1917年、母が亡くなると、父の世話をさせるという口実で千代と娘を実家に預け、自分は千代の妹で15歳のせい子と同棲生活をはじめる。
この頃、谷崎は大正活映という映画会社に関係しており、『アマチュア倶楽部』、『雛祭りの夜』などにせい子を出演させた。彼女は葉山三千子の芸名で大正活映の看板女優になったが、『痴人の愛』のナオミのモデルとも言われている。
「おい君、ちよいとさうして居たまへ。さうしたところのポオズが馬鹿にいゝね。ねえ、絵になつて居るぢやありませんか。」
S子が湯の中から半身を現はして腰かけながら、両肘を張つて髪の毛をいぢくつて居ると、Tがさう云つて私の方を顧みる。
「兄さん、一つ『人魚の嘆き』をやつてみませうか。」
と云つて、S子はしなしなとした長い手足をひねつて水島君の挿絵にある人魚のやうな形をする。
この作品は、大正7年夏に谷崎が妻子をを連れて塩原温泉に滞在していた時の模様を綴ったものである。三人で温泉の男湯に入っている場面からの引用であるが、S子というのは谷崎の義妹せい子と見てよかろう。
そろそろ寝るわ…
後は任した
というわけだから、1よ、今度は「人魚の嘆き」だぜ(w
ありがとうございます。勉強になります。義妹と同棲か…普通に引きますな、それは。奥さんが逃げるのも当然ですね。
171 :
吾輩は名無しである:02/07/08 18:01
yonda100冊フェア記念age
と削除依頼却下されてよかったねage
172 :
吾輩は名無しである:02/07/09 21:41
このスレ、イイ!!1さんありがとー!!
ところで皆さんは「痴人の愛」の映画って観た事ありますか?
確か4作あるのですが、私の中で一番ナオミのイメージに近いのは
2作めの(’60)叶順子だったと思うのです。
ちなみに理想の譲二さんは3作めの(’67 監督はアノ増村保造
ナオミは現、大楠道代)
小沢昭一だと思います。
ヒステリーっぷりがバッチリ!!だった。
「じらすのはやめてくれ!!」の言いまわしとか。
こっちはDVD化はされてるようですので、観た事ない方はオススメです。
173 :
吾輩は名無しである:02/07/11 21:35
これが友達の接吻よ
174 :
吾輩は名無しである:02/07/11 22:46
>>173 女の唇を吸う代わりに息を吸うだけで満足しなければならないところの不思議な接吻(;´Д`)ハァハァ
176 :
吾輩は名無しである:02/07/14 14:39
あげ
177 :
吾輩は名無しである:02/07/14 21:20
綺羅子もいいよな、、。
ナオミとは正反対キャラだが。
あと痴人とははずれるが、『谷崎潤一郎=渡辺千萬子 往復書簡』
って面白かったよ。
『瘋癲老人日記』のモデルになった自分の息子の嫁との往復書簡集で
谷崎の千萬子へのメロメロっぷりがよーくわかった。
プレゼントをばんばん送ったり、「〜で撮ったきみの写真を
送って欲しい」とか、、。
178 :
コギャルがいっぱい:02/07/14 21:52
179 :
吾輩は名無しである:02/07/17 16:11
譲二がナオミを罵倒したときに
「売女!じごく!」って言いますが
じごくって、、、??
何か楽しいスレだな。気付いたら微笑んでたよ、俺。
181 :
吾輩は名無しである:02/07/17 17:45
>>179 私娼のこと。>じごく
ナオミの出身地である浅草・千束町は私娼窟として
知られたところ。
182 :
吾輩は名無しである:02/07/17 18:28
浅草の千束町って要するに吉原じゃないか。
「売女」よりも「じごく」よりも「!」が卑猥でいいよね。
思わず甲高く声を上げたくなってこないか?
184 :
ヘドバとダビデ:02/07/17 19:58
ナオミ〜♪
>>181 なるほど!ありがとうございます!
やっぱ、千束町ってそうだったのか。
譲二がやたらナオミの家について言葉を濁してたから
予想はついてたが。
浜ちゃんに「(ナオミの)家は浅草の銘酒屋なんですよ」って
言ってたが、表向きが飲み屋の娼館みたいなとこなのかな?
