>>700続き
それでも寺山さんはマメな人で、直筆の年賀状はくれたし、「友人五〇人に送る
ニュースレター」という近況報告の手紙を定期的に送ってくれた。その手紙の末尾
に「今度、あなたのことを猫の本に書きました」と書いてある。意味不明だった。
本に書いてくれたのなら、書名と出版社を教えてくれればいいではないか。でも、
そういう事に気が回らない人だった。
本屋に行くたび、寺山さんの新刊が出ていないか、それは猫の本ではないか……と探したが、そんな本は並んでいない。がっくりするのにも疲れ果て、いつしか忘
れていた。
それから二〇年があっという間に過ぎて、とうに寺山修司もこの世を去った。
私は三六歳の頃から、本格的に文筆業への道を歩み出した。遅いスタートだっ
た。その頃に、実家の押し入れを整理していたら、かつて寺山さんからもらった
ニュースレターの束が出てきた。そういえば私は、あの当時の寺山さんと同じ年に
なったのだなあと思った。
およそ二〇年ぶりに、寺山さんからの手紙を読むと、そこには海外公演での苦労
や、体調がおもわしくなく苦しいことなど、寺山さんの当時の心情が書かれてい
る。びっくりした。十代だった私は、この手紙をまったく理解していなかったの
だ。文面からあふれる三六歳当時の寺山修司の気持ちをこれっぽっちも感じていな
かった。十代の世界観はこの程度だったのか、とあきれ果てた。だとしたらよくも
こんな鈍感な私の相手をしてくださったなあ、とため息がこぼれた。