75 :
吾輩は名無しである:03/05/18 05:28
>>67 バリバリ矢作俊彦じゃん。
ロキノンで小沢が矢作にサインをねだったことが
報告されていたw
板違い。削除依頼よろしく。
77 :
吾輩は名無しである:03/05/18 11:36
>>75 そのまんまのタイトルが、
「マンハッタン・オプ」シリーズかなんかの中にあるの?
>>77 オプは矢作かもしれない。
午前三時についてはフィツジェラルドだと思われ。
さて、その記念すべき1曲目、「ハロー」といえば J・D・サリンジャー「エズメのために 愛と汚れ」
のおける「ハロー ハロー ハロー …」と習いたての言葉を書き並べる愛らしいチャールズを
連想される方も多かろう。しかしむしろ考えるべきは邦題ではないだろうか。
「いとこの来る日曜日」というシチュエーションを手がかりにするならば、たちどころにエーリヒ・
ケストナー「エミールと探偵たち」が想起されよう。
このドイツの児童文学の名作(まずい、英米からはずれてしまった)のあらすじは、いとこの女の子
とおばあさんの家を訪問する、主人公のエミールが、その途中、汽車の中で泥棒にあい、
お金をなんとか取り返すべくベルリンの少年たちと協力して…というもので、何といとこの
女の子は主人公を自転車で迎えに来るのである。
この歌では、役割と性別をきっちり正反対にしてあるのが、フリッパーズ流のひねた素直さ
といったところだろうか。こうしたポジとネガのような対応は、他にもいくつか見受けられる。
例えば「FIRST OF A MILLION KISSES」(フェアー・グラウンド・アトラクション1st)という美しくも
ロマンティックな概念に対する「千回目のキスシーンすんで口の中もカラカラさ」という物憂い
倦怠感への変換。これはフリッパーズの歌詞が常にロマンティックを志向しているわけではない、
という一証左ともなろう。
エーリヒ・ケストナー「エミールと探偵たち」
岩波少年文庫 岩波書店
柴田: いやいや、そんなことはない。ぼくらだったらベンチャーズとかそういうの
だった。それでクィーンが出てきたときに、もうロックのことを進化論的に考えても
仕様がないのかな、 と思ったんですよ。あの頃からシンセサイザーを使うのが
まったく当たり前になった。シンセサイズというのは、統合するとか、合成するとか、
総合するということじゃない。 いままでのものを壊して新しいものを作るというより
は、いままでにあるものをどう使うかというように音楽がなってきたのかと思ったん
ですけどね。
小沢: それは音楽だけのことなんですか。
柴田: そんなことはない。たとえば文学だと、ボルヘスがほかの人の文章を引用
するだけで一冊、本を作ったりしている。しかもそれが、誰が見てもまぎれもなく
ボルヘスの本である、というふうになるんだよね。
小沢: そのことがロックについてなぜいま頃、声高に語られているんだけど、
ほかの芸術でもそういうことはがんがん進んでいて、それこそボルヘスなんて
どれだけすごかったかということになる。
柴田: だからロックで「引用」が大きな問題になっても、別にそれで、じゃロックは
死んだのかとか、ロックは何だったのかとか、というふうに過去形で問う必要は
まったくない。 大抵の芸術はそうなるということでしょう。
小沢: あっ、先生、『レザボア・ドッグズ』という映画を見てください。「スティーラーズ・
ホイール」の「スタック・イン・ザ・ミドル・ウィズ・ユー」という曲がほぼテーマ曲なんで
すけど、ようするに へんな時期のバブルガム・ロックみたいなものが、全編かかって
いるギャング映画なんです。エンディングにニルソンの「ココナッツ」という曲がかか
る。なんともいえないんですよ。 「スティーラーズ・ホイール」って、売れたんですか。
柴田: わからない。ぼくは、「スティーライ・スパン」の方が好きでしたね。
小沢: (白々しく)と、こういう調子で話ができるから、ロックは楽しいなあ(笑)。上の世
代の人と話せるのが楽しい。
柴田: 昔は世代を断絶する音楽だった。ドント・トラスト・オーヴァー・サーティーズ、
30歳以上は信用するな、というモットーでしたからね。 それがいまでは、ぼくが「若
者」に近づくための有難い共通項です。
小沢: ロックなんて、好きじゃなかったら、どうでもいいことでしょう。
柴田: でもジャズくわしくても、若者は敬意を持ってくれないわけですよ。
小沢: そうですね。
柴田: 大学で以前は「先生、村上春樹さんとお知り合いなんですって」と学生にうら
やましがられていたのがいま、「先生、小沢健二さんとお知り合いなんですって」とう
