はないたちの夜page4 カーニバル

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1まりあ ◆BvRWOC2f5A
   5.俺とポンコと昨日の話



「そりゃナンパだって思われても仕方ないだろ」

来々々々軒での初バイトもとい初お手伝い&ハナちゃんとの出会いから
一夜明けて翌日の朝、今は1時間目の授業が始まる前。

机に腰掛け、上履きを履いたまま椅子に足を乗っけて周囲にお行儀の悪さを
アピールしているのはポンコだ。

ポンコについて。
晴刷市立三井銅鑼中学3年C組在籍。つまり俺のクラスメイト。
ルックスは俺に及ばないにしても、まぁそこそこイケメンだろう。
俺には及ばないけど。去年チョコを4つ貰ったらしいが嘘に決まってる。
きっと自分で用意したんだろう。だって俺ですら貰ってないのに。

自分で切ったという左右非対称な前髪は本人曰く「校則という大人達の作った
ルールへのささやかなレジスタンス」らしいが、俺からすれば校則に反しない
ギリギリを狙っただけとしか思えないし「どう? なかなかロックだろ」と
斜め45度の角度から誇示られてもまともな審美眼を持っている俺に言わせれば
どうみてもちょっと冒険しすぎた鬼太郎にしか見えない。
が、俺はそんなことは言わない。言ってあげない。
2まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/01(日) 23:58:32 ID:???
「大体なぁ、ポンコ。お前がガセネタ掴ませたのが悪い」
「あ? なんで俺のせいだよ。つうか別にガセではなかったろ」

悪びれた様子もないポンコをひと睨みして俺は昨日のことを思い出す。


昨日はほんと大変だったんだ。
このアホにさわりだけ聞かしてやろうか。

と思ったらチャイムが鳴った。
仕方ないので続きはまた後で。
3まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/02(月) 00:00:44 ID:???
   6.僕と下僕とナッパとホウキ



「あんたを殺れば俺の名前も上がるってもんだぜ」

どこに隠し持っていたのか、スキンヘッドの男が金槌を片手に
じりじりと距離を詰めてくる。

「おっとお前一人の手柄にゃさせねぇぜ」

モヒカンの男はスキンヘッドの男に負けじとノコギリを取り出した(どこから?)。

しかし何故、金槌とノコギリなのか。
彼らが大工さんに憧れているのか、それとも過去、工務店に勤務していた経験が
あるのか定かではないが、釘を打ち込まれたり適当な寸法で切られたりしては
建築基準法に反するので僕はやっぱりノワの背に隠れていることにした。

「ノワ、さっさと片付けろ」

敵が武器(のようなもの)を手にして迫ってきているというのにノワは
バイクから降りる気配がなかったので、僕はノワの背中を叩いた。

「ふっ……大丈夫だ。お前は夕食のメニューでも考えていればいい」

だからハンバーグが食べたいと言ってるだろうが。
こいつはなにをかっこつけているのか。
これでやられたら指差して笑ってやる。
4まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/02(月) 00:04:12 ID:???
「隙あり! もらったァー!」

先に攻撃を仕掛けてきたのはスキンヘッドの男だった。
ノワが僕に気をとられた一瞬の隙を衝いて宙高く(30cmぐらい)跳び上がり、
金槌をノワの脳天に向かって振り下ろす。ノワ死んだな。

惜しい下僕を亡くしたと少しだけ残念に思いながら僕は深く俯いた。
脳漿が顔にかかったら汚いからだ。被ってて良かったヘルメット。

しかしノワも調子こいてるだけあって中々どうして大した奴だった。
ノワの脳天に打ち下ろされたはずの金槌は僕の鼻先をかすめてバイクの
座席シートに勢いよく突き刺さる。イリュージョン。ノワが消えた。

「なっ!?」

スキンヘッドの男は愕然とした表情でノワがいたはずの空間に視線を彷徨わせていた。
やがて泳いでいた視点が定まり、僕と目が合う。こんにちは。
ところで頭に何か乗ってますよ。

「う、上だ!」

モヒカンの男がスキンヘッドの男の頭上を指差してスキンヘッドの男……
どうでもいいけどスキンヘッドの男、モヒカンの男、というのは長ったらしいので
便宜を図る為にスキンヘッドの男を『ナッパ』と名付けよう。
モヒカンは『ホウキ』でいい。

ホウキはナッパの頭上を指差して叫んだ。
5まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/02(月) 00:07:09 ID:???
「きさま……!」

ようやく何が起こったのか理解したらしい。
ナッパは青筋を立ててぷるぷる震えていた。
ていうか重くないのだろうか。

「ふん……」

ナッパの頭上で傲然屹立と腕組みをしているのは我が下僕ノワだった。
シュールな画だ。

街中でハゲに佇む下僕かな。

思わず秋の一句が浮かんだ。季語はハゲ。物寂しい様子から。


「てめぇ! 降りやがれ!」

ナッパが頭上に向かってわめき散らす。
人生80年どころか100年超といわれるこの時代だが、どれだけ長く生きても
自分の頭の上に乗ってる人に怒るハゲをお目にかかる事はこの先ないだろう。

「うおおお!」

ナッパは、金槌を振り上げて、振り下ろした。自分の頭に。

避けられるケースを想定していなかったのか、ナッパはものすごい勢いで
自分の脳天を凹ませ、ものすごい勢いで脳天から血を噴き出して倒れた。
6まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/02(月) 00:09:24 ID:???
絶妙のタイミングで金槌をひらりとかわしてナッパの頭から飛び降りたノワは
着地と同時にホウキに足払いキックを繰り出すがホウキは「くっ」とバランスを
崩しつつもなんとかキックをかわしてノコギリの柄を両手で持ち剣道でいうところの
上段の構えに移行しつつまだ地面にしゃがみこんでいるノワの一歩手前に踏み込んだかと
思うと一片の迷いもなく迅速果断にノワに斬りかかったがガヘーンと奇妙な音がした
だけでノワの断末魔的な声は辺りに響かなかったそれもそのはずノワは間一髪のところで
ノコギリをかわしたのだガヘーンという音はノコギリの刃が地面を打ちつけた時に
ぐにゃりと折れ曲がった為に発生した音だったのかと僕が理解した時にはもう
勝負はついていた何故なら地面に打ちつけられたノコギリの刃が折れて跳ね返り
ホウキの眉間に刺さったからだ。

ホウキはものすごい勢いで眉間から血を噴き出して倒れた。


「雑魚め」

血だらけで地面に伏しているナッパとホウキを見下ろしながら、
ノワは「話にならんな」と口元を歪めた。お前なにもしてないじゃないか。

「こいつらは一体何なんだ?」
「座玖屋ファミリーというこの街の……待て、場所を変えよう」

ノワが辺りを見回して先ほどのコントの背景にある事情の説明を中断したのは
僕達を囲むようにして人だかりが出来ていたからだ。当たり前だ。
そのうち警察も来るだろう。駅前だしね。
7まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/02(月) 00:11:28 ID:???
「よし、じゃあまずはハンバーグだ」

僕は金槌で殴られて凹んだ座席シートを叩いてノワを急かした。

「あぁ」

ノワがバイクに跨りエンジンをかける。
バイクは今度こそ止まらず走り出した。止めようとする邪魔者もいなかった。
ぐったりして動かないナッパと、ぴくぴく痙攣しているホウキの間を
バイクが通り抜ける。
ふと後ろを振り返ると、人垣の中にさっきの中学生の顔が見えた。

まだいたのか。帰れよ。
8 ◆K.tai/y5Gg :2007/07/02(月) 00:25:16 ID:???
おらよっと
9 ◆K.tai/y5Gg :2007/07/02(月) 00:35:27 ID:???
にしてもハゲ好きやなあこの人
10まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/02(月) 23:41:27 ID:???
   7.俺とミサとサユと昨日の話



「ねーねージェノ、昨日ナンパしてその女の人の彼氏に殺されかけたってほんと?」

1時間目の授業の後、俺の所にやって来るなりテンション高めに
いきなり訳のわからん質問をしてきたのはミサだ。

ミサについて。
晴刷市立三井銅鑼中学3年C組在籍。はい、俺のクラスメイト。
一言でこいつを形容するなら『アッパラパー』だ。
寧ろずばり『アホ』でもいいと思う。成績は俺とタメ張るぐらい。
顔ははっきりいって可愛いと思う。どんな顔なのかは想像にお任せする。
中学生のくせに金髪ツインテールというけしからん髪型をしているが
それ以上にけしからんのはスカートの短さだ。今まで何度こいつのパンツを
見てしまったか数え切れない。最近ではローテーションまで把握してしまったが
別に(今日はいちごパンツ!)とかチェックしてる訳ではない。マジで。
こないだ「パンツ見えてんぞ」と忠告してやったら「金払え」と言われた。
日本はもう終わってる。でも終わってていいと俺は思う。男の子だもの。
それにしても男の俺から見ても化粧がめっちゃ下手でしかも濃い。
11まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/02(月) 23:47:14 ID:???
俺はミサのことが嫌いではない。どっちかっつうと好きだ。
でもそれはもちろんLoveじゃない、Likeだ。
ミサはアホだけど可愛いし、アホのくせに気転がきくし、
一途で(たぶん)、素直で(わりと)、聡明だ(もしかすると)。
アホだけどただのアホじゃない(かもしれない)。

それはそうと。

「何の話だよ」
「えー、なんかー……ジェノが昨日ナンパしてその女の人の彼氏に
 殺されかけたって聞いたよ」

そのまんまじゃねーか。

「誰に」
「そんでー、ヤクザに拉致られたってー」

ミサについて補足。
こいつは人の話を聞かない。

「ちょっと待て。かなり歪曲してんぞ。つうかいつの間に聞いたんだよ」

俺が昨日の出来事を他人に話したのはつい一時間ほど前で、
話した相手はポンコだけだっつうの。
そして尾ひれつきすぎ脚色しすぎ。
12まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/02(月) 23:52:10 ID:???
「サユが昨日見たって言ってたしー」

サユ? 見られてたのか。ちょっと最悪だ。いや、けっこう最悪だ。

「ねーサユ〜」

ミサの間延びしたキンキン声がふにゃ〜っと教室に響き渡る。
そのだら〜っとした声に反応したのは窓際の席に座っているサユだけだった。
他の奴らはミサのアホ声にいちいち反応したりしない。

「呼んだー?」

サユが席に座ったまま俺達の方を向く。
次の授業の準備をしていたらしく手には国語の教科書を持っていた。

「サユ見たんでしょ〜? 昨日ジェノがナン……」
「ばっ! やめろアホ!」
「はぁ? アホにアホ言われたくないし」
「ちょっ、ちょっ! サユ、来て! ちょい来てこっち!」
「ねぇ聞いてんの? アホにアホとか言われたら傷つくんですけど」

アホのミサを軽く無視して俺はサユを呼び寄せる。
13まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/03(火) 00:00:47 ID:???
サユについて。
晴刷市立三井銅鑼中学3年C組在籍。うん、俺のクラスメイト。
ミサが『アッパラパー』ならサユは『キャラリンッ☆』だろうか。
いや、『シュロリ〜ン♪』でもいい。なんか記号が付く感じ。
なんのこっちゃ。

顔ははっきりいって可愛い。どんな顔なのかは想像にお任せする。
成績は中の上ぐらいだろうか。
会ったことはないけどむっちゃ賢いお兄ちゃんがいるとか聞いた。どうでもいいね。
全身で日本の終わり具合を体現しているミサと比べるとサユはなんというか
すげぇ「普通の子」って感じだ。
ミサみたいに髪も染めてないし(よく考えたら当たり前だ)ミサみたいに
化粧もしてないし(よく考えなくても当たり前だ)ミサみたいに四六時中パンツが
見えてる訳でもない(これは当たり前じゃなくてもいいと思うんだが個人的には)。
ちなみに口癖は「ぎゃっ」。あとポテチが好きらしい。のりしお味かなんか。

俺はサユのことが嫌いではない。どっちかっつうと好きだ。
でもそれはもちろんLoveじゃない、Likeだ。
サユは普通の子だけど可愛いし、普通の子だけどノリがいいし、
誰にでも優しいし(一視同仁)、ぱっちり明るい瞳をしてて歯並びも
綺麗だし(明眸皓歯)、弓道やっててかなりの腕前らしい(猿号擁柱)。
最後はちょっと無理やり(でもほんと)。

それはそうと。
14まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/03(火) 00:06:08 ID:???
「俺を見たって?」
「うん、昨日の夕方6時ぐらい」

うわマジっぽいな。

「ど、どこで」
「駅の近く」

ほんとに見られてた。かなり最悪。

「マジか〜! 見てたなら声かけろっての」
「だってそんな雰囲気じゃなかったから」

そりゃそうだと俺あっさり納得。
俺だって知り合いがあんなことになってたら余裕でシカトするよね。

それより。

「見てたんなら大体わかるだろうけどあれ、ナンパじゃねーってば。
 つかどこから見てたんだよ。いや、いつから見てたの?」
「えーっと、昨日の夕方6時ぐらいでしょ?」

うん、そう。それは聞いたし俺もわかってる。
「そんで?」と俺が先を促すとミサが「サユなにしてたのー?
まさかデートとかーあははー」とアホ丸出しで会話を脱線させてサユは
「駅までお兄ちゃん迎えに行ってたんだけど」とさらり。
あっそ。興味なし。そんで?
15まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/03(火) 00:13:00 ID:???
「駅に行く途中でね、ほらあのなんとかってホテルの前あたり」
「あぁ、はいはい」
「ジェノが女の人に」
「ちょっ! ストップ」
「なに?」
「静かめで」

俺は人差し指を唇にあてて、左にひとつ後ろにみっつの席に座っている
サチコさんをちらっと見る。聞かれたらどうすんだっつの。しかしサチコさん、
俺達の会話に耳を傾けている様子はなし。オッケー。続きをどうぞとサユに
目で合図を送るとミサが「なにー?」とアホ面で俺の顔を覗き見たので
俺は余裕で無視したがミサは過去最高のアホにやけ面で言う「サチコに聞かれたら
まずいのー? なんでー?」はい殺す。声でかすぎお前マジでありえない。
俺は卒倒しそうになったがミサは殊更でかい声で「今、見たっしょー。
サチコ見たっしょー」と馬鹿みたいにカールのかかった睫毛を瞬かせながら
言うので俺は心の底からなにその洞察力やめてほしいしと絶望する。
『気転がきく』という設定も削除。全然あかん、お前。

「大丈夫だってーほら」

ミサが右手でサチコさんを指差し左手で自分の耳を指差す。
何が大丈夫だお前。つうことはわかってて言ったんかよ。
てか動きが今時パラパラみたい。それか手信号? 
「聞こえてないって」トントン、とリズミカルに自分の耳を叩くミサ。
ふとサチコさんを見ると、彼女の首に黒いコードがだらりとかかっていた。
いや、かかってない。よく見ると首の下に垂れ下がってる。襟元にはかかってない。
コードの先はサチコさんの髪に隠れていた。イヤホン?  iPod?
16まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/03(火) 00:18:25 ID:???
ほう、優等生のサチコさんも休み時間は息抜きにJ−POPでも聴くのかと
意外に思ったが「あれ、イアリングしてるんだよ」とミサが聞いたことありそうで
なさそうな横文字らしき単語を発するので「耳飾り?」と故意に訊いてやったが
ミサは「それはイヤリング」と普通に返しやがったので俺は腹が立つ。
まぁどっちでも意味は同じだけど、どっちも間違ってるけどと思っていると
「それを言うならヒアリングでしょ。英語の教材?」とサユがさらり正解を
出したので俺はリスニングの方が正しくね?まぁどうでもいいけどさと思っていたら
「うん、なんかの曲だと思って聴かせてーつったら恥かいちゃった」と何事も
なかったようにミサが言うので恥も糞も超今更だしと俺は思ってしまう。

とにかくサチコさんには聞かれてなかったようなので俺はギリギリでミサを
許してやることにした。


ここでサチコさんについて。
晴刷市立三井銅鑼中学3年C組在籍。そう、俺のクラスメイト。
容姿端麗、成績優秀、才色兼備、完全無欠のクラス委員……ってこれは2回目。
サチコさんのスペック説明についてはこれで充分だろう。

ミサが『アッパラパー』でサユが『キャラリンッ☆』または『シュロリ〜ン♪』
とするならサチコさんは『パァァァァ』だ。神々しいのだ。俺にとっては。
「ねージェノ、サチコのことスキなの? ねーねー」ミサがいきなり俺のモノローグに
割り込んできてアンプレズントな気持ちになるが俺は無視して独白を続ける。


と思ったらチャイムが鳴った。
仕方ないので続きはまた後で。
17まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/03(火) 00:26:08 ID:???
   8.僕とこの街の裏事情



駅前での馬鹿コントの後、僕達は(というか僕が)ハンバーグを食べる為に
びっくりモンキーという店に来ていた。

「食べないのか」

ノワにメニューを見せてやったがノワは無言で首を振る。
じゃあ水でも飲んでろ。

「それで? 一体何がどうなっているんだ」

と僕が訊くとノワは辺りを見回してから小声で話し始めた。

「今から一ヶ月ほど前の話なんだが」
「うむ」
「この街──晴刷市に組を構える暴力団の幹部が殺されたんだ」
「ほう」
「殺されたのは浮々組系魚鎮組の幹部だった」
「ふぅん」
「名前をユーモリという」
「あ、そう」
「黒いサングラスがトレードマークなんだが」
「どうでもいいよ」
「まぁこの事件は俺達には関係ない」
「はぁ?」

じゃあ何でそんなしょうもない話をするんだ。
18まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/03(火) 00:33:16 ID:???
「問題はこの事件の犯人が捕まっていないことだ」
「──まさか華鼬の人間が?」
「警察は対立する組織の犯行だと見ているらしい」
「状況がわからないからなんとも言えないが……君は組織の者に確認をとったのか?」
「あぁ、この一ヶ月で調べたがそういった情報は上がってきていない」
「警察の捜査状況は?」
「昨日、吊から連絡があったがこれといって特に何も」

吊か。
会ったことないな。たぶん死ぬまで会わないだろう。

「特に何も、って……じゃあ益々その話は関係ないじゃないか」
「実際、ウチの組織の者がやった訳じゃないからこちらとしても対応のしようがない」
「だろう。せいぜい犯人が捕まるまで動き難くなるぐらいだ」
「それだ」

ノワの眼光が炯々と口元まで持ってきたハンバーグを射抜く。食べたいのか?
あげないけど。ぱくり。

「ユーモリが殺されたせいで、今この街で暗躍する裏社会の人間は皆難儀している」
「仕事がやり難くて仕方ないだろうな」
「そう、それは俺達も同じだが」
「ふぅん、そうなのか」

大変だな。わりとどうでもいいけど。
それよりこの話の行き着く先が見えないのだが。
19まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/03(火) 00:40:09 ID:???
「事の発端であるユーモリ殺害の事件は俺達とは直接関係ないが、
 それに付随して起こった事が問題なんだ」
「まわりくどいな。もういいから要点だけ踏まえて端的に話せ」
「この街の悪党共のパワーバランスが崩れた」

アホくさ。意味がわからん。

「座玖屋ファミリーと魚鎮組は言わば共生関係にあった」
「ザクヤ……さっきの奴らか」
「あぁ。といっても一蓮托生という訳ではなかったようだがな。
 両組織の良好な関係は利害の一致によって成り立っていたらしく、
 ユーモリが間に立つことでお互いに折り合いをつけて上手くやっていたらしい」
「ということはそのユーモリとやらが殺されたことでその関係に変化が生じたわけか」
「そうだ。ユーモリは魚鎮組の幹部だったが、同時に座玖屋ファミリーの
 幹部でもあったんだ」

どこにでもいるな、二足の草鞋を履いてる奴って。

「一口に裏社会の組織といっても千姿万態だ。
 魚鎮組のような一般にもその名が広く知れ渡っている、いわゆる暴力団から
 俺達や座玖屋ファミリーのような裏の更に裏の……」

そんな講釈は要らないので僕は右から左へ聞き流す。
20ナッチャン:2007/07/03(火) 00:44:40 ID:???
しえん
21まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/03(火) 00:46:01 ID:???
「ユーモリはその“表”と“裏”を上手く使い分けることで今の地位を……」

そんな立身出世物語も興味ないので僕は右から左へ受け流す。

「しかし所詮は同じ穴の狢といってもそもそも組織としての方向性が……」

もういい。

ユーモリについて。
年齢不詳。黒いサングラスがトレードマーク。
浮々組系魚鎮組の幹部にして座玖屋ファミリーの幹部。

ユーモリは二つの組織の橋渡し的な存在だった。
で、そのユーモリが死に、警察のせいで仕事がやりにくくなった今、
魚鎮組と座玖屋ファミリーは相身互うこともなく、
元々主義思想の違う両組織は共存していくことが出来なくなったと。これで充分。

「規模は相当のものだったのか?」
「なにせ“表”と“裏”の連合体だからな」

もういいってそれは。

「魚鎮・座玖屋が一体となって睨みをきかせていたお蔭で、この街の治安は
 良かったらしいぞ。一ヶ月前まではな」
「……ふぅん。で、華鼬はその両組織との関係はどうだったんだ?
 あまり良好ではなさそうだが」

さっき襲われたし。
22まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/03(火) 00:52:07 ID:???
「いや、良くも悪くもなかった。今まではな」
「今までは、か」
「これまではお互い仕事上でバッティングすることはほとんどなかったし、
 わざわざ潰し合うこともないだろうという暗黙の了解があった」
「へぇ」

なるほど。
ようやく話が見えてきた。

「座玖屋ファミリーで内紛が起きたのか」
「察しがいいな、その通りだ。座玖屋ファミリーは戦後間もない頃から
 この街を拠点として──」
「待て。組織のトップは座玖屋という奴なんだろう?」
「そうだが」
「そいつ、いくつだ? 組織のトップに立つ人間の名が座玖屋で、
 組織の名前が座玖屋ファミリーというからには、組織を興した頃から
 そいつがトップに座っていたんだろう?」

だとしたら相当おじいちゃんじゃないのか。男かどうか知らないが。

「あぁそういうことか。今トップに座っているのは二代目だ。
 初代の実の息子で名前はもちろん座玖屋という。今50代半ばぐらいじゃないか?
 初代はもう死んだらしいが」
「世襲制か」

しかし50代半ばならもういい年だ。ということは。
23まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/03(火) 00:58:04 ID:???
「跡目争い」
「そうだ。二代目はもうそろそろ引退を考えていて……」
「実の息子、つまり初代の孫にあたる三代目座玖屋に後を継がそうとしている訳か。
 それを快く思わない連中、おそらく君がさっき言っていたドンダケハとかいう
 奴らがそれを阻止しようとしているんだろう。
 僕達を襲ったのはその辺りの事情が関係しているのか」
「まぁ……そんなところだな。ちょっと違うところがあるが」

なんだ? なにが気に入らないんだこの野郎。すごい推理だと僕を褒め称えろ。

「何が違うんだ」

僕はちょっとイラつく。

「二代目が後を継がせようとしているのは……」
「なんだ、肉親じゃないのか。まさかユーモリとやらに継がせようとしていたのか」
「いやそうじゃない」

僕の中のイライラが大きくなる。

「初代の孫じゃないのか」

養子とか。

「いや、ちゃんと血が繋がっている初代の孫だ」

イライラッ!
どっちだよ。合ってるじゃないか! 
24まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/03(火) 01:03:02 ID:???
「じゃあ間違ってないじゃないか。何が言いたいんだ。なんか文句あるのか」
「いや、だから」
「なんだよ。二代目の息子なんだろう?」
「そこだ」
「あ!? どこだ!」

僕は怒り心頭辺りを見回す。ハンバーグしかない!

「息子じゃなくて娘だ」
「は?」
「だから、初代の孫娘」
「あ?」
「二代目が後を継がせようとしているのは今年15歳になる娘」
「コトシジュウゴサイニナルムスメ! 誰だそいつは! 
 どこから出てきたんだ! 長い名前だな!」
「いや、名前じゃなくて性別だ。女。お前と同じ」


ふざけるな!
女のくせにそんな訳のわからん胡散臭い闇の組織のトップに立つような奴がいるか!

と、僕はテーブルを叩いて怒鳴ったが何故かノワは半笑いだった。
25 ◆K.tai/y5Gg :2007/07/03(火) 01:14:56 ID:???
おら
26がんぼ ◆ganbo/F702 :2007/07/03(火) 09:00:54 ID:???
九州だって女だけど華鼬(=訳のわからん胡散臭い闇の組織)のトップじゃん
27がんぼ ◆ganbo/F702 :2007/07/03(火) 13:14:38 ID:???
28 ◆KYuSyUA/K2 :2007/07/03(火) 21:10:20 ID:???
ハンバーグdjwwwwwうめえwwwww

あと
http://etc6.2ch.net/test/read.cgi/bobby/1176218338/
念のため誘導
29まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/04(水) 23:21:25 ID:???
   9.俺とジニと昨日の話



「ジェノ、お前ヤクザの女を襲って拉致されて殺されたんだって?」

生きてるっつうの。

シャツを脱ぎながらそんな冗談ぬかすのは隣のクラスのジニだ。
ちなみにシャツを脱いでるのはジニに脱衣癖がある訳でもなく
俺と禁断の果実を貪る為でもない。

現在2時間目が終わったところで、次の3時間目の授業は体育。
体育の授業は2クラス合同で行われるのだ。
体育の時は俺のいるC組にジニのいるD組の男子が着替えに来る。
そんでC組の女子はD組で着替える。説明おわり。

「なんでお前が知ってんだよジニ」
「噂だよ噂」

誰だそんな悪意のある噂流してるアホは!
と俺は憤慨したが噂の発信源はともかく流布りまくったアホは
うちのクラスのアホのミサだったと後に判明する。アホめ!
30まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/04(水) 23:28:38 ID:???
つうか噂流れるの早すぎだろ! この分じゃサチコさんの耳に入るのも
時間の問題だ。いや、もう聞いてるかもしれない。そして泣いてるかも。
ねーサチコ聞いたージェノがさーうそ、そんなジェノ君がまさかそんなこと
でもサユが見たらしいよーえーんサチコ泣かないでーなんつって。

ねーか。

「ところでバイト始めたって? サトチーと」
「おおー皿洗いまくったよ。もう皿見んのもうんざりでさ」
「夢に皿出てきたりなー」
「そうそう」
「で、ギターはいつ手に入るんだ」
「うーんこの調子だと来月ぐらいじゃね」


ジニについて。
晴刷市立三井銅鑼中学3年D組在籍。隣のクラス。そして俺の唯一無二の親友。
顔はまぁ並以上ではあるが、残念ながらイケメン貴公子の俺には遠く及ばない。
成績はたいしたものでなんと学年トップ! しかしガリ勉という訳でもない。
何故ならこいつは生まれた時から本気を出しているような変態なのだ。
こいつにとっては努力など日常坐臥の行為でありそれを苦とも思っていないからだ。
とんでもないマゾ野郎だ。でも凄い奴なのだ。俺の自慢の親友なのだ。

ジニとの付き合いは幼稚園の頃からで、この変態との思い出を語ると日が暮れて
しまうので今は語らない。機会があればそのうちね。
31まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/04(水) 23:38:45 ID:???
ジニとは付き合いが長すぎるせいか中学に入った頃からあまり遊ばなくなった。
俺はサトチーやポンコなどとつるんで歯と歯の間から唾を飛ばす練習をしたり
ガムを口蓋にくっつけて舌でムニッやってパチンと鳴らしたり歩きにくいと
わかっていて制服のズボンをケツの割れ目あたりまでずり下げて歩いたり
たまに油断しててサトチーにサチコさんの目の前でズボンをずらされて半泣きに
なったりちょっと背徳的な恍惚感を覚えたりするようになり、ジニはジニで
テストでいい点取って女子にジニ君すごーいとキャイキャイ言われたり
なんか知らんが自ら進んで生徒会長に立候補してしかもあっさり当選して
体育館の壇上で訳のわからん小難しい挨拶をしてその場で「美しい学校を
目指します」みたいな趣旨のスローガンをぶちあげて何故か美化委員の人数を倍にして
ほんとに学校を綺麗にしてしまって女子にジニ君ってなんかいいよねとか言われて
しかも運動神経もいいので体育の授業でサッカーなんかやったりした日には女子から
ジニ君きゃーみたいな声援を一身に受けて他の男子から僻まれて
「調子乗ってんなよ」とちょっとヤンキーくさい奴がジニ以上に訳のわからんことを
言って殴りかかってでもジニは空手やってるので余裕でそのアホを秒殺して
女子からジニ君だいじょうぶー?とか心配されてたけど俺はいやジニ怪我してへんがな
とか思ったりしてなんだこの差は。

とにかく凄い奴なのだ。俺は親友としてジニを誇りに思っている。

おそらく高校は別々になるだろうがそれでもきっと俺達の縁は切れないだろう。
どっちか死ぬまで仲良くやろうなジニ。なぁ、おい。
32まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/04(水) 23:39:54 ID:???
「そんで? 噂はほんとなのか?」
「信じてんのかよ。アホだなお前。つうか俺余裕で生きてるしな」
「いや信じてねーよ、ちょっとしか」

ちょっと信じちゃってるのかよと俺はちょっとショックを受ける。

「ナンパしたのはほんとなんだろ?」
「だから違うっての! してない」
「でも見た奴いるんだろ」
「いや、だからーあれはーそーゆーんじゃなくてー」
「あ、否定しないんだな」
「いやいや……」
「ヤクザどうこうってのは?」
「それは、軽く」
「おいおい、大丈夫か」

俺はあんまり気が進まなかったのだが、他ならぬジニだし、何より
誤解されてるのが嫌なので昨日の出来事を話してやることにした。ちょっとだけ。

と思ったらチャイムが鳴った。
仕方ないので続きはまた後で。
33まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/05(木) 00:06:55 ID:???
   10.僕と下僕とポチ



「先に出てるぞ」

レジで会計しているノワの横を通り過ぎて僕は店を出る。

時刻は午後7時をまわったところだ。
この後、座玖屋ファミリーのボス、二代目座玖屋との会談が待っている。
正直めんどくさい。
お腹いっぱいになった僕は組織だの何だの、もうほんとにどうでもよくて
ホテルに戻って(僕はまだ中に入ってないけど)ごろごろしたいなーと思っていた。

大体なんで僕が行かなきゃならないのだ。
これじゃ何の為にノワに組織を任せているのかわからない。

そうだ、なんで僕が行かなきゃならないのだ。

「おい、よく考えたらなんで僕が行かなきゃならないんだ」

支払いを済ませて出てきたノワに僕は訊いてみる。
ぽんぽんになったお腹を立てに立てまくって訊いてみる。
34まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/05(木) 00:15:14 ID:???
僕は怒っているのだ。
何に怒っているって、この質問を今までしなかった自分にだ!
何で僕がこんな豚の餌みたいな臭いのする街に来なきゃいけないのだ!
なら、何で僕はこの街に来ちゃったのだ! 呼ばれたからだ! この阿呆に!

「どうしたんだいきなり」ノワは言った。アホ面で。
「どうしたもこうしたもあるか」僕は怒る。そのアホ面に。

確かに僕にも落ち度はあろう。それは認めようか? いや、認めない。
断固として認めないぞ。何故なら僕はこいつに嵌められたのだ。
僕は思い出す。怒りながら思い出す。ノワは怒った顔の僕を見てきょとんとしている。
そして僕はそのきょとんとしたアホ面に更に怒りを増幅させる。

遡ること15時間前、ノワが僕に電話をしてきた。そう、夜中の2時頃だった。
2時! AM! 非常識にも程がある。僕はあの時寝ていてひどく気分を害した。
しかし電話に出た僕に開口一番ノワが「すまないが晴刷市まで来てくれ」と重い口調で
言うので僕はびっくりして目が覚めてしまい、ついでに怒りもひゅるーとどこかに
飛んでしまったのだ。そうだった。思い出したぞ〜! 

あの時、怒りがすらーと飛んでしまった僕は「どうした、何があったんだ。
大丈夫か」と不覚にも一抹の不安を胸に抱いてしまったのだ。もしかするとノワは
誰かにグサッ!と刺されて動けないのろろーんと泣きながら電話しきているのかも
しれないと思ったのだ。路地裏とかで。そんなとこにいるはずもないのに。なんて奴だ!  
僕に心配させておいてこいつは全然余裕で元気だったのだ。せめてナイフの一本も
腹に刺してから電話してくるべきだ! 僕は更に怒りを増幅させる。
そしてノワは「面倒な事になってな」とやっぱり重い口調で言った。
お前そればっかりか! さっき駅前でも言ってたじゃないか。
そうかわかったぞーお前は僕の心をドキリとさせるツボを何気に押さえたのだな。
僕の思考を停止させてうまいこと僕を動かす術を習得していたのだな。 
まんまと術中に嵌まった僕は「わかった」と理由も聞かずにあっさり頷いて
しまったのだ。ノワには見えてないのに! 電話なのに!
35まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/05(木) 00:18:15 ID:???
そして僕は気付いたら朝までに着替えやら何やらの用意をして、
会社に電話をして、昨日母方の祖父が亡くなったと実家から連絡があり、
更に今日の未明に父方の祖母が亡くなったと実家から再度連絡があり、
そして明日親戚の誰かが死ぬそうなのでしばらく出社できそうにありませんと
嘘八百を並べていたのだ。

「ちくしょう、嵌めやがったな!」
「な、なんだ」
「えぇいしらばっくれる気か、貴様!」
「何を言い出すんだ。落ち着け」

ノワはわざとらしく狼狽する。
たいした演技力だ。

「僕を引っ張り出してどうする気だ。えぇ!?」
「だから座玖屋と……」
「そらみろ! やはりか!」
「いや、最初からそういう話じゃないか」
「なにを貴様。僕はそんなの聞いてなかった」
「説明したじゃないか」
「電話した時は言ってなかった!」
「詳しい話はお前がこっちに着いてから、と言っただろう」
「なにぃ……」

確かに言ってたような気がするな! しかし!
36まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/05(木) 00:21:11 ID:???
「いや、待て! 肝心なことを忘れていた。
 ナッパ達はどうして僕が華鼬だと知っていたのだ!」
「ナ、ナッパ?」
「“華鼬”と口にしたのはホウキの方だがな」
「ホウキ……?」
「さぁ言い訳が出来るならしてみろ」
「ちょ、ちょっと待て」

ノワがわざとらしく思案する。
たいした演技力だ。

「たぶん、どこかで情報が漏れたんだと思う。俺が華鼬のトップではないと」
「それがおかしい。組織としての華鼬を調べても絶対に僕の名前は出てこないはずだ」
「まぁそうだな。組織では俺の名前すら知らない奴も多い。
 ほとんどの奴らが吊をトップだと思っている」
「そうだろう。だったら何故、奴らは吊どころか君に辿り着き、
 更にその上にいる僕の存在を知ることが出来るのだ」
「うーん……最近、吊が忙しくて俺が色々動いてたからなぁ。
 そのせいで気付かれたのかもな。さっき襲われたのはおそらく
 尾行がついていたからだろうが」
「ぬぅ、だったら全部君のせいじゃないか」
「しかし遅かれ早かれ奴らはお前の存在に気付いたはずだぞ。
 座玖屋ファミリーの情報収集能力は業界一だと言われている」

何が業界だふざけくさってこのとんまが!
全部全部お前のせいだ!
37まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/05(木) 00:23:43 ID:???
「大体、君は何故僕を呼んだんだ。まさか座玖屋が僕を名指しした訳でもあるまい」
「それは……」
「あっ! 詰まった! 詰まりやがったな!
 君は僕を引っ張り出して奴らに僕を殺させる気だったんだな」
「違う。そんなことする訳ないだろう。考えすぎだ」
「じゃあ何故呼んだ?」
「正直に言う。俺じゃ座玖屋と渡り合えないと思ったからだ」
「む……」
「相手は長年に渡ってこの街の裏社会の頂点に立っていた男だからな」
「ほう」
「俺みたいなチンピラじゃ話し合いにもならないだろう?」
「ふむ」
「だからだな、ここはお前に出てきてもらうしかないと思ったんだ。な?」
「うん」

そうか。
そういうことなら仕方ないな。

増幅した怒りがふわーと霧散してゆく。

はっ!?

「その手には乗らないぞ!」

いかんいかん、危うく踊らされるところだった!

「なんだ、まだ気に入らない事があるのか」
「当たり前だ!」
「一体どうしろと言うんだ」

ノワが憮然とした表情でため息をつく。
散ったはずの怒りが再び僕の中で燃え上がるのを感じた。
38まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/05(木) 00:27:23 ID:???
「普段なにもしてくれないんだから、せめてこういう時ぐらいは
 組織の為に動いてくれてもいいじゃないか。仮にもボスなんだし」 

ノワは少し困ったように言う。
なにがだ! 僕のせいか。お前はそういう奴か。
しかも『仮にも』! うわぁ言いやがったこいつさらっと言いやがった。本音を。
そうかお前は常日頃から僕に対して不満を抱いていたのだな。よくわかった。
よーくわかったぞ。お前は実のところ僕をボスとして認めていなかったのだな。
あぁわかった。好きにしろ。もう好きにしろ。好きにしてしまえ! 恣意的に!
その代わり僕も好き勝手にやってやる。それはもう無茶苦茶にやってやる。恣意的に!

火の海にしてやる。この街を。
血の雨を降らしてやる。この街に。

座玖屋ファミリーなんてぶっ潰してやる。華鼬もぶっ潰してやる。
邪魔する奴も皆ぶっ潰してやる。

僕以外の人間なんてみんな死ねばいい!

「行くぞ!」
「……納得してくれたのか?」
「うるさい! 行くぞったら行くぞ! はやくしろ!」
「まぁなんでもいいが……ん?」

バイクに跨ろうとしたノワが動きを止めて駐車場の隅にある自動販売機に目をやった。

「またお前か」

ノワの視線の先にはさっきの中学生がいた。

中学生は動販売機の陰からこちらを見ていた。
気持ち悪い! なんでいるんだ。帰れと言っただろうが!
39まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/05(木) 00:30:12 ID:???
「どうしてここにいる? 偶然ではないだろう。つけてきたのか?」

ノワは中学生相手でも警戒を怠らず殺気を放っていた。馬鹿だこいつと思った。

「さ、さっきハンバーグって言ってたから……」

ノワのただならぬ威圧感に中学生は怯えきった様子だった。

「で、何の用だ?」

と今度は僕。

「まだ手帳がどうのと言う気か? さっきも言ったが僕は知らないぞ」

ほんとは僕が捨てたけど。

「い、いや別に」

中学生がぷるぷると首を振る。じゃあ何なのだ気色悪い!
イライライライラッ! まったくどいつもこいつも!
どうしてそんなに僕を苛立たせるのか。

「あの、俺」
「うるさい! 黙れ!」

中学生が何か言いかけたので僕はすかさず遮る。
お前の話なんて興味ないし聞かない!
40まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/05(木) 00:32:43 ID:???
「乗れ!」

僕はバイクの座席シートを叩く。

「なにを」
「うるさい! 黙れ!」

ノワが何か言いかけたので僕はすかさず遮る。
お前の意見なんて即却下だし聞かない!

「乗れ! ポチ!」

僕は中学生を睨んでもう一度バイクの座席シートを叩く。

「ポ、ポチ……?」
「お前のことに決まってるだろうが! 乗れ!」

そう、お前はポチ。
たった今この瞬間から僕の犬だ!
文句は言わせない。無理矢理にでも連れて行く。

理由? そんなものはない。僕は怒っているのだ!
41まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/07(土) 23:40:29 ID:???
   11.俺と俺の愛について



「お前、それ完全に拉致じゃないか」

まぁなきにしもあらずやね。

シャツのボタンを留めながら怪訝な顔をしているのはジニだ。
ちなみにジニがシャツのボタンを留めているのは俺と禁断の果実を
貪り終えたからではない。

3時間目の体育が終わったのでさっきと同じようにC組の教室で
着替えているのです。説明おわり。

それと今日の授業はバスケでジニ君はやっぱり大活躍したのでした。はいはい。

「うーん拉致られたというのはいささか語弊があるな」
「なに言ってんだお前。有無をいわさず連れて行かれたんだろ? 
 これを拉致と言わずなんという。警察行けよ。何の為の法治国家だ」
「いやー……まぁねぇ……そりゃそうなんだけどねあっははは」
「なに笑ってんだアホ。笑いごとじゃないだろうが」

ジニはちょっと怒ったように俺から顔を背けてしまう。
それは俺のことを心配してくれているからだと俺はわかっている。
こいつめ。可愛い奴。そりゃモテるわ、アホめ。
42まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/07(土) 23:46:29 ID:???
心配してくれている(たぶん)ジニには悪いが、俺はやっぱり昨日のアレは拉致とは
言い難いと思っていた。
ハナちゃんに手を掴まれ、引きずられるようにしてヤクザの事務所まで
連れて行かれる間中、俺は一切抵抗しなかったのだから。
もちろん道行く人に助けを求めたりもしなかった。

俺は身の危険を感じながらもどこかあの状況を楽しんでいたのだ。

だけど、俺は一体なにを楽しんでいたというのだろう?

ハナちゃんとあのパシリみたいなオッサンの会話を聞いていた限り、
ハナちゃん達が向かおうとしている場所は明らかにヤバそうな所だと
俺はわかっていたはずなのに。俺はどうしてハナちゃんの手を
振り払おうとしなかったのか。あの白い手を。

Loveか? Love的な感情が芽生えていたのだろうか?
いや、それはない……と思う。
だってあの時点ではまともな会話すらしていなかったのだから
俺のLove畑にハナちゃんという名の恋の花が咲く訳がない。
大体俺はサチコさんが好きなのだ。たぶん。

たぶん!? たぶんてなんだ。俺はどうして断言しないのだ。なにゆえ〜!?
もしかして俺の愛の宛先はサチコさんからハナちゃんへシフトしているのか!?
いや、そっちの方がなにゆえ〜だ。ありえない。

大丈夫、俺はサチコさんが好きさ! うんうん、すきすきすー。
43まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/07(土) 23:50:24 ID:???
つうか年齢差を考えろ! 俺はいたいけな15歳の中学生。
ハナちゃんは推定23歳ぐらい。妙齢の女性に歳を訊くなんて野暮なことは
しないが(ていうか出来なかったのだが)まぁそんなもんだろう。

ハナちゃんを23歳と仮定するなら俺との歳の差は8歳だ。
8歳といえばどれぐらいの差があるだろう────────何も思いつかない。

とにかく、常識的に考えて俺とハナちゃんがねんごろになるのは
ちょっと如何なものかと思ってしまう。

いや、俺は別に歳の差カポーを否定したい訳ではない。
愛に歳の差なんてないのだから! 

って、ないのかよ! 言い切ってるじゃないか俺よ! いいのかそれで。

俺はふーと深呼吸して考える。

そりゃ世の中広いのだから23歳の女と15歳の男が真剣に交際している
ケースもあるだろう。漫画なんかではありがちな展開だ。
ありがちすぎてそんなパターン誰も喜ばないほどにありふれた愛の形だろう。
エロゲでもありそうだ。いや俺はエロゲとかやったことないけど。

しかししかしバーチャルな世界ではともかく現実としてはどうだろう。
法律的にはどうだ? 倫理的にはどうだ? 
そりゃ世の中広いのだから……あれ!? いかん、堂々巡りしている。落ち着け俺!

俺はふーと深呼吸して思考をニュートラルに戻す。
44まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/07(土) 23:55:55 ID:???
……例えば8歳の小学生とだーだうだうだーと言語を発するのもままならない
生まれたばかりの赤ん坊が付き合うというのは果たしてどうだろう?

極端すぎる! いくらなんでもそれはない。

……なら100歳になるお爺ちゃんと92歳のお婆ちゃんが付き合うのは?
まだこっちの方が現実味がある気がするし、実際そんな話を聞いたことが
あるような気がしないでもない。

でもやっぱり極端すぎる! 

……30歳のIT関係の会社に勤める男性とその会社に派遣で来ている
22歳の受付嬢ならどうだろう。いや設定はどうでもいいのだが。

これは全然ありだろう。うん、余裕でありだと思う。
そんなカポーはマジで掃いて捨てるほどいるだろう。

じゃあちょ〜っとだけ二人の年齢を下げてみよう。
23歳と15歳にしてみてはどうだろう。
男の方は23歳なら大卒で入社1年目ってとこだ。
女の方は15歳だから……中学生! うーんどうでしょう。
せめて後3年ぐらい待てってカンジ? どうです?

やっぱり俺とハナちゃんはそんな関係になってはいけないのだろうか。

うん、俺はやはり年相応に同年代の女子相手に恋心を抱くべきなのだろう。

たぶん。

ていうか大丈夫、俺はちゃんとサチコさんが好きさ! うんうん、すきすきすー。
45まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/07(土) 23:58:50 ID:???
ねぇジニ君! と俺は声をかけようとしたのだがジニはもうそこにはいなかった。
ていうかD組の奴らは着替えを済まして自分達の教室に帰っていた。

俺は俺の愛についてジニに話を聞いてもらいたいと思ったのに。
意見が欲しい。この世で最も信頼できる親友の意見が。

よし、D組に行こう。

と思ったらチャイムが鳴った。
仕方ないので続きはまた後で。
46まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/08(日) 00:02:00 ID:???
   12.僕とショボい街



国道らしき片側二車線の道路をノワのバイクで南進中(たぶん)、
ノワとポチに挟まれて座っている僕はあっという間に移り変わってゆく
街並みをぼんやり眺めていた。


それにしてもショボいな、この街は。

本を売ーるな〜らでお馴染みのあの古書店はやっぱりあるし、
ふっふん、ふふっふん、いい気分ーのあのコンビニもやっぱりあるし、
その向かい側には開いってまーすーの方のコンビニもある。

だけどショボいな。
ド田舎という程ではないと思うが、如何せん活気がない。
この街の若者達は一体どこで遊んでいるのだろうか。

という訳でノワの後ろに座っている僕の更に後ろに座っているポチに訊いてみよう。

「おい、君は普段どこで遊んでいるんだ」
「え……別にどこでも」

あっそう。野猿みたいだね。

まぁ中学生だしそんなもんか。
それに今は昔と違って外に出なくても自宅で充分遊べるだろう。ゲームとか。
といっても僕もそうだったが。
47まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/08(日) 00:06:02 ID:???
……そうだったな。
僕はゲームばっかりしてたな。
誰とも遊ばなかった。

寂しいな!

まるで僕が友達いない子だったみたいじゃないか。
実際そうだったが。

ゲーム以外には何をしていただろう?

……ノートに気に入らない奴の名前を書いてたな。
誰も死ななかったけど。

夜寝る前にポエム書いたりもしてたな。
誰にも見せなかったけど。

寂しいな!

僕って根暗なのだろうか……。


ノワはどうだろう? 
信号待ちでバイクが止まったので訊いてみよう。

「おいノワ、君は昔何をして遊んでいた?」
「木に登ったりしてたな」

あっそう。完全に野猿だね。

何が楽しくて木に登るのだろうか。理解不能だ。
48まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/08(日) 00:09:31 ID:???
「あぁ、中学の時か? てっきり小学生の頃の話かと」

勘違いしていたらしく、ノワは恥ずかしそうに笑った。
勘違いより木に登っていた思い出しかないことの方が恥ずかしいと思うのだが。

「小学校の頃……というかあの村には何もなかったからな」

ふっ、と昔を懐かしむような顔をしてノワが僕の顔を見る。
その時、信号が青に変わった。

「青だぞ」
「あぁ」

ノワは前方に向き直り、バイクがゆっくりと動き出す。

肝禿村か。
あそこは本当に何もなかったな。
あの村に比べればこの街は大都会だ。

空はこの街より高かったけど。


なんかポエム書きたくなってきたな。
ノート持って来ればよかった。
49まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/08(日) 00:10:46 ID:???
DEATH NOTEを失った後、いつかノートを取り戻した時の為にと作ったQちゃんノート。
気に入らない奴の名前をリストアップし続けて現在48冊目に突入している。
その内、半分近くのページがポエムで埋まっているのは内緒だ。


「そういえば」

不意にノワが後ろを振り返る。
前見て運転しろ。

「この街には鬱井達が住んでるんだったな」

ノワが懐かしい名前を口にした気がしたが、
僕はポエムを考えていたので聞いていなかった。


ところでバイクの三人乗りは法律で禁止されている。ダメ、絶対。
50おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2007/07/15(日) 23:11:40 ID:lN40yxgB
ほっしゅ
51可児玉 ◆KANI/FOJKA :2007/07/18(水) 01:55:44 ID:???
ほしゅえらいなぁ
52アルケミ ◆go1scGQcTU :2007/07/18(水) 21:48:26 ID:???
うんうん
53まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/21(土) 23:28:05 ID:???
   13.俺と焼きそばパンとプリンセス



「その女とヤリたかっただけでしょ?」

下品。

身も蓋もないことをさらっと言っちゃうアホのミサを無視して俺は
焼きそばパンをもしゃり食う。

昼休み、俺は屋上にいた。
思春期真っ盛りな中学生の男女が屋上に二人きり……危険だ!

しかし過ちなど起こるはずもない。
何故なら俺とミサ以外にサトチーとポンコもいるもの。

俺達四人は屋上の真ん中で車座になって昼飯を食べるのが日課となっている。
おかげで俺達が腰を下ろしている辺りは長い間雨が降らないとなんか色々と
汚いことになる。たまには誰か掃除しろよ! せっかくジニが綺麗な学び舎にしたのに!


「聞いてんの? ヤリたかったんでしょ? ヤリ目的で声かけたんでしょ?」
「違うわアホ。なんも知らんくせに勝手なこと言うな」
「サユから聞いたもん」
「じゃあお前はサユが『昨日の夕方、駅前でジェノがオレンジ色に発光して
 その後二つに割れた』って言っても信じたんか!」
「あんたの言うことよりは信じるよ」
54まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/21(土) 23:33:56 ID:???
ぬぅぅこの女! というか俺のこの信用の無さ!

「マジで!?」
「マジマジ。サユが職員室で聞いたって」

俺は食べかけの焼きそばパンをミサの口に突っ込んでやろうとしたが、
俺の両隣に座っていたサトチーとポンコが間にいる俺を無視して何やら
盛り上がっているのに気付いた。

「でもこんな時期に転校してこないよな、普通」

とサトチー。
てんこう? プリンセス。それはテンコー。いやいや……。

「なんか外国から来るらしい」

とポンコ。

「外国? 外人?」
「ハーフ、らしい」
「マジでー。つか男? 女?」
「女、らしい」
「うおー」

おいおい何の話だ。
俺はミサの口に焼きそばパンを突っ込むのも忘れて二人の会話に聞き入っていた。
いや何で聞き入ってるんだ俺。参加すればいいじゃん。
55まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/21(土) 23:36:56 ID:???
「何の話?」

俺はポンコに尋ねてみた。

「あ? ジェノ知らんの? 明日うちのクラスに転校生が来るって」
「な、なんだってー」

これはミサの口に焼きそばパンを突っ込んでいる場合ではない。
だって外国からハーフの転校生が来るんだぜ! うちのクラスに! しかもプリンセス!
56まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/21(土) 23:40:31 ID:???
   14.僕と座玖屋邸



地図で見ればわかるんだが、ここはちょうど晴刷市の中心に位置する。

そんな聞かされたところでどう答えればいいのかわからない情報を
ノワが提供してくれたが僕は無視する。こんな街の地理なんて覚える気もない。
中心にあるからなんなの?

僕、ノワ、ポチの三人はびっくりモンキーからバイクで移動すること約10分、
何号線か知らない知りたくもない国道を真っ直ぐ行ったり信号で止まったり、
途中で右折したり左折したりしているうちに豚餌臭があまりしない閑静な住宅街に
入り込んでいた。どこだここ。あぁ晴刷市の真ん中だっけ。どうでもいいな。

「ここだ」

ノワがバイクを止めて顎で僕とポチに降りるよう促す。
その生意気な仕草を見て僕はちょっとムカつく。

「すげー、超いい家。ぜってー悪いことしてるよ、これ」

ポチは飛び跳ねるようにバイクから降りると、憧憬と嫉妬の入り混じった瞳で
目の前の座玖屋邸をまじまじと眺めながら率直で的確な感想を述べてくれた。

ポチは「マジハンパねぇ」だの「やべー」だのと興奮していてそんなポチを
何が本気で半端なくて何が危ないのだと僕が冷めた目で見ながらバイクを降りると
ノワが「おい」と言うので僕なんだその偉そうな口の利き方は馬鹿野郎と腹が立ったが
ノワの視線はポチに向いていたのでなんだじゃあいいやと僕は思った。のだが。
57まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/21(土) 23:44:58 ID:???
「つい勢いで連れて来てしまったが、そいつをどうする気だ?」

視線はポチに向いたままだったが、どうやら僕に言っているようだったので
僕は驚いてしまった。下僕のくせに主人に意見するとは。

大体なんだ今更? つい勢いで〜も糞もあるか。
ここまで何も言わなかったくせになんだこいつ。

「なんだお前!」
「な、なんだって……こっちのセリフだ。どうした」
「僕がポチを連れて来たことになにか文句があるのか。
 いや、それよりここまで連れて来たのはお前も一緒だろうが!」
「そ、それはそうだが……」
「なにが『そ、それはそうだがー』だ! 大体なぁ──」

湧き上がってくる怒りを抑えきれず、不逞な下僕を思いっきり罵倒してやろうと
した時、不意に座玖屋邸の無駄にでかい鉄製の門がギーニャニャニャと
生きたまますり潰された猫の鳴き声のような音を立てて開いた。

「おお、自動ドア」ポチがギーニャニャニャと開く門を見つめて目を輝かせた。
ドアじゃない。どうでもいいけど重そうな門だな。
きっと手動で開けるのは無理だろう。

「お待ちしておりました」

びっくりした。
門の向こうには、黒いスーツを着た男が立っていた。
門が開いた瞬間から居たはずなのに、声を発するまで存在に気づかなかった。
いや、気づかせなかったのだ。よくわからんがこいつもただの一般人ではないのだろう。
『人がゴミのようだ』とか言いそうな顔立ちだ。割と男前な眼鏡マン。
誰かに似てるな。いや似てない似てない。気のせい。
58まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/21(土) 23:47:54 ID:???
「こちらです」

男は眼鏡をくいっと中指で押し上げて、座玖屋邸に向かって音もなく歩き出した。
誰だお前は。名前くらい名乗れと不愉快に思いながら僕はノワとポチに目で合図を送る。
ノワは一瞬(おい、ほんとにこのままポチも連れて行くのか)的な目をしたが無視。
僕は男の後を追ってギーニャニャニャと鳴いた鉄製の物々しい門をくぐった。
どうすべきか迷ったようだが、結局ノワはポチを捨て置いて僕の後に続いて来た。
ポチは(え、俺はどうすればいいの)的な目で僕とノワを交互に見てオロオロしていた。
なにしてるんださっさと付いて来い、と僕は無言で手招きする。
ほらポチおいでおいで。わんわん。ポチは付いて来た。
これで後々なにかあってもここに来たのはお前の意思だからな!
文句言うなよ、いい子だから。

僕達は玄関へと続くアプローチを男から数メートル遅れて縦一列に並んで歩いた。
門から玄関までは20メートルほどあった。長い。

しかし、堂々と自宅に呼びつけるとは……。
僕はこの家の主(だと思われる)、座玖屋の神経を疑った。
仮にも裏社会(←恥ずかしい)に身を置いているくせによく平気で僕達を招待出来るな。
僕だったら死んでも嫌だ。
僕なんてノワにさえ自宅を教えていない。知ってそうだが。変態め。
急に腹が立ってきたのでノワを罵倒してやろうかと思ったが、前を歩いていた
男が立ち止まってこちらを振り返ったのでやめておいた。玄関だ。

「お入り下さい」

男はまた眼鏡をくいっと中指で押し上げながらギーニャニャニャの門に
勝るとも劣らない物々しい両開きの鉄扉を開けて、僕達に先に入るよう促した。
扉はギーニャニャニャとは鳴かなかった。
59まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/21(土) 23:52:14 ID:???
座玖屋邸の玄関は無駄に広かった。
扉を開けてすぐ目の前が壁になっていて、ちょうど目の高さに絵が飾ってあった。
腰まであろうかという長いブロンドの髪の少女が、無駄に高そうな額縁の中で
背を向けて立っている。

なんだこの絵は。

ただ少女が背を向けて立っているだけの絵。意味がわからん。
しかし何故か心惹かれるものがある。ふむふむ、どうやら僕はこの絵から芸術的な
何かを感じ取ったらしい。さすが僕だ。なんと高尚な感性。

僕は絵の前に立ち、じっくり鑑賞することにした。

絵の中心に背を向けた少女。
よく見ると、絵の中の少女はちょうど今僕がそうしているように
壁に向かって立っているのだとわかった。大理石っぽい壁。
そういえば今僕が見ているこの絵がかけられているのも大理石だ。
なんだか今こうして絵に向かって立っている僕の後ろ姿が誰かに
スケッチされているような気がした。変態め。

気を取り直して鑑賞を続ける。
少女は白いワンピースを着ていて素足だった。
どこだかわからないが少女はどうやら屋内にいるらしい。
む……? よく見るとこの少女、片腕がないぞ! 右腕が肩のすぐ下あたりから
描かれていない。左腕はちゃんと指の先まで描かれていて、置き場に
困ったように所在無くだらりと肩から垂れ下がっている。
少女以外に描かれているもので特に目を引くものは何もない。というか何もない。

ほうほう、ううむ。よくわからん絵だ。
しかし、感じる。感じるぞー。何かを。それが何かは説明出来ないが
芸術というものはそういうものだ。きっとそうだ。そうに違いない。
変に理屈付けることはない。見たまま、感じたままでいいのだ。たぶん。
60まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/21(土) 23:56:31 ID:???
なら僕は見たまま、感じたままでこの絵に何を思ったのか?

わからん。
別に何も思ってない気がする。

強いて言えば『なんだこの絵は』。

うーん、それでいいのか? そんなものか? そんなものか。まぁいいか。
うん、大丈夫。僕はちゃんと芸術を理解出来ている。出来てる出来てる。
げいじゅつはのびのびと、ゆたかなこころでだな……。

「おい……」
「ぬっ!?」

ノワに声をかけられ我に返った。
ノワとポチ、それに眼鏡男は既に靴を脱ぎ、スリッパに履き替えていた。
むぅ、やるな絵め。僕の時間を止めてしまうとは。すごい。ビバ芸術だ。

「失礼」

軽く咳払いして僕もスリッパに履き替えると、眼鏡男は無言で(しかも無表情で)
廊下を歩き出した。僕達三人も無言で男に続く。

廊下はやはりというべきか無駄に長く、僕はぱすぱすぱすぱぱぱすぱすと床に擦れる
スリッパの音だけを聴きながら歩いた。

途中で直角に曲がって、更に同じぐらいの距離をぱすぱすぱすぱぱぱすぱすと歩いて
ドアに突き当たると、眼鏡男は無言でドアを開けて僕達に先に進むよう目で促した。
僕達は無言で従う。
ドアを開けると正面に壁。で、また廊下だ。右と左に進めるがどっちに行けばいいのか
わからないので僕は眼鏡男を見る。眼鏡男は静かにドアを閉めると廊下を右に進んだ。
左に行ったら何があるのだろう。どうでもいいか。
61まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/22(日) 00:00:06 ID:???
眼鏡男に続いて更にぱすぱすぱすぱぱぱすぱすと10メートルほど進むと
廊下はT字になっていて、眼鏡男は迷うことなく左へ曲がった。
右に行ったら何があるのだろう。どうでもいいか。

T字を左に曲がるとすぐまたさっきと同じ作りのドア。
男がまた無言でドアを開けて僕達が先に進む。
男がドアを閉める前になんとなく今来た廊下の向こう側、
つまりT字を右に行った先には何があるのかと振り返って目をやってみると、
突き当たりに引き戸が見えた。あれは何の部屋だろう。どうでもいいか。

眼鏡男が静かにドアを閉める。それにしても機械のような動きだ。ロボだ。メカだ。


で、ドアをくぐるとここはリビング。

……広い! 広すぎる!
リビングというか、なんだこれは! パーティーが出来るぞ!
しかも吹き抜け! 2階が丸見えだ! 大変だ!
おお、天井でやっぱりあれが回っている。何の為に設置されているのかよくわからない
プロペラがまわっている! しかもしかも、当然だと言わんばかりにシャンデリアだ!
馬鹿か! やりすぎだ! 僕は興奮しながらリビングを見回した。

無駄に高そうなソファーやらなんやら、大人がすっぽり入れそうなでかい壷がある。
壁から鹿の首が飛び出している。さまようよろいが飾られている。
そして……少女の絵。

ほほう。

玄関にあったのと同じ無駄に高そうな額縁。
だが、絵が玄関にあったのとはちょっと違う。
62まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/22(日) 00:03:11 ID:???
腰まであるブロンドの髪の少女が体をやや半身に開いて立っている。
どうやら玄関にある絵に描かれていたのと同一人物のようだ。

少女は僕から見て斜め左を向いていて、体の向きに合わせて視線も鑑賞者に
対してでなくどこか遠くに向けていた。
そして右腕を視線の向いている方向に伸ばして、人差し指をぴんと立てて何かを指差していた。

ん? 何か違和感。……あぁそういうことか。
玄関で見たあの絵は、右腕を伸ばしていたのか。
玄関の絵の少女とこの絵の少女は同じポーズをとっているのだ。
後ろから見た図を描いていたから右腕がないように見えたのか。

それにしても、ふーむ。

なんだこの絵は。

玄関の絵と同様、少女はやはり素足だったが、こちらの絵も屋内にいるらしいと
いうことがなんとなくわかる。

少女は壁際に立っていて、その壁の少女の頭より少し高い位置から
鹿の首が飛び出している。絵の端にはさまようよろいが半分見切れて描かれている。

むむ? これ、この部屋じゃないのか? うん、絶対そうだ。
ということはあの玄関の絵も……。

「おい……」
「ぬっ!?」

ノワに声をかけられ我に返った。
ノワとポチが怪訝な顔で僕を見ていた。
眼鏡男も僕を見ていたが怪訝な顔ではなかった。無表情だ。
むぅ、やるな絵め。僕の時間を止めてしまうとは。すごい。ビバ芸術だ。
63まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/22(日) 00:05:30 ID:???
「失礼」

軽く咳払いして僕は眼鏡男にニコッと笑いかけた。
しかし眼鏡男は表情を変えずに軽く頭を下げただけだった。愛想のない奴だな。

さっき入ってきたドアの向かい側に、同じ作りのドアがある。
男はそのドアに向かって最短距離、且つ最小限の動きでススススと
足音もなく歩き出した。僕達三人も無言で男に続く。

そして例によって眼鏡男がドアを開け、僕達が先に進む。

ドアの向こうはまた廊下だった。廊下は直線で、20メートルほど先で
行き止まりになっていた。

僕達が開けたドアのすぐ傍にやはり同じ作りのドアがあり、その隣に階段があった。
眼鏡男はそのドアや階段には目もくれず廊下を一直線に廊下を進んで行く。
ぱすぱすぱすぱぱぱすぱすと僕達も後に続く。ぱすぱすぱすぱぱぱすぱす。
廊下の途中で他にもドアが三つほどあったが、男が手をかけたのは
突き当たりの左手にあった襖だった。和室のようだ。なんで和室なんだ。別にいいけど。

襖は音もなくスライドした。立て付けいいな。敷居に蝋燭でも塗ってるのだろうか。

「お連れしました」

眼鏡男が和室の奥に向かってよく通る、しかし静かな声で言った。

和室もまた無駄に広かった。20畳ぐらいだろうか。やりすぎだ。
64まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/22(日) 00:07:05 ID:???
座敷の中央には漆塗りの馬鹿でかい座卓がどんと置かれていた。
そして上座にアンソニー・ホプキンスが座っていた。レクター博士だ!
何故こんな所にあの名優が!? と思ったが当然別人だった。
よく似てるがよく見ると違う。そりゃそうだ。

「お待ちしておりましたよ」

和製アンソニー・ホプキンスが口を開いた。
──こいつが座玖屋か。
65:2007/08/02(木) 23:11:53 ID:???
保守
66おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2007/08/06(月) 00:37:42 ID:Su8P5/b4
保守
67おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2007/08/08(水) 01:27:13 ID:ImxvwQQ0
保守
68おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2007/08/08(水) 19:57:06 ID:kuHaCB4r
保守
69おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2007/08/12(日) 01:37:58 ID:wkqTL7os
保守
70おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2007/08/12(日) 11:45:59 ID:???
71まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/14(火) 00:04:14 ID:???
   15.俺とクラス委員としてのサチコさん



明日来るという転校生について情報収集を開始しようとした時だった。

「ちょっとあなた達! 屋上は立ち入り禁止よっ!」

屋上に通じるドアが何者かに勢い良くぶち開けられると同時に、
大気が震えるほどの金切り声が耳を劈いた。

焼きそばパンを噴出しそうになるのをすんでの所で堪えて
ドアの方に目をやると、サチコさんが艶やかな黒髪を秋風に揺らせて仁王立ちしていた。
俺は慌てて焼きそばパンを飲み込む。飲み込んだところでどうにもならないのだが。

「いいじゃん別にーサチコも一緒に食べようよー」

恐れを知らないアホのミサが笑顔で手招きすると、
サチコさんは細く整った眉を吊り上げて俺達を睨みつけた。
俺はそんな目で見ないでハニーとか言おうと思ったが言ったらすべりそうな
気がしたのでやめておいた。いや、すべらないとしても言えない。

「あぁもう! こんなに散らかして! 誰が掃除するのよこれ!」

サチコさんがヒステリックに叫ぶ。
全くだ、せっかくジニが綺麗にしたのにね。
72まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/14(火) 00:08:49 ID:???
「もう! ほんとに……もう! だから屋上には鍵をって……もう!」

ぶつぶつ文句を言いながら、サチコさんは俺達が出したゴミを拾い始めた。

「大体なんでわざわざ屋上まで来て食べる必要があるのよ……もう!」

サチコさんの手が焼きそばパンが入ってた袋に伸びた時、
なんだか俺は急に申し訳ない気持ちになってきて、足元に転がってたコーヒーの
紙パック(ポンコが飲んでたやつ)を拾い上げた。そしたらサチコさんに奪い取られた。

「ジェノ君」

サチコさんがキッと俺を睨む。殺し屋のような眼光だった。
俺は思わず彼女から目を逸らしてしまう。
咄嗟に首を捻って助けを求めたのだが、サトチー・ポンコ・ミサはいつの間にか
消えていた。なんて薄情な奴らだ。素敵すぎる。

「ジェノ君はどうして問題ばっかり起こすの?」

サチコさんが紙パックから突き出たストローを指で優しく容器の中に押し込む。
俺は何故かストローになりたいと思った。変態か。

「俺、問題なんて起こしてないよ」
「今、起こしてるじゃない」
「こんなんモンダイのうちに入らねーよ」
「そうね。今まであなたが……いや、あなた“達”が起こした問題に比べれば
 たいしたことはないかもしれないわね」
「う……」
73まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/14(火) 00:16:20 ID:???
サチコさんの冷ややかな目が痛い。
彼女が言ってるのは俺とサトチーとポンコが過去に実行した数々の愉快な企画の
ことだろう。
理科室で鍋パーティー事件とか、自習の時間にプレステ2事件とか、グラウンドに
卑猥なミステリーサークル事件とか、五月だけど勝手にプールに水入れて
ウォーターボーイズごっこ事件とか、昼の校内放送でエロ小説を朗読事件とか。
サチコさんはどれのこと言ってるんだろうか。

「あのねぇジェノ君、いい? 理科室で白菜をつっついても、教室でエスタークを
 倒しても、校庭に変なマークを描いても、プールでカーペンターズの曲流して
 シンクロしても、放送室で気持ち悪い喘ぎ声出しても、成績は上がらないのよ?」

どうやら全部らしかった。
サチコさんは俺の過去の武勇伝を至って真剣な顔つきで、しかし冷めた口調で
淡々と並べるので俺はすっごい恥ずかしくなった。

「か、関係ねーだろ」
「関係なくないわよ。だって──」

と、言いかけてサチコさんはきゅっと口を引き結んだ。
俺はそんなサチコさんを見てちょっと、ていうかめっちゃ胸が痛む。

関係なくないわよ。だって──私はクラス委員だもの。

きっとそう言おうとしたんだろう。
同じクラスの俺が問題を起こすと、クラス委員であるサチコさんの評価が下がる。
そういうことなのだ。
74 ◆K.tai/y5Gg :2007/08/14(火) 00:17:14 ID:???
おらよ
75まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/14(火) 00:22:30 ID:???
   16.僕とオッサン二人のしょうもない会話



「座玖屋です」

そう言って、和製アンソニー・ホプキンスが恭しく頭を下げた。
やはりこの男が座玖屋か。とりあえず見た目だけで判断するとそこそこ
貫禄はあるなぁなどと思っていると、ノワが「ノワだ」と仏頂面で名乗った。
こいつは貫禄ないな。全くない。
ポチはポチでどこに目をやればいいのかわからないといった風におどおどしている。

「さ、どうぞお座り下さい」

座玖屋に促され、僕達は座玖屋と対面する形で座卓に三人並んで座った。
僕達が腰を落ち着かせたのを見て取ると、座玖屋は目だけを動かして眼鏡男を
一瞥した。すると眼鏡男はこくりと頷き、無言で和室から出て行った。

「いやしかし、華鼬の頭首がこんなお嬢さんだとは」

お嬢さん……僕のことらしい。
座玖屋は顔全体の筋肉を弛緩させて笑顔を作っていたが、
その目が笑っていないことに僕は気付いた。

僕を、そして僕の隣にいる下僕と犬を品定めするような目だった。

「ところで……その、そちらの方は随分とお若いようですが」

座玖屋がポチの顔を覗き込むように見ながら言った。
そりゃそうだ。ポチはどこからどう見ても中学生だ。制服着てるし。
しかしまさかさっき知り合ったばかりのどこにでもいる中学生を
こんな場に連れて来ているとは思いもしていないだろう。
76 ◆K.tai/y5Gg :2007/08/14(火) 00:27:43 ID:???
かかってんの
77まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/14(火) 00:28:39 ID:???
「これはポチです。まだ若いですがこう見えてもうちの組織では
 序列8位の腕利きでね。“アンチェイン”という異名を持っています。
 『誰も奴を飼いならすことは出来ない』と恐れられている狂犬みたいな奴です」

僕は適当に出鱈目を並べたが、座玖屋は「ほほお」と驚いたような
表情をわざとらしく作ってみせただけで、それ以上ポチの素性については
触れようとしなかった。賢明だ。こいつに触れたら怪我するぜ。

僕はそれから適当にノワのことも紹介した。どうでもいいので省略。

「どうですか、華鼬さんの方は」

唐突に主語のない質問をされて僕は返答に困ったが、
僕の代わりにノワが「まぁ、それなりに」と答えた。

「それは羨ましいですな。うちは例の件ですっかり警察に睨まれてましてね」

例の件。
ユーモリだかタモリだかが殺された事件のことか。

「ユーモリを殺ったのはやはり敵対している組織なのか?」とノワ。
「いや、それが皆目わからない。正直、警察に頼るしかありませんな」と座玖屋。
「心当たりぐらいはあるだろう」とノワ。
「はは……まるで事情聴取ですな。警察にも同じ事を聞かれましたが」と座玖屋。
「ないのか」とノワ。
「まぁアレも“色々と”やっておりましたからな。
 組織とは関係のないところでも相当恨みを買っておったんでしょう」と座玖屋。
「心当たりがありすぎるというところか」とノワ。
「そうですな。それはワシにもいえることですが」と座玖屋。
78まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/14(火) 00:35:34 ID:???
座玖屋はハッハッハと笑いノワはクックックと笑っていた。
なにがおもろいねんと僕は心の中で毒づいたが、いやしかし、ちょっと待て。
さっきから僕を無視して何を二人で楽しげに会話を弾ませてやがるかこいつらは。
腹が立ってきたぞ。立腹だ。僕は、何事も僕が中心に事が進まないと気に入らないのに。

ノワと座玖屋は更に会話を弾ませ、それから十分ほどこの街の裏事情ネタでおおいに
盛り上がっていた。
僕は無理やりにでも会話に加わってやろうと思い、会話の流れに飛び込むタイミングを
ずっと計っていたが、どうにもオッサン二人のアウトロー話に割って入る事が出来ず、
ただただオッサン二人の繰り出すどうでもいい話を聞いては流し、聞いては流していた。

「ほう、ノワさんは釣りをおやりに?」
「いや趣味というほどではないんだが」

更に更に二人の会話は弾み、いよいよどうでもいい話題が僕の目の前を行き交う。
僕とポチの存在を完全に忘れ去っているようだ。友達かお前ら。
馴れ合うな気色悪い。あー気色悪い。死ねばいいのに。
なぁポチ? と僕はポチの顔を見る。こんなオッサン達はほっといて二人で話そう。

「なぁポチ?」
「え? ……あ、はい」
「なんだその反応は」

僕が声をかけるとポチはどこか上の空で、落ち着きなく体をくねくねさせていた。
79 ◆K.tai/y5Gg :2007/08/14(火) 00:42:08 ID:???
もっかい
80 ◆K.tai/y5Gg :2007/08/14(火) 00:42:50 ID:???
もひとつ
81まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/14(火) 00:43:35 ID:???
「どうした。トイレにでも行きたいのか」
「いや、そろそろ帰らないと……」
「なに中学生みたいなこと言ってるんだ」
「いや俺バリバリ現役の中学生だし」
「そうだったか。今何時だ」
「もう8時前ッス」
「門限あるのか。そんな馬鹿みたいな顔してるくせに」
「ひでぇ」

ポチは悲しそうな顔をした。
僕はちょっと愉快な気持ちになった。
ノワと座玖屋はまだ訳のわからない話で盛り上がっていた。

「ふむ、まぁいいだろう。今日は帰れ」
「無理やり連れてきといて……あんた自己チューだな」
「誰があんただ。年上に向かって」
「そういや名前聞いてないんだけど……なんて呼べばいいんだよ。
 ハナ……ハナイタチ? だっけ? それ本名なの?」
「そうそう。花井タチという。
 植物の『花』に井戸の『井』に『タチ』だ。覚えておけ」
「ふぅん。変な名前」

僕はもちろん嘘をついている訳だが、何の意味も目的もない。
なんとなくポチをからかってるだけだ。

「じゃ、俺そろそろ……」

僕のついた嘘に微塵も疑いを抱かず、ポチはそそくさと立ち上がった。
すると悪人丸出しの顔でアウトロー話に花を咲かせていたノワと座玖屋が
会話を中断してポチを見た。
82 ◆K.tai/y5Gg :2007/08/14(火) 00:45:25 ID:???
時系列が飲み込めない。読み直さないとダメかなこりゃ
83まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/14(火) 00:48:12 ID:???
「どうされました?」

座玖屋が訝しげな目で立ち上がったポチを見上げた。

「いや実は」座玖屋の問いかけに口を開いたのはポチではなく僕だ。
彼はこれからちょっと殺しの仕事が入ってまして、とまた意味もなく
適当な嘘をついてやろうと思ったのだ。本当に意味はないのだけれど。
が、しかし。

「お帰りになられるそうです」

誰かが僕の些細な楽しみを奪ってしまう。
誰だ、空気の読めない奴めと僕はその空気の読めない奴の顔を睨んだ。

眼鏡男だ。

あれ? なんでいるんだこいつ。いつの間に。
先程、座玖屋に目で促され座敷を音もなく出て行ったはずの眼鏡男が
座卓を挟んだ向かい側で姿勢良く座っていた。
そして僕は自分の目の前に湯飲みが置かれているのに気付いた。

お茶だ!

