶかく思っています。

20代後半の未婚と深い関係を結んでいる中年男が後者、小説『海図』の主体であり《自分》です。
この作品で田久保は一人称にあたるものの織り込みを、文中極力抑制しており、その自分でさえ
表象の過程においてときどき浮沈するのみです。作中、《ほとんど名もない仕事》をするという
彼もまた書きものをする者であり、そのとりとめのなさのなかで遊動に、名を匿しています。
冒頭のほうにこのような記述が設けられていますが、どうもこのとりとめのなさの凝集を通じて
各篇は別個にあるようです。
53:2007/01/15(月) 19:59:06
「その父と娘にたいしても言い分があるが、つとめて公平に見て、いつも負い目を感じている。
第一、自分は宗子と知り合った時から、別居中の妻と二人の子どもがいる。二年ほど前に、妻と
学齢前後の娘と息子は、千葉の実家へ帰り、たまに生活費を届けながら、子に会いにいくだけだ。
事実上、その結婚生活は終っているのだが、妻や後見人の兄といくつかの事柄がおり合わず、
今も籍は抜けていない。」(講談社単行本の11ページ)

娘はいわゆる内縁の配偶者となりますか。娘の父は義父です。異なる環境への接岸があります。
もの書きの彼は、自身多感なころに死別した職人である自分の父親を、つとめて娘の父相手に
垣間見ようとしているような、どこか屈折した思いを抱いているフシがあります。一言でいえば
慕っています。なんだか籠目細工みたいっす。まあ、今夜はここらで再読開始するとして。

いらん雑談挟みます。すんません。
知人から伝え聞いた話しですが、彼の昔に弟子入りした船大工が、まだ親方でもなく若いころ、
伊勢崎町ですか、加山雄三とつるんではハシゴしたそうです。一度など、行く先々の一軒一軒、
二人で顔を出しては飲み、その足で次の店へと向かい、興にまかせて一晩中、もらって歩いた
マッチの数は120を越えており、夜の明けるころ踏破されざる飲み屋もなし、とは知人の弁です。
あながち誇張でもないように思っています。60年代前半のことでしょうかね。
そういう時代でもあった。
いまでこそ、クルーザーの個人所有もさして珍しいことではなくなった。
旧家の出なり、よほどの金満家でないかぎり、一個の道楽に船舶を所有するなどという発想が、
一顧だにされることのない当時、その親方の言うところでは、あれはあれほど海に入れ込んで
幸福以外のなにものでもないと。
ちぃとばかしギルド意識の強い業種なのかもしれんです。。
54:2007/01/17(水) 07:09:37
海図七篇 あらすじ

T 海図
早春、女の実家を訪ねた先で、外された海図の額に気づく。かつて義父令吉が海軍将校として
作戦に使用した地図が掛けられていた。彼女は母を八年前に亡くしており、横浜へ、なにかと
用事をつくっては通っているらしい。令吉の所属するセール製作会社は経営に苦況している。
三人は、クルーザーにかける帆がようやく仕上ったため、試走に出る。令吉自らの設計になる
クルーザーである。長く、入念の仕事であった。洋上にて錯綜する過去。

II 風の木
生活費を届けに行くと妻からスイミング・クラブに通う息子の附添いを頼まれ、見学している。
そこで息子が怪我をする。病院へと同伴し、処置を済ませたのち、妻の家に連れて帰る。彼は
死んだ父を思っていた。妻を相手に言葉や意志の届かないものを感じ、早々に引き上げる。

III 野生
漁業を営む夫妻のもとを訪ねる。夫人の負傷により船を出せずにいたというが、すでに夫人は
退院している。滞った貸賃の督促は二度目になる。宗子にせがまれ同行する予定だったが今回
彼女はすっぽかした。不漁らしい。債務者に対することなど慣れてはいないが、今日は独力で
船を出すと言う男とのやりとりを経て、彼は貸船に同乗することになる。船上では男の口から
満州の或る結婚が語られる。

IV 凪
別居中の妻とは正式に離縁した。一方宗子は三十になった。だが彼女が横浜の実家に出かけ、
泊まってくるのは相変わらずだった。仕事柄、宗子が不在では困ることも多い。次第に障害を
伴う頃だった。ある日、二人して外出する用事があり後で合流する約束をする。若い頃に彼は
結核の療養のためそちらに暮したことがある。療養所で知り合った女性の父から年賀状が届き、
ぜひ寄ってくれとのことだった。道すがら思いは馳せている。当時、電気治療にかかっていた。
いかがわしい老婆の操る機械の治療によって、彼は術後を乗り切った。内心惹かれていた都に
再会すると彼は療法を紹介する。やがて都は命を落とした。都の父は彼に絵を見せようとする。
55:2007/01/17(水) 07:10:42
X 夕の諧調
彼の仕事先に電話があり、義父の会社から不渡りが出たと聞く。急場をしのぐ必要があった。
宗子の知人の会社経営者に令吉を連れて融資の交渉へと出向くことになる。以前雑誌に書いた
父親をもとにしての記事を読み、相手方は彼に関心を示しているという。同行するが、交渉は
価値判断の違いに難航し、クルーザーを買い取ってもらう商談に決着する。それは亡き令吉の
妻の名を持つあの船だった。義父は交渉の相手に、戦死した弟株の将校を思ったと告げる。

VI 草の路
仕事への没頭から義父が倒れる。宗子は退院後の自宅養療を世話している。彼もまた根を詰め、
大分ガタがきているようだった。そこで宗子たちの遠縁にあたる須見夫人に家事手伝いを頼む。
夫人の手伝いは板についたものだが、時折おかしなことを口にする。そして惑乱を示し、去る。
入院時に駈け付けたきり時間を割けずにいた彼は義父の家に行く。すでに事情は伝わっており、
令吉から家へ寄こすようにと諭される。同病相憐れむだと言う。完成した船の試走を見物する。

VII 水宴
二月後、彼は住居を引き移り、仕事している。友人の画家から、古い山小屋を借り受けている。
豪胆な前住者の残骸にしばらく悩ましく過したが、やっと仕事の調子が出始めている。そこに
危っかしさもある。宗子もそうだが、子供らへの仕送りが彼の懸念となっている。家を出たまま
宗子は帰らず、すでに諍いも宙吊りになった。いずれ家は清算し西伊豆へ移る由ならば横浜の
宗子宛への手紙に書き送ったが、やはり心の修羅があった。ある日、彼は町なかに宗子の姿を
見たように思う。彼は風呂場に水を汲む。
56:2007/01/17(水) 07:42:00
おまたせ。再読を堪能しました。不備があると思います。KBの都合で端折っていたりもします。
今回こちらは主に近接性・親近性 [proximite] の小説として読んだようです。
そこで(間)の距たりと離れかた、和合への欲求、さまざまな衝迫やその兼ね合いを、作品が
一時的にあずかっているというように。

各篇のどこかしらかならず風が吹いていることに、読者はそのつど目をとめるでしょう。
いかなる性質の風か、というのは読者各人の判断に譲られたこととして、もう一点、この作品が
終章の水宴をのぞき、その描出がもっぱら日中に限定されているということについてなのですが、
そのドラマツルギーは種々のことどもを孕んでいます。出来ごと、事件、なんとでもいえばいい、
自分の体験したことが、その内実によって、その内部から蚕食され、禁欲的に贅肉をそぎとられ、
感覚性を剥奪されています。それらすべてに、本来の形を覆いかくしたような趣があり、これが
作中、鈍なように感じられることさえままある男の正体なのだろうと考えています。(「凪」は
再読でもキツかった。)それが厳粛だかどうだか知りませんが、夜は、仕事の時間のようです。

後ろぐらい情念の微妙な変質を扱っているため、作品に沈潜することで、毀損や、広く暴力衝動、
死の欲動に敏感であるようにと求められるはずです。おそらくそこが、この作品の眼目だろうと
見当をつけているのですが、登場人物たちは、それらをうまく飼い殺している……
57:2007/01/17(水) 07:42:41
総題とする理由は、草の路の仕舞いのほうに書かれているとおり《海図にしても、……》――
海の世界を相手にすることと、書くいとなみとを、オーバーラップさせているとことが一因に
あるだろうと思います。

その目的へ達するためには底なしの深淵に挑まねばならず、そこは向こう岸も灯台も見えない
闇黒の大洋であって、私たちは航路のない海域を行く船乗りのように出帆しつつある。つまり
関係であり、要所要所で男が、(すでに触れられ、書かれている)人物像をなぞっているのも、
もちろん、各誌に連作の書きつがれた経緯も手伝っているのでしょうが、それ以上に、大昔の
船乗りが、どこか陸地にゆきあたるなり、航海術上のあらゆる慎重さをまもっていたとしても、
自分でも知らぬうちに流れから行く先を狂わされていなかったか、航路を再度あらためている、
そのような姿もみえてきますか。

目的はショートした直接的な昵懇(入魂)の間柄ではなく、生命はエゴイスチックな中心から
いやおうなく引き離され、もう自我を中心にして回転することのないような結びつきの実現を、
自分のなかには巨大な無私の力を彼は見たいというだけのことです。たぶん。
作品のなかの海――風の木のなかに女性性を海にたぐえる箇所がみえますが留保。懸案です。
58:2007/01/17(水) 08:05:32
お店や室内の装飾に用いられているものくらいは見たこともあるのかな、しかし海図というものを
観察したことがなく、陸上の地図とどれだけ異なるものか、残念ながらわきまえがないんですよね。
港の位置、沿岸の形状、水深(多くの航海の場合、深さよりも浅さが必須情報となるのではないか)、
岩礁珊瑚礁、潮の流れの指向性、航路標識や陸上の目じるしなど、さらに海域によって気象ないし
海象条件が記載され、そこに書き込む予定航路、ということになるようです。
普通、国から発行されるものでもあります。

作家としての転機にあるようですね。以降、彼の手になるいかなる作品も、あるがままの姿そのままを
額面どおりに意味する必要はなくなり、反面、彼のいかなる作品においても、判明されるにあたっては
読者の手にわたった作品以外のなにものも必要とはしないような、創作を介する不可避のアイロニーと
表現との幸福な結婚を、ただし仮象として模索するようになってゆくのではないかというのが意見です。

あと一点。
単行本152ページの《この東京郊外の住宅地で以前から汚れた川が、近頃浄化され、[……]》(草の路)

田久保は都会に生活しつつ、深刻化する環境問題の時流に身をおいた一人でしょうし、いまは手許になく
正確な時期をいえませんが、エッセイ集『不意の視野』のなかにも、当時、進む一方の大気汚染に関して
機運の高まる以前のけっこう早い時期に、いっそ隠棲したいというような、いまいましげに洩らす文章を
目にすることができたように記憶しています。
幼年から娼家にくらした記憶と、澱み、濁って、地区に滞る自然の流動とは、相通じているようでもあり、
たとえば「水中花」ですが、あれなどは腐臭に取り巻かれての、生理的な不快感に抑圧される私において、
区別しがたいほどわかちあい記銘されてもいるのですが。
こういうところにも表れていたりするかも。やっぱり見当違いかも。

今ぱっと書き込めるのはこのくらい。読みにくくってごめん。>49
59:2007/01/19(金) 19:54:21
海図の執筆は戸塚ヨットスクールが取り沙汰されていた頃ですが、
なにせ読み取れることが少なくって、どう思っていたのかは不明。
(85年の読者に読み取れることはけっこうあったかもしれません。)
去年の春、戸塚校長が満期出所したって報じられていましたっけ。
その後のごたつきも。

連投するとスレが寂びれる。ログを流さないと書き込みづらいね。
返事は気が向いたらでいいよ。またきてね。
60:2007/01/19(金) 20:01:53
さて、せっせと検索しとります。
もうそろそろ、ネット古書店を活用しようかなーと。
なるべくなら歩いて見つけた店先で求めたいところなんですけれどね。
次、どれを読もうとか、決めにくくて。つぶしにかかっているみたい。

注文する予定には雨飾りを含んでいるのですが、
日本百名山のひとつに雨飾山があるらしく、寄り道中です。
ttp://www.vill.otari.nagano.jp/kanko/tozan/amakaz/index.html
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/雨飾温泉

田久保と雨飾山、どっちが知名度あるのかな。なんてね。

ここに書き込まないことにはスジ違いになることがひとつあって。
ただ、どう書きゃいいんだか。まあいいや、大したことじゃない。
61:2007/01/19(金) 20:10:26
祝! 文化庁が田久保作品の輸出を決定した模様。
www.jlpp.jp/j_st05_kodansha.html

プロジェクトの一環としてですが、第2回分の対象作品に
「戦後短篇小説再発見2 性の根源へ(講談社)」があります。
したがって、「蜜の味」が仏訳されるようです。

それで遅ればせながらアマゾンに探りを入れてみたんですが、
仏訳者 Pascale Simon 氏のことがわかんねぇ!
解説みたいなもんが付録するなら意地悪に読んでみてえー

氏の訳業は「K」「絶対彼氏。」「脂肪と言う名の服を着て(共訳)」
「ガッシュ!!」「蛇を殺す夜」「シティハンター」など多数です。
ほか、字幕の仕事に「ユリイカ」があります。

「もの喰う女」がどーなるのかね。AA略してアハハハハハハ
あーあ
62:2007/02/08(木) 06:58:05
携わったのは映画ユリイカではなく小説ユリイカ。氏の名誉にかけて訂正を。
申し訳ない。

わが胸の薫る草、題からは草の葉を連想するべきなのかな。
1980年の集英社すばるというと、月刊誌になってまだ間もない頃なんですね。
どのくらい連載していたのか調べないと。図書館頼みになりそう。
63文学青年くずれ(23):2007/03/09(金) 14:26:25
田久保いいよね。



髪の環読んでて海図も読もうと思う
64:2007/03/10(土) 06:45:44
そう言ってくれる人がいると心強い。擬音をぐっ、と鳴らしたいくらい。
今年も続行。なれの果てまでお惚気可能なんじゃない?、ってな感じでGO

