はないたちの夜〜げろっぱのなく頃に〜page3

このエントリーをはてなブックマークに追加
1まりあ ◆BvRWOC2f5A
│ ─┼                   _/__               │
│.  │ _/_    |   \       /            ────┴───
│  _l  /   \  |     |  ┼─‐ // ̄ヽ         /   / ̄ ̄/
. レ (_ノ\/  ___|   レ     / ─    _ノ   ___    ノ│  / ヽ /
        \ノ\       / (___         / / ヽ   │ ノ \ /
                               ヽ/ _ノ   │    /\  
                                      |   ノ   \〜げろっぱのなく頃に〜



なんでもあり板より移籍しました


まとめサイト
ttp://www19.atwiki.jp/hanaitachi/

楽屋裏的なスレッド
http://etc6.2ch.net/test/read.cgi/bobby/1167151747/
2まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/02/22(木) 01:51:43 ID:???
〜前回まで〜
ノリノリで捜査を始めたニコフと若干やる気のないイノセンス
自分が犯人だと主張している主人公・携帯
そしてKIRAが明かすノートの秘密と十三年前の事件の真実とは

かわいそうなバジルの運命や如何に
3まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/02/22(木) 01:52:39 ID:???
【事務室】 ※KIRA、過去の事件? についておしゃべり中。
KIRA・ゲロッパー

【応接室】 ※KIRAに事務室を追い出されたショボーン達が避難してきた。
ショボーン・ラチメチ・アンキモ
アルケミ・ugo・おっかけ・クロス・九州・saoko・ねるね・ミサキヲタ・わんたん

【校長室】 ※ニコフ、ノリノリで探偵ごっこ中。
イノセンス・ニコフ

【死亡】 ※合掌。
キラヲタ・下ネタ・シニア・インリン・本家・ヲタヲタ・バケ千代・参号丸・シーウーマン

【行方不明】 ※生きてんだか死んでんだか。
4まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/02/22(木) 01:55:21 ID:???
95.「嘔吐」



応接室は、隣接している校長室・事務室と比べると格段に広い。
横長の机を挟むように置かれていた二つのソファーの内一つが
KIRAを寝かせるために事務室へと運び込まれた事もあり、
室内の空間は更に広くなっていた。

現在部屋の中には十二人もいたが、その気になればあと数人は入れるだろう。
しかしソファーが一つしかないので、ほとんどの者が立っているか
床に直接腰を下ろしているかのどちらかだった。
ラチメチは思い切りソファーに身を委ねて体を休めたかったが、
既にソファーは満席状態だった。

「KIRAは先生と何を話してるんだ?」

事務室側の壁に背をもたせて立っていたアルケミが、
首を捻って目線を後ろの壁に向けた。
その壁の向こうにはKIRAとゲロッパーがいる。
5まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/02/22(木) 02:01:47 ID:???
「さぁ……」

入り口のすぐ傍で立っていたアンキモが肩をすくめた。
KIRAは何も説明してくれなかったので、二人が何を話しているのかもわからない。

「もしかして先生が犯人だったりして……」

ソファーの右端に座っていたミサキヲタが、強張った顔でおそるおそる言ったが、

「なに言ってるんだよ。そんな訳ないだろ」

校長室側の壁際にもたれかかっていたugoが即、否定した。

「なら一体何を話しているんだろう?」

ugoの隣に立っていたクロスが髪をかきあげる。

「まさかあの二人が共犯で、何か口裏を合わせてるんじゃないでしょうね……」

ミサキヲタの隣に座っていたわんたんが眉をひそめる。

「や、やだ……怖い……」
「せ、先生とKIRAが犯人なの……?」

ソファーの左端に詰めるように座っていたsaokoとねるねが身を寄せて体を震わせる。
6まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/02/22(木) 02:08:43 ID:???
「おいおい、いくらなんでもそれはないと思うが──」

クロスの足元であぐらをかいていたおっかけが、頭を掻きながらため息を漏らした。
おっかけは続けて何か言おうとしたが、

「ねぇ、それよりバジルが帰って来ないんだけど……」

窓際に立っていた九州がおっかけの言葉を遮った。

「あぁ、どうせまたトイレだろ」
「さっきからずっとじゃん」

アルケミとugoが笑って顔を見合わせた。

「でも……確かに遅くない?」

ミサキヲタが不安げな表情を浮かべる。

トイレに行ったというバジルが帰ってこない事も気になったが、
ラチメチはそれよりも一緒に事務室を出たニコフとイノセンスが
いつまで経っても部屋に入ってこないことが気にかかった。
二人はまだ廊下にいるんだろうか。
7まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/02/22(木) 02:11:42 ID:???




校長室にはインリン達六人の死体が横たわったままだった。
ニコフは校長室に足を踏み入れた瞬間、無惨な同級生達の姿を見て
思わず足がすくんでしまったが、すぐに気を取り直して部屋の中に歩を進めた。

「大丈夫かよ」

ニコフが一瞬足を止めたのを見て、イノセンスが心配そうに言った。
人の死体が並んでいるこの部屋の光景は、ニコフの目には異世界のように映っている。
イノセンスにとってはそうではないのだろうか。

「だ、大丈夫……」

少しでも“人間の死体”だと意識すると胃の中のものがこみ上げてきそうになる。
ニコフは息を飲み込んで突き上げてくる吐き気を押し殺した。

「さぁ……し、調べましょう……」
「調べるっつってもなぁ……」

イノセンスがつまらなそうに室内を見渡す。
8まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/02/22(木) 02:15:55 ID:???
「もう今更新しい手がかりが見つかるとは思わないけどな、俺は」
「そ、そんなこと言ったって……じ、じっとしてるよりはマシじゃない」

とはいうものの、心の中では既に「部屋を出たい!」と思っていた。
何か手がかりがあるはずだと校長室にやってきたのはいいが、
手がかりを探すどころか立っているだけで辛い。
インリン達の無惨な姿が視界に入る度に嘔吐しそうになる。
何かを調べようにも死体に近づくことも出来ない。

「だって、きついだろ? 無理しない方がいいよ。出ようぜ」
「う、うぅ……」

イノセンスに肩を押され、ニコフは口に手をあてて何度も頷いた。
もうこれ以上は限界だった。息を吸うのも辛い。

「大丈夫か。吐くならせめて3mは離れてくれよ」
「ご、ごめん」

涙目でイノセンスに謝ると、ニコフは駆け足で校長室から脱出した。
廊下に出たニコフは大きく深呼吸をして、イノセンスにもう一度謝った。

「気にすんなよ。仕方ないって……」
「ほんと、ご、ごめんね……おえっ!」
9まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/02/22(木) 02:18:40 ID:???
ニコフは喉の奥が熱くなるのを感じて、意識的に全身を硬直させて
胃の内容物が逆流してくるのを胸の辺りで食い止めようとしたが、

「ちょ、離れて離れて」
「ごっ……ぶっ……ぐほっ」

及び腰で後ずさりするイノセンスの姿が滑稽で、笑い声と一緒に噴出しそうになった。

「ごぇん、ふぉぅうぃ……」

ごめん、もう無理……と言おうとしたが言葉にならなかった。
口の中いっぱいに溜め込んだ酸っぱいものを吐き出すために、
ニコフは給食室へと全力疾走した。

トイレには間に合いそうになかったからだ。
10まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/02/22(木) 02:28:46 ID:???





