新スレおめでとうございます。
おめでとうございます
5 ムカシガタリ
カンは、夜半に例の山にまた立っていた。
『明日から学校だし、時間が制限されちまう。今日、出来ればフィーリングだけでも掴んでおきたい』
昼間のイメルストレフからの言葉が思い出される。
――
「邪鬼眼に異常が出る原因、分かるか?」
「知らねぇよ」
イメルストレフはカンだけを呼び出して話をしていた。
こんな質問内容ならば、別にカンだけでなくても良いはずなのに。
「じゃあ言おう。――本人の心の動きに関連しているんだ。思い当たるフシがあるだろう? ――例えば、常に興奮しているとか」
「?」
「そこだな、お前の問題点は」
そう言ってイメルストレフはクスクス笑うが、カンは疑問符しか浮かんでこない。
――
そして、誰かがカンに言った。
「カンって、お兄さんの背中を追ったりしないのね」
「追って、何になるんだよ……あんなヤツ」
自嘲的なセリフが口をついて出る。
兄と自分が比較対象になるとき、カンは必ずあの時のことを思い出すのだ。
――数年前
レンが邪鬼眼(当時はそんな呼称を知らなかったが)を使えるということはカンとレンの間の秘密だった。
何もない場所から火を灯すという技術が、本で読んだ内容そのまんまだったりして、カンは尚更惹かれていた。
「うわ、便利だなぁこれ」
「そうだろう? それならカン、もっと俺を敬え」
「嫌だよ」
手は燃えないのか、とかそういう微妙なリアリティはカンにとってはどうでもいい事だった。
「お兄ちゃん、それ、僕にも見せて貰えないかな」
ふいに背後から声をかけられた。
図体のでかい、黒サングラスのいかにも怪しい男が立っていた。
どんな意図があるにしろ、二人にとってはよろしくない来客であることは間違いなかった。
「カン」
「そうだね」
言いたいことはなんとなく分かった。
せーの、で二人が一緒に走り出す。レンがカンを守りながら、家への距離を詰める。
「逃がすか!」
その瞬間、相手の腕が伸びた。形容ではなく、本当に伸びたのだ。
その手をレンが払った。手はコードを巻き取るように男に戻った。
「お前……俺が狙いなんだろ! カンは関係ない!」
カンはひたすら逃げることに夢中で、足下の木々に目を懲らす余裕がなかった。
「あっ」
カンが足を踏み外す。そこに、男の手が伸びる。
「弟君はどうでもいいが、お前の為のダシには使える」
レンのリミッター解除。
「うるせぇぇぇぇぇっっっっ! その口、二度と使えないように堅牢に縫い込んでやらぁっ!」
レンがそう言って、邪鬼眼を光らせる。
「まだまだだな」
嘲笑うかのようなセリフが飛ぶ。
銃弾が放たれたような音が響いた。カンが立っていた場所が綺麗に円く抉れて、レンは何も言わず立っていた。
レンの右脇腹は血に染まっていた。
「カン! 逃げろっ」
絞り出したような声を聞き、カンは自分に出来ることを悟って、逃げ出した。
『俺はいざとなると、兄貴にとって邪魔な存在なんだ』
その事だけを、悟って。
レンは、傷一つ無い姿で帰ってきた。シャツの赤みを母親に指摘されると、
「ケガ? してないよ。――あ、ちょっとだけ、友達のケガしたての所に触れちゃったかもしれない」
その姿が、ケガを隠して気丈に振る舞っているようにしかカンには見えなかった。
先ほどの雑念が、カンの中で勝手に増殖し、妄想を生んでいった。
その中で、意図して少しずつカンはレンとの距離を空けるようになった。
すると、本当にレンは家を去っていってしまった。
部屋はもぬけの殻で、カンへ思いを込めた品などを残すことも無かった。
――
カンがレンを超える事は、自分が一歩前に出ると言うことだ。
一歩前に出れば、レンはカンを守りにくくなる。
それを考えれば――。
「でも、兄貴は居ない」
消えたかも知れない、死んだかも知れない。どっちにしろ、現前するのはゼロだ。
カンは再度、自分に言い聞かせた。
「――だから、兄貴の為じゃない。俺のためだ」
時計は、深夜2時を指していた。
5 ムカシガタリ おわり
気合入ってるなぁ
おっつ
結局レンって生きてんの?
いよいよ奴が動き出すフラグ
そろそろカンがレベルアップする頃ですね
これ更新したらストック0の悪寒
6 4つの衝撃
「ユキ!」
バセットは、ユーフォニアムの治療を「登校日には間に合わせる」と言っていたが、本当に間に合ったようだった。
「ただいま、カン」
「ああ、おかえり」
目の周りには傷が残っておらず、天性の麗質はそのままだった。
「じゃあ改めて、これ」
水色の邪鬼眼を二つ、ユーフォニアムに返却した。
「効果が追加されたってさ。『神鳥の御羽(ゴッドフェザー)』と、あと一つ何だったかな」
結局、名前は思い出せなかった。後でイメルストレフに聞きに行こう、とカンは決めた。
さすがのカンも、授業はマジメに受けた。前の学校で習っていた範囲を脱したので、だらだらしてもいられなくなったのだ。
「つまり、S=1/2{n(n+1)}から、nをn-1とすれば――」
考えるのを止め、別のことを思考する。
『勝鬨の剣』は、斬撃を飛ばすという点では、今カンが目指している状況に一番近い。
だから、そこに別の邪鬼眼を加えればいい。
が、邪鬼眼の組み合わせ技は同時発動が三つまでだ。『勝鬨の剣』は既に三つ使っている。これ以上は何も出来ないのか?
『待てよ……。効果時間があるやつ(『邪鬼眼否定』とか)は、あらかじめ発動しておけば、追加できるな』
さらに使えそうな邪鬼眼をノートに写す。
『……これぐらいか。順番は入れ替えても変わらないだろう』
顔を上げた瞬間、教師と綺麗に目があった。
「数式を解くよりも、そっちのお勉強の方が大事か?」
「……昨日、勉強しすぎたから今日は勘弁して下さい」
許してもらえるワケがなかった。
――放課後――
「さて、試してみようか。自信はどれくらいだ」
「うーん。9割」
そう言って、刀を取り出す。
「『邪鬼眼否定』『未熟』」
バッ、と二色の邪鬼眼が光り、カンを包む。効果発動成功だ。
カンは更に邪鬼眼を追加する。
「『剣戟の心得』『風神』……『勝鬨の剣』!」
そう言って、カンは下から上へ、地面を擦るように刀を振り上げた。
目の前の空間に、ぶよぶよとした空気の塊が出来上がる。
さらに、もう一個の邪鬼眼を光らせる。
「――『残骸爆破』」
そう言って、カンは目の前の空気の塊を、×の時を描くように斬りつけた。
瞬間、そこから放たれた空気の塊は青緑色の斬撃と化して、飛んでゆく。
斬撃はぶれ、二つの剣閃が四つに見える。
それが勢いを殺すことなく、突進する猪の如く山頂へ向かう。
ドン、という音が響く。
山には×を二つ重ねた印が現れ、周りの木々は吹き飛ばされていた。
「完成、かな?」
カンはバセットの方を見る。
バセットもすっかりキョトンとしていたようで、正気に戻るのにコンマ4秒ほど必要だった。
「ビックリだ。お前がここまでやるとは思わなかった」
「ありがとう」
流石のバセットも、褒めざるをえなかった。
「じゃあ、相応の名前をつけてやる必要があるな」
「そんなん、最初から決まってる」
そう言って、一瞬溜める。
「――『天哭の四重奏(ブレイク・カルテット)』」
6 4つの衝撃 おわり
邪鬼眼通信第十七号
『邪鬼眼の効果についての説明・11』
『精神同一(パラサイテーション)』 ランクSR
自分と相手の思考を同期させ、肉体を乗っ取る。
自由に移動させることが理論上可能ではあるが、本人との繋がりが必要なため、出来ることは必然的に制限される。
発動時間・8分 発動ラグ・3分
『神鳥の御羽(ゴッドフェザー)』
『神鳥一体』効果付与(『神鳥一体』は仕様により昇華-が作られない)
対象を完全に保護する堅牢なバリアを張る。
発動時間・1分 発動ラグ・2秒
『天哭の四重奏(ブレイク・カルテット)』
『邪鬼眼否定』『風神』『剣戟の心得』『未熟』『残骸爆破』
相手を狙って左右対の4斬の衝撃波を放つ、カンの必殺技。
軽微ながら追尾機能もある。
発動ラグ・16秒
ついに必殺技ktkr
なんかインフレ始まるのか
7 Heroic command
学校でチラホラと欠席が目立つようになった。
クラスでも最低5人は休んでいる。もちろん、無断でだ。
「お前ら、何となくでも事情は察してるな?」
中には授業が成り立たないほどの欠席もあったらしく、他クラスと合同授業するという事もあったようだ。
帰りは、初等部以外の生徒にも集団下校が義務づけられた。
そんな折の、生徒会室だった。
ポルタティフの声に、全員――カンを含めて――が頷く。
「カン、お前はもう大丈夫なんだな?」
「イエスアイキャン」
「今年は祭りが二回で済むと思ったんだが、どうもそうではないらしい。三回目の祭りが勃発しそうだ」
どうでもいいことだがカンは諜報活動などをあまりしない。
存在感が激厚なのと、マグロのように止まることが大嫌いなカンには、おそらく正反対の仕事だからであろう。
「今回は俺みたいな木偶人形と、普通の人間が混じって襲いかかってくる。戦い方には注意しろ」
バセットはそう言って、ポルタティフを睨む。
「流石に今回はなぁ。俺も出ないと体面がな」
「そこで、これだ」
ドラマでよく見る、チラシの文字を切り貼りしたような文言が載った手紙だった。
『どうしてこう、ここの住民はこうやって宣戦布告するのが好きのかな』
カンはそう思いつつ、紙面に目を通す。
『月が生まれ変わり、実った果実が採れる頃、征服を開始せり』
何時のことだろう。
秋だろうか。
しかし、夢凪は季節がめまぐるしく転換する。定まった季節は無い。
「明明後日の午後6時頃か……」
「あぁ。そういえば今日は17日でしたね。それならばピッタリと」
「?」
バセットがそれっぽいことを言い、アルモニカが同意した。
残念ながらカンにその意味は全く分からない。
「まぁ、開始時刻はどうでもいい。問題は夢凪がサンジェルマンの支配に落とされるかどうかだ」
「この戦も、勝ち確のクソゲーだ。負けはないが、引き分けに持ち込まれると非常に困る」
その時、ドアが勢いよく引かれた。
「「「「待ったぁっ! その話、見過ごせねぇっ!」」」」
同時に、生徒達の大歓声がこの部屋を取り囲むように上がった。
「聞こえてるように話し合ってるんだから、まぁ当然の結果だな」
ポルタティフがカンにだけ聞こえるように呟いた。
バセットに負けず劣らず、なかなかの策士である。
「夢凪を守るなら、俺たちにだって出来ることがある!」
「「「そうだそうだ!」」」
「学校が休みになればなおいい!」
「「「そうだそうだ!」」」
酒が入っているかのようなテンションである。全員を上手く扇動すれば、どんな国家間戦争が起きても恐らく負けはないだろう。
「お前らの気持ちは分かるが、落ち着け。ヘタに休講にしたら、向こう側がこっちの動きに気付いちまうだろうが」
ポルタティフの体面がそう言わせたのだろう。確かに相手にばれるのはまずい。
『そういやそうだな』という声と共に、騒ぎは一端粛清され、むしろ縮小ムードへと流れていった。
「――まぁ、明日は俺のメンタルが優れないから、午後はちょっと目を離す事があるかもしれないがな」
全員の士気は一転、また爆発した。
7 Heroic command おわり
otuです
なんだろうこのテンションw
邪気眼持ち集めたらネルフを超えると思う
8 天地迎撃
前の過程をすべてすっ飛ばして、カン達は来るべき決戦の準備をしていた。
「すっ飛ばして良いの?」
「俺の都合じゃないし」
『カン、準備は良いか?』
バセットホルンからの電話だった。
「はいはい。頂上が禿げてるので、見晴らし良好です」
カンに与えられた指示は簡単だった。
相手陣の位置を調べ、反対側からカンの攻撃を先頭に、逆落としを決行するのだ。
メンバーは50人程度。
「位置的には問題ないが……タイミングが分かりにくいなぁ」
『1200秒後だ。丁度に、相手陣地を丸ごと吹き飛ばせ』
「そんな、適当に言ったような数字を出すなよ」
『こちらは準備完了。ポルタティフとオルファリオンの本気が、あれだ』
カンは夢凪学園の方を仰ぎ見る。
学園のあった箇所に、黒色の巨塔が出現している。
「あれか……。アレが、なんだって?」
『オルファリオンの邪鬼眼、『難攻不落(ギガ・フォートレス)』だそうだ』
あんなのがあるなら、前の戦争の時にも出して欲しかった、とカンは心の中でぼやいた。
その瞬間、敵の姿が見えた。
みんながみんな、黒衣のマントを羽織っていて、誰が誰なのかは判別不能だ。
バセットホルン曰く、『サンジェルマンの泥人形も混じっている』のだそうだ。
ちょっと闘いにくいかな、とカンが思っていると、次は敵の親玉が出てきた。
紫がかった白髪、甘いマスクに似合わぬ、野望が籠もった瞳。
「あれが、サンジェルマンか……?」
聞こえぬように呟き、隣のヴィオに確認をとる。
「多分ね。でも、ああやって堂々と出てくるということは、向こうも何かしらの自信があるのかもしれないわ」
現在、午後5時過ぎ。バセットの言った予定時刻よりはちょっと幅がある。
「アイツが、兄貴の仇……」
その大儀を思い出すと、いくらカンが兄に興味を持たないとは言え、怒りの念を感じざるを得なかった。
『今は、アイツを倒す……! それだけだ』
「仰々しい仕掛けがあるが、全く気にすることはない。我が望むのは――、ただ、破壊のみ」
乾いた声が響いた。
黒コート集団からは返事がない。恐らく操られているのだろう。
――すると、これは何のために? カンは訝しんだ。
前に、バセットホルンが言っていた。
「古代の日本に於いて、呪いは重要だった。名前を呼んで呪う事は、『きゅうしょにあたった!』、『こうかはばつぐんだ!』が同時に出るくらいに強力な効用を持っていた」
つまり、名前を知ることが相手の生命を握るのと同等だったということだ。バセットはそう付け加えた。
「そこで、サンジェルマンの邪鬼眼だ。『名殺与奪(ネームキラー)』は、相手の名前を呼べば相手を操ることが出来る。――ある意味、最強の邪鬼眼かもしれない」
「ギア……いや、ともかくとして。それを解除するにはどうすればいいんだ?」
バセットは、やれやれと言いたげな表情になった。
「今のところ、お前のそれしか無い。しかし……ラスボスの懐に行くってのは少々危険すぎる事だな」
「いや……やるよ。それが、俺にしか出来ないなら」
そのまま、具体的対策も立てずに今日という日を迎えてしまった。
カンは少々不安だった。
「あと30秒で、バセットがさっき言ってた時間よ」
「しかし、丁度真下に来てくれるとは……。どう考えても、なんか別の思惑がありそうな――」
そこで、カンは気付いた。
サンジェルマンの邪鬼眼が、陣にいる人間全体を取り囲むようにオーラを放っている事に。
『そろそろ、状況報告をお願いしたいところだが――』
「バセット! 違う! ――アイツらの狙いは、最初から本陣だけだったんだ!」
急いで電話で呼びかけるが、既に遅し。
『何……だと!?』
そこに、既にサンジェルマンの軍隊は居なかった。
そこには、その感嘆符を述べていたバセットから始まる、中心部にいたはずの一団が居た。
わけも分からず、ただカン達の目の前で立ち尽くしたままで。
8 天地迎撃 おわり
冒頭ワロタ
まさかのラストバトル!?