>>185 ご推察の通り、酩酊屋というのも私娼のこと。
そういわないと取り締まられてしまうので、便宜上、酒場と
称してたところを、俗にそう呼んでた。
千束町は
>>182さんが仰るように吉原周辺なんだけど、吉原
に入れない低賃金者のための私娼窟となってて、吉原が営業
妨害で警察に取締りを依頼した程に流行ってたとか。
なるほど。
千束町は関東大震災のあと、玉の井に移転する訳だけど、
当時の読者は「千束町」と読めば「ははぁ」とわかったのでしょうね。
(今では旧吉原が住居表示で千束となっているのでややこしい)
考えてみると、ここ文学板唯一の登場人物スレッドだな。そう考えるとすごい。エロの
>>1が偉く思える
189 :
吾輩は名無しである:02/07/24 17:57
190 :
吾輩は名無しである:02/07/25 21:25
ナオミがマァちゃんらに陰で呼ばれてたアダ名って
やっぱり『公衆便所』なのかな?
191 :
吾輩は名無しである:02/07/25 21:29
当時はそんな言い回ししなかったんじゃないの?
だれか大正風俗に詳しい人いませんか。
192 :
吾輩は名無しである:02/08/04 22:17
ナオミあげ
奈緒美つーんだよね。本名。
「わたしのかわいいパパちゃん」なんていわれてみたい!
>>191 大正時代は判らんけど、1950年頃にはもうあったようだ。
「共同便所」だったか、「公衆便所」だったか・・・
まだ途中までしかよんでないのだ。
性転換手術したらテレクラいってナオミたんみたいな
女の児ゲットしたい!!(って無理、偽ティムポは
立たない・・神を恨んで美少女誘拐犯にでもなってやる)
>>191 「共同便所」
@公衆のために、路傍、公園などに設けた便所。公衆便所。
〈使用例、蘆花、荷風等〉A淫売婦、または多淫な女などをいう俗語。乗合船。
『日本国語大辞典』(小学館)より。
なんと、ニッコクにも載っていたのだ。
さらに・・・
便所神は出産と深い関係があって、妊婦はよく便所掃除をしていれば美しい子が生まれるという俗信は全国的である。
『日本大百科全書』(小学館)
だそうです(w
なんだか、古そうだぞ、「共同便所」
では、明治・大正に詳しい方の光臨を待ちつつ・・・
しっかし、こんなことしてる暇あったら、レポートやれっての!
197 :
吾輩は名無しである:02/08/09 01:42
「公衆便所」より「共同便所」のほうが(・∀・)イイ!!
卑猥な響きがする。まじで「共同」なんだもんな。
もしくは「肉便器」とか?これはちょっと露骨すぎるというか。
198 :
S−ist:02/08/09 16:05
最初のナオミは清純そうだったのに、だんだんと、清純が落ちて行く・・・。
でも、それでもナオミを愛してしまう・・・そんな感じが見えてくるんですが・・・。
199 :
吾輩は名無しである:02/08/12 16:44
あのさ、大正、昭和初期の着物って、ものすごく大胆な
柄や目が覚めるような色の着物が多いよね。んで、ナオミダンパデビューの
時の着物が、一緒にいてて恥ずかしいほどの派手さだったらしいけど、
一体どれほど派手なのか・・・。おそろしや。
200 :
吾輩は名無しである:02/08/12 17:27
明治の小説で、淫乱女のことを「道端の共同井戸みたいな女」と
表現してたのがあった。
201 :
吾輩は名無しである:02/08/14 14:57
202 :
吾輩は名無しである:02/08/27 15:25
がんばれよー
203 :
吾輩は名無しである:02/09/03 17:19
(^o^)丿(^o^)丿(^o^)丿(^o^)丿(^o^)丿(^o^)丿(^o^)丿(^o^)丿
204 :
吾輩は名無しである:02/09/07 23:51
>>199 私も思った!
当時だと髪染めたりしないだろうから、着物がよほど
スゴイんだろうなあ、と。
あと化粧?
205 :
吾輩は名無しである:02/09/08 14:37
>>204 ナオミのモデルは単純に顔が派手。
一般人の中だけではなく、女優としても十分派手だと思う。
そんなに売れなかったとこみると、演技ヘタだっかのかな?
206 :
吾輩は名無しである:02/09/08 16:20
>>205 一応、大正活映の看板女優(谷崎の後押しがあったからだとは思うけど)
だったらしい。あと、彼女は訛りがあったんで無声映画時代はともかく
トーキー映画ではダメだったんじゃないかという話も聞いた。
佐藤春夫と結婚した後、女優としての彼女の足跡ってどうなってるっけ?
>>206 ありがd
なるほど。当時トーキーでこけた女優多かったらしいね。
佐藤と結婚したのはナオミのモデルじゃなくてその姉だよ。
1、長女が芸者で谷崎と馴染み
↓
2、谷崎その妹(次女)とケコーン
↓
3、さらにその妹(ナオミモデル)に手を出す
↓
4、佐藤が谷崎妻に同情、惚れる(で、詩を書きまくる。)
って順番じゃなかった?
>>207 ちょっと前に詳しく書いてあるよ
150あたりから
209 :
吾輩は名無しである:
よとこんであげ