1 :
吾輩は名無しである :
2005/10/18(火) 01:32:46 存在意義って何だ?
言語の自己目的性貫徹=宇宙の人間的あり方のひとつ
3 :
吾輩は名無しである :2005/10/18(火) 01:40:43
あややのマンコ☆クンクンしてねーっ!あややのマンコ☆クンクンしてねーっ!あややのマンコ☆クンクンしてねーっ! あややのマンコ☆クンクンしてねーっ!あややのマンコ☆クンクンしてねーっ!あややのマンコ☆クンクンしてねーっ! あややのマンコ☆クンクンしてねーっ!あややのマンコ☆クンクンしてねーっ!あややのマンコ☆クンクンしてねーっ! あややのマンコ☆クンクンしてねーっ!あややのマンコ☆クンクンしてねーっ!あややのマンコ☆クンクンしてねーっ! あややのマンコ☆クンクンしてねーっ!あややのマンコ☆クンクンしてねーっ!あややのマンコ☆クンクンしてねーっ! あややのマンコ☆クンクンしてねーっ!あややのマンコ☆クンクンしてねーっ!あややのマンコ☆クンクンしてねーっ! あややのマンコ☆クンクンしてねーっ!あややのマンコ☆クンクンしてねーっ!あややのマンコ☆クンクンしてねーっ! あややのマンコ☆クンクンしてねーっ!あややのマンコ☆クンクンしてねーっ!あややのマンコ☆クンクンしてねーっ! あややのマンコ☆クンクンしてねーっ!あややのマンコ☆クンクンしてねーっ!あややのマンコ☆クンクンしてねーっ! あややのマンコ☆クンクンしてねーっ!あややのマンコ☆クンクンしてねーっ!あややのマンコ☆クンクンしてねーっ!
さてこのスレも俺のものになる日はそう遠くないわけだが。
5 :
鼎 :2005/10/18(火) 01:42:07
とりあえず価値と存在意義とはイコールではないと思うので、質問をどちらかに絞ったほうがいいような気がしますが。
6 :
吾輩は名無しである :2005/10/18(火) 01:52:59
そうですね。失敗しました。存在意義を問いたかったのです。
7 :
吾輩は名無しである :2005/10/18(火) 01:55:46
人間の存在の探求
8 :
めるす ◆ZspydnSMwU :2005/10/18(火) 01:56:15
存在意義なんてたいそうなもんは無いと思うわけだが。
需要があるから供給が成り立つ。 文学を欲する人間がいるから価値が生じる。
10 :
吾輩は名無しである :2005/10/18(火) 02:00:00
文学の価値=言語による情報伝達及びその情報を好む人間の嗜好を満たす。
12 :
吾輩は名無しである :2005/10/18(火) 02:16:06
文学って役には立たないよね。だからといって価値や存在意義がないとは言えないと思う。じゃあどこに価値や存在意義があるのかって聞かれると、難しい
13 :
吾輩は名無しである :2005/10/18(火) 02:22:30
文学が無ければ弱肉強食の時代のままですよ。
文学があっても弱肉強食の時代は続いていたと思うが。 中国の歴史を見てみよう。
15 :
吾輩は名無しである :2005/10/18(火) 02:38:24
中国って文学ないじゃん。
漢詩や紅楼夢を読んだことないの? 今の政治状況から 勝手に中国文化全体を矮小化するのは愚かだよ。
ギリギリ魯迅なんだろうけど、あの国に文学は浸透しないだろうね。
18 :
吾輩は名無しである :2005/10/18(火) 03:15:08
文学はジョイスとかのトップレベル以外無意味
ジョイスを否定するわけじゃないが 何をもってトップレベルとするんだろう・・・
前衛・普遍・特性 これらの要素において質的に最高峰であること。 質の議論は別に譲るとして、ジョイスは全てトップクラスだと思うよ。
ああ、あと技術ね。
>>20 俺は前衛てものにそこまで価値を置く気になれないな。
前衛の名の下に単に奇を衒ったとしか思えない作品もあるし。
むろんジョイスがそうとは言わないがね。
>>22 うん俺も書いててそう思った。前衛は一個下だな。
でも、前衛が時代とマッチすれば革命足りえるけどね。
25 :
吾輩は名無しである :2005/10/18(火) 04:39:06
>>20 前衛と普遍的は矛盾するだろ。前衛は保守層がいてこそ、前衛たりえるのだから。それから特性って何だ?
思想を書かせたら随一だとか、エロを書かせたら天下一品みたいなことだろ
27 :
25 :2005/10/18(火) 05:06:50
>>26 そうだとすると、特性に作家の価値すべてが凝縮するので、
>>20 が前衛、普遍などと並列して特性という価値を置いた意味がないじゃんね。
>>20 のジョイスが優れてるは同意だか、論理的には破綻してるな。
特性に作家の価値全てが凝縮するって考えにも同意しかねる。 あまりにも特異な個性で読者の共感を全く呼び起こさなかったら 普遍性は生じない。
谷崎潤一郎には、特性も普遍もあると思います。
30 :
25 :2005/10/18(火) 05:34:25
>>28 の言う通りだな。つまり、前衛、普遍性、特性は3つとも矛盾しあう。だが、だからといって、優れた文学とは何かという答えとして
>>20 が間違っているかは別問題だな。
31 :
吾輩は名無しである :2005/10/18(火) 07:22:50
前衛・普遍・特性で議論するとその瞬間文学には学問としての性格が失われて しまう。やはり文学は芸術なのだろうか。 僕はそれまでの社会通念の打破、既存価値への問題提起こそ文学だと思う。 ドストエフスキー「罪と罰」、島崎藤村の「破戒」などそうではないか。 その当時当たり前だと誰もが疑問にすら思わないことへメスを入れ問題を投げかける。 当時検閲にひっかかり世に出なかった作品が後に出て喝采を浴びるのは当然である。 そこには作家の千里眼のごとき予見とややもすると検挙される可能性をも乗り越えた 覚悟、葛藤がある。 比較的自由に表現が出来る現在はそういう問題提起も起こらないし、また逆に言えば 新たに出てきた諸問題も提起するに値するほど深刻でもない。 文学の華は反体制的などちらかというと左翼的な性質なところに見出せる。 主流へのアンチテーゼこそ文学本来の性格ではないだろうか。 今の気だるい平和な日本において文学に存在意義などあるのだろうか?
トップレベルはトップレベルだよ!考えるな!感じろ!
>>31 ごく一般的に言って、文学は芸術、文学研究は学問、だろ
34 :
吾輩は名無しである :2005/10/18(火) 12:53:40
>>31 社会通念や体制に反する作品が素晴らしいなんて一面的だろ。
35 :
吾輩は名無しである :2005/10/18(火) 12:58:18
>>32 トップレベルはなぜトップレベルだ?感じるな!考えろ!
36 :
吾輩は名無しである :2005/10/18(火) 17:32:37
考えるな!感じろ!
37 :
吾輩は名無しである :2005/10/18(火) 21:57:59
なぜ文学なんか読む?文学やってる奴は社会のゴミだろ。役に立たねーし。
38 :
吾輩は名無しである :2005/10/18(火) 22:11:41
>>32 ・35・36
おまえ、ブルース・リー好きだろ?
俺もだ。
一度の人生。より多くの世界を知り、美しい人生を歩みたいもの。
40 :
吾輩は名無しである :2005/10/18(火) 22:22:01
↑社会のゴミ
41 :
吾輩は名無しである :2005/10/18(火) 22:23:23
↑何が君をそんなちっぽけな人間にしたんだい?
42 :
吾輩は名無しである :2005/10/18(火) 22:24:50
43 :
ずーっと↑ :2005/10/18(火) 22:30:39
44 :
吾輩は名無しである :2005/10/18(火) 22:47:07
>>41 >>42 社会の役に立たないゴミどもに、ゴミ呼ばわりされるいわれはない。いいか、クズどもに教えてやる。お前らはゴミ知識を得てるだけなんだよ。俺は理系でもっと実社会的だ。文系とりわけ文学は救いがないアホがやる学問だ。わかったか?
理系かあ。かっこいいよね理系って。ステッキーだよね理系って。
46 :
鼎 :2005/10/18(火) 22:49:41
自閉症ですか?
47 :
吾輩は名無しである :2005/10/18(火) 22:52:35
>>44 お前が理系の知識しかないバカなだけじゃん。
理系でも文学を嗜む余裕のある人はいくらでもいる。
それにここにいるのは文学だけしかやってない人間ばかりとか思ってる?
お前が日々の生活に余裕無くて働くしか脳が無いのには同情するが・・・。
>>44 羨ましいんだろ?
文学や歴史や芸術や音楽に精通する文化的人間が。
怒りや罵りの根源にある感情は羨望だからな。
レインマンの兄ちゃんて自閉症だっけ。
50 :
吾輩は名無しである :2005/10/18(火) 22:55:27
なんか語彙に乏しい短気な理系君は魅力無いよ。 もちろん素敵な理系さんも多いけど。
「俺は社会の役に立つ」って考えが( ´,_ゝ`)プッだけどな
>>51 多分44、50は理系を装った煽り好きな人だと思うんだ。
俺も論理的思考ができるようになりたいよ。
>俺は理系でもっと実社会的だ。 論理的にこの一文を説明してくれよ。
55 :
鼎 :2005/10/18(火) 22:59:53
どんな人でもある世界観をもっているわけだが、神ではない悲しさ、その世界観は当人の人となりを如実に反映しているわけで。狭量な人は狭量な世界観を持っている、つーだけの話じゃないかしらとおもうのであった。
つまり、恋愛や結婚が出来るか? と聞かれたらこの理系君はお断りだな。 人間としてつまらないもん。
57 :
吾輩は名無しである :2005/10/18(火) 23:02:06
じゃあ文学やってるから社会の役に立つって証明してみろよ。作り手ならまだしも、それも出来ないくせに御託並べんな。役に立たない=クズなんだよ。
というか、「社会とは何か」について考えもせず「社会の役に立つ」と言ってしまうあたりが怖い
>>57 煽るならもっと本腰入れて煽る、
煽らないなら徹底して煽らない、
どちらかにするべきなのである。
61 :
鼎 :2005/10/18(火) 23:06:02
ちなみに論理つーのは、自分の思考がそのままでは普遍足りえないと気付くところから始まる思考の手続きであって。自閉症の人はそのスタートラインにすら立っていないと思うのであった。
>>57 「社会の役に立つ」なんてガキの戯言なんて遥かに超越した所に
文学の存在意義がある。
君はちっぽけだ。
>>61 なんとなく自閉症の人に失礼な感じの物言いな気がするのである。
64 :
鼎 :2005/10/18(火) 23:11:39
58そのとおり。ヒトラー政権下のドイツではユダヤ人を殺すことが社会的に正しいとされていたからね。社会的イコール普遍的な善ではない。
そもそも文系、理系でカテゴリーで人間を区分する 短絡思考が問題。 梶井基次郎や阿部公房など理系出身の文学者もたくさんいるのに。 文系が専門だから理系学問を軽視してるわけじゃないし 理系が専攻だから文系学問に無知でいいわけじゃない。
66 :
鼎 :2005/10/18(火) 23:17:00
63 自閉症の人、とは自称理系の彼一人を指しているつもり。まあそれでも失礼であることに変わりはないが。
>>66 なるほど。
流れが読めず野暮なことを言ってしまい申し訳なかったのである。
めるすはもういいよ
69 :
吾輩は名無しである :2005/10/18(火) 23:27:35
もういいんじゃないか?これ以上、「社会の役に立つ理系」くんに反応しても仕方ない。 まぁ、みんな、わかってやってるんだろうけど。子供の相手も、もういいだろ。
70 :
鼎 :2005/10/18(火) 23:35:36
同意。レスも遅いし。
71 :
吾輩は名無しである :2005/10/18(火) 23:42:22
役に立たないものにこそ魅力を感じることもある。
73 :
吾輩は名無しである :2005/10/19(水) 01:03:13
文学は文献学の手法を用いるという以外に制約がない。 だから人間が自由にものごとを追求するときの志向性のようなものが浮き彫りになる。 これはありがたい。哲学は「真理」という制約があってよくない。理系の私には、そう思える。
74 :
吾輩は名無しである :2005/10/19(水) 01:04:57
>1 価値の無いものは自然消滅、淘汰される=人間の歴史。 存在する、というのは人間に求められているから。 おわり
75 :
吾輩は名無しである :2005/10/19(水) 01:28:37
>>74 それがなぜ?と1は問うてるのだと思うが…
76 :
吾輩は名無しである :2005/10/19(水) 01:34:40
>>74 おまい空気吸うの、なんで?
飯くって糞たれんの、なんで?
動物は文学要らんのに、人間だけが要るのなんで?
77 :
吾輩は名無しである :2005/10/19(水) 01:36:03
、自分が必ず死ぬことを、知っているからだ 、おわり 、
そういや笑うことができるのは人間だけ、 って聞いたことあるけどあれって本当なのかね。
79 :
吾輩は名無しである :2005/10/19(水) 01:49:05
>>73 の理系君の言っていることを説明できる文系君求む
80 :
吾輩は名無しである :2005/10/19(水) 02:12:54
>>73 哲学板へ逝ってよし!
藻前の文章は文学的でない。かけ離れている。
理系なら訊くけど、寺田寅彦読んだ?森鴎外読んだ? 瀬名秀明読んだ?
>80 ノル 齋藤茂吉 安部公房 上田三四ニ 南木佳士
>>80 瀬名秀明って消えてね?
CGの発達と共に消えるよな気が…
83 :
吾輩は名無しである :2005/10/19(水) 02:24:49
瀬名秀明って誰よ?金平糖のおっさんと舞姫のおっさんなら知ってるがよ。
84 :
吾輩は名無しである :2005/10/19(水) 02:27:57
85 :
吾輩は名無しである :2005/10/19(水) 02:32:27
瀬名は『パラサイト・イヴ』『BRAIN・VALLEY』 『八月の博物館』までしか読んでねえ。
SFだと思う。板ちがい。
87 :
吾輩は名無しである :2005/10/19(水) 02:37:34
SFは文学じゃないの???プロレタリアート文学との境目は微妙なような…
娯楽読み物だなあ<SF おれは推理小説と同類の感じ。京極夏彦と一緒、一度読めばブクオフ逝き。 SFで価値あるといえば… 筒井康隆『幻想の未来』か、あれはいい
89 :
吾輩は名無しである :2005/10/19(水) 02:52:35
確かに文学は糞だ。トップレベルを除いては!
手許に残しておくSFはエンタメとちよと違う。感じする。
>87 プロレタリアート文学て? 「蟹工船」しかしらんw
92 :
吾輩は名無しである :2005/10/19(水) 03:04:50
93 :
吾輩は名無しである :2005/10/19(水) 03:11:50
>>89 に限らんが、決め付けたモノの言い方はやめねえか?カドが立つだけじゃねえかな?自己完結しちまうなら、一人で過ごせよ。ここに出て来ずにさ。俺はそう思うよ。
94 :
吾輩は名無しである :2005/10/19(水) 03:12:44
>>87 1の問にかぶるが、文学とは何かと聞かれると難しい。小説の中でも文学扱いされるものとされないものがあることは確か。その小説の区分を誰かしてくれ。
>>94 それは大部分が時代の趨勢、特に研究者や批評家の意見によって決まるものだから、
ここでは自分が文学と思うものを文学とするしかないだろ
96 :
吾輩は名無しである :2005/10/19(水) 03:24:01
確かにな〜。綿谷りさを文学と言うのは抵抗がある人もいるだろうし、そうじゃない人もいるだろうな。
97 :
吾輩は名無しである :2005/10/19(水) 03:27:58
>>1-96 紙の無駄はいいからそれバッカしてなさい(^O^)/
98 :
吾輩は名無しである :2005/10/19(水) 03:42:43
99 :
吾輩は名無しである :2005/10/19(水) 03:46:37
100 :
吾輩は名無しである :2005/10/19(水) 03:51:11
101 :
吾輩は名無しである :2005/10/19(水) 03:54:05
あ間違えた、
>>97 より理系君の方が多少賢かったって言いたかった。
ミスった俺も、あんまり賢くねぇな…
102 :
吾輩は名無しである :2005/10/19(水) 03:55:57
1がしょーもないから、しょーもないスレにしかならんみたいだな。
でも文学板にしては大盛況ですね
105 :
吾輩は名無しである :2005/10/19(水) 04:05:39
106 :
吾輩は名無しである :2005/10/19(水) 04:10:03
早く寝ろヨ 1
108 :
吾輩は名無しである :2005/10/19(水) 04:17:12
マジで語ってくれ。
109 :
吾輩は名無しである :2005/10/19(水) 04:54:33
文学とは 魂に打ち込まれることが可能な楔で、人々にとって 人の世に生きることの意味を変えるか、少なくとも揺さぶるもの… それまでとは違う自我を生起させるような、もの
110 :
吾輩は名無しである :2005/10/19(水) 06:48:25
文学というのは、酒のようなもの。 不味い酒も美味い酒もあり、流し込めばしばし現実を忘れ、 俗世から少しだけ足が浮き上がったようになるが、飲み過ぎ注意。 ただ、酒とはちがい、文学では世界中の人が一度に酒宴することが出来る。
111 :
吾輩は名無しである :2005/10/19(水) 07:54:54
ブンガクなんざただのオナニーのゴミなんだよ、トップレベルを除いてはな
112 :
吾輩は名無しである :2005/10/19(水) 08:11:34
オナヌを侮っちゃいかんな
>>109 大部で同意できるんだが
そういう作品にはなかなか巡りあえんね
文学も哲学もオナニーも、のめりこんでる間は気持ちいいのだが、
はまりすぎると社会復帰できなくなるので注意…と書いたら
>>110 が同じこと言ってた。
ま、自然科学とかコンピュータとかも同じだろうけど、こちらは
社会復帰できなくなっちゃった系の人でも一応給料は貰えるというところが違いかね。
>>113 知識や教養に依存して書かれるほど 多分に表面的なおもしろさに傾いて 魂の上を上滑りしがち…
特に現代ではそうゆうものなら多いと思われるが…道徳への意味ある挑戦、だとかはどれだけ書かれてるのか…
たとえば世間から罵倒されかねないような結末など どれだけ書かれてるのだろうか…
作家が常識人だと寂しい
age
117 :
吾輩は名無しである :2005/10/19(水) 18:24:30
まさか、本なんて無い方が良いんじゃないの?
118 :
吾輩は名無しである :2005/10/19(水) 18:56:39
>>なんでそう思うの?
119 :
吾輩は名無しである :2005/10/19(水) 21:17:52
詩は文学なの?
もちろん詩も文学だよ…ただしいわゆる「ポエム」はNGよ
121 :
吾輩は名無しである :2005/10/19(水) 21:42:26
難しいざんすよ。詩とポエムの違いとは?そしてすぐに日が暮れる。
122 :
吾輩は名無しである :2005/10/19(水) 21:51:01
詩は言葉の用法の限界を超えて表現するもの。ポエムは誰かの心を癒したりするために書かれるもの
124 :
吾輩は名無しである :2005/10/19(水) 22:35:25
>>121 言葉の用法を超えて…ってどういうこと?
125 :
吾輩は名無しである :2005/10/19(水) 22:56:52
文学なんてない世界を仮定する。 すると、なんか寂しくない?
>>122 詩が誰かの心を癒したりしたら、世界は破滅だ!
ほんとかよ(藁
127 :
吾輩は名無しである :2005/10/19(水) 23:12:00
文学部を卒業した人の書いたカウンセリングの本が、一番心に沁みる。
所謂ポエムはオナヌ。詩はオナヌではない…
>128 同意。詩は文学の最高位に位置すると思う。
詩を内含しない文学は、文学とはいえない
>>129 >>130 全く同意。以前からそう思ってた…
詩は文学の出発点であったのみならず、常に文学そのもの
133 :
吾輩は名無しである :2005/10/20(木) 02:08:57
>>132 確かに。しかし、詩を定義する試みは、今までさんざん行われてきたが、確定的なものはあるのだろうか?俺にはわからない。
134 :
吾輩は名無しである :2005/10/20(木) 02:17:48
しかしいわゆる「ポエム」が慣例を超えた言葉の使い方を追求しているとは思えん。
135 :
吾輩は名無しである :2005/10/20(木) 02:21:55
>>131 文学そのもの、ではない、文学は多彩で多様、
詩は文学を象徴し、その頂点に位置するもの。
詩は、現物が出てきた時、初めて歴然とわかる。
それ以外のまがいものとか、ポエムとかカッコだけのものは、
全然耀きが違う。言葉の持つ力が、まるっきり
自転車とロケット以上に異なっており、誰の眼にも判然とする。
本物の詩の前では、人は黙するしかない。享受して共振するしかない。
136 :
吾輩は名無しである :2005/10/20(木) 02:31:50
>>135 自転車とロケットか。いいな。それも一つの詩かもしれんな。
137 :
吾輩は名無しである :2005/10/20(木) 02:48:18
131なりよ
>>135 詩は文学の核、と言い換えてはいけないのかな?
>137
そそ。
>>130 で書いたのはそうゆうこと。
ふむふむ、そうだいね〜 文学そのものってのは 主観に陥ってたかもだけど… 詩の定義はむずかしいね〜 散文と比較しようとしても話が進まない気がするし…
140 :
吾輩は名無しである :2005/10/20(木) 03:03:32
詩心(うたごころ)とは?
141 :
吾輩は名無しである :2005/10/20(木) 03:05:42
んなもん詩乱
142 :
吾輩は名無しである :2005/10/20(木) 03:13:47
乱もありだな… 詩情とか詩的って何だろ?? 「詩情豊かに描いた作品」 「詩的表現」とか 関係ないか
143 :
鼎 :2005/10/20(木) 03:25:00
たとえば、誰かの名を呼ぶとき、点呼のような事務的な呼び方と、好きな人に呼び掛けるときでは、違いがあると思う。対象を指示することを主眼とするか、対象を指示することによって自己を表出するかの違い。
144 :
鼎 :2005/10/20(木) 03:27:24
散文的な文と、いわゆる詩的な文との違いはその辺にあるんじゃないでしょうか。
145 :
吾輩は名無しである :2005/10/20(木) 03:31:28
その場合は 呼びかけずにいられない感情の表出といったような? ことば(声)にせずにはいられない魂の軋りのようなものの吐露?
146 :
鼎 :2005/10/20(木) 03:40:19
そうです。散文では話者の表出しようとする意図と、表出されたものに大きな違いはないと思う。でも、人間にはことばが足りない、うまく言い表わせない思いもある、それが詩を求めることにつながるような。
147 :
吾輩は名無しである :2005/10/20(木) 03:40:37
>>143 >>144 たしかに基本はそうだったんでしょうが
それが逆転することもあるように思えます
散文もひと括りにするのはむずかしいでしょう
148 :
鼎 :2005/10/20(木) 03:50:46
147たしかにあの図式を絶対視してしまうと、かえってわかりにくくなってしまいますね。詩的な散文、といういい方が形容矛盾になってしまいます。あくまでとりあえずの出発点程度にとらえるのが無難です。
149 :
吾輩は名無しである :2005/10/20(木) 04:01:17
>>124 遅くなりました。
日常の言葉を使っている限り、惰性化した言葉の決まりの上に成り立つ日常の世界の中で、これまた惰性化した営みを繰り返すだけである。
詩人の意図はこの惰性に揺さぶりをかける。
新鮮な言葉遣いの創り出す意味を日常の世界を超えるための踏台とするわけです。
もちろん詩人の一つの側面です。
150 :
吾輩は名無しである :2005/10/20(木) 04:02:01
そうですね…
>>146 やはり基本としては同意。
でも、散文もことばにならないものを捉えようとする場合もあると思います…
とはいえ詩が特にその性格が強いとは思います
それは 表面的には個人の肉声として示されることにも関係があるでしょうかね?