らやましがられる。(笑)
小沢: (白々しく)そういう意味では大人の世代と子供の世代をつなぐ役割をしている。
柴田: (白々しく)してるね。
小沢: じゃ、アメリカ小説の現在の翻訳状況というのは、ロックでいうと、どのくら
まで紹介されているんですか。
柴田: さあ……
小沢: ビーチ・ボーイズみたいなものは出ているわけでしょう。
柴田: わからないな。……ピンチョンだって、いま本屋さんで、『V.』を見付けようと思ったら大変でしょう。
小沢: 平積みで売っているところはないですよね。『V.』というのは、ロックでいうと、
どのくらいのレベルですか。
柴田: そうだなあ……ビートルズ、ストーンズのレベルなのかしら。いや、それは
大学教師のもの言いだな。なんで迷ってしまうかというと、ピンチョンは読みたいと
思う人や、 読んですごいと思う人よりも、読まなくちゃいけないと思って買っている人
のほうが圧倒的に多いと思うから。ロックはそこまではいっていない。聞きたい音楽
から聞かなくちゃいけない音楽になりつつあるにしても。
小沢: なりつつ、ばりばりある。
柴田: 行く末はそうなるのかな。カントリー&ウェスタンって、いま死んでるといって
いいの。
小沢: そうでしょうね。
柴田: ああいうように伝統芸術になって、絶え間ない自己反復をやるようになるの
かな。つまりいちばんの違いは、ぼくなんかはアーティストの系譜の中でロックを
聞いていた。 それがそうじゃなくなって、聞く上でも作る上でも、ジャンルの総体と
どうかかわるかが問題になってくるということかなあ。
柴田: 60年代の末というのは、ロックが「われわれが」という言い方を覚えた
というか、やたら「ゲット・トゥギャザー」とか「ウィ・キャン・ビート・トゥギャザー」とか、
「トゥギャザー」というのがあの頃のキーワードですね。 その頃は音楽だけの話では
なくて、「われわれ」若者が世の中を変えるんだという、そういう希望、妄想を持てた。
それが70年代に入って、急速にシラーッとして、逆に小さいぽく、わたしというのを
緻密に歌うようなシンガー・ソング・ライターが多くなってきた。世の中の流れに
くっついている、というか。 というように社会史に説明できるのは、70年代の半ば
くらいまで。あとは正直言って、よくわからん(笑)。だんだん歌詞が括弧つきになって
いるということぐらいしか分からない。 サザンオールスターズは「〜したら」という
言い方が多い。フリッパーズ・ギターは「〜だろう」という言い方が多い。「だ」じゃない
ですよね。
小沢: すみません、もう最近「〜だろう」はやめました。
柴田: いや、謝ることはない。時代精神の体現なんだから。(笑)
小沢: ぼくが「〜だろう」という言い方をしなくなったのも、そうなんだけど、それも
やっていければ、サザンと同じで「〜だろう」派みたいになってくる。それにぼくが
「〜だろう」を開発して使いまくってた頃は確かに時代精神だったように思うけど、
下手にぼくの真似して「〜だろう」とか言う奴とか出てくるってのは違うでしょう。
それじゃ時代精神ごっこというか……。でも、いきなり括弧が取れて「だ」ということ
はないですね、きっと。
柴田って、勲?
柴田: 小沢くんはものすごくたくさん聞いているでしょう。
小沢: 柴田先生からもらったレコード、そこには15年間くらいのものが順番が
目茶苦茶に入っているじゃないですか。なんでこんなレコードが入っているだろうと
思うんだけど、 それがもらってから2年たってピピッとして、「これかあ」なんていう
ことが、あったりする。
柴田: 読者のために注釈すると、それって部屋の掃除のときに、小沢くんに
好きなの持ってっていいよと言ったら、じゃ全部もらうと持って行ったものなんです
けど、そうか、じゃ、またあげるよ。
小沢: 本当ですか。
柴田: うん、まだ少し親の家にある。同じことを本でだれかやってくれないかな。
小沢: それも狙いたいですよ。
小沢: 「ウッドストック」にカントリー・ジョー&フィッシュというのが出ている。1
分半ぐらいだけ。あの人たちって、なんであんな フェスティバルに出ることになっ
ちゃったんですか。格とか、あまりにもみみっちいように見えるんですけど。
柴田: カントリー・ジョーは、初期には結構ラディカルだったんです。メッセージが
あれば、わりと音楽はどうでもよかった。
小沢: ジャ・ジャ・ジャ・ジャ・ジャッ、マリファナ、というだけの曲ですね(笑)。カント
リー・ジョー&フィッシュみたいなものが、 強いのかなあという気がしますね。
柴田: どういうこと?