海図に関しては、できるかぎり意見を聞いてみたい箇所があるんですよね。
冒頭一篇の義父の言葉なんですが。把握できる気がしなかった。

海図については中上が書評しているようです。「存在と非在」。
『時代が終り、時代が始まる』所収らしい。少々気になる題ですね。
未確認ですが、入手して読んでみようと思っています。
そういえば、まさに触媒がそれなんでしょう。
男権社会の崩れおちる時代が終り、新しく時代が始まりつつあった。
思い返してみれば、その予感にあふれた作品です。

何らかの顕現を待ち望んでいるかのように焦れる人間存在を描出する点で
(誤読の可能性大)、この作家、多少は古めかしいのかもしれない。

講談社文庫『髪の環』カバー表紙がレトロでいいんだ。経年劣化が似合う。
厚紙に安い印刷をされた焦げ茶のインクが剥げる。それでいい。
65文学青年くずれ(23):2007/03/10(土) 10:37:42
海図の評判を知りたくて検索したら、中上が書評してるらしいこと知りまして。ぜひ読んで教えてください
66:2007/03/10(土) 20:27:42
いいよ。こういうときは全力で安請け合いするんだ。
講談社文芸文庫の解説もどこかで立ち読みしてきます。放言している手前。
人間と人間とのあいだで、そこに存在するでもなくまた非在するでもなく
時間をかけて、言葉を宿し、運んでくる海を感じられる書評だといいなー。
期待!
67吾輩は名無しである:2007/03/11(日) 13:29:30
むかし買った講談社文庫『髪の環』をいまでも読み返すことがあります
当時は吉行ファンだったのでなんとなく同質な匂いを感じて気に入っていたような…

この作者の本って文庫化されてないのが多いですよね
「触媒」「しらぬひ」といった長篇小説が文庫で読める日は永遠に来ないんでしょうか?
「生魄」ですら新潮文庫で出るかどうかわからない…
68:2007/03/11(日) 20:00:33
大御所からの推薦や指南、若手作家の愛読書の披瀝があるならひょっとすると今すぐにでも、
とは思うのですが、現況では文芸文庫の選集が打ち止めでしょう。
後追いで作家に向き合おうとすれば古書店が頼みの綱となる、というのが正直のところです。
長篇小説文庫化を視野に入れる場合、上下巻に分冊せざるをえないものが少なくありません。
そうした作者との細かな調整を要する事柄となるボリュームの都合もありつつ、それ以上に、
作品には時代風俗に根ざした部分が大なり小なり占めているように見受けられます。
その時どきの読者には、作者と同一の地平なり場なりを共有している意識があったはずです。
さて今はどうだろう。どうでしょうね。
遊びに行った宿泊先で、スポーツ新聞の連載官能小説を読んでいたら「月かげ」が堂々と
パクられていてさ。なんか恥ずかしくって。夜のゲレンデ見下ろしながら頭掻いちった。笑
数年前のことです。妙な連帯感がありました。

昨日から『遠く熱い時間』を読んでいるのですが。表題作が勁くみずみずしい。
大正時代、外務省高官の刺殺を企て、実行した少年を描き、描こうとする作家を伝える佳作。
いわゆるメタフィクションの部類に入るのでしょうか。
作中、名前は書き換えられているものの、「阿部守太郎 岡田満」で検索すれば、いくらかの
情報は得られるでしょう。ノンフィクション? 69年の発表ですが淺沼稻次郎の殺害が60年
ですから、その頃から温めていた作品かもしれません……
電報を模したようなカナ + 漢字の日録断片と、同一人物の手になると思しき簡潔な口語の
創作が交互に配置されています。どちらも二次創作ではない。抱き合っているのがミソです。
作中人物と作者とを同一視するのは危険ですが、書き進めるにつれて作中人物の諸問題を
抱き込み、交流が生じているように感じるのを不思議に思います。また読み返そう。
ほか睡蓮、奢りの春の順に収録。「芥川賞受賞作家の第一作品集!」と帯文にはあります。
初出の誌されていない単行本ですが、睡蓮・奢りの春は62年の作品であり名実ともに初期作。
集英社文庫へ収めるにあたって「奢りの春」を表題作とし、収録順を変更しているようです。
著者が後年手を入れているかもしれません。Sorry! 文庫本未確認
69:2007/03/12(月) 00:05:23
1969 「深い河」第61回芥川賞
1976 『髪の環』第30回毎日出版文化賞
1979 『触媒』第29回芸術選奨文部大臣賞
1985 「辻火」第12回川端康成文学賞
1987 『海図』第37回読売文学賞
1997 『木霊集』第50回野間文芸賞

どこの誰が必要とする種類の情報なのか分からんけれど。
文学賞受賞作をピックアップするとこのようになります。公式HPにて選評を
いくつか掲載しているようですので、興味のある方は年譜に張られたリンクからどうぞ。

さっき『髪の環』買いなおしてきたんですよ。単行本の第四刷です。
布張りの発色が目を惹きます。藤色とモーヴ色の中間色、ってところですか。
良い短篇小説に起きることとして、
「強く印象に残ったところを求めて書にあたれば見つからないものだ」みたいなことを
古井が書いていたおぼえがありますが、本当に起こるとは思っていなかった。
それでも、もう手離さない、とは断言できない弱み。いい本は他人に贈りたい。
70吾輩は名無しである:2007/03/15(木) 18:22:17
髪の環いいよね

やっぱ蜜の味が好きかなあ
71吾輩は名無しである:2007/03/15(木) 19:05:12
たしか東京新聞に連載していた長篇があったような気がするけど、あれですら文庫にもなった形跡がないなんて…。
72:2007/03/15(木) 23:04:29
1978 『奢りの春』集英社文庫 解説: 三木卓
1980 『水中花』集英社文庫 解説: 中野孝次
1978 『薔薇の眠り』中公文庫 解説: 荒川洋治
1979 『髪の環』講談社文庫 解説: 上田三四二
1988 『海図』講談社文芸文庫 解説: 川西政明
検索すると文庫には以上のものがあります。
これらは絶版ないし品切れの文庫本タイトルです。
数字は文庫化されての発行年です。
1988年は講談社文芸文庫創刊の年だと聞きます。
来年には二十周年を数えますね。

偏っているようです。
過去作を文庫化して出版することに対し、著者には言わぬが花のこだわりや、
考えがあったかもしれず、一概には批難しづらい。うーん……

2004年、『深い河|辻火 田久保英夫作品集』が講談社文芸文庫に入ります。
解説者に管野昭正を迎える。
原稿を依頼する解説者の人選って、こうもバラけるものなんでしょうか。
以上敬称略

> 文芸文庫の作品集
すごく言いにくいのですが、一冊ぐらいは入れといてやるよ的なものを感じて
依怙地になり、手に取ってさえいません。。 (打ち止めなんざ認めねぇー!)
すいません謝りますごめんなさいいずれ折れます。
73:2007/03/15(木) 23:05:55
>>70
以前は集中各篇の出来にむらがあると、漠然と感じていたんですが、読み返してみると
元気な《いろんな象 [ルビ: かたち]》に翻弄されていたようで、ごにょごにょする。
「蜜の味」もそうですが、職業柄、線に固執している男、ってのは複数作品に出てきます。
骨通りは実在し、今でも通用するようです。山谷通り、吉野通り。

>>71
花闇(東京新聞連載)読んでみたいなあ。
新聞に連載する形で発表された作品には他に『川の手物語(公明新聞)』があるようです。
こちらはけっこう長期に亘った連載のようですが、どんな物語なのかしらん。
公明新聞は公明党の機関紙・公明新聞(日刊、1ヵ月1835円、1部71円 [07年現在])です。
74吾輩は名無しである:2007/03/16(金) 10:21:03
>>71
「花闇」は新潮現代文学という全集の田久保英夫の巻に収録されています
図書館で容易に見つかるとおもいます
75:2007/03/18(日) 07:49:24
フォローどうもありがとう。
よし、図書館へ様子見だ。

 ┃┃ P A U S E
76:2007/03/18(日) 20:16:20

▼ 存 在 と 非 在 ――田久保英夫著『海図』書評 (全文)

〈一人の人間がちょうど連環のように、いくつかの体験をつみ重ねながら、変って行く小説を
書きたい、と考えていた〉と田久保英夫氏は「あとがき」に記している。その連環の継ぎ目に
当るのは、作中で全く主格を省かれた男と一まわりほど齢の離れたまだ正式に結婚をしては
いない恋人の宗子、その父親の令吉であり、ヨットである。その継ぎ目に変数が掛けられる
ように、別居し離婚する妻の時江や息子の悦、娘の俊子が在り(「風の木」)、松尾夫妻が
在り(「野生」)、須見夫人が在る(「草の路」)。

  この連環¥ャ説は小説の巧緻な製作者によってつくられた男の関係の変容を追った
小説であるとまず読める。関係の変容は、一人の男が別居し、若い女性と同棲し、妻と離婚し、
若い女性とも遠ざかるという筋になるものを、エイゼンシュタインのモンタージュ技法のように
〈いくつかの体験〉の時間で切り、重ねる事で浮き上がってくるものである。この関係の変容は
作者の気質を顕わにしている。集中の最後部に置かれた「水宴」で示されるように、遠ざかる
事によって、あるいは失う事によって見出す女という存在。

  評者は「水宴」まで読みついで来て、川端康成が「眠れる美女」で達成した遠ざかる事に
よって、見出したエロスと同じ物がここにあると思ったのだった。そう思いつき、さらに「眠れる
美女」が眠り込んだ少女を抱きしめる事によって果たす老人のエロスという設定と、作者が
意図的に主人公のいかなる人称も書き記していないのは、同じ事を示しているのではないか
と思ったのだった。〈その瞬間、お互に堰かれていたものが、一時に溢れ出すように、腕を
からませ、顔を寄せて、水の中で軀をじっと触れていた。ただそれだけだった。しかし、それで
充分なものを感じていた〉〈宗子とこちらの軀は水に快く包まれ、お互の触れている皮膚だけ、
暖みが通いあった。女の軀から、たっぷりとした熱さが湧き出て、お互の肌と溶けあい、その
境い目が知れないほど、なまめいた感触に襲われた〉美しいと思う。ただその美しさは、
存在と非在という設定が仕掛けられてあるから成立している事に注目を要する。
77:2007/03/18(日) 20:17:31
存在と非在とは田久保氏の新しい文学のテーマとしての老翁の発見の事だろうか。
小説巧者の連環¥ャ説を前にして、謎は広がる。

  多出する海や水のイメージの意味するもの、さらにヨットの象徴として指し示すものは、
この小説集上では何なのか。単なる不確定な関係の変数なのか。それとも死なのか、
生なのか……。

■ 参考メモ

「存在と非在」『新潮』85年10月号に掲載とのことです。
福武書店刊(1988)前述書 pp.327-328から。中上健次全集第15巻の抄録には収められず。
おそらく誌面にしては一頁の依頼書評でしょう。

中上全集(15)には89年の文芸時評が収録されています。カツを入れる辛口の時評ですが、
田久保の作品にはおおむね好評価であったようです。
そのなかで「『内向の世代』と呼ばれた作家群がここのところ活気付いている気配がする」
といった所感を洩らす回があり [早速うろ覚え]、評者は諸氏の名前を列挙するのですが、
田久保を最初に挙げており、意外でした。(たしか順接の接続詞をおいて古井が最後です。

参考までに前述書 p.250 「古井由吉作品完結によせて」から抜粋すると
「古井氏は所謂内向の世代の作家と言われた一人である。今、改めて〈内向〉とは何か?
と問うてみれば [……] デッド・エンドから出発し、それをこじあけるために戦略として大仰な
物、劇的な物をしりぞける意外と気むずかしい小説家の姿が映る。言葉を変えてみれば
物語の回避である。」こういった条件のもと中上は〈内向の世代〉を認識しているようです。)

全集(14)にはランボー詩篇の私訳を紹介しつつ、自らの言葉が詩に向いてはいないことを
述懐する短文をみることができます。その巧拙は措くとして、田久保は私訳詩篇を引きます。
海図には一行きりですが、一目おいていることには、そういったことも当然含まれています。

中上の引用は「水宴」p.207からによります。
78:2007/03/18(日) 20:33:10
けっして良い中上読者ではないことを笠に着てテキトーなことを言うと、
この書評の歯切れの悪さの大半は、編集局から割り当てられた紙数の制約によるものではないんだと思う。
読んですぐに書いたんじゃないかと思うほど、これは筆が走り滑っている。そりゃ感情移入するだけのものも
評者側にはあったろうと思うけれど。大概は思想(おぼしめしと読む?)の定着を急ぐとこうなると思います。
非在とはまた強烈な一語です。たっぷりとした思い入れがありそうだ。

存在 [現前/不在] の凝集
非在 [潜在/顕現] の拡散

こう捉えていると「水宴」では背負い投げを食らうんだろうなあ。〈注意を要する仕掛け〉と言います。
いや、ぶん投げられていいんでしょうが、これを愚直に受けると水宴一行アケ後のパートは実体のない、
読者に夢オチと判別のつかない宙吊りのものということにもつながり、甚だ微妙です。読んでみてください。
「風の木」ラストに数行、ズバッと書いてありますから、存在と非在というのをイメージしにくいならそちらを。
ありもしないのに現れたり隠れたりするもの。一冊の書を前にしての感想もまた〈非在〉でしょうか。

多出するといえば花と鍵ですか。特に必ずしも一義的ではない鍵への偏愛。これはかなり気になる。
おおっぴらに象徴を用いる作家かどうかの見極めがまだつかなかったりする。注意してはいるんだけどさ。
デリカシーを要する問題だろうし。でもまあ、『髪の環』読んでいると象徴パワー、スッゲーナ! と思う。
底知れぬ非在領域につきぬける快さがあって舌を巻いちまう。痛みは?

