金井美恵子

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172吾輩は名無しである
浅田彰 i-critiqueより、全文引用。

★噂のオールドミス
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若くしてデビューした頃の彼女はきらめくような才能を
もった作家で、少女小説をそのまま現代文学にしたよう
な作品を書いていた。彼女がそのままのびのびと書き続
けていたらどうなったかはわからない。問題は、彼女が
インフェリオリティ・コンプレックスの塊で、精一杯虚
勢を張ってすべてをバカにしてみせながら、実は、日本
でいちばん賢くてセンスがいい(と田舎者には見える)
おじさまに依存せずにはいられないということだった。
賢くてセンスがいいといえば、やっぱりフランス文学者、
たとえば蓮實重彦。こうして彼女は、おじさまに褒めて
もらいたい一心で、必死に勉強し、スタイルを変えてい
った。「こう書けば、蓮實さんなら、私がジャン・ルノ
ワールを観ているってわかってくれるはず」。
そしておじさまの反応が冷たいと、「いや、蓮實さんよ
り私のほうがルノワールのことを本当に分かっているの
よ」。もちろんルノワールの映画は素晴らしいが、ルノ
ワール通であることを仄めかすために書かれた小説は絶
望的に退屈で、自分も「通」であることを示したい貧乏
な田舎者のグルーピーが喜んで読むだけだ。悲惨な話で
はある。彼女は最近「噂の娘」という小説を出版したと
いう噂だが、私はもはやそれを手にとってみようとさえ
思わない。私はかつてジャーナリスト専門学校で講演し
たとき、阿部和重を含む聴衆に、「田舎者のひとつの定
義は『蓮實重彦に幻惑される人間』だ」と言ったことが
ある。噂のオールドミスの哀れな姿は、そんな人間の末
路を赤裸々に示している。