1−2の教室には、おかしな空気が漂っていた。
自分が犯人だと主張する携帯。
その“自称犯人”を取り囲むようにして座っている鬱井、蟹玉、バジルの三人。
取り囲むといってもそれは携帯を逃がさない為ではない。

「なんだ? 鬱井……まだ疑ってるのか」
「あぁ、疑ってるよ……」

疑っている……のは携帯が犯人ではないか、という事ではなく、
お前は犯人じゃないだろう……という意味だ。
携帯はキラヲタを殺したのは自分だと主張したが、
鬱井の中にひっかかっている何かがそれを受け入れようとはしなかった。

「キラヲタを殺したのが21時30分頃というのなら、
 チェックポイントはどうなる?」
11まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/02/22(木) 02:31:40 ID:???
肝試しでは、給食室と体育館に自分が通った事を証明する為に
名前を書き記していかなくてはならない。
キラヲタの名前は給食室にも体育館にもちゃんと残されていた。
名前が記される順番にも矛盾はない。
それはキラヲタが規定通りのルートを通っていたという証明になる。
キラヲタが21時30分に殺されたというなら、それは教室を出て
すぐという事になる。ならキラヲタはどうやって給食室と体育館に名前を
書いたのか──という質問だったが、鬱井は携帯に問いかけながらも
半ば返ってくる答えを予想していた。

「俺が書いたんだ」

やはり予想通りの答えだった。
携帯が鬱井達の前に姿を現したのはキラヲタの死体が発見されたあとだ。
それまでに携帯を見たという証言は確かに、ない。

「どうやって……?」

それまで黙って鬱井と携帯のやりとりを見ていた蟹玉が口を開いた。
蟹玉も鬱井同様、携帯が犯人だとは信じていないようだった。

「簡単な話だ。キラヲタを殺したあと、俺がキラヲタの代わりに肝試しの
 ルートを通ってキラヲタの名前を書いていったんだ。
 牛乳瓶もちゃんと取ったし、体育館でミルメークも取った。
 理由は犯行の発覚を遅らせる為だ」

携帯は牛乳瓶とミルメークは体育館を出たあと捨てた、と付け加えた。
これも予想した通りの答えだった。
12まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/02/22(木) 02:34:48 ID:???
「それからしばらくの間、玄関が見える位置で身を隠していた。
 玄関を最後に出たのは蟹玉だった。それまでは5分間隔で誰か出てきたが、
 蟹玉が出てきたあとは何分経っても誰も出てこなかった。
 それで肝試しが中止になった事がわかった。
 そのあとは──鬱井、まだ説明が必要か?」

鬱井は思わず首を横にふりかけてしまった。
そこから先の携帯の言う事がほとんど予想出来たからだ。

「あぁ、説明してもらおうか」

それでも鬱井はまだ納得していなかった。
携帯が嘘をついているなら、どこかでぼろを出すはずだ。
少しでも矛盾した点があればそこをつこうという考えだった。

携帯は大袈裟に大きくため息をついて、めんどくさそうに話し始める。

「……最後に玄関を出た蟹玉が、再び玄関に戻ってきたのが22時20分頃か……。
 俺は蟹玉が校舎に入ったのを確認してからもしばらくその場を動かなかった。
 俺は22時30分になるのを待っていた」
「ノワに村の手前にある橋を爆破させたっていうアレか」
「そうだ。俺はあの爆発の音を聞いてから教室に向かった」

そして23時前、鬱井がKIRAと一緒に女子トイレから出てきた所で、
村に来て初めて携帯の姿を目にする事になる。
13まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/02/22(木) 02:43:03 ID:???
「……で、23時。ノワが肝禿橋を爆破──」

と、喋りつかれたのか、携帯が一旦言葉を切って大きく息を吸い込み、吐いた。

「──鬱井、橋を見たんだろ? いや、見れなかったの間違いか」
「あぁ、きれいさっぱりなくなってたな……」
「鬱井が戻ってきたのが23時……15分ぐらいか。
 ここからはもう説明しなくてもわかるだろう?」
「……あぁ、まぁな」

23時30分、教室が爆破される。
その少し前に鬱井はKIRA、イノセンスと一緒に九州が見たという人影──ノワだと
後にわかるが──を確認しに行く為に南校舎二階へ向かった。
そしてその時、携帯も鬱井達について来ていたのだ。

「あの時、俺達について来てたのは爆発から逃れる為……って言いたいんだろ?」
「そうだ」

ここまで鬱井の予想した通りの答えばかりだった。
ここからはわざわざ携帯に説明させなくても大体の事はわかる。
14まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/02/22(木) 02:50:25 ID:???
爆発の後、
シニアが玄関で見たのを最後に携帯の行方がわからなくなる。
それから携帯が戻ってくるまでの間、彼がどう動こうが
誰も携帯の姿を見た者がいない以上、それを証明するものも
否定するものもない。言ったモン勝ちである。
現時点では嘘かどうかも判断しようがなかった。
ただ普通は自分の犯した罪を隠すために嘘をつくものだが──。


下ネタが殺される。
シニアより先に校舎の外に出た携帯には犯行が可能だ。

そしてシニアが殺される。
──これも携帯には犯行が可能だ。

しかし、それでも鬱井は納得していなかった。

「携帯……お前には確かにキラヲタ、下ネタ、シニアの三人を
 殺すチャンスはあった。それは認めよう」
「あぁ」
「だけど……お前が犯人だとしても、ノワが共犯者だとしても、
 インリン達を殺すことは出来ない。そうだろう」

インリン達が殺されたとみられる時間帯、携帯は鬱井達と事務室にいたのだ。
いくら携帯が「自分が犯人だ」と主張しても、
超能力でも使えない限りはインリン達を殺す事は出来ない──。
15まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/02/22(木) 03:07:53 ID:???
超能力……?
鬱井の脳裏にふと浮かんだこの三文字が、ある事を思い出させた。
いや、しかし、ある訳がない……そんな無茶苦茶な方法あってたまるか。
でも、もしかしたら──鬱井は沸きあがってくる一つの可能性を
無理やりに胸の奥に封じ込めようとしたが、
携帯の一言がそれをあっさり決壊させてしまった。

「ノートを使ったんだ」

携帯が、鬱井の頭の中を見透かしたように笑う。

「ノート……?」

聞き返しながら、鬱井はもう携帯の言っている事の意味を理解していた。

「ノートって……はは……お前、何を言い出す気だ……」

知らず笑いが込み上げてくる。
携帯がこれから言うであろうセリフを予測して、
鬱井は脱力感に襲われていた。
いやいや待て待て。お前、本気でそれを言っちゃう気かよ──と。

「そうだ。あのノートにインリン達の名前を書いて殺したんだ」

携帯はあっさりと、笑顔で言った。
16まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/02/22(木) 03:09:14 ID:???
95.「嘔吐」 /終
17アルケミ ◆go1scGQcTU :2007/02/22(木) 22:09:34 ID:rDlvZWs9
携帯の意図は一体!?
次回あの人がなんと・・・・・・!?
注目の次回にこうご期待
18まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/02/25(日) 01:56:35 ID:???
96.「塩鮭」



給食室の中に酸っぱい臭いが漂う……。

「おぇぇぇっ……」
「大丈夫か」
「ご、ごべんぇ……」

イノセンスに背中をさすられながら、ニコフは胃の中の物を流しにぶちまけていた。

「う、うぅ……くへっ」
「全部出し切った方がいいぞ、ほら」

背中をさするイノセンスの手の動きが速くなる。
胃の中はもうほとんど空っぽだったが、吐き気はまだ続いていた。
胸の辺りが焼けそうに熱い。こんなに吐いたのはいつ以来だろうか。

流しに溜まった嘔吐物から生暖かい異臭が立ち上る。
いくら非常事態だったとはいえイノセンスの前でげろげろ戻してしまったことが
今更恥ずかしくなってきた。
ニコフは水道の栓をいっぱいに捻って、吐いた物をきれいさっぱり流そうと
したが、ゲロッパーの家で食べた夕飯の塩鮭は、
排水口でひっかかって嫌な臭いを放っていた。
あぁこんなことなら頑張ってトイレまで行けばよかった──。
19まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/02/25(日) 02:01:50 ID:???
「うふぅ……も、もう大丈夫……たぶん」
「ほんとに大丈夫かよ……すげー顔色悪いぞ」
「大丈夫、大丈夫……ごめん」
「んじゃもう戻るか」
「そうだね、鬱井達も戻っ……ひっく!」
「なんだ? 今度はしゃっくりかよ」
「う、いや、ごめ……っく!」

