あんま知られてないか写真かこよい
ま、芥川賞 喪神
2 :
吾輩は名無しである:02/02/21 04:43
芥川賞受賞当時の選評を読むと「時代遅れの剣豪物まがいの作品」とか言われ
ている。
あの当時でも、すでに「剣豪もの」は時代遅れだったのだ。
「直木賞向けのようだが、やはりこれは芥川賞向け」という意味のことを言っ
ている選者もいるが、五味がその後「柳生武芸帳」を書いたことを考えると、
やはり芥川賞ではなく直木賞を受賞するべきだったのかも。
3 :
吾輩は名無しである:02/02/21 05:21
「殺人で捕まった」というのは交通事故で人をふたり轢き殺した件だと
思うが、覚醒剤もやっていたとは知らなかった。よかったら詳しいこと
を教えてちょんまげ。
29歳で奥さんを実家に帰し、自分は定食も持たず薬中
30歳で岡山の叔母の病院に入る1ヶ月で治して
31歳でデビュウ
5 :
吾輩は名無しである:02/02/21 21:49
作家としては申し分ない経歴だ。
こいつだけは許せない。
8 :
吾輩は名無しである:02/02/22 02:05
本当に日本浪曼派と無頼派の流れに連なる作家だった。本当に破天荒と言うか何と
言うか…。保田與重郎より彼が先に死んだせいで、保田の追悼文が林富士馬と桶谷
秀昭にしか書かれなかったのは、少し寂しかった。
3年前、夫人が亡くなって葬儀に参列したが、親戚筋の前川佐重郎や保田典子夫人
らしか会葬者はなく、五味が死んで本当に時間が流れてしまったのだなと思ったも
のだった。
生前のハチャメチャな言動には批判もあろうが、五味こそ最後の文士だったと思う。
最後の文士って何人いるねん!
10 :
吾輩は名無しである:02/02/22 13:52
覚醒剤って昔は非合法じゃなかったんだよね。やる気を出すための薬として受
験生も愛用していたとか。いま何食わぬ顔をして暮らしているおじいさんの中
にも、かつての合法的覚醒剤使用者がたくさんいるにちがいない。
クラシックが好きだったとか。
そういえば野村胡堂も・・<「知ってるつもり」ネタ
;;;
13 :
吾輩は名無しである:02/02/25 22:11
最近こういう三流芸能記事みたいなスレが多いね。
なんで?
14 :
吾輩は名無しである:02/02/25 23:04
彼の晩年の姿は、『杜子春』に出てくる老人のような感じだった。
15 :
吾輩は名無しである:02/02/25 23:06
>>10 その通り! 元気出すためにと気軽に手を出して
中毒になった人々が数多くいた。自滅せず生き残った人も
むろん多い。
17 :
吾輩は名無しである:02/02/26 16:32
この人の文体は絶妙な味がる・・・「ではないか、諸君」。
安吾>一雄「この五味というのはブームになるよ。」
ときに
『蓄音機とベートーヴェン』には泣かせられました。
クラ板やオーディオの板ではどんな評価なのかな?
>>18 「音楽巡礼」っていう、氏のオーディオ三昧の生活を描いた単行本が
あったよ。既成の評価等にとらわれず、主観的に名曲の感想が述べられてい
て面白く読んだ記憶があります(^^) 特に自動車事故をひき起こし、少
年を死なせてしまった懺悔から、「レクイエム」や「マタイ受難曲」を聴いて
自己の救済を求めていた・・なんていう箇所は、とりわけ印象に残ってます。
あげ
21 :
吾輩は名無しである:02/03/04 02:34
l
22 :
吾輩は名無しである:02/03/04 12:44
>>18 >>19 「西方の音」「音楽巡礼」名著ですね。
文庫本では20年程前に新潮文庫から「五味康祐・オーディオ遍歴」
「「五味康祐・音楽巡礼」(だったかな?いずれも抜粋・再編集)が
出ていて愛読しました。
デビュー作「喪神」はドビュッシーの「春風を見たもの」を聴いて着想
したとか書いてあったなぁ。
23 :
吾輩は名無しである:02/03/10 12:19
「柳生武芸帖」(未完)を新潮文庫の最近のリプリント版で読んだが、
連載の娯楽小説でよくあれだけの格調ある文体を貫けたものだと
感心した。
ある意味、天才である。
>「西方の音」「音楽巡礼」名著ですね。
はげどう。
三島由紀夫追悼文には泣いた!