名殺与奪鬼畜過ぎワロタ
9 反撃開始
「まさかだろ!? こんな人数を一気に移動させるなんて……!」
そして、この場所に長く留まるのは色んな意味で危険すぎる、ということも考えていた。
それもそのはず。カンの『探索』から、地下に大きな邪鬼眼の光を見たからだ。
この場所に地雷でも仕掛けられていたら、一挙に木っ端微塵で終了だ。
――いや、むしろそういう行為の方がまだ、ぬるいのかもしれない。
「ヴィオ! 全員をあっちに再転送出来ないのか!?」
「無理よ!」
「試しもしないで、そんな事言うもんじゃない!」
「そうじゃないの! 『世界地図』が、まだイメルストレフの元にあるの!」
おそらく、サンジェルマンの一団は既に城壁に攻撃を開始しているはず。この距離をもたもたと移動している暇はない。
「そんなお前らに、大朗報だ」
どこから現れたのか。それはイメルストレフだった。
「――都合良すぎじゃね?」
「お約束だろ。――というわけで、返却だ。恐らくさっきの邪鬼眼と同じかそれ以上の威力を持ってるはず、早くみんなの力になってやれ」
それはいつか見た黄色の邪鬼眼ではなく、淡いピンク色の邪鬼眼だった。
「みんなー! 聞こえてるかーっ!」
カン達は、山を下りながら麓の連中に呼びかける。
「ヴィオが今、全員をそっちに送り込む! 全員、なるべく固まるんだ!」
「間に合わない! イメル、私たちをあっちまで送って!」
「――了解、足下に気をつけて……と思ったが、移動すれば問題ないか」
それと同時に、カンとヴィオの身体がふっと浮く。
「俺も後から行く。それまで、絶対に死ぬなよ」
人並み外れた強靱な力で二人を下まで一気に投げ飛ばすと、二人に手を振って分かれた。
「……あれ? もしかして、お前らも下まで行きたいの?」
イメルストレフはカンとヴィオの事だけ考えていて、率いていた部隊をすっかり忘れていた。
「あとちょっとだ! 行けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
「『宇宙新書(コスモグラフィ)』」
「『最短経路(ショートカット)・天哭の四重奏(ブレイク・カルテット)』!」
巨大な魔方陣が浮かび、カンや下にいた仲間達を包み込む。
「あちらさんは今頃、ワケも分からず混乱しているだろうよ」
サンジェルマンの参謀はどうやらちゃんとした言語を話すようだ。
「そうだな。あと何分ぐらいで終わる?」
「遅れるのが4分ほどだと計算しているので、あと3分で完了です」
「そうか。――じゃあ、今何秒経った?」
「はい。今丁度1分で……。 え?」
その振り向いたフードに、カンが刀で斬りかかる。
「丁度、3分削ったことになるのか。――食らえ」
9 反撃開始 おわり
10 二つの鎬
四本の巨大な斬撃が、中心部に向かって放たれた。
人が次々に吹き飛ばされ、薙ぎ倒され、あっという間に中心部への花道が開かれた。
「みんな! ここから戻って体勢を立て直すんだ!」
みんなが動いている間、相手は一切攻撃をしてこなかった。
その姿を、サンジェルマンがニヤニヤしながら眺めている。
「お前……どういうつもりだよ」
「勝負はフェアに行かないと、ってヤツだね」
「さっきまで卑怯なことをして時間を稼いでたクセに、何がフェアだ」
刹那、カンが飛び出して攻撃を仕掛ける。
「兄貴はどうだった? さぞかし美味だったろうな」
サンジェルマンはカンの刀を片手で白刃取りして、反撃するともなく返した。
「あの男は、僕に唯一泥を塗った罪で、無限の空間の住人となってもらった」
「!」
そこに強烈な水圧の水が放たれた。カンは瞬時に大きく避ける。
「どういう意味だ!」
「別に含みを持たせたわけじゃない。言葉の通り解釈して貰えばよい」
その時、攻撃の構えを取った集団が居た。
「カン! 援護するわ!」
そこに居るのはいつものメンバー。
ヴィオローネ。
バセットホルン。
スピネット。
ユーフォニアム。
イメルストレフ。――今、居ないけど。
そして、カン。
いつも変わらない、死地をくぐり抜けてきた仲間達。
「――これは、私怨だ。お前らは、中心部に居るポルタティフ達を援護しに行ってこい」
「嫌よ。あんたの怨なら、私たちも一緒よ!」
カンは、ある意味でその返事を待っていた。だから、唇の端が自然と歪む。
「なら、アイツを分子サイズまで粉砕できるかな? それぐらいじゃないと、俺の怒りは収まりそうにないんだ」
「俺たちが集まれば、不可能ではないかもな」
全員が結束し、相手をしっかりと睨む。
「死のフルコースを食す用意は出来たかい?」
サンジェルマンが、唇の端を歪めながらその集まりを見つめていた。
「ああ。今日だけ、コックにも食べる権利を与えてやるぜ」
「それじゃ、まあ――」
サンジェルマンが、大きく跳躍してカン達の真後ろに降りようとしていた。
その手には、邪鬼眼を溜めている。
「一番、弱そうなのから。――『虚空へと誘う流星(エンプティ・スターダスト)』」
黒色の破壊光線が放たれ、カン達の塊――特に女子三人衆の辺りを狙っていた。
地面が砕け、コンクリートが軽々と吹き飛んでいく。
周りにいた部下達も吹き飛んだが、それには目もくれない。
「これで終わりか……大したことないな」
サンジェルマンは、死体を確認すべく粉砕された地上を眺める。
そこで、砕けていない一点を見て、彼も目を見張った。
「さっきの言葉、撤回する必要があるな。――少なくともここに居る女は、鬼神の如く強い」
スピネットの邪鬼眼と、ユーフォニアムの羽で出来た障壁が、カン達を完全に防御していた。
10 二つの鎬 1/2 おわり
邪鬼眼通信第十八号
『邪鬼眼の効果についての説明・12』
『名殺与奪(ネームキラー)』 ランクAR
特定の人物の名前を呼ぶことで、自分の思い通りに行動させることが出来る。
効果時間・(所有者のオフが無ければ)無限
『難攻不落(ギガ・フォートレス)』 ランクSR
正確には『夢凪学園』の機構のうちの一つ。それを発動させるための邪鬼眼。
学園が要塞へと変化し、砲台などでで攻撃が可能になる。
『宇宙新書(コスモグラフィ)』
『世界地図』昇華+
物体を指定した位置へ移動させる。
対象が自身だけでなくそれ以外の人間、邪鬼眼による攻撃なども移動できる。
『最短経路(ショートカット)』 ランクC
邪鬼眼の発動する順番を指定しておくことで、その通りに邪鬼眼を発動させることが出来る。
組み合わせ技を発動するときなどに便利。
発動ラグ・1分
『虚空へと誘う流星(エンプティ・スターダスト)』 ランクR
強力な威力を持つ破壊光線を放つ。人が触れるとその部分は壊死する。
おつ。なんでいきなりラストスパートしてんの
スピネットって結構反則じゃね。バセットの次くらいに
ラスボスはレン
「これで終わりか? お前こそ、大したことないな」
カンが挑発するが、サンジェルマンは余裕の笑みを崩さない。
「これを凌いで貰うくらいでなければ、宴は楽しめん!」
サンジェルマンの拳が飛び、それが衝撃波のようになってカンを襲う。
「カンは、私が――私も――守る!」
スピネットが間一髪で飛んできて、バリアを形成して衝撃波を弾く。
「外野は黙ってな! 『凍結号令(エターナルフォース・プロフィビタル・ブリザード)』!」
白色の冷凍光線が、中心部に集まろうとしている敵達を一気に凍らせた。
「あんたなんかより、カンの方が何万倍も強いわ!『反逆鳥・1024』」
反逆鳥のマシンガンが放たれ、サンジェルマンの周辺を一瞬にして蜂の巣にしたてあげた。
――しかし、サンジェルマンの敵意は別の所にあった。
「俺より、強い……、だと!?」
サンジェルマンが一気にカンとの間合いを詰めた。
「今の声、撤回させてやろう。『粛清の剣(パージング・パワー)』」
サンジェルマンが光に包まれた剣状の物質を取り出し、カンに斬りかかってきた。
「くっ!!」
振りかぶった一撃は、カンのそれより何倍も力がある。刀が折れそうだ。
「雑魚が! 兄弟故の使命感で動くお前は、本能で動く我には勝てん!」
「使命感? 違う!」
カンはサンジェルマンの刀を押し返し、開いた腹部に『風神』を叩き込んだ。
「『運命』だっ!」
「『天命の十字架』」
その瞬間、カンは急激な重力を感じた。立っている事が出来ないので、地面に倒れ伏す。
「今の言葉で、お前も兄と同様に危険な存在であることが分かった。ならば兄とは違い、我が軍門に下って貰おう。――『名殺与奪・カン』」
「「「カン!」」」
全員が恐れていた事態が、いち早く起こってしまった。
「許さないんだから……。絶対、そんなこと許さないんだからっ!」
その効果を知っていたからこそ、その先にどんな事態が待ち受けているのかを知っていた。
ユーフォニアムは、これまでに見せたことのない激しい怒りを表していた。
ユーフォニアムの両手の邪鬼眼が煌めきだしたとき、全く見当外れの方向から、誰かの声が聞こえてきた。
「ちょっと、そこを退いてくれないか。 ――あ、ちょっと刀借りるぞ」
その影は瞬時にカンの刀を奪い取り、サンジェルマンへと一気に跳躍すると、その邪鬼眼を一気に切り裂き、砕いた。
「! 貴様、誰だ!?」
サンジェルマンも、砕けた『名殺与奪』を見て驚愕した。
「おやおや? 俺の顔を忘れるほど、君はおつむが良くなかったかな?」
男はそう言って、カンの方を見やる。
「おかえり」
「ああ、ただいま」
レンが、満面の笑みで帰宅の挨拶をした。
10 二つの鎬 おわり
なんか無駄に長いバトルパートは次回から!
熱いw
熱すぎるw
すんごい疾走感と緊迫感
しかもついにレンまで……
それはそうと
『虚空へと誘う流星(エンプティ・スターダスト)』」
これめっちゃカッコユイ……
11 向かうところノーエネミー
「これは、全部返すぞ。あくまでお前のモノだからな」
レンは、刀にはまっていた邪鬼眼を全て取り外し、それを纏めてカンに返した。
「返すったって……。と言うより俺、それが無いと邪鬼眼が使えないんだけど……」
「そこはイメルストレフに頼んでおいた。すぐに来るはずだから、それまで待ってろ」
そう言うと、再度サンジェルマンの方を見た。
「レン……! 貴様、一体どうやって!」
「うーん。やっぱそれは俺の『じつりき』ってヤツかな?」
「ともあれ、これで形勢逆転ってやつだな」
バセットホルンがニヤリと笑い、完全勝利を確信していた。
「ならば、むしろ……! 『降臨・松・竹・梅』!」
地面に魔方陣が三つ浮かび、三人の白色のローブ姿の人が現れる。
「松、参上つかまつりました。ご命令は」
「あいつらを殺せ。完膚無きまでに」
「「「委細承知」」」
非常に端的な命令を下すと、サンジェルマンは市街地への方へと逃げていった。
「追いかけるぞ!」
カンがそう言うと、全員が町の方へと走り出した。
「残念ですが――、我々も命令を遂行せねばなりません。その為に――」
三人が武器を構える。
「「「あなた方には、ここで果てて頂きます」」」
レン達も、自然と攻撃の構えを取る。
「――へっ。上等、だ」
カンとレンとユーフォニアムが松の方へ向かう。
「『超絶破壊(ギガグラビティストライク)』」
レンは拳を振り上げると、松が居る場所目掛けて叩き付けた。
蟻地獄のように地面が砕け散り、周りのビルが傾きだした。
「――今、わざと外しましたね。ひょっとして、私どもの力をなめていますか?」
フードが外れて顔が見える。
聡明そうな表情をした少女だった。
「そんな顔、恋人にでもなめて貰えばいいじゃないか。――俺は無理。吐き気がする」
「……! 許しません!」
「そこのお嬢! カンをしっかり守ってやってくれ!」
「分かった! ――カン、あんまり動かないでね」
「すまない。――今この時だけ、頼んだ」
ユーフォニアムの表情は、すっかり戦乙女のようだった。
「イメルストレフが来れば、この戦いは終わる。だから、それまで持たす」
「だったら、それまでに貴方を塵にして差し上げます」
赤々とした炎の弾が放たれる。
「こんなの、『神速』で避けるまでもないな。行くぞっ!」
レンは跳躍すると、『風神』でビルの高いところまで上り詰める。
「『超絶破壊』!」
レンはビルの上部を粉々に破壊した。レンはその反動を利用し、松の居る場所へ突貫する。
「アイディアは素晴らしいですが、私の狙いは崩せません」
松は右手と左手にそれぞれ火球を構えると、一方はレンに、一方はカンの方へ放った。
「! カン、避けろ!」
すんでの所でレンも火球を刀で相殺するが、向こうへはどうやっても間に合わない。
「カンは――、私が守る! 『聖天使の徳翼(ミスティファイ・アーム)』」
その瞬間、大量の鳥が集まり、ユーフォニアムを包み込んだ。
そのままユーフォニアムは火球に手をかざし、火球を無効化する。
「すげぇ……」
ユーフォニアムの背中には羽が生え、さながら天使の様相だった。
「消えなさい。『永遠凍結号令(エターナルコズミックフォース・ブリザード)』」
ユーフォニアムは、ヴィオローネやアルモニカの放った冷凍光線よりも更に威力の高そうな、極太の光線を放った。
スレスレで松の左側を掠め、頭髪とローブが凍り付く。
「残念だが、ここで終わりだ。カン、お前にはこれを」
後ろに、イメルストレフが立っていた。
「これ……って、もしかして、二本目か!」
なんというか、西洋の剣に趣が近くなっている剣だった。
「そうだ。正真正銘、お前の剣だ」
イタリック体で小さく『For Kan』と掘ってある。気恥ずかしい。
「カン、頑張って! 私も援護する」
「いや、ユキはイメルと一緒にヴィオローネの所に行ってくれ。そのうち俺も行く」
しゅん、としたユーフォニアムをカンがなだめる。
「絶対行く。俺を信じろ」
そう言って、カンは走り出した。
「――そうだな。アイツなら、絶対死なないだろうよ」
「じゃ、じゃあ……。お願いします」
イメルストレフとユーフォニアムは、ヴィオローネの援護に向かった。
「さぁて? この2年間、あんたは何をしていたのか教えて貰おうか?」
「2年? そんな経ってたのか。道理でお前と俺の背格好が似てると思った」
レンが言うには、サンジェルマンに閉じ込められていたのはものの20分程度だったそうだ。
「と言うことは、身体上同い年になったって事か?」
「まぁ、そうなるな」
レンが分かるような分からないような表情になる。
「そこっ!」
二人の間の場所に、巨大な氷柱が落ちて、しっかりと刺さった。すんでの所で避けていなければ、恐らくどっちかが死んでいただろう。
「なぁ、兄貴。今この瞬間に思ってること、一緒だよな?」
「多分な」
「じゃあ、声に出してみようぜ。せーの――」
「「口を挟むんじゃねえよ、クズ野郎」」
カンの『天哭の四重奏』が、松の身体を一瞬にして捉え、弾き飛ばした。
「お、上手い上手い」
レンがパチパチと拍手をして、刀を構えた。
「――でもな、俺の方が上手い。『無限遠方投擲(ムル・オーフ・シー)』」
邪鬼眼を発動させると、なんとそのまま刀を松の方へ投げた。
「!?」
松は刀にローブを貫かれ、一時的に動きを止められる。
「動くと、余計に痛いぜ。『神鳴り(アウトオブザブルー)』」
ズドン、というオノマトペがその事態を形容するのに一番相応しかった。
白色の剛雷が松に刺さった刀に落ち、全身にその衝撃を余すことなく伝える。
「サンジェルマン様に伝えなければ……! この二人、危険すぎます……!」
松は衝撃に耐えられなくなったのか、光に包まれて消えていってしまった。
「こんなの相手に手こずってるなら、サンジェルマンなんて相手にされないぜ」
「そうそう。通過点、通過点!」
二人もそう言って、ヴィオローネの居る場所へ向かった。
11 向かうところノーエネミー おわり
邪鬼眼通信第十九号
『邪鬼眼の効果についての説明・13』
『粛清の剣(パージング・パワー)』 ランクR
剣状の物質を精製する。
効果時間・30分
『天命の十字架(バッドフォーチュン)』 ランクSR
対象一体を地面に磔にする。
効果時間・2分 発動ラグ・35分
『超絶破壊(ギガグラビティストライク)』
『残骸爆破』昇華+
手から衝撃を伝え、物体を破壊する。より威力が上がったが、本人に戻る反動が強くなった。
発動ラグ・30秒
『無限遠方投擲(ムル・オーフ・シー)』ランクR
物体を、狙い定めた場所に向かって投げ飛ばす。
発動ラグ・20秒
『聖天使の徳翼(ミスティファイ・アーム)』
『神鳥一体』昇華+++
天使の羽を身に纏い、強力な防御力と邪鬼眼を使える能力を得る。
使える邪鬼眼は以下の通り。それぞれがその属性の最大の威力を持つ邪鬼眼である。
『太陽の欠片(サンライト・キャノン)』
『怨念の業火』昇華+
強力な炎を一点に凝縮させ、大爆発を起こす。
『永遠凍結号令(エターナルコズミックフォース・ブリザード)』
『永遠力暴風雪』昇華++
相手の邪鬼眼を長時間使用不能にさせる冷凍光線を放つ。
『神鳴砲(ホーリー・ボルト)』
『神鳴り』昇華+
一箇所に強烈な雷を落とす。
『海竜神(リゴール・ストーム)』
擬似的に津波を起こし、敵を押し流す。
効果時間・50分 邪鬼眼攻撃の発動ラグ・なし この邪鬼眼の発動ラグ・1ヶ月
わかってたけどレンtueeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeee
そして不覚にも松がツボです
たぶんフードをかぶってたからだと思います
えーー レンラスボスじゃねえのーーー
流石にもう技名はおぼえらられねえです
レンがこのあとFF4のカインみたいになってくれねえかな
12 アイデンティティ
竹には、バセットホルンとスピネットが向かっていた。
「どうしたどうしたぁ! 闘う気無くしたかぁ!?」
二人の周りをグルグルと周りながら、竹は攻撃を繰り返している。
「そんなことは無いさ。責め時ってのがあるんだ」
バセットホルンはこんな危険な場所でも至って冷静である。
「でも、その時ってのが……なかなか来ないんですよね」
スピネットが結界を展開していなければ、恐らく瞬殺だっただろう。
「だったら……こっちから行くぜ!」
突然止まると、一気に二人の居る方向へ向かってきた。
「スピネット。俺、怠いから寝たいんだけど」
「えぇ!? 寝るなら、こいつを何とかしてからにして下さい!」
「まずは首一つ! 『残骸爆破』っ!」
その拳を、スピネットがしっかりと捉えた。
苦痛に顔を歪ませることもなかった。
「その首とは、どちらの首でしょう?」
完全に、威力を殺していた。
「くっ……! この野郎、どけっ! どきやがれ!」
竹の熾烈な連打が繰り返されるが、スピネットはその一発一発を正確に見きり、その細い両腕でしっかりと全てを相殺する。
「いいぞいいぞー。頑張れ頑張れ」
この期に及んでバセットホルンは寝ていた。
「起きて下さい! 邪魔ですっ!」
スピネットは足がもつれて(いるフリをして)、その顔面を思いっきり蹴り飛ばした。
眼鏡が吹き飛ぶ。
「お前……! これ、俺のアイデンティティなんだぞ!」
「怒るなら、私じゃなくてこっちに言って下さい!」
「お前ら……俺をそんなにバカにしてぇか!」
スピネットの脇をスッと抜けた一撃が、バセットホルンの腹部を貫いた。
「バセットさん!」
バセットは腹部に開いた穴を見ながら、感慨深そうにしている。
「――オイオイ。眼鏡の次は、服まで台無しにする気かい?」
バセットは乾いた笑いを浮かべた。――半分以上は、怒りで消されていたが。
「ちょっと待て。眼鏡は俺じゃなくて――」
その全身目掛けて、バセットホルンの本気が繰り出された。
「この世に挨拶する時間を、コンマ1秒だけ与えてやる」
腹部への強烈な一撃と共に、顔面に痛烈な頭突きを加え、地面に叩き付ける。
「――『牙折打(レット・スレイブ)』」
続けざまにその全身に、赤いオーラの衝撃波を放つ。
5メートルほど吹き飛ばされた竹は、何かを狙ってまた立ち上がった。血だらけの口を拭き、再度突撃する。
「狙いはそっちじゃねぇよっ!」
バセットホルンの目の前で身体を捻り、側にいたスピネットへと殴りかかる。
拳が激突する音が、嫌にしっかりと響いた。
「!」
勝利を確信した竹を見て、スピネットもバセットホルンも笑っていた。
「お前は、戦術眼に欠ける哀れな男だ」
スピネットは、相手の攻撃をバリアで無効化していたワケではなかった。
全てを自分の中にエネルギーとして蓄積させていたのだ。
それを、自分の右手から一気に放つ。
「『大蟷螂の大斧(レックレス・アントアーミー)』」
白色の気弾は近寄った竹をしっかりと捉え、上空数メートルへと吹き飛ばした。
「なっ……この、この俺がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
竹はそのまま白色の塵となり、風と混じって消えていった。
「――まずは一勝、ですね」
「まぁ、余裕だな」
二人は微笑んだ。
12 アイデンティティ おわり
出だしのセリフで既に竹からものすごいかませ臭がしてましたw
13 その女、破天荒にして
梅には、ヴィオローネが向かっていた。
「あんたら、あたし一人置いていく気!?」
「まぁまぁ落ち着け。俺のご到着だ」
イメルストレフだった。
「あんた、カンの方はいいの?」
「大丈夫だ、もう事は済む。じきに増援が来るから、そこまで待っても良いぞ」
「残念ね、そんなのを待っていられるほどアタシはのんびり屋じゃないわ!」
「じゃあ、こんなのはどうかしら?」
梅の周りには、白銀の矢が無数に配置されている。それが全て、ヴィオの首の辺りを狙っている。
「えげつないわね。――でも、嫌いじゃないわ」
『宇宙地図』を光らせ、ヴィオは梅の背後に瞬間移動した。
「逆回転、全弾発射!」
「敵は後ろだけじゃあないぜ」
その両肩を、正確に銃弾が射貫き、その心の臓に数本の矢が刺さった。
「二対一……! でも、まだ7:3で有利ね」
梅は、計算に基づいた攻撃が得意らしい。
「そのうざったい論理、聞いてるだけで頭痛がするわ。何とかしてくれない?」
「無理。おべんきょうは俺にも無理」
「そこの方は、女? それとも、男? ハッキリしてくれない?」
イメルストレフは一瞬考え込み、明朗に答えた。
「俺を殺せたら、教えてあげる」
そう言って初めて、イメルストレフは突き刺さった矢を抜いた。
「――出来るもんなら、な」
リロードする音と共に、イメルストレフは拳銃を構えた。
両の手に、一発ずつ。
「お前と俺は縁もゆかりもない。しかしながらここは生死の境である故に、死んで貰おうか」
両方の拳銃の引き金に手を掛ける。その瞬間、銃の持ち手の辺りが光るのを、梅とヴィオは見逃さなかった。
「邪鬼眼……!」
「俺の謹製を受け取れ、『流星(コメット・バレット)』」
上空に向けて放たれた銃弾は、さっきの邪鬼眼の色と同じように発光している。それがみるみるうちに分裂。
分裂して分裂して分裂して、さらに分裂した。
「『宇宙地図』!」
とっさにヴィオローネは自分に目掛けて落ちてくる銃弾の雨を、『宇宙地図』で飛ばした。
当然、方向は梅の頭上だ。
大量の砂煙と爆発音が響き渡る。
「やったわ……!」
そう思ってガッツポーズを取った瞬間、ヴィオに向かって白銀の矢が飛んできた。
「まだ無事だって言うの!?」
煙が消えると、そこには無傷の梅が、無数の矢を空中に展開させていた。
「障壁使いは、あなたのお仲間だけじゃないってワケ」
『スピネットのことも分かってるなんて……流石、あのサンジェルマンが呼び出した事はあるわね』
ヴィオが次の手段を考えているとき。
「じゃあ、こんなのはいかがかしら? 『太陽の欠片』」
その言葉と共に、凄く鬱屈とした熱が出現した。その中心が梅に向かって静かに動き、周りの空気を集めて大爆発を起こす。
「あぶな……って、ユーフォニアム! あんた何よその格好!」
羽の生えた聖天使は、地面に足を着けていなかった。
「こっちの方が早いっていうか、簡単っていうか。――とにかく、行こう? あんなのに負けてたら、カンに笑われちゃうよ」
「そ、そうね」
そう言われて、ヴィオローネはようやく背筋を伸ばした。
「せっかくだし、共同戦線っていうことで。一撃で決めるわよ」
「ええ!」
「何々、今度は何よ? さっきのは流石にビックリしたけど……あんな攻撃をしたら、すぐには復帰出来ないわよね」
すると、ユーフォニアムは紫色のオーラを溜めていた。
「チッチッチ。残念ながら、弾数は無制限なのです」
「そんな……! チートよ!」
「チートだな」
「チートね」
散々である。
「でもまぁ。今はあんたさえ居なくなればいいのよね。……『凍結号令』」
「『神鳴砲(ホーリー・ボルト)』」
「「『天地雷鳴(ディザスター・サファリン)』!」」
梅の頭上に巨大な氷塊が落ちてくる。
「この程度なら、私の攻撃で崩せるわ! バカにしないでもらおうかしら」
「こんなことも読み取れないわけ?」
ユーフォニアムがパチンと指を鳴らすと、その氷塊に雷が落ち、そのショックで氷が粉々に砕ける。
それが氷柱のように分かれ、梅を襲う。
「くっ……!『防護障壁・大』!」
巨大なピンク色のドーム状の障壁が展開される。
「そこで、やっとこさ俺の出番ってわけだ」
ピッタリと、その障壁にイメルストレフが張り付いていた。
「あんた……! そんな場所にいると、氷柱に刺されるわよ!」
「ほほう。敵に情けをかけてくれるんかい。――俺は、そんなことしないけどね」
ジャキッ、と二丁拳銃を障壁に向けると、邪鬼眼を光らせた。
「止め――」
「『轟射(グランド・バレット)』」
赤く光った銃身から放たれた銃弾は障壁に接触し、そのまま障壁を完全に打ち砕いた。
ガラスの砕けるような音と共に、氷柱の雨が降った。
イメルストレフはそれを全て右手とその腕で受け止め、血だらけの腕をちょっと見て、梅に銃口を向けた。
「あばよ。次の世では俺に会わないようにな」
銃声と共に、梅は塵となって消え去った。
「――さて。俺たちで最後かな?」
周りを見ると、カン達は居ない。どうやらサンジェルマンの元へ向かったようだ。
「そうみたいね。行きましょ」
いよいよ、決戦だ。
13 その女、破天荒にして おわり
邪鬼眼通信第二十号
『邪鬼眼の効果についての説明・14』
『牙折打(レット・スレイブ)』 ランクSR
紅色のオーラを放って相手を吹き飛ばす。
威力は相手が重いほど高い。
発動ラグ・11秒
『大蟷螂の大斧(レックレス・アントアーミー)』 ランクAR
相手の攻撃を無効化し、そのエネルギーを体内に蓄積することが出来る。
蓄積したエネルギーの値が大きいほど、この邪鬼眼の威力は高くなる。
発動ラグ・10分
『流星(コメット・バレット)』 ランクR
銃弾を分割し、雨のように降らせて攻撃する。
※銃の特性により発動ラグ無し
『天地雷鳴(ディザスター・サファリン)』
『神鳴砲』+『凍結号令』
氷塊を砕き、氷柱による雨を降らせる。
『轟射(グランド・バレット)』 ランクSR
強烈な威力を持つ弾を発射する。
コンクリートや障壁程度ならば容易く破壊する。
チートなら仕方ない!