吐いたせいかなんなのか、しゃっくりが出始めた。

「うぅ、お、横隔膜が痙……っく! ……攣して……」
「水飲めば止まるんじゃね」
「たぶん無理。水飲んで止まったことないもひゅっ……んん!
 あぁ、ダメ。イノ、忘れた頃にびっくりさせて」
「わかった……さ、戻ろうか」
「うん。ちょっと待って窓だけ開けっ……! ……るね」

部屋の中には酸っぱい臭いが充満していた。
せめて換気ぐらいしておこう。
と、窓を開けようとしたその時、

「ん?」

窓と窓枠の間から、部屋の中に向かって白いものが飛び出している事に気付いた。
布だ。触ってみると少し濡れていた。
20まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/02/25(日) 02:07:00 ID:???
「なにこれ……?」

ニコフは布を指でつまんで、窓を開けた。

「ハンカチ……」

ハンカチだった。
白無地の、どこにでもありそうなハンカチ。
端と端を指でつまんで、なんとなく広げてみる。
全体的に少し湿っている……っぽい。

「なんだ? なにやってんの。なにそれ」
「さぁ……なんだろう。誰かが干してたのかな?」
「ふーん」

イノセンスはあまり興味なさそうだった。
まぁ自分が言った通り、誰かが干していたんだろう。
ただそれだけのこと……だけど、何故?

このハンカチが今日学校に来ている誰かの物ならば、
何故こんな所に干しているのか?
そもそも何故このハンカチは干さなければならないほど濡れていたのか?
21まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/02/25(日) 02:11:01 ID:???
夜の学校の給食室に謎の濡れたハンカチ。
うーんミステリーだ……と、ニコフは小さく唸りながらハンカチを元通り
窓に挟んで外に垂らしておいた。

どうせ誰かがここで布巾代わりに使って濡らしてしまったんだろう。
だからここの窓に挟んで干している。それだけの話である。
まだちょっと濡れてるし、もうちょっと干しておいてあげた方がいいだろう。
誰のか知らないけど。

もう換気もどうでもいいや。

ニコフが窓を閉めて、イノセンスがドアノブに手を伸ばしたその時だった。
ドアが独りでに開いた。

「びっくりした……お前らか」

開けたのは鬱井だった。ニコフ達がいるとは思わなかったらしく、
鬱井は目を瞬かせた。

「鬱井、今、降りてきたの?」
「蟹玉と携帯はどうした?」

二人が同時に声をかけると、鬱井は頭をかきながら
片手を軽く上げて、

「あぁ、ごめん、ちょっと待ってくれ……」

と、二人の質問を制した。
22まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/02/25(日) 02:16:59 ID:???
「どうしたんだよ。なんかあったのか」
「いや、あぁ……うん、そうなんだけど、ちょっと待ってよ」

鬱井はなにやら疲れきった様子だった。

「ちょっと水飲ませて……説明はそれからするよ。
 蟹玉と携帯は3階にいる……あとバジルも」

そう言って鬱井は、ニコフとイノセンスの間をすり抜けて給食室の中に入ってきた。

「……なんか臭くない?」
「き、気のせいじゃな……ひっく!」
「しゃっくり?」
「あぁそう……息止めたら治るよ……」

力なく笑って、鬱井は水道の蛇口に口を近づけて直に水を飲み始めた。

「鬱井、行儀が悪……ぃっく!」

あぁ、まともに喋る事が出来ない……。

「携帯がさ、自分が犯人だって言ってるんだ」

水道から顔を離して、鬱井は唐突に言った。

「……え?」
「……は?」

あまりにも突拍子もない鬱井の言葉に、一瞬ニコフとイノセンスの時間が止まった。
23まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/02/25(日) 02:21:38 ID:???
「いくらなんでもそりゃねーだろ」

と、イノセンス。

「ごめん鬱井……驚かそうとしてくれたんだろうけど
 それじゃ……ひっく! ……ほら、止まらない」
「いや、ほんとに。俺も信じられないんだけど」

鬱井が困ったように首を捻る。
冗談なのか本気なのかわからない。

「なんで携帯なんだよ」
「うん、俺もそう思うんだけどさ……説明すると長くなるし
 とりあえず先にKIRAに報告しておきたい。ノワも逃げたし」
「はぁ!? 逃げた? どうやって? てか何がどうなってんだよ!?」
「俺が聞きたいよ……」

鬱井は頭を抱えてふらついた足取りで給食室を出て行った。
どうやら冗談ではないらしい。
ニコフとイノセンスも鬱井を追いかけるようにして給食室を出た。

「あのさぁ……二人はあのノートの力を信じてるか?」

先を歩く鬱井が、振り返りもせずに呟いた。
24まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/02/25(日) 02:28:35 ID:???
「なんだよ今更。なんでそんなこと聞くんだ」

イノセンスが反問すると、

「あのノートの力が本物だったら……なんでも出来るよなぁ……」

鬱井はまた力なく笑った。

「反則だろ……常識的に考えて……」





「結局、下ネタが最初に使ってからしばらく誰もノートを使おうとはしませんでした」

KIRAは時計から目を離し、再びゲロッパーへと視線を移した。
ソファーに座ったゲロッパーはほとんど頷いているだけで、
KIRAの話の合間に軽く相槌を打つばかりだった。

「それから一ヶ月、下ネタの身には何も起こらなかった。
 その間ノートはロッカーの上に置きっぱなしにされ、
 誰も触れようともしませんでした。そして……」
「あの事件……か」
「……そうです。後に僕達六年二組の生徒の間ではタブーとなる
 あの事件……通称“カレー事件”……」
「うむ……」
25まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/02/25(日) 02:32:44 ID:???
途端にゲロッパーの顔つきが険しくなった。
KIRAの言った通り、カレー事件はタブー中のタブーである。
それは生徒だけでなく、担任であるゲロッパーにとっても同じことだ。

KIRAは「今更事細かに説明する必要はないかもしれませんが」
と前置きして話し始めた。

「ある日、ニコフの体操服がカレーまみれにされる、という事件が起きました。
 そして犯人とされたのが携帯。携帯は自分ではない、と最後まで主張して
 いましたが、結局犯人扱いされたまま転校してしまいます。
 クラスのほぼ全員が彼を犯人だと決めつけていましたが、
 携帯が頑として認めない以上、彼に責任を問うことは出来ませんでした。
 これといった証拠もありませんでしたしね。ただ着替えの時に
 最後まで教室に残っていた、という理由だけで疑われていた」

KIRAがそこまで言うと、ゲロッパーは何か言おうと口を開きかけたが、
KIRAはそれを遮るように話し続けた。

「そして一学期が終わり、夏休みに入ります。
 結局携帯が犯人扱いされていたものの、この時点では真相は
 わからないままでした。今思えばなんだったんでしょうね。
 みんな自分が疑われたくないから携帯を犯人に仕立て上げた──。
 そんな風にも思えます」

KIRAがここで一旦話を区切ると、それまで口を挟むタイミングを伺うように
じっとKIRAの目を見つめていたゲロッパーの視線が宙を泳いだ。
26まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/02/25(日) 02:39:46 ID:???
「……続けます。かまいませんね?」
「あぁ……」
「──夏休みの間に、もう一つの事件が起こります。
 事件と言っても、こちらはカレー事件とは比べようもないほど
 重大な事件です──」

