1 :
吾輩は名無しである:
誰か教えてください。
2 :
吾輩は名無しである:02/09/29 21:39
心理学板向きかなぁ。
3 :
吾輩は名無しである:02/09/29 21:39
そもそも必要としてるかどうかが怪しいぜ。
よく考えろ。
4 :
吾輩は名無しである:02/09/29 21:41
感傷に浸る人は大勢いるらしいことが最近の調査で判明した。
5 :
吾輩は名無しである:02/09/29 21:41
現実が耐え難いほどつらいから。
6 :
吾輩は名無しである:02/09/29 21:44
>5
現実で幸せな人は物語を必要としないのかな?
7 :
吾輩は名無しである:02/09/29 21:45
いや、むしろ現実を構成するためでしょう。
8 :
吾輩は名無しである:02/09/29 21:46
現実で幸せならその物語だけでいいだろう。
ほかの物語をのぞむこともない。
9 :
吾輩は名無しである:02/09/29 21:47
_,..-――-:..、 ⌒⌒
/.:;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;::.\ ^^
/ .::;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;::..ヽ
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
:::::;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;::::
:::::::;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;
::::::::::::::::::::∧_∧ 現実は、つらいなー。
::::::::: < ::;;;;;;;;:> 耐え難いほどだよ・・・
_.. /⌒:::;;;;;ヽ
-― ―'ー'-''―-''/ / ::;;;;;;;;:| |―'''ー'-''――'`'
,, '''' . ''''' と./ゝ_;_;_ノヽつ 、、, ''"
,,, '' ,,, ::;;;;;;;;;::: ,, ''''' ,,,,
,, ,,,, ''' , ,, ,,,,
10 :
吾輩は名無しである:02/09/29 21:49
>7
現実を構成する物語が、
フィクションでなければならないとは限らないように思いますがどうでしょう?
11 :
吾輩は名無しである:02/09/29 21:50
7はよくわからないな。現実をより理解するためにっていうならちょっと
わかるけど。
13 :
吾輩は名無しである:02/09/29 21:52
現実を相手にするのは哲学なんじゃない?
文学は・・・何を相手にするのかな?
14 :
吾輩は名無しである:02/09/29 21:53
文学を物語を分けて考える必要がありませんか?
文学も現実でしょ。哲学だけが現実を知る手段じゃないよ。
16 :
吾輩は名無しである:02/09/29 21:54
人間の精神はつねに活性化されていないと弛緩してしまうんだよ。
一人のあなたが自分で生きられる物語は限られてしまうだろ。そんな
条件のなかで日常を送っているだけでは精神が退廃的になりやすいし、
それだけでは飽き足らないのが人間なんだ。
物語を通して自分のしえない経験を生きることへの欲望が満たされる
ってことがひとつあるね。
17 :
吾輩は名無しである:02/09/29 21:54
多様環境を生き抜くための内的シミュレーションとそれにもとづく戦略モデルの構成に源を持つと思う。
それがいつの間にか現実のストレスをやわらべるための逃げ場としての役割を持つ様になったのだろう。
物語を読むことは旅ににている。
物語を読む人は旅をしないし(する必要がない)
旅をする人に物語はいらない。
活字化された文学を読むという行為自体が実体験となるってことか?
20 :
吾輩は名無しである:02/09/29 21:57
要するにおなにーだということですね。
21 :
吾輩は名無しである:02/09/29 22:01
>>20 違うね、オナニーさえも物語に含まれてる。
22 :
吾輩は名無しである:02/09/29 22:02
じゃあ、くんにりんぐすにあたるものはなんなんですか?
23 :
吾輩は名無しである:02/09/29 22:02
ふぁえらちおはどうなの?
24 :
吾輩は名無しである:02/09/29 22:05
ヒトという種は社会を形成し、社会の中には役割が生じる。
それぞれの役割が有機的につながるためには相手が何を思考(/志向/嗜好)しているかを真に理解する必要がある。
そのためには相手になりきって思考する機能が必要となる。
他者のシミュレーション。それが物語の原形。
最近発見されたミラーニューロンでその活動が行われている可能性が高いと思う。
25 :
吾輩は名無しである:02/09/29 22:06
>>21 なんかカッコいいっすね。それ。
深そうにみえる。
本来なら虚構であるはずの登場人物たちが認知されることによって
人格を投影しえる対象に成り代わる。現実に初対面の人と話をする
場合と、物語の登場人物に人格を投影する場合と、どちらも対象に
衝突しているという事実は一緒。虚構の世界が面白いのは、本来
何もない空白であるものに「対象」を構築していくその過程にある。
しかも、その主体における選択が、そこに書かれている文字という
規範にきちんと則していなければならない。
>>21 いみわからん。
では逆に「物語に含まれていないもの」は何?
自分を見つめてみると、やっぱり人並みの冒険心とか好奇心
を満たすために読んでるよーな気がする。
オレ個人で言わせてもらうとゲームだって漫画だって同じ姿勢
で接している。
>>26 イエスイエスイエス。ただ最後はあたりまえじゃん。そうならざるをえない。
29 :
吾輩は名無しである:02/09/29 22:11
>>27 つまり、ヒトの行動の全てに物語が潜んでいるということでしょうか?
30 :
吾輩は名無しである:02/09/29 22:11
定本物語消費論でも読め。大した事書いて無いけど。
31 :
吾輩は名無しである:02/09/29 22:12
>>24 では、ミツバチも『物語り』をするのでしょうか?
してたら面白いなあ。
物語というのは本来現実の規則性や歴史性に基づいたもので
なければならないということ。その大きなアルシーフの中から
いろんな要素を抽出して、作品を創造していくという真理に
直面すると、メタフィクションとかになるというわけ。
33 :
吾輩は名無しである:02/09/29 22:14
>>30 題名からして大したことなさそうですね〜。
なんか経済原理万能論者の著作っぽいなあ。
34 :
吾輩は名無しである:02/09/29 22:15
>>32 ふむふむ。
それがフィクションの持つリアリティーの構造といったところでしょうか?
35 :
吾輩は名無しである:02/09/29 22:16
まもなくここは 1000取り合戦場乂 となります。
\∧_ヘ / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
,,、,、,,, / \〇ノゝ∩ < 1000取り合戦、いくぞゴルァ!! ,,、,、,,,
/三√ ゚Д゚) / \____________ ,,、,、,,,
/三/| ゚U゚|\ ,,、,、,,, ,,、,、,,,
,,、,、,,, U (:::::::::::) ,,、,、,,, \オーーーーーーーー!!/
//三/|三|\ ∧_∧∧_∧ ∧_∧∧_∧∧_∧∧_∧
∪ ∪ ( ) ( ) ( ) )
,,、,、,,, ,,、,、,,, ∧_∧∧_∧∧_∧ ∧_∧∧_∧∧_∧∧_∧
,,、,、,,, ( ) ( ) ( ) ( )
>>31 あるいは、そうなのかもしれない。
発見して、ノーベル賞とります。
37 :
吾輩は名無しである:02/09/29 22:19
買います。パーパーバック?洋書?余裕です。
41 :
吾輩は名無しである:02/09/29 22:28
>39
俺もそれ持ってるけど、高い割にそれほど役に立たないよ。
43 :
吾輩は名無しである:02/09/29 22:29
>40
こっちのほうがスレとしては育ってるぞ
翻訳になるといきなり値段が跳ね上がってるからじゃないか。<値段の割に
自分は図書館で借りて済ませた。
卒論のネタ集めなのか・・・なんかマジメにレスして損した気分
46 :
吾輩は名無しである:02/09/29 22:33
しかし、ネタとしては面白い
1は嫌な奴
48 :
吾輩は名無しである:02/09/29 22:36
>>1とはまったく関係無しにこのスレを見守っていきたい気分。
>>1 想像力が無いな。
マルポやったら、こうなることは目に見えてるのに。
マルチポストすいません。
削除依頼だします。
ここの初心者なものでエチケット知りませんでした。
ただ、広く意見を伺いたく思っただけです。
あと決して卒論ネタ集めじゃないです。
わたくし社会人だし。
純粋な疑問です。
あと、皆さん、御回答ありがとうございます。m(_ _)m
とても興味深く、面白い意見ばかりです。
私のエチケットがなってませんでしたが、これからも引き続き色々な意見を聞かせてください。
54 :
吾輩は名無しである:02/09/30 00:04
55 :
吾輩は名無しである:02/09/30 00:27
>53
一般書籍の方だけ削除されることをきぼんきぼん。
56 :
吾輩は名無しである:02/09/30 23:33
age
57 :
吾輩は名無しである:02/09/30 23:38
>1
美香と駆動が居るから。
58 :
吾輩は名無しである:02/10/01 20:08
ヒトはなぜ唱うのか?
と近い問題にも思える。
59 :
吾輩は名無しである:02/10/01 20:09
>>58 カラオケみたいなものか。
美香と駆動はそれに近いものがあるな。
60 :
初日の勢いが懐かしい。。。:02/10/01 20:09
35 :吾輩は名無しである :02/09/29 22:16
まもなくここは 1000取り合戦場乂 となります。
\∧_ヘ / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
,,、,、,,, / \〇ノゝ∩ < 1000取り合戦、いくぞゴルァ!! ,,、,、,,,
/三√ ゚Д゚) / \____________ ,,、,、,,,
/三/| ゚U゚|\ ,,、,、,,,
,,、,、,,,
,,、,、,,, U (:::::::::::) ,,、,、,,, \オーーーーーーーー!!/
//三/|三|\ ∧_∧∧_∧ ∧_∧∧_∧∧_∧∧_∧
∪ ∪ ( ) ( ) ( )
)
,,、,、,,, ,,、,、,,, ∧_∧∧_∧∧_∧ ∧_∧∧_∧∧_∧∧_∧
,,、,、,,, ( ) ( ) ( )
( )
61 :
吾輩は名無しである:02/10/12 00:57
さて
眠れないから。
疲れているのに変に目がさえてしまって眠つけないときに、本を読むと眠れるなー。
論説文とかだとだめだなあー。
やっぱ物語りだなー。
ものがたりは、雑念から解き放してくれるなあ。
64 :
2チャンネルで超有名:02/10/12 10:03
ただの覗き趣味でしょ。
66 :
吾輩は名無しである:02/10/19 22:45
もうだめか。
67 :
掘る区派今ー:02/11/03 14:18
アドルノに聞けばわかるよ。
神話というのも啓蒙の一種なのだよ。
68 :
吾輩は名無しである:02/11/03 14:28
神話、伝説、物語は滅びつつあります。
ただ、その状況があまり言語化されていないだけ。
69 :
業乳 ◆SiOKeS1Yvw :02/11/03 16:17
ライフラインではないですね。
しかし距離的、時間的に離れた相手へ情報を伝える場合に有効です
たとえば中央集権国家のように
70 :
吾輩は名無しである:02/11/03 16:59
物語で雰囲気にひたるのさー。
明治〜昭和の純文学が一番だね。
71 :
吾輩は名無しである:02/11/03 16:59
萌えるため。
72 :
吾輩は名無しである:02/11/03 17:19
埋もれていたスレを発掘したのか。
「物語」とは、何を記号化したものなのだろう。
ボクは小説を思い浮かべたけど。
73 :
吾輩は名無しである:02/11/04 02:53
age
74 :
吾輩は名無しである:02/11/04 03:26
人生とは、何の脈絡も無い瞬間、瞬間の連続であって、
物語ってのは作り事の大嘘である。
現実世界では何の繋がりも無い出来事が起こる。
何の必然性も無く、いきなり車にはねられたりする。
それじゃ、あまりにも悲しいし、訳分からんもんだから、
人間は「物語」を作って人生に意味を、筋を、一貫性をもたせようとした。
雑だけど、こんな風に僕は思います。
>74
その逆で人生が必然的な瞬間の連続であるがうえ、
その瞬間に理由付けしたいから物語を欲するのではないでしょうか。
ま、浪漫的なんですけどね
>>75 人生が必然的な瞬間の連続なら理由付けする必要がないじゃん。
必然なんだから。
77 :
吾輩は名無しである:02/11/05 03:01
「今」という瞬間を定義するとしたら
・事実であると認識するもの=過去 の結果
・事実でないと認識するもののうち、事実として認識する可能性が残されているもの=未来 の原因
というふうになるのかな。
>>75 むしろ、その流れが必然的であることを証明するための理由付けなんじゃないか。
78 :
吾輩は名無しである:02/11/05 03:17
人生の流れが必然的であると思うのは、
既に物語りに浸かりきってるからさ。
童話の世界では、欲深い人間には罰が当って、慎み深い人間には良い事がおこる、
なんていう話があるけど、現実の世界はそうじゃない。
悪人が幸せに一生終えて、善人が車に撥ね飛ばされて死ぬ、なんていう悲しいこと、
道徳的には良くないことが起こる。
人生に必然なんて無い。人間は気まぐれな運命に翻弄されて生きるしかない。
だから人間は、カタルシスのために、道徳のために、「物語」という虚構を作った。
そういう物語を「嘘くせえなあ」と思う人たちがリアリズムという流れを起こして、
現代文学に至ると。
でも今でも、そういう虚構としての「物語」のドラマツルギーは、小説だけでなく、
至る所、俺たちの生活の隅々で生き残ってる。
80 :
吾輩は名無しである:02/11/05 03:38
>>77 >むしろ、その流れが必然的であることを証明するための理由付けなんじゃないか。
何のために証明するの?
>>80 たぶん
>>74とか
>>79が言ってるようなことのためじゃないの?
自己が過去から未来に渡って一体性を持って存在することを示せないと、
自己と他者の区別がつかなくなってしまう。
というか、
>>77に即して言うと、
自己が過去から未来に渡って一体性を持って存在することを示せないと、
過去と未来による「今この瞬間」の定義が不可能になり、
じゃあ今こう考えている俺はいったい誰なんだ!という事になってしまう。
>77
そうかもしれませんね。
ただ僕の考える立ち位置(定義)は「今この瞬間」にある「結果」です。
未来には言及していません。
物語とはその物語を初めて語る時、「偶然」の連なりになりますが
結末を知りえた2度目の時はすべて「必然」となるのです。
僕たちが「今この瞬間」にいる以上「結果」がわかっているのですから
過去はすべて「必然」と考えてもよいのではないでしょうか
我々人間は未来よりも過去に密着している生き物です。
だから物語が必要になると考えるのです
84 :
吾輩は名無しである:02/11/05 21:55
いまさらですが、<物語>の定義ってなんですか?
85 :
吾輩は名無しである:02/11/05 22:13
あ源氏物語
>>84 定義に疑問をもつなら、その疑問を述べなさい
まさかと思うが、全然わかってないなら、
お母さんに夜ごと童話を読んでもらいなさい
87 :
吾輩は名無しである:02/11/05 22:26
88 :
吾輩は名無しである:02/11/05 23:04
面白いから
ただ単純に率直に言えば
89 :
吾輩は名無しである:02/11/05 23:17
物語だったり物語りだったりモノカタリだったりここはおもしろいインターネットでつね
『物語』
何?と思ったらスレタイへ戻る。あとは自己との対話だ>89
今
>>90 がいいこと言った。>自己との対話
物語について考えること=自分について考えること。
>>89 そりゃそうだ、内容のないアンタも来るんだからw
93 :
吾輩は名無しである:02/11/10 08:14
>>1 無意識・抑圧の開放を目指して。
治癒の効果を期待して。
自己表現の一つとして。
時間つぶしとして。
個人的な感想です。
>1
人間が生きること、そのものが物語、だからだよ
95 :
吾輩は名無しである:02/11/10 09:26
>>94 だったら別に自分や他人の創作した物語を必要としないのでは?
「人はなぜ実人生とは別に物語を作るのか」という疑問にも答えなきゃ。
96 :
吾輩は名無しである:02/11/10 09:37
>>95 物語は知らず知らずのうちに巻き込まれてしまっているものだよ
あるいは無意識に自分が反復してしまうもの
わざわざあえて創作したものではない
と恥ずかしい青春レスをしてみる
97 :
吾輩は名無しである:02/11/11 04:58
>1、95、96
人が物語を作るのは、
「人は物語を作る」という『物語』に巻き込まれてるためである、
という見方もできそうです。
98 :
吾輩は名無しである:02/11/11 05:10
物語のある人生ってイイですね。
>>98 人生にイイ物語って?