151 :
鼎 :2005/10/20(木) 04:17:23
個人の肉声、というのは大事なポイントだと思います。散文はやはり、人物を自分も含めて観察している面があると思う。そして、物事を明快にとらえようとする。それが散文の性格でしょう。でも、明快にするということは何かを切り捨てることでもあるわけで。
152 :
吾輩は名無しである :2005/10/20(木) 04:18:28
ここって本当に文学板? 良スレだ
153 :
鼎 :2005/10/20(木) 04:25:25
明快にするためには、149さんのいうように、日常化されたことばを使わなければならない。しかし、それだけでは足りない思いを抱くこともあるわけで。そういうとき、人は自分を見下ろすのではなく、まさしく肉声で語りたいと希求するんじゃないでしょうか。
154 :
鼎 :2005/10/20(木) 04:30:58
ちょっと書き方悪かったかな。僕は149さんを批判しているわけでは全くない。むしろその逆なので念のため。
155 :
吾輩は名無しである :2005/10/20(木) 05:01:04
定義するのはむずかしくて、 法解釈とか判決文などのように条件つきの複雑なものにならざるを得ないでしょうね… まあ言葉が足りないのは事実でしょうけど、 その、ことばにならないものをことばで囲い込んで 浮かび上がらせるようなシゴトが 詩なんではないかと思われ。
>>143 自己表出っつうと吉本隆明を思い出すんだが
鼎さんは意識して書いたのかな
157 :
吾輩は名無しである :2005/10/20(木) 12:00:55
美しい、人のこころを打つ文章を書きたいよ。
158 :
吾輩は名無しである :2005/10/20(木) 13:28:47
書けよ
159 :
吾輩は名無しである :2005/10/20(木) 14:03:02
書けないんだよ。言いたいことを過不足なく書けるようになったのが最近の事。 しかし、文章がいかにも醜い。どうすりゃいいんだよ。
書を捨てるといいよ
161 :
吾輩は名無しである :2005/10/20(木) 14:29:01
詳しく!
162 :
吾輩は名無しである :2005/10/20(木) 14:39:19
>>160 いや、本は読みまくるべきだよ。
読んで、読んで、わけがわからなくなったほうがいい。
163 :
吾輩は名無しである :2005/10/20(木) 14:51:16
文章が醜くなるのが厭なら ほかの何かをいくらか切り捨てなければならないかも…
164 :
吾輩は名無しである :2005/10/20(木) 15:05:23
>>163 読みやすい文章は、濃度が適当であるような塩水のように、
抵抗なく飲み込めます。僕の文章は海水みたいです。なんとかなりませんかorz
添削してもらうのが一番じゃねーの
166 :
吾輩は名無しである :2005/10/20(木) 15:23:37
粘り強く、いろんなヴァリエーションを書いてみて、 それを見比べてみては? 使うことばも、何通りかあるかも知れないと思うし、同じことを言うにはさらに何通りもあるから
167 :
吾輩は名無しである :2005/10/20(木) 17:22:44
>>166 ありがとうございます。早速するようにしてみます。
168 :
吾輩は名無しである :2005/10/20(木) 17:47:09
>>155 さんがいいこと言ってるなぁ。法学部(出身)の方?俺もそうだけど。
「言葉で表現できない世界を表現するのが詩です」、なんてことを誰だか忘れたが、どこかの詩人が言ってた。朔太郎も『月に吠える』の序文に、似たことを書いてた。至言であるように思うよ。
169 :
吾輩は名無しである :2005/10/20(木) 18:08:18
>>168 いいえ、文学部出身です
何を書くか、書くに値するものは何か、何のために書くか、文学は何のためにあるか、
とゆうことになると、
結局は、ことばによって表すのがむずかしいことを追求し捉えるのが しごとのひとつではないかと…
リルケも言ってたかと…特に『形象集』『新詩集』あたりなどに顕著ですよ
170 :
吾輩は名無しである :2005/10/21(金) 15:32:03
自分の書いた文章が理想の文体で書かれているのを満点とする。 すると最初に自分の書いた文章は2、30点だろうか。それから 推敲をする。すると80点ぐらいの文章ができる。これはいかにも 効率が悪い。一息で100点の文章を書く方法はないものか。 それでも個性と感性の限界がどうせ低い所にあるのは明らかなの だから、それ以前に煩わされるのはいかにももったいない。
ちっぽけだね。
172 :
吾輩は名無しである :2005/10/21(金) 16:36:22
>>171 ちっぽけかな。個性はすぐには変えられないし、感性だって変えるには
時間がかかる。しかし文体を読みやすくする程度ならすぐ何とかなると
思ったんだが。
173 :
吾輩は名無しである :2005/10/21(金) 16:50:10
俺は推敲作業好きだな。そもそも文章を書くことが好きなんだと思う。刃を砥石で研ぐように、言葉を鋭く磨き上げられたら素敵だ。俺にとっては無駄なことではないな。
>>172 171,173とは別人だが、
理想の文体…が見えるようならまだ救いがある。が、
元々の感性が鈍ければどうしようもないんだ本当は、と。
それでも
コミュニケーション・ツールとしての文体までは、誰でも書ける、努力次第で。
その努力さえ放棄しておいて、ブンガクとかいわんやゲイジュツとか
云々する方が可笑しい、と。・……いうふうな意味に読んだス。
眼高手低や眼低手低は多いが、眼低手高は絶対にありえない。
希少な眼高酒肴の内の頂点だけをゲージュツと呼ぶ。ちがうかな…
175 :
吾輩は名無しである :2005/10/21(金) 17:12:05
ひとつひとつの文や、その連ね方にこころを砕くのは もの書くひとだけのよろこび… カミュの『ペスト』に登場する、小説を書いてる男を思い出す… 何度も主人公に同じ箇所の書き直しを読ませては意見を求めるのが だんだん滑稽に思えてくるけれど、憎めない…とゆうより いとしくもなった
176 :
吾輩は名無しである :2005/10/21(金) 17:27:52
>>173 だが、
>>174 と
>>175 の話はうなずけたよ。
書いて書いて書いて…いつか辿りつきてぇなぁ。いや、辿りついてやる。
自分の愛する作家の境地に。
ちっぽけじゃない、卑小なんだ。
178 :
吾輩は名無しである :2005/10/21(金) 17:33:29
「理想の文体」って、危険思想だね。
179 :
吾輩は名無しである :2005/10/21(金) 17:35:50
詩人だけど、あのマラルメが何度も書き直したり、自分の才を疑ったりした、なんてエピソード聞くと驚くなぁ 作家でも詩人でもそんな人、ほかにもいるんだろな…
180 :
吾輩は名無しである :2005/10/21(金) 17:39:04
危険なものいいじゃな〜い
181 :
吾輩は名無しである :2005/10/21(金) 17:42:10
「理想な文体」は取り下げます。「価値中立な文体」でどうでせう。
書いた物何か見せてよ
183 :
吾輩は名無しである :2005/10/21(金) 17:50:03
「ちっぽけ」だの「卑小」なんてことを、他人に言うおまえは何なんだ? 真摯に悩む相手に失礼じゃないか?
184 :
吾輩は名無しである :2005/10/21(金) 17:53:32
価値中立て何?
185 :
吾輩は名無しである :2005/10/21(金) 17:53:54
「価値中立な文体」て、役所の文書じゃん。
186 :
吾輩は名無しである :2005/10/21(金) 17:55:48
どんな文章でも 書いた個性の紗がかかってんだから、書いた瞬間から。 「価値」は個性に深く根ざしていて切り離せない、 よって「価値中立」はありえない。
真摯に悩む理想主義者か。
189 :
185=186=187 :2005/10/21(金) 18:01:43
あ、そうか、 だからこそそれを目指して推敲しろってか…orz 逝ってきます。バイバイ
逝く前に
>>188 煽り厨よおまい嫌らしいぞ、便所にこもって傷の手当でもしろ!
いまごろふと思ったんだけど 「価値中立の文体」って 「危険」て言葉に反応して言ったんだと思ったけど さにあらず、 零度のエクリチュールってなことだったのかなぁ…
192 :
吾輩は名無しである :2005/10/21(金) 18:47:01
役人は、感情(感性)も抑えているからああいう文体になるのでは?
193 :
2005年も貧乏で愚かな奴隷である日本人↑ :2005/10/21(金) 19:06:52
2005年も貧乏で愚かな奴隷である日本人
日本人は全体として、自己の民主化に必要な教育に欠けており、さらに真の宗教心にも欠けており、
そのため一方の極端から他方の極端へと揺れやすい。日本人の封建的特徴の一つは、
進んで人に従おうとする性格にあり、日本人はアメリカ人のように自分で考える訓練を受けていない。
例えば労働者の状況を見れば、彼らは自分本位に権利ばかりに注意を集中し、本分と義務について考えていない。
平均的日本人は、自分の親戚はその利益を追求すべき友人とみなし、
他の人間はその利益を考慮するに値しない敵と考えている。
http://zenkyoto68.tripod.com/CourtneyWhitney1.htm 日本人の間には宗教心が欠如している。私は神道を宗教とは考えていない。
それは儀式に過ぎず、合衆国では甚だ過大評価されてきたと考えている。
神道と超国家主義を同一視していた復員兵とその他の者は、しっかりと結びつく傾向を持っているので、依然として危険な面がある。
政府は、信教の自由に関する命令を厳守する立場にあり、
現在彼らを取り締まる手段を持っていないために、こうした状況は危険だ。
神道を奉じる分子とその同調者は反米的なので警戒を要すると考えている。
私にに仕えていた者が恩給の受け取りも現在停止されているので不安を募らせている。
194 :
吾輩は名無しである :2005/10/21(金) 21:44:27
エクリチュールと差異、って何だったっけ…
195 :
吾輩は名無しである :2005/10/21(金) 21:59:32
デリダ?
さあ?知らないな
age
199 :
吾輩は名無しである :2005/10/22(土) 12:26:22
文章を書いて推敲するのと同じ事を頭の中だけでできないものでしょうか???
>文学の価値って何だ? 天上のアイスクリームでR。
201 :
吾輩は名無しである :2005/10/22(土) 14:11:20
>>199 書いたほうが 結局のとこ
効率イイと思うなぁ〜…
じぶんの場合、字面も見たいし…
ちなみに
昔の有名作家の原稿て推敲のあとバリバリだよね…
その真似をしろじゃないけれど
手間は必要じゃないかなあ…
202 :
吾輩は名無しである :2005/10/22(土) 16:03:30
言語開発、がその機能だとむかしは思っていたけどなぁ… いまでは、まだまだ未証明なのですが。
203 :
吾輩は名無しである :2005/10/22(土) 17:07:46
ベートーベンはものすごく推敲をした。その作業の大半は無駄な音を 削り落とす作業だったそうだ。モーツァルトは推敲をあまりしない。 だから何という訳じゃないが。なんとかならんかな。
204 :
吾輩は名無しである :2005/10/22(土) 17:55:30
気持ちはわかるけど モーツァルトにあらざる者がモーツァルトになろうとゆうのは… ベートーベンはベートーベンでファンがいるし… 書いてくうちにある程度はいろんなシステムができあがってくと思う… じぶんのことばを見つけるのが先決なのでは?…
205 :
吾輩は名無しである :2005/10/22(土) 17:59:02
204 ですが 最後のひとことは よけいでした〜 撤回しま
文学に価値などありはしない うたかたのように不安定 定義すらできない 腹のたしにもならない ただもれをひきつけるだけ
207 :
吾輩は名無しである :2005/10/23(日) 00:07:45
だから価値があるんだよ。 おまいさんを引き付けてるんだから。 おれだってそうさ。
208 :
吾輩は名無しである :2005/10/23(日) 00:33:46
充分に魅力的(attractive)だという事だよ。とりわけ文章が書けない人間にはさ。
209 :
死神参上 :2005/10/23(日) 00:43:52
文学に価値などありはしない 文学しかできぬ乞食どもの戯言に過ぎぬ しかし我々はいつ乞食になっても可笑しくはない 乞食にとって唯一の救いは自己肯定の連鎖遊戯であり 乞食ほどの文学者もいないということになる 乞食となる前に言葉に慣れ親しんでおくべし
211 :
吾輩は名無しである :2005/10/23(日) 00:59:34
じぶんは死神さんに近い気もするけど 文学に価値はあると思う… 遊戯であるけれど これほど辛苦を伴う遊戯も珍しく 「経済的」な動物である人間なるものの付加価値であって、知的活動の一端であることは否めない… 人によっては文学が不毛に思えても、それを取り上げられた人間こそ不毛な存在に成り下がる…… と思われてならない…
212 :
死神参上 :2005/10/23(日) 01:20:31
>211 経済的に豊かな乞食もいる。
なぜ古事記にこだわる? 広義では人間=古事記で差し支えないと思うが
214 :
吾輩は名無しである :2005/10/23(日) 01:34:22
なにが「死神参上」だよ。そんなセンスでなに言っても説得力ねぇよ。差別用語まで使ってよ。笑わかそうとしてやってんじゃねぇなら、あんた、かなり年配じゃねぇかい? 笑えんが。
215 :
死神参上 :2005/10/23(日) 01:39:52
俺は68歳ですが 何か?
216 :
吾輩は名無しである :2005/10/23(日) 01:47:11
みなさんすみません
>>212 にニヤリとしてしまった…
文学に価値があるって結論を安易な形では認めたくないだけなんでしょ?
でも
>>206 で認めてたよね?
たしかに皮肉も文学の主要な要素だよね
芸術の意義 真実に出会ったときに、驚いて死なないための準備、みたいなことを 確かニーチェが言ってたな。。。
218 :
死神参上 :2005/10/23(日) 01:56:36
>217 君はニーチェに毒されてるな・・・。 ニーチェの晩年を思い起こすと、どうもニーチェは敬遠したい。
>>217 それすごいピンとくる。
保阪なんたらが、船や飛行機に乗っている時は、海の深さや
地上までの距離は気にならんがいざ沈没、墜落となると
それが圧倒的な問題になる。それが文学だみたいなこと言ってたが
元ネタはニーチェだったのか
…暗い嵐の中にわたしは消えたい 最期の瞬間にわたしは稲妻であり同時に人間でありたい… 、
221 :
死神参上 :2005/10/23(日) 02:08:49
>219 いざ沈没墜落になるまで圧倒的問題にならないオマエのオツムがどうも文学的のようだな。
222 :
吾輩は名無しである :2005/10/23(日) 02:15:58
>>214 ですが、死神さん、私は67才です。失礼しますた、先輩。
>>221 おれじゃなくて、保阪なんたらがな
良く嫁よ
224 :
吾輩は名無しである :2005/10/23(日) 04:23:13
>>223 68才だそうだから、大目に見てやれよ。
225 :
死神参上 :2005/10/23(日) 06:16:56
作戦成功 ィ工〜〜〜〜イ
226 :
吾輩は名無しである :2005/10/23(日) 06:21:58
>>216 そうか、じゃあ、このスレも文学なのか。そうか……。ふんふん。
227 :
死神参上 :2005/10/23(日) 06:23:52
2ちゃんねるは立派な文学です。 多分 一万年後まで読み継がれることでしょう。
228 :
吾輩は名無しである :2005/10/23(日) 06:27:06
絵に書いた餅と 餅の絵
229 :
吾輩は名無しである :2005/10/23(日) 06:29:08
>>226 です。
そっか、文学か……。そっか、あなたは68歳か……。
じゃあ、筒井さんじゃないのか……。あの人71だもんなぁ。
230 :
吾輩は名無しである :2005/10/23(日) 06:58:52
216 だよん 大島渚がちょっとイイこと言ってた 曰く、「ひとが見たがらないものを作るのが芸術なんだよ!」 ひとが見たがるもんばっか書いてんじゃねえええよ とか どっかでつぶやいてるひと いるかな?
にんげんは無価値なものに情熱を持てる、おばかな存在ですね。 生きることに意味なんてない。 生まれたから惰性で生きているだけ。 さびや火と同じで、増殖するように作られているのに 避妊だとか堕胎だとかわけわからんことをするし つるむのになんで結婚せにゃあかんの? などとうちの猫が申しております。
232 :
吾輩は名無しである :2005/10/23(日) 12:54:50
ツマラン
233 :
吾輩は名無しである :2005/10/23(日) 13:30:23
>>231 猫はそんな事言わないよ。
お前がてめえが思ってる事をいやしい方法で他人に見せたがってるだけ。
234 :
吾輩は名無しである :2005/10/23(日) 13:34:11
感性は個性と文章の橋わたし。文章はまず意味を簡潔に伝えなければならない。
236 :
吾輩は名無しである :2005/10/23(日) 15:04:15
そして意味と言うあんこに感性という皮を巻く。
237 :
吾輩は名無しである :2005/10/23(日) 15:16:20
と言うことは、死神は68歳の中学生とゆーことなんだな。 納得。どうりで。
238 :
吾輩は名無しである :2005/10/23(日) 15:18:20
そして個性という粉をまぶす。個性の部分が中学生から成長していないという事か。
239 :
吾輩は名無しである :2005/10/23(日) 16:29:24
文学には何か目的があって、結果として作家の個性がそれに表れるのか、 作家がその個性を表すのが文学の目的なのか、それとも表された個性が 他人の評価に晒される事で磨き上げられている事こそがその目的なのか。
240 :
吾輩は名無しである :2005/10/23(日) 18:10:01
>文学には何か目的があって、結果として作家の個性がそれに表れる これは「癒し」を目的とした「ポエム」が批判されている事から、間違いなのは明らかだ。
今晩は。
一葉2つの問いに対する僕なりの答えは
>>2 にあるのですが、
まぁ結局『美的価値』なんじゃないでしょうか。
言葉の美術ですからね。
今晩は。
一葉2つの問いに対する僕なりの答えは
>>2 にあるのですが、
まぁ結局『美的価値』なんじゃないでしょうか。
言葉の美術ですからね。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー-ーー省エネ委員会
243 :
吾輩は名無しである :2005/10/23(日) 19:38:56
>作家がその個性を表すのが文学の目的なのか これもナルシズム的な「ポエム」として批判されていますね。
244 :
吾輩は名無しである :2005/10/23(日) 19:41:40
文学の目的…T・S・エリオットの考え方を支持するよ 過去からの文学の体系を更新することに資することが、 遅れてやって来た者である現代作家の潜在的二次的な目的なんだ なんてことも思うわけで… 作家個人を表すことが人間世界全体のレベルにつながるようなとき、 その作家は文学を表したことになる
文士とかいうなよ、喜んじゃうから。
247 :
241 :2005/10/23(日) 20:02:45
>245 キチガイはおまえじゃんw
248 :
吾輩は名無しである :2005/10/23(日) 20:17:02
芸術的価値と言ってしまうとそれは変態性欲と同義だから。 それ以前の実用的な価値について集中して考えよう。美とか。
249 :
吾輩は名無しである :2005/10/23(日) 20:45:16
変態性欲を切り捨ててどうするの?お上品でキレイごとばかりの偽善的な文学しか拾わないの?
250 :
吾輩は名無しである :2005/10/23(日) 20:53:13
すでに変態性欲みなぎってると思うが
美、美、美、美とうるさいやつがいるな。
252 :
吾輩は名無しである :2005/10/23(日) 21:13:14
変態性欲は美のアクセントだから。逆かも知らんが。
253 :
吾輩は名無しである :2005/10/23(日) 21:18:16
大介はスレをグダグダにするのが上手いね 真でね
254 :
吾輩は名無しである :2005/10/23(日) 21:57:37
牡鹿は角を岩にこすり付けてオナヌーする。これほど変態性欲の 本質を示した話を他に私は知らない。
角が伸びるのが痒くてかいてるわけ?
痒いとこかくと快感だよね… 角をかく、か……象徴的だ
257 :
死神参上 :2005/10/23(日) 22:11:33
>>230 芸術は芸術にしようとしてできるものではない。
芸術かどうかは蓋し他人が決めるものであり、詰まる所時代が決めるものである。
芸術家は無我夢中でやった結果の称号でしかなく、陶芸家も画家も小説家も詩人も元来乞食であらねばならぬ。
乞食が調子に乗ってはいけない。したがって人間国宝に選ばれた乞食どもは成り上がったさかしら乞食でしかない。
それも極端だなぁ。書生論気味というか。
259 :
死神参上 :2005/10/23(日) 22:22:49
書生で結構メリケンコ
乞食と言えば政治家も商人も本来そうじゃないですか。 働きに応じて──可能な限り公平な──資本の分配が行われるのが経済というもんでしょ。
261 :
死神参上 :2005/10/23(日) 22:32:28
経済システムが芸術を飲み込んでからというもの、 芸術はおのれの名を残すための道具に成り下がった。 皮肉にも乞食を救った経済システムが乞食を滅ぼしたといわざるを得ない。
>>261 果たしてそうでしょうかね。
僕は1000年単位で観たら芸術の本質は不変だと思うけど。
偉大な文学だけが残り、取るに足らぬ戯れ言は時の藻屑となります。
一生単位で眺めると多少そんなのはありますけどね。
でも大昔からあったんじゃないだろうか。
263 :
死神参上 :2005/10/23(日) 23:17:05
芸術に本質などありはしない。
265 :
吾輩は名無しである :2005/10/23(日) 23:56:19
芸術が経済システムに飲み込まれてからって…いつから? アルタミラの洞窟壁画あたりまで遡らなきゃ 古代ローマの詩人なんか皇帝に食わせてもらう身分だったりしたわけでしょ?
死神と大輔だかなんだか、バカ同士の対話って赤面する。 電車でバカなカップルと隣り合ってしまったよう。
267 :
吾輩は名無しである :2005/10/24(月) 01:23:32
と皆さん言ってますが、やっぱり皆さん小説やなんかは書くんですか? その自分の作品は結構なものですか(というかいいものをつくれているんですか)?
別に特にいいもの作れなくても、ばかは見分けがつくんだけどね。
書くとしたって、ポストモダンも昔のこととなった今、いったい何について書けばいいのだ
270 :
吾輩は名無しである :2005/10/24(月) 02:24:11
編集者が時流に乗っていると判断した内容を書けばいいのでは? どうせ美は感性に、人気は個性に帰属する。
271 :
吾輩は名無しである :2005/10/24(月) 02:28:31
>>268 の言いたい事。
なんとか馬鹿は見分けがつくとは思えるんだけど、
自分じゃいいものを作れないんです。ほんとは何も作れないんです、の意。
272 :
吾輩は名無しである :2005/10/24(月) 04:12:12
何を書くか…すなわち、どのように書くか とどのつまりは、どのように書くか
>>272 「何を書くか」と「どのように書くか」の両者には大きな違いがあるぞ。
274 :
死神参上 :2005/10/24(月) 04:49:11
どうでもいいぜそんな事柄ー
275 :
死神参上 :2005/10/24(月) 04:58:15
>>269 何を書けばいいのか気にしてる段階でお子様ランチでも食っとけと思わざるを得ない。
まずどうしようもなく溢れ出て来そうなものを堰き止める一心で無我夢中に書かねばならぬ。
出そうとして出てくるものは推敲によって削り落とされる運命にあるのだからさ。
276 :
吾輩は名無しである :2005/10/24(月) 05:00:38
何を書くかはどのように書くかと常にリンクすると思うけど…
277 :
吾輩は名無しである :2005/10/24(月) 05:00:52
横道にそれますが、死神参上さん。 あなたは何か自身の出版物というのは無いんですか? 小説の類でなくとも、ほら、よく研究員や教授陣が出すようなものでもいいんですが。 因みに私は出しておりません。
278 :
吾輩は名無しである :2005/10/24(月) 05:03:02
どうでもいいわ。 ほっといてくれ。
279 :
吾輩は名無しである :2005/10/24(月) 05:05:13
ほっとけませんよ?
>>276 「How to say」よりも「What to say」なのだよ。
281 :
死神参上 :2005/10/24(月) 05:07:59
>>265 経済システムが高度に複雑化した現代と古代ローマの事情を一緒くたにしているのはどうもいかがわしい考えだと言わざるを得ない。
今は芸術で駄目でも他で食っていけるのが芸術家の衰退を招いた。乞食に戻れと言っているのはそういう意味だわかったか。
282 :
死神参上 :2005/10/24(月) 05:11:11
283 :
吾輩は名無しである :2005/10/24(月) 05:12:24
>>281 そんなもん各個人次第だな。今も昔も。
それを芸術の一般論みたいに言う時点でアウト。
センスなさすぎというか頭悪すぎ。
284 :
吾輩は名無しである :2005/10/24(月) 05:14:16
>>276 「何を書くかはどのように書くかと常にリンクする」、間違っていないと思う。
しかし、どうも文章を追うと、個人の世界観の話になっているように聞こえて仕方ない。
その場合、何を創るかが常にある人と無い人がいるだけである。
議題は時代的に見て、何を創るのかが分からないと言っているのでは?
285 :
死神参上 :2005/10/24(月) 05:17:54
>>283 そんなもん各個人次第だな。
芸術論を頭のよしあしに還元する時点でアウト。
センスなさすぎというか受験優等生崩れというか。
286 :
吾輩は名無しである :2005/10/24(月) 05:19:48
>>285 猿真似してないでちゃんとした反論してみろよw
馬鹿なこと言ってるから“馬鹿”と言われるんだろ。
過去に副業(あるいは元・本業)をしてた芸術家はいないとでも思ってるのか?
