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井村恭一「不在の姉」100枚 ◆T61/rdmlFM :
わたしは名前をつける仕事をしている。新しくできた町名や施設や物の名前をつける。
住んでいるアパートは他の住人がいなくなり大家の倉庫になってしまい、わたしは管理人を任される。
三十を過ぎた姉が仕事を持ってきた。姉はビルとビルの間にある路地にわたしを案内した。
通りから隠れた細長いその空間で、豚肉を焼いて客に食べさせる店をやるのだと姉は言った。
路地の奥にはマンホールがあり、その下には戦時下に政府によって作られた馬車道が残っていた。
わたしは姉に連れられて地下の馬車道を行く。照明は所々にあり、薄暗かった。
地下では大量の豚が放し飼いにされていて、馬がそれらを追い立てて飼育していた。
姉はそこから豚を殺して地上へ運び、わたしが葱を切ったりして酒も出し、客に食べさせた。
美津さんという女性を雇った。美津さんは地下の地図を作り始めた。わたしと二人で地下に降りたとき、肉体関係を持つ。
新たに雇った関東君は、この店を大規模にしたいと姉に希望する。
客のスガシマさんと関東君が喧嘩になって、大勢の人数が入り乱れ大騒動になった。
警察が踏み込んできて、わたしと姉と美津さんは地下に逃げる。彼らは地下に追ってきた。豚の大群を姉は指揮して、彼らを撃退する。
そんなわけで店を畳むことになった。わたしと姉は幼い頃、洪水にあったことを思い出す。
あの洪水のあと行方不明になった父と犬を、母は未だに探している。
わたしは姉が父や犬の居場所を実は知っているじゃないかと思う。(了)