33 :
吾輩は名無しである:02/06/02 21:07
大学のレポートだったら生硬な長文でも教授は我慢して読んでくれると
思うが、2ちゃんねらーはそこまで忍耐強くないです。
34 :
吾輩は名無しである:02/06/02 21:11
つまり、絵文字(・A・)イクナイ! って事でしょう。
付き合いきれん。ここは文学板だ。しかも画像を貼れない。
36 :
吾輩は名無しである:02/06/02 21:16
結局、何が一番言いたかったのですか?
ホント申し訳ないです。
やっぱり小出しに、ちょっとずつ書くべきでしたね。
反省します。
>>33さんの仰ることも、その通り。
絵文字で集団のことを考えながら、その発表の場である2chの特性を見過ごしていた…。
次回からは、皆さんに参加していただけるように書きます。
ごめんなさい。
38 :
吾輩は名無しである:02/06/02 21:20
じゃあ、ここからは有名な顔文字講座の再放送をどうぞ。
顔 意味
(・V・) (ははははは)
(>、<) (応援ヨロシクっ!)
(M) (マリオが大好きだよ)
(・○・) (鼻がカユイ)
(^U^) (だーい満足)
(^板違い^) (板違いですよ〜)
(==) (最近ゲームつまんないですね)
【使用例】
>>○○
そうですね。(==)
でもマリオなんてどうでしょう?(M)
僕は満足でしたよ。(^U^)
あ、なんか鼻がむずむずしてきた。(・○・)
すみません。
(・V・)
>>36 絵文字が、絵であると同時に文字であって(当たり前ですね)、
それが絵文字を使う集団の特性を表している、ということかなぁ。
絵文字と文字、意味するところは同じでも、
後者に捉えきれないものを前者は持っているのではないのかな、と。
>>38 あ、僕が「絵文字」として想定していたのは
携帯電話なんかに入ってるアレです。バスの絵とかピースサインとか。
AAなんかだと、また別の話になりそうなので、一応。
色々すいません。
41 :
吾輩は名無しである:02/06/02 21:36
>>27-29 苦痛だが、腹を据えて読めば
なかなか面白いことが書いてある。
ちょっと整理してから批判書くよ。しばし。
42 :
吾輩は名無しである:02/06/02 21:45
よく解んないけど、私も素で絵文字使うのには抵抗あるなぁ。
なんか馴れ合いというか逃げ、みたいな・・・
このニュアンス分かってくれるでしょ?みたいな甘えを感じます。
でも2ちゃんの絵文字はお約束的で好きだけど。
>>42 なるほど。やっぱり2chでの絵文字(モナー)と
携帯メールに使われる絵文字とは、その特性が違うんでしょうね。
2chのそれは、ちゃんと一つの意味が確定していて、
ゲゼルシャフト的なコードとして(つまり「お約束」として)流通している。
一方携帯のそれは、意味が曖昧で、仰るように「逃げ」としてあって、
文章を補完したり、あるいは適切な言葉が見つからないときに
日常の僕たちが身振り手振りで説明しようとするような、
そんなものなのかもしれませんね。
>>43 一瞬「手話」はどうなのかな?という考えが頭をよぎりましたが・・・
絵文字とは全く逆の性質だよねきっと。手話って逃げ道なさそうだ。
身体を使う言語だしね。
・・・脱線してすんません。
しかも手話にも各国言語があるからね。
46 :
吾輩は名無しである:02/06/03 19:28
期待age
47 :
吾輩は名無しである:02/06/07 02:39
・特定の単語に置換可能な絵文字(温泉記号など)と
単語に置換できない絵文字(♥など)が存在する
後者は文章表現能力の欠如を補完するものか?
・絵文字や顔文字の特性:
「それを使う間柄であれば、同じグループの仲間である」という関係性を生むことができる
仲良しさんならよりたくさん使う→使う事によって同じ集団に属させる、と変化
こういう理解でいいのかな?