287 :
吾輩は名無しである :2005/10/24(月) 05:22:12
>>277 です。
そうですか。それは
>>267 で出て来た、自身の創作(発表はせずとも、個人の
芸術作品)はどうですか?もし何か創っているのなら、自身の評価はどうですか?
どうでもいい場合は、放っておいてください。
288 :
死神参上 :2005/10/24(月) 05:22:19
>>284 時代から遠ざかることなしにその時代はその作品に反映しない。
時代的に見る必要が何故あるのかが疑問。
289 :
吾輩は名無しである :2005/10/24(月) 05:24:30
参上が若く見えるのはおれだけか?
290 :
吾輩は名無しである :2005/10/24(月) 05:25:48
>>289 中卒の17歳前後ってとこだろ。
これで20歳超えてたらだいぶ……だよ。
291 :
死神参上 :2005/10/24(月) 05:26:21
俺は30年間ホームレスをしてましたが、そこでの体験を生まれて初めて買った憧れの大学ノーtに記しました。 それが創作と言えるならそれがそうです。 自分自身の評価は正直恥ずかしくて二度と読めないものに仕上がっております。
292 :
吾輩は名無しである :2005/10/24(月) 05:43:48
どのように書くか… 大雑把だけど、『源氏物語』の文体と『平家物語』の文体は交換できないよね?
293 :
吾輩は名無しである :2005/10/24(月) 05:48:49
>>291 立派な創作だと思います。
裕福さに溢れ、半ば貧困に飢え、数年前であれば強制的に死へと向かった若者が
出来なかった事を、今では誰もが少しの時間と引き換えに手にする事が出来る。
自分には何かあるんじゃないか。自分は自分であるのだからと、心の中では
ただひたすらに自尊心が揺らぐ事なく、それでいて滾る時代の空気も知らず都会の
歩道橋、あるいはスロープにへばりこみ、自分の出来得るだけの、それのみのモノで
人の前に立ち我ここに、と怒鳴る、あるいはぼそっと口を緩める。皆それでいて、
自身に不安と恐れと疑念を抱き、(そういった欺瞞等は、誰もが持ち得ているものだけれど、)
そうしつつも、先人を拝顔することなく時間を湯水と使う。そのやるせない強さ。
そういったものが多い中、そういった経験を書きとめたものを私は腹の底から読みたい。
私も何やらと作っているけれど、「正直」なものはまだ手に出来てはいません。
まあ、無理でしょうが、その大学ノートを読みたいと思った。
いやしかし、今の若者はいけないと言うのではなくて、尊敬できるようなしっかりとした、
見ているだけで羨ましくなる若者にも会った事はあります。
ただ、そういった傾向は少なからずともいつの時代にもあるものだし、自分の中にそれを
また見つけさせられたという事が言いたかったのです。
294 :
死神参上 :2005/10/24(月) 05:50:12
まずどうしても書かねばならぬものがある。 それをどう書くかを考えさせるのは時代です。 時代から遠ざかるというのはつまりどう書くか、から遠ざかることに他ならない。 つまり、どう書くかから遠ざかる過程でおいて初めて掴めるものがどうしても書かねばならぬものです。
295 :
吾輩は名無しである :2005/10/24(月) 06:03:52
たとえば『源氏物語』の文体に価値を見出すのは誤りですか?
『どうしても書かねばならぬもの』はもうすでに過去に書かれてしまっている、とは思えない?
297 :
吾輩は名無しである :2005/10/24(月) 06:09:43
あと
>>294 に論理的な破綻を見た気がするのですが…
「まずどうしても書かねばならぬもの」があるんですよね?
それが「時代から離れる過程で初めてどうしても書かねばならぬもの」が見えてくる、とは?
最初とまたのちに2回、つまり別様に見えることになるのですか?
298 :
死神参上 :2005/10/24(月) 06:10:03
299 :
死神参上 :2005/10/24(月) 06:15:49
>>297 言いたいことは大体分かりましたが、
【どうしても書かねばならぬもの】は【書かれたもの】とはまた別様なのがむしろ当然です。
最初の【どうしても書かねばならぬもの】はまだ掴めていない何かです。
【どう書くか】から遠ざかることでしか見えてこないはずのその何かは、
実際に書かれたものとは一対一写像にはならないのが普通です。
300 :
吾輩は名無しである :2005/10/24(月) 06:19:52
>>297 先の「まずどうしても書かねばならぬもの」はテーマであって、
それに向かう過程を後述しているのではないだろうか?
それが全てでないにしろ、映画にしろ何にしろ、
そう捉えて反するものは特にないように思える。
301 :
吾輩は名無しである :2005/10/24(月) 06:26:30
書くものがなければ自分に還ればいい。それが若さの特権だ。 クラプトンも妻への愛を歌っている(笑)。
302 :
吾輩は名無しである :2005/10/24(月) 06:26:57
>>299 『どうしても書かねばならぬもの』は 実際に書かれたものとは変わってしまう…それはどのように書くかの問題が介在してるからでもあるのではないですか?
そうとしか思えないのですが…
なぜ どのように書くかから離れねばならないのかも合点がいきません…
303 :
死神参上 :2005/10/24(月) 06:29:11
ついに掴んだ思い、書く。しかし書かれたものは別様だった。 恐らくこの繰り返しの歴史が芸術の歴史であったに相違ない。 その作品の評価は時代によって変わり、様々な勝手な評価をする。 作者と評論家の意見が異なるのもそれが原因であり、また先の別様さが評論家を産む。 芸術に本質がないと言ったのはそういうことである。これがあの独特のもがき苦しむ芸術家らしい顔を作るに違いない。
どうしても書かねばならぬものがまだあるとした場合、 時代の文脈にまったく無縁な訳がない。 恥ずかしくも『炭坑のカナリア』にならざるをえない。 あとその『何か』とやらは表現されなきゃ『何か』のままで、 特権的でもなんでもなく誰でも抱えているものと思われるが。 その時々の時代が要請するブームやら方法やら思考パターンに 拘束されたくないっていうのは分かるが。
305 :
死神参上 :2005/10/24(月) 06:39:27
>>302 そう思うのならば恐らくあなた独特の芸術論も期待できる。
過去膨大な芸術論を人間は作ってきましたが、どれも芸術の本質を捉えることに成功していません。
まず圧倒的な芸術的感動がある限り、私の中では芸術は否定できない。
これは到底一般化できないしまた一般化できない故に正確に伝えることができぬ。
芸術は各個人次第で決まる。芸術論も人それぞれ。
306 :
吾輩は名無しである :2005/10/24(月) 06:44:11
たしかにいくらかイメージがなければ、どのように…の話は始まらないでしょうね 最初に言ったのはそれだったつもりです 何を書くかはどのように書くかだ、と。 でも、書いてるうちに、文体さがしに主眼が移ってしまった… けれど、苦労した末にですが、いったんじぶんの書きたい文章がつくれるようになったら、常に何を書くかとどのように書くかがいっしょにやってくるんです
307 :
吾輩は名無しである :2005/10/24(月) 06:59:03
そのような芸術的感動の形態が現実の世界の中で どのように息づき、また組み込まれ、利用されているか? を考える方が文学的な主題かも知れないよ
308 :
死神参上 :2005/10/24(月) 07:01:35
それは社会学的問題だな。 また現実の世界に組み込まれ利用されるているような受動的芸術的感動は偽物です。
309 :
死神参上 :2005/10/24(月) 07:05:16
現代の華やかな商業主義のなかでまことしやかに花咲く芸術らしいものは 確かに組み込まれ仕組まれ利用しているものでありましょう。 私が批判しているのはまさにここです。 そもそも芸術家はそのようなものから対立すべき人間のはずです。 今は乞食のなかにしか真の芸術家はいないと言っても過言ではないとさえ思われる。
310 :
吾輩は名無しである :2005/10/24(月) 07:05:30
社会に対して正しく振舞うとそれでよい文章が書けるというものでもない。 何か楽をしようとしている感じなんだよな・・・
311 :
吾輩は名無しである :2005/10/24(月) 07:09:08
>>300 さんにも…映画で言えばトリュフォーはトリュフォーの撮り方作り方をしたし、リドリー・スコットはリドリー・スコットの映像を作りますよね
ほんとにただ何をつくるか、何を書くかだけを追えばいいのか、疑問は残ります
312 :
吾輩は名無しである :2005/10/24(月) 07:15:01
感動ってあるものに対して感覚を動かされるんだから受動的なもんだよ ところで乞食、乞食ってジュネが好きなのか?
313 :
吾輩は名無しである :2005/10/24(月) 07:17:33
ジュネは泥棒でしょう
314 :
死神参上 :2005/10/24(月) 07:20:26
>>312 ちゃんと読んでますかぁ?
何に対して心が動かされるのかが問題なんだよ。
社会に利用されているようなものに【心を動かされる】か、
時代から抵抗し、批判し、時にはそこから抜け出そうとしたものに【心を動かされる】かだ。
前者は偽物後者は本物だと私は考えている。
315 :
死神参上 :2005/10/24(月) 07:22:59
乞食に拘っているのは俺が元乞食だからだ文句あるか?
316 :
吾輩は名無しである :2005/10/24(月) 07:29:01
まあまあ、喧嘩腰はあまり生産的じゃないですよ 読み落としたか忘れてるのなら申し訳ないですけど、 なぜ乞食が正しいんですかい??
317 :
死神参上 :2005/10/24(月) 07:33:27
いや、拘っているだけだ。何が正しいかどうかを気にしている時点で芸術センス0だといわざるを得ない。 芸術家はこれまで、善悪の彼岸に立ってきた伝統を考え合わせるならばの話だがな。
318 :
死神参上 :2005/10/24(月) 07:36:15
あと臭いといろいろと見えてくるものがある。
319 :
吾輩は名無しである :2005/10/24(月) 07:36:16
芸術センスだけで乞食優越論を展開してたんですか?
320 :
吾輩は名無しである :2005/10/24(月) 07:40:47
一定のニオイに麻痺した鼻ではほかの匂いが性格に受容できますまい けれど豊かな嗅覚も芸術家には必要なのでは?
321 :
死神参上 :2005/10/24(月) 07:41:34
俺の偽者が現れたようなので、この辺で。
322 :
吾輩は名無しである :2005/10/24(月) 07:42:10
323 :
吾輩は名無しである :2005/10/24(月) 07:45:52
>>321 キャップ付けれ。
書きたいものに鋭敏に反応する豊かな文体を身に付けたいものよ。
そうやって、書きたいものが降りて来るのを待つと良いんだろうな。
324 :
吾輩は名無しである :2005/10/24(月) 08:00:29
ほんとは書きたいものがあるのに逡巡してるだけってことはない? 書くのが億劫で… でもいろいろ文章書いてたら何書きたいかがついてくる… どのように書きたいかを意識しながらでなければ何書きたいかなんて見えてこないのさ
325 :
吾輩は名無しである :2005/10/24(月) 08:00:47
>>311 さん。
>>300 であり
>>293 です。
すいません、風呂で本読んでました……。
「ほんとにただ何をつくるか、何を書くかだけを追えばいいのか」、そうですね。
自分も全くそう思います。迷います。ですがやはり私は簡単な人間ですから、
正論(歌であれば、「ヒットチャートじゃないだろう」という、アリフレタものです)
を謳いつつ、それも時に簡単に折れ、他人が求める、自分に無いものを使いたくもなります。
しかしこの自分に無いモノは、決して唾棄すべきものでもなく自分が求めている
部分でもありますから難しく、また面白いものです。
326 :
吾輩は名無しである :2005/10/24(月) 08:10:59
>>325 そうなんですか…
なるほど、自分にないものを求める、ですか…
思い出しました
いちばん最初にあこがれた作家の文章が じぶんの書きたいものにふさわしくないので、それに近づくのを将来にまわしたことを…
327 :
吾輩は名無しである :2005/10/24(月) 08:23:54
>>326 >>325 です。
ん? 少し、問いかけと私の答えがずれているようでした。すみません。
もっと質の違う事を言われているようだが、うまく把握できない。
私は自分が魅了された世界にリンクする自分の細胞に、オリジナルを感じています。
もちろんそれが全てではなく、特に数学的に考えているわけでもありません。
しかしこの世は実に上手く出来ており、全ては数学的に変換できるようにも思うわけです。
しかし、「そうではない」のではないか?ということを仰ってるのですか?
私は「そうではない」と思います。
328 :
吾輩は名無しである :2005/10/24(月) 08:42:32
>>325 の自分にないものとは? 結局、自分の中にあるものですか?
329 :
吾輩は名無しである :2005/10/24(月) 09:02:06
あ、自分のものでないものは自分の中にないってことですね よくわかりません… でも雑多なじぶんの中の諸々の価値からたとえば書くことに必要なものを掘り出して さらに削ることのように思うだけです
330 :
吾輩は名無しである :2005/10/24(月) 09:57:46
何を書くかと、どう書くかと、書くことをどう掘り起こすか、だが。。。 どう書くかを最優先すると「テクニカルで愛情に欠ける」と評される。
331 :
吾輩は名無しである :2005/10/24(月) 11:15:56
何を書くかでしくじると、「女が書けていない」などと批評される。
332 :
吾輩は名無しである :2005/10/24(月) 11:37:47
そして批評を受け入れて文体を先に整えようとすると、 「エッセー教室の生徒が書いたような文章」になってしまう。
What to write?よりもHow to write?を重視したのはガートルード・スタイン もちろんヘミングウェイはその影響を強く受けている フォークナーを読んでもわかるように、モダニズム以降の文学は What to write?という疑問はHow to write?に直結せざるをえなくなっている
334 :
吾輩は名無しである :2005/10/24(月) 12:10:54
そもそも書くことが何も掘り出せない人は、彫刻を作るのに大理石が 手に入らないようなもので、何も始める事ができない。大理石があっても、 削り過ぎては何も残らない。
今日は。 僕は芸術の本質とは「不変性」、つまり「個人と普遍との関係」だと思います! だってあらゆる芸術はこの関係を表したものですからね。 ただ関係の多様さがそれを覆い隠す現象になるだけではないか。 従って芸術の最美なる価値とは、この不変性を可能な限り「純粋に表現」したもの ということになると思う。現象の可変性を省き、本質的不平性を抽象したもの。 そうすることで我々は自分自身の宇宙(普遍、時空)との関係に想いを馳せ、 その本来的な美に感動するのです。
336 :
吾輩は名無しである :2005/10/24(月) 12:43:44
>>335 こんにちは。文学を
1)心を対象として描く
2)心を描くのに適した手法で描く
3)物を対象にして描く
4)物を対象にするのに適した手法で描く
と分類すると、3)を最も重視する立場と言えますか?
芸術創作というのはかなり高度な活動だと思う。 それは戦時中まぁ真っ先に省かれる活動であることからも分かります。 言い換えると精神的贅沢の仕方なのですね。 だから、芸術家は乞食でなければならぬ、という死に神さんの考えには僕は反対です。 『腹八分目でうたを詠む』 という自作の諺があるんですがw 本当にその通りだと思う。 実際、飢餓状態では生体維持で精一杯で、文学を造る余裕なんてどこにもありませんよ。 ギリシャの聖人達が論理を発達させ、ルネサンスの万能人達が人間復興に力を注げたのはすべて、 衣食住の必要が確保されていたからですよね。
338 :
吾輩は名無しである :2005/10/24(月) 12:48:34
当面の課題は「価値」という言葉の意味を コンセンサスとることだね。 じゃないといつまでもただの井戸端だよ。
>>336 今日は。
うーんそうですね。
「何を描くかは問題ではない」
という第5の立場だと思いますw
敢えて云えば、『対象を描かない』ことが究極の芸術だろう、という思想は持ってますよ。
時空間は対象ではなく、『関係』なのですから。
そして宇宙(普遍)より美しいものはないと信じています。
340 :
吾輩は名無しである :2005/10/24(月) 12:51:22
>>338 「作者にとっての価値」「読者にとっての価値」「多分野へ与える価値」
ぐらいが考えられそうですが、比率を与えるとするとどうなるでしょうね?
341 :
吾輩は名無しである :2005/10/24(月) 12:52:19
あと「芸術」だね。朗読を芸術と言うのはたやすいが エクリチュールはそうはいかない。
私が思うに、価値というのはここでは芸術的価値のことに絞るべきなんじゃないでしょうか。 どうしてかと云いますと、ここは文学板でありまして、政治板でも経済板でも宗教板でもないからですw
というか、猛烈に哲学板という感じがしてきた。
344 :
(OTO) :2005/10/24(月) 13:00:51
>>340 たとえば「作者にとっての価値」「読者にとっての価値」は
生活史を前提した個人的価値(いわゆるプライスレスだね)
の場合もあるし、作者・読者それぞれの個人に対する
共同体内での共通する価値観に基づくなんらかの影響、
という受け取りかたもできる。
「多分野へ与える価値」では「分野」が示す具体的領域が
あいまいにすぎる。
難しいねw。
345 :
吾輩は名無しである :2005/10/24(月) 13:03:37
>>344 まあ、「作者への価値」30%、「読者への価値」60%、
他分野への価値、10%未満、という感じの表記になるんでしょうね。
芸術至上主義の人は、「作者への価値」100%、という事になるんでしょうが。
>>345 その数字ってw
まあ、あんまりそこ考え過ぎると哲学板だよね。
すまん、失礼した。
347 :
吾輩は名無しである :2005/10/24(月) 13:13:00
考えちゃだめですよ。感じなきゃw
単に芸術的価値に注目して観察するなら、 作者にとっての価値は至高、 鑑賞者にとっての価値は人それぞれ というお話じゃないでしょうか。 芸術的価値が比較不可能である限り、私は点数化はできないと思います。
349 :
吾輩は名無しである :2005/10/24(月) 13:17:20
>>348 でもまぁ近似として、作者にとって99%、読者にとって0.1〜0.8%
ぐらいとは言えませんか?
350 :
吾輩は名無しである :2005/10/24(月) 14:24:31
ああ。そういう訳じゃないのね。そもそも価値を共有する為に書いているかと思っていたよ。スマソ
>>337 このレスで驚くのは「乞食」という単語の理解の仕方が
ものすごーく単純であることだな。
普通こういう議論するような場では、レオナルドも乞食だよ、
という「乞食」解釈は、前提だと思うんだが。
そうじゃない人がよくこういう議論するなあ。いや、嫌みではなく。
日本語母国語じゃない人か?
もちろん、上のレスは「乞食」一語に限ったことではなくて いってるんだけど。バカの単語理解力だと、さぞ「議論」は単純で 楽しい算数に見えることだろうな。
353 :
吾輩は名無しである :2005/10/24(月) 15:26:16
あらゆる概念の中に「肯定」と「否定」の要素を見る、というのは 中国人に多い発想らしい。中国人in日本、だね。
354 :
吾輩は名無しである :2005/10/24(月) 15:47:38
乞食の概念が曖昧
355 :
吾輩は名無しである :2005/10/24(月) 15:50:57
その「乞食」が英訳したとき同じニュアンスで伝えられるのか?
まあ、そういう単純な言語感覚の 人間が、議論はともかく、まともな「文学作品」 を書くことはないな。 単純な感覚からは、作品作る必然性は生じないからね。
ま、大介君は、議論したがる前に、周りの人とはなしたり、 本を読んだりする中でもっと言語感覚を磨いたほうがいいよってことだ。
356、357は352からの続き。 間の人たちごめんなさい。
359 :
吾輩は名無しである :2005/10/24(月) 15:59:09
それは言えるかもだが質問に答えてほしいもんだ 時代で言葉の意味は変わるから
360 :
吾輩は名無しである :2005/10/24(月) 16:14:44
rich man,poor man,begger man,thief という恋占いがあるな。
>>359 質問ってのは「英訳」の話のこと?
逐語訳で十分でしょ。だって文脈から分かるからね。
どこの国の言葉使っていても、単語の意味を重層的に分かってる人間か
そうでないかは、文章全体から判断できる。どの国でも、
言葉に敏感なのとそうじゃないのがいるってことを、本読む人間なら
知っているからね。普通(そうじゃないやつもいるようだが)。
訳そうとあえてしなくても、正確な訳なら読み取れる。
つーか、それが翻訳ものを読む醍醐味じゃないの?
それって日本語ものでも同じで テキストは正確であればいいんだよ。読めるから。
363 :
吾輩は名無しである :2005/10/24(月) 16:35:44
>>359 だけど
質問が愚問だったと言うべきか…
文脈によって……ことばは変質する、と言っていいかな…
ニュアンスは周辺の語によって変質するんだね…
曖昧なのもムリはないわけだ
どれがだれかわからん。「言語感覚」の人は捨てハン付けてオネガイ
365 :
吾輩は名無しである :2005/10/24(月) 16:40:10
ただコンテクストを正確に捉えるしかないわけで、乞食一語をとらえてしまうと元の文が言わんとしてたことが霞んじゃう…
366 :
寺山ケンタウルス :2005/10/24(月) 16:40:12
>361 すでに貴君は立派な芸術論が書けそうだ。ひとつお聞かせ願いたい。 お題はそちらでご用意くだされ。
別に自分の論はないよ。ただ大介はもっと 自分の身近なものをよく味わったほうがいいんじゃないかと思っただけ。 例えば同級生の女の子としゃべってみて、理由もなく嫌われたとか、 そういう経験を反芻するところからはじめるべきで、議論に逃げちゃ いけないんじゃないの、ということが言いたいだけだ。
368 :
吾輩は名無しである :2005/10/24(月) 16:59:47
翻訳物を読む醍醐味……たしかにね 翻訳も、文脈中心でなきゃ成り立ち得ない……混乱を招くね
で、そういう経験があって議論してる人と そういうのなしに、議論したくてしてるだけの子供と レス見ると一目瞭然なんだよ。そのへんに羞恥心を持ってもらいたい。
370 :
吾輩は名無しである :2005/10/24(月) 17:02:16
>364 自分がまずステハン付ければ? 「A」とか、 次の人「B]とか「C]とか。流れてる時は発言が見えないよ
議論したくてしてるだけの子供に羞恥心を期待するバカもいるし…
372 :
吾輩は名無しである :2005/10/24(月) 17:08:10
ステハンつけたほうがイイの? じゃ、ステファンにしよ
>>371 と、自分はそうではないといいたげな子供が一人。
374 :
寺山ケンタウルス :2005/10/24(月) 17:26:03
敵ながらあっぱれ
翻訳は原書にインスパイアされた別物。 だから、いいものもあればわるいものもある。 基本的に翻訳は文学作品ではない。w 原作→変換ロジック→翻訳 変換ロジックは今後益々優秀になっていくけれど、 人間はどういう選択をするんだろうか。 DQNでも人間の翻訳したものか、 機械的な、平均的な翻訳か。 遺伝子は解明できた。 歩行ロボットもできた。 チェスは人間に勝てるようになった。 たぶん、将棋も追いつくだろう。 ひょっとしたら、文学もそうなるかも。
>375 幸せな子供が一人・・・。
>>375 なるほど…
>>368 で翻訳物の醍醐味の話に同意したのは、
あくまで原作を読むことをイメージしたからだけどね
基本的に翻訳物は文学作品ではない…
詩では決定的
378 :
寺山ケンタウルス :2005/10/24(月) 17:49:21
そのうち優生学にもとづき、DQNは滅びます。 DQN文学や路上文学も姿を消します。 DQNのぽこちんに未来はない。
翻訳された詩が文学じゃないかどうかは、判定が難しいと思うね。 実際、名訳が多々あるわけですからね。
380 :
吾輩は名無しである :2005/10/24(月) 18:00:00
翻訳も創造、批評も創造、「再創造」と言い分ける必要もないんでしょう。
読むやつがばかだとどれも意味がないしね。 その点で書かれたものは全て同等。
382 :
うんこくえ :2005/10/24(月) 18:08:04
創造とは論理を超越した何かだ
383 :
ステファン :2005/10/24(月) 18:26:53
たしかに、詩でいい訳、好きな訳、優れた訳あるね… だけど 韻が死んでしまうのが…… 韻やリズムを伝えられないって意味では詩から命を奪ってると言わざるを得ない…… でももちろん、詩そのものを紹介してくれてることには 計り知れない意味があるね
384 :
吾輩は名無しである :2005/10/24(月) 18:48:21
詩の意味は(だいたい)翻訳可、形式は翻訳不可、創造はその間の領域で働く、という事かね?