小沢: 目茶苦茶さがロックだというか、単純バカというか、単純に滅茶をやるという
か。
柴田: それはジャズにもないし、ほかのリズム&ブルースにもないロックの強みじゃ
ないかな。
小沢: だといいなあ、と思って。
柴田: それはそうだと思うよ。スティーブ・エリクソンも愛読してるレスター・バングズと
いうもう死んでしまったロックの評論家がいるんだけど、阿呆をやることがロックの本
質である(笑)、 みたいなことを言っている。
小沢: そういう阿呆をやる方向に向いている奴は、聞く気になりますね。
柴田: 阿呆をやっていいジャズ、というのは考えにくい。フリー・ジャズとかたしかに
目茶苦茶だけど阿呆じゃないですよね。やっぱり「思想」であって「深み」が出てきた
りするのが価値だと一時、 思っていたけど、実は深みなんてどうでもいいんじゃない
かな。それがロックの強みじゃないかと思いますけどね。
小沢: だからロックはカントリー・ジョー&フィッシュに向かうとおもしろいなと思って。
柴田: やっぱり阿呆をやることの輝きというのは、ロック独自のものかな。
小沢: ぼくもそれは素直に思う。
柴田: でも小沢くんのような頭のよい人間が阿呆をやるのは、下手するといちばん
悲しいことだから、やらないほうがいい。(笑)
小沢: でも、ぼくは力強い、頭が筋肉で出来ているような阿呆というのは、やっぱり
好きですね。(笑)
板違い。削除依頼よろしく。
この対談の面白い箇所はどこ?
歴史的資料としての価値はあるな
91 :
吾輩は名無しである:03/05/18 17:05
板違い。削除依頼よろしく。
無意味に改行すると鯖の負担になるよ?
93 :
吾輩は名無しである:03/05/19 00:38
94 :
吾輩は名無しである:03/05/19 01:01
パクリ
95 :
吾輩は名無しである:03/05/19 09:42
午前3時はサイモンアンドガーファンクルって線も考えられるな。
「やがて鐘が鳴る」は三田誠広の「やがて笛が鳴り、僕らの青春は終わる」
からでしょうな。
96 :
吾輩は名無しである:03/05/19 11:33
ロリポップソニックの歌詞ってどうだったの?
いくらなんでも柴田以前では?
97 :
吾輩は名無しである:03/05/19 16:28
照れないでフリッパーズ聞ける奴らが羨ましいと思ったのは俺だけじゃないはず。
その微かな後ろめたさがいいんじゃねぇか
>>97-98 そういった意味では
>柴田: でも小沢くんのような頭のよい人間が阿呆をやるのは、下手するといちばん
>悲しいことだから、やらないほうがいい。(笑)
ここが一番的確に表していると思うな。
100 :
吾輩は名無しである:03/05/20 15:42
>100ゲットニダ ━━<ヽ`∀´>@∀@)`ハ´)´Д`>━━!!!!
>>100は韓国固有の領土ニダ!
/|__
>>99 所詮チョパーリの脳ミソではウリには勝てないニダ!!
/ ̄ | ヽ
>>101 謝罪と賠償を要求するニダ!!
___<<丶`∀´>
>>102 102ゲットした栄光ある
>>102は在日ニダ!
=≡ / .__ ゛ \ .∩
>>103 中国様!?ごめんなさいニダ、
>>103は差し上げますニダー
‐=≡ / / / ◎/\ \//
>>104 4コタホアー!!ティンコたってハムニダ!!
‐=≡ ⊂_/ / / .\_/
>>105 チョパーリ女発見ニダ!!レイープするニダ!!
‐=≡ / /
>>106 には名誉国籍をくれてやるニダ!! 拒否は許されないニダ!!
‐=≡ | _|___
>>107 200ゲットはさせないニダ!! レーザーポインタを食らうニダ!!
‐=≡ \__ \
>>108 ウリこそは北東アジアの盟主ニダ!!アガシを献上シル!!
‐=≡ / / /
>>109 109はウリナラ起源ニダ!!チョパーリが取るなど半万年早いニダ-!!
``) ‐=≡ // /
`)⌒`) ‐=≡ / | /
;;;⌒`) ‐=≡ / /レ
;;⌒`)⌒`)‐=≡ (  ̄フ
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ̄ ̄  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
101 :
吾輩は名無しである:03/05/21 02:20
love and dreams are backの「撃つためのドライフルーツ」って
どのように解釈すればいいのでしょうか?
また、スターコレクターってなんだろう。デパートにあるもの?
私が想像しちゃったのは、屋上の遊戯機だったんだけど。
102 :
吾輩は名無しである:03/05/21 15:06
103 :
吾輩は名無しである:03/05/21 15:06
104 :
吾輩は名無しである:03/05/23 17:13
∧_∧
ピュ.ー ( ^^ ) <これからも僕を応援して下さいね(^^)。
=〔~∪ ̄ ̄〕
= ◎――◎ 山崎渉
IP出ないの、山崎タン?