48 :
吾輩は名無しである:02/06/07 02:51
おっといけないいけない、ここはラウンジじゃないんでした☆
レスしてリロードすると次のレスが返ってくるような人口密集地じゃないのに
なんどもリロードしちゃいました(w
えーと、携帯メールなどの絵文字記号の誕生の経緯は「少ない文字数→節約」ということで
当然の需要から生まれたものでしょうけど
そもそも十分なスペースがあっても、絵文字記号を書きたい人は書く(「描く」?)と思うんですよ。
鉛筆で手書きの場合であっても。
そういう意味では、「文字数の節約以外にどんな効果があるのか?」という問題は
考えるのに値するのではないかと思います。
とくに
>>22なんかの意見は妥当だと思いますよ。
ただ、そういう情報伝達に依存するためには、事前の相互理解が必要になってくると。
自動車にクラクションがついてることを知らなければ、
あるいは運転免許の取得の際に各種標識の意味を習わなければ、
「警笛鳴らせ」の標識はどう見ても「マシュルーム放電中」にしか見えないと思うのです。うん。
49 :
吾輩は名無しである:02/06/07 03:00
http://www.kictec.co.jp/sing/kisei/327A-3282/TS_050.GIF ↑
「警笛鳴らせ」もしくは「マシュルーム放電中」
それはそれとして、
専門用語を多用して部外者を排除すると同時に、
互いが関係者であることを再確認する、
という目的で使われる「○○用語」の機能と、
メールの絵文字顔文字の機能は、似ていても非なるものであると。そういうわけですよね?
ここは明確に線を引いて分けられるものではないのではないでしょうか?
♥とかを多用してメール(あるいは手書きでも)を書いたら
それは相手との親密さを表現している。それは確かにそうでしょう。
ですが、同じ目的は専門用語多用でもできるわけですから。
一種の(社会言語学的な意味での)スタイル論として、同じ領域にまとめられる作用では?
50 :
吾輩は名無しである:02/06/07 03:10
あと微妙に本筋じゃないのでこれは無視してもいいんですが
>その表現力の欠如を急場凌ぎの絵文字で代替しようとしたのではないのか、と
これは眉唾な部分もあるかと。表現力が豊かであっても、その推敲の結果として
「ここでは絵文字の使用が適切」と思えば、絵文字を使うわけですよ。
なにも学校文法で習ったとおりの表記法をいつもいつもつかうわけじゃなくて
各自は各自の表記ルールを持っているようなもんですから。
そして表記は言語を100%忠実に再現するものではなくて
まったく別の次元に大意を再構成するものでしょ?
話をするときに身振り手振りを使うのは、語彙の不足によるためだけではないでしょう?
みかが超能力者だったら、しゃべりながらドカーンとかピンポーンとかの効果音も
音声と同時に流してみたいくらいですよ。
技術が進歩すれば、メールではそういうことも出来そうですけど。
ゲームなんかではできるわけですから。
「おきのどくですが あなたの ぼうけんのしょ1は きえてしまいました」に
効果音がついているか・いないかの違いは大きいですよ。
(って、ここまではもう話についてくる人がいなさそうですが)
名前欄にコテハンいれてないのに
一人称が「みか」のままになっててどうするよ自分!