385 :
うんこくえ :2005/10/24(月) 18:55:44
>384どう転んでもそうだとしか言い様がない
386 :
ステファン :2005/10/24(月) 19:07:04
『源氏物語』の現代語訳は創作?パロディー?
>>384 創造と模倣の境ってのは永遠のテーマだな。
源氏にあてはめると
意味はどの翻訳でも把握できるが
とうぜん古文だから現代文じゃない
じゃあ例えば与謝野訳はっていうと、
創作でもないし、パロディでもない。ただの翻訳。
創造性が感じられるからといって、源氏が与謝野作とは言わないな。
与謝野源氏とか言うけれど、創造じゃないと思う。
なるほど……源氏物語って、もしかしたら 元が強烈だから、翻訳云々の話でも特例と考えるべきなのかな?
横槍だけど、ある言語から別の言語への翻訳が可能なのは、 最大公約数的に意味が共有されうるからではなく、 あらゆる言語が、言語化され得ぬ無限の闇を共有しているためだと思う。 芸術の形式も意味も、その闇への畏れや苛立ちなくしてはありえないんじゃないか。 「犬」から「dog」への翻訳が可能なのは、その二つの単語の指向対象が一致するから ではなく、両者がそれぞれ、犬ならざるもの、dogならざるものの宇宙大の領域を 漠然としてであれ、身に纏っているからではないのか。 そして、全ての創造は、この渦巻く不可視の領域から生まれるんじゃないだろうか。
390 :
吾輩は名無しである :2005/10/24(月) 20:45:58
芸術はジレンマか……
391 :
ステファン :2005/10/24(月) 20:59:42
>>389 ん〜…それはそうかな…そうだとしたら、連想も含めると、複雑になるね…
でも注を付せば済むことかな…「西洋では犬を悪魔の使いとする考え方がある」みたいに…
ベンヤミン
>>389 きみきみ、価値らしきものをでっち上げようとしているときに
カオスにしてしまうとはなにごとだ、あ〜ん?(笑
>>392 既製品で安く上げようとしているヤシもいるし…
こういうやつ
>>393 って日常生活でどうなんだろうと
考えずにはいられない。飲み屋で後ろの席のやつに
いきなり殴られたりしない? それとも普段は大人しいの?
ここはベンヤミンより高級な議論をしているのか、なるほどねぇ
自分が一番偉いと思ってなきゃ、文学なんて出来ないそうだよ。
>>394 普段は臆病で何も言えないから、
こういう場所で横柄な態度になるんだと思いますよ。
書く必要ないかもだけど 「いづれの御時にか。女御・更衣、あまたさぶらひ給ひけるなかに、 いと、やむごとなき際にはあらぬが、すぐれて時めき給ふ、ありけり。…」 この音の輝き…これはほかの言葉に置換できないねw みごとなまでに音色豊かなのに、 やわらかな感触… もちろんこれだけが文学じゃないけどねw
400 :
吾輩は名無しである :2005/10/24(月) 23:08:28
翻訳と言うのは高々意味を伝えるもので、表現については 翻訳者が創造する部分によるという事なんでしょう。 原文の表現は原文の創造者が創造したもので、それが 独自でかつ価値が高いからこそ翻訳されるのでしょう。 ここにすこしジレンマがありますね。
>>396 本当に自分が一番偉いと思っている人なら、
そうそう不愉快な口調にならないもんだと思うよ。
自信とはそういうものだ。
で、文学の価値って何よ?
404 :
吾輩は名無しである :2005/10/24(月) 23:48:44
魅力的な物語は皆「神話」という元型を踏襲している、とユング心理学は主張しています。
どうも内容の話にならないね。
さて、文学のことは、個人的には神様のように感じてるよ 素直にそこから出発すれば、文学の価値とは 信仰心のあるひとにとっての宗教のような価値を持ってると言える
文学理論について
内容はどうでもいいよね。形式は個性と言語との調和で自ずと定まるよね。 で、間の部分に創造が関わるというんだけど、どうすりゃいいのかね。 上のほうで >創造とは論理を超越した何かだ という人がいたが、あたしにはさっぱりだよ。
>内容はどうでもいいよね。形式は個性と言語との調和で自ずと定まるよね。 >で、間の部分に創造が関わるというんだけど、どうすりゃいいのかね。 これも十分さっぱりだよ
>>410 病気なんですよ。ええとね。「文章の内容は、売りたければ有名な物語の
モチーフを改変するし、題材がなければ身の回りから探して私小説をかく
し、要するにいくらでもあるからどうでもいいですよね。文章の形式的な
部分は、使う言語と文学の形式、つまり詩であるとか散文であるとかの
範囲で、語の連想など個人に固有の部分とのバランス・調和で大体決まる
と考えていいですよね。だから次第にしか上達しないのでコツコツ練習
するしかない。ですが、そういうランダムであったり規則性をもって
いたりする部分の間に、偶有性を持つ部分があり、その領域で創造性が
発揮されるんだそうです。しかしこれだけではわからないので、どう
すればいいんですかね」という感じです。本当にすみません。
文学理論なら 前に出てたけど、文学は詩に始まり 詩に終わる… 音声も含めた、言語を素材とした芸術であるが、 行き着くところは言語が単なる素材ではなくて、文学の対象なのではないかとゆう、一見、文学理論から逸脱してるかの問題。 が、文学とはそも、ことば同様、時代ごとに消費され、また消耗するものなので、刷新される必要が生じてくるのは必定。 要は、時代のことばを鋭く捉えることこそ文学の使命の中心だと思われる こんなとこかな…
炭鉱のカナリア論はもうウンザリです
あら
>>404 文学はメタ物語だよ。魅力的な物語をバカにするとこに
文学の価値がある。別にこれは常識では。
416 :
吾輩は名無しである :2005/10/25(火) 03:24:37
文学の価値を論理に求めるのがそもそもの間違いだ。 人間の日常にとって感情も重要な意味をしめしており、文学は主にその感情を対象としたものだ。 なのに、論理に答えをもとめるから曖昧な議論になるんだ。
まあ議論って曖昧なものだよね。それが楽しいのでは?
418 :
森マン :2005/10/25(火) 08:17:50
>>415 世間の常識を覆さずして文学に価値は生まれ得ない。
文学論に常識を持ち出してくるとはとんだパンピーだ。
419 :
吾輩は名無しである :2005/10/25(火) 10:54:53
>>413 「炭鉱のカナリア」とはどういう事でしょう?
・従来の言語や文学の形式を超えた表現を探り、
場合によっては意味が通じないという危険に出会う。
・従来は表出されなかった人間の内面の表現を探り、
場合によっては周囲から社会通念に反すると判断
されるという危険に出会う。
のいずれか、または両方か、なのでしょうか。
そしてそれやそれらに誰がどの程度、肯定的
または否定的なのでしょうか。すみません、よければ教えて下さい。
420 :
吾輩は名無しである :2005/10/25(火) 11:04:59
炭鉱のカナリア・・・労働者の賛歌鎮魂歌
421 :
東京帝国義塾塾長森之宮のサンタさん :2005/10/25(火) 11:40:04
>>419 >・従来の言語や文学の形式を超えた表現を探り、
>場合によっては意味が通じないという危険に出会う。
この危険性は常に回避されてしかるべきであると存します。
>・従来は表出されなかった人間の内面の表現を探り、
>場合によっては周囲から社会通念に反すると判断
>されるという危険に出会う。
これも作家の身の安全上、常に回避されてしかるべきであると存じます。
作家の秘密は墓場まで
これは作家達の間では常識になっているようでございます。
炭坑のカナリヤってそんなたいそうな話じゃないと思うが。
424 :
東京帝国義塾塾長森之宮のサンタさん :2005/10/25(火) 11:58:09
>423 覆せた常識は全て既知だったとは言えまい。
常識常識うるせーな 議論するならまず定義しろ 空虚な言葉遊びしたいなら広告の裏にでも書いてろ
426 :
東京帝国義塾塾長森之宮のサンタさん :2005/10/25(火) 12:08:56
え?
この場合、サンタさんが文学寄りで哲学寄りの人が反論しているのか、 それともその逆なのかだけでも誰か教えてクレ。。。
428 :
425 :2005/10/25(火) 12:14:12
俺は第三者 「常識」について双方の理解が食い違っているならば議論にならない 議論をするならば双方がまず自分の「常識」に対する理解を明らかにしなければならない そんな基本的なことに文学も哲学もない
429 :
東京帝国義塾塾長森之宮のサンタさん :2005/10/25(火) 12:16:19
そんな糞真面目な奴に文学を語る資格はない。 うせろ。
頭が破裂しそうだorz メモ: 数学と哲学は定義を重視する。一方で文学には純文学が、 数学には純粋数学があるが、哲学には純哲学・純粋哲学共にない。
431 :
東京帝国義塾塾長森之宮のサンタさん :2005/10/25(火) 12:30:32
ないということもない
432 :
吾輩は名無しである :2005/10/25(火) 12:34:13
>>425 は高校の数学やってないか、ただ逃げてるように見える。
433 :
東京帝国義塾塾長森之宮のサンタさん :2005/10/25(火) 12:47:31
どうでもいいぜそんな事柄ー
434 :
吾輩は名無しである :2005/10/25(火) 13:07:13
天道【起業家】やりたい放題、モテモテ、年収億〜♪ ------------------(勇気と運の壁)----- 王道【自営・自由業】カネも自由も、年収3千 ------------------(知恵の壁)--------- 人道【正社員】贅沢に縁なし、退屈、年収千 ↑人 ====================(能力の壁)============== 餓鬼道【フリータ】立場弱く不安、年収3百 ↓畜 ------------------(忍の壁)----------- 畜生道【ニート・ヒキ】スネかじり、軽蔑、無収 ------------------(親の壁)----------- 地獄道【ホムレス・犯罪者】親の死んだ畜生
二番目は修羅だろ。それに六道のうち、人が属するのは人だけだ。
さっき「常識」と書いて去った。戻ってきたら なんか盛り上がっている。議論好きって変な人種だね。
「常識」さんは常識という捨てハンを、「定義」さんは定義さんという捨てハンを 付けてください。お願いします。いやいいです。どうもすみません。
文学って社会に貢献できるの?
439 :
吾輩は名無しである :2005/10/25(火) 13:51:25
社会から自分を引き剥がして一息つくのに役立つとおもわれます。 それがまわりまわって社会を円滑に動かす燃料になっているとおもわれます。
440 :
吾輩は名無しである :2005/10/25(火) 13:51:53
>>434 文学はこの構造を逆転させて初めて価値が生まれます。
年取ったヤシでもできるオナニー
442 :
吾輩は名無しである :2005/10/25(火) 14:02:53
性欲が露出した部分は文学の本性ではありません。それは言語と形式という 制約の隙間に、生命が滲み出し染み込み固まったものです。それは芸術の 外皮です。しかし種の生命が外皮に宿るのでないように、芸術の生命も その外皮に宿るものではありません。性欲は生命を保護するものに過ぎないのです。
444 :
吾輩は名無しである :2005/10/25(火) 14:17:25
つまりペニスは芸術にとって不要です。
445 :
吾輩は名無しである :2005/10/25(火) 14:21:57
>>444 不要とは言ってません。
性欲が露出した文学は部分的本性です。それは言語と形式という
制約に隙間を滲み出し染み込み固まった生命です。それ以外は芸術の
内臓です。しかしペニスが内臓に宿るのでないように、芸術のペニスも
その内臓に宿るものではありません。少なくとも生命は性欲を保護するものです。
ダビデ像にもちんことたまがあるぞ。
447 :
吾輩は名無しである :2005/10/25(火) 14:28:18
ダビデ像は包茎ペニスであってペニスではありません。
448 :
吾輩は名無しである :2005/10/25(火) 14:35:19
おお、445は442のまさにパロディーですね。形式が同一、かつ 内容が逆転している。形式>創造>内容、とするとここでの創造性を いかに評価するかですね。
なんか読みにくいな。 >442、>445、>448 つ[一行レスのすすめ]
すでに電波化しているか、または非常に電波に近い雰囲気。 このスレは検疫後、隔離措置が必要と判断いたします。
451 :
吾輩は名無しである :2005/10/25(火) 16:29:16
ペニスは内臓が体の外に出たようなもんだろ。言い方は悪いが脱腸したみたいなものだ。
452 :
吾輩は名無しである :2005/10/25(火) 16:47:19
性を描くのはエスを表出することによって、無意識の力を描写したいというのが一つあると思います。
454 :
吾輩は名無しである :2005/10/25(火) 17:14:45
大介っぽいのでパス
名無しになったりするのか
456 :
吾輩は名無しである :2005/10/25(火) 18:10:29
性を描かない範囲でエスを表出して無意識の力を描写する方法もありそうだが。
Esというのは「それ」という意味だから、「性を描かないでも無意識の力を描写できそう」だけでいいのか。
わくわく
僕を走らせるエス。 つまり、エスとは石炭のようなものだ。
_ -―- _ , ', -、ヽ'´ `'´, -、ヽ ! { / / \ } i ヽ`ー,' ● ● ゙ー'ノ . ` ! ● U l" `ヽ ┴ ノ /`==ァ'⌒ヽ=='ヽ 期待したのにクマ...
461 :
吾輩は名無しである :2005/10/25(火) 21:55:45
無意識の力を描写するのか無意識の力で描写するのかよく分からんな。
462 :
452 :2005/10/25(火) 22:49:27
463 :
吾輩は名無しである :2005/10/25(火) 22:54:10
そりゃそうだな。無意識の力で描写してたら、それは電波だからな。
モダニストだらけだな
現代的ではないと言う意味ですか?
無意識の理解の仕方が古い
467 :
吾輩は名無しである :2005/10/26(水) 01:56:05
説明を
無意識に価値を置くのがモダン(意識と無意識を縦の関係で見る) 意識と無意識を並置させるのがポストモダン以後(横の関係)
469 :
吾輩は名無しである :2005/10/26(水) 03:45:08
意識と無意識の価値の話しはしてねーだろ。
470 :
吾輩は名無しである :2005/10/26(水) 05:04:15
意義とか意味とか考えるな、ただ読めばいいって釈迦が言ってた
>>470 それがオートマティクライティング 自動記述の精神〜
宗教板へ池
473 :
吾輩は名無しである :2005/10/26(水) 10:22:50
自分の無意識を描こうとすると電波が出る可能性が高い、私小説には禁物という所まではわかった。
「自分の無意識にはまって電波がでてしまっ」ては終わりなところを 「でてしまっている私」を書く、に踏みとどまるのが文学。
475 :
吾輩は名無しである :2005/10/26(水) 11:23:22
他人の意識を書くのが最も安全。
ただ、それだけのものは議事録程度の価値しかないか。
477 :
吾輩は名無しである :2005/10/26(水) 12:23:35
でもゼロじゃないかな?いやゼロかな???文学的価値と言うのはどうにもわからん。
無意識を書くとか不可能だし
意識と無意識は明確に分けられるものじゃないだろ。
いやー、無意識過剰な人間も多いよね。 みんなもうちょっと意識化してほしいよ。
481 :
吾輩は名無しである :2005/10/26(水) 13:55:15
意識できない心象は無意識だろ?
↑ 同じ時間に同じこと考えた人がいるというシンクロ体験。
言い方が悪かったね。 つまり、明確に見分けられるものではないということね。 意識できない心象を意識的に表出するのは無理だよ。 シュールレアリストはやろうとしてたけど。
484 :
吾輩は名無しである :2005/10/26(水) 14:18:49
無意識はフロイトのハッタリです。
483のいうほど狭義の「無意識」は、確かに 意識的に言語化される必要はないと思うね(病気治療の試みとしてなら どうかしらんが)。 本来意識であるべき部分なのに、意識化されていない、という 広義の無意識が書かれるべき。さらにいえば、 「本来意識であるべき」領域を どこまで広く設定できるかが感性というものではないかと思う。
486 :
吾輩は名無しである :2005/10/26(水) 15:35:27
485のいうほど広義の「無意識」は、確かに 意識的に言語化され過ぎてると思うね(安倍公房で十分だろう)。 本来狭義の無意識で事足りるものが、意識化され過ぎ、として 広義の無意識を狭義の無意識に仕舞い込むべき。さらにいえば、 「本来狭義の無意識で十分であるべき」領域を どこまで広く設定できるかが感性の破壊というものではないか。
ワンパターンで飽きるし、書き換えならより分かりやすく しないと意味がない。練習問題は一人でやってくれ。
488 :
吾輩は名無しである :2005/10/26(水) 15:52:22
パターン化するのは不可避だし、ただの書き換えではないことも分からないとは読解力不足にも程がある。 練習問題をもっとこなしてから反論してくれ。
489 :
吾輩は名無しである :2005/10/26(水) 20:33:02
主題から脱線しまくりだと思うが
490 :
吾輩は名無しである :2005/10/26(水) 23:25:36
そうでもないでしょ。文学の価値を探って、セックスを描く必要性→無意識の表出という流れなんだから。
492 :
吾輩は名無しである :2005/10/27(木) 10:52:21
電波って言うよりシュールって言ったほうがより優雅だね。
493 :
吾輩は名無しである :2005/10/27(木) 11:23:10
>>489 脱線してなんぼの世界の2ちゃんねる
我、この世にあまねく漂う詭弁と戦うなり
この世は詭弁と矛盾で構築された股引を引き裂き挙句の果てはパンティを引き裂くほどの肉棒
論理肉棒追究し、DQNのぽこちんも救われり。詭弁の術に長けた面食い共よ、
494 :
吾輩は名無しである :2005/10/27(木) 11:39:31
DQNってなんですか?どっきゅーん?
495 :
吾輩は名無しである :2005/10/27(木) 11:42:24
勉強しても馬鹿が治らない生まれつきの奇形種、遺伝病
496 :
吾輩は名無しである :2005/10/27(木) 11:46:08
潜伏期間が長く、ほとんどは自覚症状に至る前に死亡する。
497 :
吾輩は名無しである :2005/10/27(木) 11:53:02
価値とか意義とか考えるな、ひたすら読めばいいってキリストが言ってた
切り捨てなさい、そんな考えは
>>493 「過激なこといって、鋭くありふれた世間と戦ってる」風
だけど、この口調、内容こそここではありふれの典型。
なんの過激さもなくて退屈。典型で過激を演出するのはやめてくれ。
そしてまたオウムが出そうで憂鬱。
501 :
吾輩は名無しである :2005/10/27(木) 12:48:51
すんませんメモ代わりで。「自分の意識だけを描いてもハウツー本になり文学的価値は相当低い」
502 :
吾輩は名無しである :2005/10/27(木) 12:49:16
>>499 まじめに読んでもらって感謝感激雨霰。
これからもより一層酣に精進していきます。
503 :
吾輩は名無しである :2005/10/27(木) 12:50:07
とくに英米文学をやるやつらに多いけどさあ この部分は、〜を象徴しており〜という意味を内包している・・・ってやるじゃない? あれさあ、こじつけじゃね?w 作者もそこまで考えてねえだろ、っての、あるんだよね。 わざわざ、後から深みを無理矢理作ってるような気がするんだよねえ。
504 :
吾輩は名無しである :2005/10/27(木) 12:52:35
>>501 自分の意識も描けなくて何が描けようか。
>>503 いまどき軽々しく「象徴」なんて言うやつはDQN
>>503 場合と能力によってそれぞれでしょ。
ただ、異文化の文章では、最低限の意味も共有してない場合もあり、
「〜を象徴しており」が必要なことは実際多いと思う。
例えば「川を桃が流れてくるように」という文があったとして、
日本人読者がこれを
「桃太郎」の引用だから、妊娠出産の隠喩かな、まで普通に
考える時に、外国人は桃太郎を知らないからそこまでいかない。
そこを補完してやるのは、研究者として必要な作業なわけで。
というかアメリカ文学の場合はまずピューリタン的タイポロジーの伝統があるとされているわけで 作家はもちろんそれを意識して象徴なりなんなりを(時に批判的に)使っている
506だが「というか」でつなげられるなよ。 内容全然違うだろ >507
お前らウダウダ言ってないで働け
510 :
吾輩は名無しである :2005/10/27(木) 13:24:09
>>506 は
>>503 の言いたいこととの間に微妙な、そして決定的なずれがある。
「川を桃が流れるように」の外国人への解説と、文学批評とをごっちゃにしてる。
これは全く異質の問題です。
511 :
吾輩は名無しである :2005/10/27(木) 13:26:37
作者自身が、まさかそこまで考えたりしねえよ、などと思ってしまうほどの深読み、 もしくはこじ付け、読者の読解オナニー、これらはやりすぎに注意。
510は日本語が変。文学以前の問題。
513 :
吾輩は名無しである :2005/10/27(木) 13:53:27
>>512 ←これが読解オナニストの典型です。
自覚症状のないDQN。隔離せよ。
514 :
吾輩は名無しである :2005/10/27(木) 14:06:57
>>504 他人の意識だけを描いても議事録、文学的価値はほぼゼロ、自分の意識だけを描いてもハウツー、文学的価値は低い。「だけ」に注目。
516 :
吾輩は名無しである :2005/10/27(木) 15:36:07
議事録書きはジョギング、ハウツー本を書くのはトレッキングと言った所でしょうか???
吾輩は文學である。價値は、まだ無い。
嚔先生
他人の意識だけを書く:議事録:散歩 自分の意識だけを書く:ハウツー本:トレッキング 他人の無意識も書く:文学:富士登山 自分の無意識も書く:??:マッキンレー登頂。死して屍拾う者なし。
曖昧でも、意味が通じなくても、喋ってるうちに矛盾が生じても、 気にせずとにかく話を先に進める。それが文学ってものなんだろう。
521 :
吾輩は名無しである :2005/10/28(金) 00:37:17
>矛盾が生じても、 ここが哲学との境目ですかね。
>>513 dqnとかオナニストとか隔離とか、
どっかで聞いて「かっこいい!」と思った言葉を言ってみて
悦にいる人をオナニストというのだと。
文学の価値は、そういう人に 自分のやってることを分からせることだな。
大介って名無しでも大介だね、妄想だけ先走って
妄想と矛盾と哲学と文学と電波の関係がわからん。
526 :
吾輩は名無しである :2005/10/28(金) 01:29:17
文学であれば矛盾は比喩として許容されるが、それが分かる程の読解力が無い奴が電波になる。 それを避ける技術が哲学という事か。勉強になった。
527 :
吾輩は名無しである :2005/10/28(金) 01:40:39
教えろ。電波って何だ!
528 :
吾輩は名無しである :2005/10/28(金) 01:42:27
『電波男』嫁! わかんねならぐぐれ
電波=妄想かな?
電波=分裂症スペクトル人格障害かな?
531 :
吾輩は名無しである :2005/10/28(金) 01:51:26
>>529 ありがとう。あなただけだ、ちゃんと教えてくれたのは。
どのあなただよw
533 :
吾輩は名無しである :2005/10/28(金) 01:54:03
は?
534 :
吾輩は名無しである :2005/10/28(金) 01:55:52
で、文学の価値は?
考えさせること
矛盾は比喩として許容する精神を養うことができる、というのが 最低限挙げられる。精神修養のようなものだな。
というか、文学の価値は文学の初歩の価値、つまり国語の価値と同方向だな。 読解力を上げるのが価値だ。数学の価値が算数の価値と同じ方向で、要するに 計算力を上げるというのと同じだ。職業的な価値(お金)や芸術的な価値は そこから派生したものに過ぎん。
538 :
吾輩は名無しである :2005/10/28(金) 02:20:09
なぜなら芸術とは個性の発露に過ぎん。そして職業がそれを媒介する。 文士というのは職業の一種に過ぎんし、そのための独特の技術すらある始末。
芸術という言葉には普遍的ということが含意されているように思うのだが 個と普遍をいかに結びつけるのかというのが芸術のひとつの目標な気がする
540 :
吾輩は名無しである :2005/10/28(金) 03:51:58
理屈では到達できない結論があると思う。なんか知らないが、そうだ、という何かを体験させてくれるものって、文学以外であるだろうか? サンテグジュペリ「夜間飛行」の序文(ジイドが書いた)に、「僕は特に作者に対し、私にとってとても重大な心理学的重要性を持つ逆接的な真理を明らかにしてくれたことに感謝する者である。 その真理とは、人間の幸福は自由の中に存在するのではなく、義務の甘受の中にあるものだ、ということである」 と書いている。こういう経験をさせてくれるものって、文学以外に何かあるだろうか?