25 :
吾輩は名無しである:02/03/10 18:12
sage
密室博士が文学板にいる
どうでもいい
28 :
吾輩は名無しである:02/03/17 05:24
五味は柳生の武芸を「忍術である」と最初に定義づけた天才。
その後の他者の書く柳生モノも皆、その視点に乗っからざるを
得なくなってる。
29 :
吾輩は名無しである:02/03/28 01:18
>>2 遅レスで申しわけないんですが、戦後の剣豪ブームは五味の芥川賞受賞以降です。
五味にくらべたらシバリョウなんかは「最近の人」になるでしょう。
彼の音楽関連のエッセイは十代のころずいぶん耽読しました。
新潮文庫版の二冊は角川が『・・・蓄音機』をまとめるまで、
神田の古本屋で目をむくような値段がついていました。
小林秀雄の名は知っていても、五味の名を知る人というのは、
クラ板やピュアオーディオ板にはもういないでしょうね。
30 :
吾輩は名無しである:02/03/28 01:30
>>2 コメント分けてすみません。
『喪神』は剣豪モノというにはあまりにもくどい陰影を含んでいて、
歴史・アクション好きにはちょっと……。
やはり芥川賞でよかったのでしょう。
>>8 奥さん、亡くなられたんですね。3年前か。知らなかった。
お嬢さんは結婚して家庭におられても不思議でないお歳ですよね。
世田谷の家や、愛蔵されたレコード、アンプ類はどうなったんだろう。
31 :
吾輩は名無しである:02/03/28 05:32
「喪神」の時の芥川賞選考委員に、坂口安吾いなかったけ?
>15
かっこいいか?かっこいいのか?
33 :
吾輩は名無しである:02/03/28 10:28
阿佐田哲也のエッセイ読んでたら「五味康祐 マージャン教室」という
本の話と共に出てきたな。五味先生の話題。「天才だ」と評してる。
編集者をちょこっとやっていた阿佐田(色川武大)が原稿欲しさに日参して
たら(結局、書いてもらえなかったそーだが)、外に選挙演説カーが来て、
五味さん黙って目を閉じて自慢のオーディオのヴォリュームをフルにした
そーだ。
選挙演説カーはすぐさま走り去っていったとの事。(^。^)フッ
34 :
吾輩は名無しである:02/03/29 23:55
>>32 その写真、ずいぶんお若い時分のですね。
(私は初めて見た)
五味康祐は40代から50代にかけての顔がよかったです。
そういえばこの人は手相観相をよくされましたっけ。
ご自身の死期を五〇代半ば〜後半と読んでいて、
それがぴたりと当たっていたのには驚きました。
35 :
吾輩は名無しである:02/03/30 00:02
>>33 そうそう。そうでした。
五味康祐といえば、オーディオとおなじくらいに「麻雀」抜きには語れないですよね。
「昔、一度だけ卓を囲んだ」という方のお話はうかがったことがあります。
「牌を操る魔神」だったそうです。
色川武大のエピソードは知りませんでしたが、
「天才」とは麻雀の腕と文才のどちらを指されたのでしょうね。
両方だったのかな。
36 :
吾輩は名無しである:02/04/04 22:40
>>35 >「天才」とは麻雀の腕と文才のどちらを指されたのでしょうね。
>両方だったのかな。
その通り! 確かに阿佐田哲也(色川武大)はそのように書いてました。
こうすけ?
やすすけ?
38 :
吾輩は名無しである:02/04/06 01:18
39 :
吾輩は名無しである:02/04/06 19:50
小林秀雄と音楽について対談していたような。
40 :
吾輩は名無しである:02/04/07 00:04
小林秀雄の自宅の音響装置は、五味康祐がセッティングしていたみたいだね。
はじめて小林邸を訪ねた際、五味は
「よくもまあこんな汚らしい音で、あそこまで繊細なモーツァルト論が書けたものだ」
という意味の言葉を投げかけたらしい(^^;
五味は「小林先生」と呼んで兄事していたし、
小林も五味に好意を寄せ、才能も買っていたらしいが、
五味に音楽論をふりかざされそうになると、青くなって逃げまわっていたそうだ。
当時の五味の文壇活動を後押ししていたのは、先年亡くなった「新潮社の天皇」、
当時の『新潮』編集長・斉藤十一氏だったからね。
新人とはいえ、あの人柄とあいまって、文壇では相当畏怖されていたそうだ。
#五味の音楽関連のエッセイで、放浪時代の回顧から頻出する「S氏」は斉藤十一氏のこと。
#出版界の怪物と化した晩年の斉藤氏とはまた別の、一途な文学青年らしい面影が偲ばれておもしろく読める。
41 :
吾輩は名無しである:02/04/07 00:15
>>40 斉藤十一氏は、立原正秋のエッセイにも出てきた。
雑誌連載を勧める氏に、立原が今しばらく純文学を書きたいと言うと
「純文学と娯楽小説を使い分けられないのですか・・・では・・」と斉藤氏が
不気味に笑うのに(使い分けられなくて潰された作家がいたのであろう。私には
潰されない自信があった。)と立原は承諾したとの事。
そのことを書いたエッセイが出た頃かどうかは今定かではないが、晩年の五味の
自伝的な作品に立原が「剣ヶ崎」で主人公の兄に言わせたセリフ「信じられるものは
”美”しかない」というセリフが出てきたので、もしかしたら斉藤氏つながりで五味も
立原のことを意識していたのかも知れない、と個人的に思っている。
斉藤はまた、坂口安吾の「堕落論」を世に出した編集者でもなかったっけ?