>>50 誤 みかが超能力者だったら、
正 あたしが超能力者だったら、
慣れない板のスレに書くもんじゃないですね。帰ります。
52 :
吾輩は名無しである:02/06/07 03:40
つーか、いい年をした女性が自分を苗字や名前で呼ぶって結構イタいも
のがあります。「川上、几帳面なほうだからぁ」とか「ヒトミってさぁ」
とかキモイですねー。十代までなら辛うじて許される気がするけれど。
まぁね(w
自分でわかってても抜けないんだよね。
今年で26だよワショーイ
ご意見ありがとうございます。
いまちょっと時間がないので、また今夜にでもちゃんと書きますが、
2、3点ほど思いついたことを端的に。
・絵文字を「警笛」等の<記号>と同一視できるのでしょうか。
>>22氏の仰るようにそれが圧縮された情報(のみ)であるなら、妥当でしょう。
が、同じコンテクストを持たなくても、相貌的に伝達可能な場合もあると思うのです。
そしてそこに絵文字の過剰性、多義性があり、一方でイメージとしてのそれと
記号としてのそれの間に(例えば)散種のような決定不可能性があると思うんですが・・。
・スタイル論について。専門用語によって繋がる親密性と、絵文字によるそれとは、
やはり違うのではないかと。前者は「共通の背景」の確認作業ですが、
後者はパロール的な「許し」の合図、多義性や曖昧性を許容しながら
身体的な近接性を獲得してゆく、その作業であって、「共通の背景」ということで括るなら
絵文字による親近性の背後にあるのは「人間存在」(大袈裟ですが)なんじゃないでしょうか。
前者は多分にゲゼルシャフト的、後者はゲマインシャフト的です。
・新しい表現力としての絵文字は、なるほどその通り。
否定的にのみ捉えていた僕の偏見が露呈しましたね。お恥ずかしい。
そのお話から一足飛びに、マグリットが連想されたんですが、
上手くいけば、新たな議論の展開が期待できるかもしれませんね。
「端的に」なんて書きつつも、長々と失礼しました。(ヤバ、遅刻しそう・・)
55 :
吾輩は名無しである:02/06/08 12:15
ageます
絵文字で、とくに感情表現のモノに限って言えば殆どの人は「手っ取り早い」
から使ってんじゃねえのかと思うんだけど。
絵文字からちょっとずれるけど(笑)とか(激怒)とかって見てて思うには、
自分は笑ってる、あるいはこんなに怒ってる、ってことを相手に
伝えるにあたって、それを文章で表現する必要を認めなくて、
またそれにかける時間がバカらしい、というのがあって、
絵文字でも同じように笑顔だのなんだのをはっ付けるんじゃないかなー。
仲間の確認のための共通言語的な役割は後付けで出てくるんじゃねえかと。
1は多分そこにある「文章での表現への軽視」の匂いを感じて
危惧したり嫌ったりしてるんじゃないかと思う。1、饒舌だしさ。
ただ、漏れが思うには今までも文章表現のスキルがない人は沢山いて、
そういう人たちは単に今までなら文章を書かずに済ましてたわけだろうけど
このネットの過渡的な進化過程としてメールを書く必要に追われたから
文章を書き始めたわけで(これは「手紙を回すのが流行ってるから手紙を書く」
って場合もいっしょだと思うけど)、
そういう人たちが文章表現の足らずを補うものとして絵文字やなんかを
当てはめていったということに過ぎないんじゃないだろうか。
んで、多数が絵文字をつかうようになってそれが一定の文化として
定着したので今度は逆にその文化のパロディみたいなのが起こってくる。
そういうタイプの絵文字使いもあるとおもう。
効果的につかって面白いメール作る子いるよ。
58 :
7=22=うんこ:02/06/08 14:39
いい歳こいてこっぱずかしいメール打つ女もいるけどな。
うんこがいうのもなんだけど、うんこだからこそいえるのかもしれないけれど、
うんこ以下だよ・・・。
話をややこしくすると、1はパッケージデザインとか色についてはどう考えているのかな。
たばこだったら、せかいでいちばんとおくから見分けがつくのはマルボロだよ。
59 :
吾輩は名無しである:02/06/08 15:23
今日このスレを発見しました。良スレですね。
ただ正直、
>>27-29は私にとっても苦痛でした。もっと別な書き方があるのではと…