いや別に驚くことではない。
ここは座敷で、僕達は客人だ。
客が来たらそりゃ茶ぐらい出すだろう。むしろお茶請けも出しやがれとさえ思う。
しかしこの眼鏡男、今の今まで完全に気配が消えていた。
それが意図的な所作だとしたら達人だ。

だけど「お茶置いときますね〜」ぐらい言えよ。もう冷めてるじゃないか。
気が利くのか利かんのかわからん奴だ。
84まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/14(火) 00:52:06 ID:???
とか思ってる間にまた眼鏡男が僕の視界から消え去る。
しかし今度は気配を感じた。

眼鏡男は僕の背後に立っていた。
その隣には居心地の悪そうな顔をしているポチ。
眼鏡男は無駄のない動きで静かに襖を開いた。
どうやらポチを玄関まで送ろうとしているらしい。

僕は眼鏡男と一緒にポチを玄関まで送ることにした。
一応座玖屋に断りを入れてから、僕はポチと眼鏡男と三人で座敷を出る。

玄関までひたすら無言だった。

ぱすぱすぱすぱぱぱすぱすと来た時と同じ道を正確に逆行して玄関に辿り着く。
僕はスリッパを履いたままポチを見送るつもりだったのだが、眼鏡男が
靴に履き替えたのを見て僕もそうすることにした。

どうやら客人を敷地の外に追いやるまでは安心出来ない、ということらしい。
眼鏡男の鋭い眼光がそれを物語っている。うん、いい心がけだね。

玄関を出て、僕達は無駄に長いアプローチを黙々と歩く。
そして僕達が鉄製の門の所まで来ると、門は来た時と同じようにギーニャニャニャと
鳴きながら独りでに開いた。
どういう仕掛けになっているのだろうと不思議に思いながら僕はポチと共に
門をくぐった。眼鏡男はついて来なかった。

敷地の外に出るとポチは僕と目を合わせようともせず、
気まずそうに視線を宙に彷徨わせ始めた。
ポチは随分長い間、唇を尖らせたり、眉間に皺を寄せたり、片方の眉だけ上げたり、
首をちょっと捻ったり、体を左右に揺らしたりしていた。
僕はそんな彼の挙動を見るともなく見ていた。
85まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/14(火) 00:53:58 ID:???
やがてポチは何か言おうとしたのか口を開きかけが、2秒ほど口を半開きに
しただけで結局何も言わずにすぐに口を閉じた。
ポチは笑っているのか怒っているのかよくわからない微妙な表情を浮かべて、
前髪を右手の親指と人差し指で摘んだ。
ポチは親指と人差し指の間にあるその髪の毛が本当に自分の物であるかを
確かめるように顔の前方に引っ張りながら、指と指の間から飛び出した毛先の束を
見つめていた。

ふと振り返ると、門の向こうに眼鏡男が立っていた。
眼鏡男は直立不動で前を向いていた。視線は僕にもポチにも向いていなかった。

「あのさぁ」

僕が後ろを振り返ったのを契機となったのか定かではないが、突然ポチが口を開いた。

「なんだ」

眼鏡男から目を切り、返事をしながらポチに向き直る。
ポチは前髪を摘んだままだったが、目線はこちらに向いていた。
ほんの一瞬目が合ったが、ポチはすぐに僕から目を逸らした。

「なんで俺をここに連れて来た?」

座玖屋邸を囲む高い塀に向かって吐き捨てるようにポチは言った。
ふむ、今更だな。だが考えてみれば当然の質問だ。仕方ないので、

「面白そうだったから」

と僕は正直に答えた。
86 ◆K.tai/y5Gg :2007/08/14(火) 00:58:45 ID:???
完全九州視点でのはないたちがもう一本書けそうだ
87 ◆K.tai/y5Gg :2007/08/14(火) 01:07:15 ID:???
もっかいかな
88まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/14(火) 01:07:55 ID:???
「面白そうって……そんな、あんたなぁ」
「あんた言うな」
「あなたね」
「ふむ。……なんだ? 今の答えになにか不満でも?」
「いやあるよそりゃ」
「なにが」
「なにって……なにが面白いの?」
「面白い、とは言ってない。面白そう、だった、と言ったんだ」
「じゃあ言い直して……何が面白そうだったんだよ」
「さぁ?」
「さぁって……そんな、あんたなぁ」
「あんた言うな」
「あなたね」
「待て」

僕はそこでポチの顔の前に手を翳してポチを黙らせる。

「なんスか」

会話のリズムを崩されてポチは調子が狂ったのか、不満気に目を細めた。

「君こそ、なんで付いて来た?」
「な、なんでって」

ポチは明らかに動揺した。意外な反応だ。

僕は面白そうだったからポチを連れて来た。

なら逆にポチはどうして付いて来たのか?
ふと気になったのだが、これも当然といえば当然の質問だ。
89 ◆K.tai/y5Gg :2007/08/14(火) 01:10:40 ID:???
嗅ぐのが精一杯
90 ◆K.tai/y5Gg :2007/08/14(火) 01:11:23 ID:???
誤爆じゃないよ。支援したんだよ
91まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/14(火) 01:12:58 ID:???
普通付いて来る訳がない。
半ば強引だったとしても、逃げるチャンスはいくらでもあったはずなのに。

「なんでだ?」 

僕はもう一度訊いた。
するとポチは舌打ちして「──面白そうだったから」と弱々しい声で答えた。

うむ!

「だろ?」僕はポチの肩をぽんぽんと二度叩いた。それでいい。うっふふ。
理由なんて『面白そうだったから』で充分だ。自分の行動に意味なんて求めなくていい。
うんうん、いい子だポチ。「よーしよしよし」と僕はポチの頭を撫でる。
力いっぱい撫でる。ポチは少し嫌そうだった。でもちょっと嬉しそうだった。

一頻り愛でてから、僕は思い切りポチを突き飛ばした。
ポチは「ぐわっ」と短く悲鳴をあげて地べたに転がった。

「な、なにすんの!?」

地べたに座ったまま、ポチは泣きそうな顔で僕を見上げる。
僕はポチのその表情に非常に満足したので座玖屋達の所へ戻ることにした。

「じゃあな」

僕は呆然と地べたに座っているポチに手を振って、門に向かって歩き出した。
眼鏡男はさっきと全く同じ位置に、全く同じ姿勢のまま、全く同じ表情を浮かべて
立っていた。ポチは今どんな顔をしているのだろうと気になったが、
僕は振り返らなかった。

門の所まで戻ると眼鏡男はくるりと僕に背を向け、玄関へと足早に歩き出した。
僕が門をくぐると、門はギーニャニャニャと鳴きながら独りでに閉まった。
92おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2007/08/14(火) 01:15:22 ID:???
ちょっと
93 ◆K.tai/y5Gg :2007/08/14(火) 01:15:23 ID:???
17号思い出した
94まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/14(火) 01:16:32 ID:???
玄関でスリッパに履き替え、邸内をぱすぱす歩いて和室へ。
その間もちろん眼鏡男との会話はなかった。


最初に来た時と同じように、眼鏡男が機械のように無駄のない動きで襖を
スライドさせる。

絵がある。

玄関やリビングにあったあの少女の絵がそこにあった。

あれ? こんな絵さっきあったっけと僕は思う。
いやなかったぞ、さっきはなかった。
なかったというか、その前になんで絵が座ってるんだ。額縁もないし。
いや、絵じゃないなこれ。立体的過ぎるな。ていうか……動いてるな。

「御挨拶しなさい」

僕が目の前のやたらリアルな少女の絵のようなものというか絵じゃないそれを
なんだこれと思いながら見ていると、座玖屋が僕の目の前のやたらリアルな
少女の絵のようなものというか絵じゃないそれに向かって目配せした。ん?

座玖屋に促され、僕の目の前のやたらリアルな少女の絵のようなものというか
絵じゃないそれ改めちゃんと生きてるっぽい息してるっぽい女の子、正確にいうと
あの絵のモデルと思われるブロンドの髪の少女が僕に頭を下げた。

「きらたまです」
95おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2007/08/14(火) 01:18:36 ID:???
な、
96 ◆K.tai/y5Gg :2007/08/14(火) 01:18:37 ID:???
んだってー
97おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2007/08/18(土) 21:05:40 ID:???
98まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/18(土) 23:09:25 ID:???
   17.俺とベルベットの空



どこか寂しげな表情で俺を見つめるサチコさんに、
俺は何故だか昨日会ったばかりのハナちゃんの姿を重ねてしまった。

俺の目の前にいるのはサチコさんであって、ハナちゃんではない。
外見からして全然似てない。共通しているのは二人とも女で、
綺麗な黒髪をしてるってことぐらいだ。
性格も全然違う、と思う。
サチコさんはあんなにエキセントリックじゃないし。たぶん。

頭ではわかっているつもりだったが、それでも俺の目にはサチコさんと
ハナちゃんがダブって見えた。

それはきっと、彼女“達”を前にした時の、俺のびみょーな、心情の機微ってのが
深く関係しているのだと思う。わからんけど。

「……いつだってそうなんだから」

消え入りそうな声だった。
その声に、俺の心はひどく掻き乱された。
今、この場には俺とサチコさんしかいない。
なのにその声は、彼女の言葉は、俺ではない別の誰かへ──或いはここではない
どこかへと向けられているように聞こえた。
99まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/18(土) 23:15:54 ID:???
「私の気持ちなんて知らないで──」

不意に乾いた風が吹き抜けた。
曇りがちな表情とは裏腹に、彼女の艶やかな黒髪がヴィヴィットに揺れる。
俺はなんだかケツが痒くなってきた。

たかがエアー如きが俺の情緒をどうこうするんじゃねぇよ。

「なぁ」

屋上に好きな子と二人っきりというシチュエーション。

──だけどなんか修羅場チックで。

俺は俺とサチコさんとの間に流れてる気まずい空気に耐え切れず、
後先考えずに口を開いてみた。

「なんでいっつも俺のやることに口出しすんのさ」

言ってから後悔した。
もうちょっと言葉選べよ、俺。

「それを言うなら“俺の”じゃなくて“俺達の”でしょ」

あっそう。
可愛くないね。可愛いけど。

「なんでいっつも俺達のやることに口出しすんのさ」

サチコさんに添削してもらった通りに俺は言い直す。
するとサチコさんはふっと力なく笑って、俺から目を逸らせた。
100まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/18(土) 23:21:06 ID:???
「聞いてんの」

俺はしつこく問い詰める。
答えはわかりきっているはずなのに。
なんでやねん。やめとけジェノ。今なら傷は浅いぞーと俺は俺に待ったをかけるが、
それでも俺の口は勝手に動く。

「なぁ、なんでだって聞いてんだよ、おい」

とかなんか横柄な口調の俺。えー、なんでお前そんな偉そうなのと
俺は自分にちょっとひくがそれでもやっぱり俺の口は止まらない。

「はっきり言えよ。“私はクラス委員だから点数稼ぐのに必死なんです”ってよ」

うわ〜言っちゃった自分が悪いくせに言っちゃった。 
思春期の少年の複雑な心境とかで誤魔化せるレベルじゃねーぞ!
と内心あうあうなくせにどんどんアドレナリンが分泌されていくのを感じる。
なにを興奮してるんだ俺は。変態なのか。そうだ変態なんだよ俺は。へっへっへ。
もうどうにでもなれっつーの知るかボケさようならグッバイマイラブ。

「やっぱりわかってない」

えぇ、えぇ、わかりませんよ。わかりませんとも。
そんな、お前。女子の気持ちとかさ。授業で習ってないし。

え? どういう意味? なにがわかってないの俺は? 
101 ◆K.tai/y5Gg :2007/08/18(土) 23:22:02 ID:???
風呂入る前に支援
102まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/18(土) 23:25:16 ID:???
「なにが」

俺はアホみたいに聞き返した。

「わかんない人に言ったって仕方ないでしょ」

サチコさんは俺から目を逸らしたまま、どこか遠くを見ながら言った。
俺は彼女の視線の先を追ってみたが、乾いた、それでいてどこか
なめらかな空がどこまでも続いてるだけだった。

「男の子っていつもそうなんだから」

ベルベットの空の下で微かに震えるサチコさんの声はすげぇ空虚で──。

秋だなぁ……とか俺は全然関係ないことをしみじみ思ったりしていた。
103まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/18(土) 23:32:10 ID:???
   18.僕と謎の洋菓子



きらたまと名乗った少女は、見れば見るほどあの絵に描かれた少女とそっくりだった。

──というのが第一印象だったのだが、もちろんこの印象には誤謬がある。
座卓を挟んだ向こうに確実に存在しているこの少女があの絵の少女に似ているのでは
なく、あの絵の少女が目の前の少女に似ているのだ。
つまりあの絵のモデルはこのきらたまなのだろう、と僕は解釈していた。

「さて、役者が揃った……というと大袈裟ですが、
 そろそろ本題に入りたいと思いますがいかがかな? ノワさん、九州さん」

座玖屋が僕の本名を知っていたのにはいささか驚いたが、そんなことより
ノワさん、九州さん、と僕より先にノワの名前を口にしたのが気に入らなかった。

「あぁ」

とノワもノワですっかり僕を差し置くことに抵抗がなくなっている様子だった。
くたばりさらせ。

「まずは座玖屋ファミリーの二代目として、単刀直入にこちらの意向を
 述べさせていただきますが──」

座玖屋の表情がうさんくさいオッサンから組織の長としてのそれに変わった。
うむ。メリハリをつけるのはいいことだ。ノワなんて常に仏頂面だからなぁ。

「──この街に、同じような組織は二つも要らないとは思いませんか」

ぜんぜん単刀直入じゃないぞ、と僕は思う。
それどころか質問してるじゃないか。
104まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/18(土) 23:38:09 ID:???
「……と言うと?」

ノワはメリハリのない仏頂面で尋ね返す。

「言葉そのままの意味です」

座玖屋は好々爺めいた笑みを浮かべて言ったが、やはり目は笑っていなかった。
むしろ今までにない鋭利な視線で、僕とノワを同時に射抜いていた。

「言ってる意味がよくわからないな」

ノワも負けじと座玖屋に鋭い眼光を射返す。
でもこいつときたら本当に阿呆だから、本気で座玖屋の言っていることが
わかっていないかもしれない。大丈夫か、ノワ。大丈夫なのか。

「我々が選ぶべき道は二つの内どちらかです。共存か、淘汰か」

ここで話がようやく本題に入った。
議題は華鼬と座玖屋ファミリーのこれからについて、だ。

「極論だな」

ノワはふっ、とかいってすかしくさる。
僕は(あ、こいつ駄目だ。たぶん駄目だ)と直感しつつ、しばらく傍観することにした。

「何も難しい話をしているつもりはありません。至極、簡単なことです」

座玖屋は口元に笑みを湛えたままノワ一人に焦点を定めた。

自分から結論を切り出そうとはしないあたりがあざとい。
この狸オヤジめ。
105まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/18(土) 23:44:15 ID:???
「もしも俺達にこの街から退けというのなら、それは出来ない相談だな」

ノワが目を細めてすかぽんに抜けたことを言う。
本当に駄目だな、こいつは。がっかりした。君には本当にがっかりしたよノワ。
そんな中身を刳り貫かれたスポンジケーキみたいな脳みそでよくぞ今まで組織を
引っ張ってこれたなと逆に感心してしまうよ、僕は。

「ははは……ノワさんは意外とスマートな方なのですな」

ほら、狸もへその上に茶釜乗せて笑ってるぜ。

「いや、堅実というべきかな」

しかも的はずれなフォローまで入れられるという始末だった。
眉間にありったけの皺を寄せて何か考えている風なノワを見て、
僕はなんだか自分のことのように恥ずかしくなった。どうすんの、ねぇ。

「……どちらかがこの街から手を引くべきだ、と俺は思っているんだがな」

ノワは油揚げをカツアゲされた狐みたいな顔をして呑気なことを言う。
そういえば狐に似てるよ君は。どちらかというとね。

「ですから、それ以外にもう一つ選択肢がある、と私は言いたいのですよ」

座玖屋の笑みにうっすら皮肉さが宿った。
もう彼の中では、組織を預かる長としての自分とノワの優劣さは
明確になっていることだろう。

「意味がわからんな。はっきり言ってくれ」

ノワは訝しげに座玖屋を睨みつける。
目の奥に微かな困惑の色が見えた。
106まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/18(土) 23:49:39 ID:???
「ですから、つまりですな──」

座玖屋は苛立った素振りも見せなかったが、声が若干くたびれていた。
そこで僕は、

「道は二つしかないのでしょうか」

と座玖屋の言葉を遮った。
もうノワには任せておけない。
組織なんてどうなったってかまわないが、僕まで格下に見られるのは御免だ。

「なんだ九州、今は俺が──」

ノワがなんか言ってるけど丸ごと聞き流す。
油揚げは僕が取り返してやるからお前はコーンコーンとでも鳴いてろ。

「あなたが提示した共存と淘汰という道は、選択としてはあまりにも究極的過ぎる」
「ほう……と、仰ると?」

なにがオッシャルトだオッサン。洋菓子かよ。

「今まで華鼬も座玖屋ファミリーも、仕事上でバッティングすることは特に
 なかった。なら今まで通りでいい」
「まぁ或いはそれが一番賢明かもしれませんな。ですが状況的にそうは
 言っていられないでしょう。お互いに」
「そうでしょうか」

僕は一旦座玖屋から目を切ってノワを一瞥した。
ノワは油揚げが還って来ないので阿呆みたいな顔をしていた。
107まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/18(土) 23:54:32 ID:???
「最初に……お二方がここにやってきてすぐに……ですが、お話した通り、
 警察の目がどうにも厳しいでしょう。このままそれぞれに好き勝手な
 ことをやっているよりは、と思うのですがね」
「だからそれはそちらの勝手な見解でしょう? 僕はそうは思わない」
「この先仕事がやりにくくなるというのは明白です」
「仕事がやりにくくなるという具体的な根拠を示せ、なんて言うつもりは毛頭
 ありませんが、僕にはどうも納得がいかない」
「と、仰ると?」

またオッシャルトか! と言いたいのをぐっと堪える。

「そもそも、困窮しているのはそちらだけでしょう。
 ウチには関係のない話だ」
「困っているのは確かですが、窮しているというほどでもない」
「それこそ先を見通せていない。このまま行けば座玖屋ファミリーが
 組織として立ち行かなくなるのは火を見るより明らかだ」
「ならばそれはやはり華鼬にも言えることだ」
「いや、そんなことはない」

僕は意図的に論点をずらそうと詭弁を弄しているのだが、それはこのオッサンに
イニシアティブを執られたくないだけだ。相手が何を狙っているのか瞭然である以上、
交渉を始めるにあたってまずやるべきことは主導権を握る事だ。
というかそれよりなにより、このオッサンの飄々とした受け答えが気に入らない。

僕はどうにかしてこの大物ぶった狸オヤジの化けの皮を剥いで
ぎゃふんぽんぽこちーんと泣かせてやりたいのだ。
108まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/18(土) 23:59:18 ID:???
そもそも僕は他人に、万年筆を指差しながらディスイズアペンと当たり前の
ことを言われるとノー、ディスイズアデスクと否定したくなる性分なのだ。
そんな腐れ真理を説こうとする傲慢なうんこみたいな奴をあの手この手で
どうにかして言いくるめて最終的には相手の既成概念を強引に捻じ曲げて
イエス、アイアムアペンと言わせたいのだ。そこまで求めるのはちょっと
やりすぎかな僕ってちょっとあれなのかなと思うときもあるけれど、
それでも僕は死ぬまで僕でありたい。何の話だ。

思考を元に戻して。

「──警察はどうにでも出来ます。……ウチはね」

これはただのハッタリだ。
いくら吊がけいさつのえらいひとでも『晴刷市での華鼬が関わる犯罪は
ぜーんぶ見て見ぬふり!』とか、そんな権限ないだろう。
むしろ『あんま派手なことやんなよ〜』って思ってるはずだ。

「ふむ、相当太いパイプがあると見えますな」

座玖屋の目の色が露骨に変わる。
これがこのオッサンの狙っているものの一つなのだ。
ほんとはそんなたいしたもんじゃないのにね。あほだね。フールガイだね。

「あなたがどうして警察を意識しているのかがよくわからない」

二つの意味を持たせて僕は言った。
そして座玖屋がどちらの意味でとるかによってこちらの出方も変えなくてはいけない。

「強いて言うなら先々を見越して、ですな」

座玖屋は年のわりにつるつるした顎をさすさすしながら曖昧に答える。
やっぱり煮ても焼いても食えそうにないオッサンだ。
109まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/19(日) 00:03:37 ID:???
「なら同業の誼で、ウチから警察に根回ししましょうか。
 座玖屋ファミリーのことはある程度目を瞑れ、と」

と僕がくそハッタリをかますと、

「ほぉ……そんなことが……」

座玖屋は『まさかそうくるとは〜!』みたいな顔をしたので僕はぷぷぷ、ばーか。
お前の思い通りにいくと思うなよ! どうだオッサン、これで断れるもんなら
断ってみろハゲ! ハゲてないけど。ていうか根回しとか絶対無理だけど!
と心の中でほくそ笑んだ。

「いやそれは有難い話ですな。正直、華鼬を侮っておりましたよ」

座玖屋ニコニコ。僕は内心爆笑。

勝った! これは圧勝した! 
と僕は叫びたいのを必死で我慢した。

「ですが、それよりももっといい方法があると思うのです」

ニコちゃん顔をキープしたまま座玖屋が言った。
このオッサン、中々どうして強欲なオッサンである。
さっきまでの愉快な気分は跡形もなく吹き飛んでしまった。

「警察としては、二つの組織を放し飼いにしておくよりも、
 一つの組織にまとまってくれた方がやりやすいのではないでしょうかね」

と、ここで座玖屋は僕の撒いた餌を媒介にして一気に核心に迫って来た。
しかし、それでも結論を口には出そうとしない。
110まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/19(日) 00:07:25 ID:???
メインディッシュを目前にした狸は毒々しい笑みを浮かべて僕の
お皿を狙っている。油揚げはもうどっかに飛んでった。ごめんなノワ。
そうえいば狸ってなにが好きなんだろう。

とりあえず、僕はさらっと話を逸らすことにした。

「ところで、はなしをすこしもどしますけど」

我ながら素晴らしい話術だと思った。

「なんですかな」

拍子抜けしたように座玖屋の顔から毒気が抜けてゆく。

「そもそも、本当に選択肢は二つしかないのか、という」
「あぁ、確か先程そんなことを」
「うんそう。あのね、あれってちょっとおかしいとおもう」
「と、仰ると?」

オッシャルト好きだなこのオッサン。
そろそろ僕にも食べさせてほしい。

「あなたが望んでいるのは共存のようですが──」
「おや? そんなことは一言も申してませんが」

黙れ。

「──ですが、はたしてそれが最良な道なのでしょうか」
「と、仰ると?」

はいはい、食べたい食べたい。
111まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/19(日) 00:11:39 ID:???
「あなたは共存の対義語として“淘汰”という言葉を使われたようですが、
 いや、そのことについては特にケチをつけるつもりはないのですが──
 “淘汰”というのは即ちそれ自体が結論であって、選択肢とは言い難い」
「と、仰ると?」

おいオッサン、わざと言ってるだろう? ぶっとばすぞ。おう?

「さっきはノワがマヌ──」

と言いかけて僕は喉をんむぎゅと締めて言葉を飲み込む。
あやうく本人を目の前にしてマヌケと言ってしまうところだった。

「マヌ?」
「マヌーサ」
「は?」
「幻術です」
「はぁ?」
「つまり、ノワが」

頭がボケてまして、というのもちょっとあれだな。

「まぁぶっちゃけて言うと、ほら、こういう場だとなんでもかんでも本音で
 話さないでしょう。……あなたのように」
「それはお互い様でしょう」
「またまた」
「いやいや」
112まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/19(日) 00:16:07 ID:???
と気色悪い謙遜のやり合いになって僕は吐き気がしたがノワが横から「俺が何なんだ?」
とか何故か不安げな顔で聞くのでこいつうざいなと更に僕は気を滅入らせてうんざり
して無視したが「なぁ、幻術ってなんだ」としつこく聞いてくるので僕は本気で
ノワに殺意を抱きつつも仕方なく「君はたいしたネゴシエーターだねってことだよ」と
上手いこと誤魔化したつもりだったのだがノワは阿呆なので僕の言ってることが理解
出来なかったらしく「なんで俺が?」と質問を重ねてきてほんとお前たいした奴だよ
ぶっ殺すぞと僕は怒りをぶちまけそうになったがギリギリのところで堪えて優しく
「だから君が最初の方に座玖屋さんと話してたでしょうその時の君の暖簾に腕押し
っぷりは見事なものだったね座玖屋さんもすっかり呑まれるところだったと言ってるよ
そうそれこそまるで君の幻術に惑わされるところだったとねでもまぁそれは座玖屋さん
なりの謙遜で調子を合わせてくれてるんだけどねいや何も君をからかってそんなことを
言ってるんじゃないんだよほんとだよ」と説明してやるとノワは納得いったのか何なのか
いつもの仏頂面に戻って何度もこくこくと頷いていたのでどうやらとりあえずは
誤魔化せたと判断して僕はオッシャルト食べたいなと思った。

「ともかく」

仕切りなおして。

「ノワは“どちらかがこの街から手を引くべき”と言いましたが……
 まぁそれは彼の交渉テクニックだったんですけど……」

一応そう前置きして……ていうか、誰かノワぶっ殺してくれないかな? 
煩わせやがって鬱陶しい。

なんかもう、めんどくさくなってきたな。
つかれたわ、じっさい。
113まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/19(日) 00:21:46 ID:???
「まぁ、なんて言いますかね……はぁ」

ついため息も漏れる。

「淘汰でもいーんすよ、こっちはさ。いやほんとのとこ言うと」

僕はもうどっでもいっかな〜という気持ちになってきたので、
初志貫徹ということで、座玖屋邸に来る前に決めたことをはっきりと
口に出してこちらの意向を示すことにした。もうしんどいのだよ、僕は。真面目な話。

「それは……華鼬さんが退く、と受け取っていいのですかな?」

座玖屋の表情に翳りが見えた。
座玖屋からすればそれは望む結論ではないのだ。
しかし僕に退く気はない。

「いいえ、言葉の通りの意味で言ってるんです。
 あなたも意味を理解しているはずだ」

もしかすると、座玖屋は理解した上で淘汰を選択肢として提示してきたのかも
しれないなと僕は思った。
そうだとするとオッサンにしては少々元気過ぎるが、それでも先々のことを考えて
何か狸らしい策を講じているのかもしれない。

こちらの出方次第で、自ら化けの皮を脱ぐつもりだったのか。
やっぱり食えないオッサンだ。オッシャルト並みだ。

「つまり、どちらかがぶっ潰れるまで殺し合う……僕はそれでも一向に構わない。
 むしろその方がわかりやすくていいでしょう」
「正気の沙汰とは思えませんな」

この期に及んで何を言うか。いい加減に舌を出せ。ひっこぬいちゃるわ。
114まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/19(日) 00:25:46 ID:???
「とにかく生き残った方がこの街を獲ればいい、ということです」

こうなったらとことんやってやる、と僕は腹を決めた。
ぎゃふんぽんぽこちーんとまではいかなくとも、
へその上の茶釜ぐらいは叩き割ってやるぜ。

僕はぶんぶくちゃがま、ぶんぶくちゃがまと男性ホルモンを分泌させて
ファイティングスピリットに火をつける。

僕の体には真っ赤な真っ赤な血が流れているのだ。
いつもは採れたてのエビアンの如く冷たく澄みわたっているが、
ひとたびスイッチが入ったなら、あっという間にマグマの如く熱く滾るのだ。

どうせお互い行き着く先は鬼の犇く針の山。
遅かれ早かれ地獄行きだ。
ならその前に血湧き肉踊る阿鼻叫喚の舞いを魅せてやろうか?
試しに瞼を閉じてみな。
それからみっつ数えて開けてみろ。
カウントトゥスリービフォユゥオープンユァアイズ。

かかってこい、ここが地獄だ。


「はっはっは……九州さんは随分お転婆な娘さんですな」

メラメラと燃やした僕の闘志を無下にして、よりにもよってお転婆と評しやがった。
誰がサントハイムのお姫様やねん。ヒーイズミーンだと僕は思った。
この闘争心はどこにぶつければいいのだ。
115まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/19(日) 00:29:17 ID:???
「落ち着け九州」

ノワが言う。
黙ってろ。
お前はクリフトにもなれない。

「お前もこれぐらいの元気があれば私も悠々自適に茶でも啜っていられるのだけどね」

この時、座玖屋の目の色に見たことのない光が宿ったのを僕は見た。
それはどこにでもいる、愛する娘を慈しむ父親の目だった。

「きらたま、お前はどう思うね?」

座玖屋は隣でちょこりんと座っている娘に向かって、
温かみのある声で優しく言った。

お人形さんみたいなその娘は二、三度睫毛を瞬かせてから、
父親に向かってにっこり微笑んで、こう言った。

「私もこの方と同意見です」
116まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/19(日) 00:30:15 ID:???
父親と違って随分好意的な意を示してくれたので僕は嬉しく思った。
殺る気は充分か。上等だ。
なんなら今すぐ相手になってやるぞ。
ユゥハブオンリィトゥステイゼァ。

2秒でとんこつにしてやるぜこの毛唐女が。


「失礼します」

またまた僕の闘志に水をぶっかけるような真似をする奴がいた。
眼鏡男である。いたのか。NINJYAめ。ハリウッド行け。

空気の読めない眼鏡男は頭を下げながら全員の湯飲みに茶を注いでまわり始めた。
どうせならコンビニにでも走ってオッシャルトを買って来い。

ていうかお前の名前、たった今からオッシャルトに決定。
本名なんか知らん。異議は認めない。


そうそう、出かける前に傘を忘れるな。
イズィットライクリィトゥレインレイタァ。

血の雨がよう。
117まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/20(月) 23:36:52 ID:???
   19.俺と最低な仲間達



あの後、ハナちゃん達は無事に帰れたんだろうか……。

俺は階段を下りながら、また昨日のことを思い出していた。
俺はハナちゃんともパシリのオッサンとも連絡先の交換などしていないし、
会う約束すらしていない。あの二人の安否を知る手立てがないということに
今更気付いた。

まぁ所詮は事故のような出会いだったので、そんなに気にすることもない、と思う。

俺があの二人と、あの二人が生きている世界と絡み合うこと自体がそもそも
おかしいのだ。

俺はどこにでもいる(けどどこにもいないかっこよさげな)中学生。ただの。

きっと大人達はこう言うのだろう。

勉強しなさい。そんでたまに恋愛にでもうつつをぬかしてなさい、と。

それが正しい世の中学生のあるべき姿なのだろう。

そんなこと言われなくてもわかってるんだよボケが。
俺は誰に言われたわけでもないのに一人毒づく。
118まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/20(月) 23:45:24 ID:???
「ジェノ君、はやくしないと授業始まっちゃうよ」

俺より先に階段を下りきったサチコさんは振り返りもせずにそう言って、
毅然とした足取りで教室に向かって歩き出した。

俺は返事しなかった。

授業に出る気分ではなかったのだ。
このままどこかに行ってしまいたい気分なのだ。

君はまた怒るかもしれないけどね。




俺は教室を素通りしてそのまま廊下をつっきり、玄関で靴を履き替えもせずに
校舎の外に出て自転車置き場に向かった。

そこには俺の予想通り、サトチーとポンコがいた。
二人は俺に気付くと、顔を見合わせて笑った。

「ジェノ、どうだった?」

地べたに座ったままポンコが言った。

「別に。どうもしねぇよ」

俺はポンコの目の前に座って答える。
119まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/20(月) 23:52:34 ID:???
「あ、やっぱ怒ってる? ジェノ君、あれは戦略的撤退というやつだよ。気にすんなよ」
「なに言ってんだ。俺をスケープゴートにしただけだろうが」
「一人はみんなの為に……って言うだろ?」
「はいはい……」

なんか言い返す気力もない。
ここに来たのは間違いだったか。

俺が今求めているのは温もりではなく、孤独だったのだ。

誰か俺を一人にしてくれ。
ていうかお前らどっか行ってくれ。
俺が勝手に来たんだけど。

「あーあ……明日っからどうする? どこで飯食う?」

ポンコが忌々しそうに宙を睨んだ。

「ここでいんじゃね」
「えー? なんかここで食うとすっげぇ落ちぶれた気にならねぇ?」

なに言ってんの。
もうとっくにドロップアウトしてるだろうが。

「やっぱ昼飯と言えば屋上、みたいな」
「まぁわかる気もするけど」

同じ屋外で飯を食うなら、少しでも空に近づきたいと思うのが人間の本能なのか。
でも馬鹿は高い所が好きだって言うしなぁ……。
120まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/20(月) 23:58:30 ID:???
馬鹿が三人集まって、なにをやってるんだろうと俺は悲しくなってきた。
でも俺は馬鹿じゃない。少なくともこの中で一番ということはない。

今、この中で一番馬鹿なのはチャリの荷台に座っているサトチーだろう。

「あ゛ー! マジうっぜぇこいつ!」

俺が来てから一言も発しなかったサトチーは、ようやく口を開いたかと思うと
いきなり隣にとまっていた誰かのチャリを蹴飛ばした。最低だなお前。
でもこいつの最低っぷりはここからが本領発揮である。
携帯を両手で操作しているサトチーを見て、俺は一層気を滅入らせる。

「また女か! また!」

ポンコがにやにや笑う。

「こいつ、ほんっと……何様!?」

サトチーは自分の持っている携帯を指差して大きなため息をつく。
俺の方がため息をつきたいくらいだし、お前の方が何様だよと俺は思う。

ここで明かさねばならないが、サトチーはかなりのプレイボーイである。
こいつの携帯には常時30人以上の女の名前が登録されているのだ。
その内の何人とラブな関係を築いているのか定かではないし、聞いても
曖昧にぼかすだけではっきりとは答えようとしないし、確かめようもないし
ぶっちゃけそこまで興味もないので俺はサトチーの女トークが始まると
たいがいシカトを決め込むことにしていた。
121まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/21(火) 00:06:47 ID:???
「なに? 誰? また“隣街のキヨミちゃん”か!」

ポンコが小石を拾ってサトチーに投げつけた。
“隣街のキヨミちゃん”とは割合高い頻度でサトチーの女トークに出てくる
フレーズなので、俺の記憶の片隅にもその名前は残っていた。
そのフレーズの通り、隣街に住んでいる女で、名前はキヨミ。
年は俺達とタメで中学三年生。どこの学校だったかは忘れた。

「なにが『ちゃんと授業に出てるの?』だよ。
 出てると信じてたらこんな時間にメールしてこないでしょ、フツー」

サトチーは得意げな顔を俺とポンコに向ける。
俺はその『どう? 俺』という表情がたまらなくムカつくので目を逸らした。

「お前、ひどいわ。ひどすぎるわ。キヨミちゃんかわいそうです……」

わざとらしい泣きまねをしてポンコがサトチーをからかう。

「いくらなんでもそろそろフラれるね、お前は」
「自慢じゃないけどフラれたことは一回もないね」
「じゃあキヨミちゃんが記念すべき第一号になるわけだ。
 おめでとうキヨミちゃん。俺からなにか贈ってあげたい」

ポンコが拍手する。俺もなんとなくそれに倣う。
するとサトチーは両手を俺とポンコに翳して静粛を求めた。
俺とポンコが拍手をやめると、サトチーは急に遠い目をして、

「キヨミなぁ……あれはプライド高いわりに弱い女だったよ」

と過去形で言った。
122まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/21(火) 00:14:48 ID:???
「って過去形かよ! フラれる前にフッてやるってか!
 お前そこまでして記録を保持したいのか!」

ポンコが茶々を入れる。
しかしサトチーは大きくかぶりをふって、

「別れというのは突然に、そして気付かぬ内にやってくるものなんだよ」

と諭すような口調で言った。

「うわ、サイテー! サトチー君、サイテー! 自然消滅を狙ってるのネ!」
「俺の中ではとっくに終わってるんだよ。それこそ付き合い始めたその日に、ね」
「なにちょっとかっこいいこと言おうとしてんだ。この人でなしが」

まったくだ。この人でなしのろくでなしが。
ポンコじゃないけど、キヨミちゃんかわいそうですと俺は見たこともない
彼女を不憫に思った。

「やっぱなぁ、同年代の女ってなーんかガキくせぇよな。そう思わん?」

サトチーはチャリの荷台の上に両足を乗せて、窮屈そうに三角座りをしながら言った。
落ちろ、コケろ、と俺は密かに願う。
痛い目見なきゃきっとこいつの目は覚めない。

「たまには年上の女とかいってみたいね」

なにが“いく”だボケ! そのうち刺されろ! 
普通ならそうつっこむのだろうけど、俺は言葉を飲み込む。
本気で思っていることは口には出せないもんだ。
123まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/21(火) 00:20:25 ID:???
「ねぇジェノ君、年上のお姉さんは好きですか?」

サトチーが見下したように、ていうか位置関係的にまさに見下されているのだが、
まるで幼稚園児をあやす大人の人みたいな目で俺を見た。

「年上ねぇ……さぁなぁ」

曖昧に答えながらも、この時俺はまっさきにハナちゃんの顔を思い浮かべたのだった。
なんでかわからんけど。





124まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/21(火) 00:28:07 ID:???
   20.僕とまとまらない会談



「きらたま……」

狸のへその上の茶釜を叩き割ったのは、誰あろう、狸の娘だったようだ。
座玖屋は慄然とした表情できらたまを見つめていた。

「なにを言い出すんだ」
「この方──九州さんと同意見です、と言ったのです」
「お前、意味がわかって言ってるのか?」
「もちろんです、お父様」

きらたまは長い睫毛を少し伏せて、視線を父親から僕へと移す。

「ですが、潰し合う……というだけが淘汰ではないと私は思うのです」

座玖屋にではなく、僕に向けて言ったようだった。
この小便娘が。僕に口喧嘩を挑むとはいい度胸だ。受けて立ってやる。

「どういう意味かな?」
「淘汰されるべきは不要なものです。この場合だと、晴刷市にとって、です」
「ほう」
「私達が警察という組織から疎まれるのは、私達がこの街にとって不要な存在で
 あるからです。当然ですね、犯罪組織なのですから」

なにがおかしいのか、きらたまはくすりと笑う。
125まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/21(火) 00:34:26 ID:???
「私は座玖屋ファミリー・華鼬、共にこの街から退くべきだと考えています」

そうくるか。
予想していなかった提案だったが、それでは少なくともこの場にいる誰にとっても
得をする結論には行き着かないように思えた。

「きらたま、お前は黙っていなさい」
「私に意見を求めたのはお父様です」
「……いいから、黙りなさい」
「いいえ、黙りません。お父様は私にファミリーを継がせたいのでしょう?
 なら三代目としてはっきり言わせてください。私は──」
「きらたま!」

座玖屋が血相を変えてきらたまの言葉を制した。
僕としては興味があったので続きが聞きたいのだが。

「もういい。お前は下がりなさい」
「お父様」
「下がれと言ったら下がるんだ。おい……」

座玖屋が眼鏡男、オッシャルトに目配せする。
オッシャルトはすすす、ときらたまの背後に回り込む。
無理やり退席させるつもりなのだろうかと思ったが、
きらたまはオッシャルトの手を煩わせることもなく、自分から立ち上がった。

オッシャルトが襖を開けて、きらたまは何も言わずに座敷から出て行った。
126まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/21(火) 00:39:02 ID:???
「すみませんな」

襖が閉じられると、座玖屋は深々と頭を下げた。

「娘の言ったことは聞かなかったことにしていただきたい」
「──いや、あながち見当違いな意見でもないでしょう」
「九州さんまで何を仰るのです」

座玖屋は露骨に不快な表情になった。
そうなのだ。このオッサンにとってはきらたまの指し示した道など論外なのだ。

僕はさきほどの親子のやりとりを見て、座玖屋の弱点を見抜いた。
このオッサンの泣き所はあの娘だ。

ふっふっふ、馬鹿めアホめと僕はほくそ笑む。
狸と狐の化かし合いで弱みを見せるとは。
まぁ僕は狐ではなくかわいい子リスちゃんなのだが。

突破口を見つけた僕は、ここで一気に畳み掛けてやろうとしたのだが、

「──今日はこの辺にしておきましょう」

と座玖屋が言ったので肩透かしを食らったような気分になった。どげな。

「まぁ今後の話はおいおい、ということで……」

座玖屋はふぅ、と狸が術を解くかのようにため息をついた。

「あぁ、ですが一つだけ──」

何かを思い出したのか、座玖屋は億劫そうに居住まいを正して大きく息を吸い込んだ。
127まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/21(火) 00:43:16 ID:???
「鈍堕華のことか」

ノワがいきなりしゃべった。
いるのをちょっと忘れかけてた。

「さよう」

座玖屋は鷹揚に頷く。波平かよ。

退屈な話が始まりそうな予感がしたので、
僕はノワに任せてぼーっとすることにした。

「鈍堕華のことはご存知のようですな。話が早い。
 でしたらこちらの内部事情もある程度把握しておられると思いますが……」
「ここに来る前に丁寧な挨拶をしてくれたぞ」
「なんですと」
「まぁこちらも“それなりに”挨拶させてもらったが」

ノワがニヤリと笑う。うざいこいつと僕は思った。
ノワは駅前での話を簡単に説明した。

「そうでしたか……それは……」
「で? その鈍堕華がどうした?
 ナンバー2の鈍堕華が、あの娘に三代目を獲られまいと躍起になっているらしいが」
「その通りです。やはりこちらの事情はお話するまでもありませんな。
 ですがあなた達を襲ったとなると……」
「どうやら鈍堕華は、座玖屋ファミリーと華鼬が手を組むのも快く
 思っていないようだな」

おなかすいた。
128まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/21(火) 00:47:46 ID:???
「なにも華鼬さんに限ったことではないのです。
 あれはユーモリが魚鎮組と繋がっていることにも以前から反対していた
 ぐらいですから」
「まさか」
「いや、今のは長として軽率な発言でしたが、なにも“そう”言っているわけでは
 ありません」
「……まぁそれはいいとして、ファミリーとしては鈍堕華をどうするつもりなんだ?
 仮に華鼬と共存していくことになっても、鈍堕華は納得しないんじゃないか?」
「ファミリーとして……というより、私個人としては、力ずくででも納得させる
 心積もりです」

りんごたべたい。

「しかし黙って従うような奴じゃないんだろう?
 座玖屋ファミリーが二つに割れるということもあり得るんじゃないのか?」
「仰る通りです」
「ふむ……」

ねむたくなってきた。

「しかし、組織内で戦争というのは……」
「いえ、そんなことにはなりません。
 そんなことをすれば、結局潰れてしまうだけですから」
「……だろうな」
「ともかく、あれがそちらにご迷惑をおかけしたのは事実だ。
 私からお詫びします」
「詫びてもらったところで何かが解決するわけではない」
「えぇ、それは充分承知しております」

かえりたい。
129まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/21(火) 00:51:57 ID:???
「この話し合いがどうなるかはわからん……が、こちらとしては
 降りかかる火の粉を黙って被るつもりはない」
「それも承知しております」
「ならいい」

もうかえろうぜ。


その後しばらくしょうもない話が続いて、ようやく座玖屋邸を出たのは
9時過ぎだった。

僕はポチがまだ門の前でつっ立って待っているのではないかと思っていたが、
いなかった。

「ポチ、もう家に着いたかな」
「さぁ? 家がどこか知らんからわからんな」

ノワはポチのことなどどうでもいいとでも言いたげに、知らん顔でバイクに跨る。

「さて、どうする?」
「僕はもう眠い。ホテルに送ってくれ」
「わかった」

僕がよっこらせとノワの後ろに乗ると、バイクがゆっくりと動き出した。

「ところで、君は鈍堕華とやらに会ったことがあるか?」

僕は眠気を堪えながらノワに訊いてみた。
130まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/21(火) 00:55:43 ID:???
「ない。顔も知らん。というかどんな奴かもよく知らんな。
 座玖屋ファミリーのナンバー2ということぐらいしか」
「ふむ……そうか」
「なんだ? なにかあるのか?」
「あぁ、まぁ……なんとなくなんだが」

聞いといてなんだが、僕は眠くて答えるのも面倒だった。

「鈍堕華って座玖屋の息子なんじゃないのか」

僕はあっさり言う。
もうごちゃごちゃ説明する気はない。

「なんだって!? なんでそう思う?」

うるさいな。
説明しないもんね。

「なんとなく」
「なんとなくってお前……」
「いやほんと、なんの確証もない。
 ただ座玖屋の口ぶりや、なんやかや……ふぁぁ」
「うぅむ、何故そう思うのかよくわからんな……」

ノワは後ろを振り返って首を捻る。
前見ろっての。
131まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/21(火) 01:00:17 ID:???
「それでな、多分座玖屋はそのことを隠してると思うんだ」
「何故?」
「なんとなくって言ってるだろう」
「無茶苦茶だな」
「いいから聞け。で、その辺の事実調査をしたい」
「座玖屋本人に聞けばいいじゃないか」
「だから教えてくれないってば。たぶん」
「聞いてみるだけ聞いてみればいいのでは?」
「だったら今すぐ引き返すか? おう?」
「いや、わざわざ引き返してまで……」
「それに、僕の考えが事実だったとして、こっちから不審な動きをするのは
 あまりよろしくない。だから直接聞くのは避けたいんだ」
「うむ、むぅ」

ノワがまた振り返ろうとしたので僕は両手でノワの頭を掴んで前を向かせる。

「なにか考えがあるのか?」
「まぁ、なんとなく」
「適当だな……ま、いいだろう。わかった。調べよう」

ノワが振り返ろうとするので頭をシバく。
132まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/21(火) 01:01:31 ID:???
「じゃ、明日にでも頼んだぞ」
「あぁ、手配しておこう」
「ん? 君が調べないのか」
「俺が直接動くのはあまりよろしくないじゃないか?」
「まぁそうだな」
「それにこの街のことなら、俺より適任者がいるぞ」
「誰だよ」
「お前も知ってる奴だ」
「だから誰だよ」

眠たいのに値打ちこかないでほしい。

その時、信号にひっかかってバイクが止まった。
ノワは笑みを浮かべて振り返った。

「イノセンスだ」

なに笑ってんだこいつ。
気色悪い。
133まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/21(火) 23:21:29 ID:???
   21.俺と怪しいオッサン



放課後。

俺は今日も今日とて掃除をサボる。
サチコさんに気付かれないように鞄を抱えてこっそり教室を抜け出した。

教室を出て廊下をダッシュ。
一気に玄関まで駆け抜ける。

下駄箱の前で振り返る。
追跡者なし。

あーしんど。
年かな。

「ジェノ」
「ぬおっ」

いきなり声をかけられて俺は文字通り飛び上がってしまった。
繊細な俺のハートを震わせたのは大親友のジニ君であった。

「馬鹿野郎。声かけるなら、その前に『声かけるぞ』って声かけやがれ」
「なに言ってんだ」

ジニは箒を片手に笑った。
さすがキレイ好き。掃除サボったことないんだろな、こいつ。
134まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/21(火) 23:25:31 ID:???
「真面目やのう」
「真面目やのう、じゃねぇ。お前、掃除は?」
「俺? 俺はいつも心がキレイだから大丈夫だよ」
「意味がわからん」
「気にすんな。じゃあの」
「なんで竹原やねん。おい待てよ」

ジニがなんか言うけど無視して俺はすたこらほいさっさと玄関を出た。
追ってくるかな? と思ったけどジニは俺を追いかけて捕まえて掃除させるより
下駄箱周りをキレイにすることを選んだようだった。賢明な選択だ。

玄関を出て、俺はふと思い出した。
来々々々軒でのバイトである。

完全に忘れてたぞ? そうだ、そうだった。
どうしようかな。めんどくせぇ。でも行かなきゃギター手に入らねぇ。
どうする? だるいな。バックレちゃおっかな。

俺は校門の前でしばらく悩んだ末、やっぱりバイトに行くことにした。
来々々々軒の店長も俺が来ることをあてにしているかもしれないし。

つーかサトチーは!? あいつ覚えてるかな?
いやー覚えてないだろな、あいつも。たぶん。

サトチーは五時間目(俺らがサボってた時)自転車置き場でこう言っていた。

『しゃあねぇな。今日はデートしてやるかな。どうすっかな』と。

そのセリフが出てくる直前まで話していた内容から推察するに
相手はおそらく例の隣街のキヨミちゃんだろう。
たぶんバイトのことなど忘れてやがったのだろう。俺も忘れてたし。
まったくもう、責任感ねぇな。
135まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/21(火) 23:29:45 ID:???
戻ってサトチーにどうする気なのか訊きたいが、サチコさんに見つかったらコトである。

それから俺は五分ほどサトチーを待ったが、奴は出て来なかった。

しゃーねーな、もう。もういいや。来るなら来るでしょ、あいつも。
来ないなら来ないだろうし。ほっとけほっとけ。

俺は一人で来々々々軒に行くことに決めた。
その時、背後から「ジェ〜ノ〜」とやる気のない声がしたので俺は振り返る。

「バイト行くんかー?」

ポンコだ。
だるそうな足取りでポケットに手をつっこんだまま歩いて来る。

「おー、これから行こうかと思ってんだけどさ。サトチー見なかった?」
「さぁ? まだ教室とかにいるんじゃね?」
「あっそ」

使えん奴め。
バイトのことは覚えてたくせに。

「つーかサトチー、なんか言ってたじゃん。チャリ置き場で」
「あー……そういや言ってたな。あいつバイト行く気ないんじゃね?」
「やっぱあいつも忘れてやがったか」
「いや、あいつたぶん、知ってて行く気ないんだと思うよ。
 お前が屋上から降りてくる前にバイトの話してたもん。『もう行きたくねー』って」
「は? マジで? 最悪だなあいつ」

行く気ないのはかまわんが、せめて一緒に行く予定だった俺にぐらい言えっての。
なんか腹立ってきたな。キヨミちゃんのことといい。キヨミちゃん見たこともないけど。
136まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/21(火) 23:34:51 ID:???
「んじゃお前、一緒に来る? 元はと言えばお前経由だし」
「余裕で断る。俺は俺で忙しい。だいたい、俺は紹介しただけだろ? 関係ないない」

そう言ってポンコは俺の後についてくる。

「あれ? お前んちこっちじゃねーだろ」
「あぁ、ちょい用事あってさ」
「なにぃ……まさか女じゃ」
「違う違う。サトチーじゃあるまいし。むしろそーぅだったらいーのにな〜ってね」

ポンコは歌うようにして言って、それ以上“用事”について語ろうとしなかった。
俺はなんとなくそれ以上追求しなかった。
俺って結構、人のプライベートな領域に踏み込みたがらない奴なのだ。
あんま興味ないしね。

それから俺とポンコは今日のミサのパンツは何色だったとかサユは何カップだろうとか
サトチーはキヨミちゃんとずばり肉体関係を結んでいるのかとかしょうもない話を
しながら駅へと向かった。エロ話ばっかかよ。どうしようもねぇな。


俺とポンコは駅前のでかい交差点の手前で歩道橋を上って、国道を跨いで渡る。
はっきり言って信号で止まった方が時間的にも距離的にも早いのだが、
俺もポンコも、ごく自然に歩道橋を使った。

俺達は今を生きる若者なので立ち止まっている時間すら惜しいのだ。生き急げ若人よ。

歩道橋を降りて、駅に向かって真っ直ぐ進むと点滅式の信号がついてる
小さな交差点がある。
その交差点をそのまま直進すれば駅。
右に行くと何十年も前から続く古臭い本屋やらなんやらがある商店街。
左に行くと、なんやかやあって、駅の反対側に行けたり国道に出れたりしちゃうように
なっている。
137まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/21(火) 23:40:22 ID:???
悪徳楽器屋ERINGIが歩道橋を降りた地点から見て交差点の手前右っ側の
角(方角わからん)にある。そんで俺の目指す来々々々軒は道を挟んだその向こうに
あるのだ。

「お前どこまでついてくるの」

ポンコがいつまでもついてくるので訊いてみた。
するとポンコは「まぁまぁ」とか言うだけで答えなかった。

俺は不審に思ったが、そうこうしているうちにERINGIの前あたりまで
来てしまったので仕方なく手をあげて「じゃあの」と言った。
ポンコも手をあげて「じゃあの」と言った。
そんでポンコはERINGIに入ってった。そこかよ! お前、俺がそこに行く為の
ステップとしてアホみたいに皿洗おうとしてるっつーのに。てか言えよ。なんで隠す?

まぁ俺がポンコでも、これからERINGIに行く為に皿を洗う俺にこれから
ERINGI行くねんとは言いにくいけどさ。だったら俺が来々々々軒に入るの
見届けてからにしようとかそういう配慮はないんか!?
そういうのを画竜点睛を欠くっつーんだよお前。

と心の中で文句を言ったところでどうにもならんので俺はポンコを追いかけて
ERINGIに入った。こういうのはきっちりしとかんといかん。何をか知らんけど。

「お、ジェノ君。これからバイト?」

ずいーんと自動ドアが開いて、児童福祉法を無視するファッキン店長が
溌剌とした笑顔で俺を出迎えてくれた。
ポンコはにやにや笑っている。メダパニ喰らってんのか? 殴るぞ。
138まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/21(火) 23:44:49 ID:???
「おま、言えよ! ここ行くつもりだったんならよ!」
「はっはっは、それもちょっと可哀想かなーとか思ってさ」

ポンコはぬけぬけと言った。この野郎、その清々しさに免じて許しちゃるわ。
納得したので店を出ようとすると、店長が俺を呼び止めた。

「サトチー君は?」

隣街のキヨミちゃんとデートです、と俺は正直に答える。

「えぇー? 駄目でしょーそれは。駄目でしょー」

中学生に仕事を斡旋したあなたも駄目です、と俺は思ったが言わない。

「まいったなぁ。まぁいいけどさぁ」

どないやねん。

「でも、こんなことしてたらサトチー君がベース手に入れるのが遅くなるだけだよ」

俺に言われても。

「まぁいいけどねー」

あっそ。
オッサンようわからんわ。

じゃあの。

俺は今度こそ店を出た。
139まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/21(火) 23:48:41 ID:???
ポンコが「頑張れよー」とか俺を励ましたが無視。
つか何しに来たんだろう、こいつ。
まぁどうでもいっか。これから皿を洗って洗って洗いまくる俺には関係なし。

ERINGIを出て、目の前の道路を渡って来々々々軒へ。
俺は店長に挨拶して、きったねぇ前掛けを借りてさっそくお皿と格闘を始める。
小さい店なのでカウンター席の真ん前が厨房になっている。俺、丸見え。
中学生働かしてんのがバレバレである。まぁ実際に給料貰うわけじゃないし、
建前上はただのボランティアつーかお手伝いなわけだけど。

そして俺は皿を洗って洗って洗いまくる。
こんな汚くてしょぼい店だってのに客は絶えることなくやって来る。
当然、洗う皿(どんぶりとかも洗ってるょ)は客が来てなんか食って帰ってく度に
俺の目の前に現れる。しかもサトチーがいないからこれまたきっつい。あの野郎。
今頃キヨミちゃんとちゅっちゅしてやがんのかなーとムカつきながら俺は
壁にかかった時計を見た。5時。はぁ? まだ5時ッスか。時間経つのおせぇ。
もう12時間ぐらい皿洗ってる気がした。そんなわけないけど。

それからも俺が皿を洗って洗って洗いまくっていると、また客が来た。
客なんてさっきからもうアホか馬鹿かというぐらい来まくってるしなんてことはない
はずなのだが、俺は何故だかその客……カウンター席に座ったそのいかにも量販店で
買いましたー的な安っぽいスーツを着た無精髭のオッサンのことが気にかかった。

そのオッサンは、見るからに無気力なオッサンだった。
髪には寝癖らしきものがついてるし、ネクタイはしてないし、なにより顔に生気がない。
かといって自殺しそうとかそんな暗黒なオーラを発しているわけでもない。
なんというか、単純に、やる気なさそうな雰囲気を漂わせている。
オッサンオッサン言ってるが、年はまだ20代前半ぐらいに見えた。
20代前半でここまで“終わってる”オーラを出せる奴はそういないのでは
ないだろうか。オッサンはチャーシューメンとギョウザを注文した。
このオッサンビールも頼みやがるかな、コップは小せぇから洗いにくいんだよと
俺は勝手に予想してイライラしたが、オッサンは飲み物類は注文しなかった。
140まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/21(火) 23:52:33 ID:???
チャーシューメンとギョウザが目の前に運ばれると、オッサンはおもむろに
懐から手のひらサイズの小さな箱を取り出した。
そしてその箱の中から何か粒状の物をひとつポンと出してチャーシューメンの
中に放り込んだ。なにやってんだこのオッサン。隠し味持参すんなよ。

俺がオッサンを観察しているとまた新しい客が来た。
店長が「へいらっしゃい!」とよく通る声でその客を出迎える。
その客は怪しいオッサンの隣の隣の席に座った。
俺は止まっていた手を動かして皿洗いを再開する。

オッサンがチャーシューメンを食べ始めた。
俺は皿洗いをしながらも、この怪しいオッサンに目が釘付けである。

「ん、んめぇ……」

オッサンはいきなりひとりごちてぶるぶると体を震わせた。
キモッ! キモすぎ。マジでなんなのこのオッサンと俺は戦慄する。
オッサンの隣に隣に座った客はひいていた。俺もひいていた。
オッサンは周囲の目など気にする様子もなく、恍惚の表情でスープを啜り始める。

「かひぃ……か、辛いです……」

またオッサンがキモいことを言う。
俺はドンびきでオッサンの隣の隣の客も明らかにドンびいている。
店長だけが平然としていた。さすが職人は違うなと俺は感心した。
ただ危ない客に関わらないようにしているだけかもしれんが。

それからオッサンはものすごい勢いでチャーシューメンをたいらげ、
ギョウザをやっつけて、水を三杯飲んで、しばらくにやにやしていた。
マジでキモすぎる。俺は15にして客商売の厳しさを知った。
141まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/21(火) 23:55:09 ID:???
オッサンは10分ほどにやにやした後、満足したのかきっちり勘定を払って
店を出た。ありがとうございました、もう来ないで下さいと俺は願った。

それからオッサンの隣の隣に座っていた客も店を出て、急に店は暇になった。
待てども待てども客は来ない。
きっとさっきのオッサンのせいだと俺は非科学的に決め付けた。この店は呪われたのだ。

結局、その日俺がいる間客は来なかった。
たぶん俺が帰った後も来ないのだろう。なにしろ呪われたラーメン屋なのだから。
そう思わせるほどあのオッサンのインパクトは凄まじかった。

俺はちょっとだけオッサンに感謝した。
呪いのせいでもう誰もこの店には寄りつかないだろう。
これから俺は皿を洗わなくていいのだ。
問題は俺のギター代が貯まるまでに呪いで店が潰れないかどうかである。
あのオッサンならやりかねない。

バイトを終えた俺は店を出る時に厨房から塩を少し拝借して体にふりかけた。
15で呪い持ちにはなりたくない。この街には教会もないし。

店の外に出ると、もう陽が落ちていた。少し肌寒い。
俺は両手を合わせる。寒いからではない。
俺は来々々々軒に向かって適当に念仏を唱えた。
どうか俺は呪われませんように。この店はどうなってもいいです。


俺は一頻り祈り終えると、目の前の交差点を真っ直ぐ進んだ。
142まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/21(火) 23:55:54 ID:???