おお、マジでラストだ
スピネットも十分チートじゃねえかと思うんです
ついに終わるかぁ
14 Break!
カン、レン、スピネット、ユーフォニアム、バセットホルン、ヴィオローネ、イメルストレフが、サンジェルマンの下へ集まった。
「時間稼ぎにもなりゃしねぇ。何だあの三バカ大将は?」
「いいや。稼ぎになった。ここに、お前らを永遠に縛り付ける」
辺りが灰色で包まれる。
ドンヨリとしていて、カン達の周りの空気も重い。
どうやら、外界とは隔離されてしまったようだ。
「ユーフォニアム。打ち消せ」
「いいんですか? 聖なる領域では、みんなの『本当の姿』がさらけ出されてしまいますよ?」
「戦力に問題がないなら、良い。相手が有利になるのは気に食わない」
だったら、とユーフォニアムは白色のオーラを身に纏う。
「――『虚空の聖域(ホーリー・フィールド)』!」
「俺の目を見るなよ。――目が腐るからな」
ふと、イメルストレフが呟いた。
『?』
その意味が、その次の瞬間に分かった。
「吸血鬼? 地獄の王に改めた方がいいんじゃあないか」
つややかなロングヘアに清純な顔立ちの女は、今や異形の怪物と化していた。
「ベルゼブブか。アイツは嫌いじゃなかった」
全身、ねずみ色の皮膚に禿げた頭。目はトンボのように大きく、手は獲物を捕まえるための巨大な爪が生えている。さながら、ヒーロー物に出てくる怪人のような風貌だった。
「こんな姿を晒すのは何百年ぶりかな。――うわ、爪の手入れがなってないな」
「どんな姿であっても、イメルはイメルだ。そうだろ、みんな?」
レンだけが、その恐怖に憶することなく武器を構えている。
「そうだな。――今は、目的がある。アイツをブッ倒したら、精一杯お前に怯えてやる」
「おうよ。……でも、お化け屋敷だけには呼ぶなよ」
カン。
レン。
バセットホルン。
スピネット。
ユーフォニアム。
イメルストレフ。
全員が武器或いは邪鬼眼を構えた。
「やれやれ。相変わらず使えない奴等だったわけだ。消して正解だったかな」
カンとレンが飛び出し、サンジェルマンに斬りかかる。
「もう一振りあったら、崩せたかもなぁ」
その両方の剣を、綺麗に白刃取りして、奪い取る。
「「『所有者の証(リターン・トゥ・カイザル)』!」」
剣がカンとレンの手に戻ったところで、また仕切り直しだ。
「消え失せろ。『二色根元(ダブルインクルード)』!」
黒と白のうねりが真っ直ぐにカンとレンの元へ飛んでいく。
「『花霞・百花繚乱』! カン、レンさん、伏せて!」
波は二人の前で打ち消された。その後ろから、青色の光線と紅色の火の玉が飛んでくる。
「『空中分解・散』」
バセットホルンの技が弾け、サンジェルマンを空中に吹き飛ばす。
「ならば、そこから叩くのみよ!」
サンジェルマンはなんと空中を蹴り、バセットホルン達の居る方向に飛び出していった。
「みんな、避けろっ!」
「『無限遠方投擲』。受け取れ」
レンはカンの持っていた剣と自分の刀を、一気にバセットホルンの居る場所まで投げ飛ばした。
「キャッチ」
「負けねぇよ?」
バセットホルンがカンの剣を、イメルストレフがレンの刀を手にした。
「心の奥からの恐怖を引きずり出してやろう。『百発百中(レイン・レール)』」
大量の白銀色の物質が出現し、超高速で吐き出される。
「射撃で俺に勝負を挑もうなんざ、30世紀早いんだよ! 『銀弾の暴風雨(シルバーブレット・リアクト)』 ――あ、これはパスな」
イメルストレフは刀をユーフォニアムの方へ投げ渡すと、再び二丁の拳銃を構え、一気にぶっ放した。
「ターゲット、232発。――足らないな、全然。道端の石ころと戯れてる方が全然楽しいぜ」
正確無比な射撃が、相手のレールガンを一発一発捉え、正確に真ん中から吹き飛ばして無力化する。
弾切れしないのはお約束らしい。
「ユーフォニアム、刀を握れ!」
「ええ! ええ、ええっと……。こう、かな」
「持っているだけで邪鬼眼の威力を高める効果があるはずだ。そのまま、相手を打ち抜け!」
「はい! ――『反逆鳥・天地神明(ガルーデーション)』!」
大きく広げたユーフォニアムの羽から、『反逆鳥』がマシンガンの如く放たれる。
『百発百中』の弾丸は、反逆鳥とイメルの銃弾により見事に全てが相殺された。
「ぐうっ、猪口才な!」
そのサンジェルマンの逃げようとした背中を、レンは見逃さなかった。
「まぁまて、祭りは始まったばかりだぜ。――『狩猟豹の如く(バースト・チェイサー)』」
刀は、再び二人の手に戻っていた。
レンはカンの『神速』とは比べものにならない速さで、サンジェルマンの行く手をことごとく阻む。
「お祭りの主役が逃げるなんて、少々弁えがなっていませんね。――さてその貴方に、私たちからプレゼントがあります。――『無の嫡子(サンオブゼロ)』」
レンが、『邪鬼眼否定』と同じ黒色の邪鬼眼を光らせた。
14 Break! おわり
あぁついにラストバトルか……
熱い展開とは裏腹にどこか寂しい
もう惑星侵略出来るレベルの戦闘
レン一人じゃ勝てないの
15 七重奏
「貴様、あの時は力を隠していたな!」
「どうでしょうね。あんたお手製の牢獄の中で揉まれたら、自然とパワーアップしちゃったのかもな」
「バセット、どうした? 珍しく辛そうだぞ」
バセットが、肩で息をしていた。脱皮でもするのかもしれない。
「いや……大丈夫だ」
この聖なる領域が、不死者には苦しいのかもしれない。
「アイツは大丈夫。兄貴が負けるはずない」
カンは剣を構えた。
「俺も行く。もう、アイツの背中に目を背けるのは止めた」
「面白いことを教えてやろう。俺の攻撃に一度でもぶち当たると、お前の邪鬼眼は全部お釈迦。ノーリスクハイリターンってワケだ」
それは『邪鬼眼否定』と全く同じ効果だった。
――つまりは、『邪鬼眼否定』を昇華させたと言うことなのだが。
「今の俺の力では、あんなの不可能だ。ただでさえ『不和』を理とする邪鬼眼が昇華するなんて、天地がひっくり返ってもありえない」
イメルストレフはそう言うのだが、一体どういう経緯があったのだろう。
サンジェルマンは、その事を聞いても全く憶しない。
「だったら……一度も食らわなければいいだけの話だ!」
「『残骸爆破』『風神』……『竜巻(サイクロン・ストリーム)』!」
カンが放った三本の竜巻の柱が、一気にサンジェルマンを襲う。
「そろそろ、『聖天使の徳翼』の効果が切れます……! この空間がもたなくなったら、かなりマズイ事に……!」
「おうよ。だから、さっさと決める」
レンの目には、怒りや悲しみなどは無かった。
楽しみ――、なのかもしれない。
過去を知るカンにとっても、そんな表情を見るのは初めてだった。
いつも愁いを帯びた、何か大人びた表情。数年の年の差しか無いのがおかしいほどに、レンはいつも落ち着いていた。
「そう。お前はここに来た時点で、負けているんだ。何故かって? じゃあ逆に聞こう。『なぜ、お前はここに居る?』」
背筋がヒヤッとした。
まさかこの男は、そこまで計算ずくなのか?
「そ、それは……!」
「そうだ。正に全て俺の思い通り。お前の運命も、掌の上だ」
レンが華麗な抜刀術を披露すると、斬撃がサンジェルマンの身体を切り刻んだ。
サンジェルマンが吹き飛ばされて、壁に叩き付けられる。
「これは、一撃一撃に俺たちの思いが籠もってると思え……!『戦慄の七重奏(デストロイ・セプテット)』」
一撃、また一撃。
次々に飛んでくる斬撃の嵐が、サンジェルマンを砕かんとばかりに何度も何度も切り刻んだ。
『これが……兄貴の、本気……!』
レンは、今この瞬間も戦いを愉しんでいるように見えた。
15 七重奏 1/2 おわり
これは……フラグ!
聖なる領域に侵され、とうとう本来の姿が保てなくなったのか、サンジェルマンは泥人形のような本体を見せながら地面を這い、こちらに向かってきた。
「我ハ不滅……! 永遠ハ、常ニ我ト共ニ有リ……!」
急に、サンジェルマンを炎の壁が取り囲んだ。
「最後のあがきってやつか。下らない、本当に下らない」
「『凍結号令』!」
「『牙折打』」
その攻撃は、いずれも炎の壁に吸収されて消えてしまった。むしろ炎がますます燃えさかり、その攻撃は二度と通じそうにない。
「カン。俺の合図で、示した場所にお前の技をぶちこめ。……大丈夫だ、絶対に上手く行く」
レンが指をパチンと鳴らすと、周囲のアスファルトが砕け、次々にサンジェルマンに向かって飛んでいく。
「無力ナリ……! 哀レナリ……!」
その炎に触れたアスファルトは、なんと蒸発してしまった。
「水やドライアイスや0ケルビンのアイテムをぶち込んだところで、全く効果がないな。……ならば寧ろ、非科学的に道を開くだけだ」
レンはそう言って、炎の壁に斬りかかった。
「おらぁ!」
シュバッ、という音と共に炎が一瞬だけ無効化される。『邪鬼眼否定』の効果の賜物と行ったところだろうか。
すると、レンは奇妙なことをした。
熱さに耐えながら、その炎の壁と接している地面に、刀を突き立てたのだ。
「今だっ! この刀に向けて、お前の技を放て!」
その刀だけ、周りの炎が無効化されていた。そこに技を放てば、全てが向こうに届く!
「『天哭の四重奏(ブレイク・カルテット)』!」
四発の斬撃が、吹き飛ばされた刀と共に淡い青の光と炎を帯び、サンジェルマンをしっかりと捉えた。
炎の壁が無効化され、熱さが途絶える。
「この救いようのない悪鬼には、永遠と共に生きる術を与えてやるべきだな。……おい、お前ら。ちょっと俺の周りに集まれ。今から、こいつを封印する」
言われるがまま、6人はレンの元に集まった。
「邪鬼眼を同時発動で組み合わせる。シメは俺がやるから、失敗はない。よし、一人ずつやれ」
行っていることはよく分からないが、とりあえずやってみるしかない。
今は、それしかないのだから。
「邪鬼眼否定」
「凍結号令」
「花霞・百花繚乱」
「……、牙折打」
「神鳥一体」
「流星」
「――無の嫡子」
全員の邪鬼眼の光が集まり、一つに結集する。
「「「「「「「封印鉄鎖(シーリング・エターナルフォース)!」」」」」」」
光り輝く魔方陣が、サンジェルマンの真下に展開される。
そこから波が起き、それが中心を包み込んで飲み込む。
「コノ世ハ……全テ、我ノ手ノ中ニ……ィィィィッ!」
「永遠を求めるなら、死もまた一興さ」
レンが、寂しそうに言った。
そして、スポン、という間の抜けた音と共に、サンジェルマンと魔方陣は消え去った。
「これで、洗脳も解けるかしら?」
「多分な」
辺りからも、戦闘の音が聞こえなくなったようだ。
ようやく、また平和が戻ってきたらしい。
「あー、怠い。あっちの姿は動きやすくていいんだが、何しろ存在するだけで、『実害有りのお化け屋敷』だからな」
イメルストレフはあっさりと元の女の姿に戻っていた。
「どう、実害があるの?」
「メタンガスしか吐かない、他の低級悪魔がごっそり集まってくる、俺の目を人間が長時間見ていると思考を支配される、とか」
恐ろしすぎる。人間の姿の方が断然良い。
その時、バセットが何度も咳き込んだ。
「どうした、バセット? さっきから顔が青いぞ」
「もう……無理だっ」
ボン。
小さな爆音と煙が発生し、バセットホルンを包み込む。
「そう言えば……バセットって本当の姿が現れなかったわね。もしかして今までずっと耐えてたのかしら?」
「あのオーラに長時間耐えられたんなら、少なくとも俺よりは根性があるな」
ならば、今がバセットの素顔を見る、千載一遇のチャンスだ。
実は、泥水が綺麗になるほどのイケメンなのかもしれない。
もしくは、立つだけで周りが引くほどに酷い顔をしているのかも……
。
カンは妄想を止め、目を凝らす。
「……あれ?」
クエスチョンマークが、全員(イメル除く)の頭の上に浮かんだ。
「何だよ! お前らの予想通りだっただろっ! そんな顔すんな!」
そう叫ぶバセットの声が、何か女っぽい。
その上、どこかで聞いたような声。
「だから……そんなに見るんじゃねーよ、バーカ!」
――そこには、いつぞやの祭の夜に見た、カルシアを大人っぽくしたような、バセットホルンの姿があった。
「え……ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
15 七重奏 おわり
3章「形影相伴う」 おわり
お、お前女だったのか……!?
