●●●芥川賞候補予想→受賞作予想17●●●

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362樋口直哉『さよなら アメリカ』250枚 ◆T61/rdmlFM
ぼくは袋を頭に被って生活している。「SAYONARA アメリカ」と印刷された紙袋だ。目の部分に穴を空け、そこから世間を覗き見る。
親には予備校に通うと嘘をつき、働きもせず、アパートで一人暮らしをしている。他人の財布からスリをして生計を立てる。
ぼくが頭に袋を被ったまま街を歩いても、誰もぼくに視線を送ったりしない。関わりあいたくないのだ。
袋を被ることで、容姿に対する差別もなくなるし、干渉されることなく人々を観察して楽しめる。
たまに若者達に襲撃されることもあるが、そうした場合は浮浪者の中に逃げ込む。頭から袋をとって服を脱ぎ、別人を装う。
袋男の噂を、街で女子高生達が話していた。ぼくは他の袋族を探しているが、いまだ発見できずにいる。今日も街を探し歩く。
ファミリーレストランで食事をとっていると、相席をしてきた若い男がいた。
彼はぼくと異母兄弟なのだと告白し、初めまして兄さん、と挨拶した。そしてぼくを尾行して観察したそうだ。
ぼくは弟の話に半信半疑でアパートに帰宅する。するとアパートには弟がいた。
弟はそれ以来、ぼくのアパートに引き篭もり、インターネットづけの生活を送る。ぼくは川べりを散歩していると、白い袋を頭に被った女性を発見した。
その女性を追ったが、見失ってしまう。目の前には放火された家があり煙が上がる。ぼくは逃げる。アパートに帰ると、弟の他に、その袋を被った女がいた。
女の顔はわからないが、その雰囲気にぼくは中学生の頃を思い出す。初めて袋を被ったのは中学生の昼休み、屋上で昼食を食べているときだった。
ぼくの心をひく少女が屋上にやってきて友達と食事していた。ぼくは近くにいるだけで興奮して、持っていた購買の袋を頭に被った。
すると気持ちが平静に戻った。それが初体験だ。
あの少女に違いない。ぼくと自称弟と袋女による三人の共同生活が始まった。(続く)
363樋口直哉『さよなら アメリカ』250枚 ◆T61/rdmlFM :2005/07/11(月) 07:15:51
(続き)
袋女はぼくを真似て彼女の袋に「サラバ NIPPON」と書き記した。袋女が来て以来、近所で放火が連続した。袋女の仕業ではないかとぼくは疑う。
スリをやるときは袋を脱ぐのだが、ぼくはそのとき袋を失くしてしまう。ぼくは新しい袋を手に入れて被った。
アパートに帰ると、ぼくの「SAYONARA アメリカ」という袋を弟が被っていた。
弟はぼくに成りすまし、袋女と協力して、新しい袋を被ったぼくをアパートから追い出した。
ぼくは窓からアパートの中を覗く。袋女は服をすべて脱ぎ捨て、袋を被っただけの裸体でいた。弟はうなだれている。
ぼくがアパートに入ると、袋女は消えていて、弟が死んでいた。そこに刑事が二人踏み込んできて、ぼくは逮捕された。
ぼくは今、個室に監禁されてこの記録を書いている。食事だけ小さな窓から供給される他は一切人と会わない。
ここは病院らしい。ぼくの精神は狂っていない。ぼくはどうやら死刑になるようだ。
弟も袋女も実は存在せず、すべてはぼくの袋の中で起こった出来事だ。そろそろ殺される時間だ。(了)