真っ直ぐ行くと、そこにはホテルがある。
ハナちゃんと出会ったあのホテルだ。

俺はハナちゃんに会いたかった。
会う約束などしていないが、そこに行けば会えるような気がした。

呪いを解いてもらえるとまでは思っていなかったけれど。




143天然ショボーン ◆SoBON/8Tpo :2007/08/22(水) 00:05:56 ID:???
     ∧_∧ ずーりずーり
    / ・ω・)
  ...../____ノ

うっさん…
144まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/23(木) 01:06:52 ID:???
   22.僕とリンゴマン



ノワが取った部屋はSPKホテルの1564号室だった。
いい部屋番だ。ひとごろし号室。

ここは15階だから、各部屋には1500番台の数字が割り当てられているのか。
ということは、少なくともこの部屋以外にあと63部屋あるのかなどと
どうでもいいことを考えながら僕は晴刷市での一日目を終える。

ノワとホテルの前で別れて、僕は一人で部屋まで上がり、シャワーも浴びずに
ベッドに寝転んだ。服を着替えるのも面倒だ。

眠い。

本当に、あと63部屋もあるのか。
何故だか凄く気になった。
外から見た感じ、そこまで大きなホテルには見えなかったからだ。

エレベーターでこの階に上がってきた時はどうだったかな。
隣の部屋はどうだっけ。
数分ほど前の記憶を手繰り寄せようとしたが、上手くいかなかった。

眠い。

瞼が勝手に閉じてくる。
唐突に今日一日の様々な記憶が脳裏を過ぎり始めた。
145まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/23(木) 01:14:14 ID:???
豚の餌みたいな臭い。二人乗りの自転車。中学生。美しい僕。生徒手帳。ゴミ箱。
変なナンパ小僧。下僕。ナッパ。ホウキ。ドンダケハ。バイク。ハンバーグ。
ユーモリ。三代目。娘。ポチ。ギーニャニャニャ。忍者。無駄に広い玄関。少女の絵。
スリッパ。廊下。ぱすぱすぱぱぱすぱす。リビング。鹿。さまようよろい。少女の絵。
吹き抜け。ぱすぱすぱぱぱすぱす。廊下。階段。襖。座敷。レクター博士。座玖屋。
座卓。冷めたお茶。ぱすぱすぱぱぱすぱす。ギーニャニャニャ。ポチ。前髪。意味。
理由。ぱすぱす。絵。少女。きらたま。狸。油揚げ。狐。オッシャルト。お転婆。
鈍堕華。イノセンス。ホテル。エレベーター。1564号室。ベッド。


何かが──。

何かが頭の隅で引っかかった気がした。


          ──おい。


誰かが呼ぶ声がする。


          おい。


──なんだ?

          酷い臭いだな。


そうだな。
この街は本当に豚の餌みたいな臭いがするんだ。
146 ◆K.tai/y5Gg :2007/08/23(木) 01:15:49 ID:???
早めのヘルプだ三井
147まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/23(木) 01:18:37 ID:???


         この街のせいじゃない。
         お前が臭いんだ。
         シャワーも浴びないで。
         気付いているか? 随分と汗を掻いているぞ。
         夏でもないのに。


……本当だ。気付かなかった。
でも、もう今日は勘弁してくれないか。
シャワーを浴びる気力もないんだ。


         どうしてそんなに疲れてるんだ?


知るか。
ていうか誰だお前は。


         お前こそ誰だよ。


質問してるのは僕だ。


         それを自問自答って言うんだよ。
         馬鹿め。
148 ◆K.tai/y5Gg :2007/08/23(木) 01:22:51 ID:???
ダメかな
149まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/23(木) 01:24:12 ID:???


誰が馬鹿だ。
取り消せハゲ。


         僕がハゲならお前もハゲだ。

         
意味がわからん。


         意味? お前が僕に意味を求めるのか。
         意味など考えなくていい。そうだろう。


そうだな。
そうだった。
意味なんて考えなくていい。


         理由も要らない。
         意味を考える理由も。
         理由を考える意味もない。


あっそう。
黙れ。


         黙っていいのか?
         せっかく答えを教えてやろうとしているのに。
150 ◆K.tai/y5Gg :2007/08/23(木) 01:26:01 ID:???
追いついてないのに面白そうなの出てきちゃった
151 ◆K.tai/y5Gg :2007/08/23(木) 01:28:18 ID:???
もっかい
152まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/23(木) 01:29:48 ID:???
答え?
何の答えだ。


         答えというからにはお前が知りたがっている事の答えだよ。


値打ちこかないでくれないか。
僕は眠いんだ。


         それにしても今日は刺激的な日だったな!


そうか?
別に。


         何を言ってるんだ。
         あんなとんでもない奴に会ったっていうのに。


はぁ?
誰だよ。
そんな奴に会った覚えはない。


         だからお前は駄目なんだ。


なんだと。
僕は駄目じゃない。
153 ◆K.tai/y5Gg :2007/08/23(木) 01:37:32 ID:???
追い付いた。良い
154まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/23(木) 01:37:36 ID:???
         そうだ。お前は駄目じゃない。
         お前が駄目だということは僕が駄目だということになる。
         それは困る。


お前、何なんだ。
用があるならさっさと言え。
僕は眠いんだ。


         お前、ビビッてただろう?


なにが。


         ゾッとしたよな。
         こんな奴が自分以外にいるなんて思わなかった。


知らん。


         ほらまたビビッてる。
         思い出すのも恐いか?
         あいつの顔を見ると、
         なんだか自分を見ているようで、
         堪らなく不愉快になるんだろう?


うるさい。
僕はビビッてない。
155 ◆K.tai/y5Gg :2007/08/23(木) 01:38:49 ID:???
ホラよっと
156まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/23(木) 01:42:53 ID:???
         誰に?


誰に──。
誰に?
僕は誰にビビッてる?


         ばーか。


殺すぞ。


         殺したいのは僕じゃないだろう。


どっちでもいい。
その時殺したい奴を殺すだけだ。


         そう、そう。
         それでいいんだよ。
         その調子だ。
         お前はそういう奴なんだ。
         殺されてたまるか。なぁ?


そうだ。
殺されてたまるか。
僕は死にたくない。
やることがたくさんある。
157 ◆K.tai/y5Gg :2007/08/23(木) 01:45:54 ID:???
モンスター思い出した
158まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/23(木) 01:46:49 ID:???
         やることって?


ノートとか。


         他には?


……色々。


         ふぅん。
         

なんだよ。


         まぁいい。
         その辺は僕にもまだわからない。


なんでさっきから、ちょっとお前の方が上からものを言うんだ。


         お前がマヌケだからだ。
         本当に……今日のお前にノワを馬鹿にする資格なんてなかったぞ。


ノワか。
別に僕は本心からノワを馬鹿にしてるわけじゃない。
159 ◆K.tai/y5Gg :2007/08/23(木) 01:47:36 ID:???
お、良い展開
160まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/23(木) 01:50:32 ID:???
         嘘つけ。
         お前はそういう奴だ。
         自分の無能さを棚に上げて、
         他人を頭から否定することでしか
         自分という人間を確立させることが出来ないんだ。


あっそう。
興味ない。


         あいつも似たようなもんだった。
         ほんとに、ぞっとしたな。
         お前と……僕とそっくりだ。
         自分勝手な屁理屈を正当化して、
         平気で人の命を奪うような屑野郎だ。
         どうしてこんな奴らが野放しになってるんだろうな?


僕が知るか。


         いや、お前は知りたがっているんだ。


だから、何を。


         答えを。
161 ◆K.tai/y5Gg :2007/08/23(木) 01:51:56 ID:???
左側の気持ちがちょっと分かりかけてきた
162まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/23(木) 01:55:19 ID:???
だから何の答えだよ。
お前、喧嘩売ってるのか。


         せっかく見つけたパートナーだ。
         絶対に手放すなよ。
         そして──。


そして?


         きっちり、殺せよ。


お前の言うことはさっぱりわからんが、いいだろう。
誰だか知らんがきっちり殺してやる。
それでいいだろう。もう眠らせてくれ。


         よし、いいだろう。
         

はいはい、じゃあおやすみ。


         それと、明日はちゃんと林檎を食べろよ。


──あぁ。
そういえば今日は林檎を食べなかったな。
163 ◆K.tai/y5Gg :2007/08/23(木) 01:58:20 ID:???
へえぇー
164まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/23(木) 02:00:44 ID:???
         そうだ。
         そのせいでどうも調子が出なかった。
         だからあんなことに気付けなかったんだ。
         仕方なかったんだ。
         林檎を食べていなかったから。
         やっぱり一日一個は食べないと。


よくわからんが、明日はちゃんと林檎を食べる。
約束するよ。
だから教えろ。
僕は何に気付けなかった?


         林檎食べたら気付くよ。


……あっそう。
じゃあな。


         あと一つ。

しつこいな。
なんだよ。


         間違えるなよ?
         いくら似てるからって。


なにを?
165 ◆K.tai/y5Gg :2007/08/23(木) 02:03:23 ID:???
含むなぁ
166まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/23(木) 02:04:08 ID:???
         いくらなんでも、人を殺して
         『間違えました』じゃひどすぎる。
         まぁどうだっていいんだけどな、他人の命なんて。
         お前はそういう奴なんだから。
         だけど、今回だけは絶対に間違えちゃいけない。


あぁ……。


         大丈夫、林檎さえ食べてれば間違えやしないから。


人をリンゴマンみたいに言うな。


         そうだ、お前はリンゴマンだ!


なんだって!?
僕はリンゴマンだったのか!


         リンゴマン! リンゴマン!


リ、リンゴマン!
リンゴマン!
167 ◆K.tai/y5Gg :2007/08/23(木) 02:05:49 ID:???
ひどい。笑ってしまった
168まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/23(木) 02:08:31 ID:???
         戦えリンゴマン! 負けるなリンゴマン!


お、おう!
任せろ!?
         

         どんなに手ごわい相手だって、林檎さえあればへっちゃらだ!


あぁ!
ちょっとくどいぞ!


         おやすみ。


いきなりやめるな。
僕が馬鹿みたいじゃないか。


         気にするな。
         お前は馬鹿だ。
         じゃあな。
169まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/23(木) 02:09:21 ID:???
……じゃあな。
それと、どうでもいいことだがまがりなりにも僕は女なのだから、
リンゴウーマンが正しいのではないだろうか?


……。


おい!
寝るな!


あれ!?


なんか変だぞ……。




170 ◆K.tai/y5Gg :2007/08/23(木) 02:16:23 ID:???
リンクすんの?!
171 ◆K.tai/y5Gg :2007/08/23(木) 02:17:39 ID:???
あ、違うか


僕、お休みタイムなんで最後まで頑張って
172まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/25(土) 01:05:00 ID:???
          【第二章】



   1.世界はオッサンで出来ている。



ハナちゃんと出会ったあのホテルの前まで行ってみたが、彼女には会えなかった。
ここに来ればなんとなく会えるんじゃないかと思っていたが、やっぱ現実はそんなもん。

もしかしてハナちゃんはこのホテルに泊まってるんじゃないかなんて考えた俺は、
フロントで暇そうにしている従業員に訊いてみようかと思ったが、やっぱりやめておく
ことにした。

なにやってんだろう俺は。
ストーカーじゃあるまいし。

『なんで僕に付き纏う?』

もし会えたとしても、そんな風に鼻で笑われるのがオチだろう。

俺は踵を返して元来た道を戻る。

“僕”……か。

自分のことを僕と言うハナちゃん。
俺を半ば拉致しておいて、手のひら返したように突き飛ばしたハナちゃん。
そのエキセントリックな言動は、俺の常識を悉く覆した。

ロックや。
あの女はロック。
173まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/25(土) 01:11:28 ID:???
俺はエアギターをかき鳴らしながらふんふんふふんオーイエーと薄暗い路地を歩いた。

道行くサラリーマンがすれ違いざまに日本の終わりを目撃したような顔で俺を見る。
俺はそんな冷ややかな眼差しなど意に介さず、思いつく限りの退廃的な英単語を
叫び倒した。

駅前の小さなグランドグロス(今名付けた)にさしかかった時だった。

「これこれ、そこな少年」

と不意に抑揚のない声が俺を呼び止めた。
俺はエアピックを絃から離して声のした方に振り返る。

オッサンである。
今日はオッサン曜日だったのか。
いやオッサンは世界中に遍く存在しているけれど。

俺の定義するオッサン曜日というのは、世界が常軌を逸したオッサンで溢れ返る日である。

オッサンは椅子に座っていた。
オッサンの前には机が置かれている。

道端で机を置いて椅子に座っているオッサン。
それだけならまだ可愛いものだ。
しかしこのオッサンが座っている椅子は、オッサンの前に置かれている机は、
俺が毎日のように目にしている、学校で使われているようなものだったのだ。

明らかに異様な光景だった。

しかもオッサンは椅子の上で三角座りをしていた。
しかし窮屈そうな様子はなく、その座り方が最も正しく、この座り方でないと
思考力が何%か低下するのだと言わんばかりに堂々としていた。
174まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/25(土) 01:16:29 ID:???
机の上には白い紙が巻かれた円筒形の変な物が置かれていて、
中央に汚い字で『占』と書かれていた。
その変な物は缶コーヒーぐらいのサイズだった。
ていうか缶コーヒーだろ、これ。
コーヒーの缶に白い紙を巻いただけに違いない。
だってパイプを咥えた渋顔のオッサンのシルエットが透けて見えてるもの。

「少年、なにかお悩みかね?」

オッサンが上目遣いに俺を見て、言った。
俺は思わず後ずさってしまった。

オッサンの髪はボッサボサで、目の下にはクマが出来ていた。
ラーメン屋で見たあのオッサンとはまた少し違う“終わってる”臭に、
俺は生理的な嫌悪を感じた。

年はあのラーメン屋のオッサンと同じ20代前半ぐらいに見える。
どうやらこの年代のオッサンは世が昭和から平成へと移り往く際に
人として何か大事なものを失くしてしまったらしい。

「どうした少年、なにか悩みがあるのだろう?
 なにか……悩みがあるのだろう」

絶句している俺にオッサンの抑揚のない声が執拗に浴びせかけられる。
俺はオッサンの問いに答えることが出来ずただ立ち尽くすのみであった。

「ふむ、ふむ……」

俺が蛇に睨まれた蛙の如く動けないでいると、オッサンは机の中からおもむろに
筮竹を取り出した。
しかしオッサンが両手でジャラジャラと擦り合わせている筮竹からは、
湯に浸すとパスタが出来上がりそうな香ばしい匂いがした。
175天然ショボーン ◆SoBON/8Tpo :2007/08/25(土) 01:17:21 ID:???
携帯さん?!
しえん
176まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/25(土) 01:22:42 ID:???
「ふむ、君は中学生だね」

オッサンの濁った瞳が筮竹から俺へと移る。

──何故だ!? 何故俺が中学生だとわかった!?

俺は心臓を鷲掴みにされたような感覚に陥り、
「あ、あぁ……あ……」と否定も肯定も出来ずフリーザを目の前にした
クリリンのようにガタガタと奥歯を震わせた。
俺は今、学校指定の制服に身を包んでいるが、これを奇抜なデザインの
戦闘服に置き換えればあの悪夢の再現である。

オッサンの濁った目が俺を捉えて離さない。
深く、深く、どこまでも深い漆黒の闇がオッサンの目の奥に広がっていた。
このオッサン、只者ではない。

「すみません、お願い出来ますか」

突然、誰かが俺とオッサンの間に割り込み、俺はようやくオッサンの呪縛から
解き放たれた。

どうやら客のようだ。
スーツを着ているから、会社帰りかなんかのサラリーマンだろう。
177 ◆K.tai/y5Gg :2007/08/25(土) 01:23:12 ID:???
オッサン
178まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/25(土) 01:26:26 ID:???
「実は、以前ここで見てもらった知人の紹介で来たのですが」
「ほうほう……それはそれは」
「その知人は先生のおかげで人生が上手くいったと喜んでいまして、
 私も是非診てもらおうと……」
「ふむふむ。して、お悩みは?」
「えぇ、実は……」

とオッサンとリーマンはなにやら真剣に話し始めた。
俺はなんだか怖くなって、その場からダッシュで離脱した。

家に帰るまで一度も止まらず全速力で走った。
そんで帰って速攻で寝た。


恐ろしい、本当に恐ろしい日だった。

世界はオッサンで出来ている。




179 ◆K.tai/y5Gg :2007/08/25(土) 01:32:54 ID:???
かかった?
180まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/25(土) 01:34:13 ID:???
   2.馬鹿の理論



新しい朝が来た。
希望の朝だ。

飯食って、歯ぁ磨いて、顔洗って、ちょいちょいと頭セットして、
鞄を抱えていってきますと俺は家を出る。
今日も今日とて学校だ。


登校途中にミサとサユに出会った。

「おいーす」
「おは」
「おはよう」

いつも通りの挨拶をして俺達は並んで学校へ向かう。

「ジェノ、昨日サチコが怒ってたよ〜。って、いつものことだけど」

サユが朝の陽射しを手で遮りながら言った。
今日はいい天気やのう。
181まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/25(土) 01:38:51 ID:???
「掃除のことか。ん、まぁ……そら怒るだろうね」
「掃除ぐらいすればいいのに。そしたらサチコも見直すよ、きっと」
「なんで見直してもらわなきゃならんのさ」
「あれ? ジェノ、サチコのこと好きなんじゃないの?」
「なっ! は……ばっおまっなにを」
「あはは。わかりやすい」
「ちがっ……なに言ってんの」

と、俺はテンパりまくり。
否定も肯定も出来ていないぞ!

「まぁ今更掃除したところで、ジェノがサチコをゲットすんのは無理だと思うけどね」

ミサが携帯を片手に言った。
すごい速さで指を動かしてボタンをプッシュしている。
誰かにメールでも打ってるんだろう。
電柱にぶつかっちゃえばいいのにと思った。
その時だった。

「んがっ」

という無様な悲鳴をあげて電柱にぶつかったのは、ミサではなく俺だった。
誰かに後ろから突き飛ばされたのだ。

「ってーな! 誰ですかこの野郎!」

強打した鼻をさすりながら俺は後ろを振り返る。
誰もいない。
182 ◆K.tai/y5Gg :2007/08/25(土) 01:41:26 ID:???
あ、なんだっけこの台詞
183まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/25(土) 01:43:18 ID:???
「わっははジェノ君、朝っぱらからぼーっとしてたらあかんよー」

と、高笑いが聴こえて俺は前方に向き直る。
サトチーとポンコがチャリに2ケツして遠ざかって行った。

「アホボケカス! 後で覚えてろよ! ってか俺も乗せてけ!」
「無理で〜す」

ポンコが舌を出して俺に手を振った。

俺は何かぶつけてやろうと辺りを見回したが、適当な物が見つからなかった。
仕方ないのでとりあえず中指を立てておいた。アホボケカス。ファック。


この日、晴刷市立三井銅鑼中学は朝からちょっとした騒ぎになっていた。
例の転校生の件である。

こんな中途半端な時期に、外国からハーフの転校生。
しかも女ときている←これは男子だけの興奮だが。


そして女神は舞い降りた。

「座玖屋・リベッタ・きらたまです」

ミドルネームもさらりとエレガントな自己紹介だった。
長いブロンドの髪、透き通るような碧眼。
すらりと伸びた長い足。ていうか全体的に細い。
非の打ち所がないとはこのことだ。
彼女は学校指定のだっせぇ制服もなんなく着こなし、
上品なアクセントで日本語を操るそのミスマッチさに誰もがため息を漏らした。
184まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/25(土) 01:47:42 ID:???
「あ……あ……」
「ありがてぇ……ありがてぇ……」
「う、うおぇっ……おぅ、おぇっ」

瞬きすら忘れて放心したように彼女を見つめている者。
涙を浮かべて拝む者。
興奮が過ぎて何故か吐きそうになっている者。

かくいう俺は鼻血を垂らしていたのだが、これは今朝の電柱とのタイマンのせいである。

たぶん。


教室は異常な雰囲気に包まれていたが、転校生は微動だにせずにっこりと微笑んだ。

「よろしくお願いします」
「アッー!」
「アッー!」
「アッー!」
「アッー!」

彼女の典雅な挙措に、男子達は尻子玉を抜かれたような叫び声をあげて昏倒した。

かくいう俺は鼻血が止まらなくなっていた。


「じゃあ座玖屋さんは窓際の一番後ろの席に座ってください」
「はい、先生」

教師に促され、彼女は静々とした足取りで指定された席へと歩を進めた。
彼女が一歩、また一歩と教室の床を踏みしめる度に誰かが泡を吹いて机に崩れ落ちた。
185まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/25(土) 01:51:59 ID:???
休み時間になると、他クラスから見物人が押し寄せた。
どいつもこいつもアホみたいに携帯で彼女を撮っていた。

しかし、そういったアホはひたすら写真を撮るだけで、
誰も彼女に話しかけようとはしなかった。
ひたすら鳴り続けるシャッター音に、俺はだんだん腹が立ってきた。
これじゃまるで見せ物じゃねーか、うるさいんじゃアホボケカス。ファック。

彼女に話しかけたのはサチコさんだけだった。
お昼休みに校内を案内するから、と優しく微笑むサチコさん。
どうもありがとう、と嬉しそうに微笑む転校生。

なんて美しい光景だろうか。
俺もちょっと写真に撮りたいなとか思ってしまったほどだ。


そして我が3年C組を中心とした喧騒は次第に沈静化し、
三時間目が終わる頃にはようやく写真を撮りに来るアホどもはいなくなった。

しかしその一方で、早くも『きらたま親衛隊』なるキモさ抜群の怪しい会が
立ち上げられていた。

親衛隊長の下ネタこと下ネタマックスが被写体の魂まで抜けそうな
馬鹿でかいカメラを持ってC組の周りをうろうろしていたが、
うろうろしているだけで実際に行動に移せないあたりが可哀想なぐらいキモい。

昼休み、意を決した下ネタは奴と同じぐらいキモい取り巻きと共にC組に
乗り込んで来ようとしたらしいが、我が校の正義の番人ジニに注意され、
あろうことか逆ギレして(なんでそうなるのかが理解不能。マジでキモい)奇声を
発しながらジニに殴りかかったという。
186 ◆K.tai/y5Gg :2007/08/25(土) 01:56:45 ID:???
チャリって2「ケツ」なの?


って思ったら後ろに座ってるんか。そうか
187 ◆K.tai/y5Gg :2007/08/25(土) 01:57:54 ID:???
はっはー


きらたまさんすげえや
188おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2007/08/25(土) 02:00:58 ID:???
さすがきらたまん
189まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/25(土) 02:01:50 ID:???
しかし返り討ちに遭い、4秒で豚雑巾にされたのは言うまでもない。アホめ。

ちなみに下ネタには下ネタマスクというちょっと年の離れた兄がいるらしい。
どうでもいいね。


下ネタが豚雑巾にされていた頃、俺はサトチーとポンコとミサと共に自転車置き場にいた。

「ありゃ反則だろ、マジで」

ポンコがサンドイッチを齧りながら言った。

「可愛すぎじゃね? マジ神の領域」

ポンコはすっかり転校生にお熱のご様子だった。
同じクラスなのを気にしてか、写真撮ったりはしてなかったけど。

「可愛いよねー。人形みたい。飾っときたい。負けたわ、実際」

ミサは屈託なく笑って言った。

ミサだけではなく、多くの女子がそう思っているだろう。

「久々のヒットっすわ」

サトチーが携帯をイジりながら言った。

俺はそんなサトチーに対して湧き上がる不愉快な気持ちを牛乳と一緒に無理やり飲み込む。
190まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/25(土) 02:05:48 ID:???
俺は今日、サトチーと一言も口を利いていなかった。
なんでって、こいつ昨日のこと謝りもしないのだから。
いや俺に謝ってもしょうがないだろうし、関係ないといえばないとは思うが。
別に俺が怒られたわけでもなんでもないし、ERINGIの店長が言っていた通り、
こいつがベースを手に入れるのが遅くなるだけである。

でもでもでも、なーんか一言ぐらいあってもいいんじゃないの?
俺、呪われかけたんだぜ。かけたっていうか呪われたかもしれんのに。

人間とは勝手なもんで、ちょっと不満に思うことがあると関係ないことまで
気に入らなくなってくる。

「いやーなんとかして、どうにか出来んかね?」

転校生のことをそんな風に言うサトチーに、俺は無性に腹を立てていた。

俺がどうこういうことじゃないけどよ、お前キヨミちゃんはどうしたんだアホ。
ていうかあの楚々とした転校生をそんな狩人のような目つきで見るなよ、と。

「あ! やっばい忘れてた!」

俺がモヤモヤした気持ちでいると、突然ミサが立ち上がった。パンツ見えた。

「なによ」

俺の心情を察したかのような淡いブルーをありがとうと心の中で礼をして
俺はミサに訊いた。

「呼び出し、呼び出し」

そう言ってミサは慌しく駆けて行った。
なんのこっちゃ。
191 ◆K.tai/y5Gg :2007/08/25(土) 02:08:05 ID:???
ほら
192まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/25(土) 02:10:00 ID:???
「あぁ、なんかチクリがあったらしい」

サトチーがそっけなく言った。
なんのこっちゃ。

「なに? あいつなんかやったん?」
「……あぁ、お前知らないんだっけ」
「なにを」
「いや、知らないんだったらいいんじゃね」
「はぁ?」
「そのうちな」

サトチーはそれきり黙ってしまう。
いやいやいや、意味わからんよ君。
なんか知ってるんだったら教えろよ。
その前にお前は知ってんのか。なんでだ。

「……もしかして、アレ?」

とポンコ。

「おう、ちょっとヤバげ」
「マジで? なんでまた」
「ん、後で」

訝しげなポンコにサトチーが目配せする。
おいおい、どういうことやねん。
お前らなんか俺をハブってませんか。

と思うけど俺は口に出さない、出せない。
193 ◆K.tai/y5Gg :2007/08/25(土) 02:14:35 ID:???
口調が誰かに似てきた
194まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/25(土) 02:14:44 ID:???
じわ〜っと変な空気が流れる。
誰も口を開こうとしない。

不意に乾いた風が吹き抜けた。
──でも昨日とはなんか違って。

寂寞とした気持ちだけがいつまでも俺の中で生々しく渦巻いていた。
ちゃんと攫っていけよ、エアー野郎が。

なんだろ、すっごい疎外感。


「あ」

五分ぐらい続いた重苦しい沈黙を破ったのはサトチーだった。
あ。って言っただけだけど。なんかに驚いたような表情で。

何に? と思ったと同時に既にサトチーはパンとコーヒーを持って駆け出していた。

俺とポンコがサトチーの離脱の原因に気付いた時にはサチコさんが転校生と一緒に
俺達のすぐ後ろまで来ていた。あの野郎。せめてこれぐらいは教えろよ。

「またこんな所で宴会みたいなことを……」

サチコさんが眉間に皺を寄せて俺とポンコを睨む。

「宴会て。ただ昼飯食ってただけだし。ゴミもちゃんと片付けるよ」
「……まぁいいわ。今日は」

ふん、と鼻を鳴らしてサチコさんは俺達に向かって差し伸べる。
なんじゃい、握っていいのか? 握っちゃうぞ? と俺はドキドキしたが、
そうではなかった。
195まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/25(土) 02:18:45 ID:???
「座玖屋さん、ここが自転車置き場。そして彼らは私達のクラスメイトであり、
 我が校の癌です」

ガーン! なんちゃって。うわーつまらんと心の中で俺は俺にツッコむ。
しかし転校生はくすくすと笑っていた。俺のツッコミにではないけど。
ていうか癌て。ひどいぞーサチコさん! と俺はショックを受けるが、

「今日は天気もいいし、外で食べた方が美味しいかもしれませんね」

とかエスプリの効いたこと言っちゃう転校生のおかげで俺はちょっと救われる。

「よ、よかったら一緒にどうかい?」

俺もなんとか紳士的に切り返そうとしたが、咄嗟のことだったのでこんなことを言って
しまった。しかも食べかけの焼きそばパンを差し出しながら。

「私達はもう済ませました。教室で」

転校生の代わりにサチコさんがすっぱり拒否してくれた。
むしろありがたい。さすがに食べかけの焼きそばパンを受け取られても困る。

「ちゃんと片付けなさいよ。さ、行きましょ座玖屋さん」

サチコさんはふん、ともう一度鼻を鳴らして歩き出した。
俺達を怒ることより、転校生に校内を隈なく見せてまわることを優先したようだ。

転校生は俺達に微笑みかけてサチコさんに続いて歩き出す。

「ごきげんよう」

とか言い残して。
初めて聞いたぞ! ほんとに言う奴いるんだな〜! 
196 ◆K.tai/y5Gg :2007/08/25(土) 02:21:01 ID:???
目的はなんでしょうかね
197まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/25(土) 02:22:35 ID:???
「うぅむ、ありゃ本物だな」

とポンコが呟く。

「おぉ、ありゃ本物だ」

何がかはわからんが俺も呟く。

「いやすげぇ。他の女子……ていうか、その辺の女にあのオーラは出せねぇだろ」
「おう。ある意味大和撫子やのう」
「……でもやっぱ、あの子からすりゃ日本はスシテンプーラのイメージなんかな」
「日本語ペラってるしいくらなんでもそりゃねぇだろ」
「そういやなんであんな日本語上手いの?」
「さぁ、知らん」

場末のチャリ置き場に颯爽と舞い降りた女神のおかげか、
いつの間にかギスギスした空気が吹き飛んでいた。

かに見えたのだが。


「……にしても、サチコ、ウゼぇ」
「え?」

あまりにも突然で直球な言葉に、俺は思わず聞き返してしまう。

「ウザいわマジで。ウザすぎ。何様なのあいつ」
「あぁ……」
「クラス委員かなんか知らんけど、ごちゃごちゃごちゃごちゃよぉ」
「……あぁ」
198 ◆K.tai/y5Gg :2007/08/25(土) 02:24:49 ID:???
おっと
199まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/25(土) 02:27:01 ID:???
ポンコがベシッとサンドイッチを地面に叩きつけた。
食い物粗末にすんなよ。

「飯ぐらい好きなとこで食わせろって。なぁ?」
「そうね」

適当に返事しながら、俺はなんとか話題を変えようとあれこれ思考を巡らす。

「──マジ、ヤッちゃおうか」
「は?」

なにをやねん。
なに言ってんのこいつ。

「いや、ちょっとわからせてやらんとダメだろ、あれは」
「悪いの俺らだけどな」

ははは、とか言って俺は笑って誤魔化そうとしたが、ポンコの目の色は変わらない。

「なぁ、考えてみろよ。大体俺らが今までやった遊びだって、
 あいついなきゃバレなかったし、別に誰にも迷惑かからんかっただろ」

確かにそうかもしれない。
理科室で鍋パーティー事件はひっそりとやってきっちり後片付けするつもりだったし、
自習の時間にプレステ2事件はなんだかんだサチコさん以外はみんな爆笑だったし、
グラウンドに卑猥なミステリーサークル事件なんて陸上部とか野球部とかサッカー部が
ワッセロイと汗流してる間に消え去っただろうし、ていうか後で消そうと思ってたし、
五月だけど勝手にプールに水入れてウォーターボーイズごっこ事件も事前に触れ回ってた
から楽しみにしてた物好きな奴もいたし、もちろん終わったら水も抜く気だった。
昼の校内放送でエロ小説を朗読事件はまぁどうしようもないけど。
200 ◆K.tai/y5Gg :2007/08/25(土) 02:29:04 ID:???
ほらほら
201まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/25(土) 02:32:02 ID:???
でもどんな屁理屈こいたところでどっからどう見ても俺らが悪いわけで。
サチコさんが怒るのはクラス委員として、ていうかまぁ人として当然なわけで。
ジニは意外とシャレのわかる奴なので全部笑ってたけど。でも怒ってたけど。
なぁポンコ、目がマジすぎて俺はちょっとひいてるんだけど、もうこの話やめようぜ……。

「あんなん、ガツンやったったらすぐ黙るだろ」

何故かエセ関西弁を駆使してポンコは言ったが、生々しすぎて俺は絶句してしまった。

「お前なぁ」
「あ? ジェノ、ムカつかねぇの?」
「いや、ムカつくっていうかさ、基本的に悪戯なんだからバレた俺らの負けっていうか」
「だから悪戯だろ? それぐらいのことで目くじら立てんなっつー話」

やめろポンコ。それは馬鹿の理論だ。
俺も馬鹿だけどさ、認めるけど。
それは認めるけど、踏み越えちゃならない線ってのがある。

俺はそう言ってやりたかったが、やっぱり言えないでいると、

「今度ごちゃごちゃ言いやがったら顔面アンパンマンみたいにしてやろうぜ」

ポンコはとんでもないことを言い出した。
笑ってるが目は完全に座っている。

「お前……」
「なんだよ」
「本気で言ってんのか」
「──冗談に決まってんだろ」

こいつ最高にアホ!
言っていいことと悪いことがあんだろうが。
202 ◆K.tai/y5Gg :2007/08/25(土) 02:34:50 ID:???
事件の臭いがするかと思ったのに
203まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/25(土) 02:36:29 ID:???
「つーかジェノ……お前なんでサチコの肩持ってんの?」
「別にそんなんじゃねぇよ」
「持ってるじゃん」
「持ってねぇよ」
「なら次に何か言ってきたら──」
「いい加減にしろよ」
「あ?」
「あ? じゃねーよ」
「なんだよ」
「くだらねぇこと言うなっつってんの」

俺はゆっくり立ち上がる。
授業開始5分前を知らせる予鈴が鳴ったからだ。
だがポンコはそう解釈しなかったらしい。

「やんのか」

やんのか、じゃねぇよいつの時代だボケが。
一人でやってろ。

俺はポンコを無視して、どんよりした気持ちを抱えたまま教室に向かった。
無視してもどうせ教室で顔合わせるんだけど。

サチコさんも。


もうサチコさんも転校生も戻ってるかなーとか考えながら廊下を歩いてると、
ジニが階段を上がって来るのが見えた。
珍しい。授業開始5分前にはきっちり自分の席に着いてるような奴なのに。
204まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/25(土) 02:38:13 ID:???
「おう、どした珍しい。ウンコでもしてた?」
「してねぇよ。ちょっと職員室」
「ふぅん、また何かスバラシイ企画でもプレゼンして先生に褒められてたんか」
「違う違う、その逆」

そこで俺はジニが下ネタを豚雑巾にした話を訊いた。

「やるなぁ、お前。グッジョブやんけ。はっははは」
「笑いごとじゃねーよ。『喧嘩なんてお前らしくない』とか言われちゃってさ」
「今更だよな。ほんとは暴力大王なのに」
「誰がやねん」
「ていうかあんなポテポテウンコじゃ喧嘩にもならなかっただろ」
「おう、大振りな右フック上段受けで捌いて側頭部にまわし蹴り一発……ってなに言わす」
「まぁまぁ、とにかくお前マジグッジョブ。姫にナイトの称号もらえっかもよ」
「別にそんなつもりでやったわけじゃないし」

とかぶっきらぼうに言ってジニは鼻をポリポリ。
素敵すぎるよお前。愛してるぜ。

「そういやお前、転校生見た?」
「んー? そういやまだ見てないな。クラスの奴らは騒いでたけど」

さすが。
武士。
なんていうかお前は武士。
205 ◆K.tai/y5Gg :2007/08/25(土) 02:42:08 ID:???
にこ寝たか
206 ◆K.tai/y5Gg :2007/08/25(土) 02:46:48 ID:???
またか。分身しよっか?
207 ◆K.tai/y5Gg :2007/08/25(土) 02:50:53 ID:???
どうでしょうか
208おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2007/08/25(土) 02:52:54 ID:???
手痛い誤爆しました
209まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/25(土) 03:00:15 ID:???
「おい、授業始まるぞ。ほれ戻れ戻れ」
「先生かお前は。じゃあの」
「だからなんで竹原やねん」

俺は軽く手を上げて教室に入った。
ジニは手を上げ返してくれなかった。つれない奴。

でも俺の心はちょっとだけ晴れてた。
なんでか知らんけど。
ジニのおかげで。




210 ◆K.tai/y5Gg :2007/08/25(土) 03:01:10 ID:???
みじかっ
211おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2007/08/31(金) 21:04:33 ID:eQxzt+Es
保守
212 ◆KYuSyUA/K2 :2007/09/06(木) 01:59:59 ID:zoj0tlWo
ほしゅ
213おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2007/09/10(月) 22:32:34 ID:???
ほしゅ
214まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/15(土) 23:22:04 ID:???
   3.襲名



「ノワ様、という方からお電話が入っておりますが、お繋ぎしてよろしいでしょうか?」

僕にとっての晴刷市での二日目は、フロントからの電話で始まった。

「お願いします」

僕はベッドに寝転んだままそう告げて、時計を見た。
6時だった。

こんな朝早くにかけて来やがって。


「お前、いつまで寝ているんだ」
「今何時だと思ってるんだ。非常識な」
「何言ってる。何時間寝る気だ?」
「はぁ?」

もう一度時計を見る。
6時。12分。

昨日寝たのは9時半ぐらいだっただろうか?
ということは9時間足らずか。
ちょっと寝すぎたかもしれないが、ノワ如きに責められるほどではない。
215まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/15(土) 23:27:37 ID:???
もう一度時計を見る。
6時。13分。

お?

あれ? 6時って午後の6時か。

「何度も電話したんだぞ」

ノワはぷりぷり怒っている。
確かにこれは寝すぎだ。
ちょっと笑える。

「なに笑ってるんだ」
「うるさいな。許せ」
「まぁいい。で、いつ出てこれる?」
「なにかあったのか」
「座玖屋が、鈍堕華も交えて話したいと」
「──ほう」
「という訳で迎えに行く。用意するのにどれぐらいかかる?」
「とりあえずシャワーだけ浴びるから30分後にホテルの前で待っててくれ」
「わかった」


電話を切って、僕はベッドの上に服を脱ぎ捨てる。
全裸になると、体が汗臭いことに気付いた。
216まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/15(土) 23:31:49 ID:???
なんだろう。
誰かに汗臭いのを指摘された気がする。

誰だ無礼者め。

僕は誰にともなくぷりぷり怒りながらバスルームに向かった。


さっとシャワーを浴びて、服を着替えて、ノワとの電話を終えてからきっちり
30分後にホテルの外に出る。

ホテルの玄関の前にバイクを停めて、ノワが退屈そうに道行く人々にメンチを切っていた。

「君、もう朝食は済ませたか?」

僕が声をかけると、ノワは苦みばしった顔を更にしかめた。

「それを言うなら夕食だろう」
「僕はまだ食べてないから、朝食で正しい」

世界は僕を中心にまわっている。

「はぁ?」
「もういいよ。それより早く行こう。昨日みたいに変なのが来たら面倒だ」
「あぁ」



バイクでぶーんとすっとばすこと十数分で座玖屋邸に到着。
僕達が着くと同時にギーニャニャニャと門が開く。
門の向こうには無表情なオッシャルトが立っていた。
217まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/15(土) 23:35:29 ID:???
「お待ちしておりました」

昨日と同じセリフを吐いてオッシャルトは軽く頭を下げる。

そしてオッシャルトの後に続いて、やはり昨日と同じく奥の座敷へ。


「どうも。二日も続けて呼びつけて大変申し訳ない」

僕達が座敷に入ると、まず座玖屋がそう言って慇懃に頭を下げた。

「こんばんは」

続けて座玖屋の隣に座っていたきらたまも頭を下げた。

そして、二人から少し離れて座布団の上であぐらをかいている男が一人。
男は僕達に対して明らかに敵意を剥き出しにしていた。

「鈍堕華、挨拶ぐらいしたらどうなんだ」

座玖屋が男に向かって言った。
どうやらこの初っ端から殺る気まんまんのこの男が鈍堕華らしい。

鈍堕華は座玖屋によく似た顔をしていた。
どこからどう見ても親子にしか見えない。
やはり僕の勘は当たっていた! すごいぞ僕! と僕は自分の直感力を褒め称えた。

鈍堕華はかなり若かった。
といっても僕とそう変わらないぐらいだろう。
二十歳そこそこに見えた。
きっと座玖屋の若い頃はこんな感じだったのだろう。
218まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/15(土) 23:38:36 ID:???
ていうかイノセンスもう要らん。
座玖屋に気付かれないように調べるまでもない。
これで親子じゃなかったら詐欺だ。別になにか騙し取られたりしてないけど。

「俺は……こんな奴らと手を組むのは反対だって言ってるだろう」

ここで鈍堕華が初めて口を開いた。
声まで座玖屋にそっくりだ。

「まだそうなるとは決まっていない」

座玖屋が曖昧に言いながらこちらの表情を伺う。
今日も狸だな、このオッサンは。

「それを話し合う為に、お前も呼んだんだ」
「話し合うことなんて何もないな」
「ならどうして来た?」
「話し合うことなどなにもない、とはっきり言う為に来てやったんだ。
 そいつらにも、あんたにも」

座玖屋と鈍堕華は、お互い淡々とした口調でやり合い始めた。
つまらん。親子喧嘩なら僕達が帰ってからにしてくれ。

「そっちには話し合うことはなくても、こっちにはある」

と、ここでノワがずいっと口を挟んだ。

「昨日の件は、どういうつもりだ?」

仏頂面に仄かな遺憾の意を忍ばせて、ノワは鈍堕華を睨みつける。
昨日のナッパとホウキのことだろう。
219まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/15(土) 23:39:34 ID:???
「なんのことやら」
「とぼける気か? 昨日俺達を襲ったのはお前の手下だろう」
「知らないな。そいつらが『座玖屋ファミリー・鈍堕華派』と書かれた名刺でも
 差し出してきたのか?」
「そんな屁理屈が通るとでも思っているのか……?」

ノワの口の端が僅かに吊り上る。
怒ってる、怒ってるよ。
ノワが怒っているようだ。

僕は少しワクワクしてきた。

「なら仮に、この先俺達が共存していくことになったとして、
 昨日の奴らと顔を合わせるようなことがあったら……どうする?
 その時は『過去の話』で済ます気はないぞ」

よほど確信があるのだろう。
ノワは真っ直ぐ鈍堕華の目を見て言った。

「だから知らないって言ってるだろう。
 ただ……昨日の話なんだが、どうも使えない部下が二人ほどいてね。
 俺が与えた仕事を満足にこなせなかったんで、ちょっと暇をやることにしたんだ」
「なんだと」
「長〜い休暇を与えてやったよ。今頃季節はずれのダイビングでも楽しんでるんじゃ
 ないかな。あんまり楽しくて浮かぶことも忘れて潜ってるかもしれないな、あいつら」

鬼畜だなこいつ。
部下に対して愛情の欠片もないなんて、最低な上司だ。
僕を見習え。
220まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/15(土) 23:48:35 ID:???
「つまり、あくまでシラを切るわけだな」
「ま、俺には関係のない話だ。どう受け取ってもらっても結構」
「言葉は慎重に選んだ方がいいぞ。俺がどう受け取るかは俺にしかわからない」
「ふ……どうしても文句があるってんなら力ずくで来なよ。受けて立つぜ」
「ほう……」

ピシピシと二人を取り巻く空気が音を立てているようだ。
楽しくなってきた。楽しくなってきたぞ。
喧嘩しろ、お前ら。

「ノワさん、少し待ってください。鈍堕華、お前もだ。自重しろ」

二人の間に流れる不穏な空気などものともせず、座玖屋が割って入った。

「ノワさん、その件についてはいずれ事実関係を明らかにすると約束します。
 もしもその時、我々が共にいい関係を築いていたとしても、
 その時はノワさんの気の済むようにさせていただきます。
 勝手ですが今はそれでなんとか納得していただけませんか」

座玖屋はそう言って神妙な顔つきで恭しく頭を垂れたが、
どうせ証拠など出てこないと見越した上での発言だろう。

ノワはそんな座玖屋のお為ごかしに納得したわけではないだろうが、
特に何か言い返すわけでもなく、かぴかぴになった油揚げを無理やり
口につっこまれたような顔で頷いていた。

退くなよ、そこで。
ガンガンいっちゃらんかいと僕はノワに目配せする。
しかしノワはにぶちんなので僕の視線に気付かなかった。
221まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/15(土) 23:52:27 ID:???
「さて、それではそろそろ本題に入りましょうか。
 もうこれ以上場を温める必要もなさそうだ」

座玖屋は皮肉めいた前置きをして、ゆっくりと部屋にいる全員の顔を見渡した。

「ノワさん、九州さん……それにきらたま、鈍堕華、お前達もだ。
 よく聞いてほしい。私は今日限りでこの家業から身を退く」

思いがけない引退宣言だった。
あまりに突拍子のない発言に、誰も口を開くことが出来なかった。
僕やノワはもちろん、きらたまや鈍堕華にとっても想定外のことだったのだろう。

二人とも訝しげに座玖屋の顔を見ていたが、座玖屋は二人とは目を合わせようとは
しなかった。

「それは、どう解釈すればいいのでしょう。まだ続きがあるのでしょう?」

みんなぽかんとしていたので、仕方なく僕が先を促した。

「私は引退します、ということです」
「そうではなくて。引退して、それでどうするつもりですか」

僕はきらたまの顔を見ながら言った。
この娘に跡目を譲って隠遁生活を送るのは結構なことだが、
置き去りにしていることがいくつかあるだろう、という意味を込めて。

「そうですな。しばらくのんびりしようと思っています」
「いや、だからそういうことではなく」

なにをボケかましとるのだと頭をはたいてやろうかと思ったが、ぐっと堪える。
222まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/15(土) 23:57:41 ID:???
「今後のことは全て三代目に任せます」

そう言って座玖屋はきらたまに優しく微笑みかける。
すると鈍堕華が座卓に拳を叩きつけて立ち上がった。

「ちょっと待て! どういうつもりだ、親父!」

ほら言った! 今、親父って言ったよ!
やっぱり当たってた。すごいな。僕はすごい。ふふふ。

「よりにもよってファミリーの存続に関わることを、きらたまに任せるだと!?
 あんた、どうかしてるぞ! おい、今言ったことを取り消せ! さもなくば──」
「さもなくば、俺に跡目を譲れ、か?」
「──あぁ、そういうことだ。こいつには……きらたまにはファミリーを
 仕切っていくのは無理だ。こいつにそんな器量はない」

鈍堕華は忌々しそうにきらたまを見下ろす。
きらたまはきゅっと唇を噛んで俯いていた。

そういえば、こいつら兄妹になるのか?
全然似てないな。いや似てないというかそれ以前に……。

「もう決まったことだ。座玖屋ファミリーの三代目はきらたまだ」
「もう決まった、だと!? 寝ぼけるなよ親父。俺は認めていないぞ」
「口の効き方に気をつけろ、鈍堕華。今日中はまだ私が組織の長だ」
「都合のいいことばっかり言いやがって。あんたはいつもそうだ」
「なんとでも言え。そしてお前の自分勝手な言い分を聞くつもりもない」
「自分勝手なのはどっちだ。あんたがそんなだから母さんは──」
 
鈍堕華はそこで言葉を詰まらせ、座玖屋から目を逸らして俯いた。
重い沈黙が室内を包む。
223まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/16(日) 00:01:39 ID:???
辛気くさい。
なんだこの茶番は、と僕がうんざりしていると、鈍堕華は無言で座敷を
出て行った。誰も彼を止めようとはしない。

「いいんですか」

と、口を開いたのは僕。すると座玖屋は、

「ノワさん、九州さん、お二人とも夕食は済ませられましたか」

とかいきなり言い出した。

「まだだ」

ノワが答える。
僕は夕食どころか昼食も朝食もついでに間食もしていない。

「そうですか」

座玖屋は鷹揚に頷き、オッシャルトに目配せする。
オッシャルトは無言で頷き、座敷を出て行った。

「ではしばしお待ち下さい。私は夕食までの間、少し考えさせていただきたいことが
 ありますので、では……きらたま、任せたぞ」

と言って座玖屋も座敷を出て行ってしまった。

なんだ。勝手に話が進められているぞ? 
と僕は敵になるのか味方になるのかわからない奴のうちでごはんをおよばれすることに
なるという展開に戸惑った。
でもお腹が空いていたのでまぁいいやと思った。
それにもうひとつ。
224まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/16(日) 00:05:34 ID:???
「君はここに残るのか?」

僕は悄然としていたきらたまに話しかけた。
座玖屋のいないところでこの娘と話してみたかったのだ。

「はい」

俯いていたきらたまはようやく顔をあげ、力なく笑った。
本当は自分もひっこみたいが、客をほったらかしておくわけには
いかないと思っているのだろうか。

「いくつだっけ?」と僕は訊く。
「15歳です」ときらたまは答える。知ってる。
「15歳、ということは中学生になるのかな? 学校には行ってるの?」
「明日からこの街の中学校に通うことになっています」
「へぇ。明日から、ということは、今までは行ってなかったんだね」

と僕は当たり前のことを言う。
きらたまは小さく頷いた。

「今日、3年ぶりに日本に帰って来たばかりなんです」
「あぁ、なるほど」

ふむふむ。

「日本語、上手だね」
「生まれは日本ですから」

ということは12歳まで日本で育ったのか。
そりゃ上手くて当然だ。
225まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/16(日) 00:09:18 ID:???
「3年ぶりに帰ってきたなら、随分景色が違って見えるだろう?
 この国はすぐに流行が移ろいでいくから」
「そうなんでしょうか」
「帰って来たばかりじゃまだ実感はないかな?」

ふふ、とか言って僕はきらたまに微笑みかける。
だんだん血の気が引いていくのが自分でもわかる。

「帰ってきたのはやっぱりファミリーを継ぐ為?」
「……お父様はそのつもりで私を帰国させたのだと思います」

思います、か。
うーむ、まだちょっと反応が硬いな。

「君はあまりお父さんの後を継ぎたくないようだね」
「そんな風に見えますか……?」

ときらたまはちょっと困ったように首を傾げる。

「なんとなく、そう見えただけだよ」
「そうかもしれません。私も、自分でわかってはいるのです。
 お兄様が言っていたように、私にファミリーをひっぱっていく器量はないと」

お兄様……やっぱり兄妹だったか。
その辺の事情に深くつっこんでいいべきかどうか僕は迷ったが、

「本当は、お父様だってわかっているはずなんです」

ときらたまが自分から話し始めたので僕は適当に真面目な顔を作って頷く。
226まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/16(日) 00:13:23 ID:???
「私よりも、お兄様に後を継がせた方が上手くいくって、
 お父様もわかっているはずです。けど……」
「けど?」
「お兄様がああいう人ですから……」

ああいう人と言われても僕はまだ鈍堕華のことをよく知らないのだが。

「お父様とお兄様はいつもああやって言い争っていました。
 いえ、言い争っていたというよりは、お兄様が一方的に、お父様に対して
 反発していたというのが正しいのですが」
「あぁ、彼は君とは随分タイプが違うようには見えるね」
「はい」
「兄妹にしてはあまり似ていない、ね」

ね、とかいう自分に眩暈がする。
焦れったい。きらたまは僕の曖昧な問い方に「そう見えますか」と曖昧に答える。

えぇいまどろっこしい! やっぱり駄目だ! 優しく訊き出すのはヤメだ! 作戦変更!

僕はふぅーと息を吐く。
どうもこの手の慎ましい娘は苦手だ。
そのせいか自分のペースを見失ってしまっていた。
なんで僕が15の小娘に気を遣わねばならんのだ。

「どうしたのですか?」

僕がぶしゅうと鼻息を漏らしたのを見て、きらたまが訝しげに僕を見つめる。

ふぅー。
邪魔臭い。
227まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/16(日) 00:17:16 ID:???
「君と鈍堕華は血が繋がってないんだろう」
「え……?」
「そうだろう」
「どうして……ですか?」
「質問してるのは僕だ」

遠まわしに探りを入れるのに疲れた僕は、知りたいことをストレートに
質問していくことにした。
答えたくないならそれでいい。嘘をつきたければつけばいい。判断するのは僕だ。

「もう一度聞くぞ。君と鈍堕華は血が繋がってないんだろう」
「……はい」
「ふむ」

それだけ確認出来れば大体のことは想像がつく。
なので今はそのことについてこれ以上追求しない。
訊いてもあまり意味がないし。

「それで? 君はこれからどうする気だ?」
「どういうことですか」
「君の父親は君に三代目を継がせるとはっきり宣言したじゃないか。
 君も内心はどうあれ後を継ぐことを決心したんじゃないのか」
「私は……その……はい」
「なら座玖屋ファミリーの今後の方針については君に決定権があるんだろう。
 で、どうする? なにが、とか寝ぼけたことは言うなよ」
「はい、わかります……」

まさかいきなり決断を迫られるとは思っていなかったのだろう、
きらたまは明らかに動揺していた。
228まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/16(日) 00:20:11 ID:???
「私は、昨日言ったように、座玖屋ファミリーも華鼬もこの街から退くべきだと
 考えています」

若干声が震えていたが、きらたまははっきりと言い切った。
駆け引きでもないんでもない、本心からの言葉に違いない。

「しかし実際にはそうもいかないだろう。
 まず、君の兄であり組織のナンバー2でもある鈍堕華が納得しない。
 先代の父親もそうは願っていない。
 そしてなにより僕達に退く気はない」
「わかっています」
「へぇ、じゃあどうやって全員を納得させる気だ?」
「……お兄様とは、これから話し合っていきます。お父様も。
 華鼬……九州さん達には、納得してもらえるよう努力します」
「それ、本気で言ってるのか?」
「本気です」

呆れた。
結局のところなにひとつ具体的な案はないと言ってるようなものだ。

「まぁ、座玖屋ファミリーの三代目がそういうのなら、
 今後のことについてはゆっくり話し合っていこうか」

僕が皮肉を込めてそう言うと、きらたまは「ありがとうございます」と
嬉しそうに微笑んだ。





229まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/18(火) 00:00:43 ID:???
   4.騒がしい夜



座玖屋邸を出たあと、ワイミーズとかいうファミレスで今後のことに
ついて夜中までノワと話し合っていたが、この後が大変だった。

ファミレスを出てすぐ、鈍堕華派とみられるチンピラ達に襲われたのだ。

敵は5人いたがまぁノワの相手ではなかった。
ノワはスッとかキャン、ビュッとか動いてシバッとかパパパパンとかやって
一瞬で5人全員を沈めた。
ノワがチンピラどもに鈍堕華派だということを吐かそうとしたが、
すぐに警察が来てしまったので僕達ははやむなくその場を離れることにした。

それからバイクでホテルへ向かう途中、今度は15人に襲われた。
信号待ちで止まった時に、まず僕達の後ろを走っていた黒塗りの車が
勢いよく突っ込んできた。

ノワはガチン! となにか(バイクのなにかだと思う)を踏んで、ギュッと左のハンドルに
ついてるブレーキみたいの(ブレーキじゃないらしい)を握って、それからアクセルを
グインとまわしてバイクの前輪を浮き上げて僕は落ちそうになったのだがまぁなんとか
落ちずに済んで、バイクは地面に接地した後輪を軸にくりんと180度回転して
突っ込んでくる車の方に向かって走り出した。ウィリー走行というやつである。
面食らった相手が一瞬スピードを緩めると、バイクの前輪は相手の車のボンネットに
ずごしとめり込んだ。その瞬間、んむぎゅと右のハンドルについてるブレーキ(こっちは
前輪のブレーキらしい。意味がわからん)を握りながらノワが体を上下に
揺らせて?(←なんかすごい勢いで体がブレて見えた)今度は反対に後輪がクンッと
浮き上がり、ボンネットにめり込んだ前輪を軸にバイクがやっぱり180度回転して
僕はファミレスで食べたリンゴパフェを吐きそうになる。
230まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/18(火) 00:05:43 ID:???
後輪が重力に従って降り始めると同時にノワはブレーキから手を離してしまう。
すると前輪がベコベコにへこんだボンネットの上をずこべこするると転がり、
僕は背中がゾワッとなる。その直後、ずっずんという重い音と同時に
僕の視界が激しく上下して、それに伴い臀部から脳天にかけて衝撃が走った。

僕が痛みを感じる前にバウンギャリギョギョとバイクが動き出す。
ぼうんぼうんとバウンドしてバイクは車の上から下りて、ノワはそのまま
スピードを上げて走り去ろうとした……が、今度は前から似たような黒塗りの
外車がブオーと突っ込んできた。

ノワはちっと舌打ちして「掴まってろよ」と言った。
僕は嫌な予感がしたのでノワの腰を両腕で思いっきり抱き、締めた。

視界がジグザグにく、くんと高速で斜めに落ちる。
もうノワの動きを観察している余裕はなかった。

ジョアッギャン! と空気を切り裂くような鋭利な轟音が夜の街に響き渡る。
バイクは物理を無視して前から突っ込んできた車の15センチ手前で車体を
丸ごと“ずらして”突っ込んで来る車を躱した。

と思ったらいきなり目の前の路地から新たな黒塗りの車がぬっと現れた。
ノワはくっと唸って強引に車体を倒し、片足をずだん! と地面に叩きつけて
無理やりバイクを止めてしまう。止まったとき一瞬バイクが浮いたのがわかった。
慣性の法則で僕の体は座席シートから投げ出されそうになり、
僕はノワの肋骨をぶち折るつもりでノワの腰にしがみついた。

「九州! その辺に隠れてろ!」

とノワは僕の両腕からするりとうなぎの如く抜け出して、車から降りてきた
連中に向かって一直線に走り出す。
231まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/18(火) 00:10:09 ID:???
どこに隠れればいいのだと僕は思った。
どこにも身を隠せそうな場所はなかったのだ。

仕方ないので僕はぼーっとつっ立ってノワの変態っぷりを傍観することにした。

最後に現れた車から5人降りてきた。
運転席、助手席、後部座席、ぎゅうぎゅう詰めかよ。
さぞ暑苦しかっただろうなと思っていると、相手の5人は全員が示し合わせたかの
ように懐に手をつっこんだ。なにか武器を取り出すのだろうと僕は予想したが、
その答えはわからなかった。

彼らが懐から手を抜く前にノワは距離を詰め、シバッビッババッビッとなにかして
全員倒してしまったのだ。はっきりいって見えなかった。変態だ。
なに食ったらそんな動きが出来るのだろうか。

「──九州!」

振り返ったノワが血相を変えて叫ぶ。
なんじゃい、と思ったらいきなりごっつい手で後ろから口を塞がれた。
そうだ、他にもいたんだっけと僕はちょっと反省した。油断大敵とはこのことか。

「動くんじゃあねぇ!」

ごつっと僕のこめかみに銃口らしきものが押し当てられる。
動いたらぶっ殺すぞというよくあるシーンだ。

しかし僕は僕の口を塞いでいる手がじわっと汗ばんでいてとても気色悪かったので
思い切りその手を噛んでやった。
ぐわあこの女! とかいって僕の口を塞いでいた丸刈りの男が口から手を離したので、
僕はそのまま踵で掬い上げるように股間を蹴り上げる。
げへぁ! とかいって丸刈りの男が膝をかくんと折ったので、僕は丸刈りから
銃を取り上げて、丸刈りの額に銃口を押し当てて引き鉄にかけた指に力を込める。
232まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/18(火) 00:14:56 ID:???
丸刈りの表情が一瞬で凍りついたので僕は脳髄がとろけそうになったが、
快感も銃撃も不発に終わった。丸刈りが安全装置を解除していなかったのだ。馬鹿が。

安全装置を〜とかいっておいて僕はどれが安全装置なのかわからなかった。
なんとか解除出来ないものかと適当に銃身をさわさわしている内に、ノワがズビュッと
残像を残しながら僕の横を駆け抜けていく。

シャウッ……キャンッザザザザザ、ビバッ、ざうっ! ボッ!
ビガッゴッひゅっビッパパパン! う、うわあこいつ化け物だズバッへぶべっ!

「あ、これか」

僕が安全装置を解除し終わった頃には、目の前に10人の男が倒れていた。
そして戦闘終了を待っていたかのようにパトカーのサイレンが鳴り響いてきた。

これが2戦目。
まだある。


ノワがバイクを起こそうとした時、今度はトラックが突っ込んできた。

「いたぞァ! ぶっ殺せぇぇぇヤッ!」

助手席から身を乗り出したピンク色のアフロ頭がチェーンを振り回しながら
叫ぶと、それに応えるように荷台に乗った十数人の雑魚いルックスの男達が
解読不能な言語で喚き始めた。
233まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/18(火) 00:30:57 ID:???
「ルァァー! ッロセヤァー!」
「グリャァ! テんダラネッゾッラァー!」
「ウメタレヤァー!」

トラックはスピードを緩めるどころか、どんどん加速してつっこんでくる。

ノワはバイクを起こすのをやめ、つっこんでくるトラックに正面を切って向き合い、
ぐっと膝を曲げて腰を落としたかと思うとズバンッ! と地面を踏み抜いて
トラックに向かって跳び込んだ。両腕を広げて地面すれすれを這うように跳ねる
その姿はまるで尻の穴に爆竹を詰め込まれた蛙のようであった。

ドガッシャズガガガン! ぬああああっ!
激しい衝突音とノワの咆哮がハミングして戦慄の旋律を奏でる。

数秒後、荷台に乗っていた雑魚達が宙を舞っていた。
皆、手足をバタバタさせながら夜空を遊泳するその様はまるで下痢気味で
調子の出ない渡り鳥の群れのようであった。

助手席から身を乗り出していたピンクアフロは体勢が悪かったのか、
ねずみ花火のようにものすごい勢いで横に回転しながら車外に放り出され、
頭かどこかから噴水のように血を噴出しながら道路の上でいつまでもしゅるしゅると
回っていた。

運転席に乗っていた男は、フロントガラスを突き破ってどこに飛んでいってしまった。


ノワは、推定時速80キロでつっこんできたトラックを受け止めてしまった。
踏ん張った両足の靴の裏と地面の間から白煙が上がっている。
234まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/18(火) 00:35:47 ID:???
「さぁ、行くぞ」

ノワは爽やかな笑顔で振り返った。
ぜんぜんかっこよくなかった。

これが3戦目。
雑魚相手とはいえ、まったく騒がしい夜だ。

眠くはなかったが、僕はなんだか疲れたいたのでさっさとホテルに帰って
ゆっくりしたかった。

ホテルに戻る前に、僕はノワに寄り道するように命じた。

「ちょっとコンビニ寄ってくれ」僕は言った。
「コンビニ? あぁ……」と運転しながらノワ。

僕はリンゴジュースが飲みたかったのだ。

「別にどのコンビニでもいいんだろ?」
「たぶん」
「じゃ、そこでいいな」

と、バイクはボウンドッドッドッドッっと減速しながら
国道沿いのコンビニの駐車場へ入る。
バイクを降りて僕とノワは店内へ。

いらっしゃせぇとやる気のない茶髪の店員がレジでなにかしながらぼそぼそと呟く。
店内には雑誌コーナーに客が一人いるだけだった。
まぁ夜中だしそんなものだろう。
235まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/18(火) 00:41:19 ID:???
「なんかアレだな……」と僕。
「なんだ」と訝しげにノワ。
「いや……いい」
「なんだよ。気になるな」
「うぅ、やめろ。なんか……その感じ」
「ははは、変な奴だな」

やめてほしい。

カップルみたいに思われるから。


僕はまず飲み物が並んでいるコーナーに足を運んで、
パックのリンゴジュースが売っているのを確認する。

それから棚と棚の間を縫って特になにを探すわけでもなく
ぐりぐりと店内を練り歩く。
インスタントラーメンが置いてあるコーナーでノワが
しゃがみ込んで値段を確認しているのを見てなぜだか泣きそうになった。
つい買ってあげようかと思ったほどだ。

最後に雑誌のコーナーへ。


くさい……。

雑誌コーナーは異常な臭さだった。

異臭の元凶は一目でわかった。
僕達が入る前からいた客である。
236まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/18(火) 00:45:02 ID:???
その客は20代前半にも見えたし30代後半にも見える年齢不詳な男だった。
縦にはそんなに長くなく身長はごく平均的だと思われたが、横に長かった。
そして厚かった。

男は全身から放つ異臭を完全に着こなしていた。
そう、着こなしていたのだ。
異臭は彼にとって必要不可欠な要素であるに違いない。
そう確信させるには充分すぎるほどの説得力をその男は持っていた。

なにか角を思わせる膨らみが二つある変な色の変な形をした帽子のような帽子には、
なにに使うのか甚だ疑問ではあるが、ゴーグルが付いていた。

しかし男はそのゴーグルを装着しているわけではなく、普通に眼鏡をかけていた。
明らかに低い視力を補う為にだけその用途を発揮していると思われる、
ファッションのファの字も見当たらない、良く言ってダサカッコワルイ眼鏡の
レンズはおそらくNASAあたりで銀河系の奥の奥まで見通す為に開発されたのでは
ないかと思われるほど分厚かった。
しかしレンズは意識的に着色されているのではないかというほど黄色く変色していて、
男の目はレンズ越しには見えそうになかった。
というか彼もそれで低い視力を補えているのか? と心配になるほどである。

もしかするとちょっと勇気をだして自分で色を塗ってサングラス風に
してみたのかもしれない。
もしかするとどこか得体の知れないアンダーグラウンドな分野では
流行っているのかもしれない。
この男が暗躍している分野ならさぞかし得体の
知れない世界なのであろう。
237まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/18(火) 00:52:16 ID:???
男のハイセンスさは帽子・眼鏡だけにとどまらない。

男は白いカッターシャツの裾をズボンの中にきっちり入れていた。
身だしなみを整えるのはいいことだと思う。
それしかフォローのしようがなかった。

シャツは薄く、白いせいか下に着ているTシャツのプリントが透けていた。

安室奈美恵である。

Tシャツも白らしく、プリントされた安室奈美恵の顔が彼の腹の上に
うっすらと浮かび上がっていて、安室奈美恵の魂を抜き取って
呪縛の如く腹の中に封じ込めているようであった。
こんな得体の知れない男の腹部に封じ込められていることを知ったら
さすがの安室ちゃんもスウィートスウィートナインティーンブルースとは
歌えないだろう。

彼の容積率超過気味な贅肉のせいで計らずも横に引き伸ばされてしまった
安室ちゃんの顔はとても悲しげで、見ていてとても痛々しかった。
この顔ではきっと小室ファミリーには入れてもらえない。

男がシャツをインしているズボンは高級そうな革で出来ていた。
一見して本皮を使用しているのがわかるほどで、蛍光灯の淡い光を
滑らかに映す光沢が憎たらしいほどに鮮やかだった。

しかし半ズボンだった。

ゴムの伸びきったくしゅくしゅの靴下はお金のない数年前の
女子高生のようであったし、無駄に機能性の高そうなバスケットシューズは
十年前であっても狩られる心配はなかったと容易に推察出来るほどにMIKEだった。
238まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/18(火) 00:56:52 ID:???
そして極めつけは背中に背負ったリュックサックと腰に携えられたポシェットだった。
リュックからはなにかそれらしき円筒状に丸められたポスターが突き出していて、
ポシェットは外から見てもパンパンに膨れ上がっていた。

ふむ、見れば見るほどに個性的な奴だ。
気づくと僕は無意識のうちに、異臭が鼻腔を衝かない程度に距離を取りつつ
彼の周りをうろうろしながら、彼という希少な物体を矯めつ眇めつ鑑賞していた。

「おい、九州……あんまりじろじろ見るなよ。失礼だぞ……」

僕が男の後ろを行ったり来たりしているのを見て、
カップ麺を片手にノワが耳打ちしてきた。

「これで見るなという方が失礼だ」
「ちょっ……声が大きい……」
「気にするな。彼もきっと気にしていないぞ。見てみろこの……」
「やめろって」
「人目を気にしてこそこそするような奴は去れ。それが嫌なら彼を見習うべきだ」

だいたい、ひそひそ耳打ちしてくる時点でこいつも充分失礼だ。

「あの……」

さすがに自分のことを言われていると気づいたらしく、
男は控えめにそっと振り返った。
239まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/18(火) 01:00:03 ID:???
「いや、あの……その、すいません……いや、じゃなくて……えぇと、ははは……」

ノワは狼狽して必死に言い訳をしようとしていたが、こいつもなんだかんだいって
彼のことを相当アレだと思っていたらしく、なにも言えずにただ半笑いで
目を泳がせるだけだった。だからお前はダメなんだ。

「あの、もしかして……キュウシュウさんと、ノワさん、ですか……?」

男が不意に、僕達の名前を口にしたので僕とノワは顔を見合わせる。
すると男は手に持っていた雑誌を棚に戻して、おもむろにポシェットから
2枚の写真を取り出して、それと見比べながら僕とノワの顔をチラ見してきた。

写真には、僕とノワの顔が写っていた。

背筋が凍るとはこのことである。
恐ろしい。

もし今、一人だったら僕は悲鳴をあげていたかもしれない。
得体の知れない半腐れの妖怪みたいな男が何故か自分の写真を
持ち歩いているという恐怖は筆舌に尽くし難かった。

「うぁ、な〜……やっぱこれ……はぁ、やっぱなぁ。ほら……そうだよこれ」

男がいきなりぶつぶつ何か言い始める。
写真に写った僕の顔を○で囲むように男の指が写真の上でぐりぐり動く。
なんだか呪いをかけられているようで、首から上が自分のもので
なくなっていくような気がした。安室ちゃんのように魂を抜かれるのかもしれない。
240まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/18(火) 01:06:15 ID:???
「おい、どうして俺達の写真を持ってる!?」

僕が手を合わせて心の中で念仏を唱えていると、ノワが血相を変えて男に詰め寄った。

「あ、すいません……あの、ちょっとここじゃアレなんで……
 外でいいですか? すいません……」

男はレジの方をチラ見しながらペコペコと頭を下げる。

「すいません、外でいいですか……?」

もう一度同じことを言って、男は内股で店の外へと歩いて行った。
ノワが無言で男に続いたので、僕はリンゴジュースを諦めて仕方なく後を追った。

何も買ってないのに茶髪の店員はあざぁしたぁとやる気なく呟いていた。


「答えろ。その写真はどうした」

店の外に出ると、ノワはさっそく男を問い詰める。
ノワはまず写真を奪い取ってくれたので、僕はひとまず安心していた。
男はノワの一語一語にいちいち体をビクつかせながら、いつの間にか取り出していた
汚いハンカチで顔の汗を拭い始めた。

「もうね、はぁ……まいったなぁ。だってもう、今日はアレだと思ったんで」

卑屈な笑みを浮かべて男はハンカチを裏返して顔の汗を拭い続ける。

「もう今日は無理って思ってたんです。正直、ちょっとめんどくさいっていうか、
 あまりやる気がなかったのは事実ですけど……いやそれはいいんです。
 いいんですけどね。特に期限も決められてなかったしっていうかですね……。
 はぁ、すいません」
241まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/18(火) 01:09:08 ID:???
今度はハンカチを二つに折って、男は更に顔の汗を拭い続ける。

「もう……ありますよね、たまに、こういうの。
 なんとかの法則って言うんですかね? 待ってる時は会えないのに、
 待ってない時に会っちゃうっていうか……ほんと、すいません、すいません」

二つに折ったハンカチを更に二つに折って、男は手のひらに収まるほど小さくなった
ハンカチをシャツの胸ポケットにしまい込んだ。

「なにをわけのわからないことを言ってる。
 俺が聞いてるのはその写真はどうしたのか、ということと、
 なぜ俺達の名前を知っているのか、ということだ。簡潔に答えろ」

ノワは目の前の挙動不審な男に対して敵意を剥き出しにして詰め寄る。
男はノワとは決して目を合わせないように顔を右に向けたり下に向けたり左に向けたり
たまに僕のほうをチラ見したりして、僕はすごく不愉快だった。

「はい、すいません」
「すいませんじゃわからん。なんだ? お前は探偵か何かなのか?」
「はは、違います。あっすいません」
「いちいち謝るな。いいから答えろ」
「はい、すいません。あのですね、僕はですね、ある人に頼まれて
 あなたたちを探してたんです。ほんとは居場所つきとめたら教えるか
 連れてくかするって言われたんですけど……僕はちょっとそういうのは……
 一人でやりたいっていうか……すいません」

男は早口に話し始めたかと思うと、またもやポシェットのファスナーを開けて、
ごそごそと何か探し始めた。
242まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/18(火) 01:13:30 ID:???
「ある人……だと? どういうことだ? お前は一体……」

ノワの表情が険しくなる。
が、男はポシェットを漁るのに夢中でノワの問いかけには答えなかった。

「すいません。あっすいません謝って。あっすいません……」

男はでへへと舌を出して笑う。

「あの、名刺とかはないんですけど……すいません、今更なんですけど改めて……
 自己紹介っていうか……一応……すいません」

なにか探し当てたらしく、ポシェットを漁る男の手が止まった。

「はじめまして。キリサキマサキと言います。
 すいませんけど、ちょっと殺させてもらっていいですか?」

すいませんと頭を下げながら、キリサキマサキと名乗った男はポシェットから
サバイバルナイフを取り出すと、目にも留まらぬスピードでノワに斬りかかった。




243まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/18(火) 23:04:21 ID:???
   5.修羅の刻



僕は常々、日本人は意味もなく謝りすぎだと思っていた。
人にものを頼む時に「すいません」と言うのはどう考えてもおかしい。


「すいません」

キリサキマサキと名乗った男がペコペコ頭を下げながら、
サバイバルナイフを手のひらの上でひゅるるとまわす。

「くっ……」

出血した右肩を押さえながらノワが一歩、下がる。

そして僕はというと、コンビニの駐車場にへなりと座り込んでいた。
ノワに突き飛ばされたのだ。

「お前がキリサキマサキ……だと?」

肩から手を離し、ノワが言った。

「はい、すいません」

キリサキマサキが頭を下げる。
244まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/18(火) 23:11:12 ID:???
キリサキマサキ。
その名前は聞いた事がある。

10年以上に亘ってこの晴刷市を恐怖のずんどこに陥れている連続殺人犯の名前だ。
そんな奴がなぜ僕達を殺そうとするのか。

「キリサキマサキは一年に一回、一人しか殺さない……しかも女だけを狙うんじゃ
 なかったのか?」

ノワは腰を深く落とし、ファイティングポーズをとった。
頑張れノワ! ふぁいと! 