原始人は絵を描いてコミュニケーションしていたそうです。
絵文字はそれを見れば誰もが「感覚」で、何を表しているのかおおよそ分かるから
使われているという部分は見逃せません。地図の記号もかなり感覚(視覚)に近い
方法で作られていると思います(「警笛鳴らせ」の標識は、音声を視覚に変化させる
というプロセスを経ていて、漫画的な想像力のコードを共有しているのでしょうけど)。
それらと「隠語」や「専門用語」の流通の仕方とはやはり違っていると思います。
もちろん絵文字が1さんのおっしゃっている「ゲゼルシャフト」的な“お約束”(コード)
によって流通し、そのお蔭でゲマインシャフト的な集団を形成させる、という
側面はあるとは思いますが、今の若者は共通の符牒(絵文字)を交換することで
集団性を確認するという以外にたくさんの集団性の確認法を持っていると思うんですよね。
むしろ若者はそれほど絵文字に感情移入していないのではないか、という疑念もあります。
実際ケータイの絵文字は携帯電話会社が勝手にデザインして作ったもので
別キャリア同士では正常に表示されませんしね。絵文字は自発的に形成されてきた
ものではなく、功利性に関係なくコマーシャル的に割り当てられていて、それを
使うか使わないかはすべてユーザ本人に任されている、と。…オッと、論点がずれました。
とりあえず、それがどうした、という気もしないではないんですが、
1さんが「散種」などという言葉を使っているとある特定の思想的(?)な
文脈が想像されるわけですが、「ゲマインシャフト」「ゲゼルシャフト」など
という用語(19−20世紀の社会学者の言葉?)と、≪パロール≫・≪エクリチュール≫
などという専門用語との比較的安易な近接化というのは、いまいち眉唾ものに
見えてしまうのですがこの辺は1さんはどう考えていらっしゃるのでしょうか?
>>56-57 「手っ取り早さ」という表現、秀逸ですね。
>>1で、「限られた文字数」
「より少ないタイピング」を絵文字使用の最初の契機として挙げた、つまり
単純に作業量の減退として捉えたわけですが、
>>56さんの仰るように、
文章表現そのものに対する間怠っこさ、おかしみや怒りという感情を
婉曲的にテクストに落とし込む行為の遅々とした感じが、より根本的に
絵文字使用の背景要因としてあるのかもしれません。
この「遅々とした=スピード」という概念、あるいは現前性の感情を
(つまり「今」の気分を)表現すること、これは本来エクリチュールには
無縁であるはずのものです。なるほどラブレターには「あなたが好きです」などと
書くかもしれません。が、そこで伝えられる感情はすべて過去に属し、
そこに書かれた主体の「今の」状態を表現するものではあり得ない。
「語られるものはすべて古き名である」とデリダが言ったように、です。
しかし、携帯メール、あるいは恐らくそれに先行するチャットは、「今の」在り様を
「書き言葉で」伝えねばならず、この矛盾が「今(=顔)」であると同時に
「過去(=文字)」であるもの=絵文字をその解決のために必要としたのでしょう。
「文章で表現する必要を認めなくて、 またそれにかける時間がバカらしい」という
ご指摘は、極めて示唆的だと思います。そもそも携帯メールやチャットなどは、
記録されることは念頭になく、言わば使い捨て、後になってその時の状態を
厳密に再現させる必要はなく、ただ今この時に、直接の思いを伝えれば事足りる。
この「記録」からの撤退、エクリチュールの本来的な役割の喪失は、
時間性というファクターの導入とともに、その様相あるいはそれに対する意識を
変容させたに違いないと思います。
パロール化したエクリチュール。かつてグーテンベルクの印刷術が「署名」という
権力装置を生み、銅版画の技術が挿絵を可能にし、あるいは活字の使用が
書誌の文体すらも変えたように、近年の電子技術は再びエクリチュールの在り様を
変えるのかもしれません。その意味で、
>>56(
>>57)さんが、絵文字の共通言語的な
役割や、絵文字文化(
>>28で僕が挙げた「美学」もその一つでしょう)を、
事後的に発生したものとして段階的に思考していらっしゃるのは、まさに慧眼。