書庫に資料請求する必要がなかったから『空の華』を借りてきた。手に取って、借りてきたのはいいけれど、
たぶん期限中に読めはしないんだろう。トホホ。書名の読みはそらのはなでいいみたい。

言を借りれば田久保の《デッド・エンド》は何だったのか。
透谷の言をもじって《恋愛は人生のデッド・デェエッド・エンドである》と言ってもいいのか。
じっくり考えていきたいね。自省を促しつつ可能なら簡潔に。
79吾輩は名無しである:2007/03/20(火) 12:05:54
>>76-78
以前中上の書評が読みたいと言ったものです。載せていただいてありがとうございます。とりあえず海図をば読み始めます
80:2007/03/27(火) 13:56:37
どういたしまして。こちらは雨飾りの読書を開始するつもりでモチベーションを高めます。
満を持しての読書、というわけにはいきそうもありませんが、いい季節になってきたので。
81吾輩は名無しである:2007/05/05(土) 13:53:50
『海図』は遺作
82吾輩は名無しである:2007/05/05(土) 15:10:14
違うよ
たしか 新潮社から出た短編集だったはず
83:2007/05/15(火) 18:21:25
はい出席。
他人の言動を否定するのはスカッとする。ましてやそれがおのれの一年前の
誤りであるなら尚更だ。あなた方は私を喜ばせるような書きかたをしないで
いいというのに、なぜ言い忘れる。どうして海図いいねと言わずに去るのだ。
たわけ者だ痴れ者だ! あなた方に懲役一冊を実刑で言い渡したい。>81-82

まあ、ひとのことを責めたてる立場ではない。懲罰権限なんてもってのほか。
>>72などひどい。公式サイト情報のコピーペーで済ませたらこれもんですよ。
正 菅*昭正
    ↑
誤 管*昭正 どちらにせよ、カンノアキマサには違いないんですがね。
以上この場を借りて訂正するとともにご迷惑をおかけした関係者各位に対し
深くお詫び申しあげます。

それと、いつの間にか、ウィキペディアに記述が設けられていたことを報告。
今日はこれにて退席。引きつづき書き込み募集中です。また待機中です。

ja.wikipedia.org/wiki/田久保英夫
84:2007/05/15(火) 18:26:42
それでですよ、雨飾りです。いいでしょう、『雨飾り』は最高傑作です。
その件に関してはこちらの読者生命いくらかを賭けたっていいでしょう。

私は雨飾山から電波でも受信しちゃったんじゃないかと心配しています。
それではまず何から始めましょうか? やはり彼の著作から始めるのが
無難だと思います。その点、間違いなく『雨飾り』は最高傑作の一つだ。
つーわけで、雨飾り読者募集中。急速に駆けつけろい。ヨーホー!
85吾輩は名無しである:2007/07/22(日) 12:26:56
こんなスレがあったなんて!!!!

田久保 高井 古井 もうこの御三方は最強ね!!MY御三家ね
86吾輩は名無しである:2007/07/22(日) 12:54:12
御三家   田久保英夫 高井有一 古井由吉
新御三家  辻原登 大岡玲 保阪和志 
最新四天皇 町田康 吉田修一 堀江敏幸 長嶋有 

こんな感じか… それにしても大岡玲は最近書かねーな
ところで以前、NHKの建築(家)について話を進めてた作家誰だっけ?
藤原智美だっけ?
87吾輩は名無しである:2007/08/20(月) 01:50:10
>>84
雨飾り、最高傑作とか言うから読みたくなって買っちゃいましたよ
88吾輩は名無しである:2007/08/20(月) 02:06:09
>>84
巧い客引きだなぁ…釣られて買いに走りそうになる。
が、
無いじゃん、古本しか。ネット古本屋で¥800〜¥1000くらい。
89吾輩は名無しである:2007/08/20(月) 15:41:13
俺はヤフオクで100円で買えたw
90吾輩は名無しである:2007/09/01(土) 19:07:23
さあて、届いたから読みだすか
91:2007/10/10(水) 21:59:19
保守 時事一個
いま講談社文芸文庫の新刊を買いますと、挟み込みハガキがあります。
創刊二十周年記念に、品切れ文庫の復刊リクエストを受けるそうです。
雪の下の蟹|男たちの円居と少年たちの戦場を記入して投函しました。
もうひとつ設けられた欄は空けたままです。

緋の山読了
なぜお蔵入りして、十七年後に蔵出しされたのか、疑問は残りますが、
初出については七十年の新潮に掲載された作品だと触れられています。
大幅な加筆と断っているとはいえ、筋書きに大差はないんじゃないか。
これがなるほど薔薇の眠りに通じるのかと、頷けるところが多かった。

>>85-86
藤原智美の名前でYouTubeに検索をかけると、KYに物申す動画が一個
ヒットするようです。ためしに結びの部分を書き出してみたら独特。
・『たたかうマイホーム』=住まいの現在、家族の未来
人間講座でのテキストはこれに書籍化されているみたい。読んでみる。
ttp://www.fujiwara-t.net/works.html

去年高井有一でも探ってみたけどロクな過去ログが出てこなかったな。
http://mentai.2ch.net/book/kako/992/992326473.html
新世紀初年度文壇の組閣だそうです。このスレではT没年ですけどね。
高井さんが文藝家協会の理事長やってた頃。もうめちゃくちゃですよ。
今やったらもっとめちゃくちゃ。あはー

そういや文芸文庫の時の潮積んだままだ。だめだ私。
92:2007/10/10(水) 22:09:38
>>87-90
没後数年が経つわけですが、作家に対する評価が定まらないなかでも、
彼の作品が口端にあがるとき生前すでにテンプレと化していただろう
小説家としての巧みさを、それへの信頼の上であえて度外視するなら
叩き台にしやすい作品の一つだろうと思っています。

私が買ったのは第二刷・800円だった。80年の古レシートがおまけだ。
有名な板画がカバーに用いられているのに驚きますけど、棟方志功は
どうもこの第二刷発行の三日後に亡くなっているようです。「〜の柵」
という題じゃないですか。見当違いの想像をめぐらせていたようです。
今検索かけて頭かいてます。チクショー

一人の職業作家と複数女性との色恋沙汰が、帯文を借りれば
手を代え品を尽くしてあますところなく描かれ語られている小説です。

ことによるとただ一言で済ましうることなのかもしれません。
そのような小説をまだかろうじて書きえた時代だったということです。

ところが、七十年代後半の日本文学の状況云々を抜きにして考えても
力量ある作家なら自戒を込めて作中のどこかで一度かならず吟味する
べきであったはずの小説家にとって不可欠だろう技術論のようなもの、
すなわち技術と素材の関係についての考察が申し訳程度に挿入された
書き捨てノートの切れはし数行で済まされているのはどうしたことだ
とか、読書が噛み合わないときなど非難含みで感じそうなものですが
93」?:2007/10/10(水) 22:17:51
、「、「、筅ヲ抱、ュシモ、ィ、ニ、?ヘセヨミ、ヌヒヘミナ、キ、チ、゙、テ、ソ。」」ィユ{ラモウヘゥ`」。」ゥ
、ヌ、ュ、?、ミユi矣、ホクミマ?、└ュ、ソ、、、テ、ニ、ホ、ヘ、チ、ヘ、チミミ、ッ、マ、コ、ャハァ硲、キ、ソ。」
クミマ?、ハ、ノ、ャ、「、?、ミ、シ、メ、ェヲ、、、キ、゙、ケ、ヘ。」ヘカ、イ、荀熙ヌ、ケ、、、゙、サ、」

・ラ・鬣ヒ・ー、ホカホ?A、ヌ、マミ。ユh、ホヨミ、ホミ。ユh、篩シ、ィ、ニ、、、゙、キ、ソ、ャ
マネミミ、ケ、?まラャ、「、?、ヌカネミリ、ャ、ハ、ッ、ニ、荀皃ソ、ヌ、ケ。「、゚、ソ、、、ハ、ウ、ネ、?
オア瓶ハワ、ア、ソ・、・ソ・モ・蟀`、ヌモ??陸熙ヒ、ト、、、ニ、マユZ、テ、ニ、、、ソ、ォ、ハ。」
ム}ミエ、キ、ネ、ュ、网隍ォ、テ、ソ、ォ。」朮翻セ_ラT、ネ、ォミヌ、ネヤツ、マフ?、ホムィ、ネ、ォ
彫、イ、ニ、、、ソ、隍ヲ、ヌ、ケ」ィメサセナーヒゥ牝遙コ、ケ、ミ、?。サ、ホセナヤツコナ、タ、テ、ソ、ォ、ネヒシ、ヲ」ゥ。」
カネミリ、ャ、ハ、、、タ、ホヤニ。ゥ、マ、チ、遉テ、ネ、メ、テ、ォ、ォ、?ホ?ムヤ、、、ヌ、ケ、ャ。「、ス、?、ヌ、、、、。「
?均?、タ、ア、ヒチ皃ニユ�ス筅タ、テ、ソ、ク、网ハ、、、ォ。「、ネヒシ、テ、ニ、、、゙、ケ。」

瓶ハツ、テ、ニ、、、荀「。「、筅ヲホ「テタヒ、「、?、ヌ、ケ、ア、ノ。「、ウ、ハ、ホ、筅「、テ、ソ、熙キ、ニ。「

。。。。。。スネ�、マシアロ爨オ、?ハシ、皃?、ネ。「ラヤキヨ、ャエツキ、g゚`、ィ、ニ、、、ハ、、、ウ、ネ、「
。。。。エ_ユJ、ヌ、ュ、ソ。」ィDィD。コソユ、ホネA。サ 」ヨ、ォ、?

ト?カヒ、筅タ、、、ソ、、ヘャ、ク。」ソユ、ホネA、テ、ニ圖ヲ、゙、、、ハ・。。「、ネヒシ、テ、ニ、ソ、ヌ、ケ、ャ
ィDィD・ッ・ヲ・イ。「杉、ホネA。「ヒョヨミサィィDィD。「、ス、?、ヌハヨ、ヒネ。、テ、ソ、熙キ、ソ、ヌ、ケ、ャ。「
、ウ、?、ャ、゙、ソ齊、ハヤ彫ハ、ヌ、ケ、ア、ノ。「、ス、熙网筅ヲテ豌ラ、ォ、テ、ソ、ヌ、ケ、陦」
94:2007/10/10(水) 22:25:21
(ああもう調子出ねー!
書き途中で送信しちまった上アセって派手に文字化け恥の上塗り!)

できれば読後の感想を聞きたいってのをねちねち行くはずが失敗した。
感想などがあればぜひお願いしますね。投げやりですいません。

雨飾りのことです。

プランニングの段階では小説の中の小説も考えていましたが
先行する傑作があるんで度胸がなくてやめたんです、みたいなことを
当時受けたインタビューで雨飾りについては語っていたかな。
複写しときゃよかったか。濹東綺譚とか星と月は天の穴とか
挙げていたようです(一九八〇年『すばる』の九月号だったかと思う)。
度胸がないだの云々はちょっとひっかかる物言いですが、それでいい、
構想だけに留めて正解だったんじゃないか、と思っています。

時事っていやあ、もう微妙にあれですけど、こんなのもあったりして、

   晋三は急坂を降り始めると、自分が順路を間違えていないことを、
  確認できた。――『空の華』 Vから

年端もだいたい同じ。空の華って題うまいなァ、と思ってたんですが
――クウゲ、悪の華、水中花――、それで手に取ったりしたんですが、
これがまた陰鬱な話なんですけど、そりゃもう、面白かったんですよ。
95:2007/10/27(土) 17:27:19
スレの暖を取りがてら100いっとこう。

今日は報告です。緋の山と藥叉女~とのふたつ突き合わせてみました。
加筆の「幅」がどんなもんだか紹介します。

緋の山は藥叉女~が「改題の上、大幅に加筆」されたもので、1988年、
(「〈新潮〉 一九七〇年六月号・七月号に、「薬叉女神」として分載、
  このたび改題の上、大幅に加筆した。」)
集英社刊。単行本版と初出誌版ということです。主な変更点としては
新潮掲載時に旧字であったものを改めていることがまず挙げられます。

1970年版の作品題であった「藥叉女~」にしても著者みずから置いた
らしい〔初出について〕においてでさえ「薬叉女神」と新字で記され、
これについては道標の『行者 [点アリ] の森、大文字參道 [二点] 』
にも適用されます。反対に、《焰》などは焔とせずに旧字のままです。

手ずから原稿用紙にすべてをやったのか、かつての印刷物に朱を入れ
書き足しの指示を添えて担当者に回したか、そのあたり不明。

一人物の語る引用符に括られた発言が地の文で前後に分断される場合、
藥叉女~において一段落に収められているものの多くを、緋の山では
改めて複数段落に分けて、
96:2007/10/27(土) 17:28:21
 藥: 「こまつたわ。」房子は顏を赧くし、口ごもつた。「私、とても言えないわ。」
 緋: 「こまったわ。」/ 房子は顔を赧くし、口ごもった。/「私、とても言えないわ。」

たとえばこんな感じです(ここでの/は改行です)。
その他、〈新潮〉一九七〇年六月号・七月号での《目》という表記は
原則的に《眼》と改められています。旧稿での《眼》はそのままです。
これらについては上で触れた《焰》のように例外もありますが、

 藥: 眞朱の柘榴の花が、目のすぐ前で開いている。
 緋: 真朱の柘榴の花が、眼のすぐ前で開いている。

 藥: 自分が外部の者の眼になって、…/ …まつたく異なつた輝きで目に映るのを、
 緋: 自分が外部の者の眼になって、…/ …まったく異なった生彩で目に映るのを、

煩瑣を伴うため省略。特徴的な表記の変更としては、ほか《體》が
逐一、《軀》へと移されます。細かくは 落着く → 落ち着く など。
以上の三点、字体の新旧、発言における改行、 目 眼 ・ 體 軀 、
以下省略します。

結論から言うなら両者にそれほど差は認められません。附した番号
○ . △△ の、○ は章です。△△ は対応を示す便宜上のものです。
前後を省略するため、退屈かもしれませんが、そちらでもご確認を。

ありがとうございました。
97:2007/10/27(土) 17:30:36
1.01 ほとんど重さもないような…/ …幻影のように思えてくる。/ …頭上から陽を
…そこにあるので、不安が少しなごんだ。/ …重く搖れるので、むこうのテラスから 
1.02 言いつけたのに、怠けたのだ。…/「…娘がそう言うの。」/「まだ十代なのよ。 
1.03 何となく寢室の囁き聲を 1.04 こつちをむいているので、思わず 1.05 房子
の方は少し肉づきがよく、…異なつた輝きで目に…恒子も七年前にはそう見えた。 