KIRAは目を閉じ、切々と言った。
ゲロッパーがどんな表情をしているのかは、わからない。

と、その時。
誰かがドアをノックした。

「──はい」

KIRAが静かに返事をすると、ドアがゆっくりと開き、
鬱井が顔を覗かせた。

「なんだ鬱井か。何の用だ? 邪魔だ、入ってくるな。さっさと閉めろ」

話の邪魔をされて、つい苛立って荒い口調で言ってしまった。
まぁ鬱井だからかまわないだろう。

「あ、ごめんKIRA、忘れてた」
「あぁ、そうだった。鬱井、そういえばなんか大事な話してるらしいぞ」

鬱井の肩越しにニコフとイノセンスの声が聞こえた。
27まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/02/25(日) 02:46:23 ID:???
「なんだ二人も一緒か。どうした?」
「なんだってなんだ。二人が一緒ならよくて俺一人じゃだめなのか」
「いいからさっさと用件を言え」
「この野郎……まぁいい。実は携帯が──」

どうせ下らない話だろうと思ったが、鬱井の話は──本当に下らない話だった。

「それで?」

一通り聞き終えて、KIRAはため息混じりに鬱井を睨んだ。

「それでって……大体こんなところだけど……」
「まさかお前、携帯の言う事を信じてるんじゃないだろうな?」
「え……いや、だって」
「やれやれ……」
「な、なんだよ」

KIRAは鬱井に向けていた視線をゲロッパーに移した。

「仕方がない。先生、どうやら本当に時間がないようです……」

KIRAは一歩進んでゲロッパーの眼前に立つ。
ゲロッパーは肩をすくめて、怯えたような表情でKIRAを見ていた。
28まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/02/25(日) 02:52:45 ID:???
「あの時ノートのすり替えがあった事も、先生がノートを持っている事も、
 全て分かっています」

KIRAの言葉に、ゲロッパーは完全に顔色を失くしていた。

「さぁ……」

がっくりと肩を落としてうなだれるゲロッパーに、
KIRAはゆっくりと手を差し伸べる。

「ノートを……」

差し出された手の意味を理解したゲロッパーは、
座ったまま上着の裾に手を入れ、ノートを取り出した。

どんな願いも叶えてしまう、魔法のノート。
夢のような力を持った真っ白な表紙のノート。
かつてANGEL NOTEと呼ばれていたあのノート。

しかし今ゲロッパーが手にしている、表紙を黒く塗り潰されそのノートには、
白抜きのいびつな字体で大きく DEATH NOTE と書かれていた。
29まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/02/25(日) 02:53:48 ID:???
96.「塩鮭」 /終
30まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/02/28(水) 23:32:49 ID:???
97.「誤解」



「……そのノートは!?」

ゲロッパーが取り出したノートを見て、ニコフは思わず声をあげてしまった。
今のKIRAとゲロッパーのやりとりを見ていると、
“あの”ノートの話をしていたらしいという事はすぐにわかったが、
ゲロッパーが手にしているそのノートはニコフの記憶にあるものと違っていた。

「これが犯人が探しているノートだ」
「どういうことなの?」

何故ノートが黒いのか? DEATH NOTE?
どうしてゲロッパー先生が持ってるの?
聞きたいことは山ほどあったが、どれから聞けばいいのかわからない。

「一つずつ説明していこう。だがその前に僕からも聞きたいことがある。
 ……ニコフ、君が“これ”を書いたのはいつだ?」

KIRAはノートを開いてニコフに見せる。
ニコフは思わず目を逸らしそうになった。
31まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/02/28(水) 23:35:20 ID:???
そこには確かに、あの日ニコフが書いた一文がそのまま残されていた。

『カレー事件の犯人が死にますように』

わざと角ばった字体で書いたのだが、
こうやって見ると間違いなく小学校の頃の自分の字だ。
もしかするとKIRAは、あの時字を見ただけで私が
書いたことを見抜いていたのかもしれない──。

「一学期の終業式の日……違うか?」

ニコフが質問に答える前にKIRAが言った。その通りである。
ニコフは黙って頷いた。

「やっぱりそうか」
「どうしてそれが……?」
「二学期に──いや、やっぱり一つずつ説明していこう。
 先生とも今まで話していたんだが、改めて最初から……」

KIRAはノートを閉じ、机の上に置いて話し始めた。
32まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/02/28(水) 23:43:37 ID:???
まずゲロッパーがクラスにノートを持ち込んだこと。
下ネタが最初に『テストで100点が取れますように』と書き、
その願いが叶ったこと。
下ネタに続けとばかりに何人かが同じ様な願いを書いたが、
彼らの願いは叶わなかったこと。
そしてノートを使った者は不幸になるという噂が流れ、
しばらくの間誰もノートを使おうとはせずノートがロッカーの上に
放置されていたこと。
ニコフの体操服がカレーまみれにされたこと。
そして──夏休みの間にLコテが死んだこと。

「二学期の始業式の日──9月1日──ノートに
 新しい書き込みがされていたのが見つかった。
 内容は……ニコフが一学期の終業式の日に書いたことだ」

カレー事件の犯人が死にますように──と。

「クラス中は大騒ぎになり、すぐにLコテの死と結びつけられた」
33まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/02/28(水) 23:50:43 ID:???
あの時はすぐにニコフが疑われた。
カレー事件の被害者はニコフ。だからニコフが書いたんだ──。
当時ニコフはその事を認めなかったが、クラスのみんなが出した結論はそうだった。
事実、書いたのはニコフである。

だがKIRAはそのことに触れようとはしなかった。

「ノートの力はやはり本物だ、と、その日のうちに……つまり9月1日に、
 インリンがノートに願いを書き込んだ。
 『没収されたゲームボーイが返してもらえますように』と」

一学期の時、インリンが学校にゲームボーイを持ってきて授業中に遊んでいた。
しかしすぐに先生に見つかり取り上げられたのだった。

「この願いはすぐに叶った。次の日の9月2日、
 インリンの机の中に没収されたゲームボーイが入っていた」

その時、うつむいたままKIRAの話を聞いていたゲロッパーが
顔を上げて何か言おうとしたのにニコフは気付いたが、
ゲロッパーはすぐにハッとした顔になって再びうつむいた。
34まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/01(木) 00:01:02 ID:???
「先生、もう演技をする必要はありません」

KIRAがゲロッパーを横目に見てそう言うと、
ゲロッパーはうつむいたまま「そうだったな」と小さく呟いた。

演技、という言葉を聞いてニコフはようやく大体のことを理解した。
あぁそういうことだったのか……。

ニコフはあの時のことを思い出していた。
インリンの願いが叶ってから二日後の9月4日、あれは土曜日だった。
ノートが何者かに持ち去られたのだ。
この時もニコフが疑われたのは言うまでもない。
だがニコフはこのことに関しては身に覚えがなかった。

そして日曜日を挟んで9月5日、帰りの会でゲロッパーから
ノートを持ち去った人物が名乗り出た、と説明があった。
持ち去った人物が職員室にノートを返しに来たと言うのだ。
そしてゲロッパーはこの時、ノートを焼却すると宣言した。
これには色々と大人の事情的な裏話があったらしい。
Lコテの死亡事故とノートの力が噂になり、
ノートを持ち込んだゲロッパーが職員会議にかけられたとかなんとかいう
噂をニコフも聞いていた。この噂が本当かどうかは知らない。
35まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/01(木) 00:10:48 ID:???
帰りの会のあと、ゲロッパーは生徒達の目の前で焼却炉にノートを投げ込んだ。
ANGEL NOTE と名付けられた真っ白いノート……。
ニコフがあのノートを最後に見たのはこの時である。

そして今、目の前に黒いノートがある。

DEATH NOTE と書かれたこのノートが、本当にあの時のノートだと
すぐには信じることが出来なかったが、
さきほどのKIRAとゲロッパーのやりとり、
そしてゲロッパーがノートを取り出した時KIRAが言った
『すり替えがあった』という言葉で、ある結論を導き出していた。

「そうか……そういうことだったのね」

ノートを持ち込んだのも、ノートを処分したのもゲロッパーだ。
そしてノートが無くなったのも、ノートが見つかったのも……。

「全部……先生の自作自演だったのね」
36まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/01(木) 00:23:34 ID:???