541 :
吾輩は名無しである :2005/10/28(金) 06:34:20
>>540 音楽にもあるんじゃないかな。
「人間の幸福は自由の中に存在するのではなく、義務の甘受の中にあるものだ」
といったこういう事が、なぜ文学のみに限定されていると捉える事が出来得るか、
根拠というものはなんですか?
文学独自の価値を言及するには、夜間飛行の序文の引用部は範囲が広いように思われる。
最近、微妙に日本語の不自由な人々が集ってる。 よく読むと助詞や語尾の扱いがなんとなくおかしい。 ちょっと変なのは我慢しろ、それが読むべき矛盾だ! というのが 上にいる読解力向上至上主義者の意見のようだが。
543 :
540 :2005/10/28(金) 11:13:32
>>541 >なぜ文学のみに限定されていると捉える事が出来得るか、根拠というものはなんですか?
こういう経験をさせてくれるものって、僕は(人生そのものを除けば)文学以外に知らないから、他にあるだろうか、と問い掛けているのです。
「人間の幸福は自由の中に存在するのではなく、義務の甘受の中にあるものだ」と思わせるような音楽って、もしあるなら例をあげて下さい。
>>542 日本語が変なのはダメです。内容が矛盾しているのは許容しようというのであって。
545 :
吾輩は名無しである :2005/10/28(金) 12:27:38
意義とか価値とか考えるな、読んで感動できればそれでいいってボナパルトが言ってた。
弁の付いた静脈でも弁のない動脈でも血管に穴が開いていてはダメだという事です。
547 :
吾輩は名無しである :2005/10/28(金) 13:41:09
>>546 それは言いすぎ。
読解力の問題に限定された話ではないことはスレの着眼から考えれば分かる。
スレの流れに逆らう戦くことしかできないパワーでは文学を装飾することすら不可能に近い。
548 :
吾輩は名無しである :2005/10/28(金) 14:06:28
>>547 そうじゃない。問題は問題をどう跳ね返すかという問題に限定されたスレッドに変質しつつある状況に対して、
どのような問題を跳ね返して追放するかという邪悪な思想を持てる勇気が我々常識人にあるかどうかという問題だ。
549 :
吾輩は名無しである :2005/10/28(金) 14:46:24
>>548 すでにオマエは常識人じゃないと思うが。
意識の邪悪な側(それが左側か下側かは知りませんが)から文学を評価しましょう。
なんか気持ち悪い、、、 渋谷駅前とかで流れてる変な宗教放送みたい。
近親相姦の果ての文学ってある?
553 :
吾輩は名無しである :2005/10/28(金) 19:07:56
暗いよage
554 :
吾輩は名無しである :2005/10/28(金) 23:13:49
もう終わりかなage
555 :
吾輩は名無しである :2005/10/28(金) 23:41:58
文学って、学がついているのに、 学問あつかいされないですよね。 かといって、学がついているばっかりに芸術にもなれない。 そんな中途半端なところが婦女子にピッタリなんですかね。 でも、文学は芸術ですよ。 絵画や音楽のような、楽しいうっとりさせるものです。 でも、どうして文学というと自殺、酒乱、家庭崩壊、反国家、 という風になるんでしょうね。 ああ、特盛そばが食べたい!!!!!!!!!!
>>555 自分を「文学者」と思い込んでいるタイプの典型。
557 :
吾輩は名無しである :2005/10/29(土) 00:56:58
絵画・音楽・文芸、でいいじゃない。文学は文芸と文献学・評論が混じってる。
age
559 :
吾輩は名無しである :2005/10/29(土) 22:58:03
近親相姦文学はまだ未開の地。
っつーか全然未開じゃないと思うんですけど。
562 :
吾輩は名無しである :2005/10/30(日) 01:13:28
育毛文学はまだ未開の地
肉棒文学は(ry
565 :
吾輩は名無しである :2005/10/30(日) 20:59:07
うざい馬鹿がいるな
↑これのことかな?
肉棒?文学も全然未開じゃないと思う。 単語使ってみたくて適当なこと言ってるの?
育毛文学の萌芽はT.S.Eliotのプルーフロックに既に見られます
クライストの「こわれがめ」なんか、はげかどうかは忘れたが、 偉い人がかぶるカツラを虚飾の象徴としてバカにしてたから、あれは カツラ文学かもしれない。
570 :
吾輩は名無しである :2005/10/31(月) 09:52:23
文学とは世界を創造することだ
はじめに言葉ありきってか
572 :
吾輩は名無しである :2005/10/31(月) 19:17:42
しかし、言葉は不幸の源泉でもあるのではないか?
573 :
吾輩は名無しである :2005/11/01(火) 00:41:58
不幸もまた世界を形成している
かつて「名」は全てに存在している訳ではなかった。 そこで各地を巡り未だ名無きものに、相応しい名を与える者が現れた。 彼らは自分のことを「詩人」と呼んだ。 なんてゲームが昔あった。
575 :
吾輩は名無しである :2005/11/02(水) 00:46:17
感性だけは文学の域に達したゲームだな…。志が良い。。
576 :
吾輩は名無しである :2005/11/02(水) 00:52:54
統合
577 :
吾輩は名無しである :2005/11/02(水) 00:54:15
文学とは満たされぬ欲望の構想的具現化である
578 :
吾輩は名無しである :2005/11/02(水) 01:22:49
文学は、文章 内容がいい事を書いていても、 文章が下手だと、価値はゼロ
常識的な意味で文章が下手でも全然構わないだろ。 文章に必然性があるかないかだと思う。
580 :
吾輩は名無しである :2005/11/02(水) 01:53:01
文章うんぬんよりも、総合的なできぐあいだろ。 文章は重要ではあるが、それは飾りのようなものだと思うぞ
ぐちゃぐちゃな料理でも味が良ければいいが、 あまりにぐちゃぐちゃだとやっぱおいしいと 感じるのが難しい、くらいなものが文章のうまさ。 だからそれだけあるのが一番始末が悪いのだ。
582 :
吾輩は名無しである :2005/11/02(水) 12:56:42
まず、読まれ、読者を幸せにすること 中上健二が、赤川次郎より上というのは、 一部の世間とずれまくった人たちの意見 だと思う
583 :
吾輩は名無しである :2005/11/02(水) 13:04:15
>>580 表現者にとって、飾りこそが本質
文章の下手な作家:小説家は、本人を知ってる関係者が
死んでしまうと、例外なく全く読まれなくなってしまい
後は、資料的価値しかなくナックします
584 :
吾輩は名無しである :2005/11/02(水) 13:33:39
ナックします 訂正 なくなってしまいます
どういう間違いなんだw 「例外なく読まれなくなる悪文」の例? 確かにこういう明かに変なのは読まれなくなるだろう。
586 :
吾輩は名無しである :2005/11/03(木) 02:45:30
ナックします・・・って日本語として新鮮だ!
587 :
580 :2005/11/03(木) 05:17:00
>>583 飾りが本質なら文学は虚像ということになるぞ。
虚のものがここまで社会の中で地位を手に入れるわけがない。
581流に言えば、服は全て一流のブランドもの、コーディネーションも完璧に洗練されている。
でも顔は50代の脂ぎったデブの超ブサイク、みたいなもんだ。
ああ、別にブサイクについてうんぬんと言いたいわけではないぞ。
588 :
吾輩は名無しである :2005/11/03(木) 09:19:22
つまり、春樹であると。
売れるかどうかというのは一つの尺度だが、単なる消費財として売れてるだけかも しれん。 公立図書館に入ってれば、とりあえず価値ある文芸。 最近は通俗文学でも図書館入りするけど、優先順位はあるでしょう。
590 :
吾輩は名無しである :2005/11/03(木) 19:33:32
>>589 社会的観点から文学の価値を考えた場合、
小中から大学にかけて一般教養の学習対象となっている。
ノーベル賞という人類の最候補の栄誉の対象となっている。
そういった観点からみたほうが確かだと思う。
591 :
吾輩は名無しである :2005/11/03(木) 19:36:02
なんでノーベル賞が人類最高の栄誉?
>>590 社会的観点という意味だと、
情報伝達の手段を基本とする考え方が主体だと思う。
ノーベル賞が人類最候補の栄誉ってよくわからないけれど、
いまどきそれはありえないんじゃないのか?
川端はともかく、
大江健三郎を日本の文学の代表者として認めるのかね?>590は。
593 :
吾輩は名無しである :2005/11/03(木) 19:44:24
>>591 賞においてはノーベル賞が最候補じゃないのか?
もしかしてイグノーベルのほうが上なんか?
594 :
吾輩は名無しである :2005/11/03(木) 19:45:54
賞において一番規模がでかい、ただそれだけだろ。
595 :
590 :2005/11/03(木) 19:50:49
>>592 まあ、違うのなら俺はそれでかまわんよ。
情報伝達が基本である、とする根拠がいまいちわからん。
社会においてそれは価値あることなのは間違いないし、文学においてもそうだと思うが。
しかし文学においては単なる情報の伝達(文学の伝達ってのもよう分からんが)
が第一ってのはどうも納得できないな。
596 :
592 :2005/11/03(木) 20:12:24
>>595 社会的観点と言ったのは>590なんだけど、
社会的って言葉をどう捉えるかだね。
もし>590のような見解であれば、
妙にひねった表現なんぞは不要だろう。徒に難しい漢字も。
だからと言って、好き嫌いはあるにせよ、
日夏や日蝕書いたのだれだっけ、ああいうのを否定はしないだろ。
だから、観点は別に求めた方がいいんじゃないのってのが言いたかったわけ。
それは芸術だ、とまでは言わないけど。
597 :
590 :2005/11/03(木) 20:59:32
>>596 なんか色々と突っ込みたいとこもあるけど、
別の観点というのは俺も賛成だからもう止めとく。
なんにも頭つかわずに感じたところを述べると、
私個人としては次の2つが文学の価値と思われる。
他者の思想、経験、強いては人生を知ることができる。
高潔な精神からの感化作用。(おもに古典に限る。すくなくとも確実)
ようするに高潔な精神に触れることができる。し、それにより自分の精神性も磨ける
間違いなくもっとあろうが、一応そんなとこかな。
598 :
596 :2005/11/03(木) 21:44:56
>>597 志が高そう。
いやね、俺は面白くてやってるだけなんだけど。
まあ、さいこーだ、と言っても、いいんじゃね、と言っても同意だけどな。
でも、作家あたりにあまり文化人ズラされるのもなあ...
作家が文化人づらしてしまう例って知らないな。 だいたい作家は文化人なんで、 「作家」という肩書きで文化人面してる人がいるだけだ。
古典=高潔な精神 てのはどうでしょう? 徒然草…隠者の高潔な精神によって書かれてるんだけど… それも含めてなのかな… それはそれでいいけど それだけじゃない希ガス… 底辺の人間とかの惨めさとかも価値があるし… 高潔な精神にふれるのは心地よいけれど それはすでにそう感じる読者には高潔な精神とか素養があるからでは? いずれにしても、読む価値のあるものを読みたい… まあ いろいろ読んで目を肥やすべきなんだけど…
>>599 学識経験者とか文化人ってのは良く分からない資格だ。
たとえば、作家が政治の話をすると噴飯もの。
川端は日本的な付き合いで容喙したらしいけれど、
大江はどうだろう?若いときからずっとだろう?
なまじ、文章がうまいもんだから、世論をミスリード
することになるわけだ。責任大きいよ。
餅は餅屋だろ。
>>600 高潔な精神なるものがあると仮定して、
それを感じるのと実践に反映するのは違うだろ。
そんなに単純じゃないと思う。
>>601 つまり、政治とかをとうとうと語っている時、その人間は
「作家」ではなくて「作家の肩書きを使っている文化人」である
ということだったんだが。
まあそのへんの区別は、作家側の問題ではなく、
受容側のリテラシーの問題かもしれないが。
603 :
吾輩は名無しである :2005/11/04(金) 16:59:18
>>598 肩書きとかそういうことにこだわりすぎてんじゃない?
確かに人類にとって物理や数学者のほうが高次で不可欠だが、
全ての学者が文学者よりも高次とはいえんだろ。
東大でたくらいのそこらにいる歴史の片隅にも名前が残らない医者が
私はゲーテより偉大ですとか言ったら笑われるぞ。
だいたいアインシュタインもドストとか絶賛してるわけだが、それはどうなるよの。
604 :
吾輩は名無しである :2005/11/04(金) 17:04:26
>>600 小説書いてる人間なんて昔からいっぱいいたんだし。
その中で長い歴史の中に居座ることができた作家は、
人間にとって高潔な精神だったから、と言えるんじゃね。
もちろん、醜悪さや劣等感なども文学の良き要素だ。
605 :
吾輩は名無しである :2005/11/04(金) 17:07:09
>>601 作家が政治の話をすると憤慨ものなら、
あらゆる人間がその分野の専門知識をもっていない限り、
その話をしたならば憤慨ものとなるねぇ。
>>605 政治的なセンスの無い、高名な作家の例を挙げただけ。
コンテキストで読んで欲しいね。
でも、口だけ出すんなら専門家に任せたほうが言いとおもうけどな、俺は。
石原慎太郎は作家と政治家で、一応成功しているわけだしw
607 :
吾輩は名無しである :2005/11/04(金) 21:58:51
>>604 たとえば紫式部でもイイ、高尚とかではあっても、高潔?
608 :
吾輩は名無しである :2005/11/04(金) 23:12:53
憤慨ものだねーw
609 :
吾輩は名無しである :2005/11/04(金) 23:57:27
>>607 高潔な精神という言葉がいやなら、価値ある精神でもいいよ。
文学っていうのは、自分の自我をあらわすことでもあるわけだから、
歴史に残るってことは、その自我が価値ありだった、ってことだろ。
式部のばーさんでもそうだよ。
610 :
吾輩は名無しである :2005/11/04(金) 23:58:15
>>609 その考え方は単純で危険だと自覚したほうがいい。
612 :
吾輩は名無しである :2005/11/05(土) 01:16:08
>>609 いやとかではなくて
ただ、高潔ってことばがひっかかってね…
高潔さが文学だとか古典の条件て…
高潔って、…「たしかに、ブルータスは高潔の士である」とか
「イングランドで賄賂を受け取らない裁判官はトマス・モアだけだ。あんな高潔な男が…」って使うんじゃ?
つまり、公正で己に厳しいって意味では…?
ところで、昨今の内閣で高潔だなって思う政治家いますか?
613 :
吾輩は名無しである :2005/11/05(土) 02:36:01
>>611 ごめん。よくわからんわ。
でもまあ、人間に不の要素も常につきものだろ。
逆になかったなら怖いよ。それにつまらんよ。
まあ、それが本当に危険だとしても、
ボクシングのスパーの一ラウンドよりも全然安心だろうなぁ。
614 :
吾輩は名無しである :2005/11/05(土) 02:37:02
>>612 そうだな。確かに高潔ってのはおかしかったな。適切な単語ではなかったわ。
まあ、条件とかは言った覚えはないんだけどな。
615 :
吾輩は名無しである :2005/11/05(土) 03:57:56
>>614 文学の価値が、特に古典に限っては、高潔な精神にふれることができることにある、
とゆうのを文学の条件だと、勝手に換言させてもらったんだけど…
まぁそのことは意味ある議論にはならないね
ただ、高潔ってゆうのは
タイムリーなキーワードで、話題に出てる政治と文学?(古〜)
または社会と政治?を論ずるとき少しでも意識される観念かと思われ、
とりわけ信条をないがしろにする政治家、いや、政治屋を目にすることが多い近頃のリアルにおいても
思い出しておきたいことばではあるだろうね…
616 :
吾輩は名無しである :2005/11/05(土) 04:04:40
615だけど訂正 (古〜)のあとの「社会と政治?」は「社会と文学?」の誤りです 申し訳ない
どっちかというと文学で分かるのは、 (政治などの実社会で)高潔なやつほどうさんくさいってことだぞ。 知らないの?
618 :
吾輩は名無しである :2005/11/05(土) 12:34:32
つ斜陽
619 :
吾輩は名無しである :2005/11/05(土) 12:46:06
つまらない文学に価値は無い。
まらない文学って何か、一瞬考えたぞ。
つまらないものに価値がないのは自明の理
高潔を貶めて描くのはいくら高潔であっても認められない文学のひがみだろうな
624 :
吾輩は名無しである :2005/11/05(土) 18:09:26
>>615 ふむ〜ん、俺がいいたかった、文学の高潔さってのは、
そういうことではないんだけどね。
そもそも高潔って、単語を使用したのが間違いだったのだが…。
625 :
吾輩は名無しである :2005/11/05(土) 18:56:54
じゃあどういうことよ?
626 :
吾輩は名無しである :2005/11/06(日) 09:54:14
>>625 ようするに歴史に残った文学者は、その精神が高尚だったからじゃないのかと。
まあ、多少わけわからん表現つかうと、弁証的に淘汰された精神?
だから、文学者(芸術家)として優れているのを 一般的な意味での高尚さと同一視するのは間違い。 っつーか、 ある作品に表現された精神が高尚なのは、 その作者の精神が高尚だったから、ではない。
628 :
吾輩は名無しである :2005/11/06(日) 14:28:25
芸術家が一般的な意味で高潔ではないとは分かる。 多くの芸術家は精神的に脆く、薄弱である場合がおおい。 それゆえに彼らは現実ではない世界(芸術的に表現)に昇華しえ、請う後世の人間のよりどころとなるんだろ。 高尚という単語は学問や現行の高いことをしめす言葉であり、自身の弱さを自覚していたドストエフスキーが好んだ言葉だ。 それ以前に627の反駁には何の根拠もしめされていない。ただ違うといわれてもどうしようもない。
文学は太宰治から進歩していない。 他のジャンルと比べると、何年も遅れている。 停滞の原因は人材にある。 太宰治や芥川龍之介を超える人間が出ない限り、それは続くのだ。
>>628 単に、作ったものと作った人は違うってことなんだけどね。
仕事と仕事した人は違うの。そこをまぜてると、
個人崇拝的なものに陥るから危ないですよ。
631 :
吾輩は名無しである :2005/11/06(日) 19:37:19
>>629 個人の好みにけちはつけないけれど、それはあくまでも個人の好みの話ではないか?
たしかにこと現代の日本文学は、そもそも文学って読んでいいのかっていう趣はあるけどなぁ。
632 :
吾輩は名無しである :2005/11/06(日) 19:41:24
>>630 そりゃ人間=文学作品なわけはなかろうが、その文学作品はあくまでも作者が作ったものなんだし、
当然その作った人間の好みや考え、人格、思想というものが反映されてると思うんだが。
危険って…なんでそんな話になるのか分からんが。まあ、それくらいの危険性ならどうとも思わんが。
そもそも文学が俺の人生にあるわけじゃないし、個人崇拝なんてすることないから。
しつこいけど、人格、思想、好み、考えは、 その人とは違うってことだよ。まあそういう区別がないならないでいい。 そこまで考えるタイプではないようだから。
634 :
吾輩は名無しである :2005/11/06(日) 22:45:07
>>629 文学の何が進化していないんですか?
今んとこ太宰や芥川の方が個人的に面白く読める、としか受け取れてません。
文学=日本文学という考え方が貧困
>>634 629は多分「面白い」ということが分からないかわいそうな人なんだろ。
>>122 に同意
>>132 詩とは、言語を使っていながら、言語の枠、制限を霧散させ
感情や風景といったものを、限りなく純粋に伝えようという試みではないでしょうか。
そして詩の志す、言語の限界を越えた地平に魅せられながら、
その詩を文字として、文章を書く。
しかし、言語の枠、制限の霧散と、文学が持たざるを得ない質量と構造が
根本的に対立するため、ジレンマに陥る。それが文学だと思います。
だがもし絶妙なバランスをもってそのジレンマを解消できれば、
創造されるものは、より高次に達する。
そこに文学の存在意義がある、と僕は思います。
638 :
吾輩は名無しである :2005/11/07(月) 09:55:24
>>633 そこまで考えるタイプじゃないってどういうこと?
何?633のほうが俺より正しい考えできるってんなら、全然受けて立つけど?
賛同よりも反駁のほうが自分の考えのためになるしな。
いまんところは633はただ「こうである」って言ってるだけなんだけどな。
その結論自体には考慮するものも無論あるが。
結論しかいわん奴にそこまで考えないとかいわれたくないねぇ。とも思うが。
639 :
吾輩は名無しである :2005/11/07(月) 15:55:14
>>637 俺は深い苦痛からの昇華と、知的な精神、それら二つに、
才能という不確かなものがあったなら、高次な文学が生まれると思う。
けっこう漠然としてるけどね
>>639 けっこう漠然どころかなにひとつ判然としない
641 :
吾輩は名無しである :2005/11/07(月) 16:11:32
>>640 それはないと思うけど。もしそうなら根拠を提示してよ。
それだけなら何ら意味も生産性もないから
643 :
吾輩は名無しである :2005/11/07(月) 16:23:24
まずフロイトが言うように芸術性というものの真意を測るのは難しい。 しかし過去のゲーテ、べ―ト―ベン、ダ・ヴィンチ等、偉大な芸術らを 帰納法のふるいにかければ、 全ての人物が現実において「深い苦悩の体験」というものが共通してあるのがわかる。 つまり、芸術家を事象的としてみれば、要素として苦痛というものが共通要素であるこたが事実として抽出しえる。 あとはフロイトがいうように、昇華とは社会的に認められない欲求なりが、 芸術的なものなどに社会的価値あるものに置換されるという定義から。
644 :
吾輩は名無しである :2005/11/07(月) 16:27:32
知的な要素というのは、芸術も文化的行為であり、 人の頭脳において生成されるものである。 現実においても我々は芸術を学問的な研究の対象とみなしている。 つまりそれらは知的な活動であるといえる。
645 :
吾輩は名無しである :2005/11/07(月) 16:28:35
できれば論理的な反論を期待するけどね。 こっちも自分が全能だなんてこれっぽっちも思ってないわけだし。
全能じゃないどころか、目が拒否するレスだよ。
647 :
吾輩は名無しである :2005/11/07(月) 16:43:14
ふーん。まあ、もうどうでもいいわ
わかってくれてよかった。
>>643 に関して
選択が恣意的で実証性に乏しい。
>>644 に関して
「文化」とか「学問」と言うときにはその政治性を考慮しなければならない。
それらを根拠に「知的」というのであればそれは制度化された芸術しか指しえない。
簡単に言えば、多くの文学はそれが書かれた時代には芸術ではなかったということになる。
これらのレスによれば、芸術とは普遍的なものなんかではなく、政治であるってことだな。
ある程度同意するけど。
650 :
吾輩は名無しである :2005/11/07(月) 22:41:42
>>649 それじゃ歴史に残ってる主要な芸術家全てね。
それらも間違いなくそうでしょ。
それにこれらを偉大という選別は恣意的とは思えない。
>>650 何を根拠にwww
例えばエミリ・ディキンソンなんかアメリカ最高の詩人のひとりとされてるが
苦悩と言えば好きだった人が遠くに引っ越しちゃったくらいのことだろ
ちなみにディキンソンが「偉大」になったのは死後何十年も経ってから
652 :
吾輩は名無しである :2005/11/07(月) 22:51:27
644に関しては…これはかなりおざなりに書いたしな…、自分でもどうなんだって感じだったけど。 政治性ってのは、確かに人間にとって重要なものと思う。でも政治ってのは、社会ってものよいりも、より刹那的なものと思う。 それは総合的なものであり、現実において機能する制度だからな。 政治も社会や、歴史になって普遍性になるけど(かなり曖昧だけど。。)。 芸術は政治的なものではなく、普遍的なものであると思う。
653 :
吾輩は名無しである :2005/11/07(月) 22:55:48
>>651 悪いけどその人知らんわ。
歴史に残った人間ってのは、そりゃ人間にとってそれだけの価値があったから歴史に残ったんだろ。
つまりそれは淘汰作用されたものであり、不必要なものや劣ったおもは自然と除外されてくと思うぞ。
たとえば、ショーペンハウアーの母さんとかな。
その当時はゲーテと親交するほどの人気作家だったが、
ゲーテは息子のハウアー君は将来きっと大物になるでしょうと言った。
それを母は同一族に天才は二人いない、とか言ってたけど、母の作品なんてほとんどの人知らない
>>652 俺も芸術の普遍性はある程度信じてるけど、その根拠は実は俺にはまだわからない。
根拠を歴史に求めるわけにはいかないだろう。
歴史でさえどんどん刷新されていくんだから。
歴史が普遍的でないことは近年に書かれた文学史でも読んでみれば明らかだと思う。
>>653 でもその「価値を見出す人間」というのは超越的な存在でもなければ普遍的存在でもないと思うんだ。
ディキンソンも知らずによく残った人間はすべて云々いえるな笑
657 :
吾輩は名無しである :2005/11/07(月) 23:09:36
>>654 、5
ある程度社会生物学とか、そんなとこの話になるけど。。
ようするに価値いかんは、つまり、
人間の進歩にとってそれは必要か否か、であると思う。
知っての通り人間には感情という機能がある。
感情とはより人間を多様にしている、それゆえの不備もある。
誰しも現実において辛酸をなめたのは一度や二度ではないだろう。
それがどんな物かは身をもって知ってるはずだ。
だからそれを保護するものがいる。つまりそれが芸術だと思う(あくまでも昇華的要素にすぎないが)。
つまり、普遍性ってのも、それはある程度感覚の問題だと思う。(物理のように数学的公式は存在しないし)
だから、普遍っていうのは、「人間にとってある程度恒久的に思えるもの」だと思うから、それは絶対に変わらないものとは、そもそも違うのではないかと思う
658 :
吾輩は名無しである :2005/11/07(月) 23:12:07
普遍と真理は違う
659 :
吾輩は名無しである :2005/11/07(月) 23:12:18
>>656 いや、ディキンソンとやらを侮辱する気はないけど、
ワーズワースよりも知名度低いし。
「笑」って言われてもなー。
あーぁーあぁーー。
そうですか。
>>659 いやそれが「普遍性」のなさを表しているだろw
世界的に見ればワーズワースよりディキンソンのほうが確実に評価されている。
日本じゃ違うのかもしれないけど。
661 :
吾輩は名無しである :2005/11/07(月) 23:17:16
>>660 悪いけどさ、
wとか別意の要素使ってる時点でその人の論理性を少し疎んじてしまうわけだ。
だって論理性が高度ならそもそもそんな手段用意ずに
頭もさほど使わずに容易にこちらを論破できるはずだろ。
確かに俺の知識はまだまだ足りないから、そこんとこは劣性だったと認めるが。
662 :
吾輩は名無しである :2005/11/07(月) 23:21:04
うとんじるの使い方が変だよ
>>661 >>659 のレスを見て笑わずにはおれまい。
結局「知名度」が芸術の基準になってるじゃないか。
一般に「芸術的」と言われるものが「芸術」なんだろ、おまいさんにとっては。
664 :
吾輩は名無しである :2005/11/07(月) 23:22:49
>>662 あー、そっすねー。
確かに変だったな。おかげで一つ勉強になって俺のためにはなったは。
665 :
吾輩は名無しである :2005/11/07(月) 23:24:37
なったわ だよ。
666 :
吾輩は名無しである :2005/11/07(月) 23:26:27
>>663 いや、だからさ、「歴史的に淘汰されたもの」、だがな。
というか知名度ってのは、それだけ大きな存在だから多くの人間が知ってるってことだろ。
むろん完全にそうだとは言わない。でも堀江敏幸はシェイクスピアよりも偉大だっ、てんなら、おかしいでしょ。。
667 :
吾輩は名無しである :2005/11/07(月) 23:27:15
>>666 だから、「歴史」は変化する。淘汰されたように見えるものが再評価されることもある。
同時代的視点だけで芸術を見ようと思えば、それは時代のイデオロギーに則っているにすぎない。
669 :
吾輩は名無しである :2005/11/07(月) 23:29:44
君の世界の話?