1.01 ほとんど色彩もないような…/ …幻影のようにも思えてくる。/ …頭上の陽を
…そこにあるから、不安が少しなごんだ。/ …重く揺れるため、居間のテラスから 
1.02 言いつけたのに、抛り放しなのだ。…/「…娘がそう言うの?」/「まだ十代なの。 
1.03 何となく目醒め際の囁き声を 1.04 こっちへむいているから、思わず 1.05 房子
の方はすこし肉づきがよく、…異なった生彩で目に…恒子も七年前にはそうだったろうか。 


1.06 何もにげることはないのに、…/ 雄三は掌の中の錐を、…社内の移動で…急
に時間の刻々が 1.07 父の家は藏前を本據に、 1.08 この異母兄だけだが、會え
ばどこか抵抗を…一抹疑問に捉われた。 1.09 痙攣的に顫えている。 1.10 熱さが
象牙色の服を通して 1.11 恒子は妙に不機嫌に 1.12 行くことないわよ。」…かたい
顔で言つた。/「何どうせ、…」/「…あの贅澤な服装どう?」 

1.06 何も避けることはないのに、…/ 雄三は手の中の錐を、…社内の異動で…不意
に時間の刻々が 1.07 父の家は駒形を本拠に、 1.08 この異母兄だけだが、それで
も会えば、どこか抵抗を…一抹疑問にとらわれた。 1.09 痙攣的に震えている。 1.10 
熱さが石竹色の服を通して 1.11 恒子は不機嫌に 1.12 行くことないわ。」…かたい
顔つきで言った。/「どうせ、…」/「…あの贅沢な服装はどう?」 
98:2007/10/27(土) 17:31:54
1.13 こつちを見た。…急に物音も聲も 1.14 父の道吉 [みちよし] が藏前の本邸から、
…「お姉さまは、魚津で高い崖から…」と喋つた。魚津は…瞼を眞つ赧に 1.15 何の返
事もないので、…衣服を上からか下か 1.16 熱狂的な感情は起きない。が、雄三は自
分が…房子への關心もそうだが、結婚以後もずいぶん巧みに惡いことをしてきた。/ 
彼は父道吉の…母の登代も…父のつくつた藏前の…母も六十五なのに 

1.13 こちらを見た。…それきり物音も声も 1.14 父の吉政が駒形の本邸から、…「お
姉さまは、敦賀で高い崖から…」と喋った。敦賀は…瞼をまっ赧に 1.15 何の返事もな
いから、…衣服を上か下か 1.16 熱狂的な感情は起きない。雄三は自分が…房子への
関心は別にしても、結婚以後もいくつか内証のことがあった。/ 彼は吉政の…母の登
世も…父のつくった駒形の…母も六十八なのに 


1.17 生家から、寺へ奉公し、明治の末に東京藏前の…楽天的信仰。 1.18 小さな
滑つこい尻を 1.19 櫻色に灼けた。 2.01 胸が惡くなつた。/ …生 [なま] 々しく輝
いている 2.02 それを經營管理のデータに、有効に結びつける…小會社の經營コン
サルタント的役目も…そういう自分が、移動で…この妙にたえがたい、不快な 2.03 
あわてて停めさせた。門の中へ…三階建の洋館が、 2.04 申譯ないわ。」 

1.17 生家から、年少で寺へ奉公し、大正の初めに東京駒形の…楽天的な信仰。 1.18 
小さなすべっこい尻を 1.19 桜色に焼けた。 2.01 胸がわるくなった。/ …生なまし
く輝いている 2.02 それをもっと大きな情報の容量で、経営管理のデータに結びつける
…子会社の経営コンサルタント的な役目も…そういう自分が、異動で…このたえがたい、
不快な 2.03 あわてて停めさせた。/ この家へくるのは三四年ぶりだが、門の中へ…
三階建ての洋館が、 2.04 申しわけないわ。」 
99:2007/10/27(土) 17:32:58
2.05 彼は道之自身、ひき起した…その暴力を屁 [傍点] とも思わないとしたら、 2.06 
ナポレオンの瓶や燻製の皿などを運んできたので、話を 2.07 ひと息にブランデーの
グラスを呷つて、腰をあげ、/「…經理みてくれよ。 2.08 鐵筋建宿舎が 2.09 房子
が扉口から言う…玄關を見下す階段上の…無人の廣い製圖板やドゥローイング器。 

2.05 彼は、道之自身ひき起した…その暴力に何の痛痒も感じないとしたら、 2.06 舶
来のコニャックの瓶や燻製の皿などを運んできたから、話を 2.07 ひと息にグラスの中
身を呷って、腰をあげ、/「…経理みてくれ。 2.08 鉄筋建て宿舎が 2.09 房子が扉
口で言う…玄関を見おろす階段上の…無人の製図用机や精巧なトレーサー。 


2.10 玄関をあがってきた 2.11 桜色のペディキュアした素足を、 2.12 彼にすすめた。 
2.13 「じゃ、彼に 2.14 「…今度はぜったい中立ですって、 2.15 考えが動いた。/ 
道之と房子の 2.16 家政婦と一緒に簡単な手料理を、茶の間に…底にあろうと、家の
中も人間も 2.17 不意にみぞおちを突かれたように…/「…ってことだよ。」/ 彼は思
いきって言った。/「俺には、どうも 2.18 雄三はこたえる言葉を失った。 

2.10 玄關を上つてきた 2.11 櫻色にマニキュアした素足を、 2.12 彼にすすめて言つた。 
2.13 「ふうん。じや、彼に 2.14 「…今度は僕ぜつたい中立ですつて、 2.15 考えが動い
た。道之と房子の 2.16 家政婦と一緒にブランデーやビールを、茶の間に…底にあろうと、
一瞬家の中も人間も 2.17 不意に鳩尾 [みぞおち] を突かれたように、…/「…つてことだ
よ。つまり――」彼は思いきつて言つた。「俺にはどうも 2.18 雄三は答える言葉を失つた。 
100l ↑二段目ミス 上下逆:2007/10/27(土) 17:48:31
2.19 結婚前、藏前の父の家で…眼に激しい熱をこめた光が 2.20 「房子もかい? 2.21 
私にはわかるのよ。」 2.22 お互同類つてわけか。」/「…奄「つぱいよ。ぎりぎりのところ
よ。」/ …家庭を破壊させる衝動だ。…そんな狂気 [傍点] や魔 [傍点] を内部に…家族や
他人への隱蔽も裏切りにも、…壊してしまつたりするのだ。雄三自身、その破壊物と家庭と
を、…「悪い人間」になるのではなかろうか。…家庭の中で制し、抑えてきたのではなかろう
か。 2.23 「…これで何でも、…話せるようになつたわ。」 2.24 多摩川が見下ろせる 

2.19 結婚前、駒形の父の家で…眼に熱い靄のような光が 2.20 「房子もか? 2.21 私に
はわかるの。」 2.22 お互同じ種族ってわけか。」/「…精いっぱい。ぎりぎりのところよ。」
/ …家庭を破壊させかねない衝動だ。…そんな狂気や魔のような根っこを、内部に…家族
や他人への隠蔽にも裏切りにも、…壊してしまったりする。雄三自身、その破壊の源と家庭と
を、…「悪い人間」になるのだろうか。…家庭の中でとどめ、抑えてきたのかも知れない。 
2.23 「…これから何でも、…話せるような気がする。」 2.24 多摩川が見下せる 
101:2007/10/27(土) 17:49:22
2.25 「…庭を直してるのよ。 2.26 「滿水するの?」 2.27 モザイックしたタイルで、…
置いてあり、覗きこむと、 2.28 彼は聲をあげながら魚を抛りこむ房子と年から、目が
離せなかつた。…妙に肉感的に見えた。…嫉ましさを押えきれず、 3.01 板戸が激しく開
いたので、驚いたのだ。臺所から水谷が…それらが朝の初夏の空氣に、 3.02 こつちを
のぞいて言つた。 3.03 彼は少し惜しくなつた。 3.04 それは父の道吉の別宅…近くの
アパートにいた。最初、母の登世が…その頃登世に…藏前へ追返してしまい、…/ …
寢臺に寢た父は、…父は妙に自分の實の娘たちに嫌われ、恒子や房子たち嫁に 

2.25 「…庭を直してるの。 2.26 「満水にするの?」 2.27 モザイックにしたタイルで、…
置いてあり、のぞきこむと、 2.28 彼は房子が声をあげながら、青年と魚を抛りこむ動き
から、眼が離せなかった。…妙に肉感が漲っていた。…嫉ましさを抑えきれず、 3.01 板
戸がはげしく開いたから、驚いたのだ。台所から、水谷が…それらが初夏の朝の空気に、 
3.02 こっちをのぞいた。 3.03 彼はすこし惜しくなった。 3.04 それは吉政の別宅…近く
の貸しマンションにいた。最初、母の登代が…その頃登代に…駒形へ追い返してしまい、
…/ …寝台にねた父は、…父は実の娘たちに嫌われ、恒子や房子たちの嫁に 
102:2007/10/27(土) 17:50:19
3.05 自分と房子との妙な内的つながりを考えると、…話す氣になれないのだ。恒子が何
か感じたろうか、…/ …關係が成立つていたような 3.06 母の登世の知合いの、…彼
自身三十に近く、…動機も强かつた。…恒子の鹿のような…軀に、つよい性的な牽引を 
3.07 恒子が、魚津で高校を…しかし、後で改めて…思えてくるのだ。…一種見上げたもの 
3.08 その後の二三年、彼自身、ことに女と問題を起したのは、…その權利がある氣がし
たのだ。 3.09 歸つた時、アパートの部屋に 3.10 雄三自身も内心、…/ アパートへ
歸つた後も、そういう高ぶりと、 3.11 淨土信仰だから、阿彌陀樣だが、眞言密ヘのよう
なものも入りこんで、奥座敷に大日如來の「曼荼羅」などをかけ、 3.12 彼は戰時中、自
分が小學生の頃、父が藏前の家に、自分の女たちを…彼の母登世、さらに父と係わりあ
る藝妓や女など十數人よび集め、會のあとに闇物資の酒や料理を…元使用人の父と關
係ある女で、…本人が慄え竦んでいる

3.05 自分と房子との間に、この前生れた妙なつながりを考えると、…話す気になれない。
また法人の手続きにしろ、敏江のことにしろ、自分自身なぜひき受けたのか、納得できな
い。しかし、恒子は何か感じたろうか、…/ …関係が成り立っていたような 3.06 母の登
代の知合いの、…彼も三十に近くて、…動機が強かった。…恒子の牡鹿のような…軀に、
性的な牽引を 3.07 恒子が、敦賀で高校を…しかし、あとで改めて…思えてくる。…一種
見あげたもの 3.08 その翌年に一度、彼自身、女の問題を起したのは、…その権利があ
る気がしていた。 3.09 帰った時、マンションの部屋に 3.10 雄三も内心、…/ 部屋へ
帰った後も、…そういう余波と、 3.11 浄土信仰だから、阿弥陀様だが、奥座敷に「青海
曼荼羅」と呼ぶ写し図絵をかけ、 3.12 彼は戦後十年目、自分が小学生のころ、父が駒
形の家に、身うちの女たちを…彼の母登代、さらに父と深いかかわりはなくても、馴染みの
芸妓など十数人をよび集め、会のあとに酒や料理を…父と関係ある三十年配の女で、…
本人が震え竦 [すく] んでいる
103:2007/10/27(土) 17:52:11
3.13 窓の下、象乳石の集積に…尾燈だけが妙に鮮かだ。/ …デスクの方へ廻した。
室内の十人餘りの…手持不沙汰な空氣が…打合せなのだ。 3.14 ポストの割に、…/ 
廻轉椅子を再び廻すと、…前の締木が、 3.15 ゆつくりと背廣の上衣を着た。/ …覗
きこんでいるのが目に入つた。 3.16 接客室も深閑としていた。/「」/ 彼がソファに腰
をおろすなり言うと、 3.17 ねたましさという以上に、つよい悲哀感に 3.18 「で、敏江は
どこにいるんだい。」 3.19 通りを見て、/ 「」…長身が目に入ると、 

3.13 窓の下、鍾乳石の集積に…尾燈だけがあざやかだ。/ …デスクの方へまわした。
室内の十人あまりの…手持無沙汰な空気が…打ち合せなのだ。 3.14 ポストのわりに、
…/ 廻転椅子を再びまわすと、…前の締め木が、 3.15 ゆっくり背広の上衣を着た。/ 
…覗きこんでいるのが見えた。 3.16 接客室は深閑としていた。/「」/ 彼がソファに腰
をおろして言うと、 3.17 嫉ましさという以上に、ふしぎな悲哀感に 3.18 「で、敏江はどこ
にいるんだ。」 3.19 通りを眼にとめ、/ 「」…長身が見えると、 
104:2007/10/27(土) 17:52:48
3.20 彼は思わず戸惑つた。…/ …太い腕で、素迅く…/ 彼はその一瞬の間に、年の
掌が房子の上膊を自然な動作でつかむのを見て、頭がくらつとした。 3.21 房子が小さな
コーポラス風の高層建物を見あげた時、…豫想していたので、意外に…/「」…顏の小さい
栗鼠のような娘が、 3.22 敏捷さで、開け放しの扉の中へ 3.23 食器戸棚でも蒲團でも 
3.24 「ぼくは先生のお宅にいつきりですから、 3.25 落着いた口調で、私に言つた。/
「…この前お話したけれど、…」/「うん。職なら、今いくらでもあるがね。」

3.20 彼は思わずとまどった。…/ …太い腕で、素速く…/ 彼はその青年の掌が房子の
上膊を、自然な動作でつかむのを見て、一瞬頭がくらっとする思いがした。 3.21 房子が
コーポラス風の五層の建物を見あげた時、…予想していたため、意外に…/「」…野鼠の
ように顔の小さい娘が、 3.22 敏捷さで、あけ放しの扉の中へ 3.23 食器戸棚も蒲団類も 
3.24 「ぼくは先生のお宅にいったきりですから、 3.25 落ちついた口調で、彼に言った。/
「…この前お話ししたけれど、…」/「うん。職なら、今は見つけやすいがね。」
105:2007/10/27(土) 17:54:00
3.26 會社關係でも…社外のコネクションに紹介しよう、と思つた。 3.27 彼はその潤んだ
眼やひくひく喘ぐ脣に、童女のような可愛らしさを感じ、 3.28 妹の腕を搖つた。…外見的に、
恐しく男性的に…それが房子に滿足なのだろうか。…いわば得權利者の餘裕なのだと初め
て理解した。 3.29 「就職のことは、電話で希望を言つてくれれば、すぐ紹介するよ。」/
「…職のことよくお願いしろ。」/ 岡部は待つていたように素迅く妹の 

