■■小説現代新人賞■■

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618佐川光晴「家族の肖像」150枚
陽子は小学生の一人娘と共に母子家庭を営んでいた。
そこへ愛人との生活をやめた夫が五年ぶりに居ついた。
一人娘は、父がほとんど家にいないのは、遠くで働いているためだと騙されていたため、夫が毎日家にいるのに大喜びで、陽子はハラワタ煮えくり返る。
陽子は親兄弟から早く離婚するように懇願されていたが、あっさりと夫の帰還を許す態度に、親兄弟からも呆れられ見放される。
家族三人の絆を取り戻そうと、スポーツクラブに入会するも、娘と夫ばかりが仲良く楽しみ、陽子は蚊帳の外へ弾かれてしまい、嫉妬に狂う。
だが陽子は夫を心底憎めなかった。それは夫も多大なる苦労を背負った人だったからだ。
夫は両親が共働きで家政婦に育てられ、父が異常なまでに厳格で、幼い頃よりしごかれてきた。
夫の父は一代で財をなした人で、自動車教習所やパチンコ店など、湘南近辺の名士となった。
だがワンマン経営だったため、経営はすべて傾いていて、夫の父の死後、銀行はすべての事業を売り払うことを命令した。
残された遺産を親戚一同で奪い合い、陽子の目の前で夫をリンチにかけた親戚もいた。
そのごたごたの後で、夫は陽子と娘を捨てて、遺産を使って愛人との暮らしを選んだ。
陽子は夫が帰ってきてからというもの、体調を崩すことが多くなり、それはストレスが原因だと医師からも言われていて、夫に夢中な一人娘のことで、悔しくてならなかった。
親戚一同が集合した写真を前にして、夫は誰一人として親戚の名前がわからなかった。夫は娘だけを見て楽しんでいて、その背後にあるだろう血縁関係などまるで意識したことがないのだと陽子は驚き怒る。
そしてある日、陽子は倒れ、聴力をすべて失ってしまった。
そのときになってようやく、陽子は夫に対する不満を、ホワイトボートに書き連ね、泣き喚き怒り続けた。
一人娘も親戚達に、父が不在だった真相を尋ね回り、夫は俺が悪かったと謝る一方で、陽子は取り乱して手話を習う気にもなれない。
これから家族三人にとって本当の戦いが始まる。(了)