あ、それもアンタの物語か…
100 :
吾輩は名無しである:02/11/11 09:20
人生に物語がないからだよ。あったら読まない。
>>100 ストーリーを否定した小説もあるけどね、読んでみるかい
それでも君の人生より面白かったら、ゴメンw
漏れのいいたいのは、物語がないと思うことさえ物語だろって
ちょっと古い文化のムーブメントではあるけど、それはw
あ、アンタ読む人なのね、スマソ
102 :
吾輩は名無しである:02/11/11 14:13
フーン
なる
104 :
吾輩は名無しである:02/11/22 16:08
物語は、暇つぶしとして最高の娯楽。
105 :
吾輩は名無しである:02/11/22 16:46
我々が物語を必要としているんじゃない、
物語が我々を必要としているんだ。
106 :
吾輩は名無しである:02/11/22 16:51
言いたくなるよね、そういう台詞。
107 :
吾輩は名無しである:02/11/22 17:17
うん。
108 :
吾輩は名無しである:02/11/23 08:12
109 :
吾輩は名無しである:02/11/23 08:14
>>100 もし、仮に、人生に物語が皆無なら、ヒトは物語を認識できないだろう。
110 :
吾輩は名無しである:02/11/23 22:15
我々が物語を必要としているんじゃない、
物語が我々を必要としているんだ。
という物語
そうそう。カックいいセリフのひとつも吐いてみたい、という
単純で哀れな物語w
112 :
吾輩は名無しである:02/11/24 09:29
「物語は世界の成り立ちを理解するための教科書なんだ。歯磨き
するにも歯ブラシと歯磨き粉の物語を聞かなきゃならない」
「洗面台とコップの物語も必要ね」
「実に。僕たちは途方も無い数の物語を聞かされてきた」
113 :
吾輩は名無しである:02/11/24 10:59
実体験の追認by小谷野 退屈論
114 :
吾輩は名無しである:02/11/24 11:48
112の恥ずかしいレスが流された。
115 :
吾輩は名無しである:02/11/25 00:40
>>114 恥ずかしいレスを流せない奴も恥ずかしい。
そうさ、僕が一番恥ずかしい。
116 :
吾輩は名無しである:02/11/26 00:22
動物には物語りはないのかなあ。
猫も夢みるらしいから、あるんじゃないのかなあ。
物語とは、二つの異なる言葉(word)の間の動的な関係性のことである。正確には、それらの
言葉の持つイメージとイメージとが、どのように動的な関係性を持ちうるのかということである。
そして小説家の行為とは、まさにそうした関係性のひとつをしつこく探り当てつまびらかにすること
そのものである。
言葉が持つイメージとはむろん個人だけのものではない。伝達手段である「言葉」に付随する
ものであるいじょう本来的にわれわれが共有するものだ。そして2つの言葉のイメージによる連なり
を明らかにするという小説家の行為は、動的関係性という「いまだかつて言葉になっていない
イメージ」をひとつのイメージとして人々に共時的に認識させるという効果を持つ。われわれは
物語を読み、同時代の2つの言葉の関係性を認識することにより、現実には体験していない
出来事を己の体験とし、かつ共有する。
にわかに信じがたいことなのだが、この手の共有によって成立する人間同士の関わり合いと
いうのは現実にかなりの影響を与えているのだ。なぜなら人は人生のある局面で、あきらかに
過去に見た物語のように恋愛し、喜び、泣き、冒険し、そして行為を認めあうからだ。
いったいなぜだろう?
ひとつにはおそらく自己同一性の問題なのだ。
多くの人は自分の心の中に、自分がこうなりたいというモデルを持っている。多くの場合、
日常生活でのそれは父親だし、仕事においては尊敬する上司だ。行動したり発言したり
するとき、その人になったつもりで行う、意識的に口調を真似するといったことはよくあることだ。
アイデンティティーという言葉の正体がじつはこれなのだ。すでに社会的に認められた存在
である父親、上司、先輩といった人物を模倣し、己と同一化しようとすることによって自らをも
社会という枠組みの中へ溶け込ませようとする。と同時に不安定な自我の平衡をはかる。
物語は他人との関わり合い方についてのモデルである。人は、かつて読んだ物語のように
他人と交わろうとする。そして互いに、それぞれが物語との同一化をはかりながら摺り合わせる
という行為を行いつつ関わりを進行させようとするのである。ことに仕事以外の、恋愛、友情と
いったものが関わりの主流となる日常生活においては、そのことが顕著であろう。
当然、自分が所有する物語ともっとも似た物語を共有する相手が、最良のパートナーと
いうことになる。
物語とは、人と人との往来を許可するパスポートのようなものだ。
119 :
吾輩は名無しである:02/11/27 00:04
>自分が所有する物語ともっとも似た物語を共有する相手が、最良のパートナー
それじゃあ、オナニーと一緒だなあ。
おれはもっと新鮮な相手がいいねえ。
120 :
吾輩は名無しである:02/11/27 00:16
作家の末永直海さんは自身のホームページで、
「人はなぜ物語を欲するのか」
についてわかりやすく解説していますよ。
トップページの「像を捨て書を求めよ」にあります。
http://naomist.com/
>像を捨て書を求めよ
アイドル写真集よりサインを集めろってことですか
「ヒトは物語を必要とする」とするに足る確乎とした証拠があるなら、
それがそのまま答えになるでしょう。したがって、
>>1は問を発すると同時にその答えを得ていなければならない。
↑こんな大人にならないために物語が必要なんであります。
124 :
吾輩は名無しである:02/11/28 22:24
>>123 答は一つなのか?皆それぞれの答を聞きたい。
>>120の
>わかりやすく解説
まるで唯一絶対の回答があるかの様で納得いかない。
他人(会社の上司とかな)が押し付けてくる物語には辟易するよ
それはアンタのストーリーで俺は全然関係ねーよ とか思うね
ともかく安直な物語にはまるのは辞めたほうがよい と俺は思う
>>124 あ、一つぢゃなくていいです。
もし完璧な物語というものがあるとしたら、きっと恐ろしく退屈に違いないと想像しますが、
優れて完璧じゃない物語は、答えは一つじゃなくていい(どう読もうと読者の勝手)という
ことを教えてくれます。
127 :
吾輩は名無しである:02/11/30 12:26
>>126 完璧な物語って、数学の世界にしか存在しないんでしょうなあ。
でも、それはそれで、見る人が見ればかなりエイキサイティングな世界なのでしょうけど。
128 :
吾輩は名無しである:02/11/30 13:01
>完璧な物語って、数学の世界にしか存在しないんでしょうなあ。
「完璧な物語」ってのはは数学の世界でははるか昔に否定されています。
もうすこし歴史の勉強をしませう。
129 :
吾輩は名無しである:02/11/30 13:20
フィクションはもはや必要とされていない気がするなあ。
最近のバラエティー番組にしても実話ドキュメント物がやけに増えた気がする。
まあその多くはノンフィクションを装ったフィクション(台本あり)なわけだが。
130 :
吾輩は名無しである:02/11/30 13:34
131 :
吾輩は名無しである:02/11/30 13:41
>>128 っていうかカオス理論?
複雑なシステムの未来の完全予測(=ストーリー立て)は"事実上"不可能と。
でも、これって"事実上"というだけで、理論的には可能なんだよーん。
変数が無限小のレベルまでに精緻に記述できるなら、完璧に予測できる。
だから、そういう意味では、厳密な意味での数学的世界では完璧なストーリー立ては可能なんだよ。
132 :
吾輩は名無しである:02/11/30 13:44
√2の最期の数字を言えないのに、完結した作品になんかなれないよ。
数式と記号で誤魔化すのは文字(数字)で表現できない映画や漫画と同じ。
何故と問う必要なしに本能のままに生きていゆける動物とは違って人間の本能は
壊れてしまっているから生きる理由を物語に求めるのだと岸田先生の唯幻論では
説明されていますが、その話は出てきましたか?
134 :
吾輩は名無しである:02/11/30 13:57
本能が壊れているからと生きる理由を人は物語に求めるの?
それこそ本能が壊れているからこそ生きる理由を求める選択肢は無限にあるのでは?
135 :
吾輩は名無しである:02/11/30 14:23
昔、物語(神話の形成)が人間に与えられた本能のひとつであったが
現代は非物語(反神話)を渇望する時間を文明によって与えられて
しまった。
>>143 さきほどの説明の中の「物語」というのは「小説」というような
狭義の「物語」のことではなく、人間が創り出した全ての「物語」のこと
を指します。たとえばそれは「国家の物語」であったり「宗教の物語」で
あったり「家族の物語」であったり「仕事の物語」であったり「スポーツ
の物語」であったりするのです。そういった人間が営むありとあらゆる文
化活動を総称して広義の「物語」と呼ぶことが可能なのです。他にもたと
えば食事にも「料理の物語」とも呼ぶべきバックボーンがありますし、
「お洒落の物語」、「恋愛の物語」、「セックスの物語」などなど、何も
かもなんらかの「物語的背景」を持つ活動にすぎないのです。
落ち着け。
僕は唯幻論の支持者ですが、実はこの「唯幻論」自体も「物語の一種」に
過ぎないという矛盾をはらんでる事は重々承知の上です。「唯幻論」を社会に
適用すると実はとんでもないことになるのです。人間が編み出したいかなる
法も正義も悪も全ては人類が生き延びていくために創り出した「幻想」にすぎ
ないということですから、この世には本当の意味での「善」も「悪」も存在せ
ず、本来人間はいかなる「法律」や「教義」に従う必要もない自由な存在なの
だという思想なのです。そういうこともあって「唯幻論」を危険視する知識人
も多いと聞いたことがあります。しかし僕には「唯幻論」が最も社会の本質を
説明できている思想であると思えてならないのです。岸田秀先生は、「優れた
思想体系というものは、それによって世の中のありとあらゆる事を説明できる
ものでなければならない。そして私の説く唯幻論を適用するとそれが可能なの
です」と著書の中でおっしゃっています。実際、岸田先生が何か社会的事件が
起こる度にそれを見事に説明してしまうところを見るにつけ、唯幻論で説明で
きない事象は一切ないとしか思えないのです。
「金銭や不動産、その他あらゆるものの所有が可能である」という発想も
単なる幻だし、「血縁や恋愛、友好、その他全ての人間関係」も幻なのです。
全てはその幻のルールが変化すれば泡の如くに消えてしまう単なるその場しのぎ
の「思い込み」にすぎないのです。地球もいつかは滅びます。何もかも終わるのです。
誰かが合いの手を入れないと、工藤の連続カキコができないね。
>地球もいつかは滅びます。何もかも終わるのです。
どうした工藤?
僕は、
僕は、
僕は、
僕は、
僕は、
ここには白痴しかいないのだろうか?
僕も、
僕も、
僕も、
僕も、
僕も、
145 :
吾輩は名無しである:02/11/30 15:59
白痴じゃねぇ!!インパクチだ!
146 :
吾輩は名無しである:02/11/30 16:20
ん〜、こりゃバカパクだな
147 :
吾輩は名無しである:02/11/30 16:29
148 :
吾輩は名無しである:02/11/30 17:14
あらゆる現象・概念をオブジェクト化して捉えるのは脳の基本的な動きだからな。
唯幻論唯幻論なんて言っても、まともに成長した脳なら全てはまやかしだとは捉えんよ。
でも別に全てが幻だからといって落胆する事はないのです。この世の全ての
面倒くさいしがらみが人為的なその場しのぎの戯言だとわかる事によって、
胸のつかえがとれて楽な心地になれる人が大勢いるはずなのです。唯幻論は
そのための方法論なのです。宗教も学歴も資本も戦争も全ては幻想に基づく
勘違いが原因なのです。この理屈さえ知っていれば過ちは阻止できるのです。
工藤って……
相手しないほうがよいかな (;´Д`)
151 :
吾輩は名無しである:02/11/30 18:59
>人間の本能は壊れてしまっているから生きる理由を物語に求めるのだと
>岸田先生の唯幻論では説明されています
生きる理由なんて求めようと思いませんが、それがなにか?
>>151 じゃあさっさとクビ吊って氏ねよ。
つっても本当に死ぬなよ。
太宰治みたいに自殺幇助の罪に問われたりしたら嫌だしな。
>>152 宿命なんてのは全くの迷信です。
生きる理由が無いと人は死ぬとでも思ってるんですか?
人もうらやむおバカさんですね。
物語は選択肢がいくつあるかで決まる。選択肢の無い物語はつまらない。
それ以前に日本人は選択する力の無い人が多いんじゃないか?
あてがわれた物語をロボットよろしく消化してるような。
生きてて楽しい?とか言ってみたくなる。
偉そうなこと書いてすみません。
日本にはサウンドノベルがある。
156 :
吾輩は名無しである:02/12/01 18:47
>>127 数学のエレガントな解法を見ると惚れぼれしますね。
プログラミングの世界にもエレガントと評されるコードがあるけど、
数学と較べたらアクチュアルな世界なので、いつもエレガントというわけには
いかなのでしょう、所謂泥臭いコーティング(へぼとは違う)ってのがけっこうあります。
で、この泥臭いコードってのが意外に面白いんです、読んでて。
泥臭いコードには物語があるように感じますね。想像の余地があるというか。。
158 :
吾輩は名無しである:02/12/04 21:23
数学スレ化傾向(笑
でも化学とか物理よりは親和性を感じるのはオレだけか??
159 :
吾輩は名無しである:02/12/08 19:18
age
160 :
吾輩は名無しである:02/12/08 22:10
みんなモラトリアムだから
****************終了****************
161 :
吾輩は名無しである:02/12/08 22:20
もっと普通にしゃべろうぜ、「我輩なのだ!」とか言ってないで。
162 :
吾輩は名無しである:02/12/10 23:16
人は現実以外の世界も欲するんじゃねーの?
想像力の及ぶ世界までを可能世界などと言ったりするんじゃなかったですか?
理解=物語>理解する=物語化する と半ば本気で考えているので、
話をフィクションに限定するなりしていただくと良いような気がするです。
ありゃ、目覚めてびっくり。なんか、脳味噌壊れたようなこと言ってすんません。
要するに、演繹的なナラトロジーに対抗して帰納的にやってはどうかということを
ご提案させていただきました。
165 :
吾輩は名無しである:02/12/13 02:02
抑圧してる感情を解放し、精神のバランスを保つため。
ごく単純な例では、「不倫なんて汚らわしいっ」と思ってる奥さんが
道徳心に抑圧された情欲を解放するため不倫小説にハマる。
ここまでわかりやすくなくても、人は皆何らかの抑圧された感情を
抱えているから、それを解放して精神を健やかに保つために物語が必要。
要するに、ストレス解消。
って単純すぎ?
だって難しいことわかんねーよー何だよナラトロジーってよ。
物語=お祭り
167 :
吾輩は名無しである:02/12/13 04:34
>>1 ビシッと正解を言ってやろう。
ひまだからだ。死ぬまでの暇つぶしだ。
168 :
吾輩は名無しである:02/12/13 04:38
169 :
吾輩は名無しである:02/12/21 22:26
必要だとは思わないが何か?
170 :
吾輩は名無しである:02/12/28 00:55
最近はどう?
171 :
吾輩は名無しである:02/12/28 05:02
なんつーか、現実の世界は渾沌として捉えどころがないけど、
人は現実世界の事柄を単純化して、
意味のある統一的なものとして見ようとするじゃん。
そうでないと人間の意識ってのは成り立たないしさ。
それで「自分の人生はこういう人生だった」とか
「この事件はこういう原因でこういう流れで起きた」とか考えるわけで。
こういう人間が現実を捉える方法ってのがそのまま物語的なものなんじゃないの?
だから現実の捉え方として人間はまず物語を必要とするっていうか。
純粋な創作文芸としての物語の必要性っていうのはよくわからないけど。
172 :
吾輩は名無しである:02/12/28 08:30
未知への冒険ですな。
自分の経験や想像能力を超えたところへの冒険。
冒険するなら映画でいいよ
174 :
吾輩は名無しである:02/12/29 03:06
もれなんかいっつもやすくにじんじゃにおさめらえれtむそうしてるぜ!
177 :
吾輩は名無しである:02/12/30 22:58
他人になれるんだよ。それがひとつ。
あとは知〜らない♪
179 :
ランジェリー奉行ゼウス:02/12/31 04:54
>>1 観察行為から逃れる為。
これが真相ナリ。
鋭敏に生きるのは骨が折れますから。
180 :
吾輩は名無しである:02/12/31 05:20
>>171 現実を物語的に捉えるって習性自体が物語が存在する社会限定でのことかもよ?
181 :
吾輩は名無しである:02/12/31 05:23
182 :
吾輩は名無しである:02/12/31 14:45
183 :
吾輩は名無しである:02/12/31 15:19
>>182 へえ、じゃあ「社会を成り立たせている物語」の一例をあげてみてよ。
184 :
吾輩は名無しである:02/12/31 15:52
>>183 これこれそこのおかた、冬厨をいぢめてはいけませんよ。
>>183 >「社会を成り立たせている物語」
お前は書かれていない文字が見えるのか?
186 :
吾輩は名無しである:02/12/31 16:53
>>185 学生さん、何言ってるのかさっぱりわからないんですけど。ちゃんとレスの
流れ読んでる?