3.26 会社の関係でも…社外のコネクションでも、慎重にしなければならない。 3.27 彼は
その湿った眼やひくひく喘ぐ唇に、可愛らしさと同時にうっ陶しさを感じ、 3.28 妹の腕を揺
すった。…外見では眼をひくほど男性的に…それが房子には満足なのだろうか。…いわば
既得権者の余裕なのか、と推察した。 3.29 「就職のことは、とにかく希望と経歴を書いて
送ってくれる? それを見た上で、紹介するよ。」/「職のことをよくお願いしろ。」/ 岡部
は待っていたように素速く妹の 


3.30 笑つた眼の中に、一瞬…/「あらあ、待つとくれやす。 3.31 これはあの岡部の計算だ
な。/ 雄三は、それならこつちも逆に乘つてやれ、と隣のまだ少女つぽい敏江の顏をみて考
えた。/「」/ 彼は行きつけの場所を、幾つか頭に浮べたが、結局ここから一番近い、活魚
料理店にきめた。 3.32 房子の「私はみだらなの」と言つた言葉を 3.33 「これ、どうしたん
だい。」 3.34 「…二人きりの部屋へ入ると、搏 [う] つたり、痛くしたり、ひどいことするのよ。」

3.30 笑った眸のなかに、一瞬…/「あら、待っとくれやす。 3.31 これはたぶん、あの岡部の
計算だろう。/ 彼は娘をここで振りきろうか、と考えたが、胸のなかに今の部屋の空気が澱ん
でいて、すぐ帰る気にもなれず、隣の少女っぽい敏江の顔を見た。/「」/ 雄三は気持をきめ
ると、行きつけの場所をいくつか頭に浮べ、結局、ここから一番近い活魚料理店にした。 3.32 
房子の「私はみだらなの。」といった言葉を 3.33 「それ、どうしたんだい。」 3.34 「…二人きり
になると、とても気むずかしくなって、虐めたり、ひどいことするの。」
106:2007/10/27(土) 17:54:33
3.35 額にじつとり汗を浮べた。喉に何かからむように…彼を見た。彼は敏江が…期待している
のを感じた。食卓のすぐ下で、肢が微かに動く氣配がした。 3.36 雄三は自分の掌が相手のほ
うへゆこうとして、急に…襲われた。この娘と何かが始まつて、それでどうなのだ。軟かく生温か
い肉のなかへ、とめどなく入りこんでいき、それきりじやないか。なぜ自分たちは、…あの死の影
の下での高揚を…/ しかし彼の中で、急に戰爭直後の中學生の時、自分が、肋骨の膿症で…
蘇つた。あの醫者の…無彩燈の光。あの中で目ばかり 

3.35 額にうすく汗を浮べた。喉に息がからむように…彼を見た。それは敏江が…期待している
ような眼だった。食卓のすぐむこうで、娘が微かに身じろぎした。 3.36 雄三はそんな気配を感
じると、急に…襲われた。仮にこの娘と何かが始まるとしても、それでどうなのだ。なぜ自分たち
は、…あの死の危うい影の下での高揚を…/ しかし彼のなかで、不意に中学生の頃、自分が
肋骨の膿症で…蘇った。/ あの医者の…無彩燈の光。あのなかで眼ばかり 


3.37 「」彼が娘の背後の…/ 確かに今、夜の闇に、…幻覚だつたのか、見なおすと、 4.01 
珍しく道之がきたのか。 4.02 居間で鞄をおき、 4.03 片掌で「や」と挨拶した。 4.04 雄三は
廣く開いた窓べに、…二脚、向いあつた籐椅子へ 4.05 道之が窓べへきながら 4.06 もう手
續きおえたじやないか。」/「」/…今經理上、前の 4.07 道之に、少し腹を…通用しない。 
4.08 房子たちのことを、どうして…/「確かなことか。」彼は言つた。「なぜわかつたんだ。」

3.37 「」彼が敏江の背後の…/ 確かに今、夜の濠端の闇に、…幻覚だったのか。見なおすと、 
4.01 めずらしく道之がきたのか。 4.02 居間に鞄をおき、 4.03 片掌で「や。」と挨拶した。 
4.04 雄三はひろく開いた窓べに、…二脚、むかい合った籐椅子へ 4.05 道之が窓べにきなが
ら 4.06 もう手続きをおえたじゃないか。」/「」/「…いま予算上、前の 4.07 道之に、すこし
腹を…通用しない。なぜかひき受けてしまう自分も、気に入らない。 4.08 房子たちのことが、
どうして…/「確かなことか。」/ 彼は訊いた。/「なぜわかったんだ。」
107:2007/10/27(土) 17:55:15
4.09 「…夫婦じやないよ。岡部にも、 4.10 「…敏江のことで、さんざ迷惑を 4.11 道之は
困惑したように 4.12 「…俺はどうも人間の性 [セツクス] は、 4.13 彼は父の道吉が、こ
の家で 4.14 世話しきれないため、藏前の本宅、母登世の家、…大きな佛壇にかかさず供
える、長崎カステラや果物を…/ …ひどくなり、娘の佛壇の花の置き方が…老練な登世が
…凄く、右手で拳を 4.15 壁に、昔懇意な繪描きに模寫させた、金戒光明寺の「彌陀來迎
圖」を…各家の母親を初め、兄弟、姉妹、嫁、孫たちに…問屋の幹部や友人を加えると、 

4.09 「…夫婦じゃない。岡部にも、 4.10 「…敏江のことで、さんざん迷惑を 4.11 道之は
ちょっと黙って、困惑したように 4.12 「…俺はどうも人間の性は、 4.13 彼は吉政が、この
家で 4.14 世話しきれないため、駒形の本宅、母登代の家、…大きな仏壇に、かかさず供
える生菓子と果物を…/ …ひどくなり、仏壇の花の置き方が…老練な登代が…凄く、拳を 
4.15 壁に、むかし懇意な絵描きに模写させた、山越しの「阿弥陀来迎図」を…各家の母親
を初め、息子や娘、嫁、孫たちに…問屋の幹部と友人を加えると、 


4.16 片づける必要も感じたが、…/「…コーポ買つてやつたろう。 4.17 夏でもあり、…休
暇でもとつて行くか。/ …送りに出た恒子へ、 4.18 「經理? ほんと? 4.19 この恒子
の追究や嗅覚は、 4.20 檜葉、百日紅、葉竹などの 4.21 關心と何の係わりもない。… / 
…漏れてくる。ドゥローイング器を動かす…/ …前から、都心の華道展へ出かけている 
4.22 「…ここへきた時からあるのよ。 

4.16 片づける必要を感じたが、…/「コーポを契約してやったろう。 4.17 夏休みの時期
でもあり、…休暇を数日とって行くか。/ …送りに出た恒子に、 4.18 「経理。ほんと? 
4.19 この恒子の追及や嗅覚は、 4.20 檜葉、百日紅、葉竹 [はちく] などの 4.21 関心と
何のかかわりもない。… /…漏れてくる。トレーサーを動かす…/ …前から、都心へ夫
の用事で出かけている 4.22 「…ここへきた時からあるの。 
108:2007/10/27(土) 17:56:09
4.23 聞え出すような氣がした。/「くい違いなら、 4.24 眼を感じることがあるのよ。」 4.25 
〈獣的〉というが、本當はこの兩方は 4.26 感覺が働くためには、想像力が缺かせないのでは
ないか。…感覺が膨らみ、豐かになる。 4.27 魅惑で感じられるだけ、つよい恐しさを覺えた。 
4.28 「」と聲をあげた。遠くで、 4.29 バケツの中の緋色の蘭鑄を、水ごと狭い區劃へ注ぎこ
んだ。大きな金魚に似てせびれのない、 4.30 水中へ、激しく集つてきて、 

4.23 聞え出すような気がした。自分がわざわざ休暇などをとって、ここへきたのも、実はこうし
た家への懸念、房子への気がかりのせいだ、と初めて意識した。/「くい違いなら、 4.24 眼を
感じることがあるの。」 4.25 〈獣的〉というが、事実はこの両方は 4.26 感覚が働くためには、
おそらく想像力が欠かせない。…感覚が膨らみ、ゆたかになる。 4.27 魅惑で感じられるだけ、
言い知れず恐しさを覚えた。 4.28 「」という声が聞えた。/ 遠くで、 4.29 バケツの中の朱色
の蘭鋳を、水ごと狭い区画へ注ぎこんだ。背びれのない、 4.30 水中へ、はげしく集ってきて、 


4.31 「印度の古代遺蹟マツラにて寫す」…どうして自分はこれを知らなかつたのだろう。繪その
ものも水墨一色で、頬も體も…模寫したものだろう、墨の 4.32 立つている。豐かに巻きあげた 
4.33 踊りみだれ、攝Bしつづけた……。 4.34 家の中に潛む魔に、…家庭というものはなく、
非合理な原始的な衝動が日常のなかに 4.35 奥の部屋を隔てる、夏用の 

4.31 「印度の古代遺蹟マトゥラにて写す」…どうして自分はこれを知らなかったのだろう。マトゥ
ラとはたしか中部インドで、紀元前からの石像がかずかず残る土地という記憶はある。絵も水墨
一色、頬も軀も…模写したもので、墨の 4.32 立っている。ゆたかに巻きあげた 4.33 踊りみ
だれ、増えつづけた……。 4.34 家の中に潜む魔ものに、…家庭というものはなく、理非を越え
た始原的な衝動が、日常のなかに 4.35 奥の部屋をへだてる、夏用の 
109:2007/10/27(土) 17:57:31
4.36 開いた間に、炒肉色の巨大なアミーバのような岡部の下肢が、 4.37 睡くてたまらぬ時の、
うゝん、うゝう、うゝん、という鼻聲を…ときに獸の熱いあえぎに似た聲と交響し、…嚙まれたような
息をすると、 4.38 立上り、簾戸をひき明けた。/ 炒肉色の筋肉の塊が、 4.39 自分をかき
立てた昂奮に息を彈ませて、妻の…背後から、/「雄三。雄三、こい。」という聲を聞いた。彼は
それが異樣な狂氣の闇からの呼び聲に聞え、 4.40 出かけるのかと、彼は立上がつた。 

4.36 開いた間に、琥珀色に汗の映る岡部の下肢が、 4.37 睡くてたまらぬ時の、うぅん、うぅう、
という鼻声を…ときに相手の熱いあえぎに似た息と交響し、…嚙まれたような呼吸をすると、 4.38 
立ちあがり、簾戸をひき開けた。/ 琥珀色の筋肉の塊りが、 4.39 自分をかき立てるような感
情に息をはずませ、妻の…背後から、/「雄三。こい。」という声を聞いた。彼はそれが奈落の
闇からの呼び声に聞え、 4.40 出かけるのかと、彼は立ちあがった。 


4.41 「道之君、出かけるの?」 4.42 「…證劵類が合わないな。…道之より、あなたにまず 4.43 
「道之を困らせてやりたかつたの。私が 4.44 房子の笑いにつられて、彼自身笑つたが、しかし、
その高い額や道之の反應からみて不安な氣持になつた。/ 表の玄關の方で、…聞えた。道之が
出かけて 4.45 煙草をとり出すと、/「岡部は 

4.41 「道之、出かけるの?」 4.42 「…証券や預金の額が合わないな。…道之より、君にまず 
4.43 「さあ、必要だったのよ。道之も困るでしょうし、私が 4.44 房子の微笑につられて、彼自身
も笑った。しかし、そのほかに、岡部とのことも一種の夫への悪意ではないのか、と疑問が浮んだ。
もしそうでないとすれば、道之の荒廃を感じて、それを救っていることなのか。/ 道之は父の〜
知れない。/ 表の玄関の方で、…聞えた。兄が出かけて 4.45 煙草をとり出した。/「岡部は 
110:2007/10/27(土) 17:59:06
4.46 「畜生。それだけ房子からひき出したわけか。房子も房子だ。」/「そのなかには、君の辨償
料のコーポ代も入つてるよ。…」/「…居場所を當らせるよ。」 4.47 別の經理士を廻して…同時に
このネガティブな時間が 5.01 うろうろしていた。/「どうしたんだ。」/「…お庭の圓盤から…」
水谷は夏カゼの 5.02 「血は出たか。」 5.03 部屋で着換をすませ、 

4.46 「畜生。それだけ房子に使わせるか、ひき出すかしたわけか。房子も房子だ。」/「そのなか
には、君の弁償としてコーポの賃貸料も、権利や敷金も入ってるよ。…」/「…居場所を当らせる。」 
4.47 別の会計士を廻して…同時にこの陰画じみた時間が 5.01 うろうろしていた。/ しかも、
雄三の顔を見ると、/「…お庭の円木から…」/ 家政婦は夏カゼの 5.02 「血は出た?」 5.03 
部屋で着換えをすませ、 


5.04 「あら、私が行きましようか。 5.05 意外にリれリれした顏で、…傷は脹れてるようだが、…/
「」/「アイスクリーム、食いたいな。」 5.07 菓子屋で、アイスクリームを買つて 5.08 居間でアイス
クリームを食べながら、 5.09 つづかない。殊に今、…考えてしまうのだ。たとえば…ある想像の
フォームでしか 5.10 樹の間を、無意識に步いた。そうして深呼吸したが、不意にさつきの道之の
電話を思い出し、こつちからかけた方がいいのではないか、と考えた。恒子に…/ 彼は庭を玄關
わきへぬけた。そうして先刻きた商店街へ步き、買物の 

