209 :
吾輩は名無しである:2007/01/06(土) 01:31:38
210 :
吾輩は名無しである:2007/01/10(水) 00:33:17
最近翻訳ラッシュ
211 :
吾輩は名無しである:2007/01/10(水) 21:22:16
バルトって要するに何?
ムスコ
バルト海
214 :
吾輩は名無しである:2007/01/10(水) 21:27:26
官能の戯れ
言葉あそび
216 :
吾輩は名無しである:2007/01/11(木) 10:43:03
晩年はもはや記号学者じゃない
217 :
吾輩は名無しである:2007/01/11(木) 16:00:54
小説家にはなれなかつたとおもふ
218 :
吾輩は名無しである:2007/01/11(木) 16:19:50
ロマネスクへの誘惑
脱神。最後の神への皮肉。
脱糞。最後の紙への皮肉。
221 :
吾輩は名無しである:2007/01/12(金) 00:34:48
一番すぐれているのはモードの体系かと。
222 :
%:2007/01/12(金) 01:27:09
「彼自身によるロラン・バルト」以降
ロマネスクモードに入った観がありますが、
自伝的かつロマネスクな方向性は
ヌーヴォーロマンの作家たちにも
影響を与えたんでしょうかね。
223 :
吾輩は名無しである:2007/01/12(金) 02:07:42
いわゆる「後期バルト」ね。
224 :
吾輩は名無しである:2007/01/13(土) 14:54:05
後期バルトは記号学者の背広を脱いだ快楽主義者
225 :
吾輩は名無しである:2007/01/13(土) 15:01:23
ちなみにその背広はアルマーニのものだった
バルトはアルマーニに背広を盗まれたイカ
それでもバルトはチェシャー猫の笑いを浮かべようと何度も試みている…笑
保守age
229 :
吾輩は名無しである:2007/01/13(土) 22:43:05
アルマーニに背広を盗んだのはクリステヴァ
このへんへ来るとちょっとほっとする。
保守age
バルトの「第三の意味」で卒論書きました。
彼の独特の文体には引き込まれますね。
233 :
吾輩は名無しである:2007/01/28(日) 03:08:56
保守age
234 :
吾輩は名無しである:2007/01/29(月) 23:21:51
明るい部屋はどうよ
235 :
吾輩は名無しである:2007/01/31(水) 18:00:16
薄暗いよ。この部屋。
ライト付けようか。カチッ
237 :
吾輩は名無しである:2007/01/31(水) 20:17:33
そこにはバルトにタチで挑む浅田彰の姿が...
バルト(いい眼鏡だな…)
いらん・ばると
240 :
吾輩は名無しである:2007/01/31(水) 23:07:03
浅田彰氏はデブ専ではありません。
241 :
吾輩は名無しである:2007/02/01(木) 01:18:21
浅田「ここはなぜかネタスレに傾斜しがちですね」
バルト「快楽はネタのエクリチュールのほうが大きいのだろう」
242 :
吾輩は名無しである:2007/02/01(木) 17:26:50
第58回読売文学賞研究・翻訳部門で
渡邉守章氏(ロラン・バルト『ラシーヌ論』)が受賞。
243 :
KEMANAI:2007/02/07(水) 00:37:06
『ラシーヌ論』はいつか読んでみたいと思いつつ積読なのを思い出したよ。
244 :
吾輩は名無しである:2007/02/23(金) 09:29:34
保守age
245 :
吾輩は名無しである:2007/02/23(金) 17:39:28
age
246 :
吾輩は名無しである:2007/02/23(金) 19:21:29
渡邊守章の著書と翻訳書を読むだけではなく、彼が演出する演劇を観ることが大事。
247 :
:「KEMANAI」@タコシェ:2007/02/24(土) 01:11:04
バルトにまとまったプルースト論がないのが不思議な気も。
248 :
吾輩は名無しである:2007/03/11(日) 15:25:04
保守age
249 :
吾輩は名無しである:2007/03/13(火) 07:46:32
松浦寿輝や丹生谷貴志にまとまったバルト論がないのが不思議な気…はしませんね、ハイ
250 :
吾輩は名無しである:2007/03/21(水) 22:05:26
保守age
251 :
吾輩は名無しである:2007/03/26(月) 10:37:14
保守age
252 :
:「KEMANAI」@タコシェ:2007/03/27(火) 00:58:29
文庫化はもうおしまいなのかな?
253 :
吾輩は名無しである:2007/04/10(火) 20:54:39
垂直の大騒ぎってどういう意味なの?
254 :
吾輩は名無しである:2007/06/19(火) 00:29:02
>>247 いつかはまとめようと準備していたらしいけど、その前に小説執筆の誘惑が来ちゃって
そうこうしてる間に死んじゃった。
批評集としてまとめられてるのではなしに
1冊まるごとの作家論として
たしかにプルーストはあってもおかしくないし
ARG論があってもいいと思うな。
ラシーヌとバルザックという19世紀までの古典だけじゃなく。
256 :
255:2007/09/26(水) 01:15:51
そういや、ソレルス論があったんだっけ。
257 :
吾輩は名無しである:2007/09/27(木) 01:18:42
フーコー、ドゥルーズ、デリダらの哲学者はバルトの参照が少ないが、
ジュネット、ド・マンらの批評家にはやはり影響が大きいのかな?
258 :
吾輩は名無しである:
直木賞作家村松友視の「私、プロレスの味方です」は、
猪木、馬場、鶴田、藤波、シン、ブッチャー、ザ・ファンクスらが全盛期だった
プロレス黄金時代に書かれた最も秀逸なプロレス論だが、その中の一つの章である
「ロラン・バルトよ、さようなら」は、バルトを論じるには欠かせない。