>>186 可哀想なやつだな。自分の解釈が唯一の解釈だとでも思っているのか?
>>187 学生さん、君、なんか勘違いしてるんじゃない?
189 :
吾輩は名無しである:02/12/31 17:36
>>189 ごめんね、ボクタン。いっちょうけんめいにべんきょうするでちゅよ。
じょうずにできたら、おはぎをあげまちゅからねえ。バイバイ!
191 :
吾輩は名無しである:02/12/31 17:38
>>190 だいぶ時間たってんのにレスがすごい早いな…
>>191 いや、たまたま開いたからね。煽りはともかく、社会が激しく物語を
希求するというのはあるかもしれんがどっちかっつうと文化人類学の話に
なってしまうっていうかそのあたりを押さえておかないと難しい気がするよと
マジレス。
193 :
吾輩は名無しである:02/12/31 21:20
そもそも物語の定義っつーのは何?
単純にフィクションということでいいのかな?
>>171では現実を整理して捉えることを物語的な行為だと考えてる
みたいだけど、そうなると所謂ノンフィクションと言うジャンルも
物語っていうことになってしまうんだよな。
広義の意味ではそう言ってもいい部分もあるのかもしれないけど、
ここではひとまず置いておいた方が良いと思う。
まあ171も創作行為、つまりフィクションについてはわからないって書いてる
からわかってるんだろうけど。
「広義の」でいったら、ネコやネズミだって物語を持ってるからね。
195 :
吾輩は名無しである:03/01/01 03:18
>ネコやネズミだって物語を持ってるからね
へえ、たとえばどんなの?
196 :
吾輩は名無しである:03/01/01 03:24
と〜むとむとむにゃ〜ご!じぇり〜じぇり〜じぇり〜ちゅう!
197 :
吾輩は名無しである:03/01/01 03:29
198 :
吾輩は名無しである:03/01/01 03:30
>>195 持ってなければ、この多様な世界で生きていけないからね。
どんなのなんてことは人間にゃ解らないさ。
200 :
吾輩は名無しである:03/01/01 05:27
物語ってイメージでしょ
しかも共有不可能なはずのものを共有しているというイメージ
ところで朝生における西尾の2ちゃんねらの人気はスゲー高いね
信じられない
近代文学に興味があってよかったと思う。なんか
202 :
吾輩は名無しである:03/01/01 15:39
>>199 すげえ嘘っぽいなあ。動物文学の読みすぎじゃない?
203 :
吾輩は名無しである:03/01/01 15:43
椋鳩十じゃシートン動物記を妙な文脈のなかで誹謗せんでくれ〜(泣)
>>203 ごめんごめん。僕も椋鳩十、大好きです。そういやあ、ウィリアム・
ゴールディングの「後継者たち」も広義の動物文学なのだろうか?w
すれ違いsage
206 :
吾輩は名無しである:03/01/01 20:16
そもそも物語ってなんなんだろう?
この辺の解釈の違いが対話のズレの原因になっとるね。
しかし、そのズレがこのスレの面白さであり、そこから面白い切り口が生まれそうな予感。
>>199 複雑な世界現象の抽象化による情報処理の単純化という解釈でよろしいのでしょうか?
208 :
吾輩は名無しである:03/01/01 21:29
世界と自己との関係の、モデル化にもとづくシミュレーションてこと?
>>208順逆で
シミュレーションに基づくモデル化でも
話通じますね。
210 :
吾輩は名無しである:03/01/01 22:47
単純化の本能を持っているから、
単純化された作り話の世界に自らを投影出来るってことでしょうか?
こういう問題って神話学とか心理学とかそういうのも関わってきそうだから
正直言って手に余るなぁ。
211 :
吾輩は名無しである:03/01/01 22:52
>>210 はげどう。
でも、手に余るから面白いかと。
それに専門家のコテコテの引用よりも、専門外の自由気侭な自論の方がはるかに面白っす。
212 :
ころにゃん ◆xBMFVwwC0s :03/01/01 22:55
馬鹿ばっかり。
模擬的な実験の型=物語だから、動物の本能も物語だと?
拡大解釈するのが、まさに物語を必要とする人間の性質だと何故分からないのだ。
213 :
吾輩は名無しである:03/01/01 22:57
>>212 お前がバカ。
性質の問題ではないだろ。
自然科学で考えるからダメなんだよ。
214 :
吾輩は名無しである:03/01/01 22:57
外世界の現象は事実上無限であり、生体の神経ネットーワークの容量からすると、あまりに複雑。
そこで、その生体が生き残るために必要な情報のみを外世界現象から抽出する必要がある。
その抽出処理=情報単純化処理=抽象化が『物語』の原形ではないかと。
215 :
吾輩は名無しである:03/01/01 23:00
単純化というかある程度の類型化を行わないと人は世界を認知出来ないもんなのよ。
216 :
吾輩は名無しである:03/01/01 23:04
ある程度成長して知恵つければ作為的に単純化や類型化から逸脱するのは可能だけども。
217 :
吾輩は名無しである:03/01/01 23:05
抽象化の誤差あるいは曲折(拡大解釈もこの中に含まれるのでは?)により、いわゆるヒト的『物語』を生み出しているのでないかと。
そして、この誤差によって生み出された物語がときとして外環境を作り変えてしまう。(人は外環境を大きく作り変えてしまう生物であるから)
218 :
吾輩は名無しである:03/01/01 23:06
>>216 >>214的に考えるとすると、それは不可能でしょ。
たとえば物理学や数学だって抽象化的認識に含まれますよ。
>その抽出処理=情報単純化処理=抽象化が『物語』の原形ではないかと。
ああそうか。このセンテンスを読み違えていたよ。
>たとえば物理学や数学だって抽象化的認識に含まれますよ。
暇ならこのセンテンスについてもう少し説明してけれ。
>>218 真実とは意外にも単純な姿をしているんだよ。
なんで物語が実際の“生”よりも「単純」だと考える?
単純さとは何の関係もない。物語も一つの生なんだよ。自分が
生きている生に照らし合わせて、そこから真実を引き出すための。
物語がなければ人は何も学べない。他人の生もまた自分にとっては
一つの物語。
↓関心ある人は読んでみて。コピペ。
非常にわかりにくい題名で申し訳ないが、サピア=ウォーフの仮説について学ぶときにこれをしっかりと踏まえないと非常に混乱してしまうので述べておきたい。
1つの解釈はドイツの伝統的な言語思想からみられる思考=言語、
つまり言語の無い思考など存在しないと言う物だ。
これをサピア=ウォーフの強い仮説と呼ぶ。
当初、ウォーフの論文はこの事に付いての支持する論文であると思われていたために注目を浴びた。
これは非言語的な思考を認めない訳で、その言語で表現できない事柄は思考する事もできないという、
思考が大きくその使用言語により制限されるという考えである。
その後、出てきたもう1つの解釈は非言語的な思考まで存在を否定しているのではなく、
その存在を認めた上で言語が思考の内容に一部影響するという考えで、
これは強い仮説に対して弱い仮説と呼ばれている。
以上のように同じ名前の元に2つの違った解釈があるため、
このサピア=ウォーフの仮説は混乱しやすく、
これについて学ぶときには言語と思考が同一のものであるという強い仮説と言語が思考に一部影響するという弱い仮説どちらについての事なのか良く考えて学ぶ必要がある。
222 :
◆Mr9V2vK5bw :03/01/01 23:32
人間は一人一人、みな想像のなかで生きている。
動物だって夜の闇を恐れる感受性を固体ごとにある程度異なって持ち合わせる。
人懐っこい犬と人に吠えまくる犬がいるように。
彼らは、自ら持つ、人間を恐れる物語に差があるから、それが個性となって現れているわけです。
脳(心)の認識が物語であるから、物語こそが人生であり、そこから抜けることができないのは当然だと思います。
必要、不必要に関わらず、ただそこにあるのですから。
続き
色についての実験
実は私も最初にこの仮説を知ったときに色を使って実験ができると思ったのだが、
様々な学者がすでに色を使った実験をしているのでそれを少し紹介したい。
思考が言語と同一の物であり、その言語に無い物は考える事もできず、
言語によって世界観が変わるのならば、その言語に無い色は認識ができないであろうと考える事ができる。
実際にはある色を見てもらって後から同じ色を再認してもらうという方法で実験が多くなされたのだが、
結果は否定的であった。
例えばニューギニアのある部族では色に付いての言葉は濃いと薄いしかない。
もしも強い仮説が正しければ同じ濃さの赤と青は同じ色に見えるはずだが、
実際にはそんな事はなく別々の色として認識する事ができた。
また、どの言語、民族であっても、焦点色(真っ赤な赤とか真っ青と呼ばれる青などの事、
普段使う原色とほぼ同義語と思って良いです)
であれば再認がしやすくそれから離れれば離れるほど再認が困難になっていくという共通の結果が得られた。
しかし、その言語で表しやすい色であればより他の言語の使用者よりも再認がし易いという結果も出た。
この結果は言語が思考の一部に影響を与えると言う弱い仮説の立証になり得るかもしれない。
ただ、再認記憶の研究によると、はっきりとした手がかりがある方が記憶テストの成績は向上するという事なので、
単にその色を表現する事がし易い=有力な手がかり、という事かもしれない。
実際に再認率が低かったある色に付いて、
その場でその色を表す言葉を作って覚えさせるだけで再認率が上昇したという実験もある。
このへんは立証の非常に難しい所である。
224 :
◆Mr9V2vK5bw :03/01/01 23:35
>>216さん
くだらないレスで邪魔してすいませんでした。
続き
非言語的思考の実験
これも非常にたくさんの実験があるのですがひとつだけ取り上げてみたいと思います。
聾者では特に幼少時において言語の習得が正常者に比べて著しく劣るのは論じる必要はないと思う。
フランスの心理学者Pオレロンの正常児と聾児との比較実験では2つの物を与えてそれが同じ物か違う物か分けさせた所、
聾児の方が正常児にくらべて明らかに劣っていたのだが7歳になると、
その差はほとんど無くなったという。
しかし、色や形、多きさなどでは差はないのだが重さなど知覚的な類似があまり目立たない物は認識する事が困難だったという。
これは関係を理解する言語をもたないために思考の媒介として用いる事ができない結果であるといえる。
また、20cmの長さのものと30cmの長さのもので30cmのものをえらぶと褒美が貰えることを学習させ、
つぎに30cmのものと40cmのものを選ばせたときにどちらを選ぶかという実験で、
例えば30cmを選べばその30cmという絶対的な長さにもとづいて選択した事になるし、
40cmを選べば、こちらの方が長いと言う関係から選択した事になる。
動物を使った実験では少ない変化であれば(30cmから40cmなど)関係から選び大きい変化(30cmから急に2mなどの変化)
であれば絶対的な長さにもとづいて選択した。
では人間の場合ではどうか?
これは3歳では割合は半々だが6歳くらいまでにほとんどが関係にもとづいて選択をするようになる結果がえられている。
これは6歳であれば長い=短いという関係の言語をもっているからと思われる。
聾児でも年齢と共に関係にもとづいて選択するのだが、
速さの変化での実験では著しい困難をしめした。
これは知覚的な変化の認識が速さは難しいために速い=遅いという関係を言語を媒介とせずに思考する事が難しいのだろう。
ただ、オレロンはこの実験で速さの関係を手振りでするように指示した所、
聾児達も関係にもとづいて選択する事ができたので、言語以外にも思考の媒介になる事がありえるということを示したといえる。
改行メチャクチャになってしまった。スマソsage。
まあ、物語が人生の模造(ミメーシス)であることは確かだろう。
なぜ神話というものが生まれてきたのかを考えて見れば、なんとなく納得できる。
自分の存在の根拠、拠って立つ(存在の)基盤を本来、人間は持っていない。
そのために架空でも良いので、自分の存在を正当化・理論化できる“物語”
をデッチ上げる。その意味では歴史も伝記も、多少“状況証拠”によって
本当らしく裏付けられた“物語”にすぎない。
以上は簡単。幼稚園児でも分かる理屈だが、問題はなぜ人は人生を保存
するのに“物語”という形式を使うのか、ということ。内容と形式は別。
この場合“物語とは何か?”という問いにまず答えなければならない。
229 :
吾輩は名無しである:03/01/01 23:55
>>220 「他人の生」というのも膨大な情報から抽象化することに
よって認識されるものだと思うけど・・・
>>217は結構説得力あるな。
「抽象化」だけではそれは「認識方法」の枠を出ないから
「物語」とは言えない気がするよ。
230 :
吾輩は名無しである:03/01/02 00:02
形式の変化というのも問題だよなぁ。
現実の物語化が人間にとって必要であるということはまあ理解出来る。
しかしそれが文学作品という形をとって
複雑な形式を発展させていったのは一体何故か?
これは難しいよな。
文学の枠も超えて芸術作品全体の発生と発展の意味の問題になってくる。
231 :
吾輩は名無しである:03/01/02 00:09
>216さん
面白かったです。
しかしそもそも「言語」って何でしょうね?
赤と青の違いについてもその言語を持たない民族はそれである、
これである、それとこれは違う、という区別はしてるんですよね?
その民族にはそれとこれの違いを一般化する必要性を
生活上持たなかったからその言語が生まれなかったのかな?
何で言語ってのが必要になったんだろう?
スレ本題から大きく離れちゃう疑問だけど。
>>230 それは創作っつー問題でさうな。
たとえばアホなナラトロジストは、「物語」をいくつかの物語要素
なるものに分解しまふ。これは「神話素」とも呼ばれるもので、物語を
成立させている部品です。しかしそれを組み合わせる能力を人間は
持ち合わせている。ここから実存的な理由とは異なる、純粋に美的な
領域の中での制作物ができ上がってくる。これは“神の意志”に近づく
ための営為とも思えるけど、その実存的な動機を失った作製行為は
人間の最初の倫理的な堕落だとも言える。この時点から人生の模倣を
大きく逸脱したまったく無駄なオナニー的作成物が生まれてくる。
233 :
吾輩は名無しである:03/01/02 00:29
>>219 物理学では仮想的な状況を設定して物を考えますよね?
完全な慣性系なんてものは実際にはこの宇宙に存在するわけがないし。
数学においても例えばそのものの違いを無視して
それが1個である、2個であると言う風に一般化して認識するのは
人の認識の抽象化作用によるものではないでしょうか?
数学法則、物理法則というものは確かにこの世を現実に支配するものでしょうが、
それを見つけだすには人の認識が抽象化の性質を持ってないと無理だと思います。
ただ物理法則を数学法則は人間的思考の様式に変換された「現実」であるので、
それ自体が「物語」であるとは言い難いですよね。
歴史や伝記についてもそれが単純化された客観的認識であるか、
それとも単純化という作業自体が主観的な創作行為であるかという判断を
行わなきゃいけないわけですがどうなんでしょう?
>>232 創作の問題か。
このスレの議題である物語っていうのは模倣の段階からなのか、
創作の段階なのかどっちだろう?
結構混乱してるよね。
>どうなんでしょう?
漏れとしてもまさに「どうなんでしょう?」というかんじですが^^;
>その抽出処理=情報単純化処理=抽象化
これはときどきでランダムに行われているという理解でいいのかな?
抽象的な事象が抽象的にとらえられ最終的に情報が単純化されていく、
みたいな順番はないのかな?
取り合えずわからんことだらけですが^^;
Maybe, 模倣であろうと創作であろうとその「物語」という
形式(=器)は共通している。その形式について話しているのか
と今まで思っていたんだが、?
人類最初の物語って何ですか?
>>237 その問は「生物最初の物語は何ですか?」と同義かもしれん。
つまり答えは「わからない」
DNA
>>236 なるほど。
となると「物語という形式」とは何か?
が問題になるわけか・・・
おばあちゃんが孫に昔話するのも「物語」ですか?
形式だけでは、神話や年代記などの現実に深く結びついた物語と
完全な記述の束である(でしかない?)虚構との違いを分析できないです。
243 :
吾輩は名無しである:03/01/02 06:16
>>228氏は神話や年代記的なものも含めて
それが「物語」という形式を取ることを問題にしてるのでは?
物語は対処領域が広すぎるのでなんとかしたい/してほしい。
議題を虚構/フィクションに限定するのもいい。
けど、もしその方法があるのなら対象を単純化できれば尚いい。
対象が単純化されればされるほど、研究は科学的色彩を帯びるようになるし、
それは同時に客観性が出てくることを意味する。
245 :
吾輩は名無しである:03/01/02 18:58
たら、れば、
が物語の原点ではないかと。
たら、れば、思考って確かチンパンジーはできて、ゴリラはできないんだよね。
>>244 このカオティックな状態がいいと思うのだけど。
あまり限定すると予定調和的なお話で終わってしまいそう。
246 :
吾輩は名無しである:03/01/02 19:01
物語=虚構
というのは限定されすぎかと。
247 :
吾輩は名無しである:03/01/02 21:16
カオティックな状態があまり好きでないんじゃないの?