「あ、はい。そうです。よく知ってますね。
 まぁアレは趣味みたいなものでして……今日のコレは、その、バイトっていうか」

てへっとはにかんだように笑うキリサキマサキの手の中で、サバイバルナイフが
生命を得たようにりゅんりゅんと軽やかに踊る。

「正直、人殺しで生計立ててる自分が嫌になります。
 やっぱり殺人は趣味でやらないと……でも、いい仕事見つからないんですよね……
 はぁ、なんかもう……嫌になります、ほんと……あっすいません愚痴って」

ザンッ! とキリサキマサキはノーモーションで距離を詰める。
ひゅ、らっ……とナイフが美しい曲線を描いてノワの喉元を狙って
振られたところまでは視認出来たが、次の瞬間にはもう何が起きているのか
目で追いきれなくなっていた。
245まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/18(火) 23:16:27 ID:???
68倍速で残像に残像を重ねながら超高速でノワとキリサキマサキの
二人の体が目まぐるしく揺れ、ブレる。

人の領域を超えた戦いは静かに、最小限に、僕の目の前の半径2メートルの
円の中で繰り広げられた。

ミンッ、ツァ、ファッ──ゆんっ。

およそ日常生活では耳にすることのない音が真夜中のコンビニの駐車場に響いた。

「誰    雇わ
   に     れ 
            た」
「すい     せ
      ま   ん言えませ
                ん」
「鈍   華
   堕    か?」
「す
   い          えま
     ま     言     せ
       せん           ん」


こいつら……戦いながら会話してやがる!
なんて奴らだ。

二匹の修羅だ。

僕はゴクリと生唾を飲み込む。
246まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/18(火) 23:26:15 ID:???
たふ……ふぁおぅっ、と一陣の風が吹いたかと思うと、二人の動きが止まった。

ノワの肩の傷以外、二人ともダメージを受けた様子はなかった。
両者の実力は伯仲しているようだ。

「あなた、すごいですね……こんな人初めてですよ……これは骨が折れそうだ」
「ふん、伊達にこの世界で生きていないさ」
「なるほど、思い出しましたよ。金髪、顔の傷……あなたが名にしおう“白夜のノワ”
 ……琵琶湖6800人殺しの伝説はどうやらハッタリではなさそうですね」
「古い話だ……」

琵琶湖6800人殺しとは……3年前の話だがどうでもいい。

「しかし、たかが連続殺人犯がまさかこれほどの手練だとは思わなかった」
「ふふ……あなたにそう言ってもらえれば光栄ですよ」

二人がお互いを認め合うように意味不明の笑みを交錯させる。

その時、遠くからサイレンの音が近づいて来た。
誰かに通報されたか、ここに来る前の騒ぎのせいか。

「邪魔が入りそうですね。今夜はこの辺にしておきましょう」

そう言ってキリサキマサキはサバイバルナイフをポシェットにしまい込み、
ひゅっと飛び上がってコンビニが入っているビルの壁を軽やかに駆け上っていった。
247まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/18(火) 23:28:40 ID:???
「では、またいずれ……」

天駆けるふくよかな煌き。
肉を揺らせながら、星空をバックに夜空を舞うキリサキマサキの姿は
どこか寂しげに見えた。

「そうそう、それとあなた、キュウシュウさん……あなたはとても素敵な女性ですね。
 一目惚れしてしまいましたよ……仕事抜きであなたを殺したいかも……」

悪夢のような一言を残して、キリサキマサキは闇に溶けていった。

やめてほしい。
どっちも。




248まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/19(水) 23:20:17 ID:???
   6.なんだか俺の時間が止まっていたような気がするが、きっと気のせい。



結局、ミサどころかポンコも教室には戻ってこなかった。
俺はなんだかゴム手袋をはめた手でおケツをさわさわされているような、
ニキビの芯で出来たレアチーズケーキを食べたあとの息を耳元に
吹きかけられているような、嫌な気持ちのまま午後の授業を受けた。
ていうか寝てた。


さて放課後。
俺は今日もつるっと掃除をサボッてバイトに行こうと思ったのだが、
寝起きで体の動きが鈍っていたせいか、がっちりサチコさんに捕まってしまった。

「ジェ・ノ・く・ん……どこに行くのかしら?」
「う、いやぁ……実はウチで飼ってる皇帝ペンギンが熱出して……」
「くだらない嘘つかないで」

ぺけ、と頭をチョップされる。
仕方ないので俺は箒を持って適当に教室をウロウロして掃除の時間が終わるのを
待つことにした。


「ジェノ君」

俺が箒をバットに見立ててイチローのモノマネをしようとした時、
背後からサチコさんの声がかかった。
俺は慌てて床を掃くフリをする。
249まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/19(水) 23:24:50 ID:???
「ジェノ君ってば」
「は、はい。なに? してるよ、掃除」
「じゃなくって」

とサチコさんは俺のシャツをついと引っ張って教室の隅っこへと誘う。
まさか愛のこくはくではー! と一瞬思ったがそんなことはない。

「アルバイトしてるって本当なの」

明らかに周囲を気にした様子で、サチコさんは囁くように言った。

「な、なんのことかな」
「とぼけないで」
「……誰に聞いたの」
「あのね、校則で……っていうより、法律的にダメってわかってるわよね?」
「いやバイトじゃないよ。お手伝いだよ」
「ほら、やっぱり」
「く……ハメやがったな」

澄ました顔してたいした策士だぜ!
とかいってる場合ではない。
俺はどうにかして誤魔化さねばと脳みそをフル回転させたが、なんも言い訳が
出てこなかった。

「……ごめん。してます」

こうなったら泣き落とししかないと判断した俺はずぶ濡れの子犬を思わせる
キュートな表情を作ってみた。
250まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/19(水) 23:29:44 ID:???
俺の演技にハートを撃ち抜かれたのかどうか定かではないが、
サチコさんは、はぁーと長いため息を漏らした。

「……どれぐらいかかりそうなの?」
「え?」
「だから、期間……というか、目標の金額があるんでしょう?」
「あ、あぁ……どうだろう……頑張れば来月ぐらい、かな」
「そう……」

サチコさんはもう一度長いため息をつく。

「いいわ。わかった。今から一ヶ月の間だけは黙認してあげる」
「ぬぇ!? マジで!?」
「ちょっと、声が大きいわよ……!」
「いや、あの……えぇ? いいの?」
「よくはないけど……でも、どうしても欲しいんでしょう?」

そう言ってまたまたため息をつくサチコさんの表情はどこか曇りがちであった。

ところで、サチコさんは俺の欲しいものが何か知っているのだろうか。
と訊こうとしたのだが、その時チャイムが鳴った。掃除終了だ。

サチコさんは一ヶ月だけよ、と念を押して俺から箒を奪い取った。

俺の箒を掃除用具要れにしまいこむサチコさんを見て、
女心と秋の空……とか俺は心の中で呟いていた。

わかんね。



251まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/19(水) 23:59:33 ID:???
   7.嬉し恥ずかし下校時間



掃除が終わってから俺は隣のクラスに行ってみた。
サトチーに声をかけて一緒に来々々々軒に行こうと思ったのだ。

しかしサトチーは既に帰ったあとだった。
先に来々々々軒に行ったんかな?
いやないな。ないない。

仕方ないので俺は昨日と同じく一人で行くことにした。
ていうかこれからずっとこうなんじゃないだろうか。



──下駄箱で。

「おージェノ、これから皿洗い?」

と後ろから声をかけてきたのはジニだった。

「またお前か! そんなに俺が帰るのを見送りたいのか」
「いや俺ももう出るとこだよ。途中まで一緒に行こうか」
「お前んち駅の方じゃないだろ」
「塾、塾」
「あぁそう……」
「お前と一緒に下校すんの久しぶりだなー」
「一緒に下校とか言うな。なんか嬉し恥ずかしい響きがするじゃねーかきめぇな」
「意味がわからん」
「ほら、あるだろ。ちょっと酸っぱいカンジの……レトロな。昭和的な」
「いやもっと意味がわからん」
252まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/20(木) 00:03:34 ID:???
とか嬉し恥ずかしいやりとりをしながら靴を履き替えていると、
突然ふわっ……と空気が変わった。

というのは俺の主観で別にこの空間の科学的ななんたらかんたらが
変化したわけではない。転校生が現れたのだ。現れたってのもなんか仰々しいが。

俺はやぁ、とかよう、とか声をかけるべきかかけていいのか迷ってしまう。

昼休み、微妙に喋ったから大丈夫かな?
まぁ同じクラスだし?
ってなにをビビッてるのかな俺は?

などとあうあうしていると、向こうからニコッと笑いかけられた。
俺は慌てて手を軽くあげて「や、やう」とか言ってしまう。

「あ、えっと……座玖屋さん? でいいんだっけ」

あうあうしている俺とは対照的に、ジニが転校生にスマートなかんじで話しかける。

「はい。よろしくお願いします」とジニ向かって転校生。
「D組のジニです。よろしくね」とジニ。「あ、生徒会長の……」と転校生。
「あぁ、もう“元”だけどね」とジニ。「よく知ってるね。転校して来た
 ばっかりなのに」と続けてちょっと驚くジニ。「サチコさんから聞きました。
 三井銅鑼中学史上最高の生徒会長だって」とクスクス笑いながら転校生。
「大袈裟だなぁ」と照れながらジニ。そうそうサチコさんは生徒会の副会長でした。
なのでジニとは結構仲が良くて、ステキカップルだなんて周りからしょっちゅう
言われたりしてて、俺はその度に嫉妬して、ダメだってあいつあぁ見えてまだチン毛も
生えてないしベッドの下にかなりヤバいエロ本詰め込みすぎてベッドが盛り上がってて
その膨らみに腰をあてて寝てるから背骨が真っ直ぐ伸びて姿勢がよく見えるんだぜ
とか適当なことを言っていたのだった。もちろん嘘だ。マジごめん。

俺の心の謝罪などつゆ知らず、ジニと転校生は並んで歩き出す。
253まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/20(木) 00:08:47 ID:???
って俺の存在を忘れるなお前ら!

俺は急いで二人を追いかける。

「どう? ウチの学校は」
「まだわからないこともあるけど、みんな優しくしてくれるので嬉しいです」
「そう、よかった。……あ、座玖屋さん家こっちなの?」
「はい」

そしてなんか知らん間に三人で一緒に学校を出て歩き出す俺達。
これはかなり嬉し恥ずかしいのではないだろうか。
そんなことないか。ジニいるし。いてもいいけど。いやいないと困るか。困るな。

それからしばらくの間、俺はジニと転校生の会話を黙って聞いていたのだが、
こいつらときたらしまいには志望校がどうのこうの言い出しやがるもんだから
俺はとうとう会話に加わるのを諦めて二人からちょっと離れて歩いた。

秋っていいよね。
センチメンタルな気分が似合うからさ、とかしみじみ思いながら俺は胸いっぱいに
秋の空気を吸う。

ぜんぜん美味くねぇよ。

はぁーっと秋の空気を二酸化炭素に換えて吐き出しながら、俺は後ろを振り返る。
もし誰か(主にウチの学校の生徒。特に俺のクラスの奴)が、ジニと転校生に
未練がましくひっついて歩いている俺を見たら、きっとこう思うだろう。
あれジェノ君お邪魔虫みたいだねと。

それだけは避けたいので後方確認してみたが、幸いなことにウチの生徒は
誰もいなかった。いたのはエンジンのかかったバイクにまたがってこっちを
見ている怪しげなオッサン一人。
254まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/20(木) 00:09:50 ID:???
なんじゃあのオッサンは! と思いながら俺は反射的に前に向き直る。
頭ボッサボサで恐ろしく目つきの悪いオッサンだった。

この手のオッサンにろくなオッサンはいない。
これは昨日一日で得た俺の経験からくる直感である。
呪いのオッサン然り、占いのオッサン然り。

俺はオッサンが怖い。

まぁ基本的にこちらから接触しなければこの手のオッサンが
俺の日常に干渉してくることはないだろうと判断して、俺は後ろの方にいる
このオッサンをなかったことにした。

しかし俺の考えは甘かった。
このオッサンは後ほどきっちり俺の日常に干渉してくるのだ。
嫌ってほどに。




255まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/20(木) 23:18:40 ID:???
   8.ぁうっ!?



駅前の歩道橋の辺りでジニとバイバイした。
ジニが通っている塾の場所は知らんが、こっちじゃないらしい。

そして俺は転校生と二人きりなわけで。


「歩道橋を渡るのですか?」

歩道橋に上がろうとした俺を見て、転校生が目をぱちくりさせて言った。
言いたいことはわかる。歩道橋を使うより信号を待った方が早いからだ。

『俺は生き急いでるから』とか言うのも恥ずかしかったので、
俺はうへへとかいやまぁとか誤魔化して転校生とバイバイしようと思った。
しかし転校生は俺のぎこちないであろう笑い方に顔をしかめることもなく、
俺の後に続いて歩道橋の階段を上がり始めた。

「あ、あのー家どこなの? 駅の方って学区違うはずだけど」

俺は間を持たせる為にとりあえずで話をふってみる。

「家はこっちじゃないんですけど、ちょっと用事があって」

あぁそうなんだーと俺が返事して会話終了。
さてどうしよう。
256まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/20(木) 23:23:40 ID:???
俺って女子と会話するスキルが低いんだなと痛感した。
ミサとはよく喋るけど、アレは女だけど女子じゃないし。

「ジェノ君も駅の方で何か用事があるのですか?」

といきなり名前を呼ばれて俺は焦ってしまう。
人間、焦るとろくなことを口にしない。

「いやぁ、用事っていってもバイトだよバイト……ぁうっ!?」

言い終わる前に後悔したが、後悔先に立たずである。そのまんまだ。
しまった。

という気持ちがきっと顔に出たのだろう。
転校生は俺の顔を見て、おかしそうに笑い出した。

「サチコさんに知られたら怒られちゃいそうですね」

なんて言いながら転校生はクスクス笑う。

「いやー実はもうバレてさ」
「そうなのですか? それなのにアルバイトに行って大丈夫なのですか?」
「んん……まぁ、よくはないんだけど……」
「あの、私、誰にも言いませんから」
「え? あ、あぁ……うん、あり、ありがとう?」

ありがとうってのもなんか変か?
とか考えてる間に俺達は歩道橋を渡りきってしまう。
そのまま真っ直ぐ駅に向かって歩き、俺は十字路で足を止める。
257まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/20(木) 23:30:35 ID:???
「ここなんだ。俺がバイトしてるとこ」

俺は来々々々軒を指差して言った。
秘密にしてもらうのだからなんとなく教えておこうとか思ったのだ。
転校生は知りたくないかもしれないけど。

「らいらいらいらいけん……中華料理屋さんですか?」
「うん、呪われてるからそのうち潰れると思うんだけど」
「えぇ?」
「いやほんとに。絶対食べに来ちゃダメだよ。マジで」

それとこれは『らいよんけん』と読ませるんだぜ、と俺は無益な情報を提供しておいた。

「頑張ってくださいね」
「うん、あの、ざ、座玖屋さんもね?」
「はい、ありがとうございます」

と転校生は微笑みながらそのまま駅の方に向かって歩いて行った。

うーむ、なんか……いい子じゃね?
長い髪をさらりさらりと揺らせて遠ざかっていく転校生の後ろ姿を見ながら俺は、
たまには掃除もいいもんだなとしみじみ思っていた。

「おいジェノ!」

突然、俺のほわわんとした気持ちをかき消す無遠慮な声が背後から投げかけられる。
振り返ると、ERINGIの前にサトチーとポンコが立っていた。
258まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/20(木) 23:38:46 ID:???
「お前らいたのか」と俺。
「おう。てかお前待ってた」とサトチー。
「待ってた?」
「だってお前、掃除してんだもん。俺一人で皿洗いなんてしたくねーよ」

わははとサトチーが笑うので俺はちょっとイラッとしてしまう。
俺は昨日一人だったんですけど!?

「まぁいいけど……」
「なにが?」
「いや……それよりお前らなにしてたん?」
「ん? ちょっとERINGIで店長と喋ってただけだよ」

そっけなく言ってサトチーは俺から目を逸らしてしまう。
怪しいんじゃお前ら。なんかよう。俺が気にしすぎてるせいなだけか?

「んじゃ行きますか。皿洗いまくりますか」

サトチーは楽しそうに肩をぐりんぐりん動かして軽快な足取りで来々々軒に
向かって歩き出した。意外とやる気まんまんだ。

「じゃあのポンコ。また後でメールするわ」

サトチーがポンコに向かって軽く手を上げると、ポンコは「おう」と手を上げ返して
そのままERINGIの前につっ立っていた。

俺はひじょーに気まずかった。
昼休みのことがあって、なんとなく声をかけづらい。
向こうもそう思ってるのか、ポンコは俺と目を合わせようともしなかった。
259まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/20(木) 23:45:04 ID:???
   9.寄ってく?



そして俺は今日も皿を洗って洗って洗いまくったが、
昨日とは違ってサトチーも一緒だったのでそんなにしんどくはなかった。
そして昨日と同じぐらいの時間にお疲れでぃーすと俺とサトチーは店を出る。

「ぬぁー疲れた! マジ皿うぜぇ」

サトチーは伸びをしながら体をぷるぷる震わせる。

「どうするジェノ? もうこのまま帰る?」
「んー? そうね、どうすっかね」

俺も軽く伸びをしながら、考える。
サトチーがどっか寄って行きたいってなら別にかまわないんだけど……。

俺はハナちゃんに会いに行きたかった。

といってもやっぱり会う約束はしていないし、会えるかどうかわからないんだけど。
今日もホテルの前まで行ってみようかなーとか思ったのだ。

って、かなりストーカーくさいぞ俺!
260まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/20(木) 23:49:28 ID:???
「どっか行くぅ?」と俺。
「おん、どっか」とサトチー。
「どこ行くぅ?」
「どこでもぉ」
「どうするぅ?」
「どうするぅ?」
「アイフル〜」
「古ぅ〜い」
「そういやあのチワワって死んだんか?」
「さぁ、知らん」

なんて先の見えない会話がしばらく続いた。
サトチーも別にどこか行きたい所があるというわけでもなさそうだった。

「つっても金ねぇしなー。どっか行くつってもな」
「だな。あったらこんなとこで皿洗わないッス」
「じゃあやっぱ帰るッス?」
「どっちでもいいッス」
「どうするッス」
「お前決めろッス」
「いやお前が決めろッス」
「いいからお前決めろよ〜」
「えぇー私わかんなぁい。サトチー君決めてぇ〜」
「俺はお前とだったらどこにでも行きたいさ」
「いやーんサトチー君のバカバカ〜ん」
「いてっ! こいつぅ〜」


会話がいよいよどうしようもない方向に向かい始めたその時だった。
261まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/20(木) 23:54:12 ID:???
「おい、こいつ! 見つけたぞ!」

俺達のキモいやりとりが醸し出したキモい空気を一瞬で消し飛ばしたのは
“いかにも”なオッサン達が乗った黒塗りのうさんくさい車だった。

俺達の目の前で止まったその車の助手席側に座っていた、
パンチパーマのオッサンが窓を開けてなにか喚いている。

なんじゃ!?
と俺は一瞬で体が硬直してしまう。

おうコラガキワレコラァちょっとツラ貸せやボケカスクラァとパンチパーマの
オッサンは意味不明の言語を発しながら車から降りてくる。

「な、な、なんだ!?」

オッサンの迫力に圧されてサトチーがずざざざっと後ずさる。

「なめくさりゃがってガキャんダラゴルァ!」
「っとったらかんぞるりぁ!」
「埋まるかぁ!? 埋まっとくかぁ!?」

パンチパーマのオッサンに続いて後部座席から続々とその筋のオッサンが
降りてくる。

なんかわからんけど激ヤバい!
サトチー、逃げんぞ!

……と振り返るとサトチーはもう走り出していた。
なんて友達思いな奴なんだろうと感心しながら俺も地面を蹴って後に続く。
262まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/20(木) 23:56:41 ID:???
「クルァー! ガキャ、待たんかゴルァ!」

うるさいんじゃ死んでも待つかボケがと俺は全力で両足を回転させる。

ていうかサトチーは超足が速かった。
あっという間に姿が見えなくなってしまう。

サトチーはどうやら十字路を駅の方に曲がって行ったようなので、
俺はそのまま十字路を直進することにした。

と、そこで俺はふと一昨日のことを思い出した。
こいつら、ハナちゃんの敵なんじゃないのか?
なにがなんだかわからんが、それしか思い当たることがない。

だとしたらこっちはヤバいか!?
もしこの先にハナちゃんがいたら……。




263まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/25(火) 11:33:21 ID:???
   10.しょうもない昼下がりのコーヒーブレイク(でも僕にとっては朝の)



豚餌臭い晴刷市での三日目は、昨日と同じくノワからの電話で始まった。

「寝すぎだぞ」

受話器からムカつくくらいシャキッとした声が聴こえる。
時計を見ると、午後二時を過ぎていた。

「昨日よりはマシだろう……」
「それでも寝すぎだ」
「うるさい黙れ……」
「はやくしないと待ち合わせに間に合わないぞ」
「わかってるよ……先に行っててくれ」
「わかった。じゃあ下で待ってるぞ」


勝手に待っとけ、と電話を切って僕はのそりとベッドから起き上がる……。



一時間後、僕は部屋を出てホテルの一階にある喫茶店に向かった。


「やっと来たか」

奥の席でコーヒーを啜っていたノワは、僕を見るなり首を左右に傾げて
待ちくたびれたぞーというアピールをしてきた。無視。
264まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/25(火) 11:39:31 ID:???
僕はノワの隣に座るべきか、向かい側に座るべきか迷う。

まぁいいか。

とりあえず僕はノワの向かい側に座った。
僕が椅子に腰を下ろすのを待ち構えていたらしい店員が水を持ってきて僕の目の前に置く。
僕はメニューを見ずにコーヒーを注文した。

「傷はどうだ」
「あぁ、たいしたことなかった」

ノワは左手で右肩をぽんぽんと叩いた。
どうやら昨夜キリサキマサキにやられた傷は浅かったようだ。

「しかし面倒なことになったな」
「君、そのセリフ好きだな。いつもそれ言ってるぞ」
「そうか?」
「言ってるよ。この三日間で20回は聞いたぞ」
「いや絶対そんなに言ってない」

などと、それから僕とノワはどうでもいい雑談を続けた。

僕がノワのモノマネを本人の前で披露してやると、ノワは「やめろよぉ」とか
言いながら何故か照れくさそうにはにかむので気色悪いなこいつと思ったり、
ノワが「そんなこというならお前だって」とか調子コイて僕のモノマネをし始めたので
不愉快な気持ちになったりしているうちに、どんどん話は変な方向に進んでいった。

「あ、そういえばイノセンスはどうした」

ふと思い出して僕は聞いてみた。
265まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/25(火) 11:43:38 ID:???
「イノセンス? イノセンスがどうした」
「ほら……座玖屋のことで調べるように指示しただろう」
「あぁ、そういえば……もう調べさせなくてもいいんだったな。忘れていた。
 吊に中止命令を出すよう連絡しておこう」
「……それはまぁどっちでもいいけど、しばらくの間いつでもこっちからの指示で
 動かせるようにしておけ。とりあえず他の仕事はさせないようにして
 この辺で待機するように、と」
「いいのか? もしもどこかで鉢合わせしたら……」
「どっちにしたってあいつはこの街に住んでるんだろ? あまり変わらんよ」
「お前がそう言うならかまわんが」

僕とノワがイノセンスと顔を合わせるのはまずいが、キリサキマサキというわけのわからん
不確定要素が出てきた以上、ある程度身の回りを固めておく必要がある。

「で、イノセンスって強いのか?」
「どうだろうな。組織の中ではかなり特殊な位置にいるみたいだが」
「君とイノセンスが闘ったらどっちが勝つ?」
「さぁ、やってみないとわからんが……なんでそんなことを聞くんだ」
「仮にも部下なんだからやはり実力ぐらいは把握しておかないと」

と言ったものの、本当はいざとなったらイノセンスには捨て石になってもらおうと
思っているだけだった。

「あぁそうだ。それと君、なんか変なのスカウトしたんじゃなかったっけ」
「変なの? ……あぁ、あの四人組か?」
「そうそう。あの色々とアレな奴ら。去年の、京都の」
「……もうあれから一年になるのか。早いな」

と、ノワが遠い目をする。
266まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/25(火) 11:47:32 ID:???
四人組とは……。
あれは去年のちょうど今頃だった……。

後に“三条惨状四条至上血戦”として語られる白夜のノワの武勇伝の一つで……。
僕がずっと探しているノートの原型となる巻物が、京都にあるという情報を……。
僕はその時風邪をひいていたのでノワ一人で遠征させて……。
その頃、京都では新京極遊戯団なる地下組織が暗躍していて……。
その時、巻物を巡ってノワが闘ったのがその四人組で……。

で、結局はガセネタでしたという結末で……。
色々あって、そいつらを引き抜いた、という……。

心の底からどうでもいい話である。


「もしかして四人を呼び寄せようと思ってるのか?
 あいつら今、ニュージーランドに行ってるから無理だぞ」
「何しに?」
「旅行」

あっそう。
ならいい。
そのまま帰ってくんな。




267まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/25(火) 23:25:10 ID:???
   11.鏡の中



「お、来たぞ」

カップを置いて、ノワが入り口の方に目をやったので僕もつられてそっちを見る。
きらたまが僕達に向かって頭を下げて、こちらに向かって静かに歩いてきた。

「こんにちは。お待たせして申し訳ありません」

僕達の目の前まで来て、きらたまはもう一度頭を下げる。
僕は席を立って、ノワの隣に座り直した。

「一人で来たのか」

僕がそう聞くと、きらたまは「はい」と頷いて僕が今まで座っていた席に腰を下ろした。
きらたまがミルクティーを注文して、それが運ばれてくるのを待って、僕は早速本題に
入ることにした。


「さて……早速だが」
「はい、なんでしょう」
「昨日、君のところの奴らに襲われたんだが──」
「えぇ!? ほ、本当ですか!?」
「嘘ついて何になる」


僕は昨夜、座玖屋邸を出てからのことを事細かに話してやった。

話し終えるまでの間、きらたまは表情を強張らせてずっと黙っていた。
268まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/25(火) 23:30:10 ID:???



「──と、まぁ、おかげで楽しい夜を過ごせたわけだが」

と、話の最後に、僕は皮肉を込めまくって言ってやった。
きらたまはぷるぷると体を震わせて、今にも泣き出しそうな顔で俯いていた。


「……申し訳ありません」

長い沈黙の後、やっとのことで口を開いたきらたまの声は消え入りそうなほどか細く、
掠れていた。

「謝られたってどうにもならない」
「はい」
「座玖屋ファミリーの三代目は、この件に関してどう始末をつけるつもりだ?」
「それは……」
「それは?」
「……少し、時間をいただけませんか」
「少しとはどれぐらいだ? 今日中か? 明日か? 
 その間に後何回僕達は襲われるんだ?」
「はい……」
「はいってなんだよ。やる気あるのかお前」
「はい……ごめんなさい……」
「だから謝って済む問題じゃないだろうが。なぁ、おい」
「ごめんなさい……ごめんなさい……」

とうとうきらたまは泣き出してしまった。
僕はその涙を見て頭が沸騰しそうになる。
269まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/25(火) 23:35:43 ID:???

泣けばいいと思ってるのか。
泣いてなにか解決するのか。
しない。
絶対にしない。
するわけがない。
してたまるか。

これだから女は嫌いなんだ。

「泣くな、おらっ」

僕はコップに入った水をきらたまにビシャッとひっかける。
ノワが「おい九州」とか言いながら僕からコップを取り上げる。もう水は入ってないのに。

「うぅっ……ぐすっ」

きらたまは相変わらず体をぷるぷる震わせながら、顔を両手で覆ってすすり泣く。
僕はコーヒーの入ったカップに手を伸ばしたが、僕の行動を先読みしたノワが
凄い速さでカップを自分の手元に引き寄せてしまう。「よせ」とか言って。

イライライライラ、イライライライラする。
どいつもこいつも。

「あのなぁ、お前……」

ノワが呆れた顔で僕を見ている。意味不明。なんだお前。

「うっ……うぐっ……うっ、ふぅ……ご、ごめんなさい……」

泣きじゃくるきらたま。意味不明。なんだこいつ。
270まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/25(火) 23:39:54 ID:???
「ちょっとあれなにやってるの……」

離れた席に座っている中年の女二人がこっちをチラチラ見る。意味不明。なんだあいつら。

イライライライラ、イライライライラ。
どいつも、こいつも。
本当に。


「泣くな! 呆れるな! 見るな!」

僕は思いっきりテーブルに拳を叩きつける。
ノワは眉を微かに動かせただけだったが、きらたまは「ひぃ」と悲鳴をあげて
椅子から転げ落ちそうになっていた。

「おい、それぐらいにしておけ」

ノワが周囲を気にした様子で小声で言う。
スカめ。


どうしてだ。
どうしてみんな、僕を非難する。
いつもいつも。
ずっと。

どうして誰も僕を理解しない。
いや、理解してほしいとは思わない。

別にいいけど。

だけど。
271まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/25(火) 23:44:19 ID:???
「くそっ……」

僕は深呼吸して、それから深呼吸して、もう一度深呼吸して、最後に深呼吸をして
気持ちを落ち着かせる。

ダメだ。
全然落ち着かない。
それどころかおろろんおろろんと泣き続けるきらたまを見ていると、
吐き気が込み上げてきて仕方ない。

僕は席を立つ。

一人になりたい。

ノワが何か言おうとして口を開きかけたが、僕は殺す気でメンチを切ってそれを制する。
今、僕に話しかけない方がいい。ヤケドじゃ済まないぜ。


怯えた目でチラ見してくる中年女二人や店員を無視して僕はトイレに入る。

無駄に広いトイレだった。無駄な空間の使い方だ。
無駄だな。無駄すぎる。無駄い。

無駄無駄ァ! 

それがどうした。 
どうもしない。どうもしなくていい。
無駄で結構じゃないか。ふっふふ。
好きにしろ。

意味もなく笑いがこみ上げてくる。
なにが面白いのだ。わけがわからんわ。
272まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/25(火) 23:46:15 ID:???
別に尿意も便意もないので、僕は個室には入らず、洗面台の前に立つ。
鏡に映った自分の顔を眺めていると、不思議と沸き立った心は落ち着いてきた。


気付くと、僕は鏡に向かって両手をゆっくりと伸ばしていた。
鏡の中の僕が、こちら側の僕に向かって全く同じ動作で両手を伸ばしてくる。

僕の右手中指が、鏡の中の僕の中人差し指に触れる。

続いて薬指、人差し指、小指、そして親指。
そして僕は鏡の中の僕と手のひらをぴったりと合わせる。

そのまま向こう側に吸い込まれそうな気がした。
そんなこと、起こり得るはずはないけれど。

鏡の中の僕の瞳に、僕が映っている。

なら僕の瞳の中には、鏡の中の僕が映っているのだろうか。
きっとそうなのだろう。物理的に考えて。

僕がまばたきをする時、鏡の中の僕はやっぱり同じように瞼を閉じているのだろうか。
きっとそうなのだろう。常識的に考えるまでもなく。

鏡の中の僕は、こちら側にいる僕を写しているだけに過ぎない。
つまり向こう側の僕は、やっぱり僕なのだ。どう考えても。

なのにどうしてこんなにも醜いのだ。
僕は美しいはずなのに。
鏡の中のお前は、どうしてそんな目で僕を見る。
273まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/25(火) 23:57:34 ID:???
僕とお前では何が違う。
何も違わない。
同じだ。

僕はお前で、お前は僕だ。
生まれた時からずっと。

頭ではわかっているのに、それでも、どうしても拭いきれない違和感がある。

その違和感の正体はこちら側の僕にあるのか。
それとも向こう側の僕にあるのか。

なにを考えてるのだ。
どちらも同じ僕なのに。
どちらかが間違っているのなら、それはどちらも間違っているのだ。
どちらかが正しいのなら、やはりどちらも正しいのだろう。

じゃあなにが間違っていて、なにが正しいのか。

そもそも、その判断は誰がするんだ?

そりゃ僕だろう。
他人に評価を求めても意味がないぞ。
意味はもっと要らないぞ。
要らないのなら考える意味もないぞ。

でもこの場合、理由はあるのか。

僕は僕を知りたい、という理由。
274まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/26(水) 00:02:20 ID:???
だったら突き詰めていくと、そこには意味が求められてくるぞ?
なんかおかしくないか?

ていうか意味と理由を混同してないか?
ぜんぜん違うぞ? 辞書引け、辞書。

意味。
意味ってなんだ?

“意味”の意味ってなんだ?

わけわからんぞ、僕。
大丈夫か?

大丈夫。
僕は元気。

オッケー。
それだけわかっていればなんとでもなるだろう。

……なぁ!

僕は鏡の中の僕に笑いかけてみる。
すると鏡の中の僕が口元をぎこちなく歪めた。

なにその顔? ふざけてるの?

笑えよ。
ちゃんと。


……おい。
275まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/26(水) 00:07:02 ID:???





                  取捨選択の果てに──。


数え切れない選択と、


                  漸く出した結論は何だったかな。


積み重ねた結果が、


                  ──あの暁闇は、


“九州”という僕を形作った。


                  あの紅蓮の炎は、


それはもはや否定出来ない事実で、


                  あの鉄の味は、
276まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/26(水) 00:11:23 ID:???


受け入れるしかない。


                  今もはっきりと覚えているだろう。









          鏡の中に9歳の僕がいた。

          あの夜、燃え盛る炎の中で、
          僕は初めて人を殺して
          同時に自分も殺された。

          口いっぱいに広がった血の臭いと、
          歯に絡みついてくる肉の硬さ。
          目の前に横たわった死体が今にも
          起き上がってきそうな気がして、
          震えながらただ夜が明けるのを待った。





277まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/26(水) 00:14:04 ID:???
鏡の中で、幼い僕が笑っていた。  
僕は彼女の瞳の奥を覗き込んでみる。

なにも無かった。
そこには僕の姿は映っていなかった。

彼女の淀んだ瞳に映っていたのは、
寂しそうに、何かを求めて両手を伸べている成長した彼女の姿だった。

そうだった。
僕はあの夜、決めたんだ。

僕は自分を顧みない。
僕は自分を否定しない。
僕は自分を哀れまない。
僕は自分を肯定しない。


欲しければ奪え。
手段は問うな。

殺したければ殺せ。
言い訳するな。

意味も理由も求めるな。
同情も理解も求めるな。

常軌はあの夜、灰と化した。


あれからずっと、
鏡の中はいつだって烏有だ。
278おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2007/10/15(月) 01:22:46 ID:???
保守
279おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2007/10/15(月) 01:29:03 ID:YSo1JtAo
280かに玉 ◆KANi/6qufk :2007/10/20(土) 00:35:51 ID:???
281アルケミ ◆go1scGQcTU :2007/10/24(水) 21:06:29 ID:???
次は、何が、、、、、
282まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/11/03(土) 18:25:11 ID:???
   12.どげな私の心模様



僕がトイレから戻ると、きらたまは既に泣き止んでいた。
それどころか何故かさっきまで僕が座っていたノワの隣の席に移動していたので、
僕はどこに腰を下ろすべきか迷ってしまう。

ノワもきらたまも何も言わないので、僕はトイレに入る前にきらたまが
座っていた席に腰を下ろした。きらたまと席を交換した形になる。

「九州さん、さっきはすいませんでした」

僕が腰を落ち着かせると、きらたまはぺこりんと頭を下げて言った。
隣でノワが目を伏せてうんうんと頷いている。

「なんだ」

僕はなんだかウニの詰まったシュークリームの中に叩き込まれたような
錯覚に陥った。とても微妙な気分だ。なんなんだこいつら。

「なぁ九州。お前が席を外している間に二人で色々と話したんだがな」

腫れ物を触るように、ノワがおそるおそる口を開いた。
283まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/11/03(土) 18:30:13 ID:???
「お前が怒るのも無理はない。俺も昨夜のことは頭にきてたからな、うん」
「あぁ……」
「しかしな、だからといってこの子に全ての責任を問うのはいかがなものだろうか」
「はぁ……」
「いくら座玖屋ファミリーの三代目、といってもまだ襲名したばかりだ」
「なにが言いたいんだ」
「いや、だからな……やはり後見人として、もう少し様子を見てやるべきではないかと」

後見人……?
誰が?

「ほら、俺達昨日、見届けたじゃないか」

なにを?

「座玖屋がこの子に跡目を譲る瞬間を」

……そうだっけ。
で?

「簡単に言うと華鼬・座玖屋ファミリー、お互い協力していこうじゃないか、という……」

……あぁそう。

「どうだろう」

どうだろう、と言われてもな。
好きにすればいいじゃないか。
284まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/11/03(土) 18:35:49 ID:???


「え?」
「いいよ。それで」
「いいって……いいのか?」
「君は……いや、君達はその方がいいんだろう」
「あ、あぁ」


どうやら僕を説得するのに時間がかかると踏んでいたのだろう。
ノワは拍子抜けしたように目を丸くしていた。

「じゃあ……とりあえず昨夜の件に関しては……」
「もういいよ」
「そ、そうか……」

ふへへ、とノワが愛想笑いともとれない微妙な笑顔を浮かべて僕の顔色を伺う。

僕はもう全然怒っていなかった。
それどころか自分でも驚くほど気持ちが晴々としているのだ。
そんな瑣末なことで腹を立てていても仕方がない、と心から思う。

ノワは油揚げにみせかけたホッカイロを無理やり食べさせられたような顔をして、
僕ときらたまの間に視線を彷徨わせていた。

「ということでひとまず、休戦……というのもおかしいな……」

鼻をひくひくさせながら、聞き取れるかどうかギリギリの小さな声でノワが呟く。
285まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/11/03(土) 18:40:52 ID:???
「なんだ」
「まぁその、なんというか、さっきの一件も水に流して、というか」
「はぁ」
「ひらたくいうと、仲直り……? ふふ」

なにがおかしいのか、ノワは口元をだらしなく緩めて笑った。
視線は相変わらず僕をきらたまの間をふよふよと泳いでいる。

まったく。

アホめ。


「その表現は適切じゃないと思うけど……まぁ、そうだな」

と、僕は頷く。
直さなければならないほど仲が良かったわけではないが、この場はこちらから
折れておこうと思えたのだ。自然に。不思議なことに。

きらたまは唇をきゅっと引き結んでいたが、僕を見るその目には安堵の色が浮かんでいた。

自分でも理解したがいことだったが、この時僕は何故だか気分が昂揚していた。
テンションあげあげになっていたのである。
さっきまでの切れたナイフのような僕はもう僕の中には毛ほども存在していなかった。

「それでな、鈍堕華のことなんだが……はやいとこケリをつけようと思うんだ」
「なんだ、果たし状でも出す気か」

また武勇伝を増やすつもりか、と思ったがそうではなかった。
286まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/11/03(土) 18:47:31 ID:???
詳しく聞くと、きらたまから鈍堕華にコンタクトをとってもらって
明日にでも座玖屋邸で話し合おう、ということらしい。

話し合い話し合いって、お前らしゃべり場かよと思ったが、
まぁそれならそれでいい、とも思った。

僕はその案に快くとまではいかないものの、まぁいっか的などこか投げやりな、
それでいて何故かうっすらアンニュイブルーな気持ちで同意した。



それからしばらく僕達三人は他愛もない話で茶を濁した。

ノワは何を狙ったのか知らないが、先日どこそこの池でなんたらとかいう魚を釣っただとか
バイクの車検が近いのでいっそのこと買い換えようかなだとか返答に困る話ばかりを
していた。

きらたまは学校であったことを楽しそうに話した。
途中でポチの名前が出てきたりして、僕はあぁこいつら同じ学校なのかと気付いたが
ポチのことはきらたまには言わなかった。

僕はかねてから不思議に思っていたRPGに於いて敵モンスターが戦闘終了後に
落としていく金銭の発生理由についての疑問を投げかけてみたが、
二人の反応は驚くほど鈍く冷ややかなものだった。



そんなこんなであっという間に時は流れ、時刻は午後6時を迎えた。
287まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/11/03(土) 18:56:59 ID:???


微妙で生温い空気に包まれながら店を出ると、
誰が誘導したわけでもないのに僕達の足は自然とホテルの外に向かった。

「ところで、迎えは?」

僕は長い髪の毛をしゃらしゃら揺らしながら歩くきらたまに聞いてみた。

「もう来てるのか?」
「いえ、自分で帰ります」
「えぇ? かなり距離があるだろう」
「バスに乗って帰ろうと」
「バス? 座玖屋ファミリーの三代目なのに」
「今日は三浦にも……あ、誰にもお二人とここで会うことを言ってませんので」
「三浦?」

僕は三浦とは誰だろうと考える。
すると僕ときらたまの前を歩いていたノワが驚いた様子で振り返った。

「三浦、だと?」
「はい……なにか?」
「それはあの……眼鏡の?」
「はい、そうです」

眼鏡の、と聞いて僕が思い浮かべたのはオッシャルトの顔だった。

「そうか……只者じゃないとは思っていたが……あいつが……」

ノワは一人で納得したように何度も頷いて前に向き直った。
なんだか嫌な予感がしたので僕はこれ以上オッシャルトの素性について
つっこむ気はなかったのだが、ノワは「まさかあの男が三浦だとはな」とボソッと言った。
288まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/11/03(土) 19:07:26 ID:???
「三浦のことを知っているのですか?」

きらたまがノワの背中に問いかけると、ノワは待ってましたとばかりに
再び振り返って鋭い視線を僕達に向けた。

「あぁ、といっても顔を合わせたのは一昨日が初めてだが……この世界じゃ
 知らない奴はいないだろう」

ノワは何故か得意げにふふんと鼻を鳴らす。

「あれはまだ俺達が華鼬を作ってすぐの頃だ」と僕に向かってノワは言って、
また前に向き直る。背中で語りたい年頃なのだろうか。

「作ってすぐって……どっちだ?」
「俺が16の時だから……ちょうど今から6年前になるのか?」
「あぁ、そっちか」

これは僕とノワ以外にはわけがわからないやりとりだと思うが、
面倒なのできらたまには説明しなかった。しなくても大丈夫だし、する意味もない。

「あの事件で妄想族との抗争が膠着状態に陥り、俺は単身北海道に渡った」
「あぁ、あったな。そんなこと」
289まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/11/03(土) 19:12:34 ID:???


──あの頃、妄想族との熾烈な覇権争いは激化の一途を辿っていた。
行き着く先すら見失った血で血を洗う泥沼の報復スパイラルは、
不可解な殺人事件がきっかけで警察の介入を許すことになりある日停戦を余儀なくされた。
警察のマークが解けた頃、最後の決戦の時が訪れるであろうことを予期した
ノワは、修行の為に北海道へと渡った。

その間、僕は殺人事件の容疑者として連日警察の取調べを受けていた。
そしてそれは妄想族達も同じだった。

しかし仲間を殺された吐息の戦士達は警察の介入に臆することはなかった。
それどころかその状況を逆手に取りまさかの地上戦を仕掛けてきたのだ。

ある者は警察に身柄を拘束され、ある者自ら命を絶った。
全ては報復の為だった。


──省略して。


北海道から戻ってきたノワは別人だった。
僕がスケープゴートとなり警察の目をひきつけている間に、
ノワはたった一人で妄想族を壊滅させてしまったのだ。

白夜のノワ誕生のエピソードである。
290まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/11/03(土) 19:16:52 ID:???
殺人事件の真犯人はまさかの意外な人物で、
最終的には僕がちょちょいと事件の真相を解き明かして、真犯人は僕の手できっちり殺してやった。

そして華鼬の前身である、僕が部長を務めていたポエム同好会“はないたち”は
事件解決後に廃部となり、それから数年後に僕はノワと二人で再び組織を
立ち上げることになるのだった。

うん、実にどうでもいい話だな。


……で? どこにオッシャルトが出てくるのだ。


「三浦は俺が修行していたどさんこファイトクラブの第一期生だったらしい」
「ふぅん」
「俺が途中参加で七期メンバーと合流して修行を始めた頃にはもうとっくに卒業してたけどな」
「どっかの番組のパクリみたいだな」
「師匠のシタッケハラ曰く“どさんこファイトクラブ卒業生歴代最強”だそうだ。
 まぁ俺は第七期の収……じゃなくて修行が終わるまでいなかったから卒業はしてないんだが」
「あっそう」
「本格的に組織を立ち上げて、この世界で生きるようになってから
 三浦の名は嫌というほど耳にしたよ。奴こそ生きる伝説、だな」
「君がそこまで言うならまぁたいした奴なのだろうな」
「しかしまさか座玖屋ファミリーに身を寄せていたとはな──」

と、ノワがそこまで言ったところでホテルの玄関に着いた。

きらたまは話の間ずっとにこにこしていて、聞いてないのか、既に知っているから
聞き流していたのか、はたまた単に興味がなかっただけなのか判断がつかなかった。
291まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/11/03(土) 19:21:25 ID:???


ホテルの外に出る頃には僕はもうオッシャルトの武勇伝には興味が失せていた。
それに今更『三浦』とか本名聞かされても困る。
あいつは僕の中ではもう完膚なきまでにオッシャルトなのだから。



「……よかったら、送っていこうか?」

ホテルの前で、しばしの沈黙の後にノワが言った。

「バスよりは速いぞ」

どうやらバイクできらたまを送り届けてやろうということらしい。
突然の申し出にきらたまは少し戸惑った様子だった。

「今はあまり一人で行動しない方がいいんじゃないのか?」
「でも……」
「遠慮するな。後ろに乗るのが怖いと言うなら仕方ないが」


とかなんとかごちゃごちゃ言い合った末、結局きらたまはノワが送っていくことになり、
僕はこのまま見送ることにした。

「単車に乗るのは初めてか?」
「は、はい。……あの、どこに足を乗せたらいいのですか?」
「あぁ、そこのステップに……」

ノワにかぶらせてもらったヘルメットが重いのか、きらたまは首をふらふらさせながら
バイクの後部座席に座った。
292まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/11/03(土) 19:26:00 ID:???
きらたまは本当にバイクに乗るのは初めてらしく、両手を重ねて膝の上に乗せていた。
ちょっとお前狙いすぎじゃないのかと言いたいところだが、
顎を引き背筋をしゃんと伸ばして真っ直ぐ前を見るその凛とした横顔がなんだかとても非現実な雰囲気を醸し出していたので
僕は思わず言葉を飲み込んでしまった。

「……君、『姫』ってあだ名付けられたことあるだろう」

何故だかバイクが馬車に見えてきた。
笑われるかなと思ったが、きらたまは恥ずかしそうに俯いてしまった。

「どうしてかはわからないのですが……何故か、いつもそんな風に言われます……」
「そんな恥ずかしがらんでも」
「だって……なんだかからかわれてるみたいで」

まぁそりゃそうだけどと僕はちょっと笑う。
笑ってる自分がおかしくて余計に笑ってしまう。
これが超ウケるというやつか。あげあげだな、僕。
使い方合ってるのか知らんが。

「いいじゃないか、姫。女の子にとってこれ以上の称号はなかろうに」
「はぁ……でも、どうして私なんかがそんな風に言われるのか不思議です」
「嫌味やな君。憎たらしいぞ」
「え、えぇ?」

この娘に対する父親の接し方を見てもわかるように、きっと家でもお姫様のように
大事に大事に扱われてきたのだろう。
たぶん最初に『姫』と呼んだのはあのオッサンに違いない。

姫ね。
いいんじゃないの、姫。
293まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/11/03(土) 19:31:58 ID:???
「毒入り林檎食わしてやりたいほど似合ってるよ」
「ふふっ九州さんって面白いですね」

わりと本気で言ったのだが、ひかれる気がしたのでそれは口には出さないでおいた。

……なんか僕、魔女のババアみたいだな。
いいけど別に、それでも。

「よし、じゃあちょっと行ってくる」

そしてきらたまを後ろに乗せて颯爽とサングラスをかけるノワは馬車使いというよりは
どちらかといえばむしろ馬のようであった。
狐っぽいくせに節操のない奴だなと僕は思う。


「あの、九州さん」

ノワがエンジンをかけると、きらたまは思いつめたような目で僕を見た。

「もし……もしよかったらなんですけど……」
「なに?」
「私と友達になってくれませんか?」
「は?」

いきなりなにを言い出すのだ。
294まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/11/03(土) 19:36:38 ID:???
「なんでそうなる」
「なんでって言われても、わかりません。
 ただ、お友達になってほしいなぁって……ダメでしょうか」
「よくわからんが、ダメとかそういう問題じゃないだろう」
「じゃあ……嫌ですか? 私と友達になるのは」

嫌とかそういう問題でもないのだが……。
それにこの流れで「嫌だ」と言ったら僕が極悪人みたいになるじゃないか。

僕が返答に困っていると、きらたまは露骨に悲しそうな表情を浮かべた。

「ごめんなさい……迷惑ですよね、突然こんなこと言われても……。
 私っていつもこうなのです。KYなのです。みっちゃんも、ジェシカも、
 やっぱり今の九州さんみたいに困ってました……」

みっちゃんもジェシカも知ったことではないが、今にも泣きそうなきらたまを
見ていると、なんだか魂のサディスティックな部分がぞわぞわと疼き出してきた。

「そりゃそうだろう。友達なんて、気付いたらなってるもんじゃないのか。
 契約書にサインして、友達ライセンスを発行して、
 年に一回更新したりするもんじゃないと思うが」

僕はただちょっときらたまを嬲りたかっただけで、深く考えて言ったわけではなかった。
しかし彼女にとって僕の言葉は革新的なものだったようで、
きらたまは「そうだったのですか。そうだったのですか」と落雷を受けたように
ぷるぷる震えていた。どうやら本当に今まで友達と呼べる人間がいなかったらしい。
というか本気か、本気でやってるのだろうかこの娘はと僕は僕でショックを受けていた。
295まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/11/03(土) 19:39:31 ID:???
この娘は一体どんな風に育てられてきたのだろうか。

おそらくは座玖屋ファミリーというちっぽけな国で蝶よ花よと愛されて
育ったのだろう。

確かにあんな特殊な環境でまともな感覚が養えるとは思えないが、
しかしいくらなんでも頭ほんわかぱっぱし過ぎじゃないかと思う。

なんだか急にこの良くも悪くも世間ズレした娘に興味が沸いてきた。
俄然沸いてきたぞ。


「ごめんなさい、九州さん。変なことを言って……」
「いや、なにも謝ることはない」
「いいえ、私が間違っていました……」
「間違ってるかどうかはともかく、迷惑ではないから謝らなくていいと言ってるんだ」
「えぇ……?」

きらたまは訝しげに首を傾げて、じっと僕の目を見つめる。

「どういうことでしょうか……」
「僕は君のこと嫌いだなんて言ってないよ」
「え、じゃあ」
「ふむ」


友達か。
いいんじゃないの。
たまには。
気分もいいし。
296まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/11/03(土) 19:41:02 ID:???
「わ、私と友達になってくれるのですか……?」

僕の心中を察しかねているのだろう。
きらたまは僕の顔色を伺いながら独り言のように呟いた。

「だから……わざわざ言葉にして確認することじゃないって」
「じゃ、じゃあ……」

僕がきらたまに手を差し出すと、彼女は少しはにかみながら僕の手を握った。
ごきげんうるわしゅう。
はにかみ王女。

それはそれとして。

「よろしくお願いします」

桜色の唇を綻ばせてきらたまが無邪気に微笑む。

「うん、こちらこそ」


──よろしく、プリセンス。




……とは言わなかった。




297おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2007/11/22(木) 15:12:23 ID:???
保守
298おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2007/12/14(金) 19:49:44 ID:???
ほしゅ
299まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/12/24(月) 22:28:45 ID:???
──あらすじ──


九州がきらたまと仲良くなった。
その頃ジェノはヤバ気なオッサン達に追い回されていた。
300まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/12/24(月) 22:32:54 ID:???
   13.近頃のコンビニは何でも売っている




ホテルの玄関前で二人を見送ったあと、僕はこれからどうしようかと悩む。

部屋に戻って寝ようか。
いやこんな時間に寝たら変な時間に目が覚めて変な時間に眠くなって
変な時間に寝てしまってノワに嫌味を言われることになる。
それは嫌だな。

そもそもあまり眠くない。
とりあえず近くのコンビニに行ってみようかな。
そういえば昨日も結局林檎を食べてないし。

という訳で一人でてふてふ歩いてコンビニへ。
301まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/12/24(月) 22:36:22 ID:???
コンビニには客が一人もいなかった。
いくら平日とはいえ、この時間帯に客がいないとは。

僕は静まり返った店内を意味もなく歩き回る。
もちろんパックの林檎ジュースが置いてあるのを確認してからだ。


こうやってゆっくりと見て回っていると、コンビニというのはなんでも
売っているものだなと感心してしまう。
中でも僕の興味をそそったのはレジの前の棚だった。

おもちゃがいっぱい置いているのである……。

なんたらかんたらいうアニメのトレーディングカードは
一度にまとめて買う、俗に言うジャクソン買いを想定しているかのように
大量に置かれていた。
まぁ最近はマイケルジャクソンもあまり羽振りがよくないらしいが。

ミニチュア日本家具シリーズにはかなり購買意欲をかきたてられたが、
コタツがなかったのでやめにした。

なわとび……は無視。

プラスチック製らしい刀や手裏剣が袋詰めにされた忍者セットも捨てがたい。

ミニ麻雀。
むぅ、どうやら流行りはミニらしい。
しかし麻雀はルールがわからないので要らん。
302まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/12/24(月) 22:41:51 ID:???
パーティーグッズ。
そんな予定はない。

ミニ人生ゲーム。
またミニか。



結局、僕はパックの林檎ジュースだけを買ってコンビニを出た。

さて、とホテルに向かって歩き出そうとした時、左側から何者かが突進してきた。
僕はものの見事にふっ飛ばされ、石畳のアーケードにずでしと転がる。

僕に体当たりをぶちかました何者かは間抜けにもバランスを崩したらしく、
僕の隣にやはりずでしと転がった。

咄嗟に思い浮かんだのは鈍堕華の下で悪事を働いていそうな、でも働いてないみたいな
チンピラニート風の小悪党だった。
「貴様!」と僕は起き上がりざまにビニール袋を刺客に向かって振り回す。

林檎ジュース入りのビニール袋はぱこーんと相手の脳天にヒットした。
刺客は「いってぇ!」と情けない声をあげて、両手で頭を抱え込んだ。
あまりにも情けない声だったので僕は拍子抜けしてしまう。
冷静になって僕は相手の顔を覗き込んでみる。ポチである。

「……お? なんだ、ポチか」

人に体当たりする時は声をかけてからにしろ、と僕は注意してやろうとしたのだが、
ポチは僕と目が合うと「ぎょへっ」とわけのわからぬ奇声を発して、慌てた様子で
立ち上がり僕を力ずくで引き起こしたかと思うと、そのまま僕の手をひいて走り出した。
303おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2007/12/24(月) 22:45:41 ID:???
ミナたん・・・(´д`)
304まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/12/24(月) 22:45:42 ID:???
「おい、なにをする。拉致か。僕を拉致する気か」
「ちがっ……じゃなくて! いいから!」
「よくない」
「やばいんだって!」
「知るか」

と言いつつポチの尋常ならぬ様相に気圧されて、僕は仕方なく一緒になって走り出した。









305まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/12/24(月) 23:34:21 ID:???
   14.オッサンにモテても嬉しくない



皮肉にも俺の予感は的中してしまう。
いや、予感というよりは期待というべきか。


「まさかこんなタイミングで会えるなんて思ってなかったよ。これが邂逅ってやつか」
「意味がわからない」
「運命と言い換えてもいいかも」
「意味がわからない」

言葉では言い尽くせない、みたいな。
しかし今はそれどころではない。

俺はハナちゃんと共に駅の裏口に向かって走っていた。
追っ手は俺達の十数メートル後方にまで迫っている。
俺一人ならなんとか振り切れそうなもんではあるが、
このままハナちゃんの脚力に合わせて走っていてはいずれ追いつかれるだろう。
306まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/12/24(月) 23:40:47 ID:???
俺はこの辺り一帯の地図を頭の中に広げて最適な逃走ルートを模索しながら
ひぃひぃ息を漏らして走っていたが、ハナちゃんは意外にも息ひとつ乱さず
涼しい顔をして俺のすぐ隣を走っていた。もしかすると俺の方が先にスタミナ切れを
起こしてしまうかもしれない。そうなったら今度は俺の方がお荷物だ。
その時はめちゃくちゃかっこいいセリフを吐いてハナちゃんを逃がそうとか俺は考えていた。

「なんで追われてる?」

後方を振り返ってハナちゃんは言った。

「なんでって……なにをのんきな」

俺は呼吸のサイクルに合わせて答える。

「どうして逃げる?」
「えぇ……? そんなの……お、俺が聞きたいし」

あんたのせいや! とツッコミたいが、正直しんどい。
つーか体力あるなこの人!

「っおう! こっち!」
「んん?」

俺は急ブレーキをかけて居酒屋と床屋の間の細い路地に入る。
ゴミ箱やらしわしわになったエロ本やらを蹴飛ばして、薄暗いビルとビルの間の
裏道を駆け抜けて、それからなんだかんだと走り回って俺達はぐるっと駅裏に回った。

相変わらず何故自分が追い回されてるのか理解していないらしく、
ハナちゃんは不機嫌な顔をしていた。

しかし説明してる時間はないし体力もない!
俺のライフは限りなく0に近かった。
307まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/12/24(月) 23:48:37 ID:???
「え、駅の中通ってもっぺん駅前に出よう!」

とりあえずで意思を投げやりに伝えて、俺はハナちゃんの手をひきつつ
裏口の階段を駆け上がる。

駅の構内は会社帰りのサラリーマンやらなんやらでいい感じに混み合っていた。
人ごみにまぎれて追っ手を撒ければいいのだが、と淡い期待を寄せたが全然無理だった。

「待でゃごりゃー!」
「る゛ぁーっ! っぞボギャー!」

品のない怒号が後方の黒山の中から飛んでくる。
あのオッサンらも中々の体力である。

駅の表側に出て、おいかけっこは更に続く。

つーか無理だな! 振り切るの無理! オッサンらマジ元気過ぎる!
そして俺はもう限界だった。足がカクカクし始めている。

駅前のロータリーに出て、俺は立ち止まる。
構内ほどではないが、駅前もバスや迎えを待つ人達でごったがえしていた。
どうする? どっちに行けば……と闇雲に辺りを見回したその時だった。

背中に体当たりをされたような衝撃……というかまず間違いなくそうだろう。
誰かに突き飛ばされて、俺は目の前にいたオッサンに勢いよく頭突きをかましてしまった。
308まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/12/24(月) 23:55:58 ID:???
「いってぇ……」

アホみたいな表現だが視界いっぱいに無数の星が広がってチカチカと瞬く。
俺は頭をさすりながら、振り返って自分が立っていた場所に目をやったが
そこには誰もいなかった。
誰も。

ハナちゃんもだ。
なんでやねん。

「おいこらガキ、人に頭突きかましといてどこ見てやがるか」
「え……すいまどわっ」

背後から首根っこを掴まれて俺は謝る間もなく地面に転がされる。

「いや、あの、すんません……あっ!?」

立ち上がりながらオッサンの顔を見た俺は思わず息を飲んでついでに言葉も飲み込んで
しまった。

「あっじゃねぇよなんだ……って、お前……」

オッサンも俺の顔を見て驚く。
しかしオッサンは一瞬で表情を整え、口をつぐんでしまった。
309まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/12/25(火) 00:04:34 ID:???
そう、このオッサンは今日の下校の時、バイクにまたがって俺達を見ていた
あのオッサンである。

そして俺は確信する。
オッサンの驚き様と、その後の表情と態度の変化からして、
やはりこのオッサンはあの時、何らかの目的を持って俺達を見ていたのだと。
それにしてもオッサン日和にも程がある。
俺の日常はが加速度的にオッサンで支配されようとしている。
やはり世界はオッサンで出来ているのか。

オッサンと俺の視線が交錯する。

「ちっ……もういいよ。どっか行け」

僅かな沈黙のあと、ぼさぼさの髪に手をつっこんでオッサンは言った。
俺はなんと答えるべきか迷ってしまう。

「俺としたことが……まぁいっか」

オッサンは疲れたようにため息をついて、くるりと俺に背を向けてしまう。

なんじゃこのオッサンわけわからん。
誰やねん。

とか思っていると、またまた誰かが背後から俺の首根っこを掴んだ。

「つぅかま〜えたっ」

可愛らしさの欠片もないドスの利いた声。
しまった。俺はアホか。
310まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/12/25(火) 00:18:29 ID:???
「じゃ、じゃあ鬼交代しよっか……? 今度は俺が追い──」
「おうコラァ!」
「ぐへっ!」

パンチパーマのオッサンは俺のジョークを最後まで聞かずに、
俺のヤワい鳩尾に無慈悲な膝蹴りを繰り出す。
力任せにその場に倒され、俺は腹をおさえてダンゴ虫のように丸くなる。
呼吸が出来ない。

角刈りのオッサンが「女どこじゃぁ!」と容赦なく俺の顔面を踏みつけるが、
俺は何も答えないし、答えられない。
なにしろ息が出来ないし、ハナちゃんも消えてしまったのだから。

「黙っとっても得せんぞ」

角刈りのオッサンはうんこ座りして、俺の顔を覗き込む。

「こっちだって中学生イジめる趣味はないからのう。
 なぁ兄ちゃん、言うてみ? 女どこじゃい?
 言ったら兄ちゃんだけは許してやるで」
「知らん……どっか行った」
「どっかって、どこ?」
「だから……知らんっつってんだろ……」
「なに? それはアレなん? かばってるの? かっこつけてるの?」

髪を掴まれ、無理やり上体を引き起こされる。
311まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/12/25(火) 00:24:14 ID:???
「なぁ?」
「んぐっ」
「おう?」
「うべっ」

それからビンタビンタビンタビンタ。
弟子でもないのに俺はパンパンにされてしまう。

「あ? コラ……」
「ぶっ」
「んじゃ? ワレ……」
「くはっ」

ビンタに次ぐビンタ。
頭がくらくらして意識がぼんやりしてきた。

その間、周りにいた人達は遠巻きに見守るだけで誰も救いの手を伸べてくれなかった。
通報ぐらいはしてくれてるのかもしれんけど、薄情やな〜! つーか駅前なら
交番ぐらいあるだろうが! なにしてんだポリスマン! はやくきてよね……。









312おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2007/12/25(火) 00:31:57 ID:n4gNPFnX
13

九州−ジェノラインは好み。再接触してものの、未だにジェノが物語りにどう絡むかが
予測が難しい。ジャクソン買いのくだりわろた
313まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/12/25(火) 00:42:53 ID:???
   15.致し方ないね



なにがなにやらわからぬままポチに引き回され、ようやく事態を把握出来たのは
駅の反対側へ抜ける為に構内を駆けていた時だった。

「待でゃごりゃー!」
「る゛ぁーっ! っぞボギャー!」

……などと耳障りな奇声を発していたのはおそらく鈍堕華派の下っ端だろう。
ポチが奴らに追い回されていたのは、一昨日座玖屋邸に連れて行ったせいで
僕の仲間だと思われたからだろう。

まぁそれは致し方ないことなのでポチには諦めてもらうしかない。
最初に付いて来たお前が悪い。

それはともかく肝を冷やしたのはイノセンスとニアミスしたことだった。

まさか本当に出会うとは思っていなかったので焦ったが、
咄嗟に機転を利かして難を逃れたあたりはさすが僕といったところである。
なんとか顔は見られずに済んだだろう。
それに上手いことポチを生け贄にすることが出来たので、とりあえず僕だけは助かる。

さらばポチ。
達者でな。

僕は心の中でポチに別れの言葉を告げて、コンビニのビニール袋を片手に
悠々と歩き出す。

ホテルまでの帰り道、我慢出来なくなった僕は林檎ジュースを飲もうと
ビニール袋の中に手をつっこんだ。
314まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/12/25(火) 01:05:06 ID:???
   16.世界はオッサンで出来ている。 2




いつの間にか俺はタイとかフィリピンとかどっかその辺のアジアっぽい国の
薄暗い路地を歩いていた。
よくわからないが俺はこれからライブをやるのだ。この路地を抜けたところに
あるライブハウスで。なんでそんなもんがあるのか知らんけど。

ライブハウスに向かう途中で道端に座り込んでいるインド人(なんでインド人?)が
俺を見てニヤニヤ笑っていた。よく見ると微かに唇が動いている。
しかし声は聴き取れないし、聴き取れてもきっと何喋ってるかわかんないだろう。
インド語なんて知らんし。インド語ってあるのか?