ばかが価値を語ると始末におえない。 「どうでもいいわ」でやめればいいのにな。
671 :
吾輩は名無しである :2005/11/07(月) 23:32:37
>>668 確かに歴史は変化するというのはそうだな。
カフカなんぞもそうだしな。
でもやはりホメロスやゲーテのようにすでに歴史に残った人間というのは、
なんらかの大きな価値があったと思うのだが…。
まあ、定義がもともと薄かったな
672 :
吾輩は名無しである :2005/11/07(月) 23:33:25
>>669 ほお。それはどんな世界だ。
ぜひ聞いてみたくもあるな。
673 :
吾輩は名無しである :2005/11/07(月) 23:35:13
>>670 そうか。馬鹿の俺よりも賢い、馬鹿ではない頭のいいあんたが
文学の価値ってもの明白に定義してほしいがな
674 :
吾輩は名無しである :2005/11/07(月) 23:43:27
数百文字で語れる話なら、文学史など必要ない。
>>673 内容がばかっぽいレスが「〜がな」とか
「ほお」とか「あるな」とかいう文体を使ってるのを見ると、
一生懸命な感じがして笑っちゃう
(BY金原ひとみか綿やりさかどっちか忘れた)
要するに、だれが言わんで だれが阿両者だ?
677 :
吾輩は名無しである :2005/11/08(火) 01:07:05
>>675 そうか。
別に喧嘩売るつもりなんてなかったが、確かに傲慢なところがあったしな、
だからこれ以上はもう止めておく。
議論がしたかっただけだしな。
678 :
吾輩は名無しである :2005/11/08(火) 01:07:53
>>676 これだけ言っておく。
イワンもアリョーシャも最高だ。
679 :
吾輩は名無しである :2005/11/08(火) 01:36:19
676だよ
もちろん
>>678 に完全同意
イワンとアリョーシャにしたとこを酌んでほしいな
680 :
吾輩は名無しである :2005/11/08(火) 02:18:47
一過性の社会や政治などが苦悩を生み 苦悩が人に文学を書かせ 文学が一過性の社会や政治などが内包する普遍性を抽出し(例えば支配、差別、反抗、倒錯) そしてその普遍性と共に結晶化した文学は、時代の光が当たれば輝く 輝かなかったとしても、その価値に変わりはない とか思います
普通の人の語る文学とは、縁遠い物であり、 文学者の語る文学とは、ねちっこい物である。
ag
683 :
吾輩は名無しである :2005/11/09(水) 06:34:27
>>675 馬鹿っぽいじゃなくて馬鹿丸出しレス。
馬鹿っぽいやつは時に滑稽で面白い場合もあるけど、馬鹿は何してもさぶる。
684 :
吾輩は名無しである :2005/11/09(水) 06:46:42
馬鹿馬鹿うるせーんだよ馬鹿 ねちっこい馬鹿が一番キモイんだよばーか
685 :
吾輩は名無しである :2005/11/09(水) 06:52:53
今衝撃的なことが分かった。今飲んでいるペットボトルの口が一瞬臭かった。
686 :
吾輩は名無しである :2005/11/09(水) 06:59:08
多分、ペットボトルの口が臭うほどの唾液のねちっこさと、舌に付着した食品添加物の腐りかけたカスを放置したまま何をしゃべるのかと。 無駄口叩く前に歯を磨け。
687 :
吾輩は名無しである :2005/11/09(水) 07:09:15
俺の通ってる大学には、まるで小学相手にしているかのように能書き垂れまくってる馬鹿講師がいるんだが。 そいつのしゃべり口調のキモさは例えようがないほどキモス。真性馬鹿が暇を持て余して勉強し、適当に飽くまで一般受け狙いの論文書き、 媚売って講師にしてもらった分際で学生を馬鹿扱いしてる真性馬鹿は救いようがない。 真性馬鹿は肩書きでおのれの馬鹿が消えるとでも思ってやがるんだろうか。 もしかしてお前か?
688 :
吾輩は名無しである :2005/11/09(水) 07:11:42
幸いなるかな己の口臭に気づけた者 天国はまさに其の人のためなればなり♪
689 :
吾輩は名無しである :2005/11/09(水) 07:23:17
口臭を発する者が天の国に入ることは難しい。 重ねて言う。口臭野郎が天の国に入るよりは、 らくだが針のめどを通る方がたやすい。
690 :
吾輩は名無しである :2005/11/09(水) 07:28:29
よくよくあなたに告げます♪ 口から入ってからだを汚すものはないので〜す 口から出るものは…… あーー★
691 :
吾輩は名無しである :2005/11/09(水) 07:29:04
692 :
吾輩は名無しである :2005/11/09(水) 07:40:56
食後しばらく経つとうんこしたくなる。 それと同じで、精神的食事(勉強、読書)した後もしばらくすると精神的に催す。 文学に価値があるかどうか以前の問題として、入れたら出さずにはいられない、という 生理現象に近い現象に帰着すると思うがな。
693 :
吾輩は名無しである :2005/11/09(水) 07:44:46
文学はうんこですか?
694 :
吾輩は名無しである :2005/11/09(水) 07:45:48
たしかに…… うまいことゆうなあ…… 俺も翻訳作業とかしたあと一発コキたくなるよ♪
695 :
吾輩は名無しである :2005/11/09(水) 07:46:09
わー、時間無いー、文学=うんこ論の展開おながいします後で読みますーー
696 :
吾輩は名無しである :2005/11/09(水) 07:48:17
いや、文学は滋養って話だべ??
697 :
吾輩は名無しである :2005/11/09(水) 07:57:41
現象学的に見れば一般人の文学はどう転んでもうんこ以外の何物でもありません。 ただ、芸術家と呼べる人はやはり少し違って、うんこを肥料にして作物を育てるように、文学作品、芸術作品に仕上げる。 一般ピーポーは、うんこのまま他人の顔面に擦り付けるから嫌がられる。作物、作品にして人様に差し上げると喜ばれます。
698 :
吾輩は名無しである :2005/11/09(水) 08:30:03
ま、芸術家=選良ってことかいな?
699 :
吾輩は名無しである :2005/11/09(水) 08:32:17
ラノベは除くけどな
700 :
吾輩は名無しである :2005/11/09(水) 08:33:20
そりゃ勿論論外だね
701 :
吾輩は名無しである :2005/11/09(水) 08:40:19
芸術家は農民です。その意味で宮沢賢治は言う事なしの芸術家
702 :
吾輩は名無しである :2005/11/09(水) 08:42:50
またなんで芸術家が農民なのよ?
703 :
吾輩は名無しである :2005/11/09(水) 08:47:58
ラノベ作家は文学の賎民。
704 :
吾輩は名無しである :2005/11/09(水) 08:58:25
選民ではなく賤民がリッチ
705 :
吾輩は名無しである :2005/11/09(水) 08:58:56
芸術家は精神的食事(読書、勉強)をした後、自家製の肥溜めにまずうんこを放出します。 (ここで肥溜めを作れない一般人は、うんこのまま人様に食えと言わんばかりに突きつけますので、嫌悪感しか与えられません。) 肥溜めは当然肥料のためですので、作物となるまで人目には触れられません。これが芸術家の秘密です。
706 :
吾輩は名無しである :2005/11/09(水) 09:00:32
文学者とか作家ってアホなのに なんであんなにえらそうに専門外のことに意見してんの? だいたい、物書きって、きもい!!
707 :
吾輩は名無しである :2005/11/09(水) 09:02:31
芸術家の話はわかるとして 一般人がうんこ突きつけるってなんのこと? あっ、ここ文学板のことか?
708 :
吾輩は名無しである :2005/11/09(水) 09:03:04
>705 あー、だからオマエのその文章は臭いわけか! わかったー!!
709 :
吾輩は名無しである :2005/11/09(水) 09:04:50
なんか・・・本屋がうんこ臭いような・・・
710 :
吾輩は名無しである :2005/11/09(水) 09:07:55
うんこの喩えがまずいんだろ? 脳内うんこだから、 消化器官を通過することのない滋養の摂取と排出だから、 もちっと工夫した表現は、、、、
711 :
吾輩は名無しである :2005/11/09(水) 09:09:43
>>706 は
ワイドショーコメンテイター石田衣良のことだろうか?
田中康夫のことだろうか?
はたまた石原都知事のことだろうか?
みんなかな…
たしかに都知事だからってなんでもかんでも首つっこんでるのはどうなんかね
712 :
吾輩は名無しである :2005/11/09(水) 09:10:20
まあ2ちゃんねらは大体うんこくさい。
713 :
吾輩は名無しである :2005/11/09(水) 09:11:52
もちっと工夫した表現つったって 土台うんこが気に入っちゃってんだからすでに…
714 :
吾輩は名無しである :2005/11/09(水) 09:13:39
無臭うんこ
715 :
吾輩は名無しである :2005/11/09(水) 09:15:40
文学板はうんこ臭くて宮沢賢治はうんこ臭くない。 と言っても宮沢賢治に価値があって文学板に価値がないとは言わない。 うんこ臭い所には蝿は寄ってたかるものだから、蝿にとっては価値がある。
716 :
吾輩は名無しである :2005/11/09(水) 09:19:27
うんこはだれでもできるけんど雨にも負けず黄金のうんこがヒリ出せるのが芸術家なんでないの?
717 :
吾輩は名無しである :2005/11/09(水) 09:19:51
>712 オマエモナー 透明うんこ 脳系うんこ 非消化器系うんこ・・・うんこってのが駄目か・・
718 :
吾輩は名無しである :2005/11/09(水) 09:23:27
黄金のうんこなら人様は喜ぶな確かに。
719 :
吾輩は名無しである :2005/11/11(金) 10:51:28
>>692 からの流れを見て、
「文学板の住人はうんこ好き」という結論に達しました。
糞まみれの反論をどうぞ。
720 :
吾輩は名無しである :2005/11/11(金) 11:13:16
蝿が寄ってきました!
721 :
吾輩は名無しである :2005/11/11(金) 12:13:48
運国際
722 :
吾輩は名無しである :2005/11/11(金) 12:37:12
肛門期
ここのところの異常な程度の低さと ずっとひと大杉なことは関係があるのだろうか。
724 :
吾輩は名無しである :2005/11/11(金) 14:36:28
車板に日本語知らない日本人がいますた。
↓
↓
1 :1:2005/11/11(金) 13:22:57 ID:sAlIPhOA0
今は昔、国産2リッターターボが幅を利かせていた時代があった。
煩い、下品、安い、けど適度に速い、時代から取り残された奴らを嘲笑するスレです。
プギャー
2 :名無しさん@そうだドライブへ行こう :2005/11/11(金) 13:24:28 ID:QdVpJ+B00
>>1 「今は昔」って矛盾しすぎwwwwww
国語のお勉強してからスレ立てろやカスwwwwwww
http://hobby7.2ch.net/test/read.cgi/car/1131682977/
>>724 わざわざ引用までしてるところを見ると、マジ?
726 :
吾輩は名無しである :2005/11/13(日) 03:37:03
実用的じゃなきゃ存在意義を認めないというスタンスは、 文化の衰退を招くと思う車板から来た人の戯言。
実用性だってどういう視点を取るかでいくらでも変わってくる。
729 :
吾輩は名無しである :2005/11/16(水) 23:55:49
一時期流行ったスレなのにぃ・・・
730 :
吾輩は名無しである :2005/11/17(木) 00:03:12
おまえらけなすことしか出来ないからつまらん。 スレタイについて何かしゃべってみろ
731 :
吾輩は名無しである :2005/11/17(木) 00:05:55
社会の中で必要とされてるなら、すなわち実用性があることだと思う。 目に見えることだけで人間は生きてるわけじゃないから。
吾輩は文学である。価値は、まだ無い。
>>732 一生懸命考えたんだろうな...
それを思うと言うのは辛い。
だが、あえて言おう。
お前は馬鹿だ!
734 :
吾輩は名無しである :2005/11/17(木) 04:21:51
735 :
吾輩は名無しである :2005/11/17(木) 04:24:13
734「吾輩は文学である。価値は、まだ無い。」がもうでちゃってるってことね きづけきづけ。
「つまらないことでムキになる」をばかにするのが 文学の価値。
文学的とついただけで、途端につまらないと思うのは何故?
738 :
す :2005/11/17(木) 21:41:32
517 :吾輩は名無しである :2005/10/27(木) 15:50:26 吾輩は文學である。價値は、まだ無い。
740 :
吾輩は名無しである :2005/11/17(木) 22:47:33
正直、こんなスレがたつという時点で、何がしかの価値、存在意義があるんだろう。 ただ、その意義や価値を、こういった疑問の形としてしか提出できないところが、 問題を割と複雑にしてるんだろうと思う。
まあ価値が定まった時点で文学は終わるだろうけどね
742 :
吾輩は名無しである :2005/11/18(金) 02:18:37
↑知ったふうな口をきくんじゃねーよ
>>741 ??定まってると思うよ。
ただ、本を読む行為は、価値を他人と無理に共有することへの
嫌悪を育てるので、読書する人間は「定まってる」といわない、
というだけのこと。
744 :
吾輩は名無しである :2005/11/18(金) 22:23:55
お前らはなんで本読むんだ。 それを言えばいいんだ。 それが文学の価値だからだ。
ひまつぶし
746 :
吾輩は名無しである :2005/11/18(金) 23:18:05
人生の価値ってなんだ?
無いよ。
>>748 受け取り方は千差万別というのを認めると、意味がない言説だがな。
750 :
吾輩は名無しである :2005/11/19(土) 09:37:10
それに、読書が価値を他人と共有することへの嫌悪を育てる理由が明確じゃない。
>48や749は、 自分のレスが質問にしかなっていないことが分かっているのだろうか。 「自分はこう思うが」というところがないものは反論や批判じゃなくて 質問なんだよね。質問は丁寧にしないといけないよ。
評論家風の言ってることを聞くと、言い訳めいた言葉が多くて。 もう無駄な抵抗を止めて、流行の小説を価値のある文学にしたらどう?
>752 流行の小説・・・て、日経連載中のワタジュンのとか?
いや流行してないだろあれは。 しかし流行の小説って「せかちゅー」とかのこと? あれは小説じゃないから。絵本。
>>752 「無駄な抵抗」というからにはあなたは流行の小説に価値があると思っているということですか?
あなたの言う「価値」とはなんなのでしょうか?
756 :
吾輩は名無しである :2005/11/20(日) 02:29:53
人生の暇つぶし
757 :
吾輩は名無しである :2005/11/20(日) 02:46:44
若島正(京大教授)は語る 「 数学から文学にかわって驚いたのは、回りの人間の頭の悪さだった。 数学をやっていたときはみんなが天才に見えたし、事実本当にすごいやつも いた。でも、文学研究ではついぞそういうやつにお目にかからない。」 日本一頭のいい文学者の名言です by乱視読者の新冒険
758 :
吾輩は名無しである :2005/11/20(日) 02:49:53
人生の秘儀
759 :
吾輩は名無しである :2005/11/20(日) 02:49:54
>>757 そんな若島なんたらなんて京大法科大学院の連中からはカスとしか思われて
ないよ。ていうか名前すら知らない。
760 :
吾輩は名無しである :2005/11/20(日) 03:04:25
見世物小屋
小説、それは道に沿って持ち歩く鏡である。
鏡は左右を逆に映す
>759 そうそう。それに平野なんたらなんてのも京大法科大学院の連中からは カスとしか思われて ないね。ていうか頭の悪いヒキコモリの落ちこぼれ、 ゲームオタクとして記憶されてる。
流行の小説は、少なくとも読んだ人に影響を与えている。 読まれずに放置された本は、誰に影響を与えているか? そこに価値を見出すには、大衆に読ませないと無理。
正しさの価値と一緒だよ
大昔の、宗教観やオカルト成分も入り混じり混沌としていた自然哲学のうち、 まともな学問は自然科学になり、今でいう哲学はその残りカスですから。 まぁ大衆娯楽としては価値があるだろうけれど、学問としては正直、無用。
>>766 あらゆる事物を否定的な目で見ますと、本質的な面をしばしば見落としますよ。
文学の価値をいくら並べ立てても、きっとあなたはそれに難癖をつける
でしょうから、あえて何も言いませんが。
766は、 宗教やオカルトや自然科学が、ある文明においてのみ 分類されたのがなぜなのかを考えることはないのかなあ。 今でもそれが混沌としている世界はあるわけで。
769 :
吾輩は名無しである :2005/11/22(火) 00:21:38
もちろん、気候と地形が原因に決まってる>分類
よかったね。
要するに自分達が文学的だと思う作品に価値があると言いたいんだろう。 それが社会から認められないのは何かの間違いだと思っている。 その思いこみの方が間違ってるとは口が裂けても言わない。 だから文学的な価値とか、よくわからない思想に走るのだ。
>>771 自然科学を信奉してるようだけど、それのみで人類は幸福になれるのか?なれたのか?
たしかに文学の価値というものは自然科学に比べれば、容易に挙げられるものではない。
しかし、考えて見れくれ。文学なき世界にどれほどの価値があるのかを?
773 :
吾輩は名無しである :2005/11/23(水) 00:05:07
文学的な価値って、よくわからない思想なんか? ただ文学の価値はなんだろうと言う事だろ。 それは価値とはなんだと哲学的な話におよんだら難しくなるだけじゃないのか。 価値ってものを、ア・プリオリに理解できるもんなんだから、 だからそこで停滞しずに実際に文学の価値ってなんだろうな、と議論を進めればいいんじゃないのか
>>771 あおりじゃなくて純粋に疑問なんだけど、
文学はだめといいに文学板にくる人なの?
隔離だろ。このスレとry アドルフに画才があれば。
文学を価値がないとほざく奴って視野狭いよな。 自分は文学になんか全く影響されてないとでも言うつもりかね? 映画やマンガなんて根本は文学から始まったのによ。 いわゆる映画やマンガの名作と呼ばれる作品なんかはことごとく 「文学的」と評される。 例えば、手塚治虫のブラックジャックを見て医者を目指した奴って 少なくないぜ? つまり文学というのは人をより良い方向へ導くための一つの手段といえる。 この点において、文学には価値がある。
お前らはアホだ。 文学は、最初から「文学」として価値を持っていたわけじゃない。 歴史性を持って構築されてきた概念であり、ジャンルなわけだ。 それを知らないで、あるいは括弧にくくって議論しても、前に進むわけがない。 結局は、文学に価値がある/価値が無いという、イデオロギー闘争に陥ることとなる。 この板にいるやつは、なんで頭を使おうとしないのだろう。 まず、「文学」を所与のものとして捉えるのはやめろよ。 駄目なのは文学じゃなくて、おまえら。
779 :
778 :2005/11/23(水) 17:44:43
先ず、理解しておかなければならないのは、「文学」が近代の概念だということ。 近代国家の成立に伴い、民族統合の記念碑として成立したものが「文学」。 つまり、単一民族国家としての「近代国家」という幻想を支えるため、 拠点として用いられたものが「文学」だったということ。 もともと、価値化されていた文学とは、ギリシア・ローマ時代の作品群を指していた。 で、近代になって、本来の古典を持たないローマ帝国圏外の国々が、 必要に迫られて仕立て上げたのが、近代文学・各国語文学という「古典」なわけだ。 その流れの中で、シェイクスピアはめでたく「古典」文学として再認識されたわけだし、 ドイツ浪漫主義における、強烈な民族意識の肯定も、源は同じ。 各国語文学が、「貧者の古典」として蔑まれる理由も同じ。 日本には古代から培われた古典文学があるだろ、といわれるかもしれないけど、 それも近代において「古典」化されたもの。 例えば、近代に至るまで、万葉集はあまり重要視されていなかった。 それが、東歌に歌われた地域性など注目し、 日本人「一般」にとっての古典として再解釈されたのは明治時代。 現代になって、国家の成立基盤に「文学」が必要とされなくなった時点で、 少なくともイデオロギーとしての価値は剥がれ落ちた。 このスレの結論としては、 諸分化の一つの形態としてなら、文学に価値はある。 特権的な「文学」が成り立たない状況をとるなら、価値は無い。 ということで終了。
780 :
吾輩は名無しである :2005/11/23(水) 18:28:26
>>777 学問ってものを称号として考えてるからじゃないのか。
一般的に数学は高次のものと考えられてるから、
別に理由もなく数学についてはすごいと言う。
そんで文学はどうなんだろうとか言いながら、映画とかは見ている。
781 :
吾輩は名無しである :2005/11/23(水) 18:30:10
>>778 つまり文学というのはその『民族の文化的な結論』みたいなものなのだろうか。
文学の定義が間違った方向に進んでいないかと言うこと。 内向きになって、外の世界を知らない人間になってないか? 数学とかは、わからなくても誰に見せても正しいとわかる。答えは一つ。 誰かが勧める文学は、わからない人には全くわからない。 文学者を自称する人々が、勝手に定義をしているだけと言えないか? しかも、売れてる小説に対しては異常に嫉妬を燃やしている。 それで本当に大丈夫か?