249 :
吾輩は名無しである:03/01/02 21:36
250 :
吾輩は名無しである:03/01/04 00:58
凪
252 :
吾輩は名無しである:03/01/06 05:21
どうだって、いいじゃん。
売 れ れ ば 。
物事が関連してるってのも物語ですよね。
原因と結果みたいな。 誰だったか忘れちゃったな。
リョウスレですね
254 :
吾輩は名無しである:03/01/07 04:32
「クオリア」という言葉をカキコしてみるテスト。
ワケワカラン、ようだったらまたどこかから引っ張ってコピペしてみます。
255 :
吾輩は名無しである:03/01/07 04:40
ほんと、なんで数式や記号でなく「物語」の形で経験や記憶は受け継がれ、
規範や理想は思い描かれるのだろう。
言葉というツールのもつ機能を分析したり、マズローの欲求5段階説とか
出してきたり、合理的であろうとする「意思」の特性とかを抽象的に
掘り下げていって、闇に葬るべき「語りえぬもの」を語ろうともがいても
面白いけれど、ここは文学的表現もどきで流してしまいたい気がする。
――つまり、(物語が有する自分の知らない価値、自分より大きな価値
体系に)私はただ呑まれていたいのだ…と。
メエルシュトレエムに呑まれるように。
このスレタイ、触れた人の頭に「読む奴を何とか納得させる正当性のある
ことを書いてやりたい」と、新しき「物語」を挑発させる力がある。しかし、
多くの物語同様、過剰な意識の力よりも無意識に言い流した細部の表現、
ことばのかけらたちの方が美しく光る気がしてならない。自意識過剰、
自分を物語化したがる者の言葉は相手の心に響かない。物語をまとう自意識を
超克させてくれるものは、狂気なのかなあ、やはり。
――と、こういうのは「問わず語り」と言うw。日本語はよくできている。
257 :
吾輩は名無しである:03/01/08 00:35
事象の羅列では物語にはならないのよね?
複数の出来事を関連付けて結び付ける、
そしてその結び付けた物が新しい一つの出来事として見られる。
やはり出来事を個々に独立したものではなく、
関連付けて解釈しようとする人間の本能が物語の原点って気がするな。
よく受験勉強なんかでも、公式や年表の丸暗記ではなくて
定理の証明や歴史の流れを理解することによって記憶が容易になるよね?
教訓や思想を表す場合でも物語という一つの流れの形を作ることが
人間にとって理解しやすく浸透しやすい形だったってことかな?
258 :
吾輩は名無しである:03/01/08 00:41
259 :
吾輩は名無しである:03/01/08 00:44
>>257 事象の物語化には情報量圧縮という機能があるといえますね。
260 :
吾輩は名無しである:03/01/08 01:42
「人間はフィクションによって生きているんです。そうするしかないんです。
人生は複雑すぎてあらゆるインプットを操作するわけにはいかないので、
ほんの少しのインプットだけを別に取りだし、それをもとにもっともらしい
物語を創るんです……。しかし、そうした物語はみな恣意的なものです。
ある意味じゃ常に間違っているでしょうし、よくてせいぜい不完全なもので
しかないのです」とアメリカのポスモダ系小説家ロバート・クーヴァーは
言っている。
261 :
吾輩は名無しである:03/01/08 08:02
がいしゅつの複雑な現実の抽象化としての物語って説だな。
>>257 物事の整理だけだはなく、たとえ話というのも原点じゃないですか?
現実の個人差を超えて社会の一典型まで一般化された形で物を語る。
>>259 情報量圧縮>
よかったらもう少し解説してくれませんか。
何か逆の例しか思い浮かばなくて…。
つまり、事象の羅列に、別の意味や価値を付加するのが
物語のひとつの特性という方向でしか考えられないので。
(芝居のト書きのように書かれたデュラスの小説なんぞが
良い例なのですが)。
よろしく。
263 :
吾輩は名無しである:03/01/09 23:44
木曜上げ
264 :
吾輩は名無しである:03/01/09 23:52
>>261 例え話になぞらえる、というのも一種の"整理"だよね。
カテゴライズ。
これで情報量が減る。
>>262 エントロピー(情報量)の増大⇔構造化
物語=構造化
ごめんなさい、漏れの受験勉強の例えが不適切だったので
ちょっと変な混乱が起きてしまったかも。
よく考えてみれば、物語中の思想や教訓に当たるものは
歴史や公式に於いては、個々の事項ではなくて
それを纏めあげる法則に当たりますよね。
266 :
吾輩は名無しである:03/01/10 06:24
現実に生じるa,b,c…などを整理し、そこにある構造を与える。
物語をこのように考えるとき、そこに人間の問題などは何ひとつ
潜在していないように思える。問題はどの整理と構造が適切である
か、いわば現実への適正、有効性にあるかのようである。
ところが、「文学」における物語の問題は、そうした「自然科学」
的なレベル以外のところに存在しているのではないかと考える。
整理や構造という言葉を借用するなら、こうである。
ある人がc,a,b…の順に整理して、人間(社会)の問題に構造を与えた
とする。このとき、整理や構造化があたかも「自然科学」的に行われた
ように見せかけられてはいても、その作業の前に必ず彼には物語がある
はずだ、と。この物語を問題視するとき、初めて人間を問題にできるの
ではないか、と。さらに平たくいえば、こうである。
あーだこーだといってる内容が問題じゃない。あーだこーだという人が
抱えこんでる状況のほうに、「文学」の問題がある。
(自戒)眠いという状況を抱え込んでいるために、
何がなんだか、わからない文になっているわけだw
>>264 エントロピーが「情報」と捉えられてしまっている点(文学では、そう
捉えるものなの? 経済学とかでは、エネルギーの問題として捉える)と、
「物語=構造化」という点には正直疑問が残る。
たとえ話に情報圧縮機能を見る面は分かるけれど、断片にまで砕いた素材
から、作家(語り手)が再び情報を肉付けしつつ過剰な物語を想像力で
構築していく機能面も同時に指摘すべきかと思う。
また、物語の一機能として「構造化」があるということは分かるが、もっと
「フロー」っぽい物語もあるんじゃないかっていう気がする。
<転げる石>みたいな物語の作り方って、カタルシスの捌け口としての
「物語の必要性」を感じさせるものじゃないかな?
でも、こねくり返して考える体操のために、良いメルクマールをいただき
ました。サンクス。
269 :
吾輩は名無しである:03/01/11 00:58
週末あげ
270 :
吾輩は名無しである:03/01/11 13:02
情報科学ではエントロピーのことを平均情報量と言うよね。
物理学に於けるエントロピーと同じ形式の数式で表されるから。
n個の記号ai(i=1,2…n)からなる情報源を考え、aiの出現確率をpiと
表すと、底数を2として平均情報量H=-Σpilogpiで定義される。
>>270 上の2行で何となく分かりました。
下の2行はお手上げですw。
墓穴を掘ってしまった気がしたので、
もぐることにします。
>>271 いえ、実はわたしも
>>264氏の
>エントロピー(情報量)の増大⇔構造化
という定式についての意味は把握出来てません……
難しい……
文学談義にエントロピーとか使うのはどうかと思う。
お里が知れるというか何というか・・・
274 :
吾輩は名無しである:03/01/13 23:19
エントロピーはどうでもいいが、現実そのものなんて、ちっとも
面白くねぇ。
275 :
吾輩は名無しである:03/01/14 00:46
成人式あげ
276 :
吾輩は名無しである:03/01/14 00:50
情報という観点からみると
物語化の作用は
ある事象の連なりにおける
・情報の量を減少させつつ
・情報の価値を増大させる
情報論より認識論でわ。
人間が素材をどう把握しているのか、なぜそうしなければならないのか、ね。
エントロピーって概念も元々フォン・ノイマンが、
適当にチロッと言っただけだしね。 <確かw
あまり単純に適用できると思わない。
神様を信じて死ねば天国に行けるってのも「物語」。
敵空母にカミカゼアタックするのが御国のためってのも「物語」。
お受験勝ち抜けば一流企業に入って幸せになれるってのも「物語」。
これらの「物語」を現実世界に構築するために
長ったらしい教典書いてみたり、戦死者をマンセーしてみたり
知的エリートにステイタス与えていたりする。
んでもっとDQNになると「予言」と称した「物語」を創作して
現実とズレまくった世界観作ったあげくサリン撒いたりするわけだが。
「悪いことばかりしてるといつかしっぺ返しが来る」とか
「いいことばかりは続かない」といったありがちな現実認識ですら
既に「物語」になってしまっている。
というわけでヒトが「物語」を必要としているのではなく
ヒトが世界の流れを意味付けて把握しようとすればそれは必然的に「物語」になると。
ということを既に↑で書いている人がいると
ここまで書いてから気が付いた
鬱。
279 :
吾輩は名無しである:03/01/15 09:31
遅レス、スマソ!
謹慎中。書き捨て御免。チャン> 残念ながらこの結論、
「物語とは、人と人との往来を許可するパスポートのようなものだ」
はコードの共有を幻想する構造主義であり、極端にいえば、戦争直後までの
物語論だ。もっとも、そこに問題を見出す方向を取るなら有益だと思うがな。
ポストモダンな世の中でも物語は終焉しないのですか?
281 :
吾輩は名無しである:03/01/15 15:33
「世界をみろよ」
それしか言えないね
282 :
吾輩は名無しである:03/01/15 21:30
>279
謹慎中だと言うておるだろーがw
あの結論は2時間で考えたものだ。陳腐さは多少感じていて、
自分でも「ひとつには」なんて言い訳してる。
あの方向に問題点を見いだすとか、深めるといったことは考えてない。
たぶん他の人たちがやり尽くしてるでしょう。岸田秀氏もたしかにそう。
別の方向で何かあるかもという気はしてる。
エントロピーってのはたしかにおもしろいね。
人類の進化はエントロピーの法則に則ってるの?
もしやして逆らってるんではないの?
いずれにせよ、進化論において物語のはたしている役割とはなんだろう?
284 :
吾輩は名無しである:03/01/16 00:30
>>277 認識=生体における情報処理
なわけだから、認識論は情報論の中に包括される。
285 :
吾輩は名無しである:03/01/16 00:32
>>283 人類というか生物の進化とはエントロピーの法則に逆らってるのですよん。
286 :
吾輩は名無しである:03/01/16 02:05
■■■■■■■■■■■■■■■■■■
ここまで全部理解した。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■
ひとりの人間が生まれただけでエントロピーが増大する、
とも言われるね。地球環境問題を解決するには、人間の
命を断てばいいという話もある。…物語が生まれそうじゃない?
もう一度、祖父母が子どもに語る物語あたりから出直した方が建設的だ。
あるいは、獣を寄せつけないようにと起こした火を囲み、人類の始祖が
語り始めたその夜まで、時を巻き戻して…。
288 :
吾輩は名無しである:03/01/16 18:01
>>287 マダムBさん> お気持ちはわかる。しかしそれでは、ヨーロッパがズタ
ズタになったという第一次世界大戦直後と、あまり変わらない結果になりそうだ。
人間中心の世界観、絶対主義を批判し、相対主義と非合理主義が蔓延した時代。
この「無重力(無方向)感覚」を克服し、再び人間中心の世界観を蘇生させる
べく、フッサールの極端な精神主義が模索されていく。そこでは精神的なレベル
でのある和解――人間世界を荒廃させていく客体(現実・社会・歴史)と引き裂
かれる主体との和解に、理論的根拠が与えられた。俺の理解では、両耳に指を突
っ込み目を固く閉じて、人間本来の「こころ」の声を探ることで。
289 :
吾輩は名無しである:03/01/16 18:17
(追)
>>287 マダムBさん。
俺が模索している物語(?)は、そこにはない。
290 :
吾輩は名無しである:03/01/16 22:29
>>285 すごいことを即レスしてくれてありがとう。(w
それともそちらの業界じゃ常識なのかな。
われわれは脳内の物語にだまされながら進化することで自然の法則に
逆らっておるのかも。
あんたの意見も書けよ。
>>288 西洋人でないわれれは、お天道さまの輝く下、真っ正直に虫や花を
愛でながら暮らしていけばいいわけで…。
少し難しいのがよければ、タオイズムや密教も近くにあるんだし…。
とりあえず、近所のお地蔵さんに水をかけてあげるぐらいのところ
から始めれば、客体と主体が統合できるんじゃない?
293 :
吾輩は名無しである:03/01/17 22:43
なぜ物語が快楽なのか?
現実逃避だけでは説明つかんと思いません?
294 :
社会学さん:03/01/17 22:54
とりあえず、物語を騙る香具師。
勘違いして社会学へ来ないように。
迷惑です。
295 :
吾輩は名無しである:03/01/18 11:36
>>294 社会学なんて、つまらないフィールドへは行かないよ。マジで。
296 :
吾輩は名無しである:03/01/18 11:54
むしろ神話学とかへ
この問題を考える場合に、石川淳著「文学大概」(中公文庫)の
中の「虚構の魅力」というエッセイがすごく参考になるんだけど、
いま、手元にない。
もってるひとがあったら、要約してみてください。
神話学ってどんな勉強するんですか?マジレス希望
299 :
吾輩は名無しである:03/01/18 20:06
>>298 好きな国の好きな時代の神話を選んでそれを学ぶんですよ。
マジレス
300 :
吾輩は名無しである:03/01/18 20:07
>>294 っていうか天の邪鬼?
社会学を取れ上げて欲しいのだろ。
301 :
吾輩は名無しである:03/01/18 21:10
現実への抵抗
302 :
吾輩は名無しである:03/01/18 22:43
>神話学
神話って物語の源泉として扱われる場合が多いですな。
ヒトはなぜ『神』を必要とするのか?
これって
>>1の問とかなり近い問題になるのかもね。
303 :
吾輩は名無しである:03/01/18 22:47
スレタイトルを
なぜ『物語』を必要とするヒトがいるのか?
にかえるべきだ。
304 :
吾輩は名無しである:03/01/19 19:34
スレタイトルを
なぜ『物語』を必要とするヒトがいるのか?
にかえるべきだ。
と物語たってしまう理由を考えるために、ここはあるんじゃよ>厨房ちゃん
305 :
吾輩は名無しである:03/01/20 08:06
きゃっ!
物語たって→物語って
306 :
吾輩は名無しである:03/01/20 09:39
>>299 全然違う。それだったら文学と一緒だよ。
マジレスください・・・
308 :
吾輩は名無しである:03/01/20 20:10
309 :
吾輩は名無しである:03/01/23 00:33
310 :
吾輩は名無しである:03/01/23 00:35
ちらっと覗いて見たけど、民族・神話板ってある意味この板以上に
病んでいるよね・・・
312 :
吾輩は名無しである:03/01/23 02:00
生きることへの抵抗
313 :
吾輩は名無しである:03/01/23 06:27
民・神板の惨状は一種の知的封鎖だ。エルンスト・ブロッホが
嘆いた良質なものの気散じへの頽落だ。というより単に論者が
すべて消え去っただけなのだが。
314 :
吾輩は名無しである:03/01/23 22:40
>>312 なぜ、そう思うのですか?
僕はぜんぜんピンと来ません。
315 :
吾輩は名無しである:03/01/24 06:46
312は墓穴に直行すればいい。遠慮はいらないヨン。
生きるとは、さまざまな物語に取り囲まれることだ。その上、
さまざまな物語に侵食されることでもある。我々の個性、
主体性、アイデンティティーとは、河辺に捨てられたスポンジ
のようにたっぷり泥水を吸いこんで脹れあがり、じつに不恰好な
姿をしている。
ときどきだが、我々は自分を激しく痛めつけたいと望む場合もある。
このとき、真に痛めつけたいのは、自分のどの部分かを考えてみる
といい。多くの場合、それは、知らず染みこんだある物語なのだ。
主体を脱中心化したいのではない。むしろその逆である。
主体性を確立することは、どれだけ困難な「自己」との闘争
を必要にしているかを指摘しているのだから。
生きることへの抵抗はマヤカシであり、侵食する物語への抵抗こそ、
その真の姿に近いはずだ。
でも物語ならなんでもいいってわけじゃないでしょ?
人に必要とされる「物語」ってどんなものなのよ?
もし物語の間に「優劣」があるんなら、
より物語っぽい物語ってなんなの?
317 :
吾輩は名無しである:03/01/25 23:04
>>316 仮定とそれに基づいて提起した問題とが噛み合ってないぞ。
訂正要求。
318 :
吾輩は名無しである:03/01/26 21:47
「ヒト」がカタカナ表記なところがポイントだね。
319 :
吾輩は名無しである:03/01/26 22:22
315は白痴?