ついに決着ですね
終わってしまう……
これカン以外全員女だったっていうオチだわ
邪鬼眼通信第二十一号
『邪鬼眼の効果についての説明・15』
『虚空の聖域(ホーリー・フィールド)』
自身に負の効果が働く場合、それを打ち消すフィールドを出現させる。
効果時間・45分
『反逆鳥・天地神明(ガルーデーション)』
無数の高威力の『反逆鳥』を相手に放つ。
発動ラグ・0.002秒/一発
『二色根元(ダブルインクルード)』 ランクSR
闇と光を渾然一体とさせ、そこから生まれたカオスを相手に放つ。
発動ラグ・20分
『空中分解・散』
『空中分解』昇華+
相手を吹き飛ばす、巨大な罠を設置する。
『百発百中(レイン・レール)』 ランクAR
無数の銀(またはそれに準ずるメタル)を発生させ、相手に向かって高速で飛ばす。
発動ラグ・2時間
『狩猟豹の如く(バースト・チェイサー)』
『神速』昇華++
高速で移動できるようになる。直線方向だけではなく、目標を狙いつつ走ることが出来る。
発動時間・1分 発動ラグ・20秒
『竜巻(サイクロン・ストリーム)』
『残骸爆破』+『風神』
竜巻を発生させる。ごくまれに術者も巻き込まれる。
『無の嫡子(サンオブゼロ)』
『邪鬼眼否定』昇華+++++
ほぼ全ての邪鬼眼を無効化し、昇華不能な状態まで破壊する。
発動時間・20分 発動ラグ・5分
『封印鉄鎖(シーリング・エターナルフォース)』
『エターナルフォースと付く邪鬼眼』+『無の嫡子』+『邪鬼眼否定』+『ランクSR以上の邪鬼眼5つ』
サンジェルマンを封印する、特別な術式。
エピローグ「Piu mosso」
「あー、こんなに学校が恋しくなった日は無いぞ」
全てが終わった翌日。
負傷者は数百人にも上ったが、全てイメルストレフが一晩で治してくれました。
カンは、学校に行くついでに理事長室に寄って、抱いていた疑問をぶちまけることにした。
「ポルタティフ。レンが戻ってきたんだから、俺は用済みだよな」
「いや? 別にそんな事はないが。居たいだけ居座ればいい。あ、どっちもってのは無しな。『邪鬼眼否定』はお前らしか使えないんだから」
あっさりと承認。カンもこの場に居座る権利を得た。
「よかったな」
レンは、それしか言わなかった。
「ああ。とっても」
その日の午後。
「オフィクレイド、もう帰っちゃうんだって」
ヴィオが、そう切り出した。
あいつが居てくれればもうちょっと楽だったんじゃないか、とカンは思う。
「なんでまた、こんな時期に」
「それは……私から情報を聞き出そうとしてたから、ついつい時間が延びちゃって……」
ああ、とカンはそこで頷く。
ヴィオローネが邪鬼眼の暴発で入院した夜、その隣のベッドには誰かが寝ていた。
それが誰なのか確かめる気も無かったが、恐らくそれはオフィクレイドだったのだろう。
「結局出てこなかったじゃないか。チキンか、あいつは!」
「あんた達が輝きすぎてたから、自分の出る幕が無いと思ったんですって」
別に、無理して前線に出て貰う必要も無かった。
学園の守備部隊にでも加われば良かったのに。
カンはとにかく彼のチキンっぷりを蔑むほかなかった。
「さて、俺は事件解決の報酬でも頂きに行くかな」
「え? 出たじゃない、あんなに沢山」
邪鬼眼管制塔の6人には、少なくとも半年は食いっぱぐれる事がない程に謝礼が出た。
「それはもう使い果たした。それにあんな死にかけて3万なんて割に合わなすぎる。そうだよな?」
「全くだ」
どうやら、この二人は宵越しの金を持たない思考の持ち主らしい。
バセットとレンが組めば、おそらく誰も止めることが出来ないだろう。
「いざとなったら、こいつが誘惑してくれるから」
そうそう、そちらの話もしなければならなかった。
――バセットホルンの正体が女であったということは一気に人口に膾炙し、今日の時点で知らない者は居ないほどだった。
『秘密』という言葉を今こそ彼らの脳みそに叩き込むべきだ、とカンは思う。
「別にいいじゃないか。平和の代償だ」
「待て、その理屈はおかしい」
バセットは、大きく溜息を吐いた。
「あれから……俺のこれまで築いてきたキャラが総崩れだ。平和の為とはいえ、俺だけ代償が大きすぎる」
今朝見てみると、バセットはクラスでも引っ張りだこ(特に女子から)の事態になっていた。
今やクールなキャラは何処へやら、一転して完全無欠の萌えキャラに転向してしまった。
「だったらもっと女らしくしてみれば? 多分もっと人気になるわよ」
バセット=女の図式を広めた女子一号が、そんなことを言う。
「無理だな。もう俺は――、元の姿で一生を送るつもりはないんでね」
バセットはそう言って、一瞬だけ遠い目をする。
「そうですか……。なんか、凄く残念です」
「え? 何なの、お前らは俺に何をするつもりだったの?」
「なんかこう、女物の服を着させて……」
「俺は着せ替え人形じゃないんだぞ!」
ヴィオとスピネットが残念そうにしていた。
一方、自分は女じゃなくて良かった、とカンは再認識するのであった。
バセットホルンは足で理事長室のドアを開けた。物を頼む態度とはとても思えない。
「ちーっす。理事長よ、ちょっと金を融通して……? って、居ない?」
普段から忙しそうな様子であった理事長室は、今日も今日とてもぬけの殻だった。
しかし、何かが違う。
デスクの上のPCは点けっぱなしで、書類やら新聞やらが散乱している。
「どうやら、出かけているみたいだな。――それも、相当慌てて」
ポルタティフにも、オルファリオンにも似合いそうにないシルクハットが下に落ちている。
「それにしても、一体何処に……?」
バセットホルンは、机の上の物を眺め回して、何かを見つけた。
「おい」
バセットが、切迫した声で言う。
その声から、何かただならぬ事態が起きているということは明白だった。
「急いで駅に行くぞ。――オフィクレイドを、呼び戻す」
「え? どういうこと?」
「説明してる暇はない。早く!」
バセットの読んでいた新聞紙が、地面にパサリと軽い音を立てて落ちた。
この話は、残念ながらここで終わりである。
しかし、もしカン達がこの夢凪でまた一騒動起こす事があれば――。
「ちょ、ちょっと待てっての!」
『……政府は本日の国会で、夢凪市の無期限の封鎖を打診……』
――その時は、きっとすぐに――。
ブレイク・カルテット 〜邪鬼眼否定〜
完結
おっかれさんでした
終了一番乗りですね。色恋沙汰はこのエンドで決着ついたのか
ユキでてきてねえし、外伝フラグかこれは
あの烏合の衆に爪のアカウントでも飲ませてやらんとアカンな
ところで、ユーフォニアムってたまにユニフォームに見える
おわったああああ
『ビフォア・カルテット』
バセットホルンは、机に突っ伏して考え込んでいた。
「理事長のクセに、仕事ぐらいしろよ」
「暇はあってもあっても足りないもんだからな。――お、そうだ」
ポルタティフは、何か悪いことを思いついたようである。
「思い出話。しようぜ」
「昔の事は嫌いなんだ」
バセットは、吐き捨てるように言った。
「そう言うなって」
その時、バセットの机の引き出しから何かがはみ出していた。
写真だった。
写っているのは、艶容な姿の女。
「ホラ、もっと掘り下げろ掘り下げろ」
「見んな!」
それは、かつてのバセットホルンだった。
「条件がある。絶対に、笑うなよ。笑ったら、翌朝に学校の中を蛙の卵で埋め尽くしてやる」
「いいぜ。賭け事なら得意だ」
『side: basset horn』
――
「あの煙突、変な色してるよね」
「オレンジポール!」
「は? 何それ?」
「名前!」
彼は、そう言ってニッコリ笑った。
ずっと、このままであれば。
そう、今でも思う。
――
1 本名:シオン
「シオン! もう朝よ!」
「んむー……。日曜日じゃん……」
「今日は天気がいいんだから、ついでにあんたの布団も干しちゃいたいのよ!」
朝から母親にたたき起こされて不機嫌な、シオンという女は、適当に朝食にがっついた。
「あれ? ユウ、今日はお出かけなの?」
「そうだよ。前から言ってたじゃん」
出会いの欠片もないシオンは、なんとなくユウを羨む。
ユウは、シオンよりも二つ年下である。
性別が違えば、性格も異なってくるというか。
「――いいなぁ、アタシもなんかしたい……」
服屋に行っても気が紛れぬ時というのが、たまにある。
今日が多分それだ。
「部屋でごろごろ……できないんだった!」
先述の通り、部屋には布団がなかった。
形骸化されたベッドに腰掛け、読み古したジャンプをゴミ箱に捨てる。
「暑苦しいなぁ……。本屋でも行こうかな」
一転、シオンはパジャマを適当に脱ぎ、着替えた。
「これぐらいが、私には丁度いいのよ」
シオンの服装は実に男っぽかった。髪型と顔と体型が無ければ、男と見間違える人が9割9分9厘9毛だろう。
そしてその艶やかな容姿が、シオンのコンプレックスだった。
前世が別姓だった、なんて思い込みがままにあったシオンは、その意味の分からぬ使命に従い、そのような格好で街に出る事が多かった。
「あ、ユウタ。こんな所で会うなんて」
図書館の前に、友人のユウタが居た。
「珍しいかい? そうでもないだろ。俺はいつもの『アレ』をしに来たんだから」
『アレ』、とはユウタの趣味の写真である。
適当に街をふらついては綺麗な風景を見つけ、写真にその一瞬を過去として閉じ込める。
「昨日、綺麗なのが撮れたんだ。ほら、これ」
それは夕日の写真だった。
夕日が池に反射し、輝きをより増している。
「――綺麗、ね」
陳腐で単純な言葉だが、その写真はそれしか形容する言葉を持たなかった。
どんなに上手いことを言おうとしても、上手く纏まることがない、なんとも複雑な感情を与える。
「写真って、不思議だよな」
ふと、彼がそんなことを呟いたことがある。
「何?」
シオンが聞き返すと、ユウタは「それを待ってました」というような表情で話し出す。
「だって。写真は過去のものとして保存されるんだぜ。写される奴等は、みんな現在に居ながら、写された過去のことを想像して、写真に写ろうとする。これって、矛盾してないか」
その言葉を咀嚼するにはしばしの時間を要したが、なんとなく彼の言いたいことはシオンに伝わった。
「ユウタは、そういう矛盾に携われて楽しい?」
「楽しいさ。めちゃめちゃ」
その彼の表情だけが、シオンを女たらしめていた。
「――さっき、海岸近くで綺麗な場所を見つけたんだ。行ってみる?」
嫌と言うはずがなかった。
「そう言えば、最近女の子が誘拐された挙げ句に殺されちゃった事件があったじゃない。あの犯人、まだ捕まってないんでしょ?」
「大丈夫だ。お前は強いから、誘拐されそうになったら逆襲できるよ」
「――わけ、ないじゃない」
「え?」
シオンが、何かを呟いた。
ユウタには幸か不幸か聞き取れなかったが。
「ううん。行こう?」
「ああ」
――これから始まるそれが、甘みと苦みの二重奏で包まれた数日間であることを、シオンはまだ知らなかった。
1 本名:シオン おわり
おつかれさまです
さてどうなるやら……
2 テンラク
「ここだ、ここ。綺麗だろう?」
倉庫の間を抜けると、そこから綺麗な景色が見える……はずだった。
「太陽が、上手く隠れちゃってるね」
綺麗な入道雲が出ているのは大変喜ばしいのだが、それが太陽と喧嘩していては話にならない。
「うーん。でも、とりあえず場所は分かっただろ? あの変な煙突が見えるって事を覚えておけば、何とかなるだろ」
そうね、とシオンは頷いて、もう一度海の向こうを見やる。
潮の香りが心地よくもあり、ちょっと鼻につくこともあった。
景色が悪くとも、ユウタはシャッターを切った。
『無駄な景色なんて無い』が彼のモットーだったのを、今更になって思い出す。
「そういえば……覚えてる? あの約束」
「ああ……。多分な」
彼は本の虫ならぬ『カメラの虫』となっている。本気で話を聞いているか疑わしい。
「アレだろ。『お嫁に行くときの写真は、俺に撮って貰う』ってんだろ?」
覚えていてくれた。どうやら、記憶力をカメラに依存していないらしい。
「そりゃあ、シオン。写真にだって出来ないことがあるだろう」
「そのこころは?」
「その写真から、その時の記憶を思い出す事。それは、写真じゃなくてヒトにしか出来ない」
「なるほ――」
やっと納得して、声を上げたその口を、ユウタは塞いだ。
「シッ。誰か居る」
何故まずいのかと言えば、仮にもここは私有地である。
近くの人と聞けばきっと寛容ではあろうが、いちおう不法侵入の類だ。
問題にされては困る。
「まずいな。やばそうな人達が居るぜ。こっそり、裏を通って帰ろう」
何があったのか見たかったが、とりあえずシオンはユウタに従って帰ることにした。
裏を抜け、廃倉庫を一つくぐり抜けると、家の近くだった。
「まぁ、色々あったけれども。綺麗だっただろう?」
「うん。とっても」
「それにしても、お前……。もっと、女っぽい格好をしたらどうだ? 姿と服装がマッチしてないぞ」
シオンは、服装は男を目指しておきながら髪の毛は伸ばすなど、矛盾している事が多かった。
そんなシオンは、ユウタにでさえも、形式張った返事を返す。
「私は、男の方が性に合ってる。きっと、前世が男だったのよ。それに、少しでも従うの」
ユウタは、「そうか」と言ったきり、カメラを取り出して何も言わなくなった。
「じゃあさ。もっと、街の方を見て回らない?」
「電気屋だな。デジカメとかを見てみたい」
そう言って、財布を振った。
金は無いけどな、と言いたげだった。
「うわぁ……」
シオンの知識とはかけ離れた場所に来てしまった。
シオンからすれば、物理化学より生物の方が好きだったのだ。
電気がどうとか言われても、機械音痴のシオンには馬耳東風であったことだろう。
「異世界だな。媒体買ったら、今日はすぐ帰るよ」
「すぐ帰るよって……かれこれ3時間はここで過ごした気がするんだけど……」
ユウタの手の中のカードには『1GB \9800』と書かれていた。
気になるけど、質問しても分からないことを察知したシオンは、店の入り口で大人しく待つことにした。
「本屋は?」
「いいね。行こうか」
中では、シオンの趣味に合わせて小説のコーナーに入り浸った。
「お前、こういうの趣味なの? あまりに文字が多いと蕁麻疹が出るんだよな」
どこかで聞いたような台詞が出てくる。
シオンはクスリと笑い、数冊の本を抱えた。
「さてと。ユウタみたいに優柔不断じゃないから、私はさっさと帰ることにするわ」
「むっ。なんだそれ、さっきの俺へのあてつけか」
「そうじゃなかったら、こんなこと言わないわよ」
二人は家路を急いだ。
「あれ……ユウ、まだ帰ってきてないのかしら」
ユウの電話がつながらない。いつも嬉々として電話をかけてくるのに、今日はそれがなかった。
「む。ユウ君、何歳下だっけ?」
「三つよ」
『自分と名前が似ている』ということで、ユウはユウタからもお気に入りだった。
「心配だな……。一端、家に帰ってみるか」
腕の時計は、長針と短針で180度を為そうとしていた。
「いいわよ、ユウタ。家に帰らないと、あなたの家族が……」
「気にするな。深夜帰りは日常茶飯事だ」
ユウタは頑として譲らない。
「じゃあ、ちょっと待って。念のため、もう一回電話してみる」
シオンがもう一度電話しようと思って携帯を取り出した瞬間、その電話が着信した。
「ユウ……じゃないわね。――家の電話だわ」
はて、とシオンは疑問符を浮かべた。
家族に携帯電話を持たない人は居ない。
それに、普段からどんな些細な連絡でも、メールを使っている。そんな家族が、何故今になって家電で?
「はい、もしもし」
『シオン!? シオンね!?』
母親だった。
その声は心なしか切迫している。
帰りが遅いから、心配していたのだろうか。
それとも、町中で事故でも発生して、それに巻き込まれたんじゃないかと確認の電話をしてきたのかもしれない。
「お母さん、私なら心配要らない――」
『違うの! ユウが、ユウが――!』
ショックで携帯電話を取り落とすなんて事は、漫画や小説の中でしか無い。シオンはそう思っていた。
「おい! どうしたんだ、シオン!」
「ユウが……」
怯えと悲しみを同時に帯びた、凄く複雑な顔をしていた。
シオンは、今にも泣き出しそうだ。
「ユウが、誘拐された――って。今、電話が来て……」
「……!」
2 テンラク おわり
ニヤニヤストーリーかと思ったら急展開!
3 変異
よくあるパターンだった。
身代金2億。渡さなかったら殺す。
警察に通報したら殺す。
不審な動きがあればすぐ殺す。
その、メと木とル又で出来た一つの漢字が、シオンの頭頂部から脊髄を通り、股下から枝分かれして両足を貫いていた。
「ユウ……! ごめん、私がちゃんと注意するように言っておけば……!」
「お前が責任を感じる事じゃない! 大丈夫だ、ユウ君は絶対に戻ってくる」
「2億なんて……! 一日や二日で用意できる金額じゃないわ!」
シオンの家はそこそこ儲かっている家だった。
両方ともそこそこの位の銀行員だったりする。
シオンは、部屋に戻ろうとした。
「シオン!」
ユウタの背中が、今はちょっとだけ憎らしく見える。
「――ごめん。今は、一人になりたい」
そう言うと、出来るだけ音を立てないようにドアを閉めた。
シオンは疲労と言いしれぬ重力に圧迫され、ドアにもたれ掛かるように、その場に座った。
『分かった。もう帰るから、これだけは聞いてくれ――』
ドア越しに、ユウタの声が聞こえる。
シオンは返事をしない。
『絶対に、無茶は、するな』
「!」
シオンは心を見透かされたような気分になり、死んだ魚のような目を再度見開く。
『じゃあ。――出来ることがあれば、いつでも気兼ねなく言ってくれ』
足音が、部屋の前から遠ざかっていく。
安心しきったシオンは、ドアノブを支えにして立ち上がり、服を脱いで、ほぼ全裸のまま床につこうとした。
部屋にはベッドメイクがなされており、湿気を吸ってくたくたになっていた今朝のベッドとは、全く違う様子のままで横たわっていた。
さっきの言葉が思い出される。
『――無茶はするな――』
檻を出ようとしたシオンに、足かせが追加されたような気分だった。
『とりあえず、警察に、電話を――』
突然その声を聞いて、シオンは絶望した。
「ダメ……。それじゃあ、ユウはどうなっちゃうの……!?」
そう言って扉の外に出ようとしたときだった。
『!?』
急に疲れが身体を支配し、シオンはその場に再度倒れた。
運動したわけでもないのに、動悸が激しい。
こんな経験、シオンはしたことがなかった。
『よりによって、こんな時に……っ!』
そのまま、シオンの意識は遠のいていった。
――そして目が覚めたのは、翌日の朝。
昨晩に経験したような気怠さは、嘘のように消え失せていた。
そして、昨日起きた出来事を反芻する。
『ユウは……もしかして……』
ドアを開けて、一目散に今へ走る。
そこで、誰かにぶつかりそうになる。
「ごめんなさ――」
顔を上げると、そこには見知らぬ男が立っていた。
「あ、おはよう。君は……シオン君かな」
目の前の男は、新卒のような爽やかさを持っていた。
それでいて、腹に何か色々持っていそうである。
「ああ、シオン。彼は――」
シオンの父のその発言を遮って、男は自己紹介する。
「轍羽サトル。ここらを管轄してる署の刑事さんだ」
「はぁ……。おはようございます」
その適当な反応とは裏腹に、シオンは怒り心頭に発していた。
『あんたたちは、相手の話を聞かなかったの!? こっちが変な動きをしているってばれたら、ユウの命は無いのよ!? それなのに……!』
ズキン、とシオンを頭痛が襲った。
「痛っ」
思わず、頭を抱える。
「大丈夫? ――多分、一番ユウ君を心配してくれているから、その疲れが現れているんだ。無理せずに、学校は休んだ方が良い」
微妙なフォローを入れて、刑事はシオンに欠席を促した。
シオンは脊髄反射で反発する。
「――私にウロチョロされるとそっちが困る、ってこと?」
「シオン!」
母親が、発言をたしなめる。
「いえ、いいんですよお母さん。あくまで、本人の意志の問題ですから」
小馬鹿にしているのか、とシオンはますます憤慨した。
「学校は休む! で、ユウは私が救う! それで文句はないでしょ!?」
「大ありですね。ユウ君を救うのに、貴女一人では雀の涙みたいなものです」
私的な情報ですが、と刑事は付け加える。
「――この事件、前に起きた誘拐事件との関連性が指摘されています。――つまり、」
ゴクリ、とシオンの父母は唾を飲む。
「――時間は、かなり限られていると言っていいでしょう。遅くとも、三日。それまでに見つからなければ、犯人の特質からして多分――、ユウ君は殺されます」
ピロロロロロ
家の電話が鳴った。
「はい……。ですから、必ず……。今、準備をしている最中で……。せめて、ユウの声だけでも……」
その言葉を、シオンは聞き逃さなかった。
受話器に近づいて、耳をそばだてる。
『……オレンジポールだよ! お姉ちゃん! オレンジポール! 痛っ』
「ユウ! ユウ!」
電話は切れた。恐らく、ユウは殴られたか、それに似たような行為をされたのだろう。
ともかくもユウの言葉は、はっきりシオンに伝わった。
シオンは、その言葉と、筆箱の中のカッターナイフをポケットにしまい、家を飛び出した。
「シオン! どこに行くの!? 刑事さんの言うことを……」
「私は、私の信じることをやる! それだけよ」
捨て台詞を残し、シオンはユウタの家の方へ向かった。
「刑事さん……すいません。ああなると歯止めが利かない子でして……」
「いえいえ。あれくらい元気な方がいいと思いますよ。――自分の身を、案じられるならね」
刑事は、口の端で笑っていた。
3 変異 おわり
展開がまったく読めない……!