(間違ってたらスマソ)
42 :
吾輩は名無しである:02/04/07 00:24
「五味康祐」と「青山二郎」は、小林番の編集者にとって一時禁句だったとか(笑)
43 :
吾輩は名無しである:02/04/07 00:41
>>41 その通り。
紙の不足した当時、
安吾が手すさびに無名誌にでも掲載しようと書いた『堕落論』を
『新潮』にプッシュしたのが斉藤氏。
その後の「安吾ブーム」の仕掛け人ともされている。
「美…」については、
「美しくあるためには破り得ぬどのような法則も存在しない」
というベートーヴェンの箴言が斉藤氏の愛唱句で、
立原も五味もその影響があったのかと思われ。
(五味については、まちがいなく斉藤からの影響)
斉藤十一はまさにその愛唱句通りの人生を歩んだんだなあ。
編集者としては幸せだったにちがいない。
44 :
吾輩は名無しである:02/04/07 00:48
> 「純文学と娯楽小説を使い分けられないのですか・・・では・・」と斉藤氏が
不気味に笑うのに
コ、コワ...
このひと、瀬戸内寂聴のエッセイにも出てきますね。
新潮社から発刊された作品が少ないことの理由として
新人時代の瀬戸内が、新潮社の玄関前で斉藤十一氏の門前払いを喰ったエピソードが書かれてました。
前後が評論家への恨み節なのに、斉藤氏への一節だけは殊勝に自分の甘さを反省していた。
(エッセイ発行時まだ存命だった斉藤氏に遠慮したのかも)
45 :
吾輩は名無しである:02/04/07 01:23
斉藤十一スレになりつつありますね。
「新潮の斉藤」とか「文藝春秋の池島」とか、
決して表には出てこないけどなにかこう、作家の背後で
強烈に読者の意識を惹く編集者っていうのがいたんだろうなあ。昔は。
今、文芸畑でこうした強烈なオーラを発する編集さんっているんだろうか。
「いちおう三作目まではめんどうみますよ。いちおうね」とか、
そんなのばかり…。
坂口安吾も五味康祐も、今なら
「無職だけど読書家の、気難しい変わりもののオッサン」
で世に埋もれるんだろうなあ。
46 :
吾輩は名無しである:02/04/08 12:07
齋藤十一については筒井康隆も新人時代に苦渋を飲まされたと書いていたな。
>>46 てことは筒井の「大いなる助走」(直”井”賞を受賞しそこなった作家が
選考委員を殺しに行く作品)に出てくる、誰もが沈黙してしまう文壇の
謎の黒幕「フーマンチュー」というのは・・・もしかしてS氏がモデルか?
関係ないのでsage
a
>>49 いつのカキコにレスしてるんだ? ホントニタコな鈍牛連野菜だなー。
a
あ
53 :
吾輩は名無しである:02/05/05 02:46
あげ
政治坂はバトルばかりで心すさむけど、
大変勉強になりました.
使所の一とかマスコミは、こういう杯やスレみないで、全体の1%をさらしものにして、
2ちゃんは全てこうだ!
と、やるのでーメディア、けっきょく
自分の首しめる諸法に至ったというー席.
>54
?
56 :
吾輩は名無しである:02/05/17 22:35
ff
57 :
吾輩は名無しである:02/05/18 00:29
殺人ってのは交通事故のことか……。
この人って占い師みたいなことしてなかった?
58 :
吾輩は名無しである:02/05/30 14:40
手に入らん。
>
60 :
吾輩は名無しである:02/06/09 20:16
保田に師事したと新潮文庫の著者紹介に載っていて、少し驚くと同時に納得しました。
時代小説以外にも「小説長嶋茂雄」や「ザ・おんな刑事」などエンタメも書いていたみた
いですね。私は「柳生武芸帳」に代表される剣豪小説しか読んだ事がないんですが・・
・・
61 :
吾輩は名無しである:02/06/09 23:26
62 :
吾輩は名無しである:02/06/11 01:33
あげ
63 :
吾輩は名無しである:02/06/27 15:43
あげ
64 :
吾輩は名無しである:02/06/27 15:51
今週の近代麻雀にこの人の漫画のってたよ。たしか短期集中連載だったような。興味ある人はみてみれば。その人を死なせた話なんかも出てくるかも
65 :
吾輩は名無しである:02/06/27 19:08
ランティエ叢書の年譜いわく、老女とその孫を車で轢き殺してしまったそうです。
>>60 この年譜や集英社文庫の著者紹介では亀井勝一郎に入門したとあります。
その後、破門されていますが・・・理由がこれには載ってません。その由を御
存知の方がいたら御教授して頂ければ幸せです。
音楽に麻雀に手相占いと、色々と器用な作家ですね。この人。
66 :
吾輩は名無しである:02/06/27 21:05
>>65 業務上過失致死か。起訴されなかったのかな?