320 :
吾輩は名無しである:03/01/26 22:26
312=319
321 :
吾輩は名無しである:03/01/28 08:35
>>319 意見を書けないおまえって、やっぱりダメダメだな
白痴ほどにも思考能力がない、ただの蛙くんだ
このスレッドさんでは物語が何なのかについてはもう結論づいてましたか?
物語とは、「話された内容。古くから伝わっている話。散文形式の文学作品」である。
324 :
吾輩は名無しである:03/01/28 16:41
A:飛行機が海の向こうを飛んでいた。それがとつぜん火を吹いて、爆発した。
空一面に細かなチリが広がって、日光にきらきら輝きながら、海にゆっくり
降ってきた。事故の原因は不明らしい。
Aそのものは、まだ物語とはいえない。Aが話される(読まれる)と、その場にある
雰囲気が醸成されるのだが。このままでは、理系ぶる誰かさんがお好きな、圧縮さ
れた現実の情報に近い、としておける。
ところが、飛行機が「なにもしらない幸せな人々を乗せて」海の向こうを飛んでい
た、となると、しだいに物語めいてくる。ましてAの後に、
・なにが起こるか、わからない世の中だ
・科学の粋なんて、そんなもんだ
・どこの航空会社も、この不況で整備に手抜きがあるからだろう
・テロの枢軸を放置してると、そんな光景が日常になるのさ
・輝きながら散った飛行機には、破壊の美が象徴されていた
・私は台所でパイを焼きながら、うとうとしていた。焦げ臭い!
なとと加えれば、いちおうの物語が語られる。Aが、それぞれ
特殊な価値を描きだしたからだ。ここからテーマを脱構築に移行
させたい人もあるだろう。しかし、その前に、いや物語の前に、
潜在的な物語があることを確認しておくほうがいいと、このスレ
を読んだ私は思う。
最後までレッドゾーンでつっぱしるか、
またはアイドリングでそのまま走るような内容展開の
物語は必要ねーな
326 :
吾輩は名無しである:03/01/30 16:35
>326
はい、若いとき(バカいとき)は良くやりました
(普通、「逆走」と言うけどねw)
328 :
理系ぶる誰かさんのうちの一人:03/02/02 21:10
>>324 情報の圧縮を単なる量的減少ととらえるのではなく、それと同時に構造化が起ると私は述べました。
構造化されることにより、新しい次元の情報的"価値"が創発されます。
理系的用語を使うだけで、嫌悪感を持たず、その背景に広がるものを読み取っていただけると嬉しいです。
329 :
理系ぶる誰かさんのうちの一人:03/02/02 21:30
>>328の文章は....
途中で変更したら変になってました。読みづらくて、すいません。
一応、改訂いたします。少しはマシかと。
*****************************************
>>324 私は、「情報の圧縮」を単なる量的減少としてではなく、構造化を伴うものとして述べました。
構造化されることにより、新しい次元の情報的"価値"が創発されます。
330 :
吾輩は名無しである:03/02/02 21:57
視点を変えて、物語が必要であるという前提で。
じゃあヒトは「どんな」物語を必要とするのか?っておれは思うんだよね。
331 :
吾輩は名無しである:03/02/02 22:38
理系ぶる誰かさんのうちの一人さん>きみのいう現実とは、何のことだ
>>330 その角度を少し変えて、きみが求める物語と価値について思い巡らしては?
(映画・漫画を含む)
また外部から、君に求められる物語は何か、考えてみるのもおもしろい
>>331 無数の分子(別に素粒子でもいいが)の相互作用から構成される物質世界
333 :
吾輩は名無しである:03/02/03 23:39
334 :
吾輩は名無しである:03/02/04 03:29
一人さん>相互作用から構成される物質世界
中学生? どうであれ、平和でいいや
>また外部から、君に求められる物語は何か、考えてみるのもおもしろい
無責任な視点から、他人に対し無意識の内に求めている物語。
無責任な立場からでは、例えば不幸に見える人は不幸のままで終わるだ
ろうという単純な予測みたいなものしかないが、自分がその人に関与する
ことによって物語は変化して行く。
関わる人間関係の数だけ、物語はある。
336 :
吾輩は名無しである:03/02/04 16:38
>自分がその人に関与することによって物語は変化して行く。
>関わる人間関係の数だけ、物語はある。
もしかしたら、きみは物語革命を起こせるかも。
後すこしがんばって、世に出る準備をしてください。
ぼくは支持する。
>>334 っていうか、そこだけ切りださないでよ。それじゃ意味不明だよ。
338 :
吾輩は名無しである:03/02/04 21:48
339 :
吾輩は名無しである:03/02/04 21:54
>>331 君は評論家?
君自信の意見をきかせておくれ。
まってるよん。
340 :
吾輩は名無しである:03/02/04 23:03
>>338 だからあ。
「もしかしたら…する」
までは物語なんじゃよ(藁
真っ当で当たり前じゃん! と叫んだチミはお客さんというわけな
341 :
吾輩は名無しである:03/02/04 23:07
>>340 なにいってるかわからんよ。
わかりやすくおねがい。
342 :
文系ぶる理系:03/02/04 23:09
>>341 経験的に感じることだが。。
掲示板において
「だからあ....」と応答する人の文章は分りづらい。
343 :
おさむ ◆n6LQPM.CMA :03/02/04 23:13
ものがたりってあった方がしあわせ。けど、度が過ぎる物語を脳内で幸せそうに紡ぎ出す身かはきらい
344 :
吾輩は名無しである:03/02/05 01:21
>>342 掲示板において「経験的に感じることだが」と書き始める人の
文章は、たいてい権威主義的だ
>1
べつに必要とするんじゃない、人生そのものが物語りなわけだ。
そうじゃない、と言うヤシは
まだそれほどの生も性も生きておらん厨房という証拠だ罠w
346 :
吾輩は名無しである:03/02/05 02:13
>>345 それって臭いな、カナーリ。
おやじ臭いのか、おば臭いのか、ケバ臭いのか
わかんねーけど
347 :
吾輩は名無しである:03/02/05 02:15
ンコ臭いかもしんねえ
348 :
吾輩は名無しである:03/02/05 23:20
>>344 >>342の内要そのものに権威主義的要素があるかどうかはさておき、
「だからあ」ではじまる文章は分りづらい、ということに関しては反論なしということでよろしいでしょうか?
349 :
吾輩は名無しである:03/02/05 23:24
>>345 ヒトはなぜ物語りを必要とするのか?
→ヒトはなぜ人生を必要とするのか?
→ ヒトはなせ生きようとするのか?
ということで、
まあ、問題はそう大きく変わらないよ。
350 :
吾輩は名無しである:03/02/06 18:50
>>348 てめえなー
文学イタで「文章は分りづらい」なんて書いて、恥ずかしくねーのか
それともゴリゴリのソシュール信者か
てめえのケツに指つっこんで寝ろ!
351 :
吾輩は名無しである:03/02/06 23:38
>>350 おお、判りやすい文章もきちんと書けるじゃないか。きみい。<笑う>
ンシュールってなんですか?
353 :
おさむ ◆2LEFd5iAoc :03/02/06 23:40
てつがくしゃですふらんすの
354 :
吾輩は名無しである:03/02/06 23:41
355 :
吾輩は名無しである:03/02/06 23:42
356 :
吾輩は名無しである:03/02/06 23:48
>>342 >>344 >>348 >>350 「だからあ、.....」
は、相手に説明をしなおすときによく使いますね。
説明をし直すということは、説明が正しく伝わらなかったことによるわけでありまして、つまり、その説明が判りづらかったということです。
だから、それは自明なことなんですよ。
357 :
吾輩は名無しである:03/02/07 06:34
>正しく伝わらなかった
>つまり、判りづらかった
>それは自明なこと
omae honto ni dame na hito
furui,kitanai,atama warui
358 :
吾輩は名無しである:03/02/07 07:30
スイスの言語学者ともいいますね
コレスポンダンス
物語は、読者の過去や現在との類似性に価値の一つを持っている。
これは人が同一のものを求める性質に見合う価値で、
現実世界から得られるものと得られないものとがあり、
物語は得られない部分を補うことが出来る。
物語の作者は、その能力に応じて、読者の内奥に触れることが出来る。
(何かの条文みたいで嫌だ)
紅茶とマドレーヌの効能みたいなものです。
内面の一部を照らしだすこと
自分のあり方のうち、未発見のものを指し示す。
自分自身の限界を意識することからくる苦痛を和らげる。
他者を演じる機会
一人称の物語は、
現実世界においてひとつの視点しか与えられていないためにおこる不満
孤独だとか、猜疑心だとかから解放される場を提供する。
読者は主人公を「完全に」理解した気分になれる。
気晴らし
日常のもたらす閉塞感、動かせない環境にたいする無力感を
非現実的な筋が解消する。
文が破綻していて見苦しいです。ご容赦下さい。
物語って、陰鬱な気質を持ってないと楽しめないのではないかと思います。
359 :
吾輩は名無しである:03/02/07 07:52
限りなく素朴に言うと、鴎外の『かのように』。
360 :
吾輩は名無しである:03/02/07 09:46
『かように』
じゃあ訊こう、
嘘は、ほんとうに存在するのか
ほんとうは、ほんとうに存在するのか
358の解説が聞いたふうな寄せ集めで退屈なのは、
そんなことさえ考えてない安易な態度に原因があるんじゃ?
361 :
訂正おわび:03/02/07 09:49
安易な態度 → ルーズな視角
362 :
吾輩は名無しである:03/02/07 16:49
思考を形にしようとすると、中途半端なところに留まらざるを得ないだけです。
聞いたふうな寄せ集めなのは、ディレッタントに過ぎないから。
360にあることを「知り得ないこと」と決めつけるところから、
退屈になっているのでしょう。にわか観念論者だから。
存在していると言い切れるのは自分だけ、というふうに。
物語の有用性を決めるのは、思考の限界を持っている普通の人です。
大義が必要なのではなくて、欲求のメカニズムを語るべきかと。
古くから人が欲してきた物語の形態を見て、
大義を見いだそうとすると挫折します。
それに、一人の人間が直接に触れられる事実というものがあるとしても、
あまりに少ないので、「無視しても良い」と思い込んでしまうのです。
的外れな解答かもしれませんが、
その問いに「疑念を持っているか」どうかを聞いているのなら、持っています。
そのかわり、筋道立てて話す能力に欠陥があるのかもしれません。
「誠実に取り組んでいるか」を聞いているなら、私は怠惰を悔いねばなりません。
詳しく説明して下されば幸いです。
363 :
362=358:03/02/07 16:51
↑でした
365 :
訂正おわび:03/02/08 08:54
>>362 358
三日ほど出かける。
その間になにか考えておくが、解説や説明は期待しないでくれ。
おれたちに必要なのは、たぶん結論じゃなくて考えることだ。
さまざまな言説、結論、イデオロギー、文化、先入見を脱構築し、
自分をも脱構築し、その果てになにが残る? 希望だけが残る?
おれは今のところ、そんな考えを持っているが…。
366 :
吾輩は名無しである:03/02/08 09:06
脱構築だって、リアルタイムで使ってるヤツはじめて見た。
367 :
訂正おわび:03/02/08 09:28
>>366 じゃあ訊く。
1970年代に流行りだしたといわれる「脱構築」だが、
いまそれにとって変わる言説の戦略はなんだ?
もしポスコロとでもいうのなら、脱構築との
無関係性を説明してみろ
>>368 カレーにウンコを混ぜて食べたりカレー混じりのウンコをしたりしている
うちにカレーとウンコを隔ててきた壁が崩れ去りカレーとウンコの差異が
無意味となってウンコかカレーかなんて気にせずに食べられるようになること。
370 :
吾輩は名無しである:03/02/08 20:18
食べ物を粗末にするとバチがあたるってサ
>>369 御返答ありがとうございます。
どなたか他の方。
もうちょっと教科書的な説明を御願いします。
あと、
脱構築の英語版を教えていただけませんか?
原文はフランス語?
どうぞよろしく御願いします。
372 :
吾輩は名無しである:03/02/08 23:39
>ウンコかカレーかなんて気にせずに食べられるように
そりゃ、お前がバカなだけ
お前には、脱構築も文学もいらない証明
自分に似合った場所へいけ
373 :
吾輩は名無しである:03/02/08 23:56
脱構築なんて言わないよ、恥ずかしくて。
374 :
吾輩は名無しである:03/02/08 23:59
なんで恥ずかしい?
375 :
吾輩は名無しである:03/02/09 00:03
>>371 脱構築とは、構築と解体を同時に行うこと、ですね。
だから、脱構築は文字通り「解体構築」とも訳される。
英語ではdeconstruction。この語の最初の使用者は
ハイデガーだと言われているが、彼にあっては、それは
西洋形而上学の「破壊(Destruktion)」を意味した。
376 :
吾輩は名無しである:03/02/09 00:06
377 :
吾輩は名無しである:03/02/09 00:15
形而上学批判が、なんで文学理論になるんですか。
378 :
吾輩は名無しである:03/02/09 00:18
>>376 この脱構築という言葉はもともとはハイデガーが
その主著「存在と時間」で使った純哲学用語なの
ですが、第二次大戦後、ハイデガーの哲学がフランスに
広く普及するに従って、「形而上学の破壊」という意味を
超えて、テクスト戦略として広く一般化されたんですね。
それを推し進めたのが、フランスの哲学者・デリダであり、
或いは、アメリカの批評家・ド・マンでしょう。
379 :
吾輩は名無しである:03/02/09 00:25
>>377 ハイデガーが行った形而上学の批判方法を
文学的テクストの読みに応用したということでしょうね、
デリダやド・マンが。
380 :
吾輩は名無しである:03/02/09 00:27
じゃ、現象学と存在論とスコラ哲学知らないやつは
「脱構築、脱構築」って呪文を唱えても空疎なわけだね。
381 :
吾輩は名無しである:03/02/09 00:28
だってデリダだけじゃはぐらかされてるだけじゃん。
382 :
吾輩は名無しである:03/02/09 00:30
そうか、要するに伝統形而上学批判って
ことはカテゴリ論批判なわけだが、それが
文学理論になったときにどう理解され応用されたのか
について、もひとつ教えてくだされ。
383 :
吾輩は名無しである:03/02/09 00:49
>>380 そうですね。デリダはもともと現象学者として
出発していますから。
>>382 デリダの守備範囲というのは、哲学、文学、法理論、芸術論その他から
政治論、経済論、実践的政治活動に到るまで、幅広く、しかも
それらに全て脱構築的スタンスで臨むから、「文学理論としての脱構築」
だけを特定的にとりだし、固有化することは難しいのですね、実は。
「言葉とその意味」があるところ、全て脱構築的読みがある種可能だから、
殊更「文学理論」に限定することは難しいです。なぜなら、「言葉と
その意味」は文学のみならず全てにテクストに共通しているからです。
ソシュールの言語論を絡めて、まさにデリダは脱構築を方法として一般化
したと言えると思います。彼のこの超領域性が、デリダに文学への介入
さえ許したのだと思います。
384 :
おさむ ◆2LEFd5iAoc :03/02/09 01:03
>383
そこにレディストロースからの、構造主義〜脱構築。
モダン、ポストモダンもからめて、説明してくれると非情にありがたいのです。おねがい
385 :
吾輩は名無しである:03/02/09 01:39
>>384 構造主義というのは、それが実存主義者・サルトルを攻撃
するように、人間の主観性(実存)を攻撃し、記号が人の主観で
恣意的に解釈されることをむしろ抑圧するものなんですね。
だから、構造主義とは、理念型としては新手の客観主義であり、
シニフィアンとシニフィエの恣意的結合性がソシュールによって
暴露された後に、その結合を「構造の圧力」の名の下に、再硬直化
しようとした立場なんです。だから、ソシュールの名から構造主義
が始まるとするのは滑稽であり、むしろ、最初のポスト構造主義者が
ソシュールなんですね。シニフィアンとシニフィエとの関係が恣意的
なのは、そこに人の主観的読みが介在する限りであり、その限りで
見出されるものなんです。ソシュールはそれを見逃していない。
そこで、デリダの仕事というのは、構造主義によって隠蔽され抑圧
された言葉(シニフィアン)とその意味(シニフィエ)の結合の恣意的
性格を、サルトルのように「人間(実存)の読み」を導入することで、
再生させ、ポスト構造主義の地平を開くことだったが、それはソシュール
の言語論をソシュールの本来の意図で再生させることであり、その時、
彼の脱構築の方法は、あの脱領域性を手に入れることになったと思います。
ポスト構造主義の主要な方法となったデリダ的脱構築は、それ故、
「人間による恣意的読み」、強いては、「人間の再生」を意味し、
サルトルの再評価の機運さえ、今、動機付けるまでになっています。
386 :
:吾輩は名無しである:03/02/09 01:41
それで何が変わるの?