5.04 「あら、私が行きましょう。 5.05 意外に晴ればれした顔で、…傷は脹れているようだが、…/
「」/「シャーベット、食いたいな。」 5.07 菓子屋で、シャーベットを買って 5.08 居間でシャーベット
を食べながら、 5.09 つづかない。ことに今、…考えてしまう。たとえば…ある想像の枠ぐみでしか 
5.10 樹の間を歩くと、深呼吸をひとつして、裏木戸をあけた。さっきの道之の電話がまだ頭にあり、
こっちからかけた方がいいと考えたからだ。恒子に…/ 彼は先刻きた住宅街の道を行き、買物の 
111:2007/10/27(土) 17:59:36
5.11 敏江のところに問合せろつて言うもんで、…」/「厭だよ。何のためだい。」 5.12 「…あなた
にも何か 5.13 計算で、金の額を出したからか。彼はいずれにしろ、それは岡部のイヤガラセだ
と思つた。だが、あいつのイヤガラセは、女みたいに 5.14 「…言って、後から行こうかしら。とに
かく、ホテルヘえといて。」 5.15 自分がこんなに岡部のイヤガラセを気味惡く 5.16 紙きれ一枚
入つてないのだ。…彼は閉口した。/ 彼は反射的に過去に知つている女の誰彼を考えずにいら
れなかつたが、恒子も當然それを想像したらしく、 5.17 「まつたく誰が、イタズラしてやがるんだ。」 
5.18 「」と激しい口調で 5.19 見つめて步いた。/ (次號完結)

5.11 敏江のところに問い合せろって言うもんで、…」/「厭だよ。何のためだ。」 5.12 「…あなた
の家にも何か 5.13 計算で、房子からひき出した金額を出したからか。彼はいずれにしろ、岡部
はそういう厭がらせをする人間なのか、と思った。だが、あいつの厭がらせは、女みたいに 5.14 
「…言って、あとから行こうかしら。とにかく、行先を教えといて。」 5.15 自分がこんなに岡部の反
応を気味悪く 5.16 紙きれ一枚入っていないのだ。…彼は困惑した。/ 彼はその頃、弘美の誕
生もあり、女とのかかわりの生じる余地はなかった。しかし、反射的に会社や個人的に知っている
女の誰彼を考えたが、まったく思い当らない。恒子も当然いろいろと想像したらしく、 5.17 「まっ
たく誰が、イタズラしてるんだ。」 5.18 「」とはげしい口調で 5.19 見つめて歩いた。
112:2007/10/27(土) 18:04:57
緋の山 薬叉女神 異稿照合(承前)


6.01 けさ、家でどういうわけか明け方に目醒めて、眠れなかつた。朝十時の 6.02 電車軌道とア
スファルト道との真ん中に、…表札が穢い 6.03 もう歸つてると思うのやけど。」 6.04 プラスチッ
クの屋根が 6.05 遠出の疲れと同時に、 6.06 内側から、重い振子のような音が 

6.01 けさ家でどういうわけか、明け方に目醒めた。朝十時の 6.02 電車軌道とアスファルト道との
まん中に、…表札が汚い 6.03 もう帰ってると思うけど。」 6.04 プラスティックの屋根が 6.05 
遠出の疲れとともに、 6.06 内側から、軽い振子のような音が 
113:2007/10/27(土) 18:05:52
6.07 寛容な妻もいると聞くと、彼は羨望さえ憶えた。恒子はそのことに初めから鋭敏で、…過去に
も、例の京大生と脣ぐらい觸れたことはあるのではないか。/ 雄三はそんなことを考えていると、
昨夜の歌うような恒子の聲が、耳の奥で步調のリズムになつて響く氣がした。/ 彼は麻の 6.08 
鋪道を下り、二つ目の小橋のきわに、…會う準備をした。岡部がもしいたら、…柔軟にやるほかな
いと思つた。 6.09 玄關まえに、卵黄色のライトバンが…表情に少しの驚きもなかつた。/「何だ。
あんたですか。」 6.10 「…金の返濟のこともあるし、 

6.07 寛容な妻もいると聞くが、恒子はそのことに初めから鋭敏で、…たとえば過去でも、京大生と
の情熱はどの程度だったのか。/ 雄三は麻の 6.08 鋪道を下り、小橋のきわに、…会う準備を
した。/ 岡部がもしいたら、…柔軟にやるほかない、と思った。 6.09 玄関まえに、淡黄色のライ
トバンが…表情にすこしの驚きもなかった。/「あんたですか。」 6.10 「…房子から渡った金の返
済のこともあるし、 


6.11 「返濟?」年の眼が異様に大きく開かれた。 6.12 岡部の激しい口調に、一瞬氣壓された。 
6.13 よくヘえてくれないか。」雄三は口調をずつと柔げて聞いた。/「いろいろあるじやないか。 
6.14 車のカバーを大きな音たてて締めた。…膨んだ書類袋などが見えた 6.15 「…家庭など欺瞞
の巢じやないですか。 6.16 相手の論理にびつくりして、思わず顔を見まもつた。 

6.11 「返済?」/ 青年の眼が大きく開かれた。 6.12 岡部のはげしい口調に、一瞬気押された。 
6.13 聞かせてくれないか。」/ 雄三は口調をずっと柔げて聞いた。/「いろいろあるでしょう。 
6.14 車のボンネットを手荒な音たてて閉めた。…ふくらんだ書類袋などが見えた 6.15 「…家庭は
欺瞞の巣じゃないですか。 6.16 相手の論理に少しびっくりして、その顔を見まもった。 
114:2007/10/27(土) 18:06:33
6.17 相手の言葉に、つよい恐れに…こつちへ來そうだつた。しかしこの事柄は、 6.18 こつちへよ
こす筈がないよ。」 6.19 電話でもするしかないよ。」彼はひと息に言つた。「そうしてもいいんだが、 
6.20 窓も明けてないので、暑さを感じた。陽射しが 6.21 こんな家ムダなんですがね。」/「」/
「…まだどうなるかわからないんです。 6.22 「宿はどこですか。」/「鹿ヶ谷のホテルだよ。」/「じゃ、
車を拾いやすい、四條通りまで出ましよう。」

6.17 相手の言葉に、何となく恐れに…こっちへ来そうだったし、宿泊先も教えてある。しかしこの事
情は、 6.18 こっちへよこす筈がない。」 6.19 電話でもするしかないな。」/ 彼はひと息につづけ
た。/「そうしてもいいんだが、 6.20 窓も明けてないので、ひどく暑い。陽射しが 6.21 こんな家は
ムダなんですがね。」/「」/「…まだどうなるかわかりません。 6.22 「宿はどこですか。」/「東山の
ホテルだよ。」/「じゃ、車を拾いやすい四条通りまで、出ましょう。」


6.23 角まできた時、急に車は動かなくなつた…/「おお? 變だな。」/ …激しく砂利を彈く音が 
6.24 こつちをじつと見つめるので、彼は恐怖感に耐えた。/ …岡部がペダルを踏みかえ、…彼は
思わず肩の力が…屈辱感がこみあげてきた。 6.25 風が吹きおり、路面の陽の照り返しを顏へ煽
つた。…銀閣寺行の市電が目に入ると、…車には今うんざりしていたし、 

6.23 角まできた時、突然車は動かなくなった…/「お? 変だな。」/ …はげしく砂利を弾く音が 
6.24 こっちをじっと見つめるから、彼は恐怖感に耐えた。/ …岡部がペダルを踏み、…彼はようや
く肩の力が…屈辱感がこみあげた。 6.25 風が吹きおり、陽の照り返しを顔へ煽ってきた。…銀閣
寺行のバスを見ると、…岡部の車にうんざりしていたし、 
115:2007/10/27(土) 18:10:02
6.26 これほど他人に蹂躙され、憎むほど深く關つたのは…全力で向えば、…自分に一應自信ももち、 
6.27 父の藏前の倉庫で、…/「」と言うと、當面待ってくれるが、すぐ…傳票の束が溜り、…あまり遅い
ので、父が見にきたが、それを見て…背中を、激しく掌で 6.28 反面抵 [さから] えない重みで、…/ 
…巣を失つた鳥のように不安になるのだ。…/ …あわてて電車を降り、 6.29 馴染みだつた。小砂利
をしいた前庭から、

6.26 これほど他人に蹂躙 [じゅうりん] され、憎むほど深くかかわったのは…全力でむかえば、…自分
に自信をもち、 6.27 父の駒方の倉庫で、…/「」と言うと、当面待ってくれる。けれども、すぐ…伝票の
束がたまり、…あまり遅いから、父が見にきたが、これを見て…背中を、はげしく掌で 6.28 反面逆らえ
ない重みで、…/ …巣を失った鳥のように不安になる。…/ …あわててバスを降り、 6.29 馴染み
だった。玉砂利をしいた前庭から、


7.01 樹肌の匂いがした。一階の食堂から…/ …列車内で食べたきり時間がたつので、 
7.02 椅子をたつて、ロビーへ…窓ぎわに、淡藤色の和服をきて、 7.03 意外に早くて戸惑い
ながら、聲をかけると、/「あら。」房子は睡そうな瞼をあげ、急に眼に光を 7.04 お部屋がな
いんですつて。」/「ふうん。」雄三も、内心それを心配していた。他のホテルや…/「岡部が
あなたのくるのを待つててね。 7.05 …連絡してくるよ。」 

7.01 樹肌の匂いがした。二階の食堂から…/ …列車内で食べたきりだったので、 7.02 
椅子をたって、階下のロビーへ…窓ぎわに、薄藤色の和服をきて、 7.03 意外に相手の来か
たが早くて、とまどいながら声をかけると、/「あら。」房子は睡そうな瞼をあげ、眼に光を 
7.04 お部屋がないんですって。」/ 雄三も、内心それを心配していた。ほかのホテルや…/
「岡部が君のくるのを待っててね。 7.05 …連絡してくる。」 
116:2007/10/27(土) 18:10:54
7.06 間がありそうなので、それを言うと、/「あの木のある方へ 7.07 扉を押して、小砂利道
へ出た。門まえの鋪道も暑さが弱まり、陽光も蜻蛉の羽根のように 7.08 默つてきたのよ。」/ 
房子は言った。「道行は 7.09 「…形や中身を普通の 7.10 きちんと合さつた着物の…眼じり
がやや病的にこまかく痙攣した。…/ …下草を踏んで步くと、背後で自分の影のうごく音が聞
える氣がする。 7.11 「だから私、岡部とのつながりが恐 [こわ] いの。 

7.06 間がありそうなので、それを伝えると、/「あの森の方へ 7.07 扉を押して、砂利道へ出
た。門まえの鋪道も暑さが弱まり、陽光は蜻蛉の羽根のように 7.08 黙ってきたの。」/ 房子
は言った。/「道行は 7.09 「…形も中身も普通の 7.10 きちんと合わさった着物の…目じり
がこまかく痙攣している。…/ …下草を踏んで歩くと、静かな背後で、自分の影のうごく音が
聞える。そんな気がする。 7.11 「だから私、岡部とのつながりが恐いの。 


7.12 昏れきつていた。彼は車溜りの…ネクタイをしめて、そうして見ると、 7.13 岡部が待つ
ていて房子に言つた。 7.14 車のライトが…車が眩い四條通りのネオンの間をぬけると、わず
かの間に梅津の工業地區へ…/「」/ …車を乘り入れた時、岡部は手速く房子の側のドアを
あけて言つた。…/ …座蒲團をならべると、 7.15 頬杖をついて言つた。/ …コップや栓
ぬきを運びこみ、…/「…仕込んでもらうんですよ。」/ 岡部のみせた木桶の中に、 

7.12 昏れきっていた。/ 彼は車溜りの…ネクタイをしめていて、そうして見ると、 7.13 岡部
が近づいてきて、房子に訊いた。 7.14 ヘッドライトが…車は眩ゆい四条通りのネオンの間を
ぬけ、しだいに梅津の工業地区へ…/「」/ …車を乗り入れると、岡部は機敏に房子の側の
ドアをあけた。…/ …座蒲団をならべてから、 7.15 頬杖をついて、こたえた。/ …コップ
や栓ぬきをのせて運び、…/「…仕込んでもらうんです。」/ 岡部の見せた木桶のなかに、 
117:2007/10/27(土) 18:11:49
7.16 飯を運んでき、…彼は改めて驚いた。 7.17 箸を使いながら答えたが、 7.18 すぐ顏
が赧くなつてきた。/「」/「」彼は…和やかに言った。 7.19 もっと大自然的な、のびのびし
た戀愛であり、…關係ですよ。」 7.20 まもなく觸發されたように潤んできた。…房子は一瞬
抗 [さから] つたが、…上つていき、脣と脣の觸れあう濕つた音がした。脣が激しくこすれあい、 

7.16 飯を抱えてくると、…彼はあらためて驚いた。 7.17 箸を持ちながら頷いたが、 7.18 
すぐ顔に血の気が射してきた。/「」/「」/ 彼は…和やかに訊いた。 7.19 もっと自然のま
まの、伸びのびした恋愛であり、…関係です。」 7.20 まもなく鈍い光を湛えてきた。…房子
は一瞬逆らったが、…上っていき、唇の触れあう湿った音がした。口唇が激しくこすれあい、 


7.21 汗をふき出し、惡寒のように顫えているので、 7.22 催眠藥だ、と思つた。多分、藥の 
7.23 襖をあけて、そこへ蒲団を…/ …行こうとしたが、「いいわ」と惡寒が收つたらしく、の
ろのろと自分で起き上つた。…顏つきにやや生氣が出たが、立上ると、 7.24 きゆつきゆつ
と音をたてて、帶や紐が笞のように…彼は淡藤色の着物を 