発生のメカニズムと、発展の様相は分けて考えるべきですね。
前者は多分に技術が後押ししたもの、後者は時代の人々が、自身の感性で
ブリコラージュ的に養うものですから、むしろ後者について論じると、
時代性が浮き彫りになってくるような気がします。
>>62 そうそう。
けど漏れは今の絵文字メールはまだ
「文字文化に、文章への拘りが無い人間が流入したことの現れ」
の段階であって、文化そのものの変容とは思ってない。
もっとブロードバンドネットワークが広がって、
文字に頼らないコミュニケーションが発達すれば
一部を除いてみんなソッチに移行するだろう。
技術が後押しして発生した絵文字の形骸が、
それを玩ぶ人たちの手によってこねくり回されて「文化」
と呼ばれるものになるとしたらむしろこれからなんじゃないのかなあ。
>>59-60 うおお。素晴らしいレス、ありがとうございます。
さすがに即座には消化できないので、これからじっくり考えさせていただきます。
とりあえず
>>60にだけお答えしますが、
なるほど耳が痛い…。絵文字を考察するに当たって、記号としてのその特性、
そしてその使用の背後にある社会性、この2点の解明を目的にしているわけですが、
できれば一つの解で同時に答えたい、その欲求が両者を安易に接続してしまったようです。
>>16でもチラッと書きましたが、
パロール的→「顔」の見える関係性(レヴィ・ストロース)→ゲマインシャフト
という図式が背後にあり、その対称形としてエクリチュールとゲゼルシャフトを接続しています。
言うようにゲゼル〜/ゲマイン〜はテンニエスの言葉で、エクリチュール論は
バルトやデリダを敷いています。とりあえず記号論と社会学の二つに接続可能な問題として
絵文字を提起したいがために、両者を無理矢理くっつけたんですが、ちょっと強引すぎましたね。
ある程度議論が深まって、それぞれ独立した問題として扱える地盤が確保されれば
この強引な論は破棄しようと思っていたんですが、思ったより死期は近かった(w
申し訳ないです。これからはどちらかに的を絞って、進めて行きたいと思います。
昨今の掲示板ブームを見ると、“メール文化”はそんなに
簡単に早くは死滅しないと思う。これは電話によるコミュニケーション
によっても代替できない、まさに“今の人に好まれる”要素があるように思います。
確かに1さんのように、言葉の本義における「物を書くこと」(エクリチュール?)
に対して規範的な、教理典範(カノン)的なロマンティシズムを持つ方には
不快な感じを与えるのかもしれませんが、まさに
>>62で1さんが言っている
ように電子技術によってエクリチュールの在り方が変わる、というか
たぶんその在り方の形が一つ増えるだけだと思います・・・要するに
よく言われる、口語化した文章語というような折衷的な文体の登場ですね。
で、われわれはこの形態を自然発生的に作り上げた、というよりも
この形態を受け入れた上で人の物真似をしながらこうしたツールを
利用している、という状態ではないでしょうか?他の、旧来からある
メディアも必然的にそれらから影響を受けることになるでしょうが、
なかにはそれを頑なに拒む人もいるでしょうね・・・
ところで上とは関係ないことですが、“現前性”とエクリチュールを
対比させるような考え方には私は反対です。その理由はあとで考えます(あまり期待しないで)
今はちょっと忙しいので・・・
66 :
吾輩は名無しである:02/06/08 22:50
久しぶりにみる良スレだ。
先行するテクストに乏しいためにこの手の問題提起は
得てして眉唾物になりがちだが、1が割りとうまく舵をとってる印象を受ける。
まぁ始めのうちは既存の言説で問題を位置付けていくのが妥当だろうな。
その内60や65のようにそれに異議を唱える者が出てきて、
徐々にオリジナルな議論が展開されていく。
これからが腕の見せ所だな、1よ。期待してるよ。
それより
>>65の『現前性とエクリチュールを対比させるのには反対』
というのが気になるな。詳しく聞いてみたい。
67 :
吾輩は名無しである:02/06/08 23:23
絵文字は要するに遊び。それに違和感を感じるからやり始めは
面白いんだろうけど、そのうち慣れてきたら飽きるんじゃない?