783 :
吾輩は名無しである :2005/11/23(水) 18:51:33
>>782 なんだろう。言ってることは間違ってないと思うけど、
何が言いたいのかいまいち分からない。
文学の定義をするとき、内、というか哲学的な内省による考えと、
もっと広い外の世界からによる考えとの二つが必要だと思う。
784 :
吾輩は名無しである :2005/11/23(水) 18:52:21
>>782 数学も頭で起こった出来事を言葉に置き換える作業がある限り、
文学同様に誰にでも分かるとは限らない。げんに今研究が進行
している分野では数学者同士でさえ通じ合っていない。
誰にでも分かるような形になるのは数学も文学も時間がかかり、また、
誰にでも分かる形になりえるものだけが残っていく。
785 :
吾輩は名無しである :2005/11/23(水) 18:56:02
>>779 そんなことはあんたほど細かく書けないとしても
大抵の奴らが知っている。当然知らない奴らもいるんだろうけれど。
ただそのことを説明しても、「その手の議論、流行ってますよね」という感じ。
そういう「価値」という議論だけをしているわけじゃないから、面倒な話になってるんだろ。
786 :
吾輩は名無しである :2005/11/23(水) 19:04:01
>>784 数学うんぬんはとりあえず置いてといて。
文学っていうのは、やはり残ったものにはそれだけ多くのものに通じるものがあったからだと思うけど。
作家によってかなり内容も違っていて、文学とは単一的なものではないと思うんだけど。
たとえば、サドなんてかなり特異な地位にいるし。
787 :
吾輩は名無しである :2005/11/23(水) 19:05:48
大体言葉の一つ一つの定義さえ人によって、時と場所によってさえ、微妙な違いが生じるのに、 文学の定義まで話が及ぶのはちょっと馬鹿げた話だよ。 どれだけ話し合っても高々数人を説得するにとどまり、最終的には人それぞれで終わるよ。
788 :
吾輩は名無しである :2005/11/23(水) 19:13:02
>>787 確かに文学の定義を計るのは困難な作業かもしれないけど、それゆえに考える価値もあると思うよ。
俺の場合は、説得というよりも、自分の考えを磨くほうに重きをおくけど。
だからそれぞれ賛同できなくても他人の意見を聞くのは価値あることと思うけど。
789 :
吾輩は名無しである :2005/11/23(水) 19:18:41
>>788 まあそう言われればそうだな。
文学者が何かを伝える時、やはりそれは普通の人が普段思わない何かじゃないと駄目だと思う。
誰もが意識的に知っているものを書いて地位やお金をもらっている作家はやはり引きづり落とすべきである。
>>785 そういう「価値」以外の議論って何?煽りじゃなくて聞くのだけど。
第一、こういった議論は流行の問題なのだろうか。
一過性の流行として片付けるには、それを乗り越える視座を提出するべき。
ここの議論は、文学において共有できる普遍的な「価値」があるか、というものでしょ。
文学に普遍的な価値が無いのなら、個人的な文学的価値をあげるだけの議論になる。
それは、議論でもなく「文学的」な自己表現なんでしょう。
で、俺は一見普遍性あるように見える文学的「価値」が、実は歴史性を持ったものだということいったの。
それを「流行の議論」と片付けたいのなら、文学の価値の普遍性について、論理的に弁証すべき。
定義について言えば、787のように考えるなら、言語行為全てが壁を相手にしたキャッチボールになる。
不安定かもしれないけど、事実性と蓋然性に基づいて、議論の土台を作り上げていくほかは無い。
そういった虚構を伴なう行為全体、それに基づく共同幻想を「文化」と呼ぶ、かも。
791 :
吾輩は名無しである :2005/11/23(水) 19:39:11
>>790 なるほどね。オレは
>>785 じゃないけども、つまり今の「文学」というやつは
歴史的な時として体制側が庶民に用意した幻想の経済モーニングなんだよね。
これによって人それぞれという健全なスタイルから人は分かり合えるという幻想に
うまく持ち込むことでキチガイと常人を明瞭に区別できるようになったわけだ。
ここから何が分かるかと言えば、つまり祈念殿みたいなものと何も変わらず、昔から↑と↓はあるということだ。
↓は↓でたのしくやっていくしかないとつまりこういうことですな。
792 :
吾輩は名無しである :2005/11/23(水) 20:00:38
>>789 ロシアの黄金期に流行った言葉だけど、いわゆる炯眼って言葉があるよね。
特にドストやトルストイなんかは一種預言者みたく扱われてる感もある。
ようするに、たとえ日常を描くにしても、
凡百にはない、するどい観察眼とか、観念的に高次なことが言えるのか、ということが大事な要素だと思う。
そもそも日常を描く著者なんて大勢いるわけだし、そして日常というものはつまり多くの者に共感を得やすいというものでもあるし。
793 :
吾輩は名無しである :2005/11/23(水) 20:03:00
>>790 君の言いたいのは要するに、俺はオマエラと違って頭がいいというだけのことです。
全然深く掘り下げてない。薄っぺらのくせに調子のんなぼけ
794 :
吾輩は名無しである :2005/11/23(水) 20:06:25
俺他所の板では長文に文句言われる事多いんだけどさ、 此処の長文ってホント読む気がしねぇ。
795 :
吾輩は名無しである :2005/11/23(水) 20:06:59
どっかの哲学者が言ってたけど、 歴史とは人間の行為全体の再認識である、なんだって。 仮にその定義が正しいとしたのなら、 文学と言うものは人間の中に確固としたものを気付いていると思う。
796 :
吾輩は名無しである :2005/11/23(水) 20:15:47
>>1 そもそも、「存在意義」とか「価値」って何だ?
その「定義」をはっきりさせてからでないと、語りようがあるまい?
それによって答えは変るだろう。
797 :
吾輩は名無しである :2005/11/23(水) 20:17:09
>>793 >>794 つまりこれなんです。
つまり、観念的で難しいことを庶民にわかるように、一見日常を描くことで読後観念的な妄想にとらわれる。
このときが文学的感動というやつじゃないか。哲学や数学は非日常だが、文学は日常にね。
文学が昔どうであったかは別で、芸術家が観念的で非日常な空想を物語のなかに注ぎ込んだとこうみるのが妥当ではないか。
それを体制側がどうしたかとか歴史性云々などは副次的なものであって、普遍性があるかどうかなんて人間にわかるわけがない。
>>791 色々違うけど、とにかく最後の結論は「逆」
価値化された「文学」というものを前提としないと、このスレ自体が成り立たないでしょう。
俺は、近代の枠組み(トップ・ダウンの一方的なものでは無く)と文学の成立の親和性について述べたの。
で、そういうものの虚構性について、無自覚な議論を進めることが危険だと思ったわけ。
あと、なんで「経済モーニング」ということになるの?
>>793 なんでこんなレスがつくのだろう。
俺の議論の浅はかさは、議論として返さないと、対話自体が成り立たないよ。
俺が言いたいことは、文化的ヘゲモニー闘争として、文学を語るなということ。
793のような、暴力的な言葉による、ね。
長文を読んでもらうための、戦略的手段として「アホ」と呼びかけたつもりだけど、
そういうのが、伝わらないで、気分を害したのなら謝るよ。ごめんね。
799 :
吾輩は名無しである :2005/11/23(水) 20:22:23
>>797 文学がなぜ日常なのか?きちんとした文学は一種の自然科学なのだよ。
また、君が思っているほど、文学は一般に読まれてきてはいない。
あれは、かなりマイナーかつスノッブな文化だ。
漫画や映画と同じ次元で捉えない方がいい。
800 :
吾輩は名無しである :2005/11/23(水) 20:23:54
>>796 それ以上掘り下げると文学的じゃないね。哲学的だ。
それ言い出したら何って何?まで掘り下げざるを得ない。
801 :
吾輩は名無しである :2005/11/23(水) 20:25:17
『己所欲不勿施於人』 みたいな漢文の白文で『人の嫌がる事はするな』って意味なんですけど日本のことわざでぴったしのって何ですか?
803 :
吾輩は名無しである :2005/11/23(水) 20:26:47
>>796 がいいこと言った。
一番厄介なとこをすっ飛ばしていったいどんな議論ができるってゆーのよw
804 :
吾輩は名無しである :2005/11/23(水) 20:31:36
>>798 俺も君の論議がもっと聞きたくて、戦略的に暴力的な言葉を使いました。
気分を害したのなら謝ります。ごめん。
805 :
吾輩は名無しである :2005/11/23(水) 20:46:18
>>799 つまりこれなんです。
漫画や映画と同じ次元で捉えると怒られるようにさせたのは何だったのか。
マイナーかつスノッブな文化圏に潜む人々が、大自然的に見れば僅差であるはずの知性の差異を
決定的なものにさせるための装置であったのが人類の文明一般の実態であった。
つまりキチガイと健常人、トップ・ダウンを明瞭にすることでしか平和は生まれ得ない。
つまりどういうことか。分かり合えるはずだと謳われて進められた議論の中で知的貧富の差を明瞭にし、
DNAの質を明確に判定する装置であった、もしくはその過程の中で歴史的に産出されたのが祈念殿的社会シスエムであり、社会の安定だったのです。
806 :
吾輩は名無しである :2005/11/23(水) 21:02:39
>>799 もし頭の中の事象を正確に何かに置き換えて形にして検証していくということが自然科学的であるとするならば、
漫画も映画も、現状がどうあれ、自然科学的には違いない。その置き換えの作業をいい加減にやっている人が
漫画や映画には多くて文学に少ないのではない。本当の文学があるなら漫画や映画だって本当はある。
ないとすればまだ作られていないだけ。
近代的な社会システムを構築する上で文学は必然であった。 共通の美徳や人生観、幸福論などは人間の相互理解に著しく寄与した。
808 :
吾輩は名無しである :2005/11/23(水) 21:40:15
>>805 あなたが何を言いたいのか、なんとなくわかった。
しかし、何故大自然では知性の差異が僅差なのかの根拠がない。
そして、あなたは文学を肯定的に捉えているようですね。
社会の安定に寄与したならば、価値があるということでしょう?
809 :
吾輩は名無しである :2005/11/23(水) 22:14:19
文学と自然科学を同列におく必要はないと思う。 自然科学は価値あるものだけど、自然科学じゃないと価値があるわけではないのだから。 文学には文学の価値があると。
いろいろ芸術エンタメ経験したが 文学が一番自分にとって必要だと感じた。 理由はよくわからん。映画も音楽も芸術よりじゃなくてエンタメ寄りなのも好きだが どっちかといえば、芸術よりの作品が好きで、小説形態が好きだった。 こればっかりは相性だな。
811 :
吾輩は名無しである :2005/11/23(水) 22:38:48
人間を知るには文学が一番!
812 :
吾輩は名無しである :2005/11/23(水) 23:02:18
>>808 社会の安定はアップ・ダウンの終極的完結性のモーニング経済でしかありえないという
絶望性のうちにしか成り立たず、文学を肯定的に捉えることもそれらのしがらみを受け入れる
という汚名返上断念の意思が必要ということを言いたかったわけである。
813 :
吾輩は名無しである :2005/11/23(水) 23:09:06
>>808 追加
大自然に身をさらせば、もしくは大自然を肌で感じられるような想像力がなければ
人間の卑小さ云々は分からないと思われる。
814 :
吾輩は名無しである :2005/11/23(水) 23:12:03
815 :
吾輩は名無しである :2005/11/23(水) 23:18:09
>>812 オレは受け入れた。しかれども、それがどうということにもならぬかな。
もしくはオレはあなたの何ですか?
816 :
吾輩は名無しである :2005/11/24(木) 03:01:52
817 :
吾輩は名無しである :2005/11/24(木) 13:51:03
>>790 前にも言ったけれど
で、俺は一見普遍性あるように見える文学的「価値」が、実は歴史性を持ったものだということいったの
↑
このことは知っているし、これがある意味重要だってことも分かるわけ。
こういう見立てを土台に論文もある意味大量生産できるしね。
実際、それが納得できる話になっていることが多いんだから、尚更だ。
ただ、一方でその納得できるってのが、むしろその見立ての疑わしさにも通じてしまう。
818 :
吾輩は名無しである :2005/11/24(木) 14:05:09
文学に普遍的な価値はない。 自然科学の発展に応じて価値観も変容していくからだ。
819 :
吾輩は名無しである :2005/11/24(木) 14:11:26
>>818 文学を芸術に置き換えて読めば噴飯だが、事文学というか、小説に
ついてという事ならあながち否定も出来ない。つまりそれだけ、文学が
芸術の形式として程度低いものだというこった。
以前にこんなことがあった。 ある作家の本が売れてる時に糞味噌にけなしていた評論家が、 ブームが過ぎると、今度は持ち上げるような発言をしてたりする。 同じ作家なのに何が変わったんだろう。
自然科学は知の具現化であり、文学は感情の希求である。 どちらかが秀でても、欠けても、人間としては不完全でしょ?
822 :
吾輩は名無しである :2005/11/24(木) 20:16:25
>>821 文学は感情を対象としている。
まさにその通りだ。芸術とは本来そういうものであり、
人間にとって感情は論理と同じく重要な、日常においてはそれ以上重要な機関だ。
故に文学の価値を論理で計るのは、半分ただしく半分正解。
なぜなら文学は芸術の中でも言葉を使用するためもっとも論理の部分も際立たせることができるからだ。
>>821 感情を対象とする自然科学だと思ってた。
824 :
sage :2005/11/25(金) 19:38:45
文学が自然科学なら哲学も自然科学になってしまわないか?
825 :
吾輩は名無しである :2005/11/25(金) 19:57:43
数学・哲学・文学(おまけ)は自然科学ではありません。
826 :
吾輩は名無しである :2005/11/25(金) 20:01:53
数学は自然科学じゃないか…どんな分類になるの?
827 :
吾輩は名無しである :2005/11/25(金) 20:10:12
論理学の中です。
828 :
吾輩は名無しである :2005/11/25(金) 20:22:07
数学は哲学の中じゃないの?
829 :
sage :2005/11/25(金) 20:37:45
数学は結果として自然科学を説明する言語となっているが、 何故人間の産物であるもの(数学のこと)が そうなるかは科学者にも分かっていないようである。 社会生物学者のウィルソンがいっとった。
文学なんて所詮は世間と上手く折り合えない奴の戯言で 独り善がりのマスタベーションなんだよな。 プルーストなんざ引き篭もりだし、太宰治は自己愛性人格 障害だし、三島やオスカー・ワイルドはホモだし、へミング ウェイなんて虚言癖のあるアル中だろ。こういう社会と上手く 適合出来ない人間がどうして適合出来ないかを延々と説明 してるのが文学作品なんですねぇw 文学作品で世界が開けたなんてアホもたまにはいるようですが 文学かぶれで人生航路を歪めてしまった人間の方が余程数は 多いと思います。
831 :
sage :2005/11/25(金) 20:41:36
プルーストの末裔引きこもりの僕が来ましたよ。 それら精神的に不具合なりを持っている人間の内的行為(想像等)が、 こうして人類のの精神過程のある種代表のようになっていることが 我々人間が他の生物よりもより多様な存在であることの証左となっているのではなかろうか。 どんな人格であれ、一つの人生を歩む時は必ず精神的にマイナスのベクトルを持ってしまうのは一度や二度ではない
>>829 数学は・・・完全な人間の産物じゃないっしょ?
むしろ真理の方から下ろされた蜘蛛の糸じゃないの?
833 :
sage :2005/11/25(金) 20:49:56
>>832 んー、別に完全に人間の産物とは言ってないけどね。
数学は哲学同様、人間の頭の中だけで考えようとする傾向にあるけれど、
頭の中で考えるとしても数字などのように人間の曖昧さによっては左右されない
確固とした概念をもっているから、たとえ頭の中だけで計算しても明確な答えが導きだせるんだろう。
あと幾何学の問題もあるし。でもそれは今回の主題と関係ないので数学版のほうに行こう。
sageはメール欄に書けよな、この禿げっ。
835 :
sage :2005/11/25(金) 20:51:46
剥げだからわざとやってんだ
あ、スマソ、文学板で数学は… でも数学の精髄は詩そのものだと思うけどね。 終わり。
>>833 人間の曖昧さは、言語に起因するんだよ。
存在は曖昧ではない。て、主題に関係ないからスルーで。
838 :
吾輩は名無しである :2005/11/25(金) 21:09:49
>>837 それはけっこう主題に関わる問題だと思う
存在が曖昧でないとしたら、それを曖昧な言語を用いてどう証明しうるのか
というのは文学における大きなテーマのひとつであり続けるはず。
840 :
sage :2005/11/25(金) 22:30:38
ハゲでバカでsageって、何?な、ボクが来ましたよ。 人間の曖昧さは言語に起因しているのなら、言語あっての人間になってしまうと思う。 言語は人間が作ったものだ。すでにして人間そのものが全能でないのではなかろうか。 ともあれ文学が人間を描いたものであるのは確かだな。 文学的な真理っていうのは、どんなものかいまいち分からなくもあるが…
車に例えると、文学がハンドルで、自然科学はタイヤだね。
>>830 その時々の社会に適合できない個体の価値を知っている集団だけが、
環境の変化にあった時、なんらかの形で残ることができる、というのは
人間がなぜか持っている信仰の一つだと思う。
843 :
吾輩は名無しである :2005/11/26(土) 15:10:17
こういう曖昧なスレ読むと柄谷行人読みたくなる。
844 :
吾輩は名無しである :2005/11/26(土) 15:43:45
極端に言えば環境に劇的な変化があったとき、環境に適合しなかった奴しか生き延びていない。 環境に適合したものはその環境とともに滅びる。
核兵器以来、「劇的な変化」があれば一発で全員死ぬだろ って感じなので、適合しないほうが生き残る可能性がある というのを「信仰」といってみた。
簡単に思いつく変化といえば、人間の価値が低下するということだな。 あらゆる分野で技術が向上している点で、人為的に何かの対策を しないと、人間は際限なく増えるだろうね。 多すぎるものには無条件で嫌悪感を催すのが人間の性だろ? もちろんそれ以前に資源や食物の不足による困難な問題で追い立てられるだろうけど。
話の本筋に関係ないのだろうことは承知で、あえていわせてもらえば、 あらゆる分野で技術が向上してる国では、人間は減る傾向があると思います。
くだらない(笑)。 このスレにいるのは、本もろくに読まずうだうだひとり考えては 悦に入ってるようなダメ人間ばっかりなんだろうね(笑)。 もっと本を読もう!!
849 :
吾輩は名無しである :2005/11/26(土) 19:46:09
>>848 中卒激馬鹿ニートの俺は何を読めばいいのか教えてくれ
850 :
sage :2005/11/26(土) 19:51:43
851 :
美香 ◆ESCVVanDCU :2005/11/26(土) 19:54:34
>文学の価値って何だ? 死ぬまでの時間つぶし。
下らない事を言わせたら一位だな
853 :
吾輩は名無しである :2005/11/26(土) 20:20:55
>>851 それは中学生の意見。もちょっと頑張って書いて。
>>845 核兵器ぐらいの変化なら余裕で生き残るやつはいるよ。お偉いさんたちとかね。
そうじゃなくて天変地異的変化。過去5回起きている。地球のダイナミクスにかかれば
9割の種が絶滅。その後は目立たず細々と生きてきた生物が進化繁栄。
854 :
吾輩は名無しである :2005/11/26(土) 20:26:37
進化繁栄してきたのはみな逃げ続けてきた生物の末裔です。 うまく適合できた奴は海に留まり、出来なかった奴は川に逃げ、 それでも適合できなかった奴が陸へと上がった。要するに逃避だ。 逃避こそ進化である。
855 :
吾輩は名無しである :2005/11/26(土) 21:27:45
進化は逃避ではなく、環境に適応しおうとした結果です。 適応しようとするのは努力であり、生存逃避であり、 逃避ではありません。 逃避的な精神は惰弱な精神であり、そこに高尚な作品は生まれないでしょう。 地下室とて作中では逃避した今で言う引きこもりの人間でしたが、 作者のドスト自体は逃避することはありませんでした。 常に苦痛にまみれ、その中で偉大な作品を創出していったのです
856 :
吾輩は名無しである :2005/11/26(土) 21:28:35
↑ 生存逃避×→生存闘争○
857 :
吾輩は名無しである :2005/11/26(土) 21:55:45
逃避があって始めて努力できる言い換えれば、努力できる場所を探すという意味で逃避です。 だからそこでいう逃避と生存闘争はおれの書き込みの中では同値です。 少なくとも逃避は生存闘争の内に入ります。ほんとうの惰弱な精神とは何か。 それは努力できる場所を探さないことである。 かつての肺病病みは文学に逃げた。すなわち文学に努力の場所を見出した。 それが良いか悪いかは別として、そういうものから高尚なものが出てきた。 ドストとて賭博狂であって決して逃げていなかったのではありません。 どちらかといえば逃げていた人です間違いない。
858 :
吾輩は名無しである :2005/11/26(土) 22:03:50
俺は惰弱な精神に蝕まれていたわけか。 よしっ!逃避できる場所を探そう!今より私は動き出す。
859 :
吾輩は名無しである :2005/11/26(土) 22:04:41
あっ!一人称が…。やっぱダメポだね。
860 :
吾輩は名無しである :2005/11/26(土) 22:08:27
>>858 どんまいジギル。
>>857 言ってることは大体俺も同意するけど、進化うんぬんは定義が違うからね。
逃避という概念を拡大解釈してるだけだよ、それじゃ。
文学とかはある種逃避の産物だというのは、俺もそう思うけど。
861 :
吾輩は名無しである :2005/11/26(土) 22:13:06
拡大解釈は釣り道具です。 言いたいことが大体伝わればそれでよしとします。
ちょっと話が大きくなりすぎのようなので一応いっておくと
適応って言葉を出したのは
>>830 への一応の反論としてで。
進化云々をそれ自体で言い出すと、またちょっと
違う感じがする。
863 :
吾輩は名無しである :2005/11/27(日) 00:20:12
生への執着が進化へと繋がった。 人類は知を獲得することによって生存率を上げたが、同時に 身体能力を大幅に失い、常に細菌とウイルスの脅威にさらされる 羽目になってしまった。ちょっとした皮肉だね。
その意見が、いったいどういうふうに「文学の価値」という お題とつながっているのか分からない。
865 :
吾輩は名無しである :2005/11/27(日) 01:17:27
我々人類にとって生存以外になにかが普遍的な価値を持つということはない。 死ねばすべてが無価値になるからだ。
ニヒリズムですか
867 :
吾輩は名無しである :2005/11/27(日) 01:31:08
レトリックに尽きる
868 :
吾輩は名無しである :2005/11/27(日) 01:32:16
生存を肯定してるんだからニヒリズムではないんじゃないの? というか、ここってほんとに主題から脱線しやすいね。 議論に広がりがあるって点ではかえっていいと思うけど、 そっからの発展性が全然ないんだよね。
869 :
家出猫 :2005/11/27(日) 02:22:47
つまり白桃を読めってこったな
870 :
吾輩は名無しである :2005/11/27(日) 02:30:26
『ある物』に価値を与えるのは有用性と希少性である。 例えば空気は有用だが、誰でも簡単に入手でき、希少性がないから価値がない。 ごみは世界に一つしかない珍しいものであっても、有用性がないから価値がない。 有用性とは、欲望された目的の実現に対する貢献性のことである。 人間の生存の主目的は、自己のシステムの維持と発展である。 そしてそれを阻害する開放系のエントロピーを減らすためには、低エントロピー資源を環境において増やさなければならない。 そのため有用な低エントロピー資源は、自己のシステムの維持と発展にとって価値がある。 希少性とは需要に対する供給の不足であり、獲得困難性である。 『ある物』が希少であればあるほど、その獲得の不確定性(エントロピー)は増大する。 逆に言えばこの不確定性の否定である『ある物』の獲得には、(生産の観点からすれば) エントロピーの大きさに応じたネゲントロピー(マイナスのエントロピー)があるということになる
>>817 一方でその納得できるってのが、むしろその見立ての疑わしさにも通じてしまう。
失礼だけど、自分で書いてみて、破綻してると思わなかったの?
納得できるのが、疑わしさに通じてしまう?じゃあ、地動説を疑ってください。
>>全員
価値について考えるのなら、学生なら、哲学史の講義取ったほうが良いよ。
「普遍」的価値については、恐ろしいほど、議論の歴史的蓄積があるから。
少なくとも、稚拙な俗化進化論を頭から追い出すくらいには、役に立つ。
間違っても、このスレに書かれてるポエムを、「哲学」的とは言わなくなると思うよ。
文学についていうなら、近代文学の「価値」については、
>>778 でまとめてあるとおり。
真面目な人なら、いいかげんなまとめ方だと怒るかもしれないけどね。穴だらけだし。
でも、ここまでのレスを全部読むよりは価値があると思うよ。間違い無く。
自然科学、人文科学、社会科学の意味も知らない人が多いみたいだけど、ここは学問板なの?