シニフィアンとシニフィエという言葉も、バルトとかソシュールとかで意味が違うので困ってます。
頭をすっきりさせてくださいおねがいします。
レヴィ=ストロースってリーバイスと従兄弟なんだな。
日本語読み統一しろよ。
フッサールはどう絡んでくるのおしえて先生!
フッサールは大学総長になった糞ナチです。
ハイデッガーの裏切りにもキレたいました。
391 :
吾輩は名無しである:03/02/09 02:02
>>389 フッサールが絡むとすれば、彼の「現象学的還元」が
脱構築との方法的類似性を持っている限りでしょう。
現象学的還元とは、構造の圧力(フッサールの言葉でいう「自然的態度」)
を一端消去し、括弧に入れることを目的とする方法で、その後に、
自然的態度を脱した純粋意識から、世界の意味を再度、主体的に
意味付けすることをフッサールは現象学の理念とします。ここから、世界の意味を
実存の側から意味付けようとするサルトルの実存主義(実存は本質に先立つ)
が発展的に出てくるわけです。
>>387 すまない。バルトは詳しくないです。
クリステヴァがきれいだと思いますが先生はどうですか?
393 :
吾輩は名無しである:03/02/09 02:07
結局脱構築ってのは純然たる方法論ではなくて
単にデリダのお家芸ってことか。
>391
今酔ってて、良く理解できないけどありがとうでつ
じゃ、直接デリダVSフッサールって構図では無かったのですね。
ふーん、なるほど脱構築ってフッサールの還元と似たようなものなのか
厳密には違うんだろうけど俺はほぼ等式で理解しとこっと
いや、勉強になります。
>>391 イーグルトンの理論書によると、フッサールの現象学が文学理論に応用されると、
「作者の視点(主観)」で読む理論になってしまうんだよね。
なぜ「読者の主観」から読むという理論にならなかったのかがとても不思議だ。
これこそ近代批評を支える文学理論だと思うのだけどね。
397 :
吾輩は名無しである:03/02/09 02:11
固有の「それ自体」を志向するのが現象学だから
398 :
吾輩は名無しである:03/02/09 02:20
>>385 の天才さん
>ソシュールの名から構造主義が始まるとするのは滑稽であり、むしろ、
>最初のポスト構造主義者がソシュール
あんたさあ、世間の哲学史まで脱構築こころみてんのね。
えらいっ! そうした心意気が未来をひらくはずだ!
よう今日は、天才! ちゃっちゃっちゃ!
399 :
吾輩は名無しである:03/02/09 02:20
>>394 そうですね。デリダはむしろオーソドックスな現象学者
だといってもいいですから。現象学を批判は確かにしていますが。
400 :
おさむ ◆jvBtlIEUc6 :03/02/09 02:26
>399
デリダは食わず嫌いでよくわからなかったんでつ。
あなたの言ったこと念頭に置いて読めば理解できるかもです。センキュ
401 :
吾輩は名無しである:03/02/09 02:28
402 :
吾輩は名無しである:03/02/09 02:28
よかった〜。東浩紀の本、買いそうになってたからな。
403 :
吾輩は名無しである:03/02/09 02:35
>>399 そうなの?
デリダの『声と現象』だっけ?そんな感じの本ってほぼフッサール批判の為に
書かれた本じゃなかったけ。全然詳しくない俺が口を挟むのもなんだけど
デリダを現象学者とするのは教科書的にはどうなんだろ。
404 :
吾輩は名無しである:03/02/09 02:35
束糞って・・・
405 :
吾輩は名無しである:03/02/09 02:37
ところで、訂正おわびとかいう人、どっか行った?
逃走? まさか自分の存在を脱構築しちまったんじゃねえよなw
406 :
吾輩は名無しである:03/02/09 02:37
407 :
吾輩は名無しである:03/02/09 02:39
>>403 おまえは黙って、教科書を暗記してればいいw
408 :
吾輩は名無しである:03/02/09 02:39
なんか積ん読デリダ、一気に読みたくなってきた!!!!
これで俺も本読む量より買う量が多い馬鹿野郎から抜けだせるかも、かも、
409 :
吾輩は名無しである:03/02/09 02:44
一般的にいって「脱構築」で何をイメージしますか。
ハイデガーとフッサールとの現象学の学としての位置づけ
の決定的な相違っていうのは、結局「質料的現象学」と
「形相的現象学」との違いなんだよね。後者がハイデガー。
デリダがフッサールの現象学を批判したのだとしたら、それは
彼がハイデガー寄りだったということだろう。
それはいいとして、端的に脱構築が従来の寓話的物語の解体をしか
意味しないんだったら、今更脱構築でもないだろう。
410 :
吾輩は名無しである:03/02/09 02:45
>>408 ただ、デリダ自身の著作に脱構築の解説はなかっとおもう罠w
411 :
吾輩は名無しである:03/02/09 02:47
>脱構築が従来の寓話的物語の解体をしか意味しない
おまえにはな
412 :
吾輩は名無しである:03/02/09 02:49
煽るしか能のない馬鹿はとっとと逝っちゃってください。
413 :
ぐうわ 【寓話】:03/02/09 02:50
教訓や処世訓・風刺などを、動物や他の事柄に託して語る物語。
「イソップ物語」など。
414 :
吾輩は名無しである:03/02/09 02:52
ここで解釈学や地平論、秘儀論が出てくる、と。
415 :
吾輩は名無しである:03/02/09 02:54
>>410 え"・・・
一般言語学講義からはじめますぅ・・・
417 :
吾輩は名無しである:03/02/09 02:55
>>414 よし、君がくり出してくれ
地平論、秘儀論って聞いたこと無い。簡単に説明してくれ
工藤伸一待望論
419 :
吾輩は名無しである:03/02/09 02:57
>>416 ソシュールの『一般言語学講義』は
製本されてないはずだw
420 :
吾輩は名無しである:03/02/09 02:58
421 :
吾輩は名無しである:03/02/09 03:03
422 :
吾輩は名無しである:03/02/09 03:07
>>420 絶版つづきの今日に、昔ながらの家並みを見つけた感じ
おい、観光客めあてのセットじゃないよな??
その本を買った人はちゃんと原書もかってるなあ。すごいのう。
424 :
おさむ ◆2LEFd5iAoc :03/02/09 03:08
>419
普通に売ってたよ。
425 :
吾輩は名無しである:03/02/09 03:08
426 :
吾輩は名無しである:03/02/09 03:10
427 :
吾輩は名無しである:03/02/09 03:11
>>419 人の揚げ足取りばかりやってるとこういうめにあうwww
428 :
吾輩は名無しである:03/02/09 03:12
この中で誰が美香先生と駆動理事長の話を書いてるのだろう・・・
429 :
吾輩は名無しである:03/02/09 03:14
>>427 はっはっは、ばれてるなあ
だた、面白いようにってね
誰もきずついてないはずだろ
430 :
吾輩は名無しである:03/02/09 03:16
>429
いや、お前のつまらん煽りのお陰で盛り上がらなくなった。
責任取って舌でも噛みきれよ。
431 :
吾輩は名無しである:03/02/09 03:20
>>430 まあまあ。
かっとして再婚するのは、おまえの悪いくせだ
神が消え、無知煽りしかいないようなので寝ます。
433 :
おさむ ◆2LEFd5iAoc :03/02/09 03:23
パースの記号論の講釈もしてほしいね
434 :
吾輩は名無しである:03/02/09 03:24
おやすみ、ぼうや
435 :
吾輩は名無しである:03/02/09 03:26
記号論ならバルトについても聞きたかったが、詳しくないと言われたからなあ。
>>431 君も一般言語学講義買って読みなさいね。
436 :
吾輩は名無しである:03/02/09 03:28
437 :
吾輩は名無しである:03/02/09 03:31
再婚って何ですか
438 :
吾輩は名無しである:03/02/09 03:32
439 :
吾輩は名無しである:03/02/09 03:33
よし、俺も腹たったから再婚しよう。
440 :
吾輩は名無しである:03/02/09 03:34
転嫁のダジャレじゃないか?
441 :
吾輩は名無しである:03/02/09 03:35
まずは初婚して、そして離婚しないとね。
男なら2日でできるけど、女はね・・・
442 :
吾輩は名無しである:03/02/09 03:36
俺は一般言語学講義と心中します
443 :
おさむ ◆2LEFd5iAoc :03/02/09 03:37
ロラン・バルトってシニフィエ・シニフィアンどの本でいってた?
あいつって、単なる天ぷら好きの日本フェチだとおもってた
444 :
吾輩は名無しである:03/02/09 03:40
>単なる天ぷら好きの日本フェチだと
通ぶる言説って、恥ずかしくない?
>>443 彼は能面もいたく気に入っておられたご様子。
つーか自分の実験の素材として日本を使っただけで、
日本フェチでもなんでもない。
『零度のエクリチュール』
446 :
おさむ ◆2LEFd5iAoc :03/02/09 03:41
通ぶってないよ。ロランバルトの本ほとんど四でないし。
447 :
おさむ ◆2LEFd5iAoc :03/02/09 03:45
「エクリチュールの零度」ってのもなかったっけ?それとも一緒?
ちなみに日本フェ値だと思ったのは「仮面の帝国」(みたいな)題だったと思う
フランス人て日本好きなのかなとおもった
448 :
吾輩は名無しである:03/02/09 03:49
脱構築を定義しやがれ
449 :
吾輩は名無しである:03/02/09 03:59
上に書いてるよん
それ以外は、自分でベ共したほうが?
450 :
吾輩は名無しである:03/02/09 04:01
周辺のことしか書いてないようだが
>>447 同じ。文庫化でタイトル変わった。
それは『表象の帝国』だな。
バルトは紙と木でできてる家に住む庶民がほとんどの日本に興味を持った。
なんていうか「ウルルン滞在記」みたいなもんだろ。
あの本だけでバルトを判断しないでくれー。
バルトスレないな。
453 :
おさむ ◆2LEFd5iAoc :03/02/09 04:12
>451
まあ、ウルルン滞在記的だったのは否めないでつ。
香具師は日本人を原住民くらいの勢いでみてるっておもたよ。
でも、ジャポニズムの影響もあったんだろうなとはおもた。
>452
哲学板にはさすがにあるんじゃない?
454 :
吾輩は名無しである:03/02/09 22:33
で、物語のはなしは?
455 :
吾輩は名無しである:03/02/10 23:54
>>454 ばかやろ
物語はすでに小説、文学、言語、言説一般へとシフトしてんだ
わかってないのは、おまえだけ〜
ただ、フィクションからも離れていいのか、このスレ?
456 :
訂正おわび :03/02/11 01:23
帰ってきただ、ご主人さまぁ〜!
って、ム〜。ここ哲学スレだったか…。じゃ、またな!
457 :
吾輩は名無しである:03/02/11 12:30
哲学〜批評理論を知らないと文学について語れない
という哲学・批評至上主義が、
このスレ独特の物語になってんの?
哲学、言語学、批評などの言説と文学に密接な関係が
あることと、哲学・批評至上主義は異なるはずだ。
腹をすかせてすし屋に入り、さあ注文と品書きに目をやる。
そのとき店員が近寄ってきて、分厚い本をデンと置く。
「お客さん。ご注文のまえに、すしの歴史を勉強してくれ」
「じゃ、とりあえずビールを」
「そのまえに、ビールの製造方法を!」
どっちかが死ぬ。
458 :
吾輩は名無しである:03/02/11 12:37
ひでー詭弁。元ネタは「毒矢の喩」か何かか。
459 :
吾輩は名無しである:03/02/11 12:52
>元ネタは「毒矢の喩」か何かか
ひでー詭弁
そんなことより、どこが詭弁かいってみな
460 :
吾輩は名無しである:03/02/11 14:19
脱構築と言うものは、哲学至上主義の反省なのではないですか。
それはそうと、なにか違和感が漂っているのは確か。
そろそろ違う話が聞きたいと思ってます。
461 :
吾輩は名無しである:03/02/11 14:49
>脱構築と言うものは、哲学至上主義の反省
脱構築の一般がその反省に用いられてるとは思えない。
あ、形而上学への反省から始まったというなら、同感。
>そろそろ違う話
だれか始めろw
って、この時間、まだ観客はいないか
462 :
吾輩は名無しである:03/02/11 15:12
脱構築?脱構造?
463 :
訂正おわび:03/02/11 15:47
そういうことなら…
おれは寓話、神話、物語、小説、文学と支配的な文化が必ずしも親和的な関係
にあったとは考えていない。
たとえば、なまける国王が国土を荒廃させていき、その下で国民が不幸を絵に
描いたような生活をする寓話があったとしよう。
それが寓話として生きてきたのは、筋も語り口も「面白い」からだ。しかし語
り口の面白さは、国王と王妃、家臣、国民とのやり取りが一風かわってコミカル
だからだろう。語り口は、筋の上でこそ踊ることができると思う。
筋の面白さは、語り口によっても引き立つのだが。
この場合の筋は国王の「なまけぐせ」を戒める目的を持っていて、ひいては国王
としての自覚を促す意味があるだろう。
それが退屈ではない理由は、なまける国王、自覚のない国王が「常識」だったから
じゃないか。寓話を聞き、読む平民たちは、その「常識」をあばき揶揄する話に
溜飲をさげる。王たちは現実に存在しそうな「常識」を突きつけられ、自分を戒め
る訓話としておおいに楽しむ(もちろん、自分は違うと思いながら)。
464 :
訂正おわび:03/02/11 16:04
ここで素材とする「常識」は、支配的な権力機構ないし共同体における否定的
な「常識」である。したがって、それを揶揄する形は、否定的な傾向の克服、
消滅を願うために、権力機構の強化・補足の役割を果たす道にもつながる。
しかしおれには、その一面よりも、この寓話がありえる「常識」に素材をとり、
それに否定的な視座を構えるところに面白さを生成させる点に問題意識をもつ。
465 :
訂正おわび:03/02/11 16:06
あ、一部、日本語になってない
466 :
吾輩は名無しである:03/02/11 16:53
>464
その考え方は古いよ
467 :
訂正おわび:03/02/11 16:54
>466
どこが?
468 :
訂正おわび:03/02/11 16:57
あ、ロシア・フォルマリズム
とかいってんの?
469 :
吾輩は名無しである:03/02/11 17:20
ちなみに君はどういう視点(イズム)でこれを述べたの?
470 :
訂正おわび:03/02/11 18:49
「あなた」のお気に召すままに
それが文学じゃない、文学の面白さを生成するものじゃない
という現代批評のつもりなんだ
漫画だって、面白いものはこの視座にあると見ている
上の例が、「異化」の解説に似たものになったが
ところで、よかったら、チミの新しい考え方の一端を
述べてくれないか?
471 :
訂正おわび:03/02/11 20:22
ただの厨房が、逃げた…
新しい考えをもたないものが、
それは古い考えという。
この矛盾に気づかないものだけが、
口にできるわけだw
472 :
吾輩は名無しである:03/02/11 22:23
たいまんは終わりましたか?
473 :
吾輩は名無しである:03/02/12 05:11
>ただの厨房が、逃げた…
馬鹿しか来ないところで
リキんじゃって、
なに期待してんだよw
474 :
吾輩は名無しである:03/02/12 05:50
ふうむ、よっぽど陰湿の煽りハゲが住み着いてしまったらしいな。
475 :
↑↑↑ :03/02/12 05:52
おまえもな〜
476 :
吾輩は名無しである:03/02/12 05:55
煽ってる暇あったら議論せんかい。
できないんなら来るな。
テーマから遠く離れすぎだよ。
477 :
↑↑↑ :03/02/12 06:05
おまえもな〜
だいいち、テーマはなんだよ!
478 :
吾輩は名無しである:03/02/12 06:27
よし、じゃあ議論してやらあ。
文からいって 474 = 476 だと思うけど、おまえより洩れのほうが
ずっとエライ!
眠てえ! こっちゃ仕事明けなんじゃ。
ってわけで、明日なァ♪ かりそめのコテハン「やじるしくん」でデビュー
するからよっと!
