池田満寿夫について

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1吾輩は名無しである
・『私の調書』
・『エーゲ海に捧ぐ』
・『窓からローマが見える』
・『マンハッタン・ラプソディー』……

この人の文学の才能ってどうだったんでしょうか?

“エーゲ海”っておマ○コのことだったんだね!
2吾輩は名無しである:01/09/10 23:30
 主に版画やリトグラフで有名だったこの人が、『エーゲ海・・・』で
第77回芥川賞獲った時って、文学プロパーでやってきた人たちは一体
どう思ったんでしょうね? やっぱり皆一斉に違和感を表明したのかなぁ?
池田氏本人が芸術・文化界で信頼が厚かったならば、そんなことも無かったろうが。

あとゴシップ・ネタですまんが、誰かこの人の女性関係とかを、
整理してくれないかなぁ・・・ 最初の頃、富岡多恵子と同棲してたんでしょ?

それで“リラン”ていうのは、池田がニューヨークに行ったときに
知り合った中国系アメリカ人の前衛芸術家なのかな?
それから最期の時に一緒にいた佐藤陽子とはどこでどうやって知り合ったんだろう?

まだ他にもいそうだな・・・ いや、きっといるに違いない。
誰かそーいうの、知らんかのぉ?
 
3吾輩は名無しである:01/09/10 23:33
age
4吾輩は名無しである:01/09/11 00:14
その前に結婚していたんだけど、その女性がクリスチャンで離婚を
拒んだ。だから後年に暮らした女性達とは籍を入れてないんだそうな。

作家デビュー前から森茉莉や澁澤龍彦などと仲が良かった。
確かにちょっと文学プロパーとは外れてるが…。
5吾輩は名無しである:01/09/11 00:18
>>4
Oh! センキュー!
…「離婚を拒んだ」ってコエー
6吾輩は名無しである:01/09/25 23:45
佐藤陽子さぁぁ〜〜〜ん!!
7吾輩は名無しである:01/09/26 01:04
今更ながら、澁澤龍彦の交友関係の広さに感嘆。
以下、またまた大して関係ないが澁澤が三島由紀夫の死の
直後にユリイカに書いた追悼文から引用。↓

・・・「近ごろ、兵隊ごっこはいかがですか」と私は三島氏に会うたびに、
冷やかし半分に、よく質問したものだった。それに対する三島氏の返事は、
傑作だから、ここに御紹介しておく値打ちがあると思う。「はい、相変らず、
ラクロのように軍務にはげんでおります」と氏は答えるのを常とした。
周知のように、『危険な関係』の作者コデルロス・ド・ラクロは有能な
職業軍人で、小説の傑作は一つしか書かなかったが、軍人としては砲兵師団長
にまで栄達した人物である。つまり、三島氏とは正反対の人物だったわけである。・・・

(ごめんスレ違いだった…)
8名無しさん:01/09/26 01:07
>>7
コデルロス・ド・ラクロじゃなくてショデルロ・ド・ラクロが正しい。澁澤にしては初歩的なミスをしたものだ。
9吾輩は名無しである:01/09/26 01:14
>>8
ふーん、そうなのか?

…ということは凡百ある日本の仏文学史の本は間違いだという事なのか
10吾輩は名無しである:01/09/26 01:33
コデルロス・ド・ラクロってなにじん?
11吾輩は名無しである:01/09/26 21:11
コデルロス・ド・ラクロス
12吾輩は名無しである :01/09/26 21:20
文学としてはだめでしょう。
13吾輩は名無しである:01/09/26 22:32
 「エーゲ海・・・」(1977年)の作品構成
(話者である夫が、日本に居る妻からの長距離電話に応答しながら、
 目の前の愛人の陰部を注視しているという設定)は、
東浩紀がかつて「存在論的・・・」で引用していたデリダの
『郵便葉書』(1980年)の中に出てくる1シーン(夫が電話ボックス
から妻に電話をかけながら、目では目の前の酔っ払いを見ている)を
たやすく想起させるのであるが、これはある意味、池田による
デリダの論点の先取りのような気もしてくる。つまり目と耳が
全くバラバラに主体を構成するという同時複数的なモジュールの
分業によるマルチタスク状態・・・ これは認知科学的に言えば
神経系統の複数化なのであるし、存在論的にはゆるやかな
カント的統整理念に規制されている超越論的複数性論に結びついてゆく...(のか?)
 そこにはさらに女性の陰部が暗喩する精神分析へのアリュージョンがあり、
おそらく「エーゲ海・・・」はこうした“電話論”の主題から、機械化・
メディア化された現代人の性とその存在論(孤独、ガジェット(電話)、
テレフォンセックス...等)を同時複数的に論じ得る、マルチタスクな論点
を隠し持った作品であると言えると思う。そこに果たして超越論的統整理念が
働いているかどうかは分からないが。
14吾輩は名無しである:01/09/26 22:34
なーんちゃって
15吾輩は名無しである:01/09/27 00:27
ミニモニ。テレフォン!RingRingRing!
16吾輩は名無しである:01/10/03 21:59
チチョリーナが出てくる映画の方は、小説本とは異なる
オリジナル・ストーリー、オリジナル脚本で
全然話が違う作品なんだな。

これがまたエロいんだわ。最期まで勃ちっぱなし。どーするよ?
17吾輩は名無しである:01/10/07 16:13
>>13 超越って言葉ばかり目に付いてさっぱりわからんわ。
日常言語でかたってくれ。
 昔エーゲ海読んだことがあるけど、すこしも記憶に残っていません。
ってことはやっぱり駄作だったのかな。てめーの頭が駄作だという
説もあるが。しかし、チチョリーナではなえてしまうな。
18ぶんちゃん:01/10/24 01:42
何度も言うようなんだけど、「超越的」というのと「超越論的」というのは
違うでしょ? そこのところ誤解している人多くない?

池田満寿夫の作品が安いエロを売り物にしているのは分かるんだけど
それが『エマニエル夫人』とは違うのはなんとなく分かる、、、というか
あるいはぜんぜん違わないのかもしれない、、
だとすると芥川賞ってなんなんだろう?
19吾輩は名無しである:01/11/14 00:02
救出アゲ
20今日は、こんな気分・・・?↓

 ・・・僕は緑に電話をかけ、君とどうしても話がしたいんだ。話すこと
がいっぱいある。話さなくちゃいけないことがいっぱいある。世界中
に君以外に求めるものは何もない。君と会って話したい。何もかもを
君と二人で最初から始めたい、と言った。

 緑は長いあいだ電話の向うで黙っていた。まるで世界中の細かい雨
が世界中の芝生に降っているようなそんな沈黙がつづいた。僕はその
あいだガラス窓にずっと額を押しつけて目を閉じていた。それから
やがて緑が口を開いた。「あなた、今どこにいるの?」と彼女は静か
な声で言った。

 僕は今どこにいるのだ?

 僕は受話器を持ったまま顔を上げ、電話ボックスのまわりをぐるり
と見まわしてみた。僕は今どこにいるのだ? でもそこがどこなのか
僕にはわからなかった。見当もつかなかった。いったいここはどこ
なんだ? 僕の目にうつるのはいずこへとも歩きすぎていく無数の人々
の姿だけだった。僕はどこでもない場所のまん中から緑を呼びつづけ
ていた・・・