「学」としての文学に興味を持つなら、最低限の知識は必要だと思うけど。
文学専攻の人とかはいないのかな?
そもそもさ、文学部なんてものに如何ほど価値があるって言うんだ ろうね?古典を頭の悪い、論文すら書けないような教授が講義する って事は無意味の最たるもんじゃないか。文学はパッションなんだから その作品が純文学であろうが大衆文学であろうが何処かで誰かの心の 琴線に触れたならそれでもう立派な文学作品と成り得る訳だよ。 『これはシェイクスピアという偉大な劇作家が書いた偉大な作品です。』 なんて講義したってさ、本当にその価値を知らない間抜けな教授が 教えられる訳ないだろ。
873 :
吾輩は名無しである :2005/11/27(日) 07:21:10
また馬鹿がきた
874 :
吾輩は名無しである :2005/11/27(日) 07:25:48
>>871 まさか講義でも始めるつもりですかい。
これだけ馬鹿が集う2ちゃんねる、ポエムになって当たり前。
お前も上から見下ろすばかりじゃなくて、まともに議論してみろよ。
上からでしか見られないのなら大学や予備校で満足してなさい。
>>872 大衆文学であろうが何処かで誰かの心の
琴線に触れたならそれでもう立派な文学作品と成り得る訳だよ。
あなたのように「文学」を理解するには、
文学の価値が内在的にあるのではなく、読者の解釈が主体的に関わるものだとする
パラダイムの変化が無くてはならならないんだよね。
それは、いわゆる「読者論」によって、もたらされた変化なの。
で、あなたはそのような「文学」についての常識を、学校教育によって手に入れました!
「読者論」は生徒の主体的な思考を育てるということで、積極的に学校教育に利用されたの。
国語のテストの裏面に、自分の解釈を書くような設問が無かった?あれみたいにね。
ということで、あなたの「文学」観は、間抜けな教授に輸入された理論を、
さらに俗化した、学校教育の賜物です。これが、あなたにとっての文学部の価値でした。
確かに、文学部の価値は俺も疑う所だけどね。いいかたが、嫌味になってしまった。
876 :
吾輩は名無しである :2005/11/27(日) 07:42:32
>>874 いや、おれはむしろ講義してほしいのだが。
>>871 が以前まとめたことは、普段読書している人なら納得できるし、
ここでは意識して考えていなかっただけじゃないか。
ただ何のままじゃ新鮮なものは感じられないな。あほだと言ったのなら、
あほとは一味違う何かを見せてほしいといのはある。当たり前のことしか言ってないし俺らあほと同じ。
ブックオフは創価企業です できるだけ利用しないで町の古本屋を利用しましょう 文学部の生徒はこのことを広めてください
価値ってどういう意味かな?
879 :
吾輩は名無しである :2005/11/27(日) 07:47:44
創価好きなわけじゃないがネットでは創価嫌いの声の方がたまにうざい。
880 :
吾輩は名無しである :2005/11/27(日) 08:03:49
創価を差別するわけじゃないがネットでも創価のしつこい暗躍はうざいを通り越して危険
881 :
吾輩は名無しである :2005/11/27(日) 08:05:32
そんな危険なものがどうして与党に?
882 :
吾輩は名無しである :2005/11/27(日) 08:19:07
文学の価値は人それぞれ。 文学部とは人のオナニーを研究しながらオナニーの仕方を覚える所である。 地動説などくそくらえ。
883 :
吾輩は名無しである :2005/11/27(日) 08:42:08
案外このスレって文学部の人少ないのかな。 哲学やってる人も少なそうだね。
これだけ人が集まって、アホばかりということは無いよ。 人のこと言えないけど、なんで暴力的な言葉のやりとりになるんだろうね。 文章表現に不可能な表現は無く、その巧緻を極めるのが文学、 虚構としての近代を打てるのは、虚構としての文学しかない−− とか、いろいろ文学の価値を考える人はいるけど、俺には良くわからない。 ただ、間違い無く言えることは、識字率とか流通網までを含めた、 広い意味での教養基盤の成立が、「文学」の誕生を促したということ。 積極的な受容者がいなければ、「文学」なんてものは無かったし、 もちろん、文学の「価値」なんてものも無かった。 文学の「価値」というのは、受容者が認める価値でしかない。 現在の読者が、受け継がれてきた読みのコード(だけじゃなくて様々な文化的蓄積) を放棄してしまえば、以前の「古典」は古典として存在し得なくなる。 それぞれが、文学的伝統・教養を放棄して、勝手に読めばいいだろ! って言ってると、共有されてきた価値としての文学は無くなるよ。 数え切れない人間が、命を削って手渡してきたバトンを受け取るのに、 間違って、チンポにぎったのでは、あまりにも浮かばれないよ。 でも、バトンと見るか、チンポと見るかは、それぞれの自由なんだし、正解は無いけど。
885 :
吾輩は名無しである :2005/11/27(日) 08:58:32
文学いや、人間の業がからむことのすべてがオナニーである以上、 バトンと見るのは買被りの極みと見て間違いはない。 作品を見せるいや、作品を作ることそのものが、 ろくに知りもしないいや、知り得ない人類のためを思うことそのものが、 オナニーである。だから握るのはチンポである。
886 :
結論 :2005/11/27(日) 09:12:28
真の文学とは命がけのオナニーである。
命がけでやったんだから、価値をどうにか付与してやりたい。
価値が元々あると思っている馬鹿は、さすがに今はいない。
>>884 はこのスレのアホな書き込みを強調して自分だけ目立とうとしているだけ。
内容は既出。
>真の文学とは命がけのオナニーである。 つか、存在そのものがオナニーなわけだから、 人間行為は全てがオナニーだわな、文学に限らず。 命がけ、ても、 人間の営為すべてが命がけなわけだから、いまこうしている瞬間も。 命がけであることを認識しつつなされる行為、だから 価値があるわけというわけでもない。
888 :
結論 :2005/11/27(日) 09:32:25
>>887 文学に限らずだよ勿論。そう書いてるでしょ。
命がけの意味をもうちょっと考えてね。
889 :
吾輩は名無しである :2005/11/27(日) 09:34:38
>>886 命がけでやったんだから、価値をどうにか付与してやりたい。
価値を付与してやりたい?
誰がそんなことを言ったの。
あなたは、ギリシア古典原文で読めますか?
例え、古代ギリシア語が読めたとしても、様々な注釈や、書誌学の助け無しには、
テキストに向かい合うことすら出来ない。オナニーとしてすら認識できない。
あなたにとって、テキストは意味を成さない文字(かどうかも謎)の羅列にしか過ぎない
作品と直に向かい合うことが出来る、というあなたの幻想を支えてるのが、俺の言う「価値」なの。
もちろん、ギリシア古典だけではなくて、どんな文化事象にとっても同じこと。
って、書いても無駄だろうな。
なんで、一所懸命にやったから価値がある、って風にしか読めないの?
なんで、さっきのレス、最後の例え話しか理解することが出来ないの?
第一、名無しでめだってどうするんだ?
酷すぎるだろ、あまりにも。これが、文学板なのか
890 :
結論 :2005/11/27(日) 09:40:29
>>889 おまえは読解力不足。何でもかんでも単純化して見下さずにはいられない俗物。
やったらめったらに馬鹿にする奴はよほど普段馬鹿にされて生きてるんだろうね。
とまあそれぐらい単純化して読んでるわけだ君は。
>>888 だから、君がそうやって2行を書く、
それが命がけなんだよ。そこに命がかかっているのであって、
その他のいかなる場所にも君の命は存在しない。
命、がわかってない。両者は無駄に命を費消しているだけ。
、
892 :
結論 :2005/11/27(日) 10:03:50
調子のんなぼけって前にも書いたろう? またあの変な学者気取りの俗物が降臨しますよ? ポエムwとか言いながらね。
893 :
吾輩は名無しである :2005/11/27(日) 16:42:14
894 :
吾輩は名無しである :2005/11/27(日) 17:20:41
>>871 歴史性云々の話は納得できるが、そういう「価値」のつけ方を信用するかどうかはまた別って言いたいんだろ。
それから、近代文学って、どこから近代文学なのよ?
あっさり近代国家成立とともに…なんて利いたふうな表現が出てくるわけだけど。
なんかあんた、花袋の『蒲団』は天皇制批判とかいうDQNな発言を鵜呑みにできそうなタイプやなぁ。
895 :
吾輩は名無しである :2005/11/27(日) 17:30:35
何にしても、歴史性だとかいう言葉に簡単に回収させられたら 作家も作品も浮かばれないやね。 まぁ、この手合いには、そんな言葉を使うと、もう「作家」だとか「作品」 なんてのが近代の…なんてことを嬉しそうに喋り出すからうっとおしいんだが。
896 :
吾輩は名無しである :2005/11/27(日) 21:35:16
>>871 は結構まともなこと言ってると思う。
とらえずあほとか、
バカとかそもそも論理ですらない話にもっていくのは非常に非生産的ではなある。
そもそも自分が全能であると思ってることが間違い。
自分なりの論をもつものは誰しも自分の論が正しいと思ってる。
897 :
吾輩は名無しである :2005/11/27(日) 23:06:33
テストザネイションで右右と出た。 これで心置きなく作家を目指せるってもんですよ。 頑張りマース!
え?
899 :
吾輩は名無しである :2005/11/27(日) 23:37:58
右右型の人がいわゆる荒らし。 左左型の人がいわゆる仕切りたがり屋。 左右型の人は稚拙なポエムを書き、 右左型の人は評論家ぶる。
900 :
吾輩は名無しである :2005/11/27(日) 23:47:31
そんな私のテストザネイションの結果は 左右型IQ142でした。
901 :
吾輩は名無しである :2005/11/27(日) 23:50:10
ハイハイw
902 :
吾輩は名無しである :2005/11/27(日) 23:51:32
おれは右右型のIq73でした、将来が心配
諦めろ…
904 :
吾輩は名無しである :2005/11/28(月) 00:02:51
きれいなうちにしんだほうが
905 :
吾輩は名無しである :2005/11/28(月) 00:09:21
その時の精神状態などでも変わってくるから。心配しないで。 表現手段は文学以外にもあるしさ、前向きにいこうよ。ねっ。
「近代」云々に関わらず、源氏、新古今とか、実際に古典としての価値を
継続して持ちつづけている作品があったことは事実。
歴史性というものが、文学的価値のひとつの側面であることも事実だろうけど、
それしか見ていないと、こぼれ落ちる「価値」というものもある。
>>871 は先ず自分の議論が、学問的流行という、歴史性の中にあることに
自覚的になるべきだろう。
文学作品がどの程度普遍性を持ち得るかは甚だ疑問だがそういう 意味でなら世界で最高の文学作品は旧約聖書だろうな。 多くの人間はあれを聖典として読んでるから誤解が生じるので あってあれは人間学の本として読めるんだよね。後に幾多も 作られる文学作品はこの作品をベースにして書かれた物が多い。 新約聖書は全然ダメ。あれはイエス・キリストと弟子達の プロモーションにしか過ぎない。
誰かが読んでくれることで価値があるなら、ベストセラーこそが価値のある文学である。
909 :
吾輩は名無しである :2005/11/28(月) 22:35:39
大昔の、宗教観やオカルト成分も入り混じり混沌としていた自然哲学のうち、 まともな学問は自然科学になり、今でいう哲学はその残りカスですから。 まぁ大衆娯楽としては価値があるだろうけれど、学問としては正直、無用。
自然科学的であることを学問のまともさの基準にしたら、 そりゃ哲学なんて残りカスだわな。
911 :
吾輩は名無しである :2005/11/29(火) 00:53:25
日本の学者の多くが知識のバランスを欠いているのは確か。 これは大学教育の問題なのだが。 若いうちは好き嫌いを考えないでいろいろな学問に触れ合うほうがいい。 よほどの天才でもないかぎり学問の抽象的本質をすらすらとらえることは容易ではない。 広辞苑によれば大学の文学部でいうところの文学は文学作品ということではなく人文学のことを指している。 一般に文学といえば文学作品、文学青年といえば小説を読む人のことを指す。 つまり文学は学問ではなく芸術作品である。 表現媒体としての優位性は 小説<<漫画<<アニメ となる。 小説は最も劣った文学の形態である。 あれだけグダグダ言葉を尽くさないと自分の言いたいことが表現できないのだから。 だから小説より詩のほうが芸術性が高い。
915 :
吾輩は名無しである :2005/11/29(火) 06:41:49
916 :
吾輩は名無しである :2005/11/29(火) 12:05:30
>>914 ほぉほぉなるほどーと読んでいたらなんだそりゃ?
小説が漫画とアニメより劣るだって?意味がわからん。
漫画とアニメはね。最初からそこに一つの表現形態として
あるわけ。それはすなわち、作者と読者の間には大きな壁が
存在してるってことなんだよ。
それに、「これを理解しろ」的な作者の強要がある。
まぁ、致命的なのは単純さだがね。
それに比べて小説は、読む人の数だけいろんな世界が
構築されるんだよ。表現手法も一般的ではなく、作者の
内的世界を垣間見ることができる。
>>914 これ自体、グダグダした上になおかついいたいことが伝わらない、
文章だが、もしかして詩を日常的に実践してんのか?w
918 :
吾輩は名無しである :2005/11/29(火) 12:51:04
閾値として読者と作者の相互関係は、人それぞれ差異が生じるのは至極当然である。その閾値の差異を突いたところで無意味ではないか。文学の価値を問えども、それ自体の意味内容に価値は見いだせない。
919 :
吾輩は名無しである :2005/11/29(火) 12:52:17
ヒマつぶしだろ、文学もこのスレも
閾値笑 差異笑
921 :
吾輩は名無しである :2005/11/29(火) 16:27:07
ぶんがくちゃがま
922 :
吾輩は名無しである :2005/11/29(火) 17:29:13
他人の暇つぶしをライフワークとする作家って、報われぬ存在か?
まあいいんじゃね? 目に見える報酬が貰えるならば。そういうのが大多数のような気がするが。
925 :
吾輩は名無しである :2005/11/29(火) 18:43:27
>>916 「想像力を働かす余地が少ない。」の一語ですむだろ。長い。
926 :
吾輩は名無しである :2005/11/29(火) 20:27:18
結論:暇潰し
927 :
吾輩は名無しである :2005/11/29(火) 20:28:09
>>916 図式化することでわかりやすくなる、図に描くとわかりやすくなるということだ。
作者の強要ではなくわかりやすいということ。
単純でわかりやすい表現ができるならばそうすべきである。
表現がわかりにくくなるのは単なるスノビズム。
文字による表現にふくらみを持たせるためにレトリックを使う。
しかし詩とちがい小説ではレトリックを駆使する必要はない。
小説はレトリックを用いずとも言葉を尽くして表現できる、言い換えれば説明的である。
929 :
吾輩は名無しである :2005/11/30(水) 09:35:03
何処からつっこんだらよいのやら。
小説ってのは小さな説だからね。 文章が説明的でも成立するって訳さ。私小説ってのはオナニーの 一種だな。『僕チンはこんなに惨めで哀れなんですが過酷な生を 生きています。』ってタイプの小説って多いよな。 自分自身を語るなんて奴は大概が自分を全然知らない奴なんだよね。 だから私小説って個人的に面白くない。私小説には文学的な価値を 俺は認めない。
931 :
吾輩は名無しである :2005/11/30(水) 12:07:44
>>930 私小説の文学的な価値を認めないということは
ある意味日本の近代文学の価値を認めないということに
なるんだが。
ちなみに藤枝くらいは読んだ?
932 :
吾輩は名無しである :2005/11/30(水) 12:46:24
私小説を否定するやつに限って、 藤枝静男は別格とかいうんだろうな。 私小説の流れのなかでとらえないと、 あの人の小説のすごさはわからないのに。
933 :
吾輩は名無しである :2005/11/30(水) 12:57:11
>>930 創作である小説と、作家個人の生活を、同一視するような幼稚さから
脱却しえた読者でないと、文学は語れない。
年齢にかかわらず幼稚な読み手も多い
934 :
吾輩は名無しである :2005/11/30(水) 13:11:53
とはいえ私小説批判自体、あまりにありがちではあるがな。 どちらも自分の言葉で語ってみ?
自分の言葉で語る必要性がないと言う事は詰り、 私小説に対する見解が統一的に纏ったと言う事でしょう。
936 :
吾輩は名無しである :2005/11/30(水) 13:17:27
私小説好きな奴って 高学歴で高収入、セックスしまくりで、 幸せな家庭を築いた 勝組人間が私小説書いたら、悔しくて読まないんだろw たかが小説なのに 一杯のかけそばでも読んでろ
937 :
吾輩は名無しである :2005/11/30(水) 13:20:40
文学、つかアートに統一も何もあるかい。
938 :
吾輩は名無しである :2005/11/30(水) 13:24:36
私小説? エタ非人みたいなもんだろ 下が下をみてストレス解消する。 ほとんどが安っぽい河原乞食芸だよ。
939 :
吾輩は名無しである :2005/11/30(水) 13:44:12
えらく無意味なレスが多いな
940 :
吾輩は名無しである :2005/11/30(水) 13:44:43
↑ おまえもなー
941 :
吾輩は名無しである :2005/11/30(水) 14:08:39
この間30秒。(ぷ
942 :
吾輩は名無しである :2005/11/30(水) 14:13:35
この間30秒。(ぷ
943 :
吾輩は名無しである :2005/11/30(水) 14:13:59
この間30秒。(ぷ
944 :
吾輩は名無しである :2005/11/30(水) 14:15:39
この間30秒。(ぷ
945 :
吾輩は名無しである :2005/11/30(水) 14:16:11
えらく無意味なレスが多いな
946 :
941 :2005/11/30(水) 14:17:41
オマイラ、通りがかりのオレに乗せられてんなよなw
○ ο /゛ヽ 丿 ゝ、、_ \  ̄\ |\ )、 、 i / ヽ | / ヽ||iii';;=、 、 \ \| \丿 \ ||/ / ,| |/ `"'< `i ゛ヽ`='' 、,___,;--―'ノノ / | / ヾ || ,-=― ゛` ' ' ノ-,=―--_,/'/ ,i ノ | | | ; ''~ i ( / ||ii|||""> / / '' | ヽ ' | |  ̄゛゛ ' / /ノ/ ヽ / , | //i \_ノ| ` -__i,, __) / / とほくそえんだ空手バカであった | | ;__. (" "' / / ノヽ  ̄`-- 、 /
両乳首後ろから同時こねくり
949 :
吾輩は名無しである :2005/12/02(金) 06:00:29
荒らすな。クソバカが。
950 :
吾輩は名無しである :2005/12/02(金) 07:05:56
何か俺の思ってたことと全く同じことを言った馬鹿がいたようなので、 考えを根本的に改めることにします。
951 :
吾輩は名無しである :2005/12/02(金) 07:28:26
基本的に、馬鹿は何を言っても馬鹿である。 嚢中の錐の意味を馬鹿に使う時の言葉を知らないおれも馬鹿であるが、とにかく嚢中の錐って感じ。 勉強や読書、金をどれほど積み込んでも馬鹿は馬鹿。皮肉なことに知恵を振り絞って必死になればなるほど 底から馬鹿液がぽたぽたと落ちるわけだ。 要するに俺の言いたいことは、全員しねということだ。
952 :
吾輩は名無しである :2005/12/02(金) 07:40:14
>>949 荒らす奴、必死に文学の価値を落とそうとする奴などは、
過去このスレもしくはどこかのスレで、馬鹿すぎな書き込みをしたせいで
ひどい扱いを受けた哀れな馬鹿であると俺は想像する。俺も昔経験あるが、
馬鹿な書き込みというのは、書き込んだ直後にああ、書かなければよかったと
思うものだ。思わなければ真性の馬鹿だ。真性の馬鹿に何を言っても意味はない。
だから許してやれそれくらいのことは。金に目覚めた瞬間から人は、他所を見ているようで実は自分より貧乏な奴しか見ないのと同様に、
見せ掛けの知性に目覚めた瞬間から人は馬鹿しか見ない。
953 :
吾輩は名無しである :2005/12/02(金) 08:21:28
美香QNWさま バカでクズで、「できぬ」といふ言回しは権威的らしく、「座視」といふ言葉遣ひは許せないと仰る。だつたらバカでクズと思ふ人間など相手になさらぬがよろしい。 削除はしません、記録として残しておきます。 ただし、今後の書き込みはお止め下さい。「総合学」氏についても、多くの方からメールや非公開コメントで、非礼な書き込みに対しては、いい加減に削除か反論せよと、忠告もされました。私はともかく、ここに来る読者の方に不快感を与へることは、私の本意ではありあません。 また、上記のやうな誹謗中傷はどなたであれ、許されるものでは無いでせう。今後、美香QNWさんには一切書き込みをお断り致します。今後のものは削除、です。以上。 福田 逸
954 :
吾輩は名無しである :2005/12/02(金) 09:14:46
文学を読むと、何故か、「清く正しく生活だわ」 とか思うw
955 :
吾輩は名無しである :2005/12/02(金) 09:21:22
全員詩んでください
956 :
吾輩は名無しである :2005/12/02(金) 09:25:15
何か俺の思ってたことと全く同じことを言った馬鹿がいたようなので、 考えを根本的に改めることにします。
957 :
吾輩は名無しである :2005/12/02(金) 12:04:29
958 :
吾輩は名無しである :2005/12/02(金) 21:30:17
春樹を読むと人は日常でのマイナス面を肯定的なものと変換することができる。 つまり、多様となった人間の精神と言うものは、苦痛などを用意いて、 ただしき進化の道すべへと強制するが、非常に嫌なものであるのは確かである。 文学とはその嫌なものを肯定してくれ、精神を正常な状態に整える役割をもっている。 つまり文学者とは精神の医者である。
958 「つまり」を短文に2回はNG!
つまり美香祭りは「NG!」って事ね
小説に限っていえば作者のメッセージが重要である。 小説家の才能とはそれを伝える物語がうまく書けることだ。 2次関数の変化は座標を用いて視覚的に表現することでわかりやすく理解できる。 2次関数のグラフは誰でも描けるが、メッセージをうまく伝える物語を書くには才能が必要だ。 それが小説家の才能だ。
962 :
吾輩は名無しである :2005/12/03(土) 02:04:02
偉大なアーティストの共通項は奔放なセックスライフ
http://www.excite.co.jp/News/odd/00081133338895.html ---
創造的な人々はこれまでも積極的なセックスライフと関連づけられてきたが、
研究者たちは今回の研究はそれを実際の調査によって裏付けたと確信している。
研究によると、職業アーティストと詩人には4人から10人のセックスパートナーを持つが、
一 般 の 人 は 平 均 3 人。
ネトル博士は医学誌「The Proceedings of the Royal Society (B)」に発表した論文で
「これは男女問わずに見られる傾向で、非常に驚いた」と書いている。
また研究によると、セックスパートナーの平均的人数は作品の数が増えるにしたがい
増加する傾向にある。アーティストの作品がセックスパートナーの注意を惹き、
性的魅力を増幅するものと見られる。
年いくにつれて相手の数が減ってきたのは、ひとえに同年輩の女が好かないから。 いいかえるなら「若い子が好き」という、ただそれだけよん。でも40近くなると なかなかね。
964 :
吾輩は名無しである :2005/12/03(土) 03:02:37
965 :
吾輩は名無しである :2005/12/03(土) 03:24:29
966 :
吾輩は名無しである :2005/12/03(土) 12:20:36
>>965 「スケベ」などという低俗な言葉を用いるでない!
愛の行為はときに人間を狂わせることがあるが、プラス面に
働けば非常に大きな生産的原動力となるのだ。
967 :
吾輩は名無しである :2005/12/03(土) 14:01:27
スケベの域を出ないよ。
968 :
吾輩は名無しである :2005/12/03(土) 15:24:55
理解に苦しむばかどもだ
969 :
吾輩は名無しである :2005/12/03(土) 15:26:13
>968 おまいほどじゃない
>>968 てめえほど頭の悪いバカはそうそう居ないw
971 :
吾輩は名無しである :2005/12/03(土) 17:29:03
961>なんかどうでもいいんだけどよ、それって村上春樹? 2次関数しかできないんでしょうね。 永遠のものは11次関数できるんですが、何か?
973 :
吾輩は名無しである :2005/12/06(火) 05:21:45
残り27で結論を出せ!
974 :
吾輩は名無しである :
2005/12/06(火) 05:25:11