『少年、少年、そんなに急いでどこに行く?』

インド人がいきなりでっかい声で俺に話しかけてきた。流暢な日本語で。
やるなぁインド人! だてに計算速くないなと感心して俺は思わず
立ち止まってしまう。

『これからライブがあるんだ』

俺がそう言うと、インド人はニヤニヤとキモい笑みを浮かべたまま頷く。
……と、よく見るとそのインド人はインド人じゃなかった!
昨日駅の近くで見たあの怪しげな占い師のオッサンだ!
オッサンなんでこんな所に!? 俺もだけど。
315まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/12/25(火) 01:07:44 ID:???
『少年が逃げるからこうして追いかけて来たのだ』

俺の心を見透かしたようにオッサンが言う。
オッサンは手にカレーを持っていた。やっぱりインド人かもしれない。偏見か。
いや偏見ってのは差別くさいか? じゃあ先入観……どうでもいい!

『少年は悩みを抱えているのだろう?』

オッサンはおもむろにカレーに指をつっこむ。

『だからこうして占って進ぜようと言っているのだ』

オッサンの指がカレーの中を泳ぎ始める。
カレー占いか! 

『ちょっと待ってよオッサン。
 俺が悩みを抱えているとしても、何を占って何をどうしようっつうの』

俺は虚ろな目でカレーをかきまわすオッサンに訊いてみたが、オッサンは答えない。
オッサンは一心不乱にカレーをかきまわしていた。指で。

『ふむ、ふむ、ふむ……出たぞ、出た出た。
 少年よ、お前は今、岐路に立たされているぞ』

キロ? なんだそれは。
と俺が訊く前にオッサンは答える。
316まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/12/25(火) 01:11:19 ID:???
『明か暗か、光か闇か……少年の言葉を借りると、
 華やかでロックな人生か、ずんどこ転落人生か……』

このオッサン、何故俺の言葉を!
と俺がびっくりして言葉を失っていると、オッサンは急に神妙な顔つきになって
カレーをかきまわす指を止めた。

『少年、ライブはやめておいた方がいい……』

オッサンの虚ろな視線が俺を捉える。
オッサンのどす黒い瞳に俺が映っていて俺はすごく不快な気持ちになった。

『やめるわけにはいかない。みんな俺を待ってるんだ』

そうだ、やめるわけにはいかない。
ライブハウスにはもう俺を待ちわびている客でいっぱいになっているのだ。
見てないけどわかるのだ。

『お前の歌は誰にも届かん』

オッサンが指についたカレーをちゅぴっと舐める。

『そもそもお前は、誰の為にライブをやる気なのだ?』

うるせぇ死ね! 
俺はオッサンからカレーを取り上げてオッサンの顔にパイ投げの如く
ぶちかましてその場から走り去った。
317まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/12/25(火) 01:16:55 ID:???
路地を抜けると、もう何千年も前からここにあるのだと言わんばかりに
ライブハウスが建っていた。
それは晴刷市にある一番でかいあのハコと同じ外観だった。

ライブハウスの入り口のドアには晴刷市出身の伝説のバンド、
CLAYのKANIが書いたという落書きが残されている。

   ドリーム それは夢

だからなんだとツッコんではいけない。
暗黙の了解である。

俺はドアを開けて中に入る。

そこは体育館だった。
ウチの学校の。

へー、中はこんな風になってたのかとあっさり納得した俺は体育館シューズに
履き替えて入り口のすぐそばにあるカウンター席に向かった。

カウンターの向こうで来々々々軒の店長が忙しそうにラーメンを作っていた。
俺は急いで汚いエプロンをかけて厨房に入る。
俺が隣に並ぶと店長は待ってましたと20枚ぐらい重ねた皿を
流しにガションと置いた。これは大変だ。やれやれ。サトチーもいないし。

体育館の中は見渡す限りの人、人、人だった。
しかもほぼ全員がウチの学校の制服を着ている。

そりゃこんなにいたら忙しいわ! と思ったのだが、
どういうわけかカウンター席には一人しか客が座っていなかった。
318まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/12/25(火) 01:24:18 ID:???
インド人である。
いや、インド人だが、このインド人もインド人ではないようだ。
やはりというかなんというか、あのオッサンである。呪いのオッサンである。

うわ〜またお前か! と俺はうんざりしながら皿を洗い始める。
するとオッサンは俺の心を読んだかのように不機嫌な顔になって俺を睨む。
俺は皿を洗う手を止めてオッサンに軽く会釈する。意味わからんけど。
俺が頭を下げるとオッサンは箸を置いてカウンター越しに、俺に向かって
話しかけてきた。

『あのさぁ、君は中学生じゃないの? こんなところでアルバイトしちゃダメじゃん』

うるせぇ死ね!
俺はオッサンからどんぶりを取り上げてオッサンの顔にパイ投げの如く
ぶちかまして厨房から飛び出した。

そして俺は人の波をかきわけてステージへと駆け上る。
俺がステージに立つと照明が落ちて、歓声があがった。


やべえ!
緊張してきた!

オーディエンスが固唾をのんで演奏が始まるのを待っている。

が、俺はここで気づく。
何をやればいいのか、と。
319まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/12/25(火) 01:27:50 ID:???
なにしろ楽器がない。
あるのはスタンドマイクがひとつだけだ。
ていうか俺一人かよ。

ていうか演る曲がねぇよ!

テンパった俺はとりあえず時間稼ぎにマイクを掴んであーあーテステスとか
呟いてみる。感度良好、異常なし。

で、どうする!?

いよいよ困った俺は助けを求めてステージの下の有象無象なオーディエンスの中に
ハナちゃんの姿がないか探す。

ハナちゃんは一番前の列にいた。
隣にはパシリのオッサンもいる。

ハナちゃんは退屈そうに腕を組んでステージの上でキョドッている俺を見ていた。

何してる。さっさと歌えよ。

ハナちゃんの目がそう言っていた。
320まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/12/25(火) 01:32:18 ID:???
俺はマイクを握りなおす。
んん゛っと咳払いをする。
ベルトを掴んでくいくいっとずらす。
そして手をマイクに戻す時にさりげなくチンコをベストポジションに持っていく。

……やるしかない。

落ち着け俺。
大丈夫、俺はやれば出来る子。
イケるイケる。ガーンいったれ。

俺が腹を決めるとどこかからギャギャギャガガギャガと大音量でギターイントロが
流れ始める。

これはCLAYのヒット曲『レイジア』だ。
レイジア、という実在するのかしないのかわからん女かなんかのことを
歌った曲で、一時(俺がまだ小学生だった頃だろうか)は街中でこの曲が
流れていたほどだ、とか思ってる間に歌い出しまで3・2・1……。
321まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/12/25(火) 01:37:24 ID:???



 レイジア 君は甲殻 時に流線型すら厭わぬフォルムで 東雲を紅く染めるよ
 レイジア 君は望蜀 塗り潰された視界さえ飽き足らず 灰色の街を駆けるよ

 勧善な世の中は いつだって吝嗇気味で
 如才なく飛び回るその姿 ブラウン管の向こう側で群像が微笑う

 レイジア 君は文学 平積み 一冊29万円 消費税込み据え置き価格

 懲悪さは既に臨界点 流れを読まないアイデンティティー
 今夜も鋏を片手に飛び回る 無辜な群像 満員御礼ホスピタル

 外形を成さない修羅場思考 鬱積する独自な理論は 胃の奥で気化せず
 体型も気にしない 肘から突き出た円月輪 ボタン一つで飛び出すマット
 動機はいつも不順な月経 辺り構わず発狂 発狂

 ライライラライライララララララライ 嘘吐き女
 ライライラライライララララララライ 嘘喰い女
 ライライラライライララララララライ 嘘死に女
 ライライラライライララララララライ 気付いた時にはトゥーレイト

 レイジア 君は踊る 仄暗い部屋の中で踊る 


322まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/12/25(火) 01:42:34 ID:???



俺は無我夢中でマイクに向かって叫んだ。
原曲はかなりキーが高いのだが、今バックで流れてる伴奏は
俺のキーに合わせて流れているのでわりと歌いやすかった。

ていうかカラオケだなこれ!

でもステージに上がって何もしないよりはいいだろうと思って
俺は頑張って頑張って最後まで歌い切った。

オーディエンスの反応も上々だった。
みんなぴょんぴょん跳ねていた。
我ながら上出来である。

しかしハナちゃんは一人冷めた目をしていた。
曲が始まる前と同じように、腕を組んだままで退屈そうに。

『へたくそ』

湧き上がる歓声に消されることもなく、ハナちゃんの掠れた声が
俺の胸に突き刺さった。


俺の歌はハナちゃんに届かなかった。

いや、届くわけがない。
だって俺の歌じゃないもの。

そりゃそうだ。
323まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/12/25(火) 01:49:26 ID:???


『かーえーれっかーえーれっ』


突然の帰れコール。
ステージの下の群衆が一斉に色んな物を俺に投げつける。

スカンポコッバササボフベチャリゴスッ。
空き缶、バケツ、雑誌、トイレットペーパー、雑巾、牛乳瓶……容赦のない投擲が始まった。

スカンネチョッピココココンガスッ。
しまいにはタライ、おにぎり、ドラえもんの手、鉄アレイまで飛んできた。殺す気か。

次から次へと飛んでくる危険物をかわしきれず、俺はステージの上で一人ダメージを
受け続ける。

俺は目を閉じてうずくまり、必死に耐えて耐えて耐えまくる。

痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いんだよアホ! 

あまりにも執拗な攻撃に堪え切れず、飛んできたものを闇雲に叩き落して俺は叫んだ。
324まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/12/25(火) 01:53:33 ID:???
「誰がアホだこのガキ」

オッサン。
目の前にオッサンの顔。


「うわっ!?」

夢オチ!
俺は体をよじって後ずさる。
どうやら気を失っていたらしい、ということに気付くと途端に全身に痛みが走る。

「おい、助けてもらってその態度はねーだろう」

なめくじのようにズリズリと地面を這う俺を見てオッサンが呆れたように言う。

助けてもらって? 

オッサンの不可解な言葉に俺の思考と体は一瞬停止を余儀なくされる。
そして数秒も経たないうちに俺は理解した。
325まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/12/25(火) 01:55:06 ID:???
どれぐらい気を失っていたのかわからないが、とにかく一つ言えるのは
時代錯誤な暴力オジサン達に拉致り殺されるという未曽有の危機は回避出来たということだ。
 
「ま、礼を言われる筋合いでもないけどな」

そう言ってオッサンは夜だというのに懐からグラサンを取り出してスチャッとかけると
悠然と歩き去って行ってしまった。

足元に転がっているチンピラ共を蹴飛ばしながら。









326まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/12/30(日) 23:33:58 ID:???
   17.蚊帳の外



翌日。
冷えピタを貼りまくったおかげか思ったより顔の腫れがひいてくれたので、
俺はちゃんと学校に行くことにした。
あまりにもひどい状態だったらファンが悲しむので休もうかなと思っていたのだが。


学校へ行く途中、サユに出会った。

「おはようジェノ……ぎゃっ何その顔」

妥当なリアクションありがとう。

「いやぁちょっとね。名誉の負傷ってヤツだよはっはっは」

と軽く誤魔化したがそれで「あぁそうなんだー」で納得するのはよほどの天然か死ぬほど俺に
興味のない奴だけだろう。当然サユは「なんで?」「どうして?」「なにがあったの?」と
心配そうに聞いてきたのだが、昨日の出来事を一から説明するのは少々面倒だったし、
何より要約するとよくわからない理由で俺がボコボコにされましたというだけの話なので
俺は強引に話題を変えることにした。

「ミサは? 一緒じゃねーの今日」
「……ん? うん」
「は? なに?」
「んーん」
「なんスか」
「なにも」
「えぇ……?」
327まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/12/30(日) 23:42:14 ID:???
別にサユといえばミサ、ミサといえばサユ、というほどいつも一緒にいるわけではないが、
朝は大体一緒に来ているのは知っていたので聞いただけだ。なのになんだこの反応は。
思い当たることは一つだった。

「……昨日の件か?」

昨日の昼休み、ミサは職員室に呼ばれたとかなんとかでパンツを見せながら駆けて行って
そのまま戻って来なかった。サトチーとポンコは何か事情を知っていたようだがさっぱり
教えてくれなかったし。

「うん……たぶん」

ちょっと伏し目がちにサユは言う。

「でも別に来れないってわけじゃないと思うよ」

なんだそりゃ。

「つうかあいつ昨日なんで呼び出しくらったの?」
「え? ジェノ、知らないの……?」
「知らんよ。誰も教えてくんないし」
「そうなんだ……」

沈黙。
俺とサユは黙々と歩く。

え? 終わり?

またか。また俺だけ仲間外れなカンジなのかとちょっとショックを受ける。
というかもしかして俺だけが知らないのだろうか。
328まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/12/30(日) 23:53:22 ID:???
「座玖屋さんの歓迎パーティーには来ると思うんだけど……」
「ふーん」

そうか。
歓迎パーティーねぇ。
なんだと。

「なにそれ」
「え? ジェノ、知らないの……?」

知らんわ!
思わず叫びそうになったが気持を落ち着かせて詳しく聞いてみると
サユの言葉そのままの意味らしい。
一体いつの間にそんな企画が立ち上がっていたのだ。

「誰がそんな企画を」俺に黙って。
「サトチーとかが、って聞いてたからジェノも一緒なのかと思ってたんだけど」
「あぁそう……」

なんなのあいつら。
ちょっとひどくないか。
そんなこと一言も言ってなかったぞ。

「昨日夜にメール来てたよ」

あぁそう……そうなんだ。
じゃあ仕方ないね。
329まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/12/31(月) 00:04:58 ID:???
なんだか胸がキューンてなった。
俺って生きてる意味あんのかな。

「結構人集まるみたいだよー」

そうですか、と相槌を打つのが精一杯だった。
なんかもういいよほんともうどうでもいい。

色々聞きたいことはあったが、もういい。今はいい。

寂しい。









330まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/12/31(月) 00:17:32 ID:???



   ◆



教室に着くと、窓際に人だかりが出来ていた。

「これ、これ! この消しゴムすっげーいい匂いするからあげるよ!」
「座玖屋さん座玖屋さんねぇ写メ撮っていーい?」
「歴代の総理大臣ぜんぶ言える?」
「今日放課後カラオケ行こかなーい?」

転校生を囲むクラスメイトは角砂糖に群がる蟻のようだ。
……などと教室の入り口で何故か嫉妬混じりな俺は何なのだろう。
こういうひねくれたモノの見方はよくないな。

沸き立つ無様な感情をぎゅっと腹の底にねじ込んで、俺は自分の席に向かった。
その時、転校生がこっちを向いたような気がしたが、俺は思わず俯いて彼女と目を合わせるのを
避けてしまった。あの子は何も悪くないのに。むしろいい子なんだけど。

「おはよう、ジェノ君」
「うぉ、おぉう」

一人で勝手にバツの悪い思いをしていると背後からサチコさんに挨拶され、俺は慌てて振り返る。

「なに慌ててるの」

俺の挙動が不審だったのか、サチコさんは力なく笑ってそのまま俺の横を通り過ぎて行った。
随分とテンション低いな。
まぁ朝だし、サチコさんだし、『キョドりすぎ気色ェ〜!』とか言われても困るが。
331まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/12/31(月) 00:24:49 ID:???


「すごーいほんと髪の毛超きれい。地毛だよね?」
「美味しいたこ焼き屋さんあるんだけど今度一緒に行こー」
「映画とか観るヒト?」


自分の席に着いたものの、転校生に群が……もとい転校生と楽しげに話しているみんなの声が
妙に耳障……もとい心をかき乱す……あんま変わらんな。とにかくなんか居心地が悪かったので
俺は逃げるように教室を出た。


「おっ……」
「ん」

廊下に出たところでばったりポンコに出くわす。
昨日の昼休みからどうも気まずいので俺は咄嗟に言葉を詰まらせてしまうがそれはポンコも同じだった。
2秒ほど無言で視線を交わして、とりあえずで俺は「おう」とか言う。するとポンコも「あぁ」とか
微妙な返事。

「……サトチー見た?」

また3秒ほど沈黙が続き、億劫そうにポンコが口を開いた。

「いや、今日は見てないな。俺も来たばっかだし」
「……あぁそう」
「つうか昨日なぁ。大変だったぞ」
「なにが?」
「バイト終わったあとにな……」

俺は一応周りに人がいないか確認してから、昨日のことをポンコに話した。
332まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/12/31(月) 00:30:57 ID:???
昨日はあのあと、ちょっとだけ駅の周りを探してみたがサトチーは見つからなかった。ハナちゃんもだ。
あまりウロウロしてるのもヤバいと思ったので早々に帰宅した俺はまずサトチーの携帯に電話してみたが
繋がらなかった。
それから母ちゃんにどうしたのその怪我あんたどこでなにしてたのあーやだやだ
あんたまさか警察の厄介になるようなことしてるんじゃないだろうねこの馬鹿なんて小言を
2時間言われ続けてからもう一度電話をかけてみたがやっぱり繋がらなかった。
さすがに心配になってきたので今度はサトチーの家に電話してみたのだが、なんとサトチーは既に
家に帰っていたらしかった。ただ電話に出たのはサトチーの母ちゃんで、オバサン曰く
『サトチーは帰って来てまたすぐどこかに出かけたよ』とのことだった。

はぁ? なんじゃそりゃと思った俺は『どうもありがとう』と礼を言って電話を切ってまたすぐ
サトチーの携帯に電話をかけた。コール音はちゃんと鳴っていた。
オバサンと会話した限りではサトチーが怪我してたとかそういったニュアンスは読み取れなかったので
まぁ逃げ切ったのは間違いなかったのだろう。ということは俺からの電話を故意にシカトしてるのだ
あいつは! と思うとなんだか無性に腹が立ってきて俺は受話器を置いた。あいつのことだから
またどっかの女と遊びに行ったのだ! あんなことがあったのに! なんて奴だ! うらやましい!

そんなこんなで心配するのも馬鹿らしくなって俺はメシ食って寝たのだった。
これが昨日の話。

俺はそこまでの話を、ハナちゃんに関する全てと、俺を助けてくれたあのオッサンの素性については
ポンコに何も話さなかった。素性といっても実際にあのオッサンが何者なのかは知らないが。
昨日の放課後に俺達を見張ってたくさいことや、助けてもらった時に交わした会話の内容を伏せて
さらさらっとポンコに説明してやった。
333まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/12/31(月) 00:37:26 ID:???
「マジか。あっぶねーなぁ。お前らバイト行くのやめた方がいいんじゃないの?」
「だなぁ。しばらく駅前行くのやめた方がいいかもしれん」
「つーか……何なんだ? そのオッサン達」
「え? さ、さぁ……何なんだろうな。若者が嫌いなんじゃないの」
「しかしそのジェノ助けたっつーオッサンすげーな。そいつこそ何者だよ」
「さ、さぁ? 通りすがりの格闘家かなんかじゃないの」
「強すぎだろ」

上手く誤魔化せたかはわからないが、ポンコはそれ以上細かく追及してはこなかった。
そこで俺はふと気になったことがあった。

「あれ? ポンコお前、サトチーと連絡とってないの?」
「いやメールは何回かやったんだけどな。ほらパーティーの件で」
「あぁ、それだそれ。なんだそれ。俺聞いてねぇぞ」
「決めたの昨日の夜だしな。でももう知ってんだろ? じゃあいいじゃん。それより」

と、ポンコは急に辺りを気にしたように小声になって話す。

「……サチコと喋った? 今日」
「は? なんで」
「なんか言ってたか?」
「えぇ? いや別に……なんだよ」

真面目な顔つきで言うので何かと思ったら、何故サチコさんなんだ。
334まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/12/31(月) 00:43:20 ID:???
「いや色々うるせぇだろあいつ」
「あぁーそういうことか。パーチーの件か」
「うん、まぁ……それとか、色々だけどさ」
「色々ってなんだよ」
「色々、だよ。色々」
「だからなんだっての。お前らほんと最近俺を……」
「あ、ヤベぇこっち来た! じゃあのジェノ」
「おい!」

文句を言う間もなくポンコは隣の教室に駆け込んでしまう。
そして気配を感じて振り向くとそこにはサチコさんがいた。

「……もう先生来るわよ」

一言、そう言って、サチコさんは踵を返して教室に入って行った。
サチコさんに続いて俺が教室に足を踏み入れると、見計らったようにチャイムが鳴った。


   ◆


「ジェノ」

昼休み、パンやらなんやらを片手に自転車置き場に向かう俺に声をかけてきたのはジニだった。
335 ◆K.tai/y5Gg :2007/12/31(月) 00:43:37 ID:???
支援
336 ◆K.tai/y5Gg :2007/12/31(月) 00:45:32 ID:???
支援
337まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/12/31(月) 00:48:12 ID:???
「おう。なんだいジニ君。僕と一緒にランチしたいの?」
「いや別に」
「あ、そう」
「土曜日のことなんだけど」
「は? 土曜?」
「え? パーティーやるんじゃないの? パーティー。お前ら実行委員みたいなもんなんだろ」
「またその話か」
「なんだよ。なに怒ってんだ」
「怒ってねぇよ。そんでなんだよ」
「いや、なんだかんだで結構集まるみたいだしさ、場所とか時間とか……あと参加費とか
 どうなってんのかなと思って」
「はっはっは。企画の進捗状況が気になるって? 根っからやのうお前」
「なんだよ根っからとか言うな。別にそんなんじゃなくてさ」

俺のツッコミにちょっと恥ずかしそうに頭をかくジニ。
根っからだよお前。

「ウチのクラスの奴らもほとんど参加するみたいだし……全クラスそんな感じみたいだぞ。
 これパーティーっていうか学年集会みたいになるんじゃないの? 大丈夫か?」
「え? マジかそれ。来過ぎだろ。てかなんで他のクラスまで」
「みんな受験モードに入る前になんかしたいんだろうな」
「文化祭も来月あるだろうが」
「まぁそれはそれ、ってことじゃないの?」
「わりとアホばっかだなこの学校。勉強しろよ」
「お前が言うか?」

黙れ。

「これだけの人が集まるってのにいくらなんでも今度の土曜は急過ぎないか?」
「そうだな。グダグダになるんじゃねぇの」
「えぇ? なに言ってんだ今更」
338 ◆K.tai/y5Gg :2007/12/31(月) 00:50:23 ID:???
 
339まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/12/31(月) 00:50:31 ID:???
だって俺なんも知らんもん。
サトチーとかに言えよ。
大体、パーティーとか言ってほんとはちょっとしたお茶会みたいなノリだったんじゃないのか。
そんな大人数で集まるなら適当には出来ないだろう。ほんとどうすんだ。

「それで場所は?」
「えーっとな。どこだっけな」
「おいおい」
「まぁまぁ。気にすんなって」
「するに決まってんだろ。ほんとに大丈夫か」
「うっさいなもう。大丈夫だろ、たぶん。果報は寝て待てよ。じゃあの」
「なに言ってんだ……待てって! おい!」

ジニがなんか喚いてるけど無視。

しかし確かにこのままじゃとんでもない大コケ企画になるぞこれ。

俺を除け者にしやがってちくしょうプリプリ〜! とかスネてる場合じゃないな。
なんだかんだいって俺もお祭り好きなのだ。やるならばとことん騒ぎたい。

こうなったら本気出すしかない。
なんだか俺ワクワクしてきたぞ!

いつの間にかテンションが上がってきて、俺は自然と廊下を走りだしていた。
340 ◆K.tai/y5Gg :2007/12/31(月) 00:51:10 ID:???
 
341まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/12/31(月) 00:52:25 ID:???

   ◆



自転車置き場に行くと、既にポンコが来ていた。
パンを齧りながらなにやら電話中である。

俺はとりあえず無言でポンコの隣に腰を下ろした。

「うん……うん、わかったー……じゃ、一緒にそっち行くわ。
 あぁ、はいはい。わかってるわかってる。はいはーい」

チラッと俺を見て電話を切るポンコ。

「ん? なんだ? 誰と喋ってたん?」
「サトチー。今からこっち来てくれってさ」
「サトチー? あいつどこいるんだよ学校にも来ないで」
「今P0NIEに向かってるってさ」
「P0NIE!?」

P0NIEとはこの街にあるライブハウスだ。
なんでそんな所に。
342 ◆K.tai/y5Gg :2007/12/31(月) 00:53:52 ID:???
 
343まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/12/31(月) 00:54:06 ID:???
「あそこを会場に抑えるつもりらしい。ERINGIの店長に口利いてもらってこれから交渉するんだと」
「マジか。無理だろたぶん……」
「まぁ向こうも商売だしちゃんと金払えばイケるんじゃね?」
「いやぁでもあそこはなぁ……」

この街のバンドマンから聖地とまで言われるような敷居の高いハコだぞ。
中学生のパーティーなんかに使わせてくれるのか?

「っていうかサトチーはなんで俺ら呼ぶの」
「もう借りる気満々なんだろ。時間もないし速攻で準備するつもりなんじゃね」

素晴らしい行動力だと褒めてやりたいが、なんでもかんでも勝手に決めんなよあの野郎めが。
まぁいいけど。

「という訳で行くか」
「午後の授業はぁ?」
「なに言ってんだ今更。ほら早く」
「え〜せめてメシだけ食べさせてよぅ」
「きめぇよ。いいから早くほら」
「んもう……」


サチコさんにバレたらなに言われるかわからんぞ、と思ったが口には出さないでおいた。




344 ◆K.tai/y5Gg :2007/12/31(月) 00:55:02 ID:???
 
345 ◆KYuSyUA/K2 :2007/12/31(月) 00:57:25 ID:???
 
346 ◆K.tai/y5Gg :2007/12/31(月) 00:58:15 ID:???
931 まーりあ sage New! 2007/12/31(月) 00:55:46 ID:???
今夜は……というか今年はこれで終わりです(たぶん。間違いなく。たぶん)

ありがとうございました。





くーちゃん。二人で恥ずかしがろうか
347 ◆KYuSyUA/K2 :2007/12/31(月) 01:00:02 ID:???
くっ・・
348おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2008/01/04(金) 01:51:47 ID:Y7+2+s/h
保守
349おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2008/01/04(金) 22:57:07 ID:GgtNSpvi
てすと
350まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/10(木) 22:33:23 ID:???
   18.無駄足もいいとこ



ライブハウスP0NIE。
晴刷市最大のキャパシティを誇るハコであり、過去数十から数百もしかして数千さすがにそれはないか
まぁとにかく多くのプロを輩出してきたこの街で活動するバンドマンの憧れの聖地なのだ。
ちなみにP0NIEは『ポニー』と読むのだが、よく見ると『ピー“ゼロ”エヌアイイー』である。
何故アルファベットのOじゃないのかというと、ゼロからのスタートみたいな意味が込められている。
今俺が勝手に決めたんだけど。まぁ大体そんな感じだろう。たぶん。
ちなみには駅から徒歩5分ほどの所にある。

さて学校を抜けだした俺はポンコと共に今まさにP0NIEの前に着いたところである。

「で、どうすんのこれ。入っていいの?」
「いい……んじゃね? サトチーももう着いてるだろうし」
「そっか」

俺は頷く。
ポンコも頷く。

俺は黙る。
ポンコも黙る。

俺は動かない。
ポンコも動かない。
351まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/10(木) 22:36:22 ID:???
「え、いや……行こうぜ」
「ん……おう」

俺は頷く。
ポンコも頷く。

俺は黙る。
ポンコも黙る。

俺は動かない。
ポンコも動かない。

「お前先に行けよ」
「お前が行けよ」
「いいから行けよお前が」
「なんでだよお前が行けって」
「いやいいっていいから行けってお前が先に」
「無理すんなって大丈夫だからほら行けよ」
「なんだよ。いいのか? お前こそ無理すんな」
「してないって。ほら、ほら」
「いやいやそっちこそ……」
「どうぞどうぞ」
「あ、じゃあお先に……ってそんなわけあるかーい」
「サトチーに電話しろよ。中にいるなら迎えに来いって」
「おう」

いくらERINGIの店長に口利いてもらったからってギターすら持ってない中学生にはやっぱり入り辛い。
ここはそういう所なのだ。
352まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/10(木) 22:41:07 ID:???
「あら? おい、出てきたぞ」
「え?」

ポンコが携帯を取り出しそうとした時、中からサトチーが出てきた。
俺達が店の前でつったっているのを見つけると、サトチーはえらく渋い顔をして言った。

「ダメだ。無理っぽい」

サトチーは両手を交差させて首を大きく左右に振る。

「マジ無理。全然無理。超けんもほろろッス」
「やっぱな……だと思ったよ」

まぁ当然といえば当然だ。
ていうか借りられると思ってたサトチーにびっくりだ。

「ちゃんと使用料払うって言ったんか?」とポンコ。
するとサトチーはまたも大きく首を左右にふる。

「そういう問題じゃねーって言われたよ」
「なに?」
「ここはライブをやる所でパーティー会場にあらずってことだろ」

吐き捨てるように言ってサトチーは歩き出す。

どうやらあっさり引き下がるらしい。
だったら呼ぶなっつうのと思ったが、中に入るのにビビッていた俺はちょっとホッとしていたりした。

サトチーがなにやらブツブツ言いながらどんどん歩いていくので俺とポンコも仕方なくサトチーの後を追う。
その時、後ろでドアが開く音がした。

「おぉい、忘れ物だぞ」
353まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/10(木) 22:46:13 ID:???
俺が振り返るのとほぼ同時に、P0NIEの中からオッサンが出てきた。

「おい、忘れ物だぞ」

ビニール袋を掲げながらオッサンはもう一度言う。
これがP0NIEの店長か。

「あ、すんません……」

どうやらビニール袋はサトチーの物だったらしく、サトチーは慌ててオッサンの元に駆け寄った。

P0NIEの店長と思しきオッサンは見た目からしてカタギに見えなかった。
といっても昨日俺を追いまわしオッサンらとはちょっと雰囲気が違う。
結構いい年こいてるはずなのに金髪だし、革パンだし、ピアスまでしてやがる。
うーんこういう大人ってどうなんだろうと俺がジロジロ見ていると、視線に気づいたのか
オッサンが俺の方を向いた。俺は慌てて視線を外す。

そうすると今度は視界の端っこに捉えたオッサンから熱い視線が俺に注がれているのが伝わってくる。
ビシバシ感じる。ヤバイ。なにメンチ切ってんだとか言われたらどうしようと内心ドキドキしていると……。

「おい……」

深みのある声。オッサンがゆっくりとした足取りで近づいてくる。
ヤベぇ。心臓がバクンバクン言ってる。
が、仮にも聖地と崇められるような店を仕切っていて社会的に身元もはっきりしているような
大人がメンチ切られたぐらいで蛮行に及ぶだろうか。まずありえない。
しかし最近の俺のオッサン運は最悪だ。
何が起きるかわからない。

俺は何も聞こえてないふりをしてこの場を離れようと思った。
瞬時に超離脱モードである。これも経験か。ここ数日に出会ったおかしなオッサン達のおかげで
俺は危険なオッサンとそうでないオッサンを識別出来るようになったのかもしれない。
354おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2008/01/10(木) 22:52:17 ID:W/rh0SaL
支援
355まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/10(木) 22:53:23 ID:???
「おい、ジェノ。待てって」ポンコが俺を呼びとめる。黙れ。「ジェノ……やっぱりそうか」とオッサン。
ヤベぇ殺される。いや殺されはしないだろうけど殴られる……『やっぱり』ってなんだ?

俺は思わず立ち止まる。
振り返ると、険しい表情でオッサンが俺を睨みつけていた。

「そうか……三井銅鑼中学だったな」オッサンはじっと俺の目を見据えて呟く。
「あ、はい。そうッス」俺は答える。

オッサンの熱い熱い熱すぎる視線がひたすら俺に注がれていた。
俺に恋してんのかというほどに。

「……他に借りるアテはあるのか?」
「いや……わかんないス」
「お前達、演奏は出来ないのか」
「あ、すんません。無理です……」

演奏も出来ないような奴が来ていい所じゃないのだと暗に言われている気がして、思わず謝ってしまった。

「だけど、ギターが欲しくてバイトしてるんだろ?」
「え? あ、はい」

ERINGIの店長に聞いたのか。

「いつかお前がここで演る日は来るのかな」

ゴツイ手が俺の肩にズシリと置かれる。

重い、重い手だった。
オッサンの人生そのものが詰め込まれているような重さだ。
一見好きなことして人生をエンジョイしてるように見えても、やっぱり大人は色々あるんだろうか。
356おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2008/01/10(木) 23:00:49 ID:???
test
357おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2008/01/10(木) 23:01:02 ID:???
セフィロス
358まーりあ:2008/01/10(木) 23:12:05 ID:???
てすと
359まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/10(木) 23:16:43 ID:???
 
360アルケミ ◆go1scGQcTU :2008/01/10(木) 23:26:06 ID:???
テスト
361tesuto:2008/01/10(木) 23:28:26 ID:???
-34-

テーブルを挟んで彼の正面に正座し、僕もスパゲッティを食べる。
せっかくフォークを持ってきたので二刀流で食べてみた。おいしい。

でも、何かがおかしい。いや、何もかもがおかしい。
こういう感覚はよく知っている。何というんだっけ・・・。
こういう感覚に陥っているときほど、こういう感覚を自覚できないんだ。
彼がスパゲッティを食べ終わった。
そのまま彼は立ち上がり、僕の隣に腰掛けた。
あれ・・・?逆光じゃないのに顔がよくみえない・・・?
彼は少しずつ距離を狭めてきている。
彼の右手が僕の背後を静かにゆっくりと通り過ぎる。

こいつは誰だ?
僕はこいつを知っているのか?
知らないんじゃあないのか?
知らない奴だ・・・!こんなのに抱かれるなんてありえない!!気持ち悪い!おぇっ!
「こういう感覚は・・・」僕は思った。

このまま掴まれるのはヤバいんじゃあないか・・・?
しかし、既に彼の右手は僕の右腕に触れつつある。

「うああぁぁぁあああああ!!」

左手に持っていたフォークで振り払おうとしたが、あっさりと手首を掴まれてしまった。
そして掴まれた部分から左手首がまるでポッキーのように折られた。

「うあぁぁあああ・・・この感覚は・・・夢だ・・・!」

目を覚ますと僕は元の廊下にいた。リアリティのある「ままごと」だった。
悪夢からは覚めたが、左手が無い。
362 ◆K.tai/y5Gg :2008/01/10(木) 23:50:25 ID:???
てs

そしてなんだこれわ夢にこか
363ニコフ川д゚) ◆nikov2e/PM :2008/01/10(木) 23:50:51 ID:???
長文書けないっていうから長文貼ってみたテストです
364 ◆K.tai/y5Gg :2008/01/10(木) 23:54:40 ID:???
ダメかな。進まん進まんいってるけど進むんじゃね
365おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2008/01/10(木) 23:56:04 ID:???
両名おつつ
366 ◆K.tai/y5Gg :2008/01/10(木) 23:58:35 ID:???
にこ専ブラ何使ってんの
367ニコフ川д゚) ◆nikov2e/PM :2008/01/11(金) 00:00:18 ID:???
JaneDoeStyle
368 ◆K.tai/y5Gg :2008/01/11(金) 00:00:56 ID:???
page.24 「二人」


  「まだ〜? 急がないと遅刻しちゃうよ?」

古臭いガレージの中に透き通る声が響き渡る。
369 ◆K.tai/y5Gg :2008/01/11(金) 00:06:41 ID:???
どれ、ちょっとテストがてらキモハーゲニコフをいう固定について語ってみようと思う。

周知の通り、設定上は全裸美女ではあるが、昨年末の忘年会にてそれが完全否定され
ショックを受けた名無しも少なくないと聞く。


そのキモハーゲニコフの最大の魅力は、「優しさ」でも「癒しスキル」でもない、なんといっても
ってキモハーゲニコフをタイピングするのが少々疲れてきた。ここからどう埋めよう。俺には無理だ。
ガッツが足りない。ガッツが足りないといえばキャプテン翼だが、いいかげんはちみつくまさんは
東方サッカーどうにかなりませんかね。あんな狭ッッッッまい範囲にしか通じない、それでいて
ハイクオリティな小ネタ満載の素晴らしいソフトなのに何がバグだよ意味がわからねえど畜生が。
370おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2008/01/11(金) 01:04:37 ID:???
で、にこふとは?
371まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/12(土) 00:36:40 ID:???
test

>>370
打ちきりみたいですね
372まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/12(土) 00:41:41 ID:???
   19.ほんとにパーティーやるのか!?



P0NIEでアホのように断られた俺達は来々々々軒に向かって歩いていた。

「お前なーそんなもん無理に決まってるだろー」と俺はわざわざ呼びつけたサトチーに
とりあえず文句を言う。

「いやぁ借りられると思ったんだけどなぁ。ケチくせぇなぁ」
「そういう問題じゃねー……って、言われたんだろ?」
「言われたよ。だからもう何も言うな」
「ったく。アホめ」
「うっせ。……それよりジェノ、お前思ったよりボコられてないのな」
「あ! そうだお前この野郎」

すっかり忘れてた。
急に体の色んなとこが痛くなってきたぞ。

「死んだかなーと思ったけど元気そうでなによりだぜ」
「まったくだよボケ! そっちこそ無傷そうでようござんしたね!」

サトチーは綺麗な顔をしていた。
綺麗といってもキモイ意味じゃない。
どこも怪我してないようだった。
おかげで昨日のことも言われるまで思い出せなかったほどだ。
373 ◆K.tai/y5Gg :2008/01/12(土) 00:46:48 ID:???
 
374まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/12(土) 00:50:18 ID:???
「お前ちゃんと逃げ切ったんだな。逃げ足の速いこって」
「ん? んー……そうな」
「帰ってから電話したのに」
「悪い悪い。急用でさ。ま、お互い生きてたんだしもういいじゃん」

適当だなこいつ。
まぁ俺も人のことは言えんか。
それに突き詰めると元々の原因はハナちゃんのせいだけど俺のせいでもあるし
つっこまれたら面倒だしもういいや。


「ところでそれ何? ジュースならよこせ。ここまで来てやったんだから」

サトチーがどうでもよさそうに手首にひっかけているビニール袋が気になったので聞いてみた。

「ん? これ? トランプ」
「は? トランプ?」
「そう。コンビニで買った」

なんでそんなもんを。

「いやパーティーだろ? パーティーつったらお前……手品やるしかないっしょー」

あぁそう……。
375おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2008/01/12(土) 00:53:55 ID:???
 
376 ◆K.tai/y5Gg :2008/01/12(土) 00:53:57 ID:???
 
377まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/12(土) 00:59:21 ID:???
「手品出来んの?」
「出来ねぇよ」
「出来ねぇのかよ」
「そりゃ出来ねぇよ」
「出来ねぇのになんで買うの」
「練習すんだよ」
「今から練習したってお前……無理だろ」
「いやイケるだろ手品ぐらい。当日はきっちりハト飛ばしてやるよ」
「トランプで!?」
「シルクハットないとキツいかな」
「キツいだろな。ドンキかどっかいけよ。売ってんだろ」
「ハト付きで売ってるのか?」

俺は今、人生でベスト5に入るほど無益な会話をしている。

「ジェノ、お前なんか手品出来ないの? トランプで」
「はぁ? ネタすら用意してないのかよ」

行き当たりばったりな奴だなほんと。


   ◆


来々々々軒に着くと、店長が険しい表情で俺達を出迎えてくれた。

「お前ら学校はどうした」
「休校日です」
「制服着てるじゃねぇか」
「すいません嘘です」
「じゃあ皿洗えよ」
「嫌です。とりあえずなんか食わせてください」
378 ◆K.tai/y5Gg :2008/01/12(土) 01:01:03 ID:???
 
379まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/12(土) 01:09:18 ID:???
最近のガキはどうのこうのと小言を言いながらも店長はラーメンを作ってくれた。


「とにかくーどっかいい場所見つけないとなぁ」

ラーメンが出来上がるのを待たずにサトチーが切り出す。

「どうすっかなぁ」
「どうっすかなぁてお前、マジでどうすんの? もう明後日だぞ」
「うーん絶対借りられると思ってたんだけど」
「適当だな〜! これはコケるわ」
「大丈夫だって。なんとかなるって」

サトチーはのんきに笑う。
楽天家過ぎるぞ。

俺達は思いつく限りの候補を挙げてみたが、どれも現実的に使用出来そうな場所ではなかった。
デパートの屋上なんてアホな案が出たがもちろん即却下である。俺だけど。

ほどなくしてラーメンが運ばれてくると、みんな無言で麺をすすり始めた。
場所は決まりそうな気配すらなかった。

「仕方ねぇな。とりあえずネタだけでも準備しとくか」

そう言ってサトチーはビニール袋からトランプを取り出した。
しかも二つ。

「ちょ、お前、なんで二つあるんだよ」

テーブルの上に無造作に放り出されたトランプは、どこにでもある何の変哲もない
プラスチックのケースに収められたものだった。一見して新品だとわかる。
二つとも同じ製品のようだ。
380 ◆K.tai/y5Gg :2008/01/12(土) 01:10:54 ID:???
 
381まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/12(土) 01:17:03 ID:???
「練習用と、本番用だよ」

当り前だろ? といった口調でサトチーは言う。
すりきれるほど練習する気なのか。その意気は素晴らしいが……アホだな。

「ネタの準備って言うけど、何も出来ないんだろ?」
「カードの扱いに慣れとかなきゃ話にならんだろ。千里の道も一歩からて言うしな」

うーんアホだ。
心意気は素晴らしいがアホだ。

と、その時俺はふとあることを思い出した。

「あ、ちょっと貸してみ」

俺はテーブルの上のトランプを一つ取る。
するとすかさず「おい! そっちは本番用だって!」とサトチー。知るか。どっちも同じだろうがアホ。
俺は無視してケースからカードを取り出す。

「よし、今からすげぇ技見せてやるからお前らちょっと首の骨折って後ろ向いてろよ」

サトチーとポンコの二人に後ろを向かせてから、ジョーカーを含む54枚のカードの中から、
ジャック、クイーン、キングを全て抜く。スペード、ハート、ダイヤ、クラブの四種類で計12枚だ。
残ったカードは使わないのでケースに収める。

「まだー?」

首の骨を折らずに後ろを向いているポンコが後頭部を俺に向けて言うが無視。
12枚の絵札を半分ずつに分ける。
382 ◆K.tai/y5Gg :2008/01/12(土) 01:18:24 ID:???
 
383おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2008/01/12(土) 01:22:55 ID:???
てす
384ニコフ川д゚) ◆nikov2e/PM :2008/01/12(土) 01:23:39 ID:???
れす
385まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/12(土) 01:24:10 ID:???
「まだー?」

首の骨を折らずに後ろを向いているサトチーが後頭部を俺に向けて言うが無視。
全部裏返しにして、6枚を横一列に均等に並べる。
そんでもう半分の6枚は二人には見えないように膝の上に置いた。これで準備完了。

本当はもう一組のトランプを使った方がいい、というかそうじゃなきゃ速攻でネタが割れるのだが
こいつらはアホだからこれでいいだろう。選り分けるのも面倒だし。

「よし、いいぞ」と俺は二人をこっちに向かせる。二人は裏返しになった6枚のカードを見る。
俺は何も言わずにアホみたいな顔でカードを凝視している二人をしばらく放置してみる。

「……で?」

3秒で痺れを切らしたサトチーが訝しげに口を開いた。

「さて……これから愚鈍なる君達を幻想の世界へいざな──」
「いやいいから。前置きはいいから」
「あ、そう……ノリ悪い客だな。こういうのは演出が大事なんだぞ」
「いや、いいから」

どうやら意外なほど真剣になっているようで、二人は親の仇かというほどに
テーブルの上のカードを睨み倒していた。すり替えなどを見逃さないためだろう。
ふっふっふアホめ。既にネタは仕込み終わっているのだよバカ君達。

「サトチー君」

俺は少し俯いて、サトチーをちらりと上目に見る。

「なんだよ。言っとくけどカードから目を切らせようたってそうはいかないぞ」

とサトチー。ふふふアホだね君は。
386 ◆K.tai/y5Gg :2008/01/12(土) 01:27:52 ID:???
 
387おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2008/01/12(土) 01:28:14 ID:???
支援
388まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/12(土) 01:33:14 ID:???
「君はトランプのカードで何が好きかい」

俺はミステリアスさを演出する為にをサトチーに質問を投げかけた。

「54……いやジョーカーは同じのが二枚だから53か。53枚のカードの中で……君は何が好きかい?」
「はぁ? 別に」

サトチーはカードを見たままめんどくさそうに答える。

「何が好きかい?」
「なんだこいつ。じゃあキング。種類はどうでもいい」
「ほう! キング……ほう!」
「なんだよ」
「そうかいそうかい。キングが好きねぇ……」
「ウゼぇぇぇぇ」

中々いい答えだ。
しかし聞いてから気付いたが、種類まで限定されたらちょっとやりにくくなる気がする。あぶねぇな。
ポンコにも聞こうと思ったがやめとこう。

ちょっと冷や汗をかきながら俺は裏返した6枚のカードを表にしてさっと並べる。
二人は俄然殺す気の視線をカードに注ぐ注ぐ。

「この中から好きなカードを1枚選んで、よぅく覚えていなさい愚鈍なら子らよ」

俺がそう言うと、二人は瞬きもせずカードにメンチを切りながら無言で頷く。
そこで「はい終了」と俺はさっさとカードを二人の目の前から引っさらう。

「おい、隠すなよ。それは卑怯だぞ」

ポンコが俺の手の中に収められた6枚のカードを見ながら言うが、俺は無視してテーブルの下に手を引っ込めた。
389 ◆K.tai/y5Gg :2008/01/12(土) 01:33:37 ID:???
 
390おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2008/01/12(土) 01:44:46 ID:???
てす
391ニコフ川д゚) ◆nikov2e/PM :2008/01/12(土) 01:50:39 ID:???
れす
392まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/12(土) 06:40:35 ID:???
「卑怯? 卑怯だと? くくくズレたことを言うね君はアホだ。
 僕は君達がどのカードを選んだか聞いていないだろう?」

とか喋りながら俺は二人に見せた6枚と、膝の上に置いておいた6枚をするっと取り換える。
サトチーが何か言い返そうとしたのか口を開きかけるが、俺はその前に入れ替えた6枚を持った手をテーブルの上に出した。

「そんで?」

と、苛立ったようにサトチー。

「選んだカードは覚えていますか?」

俺は余裕の笑みを振りまきながら二人に尋ねると、サトチーとポンコは黙って頷いた。

「さぁ、それでは魅せてやろう。今世紀最強のイリュージョニスト俺の美技を」
「いや御託はいいって」
「この中からぁ……ん〜そうですねぇ、これとこれかな?」

俺は6枚の中から適当に2枚のカードを抜く。
そして残った4枚のカードを表向きにしてテーブルに並べた。

「どうです?」
「どうですの意味がわかりません。つーか口調がウゼぇです」
「消えているでしょう? ……君達の選んだカードがッ!」
「……な、なんだってー!?」

ポンコがものすごい勢いでテーブルに両手をつき、立ち上がる。
サトチーはあんぐり口を開けてただただテーブルの上のカードを見つめていた。
393まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/12(土) 07:00:45 ID:???
「え? なんで? マジで?」
「うわー! すげぇ! ジェノすげぇぇぇぇ! なんだこれ!?」
「なんで? なんで消えてんのこれ?」
「ヤッベぇ。こいつマジヤッベぇ。ガチで消しやがった!」
「……ありえねぇ。なんで?」

アホだな。
本当にアホだなこいつら。

「いや、すげぇなジェノ。マジでビビッたわ。これどうやるんだよ」
「愚か者め。マジシャンにマジックのタネを聞くなんて野暮なことはよしたまえよ」
「ウゼぇ……でも、悔しいけどすげぇよ」

ほんとはあまりにもアホらしいので説明するのも嫌なのだ。

「いやしかし……こうなったらジェノ、お前もう手品係だろこれは」

興奮した様子でポンコがわけのわからないことを言い出す。

「これでパーティーは大盛り上がり確定だろ!」
「ちょ、落ち着け……」
「なに言ってんだ! 落ち着いてられるか! これ革命だろが!」
「いやほんとに落ち着けポンコ! こんなしょうもないネタで盛り上げるとか……」
「おいおいーい謙遜すんなよ〜」

なんだこいつテンション上がり過ぎだろ! と思ったがこうも持ち上げられると
満更でもなくなってしまうのが俺だった。ポンコの熱い熱い希望により、俺はなし崩し的に、
しかし割とノリ気で『手品係』をやることになった。元々やる気だったサトチーは
多少ふてくされていたようだが、サトチーの表情には『こいつには敵わねぇしな』みたいな色が
ありありと浮かんでいた。まったくもう。仕方ないなぁ。そこまで言うならやってやるよ。ふっふふ。
394ニコフ川д゚) ◆nikov2e/PM :2008/01/12(土) 07:46:28 ID:???
紫煙
395まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/15(火) 01:06:02 ID:???
私怨
396まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/15(火) 01:08:13 ID:???


   ◆


来々々々軒を出た俺は、サトチーとポンコに後のことを任せて急いで家に帰ることにした。
サトチーから託された二つのトランプをポケットに忍ばせて。
なにしろ本当に時間がない。さすがにあんなショボいインチキ手品でパーティー会場を興奮のどつぼ(?)に
陥れるのは不可能だ。一刻も早くすんごいネタを探して練習するしかない。
本当に時間はないけれど、やるからにはなにがなんでもやってやる。

だけど本当に時間がないんだ。
今日なんて家庭教師がウチに来るしね。
来るのは7時だが、それまでに少しでも練習せねば。まだなにをやるかも決まってないが。
397まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/15(火) 01:11:50 ID:???


   ◆


家に帰った俺は早速ネットでネタを探したのだが、中々ピンとくるものが見つからなかった。
仕方ないのでサトチーじゃないけど少しでもカードの扱いに慣れようと無意味にシャッフルしたりしてるうちに
ピンポーンとインターホンが鳴った。カテキョーのセンセー御到着だ。
俺は一旦トランプを片づけて、部屋を出てセンセーを出迎えに玄関に向かう。


   ◆


さてここで少し時間が前後するが、俺のお勉強タイムの前に『パーティー本当に開けるのか!? 問題』について。

この問題についてはあのあと、来々々々軒から学校に戻ったサトチーとポンコの二人が見事に解決してくれた。
夜にポンコからかかってきた電話によると、会場はなんと我らが三井銅鑼中学校の体育館を使用することになったらしい。
なんじゃそりゃどないやねんと言いたいところだが、どこもおさえられなかったのだから致し方ないだろう。
398ニコフ川д゚) ◆nikov2e/PM :2008/01/15(火) 01:13:26 ID:???
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『コーヒー(HOT)』

香りが運ぶ 温かな予感
カップに注ぐ 真っ黒な愛

濁っていて 濁っていて 濁っていて
どうしても見通せない
その水面に映るのは 黒く歪んだ わたしだけ

あなたを解る スケールは
ミリやミクロの その向こうなの?


香りが包む 温かな苦さ
わたしの中を 蝕む愛

濁っていて 濁っていて 濁っていて
それなのに温かい
その愛情に映るのは 黒く歪んだ わたしだけ

あなたも直に 冷めてくわ
似てるけど違う 味わいと香り

その最後まで 飲み干すの

ねえ、おかわりは もう無いの?
399 ◆K.tai/y5Gg :2008/01/15(火) 01:14:18 ID:???
ふむ
400まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/15(火) 01:43:49 ID:???
学校側から許可が下りるか? というのが唯一の不安材料だったようだが、
申し出てみると意外なほどあっさりオッケーが出たとのこと。
ただしパーティーの翌日の日曜日、後片付けはもちろんのこと『体育館を新築の如く綺麗に掃除せよ』との
条件が出されたとポンコは言っていた。致し方ない。

そして更に二人は各クラスから有志を募ったそうだ。
何しろ準備が出来るのは、金曜日(つうか明日だよ!)の授業が終わってからである。
遅くても9時までしか校内に残ってはいけないみたいな校則があるとかないとかで、
準備期間は限りなく短い。急ピッチで体育館をパーティー会場に仕上げなければいけないのだ。

授業が終わったあとはバスケ部やバレー部が部活で体育館を使用するのだが、
こちらも事情を話して金曜だけどっか外で練習してもらうよう約束をとりつけることが出来たとポンコは
嬉しそうに話していた。意外に無邪気な奴である。
401まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/15(火) 01:47:37 ID:???
そして俺達3人に加え、ジニ、サユ、サチコさんなどなど俺の愉快な仲間達(?)も
実行委員として準備を手伝ってくれることになった。それとよく知らん奴ら数人。

さぁ大変だ。
どうすんだ。
大丈夫か?
大丈夫なのか、これ。
大丈夫なのか、俺。

そういえばハナちゃん大丈夫か?
俺を助けてくれたあのオッサン誰?
何故オッサン運がこんなに悪いの?
そういや今日皿洗いバックレちゃってるな俺。
たぶんサトチーもだろう。
てか腹減ったな。今日晩飯なんだろか。

と、階段を下りている間にも思考はどんどんどうでもいい方向に逸れていく。
現実逃避してる場合じゃないのにね。
402ニコフ川д゚) ◆nikov2e/PM :2008/01/15(火) 01:57:11 ID:???
しえn
403まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/21(月) 17:38:53 ID:???
  20.家庭教師の長い話



「へー、パーティーねぇ。いいなぁ楽しそう」

頬杖をついてセンセーは殺風景な俺の部屋のどこかどこでもなさそうな空間を遠い目で見つめる。

「でも体育館だよ体育館。これじゃマジでただの学年集会」

センセーが何やら楽しげな光景を想像しているようなので俺は現実を述べる。
しかもまだ準備もしてない。

「でも、いいじゃない。そんな風にみんなで集まってワイワイ出来るだけで」
「まぁ……そうかな。そうだね」

俺は適当に相槌を打つが、センセーは何故か溜息を漏らしてちょっと項垂れる。

「はぁ……いいなぁ……ほんとに。羨ましい」

そう呟いて、とうとうセンセーは机につっぷしてしまった。
なんだこの人。
404まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/21(月) 17:52:47 ID:???
「センセー疲れてるんだな。色んな意味で」
「そう、疲れてるのよ〜。色んな意味で」

顔を伏せたまま、センセーは無造作に両手を机の上に放り出した。
俺はセンセーの手にあたらないようにノートとセンセー自作の問題集を机の端に寄せる。

センセーがうちにカテキョーしにくるようになって半年ほどになるだろうか。
確かあれは春休みだった。

ある日、母ちゃんが「お前はこのままいくと本当にダメになるから。色んな意味で」と言って
連れてきたのがセンセーだ。

最初の頃はとにかく勉強勉強勉強勉強で今みたいに雑談したりするようなことは一切なかった。
こんな風にお互い肩の力を抜いて話せるようになったのはつい最近のことだ。

「あぁ眠い……おうち帰りたい……」

机に額を押しつけて、頭をグリグリと振るセンセーはちょっとアホっぽくて可愛い。

「寝てれば? 俺も手品の練習しなきゃだし。時間になったら起こすよ」
「ダメよぅ……私、自分の家のベッドじゃなきゃ寝れないの。
 というか他人の家だとリラックス出来ないタチなのよねー」

どこがだ、と俺は思うが口に出さなかった。
405まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/21(月) 18:17:07 ID:???
「はぁ〜眠い。はぁ〜帰りたい。帰って服脱いでベッドに飛び込みたい」
「あんた一応今、仕事中だろうが! ていうか全裸かよ」
「大丈夫、大丈夫……おばさん来たらちゃんと教えてるフリするから……」

信じられない給料泥棒である。

ちなみにセンセーはどこかのトライ的な所に所属しているわけではなく、俺の母ちゃんに個人で雇われている。
知り合いの知り合いの知り合いかなんからしい。

このように現在は全くもってやる気のない人だが、しかし教えるのは非常に上手い、と思う。わかりやすいし。
でもまぁ俺の成績が上がっているわけではないからやっぱり下手なのか。

「あーいいなぁパーティ……ねぇジェノ君、私も行っていいかな」
「そうね。来たけりゃ来れば」
「わーやったー嬉しいなーあははー……」

どうやら本気で疲れているらしい。
大人って大変だな。

しかし今日のセンセーはいくらなんでもやる気なさすぎだ。
ちょっと心配になってしまう。そんな余裕はないのだけど。

「ところでジェノ君、例のサチコさんとはその後どう?」
「おかげさまでそろそろ求婚してもいいかなってカンジ」
「あ、そう。じゃあまだまだ脈ナシなんだね。ダッサ」

俺とセンセーはこんな恋バナだってしちゃう。
学校の奴らには言えない、センセーだけが知る俺の秘密。
なんか淫猥な響きがする。しないか別に。
406まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/21(月) 18:42:08 ID:???
「んー青春だなぁ」

事あるごとに脈絡もなく吐き出されるこのセリフは対俺用の常套句だ。
俺が学校の話なんかをするとセンセーは必ずこのセリフを言う。もちろん遠い目で。
昔(つってもせいぜい数年前なわけだが)の自分と俺を重ね合わせてどうのこうのしてるんだろう。
たかが二十歳をちょっと過ぎたぐらいなのに何を懐古してるんだか、と思うが俺も何年かしたら
きっと同じことを言うんだろう。

そういやセンセーはハナちゃんと同い年ぐらいだろうか。

センセーはハナちゃんとはタイプが違うが、やはりなんというかこう大人の魅力というかですね、
同年代の女子にはないフェロモン的な要素と言いますか、なんでしょう。俺は誰に何を言ってるのでしょう。

「センセーって彼氏いんの?」

しょうもないことを考えていたせいか、不意にこんな質問が口をついて出る。
今までなんとなく聞かなかった質問だ。

「いないよ」

即答だった。

「そんなもんはね」

一拍置いてそう付け加えると、センセーはすっと姿勢を正して座り直した。
407まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/21(月) 19:22:48 ID:???
「いないの?」
「いねーよ」
「口悪いよセンセー。それじゃ無理だろうな」
「黙れ」

センセーのやさぐれた口調はともかく、意外だった。
聞いといてなんだが意外だった。
たぶん俺はセンセーは美人さんだしシカレの一人や二人や一匹二匹はいてもおかしくないと
無意識に思っていたのだろう。だから今まで聞かなかったのかな。まぁいいや。

「きっとそのうちイイ人見つかるよ。センセー超ドンマイ!」
「そんなフォロー要らない!」

俺は素直な気持ちでセンセーを励ましたつもりだったのだが、
どうやらお気に召さなかったようだ。センセーは殺気の籠った目で俺を睨む。
凄まじいメンチだった。

「まったく……どいつもこいつも口を開けば愛だの恋だの……くだらないわ! くだらないのよ!」
「発狂しないでください。見苦しいです……」

俺は出来るだけソフトになだめようとしたのだが、センセーはどこか可哀想なスイッチが入ったらしく、
場末の居酒屋を思わせる語り口でクダをまきはじめた。シラフで。

「大体ロクな男が寄ってこないのよ。そうだ、それが原因だ。そうに違いない。私は悪くないですよ?」

ですよ? とか言われても困る。
俺はセンセーと目を合わせないようにして黙って頷いた。
408まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/21(月) 20:03:20 ID:???
「はぁーきっと呪われてるんだ私……あ、そうだ。生霊だ。生霊が憑いてるのよ。わかったわ」

そしてここからセンセーの長い話が始まる。
本当に長い話だ。しかもその内容たるや実にすっとこどっこいなもので正直俺は半分以上聞き流した。
もしもこの話を誰かに言い伝えたり文書にして読ませたりしたとしたら、その相手はやはり
俺と同じようにさらりと流すだろう。真剣に聞いても後の人生に役立ちそうな有益な情報は一切ない。
この話を最後まで聞いていられる奴がいるとしたら、そいつは相当な変態なのだろう。
そんな訳で本日の俺の物語は事実上ここで終了となる。シーユートゥモロー俺のファン。
409まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/21(月) 20:19:50 ID:???


  ◆


「そもそもの始まりはあいつとの腐れ縁にあるのね。あいつとは小学校の頃からの付き合いに
 なるんだけど……って別に付き合ってる訳じゃないからね。え? わかってる? あぁそう。
 そうじゃなくて何? ……あぁ、うん、男だよ。うん、同い年なんだけどね。
 名前? うーん、仮にU君としておきましょう。この先ジェノ君があいつとどこかで会ったりしないとも
 限らないからね。特にジェノ君は素行が悪いから。あははまぁこれは冗談だけどね。
410まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/21(月) 20:34:38 ID:???
 あまりヤンチャしてちゃダメだよ。ん? 何してる人って? んー……んん……まぁ、あれだね。
 じゃ、公務員とだけ……何で隠すって、何でだろうね? 彼の名誉の為? 違う違う。
 あいつはね、本っっっっっ当にアレな奴なの、アレ。なんであいつがあんな職に就いてるのか、ってより
 よく就けてるねって感じだね。本当に。まぁとにかく普通に生活してたらまず接点はないと思うけどね。
 たぶんジェノ君はあいつと会うことはないだろうけど、一応伏せておきます。色々と。
 とか言って既に会ってたりしてね。世の中思ったより狭いから。あはは。
 で、そのU君なんだけど……なんか君って付けるのも腹立たしいわね。
 まぁとにかくあいつとは小学校からの腐れ縁なんだけど、そうだねもう結構長いねこうやって思い返してみると。
 小学校からというか、ある意味生まれた時からの付き合いみたいなものなんだけどね。
 私が住んでたのは狭い村だったから。お互いの存在は小さい頃から知ってたよ。……そうだよ村民だよ! 
 自然に囲まれた山育ちですよ! ジャンプも一部地域では発売日が異なってましたよ!
 だけどね自然と触れ合ってすくすくと育っ……ってそんな話はどうでもいいね。
411まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/21(月) 20:54:11 ID:???
 それでこのU君がまたどうしようもない人でね、昔から何やってもどうしようもない人だったの。
 いや行動力はあると思うよ。だけどねぇ、空回りしてるんだよね彼は。いっつも。
 出来もしないくせに学級委員に立候補したりしてね。投票で惨敗だったんだけど。当り前だね。
 だってその時当選したのは誰もが認める凄い人だったもん。うん、彼は凄い人……元気かな。
 ん? あぁごめん、その人はまた別の人だから今回は置いとくね。U君の話だね。
 さてそんなこんなでU君は高校まできっちりセンセーにまとわりついてきたのであった。
 ……話が飛び過ぎって? でも彼のダメ歴史を語るとなると明後日ぐらいまでかかっちゃうから。
 それぐらいダメは奴なんだってこと。とにかく、気がつけばいつもU君がいたね。
 まさに振り返れば奴がいる……知らない? オダユージ。あぁそう。ヤーヤーヤーって。
 やっぱり知らない? チャゲアス。曲は知ってるって? いーまからーいーっしょにーって。そうそう。
 で、U君はまぁ……傍から見ればいい男友達に映ってたのかもしれないけど、とんでもない!
 今にして思えば私に彼氏が出来ないのはあいつのせいに違いないね。そう、呪われてるのは私じゃなくて
 あいつだったのよ。私はとばっちりで呪われてるようなもんね。
412アルケミ ◆go1scGQcTU :2008/01/21(月) 20:54:57 ID:???
支援、したほうがいいのかな?
413まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/21(月) 21:34:13 ID:???
 大体ねぇ、あいつがまとわりついてきてるせいで、ほら……『Uと付き合ってんだろ?』みたいなさ。
 そういう誤解されてたりしてたしね。そういえば。それも大きな要因の一つだったんだろうけど。
 でも全然違うよ? 全っっっ然違いますから! あいつはほんとそんなんじゃないですから。
 ってジェノ君に力説しても仕方ないんだけどね。うん。彼とはそんな関係じゃないです。
 向こうもそんな風に思ってないしね。え? 向こうは私のことが好き……? あっはっは、ないない。
 それはないね。だってさ、あいつってばもう本当に……ダメなのよ! 普通、好きな人の前で
 あそこまでダメっぷりを晒したりはしないでしょう。ほんとにそうだとしたら、
 いくら呪われててももうちょっとカッコつけると思うよ。ダメなりに。でもそんな感じは皆無だね。
 もう朝から晩までダメだもの彼は。前世もダメだっただろうし来世もきっとダメだね。
 もし私が彼で、私のことが好きだとしたらいっそのこと距離を置くもん。
 一緒にいたらどんどん評価が下がるだけだし。ねー? ほんとにもう……ダメだなぁ……彼は。
 でもあれでも結構イイ奴なんだけどね。一緒にいると楽しいってのは事実だし。
 だから今でも遊んでるんだけどね。あ、ところで何もU君だけと遊んでるわけじゃないよ。
 他にも小学校から付き合いある友達もいるよ。そっちは女だけどね。
414まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/21(月) 21:59:00 ID:???
 うーんなんかどんどん変な方向に脱線してるね。私が言いたかったのは如何にU君が私の恋路を
 邪魔してるのかって話のはずなんだけど……えぇとねぇ。そうだねぇ。例えばあれは小学校の時の話だね。
 ほらそこまた小学校から遡るのかよって顔しない! いいから聞きなさい。
 あれは小学校の6年の頃だったかな。バレンタインのちょっと前だね。もすうぐ卒業って時期。
 実は私、手作りのチョコをですね……そのー……渡そうとしてた相手がいて……ね。
 いやU君違う。U君じゃないよー。あんなもんはチロルチョコどころかもう砂糖にカレー粉で色付けたの
 渡しておけばいいですから。実際それに近いものをあげたことはあるし。もちろん義理だけどね。
 じゃあ誰に渡そうとしてたって? それは……それはね。それは……せんせ〜い。なんちゃって。
 あ、やっぱ通じないのね。うん、まぁ実はさっきちょっと出たU君と学級委員の座を争った彼なんだけどね。
 えぇ? 好きだったのか? って? もうジェノ君ってば……何を言うの。いいじゃないそこは。察してよ。
 それでね、友達と材料を買いに行くことになったんだけどさ。街までね。なんせ村ですから。
 で、バレンタイン直前の日曜に友達と待ち合わせた場所に行ったんだけどさ。
 何故かU君がいたの。何故か。チョコ作るなんてことはもちろんどこに何を買いに行くかすら
 言ってなかったのに。友達と二人で密かに計画してたのに。なんでだろうね。U君ってそういう奴なの。
 よっぽどお腹すいてたんだろうね。よくわかんないけど。
415まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/21(月) 22:16:25 ID:???
 でも私としてはやっぱり知られたくないじゃない? いやU君がどうこうじゃなくてね。
 なのにのこのこ付いてくるもんだから頭にきちゃってね。センセー、U君を川に突き落としちゃいました。
 いや笑ってるけど本当に。バス停の後ろが川になってるんだけどね。そこにドンってやっちゃいました。
 えぇ、それはもうビックリしてましたね。あの時のU君の顔は今でも覚えてます。
 待ち合わせてた友達もビックリしてました。
 でもセンセーが一番ビックリしてました。凄いことやっちゃったなこれ、って。
 で、その時ちょうどバスが来たからU君の安否を確認せず乗り込んじゃったわけだけど、
 それが間違いだったね。あの時、上からバス停のベンチ投げ込むぐらいのことやっておいた方がよかった。
 街で買い物済ませて村に戻ったのが夕方だったかな? 村行きのバスが全然ないもんだから街で
 ブラブラしてたんだけどね。待ち合わせてたバス停で降りて私、絶叫したわ。
 日も落ちかけた薄暗いバス停の小屋の中に一つだけあるベンチの上に何か得体の知れないモノが
 蠢いてたの。それがベンチの上で体育座りしてるU君だと気付くのに数秒かかったわ。
 U君は凄い勢いで震えてた。全身に霜がかかってたし、顔が茄子みたいな色になってたっけ。
416まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/21(月) 22:38:02 ID:???
 そう、U君はあの後、川から上がって着替えもせずにずっと私を待っていたの。
 ……引いたわ、正直。自分でやっといてなんだけどキモくて仕方がなかった。
 U君は私が突き飛ばしたことについては何も言わなかった。私も何も言わなかった。いや、言えなかった。
 ある意味U君より凍りついてた私を見てU君は笑顔で一言こう言ったの。『チョコ、ありがとう』って……。
 は? って感じだったね。色んな意味で。U君の言ってる意味がわからなくて私も友達も固まってた。
 そしたらU君が笑顔のまま真横に倒れたの。慌てて大人の人呼んだわ。
 その後U君はすぐに病院に連れて行かれて事なきを得たんだけど、U君はその日から一週間学校に来なかったね。
 命に別状はなかったみたいだけど風邪ひいたみたいだった。そりゃそうでしょうけど。
 で、これは後から聞いた話なんだけど、あの時U君は何をどう思ったのか私がU君にあげる為のチョコを
 買いに街に行ったと思ってたらしいのね。それで私を待ってたんだって。
 それ聞いて私はやっぱり『は?』って感じだったね。だってあの日はもちろん2月14日じゃなかったし、
 U君にチョコあげるつもりもなかったしね。いやほんと……ね? なんかもう色々間違ってるし。
 そういう奴なの。
417まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/21(月) 22:41:04 ID:???
 バレンタインデー当日? U君が休んでる間に過ぎたね。
 手作りチョコはちゃんと本命に渡したのかって? 
 そして相手はどういうリアクションでその後のホワイトデーはどうだったかって? 
 さぁそれはどうでしょう。そんなことよりU君が何故私が街に買い物に行くことを
 知ってたのかってことの方が謎だけどね。アレ、今でも教えてくんないのよ。気持ち悪いでしょ?」









418 ◆K.tai/y5Gg :2008/01/21(月) 23:56:36 ID:???
>なんか淫猥な響きがする。しないか別に。


この辺ジェノクサい
これニコフか
419まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/22(火) 15:37:23 ID:???
   21.リリオカさんのペンネームは『春野ソテツ』



金曜日。
金曜日といえば真っ先に思い浮かべるのが週刊フライデーな俺はオッサンなのだろうか。
いやそんなことはないね。

ちなみに俺が今考えた『金曜日でわかるあなたの性格診断(仮)』というものがある。

13日の金曜日でお馴染みのあのホラー映画を思い浮かべた奴はオッサン。
決戦は金曜日というあの名曲を思い浮かべた奴はオッサン。
結局オッサンばっかりかよ。

朝、教室に着くと今日も今日とて転校生の席のまわりに人だかりが出来ていた。
そういえば自転車置き場で話して以来まともに会話してないな。
420まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/22(火) 15:56:10 ID:???
「おはよー」

俺が教室に入って間もなくサユが来た。元気な挨拶だね。おはよう。
俺が紳士的に挨拶を返すとサユは「ジェノが前歩いてたから追いつこうと
早歩きしてたけど無理だったー」とかなんとか。どうでもいいな。
ってか今日も一人か。ミサはどうしたんだ、ほんとに。とか思ってると
俺の心を見透かしたようにサユは言う。

「今日、放課後手伝いに来るみたい」

お、そうか。ふーん。ってまた俺の知らないところで。
まぁいいけどね。なんかサトチー経由で聞いたとかなんとか。
仲良いねお前ら。もういいよ別に。
ていうか放課後になってから来るって不良か! よくわからんけど。
ちゃんと授業受けろよ。受けられない理由でもあんのか? って聞きたいけど聞けない俺。

その後サチコさんが来て俺とサユと挨拶を交わしてそれから三人で放課後の話をしてるうちに
チャイムがキンコンカンコン。ちなみにポンコは来なかった。まぁいつものことだし、
今日はもしかしたらサトチーと何か準備してるのかもしれない。俺の知らないところでね。
421まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/22(火) 16:30:58 ID:???