なのでプラモ置いときます。
┏━┳━┳━━┓
┣━ メ━木━━┫
┣━┻┳┻┳━┫
┣━━ル━又━┫
┗━━┻━┻━┛
4 シオンの命題
「シオン!」
ユウタが学校に行こうとした頃、シオンが目の前を走り去った。
『まさか……アイツ、手がかりを見つけたのか!』
それならば学校にも行ってられない、とユウタは手提げを投げ捨ててシオンの走った方向へ向かう。
道なりに走っていくと、シオンの背中が見える。
なのに、賢明のユウタの全力疾走にも関わらず、ユウタはシオンの背中に追い付けない。
追い付くどころか、寧ろ離れている感じさえする。
『シオン、いつの間にこんなに足が速く……?』
その背中を見逃したら、彼女の無茶を止めることは出来ない。
強い使命感が、ユウタを前へ前へと押し進めるのだった。
その一方で――。
『オレンジポール……! あの、変な色の煙突!』
シオンの考えは、とある一箇所へ直結していた。
『それが見えるのは……、前に行った、あの倉庫群のあった場所!』
倉庫が8個ぐらいあったはずだから、その中をしらみつぶしに探せば、すぐに見つかる。シオンには、確信があった。
「それにしても……こんなに走ってるのに、全然呼吸が楽だわ。私、こんなに鍛えてたかしら……?」
ユウへの想いが、私に力を与えているのかもしれない。
シオンは、とりあえずそう考えることにした。
倉庫群が、数メートル先に見える。
町外れなだけあって、潮の香り以外は、虫すら居ない。
『でも……ユウは言った。正しければ、絶対ここにいる』
キョロキョロとしていると、案外速く見つかった。
こんなクソ暑いのにスーツを着こんだ男がうろうろしているなんておかしい。
シオンは、ドアの前で様子をうかがう。
「やっぱ、金なんか期待できないんじゃないすか」
「いや。こんな片田舎の中のあの家だ。絶対、どこかに金を持っているはずだ」
「ダメならガキの脳みそに空気穴を作って、トンズラすればいいだけだ。そうだろう?」
一瞬、その場がシンと静まりかえる。
「ほら、さっさともう一回コールしろよ」
その声で、慌てて男は携帯電話を取りだして電話する。
「そういや、逆探知されたりしたらどうするんすかね」
「だから、警察が来てないかどうかたまに張ってるんじゃないか。まぁ、ここには逃げ場が色々あるからな。お前にも言っただろう? ここの奥の部屋に、下水道に通じるマンホールがあるんだ。そこを通れば、近くの公園に出られる」
「そんじゃま、とりあえず」
送話口にはボイスチェンジャーがくっついている。
「よう。金の用意は出来たか?」
悠々としていた男の表情が、次の瞬間に凍り付いた。
「……何だと? 今お前、なんて言った?」
電話をしている方が狼狽している。
何があったのだろう、とシオンは訝しがる。
「――破談か。残念だ」
そう言って電話を切った瞬間、男は電話を床に叩き付けて壊した。
「クソが! 『金を用意できなかったから、息子の命はくれてやる』だとよ!」
シオンは愕然とした。
あの父や母がそんなことを言うなんて、夢にも思わなかった。
「……高を括っているんじゃないのか? そんなことを言ったところで本当に殺すと思われていない、とか」
別の男が拳銃をさすりながらニヤリと笑う。
「じゃあ、現実を知らしめる良い機会じゃないですか。ここは俺が一発」
「いや、俺にもやらせろ。さっきの電話で俺はイライラが収まらねぇ」
「落ち着け。ここは三人で仲良く一発ずつ、ってのはどうだ」
ユウは、そんな恐怖の会話を余所に眠っている。
気絶しているのかもしれない。
「なるほど、妙案だな」
「妙案でもなんでもないだろ。お前の脳みそにはチョコホイップでも詰まってるのか?」
「まあとにかく。まず俺から」
拳銃を、ユウの額に当てる。
「恨むなら、親御さんを恨めよ――」
ガシャアン。
その時、何にも無い廃工場に乾いた音が響き渡った。
「ユウを……返してっ!」
シオンはそう叫んでから、死を恐れることなく走り出した。
「な、何だ!?」
目の前の物体目掛けて、男は銃弾を放つ。
瞬間にシオンは屈み、すんでの所で銃弾を避け、そのまま男の身体にタックルして、思いっきり吹き飛ばした。
手から拳銃が落ち、男は一瞬だけ動けなくなる。
「ほほう。噂に聞いていたこのガキの姉貴か。随分と威勢の良い――」
別の男は、感心しながら頷いているとき、不吉は訪れた。
ガラスが割れるのとは違う、火薬の臭いと乾いた音。
それは、シオンの目の前で起きた。
胸が熱い。痛い。
大事な大事な左胸に、赤い印が出来、段々と広がってゆく。
「う……そ……」
「馬鹿野郎! 女子供に向かっては撃つなって、あれほど言ってただろうが!」
「す、すんません。あのままだと兄貴もやられるように見えて……」
「だから、お前の脳みそにはチョコしか詰まってないって言ったんだよ!」
「シオン!」
ユウタの声が聞こえる。
聞きながら、シオンは段々と意識が薄れるのを感じていった。
頭が上手く働かない。もうすぐ、自分は死んでしまう。
――今際の際に於いて、そんな陳腐で短絡的な反省しか、シオンには浮かんでこなかった。
「シオン! 起きろ! 起きてくれよ!」
「ユウ……タ……」
差し伸べられた手は、しっかりとシオンとユウタを繋いだ。
そしてそのまま、ゴム手袋のようにぐにゃりと下がり、もう起きあがらなくなった。
シオンは、最後に最愛の男の名を呼んで、力尽きたのだった。
4 シオンの命題 おわり
5 ニンゲン、ヤメル?
シオンの願いが浮かんで、消えた。
『ユウを救って、またあの日々を取り戻すの』
そのシオンの誓いに、嘘は無かった。
『私に足りなかったのは何? 命? それとも、力?』
シオンは振り払う。
『……全部よ!』
喩えこの命が尽きて思念だけに成り果てようとも、絶対にユウを救う。
『私は誓う。例えその時私の姿が人に有らずとも、私はユウを救う! だから、私に今一度チャンスと力を!』
二度言った。もう十分だろう、神様。
そう思った途端にカッ、と急に辺りが眩しくなってきた。
――そろそろ、目覚めの時間だ。
「シオン! くっそおおおおおおおお!」
「悪いな、兄ちゃん。あんたもここに来た時点で目撃者。詰まるところ、あんたにも死んで貰うしかないんだわ」
「兄ちゃん!」
ユウが目覚めていた。姉の亡骸と、それを抱える兄のような存在に、必死に呼びかける。
「――俺は殺してもいい。だが、ユウ君だけは――!」
立場が下なのに、ユウタは相手を圧倒する剣幕で訴えた。
「分かった分かった。――お前が死んでからなら、考えてやらないでもない」
ユウタの顔に、無慈悲な鉄製の『死』が突きつけられる。
――しかしその死は、ユウタの顔の前で止まった。
拳銃を、誰かが素手で掴んでいる。
誰の手だ? ユウタは、その手の生えている元を見る。
「ユウタを……、ユウを……返せ!」
手の持ち主である見慣れない男子が、そう叫んだ。
バランスの取れた身体にクールな声。
髪は短く、シュッとした鼻筋に中性的な顔立ち。
声は低めで、落ち着いた印象を与える。
しかしながら、その左胸の辺りは血で汚れている。
そして、さっきまでユウタのそばで事切れていたシオンの姿は、もう無かった。
「まさか……!」
彼が拳銃を取り上げようとすると、銃が火を噴いた。
一瞬、その男子は顔を歪める。
すると、左手から噴き出した血は、一瞬で傷口ごと消し去られてしまった。
後には傷跡も残らない。
「一度死んでから……出直してこいっ!」
美男子はそう言って相手の顔面と腹に拳を一撃ずつ加えると、男は一瞬で倒れた。
「シオン!」
「ただいま。……そして、ごめんなさい」
目の前の美男子は、確かに自分をシオンと認めた。
どう見ても、さっきまで居たシオンとは違いすぎる。
性別、体格、声から全て。
ユウタは、ただ目の前の現実に開口するしかなかった。
「てめぇ……! いきなり、なんだってんだ!」
ユウを人質に取ろうとしたのを、シオンは見逃さない。屈んでから一気に走り出す。
男の下半身にタックルし、押し倒す。
「くそっ!」
バン、と銃弾がシオンの身体を掠める。もう一度、シオンが男に向かって拳を振り下ろそうとした時。
「痛いよ……お姉ちゃん……痛いよ……」
「ユウ!」
ユウの右目の辺りが、紅く染まっている。
シオンを掠めた銃弾は、ユウに当たってしまったのだ。
「うう……うううううううううっ!」
それで何かが弾けたのか、チキチキチキとシオンはポケットに入っていたカッターの刃を出す。
シオンは、男に馬乗り状態なのだ。
激昂状態の彼がする事と言えば、決まっている。
「シオン! ダメだ!」
気絶寸前の男に、軽すぎる死が落ちてくる。
「はーい、そこまでだよ」
キッとシオンが振り返ると、そこには、また別の男が立っていた。
朝に見た刑事、轍羽サトルがそこにいた。
目の前の拳銃を奪い、喉元に押しつける。
「見逃してやるから、ここから去れ。後々、お前らの組ごとすり潰してやるから覚悟しろよ。足を洗うなら今の内だ」
刑事はそう言って、男を全員押し返した。一人は気絶していたので、マンホールの中に突っこんだ。
一仕事終わったとばかりに、刑事は汗を拭く。一々仕草が格好良い。
「めっちゃ二枚目だなぁ。これも邪鬼眼の成せる技か」
シオンにとっても聞き慣れない言葉だった。
「それよりも……ユウを……」
失明していたらどうしよう。私の不注意だ。シオンは、ひたすら自分を責めた。
「あー……。これなら、大丈夫だな。瞼がちょっと切れてる程度だ」
それを聞いて、張り詰めた糸のようだったシオンは安堵する。
「ちょっと待った。この状況を、俺に説明して欲しい」
ユウタだった。
「どこからだい、シャイボーイ」
「シャイじゃないっす。……シオンは、何処に行ったんですか」
「シオン? ずっと居るじゃないか、ここに」
そう言って、轍羽は横の美男子を叩く。
「シオン……! 君に、一体何があったんだ? ……いや、恐らく僕にも君にも理解できない事なんだろうけど――」
「死、とは――。自分の身体を捨て去った証だ。こいつはそう言う意味では『ヒト』じゃないし、もはやどんな姿で生きようと自由なんだ」
「自分にも……よく分からない……。気がついたら、相手を攻撃してて……」
シオンは、ボソッと呟いたきり、ユウの方を見つめたきり何も言わなくなった。
そのついでに、轍羽刑事は色々と話した。
邪鬼眼の存在。
シオンはもう死を忘れてしまったこと。
「納得できないとは思うが、これは世界の真実の一部だ。寛容になることもたまには重要だ。――さて。そろそろ帰らないと、本当に警察に電話されちまうな」
「戻れない」
「?」
「女に、戻れなくなった」
しょうがねぇ、と轍羽は立ち上がる。
「今回の事情と、これからについて話さなければ。ちいと、これからお前は忙しいぞ」
「それじゃあ、行きますか」
シオンは、ユウをしっかりとおぶっていた。
『もう、絶対に離さない』
その、誓いと共に。
5 ニンゲン、ヤメル? おわり
>>2 今気付いたけどTANTさんが居てはる・・・・
>服を脱いで、ほぼ全裸のまま
詳しく
>「それじゃあ、行きますか」
これ誰の台詞ですか
いやぁ、初期のブレカルと比べると大分読みやすくなってた
動作の描写が丁寧になってるからかな。ようわからんけど頭に入って気安くなった乙でしたっと
むぅ……そうくるか
6 I'm here
――事が起こる数分前――
「あなた……! 勝手にそんな事言って、ユウはどうなるんですか!?」
交渉の電話に出たのは轍羽だった。
勝手に息子の命を粗末に扱われて、激昂しない親が居ないはずがない。
「落ち着いて下さい、向こうでは『時間稼ぎしてくれているはず』ですから、ユウ君の命は安全です。ただ――」
そこで、轍羽は話を切る。
「ただ、何ですか?」
「ええ。娘さん――シオンさん――についてですが。――命は絶対に助かると思いますが、おそらくあのままのシオンさんを見るのは、ほぼ不可能かと――」
轍羽は、ただその意味深な言葉だけを残し、現場に向かっていった。
――そして。
「シオン……? 本当に、本当にシオンなの!?」
轍羽の言っていたことが、断片的ではあったが、分かった気がした。
「……」
シオンは喋ることなく、負ぶっていたユウを下ろす。
「ええ、『彼』はシオンさんです。ですが――。誠に申し訳ないのですが、『なぜこのような事になったのか、本人に問いただすのはやめて頂きたい』とだけ申しておきます」
轍羽はそのままシオンの親と数分話し込んだ後、シオンに一通の手紙を渡して去っていった。
『夢凪学園への、転入届……?』
さらに、手書きの文字が載った手紙がはらりと落ちた。
シオンは、それを読みふけり、考えることで一夜を明かした。
――そのまま、一週間が過ぎた。
新しい自分に馴染めていたのは、結局自分だけであったのだ。
ユウだって、明らかに自分に戸惑いを覚えていた。
それが、シオンに対する一番の棘であることを知っていたユウの振る舞いが、尚更シオンには虚しく、悲しく見えたのだった。
「ユウタ。カメラ、持ってきて貰える?」
シオンはその間、一日も学校に行かなかった。
元々出来はよい方だが、流石にここまで休むと大変だ。
「ああ」
事情を知っているユウタだけが、そうやって発言できる。
晩夏の気だるい熱さが、ユウタの背中を刺す。
そんな中、シオンは女性の姿で立っていた。
その服は、まるで金持ちの家に住む令嬢。白が基調の服で、黄色のリボンがワンポイントで付いている。
「約束を果たす時、っていうのかな。ちょっと早いけど――。写真、撮って貰える?」
「――ああ。いいとも」
ユウタは疑問を呈すことなく、カメラを構えた。
「そうそう。もうちょっとそっち向いて。――綺麗だ」
シオンは、目を瞑ったまま何も言わない。言葉を噛み締めているのかもしれない。
「私ね――。ここ、出て行くことに決めたの」
「うん」
ユウタはただシャッターを切り続ける。
「多分――、もう会えないかも」
「うん」
さっきより、少し強く聞こえた気がした。
「ユウのこと――。きっと、私が居ないと泣いちゃうから、あなたがお兄ちゃんになってあげて――」
「いいのかよ」
今度は、シャッターを切る手を止めて言った。
「しょうがないのよ。私の事、もうだいぶ広まっちゃったみたいだし――。私がこれ以上ここに居たところで、ユウもユウタも迷惑するだけ」
「いいのかよ!」
ユウタが、急に声を荒げて言う。
「ユウ君は、お前の家族なんだぞ! 俺が居たところで何になるってんだ! ――それを軽々しく押しつけて……! お前やお前の家族が許しても、俺が許さねぇ!」
「わた……私は……」
見たことのないユウタの姿に、シオンは少しだけ狼狽する。
「写真――、後で送ってやる。それで、その時からもう俺とお前は他人同士だ」
シオンの動揺を気にすることなく、そんなセリフを吐いて、ユウタは肩をいからせたままその場を去った。
シオンは、その怒りの発端が分かるからこそ、何も出来ずに立ち尽くすことしか出来なかった。
結局、翌日の出発の日にはユウタは来なかった。
家族も居ない。ユウは、ギリギリまで学校を行くのを渋ったが、母親に強制的に行かせられてしまった。
『お姉ちゃんがどうなったって、お姉ちゃんは僕の家族なんだもん!』
最後の最後に、ユウからそんなセリフが出てきた事に心底ビックリした。。
今までの家族の行為には少々苛立ちめいたものもあったが、ユウのこの行為に嘘は無かった。少なくとも、シオンはそう信じていた。
「……十時発、夢凪行きの列車が……』
シオンは、どっちの姿で行こうか迷ったが、服は男、姿は女のままで行くことにした。
そして、本当にやってくれるか心配だったユウタの写真は、無事にポストの中に投げ込まれていた。
「随分と写真の量が多いわね……。こんなに撮ってたかしら?」
車内で、シオンはユウタの包みを開いてみた。
写真が15枚ほど入っていた。どれもよく撮れている。
そして、もう一つ。少し大きめの箱が出てきた。
「これは……」
眼鏡だった。
手紙が同封されている。
『君が居なくなることを、本当に寂しく思う。だから、この手紙を書く。
先日は勝手なことを言って悪かった。
あれがきっと僕の正直な感想だったんだと思う。戸惑っただろう。僕も戸惑ったさ。
でも、これだけは言える。
ユウ君は、君や自身にどんな事があっても、君の事を忘れない。僕がそうだから、そうなんだ。
だから、心配しないで欲しい。
それから、僕は最近視力が落ちてきたので眼鏡を買うことにした。
これに入っている眼鏡は、僕と同じフレームだ。レンズは度が入っていないから、君でも問題無いはずだ。
君がもし僕の元へ会いに来たなら。ぜひその眼鏡をかけていて欲しい。
どんな姿をしていても、その眼鏡さえ有れば、僕は君が君だと判断できる。
君の向こうでの活躍を、こっちでユウ君と一緒に祈っている。
最愛のヒト シオンへ』
眼鏡をかけてみる。
――何故だろう。
ガラスで出来た即席の鏡の向こうの自分は、何故か涙を流していた。
「どいつもこいつも、バカばっかりよ……!」
シオンは、誰も居ない車両の中で、独り噎び泣いた。
6 I'm here おわり
7 To be continued…
「よぉ。新人君」
「あんたは……」
今ではお馴染みの、イメルストレフとポルタティフだった。
「こっちではその姿で通すのか?」
眼鏡を上げて、シオンは答える。
「もちろんだ。ここに居るシオンは男。それに疑問を感じる人は、ここには居ないだろう?」
最初の一年は、特に問題もなく過ごした。
その後、シオンは自身の邪鬼眼の研究を始め、自分の邪鬼眼の幅広い性能を知るに至った。
「どうだい、偽イケメン?」
「うるせぇな。黙ってろよ。データが飛ぶ」
それは、かつてのレンだった。
レンとシオンの関わりは、袖の擦りあいよりは強いものであったが、そこまでだった。
しかし、レンの人の過去を詮索しようとせずに付き合う姿が、シオンにこの上なく好ましく思えた。
ユウタと、どこかを重ねていたのかもしれない。
そんなレンも、急に夢凪を去ってしまった。
原因は、シオンをもってしても不明だった。
死んだかどうかも定かではなかったが、一ヶ月も経てば、もはや死んだということで意見は一致した。
変化は翌々日だった。
『通達……?』
それは、夢凪に住む者全員に出された通達だった。
かつてのサンジェルマンが二度と襲ってくることの無いように、それぞれが名前を秘匿し、通称で生活するという事だった。
『バセット、ホルン……。これが、名前……?』
いささか疑問ではあったが、そこに異を唱える人は居なかった。
恐らく、サンジェルマンの事をみんながみんな知っていたからであろう。
「――とまぁ、こんな所か」
そして、ようやく今に至る。
「……なんか、悲しすぎるな」
「カン!? お前、いつの間に!」
どうやら、他の奴等も立ち聞きしたりしてなかったりで、どこかから鼻を啜る音がする。
「お前ら……! 俺の過去を知った罪は重いぞ!」
バセットは帰路に着いた。
白色の街灯が照らす漆黒の道は、今日のバセットには重々しい。
「……今日は、アニメもやってねぇのか。つまんねぇな」
バセットはケータイで番組表をチェックして、すぐに切る。
だから、こんな夜は――。
バセットはもう一度ケータイを取り出し、とある番号にかける。
「もしもし? ええ、私。シオンよ。久しぶりね」
今この時だけでも、ヒトでありたい。
そう願う、シオンとバセットホルンだった。
ビフォア・カルテット side: basset horn
おわり
唐突に終わりか
面白かった。眼鏡なんか吹いたわ
しかしアレだな。こっちは読みやすいし状況が分かりやすい
頭にすんなり入ってくる。短い気もしたけど、これはこれで丁度良い長さに見える
改めてお疲れさん。バセットイイトコ取り
来週末に、何かが起こるかもしれません
すんごい遅くなりましたが読ませていただきました。おつかれさまです。
なんていうかもう……バセットまみれじゃないですか!
なにこのいい話! にくい!
Q
U
A
R
. A F T E R
E
T
アフター・カルテット side:girls?
1 Appointment
鬱屈な朝が来た。
空は適度に淀んでいるが、太陽はその隙間から器用に顔を覗かせている。
「太陽め……。今日ぐらい休みやがれ」
太陽に讒言(ひがごと)をしている、フォルテピアノ……略してフォルテは、夢凪学園に通う生徒の一人である。
彼の最近の懸案事項は、ただ一つ。
最近になって、学園内で段々と知名度を上げてきている部活動があった。
それは、かの『邪鬼眼管制塔』。あの邪鬼眼を管理統制しようというふざけた名前の部活動が、何故認められているのか。
フォルテにとってはそれが甚だ疑問だった。
「理事長の依頼で出来たらしいわ。だから、メンバーにも間違いなく理事長の息がかかっているでしょうね」
そんな管制塔の中でリーダーを誇っているのが、ちょっと前に越してきた、カンとかいう奴。
なんでも、『邪鬼眼を無効化する』力を有している、珍しい邪鬼眼使いだとか。そんな理由だけでチヤホヤされている事も、フォルテにとっては我慢ならなかった。
何で俺だけ。不遇すぎる。
ただの羨望ではない。フォルテの邪鬼眼も、使いようによってはそのカンに引けを取らない程の邪鬼眼であった。だからこそ、カンが特別扱いされるのが気に食わないのだ。
それを、『拳闘の誓い(マルチ・ハンドテック)』という。
フォルテが誇っているのがこの固有邪鬼眼。
ジャストタイミング(とは言うが、実はかなりシビアであるのをフォルテは知っている)にこの攻撃を放てば、邪鬼眼の攻撃は跳ね返す。
さらに、本人を攻撃すれば、有利な効果はほぼ打ち消す。
飛び道具も持たず、使うのはこの拳のみ。
それが、フォルテの気性とピッタリであった。
「腹が減ったな。街に出るか」
「ちょっと待ったっ!」
フォルテを呼び止めたのは、イリアン・パイプスだった。
新聞部に通っているとか通っていないとかで、普段も目にすることは滅多にない。そんな彼女のお気に入りが、フォルテだった。
「何だ、チビ女」
「チビって言うなっ! 街に行くなら、デパート行きましょ、デパート!」
それを聞いて、フォルテは両手で『やれやれ』をしながら言う。
「人がごみごみしてる所は、あんまり好きじゃ――」
「Nothing more to say! 黙って私に付いて来なさい!」
こうなると、もはやフォルテに選択権はない。
なので、意外と二人の居る時間というのは多いのだった。
「はぁ……今月も厳しいっつうのに……」
そしてやはり、そう言いながらもついて行ってしまうフォルテの姿があった。
1 Appointment おわり
きたー
イリアン! イリアンじゃないか!