仲間内だけで暗号とかサインとか作ったりする小学生みたいなもんだろ。
遅くなってごめんなさい。私が言いたかったのは
第一に、絵文字は直接的な「感覚」や感情を表現するのに適しているだろうな、ということ。
実に粗暴な動機ですが、一般的に若い人たちはまどろこしい言語による表現よりも
ダイレクトに自分の感情を伝えたいという欲求があると思います。
その理由は単に文章表現に長けていないから・あるいは時間的にみて効率的でないから
という理由だけではなく、イメージによるコミュニケーションの方が文章表現よりも
はるかに正直に、より真実に近い感情を表現できる、という確信があるからだと思います。
ただしその場合、なぜ絵文字の方が真実により近い感覚が表現できると
確信できるのか、について考えなければなりませんが、例えばそれは人間の発生
段階における視覚という感覚器の優位によって説明できるかもしれません。
(ただしこの場合は1さんのおっしゃる通り、「温泉」を示すのに
なぜ銭湯マークを使うのか? という疑問の答えにはなっていません。
その場合はきっと言外に読み手に対するウィンクのようなしるしを
投げ掛けていると思います)
第二に、これはあらゆる「表現」に関することだと思いますが、
何らかの媒介を使った「表現」はすべて「再=表象」だと言うことです。
それはアルファベット的書字を使った場合もそうです。一時期の構造主義者たちは
アルファベット3000年?の歴史の中で、西洋のアルファベット記号による書記
(エクリチュール)は音素(フォネーム)によって支配され、そこに内在する<声>と
現実に発せられる<声>(司祭の垂訓 etc.)の優位性によって書記が貶められ
抑圧されてきたと主張した。さらにその文字表現のイデア的特性によって西洋における
形而上学を強化してきたとも主張している。この主張はある種の反動としての価値は認めますが、
<声>の現前性が何らかの形而上学を誘発してきたとは考えにくいし、
さらに<遅延>によってテクストが豊穣な意味を産出することを強調する根拠には
ならないのではないかと思うのです。テクストの意味は事後的には再=生産されますが、
事前的にははっきりとそこに現前されてあるはずだ、と僕には思えます。
ある意味で、絵文字の再=隆盛はこうした過剰な文字記号による表現の根拠のなさ、
デリダによれば無=根源性に対する反発、かつてデリダがフッサールの本において
批判した「根源的直観」による確信を、フッサールとは別の意味で(形而上学とは
無縁のやり方で)求めている結果ではないのかという気さえします。
(う〜む、我ながらなかなかナイーブな意見だ…)
ご意見ありがとうございます。
すぐにでもレスつけたいんですが、ちょっと用事が立て込んでまして、
明日以降に書かせていただきます。すいません。
とりあえず今日のところは保存ageだけです。
失礼しました。
おい、ここもかよ! 禁2chを解禁して訪ねてみれば・・・うー、悪魔の誘惑。
72 :
吾輩は名無しである:02/06/19 20:50
保存age
73 :
吾輩は名無しである :02/06/20 11:14
1の用事はいつ終わるんだ? そんなに立て込んでんのか、大変だな。
「明日必ず」って言うやつは、毎日そのセリフだからな。
75 :
吾輩は名無しである :02/06/20 12:49
「明日以降に」らしいよ、404=音楽前スレ860さん♪
ありゃ?
77 :
吾輩は名無しである:02/06/20 14:06
おめでてースレだな(ワラ
エクリチュールなんて信じてるのかよ.
おまえらノリって言葉知らないの?
そんなイケてない貴様らに世間一般の生活態度をの表現としてこの言葉を送ろう。
この言葉と
>>1(クドー)の言葉を比べて何か述べよ。
「なにゴチャゴチャ言ってんの!」
78 :
吾輩は名無しである:02/06/27 20:19
1よ、工藤と同一視されたくなければ書きなさい。
79 :
吾輩は名無しである:02/06/29 00:05
結局1は駆動ってことか? なんとなく違うんだけどな・・・。
俺も違うと思うが。
しかし登場期間が重複してるな・・・。
81 :
吾輩は名無しである:02/07/07 14:37
>>1さんの文章をどう読めば工藤ちゃんに見えるっていうのか・・・?
82 :
吾輩は名無しである:
1はクドーなの?