──応接室。
この中に、一人だけ死期が近づいている人間がいることを
ラチメチは知っていた。
ラチメチにはそれが視える。
しかし、それがわかったところでどうしようもない。
それを変える力も、自分にはない。
痛いほど自覚していた。

彼女は何故死ぬんだろう。

自分がもうすぐ死ぬなんてこれっぽっちも思っていないであろう
彼女の横顔を、ラチメチはぼんやりと見ていた。

学校に来て、6−2の教室に入った時は眩暈がした。
十人以上の人間に死の影が落ちていた。

キラヲタ、下ネタ、シニア、インリン、本家、ヲタヲタ、バケ千代、参号丸、シーウーマン。
みんな死んだ。
そして……ちさこ。
ちさこにも影は落ちていた。
今、行方不明とされているがおそらくもう死んでいるだろう。
37まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/01(木) 00:29:46 ID:???
その事は誰にも話す気はなかったし、話してもどうせ信じてもらえなかっただろう。
そんな気にもなれなかった。

それより今は、いつKIRAか鬱井が手錠を片手にやってくるのか気が気でない。

下ネタを殺したのは私なのだ。
逃げる気はないし、逃げられないだろう。
自分の寿命はわからない(らしい)が、
殺人犯として逮捕されるであろう未来はたやすく想像出来た。

ただその前に携帯と話がしたい。
今夜、まだ一度も携帯と話をしていない。
なんとなく気まずくて話しかけにくかったし、
携帯もなんだか自分を避けているようだった。

捕まってしまう前に、携帯と話がしたいな……。
38まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/01(木) 00:46:27 ID:???





事務室──。

鬱井は混乱していた。
目の前にある黒いノートがあの時のノートと同じものだという事も
理解できなかったし、『全てゲロッパーの自作自演だった!』という事は
もっと理解不能である。一体何がどうなってそうなったのか
わかりやすく説明してくれないと……困る!

「KIRA、どういうことだ? ほんとにそれがあのノートなのか?
 それよりなんで先生が……」
「そんなことより鬱井、携帯はどうした?」
「え? あぁ、とりあえず……ってのもおかしいけど、一応ノワの時と
 同じ様に手錠で……」
「そのまま携帯一人置いてきたのか?」
「あ、いや、蟹玉とバジルが一緒にいるよ」
「バジル?」

KIRAの顔つきが変わった……気がした。
39まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/01(木) 00:50:00 ID:???
「な、なんだ?」
「……まぁいい。鬱井、携帯を連れて来い」
「携帯を? いいのか?」
「お前、携帯が犯人……華鼬だと思ってるのか?」
「それは……」

それがわからないからこうしてKIRAの所にきたのだが。

「いいから連れて来い」
「わ、わかった」

これ以上「どうして?」と聞くと怒られるパターンだ……。
鬱井は黙ってKIRAの命令に従うことにした。
偉そうに言われるのももう慣れっこである。

「じゃあ連れてくる……」

鬱井はひとり1−2へと向かった。



階段を上ろうとした時、上から蟹玉が降りてきた。

「鬱井、遅いじゃないか。KIRAは?」

どうやら鬱井が戻って来ないので呼びに来たらしい。
さっきからこればっかりだ。
40まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/01(木) 00:55:05 ID:???
「KIRAに携帯を連れてくるよう言われてさ」
「そうなのかい? じゃあ俺はみんなの所に戻っておくよ……」
「あぁ」
「もう呼びに行かないよ……?」
「ははは……」

そしてやっぱりまた何かがあって、蟹玉が俺を呼びに来たりして……と、
鬱井は苦笑した。

そのまま蟹玉とすれ違い、鬱井が階段を上りきった時、
ふと嫌な予感がした。
なんだか胸騒ぎがする。

そしてやっぱりまた何かがあって──。
数秒前に頭をよぎった他愛もない考えが再び浮かび上がってきた。

「まさか……そんなことあるはずない」

自分に言い聞かせるように呟いたが、
自然と早足で歩き出していた。

胸騒ぎの原因はKIRAの言葉だった。

『まさかお前、携帯の言う事を信じてるんじゃないだろうな?』

呆れたような口調だった。実際呆れていたのだろう。
しかしKIRAの冷めた視線が、携帯に対して抱いていた疑念を払拭してくれたのである。
41まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/01(木) 01:08:24 ID:???
1−2の教室の前まで来た時、ある人物の顔が頭に浮かんだ。
その人物は今、この中にいる。

ドアを開け、鬱井は自分の考えが間違っていなかったことを確信した。
教室の中には、教室に入る直前に顔を思い浮かべた人物が
窓際で手錠に繋がれた携帯と向き合う形で、鬱井に背を向けて立っていた。
鬱井の気配を感じた彼は、ゆっくりと首を捻って振り返る。
彼の手にはナイフが握られていた。

「動くな!」

鬱井はいつの間にか拳銃を握り締めていた。
真っ直ぐに照準を合わせ、引き金に指をかける。

「お前が……お前が犯人だったのか……!」

引き金にかかった指に力が入る。
銃を握り締める掌が汗ばむ。
彼はナイフを握り締めたまま鬱井の方に向き直った。

「お前が華鼬だったんだな! バジル!」

銃を向けられたバジルは、虚ろな目で鬱井を見ていた。
42まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/01(木) 01:09:10 ID:???
97.「誤解」 /終
43まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/04(日) 02:10:16 ID:???
98.「確信」



事務室──。

「それでKIRA、このノートがあの時のノートだっていうことは
 わかったけど……みんなをっ……」
「どうした?」

ノートのことはわかった。ならあとはKIRAの考える犯人は一体誰なのか。
それを確かめようとした時だった。

「ひっく!」
「しゃっくりか?」
「ご、ごめん」

止まったと思っていたのに、こんな重い雰囲気の中で
しゃっくりかましてしまうなんて……。しかもKIRAの前で。

「あ、俺ちょっとトイレ」

と、いきなりイノセンスが部屋を出て行った。
あぁ、出来れば「ニコフはさっきからしゃっくりが止まらないんだよ」と
フォローしてから出て行ってほしかった。フォローにはなってないけど。
44まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/04(日) 02:18:35 ID:???
「大丈夫かニコフ。といっても何もしてやれんが」
「うぅ……いや、大丈夫ごめん……」

別に謝る必要はないのだが恥ずかしくて思わず頭を下げてしまった。
もうこのまましゃっくりが止まるまで下を向いていよう……。
と、その時。ニコフはある物を見つけてしまった。

絆創膏である。
端と端がくっつき、輪っか状になった絆創膏が床に落ちていた。
なんでこんな所に……と、ニコフはつい拾い上げてしまった。

「それは?」
「落ちてたの」
「ふむ……」

KIRAがニコフの手の中の絆創膏を興味深そうに見ていた。
KIRAもなんでこんな所に……と不思議に思っているのだろう。

その時、ドアが開いた。

「もう話は終わったのかい?」

蟹玉だ。
45まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/04(日) 02:25:10 ID:???
「あれ? 鬱井が行かなかった?」
「あぁ、途中ですれ違ってね」
「あ、そうなの……あれ?」