2 Queen is looked up to says…
「あんた、どのくらいバカかって言えば130バカぐらいバカね」
意味不明な単位で相手を言葉攻めしているのは、ヴィオローネだった。
とはいえ、彼女は好きこのんで相手を罵倒するほど人間が出来ていないワケではない。
「カン、学校に来なかったわね結局」
ヴィオローネが、さも残念そうに言う。周りの女子も同調して残念そうに言う。
放課後の教室は嫌に閑散としていて、夕日のオレンジが机を焼き尽くしている。カンへの焦燥感が、女子の心にさらに油を注ぐ。
「無断欠席ですか。それは良くないですね、私が看病しに行かなければ」
スピネットが、うざったく眼鏡を上げながらそう言う。この女子は一番カンの事を気遣っているつもりなのだろうが、それを行動に移されたなら恐らくは――
「カンは、120%どころか400%ヤンデレルート突入だな」
ボソッと皮肉を呟いたのが、バセットホルン。
なるほど納得、その言葉には信憑性がある。
実は彼は元女、現在男という奇妙な遍歴(変歴)の持ち主なのである。
その方の方々には残念ながら、彼はニューハーフとかそういう事ではない。……しかしがながら、そこを掘り下げると長いので割愛させて頂こう。
「ちょっと! 私がナイフ持ってカンの事刺すように見える!?」
「見える。見え見え。見えすぎる。――はい、他の二人の分も代弁しておいたぞ」
バセット特有の、言葉虐めモードが始まった。
「二人とも酷いです!」
「落ち着け。まずは、カンの所に行くのが先だろうが」
「そう言えば、頼りになるお兄ちゃんは?」
最後に出てきたのがユーフォニアム。
カンの幼なじみという、最強かつ最大の軋轢をキープする女である。
彼女にかかれば大体の邪鬼眼使いは完膚無きまでに叩きのめされているのだろうが、彼女の邪鬼眼は生憎と充電中である。
ユーフォニアムはその件で、この界隈の裏の女王となりかけていた。敵に回せば恐らく秒殺は間違いない。
彼女はそれほどの邪鬼眼を所有している。
「兄貴ならさっきポルタティフと一緒にどっか出かけていったぞ。バイセクシャルじゃなけりゃ、きっとまた外に出たんだろう」
兄は事情を知らなそうだ、ということで全員の意見が一致したところで、ヴィオローネの電話が、メールを受信した。
「カンからだわ」
その言葉で、音よりも早く全員がそこに集まる。
「なんて書いてあるの?」
そこには、顔文字も無く、デコってもいない、酷くフォーマルな文面があった。
『女物の服とかあったら貸してくれない?』
はぁ、と女子が溜息を吐いた。
……それに含まれる意図は三者三様ではあったが。
「とうとうあいつもそういう趣味に走って……」
「二枚でも三枚でも……むしろ私ごと……」
「カンに親戚なんて居たかしら?」
これしきの端的な鉤括弧で、誰が発言したのかが分かってしまうのが恐ろしくも悲しい。
「分かった。とりあえずカンの家に行ってみよう。――あ、お前らは下着を1枚ずつ持参な」
バセットの傷が、3つから9つに増えた。
四人は、学生寮に居た。
「カンの部屋って何号室だったかしら?」
「801です。本人が嘆いていたから覚えてます」
「むしろ山有りオチ有り意味大あり、だったな。ここ最近は」
バセットがそう呟いて感心しているのだが、女子にその意図は伝わらない。むしろ、伝わるまい。
「持ってきたのか? 結局。――えぇと、下着」
バセットが言うのを躊躇ったのは、羞恥ではなく、殴打への恐怖からだった。
「あんたもよ、バセット! 少しは戸籍を元に戻そうとしなさいよ!」
やなこった、とバセットは舌を出す。
「そんなもん持ってないし、なんで俺がそんなのを身につけなければいかんのだ」
「あんた……。もう、いいわ……」
二人の痴話喧嘩がバセットの大勝に終わったところで、その801号室に着いた。
名前の部分の『チーフカンマートーン』という文字が太い二重線で消されていて、その下に『カン』と書いてある。
「『カン』だけ残せばいいものを、全部消したのか。どこまでもアホだな」
「カン。来てあげたわよ。さっさと開けなさい!」
まるで立てこもりの強盗犯である。これでは余計に出る気が削がれるではないか。
「まぁまて。こういう時は、大抵ドアにカギが掛かってないのがお約束なんだ」
そう言って、バセットはドアノブに手をかけ、一気に引く。
『開け――!』
それが2ミリほど動いたところで、バセットの開閉行為は阻まれた。
「カギ、ちゃんと掛かってますね」
「クソがあああああああああああっ! 俺の策略が台無し――」
そこで、バセットは口を噤んだ。
聞こえてしまったか? 嫌な疑問が脳裏を公転する。
確かめようとして、後ろを振り返った。
「あなたの思っていることを言ってあげましょうか? 『もしかして、バレたんじゃね?』でしょ」
時、既に遅し。バセットはしっかりと地雷を踏み抜いてしまったようだった。
「オイラ、エイゴ、ワカラナイアル」
「誤魔化してるんじゃないわよ! 今なんて言おうとしたのか、一字一句包み隠さず話しなさい!」
「だだだだだから、全部俺の策略で――」
「もっと具体的に!」
ヴィオローネが、バセットの襟首を掴んで四方八方に揺さぶる。
そろそろ意識が吹っ飛ぶかなと思われたとき、救いの声が現れた。
「お前ら、俺の家の前で何してんの? 近所迷惑にも程があるぞ」
その口調は、ほぼ間違いなくカンだった。
そう。カンなのだが、何かがおかしい。
何がおかしいかと言えば、トーンがおかしい。
声域が高くなっている気がする。
テノールとかいうレベルじゃなくて、ソプラノとかそこら辺のレベル。
「カン……? あれ、私ったら目がおかしくなったのかな。カンが女に見えるわ」
「だったら私も。眼鏡が熱でおかしくなったのかもしれません」
「最近、色々あって疲れてたからきっと……」
「お、カン。なかなか可愛くできたじゃないか。やっぱり俺の配合は完璧だったか」
その声を聞いた目の前のジャージ姿の女は、突然脱兎の如く走り出し、羞恥も何もかも無視して全員の前で一気に跳躍した。
「犯人はやっぱりてめぇか、バセットホルン!」
次の瞬間にその女は、眼鏡が潰れるかと思うほどの跳び蹴りを、バセットの脳天目掛けて放っていた。
2 Queen is looked up to says… おわり
!?
一体何が起きたのか!
3 Upstair
「全部俺が悪いんだ。殴るなら、好きなだけ殴れ」
「もう好きなだけ殴った。と言うより、出血するたびにお前の生傷が治っていって、不気味なんじゃ!」
カンはそう言ってさらにバセットの頬を殴ったが、次の瞬間にはケロッとしている。
誠に残念ながら、眼鏡は既に原型を留めていない。
「っていうかコレ、あんたの思い出の品じゃなかったの?」
そう。バセットの昔の友人の品だったはずなのだが、こうもあっさりと破壊されては、こっちも気まずい。
しかし、バセットは全く怒ることもなく返答した。
「それなら、こっちに来てすぐトイレに落としたから、そのまま流して捨てたぜ。今のは代用品だ」
デリカシー0ね、とユーフォニアムが呆れる。
「俺のせいじゃないんだから、デリカシーもクソもないだろう」
何時の話であるのかは今の話からは推測不能だが、おそらくかなり昔の事なんだろう。
今更夢凪のトイレを掘り返した所で無駄だろうな、とカンは思う。
「ところで、だ。俺のことはどうなるの?」
そして、ようやくカンは本題に入った。
「正直、上手く行くと思わなかった。お前は『邪鬼眼否定』を持ってるから、この程度の邪鬼眼じゃ効かないと思ったんだが……。功を奏して、じゃなくて、酷い結果になってしまった」
カンはそのか細く白い腕からは想像できないほどの力で、バセットの胸ぐらを掴む。
「いつだ? いつ、こんな事をした」
「寝た後にこっそりとですね。『侵食(パラサイテーション)』でお前に女のデータを突っこんでみましたべぼぁっ」
カンの手はバセットの頭に移り、正座していたバセットの顔面をそのまま地面に叩き付けた。
「元に戻せ」
「戻るなら、とっくに戻ってるだろ。お前のそのポン刀は何のためにある?」
カンの、邪鬼眼を無効化する刀は、確かにそこにあった。
「……そういや、何もないな」
それを人は、機能不全(こしょう)と呼ぶ。
「だから、効き目が切れるのを待つしかないってワケだ」
「それが何時なのか分からないから困ってるんだろうが!」
そう言うと、バセットはカンをなめ回すように見て、言った。
「あー……多分、概算で5日はそのままかな?」
「五日も!」
喜んだのはスピネットである。
「とりあえずだな。五日も学校を休んだらそれはそれでマズイんだ。どうするかな」
「じゃあ、こっそり授業に出ちゃえばいいじゃない。別人として」
「もちろん、対策は考えてあるさ」
カンはそばにあったクローゼットを開けて、中から何かを取り出した。
「じゃあ、今からスピネット殺しの呪文を唱えまーす」
カンは女の可愛い声でそう言って、あるものを頭に付けた。
狐耳のカチューシャだった。
どこから手に入れたかを聞くのは野暮というものか。
そしてカンは、それを着けたまま、女の子っぽく喋った。
「あたし、『コン』。好きなのはうさぎと、うさぎの形に切ったりんご」
その威力、超ドレッドノート級。
「ちょ……スピネット!? ――あちゃー、こりゃもうダメだわ」
同時にスピネットが、全身の骨が抜け落ちてしまったかのように昏倒した。
しかもその顔は、死んでいるかのように安らかなまま。
3 Upstair おわり
4 A plan to dress K"o"n up
「スピネット、完全にグロッキーよ。やりすぎじゃない?」
「あいつが居ると、色々と困るだろ。服選びとか」
カン、ユーフォニアム、バセット、ヴィオローネの四人は、西区のデパートに居た。
「服のセンスが無さそうに見えて悪かったわね」
たった今、それを訂正せねばなるまい。スピネットの復帰により五人、である。
「そんな事言ってないだろ。目が覚めたらゴスロリになってる、とかそういう意味で困る」
「それにしても、やっぱデパートは涼しいわね。何時までもここに居たいわ」
「嫌だよ。さっさと選んで帰ろうぜ」
この場でトイレには行くまい、とカンは誓うのであった。
服のセンスは、やはり人それぞれだった。
「あのな。どうせ五日間なんだぞ? なんでそんなに山の如く買うんだ、お前らは?」
「あのね、コン。女の子は五日間あればこれくらい軽く着こなしちゃうものなのよ」
女のカンの名前はコンで定着してしまったようだ。
「俺は最初から最後まで男だ!」
コンは、説得力に欠ける可愛さを持ち合わせていた。まさに、野に咲く一輪の花の如し。
そんなのが「俺は男だ」と言い張ったところで、萌え要素にしかならない。
「さ。家に帰って着てみましょ! ここ、暑いからさっさと帰りたいし」
そう。何が起きたのか、さっきからデパート内は恐ろしく暑かった。
人がごみごみしているのもあり、温度も湿度も尚更高まっている。
「さっきまで涼しかったのに……空調が壊れたのかしら」
そういって、服でバタバタと仰ぐヴィオローネ。
色々と見えそうになったので、カンは慌てて視線を逸らした。
「そ……そう、だな。とっとと……とっとと出よう」
「カン、顔真っ赤よ。やっぱり、根は男なのね♪」
「違う違う違う! そんなんじゃない、決してそんなんじゃないっ!」
今目に見えている映像を誤魔化そうとして、カンは『探索』で人混みの中を眺め回した。
邪鬼眼が、それぞれの人の中にある。しかしどれも光っていない。つまり、アクティブではないようだ。
――その中で、カンはひときわ輝く光を見た。
その色は、血のような紅とは程遠い、チューブから出た絵の具のような『赤』。
それを危険と捉えずして、何と捉えればよいのか。
「……! スピネット! 障壁を張れ!」
「え!? こんな所で張ったら、他の人が――」
「いいから早く! 時間が無――」
ドン、という音と、ガシャンという破砕音が同時に響き渡った。
ブティック店の一角の、『何もないところ』から爆発が起きていた。
200(^ω^)
4 A plan to dress K"o"n up おわり
>>200 ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
ぉっ(^ω^)
5 Fear not!
「帰るぞ」
「えー。もっと居たい」
フォルテは、家の服が十分足りていると言い張ることでそれを言い訳にしようとしたのだが、イリアンのトークの前に完敗したのだった。
そのイリアンと言えば、色々と見られて満足げである。……試食をつまみ歩く姿は、小学生かそこらを彷彿とさせたが。
「おやおや? あれは、邪鬼眼管制塔のご一行じゃありませんか」
「何?」
気になる単語を聞いて、ピクリとフォルテの背筋が伸びる。
カンとは一体何なのか。そもそもどんな容姿をしているのか。
男だという事は分かっているものの、体型や顔も分からない。
そして何より、どれくらい強いのか、確かめてみたい。
フォルテが、もし今サンタや七夕に捧げる願い事カードを持っていたとしたら、ほぼ間違いなく、何のためらいもなく「カン」と書くだろう。
「カンに会いたい、って言ってたよね? 今は居ないみたいだけど……聞いてみる?」
なにより癪なのは、『イリアンがカンを知っている』ということだった。
彼女から聞けばいいじゃないか、とはフォルテでも思った。
しかし、目的を聞かれた時にどうするのかなどを考えたとき、ゆくゆくはフォルテの自尊心に泥を塗る結果になるのが見えていた。
プライドの為に、フォルテは孤独を選んでいた。
「いや、いい。やらなくていい」
出来れば、道端で出会ったところで殴り合う、それくらいの情景の方が格好がつく。
「でもさぁ。肝心なカンの顔、知らないんでしょ?」
一応、不測の事態の時のため、イリアンには写真をよこせと言っている。
しかしそう催促しているのに、一向に写真をくれる気配がないイリアンもイリアンなのである。
一方そのイリアンは、フォルテをやや強制的に引っ張って、その女達の輪に入ろうとしている。
「お、おい……」
「みなさーん。こんにち――」
その時だった。
ドン! という爆発音が響き、次の瞬間にはショーウィンドウのガラスが砕ける。
元の姿を保とうとして一瞬だけ原型を留めつつも、その次の瞬間には、破片が透明な槍と化してこちらを狙っていた。
「伏せろ!」
誰かの声が聞こえたので、フォルテは脊髄反射(ほんのう)でその場に身を伏せる。
『何もないところから爆発。邪鬼眼か……!?』
とりあえず、顔など重要な箇所にガラスが刺さらないように、フォルテは顔を伏せることに専念した。
闇雲に逃げて格好の的にされるくらいなら、そっちがマシだと判断したのだ。
……いくら経っても、ガラスの落ちる音がしない。
何事かと顔を上げると、なんとも不思議な光景が広がっていた。
「みんな、逃げて!」
なんと、スピネットとか言う人が、巨大なボール状に障壁を張って、ガラスの破片を一箇所に集めていた。
そして、そのスピネットの声を合図にして、みんなが入り口の方へなだれ込む。
その流れを、フォルテは逐一確認する。
怪しい奴は居ないか。
この中から、『異質』を探れ。
フォルテは、雪崩の中に居ながら、そこに意識を集中した。
『外に出るか……? いや、この様子なら、犯人は逃げたか、かなり遠くへ行っちまったか……』
「――チッ、人が多すぎて分からねぇ」
唾を吐き捨て、誰かに呼びかけるようにそう言うと、フォルテは改めて背後に目を向けた。
邪鬼眼管制塔の面々だった。噂に名高い、最強クラスの邪鬼眼使い達が集っているのは本当なのだろうか。
そしてその輪には、眼鏡をかけている男子が一人いるだけで、他は全員女。
『カン』がこの中に居るとするなら、そのメガネの男しか居ない。
フォルテが話しかけようとして、近づいたその時だった。
「さてと。この輪の中だと、こっちの方がふさわしいかしら」
フォルテはギョッとした。
それはそうだろう。フォルテがカンだと踏んでいた目の前の男子が、いきなり女子になったのだから。
かつらを着けた変装だとかそういうレベルではなく、まさに『変身』だった。
「そうそう! やっぱりバセットはこっちの方が可愛いよっ」
「はいはい、抱きつかない抱きつかない」
カンが勇猛果敢な男児だとするならば、この姿はあまりにもかけ離れている。
『それに、今他の奴はこいつを何と呼んだ? 思い出せ。
――そうだ、「バセット」と呼んだじゃないか。……ならば、カンは何処にいる……?』
反応に窮していたときにイリアンを見たら、彼女は彼女でキョロキョロしていた。
「あらあら? 見慣れない女子が居るみたいだね」
イリアンが目を向けたのは、隅っこで縮こまっている女子。
奇妙なことに、狐耳のカチューシャを着けている。
この夢凪では多少の趣味趣向の奇妙さは、ほとんど話題に上がらない。
それでも、これはちょっと目立つモノがある。
「狐耳で照れ屋だなんて、もの凄い属性の持ち主ですな?」
イリアンが掘り下げようとすると、ヴィオローネが取り繕ったように説明する。
「え、ええ! この子、最近夢凪に来たばっかりで……。色々、不慣れみたいだから案内してあげてるのよ!」
「ほほう。でもって、名前は?」
すると、その少女はいきなり顔を上げた。
「コン! 狐が好きだから、コン」
見た目に違わず、かなり可愛い声をしている。
それはイリアンも同じだったようで、
「凄い! 喋った! つか可愛い! この子、新聞部のマスコットに欲しいわ!」
という反応。
「絶対ダメ!」
そしてそれを、何故かスピネットが頑なに拒んだ。
イリアンにはそれが人形にでも見えたのだろうか。フォルテにはさっぱり分からない。
「そろそろ出るわよ。――人の波が戻ってきた」
傍観していたユーフォニアムが、井戸端会議を締めくくった。
「そうね。帰ったら、バセットとカ……コンの着せ替えパーティだわ!」
「は!? ちょっと待って、いつから私も主役に!?」
「いいじゃない。おにゃのこなんだし」
スピネットは、さっきから『ふにゃふにゃ』していた。放っておくと、空気に溶けるんでは無かろうか。
「あ、じゃあ私も参加して良いですか? 見出しは『夢凪に咲いた二輪の花』で!」
「待て」
そのまま出ようとしたイリアンの肩を、フォルテはしっかりと掴む。
「な、にゃにかな?」
「お前は、勘定がまだだろう?」
フォルテがそう言うと、イリアンは持っていた衣類の山を、フォルテの腕に掛けた。
そして手をぎゅっと握り、一言。
「立て替えておいて頂戴☆」
「あ、待てコラ!」
流石は『神速』使い。イリアンは、既に店の外に出ていた邪鬼眼管制塔のメンバーと一緒に歩いていた。
5 Fear not! おわり
「801です。本人が嘆いていたから覚えてます」
warota
ま た 女 か
イリアンがどんどんおかしくなっている
>>209 ×無かろうか
○なかろうか
今日も今日とて頑張ります、ハイ。
6 Rewrite
「結局、三箇所同時のテロ行為だった、ってわけね」
翌日、学校に戻ってから明らかになったのだが、原因不明の爆発事故は例のデパートを含めて三箇所で起きていたらしい。
デパートの他に、商店街の家電量販店、駅近くのコンビニが灰になった。
どちらも、その時間帯には割と人が多い所だったのだから、無差別テロである事は明らかだろう。
「みんな、カンが居なくて寂しがってたよ?」
「うるせぇ。カンじゃなくてコンと呼べ」
……ちなみに、コンは結局最後まで教室に入ることを拒否し、ずっと部室で寝ていた。
「犯人の意図が分からんな。新たな敵の予兆か?」
「そうねぇ。意図不明のままにこんな事をしそうなのは、せいぜい――」
バセットと話していたヴィオローネが、顔を上げてある一点を見つめた。
「なんだ。俺の顔に何か付いているのか」
それは――、あの仇敵オフィクレイドだった。
やはり昨日の敵はいつまで経っても敵である、とカンは思う。
「そうだな。俺は不審火があったら、全部俺はこいつのせいだと思ってる」
説明を付記すべきであろう。
オフィクレイドは、サンジェルマン事件以後に起きた夢凪の危機に立ち上がった、英雄(まがいもの)である。
事実、彼の働きはまさに英雄の如くだったのだが、『邪鬼眼管制塔』の名前に押し負けて、オフィクレイドの名前が明るみになったのは管制塔のメンバー内と、一部の教師に留まった。
彼の働きについてだが――、それを事細やかに語るには余白が足りないため、ここでは割愛させていただく。
「俺はこんなちっぽけな事はしないぞ。するなら、思い切って10箇所ぐらいで」
「したのね」
「は?」
「したのね?」
「してねぇよ! 例え話だ!」
彼の活躍が世に出なかった致命的な要因として、この男にはいまいち信用というものが足りないという事がまず挙げられる。
前の出来事を考えれば、まぁ当然と言えば当然であるのだが。
「落ち着けよ。今はこの原因を突き止めるのが重要だろ」
「俺としては……お前がそんな姿になっている原因を突き止めるのが先だと思うのだが」
そして、無知故に禁忌に触れてしまった。せめて、知らぬことすら知らぬ善であればよかったものを。
今のカンにとって、その姿に異を唱えるのは『ノー』もしくは『滅殺(けしずみ)』だ。
「オー・ケー……! 今は初犯だということで、我慢しておいてやろう。次、また『それ』を言った時には、お前は翌朝に駅のホームで冷たくなって横たわってるだろうよ」
その姿と声で言われても、正直な所迫力がない。
何故かって、『コン』の服装は、ゴシックーでローリーな格好だったからだ。
基調の色はピンクに近い赤と黒。苺チョコレートみたいなアレである。
ヘッドドレス(頭頂部に付ける、冷えピタのような形状のアレ)が無くて、その代わりに狐耳のカチューシャ。
絶妙というか、奇妙である。
こんな奴に負けたのだと思えば、オフィクレイドの士気も下がる下がる。
「信じてるぞ……それはお前の本意じゃない、って!」
「今の、二度目と言うことでカウントしてよろしいのかな」
「……ごめんなさい」
オフィクレイドを完全に黙らせたことで、カンは嬉々としている。
すると、二人を無視して資料に目を通していたユーフォニアムが、急に声を上げた。
「これ、もしかして……」
その時だった。
大地を揺るがし、空を裂くかのような爆発音が、またも響き渡った。
カン達が立っていた部室も震度3ぐらいで揺れていた。
どうやら、場所はこの夢凪学園から近いらしい。
「近い? ――いや、違うわね。真下よ!」
全員が、窓から下を覗き込む。
校舎の入り口から、黒煙がもうもうと吹き出ていた。
その周りでは、何人かが倒れている。
「ほら、俺じゃなかっただろう?」
自己保身に走る哀れなオフィクレイドを無視し、ヴィオローネは叫ぶ。
「一階に行ってみましょう!」
その声を合図に、全員が駆け出した。
6 Rewrite おわり
7 Turn to the crossroad
「今度は、堂々と学園内で……!」
「確か、学園内で邪鬼眼は使えなかったはずなのに……」
イリアンが、ひたすらに状況をメモ書き、並びに写真に納めている。
その一方で、フォルテは激昂していた。
目の前の光景が、犯人にはどう見えたのだろうか?
