ネット汚物・田口ランディは盗作ゴリラPart6

このエントリーをはてなブックマークに追加
459吾輩は名無しである
「尻焼温泉」と「田口ランディ」で検索するとちょっと楽しいですが、おいといて
http://www.chikumashobo.co.jp/web/taguchi/t020224.html
> 「人を許せる」人と「人を許せない」人の違いは何だろう?とケイちゃんが聞くのだ。
> それは私にとってもとても大きなテーマだった。
> 私の兄が、本当に人を許せず苦しんでいたからだ。私は人を許せないと感じたことが
>本当に一度もないのだ。
> ケイちゃんはしきりと「許し」にこだわる。
>「やっぱり環境のせいなのかなあ、親の愛情が足りないとか……」
〈略〉
> 私達の話を聞いていた村松さんが。
>「若い頃、こんなに自分が苦労するのは親のせいだ、と思わなかった?」
> と言う。うん、それは思った。
>「思った、思った。だけど、親に悪意があって自分をわざと不幸にしているとは思わな
>かった。うちの兄はね、親に悪意があると言ってたよ。親は自分を不幸にするために
>いろんなことしてるって。兄は業が深かった。すごく優しい人だったのに」

“「人を許せる」人と「人を許せない」人”という設問自体が、何か違うんじゃないかと
いうか、あらかじめ選択肢を狭められているような気もしますが。ランディの言う
“私は人を許せないと感じたことが本当に一度もない”と真面目に言うような人は、
ごく若い人か、よほど寛容な人か、単なる嘘つきのいずれかであり、大抵の人は、
「こいつ、許せない」と思うことが一生のうち幾度かあり、違いはその許せない気持ちを
ずっと持続させるか、比較的すぐに忘れてしまうか、傾向の違いでしかないでしょう。
(で、「やられたら徹底的にやり返すのよっ」のランディは単なる嘘つきとしか)。
さらに、この設問には、許されるタイプと許されないタイプという視点がすっぽりと
抜け落ちているような気もします。とにかく自分を許してくれる人か、許してくれない
人かだけが重要だということでしょうか。

まあそれはいいとして、ランディのお兄さんに対する競争意識とか嫉妬とかがほの見えて、
なかなか怖い文章だと思います。他人を許せなかった兄に比べて、他人を許せて、死なずに
生き残っている自分マンセー、ですね。身内とはいえ、亡くなった人相手によく書けるもの
だと感心します。書きたい放題は今に始まったことではないですが。