蟹玉に続いてイノセンスも入ってきた。
トイレにしてはやけに早いな、と思ったら
更にアンキモ、ラチメチ、ショボーンまで入ってきた。

「今、廊下でイノ達と……」

と、蟹玉が言いかけたその時だった。
イノセンスがポケットに手を入れ、何かを取り出した。

「えっ……」

ナイフだ! とニコフが認識した時にはもうナイフは
ニコフの鳩尾のあたりに深く突き刺さっていた。

「うっ」

小さく呻き声をあげて、ニコフは膝を落とした。

どうしてイノセンスが私を……まさかイノセンスが真犯人だったなんて……。
あぁ……KIRA……私……私……ほんとはずっと……が……ま……。

意識が遠く──ならない。
ニコフはいつまで経っても痛みが走らないことに気付いた。
46まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/04(日) 02:28:44 ID:???
「びっくりしたか?」

イノセンスが満面の笑みを浮かべていた。

「……おもちゃ?」
「なんだよリアクション薄いな」

イノセンスがナイフの切っ先に指を当てて、柄の中に刃を押し込む。
よくあるおもちゃのナイフである。

「お、おどかさないでよ」
「びっくりさせろって言ったのはニコフじゃねーか」
「い、言ったけどさ……」
「だろ? どうだ? 止まったんじゃないの、しゃっくり」
「……止まった」

イノセンスによると、肝試しか何かで使おうと誰かだ用意したらしい
おもちゃのナイフが応接室にあったのを思い出して、
トイレに行くふりをして取りに行ったらしい。
そのついでに応接室にいたアンキモ達も呼んで来たのだそうだ。

「なんでそんなおもちゃがあるの……」
「知らねーよ。あったんだから仕方ない」

仕方ないらしい。
まぁそのことにこれ以上つっこむのはよしておこう。
47まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/04(日) 02:31:00 ID:???
「あ、それ……」

部屋に入るなり、ショボーンがニコフの持っている絆創膏を指差して呟いた。

「うっさんが踏んづけてたのはそれだったんでつね」

ショボーンは納得したように一人で頷いていた。

「鬱井が?」

と、KIRA。

その時だった。

「はっ……!?」

ニコフの全身に、落雷を受けたような衝撃が走った。

KIRAとショボーンが何か言葉を交わしていたが、
ニコフの耳にはもう届いていなかった。
48まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/04(日) 02:38:54 ID:???
絆創膏。おもちゃのナイフ。
もしもこの二つを別々に見ていたなら、気付かなかっただろう。

そうか、そうだったのだ。これで犯人が誰かわかった。

「謎は全て解けた──」

ニコフは自分の推理が間違っていなかったと確信した。





「ナイフを捨てるんだ」

銃をかまえたまま、鬱井はバジルにナイフを捨てるよう促した。
しかしバジルは虚ろな目で鬱井を見たまま、動こうとはしなかった。

「携帯、大丈夫か?」

バジルと視線を合わしたまま、携帯に声をかけると、
「あぁ、俺は大丈夫だ」と抑揚のない声が返ってきた。
49まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/04(日) 02:45:12 ID:???
「まさか携帯まで殺そうとするなんてな。
 蟹玉が俺を呼びに2階に降りたほんの僅かな時間で
 こんな大胆なことをしようとするとは……。
 携帯に全ての罪をなすりつけて殺すつもりだったんだろう」
「何のことだか」

ようやく口を開いたバジルは、大袈裟に肩をすくめて嘲るように笑った。

「じゃあどうしてナイフを持っている?
 そのナイフで何をしようとしてたんだ? 言ってみろ」
「こっちこそどうして銃を向けられなきゃならないのか聞きたいね。
 大体僕がみんなを殺しただって? 一体何の証拠があって
 そんなことが言えるんだ? 僕がみんなを殺した犯人だと
 言うのなら納得のいく説明をしてもらおうか」
「……なら聞こう。ハンカチはどうした」
「なに……?」

この時バジルの顔色が変わったのを鬱井は見逃さなかった。

「ハンカチだ。持っているなら……出してみろ」
「なにを……」
「まさか今日は持ってきていないなんて言わないだろうな」

シニアが殺される直前、廊下でバジルと会った時のことだ。
あの時、応接室を出た鬱井の方に向かって歩いてきたバジルは、
ハンカチを持っていた。バジルは鬱井に気付くと慌てて
ハンカチをポケットにつっこんだのを覚えている。
50まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/04(日) 02:50:17 ID:???
「あの時、何故ハンカチを隠した」
「別に……隠した訳じゃない」

あの時は廊下の向こうから歩いて来たことと、
ハンカチが濡れていたことから、
勝手にトイレから帰って来たところだったんだと鬱井は思い込んでいた。

「あくまでシラを切る気か」
「何のことだか……」
「なら、ハンカチを出してみろ……出せるもんならな。
 お前は今ハンカチを持っていない。そうだろう。
 何故ならお前のハンカチは今、校長室にあるからだ。
 インリン達を殺すのに使ったあのハンカチがな!」
「なっ……」

インリン達が殺されたあと、おっかけ達が校長室の中を調べていた時、
アルケミが濡れたハンカチを発見していたのを鬱井は廊下から見ていた。

「あの時も、おかしいと思ったんだ」
「あの時……?」
「廊下でお前とぶつかった時だ」

インリン達が殺されたあと──。
バジルと廊下でぶつかった時である。
ぶつかった時、バジルの手は濡れていた……。
51まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/04(日) 02:58:30 ID:???
「何故、あの時お前の手は濡れていたんだ。
 ハンカチがあるのならハンカチで手を拭けばいい。
 あの時お前は不自然なほど手を大きく振って歩いていた。
 あれは濡れた手を乾かす為だったんだろう?
 あの時ハンカチを持っていたのなら何故使わなかったんだ?
 ……使える訳がない。あの時にはもう持っていなかったんだからな」

鬱井が一息でそこまで言うと、バジルの目には明らかに焦りの色が見えた。

「それに……シニアの残したメッセージだ。
 今にして思えば何故すぐに気付けなかったのか悔しくてしょうがない」

シニアが事務室の床に刻んだあのメッセージ。

十本ほどの長短様々な線。線の長さも角度もバラバラだったが、
あれは文字……ある名前を表していたのだったのだと鬱井は確信していた。
その名前とは、もちろん目の前にいるこの男、バジルのものである。

 │ 
 │ │ヽヽ
 /  \ ////│/│
        /     │

瀕死の状態で、ナイフを使って床に名前を刻もうとしても
この程度が限界だっただろう。
それでもシニアが最後の力を振り絞って残したこのメッセージが
鬱井の背中を押してくれたのだった。
52まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/04(日) 03:11:29 ID:???
「もっと早くに気付いていれば……くそっ!」

鬱井は自分の洞察力の無さを悔やんだ。
しかし今は、己の無力さに嘆いている時ではない。

「……さぁ、大人しくナイフを捨てるんだ! バジル!」

鬱井はありったけの気迫を込めてバジルを睨みつけた。
バジルはナイフを放そうとはしなかったが、
ナイフを握るその手は微かに震えていた。





「……コフ、ニコフ?」
「ふえっ?」
「ちょっと、どうしたの? 大丈夫?」
「え、あ……うん、大丈夫」

アンキモが心配そうにニコフの顔を覗き込んでいた。

「なに? なにが溶けたって?」
「え、いや、その……」

どうやら声が小さすぎてニコフの決め台詞は誰の耳にも届いていなかったようだった。
53まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/04(日) 03:48:24 ID:???
「大丈夫かニコフ?」

KIRAも心配そうにニコフを見ている。
なんだかものすごく恥ずかしい。

「大丈夫です……」
「そうか。じゃあ行こうか」
「い、行くって?」
「あぁ、鬱井が戻って来ないんだ。
 どうせ携帯に言いくるめられてるんだろう」
「また呼びに行くの?」
「いや……場所を変えたいんだ。ここじゃ狭い」
「場所を変える?」
「そうだ。みんなで三階に行こう」
「みんなで……って」
「応接室にいる連中も一緒に、全員でだ」
「全員……」
「行こう」
「は、はい」