7.21 汗を滲ませ、悪寒のように頬の肌がふるえているので、 7.22 催眠薬だ、と思った。た
ぶん、薬の 7.23 襖をあけて、蒲団を…/ …行こうとしたが、「いいわ。」と悪寒が収まった
らしく、のろのろと自分で起きあがった。…顔にやや赧みが出たが、立ちあがると、 7.24 
きゅっきゅっと音をたてて、帯や紐を解く。それはまるで笞のように…彼は薄藤色の着物を 
118:2007/10/27(土) 18:14:00
7.25 立とうとしたが、「どこへ行く」と岡部は…/ まるで不意に高壓的な、命令者に變つたよ
うな聲を聞いて、雄三は思わずまたその場へ腰をおろした。畜生。…目をやると、岡部の手で
開かれた、胸のふくらみの皮膚が仄白く見えた。房子の兩腕が 7.26 御室川岸に出ていた。/ 
…長い間速い流れを 8.01 雄三は眠りながら、部屋の…入つてくるのを見やり、…/ 恒子
が居間を掃除しながら、しきりに何かさがしていた。 8.02 光線が射しこみ、部屋が水族館の
水槽のようになつた。彼は手足が重く、 8.03 頸はプラスチックの猫のように 

7.25 立とうとしたが、「どこへ行く。」と岡部は…/ 急に高圧的な響きに変ったその声を聞い
て、雄三は思わずその場に足をとめた。畜生。…眼をやると、房子の両腕が 7.26 御室川の
岸に出ていた。/ …長い間、幾筋も燈火を映す流れを 8.01 雄三は、部屋の…入ってくるの
を微かに見やり、…/ 再び仮睡 [まどろ] みの瞼の中で、恒子が居間を掃除していた。しきり
に何かさがす気配でいる。 8.02 光線が射しこんで、部屋が水族館の水槽のように変った。
彼はその水の中にいる気分で、手足が重く、 8.03 頸はプラスティックの猫のように 


8.04 牡丹の織り模様があつた。目がはつきり醒めたのに、頭も四肢も分厚い睡りの膜にまだ
蔽われて、ひどく重い。その皮膜をふり拂うように、彼は手足をゆつくり屈折させ、上半身を起
こした。/ 脇卓の電話が鳴つた。ホテルの女交換手が、東京からです、と言つて聲がきり替
つた。/「もしもし、道之だ。」 

8.04 牡丹の織り模様があった。/ 脇卓では電話が鳴っている。その音で眼が醒めたようだ
が、頭も四肢も分厚い睡りの膜に、まだ蔽われている。この皮膜をふり払うように、彼は手足を
ゆっくり屈折させ、受話器をとった。/ ホテルの女交換手が、東京からです、と言って声がき
り替った。/「ああ、道之だ。」 
119:2007/10/27(土) 18:15:02
8.05 房子行つただろう?」/「ああ。」/「どこにいる?」 8.06 自分でやれよ。」/「」道之は
むつとしたような聲を出した。「俺が行ければ…」/「」彼は思いきり、きつぱりと言つた。「第一、
〈家の外〉などと、 8.07 揃えられないんだよ。」/「…厭だよ。」 8.08 電話で、體の眠氣がと
んでしまつたので、彼は…今になつて、家庭にしがみついているのが、 8.09 陽灼けして、…
外も内も不快な氣體が…ここにいても仕樣がない。…見せると言つたが、…焰はきれいだつた。 
8.10 入社當時の上司だから、久闊をのべ、新しい情報交換でもすれば喜ぶだろう。

8.05 房子、行っただろう?」/「房子?」/「どこにいる?」 8.06 自分でやれ。」/「」/ 
道之はむっとしたらしく、その気持を抑えるような声を出した。/「俺が行ければ…」/「」/ 
彼は思いきり、きっぱりと言った。/「第一、『家の外』などと、 8.07 揃えられないんだ。」/
「…厭だ。」 8.08 電話で、やっと軀の眠気がきえたから、彼は…今になって家庭にしがみ
つき、執着しているのが、 8.09 陽焼けして、…外も内も、不快な気体が…ここにいても仕
方がない。…見せると言ったから、…焰は壮麗だった。 8.10 入社当時の上司だから、ひ
さしぶりに、新しい情報交換でもすれば、喜ぶだろう。
120:2007/10/27(土) 18:16:33
8.11 自分はもう三十七歳、…本當に自分の生命なのだろうか、と彼は考えた。こうして刻々
死へむかつていくだけなのか。/ 雄三は不意に戰時中、中學一年の時、こんな碧空を仰ぎ、
米軍機と日本の飛行機の空中戰を見たのを思い出した。かなた高空で、その一機が白い條
をひき、墜ちていつた。…死の感覚にうたれた。自分には、あのような死は…/ …流れに
沿う鋪道から、電車道へで、四條通りへぬけた。 

8.11 自分はもう三十八歳、…本当に自分の生命なのだろうか。こうして刻刻 [複数行にわた
るためノマ点なし] 死へむかっていくだけなのか。/ 雄三は不意に高校一年の時、息がつま
る気持で、こんな蒼空を仰いだのを思い出した。母と避暑に行った房総の浜辺で、その海上
の空に、セスナ機が故障を起して失速するのを、たまたま目撃した。かなた高空に、銀色の
機体は白い条をひき、あっという間に傾きながら、墜ちていった。…死の感覚にうたれた。し
かし、自分には、あのような死は…/ …流れに沿う鋪道を下ると、四条通りへぬけた。 


8.12 女たちが緋毛氈を干していた。…/ …演技をしていた。翁の方が…くり返すたびに
ユーモラスな舞いをする。/ …/…あの存在の輝きはどこから 8.13 會社のこと社内人
事のことなど話しこんでいるうち、 8.14 房子は山吹色の短いスカートの服に、 8.15 門柱
や槇の幹を照らして、ぎらりと廻ると、電車道へ出た。/ …この市電通りは銀閣寺の道へ 

8.12 女たちが赤い毛氈を干していた。…/ …演技をしていた。一種の俄 [にわか] 狂言
だろうか。翁の方が…くり返すたびに滑稽な舞いをする。/ …/…あの存在の生彩はどこ
から 8.13 会社の組織のことや人事のことなどを話しこんでいるうち、 8.14 房子は青磁
色の短いスカートの服に、 8.15 門柱や樹の幹を照らして、ぎらりと廻ると、幅ひろい鋪道
へ出た。/ …この通りは銀閣寺の道へ 
121:2007/10/27(土) 18:18:03
8.16 主峰といえば、四、五百メートルは 8.17 「…とてもだめよ。私には 8.18 大半はも
う締めているが、 8.19 羊齒や藤の枝が肩を掠めた。 8.20 そうしながら、急な黄土道を
滑らぬように…/「」/ 房子が精魂つきたように…なぜ、こんな無謀な行爲についてきた
のか。…/「」/ 勾配がやや緩んだ…男が、はつ、はつ、はつ、はつ、と聲を…/「」/ 
…すぐ疲れて息がきれ、…/ …彼は皮靴をぬいで…/ …懐中電燈の光がちらちら動
いていた。/ 雄三が、重い空氣を

8.16 主峰といえば、四五百メートルは 8.17 「…とてもだめ。私には 8.18 大半はもう閉
めているが、 8.19 羊歯や藤の枝が肩をかすめた。 8.20 そうしながら、黄土道の勾配
を滑らぬように…/「」/ 房子が精根つきたように…なぜ、こんな無謀な行為に、自分も
ついてきたのか。…/「」/ 山坂がやや緩んだ…男が、はっ、はっ、はっ、と声を…/「」/ 
…すぐ息がきれ、…/ …彼は革靴をぬいで…/ …懐中電燈の光が、ちらちら動いてい
た。/ 雄三は、重い空気を


8.21 さらに頂の草地へまつすぐ伸びていた。/ …全部で四、五十人に 8.22 八時少し前
だ。…/ 彼は星明りの下で、火床の男たちの影が一瞬聲もなく靜まるのを、…/ 一瞬、
山裾から、…/ 夜空へ、七十五條 [すじ] たち登る青灰色の煙をみて、 8.23 眼のまえ三
方に燃えあがり、…ぴしつぴしつと 8.24 燃える、燃える。」岡部は不意に…/ …樹林の蔭
か見えなかった。 8.25 「ああ、お父さまが歸る。」/ 不意に房子が…言つたので、思わず
彼は 8.26 超越的な~祕的な想念を、 

8.21 さらに頂きの草地へまつすぐ伸びていた。/ …全部で四五十人に 8.22 八時すこし
前だ。…/ 彼は星明りの下で、一瞬、火床の男たちの影が声もなく静まるのを、…/ その
瞬間、山裾から、…/ 夜空へ、青灰色にたち登る七十五条 [すじ] の煙をみて、 8.23 眼の
まえの三方に燃えあがり、…ぴしっ、ぴしっと 8.24 燃える、燃える。」/ 岡部は不意に…/ 
…樹林の蔭か、見えなかった。 8.25 「ああ、お父さまが帰る……。」/ 突然、房子が…
言ったから、思わず彼は 8.26 超越的な神秘な想念を、 
122:2007/10/27(土) 18:19:14
8.27 高ぶつているので、…近道の鹿ヶ谷への道へ折れた。/ その狭い通りは、…/「…コ
ブみたいなんだな。」彼は言つた。「…矛盾がないんだ。…自分の性や死を彩つてるんだ。…
何もないよ。」 8.28 「…ないのは厭なのよ。…」/「」/ …歩きながら、真剣に考える目で…/ 
…寒そうに顫え出した。 8.29 鋪道へ出たが、顫えは肩や腕にもひろがつた。…/ …もし
再びきてもまだ歸らない、と言つてくれ、と頼んだ。

8.27 高ぶっているせいで、…近道の白川沿いの道へ折れた。/ その通りは、…/「…コブ
みたいだな。」/ 彼は言った。/「…矛盾がない。…自分の性と死を彩ってるんだ。…何も
ないな。」 8.28 「…ないのは厭なの。…」/「」/ …歩きながら、しんけんに考える眼で…/ 
…寒そうにふるえ出した。 8.29 鋪道へ出たが、ふるえは肩や腕にも拡がった。…/ …
もし再びきても、まだ帰らない、と言ってくれるように頼んだ。


8.30 「家でかかつてるのよ。 8.31 「醉つぱらうつてどのくらい 8.32 ベッドに腰かけていた。
髪や化粧も手速く直したようすがあつた。/ …別に驚かないな、という意味も…/「さつき、
あなた。私たちにない、と言つたでしよう。」 8.33 「どう、あるんだい。」彼は疑わしげに言つ
た。/「…家へきた時、あたしの部屋にあつた繪、…」/「あつたな。」/「あれなのよ。」房子
は病的なほどの熱をこめて言つた。「私にはあれがあるのよ。いいえ、…むこうが女~で、
私は普通の 

8.30 「家でかかってるの。 8.31 「酔っぱらうって、どのくらい 8.32 ベッドに腰かけていた。
さっき濡らしたタオルを使い、髪や化粧も手速く直したようだ。/ …別に驚かない、という
意味も…/「さっき、あなたが言ったでしょう。私たちにない、って。」 8.33 「どう、あるんだ。」
彼は疑わしげに訊いた。/「…家へきた時、私の部屋で出した絵、…」/「あったな。」/ 
雄三は咄嗟に、〜本性を持つ女神だ。/「あれなのよ。」/ 房子は病的なほどの熱をこめ
て言った。/「私にはあれがあるの。いいえ、…むこうが自然のままの裸でも、それを越えた
女神なのに、私は普通の 
123:2007/10/27(土) 18:20:10
8.34 急に激しい手つきで、…/ …ゆるんで、裸の兩腕が彼に…房子の肩を被護するように、
兩手で抱いた。そうしながら、こういう優しさを恒子にも與えなければいけないな、と思つた。 
8.35 いろいろな女を思い浮べた。昨日、四條通りですれ違つた娘とか、過去にもう一步のとこ
ろで別れた女とか……。 8.36 ソファに體を沈めた時、 

8.34 急にはげしい手つきで、…/ …ゆるんで、両腕が彼に…房子の肩を庇護するように、
両手で抱いた。そうしていると、軀の欲求などを越え、ほとんど清冽なほどの歓びが湧いてきて、
深沈と優しい感情がつのった。彼は言葉もなく、この今まで経験したこともない頂点のような
感覚を、見つめつづけた。 8.35 いろいろな女を思い浮べようとした。昨日、四条通りですれ
違った娘、過去にもう一歩のところで別れた女……。 8.36 ソファに肩を沈めた時、 


8.37 「…寢かしてあるよ。俺はお蔭で、 8.38 しばらく話して、戻つてきた。/「…元氣そうで
すよ。」/ ソファにかけて、…きちんとして、山吹色のスーツも崩れていなかつた。 8.39 
その黃色い彩りの服が、ふり返りもせずに玄關を 9.01 企業パンフレット編集のためのミー
ティングだが、…/「話がしまらないですね。」/ …/「」と小聲で言うと、慌てたように手を
ふった。/ …自分と會社についても言えそうな気がした。 

8.37 「…寝かしてある。俺はお蔭で、 8.38 しばらく話して、戻ってくると、/「…元気そうです
よ。」安堵したような眼をむけた。/ ソファにかけて、…きちんとして、青磁色のスーツも崩れ
ていない。 8.39 その薄青く彩りを放つ服が、ふり返りもせず玄関を 9.01 企業パンフレット
の編集のミーティングだが、…/「話が締まらないですね。」/ …/「」と小声を返すと、慌て
たように手をふった。/ …自分と会社についても言えるだろう。 
124:2007/10/27(土) 18:22:17
9.02 あの瞬間、不思議にあの面の男に…/ …必然へむかつて、一歩々々進んでいる。…/ …
あの男の生活の頂點だ。…會社しかない。自分は 9.03 歸つたと、知らせの學生を…社交
スケジュール。講習會。廣報編集會議…心のハリを感じた。 9.04 「」妙に靜かな聲がした。/
「何だい。」 9.05 女事務員に…/ …何となく不安感が…窓からの風が暑いようにも涼しいよ
うにも思え、開閉するうち、…/ …不鴛Eのういた顏をみた…/「どうも。ちよつと來てくれ。」/ 
…廊下へ行くので、ついていくと、 