>471
逃げたかって・・・ずっと2ちゃんできないってばw
しかも今から出ずっぱりになるしね。
他に何も論議が進まないようだったらまた書き込むから
怒らない、怒らないwww
480 :
やじるしくん:03/02/12 17:40
「笠と肉襞が擦れ合う。めくれている厚い肉襞が元に戻りかける。粘り気の強くなった粘液
が潤滑油の役割をしたおかげで、すっとまた、めくれた状態になる。内側の薄い肉襞が笠と
幹を隔てる溝にまとわりつく。その奥の細かい襞がうねる。さらに奥に導こうとしているよ
うにお、これ以上の侵入を拒もうとしているようにも感じられる。
「ああっ……」
布団の中で、淳子が湿った声を漏らした。」(『衝動はぜて・女薫の旅』神崎京介・P66)
これ面白いって香具師、手をあげろ!(漏れw)
これ、そこそこ売れてる(本屋で平積み状態)
これ買うより、ハメ取り動画のサンプルDLするって香具師は?(漏れw)
これ買うより、彼女と一緒がいいって香具師!(漏れw)
これこそ文学って香具師、手をあげろ!(漏れちがうw)
だれか、谷崎の『細雪』『春琴抄』でもいってみねえか?(こっち本がないw)
じゃあまた明日な(議論から逃げてるんじゃねえぜ漏れw)
481 :
吾輩は名無しである:03/02/16 22:25
さて、もうそろそろ本題にもどろうか。
482 :
吾輩は名無しである:03/02/16 22:34
483 :
吾輩は名無しである:03/02/17 02:13
ああいいね、本題にもどろう
484 :
吾輩は名無しである:03/02/17 12:59
必要がなくなってから問え。
486 :
吾輩は名無しである:03/02/17 23:00
488 :
吾輩は名無しである:03/02/22 00:00
あげてみた
もう炒らない、物語なんか
じゃあ煮込んでみるといいんじゃないかなっ
物語というのは、説明です。
世の中頭の良いひとばかりではないので、
状況を説明しなければなりません。
だから必ず必要なのであります。
…このスレに限らず、2ちゃんねるの書き込みは
すべて俺様の自作自演の物語だったわけだが
もう飽きたので筆を置くことにしよう。
第一部 ―了―
493 :
吾輩は有名である:03/02/23 14:56
―こうして492は自死を遂げたが
声なき顔なき名前無しの物語は紡がれてゆく―
わたしが語り部です
物語とはたぐまれな存在にある人類の精神を秩序づけるためのいわば「標識」
ですが、標識というものは元来、その普遍性、不特定多数を視野に入れたとい
いうか多くの精神の共通項を記号化して脳の働きを緩和するための素材ですが、
元来そういった人間精神の本質、根本的な欲動の発信源の発現としての物語は
文明という既得権益層とそうでないものとの人類分別のような働きとして、
重層化され、さらにある程度の認知を経たその記号と方向付けられていることの
暴露によってさらに下層圏と上層圏の二極分化を示すことの理性判断から、
構造化されてそれを認知するある他者からの視線が標識や方向付けとしてで
はなく、もはやその構造じたいを記号化し散逸し、分類することに物語の
力が反転しつついるのです。
496 :
あなた(1)なしではいられないわたし:03/02/23 16:38
ヒトが
レスをつけたい、書き込みたい
物語を語りたいヒトを必要とし
レスをつけたい、書き込みたい
物語を語りたいヒトが
レスをつけられたい、読み込みたい
物語を聞きたいヒトを必要とし
レスをつけられたい、読み込みたい
物語を聞きたいヒトが
レスをつけたい、書き込みたい
物語を語りたいヒトを必要とし
レスをつけたい、書き込みたい
物語を語りたいヒトが
レスをつけられたい、読み込みたい
物語を聞きたいヒトを必要とし
レスをつけられたい、読み込みたい
物語を聞きたいヒトが
レスをつけたい、書き込みたい
物語を語りたいヒトを必要とし
レスをつけたい、書き込みたい
物語を語りたいヒトが
レスをつけられたい、読み込みたい
物語を聞きたいヒトを必要とし
レスをつけられたい、読み込みたい
物語を聞きたいヒトが
レスをつけたい、書き込みたい
物語を語りたいヒトを必要としなくたった時
物語は 2ちゃんねるは 終わる
>>1はなぜ『レス』を必要とするのか?
499 :
吾輩は名無しである:03/02/24 21:28
>>495 人間以外の動物には物語がないのですか?
脳生理学者の知人の話では、犬レベルでも夢をみるそうですから。彼等なりにも物語があるのじゃないでしょうか?
>499
ありますよ。
ムルだって小説を書いているじゃないですか。
501 :
吾輩は名無しである:03/02/24 21:30
500ゲット失敗。欝鬱鬱。
503 :
吾輩は名無しである:03/02/24 21:33
夢留?
504 :
吾輩は名無しである:03/02/24 21:34
>503
牡猫
>>501 そして我々は>>1を求め
やがて自らが>>1となるのだ
506 :
我々は語部である:03/02/24 21:40
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄○ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
O 。
, ─ヽ
________ /,/\ヾ\ / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
|__|__|__|_ __((´∀`\ )< という物語だったのサ
|_|__|__|__ /ノへゝ/''' )ヽ \_________
||__| | | \´-`) / 丿/
|_|_| 从.从从 | \__ ̄ ̄⊂|丿/
|__|| 从人人从. | /\__/::::::|||
|_|_|///ヽヾ\ / ::::::::::::ゝ/||
────────(~〜ヽ::::::::::::|/ =第二部 完 =
507 :
吾輩は名無しである:03/02/24 21:40
何やらわからんが、505についていこうと思った冬の夜。
508 :
吾輩は名無しである:03/02/24 22:12
なむあみだぶつなむあみだぶつ
ありがたいありがたい…
千レス一スレ物語
510 :
吾輩は名無しである:03/02/26 18:46
おまいら
物語=文学、小説
とか考えてんのか。
ハァーーンッ?!
おまいはどう考えているのよ。
聖書は文学としては面白いとか言うなよ。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄○ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
O 。
, ─ヽ
________ /,/\ヾ\ / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
|__|__|__|_ __((´∀`\ )< というお話だったのサ
|_|__|__|__ /ノへゝ/''' )ヽ \_________
||__| | | \´-`) / 丿/
|_|_| 从.从从 | \__ ̄ ̄⊂|丿/
|__|| 从人人从. | /\__/::::::|||
|_|_|///ヽヾ\ / ::::::::::::ゝ/||
────────(~〜ヽ::::::::::::|/ = 完 =
514 :
吾輩は名無しである:03/03/01 14:20
,.-―っ / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
人./ノ_ら~ | ・・・と見せかけて!
从 iヽ_)// ∠ 再 開 age-!!!!
.(:():)ノ::// \____
、_):::::://( (ひ
)::::/∠Λ てノし)' ,.-―-、 _
______人/ :/´А`):: ( _ノ _ノ^ヾ_) < へヽ\
|__|__|__( (/:∴:::( .n,.-っ⌒ ( ノlll゚∀゚) .(゚Д゚llソ |
|_|__|_人):/:・:::∵ヽ | )r' ー'/⌒ ̄ て_)~ ̄__ イ
||__| (::()ノ∴:・/|::| ./:/ /  ̄/__ヽ__/
|_|_| 从.从从:/ |__|::レ:/ ___/ヽ、_/
|__|| 从人人从 ..|__L_/ .( ヽ ::|
|_|_|///ヽヾ\ .|_|_ /⌒二L_ |
──────── ー' >ー--'
515 :
吾輩は名無しである:03/03/01 23:13
>>500 ああ、ムルアカ?
物語るんなら金をくれ!
簡単に物語は「経験」として置き換えられるからでしょ
いや、経験を得るための、「行動予定」としても置き換えられるからだ。
つまり経験のためのシミュレートだな。
そのシミュレートをゲームとして楽しむか
現実で成功するための演習とするかは人それぞれだが。
>>31 >では、ミツバチも『物語』をするのでしょうか?
花の位置を教える8の字ダンスがそれに当たる。
物語の語り部には、正しい未来を
蜜のありかを教える義務がある。
インターネットという物語。
>>501 つまりヒトであること自体が物語を求めていることを意味する?。
物が語ると物語。
ヒトは死ぬと物と言葉になる。
物語とはヒトの存在のなごり雪。
517の中のヒトは、あなたの心の中にしかいないのでつ。
○
522 :
吾輩は名無しである:03/03/14 00:15
ヒトはなぜ音楽を必要とするのか?
これは近しい問題に感じるのは私だけでしょうか?
523 :
吾輩は名無しである:03/03/16 23:47
>>522 もしくは
『ヒトはなぜ言葉を必要とするのか?』
と問うことに等しい
524 :
吾輩は名無しである:03/03/17 20:10
物語が言葉に置き換わるところに、ソクラテス的無知がある
525 :
吾輩は名無しである:03/03/17 22:01
という524も言葉であるという罠
確かに ここには声はない
掲示板の文字を読んで
自分の脳裏に響く声しか
527 :
吾輩は名無しである:03/03/18 14:38
そして、それは幻想だ
528 :
吾輩は名無しである:03/03/18 14:56
幻想・・・ですか(-。-)
529 :
吾輩は名無しである:03/03/18 22:26
そう、声があると想像するのは幻想だ
なぜなら、この書きこみは自動応答ソフトが
書きこんでいるのだから
カンラカンラ♪
530 :
吾輩は名無しである:03/03/19 17:23
自働応答ソフトの作者が語部か
531 :
吾輩は名無しである:03/03/19 17:24
物語るAIの誕生は近い
>>523 それはちと違うと僕は思う。
それはものごとの理解の要素化に過ぎないと思う。
水(H20)を理解しようとするとき、水素(H)と酸素(O)に分解して考える様なものだ。
533 :
吾輩は名無しである:03/03/22 09:16
大小問わず、物語を必要としないでくださいって時代が来てるのだよ諸君。
534 :
吾輩は名無しである:03/03/22 09:38
神様 「おまいら、しばらくマジレスでおながいしまつ」
ということ?>533
537 :
吾輩は名無しである:03/03/24 21:38
>>533 なぜそう思うのか、実例等をあげてもっと詳しく説明してくれないかな。
538 :
吾輩は名無しである:03/03/24 21:39
539 :
吾輩は名無しである:03/03/25 11:16
最近は小説、テレビドラマ、映画、全て低迷状態にある。
現代人は「物語」を必要としなくなっているのではないだろうか?
540 :
吾輩は名無しである:03/03/25 11:18
>>539 現実のほうがおもしろい物語があるからだろ
戦争、とか。
映画館で兵士募集の宣伝をするくらいだしな。
眼はアカデミー賞よりも戦場へ
しかし大衆はもはや戦争という物語を視聴するのにも飽きはじめている。
544 :
吾輩は名無しである:03/03/29 00:29
ものがたり、ものがたれば、ものがたり
545 :
吾輩は名無しである:03/03/30 02:41
ものがたり、物が足れば、モノガタリ
546 :
吾輩は名無しである:03/04/07 22:10
4月あげ
4月物語か・・・。今日たまたま『打ち上げ花火』のメイキングみたいなの
借りてきちゃったよ。ついほろほろしてしまう自分はまだ青春真っ只中なのだ。
悪いか。
548 :
吾輩は名無しである:03/04/09 21:46
ネタが小康状態になっている今日この頃、
物語をつくって食べてる人の意見をきいてみたい。
ここに顔出してる作家さん方はどう思ってるのでしょう?
549 :
吾輩は名無しである:03/04/10 22:52
おーい、でてきてくださいな。作家さま〜。
∧_∧
( ^^ )< ぬるぽ(^^)
551 :
吾輩は名無しである:03/05/05 01:31
山崎も作家か・・・
552 :
吾輩は名無しである:03/05/05 15:53
「むかし、むかし」
これが物語の第一要素。
「もし.....」
これが物語の第二要素。
あとは生成文法的に自己組織化。
553 :
吾輩は名無しである:03/05/05 17:38
チョムスキー
554 :
吾輩は名無しである:03/05/05 17:40
言語の自己組織化現象(一人歩き)。
それが物語。
555 :
吾輩は名無しである:03/05/05 22:41
GW終了あげ
556 :
吾輩は名無しである :03/05/05 23:36
ずっと同じ姿勢した後に、背伸びして、体をほぐすように、
心も背伸びが必要。
同じ毎日を繰り返しているから、固まってんのよ。
んじゃラノベばかりでなく古典文学でも読んでみるか
558 :
吾輩は名無しである:03/05/13 21:10
村上春樹の作品はなぜにああも意味のない物語なのに面白いのか?
文章力>>>>ストーリー力
ということか?
>>558 謎だよな。雰囲気しかないのにな・・・。
560 :
吾輩は名無しである:03/05/16 23:49
>>560 そうなんだよな。
読んだ本人は面白い。
人に勧めたとき
「じゃ、どんなストーリーなの?」
と問われ、話してみても全然面白いとかそういう類のものではない。
基本は、ところどころの面白さなのだよな。生活感とか。価値観とか。言葉づかいとか。でも全体として面白くなってる。
雰囲気。そうとしか言い様がないんだけど。
物語の本質にすごく重要なポイントが潜んでるんじゃないだろうか。
561 :
本当の話です!読んでください。お願いします!!!:03/05/16 23:50
1989年
東京足立区監禁コンクリート詰め事件!!!
共産党幹部宅で行われた鬼畜行為(裁判で明らかになってます)(監禁41日間の内容)
・オイルを両大腿、膝、すねにたらして着火する
・熱がって火を消そうとすると手にもオイルをかけて着火、火が消えるとまた点火する
・性器に異物を入れて弄ぶ
・自分の尿を飲ます ゴキブリを食わす。
・性器にライターを入れて着火する(この行為によって何度も気絶し、髪の毛が抜けていったという)
・性器を灰皿代わりにする
・性器にオロナミンCの瓶を入れる
・お尻の穴に花火を突っ込む
・性器に強引に直径3Cmの鉄の棒を突っ込んだり抜いたりして性器を破壊する
・頬が鼻の高さを超えるまで腫れ上がり、目の位置が陥没して分からないほどになるまで暴行
・歌謡曲を流して、歌詞にあわせて脇腹に思いっきりパンチをいれる
・痛さをこらえるので口が変なふうに歪むのを見て面白がる
・犯人2人の真ん中に立たせ、左右から肩や顔に回し蹴りを数発入れる
・顔(まぶた)にろうそくをたらす
・眉間に短くなった火のついたろうそくを立てる
・6kgの鉄アレイを腹に落とす
・鉄アレイで大腿や顔面を殴る
・逃げないようにガムテープで全身をぐるぐるまきにする
・強いウイスキーを強引に何度も飲ませる
・かなりの量の水や牛乳を強引に何度も飲ませる
・裸で歌わせ、踊らせ、キチガイの真似をさせられる
・死体の体重は50キロが37キロになり、顔は原型をとどめず目の位置もわからない、身体は焼けただれ、腐敗しており、
・性器(や肛門)の破壊の度合いは顔や身体以上のもので目もあてられない
・陰部にはさらにオロナミンC2本が入っていた。
・
562 :
吾輩は名無しである:03/05/18 21:48
それは惨い物語だ。
563 :
吾輩は名無しである:03/05/18 22:28
答え。そのほうが多くの共感を得ることが出来るから。
>>560 ありゃあ随想ですよ。
だから面白いし、そしてストーリーがつまらんのだ。
スレとは関係がないのですが、みなさん絶版本はどうやって手に入れていますか?
私はもっぱら神保町で古書屋巡りなのですが、見つかっても殆ど初版なんかで手がでません。
どなたかご指導願えますか。
ちなみに新規スレはたてなかったのではなく、立てられなかった所存でございます。
566 :
吾輩は名無しである:03/05/19 00:30
んなこた自分で調べろ
567 :
吾輩は名無しである:03/05/19 01:12
ブックオフに決まってんだろ
∧_∧
ピュ.ー ( ^^ ) <これからも僕を応援して下さいね(^^)。
=〔~∪ ̄ ̄〕
= ◎――◎ 山崎渉
物語は目的を達成するための手段として用いられる。
そしてそれこそが物語の持つ意義だと思う。
物語とはある目的に添って集められ、利用されることではじめて意味を持つモノである。
このとき、出力された物語を再び入力に戻すフィードバックこそが
物語を最大限に生かす方法である。
つまり、現在いわれているような物語の氾濫は、実際は、
物語源があふれているのだといえる。
従って、必要なのは目的に応じた精度を保てる範囲で物語を集め利用することである。
570 :
吾輩は名無しである:03/06/01 01:27
>>569 当初は手段だったはずのものが、生物的、社会的進化の過程で、いつのまにか目的となってしまう動物、それが人間であろう。
571 :
吾輩は名無しである:03/06/01 13:59
物語は人生である、ゆえに、人生は忘却の中にあり、物語ではない。
572 :
吾輩は名無しである:03/06/01 14:59
「人生だけじゃ足りねえよ」つったのは誰だっけ?
573 :
吾輩は名無しである:03/06/20 19:43
物語でお腹イッパイ
人間は人間にいちばん関心を持っている。
別に物語である必要はないけれども、他人の人生を眺めるのに
物語という形式がいちばん手っとり早い。
ヒトに物語が必要なんじゃない、ヒトにはヒトが必要だということだろうね。
576 :
吾輩は名無しである:03/07/10 19:34
ヒトからヒトに伝わってゆくものが物語ということ?
577 :
吾輩は名無しである:03/07/11 01:00
ヒトはすぐ出来事に物語に変換したがるわな。
原因があるから結果があるという幻想にかられて。
物語=幻想を必要としていると自分的には
理解していると考えているんだが、どーよ?