KIRAに肩を押され、ニコフは戸惑いながら事務室を出た。
いったいこれから何が起きるんだろう……。
54まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/04(日) 03:49:09 ID:???
98.「確信」」 /終
55ニコフ ◆nikov2e/PM :2007/03/06(火) 18:15:49 ID:???
次回、はないたちの夜第99話
56アルケミ ◆go1scGQcTU :2007/03/06(火) 22:55:07 ID:???
ナインティナインナイト
57まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/07(水) 00:07:29 ID:???
99.「九九」



「僕は──」

バジルが口を開きかけたその時だった。

「きゃあっ」

突然背後から悲鳴が聴こえた。
鬱井は思わずバジルから目を離して振り返ってしまったが、
バジルがその隙をついて飛び掛ってくることはなかった。
悲鳴をあげたのは誰だかわからなかった。
鬱井が振り返ると、教室の入り口でsaokoとねるねが
顔を真っ青にして抱き合っていた。
そのすぐ後ろにはわんたん、ミサキヲタの姿も見えた。
鬱井はそれだけ確認するとすぐにバジルの方に顔を向けなおした。

「何をしているんだ鬱井」

今度はKIRAの声だ。
この状況を見てそんな落ち着き払った口調でものを言えるのは
KIRAぐらいだろう。鬱井は振り返るまでもなくそう確信した。
58まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/07(水) 00:14:22 ID:???
足音が近づいてくる。やがて足音が鬱井の横で止まる。

「銃を降ろせ」

バジルに向かって真っ直ぐ伸ばした腕にKIRAの手がかかった。

「でもKIRA……」
「いいから降ろせ。……バジル、お前もだ。ナイフをしまえ」

鬱井はバジルがナイフを握っている以上、銃を降ろす気はなかったが、
バジルはKIRAにナイフをしまうよう言われるとあっさりと
ナイフを腰の後ろにまわした。ポケットに入れたのか
ベルトにでも差したのかは定かではないが、腰の後ろから戻した
手にはもう何も握られてはいなかった。
鬱井は素直にKIRAの言う通りに従うバジルを不審に思いながらも、
仕方なく銃を降ろした。

「さぁ、みんな入って」

KIRAが入り口の方に向かって声をかけると、
saokoとねるねが手を繋いでおずおずと入ってきた。
ミサキヲタ達も中の様子を伺うようにしてsaoko達に続いた。
59まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/07(水) 00:20:14 ID:???
「どうなってんの……?」

入ってきたのは彼女達だけではなかった。
おっかけやアルケミ、ugo達応接室にいた連中が順番に続く。
その後にニコフ達、鬱井と一緒に村に来たメンバーも教室に入ってきた。
あっという間に全員集合である。
教室の中央にいる鬱井達を囲むようにして人垣が広がる。
といっても、同窓会が始まった時と違って何人かが欠けてはいるが──。

「KIRA、どうしてここに?」
「これから全員の前で誰が犯人かをはっきりさせようと思ってな」
「なるほど……でももうその必要はないな」

鬱井はバジルを一瞥した。
バジルは両手をだらりと下げ、途方にくれたような顔で立ち尽くしていた。
さすがにこれだけ人が集まってしまってはもう逃げられないと観念したのだろう。

「おい、一体どうなってるんだ? なんで鬱井とバジルが……。
 それに携帯も手錠に繋がれて……」
「あ、あの床の血はなんなの?」
「ノワは!? なんでノワがいないの!?」

ほとんどの者が、状況が飲み込めないといった顔だった。
60まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/07(水) 00:28:27 ID:???
「えぇと……携帯が自分が犯人だって言って……」
「携帯が!? 携帯が犯人だったのか!?」
「あ、いやそうじゃなくてそれは嘘で……」
「じゃあなんで手錠されてるんだよ!?」
「いや俺が嘘を嘘だと……」
「どういうことだよ! ちゃんと説明しろよ!」
「だ、だから……」

鬱井が上手く説明できずおろおろしていると、
横にいたKIRAが一歩前に出た。

「みんな落ち着いて……全部、これから僕が説明する。
 その前に鬱井、携帯の手錠を外してやれ」
「あ、あぁ……」

やはりというか当然というべきか、KIRAは全て掴んでいるような口ぶりだった。
ここまで来ればあとはKIRAに任せよう……。

「携帯、やっぱり嘘だったんだな」
「……案外、抜けないもんなんだな」

手錠を外してやると、携帯は手をぶらぶらとふってみせた。

「なんであんな嘘ついたんだ」
「KIRAが全部説明してくれるんだろ? それを聞けばわかるさ……」

皮肉っぽくそう言うと、携帯はその場に背中を丸めて座り込んだ。
携帯が何を考えてあんな嘘をついたのかはわからないが、
携帯の思い通りにはいかなかったようだということはわかった。
61まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/07(水) 00:37:37 ID:???
「さて、では今日起きた事件についての僕の考えをみんなに聞いて
 もらいたいんだが、その前に……鬱井」
「なんだ」

鬱井は胸を張ってKIRAに向き直った。
バジルが犯人だとつきとめ、携帯が殺されるのを未然に防いだからだ。
これは褒められることはあっても叱られることは決してないはずだ。
もしかしたらこの鉄仮面から「よくやったな」ぐらいの賛辞のお言葉を
引き出せるかもしれない。

そう思った鬱井だったが。

「お前は銃なんか抜いて何をしていたんだ」

KIRAの表情からは褒め言葉が出そうな気配はなかった。
むしろ今まで幾度となく向けられた呆れ顔に近い。

「何って……携帯が危なかったからに決まってるだろ」
「携帯が?」
「あぁ、俺が教室に入ってきた時にはバジルが今にも携帯を刺し殺そうと
 してたところだったからな」
「バジルが携帯を──」
「あぁ。……そうだろ? バジル」

バジルはうつむいて床を見つめたまま、返事はしなかった。
62まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/07(水) 00:44:24 ID:???
「何故そんなことを?」
「おいKIRA、しっかりしろよ何言ってんだ。
 そんなの決まってるだろ。携帯に全ての罪をなすりつけるために
 決まってるじゃないか」

KIRAならあの状況を見ればすぐにわかりそうなもんだけどな……と、
鬱井は内心がっかりしていた。

「バジルが? お前こそ何を言ってるんだ鬱井」
「え……?」

嫌な予感がした。
KIRAの顔は、完全にいつもの呆れ顔になっていた。

「バジルは犯人じゃない」
「はぁ?」

はぁ?
何を言い出すのだこいつは。鬱井は思わずコケそうになった。

「よく考えろ。いや、よく考えるまでもない。バジルが犯人の訳ないだろうが」
「え……いや……あれ?」

KIRAの目は恐ろしく冷たかった。
その冷たさが、混乱で沸騰しかけた鬱井の頭を瞬時に冷却させた。
63まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/07(水) 00:51:52 ID:???
バジルが犯人じゃない!? なら誰が犯人なのだ。
いやいやその前に何故バジルが犯人じゃないのか。
さっきバジルに銃を向けた時の俺の“今日のハイライト”はどうなる!?