9.02 あの瞬間、奇妙にあの面の男に…/ …必然へむかって、一歩ずつ進んでいる。…/ …
あの男の小さな生活の極点だ。…会社しかないのか。自分は 9.03 帰ったと、知らせを兼ね
て、法人の書類を届ける学生を…社交スケジュール。他の媒体との打ち合せ。広報の編集会議
…心の張りを感じた。 9.04 「」妙に静かな声がして、しばらく黙っている。/「何だい。」 
9.05 女子社員に…/ …何となく道之の声が蘇り、不安感が…窓からの風が暑いようにも冷たいよ
うにも思え、間置きに開閉するうち、…/ …不精髭の浮いた顔をみた…/「ちょっと、来てく
れ。」/ …廊下へ行くから、ついていくと、 
125:2007/10/27(土) 18:24:04
9.06 「…俺の外出支度をそろえたり、自分の華道の先生のところへ行く準備をしたりして、 9.07 
部屋に 蒲團が 9.08 「」彼は聞いた。/「…慢性的な中毒 9.09 臙脂の帶止、…/ …透明さ
をましたように白い。 9.10 まつすぐの肢が、…/《藥叉女~》だ。雄三は震えるような思いで、
何もかも理解した。自分で、自分自身の意志で、…/ …意味だつたか。あの時から…ふりきつ
たのだろう。そうして…「女~」になろうとしたのだろう。

9.06 「…俺の外出支度をそろえたり、朝の食事の準備をしたりして、 9.07 部屋に、蒲団が 
9.08 「」彼は自分を忘れて聞いた。/「…慢性的中毒 9.09 臙脂の帯止め、…/ …透明さをま
したように仄白い。 9.10 まっすぐな肢が、…/〈薬叉女神〉だ。雄三は軀の芯が震えるような思い
で、何もかも理解した。少くともそう思った。房子は自分自身の意志で、…/ …意味だったのか。
おそらくあの時から…ふりきったのだろうか。そうして…「女神」になろうとしたのだろうか。


10.01 運動をやらせている 10.02 恒子が睨むまねをすると、 10.03 「よくありませんよ。 
10.04 かも知れない。/「やあ、その節はどうも。」/ 車の音が門前にひびき、ちようど…
道之のいう聲がした。それから勢いよく…雄三が見上げると、…あの二ヵ月まえに…動作
もいきいきしている。/「やあ、あの時はほんとにお世話んなつたな。」 

10.01 運動をさせている 10.02 恒子が睨んで、右手でこぶしをつくると、 10.03 「よくあ
りません。 10.04 かも知れない。/ 車の音が門前にひびくのが聞えた時、/「やあ、そ
の節はどうも……。」/ ちょうど…道之が遠くから言う声がした。/ やがて勢いよく…雄
三が見あげると、…あの二か [小文字] 月まえに…動作も素速くなっている。/「あの時は、
ほんとにお世話になったな。」 
126:2007/10/27(土) 18:26:00
10.05 前と違つているような氣がする。前は大變お洒落で、…お辭儀などをするので、…/
「」…/「丈夫つてのは、ふとつてるという意味じやないでしようね。」 10.06 多分今日本にい
ないだろう。 10.07 いきさつで餘計なことを、恒子のまえでうつかり口を辷らせたら迷惑だ。
彼は道之が 

10.05 前と違っているようだ。以前はごくお洒落で、…お辞儀などをするから、…/「」…/
「ええ、私は丈夫だけがとり柄ですの。」 10.06 多分、いま日本にいないだろう。 10.07 
いきさつも余計なことを、うっかり口にされたら迷惑だ。この兄がひき起した敏江のことも、
自分で勤めをさがしたのか、あれきり経歴も送ってこない。彼は道之が 


10.08 恒子の聲が彈むのを不快に 10.09 彼は一瞬異樣な怖れを…大きな背中をみながら、
それが不恰好な魔の姿に見えた。 10.10 車のドアに、手をかけて言つた。雄三は運轉席に、
…ドアを締めると車は遠ざかった。/ 雄三は肩を返し、家の玄關へ足迅に戻つたが、…肩か
ら一つの影が飛び去つた氣がした。それは父の影のように思えた。/ (完結)

10.08 恒子がすぐ乗るのを不快に 10.09 彼は不意に名状できない怖れを…大きな背中が、
何となく滑稽な邪鬼 [じゃっき] に似た姿に見えた。 10.10 車のドアに手をかけ、振りかえった。
雄三は運転席に、…ドアを締めると、車は遠ざかった。彼はその車のむこうに、秋の光の粒子
が滲む蒼空を見ると、一瞬、はるかに失われたものへの、胸を嚙むようなはげしい感情にうたれ
た。/ 雄三はほとんど無意識に肩を返し、家の玄関へ足ばやに戻ったが、…肩からひとつ
の影が飛び去った気がした。/ それは父の影のようにも、房子の影のようにも思えた。
127吾輩は名無しである:2007/11/04(日) 16:31:20
触媒gtアゲ
128:2007/11/04(日) 23:14:42
読んで五山送り火を間近で見たくなって当日如意ヶ岳に登ったひとってのも
いるんだろうな。うらやましい。一般人の押しかけが去年からは禁止されて
もうできない相談なんだそうだ。あと二年、早く読んでいればよかったんだ。
悔やむに悔やみきれん。来年の夏、迷惑を承知でのるかそるか行ってみるか。

これは緋の山のこと。ハイライトが送り火なんですが。

変更箇所としてまず挙げられそうなのは第八章においての二箇所
8.11 [>120], 8.33 [>122] でしょうか。上では「〜」によって略しましたが、
ケチっているようで後味が悪い。書き込んでおきます。

(それとこれは略すほどじゃなかったか。旧稿にない段落が一つ挿入されています。
4.44 道之は父の血をひく兄弟のなかでも、一番長兄で、幼い時から父に可愛がられ、
どこか心の根に甘さや弱さがある。それがこんな異様な深みに、嵌めたのかも知れない。)

8.33 雄三は咄嗟に、あの水墨で描かれた印度のマトゥラの石像を、思い起した。
おそらく紀元前後、原始の仏教やジャイナ教を通じて、民間に熱烈な信仰の対象だった
薬叉の女神。ほとんど裸で、胸に首飾りと腰に裳布をまとい、大きな乳房や臀、
陰裂まで誇らしげに示す女神。たぶん逞しい生殖や生産を恵み、反面で化粧にふけり、
媚を見せ、怖しい本性を持つ女神だ。

>97-126
投稿前に修正しわすれて対応せず、「歩」 5.10, 5.19, 6.07, 7.10, 8.35、
「巣」 6.15、「黄」 8.39の旧字体の三字、步 巢 黃 がこちらのパソコンでは
「・」表示。あとは强 3.06、これは「強」。取返しがつかないため訂正しません。
129:2007/11/04(日) 23:32:35
あと、あと、96で初っ端から撥音を小文字にしたままだった(ドジった)。

改稿の程をあんまりの心寒さにテキトーにまとめておきますと、

步 トーンを控えめに
ほぼ作品全篇にわたる改稿の作業です。一貫する点はこれに尽きるでしょう。
登場人物の着替え?をはじめとする色調操作、箇所によっては性的な言及や
父親の横柄をやわらげたりですとか、主人公にあたる雄三の内省内における
断定的な調子の婉曲化が試みられたりですとか、一見さまざまです。これは
ひとによるでしょうが改稿の後でも特に前半部、東京でのいきさつなどには
人間嫌いを煽ってくるような立ち居振る舞いの多くが保存されていますから、
小説家の趣味の移りかわりなのかと思いましたが、岡部の被差別部落出身を
暗示するのかもしれない表札への形容「穢い」の抹消などもあることですし、
「今日から見て不適切と思われる表現」っつうやつ、あれもなくなっている。
それと、登場人物の設定のようなものが、改稿にあたっては多少いじられた。

巢 地名や名前、固有名詞の変更

黃 幼年に戦時中の記憶をもつ男からそうでない男に(8.11 [>120] 参照)

强 誤植類の訂正

いわゆる一語説っつうのが日本語の文書に通用するかは微妙なところですが、
時間を隔てた形で発表されている二種の異稿の異なる部分だけを抜きながら
こうして併置してゆくと両者が相殺しあい、結果的にどちらともを中和して
別のもっと剥き出しのものが喚起されてくる錯覚に見舞われることがあった。
オーバーに言うなら、蓋然性ある同一事項を目指して二者が惹きよせられて、
落下を続けるさなかに離反と衝突とをくり返しているかのような印象でした。

触媒、どっかで一度は再読しておきたいんだが、けっこう分厚いな、これは。

毎度のことながら雑な連投になった。すまん。
130吾輩は名無しである:2007/11/14(水) 15:22:55
おつ。
公式サイトに詩も載ってるな。
滞郷音信いま買えるのかな。
131:2007/11/14(水) 23:00:24
一年くらい前は店頭で手に取れたんですが、最近はあまり見かけないような気がします。
ネット通販なら今でも購入可能のようです。

あのサイト、初めはJPGだかGIFだかで「あとがき」があったはずなんですが、現在では
削除済み。何があったかは忘却の彼方です。
132吾輩は名無しである:2007/11/17(土) 06:35:38
133吾輩は名無しである:2007/11/17(土) 16:26:45
「あとがき」覚えてます。
たしか遺族が作ったサイトとか。
段々、田久保英夫の本が廃版になってるから
興味のある人の役に立つようにとかなんとか書いてましたね。
134:2007/11/17(土) 23:13:06
おお、憶えている方だ。というか、あれは忘れようがないです。
インターネットサイトにあとがきなんて反則だろう、
と思いましたが、声を優しく詰まらせるものでした。
末尾にメールアドレスがあり、遺族の方が読まれるのだなと思ったおぼえがあります。

そう思っているにもかかわらずいまだに感想や質問を送る勇気がない。

たしか今だと詩・随筆掲載にある随筆紹介が縦書きのHTMLで、
エッセイとしてもう一つ掲載されていたはずなんですが、これもまた削除となった。

『三田文学』復刊のため奔走していた頃に友人・山川方夫と海辺で取っていた
相撲の話で、掌編に近いものとして読んだおぼえがあるんですけどね。
印象に残った。

そこに珠玉揃いだと田久保から紹介されていた冬樹社の全集を(筑摩書房にあると
知ってからはそちらを。筑摩版では安岡と二人で監修にあたっているとのこと)、
三年ほど前ですか、探してみたりもしたんですが、やはり全集、私は躊躇したまま
現在に至っています。

その頃文庫本が二冊刊行されていたにもかかわらず全集を薦めていました、田久保は。
135吾輩は名無しである:2007/11/21(水) 00:32:24
ちなみにマンガレリ訳者の麻理はムスメ。
前に読売新聞に出てた。
オフィに親娘写真あったぞ。
136吾輩は名無しである:2007/11/21(水) 20:22:55


敦子・・・

137吾輩は名無しである:2007/11/23(金) 18:43:25
しらぬひ ってどうなんすか?最高傑作はやっぱ雨飾りなのかな
138:2007/11/29(木) 05:47:07
>>135
耳寄り情報をありがとう。今年新しく訳書を一冊やはり白水社に加えた模様です。
2は極度にいかがわしいところなのでここで題は言えないんです(インセスト!)
が、とにかく出たようです。お読みになられましたか。
私は冬ごもりのために今カートへ入れたところです。
あの荏原神社で撮ったらしい写真、どっちともかわいい。頬が緩む。

>>136
人生のお手本を提案する小説の働きが、まだかなり有効だったんでしょう。
今でももちろん有効でしょうが、小説家にのしかかる責務の一つだったはずです
(想像ですが)。その点、耕介はけっこういいセン行ってたんだと思います。
軽い言い方をすると、ですけどね。

>>137
すんません、未読なんで何とも言えねーです。>しらぬひ

ヒマをみて、どういったところを最高傑作と感じたか物は試しで来年詰めます。
こんなことを言っちゃ興醒めでしょうが『雨飾り』、好みとしては別なんですよ。
卿子って、麻屋に対する仕打ちはともかくとして(逆もまた措くにしても)、
おだやかな生贄の役割を果たしているじゃないですか。やっぱり納得がいかない。
ただ、読んだ直後から再読を誘う作品なんだと睨んで即刻本を閉じはしましたけど、
別格の緊張をたたえた作品だと思いますし、メモに語られる「生の勾配の中途」、
あるいは「崖」の経験に、それが係わるものであるのは明白でしょうから、
一読者たるこの身としては同等の緊張感をもって臨みたいな、と欲を出して思う。
そういうわけで、私はまだすこし寝かしておこうと思っているのでした。
139:2007/11/29(木) 05:52:41
あ、書き忘れ。鉤に括った崖ってのはいくつかの作品(気づいたところでは
奥さんがかつて身を投げたらしい(伝聞)『緋の山』、それともちろん小説の起こりに
厳然とある『空の華』)に出てくるようなので、別段(テマティックを?)意識しなくても
気をつけて読めば相応に面白いんじゃないか。たぶん、大事にしていたんだね。

目下、次に読む予定の女人祭購入を検討中・・・
140吾輩は名無しである:2008/01/04(金) 13:07:49
どうもIさんごくろうさまです。
田久保ファンとしてはぜひ全集を刊行してほしいものです。
新潮社あたりから。こつこつ集めるのも一苦労ですね。
河出の新鋭作家叢書なかなかいいですよ。エッセイもよし。
おすすめです。
141吾輩は名無しである:2008/01/12(土) 07:38:28
142吾輩は名無しである:2008/01/13(日) 11:54:49
三島由紀夫
「僕はいつも思うのは、自分がほんとうに恥ずかしいことだと思うのは、自分は戦後の社会を否定してきた、
否定してきて本を書いて、お金をもらって暮らしてきたということは、もうほんとうに僕のギルティ・コンシャスだな。」

武田泰淳
「いや、それだけは言っちゃいけないよ。あなたがそんなこと言ったらガタガタになっちゃう。」

三島
「でもこのごろ言うことにしちゃったわけだ。おれはいままでそういうことを言わなかった。」

武田
「それはやっぱり、強気でいてもらわないと…」

三島
「そうかな。おれはいままでそういうことは言わなかったけれども、よく考えてみるといやだよ。(略)」

私は三島さんを懸命にナダめにナダめる武田氏に、つよい共感で(感傷的にも)涙ぐみたくなる。
しかし同時に、三島さんがもの書きとしての恥部をここまで口にする激しい自己意識に心をうたれずにいられない。
それはまたそっくり三島さんの社会への批判でもある。

田久保英夫
143吾輩は名無しである
水中花ゲトage