紅。
犯人は、それをどうとも思わないのか? 少なくともこの箇所で事件を起こせば、こんな事態になることは明白だ。
焼けた男。ガラスが刺さって泣く女。
どれもこれも、ここの技術を以てすれば治癒は可能だ。
問題はそこじゃない。
どんな理由があろうと、不特定多数の関係ない奴に怪我を負わせるのは、人の成せる業ではない。
「くそっ!」
フォルテはガン、と壁を殴る。
手の甲を見ると、ちょっとだけ血が滲んでいた。
「よし」
痛みを負って、これで立場を同じくした、とフォルテは判断した。
「決意を新たにしてくれたのはいいんだけど……。ちょっと、ここ寒くない?」
秋風が吹いていて、学園の玄関口はどうにもこうにも肌寒い。
「うるせぇな。着こめ」
「あ、ヴィオローネさんだ。みんなして上に居たみたいね」
そしてまた、例の邪鬼眼管制塔だった。その輪の中に、カンと思しき人物は居ない。
「そういや、カンはどうしたの? 一昨日も居なかったじゃない」
イリアンがその事を聞くと、なぜか全員が固まった。
フォルテが、その違和感を見て何かを考え出す。
「あ? あいつなら、そこに――」
何かを言いかけたオフィクレイドの顔面に、他のメンバーの掌が叩き込まれた。オフィクレイドが、哀れにも鼻血を出しながら倒れる。
「あれれ? なんでこんな所にオフィクレイドが? まったく見えなかったわ」
「俺も」「私も」「私も」
「私たちって、こういう時の団結力は素晴らしいわね」
ユーフォニアムが溜息をついた所で、イリアンとの情報交換会が始まった。
「時刻はたった今ね。16時40分、って所かしら」
「原因は、前と同じく不明です。けが人は15人。死者0です」
……などなど。
それをよそに、フォルテの想像は続いていた。
『カンが居なくてコンとか言う女子が居て……。その上、あのバセットとかいう男は変身能力を有していて……ってことは、まさか――? いや、まさか、な……』
「さっ、帰るよフォルテ。私は新聞部に行かなきゃいけないけど……どうする?」
「帰る。色々とさっぱりしたしな。――じゃあな、『偽物』さん?」
フォルテは邪鬼眼管制塔のメンバーを一瞥すると、そのまま振り返ることなくイリアンと共にその場を去った。
「何よ、その顔? 普段にも増して気持ち悪いよ」
愉悦を目の前にすれば、誰もがニヤリとするというもの。フォルテもそうだった。
「ばれたか。色々とあってな」
「その顔は、私が知りたいことも知っている感じがするね」
確信とは言えない。だが、それについてはイリアンも疑問に感じているはず。
それを信じて、フォルテは話し始めた。
「ああ。俺が言いたい事は二つある。一つは、今回の犯人についてだ。今回、俺が怪しいと思っている所は――」
「――ずばり、『壊れた空調設備』ね」
ユーフォニアムの発言に、全員の頭にクエスチョンマークが浮かぶ。
「変と言えば変だが……そこから犯人を捜すのは難しいんじゃないか?」
カンですら、それを指摘した。
「そうかしら? もし犯人が、『空調設備を壊した』としたら、どうかしら?」
「壊した? 何で?」
「合いの手ご苦労。――それを壊した事で、犯人自身のテロ行為に有利になるとすれば、犯人のやり口は見えるんじゃないかしら?」
「何だ、そりゃ?」
火薬? 火の元? ガス? ガソリンの臭いを誤魔化すため……? カンの至らない想像力で、それを推察するのは難儀だった。
「……粉塵爆発か!」
「何だ、そりゃ」
バセットに対してユーフォニアムは頷き、続ける。
「大量に粉が舞っているところでは、電気を点けることすら危険なのよ。……とにかく、相手はそれで爆発を起こしているとしか考えられないわ」
「しかし、あの広さで大爆発を起こすとなれば……相当な数の粉が必要だぞ」
「そう。だから効率を良くするために、犯人は空調設備を壊したのよ」
そこで、ようやくバセットも霧が晴れたようだった。
「なるほど? つまりは、『爆発を起こす邪鬼眼』ではなく、『粉塵爆発』或いは『大量の粉塵を発生させる邪鬼眼』のセンで捜索すればいいんだな?」
「そう。こんな広大な場所でも、そんな邪鬼眼を持つ人は指折りよね?」
時が過ぎて、時刻は真昼。
南中した太陽が、適宜な涼しさをかすめ取っていく中、暗闇で必死に作業を続ける影があった。
「逆をついて、白昼堂々と作業か。バカというのは少々可哀想だから、阿呆の称号を授けようか」
影は、こちらを見つめて、立ち上がる。
「なに、あなたたち? 暗くてよく見えないんだけど、電気を点けて貰えないかしら?」
「その手には乗らないぜ、爆弾魔。今この瞬間にも、お前はタネを仕掛けているんだろう?」
パッ、とドアが開いて、二人の顔が見える。
バセット(女)と、カン(女)だった。
「現場の空気の成分を調べてみたら、見慣れない物質があってな。気になって調べたら、あらビックリ。こんなものは地球の何処を探しても見つからないんだってよ」
カンは、そのまま犯人に告げる。
「そうだろう? ――バンドネオンの妹、プサルテリウム?」
目の前の、プサルテリウムと呼ばれた女は、歯噛みしたまま何も喋らない。
7 Turn to the crossroad おわり
9 Encouragement to struggle
バンドネオンについては、しっかりと記録があった。
何故かと言えば、彼はもうこの世に存在しないからだ。
かつてレンがサンジェルマンと闘った時――。被害者多数のその戦は、多くの悲しみを生んだ。
プサルテリウムもその一人である。兄という宝を無くした彼女が、これまでどんな思いで生きてきたのかは、カン達にも知りようがない。
だが、今は。
「人を殺すのが、そんなに楽しいのかね」
「何の、事かしら……!」
そうか、とバセットは呟く。
「じゃあ、質問を変えよう。お前は『満たされたか』?」
「何よ!? 意味分かんない、今すぐここから出てって! さもないと……!」
相手が苛ついたのを見て、バセットはまるで立て板に水を流すかの如く話し続けた。
「どうぞ。怪我をするのはどう見てもお前だと思うけどな」
性別は『同じだが』、所詮は2対1。なるほど、喧嘩を売れば負けるのは明白だった。
「くっ……! 『愚公移山(バーン・マシナリー)』!」
プサルテリウムがそう言うと、目の前に炎が点った。
「やばい! 逃げるぞ!」
バセットの言葉に続き、カンもドアの方向へ走る。
「『風神』は?」
「奥の手だっ!」
ドアを閉めた瞬間、中から爆音が響き渡った。ドアも衝撃で吹き飛びそうになるが、そこは二人で必死に抑える。
「部屋ごと吹き飛ばして、外に出たか? ……回り込んでいる暇はない、同じ轍を踏むぞ」
ドアを開けた瞬間、二人は立ち止まった。
その表現は正しくないのかもしれない。……詰まるところ、ドアの先には道がなかったのだ。
「昼間っから、ようやってくれますねぇ」
「行くぞ。あんなのを野放しにしてたら、夢凪が焼け野原になる」
一気に、屋内から屋外へ飛び立つ。
「下の戦力は?」
「いつものメンツさ。――そういやお前、そろそろ男に戻れるんじゃないか?」
カンの中で、時間が止まった。
こういう時に限って、この男(女)はとてつもなく重大な事を言う。
「刀を抜いて、ヒーローみたいに叫べ。『変身!』ってさ」
「今言うか!? 状況と、俺の格好を考えろ!」
白と黒の縞々スパッツに、あんまりヒラヒラしてないスカート。上は動きやすくしているが、それでもラメ付きにピンクの文字で「Bang!」とか書いてある。
ブラも、女子の圧政により強制装備。パンツは縞々。
つまり、そのようなめっちゃガールな格好で男に戻るのは、羞恥が耐えられないという事だった。
「じゃあ、家に戻れば?」
「急を要してるんだろうが! 緊張感ってのが無いのか、お前には!」
バセットは、話をまるで聞かずに、状況報告をした。
「無差別爆撃、開始でございますね」
相手を落とした場所が悪かった。
街中。人一杯。
「あいつの邪鬼眼は、極小のサイズの物質を無数に飛ばして、それに火を点けて爆発させる。その物質については不明だが、プサルテリウムの様子からして、吸い込んでも害は無さそうだな」
「小麦粉とか、その類なんじゃないか?」
「その方が、ずっとエコロジーだな」
ハハハ、と二人で笑い飛ばす。緊張を目の前にしたこの瞬間の緩みが、カンはたまらなく好きだった。
カンは刀を抜き、勢いを利用して地面に叩き付ける。
「そこの爆弾魔に触れると危険でーす! 周りの方々は、一刻も早く避難して下さーいっ!」
ウルトラAの着地を決めると、カンとバセットはプサルテリウムを見つめる。
「そういやこの輪、男が足りない気がするぞ」
この中で関係ありそうな男分である、カンの兄のレンは、現在病院で療養中である。
病名は、上気道感染(カゼ)。
「どうやって止めるよ? 近づくのさえ難しいってのに」
バセットは指を舐めて濡らし、風向きを観察している。
「無風か。だったら、尚更やりやすい。――お前の仕事は……あいつをしばらく、こっちに近づけさせなければそれでいい」
バセットは珍しく、女の姿のまま眼鏡を掛けた。
9 Encouragement to struggle おわり
10 Evil
「あれは……!」
フォルテも、『偶然ながら』その場に居た。
「およよ。ありゃあ本当にカン君だったのね」
コンがカンであるという疑問は確信になった。
刀を持っているのだから、もはや確定である。
「実力、見せて貰おうじゃん」
彼は勝つという確証が、少しだけフォルテをいらだたせるが、今は気にしない。
不思議と、刀が手に馴染む感覚があった。
「来ないでっ!」
成分不明の爆発が、彼女を取り囲むように発生する。
その力で、空気が物言わぬ爆弾と化す。どこにタネが仕込まれているのかを探すのは、ほぼ不可能。
「キャアッ!」
各所で爆発が広がり、アスファルトがプリンのように砕け、そこからさらに粉が舞う。
『これは……もしかして』
「『風神剣(エアリアル・ブレイド)』っ!」
カンは、その刀から起こした風で、タネの発生場所を闇雲に吹き飛ばす。
「そうよ……! 兄さんが居なくなってから、私はずっと一人だった! こんな私を見てくれる人なんて、こんな場所にすら居ないのよ!」
吹き飛ばされた塊が連鎖爆発を起こし、デパートのエレベーターホールが吹き飛び、地面に落ちてくる。
「やめろ……! もう、止めろよ……っ!」
この状況を前に、フォルテは悲痛な叫びを繰り返した。
届かないことは重々承知なはずなのに、叫ばないといられない。
そんな自分が、おかしくも不思議だった。
「死んじゃえばいいのよ、滅びちゃえばいいのよ、こんな、私に優しくしてくれない呪われた街っ!」
死を体現した鉄くずがフォルテに激突しかかる。
「フォルテーっ!」
「拳闘の(スピリットオブ)――、心得(ブレイク)っ!」
ピタリと鉄塊が、フォルテの眼前数センチで停止する。
その後、ドガンという音と共に、鉄塊が二つに、さらに四つに、最後には粉々に割れ、バラバラになってフォルテの上で散る。
そして、フォルテは『鉄塊を破壊した行為』を意に介さず、ただ言う。
「「甘ったれるなよ」」
その時、カンも。
フォルテと全く同じ事を言った。
多くの人が死にかけた戦いでは、ある意味で、自分の『正義』を持った奴等がカンの前に立ちふさがった。
オフィクレイド。サンジェルマン。
こいつには、それがない。『正義』がない。独りよがりで、身勝手だ。
自分の寂しさを、他人に押しつけて殺そうとした。
今だってそうだ。
――そんな奴に、どうやって同情しろって言うんだ。
フォルテと、カンの中で何かが弾けた。
「「お前の無茶苦茶な論理の前に倒れた奴等の事、一度でも考えた事があるのか!?」」
二人の叫びが木霊し、一瞬だけその場に静寂が訪れる。
「……無いわ……。無いわよ! だから何なの、私には何かあるの!?」
「……救えねぇ。お前、本当に救いようがねぇな!」
ペッ、とフォルテは唾する。
こんな奴と話しているだけでむかっ腹が立つ。
だから、出来ることはただ一つ。
「イリアン! ここは私達がなんとかするから、逃げて!」
「ユーフォニアム! スピネット!」
二人が、さらに落ちて来る鉄塊に邪鬼眼を放つ。
「『純水領域(ナンバーワン・オブ・ザ・ブルー)』!」
鉄塊の落下速度が、まるで綿の塊を落とすかのようにゆっくりになり、そのまま地面に到達する。
一方オフィクレイドは、カンの元へ飛び出していた。
カンは刀を力強く握りしめている。
「この剣が言う。俺(わたし)は、貴女(おまえ)を許すわけにはいかない」
「丁度、お前みたいにボコボコにしても怒られない奴、探してたんだよ」
そして、二人が同時に宣言する。全く面識のない二人が、まるで双子のように。
「「お前の邪鬼眼(そんざい)を――、否定してやる」」
10 Evil おわり
11 Time to break
カンとフォルテは、同時にプサルテリウムへと間合いを詰める。
『風神』は、被害を相手に押しつける処置だ。空にでも飛ばせばいいのだろうが、風神はそこまで使い勝手が良いとは言えない。
「『拳闘の誓い(マルチ・ハンドテック)』」
腕と足に、紫色のオーラが点る。
「そこのどこかの誰かさん。名は知らないけど――」
「フォルテ、だ」
遮って、フォルテは自己紹介する。
「今後ともよろしくな、カン」
「え?」
まさか、とカンは狼狽える。
今の姿はコン(女)。カンがコンである事は、カンの関係者以外は絶対に知らないはず。
「おらああああああああああっ!」
フォルテは闇雲に突進する。目の前に何があろうと知ったことではない、という覚悟の元で。
「嫌っ!」
プサルテリウムの拒否行動と共に、爆撃が発生する。
そしてフォルテは、その爆発を両の手でおもむろに「攻撃」した。
「!」
バチバチッ、と静電気が発生したときの弾けるような音が、両の腕の先から響く。
「うそ……!」
連鎖する爆発は、フォルテの目の前で止まった。
それを見たフォルテは、しゃがみ込んだところから一気に弾みを付けて、プサルテリウムに突進する。
「どうして貴方は、私の邪魔をするの?」
「あぁ? ――てめぇの胸に聞いてみろよ!」
その時、フォルテは自分の計算の誤りに気付いた。
「フォルテっ! それじゃダメだ、ダメなんだっ!」
爆弾そのものを消す行為は、一時的でしかない。すぐに新しい弾幕が用意され、踏み込んだ者は、
「しまっ――」
ミイラ取りが、ミイラになるのだ。
その通り、フォルテがつきだしたその腕に向かって、再度爆撃が広がる。
「ぐぅっ!」
フォルテは、為す術もなくまともに爆撃を浴び、5メートルほど吹き飛ばされた。
そしてそのまま、ピクリとも動かない。
カンが刀を握り、思考する。
『相手のタネを吹き飛ばす行為は一時的でしかない……! 俺に、何が出来る……!?』
すると、プサルテリウムはふらりと立ち、どこかへ歩こうとする。
「寂しい……。寂しいの、お兄ちゃん……」
そう呟くと、舞うような動作をして、また粉塵を設置する。
彼女は回り続ける。そこに踏み込むのは、インディ・ジョーンズぐらいのものだろう。
「止めろよ……。――止めろっ!」
カンの悲痛な叫びと共に、足音が一つ増えた。
「言いたかないけど――。今は同意だな」
不屈の男フォルテは、何度でも立ち上がる。
その意志を曲げられるほどの信念を持った者でなければ、絶対に彼を止めることは出来ない。
「一撃だ。こいつに、世間の厳しさってのを叩き込んでやる」
そのままフォルテは咆哮し、プサルテリウムの背中に向かって走る。
「どうして、そこまで……!」
プサルテリウムはふわり、と手を挙げる。恐らくこの瞬間に、『タネ』は撒かれているのだろう。
『着火するその寸前に、叩き込む!』
ポッ、と火が点った。
その瞬間に、フォルテの姿が消えた。
消えてはいない。また、しゃがみ込んだのだ。
「同じ手は……通じない……!」
次々にその物質に着火し、炎と共に爆発が巻き起こる。
プサルテリウムを中心にして、段々と火の輪が広がってゆく。
「同じ手だぁ? お前の眼球には泥水でも詰まってんのか?」
そのままフォルテは、全身全霊を込めた一撃を、地面に叩き込んだ。
少しだけとはいえみんなの地面を揺るがした打撃が、地面を砕く。
――そして、そこから砕けた土という名の『粉』が舞う。
「――!」
フォルテの狙いが、ドンピシャリだった。
爆発は術者が居る中心部分にも飛び火し、ついにはプサルテリウム自身を吹き飛ばした。
カンは、その一瞬のチャンスを見逃さなかった。
そのシルエットは、既に跳躍から攻撃へと体勢を移している。
「『邪鬼眼否定』『銀色の軌跡(ストライクブレイド)』!」
オーラ状の幻の刃が、プサルテリウムを斜めに斬った。
出血は無いが、爆発と斬撃のショックは、女性に対しては計り知れない。
「捕まえたぜ、爆弾魔」
「カン!」
外野からの、危険信号ともとれる叫び声。
何が起こったのかと振り返れば、なんと轟音と共に、歩道橋が崩れ出していた。
「やべ、やりすぎた! 逃げろっ」
「あ、コラ! お前当事者だろ、この野郎!」
フォルテは、ネズミのような素早さで、その場から逃げだした。
「カン! それよりも、プサルテリウムを!」
バセットは最初から罠を用意していたらしいのだが、フォルテのせいでオジャンになったらしい。
言われたとおり、カンはプサルテリウムも避難させようとして、崩れゆく歩道橋の方へ駆け出す。
「プサル……! あれ?」
瓦礫の山と化したそこに、プサルテリウムの姿は無かった。
当のプサルテリウムは、町外れの裏路地を、苦しそうに足を引きずりながら歩いていた。
「はぁ……、はぁ! 何で、私が……! 私は、寂しいだけよ。寂しいだけ、なのに……っ!」
その時、背後から声がした。
「俺もお前と同じ。何かを壊したい衝動に駆られてる。――だが、今日のお前は壊しすぎた。……分かったか? 今度は、お前が俺に壊される番だ」
刹那、プサルテリウムは地面に叩き付けられた。
「がっ……! ああっ……!」
息も出来ないその姿に、フォルテは馬乗りになる。
「良いケツしやがって。……俺の邪鬼眼でも良いが、それじゃ一撃だ。つまらない。だから、これでやる」
それは、こぶし大の大きさの石。フォルテはそれを、容赦なくプサルテリウムの背中に打ち付ける。
「あああっ!」
「どうだ、女? お前が今味わったのが、みんなに与えた痛みなんだよ。いや……、こんなんじゃ足りねぇ。ぜんっぜん足りねぇ」
プサルテリウムの髪を引っ張り、強制的に引き上げる。
「痛……い! 痛いの、本当に痛いのっ!」
「痛い、じゃねぇんだよ! 普通ならよぉ、ここで謝罪の言葉を述べるのが常套じゃあねぇのかよ、あぁ!?」
「止めろ。もう、十分だ」
「!」
金属音に振り向くと、そこにはカンの持つ銀色の刃があった。