107 :
吾輩は名無しである:03/05/30 14:42
>>45 >例えばBig Bad Bingo とかは Elbow Bonesの A Night In New York(84)
>そのまんまだから
これ読んで、通販でElbow Bones買ったけど、
ぜんぜん似てないぞ!
>>107 あんな知ったかキモカキコを信じる藻前がアホ。
そういう言い方は(・A・)イクナイ!
まあ、音に関しては、
たしかにミモフタもないパクリが大量にあるわけだが。
とくにヘッド博士。
「ヘッド博士」は大量のサンプリングです。
確かに意味としてはパクリ=サンプリングですが、
響きが変わってくると思うのです。
パクリ=悪、恥知らず
サンプリング=文化、元ネタへの敬意
「ヘッド博士」を聞いた何年後かにスライやビーチボーイズに
触れる機会があり、二重に感動しました。
今じゃ、こんなレコードは著作権の縛りでなかなか作れないと思うな。
2ちゃん上だと往々にして、借用や引用、剽窃、模倣、踏襲、盗作、オマージュ、パロディetcを
一緒くたにして「パクり」と言ってしまうことが多いから混乱が起きるんだよね。
誰かそこんとこ整理して2ちゃん上に流布してくれないかな。
>>112 >一緒くたにして「パクり」と言ってしまうことが多いから混乱が起きる
いろんな板、いろんなスレでそういう局面に遭遇し(フリッパーズや
小沢がらみのことも多かった)、何度も懇切丁寧に説明したけど
まあ無駄だったね。
基本的にあまり教養のないアフォが多いわけですから。2ちゃんには。
パクリとサンプリングの違いくらいはわかる(正確な定義づけはできんがな)。
ついでに言えば、パクって悪いとも思ってない。
が、
パクリ=悪、恥知らず
サンプリング=文化、元ネタへの敬意
なんていう定義づけは ? だが。
そもそも、そんな定義づけでは、単なる好き嫌い以上の
区別のしようがあるとも思えん。
イメージとしては、サンプリングの方がニュートラルだな。
というか、サンプリングってのは、主に、
音色もそのままにして拾ってくる行為を言うと思うがな。
で、パクリは、コードは一緒だが自分で弾いてるとかそういう。
あと、やはりパクリの方がネガティヴに響きがちではある。
具体例で言うと、
Dolphin songならば、
ストロベリースイッチブレイドの部分は完全にサンプリングだな。
で、
バッファロースプリングフィールドの部分はパクリだな。
(だからイケナイとはまったく言ってないからね)
>基本的にあまり教養のないアフォが多いわけですから。2ちゃんには。
たまに2ちゃんねる上でこういうこと言ってるヤツいるけど、
お前はどこからモノを言ってるんだよ、と言いたいな。
世の中にはアフォじゃない人間もいるという、非常に当たり前のこともわかりませんか?
むかしロキノンジャパンで、「フリッパーズのやろうとしたことは、現代の『ドン・キホーテ』なのだ」
って書いてた椰子いたな。鋭いなと思った。
セルバンテスはあの書物で、当時の流行だった騎士道物語の引用やパロディーを通して、
徹底的な物語批判を行なった。
風車を相手に(それと自覚しながら)立ち向かう愚直さも、実はフリッパーズの
一面だったりしたわけだしね。
>>115 まさかと思うけど、あたくしに向かって言ってる質問じゃないよね?
118 :
吾輩は名無しである:03/06/01 10:35
>>114 >バッファロースプリングフィールドの部分はパクリだな。
あの部分は演奏し直してるの?
僕も昔、サンプリングのみで曲を作ろうとしたことあるけど、
あれはキーが同じ曲同士を繋げないとといけないから、
かなり選曲が制限されるね。自分で演奏したほうが早い。
今の機材は、ネタのキーとか、テンポも変えられるのかもしれないけど。
>>114 >音色もそのままにして拾ってくる行為を言うと思うがな。
自分たちで演奏できるスキルの持ち主たちが、なぜ「敢えて」流用という手段を選んだのか
という、その意図の部分が重要だよね。
>>119 だね。118さんによると、そのままサンプリングの方が実はめんどいみたいだし。
>>118 あーどうだろう。
ちょっと改めてききくらべてみようかな。
どちらも長いこと聴いてないから。
>>119 あ、サンプリングが簡単ってのと、
サンプリングが実はめんどいって具合に、
ちょっと意見が違うのに気づかなかった。すまそ。
頭悪い人ですね、このコテハンさん。
>>122 もとより、それは認めるよ。
以後ななしで。
真・スレッドストッパー。。。( ̄ー ̄)ニヤリッ