   ◆


2時間目の授業のあと、教室に久しぶりの静かな休み時間が訪れた。
転校生の周りに群がってた奴らもトイレにでも行ってるのか職員室にでも
行ってるのか他のクラスに教科書借りに行ってるのかなんなのか、いなかった。
ポンコはまだ来てなかったしサユもサチコさんもどっか行ってた。
たまにこういう時ってある。色んな偶然が不意に重なって生まれるタイミング。

次の授業が始まるまでの僅かな時間、教室にいたのは俺を含めてたったの7人しかいなかった。
一番前の席で机の中をガサゴソやってるヨイノさん(女子)と教室の後ろのドアの前でつっ立って
どうでもいい話をしているマミジマ(男子)とコウラクエン(男子)とフッシー(男子。ちなみにあだ名)と
前のドアに近い席でなにやらノートに絵を描いてるっぽいリリオカ(女子。漫画家を目指してるらしい)と、
素敵な俺(みんな大好き)と、そして転校生。
422まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/22(火) 16:41:47 ID:???
ヨイノさんとは一年の時同じクラスだったが入学以来一度も話したことがない。
彼女が何に笑い、何に泣くのかを俺は知らない。だって興味ないもん。悪いけど。
マミジマとは小学校の時よく遊んでたけど中学入ってからはあんまり遊ばなくなった。
コウラクエンは一時期「ホール」というあだ名が冠せられていたがいつの間にか誰もそう
呼ばなくなった。フッシーは中学卒業したらどっか遠い所に引っ越すらしい。
リリオカがどんな漫画を描くのかちょっと興味はあるがたぶん読ませてもらう機会はないだろう。

みんな俺の知らないところで俺の知らないことをやっている。
知ってることも少しはあるけど、それはほんの一部に過ぎない。
一緒に共有した時間が長ければ長いほど、その相手のことを知ったような気になれるし、
実際ある程度は知ることが出来るのだろう。でもそれはやっぱりほんの一部にしか過ぎない訳で。

例えばジニなんかどうだろう。あいつのことはよく知っているし、あいつも俺のことをよく知っている。
あいつが何に笑うのか俺は知ってる。あんまり泣いたりしないってのも知ってる。
好きな食べ物は何かとか、好きな歌手は? とか。ジニという人間を形成するにあたって
どんなアレがどれぐらいの割合を占めているのか、なんて数値化するのはめんどくさいが
その気になれば出来なくもない気がする。めんどくさいからやらないけど。やっても意味はないだろう。
423まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/22(火) 17:19:42 ID:???
ただ感覚的になんとなーくで「あぁこいつはこういう人間なんだよ」ってのを無意識に捉えているだけで
それはOKなのだ。良いトコ悪いトコってのはだんだんわかってくる。無意識にね。
俺の中の俺が拒否反応を示したなら勝手に離れてるだろう。
それでも離れないのは俺の中の俺があいつをスキスキしてるのだ。
昔に比べると最近は一緒にいる時間が少なくなったが、そのことに対して疑問は抱かない。
それが自然なのだと解釈していた。俺の中の俺が。今のジニと俺の関係は、俺の中の俺と
ジニの中のジニが俺達の知らないところででやりとりして決めたのだろう。

外側にいる俺達は内側から発せられたメッセージを受け取って行動しているのだ。無意識に。
ってか別にジニなんかどうでもいいよ! 今更あいつとのどうこうなんてマジどうでもいい!
それこそ俺の中の俺が勝手に色々考えてればいい。そんで俺の中の俺ってなんだ! 妖精か!

要するに(?)人と人の関係は歴史だ(ほんとか?)。相手と共有した時間が長ければ長いほど
歴史は作られていく。歴史があるから関係が決められる。妖精に? 
ということは歴史を作らなければ関係は決められない。ていうか出来ない。
他者と関わりを持たずに生きていきたいという奴もいるだろうがそれはそれで結構なことだと思う。
だけど俺は人を知りたい。これは内側の俺の指令なのか外側にいる俺の欲求なのかは知らん。
424まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/22(火) 17:56:45 ID:???
そうか、俺は人が好きなのだ。唐突に理解したぞ。俺は人が好き。だから知りたいのだ。そいつを。
例えそれが表面的なものに過ぎないとしても。

知ってどうするのかって聞かれたらそれはやっぱり。

仲良くなりたいんじゃないの?


話しかることが出来たのはタイミング。
タイミングに乗ったのは俺の意思だ。
例えそれが妖精からの指令だとしても。

「何の本読んでんの?」

周りに群がる奴らがいなくなっても転校生は暇そうにしているわけではなかった。
窓際で陽の光をいい感じに浴びて、彼女のさらっさらの髪が美しい光沢を放っている。

彼女のちっせぇ手にちょうど収まるサイズの文庫本にぎっしり詰まっている活字は
ちゃんと日本語だった。小説だね。
425まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/22(火) 18:11:13 ID:???
転校生は俺の質問に口頭では答えずに、口元にほんの少し好意的な笑みを浮かべながら
本をくりっと裏返して背表紙を俺に見せる。
この子結構おちゃめじゃね? とか思いつつ見てみると、背表紙には『罪と罰』と書かれていた。
おお、なんか知ってんぞこのタイトル。ドスなんたらスキスキーって作者の本だ確か、と思って
口に出す前に確認するとやっぱり大体合ってた。ドストエフスキー。

そんでどうするの俺。

1.「へぇードストエフスキーかー。うんうん。俺もよく読むよ」←嘘は良くない。
2.「なるほどね」←意味がわからん。
3.「あれだろ? ムラカミハルキみたいなもんだろ?」←知ったかは良くない。
4.「まぁ俺が書いたんだけどねそれ」←やめといた方がいいんじゃないかな。

ダメだな。
俺はアドリブに弱いのか。
ここは素直にいこう。

「あぁー……うん……面白い?」

こんなもんだな。
426まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/22(火) 18:26:21 ID:???
しかし転校生は相変わらずにゅーっとした微笑を湛えているだけで、
質問には答えてくれないので俺は困る。
たぶん面白いよってことなんだろうと解釈して俺は次の言葉を探す。

出てこない。
俺は何がしたいのだろう。

「ジェノ君はどんな本を読むのですか?」

気の利いたセリフも言えずにあわあわしていると、今度は転校生から質問が返された。

「えーっとね」

自慢じゃないが小説なんてまともに読んだことがない。
しかしここで嘘をつくのはカッコ悪いので正直に答えることにした。

「……読まないんだなぁ、全然」

背伸びしたって仕方ないよねと俺は俺をフォローするしかなかった。
しかしそれでも転校生はぬいーっと笑っている。キャラが掴めない。
427まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/22(火) 18:35:16 ID:???
「漫画ならなぁ」と俺は苦し紛れに言い訳になってない言い訳を垂れる。
「まんが……読んだことないです」と何故か申し訳なさそうな転校生。いや君は悪くないよ。
「あーうん、そんなカンジっぽいね」なんとなくね。
「面白いですか?」おぉ、食いついてきた。これならなんとかなるか!?

さて漫画を読んだことがない人に漫画の面白さを伝える時、なんと言えばいいのだろうか。
俺は結構好きだが、所詮“結構”だ。好きな漫画は色々あるが、作者の名前はあまり
覚えてないし、家にあるコミックスはせいぜい20冊ほどだ。
しかしせっかくとっかかりを見つけたのだからここはなんとしても「ジェノ君はすごい」と思わせたい。

ワンピース? 超有名だぜ。ナルト? 海外で異常に人気あるらしいからこれはどうだ。
ブリーチ? かっけぇ男キャラ多いよ。あと銀魂とか。ジャンプばっかか!
いやいやドラゴンボールを忘れるな? やっぱりジャンプか。
意表を衝いて特攻の拓とかどうだ? いやダメだこの子がメリケンサックとか持ち歩いたらどうする。

やっぱり女の子なんだし少女漫画か?

なにがあったっけ。
NANA? だっけ。読んだことないけど売れてるらしいぜ。
花より男子? これもよく聞くぞ。ハチクロとか。
428まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/22(火) 18:46:11 ID:???
ただ守備範囲じゃないのでストーリーが説明できないな。
『イケメンがいっぱい出てきて何故か三角四角関係になって切ない』
これで大体伝わると思うんだが偏見か!?

とりあえず俺は日本の漫画は面白いんだぜってことだけを伝えようと
思いつく限りの作品名を挙げてみた。
転校生はずっとふんふんと頷いていた。
ちゃんと伝わったのかどうかはわからないが、休み時間が終わるまでの間、
気まずい沈黙が流れることはなかった。そしてチャイム。
いつの間にか他のみんなも戻って来ていた。

「……というわけだから、機会があったら何か読んでみるといいよ」

出来るだけイケメンな感じの笑顔を作って締めくくり、
俺は胸を撫で下ろして自分の席に戻ろうとしたのだが転校生が「ジェノ君」と俺を呼びとめる。

「色々教えてくれてありがとう。これ、よかったら読んでみてください」

椅子を引きずる音が教室のあちこちでする中、俺は微妙な気持ちで『罪と罰』の文庫本を受け取った。


ちなみに(上)って書いてあるんですけど、これってすっごく長いのですか?





429まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/25(金) 14:45:24 ID:???
   22.屋上にて



あ!

っという間に昼休み。
俺は一人で自転車置き場にいた。

たまごサンドとチョココロネとクリームパンというちょっと微妙なランチさんを
さっさと片付けて、俺は転校生から借りた本を開く。

 罪と罰 上巻

やっぱり下巻もあるようだな。
まずは先に一番後ろのページまですっとばして、どれぐらい長いのか確認してみると
500ページに届こうかというぐらいだった。ほっほぅ。
早くも読む気なくなってきたゾ!

俺は一度本を閉じて深呼吸をする。
430まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/25(金) 14:58:09 ID:???
よし、いくぞ! と思って改めて本を開こうとした時、俺を呼ぶ声が聞こえた。
声のする方を見るとジニが校舎の方からこっちに向かって歩いて来てるのが見えた。

仕方ないので本を閉じてジニを待つ。

「サトチーとポンコは?」

と開口一番ジニ。
え? 知らん。そういえばまだ来てないんじゃないの。

「おいおい、どうするんだよ。もう昼だぞ?」

わかってるつうの。

「俺に言われてもな……」
「お前らの企画だろー」

お前“ら”って言われてもな。

「いや、まだ見てないだけでどっか来てるんじゃないの? 屋上とかさ。知らんけど」
「あー、も〜! 適当だなお前ー」

適当とか言われてもな。
431おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2008/01/25(金) 15:07:34 ID:???
 
432まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/25(金) 15:08:58 ID:???
「じゃあちょっと屋上見てこようか」

ジニは毛虫を見る目で俺を見る。
そんな目で見たって知らんもんは知らん。
さぁ、さっさと屋上でも体育館裏でも行きたまえよと俺は念じたが、
ジニは潰れて体液を垂れ流してる毛虫を見る目で俺を見ていた。

「……なにしてんだよ。行こうぜ」

そっけなく言ってジニは歩き出す。
え? 俺も行くのかよ。

「ほら、早く」
「マジで?」
「マジで」

マジなんだね。
433おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2008/01/25(金) 15:13:53 ID:???
  
434まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/25(金) 15:15:52 ID:???


   ◆


罪と罰をケツポケットに忍ばせる俺はなんて罪と罰とかわけのわからんことを考えながら屋上に
向かっている途中、サチコさんを見かけた。

サチコさんは事務室の前にある公衆電話を使ってどこかに電話をかけているようだった。

俺もジニも電話してる人に声をかけるようなアホではないのでそのまま通り過ぎた。
その時俺はサチコさんと目が合ったのだが、俺が思わず目を逸らしてしまうよりも先に、
彼女は俺から視線を切った。なんとなく気まずそうに。俺も気まずいけど。こういうことあるよね。

どこに電話してんだろう。
家かな。忘れ物とか。もう昼休みだけどな。
このあとの授業ってなんだっけ? 体育あった? 体操服とか。
気になってつい聞き耳を立ててしまったが、彼女の声は小さくて何も聞き取れなかった。
っていやらしいな俺。盗聴魔か。
435おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2008/01/25(金) 15:21:35 ID:???

436まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/25(金) 15:23:56 ID:???


   ◆


野を越え山を越え海を越え屋上に辿り着いたが、サトチー達はやっぱりいなかった。
ジニが「体育館裏かな」とか言いだしたので俺は「いやあそこはなんだか霊的によくなさそうなので
俺達は行かない」と牽制した。めんどくさいにもほどがある。そしたらジニは「ふーん」とか。信じんなよ。

「まぁ放課後までには来ると思うよ。根拠は“わりとノリノリだったから”」
「あ、そう……」

信じるに足る説だったかどうかは定かではないが、ジニは乾いた風に吹かれながら
屋上の汚いコンクリート床の上を歩き出す。俺もその後に続いた。

入り口のドアから真っ直ぐ歩いて金網につきあたると、俺とジニは金網を乗り越えて
一直線にアイキャンフライ! ……なんてことはなく、屋上から見える景色を二人並んで見下ろした。 

「さっきの本、なに?」

と出しぬけにジニが言う。
437まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/25(金) 15:31:51 ID:???
「ん? あぁ」

俺はケツポケットから罪と罰を抜き取ってジニに見せた。

「え、お前そんなの読むんだ」
「なんだよ文句あんのか」
「いや意外だなと」

まぁそうだろな、と転校生から借りることになった経緯をささっと話す。

「あーなるほどねー。で、興味もないのにカッコつけて受け取っちゃったわけか」
「やかましい。ちゃんと読むわい。……てかお前これ読んだことあるん?」
「あるよ」
「ふーん、じゃあどんなストーリーだったか言ってみ?」
「とか言ってあらすじだけ覚えて適当に感想言うつもりだろお前。見え見えだよ」

さすが。
その通りだよ。
438おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2008/01/25(金) 15:32:39 ID:???
   
439まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/25(金) 15:40:12 ID:???
「そんなセコいことしないでちゃんと読めって。大丈夫、難しい漢字にはフリガナふってあるから」
「馬鹿にすんな。……で、これ面白いのか?」
「んん? んー……そりゃ面白い……けど、そういうのじゃない気がするな」
「なんスか、ブンガクってヤツッスか」
「まぁ文学には違いないだろうけど……いやごめん。偉そうに語るのもアレだな。
 読めばわかるって。面白いよ」

うーん、やはり予想通り堅っ苦しい内容なのか。不安だ。いざとなったらネットで調べよう。

「ジェノ、お前ちゃんと勉強してんの?」

と、また出しぬけにジニ。

「してるよ。しまくってるよ。カテキョーまでやってるってのに」
「そっか。ならいいけど」
「なんだお前? お母さん気取りか?」

なんでやねん、とジニは笑う。
でも俺のこと心配して言ったんだろうからやっぱお前お母さん気取り。
440まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/25(金) 15:46:42 ID:???
「なんか……久しぶりだな。こうやってお前とゆっくり話すの」

と、またまた出しぬけにジニ。

「そうか?」

と俺。
どうしたんだ今日は。

「どう? 最近。楽しい?」
「だからなんだお前。キモいぞ」
「いやなんとなくだよなんとなく。会話のキャッチボールだろ」

確かに、最近ジニとゆっくり話すことってあんまりなかった。
いつ以来だろうか。覚えてないな。

「お前は? 楽しいの?」

質問に質問で返したのは、前向きな答えが返せそうになかったから。
なんでだろう。いつからこんなんなったんだ。
どうして俺はジニ如きに本音を言えないんだろう。
441まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/25(金) 15:53:05 ID:???
「楽しいも何も、受験生だしなぁ」

俺の質問返しに、ジニは疲れた顔で答える。

「だったら俺もだろうが。聞くなよ」
「あ? そうだなははは。いやあまりにも受験生っぽくないからねお前」

さりげなく嫌味を言いつつおかしそうに笑うジニを見て、特に腹を立てることもない俺。
そうそう、これが俺ら。

そうだよ。
いつもこんな感じだったろ?

「なーんか……嫌になってくるな」
「なにが」
「勉強が」

ジニの一言に俺は思わず息を飲んでしまう。
こいつがそんなこと言うとは思わなかった。

きっと俺は驚いた顔をしていたのだろう。
ジニは俺を見てちょっと苦笑いする。
442まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/25(金) 16:00:02 ID:???
「いや俺だって好きで勉強してるわけじゃないってば」
「なにその先読み。誰もお前のことガリ勉君なんて言ってないし」
「そういう顔したじゃないか」

あ、そう。
やっぱしてた?

「時々さー、なんもかんもやめてどっか行きたいとか思うことあるよ」

ガシャン、とジニに蹴られて金網が揺れる。

「なんでこんな勉強すんのかな、って」
「おぉ、青い。青いなお前。秋なのに青い春」
「茶化すなって。結構本気だし」

今日のジニは珍しく語りモードだ。
ていうか弱気モードか。
意外な一面だ。

俺の知らない、見たことのないジニ。
443まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/25(金) 16:07:02 ID:???
「勉強出来て何になるっていうんだろ、みたいな」
「そりゃ出来るようになったら分かるんじゃねーの」
「うお、ジェノお前なに悟ってんの。1マニアのくせに」
「うっさい黙れ。真理だろうが」

俺はふてぶてしく断じながら、内心ちょっと切ないカンジになってた。
ジニもやっぱ俺の知らないところで色々考えてるんだな、と。

ふと、遠くに見える給水塔のタンクが俺の目にはなんだか色褪せて映った気がした。
むかーしあそこに、ジニと二人で登りに行ったっけ。
結局10メートルかそこらほどのところで怖くなって、てっぺんまでは行けなかったんだけど。

いつからだ? こいつとそんなアホなことやらなくなったのは。
決して仲が悪くなったわけじゃないのに。
今こうやって喋ってても別に気まずい空気になったりもしないのに。
なんだこのおセンチな気分。昔を懐かしむにはあまりにも若すぎるだろうが。

とは思いつつも気持ちがゆるゆるするのを止められない。
ちょっとだけ肌寒い風が俺をより感傷的にしようとする。
444まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/25(金) 16:12:17 ID:???
「ジニ君、好きな人いるの?」
「うわなんだいきなり。気色悪いなお前」

二人の間では結構タブーな恋バナだって飛び出しちゃうのは俺の心がヘタレになっているからなのか、
それともだからこそジニとの心の距離を詰めたいと無意識に思っていからなのかはわからない。

すげぇキモイな俺。

「どうなんだよ。いんのかよ」
「なんだよ。なんで今そんなことを聞くんだ」
「それはお前……秋のせいだろ」
「秋のせいか。なら仕方ないな」

ジニはクソモテるくせに全くそっち系の噂が立たない。
あっち系の人なのかというぐらいにこいつは女の話をしないのだ。
そこんとこ気になるぜ。
445まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/25(金) 16:21:02 ID:???
「うーん……いないなぁ」
「うわぁつまらん。つまらんわお前」
「そんなこと言ったって」
「該当者ナシってカンジ?」
「そんなんじゃないけどさ」

やっぱこいつあっち系の人なのかもしれない。
15歳の男子がそんなことでいいと思ってんのか。

しかし俺はそれ以上つっこむのはよしておいた。
だって絶対『お前はどうなんだよ』って言うもんこいつ。

「ま、いいけどな。もう中入ろうぜ」

ジニに反撃される前に俺は会話を強引に切り上げ、校舎の中に戻ることにした。
意味もなく金網を掴んでひときしり揺らせてから、俺はジニに背を向けて歩き出す。
446まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/25(金) 16:23:29 ID:???
「え? 聞きっぱなしかよ。なんなんだよ、ほんとに」
「景色に飽きちゃった」
「飽きたってお前……飽きるほど見てんなよ」
「あ……?」

適当に吐いたでまかせのつもりだったのに、俺は自分の言葉にひっかかりを覚えた。
飽きた? 俺は何に飽きたって言うのだ。

足を止めて振り返ると、金網越しに見飽きた景色が広がってた。

こないだまで散々ここでメシ食ってたけど、景色なんて気にしたことなかった。
それなのに何故か見飽きてるこの景色。

「俺はこんなとこあんまり来ないから結構新鮮だな」

金網にもたれかかって呟くジニは違和感なく後ろの景色と溶け込んでいた。
それが何? って感じではあるのだけど、何故か違和感なく景色に身を任せているジニに、
俺は違和感を覚えたのだった。

さっきまでそこにいた俺は、違和感なく溶け込めていたのだろうか?
学校の屋上に中学生。全然あるシチュエーションだろう。
447まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/25(金) 16:30:03 ID:???
「たまにはいいな。こんな風にのんびり景色見たりするのも」

そんな風に言えるのは、ジニだからか?
そんな風に思えるのは。

俺には全然なんてことない景色だぞ。
飽きたとか言ったけどほんとは全然そんなことない。
今までここからあの給水塔が見えるってことにも気付かなかった。

ジニはあの給水塔に気づいているのだろうか。
あの時のこと、こいつは今でも覚えてるんだろうか。

「ちょっと感動だな。ここからこんな景色が見えるなんてな」

ジニの目にはどんな景色が映ってるのか俺にはわからない。
ただ俺とは違う景色なんだろう。物理的にそれはありないんだけど。
でも違う気がした。

一緒に鼻水すすりながら走り回ってた頃からどれぐらいの時間が経ったっていうのさ。
その間に俺とお前で見てきたものは同じものだったろう。
10年やそこらで色褪せるほど薄っぺらい思い出でもないだろうし。
だって俺らまだ15歳だもの。記憶力もまだまだ衰えてません。
少なくとも俺ははっきりくっきり覚えてる。あの時の景色を。
448まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/25(金) 16:32:32 ID:???
四階建ての校舎の屋上から見渡した景色には限りがある。
眼下に見下ろすことが出来るのなんてせいぜいグラウンドぐらいだ。
どれだけ視野を広げてもあの給水塔がなんとか見えるぐらいで、俺にはやっぱり
見飽きた景色にしか映らない。今までずっと見てたってことも覚えてないぐらいに見飽きた街。

別にジニを否定したいわけじゃない。
こいつとの価値観のズレを感じたわけでもない。

ただ、あの時給水塔の梯子の途中から見てたものの方がよっぽど俺の心を揺さぶってた気がするね。
怖くて猫みたいに降りられなくなって、二人して半泣きで助けを待ってたあの時の方が。

ジニ、お前は違うのか?







449ニコフ川д゚) ◆nikov2e/PM :2008/01/25(金) 17:09:57 ID:???
しえn
450まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/25(金) 22:08:27 ID:???
   23.トラウマは昼下がりの体育館で生まれる



屋上から降りる時に視界の端に捉えたのは、体育館に出入りする見慣れた人影だった。
あいつら来てたのか。

俺は階段を下りる途中でジニにバイバイキーンと陽気に別れを告げてすたこらさっさと駆け降りる。

そろそろ終わりが近づく昼休みの校内はやけに静かで、廊下を歩く生徒の姿がほとんどなかった。

階段を3段飛ばしでたんたたたんと駆け降りて、非常口からショートカットして校舎の外に出る。
それから芝生の上をばふばふ歩いて、体育館へ続く渡り廊下へ。

一応誰にも見られてないか確認して、俺はそっと体育館の扉を開ける。
出来るだけ静かにしたつもりでも、やっぱり鉄の扉は耳障りな音を立てた。

「うおっ! ジェノ、お前かよ!」

体育館の中にいたのはやっぱりポンコだった。
教師が来たと思ったのだろう、ポンコは意味もなく床にしゃがみこんで身を小さくしていた。
451まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/25(金) 22:16:59 ID:???
「いつの間に来てたんだよ」と俺。
するとポンコはにやりと笑うだけで答えようとしなかった。

と、ここで俺は今見ている体育館の中が俺の知ってる体育館じゃなくなっていることに気付いた。

全面赤絨毯。
なんだこれは。

「すごくね? すごいだろこれ」

ポンコは自慢げに言った。
つかこれいつの間にやったんだ。

「実はな、俺ら三時間目が終わる前ぐらいから来てたんだよ。
 調べたら今日体育館で授業するのが2時間目までだったからさ。
 放課後まで待ってるのも時間もったいないしな」

なるほど。
だからといって授業さぼって堂々とやるわけにもいかんだろうしな。
452まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/25(金) 22:25:19 ID:???
「なら声ぐらいかけりゃいいのに……これかなり大変だったろ」
「サトチーが『誰かに見られたらヤバイ』って言うから」

そうだ、そういやサトチーは一緒じゃないのだろうか。

「お前一人なの? サトチーは?」
「いやさすがに一人じゃ無理だってこんなん」

手をひらひらさせてポンコは笑う。
そりゃそうだろう。

つーかどうやってこんなもん持ち込んだんだ。
そしてなによりどこから調達したのだ。
そんでサトチーはどこだ。

色んな疑問が同時に浮かび上がったが、それを聞く前にポンコが口を開く。

「あ、そうだジェノ。俺らまだメシ食ってないからさ。ちょっとなんか買って来てくんね?」
「え、パシリッスか」
「そんなんじゃねーって。ほら、俺らまだ誰にも見られてないし……ていうか私服だし」
453まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/25(金) 22:34:09 ID:???
と、ポンコは申し訳なさそうに手を合わせる。
そんで確かによく見るとポンコはやる気なさげなジャージ姿だった。
学校に私服で来るのは当然校則違反だが、それだけ準備に気合入れてたってことか。
ならパシリぐらいやってやるかなーってことで俺はポンコから金を受け取った。

「ん? ちょっと多くね?」
「あー悪い。ついでにサトチーの分も頼まれてくれ。とりあえず俺が立て替えとく」
「あ、やっぱいんのかサトチー。便所か?」
「うん、まぁ……ある意味便所じゃねぇの」

意味わからん。
まぁいいか。

俺は受け取った金をポケットにつっこんで体育館を出た。

購買は昼休みが終わってもやってるのだが、さすがにもうパンとか売ってないだろう。
すぐ売り切れやがるんだほんと。もうちょい余裕見て仕入れとけよと常々俺は思ってる。
まぁそれはそれとして仕方ないので体育館裏のネットを乗り越え、俺は近くのコンビニへ向かった。

そんでコンビニで適当に食うものを見繕ってパパッと会計を済ませる。
制服でこんな時間に買いに来る俺を見ても茶髪の店員は何も言わない。所詮他人事ッスね。
454まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/25(金) 22:41:56 ID:???
そんでささっと来た道を戻って体育館裏のネットを華麗な身のこなしで乗り越えて鮮やかに帰還。

やはり人の目を気にしながら足音を消して体育館へ急ぐ。
まぁ授業中だし誰もいないけどね。

クソ重い扉をよいこらせと開けて中に入ると、ポンコの姿はなかった。
どこ行きやがったあの野郎。お前も便所か。

ちなみに体育館にトイレはない。
用を足そうと思ったら校舎まで戻らねばならない。
呼びに行くまでもないので俺はポンコを待つことにした。
てか、だからサトチーはどこだよ!? 

その時、体育用具室から物音がして俺はめっちゃ焦る。

といっても夏もとっくに終わったしまだ明るいし幽霊なんているわけがないので、
俺は気を取り直して体育用具室の中をあらためることにした。

誰かいんのか? と、なんか知らんけど抜き足差し足で歩く俺。
455おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2008/01/25(金) 22:48:35 ID:???
 
456まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/25(金) 22:50:55 ID:???
体育用具室の古ぼけた木製の引き戸の前に立つと、また中から物音がした。
そして人の声。しかも女の。

女!?

なんでだ、と思うが早いか俺の手は引き戸を勢いよく開けていた。
そして俺の目に飛び込んできた光景は、想像を絶するものだった。

「ちょ、マジビビッた! ジェノかよ!」

電気も点けず、薄暗く狭っ苦しくて埃っぽいこの体育用具室の中、
綺麗に敷かれたマットの上でサトチーはあぐらをかいていた。

サトチーは私服で、俺も見たことのあるスウェットのパンツを履いていたが、
セットになってるパーカーは無造作に跳び箱の上にかけられていた。
上には何も着ていない。

しかし俺が驚いたのは上半身裸で悠々とあぐらをかいてるサトチーにではなく、
その隣に全裸で寝転がってるミサの姿にだった! 

なにしてんの!?
457おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2008/01/25(金) 22:54:50 ID:???
  
458まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/25(金) 22:58:52 ID:???
「ちょっとあんまジロジロ見ないでくんないかな」

恥じらいもクソもない体勢のまま、ミサは何の気なしに言う。

俺は絶句。
マジで絶句。
しかし凝視。

無言で退室して、俺はそっと戸を閉める。

……。

…………。

………………………………………………………………………………………………
………………………………………………………………………………………………。

ヘイ! ちょっと待て!
なにやってんのこいつら!?

は!?
マジ!?
なんだ今の。
459まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/25(金) 23:04:42 ID:???
え? 保健体育の授業!? いや更にエロい!

ちょ、いやいやいやいやいやちょっと待ってくれ。
おちつけ俺。おちつけるかい! うわー……。

うわー!
ありえん!
けしからん! 

つーかお前、もう……鍵あっただろそこ……ちゃんとかけとけっつうの!

いや、そうじゃなくて、なんで!?
いつから? いつからってなんだ? 
えっと、付き合ってた? ってことでいいのか? あいつらが??

うおーわけがわからないぞ。
いくら俺の知らんところでみんな色々やってるっていっても、これはないだろう。

俺は死ぬほどショックを受けていた。
ショックだ。
これほどびっくりしたのは一体いつ以来だろうか。
460まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/25(金) 23:10:49 ID:???
「悪い悪い。あ、メシ買って来てくれたん?」

パーカーを肩にひっかけて、サトチーがダルそうに体育用具室の中から出てくる。
俺は何も言えず、サトチーと目も合わせられなかった。

「あ、おかえりジェノ」

背後からポンコの声。
トイレ行ってたのか?
ちゃんと『体育用具室に近付いちゃダメだゾ☆』とか言ってくれよ、ほんとに。なぁ、おい。

俺は完全に引いていた。
ドン引きどころの騒ぎではない。

無言でサトチーにコンビニの袋を渡して、俺はその場にしゃがみこんでしまった。

「おっまえ、マジで大変だったんだぞこれ? 俺ら3人でさー」とかサトチーがくたびれたように
言ってる。絨毯のことだろうけど俺は今それどころじゃない。その前にさっきのアレをきっちり納得いくように
説明してほしかった。でもなんか聞きたくもなかった。

「……どうやって、これ用意したんだ?」

打ちのめされた俺は、残り少ない気力に見合った質問からすることにした。
461まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/25(金) 23:15:38 ID:???
「ちょっと知り合いに頼んで車……つーかトラックにこれ積んでもらってな。
 で、裏から死ぬ気で運んだんよ。しんどかったぞ〜! 皿洗いなんて目じゃなかったね」

言われて気付いたが、床の絨毯には切れ目が入ってた。
切れ目って言うか、決まった形の絨毯を均一に敷き詰めてあるらしい。
そうか、大変だったんだね。

てかトラックて。
知り合いて。
誰だよ。

そもそもこの絨毯どうやって用意したんだっての。

「ま、そのへんはそのうちな……ちょっと借りただけだよ。返しに行くのめんどいから後で捨てるかもだけど」

お前それってもしかして盗品じゃねぇのか……と聞きたかったが、そこまで問い詰める気力はなかった。

「あとはー、照明はもうテキトーに落としたりで誤魔化すとして、
 テーブルだな。一応テーブルクロスも用意してあるんだわ。ほら」

と、サトチーは俺の後ろを指さす。
そこにはもっこり積み上げられた白い布のかたまりがあった。
462まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/25(金) 23:21:18 ID:???
「テーブルは視聴覚室やらにある長机を代用するか。
 イス要るかな? 要らんか。立食パーティーみたいなカンジでいいだろ」

サトチーの口調はやる気に満ち溢れていた。
なんだかんだでしっかり考えてたんだな、とか俺はちょっと感心してしまう。

「それから企画だなー。ほんとは演奏したいけど、色んな意味で無理だしカラオケでいいだろ。
 CDは明日持ってくるとして、これ、どうやって音流すんだ? ま、誰かに聞きゃわかるか」

プログラムまで考えてるんか。
興行師のような奴だな。実際そんなもんだけど。

「機材なんてマイクぐらいでいいだろ。学校にあるかな? ないか? 
 ま、ERINGIでパク……借りるとして。
 飾り付けっていうか、どうする? 下手に折り紙で輪っか作ったりしたら逆にショボいだろ。
 絨毯だけで大分違うだろ?」

そーッスね。
いいんじゃないスか。
463まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/25(金) 23:26:51 ID:???
「ま、進行についてはもう大体の流れは考えてっから任せてくれ。
 あとはー、なんだ? 食いもんとかは参加費で後払いしてもらうとして、
 明日パーティー始まる前に買い出しに行く? さすがにコック呼ぶのは無理だし」

サトチーは絨毯の上をせわしなく歩き回りながら、楽しそうに話し続ける。

「まぁ企画はビンゴとかベタなのばっかでいいだろ。その辺のグッズもまた買いに行くとして、
 あとは誰が何をやるかだなー。ジェノ、お前手品ちゃんと練習してんのか?」

え?
手品?

あぁ、そういえば100%忘れてたな。

「しっかり頼むぞマジで。せっかく花持たせてやるんだから」

花。
ハナ、か。

何故だかこの時、俺はハナちゃんの顔を思い浮かべていた。
それから首、胴体、下半身。
464まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/25(金) 23:30:19 ID:???
ハナちゃんの裸体。
見たことないしたぶんこの先見ることもないだろうハナちゃんのヌードは、
首から下だけさっき見たミサになってる。

なに考えてるんだ俺は。
エロエロ中学生か。そうだよエロエロ中学生だよ。
健全だろうが。

でもなんで軽く吐き気がするんだろ。

生々しい話、ミサの裸を見た時俺のジョニーはぴくりとも反応しなかった。

健全か?
健全だろう。

トラウマもんだっつうの。
465まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/25(金) 23:32:40 ID:???
「うーん、絨毯敷くのもっとかかると思ってたけど……しゃあないか。
 今机とか運び出すわけにもいかんし、とりあえず放課後まで休憩ってことで」

サトチーは肩に引っかけていたパーカーに袖を通しながらそう言うと、ポンコと共に
俺が買ってきたメシを持って体育館を出て行ってしまった。
体育館裏ででも食う気だろう。霊も出ないし。
仕方ないので俺も一緒に体育館を出ることにした。ていうか教室戻ろう。


ミサだけは、体育用具室から出てこようともしなかった。





466ニコフ川д゚) ◆nikov2e/PM :2008/01/25(金) 23:49:04 ID:???
しえn
467まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/26(土) 18:51:29 ID:???
   24.カミヤさんは図書委員



そして放課後。
ショックを引きずりつつもあの後教室に戻った俺は、自覚出来るほど上の空で午後の授業を流した。
授業が終わる頃にはちょっとだけ冷静さを取り戻してたり。

俺は授業が終わったあと、隣のD組に行ってジニを呼んだ。
教室の入り口から手を振る可愛い俺を見てジニはニコッ……と笑ったりはせず
ちょっとだけ手を上げて“待て”の合図を送ってきた。
なにやら他の生徒達と話しているようだ。ここからじゃ会話の内容は聞こえない。

ドアに背を持たせかけてぼへーっと待ってると、サユの声が廊下から聞こえた。
これから体育館に行くんだろうか。
ミサはもうちゃんと服着てるのかと不安になったが、下手に忠告することも出来ないので声はかけなかった。

「よっし行こうか」

気合は充分だぜみたいな勇ましい足取りでジニがずんずん俺の方に向かってくる。
ジニの後に続いて、さっきジニと話していた何人かがノソノソと付いて来る。
その中には下ネタの顔もあったので俺はちょっと嫌な気分になる。
まぁ手伝ってくれるんだから文句は言えないけど。
468まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/26(土) 18:59:18 ID:???


   ◆


廊下に出たところで、転校生とぶつかりそうになった。

「あ……」

俺を見て転校生は唇をにゅいんと緩めて微笑む。

「あ、うん、えー……帰るの?」

とか聞く俺。そりゃそうだろ。
明日の主賓に手伝わせるわけにもいかんし。

「あの、私の為にみんな……」

転校生は控えめな微笑を浮かべて言いかけるが、俺は彼女の顔の前で手刀を切ってそれを制する。
469まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/26(土) 19:08:55 ID:???
俺のボディランゲージ(←違う)はがっつり通じたようで、転校生は静かに頭を下げた。

ちょっとだけ彼女との距離が縮んでいるのがわかる。
まだ罪と罰は1ページも読んでないけど。

「まぁ楽しみにしててよ」

で、おいしいとこを持ってったのはジニだった。
この野郎。


   ◆


それからはとにかく肉体労働メインだった。
ひたすら校舎から長机を運んでくる往復作業。

二人一組でせっせと蟻さんのように同じ道を行ったり来たりだった。
俺はジニとペアになっていた。
470まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/26(土) 19:16:02 ID:???
「しかし、サトチーもちゃんと考えてたんだなぁ。見直したよ」

と、特に疲れた様子もないジニ。
こっちはもう腕がプルプルしてるってのに。

「まぁフライングで準備してたってのはちょっとアレだけど……私服とか。
 ま、今回は大目に見てもらおう」

ははは、と笑うジニ。
どうやらこいつの中でサトチーの評価はかなり上がったようだ。
そんなことよりもう腕が千切れそうなんですけど。


   ◆


「あー、そこはもうちょい間隔空けて。そうそう、あ、横に並べて横に」

運び込まれた長机の配置を指示するサトチー。
いつの間にか頭にタオル巻いちゃったりしてやる気まんまんマンだ。
471まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/26(土) 19:21:50 ID:???
そして。

「ねー、これシワになってんだけどー?」

テーブルクロスを目いっぱい広げてミサが言った。
当然服は着ている。

「んー? んじゃどっかからアイロン借りてこいアイロン」
「どこでー?」
「知らねぇよ。家庭科室とかにあんじゃねぇの?」

二人のやりとりを見てるとほんといつも通りで、さっきのことなんてまるでなかったことのように思えてくる。

「私、探してくるよー」

と、手を挙げたのはサユ。
当然サユもさっきのことは知らないだろうから、二人を見ても特になんてことはなさそうだった。

「じゃあミサも行くー」

体育館を出ていこうとするサユにくっついて、ミサはバタバタと下品な足音を立てて行ってしまった。
472まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/26(土) 19:26:38 ID:???
マジでなんだったんだろうさっきのは。

つうか俺は気にし過ぎなのか?
結構ありがちなことなんだろうか?
そういう世の中か?

誰にも聞けない悩みがまた一つ増えました。

……悩みが増えた? 
俺は何か悩んでたのか?
何に? 何を?


「サトチー君」

俺が自問自答していると、今しがた校舎から長机を運び終わったサチコさんが近づいてきた。
女子は運ばなくていいよ、って言ったのにそれでも運んだサチコさんはパワフルサチコさんだ(?)。
473おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2008/01/26(土) 19:30:42 ID:???
 
474まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/26(土) 19:33:26 ID:???
「これ、シワになってるんだけど」

サチコさんはさっきミサが持ってたテーブルクロスを広げる。
しかしサトチーはサチコさんの声に気付いていないのか、彼女の方には見向きもせず長机の配置を指示していた。

サチコさんはもう一度サトチーに声をかけようとしているのか、タイミングを計るようにして
テーブルクロスを持ったままサトチーの背中をじっと見ていた。

これは久々にお喋りするチャンスですぞジェノ殿、とどこかの紳士の声が聴こえた。
俺は勇気を出してサチコさんに声をかける。

「あ、今ミサ達がアイロン探しに行ってるよ」

以上、終了。
終わりかい。

俺なんてこんなもんさ。

「あ、そう……」

と、俺の方は見向きもせずサチコさん。超クール。
475まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/26(土) 19:39:39 ID:???
俺は何か気の利いたジョークも付け加えておこうかと逡巡したが、俺が会心のナイスギャグを思いつく前に
サチコさんはスタスタと赤絨毯の上を歩いて行ってしまう。
アホのように彼女の後ろ姿を目で追う俺。

サチコさんはテーブルクロスの山の上に自分の持ってたやつを畳んで置くと、すぐ傍にいた
なんとか言う女子と何やら一言二言会話を交わして体育館を出て行ってしまった。

俺、嫌われてんのか?
すっごいそっけなかったよね今。

いいけどさ、別に……。
よくねぇよ。

「ジェノ」

サトチーに肩をつつかれて俺は振り返る。

「今、サチコなんか言ってなかった?」
「いや、別にたいしたことじゃなかったよ」
476まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/26(土) 19:45:34 ID:???
そう、大したことねぇよあんなもん。
どってことねーよ。別に悲しくねぇし。

するとサトチーは「あ、そう……」と一言。

お前もか。


   ◆


予想外のハイペースでパーティーの準備は進んでいく。
はっきり言って無茶苦茶速かった。

今、ちょうど6時を過ぎたところだ。
長机を必要なだけ(ていうか校内にあった使える分ほとんど)運び込み、サトチーの指示通りに
配置し終わったところで人海戦術的な準備は大方終了したと思われた。
絶妙の間隔で置かれた長机は、ちょっと参加人数的に持て余すのでは? 
と思われていた空間をいい感じに埋めていた。こいつ中々やるな。NAKATA並みの空間把握能力だ。
477おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2008/01/26(土) 19:47:39 ID:???
  
478まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/26(土) 19:50:34 ID:???
俺達がせっせと長机を運んでいる間に、ポンコがカラオケのセッティングの為に体育館を出たり入ったりしていたし、
今日みんなで出来ることはもうなさそうな気がした。

テーブルクロスも、サユが他の女子と最後の机にかけているところだ。

「なーなー、もう帰っていいのかー」

と、アホ面で俺に聞いてきたのは下ネタマックス。いたのかお前。

「おいサトチー、他のみんなはもう帰ってもらっても……ってあいつどこ行った!」

いつの間にかサトチーが消えていた。

「ポンコ、サトチーは?」

俺はポンコに聞いてみるが、ポンコは首を振るだけだった。

「サユ、知ってる?」

全ての長机にテーブルクロスをかけおえたばかりのサユに聞いてみたが、やはりサトチーの行方はわからない。
479おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2008/01/26(土) 19:52:35 ID:???
   
480まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/26(土) 19:55:16 ID:???
「ていうか……人数少なくないか?」

そう言ったのはジニだ。
言われてぐるっと体育館の中を見回すが、確かに人数がさっきより少ない。

今ここにいないのは……サトチー、ミサ、そしてサチコさんの三人だ。

「……ミサって、そういえばさっきサユと出てってから見てないんだが」

俺は余ったテーブルクロスを綺麗に折り畳み始めていたサユに再度聞いてみた。
さっきアイロンを探しに行くと言ってサユとミサが出てったのはよく覚えてる。
あの後、俺はまたジニと長机を運び込みに行ったので戻ってきたところは見ていない。

「あ、なんか……その、家庭科室から戻る途中にサチコが……」
「え?」

サチコさん?
なんだ。
481おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2008/01/26(土) 19:57:45 ID:???
 
482まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/26(土) 19:59:18 ID:???
「家庭科室でアイロン借りて……って勝手に持ち出したんだけど」
「あぁ、それはいい。そんで?」
「で、二人でここに戻る途中でサチコに会って……」
「……? 意味がわからん」

確かあの時、二人のちょっと後にサチコさんがここから出てったっけ。
あ、そうだ。女子と喋ってたな。誰だ。

俺は周りにいる奴の顔をさっと見る。
その中にさっきサチコさんと喋ってた女子の顔を発見。
ごめん、名前知らない。

「二階の渡り廊下のところで会ったんだけど」

と、サユがたどたどしく話し続ける。

「なんか、ミサに『話がある』って……それで……二人でどっか行っちゃったんだけど」

……なるほど。
大体わかったけど、なんでサユはそんな言いにくそうに喋るのだろうか。
483まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/26(土) 20:04:56 ID:???
「じゃ、あの二人は一緒ってことか」

と、ジニ。
そういうこと、みたいだね。

つうかあれからずっとかよ。
もう1時間以上になるぞ。

「なぁ、さっきなんか喋ってなかった? なんか言ってた? えーっと、ごめん」

俺は確認の為、サチコさんと会話していた名前も知らない女子に聞いてみた。

ちなみにその女子はカミヤという名前で、A組の子だった。
カミヤさんによると、あの時サチコさんは『ちょっとトイレに行って来る』と言ってたそうだ。
というわけで特に有益な情報ではなかった。

まぁ別にそんな大事でもないだろうけど、とか思ってるうちにサトチーがあっさり帰って来た。
輪になってつっ立っている俺達を見て、サトチーは不思議そうな顔をしていた。
484まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/26(土) 20:09:19 ID:???
「ん? どしたん」

のんきな実行委員長様は空気を読み損ねていたようだった。

「どこ行ってたんだよ。準備ほったらかして」
「え、はっはっは悪い。ちょっと風に当たりに行ってた」

俺はちょっと怒り気味に問い詰めたが、サトチーに悪びれた様子は全くなかった。

「ん、つーかもう大方終わったなぁ。みんなサンキュ。後は俺とかポンコでやるから
 今日は解散! ってことで。お疲れ様でした〜」

いきなり消えてさらっと帰って来て勝手にまとめて、サトチーは慇懃に頭を下げる。

「いや解散はいいけど、まだあの二人が帰って来てねーんだよ」
「あ? あぁ、サチコとミサ? あいつらもう帰ったよ」
「はぁ?」

これまたサトチーはあっさりと言うので、俺はずっこけそうになる。
485まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/26(土) 20:16:05 ID:???
「なんで? お前、二人と一緒だったの?」
「あぁ、ちょっとたまたまばったり色々あってな」
「意味わかんねーよ」

人を煙に巻くような口調に俺はちょっとイラッとくる。
こういう時のこいつは、大概何か隠してるのだ。

「いや、まぁ、アレだ。とりあえず二人とも帰ったのは間違いないよ」

要領を得ない説明に俺は苛立ちを募らせたが、どういうわけかこの場にいた何人かは
サトチーのそのテキトーな説明で納得したような顔をしていた。

「ま、ミサはな……一応、謹慎中だから。な? あんま校内ウロウロしてるのもまずいってことで」

くるりと背を向けてサトチーは誰にともなく同意を求める。
すると、やはり何人かが納得したように頷いていた。

なんやねん!?

ちょっとお前らマジになんやねん。
また俺だけ知らないのか?

ていうかミサ謹慎中ってなんじゃそれ。超初耳なんだが。
486まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/26(土) 20:17:03 ID:???
「なんか微っ妙な空気だなこれ。そんなつもりじゃないんだけどな」

顔だけをこちらに向けて、サトチーがぼそりと呟く。
まるで原因は自分にある、とでも言いたげに。

「まぁ、そんなわけだから、おつかれ〜。
 ちょ、ポンコ。軽くメシ食いに行かね? つかこのまま買いだし行く?」
「おう。そうしよか」

待て待て待ちさらせ、と俺はストップをかけようとしたが、何故かみんなサトチーの後に続くようにして
三々五々歩き出す。俺はわけわからんちんのまま、それ以上追及することを断念してみんなの後を追った。



487まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/27(日) 20:07:58 ID:???
   25.火に油を注ぐ……ということわざ



「あぁ、あとはポンコとやるからジェノ、お前は手品ちゃんと練習しといて」

と、もはや当たり前のようにサトチー達にハブられた俺は、ジニと二人で学校を出た。

既に日も落ちていて、いつもの通学路がなんだか知らない道に見えたり……などという錯覚はどうでもいい。

「なぁジニ」
「ん?」

どうしても、どうしても聞いておきたいことがある。
なんだかみんな俺にだけ隠してるようなこと。
聞くならこいつしかいない。

「お前、なんか知ってんのか」
「……ミサのこと?」

ジニは特に嫌な顔もせず、俺の聞きたいことを察してくれた。
488まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/27(日) 20:16:08 ID:???
「なんかあったんだろ? 謹慎中とかさ……そういうことならお前、先生とかから聞いてるだろ」

聞きながらなんとなく後ろを振り返る。
20メートルほど後ろをサユ達は歩いていた。

「ていうか……ジェノ、お前ほんとに何も知らないの?」

一瞬、ジニが足を止めた。
すんげー訝しげな表情で。

「だから! ……知らないから聞いてんだよ」

なんだ。なんかアレか?
常識なのか。知ってて当たり前なのか。
何故か恥ずかしい気持ちになってきた。

「新聞に載ってた、だろ」
「は? 新聞? なにが?」
「読んでないのか」
489おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2008/01/27(日) 20:20:27 ID:???
 
490まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/27(日) 20:24:15 ID:???
読んでない。
家では読日新聞をとってるが、去年『ボコちゃん』という4コマ漫画が連載終了してからは
テレビ欄ぐらいしか見ない。まぁボコちゃんやってた時からテレビ欄ぐらいしか見てないけど。

「ほんとに何も知らないみたいだから、ちゃんと説明するけど……」

軽く咳払いをして、ジニはちらっと後ろを振り返る。
ほら出た。このあまり大きな声では言えないけどみたいな雰囲気。

「ミサがさ。援助交際で捕まったらしい」

あまりにもさらっとジニが言うので、俺はこいつが発した言葉の意味を正確に捉えられなかった。
えんじょこうさい。略してエンコーか。

「……エンコー? ミサ、が?」

援助交際。
普通に生活してりゃ誰だって耳にすることぐらいある言葉だ。
それこそ今の時代『よくあること』の一言で済まされてしまいそうなほど。
491おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2008/01/27(日) 20:25:56 ID:???
  
492まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/27(日) 20:30:02 ID:???
それから俺とジニはしばらく無言で歩いた。

ミサがエンコーか。
そうか。そうなのか。

「いつだったかな、一昨日? いやその前か……新聞に載ってたよ。
 なんか相手はどっかの建築業の社長とか。ミサの名前は出てなかったけど」

ジニはやけに淡々とした口調で話し始めたが、それはたぶん出来るだけさらっと話したかったからだろう。

「なんでミサだってわかるんだ」
「いや、最初は俺も違うと思ってた……ていうかまさかミサのことだなんて思わなかったよ。
 新聞にも『市内の中学校に通う女子生徒(15歳)』って書いてただけだし」

ジニはあまり新聞に載ってた内容を詳しく語ろうとしなかった。
俺もそこまで詳しくは聞きたくなかった。

「メールがきたんだ」
「メール……あぁ」

それだけでなんとなく話の先が見えた気がした。
たぶんここでジニの話が途切れても、大体のことは推測出来ただろう。
493おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2008/01/27(日) 20:30:19 ID:???
   
494まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/27(日) 20:39:33 ID:???
「内容は新聞に載ってたこととあんまり変わらなかったよ。
 ただ前提として捕まったのはミサだって決めつけてた」
「誰からきたんだ」
「それ、重要か?」
「……お前が重要じゃないと思うなら言わなくていいよ」

誰からのメールか知らんが、ジニはそのメール読んだ時どんな気分だったろうか。

「最初は『またか』って感じだったけどな。みんな……そういうの好きだから」

どこか諦観したような、冷めた目でジニは空を見上げる。

「でも、お前はそれがミサだって確信してるんだろ。今は」
「……一昨日ミサ、呼び出されたろ? これもちょっと噂になってたけど」
「それは知ってる」

噂になってたってのは知らんが。

「で、そこから学校来なくなった。まぁ昨日と今日だけだけど。
 もう、ほとんどの奴がミサだって思ってるだろうな」
「……て、ことは、ほんとのトコ知ってるのはお前だけか?」
495まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/27(日) 20:52:58 ID:???
たったそれだけの情報でこいつがミサを黒だと判断するわけがない。
そんな流されやすいアホなら俺はこんなこと聞かない。
もちろん学校からそんな連絡など一切なかった。

「職員室で立ち聞きしたんだよ。先生達がそのこと話してるのを」
「うん」
「俺、その場で直接聞いたんだよ。ハカジマ先生に」

ハカジマ先生ってのは学年主任。
どうでもいいけど俺はこいつ嫌い。

「先生は最初、きっぱり否定してたけど、やっぱ人間そうそう嘘つけるもんじゃないよな。
 明らかに動揺してた。俺ら生徒の間でそんな噂が立ってたことも知らなかったみたいだ」

大人ってそんなもんね。
逆に俺らも知らない。
大人がどんな苦労をして俺らみたいなガキと接しているのかも。
496おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2008/01/27(日) 20:59:41 ID:???
 
497まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/27(日) 21:02:12 ID:???
「で、俺はその時まだ信じ切れない部分もあったし……でも正直、やっぱりか、とも思った」
「あぁ……そうだろな」
「事実じゃないなら噂流してる奴にはっきり『違う』って言いたかったし、問い詰めたんだ。
 そしたら……」

やっぱり事実だった、てことか。

「先生からは出来るだけ噂を流さないように注意してくれって言われたけどさ……逆効果だろそんなの。
 無理になかったことにしようとすればするほど、みんな逆に確信しちゃうだろ」
「まったくだ。アホだなハゲジマ」

臭いものに蓋したって、その中にあるものが臭いってことには変わりない。
みんなその中に何があるのかアタリつけてんだから意味がない。

「で、たぶん噂が流れてるなら学校側から何かする気だったんだと思う。
 全校集会……とまではいかないだろうけど、3年だけ各クラスで口頭注意とか」

いかにもありそうだ。
そしたらきっと焼け石にサラダオイル。

ただ、サラダオイルは簡単に引火しないんだっけ。
498まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/27(日) 21:10:40 ID:???
「だから俺、そういうことはしない方がいいって言っといた。
 今の時点ではまだ噂の域を出てないし。あくまで『たぶんそうだ』って感じだろう」
「まぁ、お前の判断は間違いじゃないと思うけど……後半はどうだろな」
「え?」

みんな噂が好きだ。特に悪い噂が。
人の不幸は何の味。禁断の果実にソースは必要ないらしい。

みんなと不確定な情報を共有することに意味があるんだろう。
見えそうで見えないからグラビアアイドルの写真集なんてもんが売れるのだ。違うか?
パンモロよりパンチラ。いやいや……。

「それでさ」

俺の脱線を修正するようにジニが話を先に進める。

「明日のパーティーだよ」
「は?」

唐突過ぎる。
なんだいきなり。
499まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/27(日) 21:18:25 ID:???
「ちょうど上手い具合にお前らがそんな企画立ち上げたからさ。
 みんなそっちに話題をシフトしたろ? 実際、これのおかげで
 ミサの噂はちょっと飛んじゃったもん」
「あー、そうなのか?」

まぁ俺が企画したわけじゃないんだけど。

「うん、だから俺からも先生にパーティー許可するよう頼んだんだけどね」
「ぬお、お前さりげなくなんてナイスプレーを」
「いや俺はいいからさ。とにかく……みんながミサのこと忘れちゃうぐらい
 盛り上げろよー明日はさー」

おおお。
ジニ、お前って奴は……なんて奴だ!

なんて奴だ!

知らないところでそんな小細工かましてるとは。
500まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/27(日) 21:29:58 ID:???
「でもなぁ……まさか今日ミサが来てるとは思わなかったな。
 仲間外れにするのはアレだけどさ……明日も、来るんだろ?」
「え、そう……だな。来ると思うよ、そりゃ」

しかもご丁寧に授業には出てないしな。

しかしあいつ、何を考えてるんだ。
ミサは自分が噂になってることとか知らないのだろうか?

「て、ところで大体話したと思うんだけど」

ジニがぴたっと足を止めるので俺は膝が折れそうになる。
気付けばここは『死んでも当たりが出ない』で有名な自販機の置いてある十字路だった。
ここでジニとはお別れだ。

って、なんかまだ釈然としないことがあるぞ。

なんだっけ?
501まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/27(日) 21:35:16 ID:???
「じゃ、明日な」

ジニは手をあげて十字路を真っ直ぐに歩き出す。
しかし俺はそこでまだ聞かなければならないことがあるのを思い出した。

「ちょ、待て。まだある」
「ぐぁっ」

俺はジニの襟首を掴んで引きとめる。
そうだ、思い出した。
サトチーのことだ。

さっき、体育館でのことだ。
あのサトチーの思わせぶりな態度は一体なんなんだ。
そしてやはり俺だけが空気読めてないカンジだった。

「え、えぇ?」

俺の抽象的な質問に、ジニは咳き込むばかりだった。
ごめん。強く引っ張り過ぎた。
502まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/27(日) 21:37:23 ID:???
「いや、あれは……」

首周りを摩りながらジニは、少し困ったような顔をしていた。
いやほんとごめん。強く引っ張り過ぎた。

「あれは、なぁ……うん」
「なんだよ。お前! 俺に隠し事する気か?」
「いや……」

ジニは口をもごもごさせるだけで話そうとしない。
俺はものすごく悲しい気持ちになった。
ジニまで、ジニまで俺をのけものにするんだ。

「あのこと……っていうか、それに関しては俺もよく知ら……っておい! ジェノ!?」

ジニの声が遠ざかる。
いつの間にか俺はその場から駆け出していたようだ。
ちくしょう! アホー! ジニのアホ! 信じてたのに! バカバカ!

「ボケ! カスー! お前なんて深爪しろ!」
「ちょ、おおおおい! 待てって! 違うってば!」

ジニとの距離がどんどん遠くなる。物理的にも心情的にも。
いいんだいいんだ俺なんてロシナンテ。カイバでも食ってりゃいいんだろ。
そうするよくそったれ。色んな意味でちょっとアホみたいだけど!
503まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/28(月) 17:13:06 ID:???
   26.そりゃ形はないだろう。夢なんだから。



「かたちのないーゆっうーめをみたいだけ〜」

新手のハモリ方なのかと思うほど音程を外しまくって気持ち良さそうに歌っているのは下ネタだ。
ちなみに曲はCLAYの『カタチのない夢』だ。ちょうどサビだね。

というわけで今日は土曜日。パーティーはとっくに始まっている。
照明が適度に落とされているので見づらいが、壁にかかってる時計を見るともう夜の7時だった。

転校生の挨拶から始まり、賞品のないビンゴ大会、うちのクラスの男子2名によるどっかで見たような漫才、
といった感じでなんともユルい出し物が続いたが、意外と盛り上がっていた。
みんなワイワイしたかっただけなんだろうなーと思う。

しかし驚くのは参加人数である。
なんと200人超。来過ぎだ。

しかししかしもっと驚くべきは、人数分の食い物なんかをきっちりと用意していたサトチーだ。
いくら後から参加費を徴収するとしてもよくなんとか出来たな。なんなんだ? 
504まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/28(月) 17:24:15 ID:???
俺は体育館の隅っこの方で、ファンタの入った紙コップを片手に立っていた。
少し離れたところでジニがよく知らん奴らと談笑している。

俺は昨日のことを深く反省していた。
昨日の別れ際のアレは失態だった。恥ずかしい。
でも素直に謝れなくて、俺は今日ジニと顔を合わせた時も思わずぷいっと顔を背けてしまった。
しかしジニはそんな俺に対して優しく話しかけてくれたのだった。『昨日はごめんなー』と。
俺はすごく恥ずかしかった。小さな声で『いや俺も悪かった』とか言うのが精いっぱいだった。

そんなわけでジニとはあっさり和解(?)することが出来たのだが、結局サトチーの件は聞けずじまいのままだ。
まぁこうしてパーティーもそれなりの盛り上がりを見せてるのだから、今日のところはまぁいっか。

「おいジェノ」

急に声をかけられて俺はビクッとする。
体育館の中は薄暗いので人が近づいて来ても気づかない。
505おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2008/01/28(月) 17:27:27 ID:???
 
506まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/28(月) 17:31:13 ID:???
「おう」

声をかけてきたのはサトチーだった。
手にはゴミ袋を持っている。
みんなが食い散らかしたゴミをせっせと集めながら体育館内を歩き回っているらしい。

「お前、手品は? 大丈夫なんだろうな?」
「んん……?」

そうなのだ。
俺は手品をやらなくてはいけないのだ。
ここにいる全ての人間をひっくり返すぐらいのすんごいヤツを。

「おい! まさか練習してないってんじゃ……」
「はっはっは」
「なに笑ってんだよ。お前、トリだぞトリ」
「え?」

トリ? 俺が?
507おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2008/01/28(月) 17:35:06 ID:???
  
508まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/28(月) 17:37:12 ID:???
「待て、そんなの聞いてないぞ」
「聞いてないって言われても決まってるんだから仕方ないだろ」
「ちょ、マジで?」

なんてことだ。
どうしよう。

結局なにも練習してないのに。

「おまっほんとに大丈夫なのかよ!? ふざけんなよ、せっかく見せ場譲ってやったのに」

とか恩着せがましく言われても練習してないもんはどうしようもない。
一応、トランプは持ってきた。しかも二つ。

「出番までにお前……あそこで練習してこいよ」

そう言ってサトチーが顎で示したのは、体育用具室だった。

「ネタはあるんだろ? 頼むぞ、ほんと……」

ゴミ袋を引きずってサトチーは人ごみの中へ消えていく。
509おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2008/01/28(月) 17:41:19 ID:???
 
510まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/28(月) 17:44:40 ID:???
練習ったってネタなんてない。
出番前のミュージシャンや試合前のボクサーのように個室に閉じこもったところで
どうにかならないってこともわかってた。

だけど俺の足は体育用具室に向かっていた。
昨日見た光景はもちろん目に焼き付いてる。
俺の心は拒否反応を示しているはずなのに、それでも自然と足が動いたのだ。

体育用具室の中は真っ暗だった。
俺は中に入って戸を閉めてから電気を点ける。
昨日見た時と同じ位置にマットが敷かれたままになっていた。

昨日ここでサトチーとミサは。

改めて昨日のことを思い出す。
不思議と嫌な気持ちにはならなかった。
人間ってすごいね。一日経てばこんなに気持ちを切り替えられるんだから。

でもやっぱりちょっとは気にしてる。
俺はマットを避けて、跳び箱の上に座った。
511おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2008/01/28(月) 17:47:15 ID:???
  
512まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/28(月) 17:51:19 ID:???
尻に違和感。

変な意味じゃない。
ケツポケットに二つもトランプ入れてるからだ。
俺のケツポケットは魔法のケツポケット。
時にはブンガクだって入っちゃうんだぜ。

俺は二つのトランプを取り出して、とりあえず俺と一緒に跳び箱の上に座らせる。
まったくお前ら、片手で楽に持てるぐらいのくせにやたら重いんだから困る。
罪と罰もそうだ。
俺のケツポケットには『責任』が詰まってるらしい。

まいったな。
練習する気が起こらん。

まぁそもそもネタがないし。
どうすんだ。

俺は床に敷かれたままになってるマットをぼんやりと眺めてた。
昨日サトチーとミサが……していたであろうマットを。
513おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2008/01/28(月) 17:53:14 ID:???
 
514まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/28(月) 17:57:56 ID:???
俺はやけにあっさりその事を受け入れていた。
疑いもせず。本人達に確認を取ったわけでもないのに。
昨日ジニから聞いたエンコーの話だってそうだ。
俺はジニを信用しているが、やっぱりミサ本人から聞いたわけじゃないのだ。

ならなんでこんなにあっさり受け入れてしまっているのだろう。
ひどくショックを受けたのは間違いないし、昨日と比べればだいぶ冷静になっているからなのかもしれないが。

サトチーとのことも、エンコーのことも、
俺がミサに対して持ってるイメージと実はそこまでかけ離れたものではなかったからだろうか。
だとしたらいつそんなイメージを抱くようになったのだろう。

俺ってフツーに最低かもしれない。

昨日、体育用具室で見たあの光景は衝撃だった。
全裸でマットに横たわるミサを見た時、俺は強い嫌悪を感じた。

ギャップ? 違うな。そんなんじゃない。
515おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2008/01/28(月) 18:00:00 ID:???
   
516まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/28(月) 18:03:30 ID:???
あのミサが意外にも、とかそんなんじゃなかった。
ただ単純に“汚い”と思ってしまったのだ。

それがギャップか?
俺の中にあったミサ像と、現実の、実際の、生身のミサとでは齟齬があるのは当たり前なのに。
だって俺が今まで見ていたのはミサのほんの一部に過ぎないのだから。

なら体育用具室で見たあのミサを『ほんの一部』で済ませられないのはなんでだ。
それは俺が勝手に俺に植え付けた先入観と固定観念だろうが。
ミサはアホだけどただのアホじゃない。そう思ってた、思い込んでただけだろう。

サトチーとセックスしてたからってなんだってんだ。
その事を知って俺は何を勝手なこと思ってんだろう。
不純異性交遊? そうだな。あんまよくないかもね。世間一般的に考えれば。
でもそんなんじゃないぞ。俺があいつのこと汚いなんて思っちゃったのは。
なんか寂しい、そんな気分になったのは。

俺はミサが好きだった。恋じゃなくて。
人として好きだったんだ。そう、俺はミサが好き。人が好き。
好きだから知りたかったはずの、ミサの『意外な一面』を知ることが出来たじゃないのか?
517おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2008/01/28(月) 18:06:54 ID:???
 
518まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/28(月) 18:07:50 ID:???
勝手に作ってたキレイなイメージが後から追加した情報と辻褄合わなくなったのは
俺の身勝手な欲求だろう。

俺が好きなものにはこうあってほしいというワガママな欲求。
支配欲とはちょっと違うけれど。

そんな自己中心的なモノサシで他人を測って、都合のいい形に切り取ろうとしてる俺に、
あいつを、ミサを否定する資格があるのか?

ないだろ。

ミサはきっとそんなショボい感覚で物事を見てないんだろう。
俺みたいにくっだらないことをウダウダ考えたりしてないんだろう。
今日だって平然とパーティーに参加してるし。
だってアホだもんあいつは。アホのくせにアホじゃないけどアホだ。俺よりも。

……なんて、また勝手にミサを俺の中で正当化しようとしている俺だった。

なんだもう……。
俺はミサに、いや人に何を求めてるのだ。

そんなに自分の決めた色であれこれ線を引きたいならぬり絵でもやってろってカンジ。
519おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2008/01/28(月) 18:09:25 ID:???
   
520まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/28(月) 18:14:17 ID:???
正直しんどい。

てかめんどくせ。
もう全部かったるい。

全てをうっちゃりたい衝動に駆られ、俺は電気を消して、跳び箱の上で胎児のように体を丸めて目を閉じた。
出番まであとどれぐらいの時間があるのかも知らないが、何もかもが他人事のように思えた。


   ◆


サチコさんが体育用具室に入ってきたのは1時間ぐらい経った頃だろうか。
いや、じっとしてたから長く感じただけで実際にはそんなに経ってないだろう。
もしかすると5分も経ってないのかもしれない。

サチコさんは電気を点けた瞬間、跳び箱の上で丸くなってる俺を見て相当驚いたらしく、
「ひゃっ」と小さく悲鳴をあげた。
521まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/28(月) 18:22:56 ID:???
「ジェノ君……? な、なにしてるの?」

ストレートな質問だが、ストレートに答えるのは恥ずかしい。
見ての通り丸くなっているのでござる。それ以上でもそれ以下でもない。

「え、あの、そっちこそどうしたの?」

俺は詳しく聞かれる前に質問を返した。
サチコさんは気味悪そうに俺を見つめている。
彼女が答える前に俺は体を起こして跳び箱の上に正座した。なんで正座?

「ちょっと頭が痛くなっちゃって」

サチコさんは後ろを少し振り返りながら言った。
確かにカラオケの音がデカすぎる。近所の住民から苦情くるんじゃないだろうか。

サチコさんは少し迷ったように俺と視線を合わしたり外したりしていたが、
やがて後ろ手に戸を閉めて、立ったまま戸に背をもたせかけた。
522おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2008/01/28(月) 18:27:38 ID:???

523まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/28(月) 18:27:56 ID:???
いきなりの二人っきり。
超密室。

ジェノ殿! と、紳士が俺の背を押す。
が、俺は緊張してしまって何も言えない。
サチコさんも何も言おうとしない。
しばらくの間、戸の向こうから漏れ聞こえてくるカラオケの音だけが場を支配していた。


「座玖屋さん……喜んでくれてよかったね」

先に口を開いたのはサチコさんだった。
少し、優しそうに笑って。

「うん、思ったより盛り上がってるしね」

わりと自然にそう返せたのは、サチコさんの表情のおかげだろうか。
524まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/28(月) 18:33:06 ID:???
「歌わないの?」
「私? 私が? 遠慮しとく」
「せっかくのお祭りなんだしたまにはハメ外しゃいいのに」
「そういう問題じゃないわ。人前で歌うなんて……ジェノ君こそ歌わないの?」
「ん? あー俺はトリだからね。前座は前座に任せとけばいいよ」
「じゃあ私を前座にしようとしてたってこと?」
「あ、いや、そうじゃないけど」

俺は慌てて言い訳しようとするが、サチコさんは怒った様子もなく声を殺して笑っていた。
そんな彼女を見て、この百年に一度ぐらいしかなさそうな和やかなムードが俺の口を滑らせる。

「……楽しいなら笑えばいいのに」

声に出した直後に後悔した。
調子コキ過ぎた! と俺は思ったのだが、サチコさんはそれでも怒らなかった。

「そうね。こんな時ぐらい楽しまなきゃね」

コン、と頭を後ろの戸にあてて笑うサチコさんはどこか自虐的にさえ見えて。

「私って空気読めてないのかな」

なんだか笑顔すら痛々しかった。
525まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/28(月) 18:38:14 ID:???
その時、戸の向こうから聞こえてたカラオケの音がピタリと止まった。
聞いたことはあったけど何の曲かもわからなかった。

しばらくすると、マイクを通したポンコの声が聞こえてきた。

『えー、そろそろ一通り歌いたい奴は歌ったと思うんだけど、他にはもういませんかー』

と、みんなに聞いてるポンコの声もちょっと掠れてる。
あいつ3曲ぐらい歌ってたな。下手くそのくせに。

『いない? いないなら──』
「待って! 歌うわ!」

完全な静寂。
時間が止まる。

俺は呆気に取られて跳び箱の上でサチコさんの背中を見ていた。
526まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/28(月) 18:38:48 ID:???
勢いよく戸を開けて、ステージに向かって駆けだした彼女は、
ステージにだけ注がれていたライトの逆光を浴びてあたかも裸足のシンデレラ……意味が分からん。

それぐらいびっくりした。

アカペラで『宇宙戦艦ヤマト』を丸々一曲歌いきった彼女の姿は、
昨日の体育用具室での光景を吹き飛ばすほど衝撃的だった。




527まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/29(火) 00:50:17 ID:???
   27.人はそれを逃避と言うけれど



さらばー地球よー旅立ーつー船はー。

現在8ループ目に突入した大合唱なわけだが、一体いつになったら終わるのだろう。
先陣を切ったサチコさんはいつの間にかステージから降りていたが、それでも歌は終わらない。
みんな声を枯らさんばかりにひたすら熱唱している。体育館の中は異常なテンションだった。

それもこれも『あのサチコさんがヤマトを!』の一言に尽きるだろう。
彼女が歌い出した時は皆どう反応していいかわからず固まっていたが、
曲が2番に差し掛かった頃には一人、二人とサチコさんと一緒になって歌い出し、
そして気付けばこんな状況になっていた。

いつ終わるともしれない狂騒の中、俺はサチコさんを探して人ごみの中を歩きまわっていた。

俺は彼女に一言言いたかった。
グッジョブ! と。
どうしてもそれだけが言いたかったのだ。
528まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/29(火) 00:57:21 ID:???
「うおおー! ジェノー!」

人波をかきわけて俺に突進してきたのはポンコだった。
ポンコは強引に俺の肩に手をまわして歌いだす。

「うちゅーせんかんやー! まー! とおおおおお!」
「ちょ、はな、はなせって!」

ダメだこいつ。完全に頭ぱっぱらぱーになってるな。
しかしほんと楽しそうだ。ポンコだけじゃなくてみんな。
こうやってみんな気持を一つにして楽しんでるのを見ると、ちょっと引いてる俺の方が異端に思えてくる。

「楽しいなー! なー! 楽しいなオイ! ジェノ!」
「わか、わかったって」

みんなピョンピョン跳ねている。
いつか見た夢のようだ。

ポンコの手を振りほどき、俺は人波の中を行く。
529まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/29(火) 01:03:16 ID:???
「うーちゅうのかなたーイースカンダルへー」

フッシーとマミジマが肩を組んでぐるぐる回っている。
二人が俺に合いの手を求めるので俺は「ヘイ!」と両手を上げ二人とハイタッチ。
するとどうだ。不思議なことに俺の中のお祭り好きな部分がざわざわし始めたではないか。

「かならーずここへーかええーってくるとー」

体をリズミカルに揺らせているのはカミヤさんだ。
カミヤさんは俺と目が合うとちょっと恥ずかしそうに笑ったが、歌声にブレはない。
彼女も今この瞬間を精いっぱい楽しんでいるのだ。

「てをふるーひとぉにー」

サユも目いっぱい大きな声で歌ってる。楽しんでる。

「えがおーでこ・た・あえ〜ぐはっ」

下ネタはウザいぐらいのテンションだったのでみぞおちを蹴っておいた。
530 ◆K.tai/y5Gg :2008/01/29(火) 01:03:47 ID:???
支援
531おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2008/01/29(火) 01:08:07 ID:???
 
532まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/29(火) 01:08:28 ID:???
あぁ。
楽しい。
楽しいな。

ちょっとはしゃぎ過ぎかもしれないが、みんな今はただただ楽しんでる。
受験だとか、誰と誰がどうだとか、そんなことを考えてる奴はいない。

歌え。踊れ。騒げ。飲め。いや酒はダメだ。

もっと今を。
今を楽しめ。
瞬間真剣十代。

「はっはっは。なんだこれ」

ジニはもみくちゃにされながら笑ってた。
俺もいつの間にか笑ってた。はっはっは。なんだこれ。
533 ◆K.tai/y5Gg :2008/01/29(火) 01:10:23 ID:???
支援
534まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/29(火) 01:13:35 ID:???
「あ、ジェ、ジェノ君」

そんな中、ぽつんと佇んでいたのは転校生だ。
主賓であるはずの彼女は、どうやらこの騒ぎにノリそこねているようだった。
どうしていいかわからず周りをキョロキョロ見ているだけの彼女は、
まるでさっきまでの俺のようで滑稽なほど浮いていた。

「はっははは。もうなにがなんだかわからん!」
「ご、ごめんなさい。歌詞がわからなくて……」
「大丈夫、俺もあんまわかってないから」
「メロディーは大体覚えたんだけど……」

涙ぐましい努力だな。
あと2ループほどしたら歌えるようになるだろう。頑張れ!

俺は周りにいる奴らに合わせてヤマトを歌う。
うちゅうせんかんやーまーとー。

ちくしょう、大好きだお前ら。
535 ◆K.tai/y5Gg :2008/01/29(火) 01:14:50 ID:???
支援
536まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/29(火) 01:20:17 ID:???
その後も俺は体育館の中を歩き回った。中途半端なヤマトを歌いながら。
ヤマトのテーマは何十ループしたのかわからないが、転校生は最初から最後まで歌えるようになってたのは確かだ。
結局大合唱が止むまでにサチコさんの姿は見つけることが出来なかった。

パーティー終了の挨拶は思いもよらない人物からだった。
みんなの歌声が止まったと同時に体育館の鉄扉が耳障りな轟音をたてて開き、
白けた外の空気が館内を吹き抜ける。

「おおい! もう時間だぞ! みんな帰りなさい!」

ビシャッ! と市内を壁に打ち付けて一気に場の温度を下げたのは体育教師のゴリザネ先生だ。
つうかいたのかよ。まぁさすがにこんなイベント学校でやって教師が来てないわけもないか。

そんなわけで締めの挨拶もないままパーティーはお開きと相成った。
だけど誰もガッカリした顔はしてなかった。みんなとびきりいい顔してた。すごいぞヤマト。すごいぞサチコさん。

最後はグダグダで、予定してた俺の出番も潰れちゃったけどまぁそれは災い転じて福となす。ちょっと違うか。

とにかく、俺の心は晴れやかだった。
俺だけじゃない、みんなそうだった。
みんな顔を真っ赤にして笑ってた。
537 ◆K.tai/y5Gg :2008/01/29(火) 01:24:51 ID:???
そろそろやべえかな
538おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2008/01/29(火) 01:25:22 ID:???
分身
539まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/29(火) 01:25:39 ID:???
「楽しかった〜!」

誰かがそう叫んだ。
その声に誰も返事はしない。
だけどみんな感じてた。
楽しかったぞ。

何故か我先にと皆こぞって体育館を出ようとする。
災害時なんかの「おかし」の教えを完全に無視した行動だ。
入口に立ってたゴリザネ先生は押し寄せてくる生徒達に飲み込まれ、
あっという間に体育館の外に弾き飛ばされてしまった。土石流か俺らは。

まるでパーティーを締めくくる最後の余興だといわんばかりの浮かれモードだ。
一秒でも早く体育館の外に出た奴が勝ち、みたいな空気が伝わってくる。
誰が言い出さなくてもみんながそう思ってたに違いない。
何が面白くてこんなアホなことをやるのだろう。
しかし俺もこの波の中に身を任せているのだから考えるのはやめにしよう。

後始末のことなんてみんな考えてなかった。体育館の戸締まりも。
それどころか、今日、何の為にみんな集まったのか覚えてる奴も少ないんじゃないだろうか。
540ニコフ川д゚) ◆nikov2e/PM :2008/01/29(火) 01:26:08 ID:???
思念
541まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/29(火) 01:29:23 ID:???
体育館を出た中学生の塊はそのまま校外へと飛び出した。
すっかり暗くなった正門前で無邪気な笑い声がこだまする。近所迷惑にもほどがあるね。

それから皆、それぞれのいつもの通学路を通って家路につく。
少し進むごとに200からいた中学生が、一人、二人、十人、二十人と徐々にその数を減らしていく。

10分ほどすると、俺の周りには見知った顔を含めて数人だけが残っていた。

「さらばー地球よ〜」

まだ陽気に歌ってるのは意外にもジニだった。
こんなハメ外してるジニを見るのも久しぶりだ。

「座玖屋さん、楽しんでくれたかな?」

サユもまだ興奮しているようだ。頬が紅潮している。
ラストのヤマト合唱には最初戸惑ってただろうけど、きっとあの子も楽しんでくれたに違いない。
あの子が一生懸命みんなに合わせようと必死に歌詞を聴き取ってたところを想像するとちょっと笑える。
542 ◆K.tai/y5Gg :2008/01/29(火) 01:30:48 ID:???
飛燕
543おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2008/01/29(火) 01:31:08 ID:???
分身分身
544まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/29(火) 01:33:15 ID:???
「は〜いみんな今日はありがとな〜」

その時、一際テンションの高い声が後ろから聞こえてきた。
サトチーの声だ。

「おつかれっした〜。あ、参加費の方は来週集金に回りますんで耳揃えて払いやがってくださ〜い」

チャリに乗ったサトチーはスピードを緩めることなく、早口で言うだけ言ってそのまま通り過ぎて行ってしまう。

「おー。実行委員長様もおつかれっしたー」

誰かが遠ざかっていくサトチーに労いの言葉をかけると、サトチーは振り返りもせずに
「これからは興行師と呼べー!」と夜空に叫んでいた。

俺はサトチーに何かかけるべき言葉を探したが、適切な言葉が見つかる前にサトチーの姿は見えなくなってしまった。

「なんか、このまま帰るのも勿体ない気がするなぁ」

と、まだまだテンションの高いジニ。
もう8時過ぎだぞ。良い子は早く家に帰る時間なのに。
545まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/29(火) 01:38:01 ID:???
「カラオケ行きてー」
「まだ歌うのかよ!」

爆笑。
つまんねー!

きっと伴奏付きに変わるだけでヤマトをみんなで歌うのは目に見えている。

けど今日は、今は、みんなそんな気分なのだ。
お約束でありがちな、口に出さずともみんなの気持ちを一つに出来る、
そんな生ぬるい流れに誰もが身を任せたがってる。

それもまた青春の1ページか。
あぁそうか、歴史ってこうやって作られていくんだね。


それから俺達は進行方向をくるりと変えて駅前のカラオケ屋に向かった。
門限があって来られない奴もいたが、俺を含めて5人いたし充分だろう。
どうせヤマト合唱するだけだろうし。
546 ◆K.tai/y5Gg :2008/01/29(火) 01:38:32 ID:???
しえん
547おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2008/01/29(火) 01:39:48 ID:???
分身
548まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/29(火) 01:40:30 ID:???
そしてカラオケ屋に着いた俺達はまた爆笑することになる。
カラオケ屋のフロントには、さっき散り散りになったはずの同級生達が所狭しとひしめいていたのだ。

なんだお前ら。
考えることは皆一緒か。


結局、カラオケ屋は一時的に貸切状態になってしまった。
しかしさすがに一部屋に全員が入り切れるはずもなく、各部屋で数人ずつ適当にわかれての
二次会となったのだった。

もちろんどの部屋からも宇宙戦艦ヤマトを合唱する声が廊下に響いていたのは言うまでもない。
店員からすればさぞかし不気味だっただろう。

延長に延長重ねて、今月の小遣いを使いきった奴数知れず。
帰りが遅くなって親に怒られた奴も数知れず。

オチまでみんな一緒に共有出来た、素敵な一日だった。
549 ◆K.tai/y5Gg :2008/01/29(火) 01:41:18 ID:???
シェンロン
550おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2008/01/29(火) 01:46:11 ID:???
ヤムチャ
551まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/29(火) 01:51:03 ID:???


   ◆


そしてこれが俺にとっての中学校生活最後のお祭り騒ぎだった。
この時はまだ、来月の文化祭が中止になることも知らなかった。
もっとも、例年通り執り行ったとして今日ほど盛り上がったかどうかはわからないけれど。


サチコさんが殺されたことを俺が知ったのは、次の日の朝だった。



552まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/31(木) 22:47:12 ID:???
   - 幕間 -  


   ◆ ジニの場合



日曜日の朝、母親に叩き起こされるようにしてジニは目を覚ました。

母に起こされるのは何年ぶりだろう。
ここ数年ジニは毎朝、目覚めの時間を自分で管理・調整していた。
平日は6時半、休日は7時から9時の間といった具合にだ。
昨日は帰りが遅かったから、眠りについたのも必然的に遅くなった。
そのせいで目覚ましのアラームが鳴ったことに気付かなかったのだろうかと
枕元の時計に目をやったが、まだ7時28分だった。アラームは9時にセットしてある。

昨晩帰りが遅かったことを母は怒っているのだろうか、とジニは思った。
昨日家に帰り着いたのは10時30分だった。その時両親はまだ起きていたが、
特に何も言われなかったのでジニはホッとして、逃げるように2階の自分の部屋に上がったのだった。

基本的に門限は決められていない。
それは両親が自分のことを信頼してくれているからこその暗黙の了解だったのだ。
553 ◆ugougo.EKs :2008/01/31(木) 22:49:39 ID:???
しえn
554まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/31(木) 22:53:42 ID:???
「おはよう……ごめん、昨日は──」
「大変よ! あなたの学校の、ほら……ニュースで!」

寝起きで上手く口が動かなかったが、素直に謝ろうと思った。
しかし母はジニの言葉を遮るようにして、支離滅裂なことをまくしたてた。

「はやく、起きて! 大変なの! 今、学校がテレビに……」

母が口にした幾つかの言葉には心当たりがあるものの、母の言わんとしていることが
さっぱりわからない。しかし尋常ではない様子の母を見て、ジニは考えるよりも先にベッドから抜け出た。

意思に反して閉じようとする瞼をこすりながら、ジニは母と共に階段を下りた。

リビングに父の姿はなかった。日曜は大抵家でゴロゴロしているだけの父だったが、
そういえば何日にか前、日曜日は釣りに行くと言っていたのを思い出した。
父がライフベストに野球帽、という釣り人の定番スタイルで家を出るところが頭に浮かびかけた時、
ジニの目に飛び込んできたのは、見慣れた三井銅鑼中学の正門前に立つ男性リポーターの姿だった。
555まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/31(木) 23:00:35 ID:???
『昨夜午後11時頃、通りがかった男性からの通報を受け──』

神妙な面持ちの男性リポーターが、視線をこちらに向けたまま画面の左に向かってゆっくりと歩き出す。
すぐにカメラもリポーターを追って、彼を正面に映し出すように移動し始めた。

『着用していた制服からこの学校に通う女子生徒だと見られ──』

制服。
リポーターが口にしたその一言でジニはようやく目を覚ました。

知らず鼓動が速くなる。
隣に立っている母の視線を感じた。

学校をぐるりと囲む石垣の高さは1メートルほどの高さで、
その上には更に2メートルほどの高さの金網が設置されている。
話しながら歩くリポーターをバストアップで映したままスクロールしていく画面を見ていると、
同じ映像が繰り返し流れているように思えた。
556まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/31(木) 23:06:29 ID:???
やがて、カメラはリポーターを追い越して石垣に沿ったアングルに変わり、
カメラから離れた所にピントを合わせて画面が固定された。
少し遅れてリポーターがカメラの前に現れる。
リポーターのバックに紺色の服を着た男達が地面にかがみこんでいるのが見えた。

『以上、現場からお伝えしました』

結局、何の事件を伝えているのかはリポーターの口からははっきりと語られなかったが、
数秒後、スタジオへと切り替わったテレビ画面の左下に出たテロップを見て、
ジニは全身が泡立つのを感じた。


 女子中学生変死 キリサキマサキの犯行か!?


母が何か言った気がしたが、ジニの耳には届かなかった。
すぐに階段を駆け上がって自分の部屋に戻り、机の上に置いてある折りたたみ式の
携帯電話を急いで開いた。
557まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/31(木) 23:16:28 ID:???
未読メールが8件。
全て寝ている間、それも時間を見ると数十分ほど前に受信していたものだった。
内容はどれも同じもので、今ジニがニュースで知った内容とほぼ変わりはない。

全てのメールを読み終えると、返信せずにクリアボタンを続けて押して待ち受け画面に戻した。

少し迷ってから、ジニは暗記している学校の電話番号を市外局番から順番にプッシュした。
指が震えていた。鼓動はさっきより速くなっている。落ち着け。まだ何も決まったわけじゃない。

無機質な呼び出し音が繰り返されている僅かな時間の間、ジニは昨日一日を思い返していた。

昨日のパーティには皆、私服で来ていた。別にそう決められていたわけではないが、
昨日は休みだったし、もちろん授業を受けに登校したのでもない。
生徒手帳に書かれている校則の『外出時は制服を着用』なんて古臭い決まりを律儀に守る者なんて、
彼女以外にはきっといないだろう。

いや、彼女だって何も家を出る時は必ず制服を着ているというわけではないだろう。
ただ学校に行く時だけは例え休日であろうと、生徒らしく制服を着て足を踏み入れるべきだ、と
思っているのかもしれない。彼女にとって学校とはきっとそういう場所なのだ。
558ニコフ川д゚) ◆nikov2e/PM :2008/01/31(木) 23:22:08 ID:???
しえn
559まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/31(木) 23:23:36 ID:???
寝る前に生徒手帳に書かれている校則を暗唱している彼女の姿が頭に浮かび、笑いが込み上げてきた。
が、すぐにそんな呑気な想像は消し飛んでしまう。

おそらくは否定しようのない事実が待ち受けていることをジニは知っていた。
無意識の内に、この後すぐに突きつけられるであろう現実を予感していたのだ。

それを頭から飲み込むことが出来ない自分と、どこか遠いところから冷めた目で見ている自分がいた。

受け入れ難いのは突飛な想像の飛躍ではなく、はっきりと自覚している感情と
事実として認識している情報から導き出された論理との相反に他ならない。

それを人は逃避と言うのだろう。
彼女の顔を思い浮かべた時に込み上げた笑いは、自らを自虐的に慰めようと
していただけなのだということをジニは痛いほど理解していた。


「三井銅鑼中学校です……」

電話口に出たのは男の声だったが、ひどく疲れきった様子のその声からは自分の知る男性教師の
誰の顔とも一致しなかった。
560ニコフ川д゚) ◆nikov2e/PM :2008/01/31(木) 23:25:49 ID:???
私怨による犯行か
はたまた通りすがりのうんぬんかんぬん
561まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/31(木) 23:30:04 ID:???
「おはようございます。3年D組のジニです」
「……あぁ、ジニ君か」

生徒会長を務めていた自分のことを知らない教師はいない。
相手は電話をかけてきたのがジニだと気付いても、こちらの朝の挨拶をまともに返そうとせず、
どこかうんざりしたような口調だった。

「事件のこと、かな」

抑揚のない声が益々胸を締め付ける。
わざとらしいほどの溜息が聴こえたが、ジニは黙ってその先の言葉を待った。

「ニュースで見たなら、大体のことはわかってると思うんだけど……」

歯に物が詰まったような、ボソボソと聴き取り難い小さな声だった。

「今はまだ、はっきりとしたことは言えない。報道されている通りです。
 何か詳しいことがわかり次第、すぐにきちんと対応するのでそれまで少し待ってほしい」

電話の相手は突然毅然とした口調に変わり、早口にそう言うと再び溜息を洩らした。
はっきりとした声が聞けたことで、電話の相手が3年C組担任のケニシタだということがわかった。
562まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/01/31(木) 23:33:23 ID:???
ケニシタの用意された原稿を読み上げただけのような感情のない言い草にジニは強い不快感を覚えた。
おそらく父兄を始め、マスコミなどからもひっきりなしに電話がかかってきているはずだ。
いちいちまともに対応している暇も気力もない、というのが相手の本音だろう。

「死んだのは……うちの学校の生徒ですよね」

ジニは湧き上がる感情を抑えつつ、声が震えているのを悟られないように聞いた。

「……それも今、警察が調べてるってニュースで見ただろう」
「警察が学校に来ているんでしょう? なら……確認させられたんじゃないんですか? 写真とかで」

警察の捜査方法について詳しく知っていたわけではなかったが、確信に近い気持ちでジニは問い詰めた。
まだ報道機関には発表されていないだけで既に確認は終わっているのではないか、そう思ったのだ。

ケニシタは答えなかった。
息遣いすら感じさせない彼の沈黙が、充分過ぎるほどの答えだった。
震える声を抑えつけながらなんとか礼だけ言って、ジニは電話を切った。


563まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/02/09(土) 16:55:26 ID:???
     【第三章】





   1.秋の空となんとかは変わりやすいと言うし



日曜の朝、僕が荷物をまとめてホテルをチェックアウトしたのは10時を少し過ぎた頃だった。

「じゃあ、あとのことは任せた」

ホテルの前でノワに別れを告げて、僕は駅に向かって歩き出した。
すると、ノワが黙って僕のあとをついてくる。

「……なんでついて来るんだ」
「なんでって……見送りに。駅まで」

子供じゃあるまいしそんなものいらん。
大体駅まで数十メートルしかない。
564まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/02/09(土) 17:02:25 ID:???
「それに、きらたまも来ると言ってただろう」
「僕は来なくていいって言っただろ。君も聞いてたじゃないか」
「せっかく慕ってくれているんだから素直に見送ってもらえばいいだろう。
 大体だな、九州。晴れて同盟を結んだのだから組織の長としてちゃんとこういう付き合いも……」

ノワがグダグダと説教をたれはじめたので無視。
僕は聞こえないふりをして駅へ向かう。

「待てってば」
「えぇい、しつこいぞ。帰るったら帰るんだ。放っておけ。僕の好きにさせろ」
「まぁ待て。そんなに急いで帰る必要もないだろう」

なにがおかしいのかノワはニコニコと笑っている。
日曜の朝にふさわしい爽やかな笑顔ではあるが、心底気色が悪い。

こいつはこの数日で本当に腑抜けになったと思う。
それもこれもあの娘のせいだろう。

たかが15歳の小娘に魂抜かれやがって。
565まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/02/09(土) 17:09:23 ID:???
「じゃあコーヒーでも奢るから。少し待ってやろう。な?」
「君、今の自分の顔を鏡で見てみろ。“白夜のノワ”の異名が泣いてるぞ」
「なにを言ってるんだ」

のんびりとしたノワの全てが気に入らない。
見ているだけで腹が立ってくる。
一秒でも早くこいつから離れたい。

「とにかくついてくるな。きらたまには適当に言っておいてくれ」
「だからそうつれないことを言うなって。ほら、なんなら林檎ジュース買ってやるから」
「なにが林檎ジュースだ。子供扱いするな」
「お前、林檎ジュース好きじゃないか。要らないのか?」
「いや要る」
「じゃあコンビニ行こう。ほら」
「ジュース飲んだらすぐ行くからな。飲み終わった時まだきらたまが来てなくても帰るぞ。絶対だぞ」
「いいからいいから。はいはい」

絶対だぞ。
566まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/02/09(土) 17:16:25 ID:???


   ◆


この二日で僕を取り巻く状況は大きく変わった。

昨夜、座玖屋家で鈍堕華を交えての話し合いが行われ、すったもんだあったものの
一応は華鼬・座玖屋ファミリーの同盟が正式に結ばれることとなった。

座玖屋ファミリーのNo.2である鈍堕華は、話し合いの席でほとんど口をきかなかった。

先日ポチと駅のあたりをチンピラに追い回されたことを一応問い詰めてみたが、
やはり『知らぬ』の一点張りだった。
水かけ論になるのは目に見えていたのであまりしつこく食い下がりはしなかったのだが、
どうも鈍堕華の様子がおかしかったのを覚えている。
567まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/02/09(土) 17:21:29 ID:???
こちらの詰問に対してはのらりくらりと曖昧な答え方をするばかりだったが、
口調や態度からは初めて顔を合わした時のような敵意が消えうせていたのだ。
それどころか華鼬とファミリーが手を組むことに取り立てて異議を唱えることもなかった。
ただ黙って僕達(というか実際にはノワがほとんど一人で喋っていたのだが)ときらたまが話しているのを
見ていただけだった。

兄妹の父である先代の座玖屋も、終始機嫌良さそうに好々爺然とした笑顔を浮かべていただけで
特に口を挟んでくることもなかった。

あまりにもあっけなく話が進んでいくので、僕は拍子抜けを通り越して一人醒めた気持ちでひたすら
時間が過ぎるのを待っていたのだった。PSPでも持っていけばよかったと思う。

同盟を結ぶにあたっての具体的な条件等は丸ごと聞き流していたので、
これからどういう形で共存していくつもりなのかはよくわからない。
組織のことは基本的にノワに一任してあるので、これからノワときらたまとで細かい取り決めをしていくのだろう。
568まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/02/09(土) 17:30:28 ID:???
別にどうでもいいと思う。
勝手にすればいいと思う。
好きにすればいいと思う。

おそらく、これで全てが丸く収まったと素直に喜んでいるのはうちの馬鹿下僕と向こうの能天気娘だけである。

あの狸のような先代座玖屋も、跳ね返りのNo.2も、そして僕も、まだ腹は割り切っていない。
両者間の距離を縮めたのは内側から相手を食い潰す為の第一歩なのだ。

ただ、僕はもう帰るけどね。

後になってノワが『九州、どうしよう九州』と泣きついてくるまでは放っておこうと僕は決めていた。
それまではテニスでもして爽やかに親睦を深めていればいい。


「じゃあ帰るぞ」

コンビニの前でパックの林檎ジュースを一気に飲み干し、僕はノワに別れを告げる。
569まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/02/09(土) 17:36:23 ID:???
「待て、早い。速過ぎるぞ」
「もう飲んだよ。じゃあ」
「お前いくらなんでも愛想がなさ過ぎ……と、来たぞ、ほら」

ノワが一層気色悪い笑顔で道の向こう側を指さす。

「ちっ」
「なんで舌打ちするんだ」

きらたまが頭を下げて、こちらに向かって歩いて来ているのが見えた。
これじゃまんまと林檎ジュースで釣られたみたいじゃないか。その通りだ。


「おはようございます」

目の前まで来て、きらたまはもう一度頭を下げた。
570まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/02/09(土) 17:41:59 ID:???
「おはよう」

仕方ないので僕も挨拶を返す。
と、きらたまの様子が少しおかしいことに気付く。

「どうした。元気ないな」

昨日会った時は終始頭の上に向日葵でも乗せていそうな笑顔だったのに、
今日は明らかに元気がない。

「すみません……」
「なんで謝るんだ?」
「いえ……その、九州さん達には関係のないことですし」
「……ふぅん」

僕に関係がないと言うのなら詳しく聞きたくもないので、それ以上追及はしなかった。
が、聞かなくてもどうせ、と思ったら、ほら。ノワ。
571まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/02/09(土) 17:46:59 ID:???
「なにかあったのか」

俯いているきらたまの顔をノワが覗き込む。
こんなところで辛気臭い立ち話をするのは嫌なので僕は二人に声をかけず歩き出す。
ノワときらたまも僕の後に続いて歩き出した。

二人の会話を背に、僕は先頭を歩く。

きらたまが中々話を切り出さないので、ノワが「どうしたんだ」「話してみろ」とか執拗に問い詰める。
言いたくないのだろうからそこまでしなくてもいいだろうと僕は思うが口には出さない。

「学校の……同じクラスの人が殺されたんです」

思わず足が止まった。
振り返るとノワときらたまも足を止めていた。

「今朝、ニュースで……」
572まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/02/09(土) 17:55:01 ID:???


   ◆


「なるほどね」

駅の構内へと続く階段の前にあるベンチに座り、きらたまから事情を聴き終わったあとも
僕は腰を上げる気にはならなかった。

もう話は終わったのだから、心おきなく帰って良し、のはずなのだが。
何かひっかかるものがある。それは何だろうか。

・きらたまが通う学校の女子生徒が、学校のすぐ傍で殺されていた。

それがどうした。
その女子生徒に何の思い入れもない。
もちろん面識もないし涙も出ない。
573まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/02/09(土) 18:05:56 ID:???
・何かと親切にしてもらっていたとかで、きらたまはひどくショックを受けている。

それがどうした。
この娘がいくら涙を流したところでその女子生徒が生き返るわけではないし、
慰めてやる気にもならない。

・殺したのはキリサキマサキ、かもしれない。

あの男か。
そういえばあいつはあんな肉の塊のくせにかなりタチの悪い殺人鬼らしい。
なんでも毎年一人、女を殺すとかなんとか。しかも趣味で。変態だな。

しかし、言ってしまえばそれだけのことだろう。
変態が趣味の為に自分勝手に他人の命を奪った、と。

それだけのことだろう。
574まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/02/09(土) 18:12:09 ID:???
きらたまが得ている情報は不確定なものが多い。

きらたまが家を出る直前に観たニュースでは、殺されたのはなんとか言う女子生徒であることが
明らかにされたらしいが、それがキリサキマサキの犯行なのか、どんな方法で殺害されたのか、などの
詳しいことはわかっていない。

今、きらたまから聞いたことなどそんなに気に留めるほどのことではないように思えた。
実際、現時点では僕には一切関係のない出来事だろう。
たまたま被害者ときらたまに面識があり、そして僕ときらたまが知り合いだと言うだけの話なのだ。

なのに何か……が、僕を引き留めようとする。
僕をこの街に留めようと。

それが何なのかを考え始めた時だった。

「……ちょっとすまん。電話だ」

そう言ってノワが携帯電話を取り出して、僕ときらたまから少し離れる。
僕もきらたまも特に返事はしなかった。
575まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/02/09(土) 18:19:59 ID:???
なんとなく沈黙が訪れる。
隣に座ったきらたまがこれでもかというほどに悲しそうな顔をしているが、やっぱり何も言ってやることはない。

「……あぁ……あぁ、そうだ。……いや、昨日話した通り大体の話はついた」

ノワが仏頂面で何やら真剣に喋っている。
話の内容から、どうやら相手は組織の関係者だということがわかる。吊だろうか。

「そのあたりのことはお前に任せるが……そうだな、一度そっちに行く」

座玖屋との同盟を結ぶことで、また色々とわけのわからない話でもするのだろう。
ふむ、まぁ寝首をかかれないように頑張れお前達。

「うん……? あぁ、らしいな……今知ったばかりだが」

ノワがちらっとこっちを向く。
576まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/02/09(土) 18:25:52 ID:???
「あぁ……だがそれが……なに?」

と、急に語気を荒げるノワ。

「そうか……わかった。あぁ、また連絡する」

パタン、と電話を折り畳んでノワは僕を見る。

「九州、帰るなら俺の後ろに乗ってくか?」
「いや、いい」

いきなり『俺の後ろ』と言われても意味不明で困るが、とりあえず断ってみた。
まぁバイクの、ということだろうが。

「どうしたいきなり……君も付いてくる気か」
「あぁ、俺も東京に行こうかと……単車の方が速いぞ?」
「いや、いい」

ノワなりの好意なのだろうが、それでも僕はあらためて断る。
577まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/02/09(土) 18:30:32 ID:???
ていうか一体どれだけ飛ばす気なのだ。
どう考えても電車の方が速いに決まってる。

「そうか……じゃあ、まぁ、別にいいが」
「なんだ、吊に会うのか」
「それもあるが……しばらくこの街から離れた方がいいみたいだからな」
「どうして?」
「その……事件だがな」

少し言いにくそうにノワは曖昧に言う。
事件というのは今さっき聞いた、きらたまのクラスメイトが殺された事件のことだろう。

「どうやらKIRAが捜査にあたるらしい。もうこの街に来ているそうだ」

なるほど。
ひっかかったのはそれか。
心のどこかでそれを予期していたのだ、僕は。
578まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/02/09(土) 18:35:33 ID:???
「まぁ……その事件に俺達が関わっているわけではない、が……一応な。出会わないにこしたことはないだろう」

ノワの言う通りだ。
出会ったからといってどうなるわけでもないのだが、やはり今は極力顔を合わせないようにしたい。

けど。

その事件に首をつっこまなければ、よほどのことがない限り出会うことはないだろうし、
事件に首をつっこむ気などない。所詮他人事だ。

会いたい訳じゃない。
会う訳にもいかない。
近くにいるのがわかったら当然距離を取る。
僕もノワも、彼とは対極の存在だから。
579まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/02/09(土) 18:36:58 ID:???
だけど僕はこの街に残ろうと決めた。
どうせ会えないし、会うわけにもいかないし、会いたいわけでもないのだけど。

「気が変わった」
「え?」
「もうしばらくこの街に残る」
「な、なんでだ? 俺の話聞いてたか?」

聞いてたからだよ。




580まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/02/10(日) 20:10:38 ID:???
   2.ゴミボックスに罪はない



サチコさんが死んだことを知った時、どういうわけか俺は『あぁ、そうなのか』と思っただけで
驚くほど冷静にその事実を受け止めることが出来てしまった。


9月12日の日曜日。
この日、母ちゃんは朝早くから出かけていたらしく、家には俺しかいなかった。
目が覚めて、部屋を出て、下に降りて、寝起きでとりあえずテレビをつけた瞬間ちょうどジニから電話がかかってきて、
俺はテレビに映るアナウンサーと電話の向こうのジニの二人からほぼ同時にそのことを
知らされたのだった。

テレビの中の事務的な口調のアナウンサーと、消え入りそうなほど弱々しい声のジニ。
同じことを言っているのに随分と温度差があるんだな、なんて思ったりもした。

ジニとの電話を終えて、俺はしばらくテレビの前に座っていた。
ただ座っていただけだ。
サチコさんの死を知らせるニュースはジニとの会話の最中に終わっていて、
いつの間にか日曜のお昼前に相応しい軽いノリの料理番組が始まっていた。
581おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2008/02/10(日) 20:13:12 ID:???
sien
582まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/02/10(日) 20:16:24 ID:???
俺はテレビを消して、立ち上がり、自分の部屋に戻った。

自分の部屋に入って俺はまずカーテンを開けた。
いい天気だった。

窓を開けて外の空気を部屋に呼び込む。
9月も10日を過ぎたっていうのにまだまだ寒くない。
窓を開けたまま俺は服を着替える。

お気に入りでもなんでもない薄手のパーカーを着て、なんとなく窓の外に目をやると
パトカーが家の前を通るのが見えた。


   ◆


外は呆れるぐらい温かかった。
まるで春みたいだ。
地球温暖化、マジヤバイね。
583おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2008/02/10(日) 20:17:15 ID:???
sieeen
584まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/02/10(日) 20:21:52 ID:???
15年間ずっと住み続けている近所の景色はいつもと変わらない。

一年中、入口の戸が空きっぱなしの弁当屋『ネリサワ』は個人経営で店舗もここにしかないのだが
味は抜群だ。俺が保証しなくても近所の誰かが保証してくれるだろう。

築50年とも60年とも言われている2階建ての木造アパート『こねみ荘』には、
俺が幼稚園の頃に入居した人が一人住んでるだけで経営は苦しいはずなのだが一向に取り壊される気配もない。

近所じゃ結構有名なアリュウさんちは、一見するとはごく平均的な住宅なのだが、
クリスマスになると暇なカップルが見物しにくるほどイルミネーションに凝ってたりする。

俺と同じクラスの女子、ミミエの家の2階のベランダには何故かいっつもバケツが置いてあって、
たまにバケツの淵に雀がとまっているのを見かける。エサでも入っているのだろうか。
ミミエとはそんなに仲良くないのであのバケツの中に何が入っているのか聞いたことはない。

いつもと変わらない景色だ。
なのにどこか空気がどんよりしている。
こんなにも天気がいいのに。
585ニコフ川д゚) ◆nikov2e/PM :2008/02/10(日) 20:25:54 ID:???
紫煙
586おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2008/02/10(日) 20:27:12 ID:???
siienn
587まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/02/10(日) 20:27:25 ID:???
『死んでも当たりが出ない』で有名な自販機の置いてある十字路に差し掛かるまでの間、
誰ともすれ違わなかった。
日曜日の昼だっていうのに人っ子一人歩いてない。

とても静かで、なんだか世界には俺しかいないんじゃないかと思えてくる。

家々が並ぶ住宅街が俺の為だけに用意された迷路のように見えてきて、
歩きなれたはずのこの道の先にどんな景色が広がっているのか忘れそうになる。

この辺りに一つしかない郵便ポストのすぐ傍にあるお地蔵さんは、
今日も誰かしらがお供えしていった饅頭やらを眺めるばかりで手をつけようとはしていない。

一方通行を表す標識のポールにマジックで書かれた『参上!』の汚い文字の上には
何かを黒く塗りつぶした跡が残ってる。

やっぱりいつもと同じ景色だろう。
何も変わってない。
いつもと違うのは、この閉塞感に似た息苦しさだ。
588ニコフ川д゚) ◆nikov2e/PM :2008/02/10(日) 20:28:54 ID:???
support
589まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/02/10(日) 20:32:29 ID:???
今、この辺りを包んでる空気の色は、俺が意識的に遮断してる感情とは少し違う。
だから俺だけが取り残されたように錯覚してしまうのだ。

みんな知ってる。
近所の人だけじゃない。
この街に住む奴なら誰もが感じてる。

キリサキマサキという梅雨よりも憂鬱な存在を。

「くそったれ」

遮断したはずの感情が不意に口を衝いて出る。

怒りか? 悲しみか? 違うな。
恐怖? 違う。そうじゃない。

悔しい。

何に? 何が?
590おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2008/02/10(日) 20:33:08 ID:???
しえん
591ニコフ川д゚) ◆nikov2e/PM :2008/02/10(日) 20:34:52 ID:???
せつねえ
592まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/02/10(日) 20:36:45 ID:???
「くそっ」

一度蓋が外れるともうせき止めることは出来ない。
抑えつけてたものが一気に溢れ出して、俺は何かにそれをぶつけずにはいられなかった。

「なんでだよ」

空になってるゴミ置き場のボックスを蹴りつけても、俺の求めてる答えは返ってこない。
文字通り、中身のない乾いた音が響いただけだった。

それでも俺は蹴る。
所々錆がかったこのボックスには何の罪もないけれど俺は蹴りまくる。
鉄で出来たボックスはその度に同じ音を一時響かせるだけで、やっぱり何も答えは返ってこない。

つま先が痺れるぐらい蹴り続けても、その形を歪めることすらない。
15歳のガキが力任せに蹴りつけたって、何も変わらないのだ。
593まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/02/10(日) 20:41:36 ID:???


「おい、何をしてるんだ」

突然後ろから声をかけられ、俺はボックスを蹴る為の足を宙に浮かしたまま振り返った。

そこには、威圧的な目で俺を睨むスーツ姿の男が立っていた。
男の後ろには黒いセダンの乗用車が停まっている。
車の中にはまだ他にも男が二人乗っていて、二人ともスーツ姿だった。

運転席に座っている体格のいい短髪の男がハンドルを握ったまま俺を睨んでいる。
後部座席に乗った眼鏡の男は座席に姿勢よく身を埋めて、腕を組んで横眼で俺を見ていたが、
その目には何の感情も見えなかった。ただ、俺を見ているだけの目。

「聞いているのか」

目の前の男が眼光を鋭くして俺を睨む。
俺は答えられなかった。
直感的に、こいつらはただの大人じゃないというのがわかった。
594ニコフ川д゚) ◆nikov2e/PM :2008/02/10(日) 20:44:37 ID:???
これはただの支援じゃない
595まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/02/10(日) 20:46:10 ID:???
「警察……の人ですか」

何故そう思ったのかはわからないが、ほぼ確信しての質問だった。
目の前の男は「そうだ」と唇をわずかに動かして答える。

「すいません……蹴りたかったんで、蹴ってました」

すぐに口から謝罪の言葉が出てきたが、まったく罪の意識はなかったので
目の前の男に頭を下げる気にはなれなかった。
そんな俺の心情を感じ取ったのだろう。目の前の男……おそらく刑事であろうその男は、
怒りをあらわにして更に眼光を鋭くした。

その目を見て公共物なんとか罪、ってやつになるのだろうか……と、今更自分が悪いことを自覚した時、
後部座席に座っていた眼鏡の男がドアを開けて降りてきた。
運転席の男が後ろを向いて何か言っていたが、ガラス越しで何を言ってるのか俺には聞こえなかったし、
眼鏡の男も運転席の方を見ようともしなかった。

「君は中学生か?」

眼鏡の男は静かな、深みのある声で言った。
俺が「そうです」と答えると、眼鏡の男は目を細める。
596おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2008/02/10(日) 20:47:03 ID:???
sienn
597まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/02/10(日) 20:49:01 ID:???
「三井銅鑼中学の生徒か」

眼鏡の男は続けてそう聞いてきたので、俺は黙って頷く。
すると眼鏡の男も小さく頷き、隣で俺を睨んでいる男に目線を送った。

「公共物は蹴らないように」

最後にもう一度、背を向けざまにそう言って男は車に乗り込んだ。
初めに声をかけてきた男は憮然とした表情で立ち尽くしていたが、
眼鏡の男がガラス越しに顎で車に乗るように促すと、無言でそれに従った。

車は音もなくゆっくりと動き出し、すぐに角を曲がって見えなくなってしまった。

俺は散々蹴りまくったボックスに『ごめん、悪かった』と心の中で謝って、その場をあとにした。




598ニコフ川д゚) ◆nikov2e/PM :2008/02/22(金) 23:42:30 ID:???
保守
599おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2008/03/09(日) 15:33:25 ID:???
600ニコフ川д゚) ◆nikov2e/PM :2008/03/30(日) 02:20:03 ID:QxnZDJJ0
こちらもです
601まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/04/06(日) 00:52:37 ID:???
   3.秋の空となんとかはやっぱり変わりやすい



「九州さん、よかったら私の家に来ませんか?」

僕がもうしばらくこの街に滞在すると決めた途端、陰っていたきらたまの表情が明るくなった。

「ホテルはもうチェックアウトされたんですよね?」
「あぁ、うん」

さっきまで沈みきっていたのが嘘のように、きらたまは顔を綻ばせて僕の腕を掴む。

「じゃあ、是非うちにいらしてください」
「……? それは君の家に泊まれということか?」
「はい」

正直ありがたい申し出ではあった。
もう一度同じホテルに部屋をとるのはなんだかアホのようだし、
かといって別の宿を探すのも面倒くさいと思っていた。
602まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/04/06(日) 00:59:09 ID:???
もっと言えば、実のところ内心では座玖屋家に厄介になる心づもりでいたような気もする。
ホテルのルームサービスよりは上等なものを食べさせてくれるだろうし、
ベッドだってきっとフカフカに違いない。
風呂場にはマーライオン仕様の給湯口が設置されているかもしれない……。
頭の中でそんな想像を膨らませていると、腕にかかったきらたまの両手がすっと離れた。

「ご迷惑でしたか……?」

僕が黙っていたのを拒絶ととったらしく、きらたまは気まずそうに肩をすくめる。

「ごめんなさい」

きらたまは続けて謝罪の言葉を口にすると、僕から視線を外してまた俯いてしまった。
表情にも再び陰鬱な影が差し始める。

別に断ったつもりはないし、泊れと言ってくれるのならお言葉に甘えたいところなのだが、
なんだかバツの悪い空気が辺りを包み、僕が謝り返さないと話が好転しそうにない様相を呈していた。

しかし別に僕が悪いわけではない、この娘が勘違いしただけなのだから謝るのも癪なので
黙っていると、

「でも、まだどこに泊まるかは決めてないですよね」

視線を落したままできらたまは言った。
603 ◆K.tai/y5Gg :2008/04/06(日) 00:59:19 ID:???
 
604まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/04/06(日) 01:03:54 ID:???
「ホテルだとお金もかかるし、手続きも面倒ですよね」
「……そうだね」
「だったらうちに泊まればいいじゃないですか……」

ここで『そうだね』とさりげなく返せば一件落着だったのかもしれないが、
素直にそう言えないのが僕なのだった。

きらたまは膝の上に両手を重ねて訴えかけるような眼差しを投げかけてくるが、
僕はもう一押ししてくれと願いつつ沈黙を押し通す。

「そんなに嫌なのですか……?」

嫌じゃない。
むしろもう泊まる気まんまんなのでさっさと話をまとめてここから移動したい。

はやる気持ちを抑えてきらたまからのとどめの一言を今か今かと待つが、
彼女もまた、僕が諾するのを待ち望んでいるようだった。

「どうしてですか……」

グスッ、と鼻をすすったかと思うと、きらたまはベンチから腰を上げて
よろよろと歩き出した。
605 ◆K.tai/y5Gg :2008/04/06(日) 01:08:12 ID:???
 
606まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/04/06(日) 01:10:21 ID:???
どこに行くのだ。
ていうか泣かせてしまった。
そんなつもりはなかったのだが。

いや待て。
これぐらいで泣く方がどうかしている。
何故どうしてこのタイミングで泣くのか。
これだから思春期の娘は扱いに困る。

「どうして私の言うことを聞いてくれないのですか。どうして……」

きらたまは繰り返しどうしてどうしてと呟きながら、僕の目の前で
半径2メートルの見えない円の中をふらついた足取りで歩き回り始めた。

まるで触覚を失った昆虫のようだ……などと見惚れるはずもなく、
僕は沈黙を通り越して絶句を強いられる。ノワも茫然としていた。

「泊まればいいじゃないですか……」

ガッ! と、きらたまは石畳を踏みつける。
いや、踏みつけるというより足を打ち下ろすと言った方がしっくりくるぐらいだった。
607まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/04/06(日) 01:15:50 ID:???
「泊まればいいのに……」

足もとの石畳を親の仇に見立てているのかと思わせるほどに
きらたまは何度も何度も同じ場所を踏みつける。

所詮15やそこらの少女が執拗に踏みつけたところで、
大勢の人が長きに亘って踏み歩くことを想定している人造石が砕け散るはずもないのだが、
それでもきらたまは踏み続ける。


「ちくしょう……」

延々と踏圧され続ける石畳がいよいよ不憫に思えてきた頃、きらたまはようやく踏むのをやめた。
肩で大きく息をしながら何事か怨み言めいたことを呟いていたが、きらたまの視線は何処でもない
宙を彷徨っていたので怨言が僕と石畳どちらに向けて発していたものなのかは判然としなかった。

「だ、大丈夫か」

ノワがわけのわからないことを言ってきらたまに歩み寄る。
たぶん言った本人もよくわかっていないのだろう。
しかし状況的に、雰囲気的に、その言葉が一番妥当な気がした。
608 ◆K.tai/y5Gg :2008/04/06(日) 01:17:16 ID:???
  
609まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/04/06(日) 01:21:39 ID:???
「泊まっていけばいいじゃのに! ……泊まっていけば! 私の家に……」

いいじゃのに、と言われても困る。
僕の真正面で仁王立ちしているこの娘はもはや僕の知る楚々とした可憐な少女きらたまと同一の人物には見えなかった。
肩で息をしながら爪を齧るその姿は日曜朝の駅前を彩るにはあまりにも奇怪だ。


ふと視線を感じ、辺りを窺う。

高校生ぐらいの少年二人はちらちらと横目できらたまを見ながら駅の構内へ続く階段を上って行った。
待ち合わせかなにかしているらしい女は電話ボックスの陰に隠れるようにしてこちらの様子を覗き見ていた。
大きな風呂敷を背負った初老の男性は明らかに僕達と目を合わせないようにして目の前を通り過ぎて行った。
バスを待っている人々にも奇異の目で見られている。

これはまずい。
別に何か悪いことをしているわけではないのだが、あまり目立ちたくない。
というよりなんだか恥ずかしい。

『ノワ、なんとかしてきらたまを落ち着かせるんだ』とノワに目配せして僕は顔を伏せる。
ノワが『どうしろというのだ』という目線を返してくるが無視。

構内から三人の男女が降りて来るのを目の端で捉えた僕は、出来るだけ顔を見られないように身を縮める。
ノワもいつの間にかサングラスをかけていた。
610 ◆K.tai/y5Gg :2008/04/06(日) 01:25:53 ID:???

611まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/04/06(日) 01:27:27 ID:???
「泊まっていけばいいじゃないですか!」

僕が顔を伏せたのが気に入らなかったのか、きらたまは鬼の形相で再び石畳を踏み始める。
それでも僕は顔を上げず、腹を抱え込むようにして身を小さく丸め、嵐が過ぎるのを待った。

「き、きらたま……ちょっと落ち着くんだ。な?
 ほら、そこのマック行こう。今期間限定で“てりたまバーガー”売ってるんだぞ。きらたまだけに」

しょうもないギャグはともかく、ノワはきらたまの手を引いてマックに向かって歩き出したので
僕は胸を撫で下ろしたのが、まだ嵐は去っていなかった。


「だ、大丈夫でつか……?」

きっと彼らには腹痛を訴えているように見えたのだろう。
降りて来た三人の内の一人が声をかけてきたが僕は顔を膝に埋めるようにしたままで首を振る。

「お腹痛いんでつか?」

独特な言葉遣いだった。あまりにも独特な。
こんな言葉遣いする奴、そうはいない。
しかし僕はこんな話し方をする人間に心当たりがあった。
612 ◆K.tai/y5Gg :2008/04/06(日) 01:30:51 ID:???
 
613おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2008/04/06(日) 01:32:00 ID:???
 
614まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/04/06(日) 01:32:09 ID:???
「あゎゎ……た、大変でつ。け、け、警察警察……」
「違うよショボーン。救急車だよ」

──天然だ。
こいつはおそらく小学校の頃の同級生、ショボーンに違いない。
まさかこんなタイミングで出くわすとは。

「そ、そうか。警察は110番でつよね……マ、マキたん119番って何番でつか!?」
「119番は119番だよ」

このままでは本当に救急車を呼ばれてしまう。
それよりも搬送される時に顔を見られてしまう。
それはあまりよろしくない。

僕がこの街にいるところを目撃されると、
どこでどうなって僕と華鼬の関係が暴かれるかわかったもんじゃない。
出来るだけ知られたくはない。

「大丈夫です。軽い貧血です。どうかお気遣いなく」
615 ◆K.tai/y5Gg :2008/04/06(日) 01:33:48 ID:???
   
616おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2008/04/06(日) 01:34:01 ID:???
  
617まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/04/06(日) 01:34:31 ID:???
声ぐらいなら大丈夫だろう。
一応声色は微妙に変えて、顔を上げずにあしらうことにした。


ショボーン(たぶん)はしつこく食い下がってきたが、僕は意地でも顔を上げなかった。

いつノワ達が戻ってくるかとヒヤヒヤしたが、顔を伏せたまま二言三言ほど適当に会話して
なんとか追っ払うことが出来た。

しかし世の中狭いものだ。
ショボーンがこの街に住んでいるというのは聞いていた気がするが、まさか本当に会うとは思わなかった。
まぁお互いまともに顔も見てないから会ったとは言えないのかもしれないが。




618まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/04/07(月) 00:16:41 ID:???
   4.呪いのオッサン再び



気が付くと俺は歩道橋の上に立っていた。
どうやら無意識の内に駅へ向かって歩いていたらしい。

どうして俺は駅に向かっているのか。
目指す先に自分が何を求めているのかを考える前に腹が鳴った。
そういえばもうそろそろ正午か。

キリサキマサキのせいで街全体が灰がかっているように感じるものの、
それでもこの街で暮らす人達にとって日常とは生きる事であり、みんな生きる為に
それぞれ与えられた役割をこなさなくてはならない。

たとえ目を背けたくなるような事件が身近で起きたとしても。

例えば今、駅側から歩道橋を上って来た人達だってそうだろう。

その三人の男女と俺は勿論面識がない。
どこかですれ違っことぐらいはあるかもしれないが、そんな記憶は当然ないので
やはり俺からすれば彼らは他人だし、彼らにとっても俺はあかの他人でしかない。
619 ◆K.tai/y5Gg :2008/04/07(月) 00:18:34 ID:???
 
620まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/04/07(月) 00:22:33 ID:???
「やっぱりタクシー使った方がよかったかな」

女性二人に挟まれて真ん中を歩く男が心配そうな顔つきで言う。
彼の右隣りを歩いているお腹の大きい女性(妊婦さんだろう)はにっこりと笑った。
大丈夫、という意味だろう。

「マキたん優しいね〜」
「だって何かあったら大変じゃないか」
「でも、適度に運動した方がいいんでつよ」

どうやら新婚夫婦とその友人、という組み合わせのようだ。

それから三人とすれ違うまでなんとなく聞き耳を立ててしまったのだが、
特に何ということもない。

彼らがこの街に住んでいるのかどうか定かではないが、見る限りでは
今世間を賑わわせている事件のことなど微塵も興味がない、といった感じだった。

誰かが暗い影を背負う一方で、こんな風に幸せを噛みしめている人もいるのだ。
だからといってそんな人達を誰も僻んだり妬んだりはしない。
誰にだって幸せになる権利はある。八つ当たりなんて以ての外だ。
621 ◆K.tai/y5Gg :2008/04/07(月) 00:23:03 ID:???
 
622まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/04/07(月) 00:27:32 ID:???
というわけでお幸せに。素敵な家庭を築いてください。
などと勝手に彼らを祝福しつつ、さっき蹴ったゴミボックスにもう一度心の中で謝罪する俺であった。


   ◆


俺がハナちゃんと出会えたのは奇跡というほどではないが、ちょっとした幸運には違いなかった。
空腹を感じ始めた俺は歩道橋を渡ってそのまま駅入口のすぐ傍にあるマックに向かったのだが、
そのおかげでハナちゃんと出会えたのだ。
もしハナちゃんが泊まっているホテルに向かっていたらきっと会えなかっただろう。

正確には、ハナちゃんと会ったのはマックの店内ではなく店の外だった。

こんな人目の多い所で何を? 追われてるんじゃなかったのか? 
誰かと待ち合わせでもしているのか。そうだそういえばこないだはよくも俺を置き去りにして……。

言いたいことはたくさんあったはずなのに、どういうわけかハナちゃんの顔を見た途端
胸が締めつけられたようになって、呼吸すらままならなくなってしまった。

ハナちゃんはというと、腕を組んだまま俯き加減に上目で俺を見るだけで顔色一つ変えなかった。
623 ◆K.tai/y5Gg :2008/04/07(月) 00:27:57 ID:???
やばいかな分身しようか
624ニコフ川д゚) ◆nikov2e/PM :2008/04/07(月) 00:28:19 ID:gsrutrwj
てつだうよ
625まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/04/07(月) 00:32:09 ID:???
「……どうして、泣いてる?」

先に口を開いたのはハナちゃんだった。
表情はそのままに、口元だけを僅かに動かして発せられたその言葉の意味を理解するのに俺は数秒を要した。

目の奥が熱い。
腹の底がヒクヒクしているのも感じる。
そうか、俺は泣きそうになっているのだ。
しかし実際に涙を流しているわけではない。

「泣いてねぇよ」

心を見透かされたみたいな気がしてつい吐き捨てるように言ってしまい、すぐに後悔した。
そんな俺を見てハナちゃんはおかしそうに笑う。

「なに笑ってんの」

そんなに俺は情けない顔をしていたのだろうか。
もしかして気付かぬうちに涙が出ていたのかもしれないと思い目元を拭うが、やはり涙は出ていない。
626 ◆K.tai/y5Gg :2008/04/07(月) 00:33:31 ID:???
 
627おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2008/04/07(月) 00:34:25 ID:???
ヽ(´ー`)ノ
628ニコフ川д゚) ◆nikov2e/PM :2008/04/07(月) 00:35:27 ID:???
どらっしゃあああああああああああああああああ
629まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/04/07(月) 00:36:02 ID:???
それからしばらくの間ハナちゃんはずっと俺の顔を見て笑っていた。
俺は居心地の悪い思いをしながらも、楽しそうに笑う彼女から目が離せなかった。

不思議なことに、俺はまともに会話もしていないというのに全てを話せた気になっていた。
俺がどうしてここに、この人に会いに来たのか。どうして会いに来たのか……。
ハナちゃんは全てを知っている、そんな気がしたのだ。

俺が全身から漂わせているであろう負のオーラを感じ取って“理解”したというよりは、
最初から全て“知っていた”ような、そんな笑い方だった。

まぁニュースにもなってるし、知っててもおかしくはない。
俺とサチコさんが同じ学校だってこともちょっと勘が良けりゃ気付くだろう。

それから数十秒。
ハナちゃんは声こそ潜めたもの、未だ笑い続けていた。
ちょっといくらなんでも笑い過ぎなんじゃないかと呆れ始めていた俺は、
ふと周囲の人々が訝しげな視線を俺達に向けているのに気付いた。
そりゃ駅の前で延々と笑い続けている女がいたらさぞかし不気味であろうが、
バス待ちしてる人達や誰かと待ち合わせしてるっぽい女にジロジロと見られているのは気持ちのいいものではなかった。
630ニコフ川д゚) ◆nikov2e/PM :2008/04/07(月) 00:38:43 ID:???
うっほいjまf、あsふぁ
631 ◆K.tai/y5Gg :2008/04/07(月) 00:39:35 ID:???
  
632おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2008/04/07(月) 00:39:42 ID:???
ヽ(´ー`)ノ
633まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/04/07(月) 00:41:11 ID:???

なんだかいたたまれなくなってきたのでいっそのこと場所を変えるべきか、と思った時、
すぐ傍にあるマックから見知った顔が出てきた。パシリのオッサンである。

オッサンは俺を見て少し驚いたような顔をしたが、すぐに俺から目を切ってハナちゃんに歩み寄った。
するとハナちゃんは口を半開きにして人差し指をピンと立てて、細い指先をくるくると回して
宙に円を描き始める。
言葉が出てこないのか、唇を小刻みに動かしながら難しい顔をしていた。

「あー……アレは?」

と、ハナちゃん。

それを受けてオッサンは、俺を横目で見て表情を曇らせる。
どうやら俺に聞かれたくない話題のようだ。
俺はこの場から離れた方がいいのだろうかと考えたが、オッサンは顎でマックを示し、
「もうすぐ使いの者が来る」と小声で言った。

俺には何のことだかわからなかったが、ハナちゃんは小さく頷いてオッサンの言葉に応えていた。
634 ◆K.tai/y5Gg :2008/04/07(月) 00:41:25 ID:???
   
635ニコフ川д゚) ◆nikov2e/PM :2008/04/07(月) 00:43:10 ID:???
「やだ!やだ!!すわ・・・すわれてますぅぅっぅあたしのチン!チン!
 キンタマ!あああああああああああキンタマすわれたmたえうtなmたふぁ
 堪忍おwwww堪忍おwrなfまふぁあ吸われながら射精します!いく!いきますぅあぅ
 携帯の射精ぃぃぎぃ吸われながら!射精!するとこみ!てってええええた!」
636おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2008/04/07(月) 00:43:11 ID:???
ヽ(´ー`)ノ
637 ◆K.tai/y5Gg :2008/04/07(月) 00:44:02 ID:???
>>635が記憶ごと見えない
638まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/04/07(月) 00:44:42 ID:???
それからハナちゃんとオッサンは声を潜めて何か話し合ったかと思うと、
俺には何も告げず急に歩き出した。
仕方ないので俺も二人の後を追う。

二人が話した内容は聞き取り難くて半分ぐらいしかわからなかったが、
人目につくのでこの場から離れたい、とかそんな感じだった。

やっぱりまだ追われているのか。
だったらこんな所に来るなよと思うが。


少し歩いたところで、先を行くハナちゃんとオッサンが足を止めて振り返る。
俺は二人の目を見て明確な意が込められているのを即座に感じ取った。

……拒絶。

声に出して『付いて来るな』と言われるよりも効果的な二人の厳しい視線に
俺は思わず後ずさってしまった。
そんな俺を見てハナちゃんは満足そうに口角を上げ、再び歩き出す。

俺はそれ以上二人の後を追わなかった。
639ニコフ川д゚) ◆nikov2e/PM :2008/04/07(月) 00:46:01 ID:???
(`・ω・´)
640 ◆K.tai/y5Gg :2008/04/07(月) 00:46:16 ID:???
   
641まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/04/07(月) 00:47:26 ID:???
結局何一つ言いたいことを言えなかったが、俺はわりとすっきりしていた。
よくよく考えてみると会話すらまともに成立していなかったが、あれで充分だった気がする。

今日のハナちゃんには優しさの欠片もなかったが(いつものことだが)、
腹の中に溜まっていたどんよりしたものは少し吐きだせたように思う。

そのおかげか何なのか、俺の腹は正常に機能し始める。
腹が減った。

そうだ、マック行こう。


   ◆


「ジェノ君……?」
「あ、なにしてんの」

思わぬ場所で思わぬ人物と会った。
転校生の座玖屋さんだ。
642ニコフ川д゚) ◆nikov2e/PM :2008/04/07(月) 00:50:44 ID:???
((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル
643まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/04/07(月) 00:51:29 ID:???
「こんにちは」

座玖屋はアイスティーらしき液体の入ったカップをテーブルに置いてペコリと頭を下げる。

「あ、あぁ、こんにちは」

チーズバーガーとポテトとナゲットにコーラというベタなセットを乗せたトレーを持ったまま俺も慌てて挨拶を返す。
少し迷ったが、俺は彼女に了承を得てから同じ席に着いた。

「誰かと待ち合わせ?」
「いえ……」

日曜の昼に一人でマック。
しかもテーブルには飲み物だけとくればそれぐらいしか思いつかなかったので何の気なしに聞いてみただけなのだが、
何故か彼女は表情を曇らせた。

「さっきまで人と会っていたのですけれど……気分が悪くなって。迎えを待っているのです」
「……? そうなんだ。大丈夫?」
644 ◆K.tai/y5Gg :2008/04/07(月) 00:51:30 ID:???
コトノハモードで来い
645ニコフ川д゚) ◆nikov2e/PM :2008/04/07(月) 00:54:36 ID:???
「うそだッ!」

   /  / /    |    /|   /:::/:.:.:.:.:.:.:|::::::   
  /  〃 i     .::|   /:.:.|  |::l::|:.:.:.:.:.:.:.:|::::::
 ,゙  /|   |   .:::|. \|:.:.:.:|   |::l::|/:.:.:.:.:.:j/::   
 ! ,' !  ::|    ::::|!. ,ィ|≧ゝl、_.;|::ィ|/_:._/ィllヘ         
 l ,' │ ::|:..  ::::|く/ {ひlll|::|ヾ|:.N:.::´〃ひlllリ::   
 ヾ  '、  |\  ::::|:.\\こソ:.:.:.:.:.:.:.:.:.:、、\こソ        
     '、 :|  \ :::\:.:._,、__彡 _' -─ 、`゙ー=        
      ヾ、/.::>:、:;ヽ、__  /ーァ''"´ ̄ ヽ         
      / .::::::::::::::::ヘ ̄   {|::/       }    
     /...::::::::::::::::::::::::::\  V      j}  
646まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/04/07(月) 00:55:03 ID:???
なんだか違和感がある説明だった。
誰か知らんが人と会っていて、そんで気分が悪くなったので帰宅する為に迎えを待っている……まではいいが、
その会っていたという誰かは体調を悪くした彼女を置き去りにして帰っちゃったのだろうか。
俺だったら迎えが来るまで一緒に待っててやるが。まぁ別にいいんだけど。

少し気になったが、座玖屋はあまり話したくなさそうな様子だったので
俺はそれ以上追及するのはやめておいた。

「ジェノ君は?」
「俺? 俺は食欲を満たす為に」

と、言ってから俺は失言だったと後悔する。
まるで食事以外の目的でここに来るのがおかしいといってるようなもんだ。

だが彼女は俺の言葉に不快感を表すこともなく「そうですか」と微笑んでくれたので俺はちょっとほっとする。

「あの」
「んぁ」

チーズバーガーにかぶりついた瞬間に話しかけられたのでむせそうになった。
グッと息を飲んで咀嚼した物を吐きだしそうになるのを堪える。
647 ◆K.tai/y5Gg :2008/04/07(月) 00:56:39 ID:???
 
648おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2008/04/07(月) 00:56:57 ID:???
(`・ω・´)
649まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/04/07(月) 00:57:31 ID:???
チーズバーガーにかぶりついた瞬間に話しかけられたのでむせそうになった。
グッと息を飲んで咀嚼した物を吐きだしそうになるのを堪える。

「サチコさん……は、どうしてあんな……」

喉を嚥下してゆくチーズバーガーが急に凍ったように冷たく感じた。
舌に残った味も一瞬で消し飛ぶ。

そうだ。
彼女も例の事件のことを知っていて当然だ。
しかも数日とはいえ自分に優しく接してくれていたサチコさんの死は、
彼女にとって相当なショックだったに違いない。

「あんなに優しい方だったのに……どうして……」

どうして。
どうしてサチコさんは死ななきゃ……いや殺されなきゃならなかったのか。

なんでよりによってサチコさんがキリサキマサキとかいう殺人鬼の手にかけられなきゃ
ならなかったのだ。
650 ◆K.tai/y5Gg :2008/04/07(月) 00:59:36 ID:???
   
651おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2008/04/07(月) 01:01:15 ID:???
ヽ(´ー`)ノ
652まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/04/07(月) 01:03:24 ID:???
毎年この晴刷市限定で誰か一人が殺される。
しかも必ず女だ。

店内を見渡すと男と女、半々ぐらいの割合で客がいる。
事件の影響から極力外出を避けるようにしている女性は多いのだろうが、
それでもこの世には男と女しかいない。
街を歩けば数えきれないほど女がいるのだ。

なのに何故、彼女が狙われてしまったのか。

運が悪かった、といってしまえばそれだけなのかもしれない。
警察の発表ではこれまでに殺された被害者には何の共通点もないそうだ。
ただ、女だけが狙われる。

サチコさんが女だったから殺された。
世間一般の人はきっとそう思っているに違いない。

俺だってサチコさんと同級生じゃなければきっとそう思うだろう。
そして去年までそうだったように、時間の経過と共に事件のことを忘れていっただろう。


「ジェノ君、どうしてサチコさんが殺されなきゃならなかったんでしょうか……」
653 ◆K.tai/y5Gg :2008/04/07(月) 01:04:31 ID:???

654おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2008/04/07(月) 01:05:50 ID:???
ズサーc⌒っ゚Д゚)っ
655まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/04/07(月) 01:06:34 ID:???


   ◆


俺は何も言えず、黙って席を立ってしまった。
適当な慰めの言葉が思いつかなかったんじゃない。
サチコさんの死という事実と直面するのが怖くて逃げてしまったのだ。

俺はアホか。

アホだ。

ハナちゃんに会って、全てを話して楽になった気がしてたけど全然そんなことなかった。

俺はサチコさんの死を知ってから今の今まで彼女の死を受け入れていた気でいたが、
本当は突きつけられた現実にビビッて見えないフリをしていただけなのだ。

それでも目の前にぶら下がってる事実を払いのけたくて
ハナちゃんにすがりつこうとしたんだろう。悲劇のヒロイン気取りで。男なのに。
656 ◆K.tai/y5Gg :2008/04/07(月) 01:07:18 ID:???
512近いな
657ニコフ川д゚) ◆nikov2e/PM :2008/04/07(月) 01:08:39 ID:???
たてましょうか?
658まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/04/07(月) 01:09:55 ID:???
ハナちゃんに会うことで、俺はサチコさんの死という問題をまるっとクリアにしようとしていたのだ。
そうすることで俺だけはこの現実から逃げられる、と無意識に思い込んでいたに違いない。

キモ過ぎる。

まるでハナちゃんに全てを押し付けようとしていたみたいだ。
いや実際そうだろう。一人で抱えられないからハナちゃんに会いに行ったんだ。

もしかするとハナちゃんはそのことに気付いていたのかもしれない。
そんな気がした。


清掃の行き届いたマックのトイレで、俺は一人洗面台の鏡に映るもう一人の自分と向き合っていた。
見れば見るほど俺にそっくりだ。当り前だ。

しかし情けない顔してるなこいつは。
それだけ“俺”の心がへたばってるってことだろう。

でも、だからって逃げらんないだろ。
どこに行っても誰かに何かを求めてもサチコさんは帰って来ない。
659 ◆K.tai/y5Gg :2008/04/07(月) 01:10:33 ID:???
まだ大丈夫だべ
660ニコフ川д゚) ◆nikov2e/PM :2008/04/07(月) 01:11:14 ID:???
さすが主人公
661おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2008/04/07(月) 01:11:46 ID:???
サチコさん・・
662まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/04/07(月) 01:12:55 ID:???
「逃げんなジェノ!!」鏡の中の自分に向かって両手を突き出すと鏡の中の俺も両手を伸ばす。
俺と鏡の中の俺の両手が重なり合い、ズバンと派手な音がトイレの中に響き奥の個室から
「ひゃあっ」と裏返った声が上がった。誰だよ!? 

俺は鏡から手を離して奥の個室のドアを注視する。
まさか人が居たとは。

「びび、びっくりしたぁ」

静かにドアが開き、中から這い出るようにして男が出てきた。
その男の顔を見て今度は俺が悲鳴を上げそうになる。

呪いのオッサンである。
来々々々軒で見た、あのキモいオッサンだ。

俺は瞬時にあのオッサンだと気付いたが、向こうは俺のことを覚えていなかったようだ。
オッサンは「うへへ、へへ」と薄ら笑いを浮かべながら、手も洗わず逃げるようにしてトイレから出て行った。
663 ◆K.tai/y5Gg :2008/04/07(月) 01:15:58 ID:???
    
664まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/04/07(月) 01:16:50 ID:???


   ◆


トイレから戻って数分後、やたら姿勢のいい身なりのピシッとした男が店内に入ってきた。
男はカウンターには向かわずまっすぐこちらの方へ歩いてくる。
この男が迎えらしい。

「お嬢様、お待たせしました」
「ありがとう三浦」

三浦と呼ばれた男は俺達の座る席の前まで来て恭しく頭を下げる。
どうやら座玖屋にではなく、俺に頭を下げたらしいということに気付いて俺も慌てて頭を下げる。

「それじゃあジェノ君、お先に失礼しますね」

今度は座玖屋が俺に頭を下げる。
表情は曇ったままだった。
665 ◆K.tai/y5Gg :2008/04/07(月) 01:17:04 ID:???

666おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2008/04/07(月) 01:18:03 ID:???
(゚∀゚)
667ニコフ川д゚) ◆nikov2e/PM :2008/04/07(月) 01:18:25 ID:???
なにぃ
668まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/04/07(月) 01:19:02 ID:???
「うん……ていうか俺も出るわ」

注文した品は食べきれていなかったが、俺も席を立つ。

店内は昼時ということもあって大変賑わっている。
そんな中で一人ポテト齧っているのは嫌だった。
元々お持ち帰りしようと思ってたし。


店の外に出るとどこででも見かける、けど誰でも乗ってるわけじゃない高級車が止まっていた。
三浦さんが乗ってきた座玖屋家の車らしい。
そこで俺はようやく気付く。この娘はさっき三浦さんに呼ばれていたようにお嬢様なのだと。

「どうかしましたか?」
「へぁっ? あ、あぁいや……高そうな車だなぁと思っ……いや、嫌味じゃなくて」

俺はきっとトランペットを欲しがる少年のような顔をしていたのだろう。
狼狽する俺を見て座玖屋はクスクスと笑っていた。恥ずかしい。
しかし俺が恥をかいた分だけ空気が弛緩したように思えた。
669 ◆K.tai/y5Gg :2008/04/07(月) 01:20:27 ID:???
    
670ニコフ川д゚) ◆nikov2e/PM :2008/04/07(月) 01:23:30 ID:???
 
671まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/04/07(月) 01:23:47 ID:???
「ところで、お貸しした本はもう読まれましたか?」
「え?」

突然の質問に混乱しかけたが、すぐに何のことか気付いた。
『罪と罰』だ。

「あぁ、えーと……」

まだ1ページも読んでない。
半ば強引に渡されたとはいえ、正直に答えてガッカリされたらどうしよう。

が、嘘をついて『読了しました』なんて適当なことを言って感想を求められると困るので、
やっぱり正直に答えるしかなかった。

「……ごめん。まだ読んでない」

なんだか申し訳なくてつい頭を下げてしまったが、彼女は優しく微笑んでくれた。
その微笑みがまた胸に響く。こうなったらちゃんと読もう。マジで。
672 ◆K.tai/y5Gg :2008/04/07(月) 01:24:56 ID:???
かなりあんな
673ニコフ川д゚) ◆nikov2e/PM :2008/04/07(月) 01:25:39 ID:???
寝ないとやばいなんて言えない
674まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/04/07(月) 01:26:33 ID:???
「そうですか」
「ごめん。せっかく貸してもらったのに。あ、もしかして返した方がいい?」
「いえ……そういうつもりでお聞きしたわけでは……」
「……そっか。じゃあちゃんと読ませてもらうよ」

内心、返却を催促された方がよかった……と思っていたことは口が裂けても言えない。

「ジェノ君があの小説を読んでどんな感想をお持ちになるのか……楽しみにしています」
「……あ、あぁ。はい」

つまり、絶対に読め、ということか。
暗にそう言われている気がして少し腰が引けてしまう。

「そう構えずに、ふつうに読んでいただければ」

固まる俺を見て彼女は微笑む。
心の奥まで見透かされているような気がして、俺は適当に愛想笑いを返すしかなかった。

「あ、あのさ」
「はい?」
675 ◆K.tai/y5Gg :2008/04/07(月) 01:27:02 ID:???
無理しなさんなにこ
676ニコフ川д゚) ◆nikov2e/PM :2008/04/07(月) 01:27:40 ID:???
ネタにもマジで応えるのが俺のジャスティス
677まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/04/07(月) 01:28:46 ID:???
ふと思うことあって、俺は車に乗り込もうとした彼女に質問を投げかける。

「いやまぁ、読ませてもらうつもりだし、読めばわかるだろうけど……あれってどんな小説なの?」

たぶん質問した意図も見透かされるのだろうが、それでも聞いてみた。
あの小説を読むにあたってどこを押さえればいいのかヒントが欲しかったのだ。
返す時に出来るだけベストな感想を述べたいという虚栄心から出た質問だ。

軽い気持ちだった。
きっと彼女はそんな俺のセコイ思惑を見破った上で微笑みながら答えてくれる、
そう思っていたのだ。

「ジェノ君は人を殺したことがありますか」

一瞬、耳を疑った。
彼女の口から発せられた言葉の意味を理解出来なかったというよりは、
その声そのものが彼女の口から出たとは思えないほどに冷え切っていたからだ。

あまりにも唐突な質問に、俺は首を横に振って答えるしか出来なかった。
678ニコフ川д゚) ◆nikov2e/PM :2008/04/07(月) 01:30:30 ID:???
(゚Д゚;≡;゚д゚)
679 ◆K.tai/y5Gg :2008/04/07(月) 01:30:59 ID:???
   
680まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/04/07(月) 01:31:18 ID:???
「そう……なら、誰かを殺したいと思ったことはありますか」

冷え切っていたのは声だけではなかった。
俺を見る彼女の目にも温かさは微塵も感じられない。
俺は黙ってもう一度首を横に振る。

「本当に?」

ない。

ない、はずだ。
だけど俺は咄嗟に否定出来なかった。

俺は本当に誰かを殺したいと思ったことがないだろうか。
俺の表情の変化を観察するような、無機質な眼差しから目を逸らすことが出来なかった。

この時俺の頭に浮かんでいたのは会ったこともないキリサキマサキの顔だった。

「……ない」

やっと出た言葉はそれだけだった。
苦し紛れな、言い訳のような一言。
681 ◆K.tai/y5Gg :2008/04/07(月) 01:32:08 ID:???
さあ鬼隠しの準備だ
682ニコフ川д゚) ◆nikov2e/PM :2008/04/07(月) 01:32:48 ID:???
 
683まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/04/07(月) 01:33:50 ID:???
「そう……」

静止画のように1ミリも表情も変化させず、彼女は息を吐くようにしてか細い声で言った。
それが合図となり、俺はようやく彼女から目を逸らすことを許される。
俺は視線を彼女の唇へと落とした。

俺はこの場から逃げ出したい衝動に駆られていたが、薄く開かれた唇と唇が完全に閉じられるのを
見届けるまで身動きすることが出来なかった。
背筋を冷たいものが走るのを感じた時、俺の心情を見透かしたように彼女の唇が歪み始める。
笑おうとしたのか、あるいは何か言おうとしたのだろうか。
どちらかはわからなかったが、彼女が口を開く前にその唇は俺の視界から消えた。

「お嬢様……お乗りになってください」

三浦さんが俺と彼女の間に割って入るようにして立っていた。
俺と彼女の間に張り詰められていた糸が切れたような気がして、体が軽くなった。
684 ◆K.tai/y5Gg :2008/04/07(月) 01:34:15 ID:???
    
685ニコフ川д゚) ◆nikov2e/PM :2008/04/07(月) 01:34:23 ID:???
 
686まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/04/07(月) 01:38:27 ID:???
   ◆


「それでは、ごきげんよう」

後部座席の窓を半分ほど開けて彼女は微笑む。
その笑顔は俺がいつも学校で見ていたのと同じものだった。

「さっきの質問だけど」
「……はい」

俺の中のヘタレな俺は一刻も早く彼女と別れたがっているはずなのに、
聞かずにはいられなかった。

「お前はあるのか?」

彼女の質問をそのまま返す意味で俺がそう聞くと、彼女は窓を閉めながら平然と答えた。

「あります」

窓が完全に閉じられ、緩やかに車が走り出す。
彼女自身がした二つの質問のうち、どちらに対しての答えなのかはわからないが、
窓ガラス越しに見た彼女は、柔和な微笑みを絶やしてはいなかった。
687 ◆K.tai/y5Gg :2008/04/07(月) 01:38:57 ID:???


688まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/04/08(火) 01:56:59 ID:???
   5.初心者に優しい漫画選び



「きらたまの様子はどうだったんだ? 一人にして大丈夫だったのか?」
「まぁ、一応はな。先に奥の席に座らせて俺が注文しに行ったんだが、
 俺が飲み物を持って席に戻った時にはもうすっかり落ち着いてたよ。
 三浦が来るまでついててやろうと思っていたんだが、本人が『一人で待つ』と言うから……」
「ふむ」

しかし凄まじい豹変ぶりだった。
人間誰しも裏表はあるものだが……。

「で、九州……お前は結局どうするんだ? どこか宿を探す気か? というか俺に用意させる気か」
「ん? 座玖屋家に泊まるつもりだけど?」
「えぇ? 結局行くのか」
「そりゃ行くよ」
「まぁ、きらたまも喜ぶ? ……とは思うが、それなら最初からそう言ってやればよかったのに」
「うるさいな」

ひねくれ者め、とノワが悪態をつくが無視。
僕だってあんなことになるとは思わなかったのだから仕方がないだろうが。
689 ◆K.tai/y5Gg :2008/04/08(火) 01:58:05 ID:???
 
690まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/04/08(火) 02:01:57 ID:???
「それじゃあ……どうする? もう向かうか? 今行くときらたまが帰るより先に着いてしまうかもしれんが」
「なに言ってるんだ。しばらく時間潰してから行くに決まってるだろう」
「何故だ」

何故って、気まずいからだ。
どうもこいつはそういった微妙な空気が読めていないな。

「まぁ、お前の好きにすればいいが……」

と、ノワは他人事のように言う。

「なんだ君、まさか僕を放ってどこか行くつもりか」
「……ダメなのか。これでも色々とやることがあるんだが」
「日曜の昼間っから一体なにをすると言うのだ。社会的にはニートみたいなもんのくせに。
 平日でもたっぷり時間とれるだろう」
「誰のせいだと思ってるんだ。お前が少しでもやることをやってくれれば俺だってだな……」

はいはい。
691おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2008/04/08(火) 02:03:12 ID:???
 
692 ◆K.tai/y5Gg :2008/04/08(火) 02:03:13 ID:???
  
693まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/04/08(火) 02:05:53 ID:???


   ◆


「それでだな……おい九州、聞いてるのか」
「聞いてないよ」
「じゃあ聞け」
「うるさいなぁ……」


僕とノワは本屋に来ていた。
本屋と言ってもなにか得体の知れない臭いが充満している古書店ではなく、
インクの匂いが仄かに漂う、主に新刊を扱う大型の店舗である。

「で、だ。イノセンスから上がってきた報告によるとだな」
「あぁ、そんな奴いたね。なにを命令したんだっけか」

集英社、集英社……と、ノワの話を聞き流しながら僕は集英社の漫画が並んでいる棚を探す。
694おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2008/04/08(火) 02:07:42 ID:???
久々の九州節全開ですね
695 ◆K.tai/y5Gg :2008/04/08(火) 02:07:53 ID:???
あぁ、そんなヤツいたねたしかに
696まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/04/08(火) 02:09:15 ID:???
「そもそもお前が座玖屋家のことを調べさせろと言ったんだろうが。
 まぁ同盟を結ぶことになったとはいえまだまだ油断ならんのは事実だし、
 俺としてもこの際色々と調べてはおきたいが……」
「あぁそう」

どうでもいいよそんなことは。
集英社、集英社……あった。

「話を戻すぞ。イノセンスがどういう調査の仕方をしたのかは知らんが、色々と面白い情報が入ってきた。
 どうやら鈍堕華は座玖屋ファミリーとは別で、個人的な組織を持ってるんだそうだ」
「ふぅん」

ジョ……ジョ……ジョ……ジョ……ジョ……ジョ……あった。

「詳しいことはまだわからんが、この街の若い奴らを使って色々とやっているみたいだ」
「若いって?」
「主に十代の、中高生なんかを使って窃盗や買春の斡旋、それにクスリまでイジッてるらしいぞ」
「へぇ、それは世も末だな」

とりあえず全巻あるかチェック。
697おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2008/04/08(火) 02:11:40 ID:???
どんだけ離脱来たとは
698 ◆K.tai/y5Gg :2008/04/08(火) 02:11:58 ID:???
俺すげえええーーーーー




俺すげえええええーーーーーーーーーーーーーー
699まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/04/08(火) 02:12:58 ID:???
「ガキの犯罪組織ごっこと言ってしまえばそれまでだが」
「ウチも最初はそんなものだっただろう」

1、2、3、4、5、6……。

「そうだ。つまりこのまま放っておいたら……」
「厄介なことになるかもしれない、だろ」
「あぁ」

26、27、28、29、30……。

「もちろん座玖屋……もう先代だが……もそのことは知っているはずなんだがな。
 鈍堕華を抑えきれないのか何なのか、ほとんど野放し状態だ」
「ふむ……で? 君はどうしたいんだ」

52、53、54、55……。

「だからそれを考えてるんだ。ボスの代わりに」
「だったらさっさと僕に相談すればいいじゃないか」
「聞く気もやる気もないから言わなかったんだ」
「じゃあ言うなよ」

61、62、63、と。
700おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2008/04/08(火) 02:14:28 ID:???
これで三つ巴だけ ど
701 ◆K.tai/y5Gg :2008/04/08(火) 02:15:00 ID:???
自分で言っといてなんだけど、鈍堕華がコレやってたらきらたまがラスボス説が薄くなる
702まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/04/08(火) 02:16:04 ID:???
「一応聞いてみるが、どう思う?」
「どうって……仮にも同盟を結んだんだ。向こうのNo.2が組織とは無関係に
 そんな勝手な真似してるんだったら何らかの処置をとるべきだろう。
 放っておいたらそのうち面倒なことになるんじゃないのか」

第6部はどうしようか、と少し悩む。

「やっぱりそう思うか。だがなぁ……」
「だからといってこっちから直で注意するわけにもいかない、って?」
「その辺が難しいんだ」
「別に僕らがどうこうする必要ないだろ。きらたまに言えばいい」

よし、やっぱり6部も購入しよう。

「あの娘に鈍堕華を抑えられるか?」
「……結局そこに行き着くのか」
「きらたま一人に押し付けてやるのも可哀想だろう」
「あのなぁ」

1、2、3、4……。
703まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/04/08(火) 02:17:12 ID:???
「なんだ」
「君、この際だから言わせてもらうがちょっと甘過ぎるぞ。いつの間に魂抜かれたんだ」
「な、なにがだ」
「中学生に手を出したら犯罪だぞ」

13、14、15、16……。

「ばっ、俺は別にそんな」
「こないだ喫茶店であの娘と三人で会った時ぐらいからだな……。
 僕がトイレに行ってる間に色目でも使われたのか」

よし、全巻あった。

「邪推はよせ。そんなわけないだろう」
「ふぅん? そのわりにはあの時随分と鼻の下を伸ばしていたが……よし、全巻持ってレジへ行け」
「え? 全巻? 80冊も買うのか? しかも何故これなんだ」
「これを読まずして日本の漫画は語れない」

もちろん僕が読むのではない。
きらたまへの土産だ。
704おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2008/04/08(火) 02:17:36 ID:???
あまりにも九州過ぎる
705 ◆K.tai/y5Gg :2008/04/08(火) 02:18:26 ID:???
土産かよ
706まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/04/15(火) 01:26:54 ID:???
   6.今、どんな気持ちですかと聞かれても



座玖屋と別れたあと俺は学校へ向かった。
何故かは自分でもわからなかったが、自然と足があの場所へと向かったのだ。

その場所に着いたのは午後1時頃だっただろうか。
現場には一目で警察と分かる連中を始め、どこかのテレビ局や野次馬など、人でごった返していた。
その中には駅に向かう途中に会ったあの刑事達もいた。

テレビカメラがあるせいだろうか。
なんだかドラマの撮影でもやっているように見えて、
ここでサチコさんが殺されたというのは嘘だったんじゃないか、なんて気がしてくる。
やはり俺はこの期に及んでも現実から目を背けようとしているらしい。
そんな風に自分で自分を客観的に分析している俺。


「ちょっといいですか?」

と、俺に声をかけてきたのはラフな服装の茶髪のオッサンだった。
そのオッサンは某テレビ局のなんとかかんとか言う番組のスタッフだと名乗った。
707 ◆K.tai/y5Gg :2008/04/15(火) 01:30:01 ID:???
 
708まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/04/15(火) 01:30:02 ID:???
「もしかして、この学校の生徒さんですか?」
「……そうですけど」
「ヒズミさーん、ここ、彼この学校の生徒らしいです」

俺が正直に答えると、茶髪のオッサンは嬉しそうに顔を綻ばせる。
なんとなく嫌な予感がした。

茶髪のオッサンに呼ばれてマイクを持ったリポーターらしいオッサンと、
カメラを抱えたヒゲ面のオッサンが何事か小声で話しながら近づいてくる。

自己紹介もろくにせず、ヒズミと呼ばれたオッサンは俺にマイクを向けて「今、どんな気持ちですか」と聞く。

嫌な予感はあっさり的中した。
馬鹿かこいつは。
俺がVサインかまして『ハッピーです』なんて言うとでも思ってんのか。
この学校の生徒だなんて言わなきゃよかった。

俺は何も答えなかったが、それでも彼らにとってはその辺の野次馬よりはいい素材になったに違いない。
夜のニュースあたりでモザイクかけられて『悲しみのあまり言葉を失う男子生徒』なんてテロップ付きで
放送されるんだろうか。好きにしてくれ。
709 ◆K.tai/y5Gg :2008/04/15(火) 01:31:14 ID:???
  
710まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/04/15(火) 01:33:03 ID:???
俺が黙っているとヒズミ達は不満そうな顔をしたが、一応は俺のことを気遣ってくれたらしく
それ以上アホな質問はせずに俺を解放してくれた。

すると今度はそれを待っていたかのように二人の男が俺の前にやってきた。
さっきの刑事達だ。

「警察の者だが」と律儀に手帳を見せてくれたのは、俺が公共物に八つ当たりした時
最初に車から降りてきた男だった。その隣にいる眼鏡の男はレンズ越しに鋭い視線を送ってくるだけで、
名乗ろうともしない。まぁ名前聞いたところで覚える気もないんだけど。

「君はこの学校の生徒だね?」
「はい」

どうやらこの二人、上司と部下の関係らしい。
眼鏡の男は腕を組んでつっ立っているだけで、無言で俺と部下(たぶん)のやりとりを見ていた。

「クラスと名前を聞かせてもらえるかな」

そして俺に質問をしてくるこの男は、俺を毛虫か何かと同列に見ているようだ。
明らかに敵意剥き出しの口調だった。
公共物を蹴っていた俺の姿はよっぽど印象が悪かったのだろう。まぁ当たり前と言えば当り前だけど。
711 ◆K.tai/y5Gg :2008/04/15(火) 01:34:00 ID:???

712まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/04/15(火) 01:34:40 ID:???
「ジェノ君、か。3年C組ということは……」
「……同じクラスです」

俺がサチコさんと同じクラスだと知ると、刑事の目の色が変わった。
眼鏡の男の視線も更に鋭くなる。

「君は昨日のパーティーとやらに参加していたのか」
「……はい」

ズバリ聞いてくるところをみると、昨日の今日である程度調べはついているようだった。
日本の警察って凄いな、と俺はちょっと感心してしまう。

「彼女を最後に見たのは何時だったか覚えているか?」

俺がサチコさんを最後に見たのはいつだっただろう。

記憶を辿ると真っ先に『宇宙戦艦ヤマト』のテーマが脳内で再生された。
ステージ上でヤマトを熱唱している彼女の勇姿が目に焼き付いている。
あれは何時ぐらいだったか。

8時過ぎに体育館を出たはずだから……7時半ぐらいだっただろうか。
713おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2008/04/15(火) 01:35:28 ID:???
 
714 ◆K.tai/y5Gg :2008/04/15(火) 01:35:28 ID:???
    
715まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/04/15(火) 01:37:34 ID:???
「はっきりとは覚えてないんですけど」

と、そのことを伝えると若手の刑事は落胆の色を見せた。
既に俺以外からも同じことを聞いていたのかもしれない。

「なら、最後に彼女と会話したのは?」
「確かその30分ぐらい前だったから……7時過ぎぐらい、だと思います」
「その時のことを詳しく聞かせてもらえるかな」

パーティーの途中で体育用具室に入った時のことだ。
跳び箱の上で丸くなってたらサチコさんが入って来て……。

特に何かを話したというわけでもない。
そう、他愛もない話しかしてない。

「二人で話していたんだね?」

そうだ。
超二人っきりだった。

あのあと、サチコさんは体育用具室から飛び出して壇上へと駆け上がってヤマトを歌い始めた。
そしていつしか大合唱が始まり、最後はゴリザネのせいでグダグダのままパーティーは終わったのだ。
716 ◆K.tai/y5Gg :2008/04/15(火) 01:38:18 ID:???
      
717おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2008/04/15(火) 01:38:28 ID:???

718まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/04/15(火) 01:39:01 ID:???

「何か……そう、事件と関係のありそうなことを彼女は言っていなかったかな?
 あるいはどこか様子がおかしかっただとか」

会話の内容ははっきりと覚えてる。

『ジェノ君……? な、なにしてるの?』

俺を見てサチコさんは驚いていた。
そりゃ驚くだろう、と自分でも思ったっけ。
気恥ずかしさから俺は彼女に尋ね返した。

『え、あの、そっちこそどうしたの?』
『ちょっと頭が痛くなっちゃって』

あの時、体育館は騒音まみれだったから避難しにきたのだろう。
それから……は、思い出すのもちょっと恥ずかしい。
といっても俺が一方的にドキドキしてただけだが。

その辺の甘酸っぱいニュアンスは適当に誤魔化しつつ、俺は覚えている限りのことを話した。

「また改めて話を聞かせてもらうことになるかもしれないが、何か思い出したらすぐ警察に連絡してほしい」

そう言って俺に頭を下げたのは眼鏡のオッサンだった。
部下の方はまるで俺を犯人だと断定しているような目で俺を見ていたが、俺も一応頭を下げておいた。
719伊藤伊織:2008/05/04(日) 12:58:15 ID:???
                                                   ごめんなさい・・・

ごめんなさい・・・


ごめんなさい・・・                                                                       ごめんなさい・・・
ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・
                                               ごめんなさい・・・

                                                                               ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・
720ニコフ川д゚) ◆nikov2e/PM :2008/05/04(日) 14:29:16 ID:???
なんでこんなところに
721おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2008/05/14(水) 22:53:19 ID:???
test
722まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/06/24(火) 02:15:17 ID:???
   7.ネタバレはよくない



「イギー可愛いですよね」
「死ぬけどね」

きらたまは相当イギーが気に入っていたらしく、彼が登場して以来
少し読み進めては『可愛いですよね、イギー可愛いですよね』と何度も何度も僕に同意を求めていた。

「えっ……イギーがですか」
「そう、死んじゃう」
「そんな……」

ガクリとうなだれてきらたまは本を閉じる。
犬好きなのだろうか。

「ディオですか。ディオにやられるのですか」
「読めばわかるよ」

先を読むよう促して僕はベッドに腰掛ける。
723 ◆K.tai/y5Gg :2008/06/24(火) 02:16:40 ID:???
しえ
724ニコフ川д゚) ◆nikov2e/PM :2008/06/24(火) 02:17:27 ID:???
また眠れない夜がはじまる
725 ◆K.tai/y5Gg :2008/06/24(火) 02:17:54 ID:???
と、いうか2行目が既にアラーキーとして許せんのだが
726まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/06/24(火) 02:18:17 ID:???
僕は今、座玖屋家にいる。
ここはきらたまの部屋だ。

「イギーは生き返らないのですか。実は生きていた、とか。アブドゥルみたいに」
「いや、生き返らない。ていうかアブドゥルもやっぱり死ぬよ」
「え、えぇ!?」

僕とノワは本屋を出てすぐ座玖屋家へとやって来たのだが、玄関先で僕達を出迎えてくれた時、
きらたまはすっかり落ち着きを取り戻していた。
というより駅前での出来事はすべてなかったことにされているようだった。
きらたまは一切そのことを口にしようとはしなかったし、僕もノワも触れなかった。

「こんなに可愛いのにどうしてイギーは死んでしまうのでしょう……」
「可愛いとか関係ない気がするが」
「だってガム食べるんですよ。犬なのに」

もっと関係ないな。
727ニコフ川д゚) ◆nikov2e/PM :2008/06/24(火) 02:19:33 ID:???
ガムなんですよ。かわいいのに。
728 ◆K.tai/y5Gg :2008/06/24(火) 02:20:05 ID:???
コーヒー味を強調しないあたりがにわかだぜ
729まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/06/24(火) 02:21:24 ID:???
「あぁ、どうしてイギーが……」
「イギー、イギーって、アブドゥルも死ぬって言ってるだろう。アブドゥルはいいのか」
「はぁ、あんまり」

つい、ときらたまは目線を僕から本へと落とす。
イギーは死んでほしくないけどアブドゥルはどうでもいいのか。
僕としてはせっかく復活したのにやっぱり死んでしまうアブドゥルの方が不憫でならないのだが。

「九州さんはイギーよりアブドゥルの方が好きなのですか?」
「別にそういうわけじゃないが」
「じゃあイギーの方が好きですか?」
「なんでそんなにイギーに拘るんだ」
「可愛いじゃないですか」

可愛かったらなんでもいいのか。
じゃあ登場人物が全員犬だったらどうする気だ。
誰か死ぬたびにショックを受けるのか。なら銀牙は読むなよこの野郎。

そんな僕の想いなどつゆ知らずきらたまは黙々とページを繰り出す。
イギーがヴァニラ・アイスに蹴り殺されてしまうことも知らずに。



730 ◆K.tai/y5Gg :2008/06/24(火) 02:24:56 ID:???
ここまでJOJOの話のみ
731まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/06/24(火) 02:25:28 ID:???
   8.ご近所物語



家に帰ったのは午後1時半頃。

「ジェノ! あんたどこ行ってたの」

帰宅した俺を迎えてくれた母ちゃんの第一声はそれだった。

「大変よ。あんた知ってるの? あんたの学校の……」

どうやら母ちゃんもさっき帰って来たばかりらしかった。
そういえば起きた時いなかったな。どこ行ってたか知らないしどうでもいいけど。
で、ニュースでも見てパニくってるのだろう。

母ちゃんがあまりにもパニくっているので俺は逆に冷めてしまう。
矢継ぎ早にあれやこれやと事件のことを聞かれるが俺の芯は熱くならない。
「わからない」「知らない」としか答えようがないし、答えたくもなかった。
悪いけど俺は今、母ちゃんが思ってるよりもずっとしんどいのだ。
732ニコフ川д゚) ◆nikov2e/PM :2008/06/24(火) 02:26:21 ID:???
7話終わりかい!
733 ◆K.tai/y5Gg :2008/06/24(火) 02:27:24 ID:???
そのツッコミはとても正しい
734まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/06/24(火) 02:28:38 ID:???
一通りの質疑応答を済ませると、母ちゃんは「あんたも来る?」と言った。

「どこに」

と、聞き返すと母ちゃんは当り前のように「ジニ君の家」と言う。


うちとジニのとこは母ちゃん同士仲良い。
卵が先か鶏が先か、俺とジニが仲良くなるのが先だったか母ちゃん達が仲良くなったのが先だったか。

「いや、いいわ」
「そう……あんた、ご飯食べたの?」
「あ? まぁ、適当に」
「じゃあ行ってくるから」

俺の体を気遣ってくれたのか何なのか、母ちゃんはそれだけ確認するとすぐに家を出て行った。
別にメシぐらい自分でなんとでもするけど、行ってどうすんだってカンジ。
735ニコフ川д゚) ◆nikov2e/PM :2008/06/24(火) 02:29:15 ID:???
幸子さんが殺害されてジェノが徘徊
きらたまがいいじゃのに
九州とお泊り という流れでしたね
736 ◆K.tai/y5Gg :2008/06/24(火) 02:29:22 ID:???
ものすごくオバちゃんくささが伝わる
737まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/06/24(火) 02:32:45 ID:???
   ◆


帰宅してから1時間。
俺は座玖屋から借りた『罪と罰』を膝の上に置いて賭博黙示録カイジを読んでいた。
今、カイジが全裸で涙を流しているところだ。

罪と罰は1ページ目で挫折した。
ヒポコンデリーってなんだろう。


   ◆


更に1時間が経過し、Eカード編も佳境に入ってきたところで俺はカイジをベッドの上に放り投げ、
罪と罰をそっと机の上に置いて部屋を出る。

母ちゃんはまだ帰って来ない。
ちょっと小腹が減ってきたが自分で料理するのも面倒なので近所の弁当屋『ネリサワ』へ行くことにした。
738ニコフ川д゚) ◆nikov2e/PM :2008/06/24(火) 02:34:05 ID:???
カイジ
739 ◆K.tai/y5Gg :2008/06/24(火) 02:34:56 ID:???
>今、カイジが全裸で涙を流しているところだ。

時間経過とシーンから察するに、ジャンケン後アホ2人組みに裏切られたところと推測
740まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/06/24(火) 02:35:40 ID:???
   ◆


「っしゃーせー……って、あぁジェノ君か」

俺は常連でもありご近所さんでもあるので店主のおっちゃんとは当然見知った仲である。
おっちゃんだけの時ならオマケでコロッケくれたりするのだが、
今日は奥さんもいるのでオマケは期待出来ない。まぁそんなに腹減ってないんだけど。

「ミニ幕の内弁当ちょうだい」
「はいよ」

メニューを見ずに注文して俺はレジの前にある椅子に座る。

店には俺以外にもう一人の男がいる。先客だ。
どこかで会ったような気もするし、気のせいかもしれない。
まぁこの店に来る奴の多くはご近所さんなのでその辺ですれ違ったりしててもおかしくはないのだが。
741 ◆K.tai/y5Gg :2008/06/24(火) 02:35:58 ID:???
現在午後3時前後くらいですね っと
742ニコフ川д゚) ◆nikov2e/PM :2008/06/24(火) 02:38:07 ID:???
だれだろう
743まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/06/24(火) 02:39:01 ID:???
ただ待っているだけの時間というのは今の俺にとって苦痛だった。
ぼーっとしてるとサチコさんの顔が頭に浮かんできてその場にへたり込みそうになるからだ。

俺は気を紛らわせる為にその男を観察することにした。
見た感じ20代前半から30代後半に見える。幅広いな。年齢不詳過ぎる。
というか怪し過ぎる。

何故なら男はロシアの人がかぶっていそうなモコモコの帽子に白のカッターシャツ、
下は毛玉がつきまくってるジャージを履いていた。しかも足元は下駄ときた。
牛乳瓶の底より厚そうな丸眼鏡のレンズは黄色く変色している。

「桐崎さん、お待たせ」

ショーケースの上にドカッと弁当が入ったビニール袋が叩きつけられる。
おっちゃんの悪いくせというか、こだわりらしいが毎度のことながらその置き方はやめてくれと言いたい。
弁当の蓋を開けると必ずオカズがぐちゃぐちゃになっているのだから。

しかし男は文句も言わず、「どうも。すいません」とペコペコ頭を下げながら代金を払って弁当を受け取る。
そしてカランコロンと小気味いい音を鳴らしながら男は店を出て行くのであった。
744ニコフ川д゚) ◆nikov2e/PM :2008/06/24(火) 02:40:01 ID:???
きりさきさん
745 ◆K.tai/y5Gg :2008/06/24(火) 02:40:39 ID:???
これはアウト
746まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/06/24(火) 02:41:42 ID:???
「なぁおっちゃん、あれ……近所の人?」
「ん? 桐崎さんのことか?」
「きりさき?」
「うん。ほら、あそこの『こねみ荘』に住んでる人だよ」

こねみ荘の住人か。
って、あそこは今一人しか住んでないはずだが。
俺が幼稚園の頃に入居した人。

「あーそうそう。その人だよ。会ったことないか?」
「いやぁ、どうだっけ……話したことはないと思うけど」

あんな最先端ファッションな奴と一度でも話をしたことがあるなら俺は絶対忘れない。

「よく来るの?」
「うん、昔っからの常連さんだよ」
「ふぅ……ん」

なるほどね。そういうこともあるか。
この辺は自分ちの庭みたいに思ってたけど知らないこともあるんだね。
747 ◆K.tai/y5Gg :2008/06/24(火) 02:43:00 ID:???
ご近所かよ殺人鬼
748ニコフ川д゚) ◆nikov2e/PM :2008/06/24(火) 02:43:25 ID:???
ファーストネームはマサキさんじゃなかろうな
749まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/06/24(火) 02:44:57 ID:???
「はいお待たせ」
「あ、はい」

ミニ幕の内弁当が例によってショーケースに叩きつけられる。
300円也。

「それより……気の毒だったね」
「え?」
「その……学校の」
「あぁ……うん、いや……うん」

やっぱ知ってるか。
近くで起きた事件だもんな。

「じゃ、ありがとっす」

変に気遣われるのも嫌だったので、俺は代金を払って逃げるように店を出た。


ご近所さんとはいえ、幼稚園の頃から10年の間であんなに近づくことはなかったのだから
多分次にあの男と接近するのは俺がどこかの島を買い取って別荘建てる頃だろうな、と
思ったのだが再会は2分後に訪れた。
750ニコフ川д゚) ◆nikov2e/PM :2008/06/24(火) 02:45:50 ID:???
眠気がさめてきた
751 ◆K.tai/y5Gg :2008/06/24(火) 02:46:07 ID:???
あ、そうか。凄い奇抜なファッションのきりさき まさき さんって事も十分あるか
とかそれ系のなんたら述トリックだったらかなりヤラれるな
752 ◆K.tai/y5Gg :2008/06/24(火) 02:46:44 ID:???
一行目にキリサキマサキと別人の が抜けた
753まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/06/24(火) 02:48:14 ID:???
「ねぇ、君」

電信柱の陰から声をかけてきた桐崎という男は、改めて見るとあまりにも不審者だった。
俺が小学生だったら間違いなく防犯ブザーを鳴らすレベルだ。

「ねぇ、君」

嫌な予感がしたので俺は見えない・聞こえないフリをしてそのまま通り過ぎようとしたのだが、
男は素早い身のこなしで俺の前方に回り込み行く手を阻んだ。

直感が告げる。
『逃げろ』と。

しかし俺の体がその命令に反応する前に男の手が俺の腕を掴む。
じっとりとした生温かい感触。

「な、なんすか」
「君、さっき見てたでしょう? 僕のこと」
「え……」

全身から血を抜かれた気分だった。
店の中にいた時、俺のことを意識しているような素振りは全くなかったのに。
754ニコフ川д゚) ◆nikov2e/PM :2008/06/24(火) 02:48:44 ID:???
ぶほっつつつ
これはやべえ
755 ◆K.tai/y5Gg :2008/06/24(火) 02:49:48 ID:???
今思い出したけど、サチコさんの死因まだスかね
756まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/06/24(火) 02:52:09 ID:???
「なにかなぁ、と思って。どこかで会ったことあるかな、僕達」
「いや、あの……」
「どうして謝るの?」
「いや……すいません」

知り合いに似てたので……と続けたかったが、恐怖で声が出なかった。

「嫌だなぁ、そんなに怖がらないでよ。ご近所さんじゃない」

分厚いレンズの奥に鋭過ぎる眼光。
このオッサン、ただの変人じゃない。

「僕、そこのこねみ荘に住んでる桐崎って言います。君はジェノ君でしょう」

男はニヤリと笑う。
危険が危ない。
恥を忍んで大声で助けを呼んだ方がいいのかもしれない。
757まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/06/24(火) 02:53:27 ID:???
「お互い長いことこの辺に住んでるけど、こうやって話をするのは初めてだね。
 よかったら僕の部屋で一緒に食べないかい? お弁当……」

絶対に嫌です。

と、言いたかったがやはり声は出なかった。
これもまたある種の直感だろう。

下手に騒いだら殺される。
そんな気がした。




758ニコフ川д゚) ◆nikov2e/PM :2008/06/24(火) 02:54:18 ID:???
>危険が危ない。
あたしぃぃぃのドラちゃぁぁぁん
イギーにこだわるきらたまワロタ

まりあさん、もしかしてきらたま本人の知り合いですかw
760休憩まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/06/30(月) 18:55:15 ID:???
( *´д) ワー アンニュイさんだー
761まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/06/30(月) 23:26:34 ID:???
   9.好きとか嫌いとか



「九州さん、好きな人はいますか?」

何の脈絡もなくそんな質問を投げかけられ、僕は返答に窮する。
今の今まで話していた内容からは連想のしようもないほど唐突だった。

「人にものを尋ねる時は……」
「私からですか?」

尋ね返して困らせてやろうとしたのだが、きらたまは喜々として輝かせる。
どうやらそっちが本題だったようだ。

「クラスにですね、気になる人がいるのです」

頬を赤くしてきらたまは語り出す。

まずはその意中の相手がどんな容姿であるかを克明に語り、
どんな性格でどんな話し方をするのか、その相手とどんな話をしたのか
息もつかせぬ勢いで喋る喋る。
762まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/06/30(月) 23:35:38 ID:???
気になる、というよりも明らかに惚れているのではないだろうか。
まだ出会って間もないだろうに。
恋に落ちるのに時間などは関係ないのか。
おそるべき思春期だ。

饒舌に話す彼女を見ていると少しむず痒さを感じるが
まぁよろしくやってくれという気持ちもなくはない。
だが僕が気になったのはそんなどこにでもいそうなしょうもないボンクラ中学生男子と
彼女の距離感ではなかった。

「随分と気持ちの切り替えが早いんだな君は。
 良くしてくれたクラスメイトが殺されたんだろう?」

話の腰を折るつもりはないのだが、追従笑いをしてやる気もない。
かと言って特に悪意があったわけでもないのだが、このタイミングでこう言ったら
この娘はどんな反応をするのだろう? と思ったのだ。

「はぁ」
「はぁ……って、それだけなのか」

泣きそうな顔になってぷるぷると体を震わすのではないだろうかと予想したのだが、
きらたまは不思議そうな顔をして僕を見るだけで特に傷ついた様子もなかった。
763ニコフ川д゚) ◆nikov2e/PM :2008/06/30(月) 23:36:37 ID:???
まりあさんが書く恋話はキュンとくる
764まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/06/30(月) 23:39:39 ID:???
「昼間はあんなに落ち込んでたじゃないか」
「そうですね」

そうですね、って。
いくらなんでもあっさりし過ぎだろう。

「だっていつまでも悲しんでいたって仕方のないことじゃないですか」

そうですね、と僕は思う。

「私が泣いたってサチコさんは帰ってきませんから。もうどうでもいいです」

そうですか、と僕は思う。

いやしかし、知れば知るほどつかめない娘だ。
どんな思考回路をしているのだろう。ショート寸前なのだろうか。
765ニコフ川д゚) ◆nikov2e/PM :2008/06/30(月) 23:41:56 ID:???
どうでもいいんかい! よくないやろ!
766まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/06/30(月) 23:44:48 ID:???
「そんなことより九州さんはどうなのですか?」
「なにが」
「好きな人はいないのですか?」
「好きな人ってなんだ」
「好きな人は好きな人です」
「だからその、そもそも“好き”とは何なんだ」
「……辞書ひきましょうか?」
「馬鹿にしてるのか」
「いえ、そういうつもりではありません」
「どういうつもりだ」
「なんだか自分でもよくわからなくなってしまって。調べ直そうかと」
「なに言ってるんだ。好きは好きに決まってるだろうが。それ以上でもそれ以下でもない」
「言ってることが矛盾してませんか? じゃあ九州さんの考える好きって何ですか」
「とりあえず、君の言う好きとは違うような気がする」
「よくわかりません」
「だから比較する意味でもまず君の意見を聞こうと言っているのだ」
「花京院ですか」
「もうそこまで読んだのか。イギー死んだだろう。アブドゥルも」
「うぅっ……イギー」
「だからなんでアブドゥルはスルーなんだ」
「私が悲しんだってアブドゥルは生き返りません」
「イギーのことは悲しんでるじゃないか」
「イギーが好きですから」
767ニコフ川д゚) ◆nikov2e/PM :2008/06/30(月) 23:46:02 ID:???
ー-ニ _  _ヾV, --、丶、 し-、
ニ-‐'' // ヾソ 、 !ヽ  `ヽ ヽ
_/,.イ / /ミ;j〃゙〉 }U } ハ ヽ、}
..ノ /ハ  〔   ∠ノ乂 {ヽ ヾ丶ヽ    ヽ
 ノノ .>、_\ { j∠=, }、 l \ヽヽ ',  _ノ
ー-=ニ二ニ=一`'´__,.イ<::ヽリ j `、 ) \
{¨丶、___,. イ |{.  |::::ヽ( { 〈 (    〉
'|  |       小, |:::::::|:::l\i ', l   く  君の意見を聞こうッ!
_|  |    `ヾ:フ |::::::::|:::|  } } |   )
、|  |    ∠ニニ} |:::::::::|/ / / /  /-‐-、
トl、 l   {⌒ヽr{ |:::::::::|,///        \/⌒\/⌒丶/´ ̄`
::\丶、   ヾ二ソ |:::::::/∠-''´
/\\.丶、 `''''''′!:::::::レ〈
   〉:: ̄::`'ァ--‐''゙:::::::/::::ヽ
\;/:::::::::::::/::/:::::::::::://:::::〉
::`ヽ:::ー-〇'´::::::::::::::::/-ニ::::(
           /    \
768まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/06/30(月) 23:52:05 ID:???
結局そこなのか。
要は差別しているだけだというのがよくわかった。
なるほどある意味とても合理的だと思う。

「君が悲しんでも君の好きなイギーは生き返らない。この場合はどうするんだ?」
「好きじゃなくなるのを待ちます」

イギーが好きだったのに、イギーは死んでしまった。
好きだから悲しい。でも悲しんだって仕方ないとわかってる。
アブドゥルは好きじゃないので死んでも悲しくなかった。
だからイギーのことが好きじゃなくなれば悲しくなくなる。

ということなのか?

かなりキレてるな。
つまり時が忘れさせてくれるのを待っているだけなのか?

「いえ、そうではありません。簡単なことです。嫌いになればいいのです」

それが出来れば人間苦労はしないのだが、
いともあっさり言い切ってしまうからには本当に出来るのかもしれない。
769ニコフ川д゚) ◆nikov2e/PM :2008/06/30(月) 23:53:29 ID:???
むむむ
770まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/06/30(月) 23:57:28 ID:???
「そうすれば嫌な思いをしなくて済むのです。
 相手が好きだからこそ、その人の言動に一喜一憂するのです。
 嫌いな人が何を言おうが、どうなろうが、私はなんとも思いませんし、感じません」

そうだろうか?
僕は嫌い、というか気に入らない人間が傍で息をしているだけで吐き気がするが。
まぁそれはそれとして、彼女の感情操作術はあまりにも極端で聞いてる分には面白い。

「そうやって例のクラスメイトの死を乗り越えたわけか」
「えぇ……」

きらたまは控えめに頷きながらも、僕から一瞬だけ目を逸らしたのがわかった。

「でも、それはつまり最初から好きじゃなかっただけじゃないのか」
「……そんなことは」

僕の一言できらたまは明らかに動揺していた。

「そんなことは……」

途中まで言いかけてきらたまは言葉を詰まらせる。
771ニコフ川д゚) ◆nikov2e/PM :2008/07/01(火) 00:02:37 ID:???
ぁゃιぃ
772まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/07/01(火) 00:05:22 ID:???
「ま……いいけどね」

別にきらたまを追い詰めたいわけでもないのでそれ以上突っ込むのはやめておいた。
昼間のように発狂されても困るし。

そのまま会話は途切れ、僕もきらたまも互いに白々しい空気を放ちながら
黙って時間が過ぎるのを待つ。
ふと時計に目をやると夜の7時をまわったところだった。
それと同時にドアがノックされる。

「すぐに降りるわ」ときらたまは返事をして本を閉じる。
するとドアの向こうから「はい」と一言。三浦らしい。

「九州さん、降りましょう」
「あぁ」

夕食の時間だ。
773ニコフ川д゚) ◆nikov2e/PM :2008/07/01(火) 00:07:11 ID:???
おなかすいた
774まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/07/01(火) 00:07:33 ID:???
部屋の外に出ると三浦が直立不動で立っていたので先に出た僕は危うくぶつかりそうになる。

「どうしたの三浦? 案内してもらわなくても大丈夫よ」

自分の家なのに、ときらたまは笑うが三浦は至って真面目な表情のままだった。

「鈍堕華様が先程お見えに──」
「……そう」

たったそれだけの、二人の短いやりとりを見てメシがまずくなる予感がした。




775ニコフ川д゚) ◆nikov2e/PM :2008/07/01(火) 00:09:33 ID:???
どんだけぇ
776まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/07/01(火) 00:15:10 ID:???
   10.爪楊枝は箸袋の中に入ってる



「お茶、熱いのと冷たいのどっちがいい?」
「あ、冷たいので……」

入るか前から予想していた通り、桐崎の部屋は狭くて汚くて臭くて、ついでに湿度が高かった。

「じゃあ、食べようか。いただきます」
「……いただきます」

何故俺は出会ったばかりのこの男の部屋で、食欲を削がれるような異臭の中
こんなオッサンと膝を突き合わせてメシを食わなければならないのか。

「ジェノ君、三井銅鑼中学だよね?」
「あ、はい」
「3年生だっけ?」
「そうです……」

ご近所さんとはいえ、こうも一方的に個人情報を握られていると気味が悪い。
俺はこのオッサンのこと何も知らないのに。
777ニコフ川д゚) ◆nikov2e/PM :2008/07/01(火) 00:15:54 ID:???
ジェノやばいよねジェノ
778ニコフ川д゚) ◆nikov2e/PM :2008/07/01(火) 00:20:46 ID:???
ほっしゅ
779まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/07/01(火) 00:20:57 ID:???
「中学3年……15歳? かぁ……。いいなぁ、若いなぁ」
「はぁ……」

あんたいくつなんだ? と聞きたかったが桐崎が口の中の物を飛ばしながら話すのでやめておいた。
俺の箸は一向に進まない。食欲は完全に消え失せていた。

「あれ? 食べないの?」
「なんか急に食欲なくなっちゃって」
「ふぅん、じゃあ僕が食べてあげようか」
「え……あ?」

返事をする前に弁当をひったくられる。
見ると桐崎は既に自分の買った分を完食していた。

「でもねぇ、ジェノ君。辛い時こそちゃんと食べなきゃダメだよ」

ミニ幕の内弁当の半分ほどを口の中にかき込んで桐崎はニヤリと笑う。

「ほっといてくださいよ」
「被害者の子も同じ学校だよね? 学年も一緒だっけ。クラスは?」
「……関係ねーだろ」
「んー年長者に対してその口の利き方はないなぁ」
780ニコフ川д゚) ◆nikov2e/PM :2008/07/01(火) 00:23:47 ID:???
キリサキマサキのキャラデザインをしたことを思い出してニヤリ
781まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/07/01(火) 00:26:48 ID:???
桐崎の喋ること、というか喋り方そのものがいちいちイラッとくる。
そんな俺の気持ちを見透かしたように桐崎は上から目線でモノを言う。

「多感な時期だもんね。お友達死んじゃったらそりゃあ辛いよねぇ」
「……おい、あんたいい加減にしろよ」
「しかも、それがもしも好きな子だったりした日にはさぁ……」
「おい! いい加減にしろっつってんだろ!」

ついカッとなって俺はシミだらけのテーブルを叩いてしまう。
だが桐崎は動揺したりせず、ニヤニヤしながら俺を見ているだけだった。

「もしかして、本当にガールフレンドだったのかな? まぁそう怒るなよ。悪気はなかったんだよ」
「悪気もクソも、あんた空気読めてねぇだけだろ」
「空気? 読んでるつもりだよ?」
「はぁ?」

俺から奪ったミニ幕の内弁当を米粒一つ残さず綺麗にたいらげ、桐崎は俺に入れてくれたはずの麦茶まで
一気に飲み干すと満足したように腹を叩いた。
782ニコフ川д゚) ◆nikov2e/PM :2008/07/01(火) 00:29:36 ID:???
((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル
783まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/07/01(火) 00:32:42 ID:???
「ふぅー、ごちそうさま。やっぱりネリサワの弁当は最高だね」

爪楊枝も使わず、自分の爪を歯に食い込ませる桐崎の姿は吐き気すらもよおすほど醜悪だ。

「もう帰っていいスか」
「え? ダメだよまだ話が済んでないんだから」
「いや、もう……うっ!?」

立ち上がろうとした瞬間、桐崎の右手が手首にかかったと思うと
俺は痛みを感じる暇もなくその場にねじ伏せられてしまう。
今、自分がどうやって転ばされたかもわからないほどだった。

「ちょっ……何を……!」
「もう少し居るよね?」
「……! 嫌……」

手首を握る桐崎の右手に力が込められる。

「居るよね?」
「うっぐ……」
784ニコフ川д゚) ◆nikov2e/PM :2008/07/01(火) 00:33:40 ID:???
こいつ……やはり本物!
785まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/07/01(火) 00:39:56 ID:???
手首から先の感覚がなくなるぐらいにきつく握られ、思わず声をあげてしまった。
なんちゅう握力だ。ゴリラかよ。

「そんなに怖がらなくていいんだよ。ちょっと聞きたいことがあるだけなんだから……ね?」

屈辱だったが、力じゃとても敵いそうもない。
このままではマジに手首を握り潰されてしまう。

「……うぅ、わ、わかった……から……」
「あぁそう。よかったよかった。じゃ、もう一度聞くよ。被害者の子は同じ学校の子だよね?」
「……同じクラスだよ」
「殺されてどう思った?」
「それ聞いてどうすんだよ」
「まぁそうだね。その態度だけで大体わかるよ」

君がその子のことを好きだったのもね、と桐崎はいやらしく笑う。

「じゃあ、殺した奴のことをどう思う?」

殺した奴のこと……。
そんな質問をされるとは思わなかった。
786ニコフ川д゚) ◆nikov2e/PM :2008/07/01(火) 00:42:42 ID:???
犯人じゃなさそうだ
787まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/07/01(火) 00:45:56 ID:???
殺した奴。
キリサキマサキ。

キリサキ。

桐崎!?

「……ち、ちょっと聞いていいか」
「えぇ? 質問してるのは僕なのに。ま、いいけどね。なに?」

もしも、サチコさんを殺したキリサキマサキがこいつだったら……。
そんな偶然があるだろうか? 無いだろ。無い無い。
とは思いつつも聞いてみた。

「あんた、下の名前なに?」
「正輝です。フルネームは桐崎正輝。不謹慎な名前だよね」

桐崎はさらりと答える。
あまりにも堂々としていたのでなんだか俺はほっと一安心。
788ニコフ川д゚) ◆nikov2e/PM :2008/07/01(火) 00:46:50 ID:???
うおお もやもやする!
789 ◆K.tai/y5Gg :2008/07/01(火) 00:49:23 ID:???
きらたまはアウト
790まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/07/01(火) 00:50:07 ID:???
「おかげでどこかの店で会員証なんか作る時変な目で見られるよね。迷惑してるよ」

そりゃそうだろう。
しかし本当にバカみたいな名前だ。
まぁこんなに堂々としてるんだから、こいつがキリサキマサキってことはなさそうだけど。
一瞬でもビビッた自分が情けない。

「本当にね、迷惑してるんだよ僕は」
「あぁ、まぁ……そりゃそうだろうけど」
「困るんだよね。ああいうことされちゃ」
「……? なにが」

桐崎は表情こそ笑っていたが、何故か声のトーンはひどく沈んでいた。
こんな変人っぽい奴でも、名前のせいで嫌な思いをしてたりするんだろうか?
例えば職場にこんな名前の奴がいたらどうだろう? 
一人ぐらい通報する同僚がいたとしても不思議ではない。
つーかこのオッサン、何をしている人なんだろう。

「それでジェノ君、どうなの? 犯人のこと憎い?」

唐突にもう一度、しかもストレートに聞かれて俺はちょっと戸惑ってしまう。
791 ◆K.tai/y5Gg :2008/07/01(火) 00:50:17 ID:???
とりあえずきらたまの好きな人がジェノはおろか登場キャラ以外だったら神展開
792ニコフ川д゚) ◆nikov2e/PM :2008/07/01(火) 00:51:05 ID:???
キリサキマサキが犯人退治に名乗り出るのだね
793まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/07/01(火) 00:52:55 ID:???
「許せない……とは思う」
「ふぅん、曖昧な答え方するんだね」
「別にそんなんじゃ……」
「まぁ愚問だったかな」

月並みというか当り前の回答だったが、それ以外に答えようがない。
ちょっと考えればわかりそうなもんなのにそんなアホな質問をする意味がわからん。

きっと俺のそんな思いは顔に出ていたのだろう。
桐崎はしばらくの間じっと俺の顔を見て黙っていた。

「あの、もう終わり? 帰りたいんだけど」
「ん? んー……他にも色々聞いてみたいんだけどねぇ。ジェノ君意地っ張りだからなぁ。
 どうしようかなぁ。これ以上聞いてもいいリアクションしてくれそうにないしなぁ」
「聞いてみたい……ってなんだよそれ。あんたまさか警察とか?」
「あはっ。あっはっは違う違う。僕、あんまり警察好きじゃないから」

何がツボに入ったのか、桐崎は手を叩いて下品に笑い出した。
桐崎が口を大きく開けて笑うもんだから、見たくもないのに歯に挟まってるネギが目に入り
俺はすごく嫌な気分になる。
794 ◆K.tai/y5Gg :2008/07/01(火) 00:53:29 ID:???
それだと大分違う物語になるな
面白そうだけど
795 ◆K.tai/y5Gg :2008/07/01(火) 00:54:13 ID:???
っていうか、はよ核心に触れろや
796ニコフ川д゚) ◆nikov2e/PM :2008/07/01(火) 00:54:13 ID:???
こういうときは後から言ったことが正しいんです!
797ニコフ川д゚) ◆nikov2e/PM :2008/07/01(火) 00:55:44 ID:???
>見たくもないのに歯に挟まってるネギが目に入り
こういうのを書けるのがまりあさん
こういうのを書けないのがニコハゲ
798まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/07/01(火) 00:55:58 ID:???
「一度ね、聞いてみたかったんだよ。被害者と親しかった人間にね。どんな気持ちなのかなぁって」

桐崎の無神経さに怒りを通り越して眩暈がした。
このオッサンは完全にアレ。

「自分の知り合い殺されたらわかるんじゃねーの」
「それはないねぇ」
「あっそ。友達いなさそうだもんな、あんた」
「あっはっは。皮肉のつもりかい」

全然こたえやがらねぇ。
どうせ本当にぼっち野郎なくせに。

「でも僕、確かに友達いないんだよね。寂しいなぁ。どうだいジェノ君、僕と友達にならないかい?」
「死んでも嫌だね」

俺は桐崎の申し出を即座に拒否して立ち上がる。
もう1秒だってこんな奴といたくない。
799ニコフ川д゚) ◆nikov2e/PM :2008/07/01(火) 00:57:00 ID:???
友達フラグたった
800まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/07/01(火) 00:58:36 ID:???
もしもまた腕を掴まれたら今度は顔面に蹴りでも入れてやるつもりでいたのだが、
桐崎は何もしてこなかった。

「どうしてかなぁ。僕、結構楽しい奴だって自負してるんだけどなぁ」
「例えば俺がキリサキマサキに殺されたとしても、あんた涙一つ流してくんないだろう」
「ジェノ君が? あっはっは、ないない。それはないよ」

なんでこいつがそう簡単に言い切ってくれるのか。
全く嬉しくなかった。

「大丈夫、ジェノ君がキリサキマサキに殺されることはないよ。安心していい」
「どっちのキリサキマサキだよ」
「どっちもだよ」

そうだ。
そういやキリサキマサキは女しか狙わないんだった。

複雑な気分だ。
女じゃなきゃサチコさんは狙われなかっただろうし、俺は男なのでその心配は全くない。
801まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/07/01(火) 01:00:56 ID:???
「じゃ、俺もう帰るよ」

どうやらこれ以上俺を引き留める気もなさそうなので、
桐崎の気が変わる前に退散するとしよう。
カビの生えたどんぶりやしわしわになった雑誌を踏まないように気をつけながら
俺は玄関へ向かう。

「またねジェノ君」

背後からの声を無視して俺は靴を履く。

ドブみたいな臭いのする桐崎の下駄をさりげなく蹴飛ばしてドアを開けると、
新鮮な空気が部屋の中に入ってきた。
まぁ換気してやる気もないので入ってこなくていいけど。
802 ◆K.tai/y5Gg :2008/07/01(火) 01:01:08 ID:???
もう本人でいいよね
でも殺してないなこの調子だと。っていうか、マサキが真犯人だと
この物語の意味があんまし無い気もするし
803ニコフ川д゚) ◆nikov2e/PM :2008/07/01(火) 01:01:47 ID:???
やはりこういうときは核心を突かない
804まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/07/01(火) 01:02:16 ID:???
「あのさぁ」
「なんだい?」

部屋を出る前に、俺はなんとなく桐崎に聞いてみた。

「うちの学校の奴を殺したの……もしかしてあんたか?」

そしたら桐崎は屁をこきながら涼しい顔でこう言った。

「僕じゃないよ」


出来ればもう二度と会いたくはない。
どうか早めにアパート取り壊されてこのオッサンどっか行ってくれますように。

祈るような気持ちでドアを閉めた。




805 ◆K.tai/y5Gg :2008/07/01(火) 01:02:54 ID:???
犯人じゃ無さそう っていうぐらいしか情報得られなかったんですけど、
もっとなんかあるのかここには
806 ◆K.tai/y5Gg :2008/07/01(火) 01:03:36 ID:???
っと オワタか
次立てますか
807まりあ ◆BvRWOC2f5A :2008/07/05(土) 00:16:45 ID:???
   11.どっちかというとリンゴジュースの方がいい



「若い者同士で親睦を深めて貰おうと思ってね。私が呼んだんですよ」

座玖屋は豪快に笑って、鈍堕華の肩を叩いた。
既に酔いがまわっているらしく顔が赤い。
テーブルを挟んでその反対側に座っていたノワは顔色こそ普段通りではあったものの、
口元はいつにも増してだらしなく緩んでいた。もうそこそこに出来上がっているらしい。
酔っ払いどもめ。

鈍堕華は座玖屋の隣に座っていたが、やたらと陽気な二人とは対照的に
顔をしかめて全身から陰気な雰囲気を漂わせていた。

「いつから飲んでたんだ」

僕はノワの隣に座布団が敷かれていたのでそこに腰を下ろす。
808まりあ ◆BvRWOC2f5A
「あぁ、えぇ……4時ぐらいからかな。夕方の」

陽が落ちる前からか。
どうしようもないのんだくれっぷりだ。
というかそんなにも座玖屋と打ち解けているお前にびっくりだ。

「いやぁ、まぁ、あれだな、九州。せっかく同盟を結んだんだから
 もっとあれだ。あれしないとダメなんだよ」
「なに?」
「……あれだよ」

ノワの目は僕を捉えていない。
本当にどうしようもない。

「さ、九州さんもどうぞ」

目の前に置いてあったコップになみなみと酒が注がれる。
座玖屋は満面の笑みを浮かべていたが、
こちらはちゃんと僕の目を見ていたのでテンションのわりに意識はしっかりしているようだった。