これはどう?
悲惨な物語を読む=「自分の今の境遇はここまで
酷くはない」と割り切れる
明るい話を読む=勇気づけられる
580 :
吾輩は名無しである:03/07/13 15:25
雑談スレF あげ
何故「物語」が必要なのかはいろいろあるだろうけど
今自分が生きる「現実」の破壊の為に必要と考えた方が
また違う見方ができそうだ。
582 :
吾輩は名無しである:03/07/13 19:26
自由と字数歌を称える掲示板 投稿者:波江究一 投稿日: 7月12日(土)20時16分53秒
本日下記掲示板へ投稿致し置きました。
自由と字数歌を称える掲示板
★ノズラーとは?★
評論家の福田恆存や松原正の著作を愛読し、
ネット上の掲示板などで旧かな旧漢字
(彼らは正字正仮名と呼ぶ)を使いまくり、
自分のことを「反時代的教養人」だと信じて
疑わない人たちの呼称。
http://lol.to/bbs.php?bbs=vazari
584 :
いいよう ◆tsGpSwX8mo :03/07/14 04:17
自分が死んだ後も自分という存在を知ってもらいたいからかも。。
__∧_∧_
|( ^^ )| <寝るぽ(^^)
|\⌒⌒⌒\
\ |⌒⌒⌒~| 山崎渉
~ ̄ ̄ ̄ ̄
586 :
吾輩は名無しである:03/07/19 11:43
存在がなくなれば記憶もなくなるかと。
文豪でもない限りw
587 :
吾輩は名無しである:03/07/21 03:58
>>586 「存在がなくなる」というのは、正確に表現すると時間軸上のある時点以降に存在しないというだけだよね。
時間軸上のある時間帯域に存在したということが失われるわけではない。
といことで、存在は不滅なんだよね。実は。
588 :
吾輩は名無しである:03/07/21 16:51
ひとのことを知りたいから。それに尽きる。
時間を生きているから。
590 :
吾輩は名無しである:03/07/27 22:11
>>587 でも、それは神の視点であって、人間の視点ではないよね。
591 :
吾輩は名無しである:03/07/30 00:37
>>590 いわゆる "神様" がいるかいないのかは分からないけど。。。
ヒトが想像している神の視点って、所詮ヒトの視点の延長線上にあるだけだと思うけど。
あるいは、数学というツールを使って、ヒトにもとらえることのできる視点。
どちらにしてもヒトの視線でカバーできる範囲だよ。
592 :
吾輩は名無しである:03/08/01 22:11
それらのヒトとは別に、個々人としてのヒトがいる。前者をヒト、後者を個々人とすると、ヒトがヒトを語ると神的になる。でも、ヒトの立場から「文豪」でもない個々人は語れない。個々人のヒトへの跳躍が物語となり、それが個々人に還元される様相が文学的なんだろう。
(^^)
594 :
吾輩は名無しである:03/08/02 13:43
人間は日々を、己の頭の中で物語を紡ぎながら生きている
それが、命というものの実相。現実もまた、己の頭の中で創り出される
それ以外には、何もない。それが、色即是空、空即是色、ということ。
>>565
仏教的には完璧に違うぞ。めんどくさいから教えてやらんが。
597 :
吾輩は名無しである:03/08/09 02:43
週末揚げ
598 :
吾輩は名無しである:03/08/11 23:08
山崎渉さんって、どの様なお方なのですか?
599 :
吾輩は名無しである:03/08/12 22:00
物を語る
事を語るではないのはなぜ。
600 :
ホワットマン ◆1fdQi8IAxE :03/08/12 22:13
コトは語られた途端にモノになるのではないか?
601 :
吾輩は名無しである:03/08/15 01:22
>>600 逆ではないかと。
モノは語られた(あるいは認識/観測された)瞬間にコトになると。
とすると、事(事象)=物語といえる。
事語って、頭痛が痛いみたいなことになるのではないかと。
602 :
吾輩は名無しである:03/08/15 09:03
「今日の出来事を語る。」
これってふつーにアリだよね。
事語って言葉も原理的にはアリだよね。
(⌒V⌒)
│ ^ ^ │<これからも僕を応援して下さいね(^^)。
⊂| |つ
(_)(_) 山崎パン
604 :
吾輩は名無しである:03/08/15 13:31
605 :
吾輩は名無しである:03/08/19 01:15
自分が心をひかれるのはいつも小説ばかりだ。
エッセーとかにはほとんど心をひかれない。
好きな作家のエッセイを読むと幻滅する。
小説の方が迫真性があるのは、なぜだ。
うそを書いているからさ。
607 :
ホワットマン ◆le./8.kx4Q :03/08/19 01:34
語りは騙り、ではないかと
608 :
ホワットマン ◆1fdQi8IAxE :03/08/19 01:40
コトは語られて=騙られて、モノになるのではないかと
だから語ることは騙ることになるのではないかと
川の流れを描いても、描かれた川は流れていない
描いている瞬間だけにコトがあるのではないかと
609 :
ホワットマン ◆1fdQi8IAxE :03/08/19 01:42
コトバはコトの端ではないかと
コトのしっぽ、残像ではないかと
以上
小説をはじめとする「物語」はしょせん嘘にすぎない。
けれど綺麗な「嘘」が人を感動させたり、人を動かしたり
することだってある。
…といってみるテスト
611 :
吾輩は名無しである:03/09/03 20:29
良スレだったりして
612 :
吾輩は名無しである:03/09/03 20:30
んなこたーない。
613 :
吾輩は名無しである:03/09/03 20:58
美しい物語に触れたいです。
614 :
吾輩は名無しである:03/09/03 22:36
気をつけてくれ。
火傷したあとが…一生…うずく
616 :
吾輩は名無しである:03/09/03 23:03
うん、前向きにがんばる!
617 :
吾輩は名無しである:03/09/03 23:47
今夜はいい夢みてね☆
618 :
吾輩は名無しである:03/09/03 23:49
は−い、好き
>>607-609 「コトは語られて(=騙られて)モノになる」
「描かれた川は流れていない」
「描いている(=書いている)瞬間だけにコトがある」
としても
そのモノが読まれることによって再びコトにもなるのではないかと
書くコトが読むコトの中で命を与えられるのではないかと
言い換えると、読むコトは再び書くコト(リライト)という行為ではないかと
620 :
吾輩は名無しである:03/09/04 00:37
あのぅー、コトコトうるさいんですけど。
621 :
吾輩は名無しである:03/09/04 19:17
誰か教えてください。
622 :
吾輩は名無しである:03/09/04 20:09
あれだ、現実がつらいからだな。
623 :
吾輩は名無しである:03/09/04 20:12
物語でナイト語れない真実がアルの
624 :
吾輩は名無しである:03/09/05 05:44
俺くっさいこと書けなくなったなぁ・・・
昔はよく書いてたんだけど。
現実逃避もあるけど、やっぱり楽しいからだと思う。
&#9830
?
628 :
ホワットマン ◆1fdQi8IAxE :03/09/05 18:11
>>619 レスありがとでした。傾聴すべき内容でした。
エクリチュール(書くコト)とレクチュール(読むコト)
といいかえてもいいでしょうが、そのリライトとしての共通性については
ボルヘスかカルヴィーノかが語っていたでしょうか。
スレタイからは少し迂回しますが、
ま、大きなテーマなのでいいでしょうかね。
モノは名詞、コトは動詞だとして
物語が語られたモノという名詞ではなく
物あるいは事を語るコトという動詞になるのは
確かに書いている瞬間だけでなく、
読んでいる瞬間にもおこるのでしょう。
描かれた川は流れていないとしても
その絵を見ている者の視線によって
その川は流れ出すのかもしれません。
630 :
吾輩は名無しである:03/09/05 20:02
万物において想像的なカテゴリーに位置するとされるものは人間とは別個に
損律しうるという考えがソシュール言語学に代表される「恣意」の産物で
それぞれは、それぞれでない限りにおいてそれぞれでありえている、という
モチーフを参照していたことから構造という物自体の発生の根源とは乖離した
一個の固体であるという考えが生まれたのではある。しかし現象学的還元によって
これは人間の「想像性」、つまりたとえば人間の発する言葉によってはじめてそれは
「現象」として人間の脳裏に認知されうるという確認のもとで、言語一般から
派生する物語もまた、それは人間とは別個に存在するものとは見て取れず、
物語的意識という還元によって初めて、それは認知されうるのである。
「川の流れ」はそれを意識し、発音する人間の口元によって初めて「川の流れ」
を言い当てることができるということから、物語は人間の意識によって、それも
その還元によってしか現象し、派生することはないのである。だとすれば、
人はなぜ物語を必要とするのか?という問いの中にいる「人間」と「物語」は
互いに乖離しておらずその根源の主体である人間への問いかけとして「物語」
を説明的に上塗りしたという仮想的な主体をまた、自然の中に「創造物」として
植え込んでいるという重層的な視座に立っている自己を広く人間一般の普遍性
と結び付けているという堂々巡りに衝突するのだ。
>>628 エクリチュール(書くこと)とレクチュール(読むこと)の一体性について
読むことが「リライト」という書くことでもあることについては
ボルヘスの短篇「『ドン・キホーテ』の著者、ピエール・メナール」がある。
そのバスティシュが文体模写スレにあったので下記に引用。
872 :ほるへ・るいす・ぼるへす練習 :03/08/11 01:03
「『変身』の著者、ピエール・メナール」(原註1)
私は以前にピエール・メナールの著書のほとんどを挙げたことがある(原註2)。ここでは以前に述べたことを繰り返して読者の顰蹙をかうような真似はするまい。
ただし、以下の一文――「ある特定の作家との〈完全な〉同一化のテーマについて書いたノヴァーリスの、あの文献学的断章」――を再度ここに披露することは、決して読者諸賢にとって無益なことではあるまい。
しかし、その後判明したことであるが、ピエール・メナールにはもうひとつの隠された著書が存在していたのである。私は『変身』という名のその本のことを最近知ったのだが、それは、あたかもフランツ・カフカの同名の作品と瓜二つである。
だが、メナールはカフカのそれを現在風にアレンジしたのでも2ちゃんねる風に焼きなおしたのでもない。別の『変身』を書くこと、これは誰にでもできる(このスレをご覧になればおわかりだろう)。
メナールの野心はもっとユニークなものである。彼が書いたのはカフカの作品と一言一句まったく同じページを生み出すことにあるのである。
その芸術的行為は一見どんなにそう見えようとも、書き写すこととは似て非なるものであることは確かだ。
メナールの『変身』とカフカのそれとを比較してみれば一目瞭然であるが、前者の文章には往時のプラハの陰鬱な雰囲気を伝えようとする洗練された技法が窺われる。
それに対し、後者の文章にはそうした努力が感じられず、当時の雰囲気をそのまま伝えるだけである。
*原註1
上記作品は書肆ミメシスより刊行予定の『不完全な真空』第8章の抄訳である。
掲載にあたり同社の好意ある了解を得たことをここに記し感謝の意を表する。
*原註2
『伝奇集』(岩波文庫)所収
633 :
吾輩は名無しである:03/09/06 09:37
ボルヘスの作品は、単にユーモアのある碩学的な遊びではなく、
エクリチュール(書くこと)とレクチュール(読むこと)の一体性
についての見事なメタファーになっている。
634 :
吾輩は名無しである:03/09/06 22:02
物語のストーリー化粧の時代は終わった。これからはイメージ図鑑としての短歌の時代
635 :
吾輩は名無しである:03/09/06 22:10
物語のストーリー化粧の時代は終わった。これからはイメージ図鑑としての短歌の時代
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636 :
吾輩は名無しである:03/09/06 22:10
物語のストーリー化粧の時代は終わった。これからはイメージ図鑑としての短歌の時代
635 名前:吾輩は名無しである :03/09/06 22:10
物語のストーリー化粧の時代は終わった。これからはイメージ図鑑としての短歌の時代
637 :
吾輩は名無しである:03/09/06 22:17
ボルヘスの作品は、単にユーモアのある碩学的な遊びではなく、
エクリチュール(書くこと)とレクチュール(読むこと)の一体性
についての見事なメタファーになっている。
634 名前:吾輩は名無しである :03/09/06 22:02
物語のストーリー化粧の時代は終わった。これからはイメージ図鑑としての短歌の時代
635 名前:吾輩は名無しである :03/09/06 22:10
物語のストーリー化粧の時代は終わった。これからはイメージ図鑑としての短歌の時代
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636 名前:吾輩は名無しである :03/09/06 22:10
物語のストーリー化粧の時代は終わった。これからはイメージ図鑑としての短歌の時代
635 名前:吾輩は名無しである :03/09/06 22:10
物語のストーリー化粧の時代は終わった。これからはイメージ図鑑としての短歌の時代
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638 :
吾輩は名無しである:03/09/06 22:20
物語のストーリー化粧の時代は終わった。これからはイメージ図鑑としての短歌の時代
イメージが膨らむ
弾けては涙が流れ落ちる
640 :
吾輩は名無しである:03/09/24 00:16
641 :
吾輩は名無しである:03/09/24 00:45
>>638 おそらく時代は
「イメージ図鑑としての短歌の時代」でもあり
伝統的な物語が続いていく時代でもあり
そうした物語を壊し続ける時代でもあるのだろう。
>>639 イメージはどのような過程を経て涙にかわっていくのだろうね。
時代の流れは複数の支流を併せ持っているのだろう。
642 :
吾輩は名無しである:03/10/17 19:48
643 :
吾輩は名無しである:03/11/07 00:35
物語という日本語は「物語」を暗黙のうちにひとつのものに定義してしまうね。
だから外国語のように「物語s」という複数形で絶えず考える必要がある。
文学が衰退しているという人がいて、
普遍的に必要としているという意見もある。
面白い。
物語は道路である
道路に歩かせられる快楽である
物語公団元総裁の藤井です
649 :
吾輩は名無しである:03/12/20 01:41
>>645 2種類の多様性があるんだと感じている。
@視点の多様性=様々な文学観
おそらく文学が衰退しているかどうか、物語が必要かどうかは
それを見る人の、語る人の立ち位置によって違ってくるんだと思う。
A対象の多様性=様々な物語
文学や物語とひと口にいってもさまざまな文学がある。
だから実際に衰退している「ある文学」があり
まだまだ興隆している「ある文学」がある。
これから開花しようとしている「ある文学」もあるかもしれない。
で、スレタイへの「ひとつの」意見を述べてみれば
ヒトはやはり「物語」を必要としている、というか、
物語ろうとする欲望を持っているんじゃないかと思う。
それはなぜか?
それは、流れゆく時間に対する抵抗、あるいは同じことかもしれないけど
過ぎ去る出来事、失われてゆく記憶をつなぎとめようとするあがき、
そして言葉の遺伝子を後世に伝えようとする本能にも似たものなんじゃないか。
「物語る」という文学的な行為は「遺言」にも似て
何かを未来に託そうとすることなんじゃないか、そんな感じが、した。
2chビューワーは一冊の書物
653 :
吾輩は名無しである:03/12/22 20:12
私見では、言葉を使用する限り人間が逃れられない二項対立的思考からの、
想像力による脱却のために物語が必要かな・・
ヒリス・ミラーの『エディプス王』についての論文は、物語ることについて
とてもいい論考が書かれていると思います。
『現代批評理論 : 22の基本概念』 フランク・レントリッキア, トマス・マクローリン編
/大橋洋一[ほか]訳. 平凡社, 1994. の『物語』の項です。
>>650 非常に視野の広い意見で参考になります
>>653 ぜひ今度読んでみたいと思います
このスレは時々「はっ」とする言葉に出会うので時々ROMってます。
「物語」への欲望というものを「書くこと/読むこと」の欲望という次元でいえば
月並みかもしれないけれど、やっぱ「自分探し」ってことがある。
自分の確認であったり、未知なる自分の発見であったり。
あるいは、「自分」を「他者」として発見することでもあるかも。
656 :
吾輩は名無しである:04/01/03 22:28
「自分の確認」と「未知なる自分の発見」というのは相反すると思いますが、
それは物語によって異なってくるということでしょうか…。
657 :
吾輩は名無しである:04/01/13 23:55
>>656 物語によって、また時と場合によって、異なってくると思うけれど。
あるいは本を読む姿勢(どういうモチベーションで読むか)とか。
あるいはその2つが相反せずに同居することもあるのかもと思う。
658 :
吾輩は名無しである:
>>656 自己確認をする→未知なる自分を発見する(他者の発見)→他者を受け入れる
→自己確認をする・・・の繰り返しが、物語の中でされるのでは?
他者の発見による分裂から統合というモチーフは文学作品によく見られるものだと思います。
鏡像段階の理論が文学作品の読解に用いられるのはそんなところに理由があるように思います。