カンは悲しそうな目で、フォルテを睨んでいた。
「今日のお前は素晴らしかった。だが、今分かった。――お前も、『同じ』だ」
フォルテとカンの視線が、火花を散らす。
11 Time to break おわり
12 Re-revenge
「てめぇ……、綺麗な容姿しておきながら、脅迫か? もっとそれっぽく振る舞ったらどうなんだよ」
何も言わず、カンは刃を返した。しかしその刃は、モノが切れるようには見えない。
「昨日の友は、今日の敵ってかぁ? 闘うってなら、いいぜ。俺を放置すれば、たぶん俺はこいつをぶっ殺して、目玉を門に掛け置いちまいそうだからな」
カンは、少しだけ間を開け、臨戦態勢に入る。
「確かに、こいつは罪を犯した。……でもな、人の罪を拭うのは罪じゃないんだぜ?」
フォルテは、静かに『拳闘の心得』を発動させる。
「――少なくとも俺は、『ニンゲン』を目の前でむざむざと殺されるのを、傍観していられるほど、肝はすわっていないのでね」
そんな御託はいらねぇ、とフォルテは攻撃の構えを取った。
「ウダウダ言ってるんじゃねぇよ。俺の拳とお前の力。どっちが『邪鬼眼否定』に相応しいか。そして、どっちが強いか。それを決めるのが、ヒーローモノのお約束ってやつだ」
「バカに付ける薬はない、ってか」
フォルテも、やっと距離を空ける。
「一撃……いや、二撃で決めてやる」
須臾にして、すぐに二人は中心へと突撃した。
「「おおおおおおおおっ!」」
カンの剣と、フォルテの拳がぶつかり合う。
その瞬間、フォルテの邪鬼眼『拳闘の心得』は、一瞬にして砕け散った。
「まだまだぁっ!」
一瞬の仰け反りを逆に力に変え、『拳闘の誓い』を発動させる。
踏み込んだストレートを、カンの頭目掛けて放つ。
「いいぜ、その感じ!」
すんでの所でカンは刀をバネに空中に飛び上がり、フォルテに狙いを定める。
「『超神槍(スピア・ザ・グングニル)・四戟』!」
風と氷で錬成した空虚な槍が、カンの刀を持っていない方の手に展開される。
止められちまうかな、という一縷の不安を胸に、カンは四本の槍をフォルテに放った。
「投擲は……効かねぇよ!」
「!」
ある意味で、予想通りだった。フォルテは、その拳で四本の槍を掴み、二本を打ち消し、残りの二本はカンの方へ打ち返した。
打ち消した瞬間に、フォルテを中心にした暴風が吹き荒れる。周りのブロック塀が吹き飛び、煙が上がる。
二本の槍は、カンの刀によって一撃で無に帰す。
「どうだ、カン! 俺は強いだろう?」
と言い放ったとき、フォルテは自身の危機的状況にようやく目が行った。
「『銀色の軌跡』『銃器圧縮・参』……『模造・三重奏(プレ・トリオ)』!」
三本の刃が、丁度中心に丸めの三角形を作るようにしてフォルテの元へ飛んでいく。
飛んでいく、と説明するのはおかしい。
音速か光速か、もしくはそれ以上で放たれたその軌跡は、この説明をしている時、既に終わっているのだから。
剣から放たれた衝撃波が吹き荒れ、一瞬だけ静寂が訪れる。
「……っぶねぇな、この野郎!」
なんとフォルテは両の拳で軌跡の二辺を吹き飛ばし、残る一辺は身体で受けとめていた。消し残した足の部分から、血が滲んでいる。
「俺を止めたいなら、もっと本気で来いよ。さもなきゃ、俺はすぐにでもあいつをぶっ殺しちまうぜ?」
「その神の両手は、困りもんだな……」
その様子をよそに、カンは一人呟いていた。
「カン!」
ようやく、他のメンバーが追いついた。
「お前ら、止めるなよ。……と言ったところで、ここのメンバーでは止めるのもままならないだろうけどな」
バセットはチラリ、とユーフォニアムを見るが、ユーフォニアムは全く気付かない。
「ねぇバセット……。この戦い、どうなっちゃうの……?」
「分からない。俺も予測したことがない戦いだ……。もしかしたら、二人して死んじまうんじゃ……」
「やめてよ、そういう事言うの」
スピネットが、静かに激昂した。
「まぁ、少なくとも。あの表情なら、あいつは死なねぇよ。死地を切り抜けるときも、あいつはいっつもあんな表情だ」
汗の雫を少しだけ地面に零しながら、カンは爽やかに笑っていた。
「さぁて……これが通らなきゃ、俺は負けだな」
カンが、ゆらりと最後のステップを踏む。フォルテは、それに少しだけ出遅れる。
「カン、俺とお前は似ている。神を殺しにかかっているという点でな」
「いいや、違うね。お前の言う『神殺し』は、神の力に依存している。そんな奴が、神殺しなんて吠えるな。自虐もいいところだ」
その瞬間、光と光が衝突した。
『邪鬼眼否定』の黒い光と、『拳闘の誓い』の紫色の光がさらに激突し、火花が散る。
『黒い白』である『拳闘の誓い』。
『白い黒』である『邪鬼眼否定』。
両者がぶつかった時、何が起きるのか。
そう、それは誰も――バセットすらも――予測したことがないのだ。
その時、パキッと何かが割れる音がした。
音がしたのは、カンの手の辺り。
『まさか……! 「邪鬼眼否定」が!』
『邪鬼眼否定』というカンを支えた最大の威光に、ヒビが入っていた。
『持ちこたえろ……! 今少しだけ、持ちこたえろ……っ!』
バチバチという音とともに、二人を中心にして、ドーム状の光が広がる。
それが、段々と二人を、周囲を飲み込んでゆく。
……。
12 Re-revenge おわり
0 AFTER_QUARTET
「結局あの後、二人して気絶。そんでもって病院行きよ。医者に説明するときの、私たちの苦労を知るべきね」
当然、その時のカンは女の姿である。
「いやぁ、ついついあの時はテンションが昂ぶってて」
結局カンは、『カン』に戻った。
――もちろん、女性陣に好きなだけファッションショーをやらせた後で、だが。
「でもな、なんつーか、女で居た方が色々といいかもな。隠密行動の時に便利だ」
「お、そうか。ならば服を用意して、もう一度ショーを……」
「そういうのは、断固拒否する。――でもな、女で居たとき、剣の鼓動が良く聞こえた気がした」
秋風が吹き荒れていた夢凪も、ようやく冬になろうとしていた。
「それって単に、その剣が助平なだけじゃないの?」
「ばっ……! 俺の相棒に限って、それは無い! ……多分!」
「カン君、めっちゃ迷惑そうだったよー? もっと空気読んだらどうかなぁ」
「んなワケねぇだろ。あいつ、きっとどこかで、『俺の方が勝ってた』とかって思ってるだろうぜ」
フォルテと、カン。
決して交わりそうにない二つの線が描く楽譜。
この二人から生まれる、夢凪全体を包み込むような演奏会は、また次のお話になりそうである。
「そういや、『邪鬼眼否定』はどうなったの?」
「ああ。壊れたかと思ったら、三段階昇華して、さらに強くなったみたいだ。バセットの呪いが打ち消せないことで、邪鬼眼も失望してたんじゃないかな」
「そうだったのか。結果オーライだな、コン」
「次にその名前で呼んだら、お前を復元不能なレベルまでズタズタにしてやる」
「……じゃ、じゃあ、新しく名前を考えなきゃね」
『邪鬼眼否定』が二段階昇華したのが、レンの『無の嫡子』だった。
「その事なんだけどな、今朝名前を決めてきたんだ。名付けて――」
窓の外では禿げかかった銀杏の木が、ザワッと揺れていた。
「アフター・カルテット」 おわり
一端、チラ裏小説の更新はこれで休止とさせて頂きます。
ご愛読ありがとうございました。
}i .ノ!
ヽy' r'/
({ ` j ,.-‐‐‐、 お
`i_イヽ、 ,';、`,':..__`ヽ
\ .ヽ、 (o)}ノ__..} ( ,{ つ
ヽ. __``ー‐ヾェェェ、ゝ'=''__,..r‐‐、
`ー、 r==イ,'__゙ゝノ (~⌒:ト、. か
`ー`ー''=‐、ヽ{ ' ノ 人
、 〉' ィ 入____,.{ れ
ー=、)〉 /,; _ノ''ヘ.______.イ
_} ゙ヽ ノ'':〈_/ )r‐ニニニニ{ さ
´`ヽ.`ヾヽr‐‐‐''´ ̄` ,'ノ /゙ ヾニノ´ヽ、... ..
`ー''‐‐――‐‐‐''" / )ー:::.: . ま
.............:.:..:::{,.... . . . :: :::::::ヾ.... . ) ♥
, -.. - ..(⌒Y:: /:: :: :: ::ハ:: :: :: :: :: ::ヽ:: :: ::ヽ:: :: :: \
./:: :: :: ::Y´~ヾ:: /:: :: :: :/ ヽ:: :ヽ:: :: :: :ヽ:: :: ::', :: :: :: ::ヽ
/:: :: :: :: ::/ヽ-.':: /:: :: :: :/ ヽ:: ',\:: :: :ヽ:: :: ::',:: :: :i:: :: ',
i:: :: :: :: / /:: ::/:: :: /::/ ヽ::', ヽ:: :: ヽ :: ::.i:: :: :i:: :: :i
|:: :: :: / .,':: : /:: :: /::/ ヽ;', ヽ:: ::.',ヽ:: i、:: :::i :: :::!
ヽ :: / i:: ::/:: :: /::/ ヽ', ヽ:: ',.ヽ:::!ヽ:: :!:: :::i
ヽ/ /:: ,':: :::/l:/- .. ,,_ ヽ ヽ::r''',::「 i:: :l:: :: l
/ハ/::i:: イi l _,r, =x ‐xニ´、-、|i i:: l:: :: :!
|:ハ::,-', / /:::::::::::! /::::::::ヽ \ |::l:: :: :l
i.ヽハ ヾ ::::::ノ ヾ :::::::ノ ./リヽハ|
ヘ ハ / ノ
__ .ヽri ⊂⊃ ' ⊂⊃, イ/
i ヽ .ヽヘ、 イ/ もうちっとだけ続くんじゃ。
ヽ ヽ ハヽ_、 r_-, .イ
ヽ ヽ, .,イ:ヽヽ>r .. _ .. r<-7ヽ,、
ノr'^ヽr ‐、_,-' ヽ: ヽ'' ~ ~ -y: :/ ヽ_
i ー‐ 、冫-.i ヽ: ヽ_ /: / ヽ
| -ーv' .ト、 ヽ _: -. _ /: / ノ,
ゝ --' ノ: ヽヽ、 ~ ヽ:ヽ /: ./ _ - ~/: :i
|:ヽ /:i: : .', ` ー -''- `'-- '- - ' ~ /: : : i
|: | i:.ノ: : : ', i ./: : : : :i
週末なので読みに来ました
コンてw
話しの運び方が憎たらしいほど上手いなぁ
熱くなってきたぜ
Oh
終わってしまった……(゚Д゚≡゚Д゚)
おつかれさまでした。
ううむ……にくい!
華スレ忘年会開催
・日時 12/28(日) 22:00〜 12/30 0:00 または2スレ消費
・場所 追って連絡 (なんでもあり板を予定)
現行華スレ うpと混沌はバレスレの華page.145
http://dubai.2ch.net/test/read.cgi/mog2/1227453943/ ・内容 各員、酒とつまみと今年の思い出を用意し26時間スレに貼りつき今年を振り返ること
コピペ貼るも良し、AA貼るも良し。脱出ゲーム始めようがオセロ始めようが完全自由
要はひたすら騒ぐこと
・イベント 29日20:00より“スーパーキモハゲタイム”を開催!
一度でもキモハゲを名乗ったことのある者は勿論、この際デビューしてみたい者まで参加完全自由!
スレをキセルで埋め尽くせ!!
12/28(日)22:00 開催
12/28(日)24:00 ハンサムコテのカリスマ懺悔室(ラジオ放送)
あのコテハンの歌も流れます
12/29(月)19:00 にこらじ(ラジオ放送)
12/29(月)20:00 スーパーキモハゲタイム
その他、ゲリラ的に隠し芸披露?(詳細未定というか不明)
やってみたいことがあれば当日だろうとどんどん投下して下さい
当日来られない人でファイル等の代理うpの要望があれば◆K.tai/y5Gg かキモハーゲニコフまで
クロスセンター試験頑張れ
センター乙
4月に再始動! 予定
戦果はどうなんだ
このままいけばいけるはず!タブン
文芸部再開の予兆が!
アナザー・カルテット 〜ブレイク・カルテット2〜
状況を見て公開(予定)
生存報告
『いんしねれーと』
暑さが、嫌に苦しい。
男が寝ているのは密室。
内部の温度は温度は人肌より高い。
言うなれば、サウナ状態というやつだ。
右隣の部屋から、声が聞こえてくる。
「お隣さん、お隣さん」
老齢の女性の声だ。
「何でしょう」
「少し暑くありません? ここ」
そうですねぇ、と男も首肯したいのだが、この部屋には首を振るほどのスペースもない。
「お、今日は人が多いですなぁ」
男達の会話を聞きつけたのか、左隣から中年男性ぐらいの声がしてきた。
「珍しいですね、本当に。今日は何人ぐらいでしょう?」
「さぁねぇ。みんなの声からして、軽く10人ぐらい居るんじゃないですか」
そう言われれば確かに、と男は周りからヒソヒソと声がしてくるのに気付く。
男は、嘆息する。
「俺ね、夢があるんですよ。娘が学校に通うようになったら、一戸建ての家を建てたいって」
その声に、周りも同調する。
「私も有りますよ。息子が成人するまで生きたい、っていう夢が」
「僕にも。大酒飲みながら、晩年を過ごしてみたいんです」
周りの人達が、口々に夢を語り出す。
それはまるで幻想のような光景だった。
まだ西暦が1000を越えていなかった頃は、きっと貴族達はこんな事をして暮らしていたんだろう、と男は思いをはせる。
「じゃあ、ここを出たらもう一度会いませんか? 袖すり合うも多生の縁、って奴で」
「それがいいわね! どこにする? 巣鴨?」
「ばあさんはこれだからなぁ」
みんな、声を上げて笑う。
「じゃ、まだ未定って事で。とりあえず、俺が幹事でいいですか?」
男のとりまとめに、賛成のコールが響く。
「また、一緒に夢を語り合いましょう。出来れば、こんな狭くない所で」
「連絡とかとれれば楽よね」
「あいにくと、ケータイは持ち込めなくてなぁ」
「皆さん、大事なことを忘れてませんか?」
幹事の男は溜めて言う。
「僕たち、心で繋がってるじゃないですか。それがあればいずれ、会えますよ」
――ソンナコト、出来ルワケ無イダロ?――
男達の思いも。
男達の夢も。
男達の繋がりも。
そこにある、ただの白い塊では語れないのに。
「insinerator」
━━ n. 焼却炉; 火葬炉.
りはびりてーしょん しゅうりょう
|-`)ジー……
ブレイクカルテット・リテイク・アフター
※注意
1、このお話には、初心者にとっては不愉快なことに登場人物説明が付いておりません。
http://www42.atwiki.jp/novelsinmixi/pages/169.htmlを参照にしてから、お召し上がり頂きたく存じます。
2、このお話は「リテイク・アフター」です。「表現が矛盾している」などという疑問については胸にお仕舞い頂くようにお願いいたします。
3、このお話は不定期連載の極みです。もしかしたら途中で筆を投げ出すという馬鹿な真似をすることが無きにしもあらずです。
4、このお話に登場する人物・団体名が、実在するそれと関係あるはずが無いでしょう?
零 Is it a Bridge between your memories?
1 戦火報告
漆黒の闇。
目の前に居るのが誰かも分からない。
「――お前、可愛くなったな」
「みんなを差し置いて、とでも言いたいのかしら」
僕は、見えないはずの目の前の女に向かって、
理路整然と、
逡巡無く、
超自然的に、
平然と、
心を落ち着けたまま、
それが生まれた瞬間から決まっていたかのように、
本心からそう言った。
2 リザレクション
「夢凪市の制圧も時間の問題。流石、政府が手を焼いた土地だぜ」
夢凪市からそう遠くない土地に作られた簡易の指令本部。そこで指揮を執っていた男達が、また眠れぬ夜を迎えようとしていた。
――だが、今晩は。
「指令! 橋の向こうに、封鎖を突破して侵入した人物が!」
「む。……従う気がないなら、仕方がない。殺せ」
「それが……! 相手が、おかしいんです!」
おかしい、とはどういう事なのか。指令は訳が分からない部下にちょっと苛立ちを覚える。
「だから、何がおかしいんだと聞いている」
「『カン』です! あの男が、仲間を引き連れて、最後に目撃された情報と全く同じ姿で、立っているんです!」
「……人違い、じゃないのか」
記録に寄れば、『カン』という人物は確かに存在した。ただしその男は20年ほど前に、この夢凪市を去ったという記録も同時に残っている。
それに、全員に行き渡っているその資料が正しいとすれば、彼がもし生きていたとしても、既に三十路を越えているはずである。
「あの長刀にあの髪型……! 本人に間違いないんです! それに『狂賢者』バセットホルン、『戦乙女』ヴィオローネ、『不死王』イメルストレフまで!」
部下の声は切迫していた。
それにつられて指令も少しだけ事実を確かめたくなり、無線を切って立ち上がり、外に出ようとしたときだった。
施設用テントの上部を、何かが直撃した。一瞬で鉄塊のようなものがテント本体をぶち抜き、中に入っていたあらゆる通信用設備を破壊してしまっていた。
パチパチと電気が爆ぜる音がする。――それは、根本から折れた電柱だった。
「よぉ。随分と寂しそうだったから、遊びに来たぜ」
『カン』は、確かに居た。その姿は報告書通りの10代後半のものを確かに保っていて、全く遜色がない事が逆に恐ろしさを際立たせていた。
違いと言えば、彼自身が堂々と帯刀している事ぐらいか。【焉闢同律】と小さく掘られたその日本刀の柄に、彼は手をかけていた。
「――『瞬閃』」
それを『見る』という事が、果たして常人には出来たのだろうか。それほどに速い衝撃波が、簡易の指令本部を一瞬にして薙ぎ払う。
塵になったその本部跡を眺めながら、彼は刀を鞘にゆっくりと収める。
その彼の背後からさらに三人が現れ、その場に四人が集うことになる。
「――四人だからブレイク・カルテットか。しっくり来るじゃねぇの、オイ?」
『カン』は、そう言って少し笑った。
1も2もおわり
最下層age
クロスハゲ
保守
hosyu
HOSYU
保守
ホシュ
ほしゅ
保守
保守
ほしゅ
保守
HOSYU
ホシュ
捕手
300GET
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302 :
おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:
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