67 :
吾輩は名無しである:02/06/27 21:23
>>66 その翌年に禁錮一年六ヶ月、執行猶予五年の判決を受けたみたいです。
当時は話題にならなかったのかな?
68 :
吾輩は名無しである:02/06/29 11:17
69 :
吾輩は名無しである:02/06/29 12:03
この人って日本で初めて麻雀の本を書いたらしい。阿佐田哲也より前に。
70 :
吾輩は名無しである:02/07/02 17:36
「五味人相教室」なる本を、古本屋の100円コーナーで見つけ、買ってみた。
結構面白い。むかーし、「小説長嶋茂雄」も読んだな。
音楽に野球評論に麻雀に占い・・・器用だなあ。
71 :
これ以上は無理:02/07/09 16:27
da
72 :
五味人相教室:02/07/09 18:09
昔小川宏ショーで週一回手相コーナーをやっていた。
その時のゲストが若かりし石原慎太郎、
五味先生、石原の手相を見て、一言、
「こりゃ、絶対、宰相になる手相や!
しかし、70までまたな、いかんな。
そのためには、目のチックを治すことが肝要じゃ!
それでは神経質過ぎて取り巻きのものもついてこん!」
と宣っていたのを今さらながら思い出すが・・・・・
73 :
吾輩は名無しである:02/07/10 17:33
ageage
74 :
吾輩は名無しである:02/07/10 23:21
>>72 それ、かなり面白いエピソードですね。有難う御座います。
自分は五味先生が亡くなってから生まれた若造なので、
そう言う貴重な御話が聞けると嬉しいです。慎ちゃんのチッ
クは未だ治っていないみたいですが・・・
最近、麻雀小説の「雨の日の二筒」を読みました。色川武大
とは違う種類の緊迫感が面白かったです。次は「麻雀武芸帳
」が読みたいけど、なかなか見つからないんです・・・
75 :
吾輩は名無しである:02/07/31 22:50
A A
⊂ノハヾ)⊃
ノハ ゚ー゚) __
○))__))つ〔牛〕
*〔_〕____ゝ.  ̄
(_)_)
76 :
吾輩は名無しである:02/07/31 22:50
A A
⊂ノハヾ)⊃
ノハ ゚ー゚) __
○))__))つ〔牛〕
*〔_〕____ゝ.  ̄
(_)_)
77 :
吾輩は名無しである:02/07/31 22:51
A A
⊂ノハヾ)⊃
ノハ ゚ー゚) __
○))__))つ〔牛〕
*〔_〕____ゝ.  ̄
(_)_)
78 :
吾輩は名無しである:02/07/31 22:51
A A
⊂ノハヾ)⊃
ノハ ゚ー゚) __
○))__))つ〔牛〕
*〔_〕____ゝ.  ̄
(_)_)
79 :
吾輩は名無しである:02/07/31 22:52
A A
⊂ノハヾ)⊃
ノハ ゚ー゚) __
○))__))つ〔牛〕
*〔_〕____ゝ.  ̄
(_)_)
80 :
吾輩は名無しである:02/07/31 22:58
???????????
81 :
吾輩は名無しである:02/08/23 01:52
age
82 :
吾輩は名無しである:02/08/23 01:54
うし?
入院してるとき生命線を見て、俺の運命は尽きている、といったらしい。で死んだ。
84 :
吾輩は名無しである:02/08/25 01:09
亡くなったのが四月一日だっけ?色川が五味さんのことだから、最初は四月
バカじゃないかと思ったってエッセイに書いてたね。色川も既に故人だけど・・・
このスレ読んで、「スポーツマン一刀斎」を読み直してみたよ。長嶋ももう監督じ
ゃないんだなあ・・・「長嶋茂雄」の解説に拠ると「長嶋が大好きや。長嶋ファンが
いる限り日本は大丈夫や。」と五味さんよく言ってたそうな・・・
85 :
吾輩は名無しである:02/08/25 01:10
写真カコヨイって、どんな写真?
86 :
吾輩は名無しである:02/08/25 01:20
>>85 早稲田のページにあった若い時分のものじゃない?
他は和装であごひげを蓄えた仙人のようなのばっかりだから。
87 :
吾輩は名無しである:02/09/25 16:08
あげ
88 :
吾輩は名無しである:02/09/27 10:34
今なら何が読めるの?
五味麻雀教室読みたい。