「鬱井……」

KIRAが大きなため息をついた。

「──阿呆め」

KIRAはこれ以上ないというほどの憐れみの表情を浮かべて首を左右にふった。

「バジル、お前はナイフを持ってここで何をしようとしていたんだ?」

KIRAの視線がバジルに移る。

「──わかった。正直に言うよ。携帯を殺そうとしたことは認める。
 でも僕は実際にはやってないし、誰も殺してなんかいない」
「何故携帯を殺そうと?」
「携帯が……携帯が自分で犯人だって言うから……
 仇を、仇を討とうとしたんだ……キラヲタの」
「仇……? 気持ちはわからないでもないが……」
「僕はキラヲタとつきあってたんだ」
「なんだって」

バジルの告白に教室内にざわめきが起こった。
64まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/07(水) 00:57:29 ID:???
「ひ、ひやかされるのが嫌で黙ってたんだ。
 けど、今日みんなの前で言うつもりだった。
 ……僕達は結婚の約束もしていた。
 それなのに……それなのにどうして彼女が……」

教室内にいた全ての人間の視線はバジルに注がれていたが、
あまりの唐突さにみんな面食らっていた。
それからバジルは目に涙を浮かべて、訥々とキラヲタがいかに
素晴らしい女性であったかを語り始めた。
嗚咽し、両手で頭を抱えて苦しそうにキラヲタとの思い出を語る
バジルを見て、鬱井はなんともやりきりない気分になっている
自分に気付いた。
いつの間にかバジルの言っていることを信じてしまっていたのだ。
それは鬱井だけではなく、周りにいるみんなも同じようだった。
中には涙してバジルの話に聞き入ってる者までいた。
特に算数の時間バジルが九九を暗唱させられたとき、
七の段で詰まってしまったのを隣の席だったキラヲタが
こっそり指を折って助け舟を出したという話は鬱井もグッときた。

確かに、本当なら悲しい話である。本当なら。

「ちょ、ちょっと待ってくれないかな……」

バジルがキラヲタと初めてデートしたときの話をし始めた時、
鬱井はやんわりと話を中断させた。

「その話を疑うわけじゃないんだけどさ、ひとついいかな?」

今、教室内は100%『かわいそうなバジル』色に染まっていた。
彼もまた被害者なのだ……というこの空気の中、バジルを
犯人扱いするのはかなり気が引ける。
しかし鬱井もそう簡単には譲れない。
65まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/07(水) 01:03:19 ID:???
「あのハンカチは……どう説明するのかな」

バジルはハンカチの話をしたとき、明らかに動揺を見せた。
犯人じゃないというのなら、あれは一体なんなのか。

「ハンカチは今、給食室に干してある。校長室にあるのは僕のじゃない」
「あ、アレはバジルのだったの?」

バジルの発言にも驚いたが、ニコフの反応にも驚いた。
どういうことだ。

「ちょ、ちょっと待て。そんなのほんとにあるのか」
「うん。さっき鬱井も……見てないか。私もたまたま気付いただけだし」

イノセンスも「あったな」と呟いた。マジらしい。

「……なんで干してたんだ」
「それは……濡れたから」
「俺が聞きたいのはどうして干さなきゃいけないほど濡れたのかってことだ。
 ハンカチなんだからそりゃ手を拭きゃ濡れるだろう。
 だけどなんでわざわざ今日、こんな連続して殺人が起きてる最中に
 そんなことをする必要があるんだ。それも、給食室のどこに
 干してたのかはしらんが、隠すようにして干してたのは何故だ」

百歩譲って校長室にあったのはバジルのものじゃなく、
給食室に干してあるというのがバジルのものだと信じよう。
しかし、それだけでは納得いかないことが幾つかある。
それを納得いくような説明をバジルの口から聞かないことには
鬱井も引くに引けなかった。
66まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/07(水) 01:11:57 ID:???
「く、臭かったから……」
「臭かった? どういう意味だ?」

鬱井はここでまたピンときた。

「そうか……! あの薬品の臭いを消すため……か」

これで形勢逆転だ! 鬱井は内心ほくそ笑んでいたが、
周りのものの目を意識して出来るだけクールガイを演じようとしていた。
俺のハイライト再びである。

「ち、違う! 薬品なんて知らない!」
「なにぃ……?」

往生際の悪いヤツだぜ……と、鬱井は口の端を吊り上げた。

「ならなんの臭いだったと言うんだ」
「……紙が」
「なに? カミ?」
「紙がなかったから……ハンカチで拭いたんだ……」
「は?」

かみがなかったからはんかちでふいた。
鬱井は頭の中でバジルの言葉を繰り返した。

カミがなかったからハンカチでふいた。

紙がなかったからハンカチで拭いた!?

「何を!?」

思わずクールぶるのを忘れてしまった。
67まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/07(水) 01:17:32 ID:???
紙、ハンカチ、拭く、臭い。
このキーワードがもたらした予想はひとつだった。

「ト、トイレで」

バジルは、本当に、本当に恥ずかしそうに言った。

「きょ、今日はずっとお腹の調子が悪くて……」

バジルは顔を赤らめて腹をさすった。

「それは嘘じゃないよ。バジルはずっと腹壊してたんだ。
 何回もトイレ言ってたし」

と、クロスの援護射撃まで入った。

「そんな……いや、まだだ! まだおかしいことはある!
 バジル、お前なんで携帯が三階にいるとわかった?
 おかしいじゃないか。携帯が犯人だって言ったのは
 ついさっき、俺と一緒のときじゃないか。
 まさか最初から携帯が犯人だと考えていたとか言わないだろうな」

そう、バジルが三階に上ってきていたこと事態がおかしいのだ。
さっきまでここには、犯人最有力候補だったノワがいた。
そんな所に自分からわざわざ行くような一般人はいない。
68まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/07(水) 01:26:15 ID:???
「そういえば……俺が鬱井を呼びに来た時、バジルは
 隠れるようにして教室を覗いていたね」

と、ここで蟹玉が口を開いた。
ナイスだ蟹玉、いいぞ蟹玉。

「言っただろう? 紙がなくなったんだ。
 北校舎二階のトイレのね。僕が全部使い切っちゃったんだ。
 だから僕は三階に上って三階のトイレを使ったんだ。
 その時にノワが捕まってるっていうのを思い出して……」

そこまで聞いて鬱井はある事を思い出した。
おっかけと各地の死体を職員室に移動させるために
校内を歩き回っていた時のことだ。

北校舎二階のトイレに入った時、確かに紙がなかった。
あれはバジルが使い切ったせいだったのか。

「ぐ……それで仕方なくハンカチでケツを拭いて……。
 洗って干したというのか……」
「うん……」
「ちくしょう……いや、すまん。俺が悪かった」
「いや、いいよ。気にしにないで。僕もすぐに言えばよかったね」

なんだかバジルに慰められているような気分だ。
69まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/07(水) 01:31:47 ID:???
「あーそういえば換気しろとか言ってたな。応接室にいた時」

イノセンスがうんうんと頷きながらなにか言っていたが
鬱井には何のことかわからなかった。

「もしかしてあの指輪……バジルが?」

ニコフがバジルになにか言っているがこれも鬱井には
なんのことかわからない。
バジルがニコフに向かって頷いているところを見ると
僕の知らないところで色々あったんだろう。

なんだろうこの敗北感は……と打ちひしがれていたその時だった。

「……もういいか?」

バジルがキラヲタの話をし始めた頃からずっと腕を組んで
黙っていたKIRAが口を開いた。
70まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/07(水) 01:33:03 ID:???
「バジル、キラヲタのことは気の毒だが──そろそろ話を進めたい」

KIRAはゆっくりと歩き、薄汚れた黒板の前に立った。
そうだった。バジルが犯人じゃないということにショックを受けていたが、
事件はまだ解決していなかったのだ。
そしてこのKIRAの雰囲気。もちろんこいつには全てお見通しなのだ。

真犯人──華鼬が誰なのかを。

全員の視線がKIRAに集まり、一気に場の空気が緊張したのがわかった。

外はもう明るくなり始めていたが、KIRAの真剣な眼差しに
鬱井はまだ自分が昨夜から続く悪夢の真っ只中にいるのだという事を思い知らされた。

未だ終わらない、華鼬の夜。
71まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/07(水) 01:33:49 ID:???
99.「九九」 /終
72まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/07(水) 23:06:47 ID:???
100.「華鼬」



「犯人はお前だ」

いきなりだった。
まさかこのタイミングでくるとは思わなかった。
カウントなしで問答無用にスリーアウトを取られた気分だ。

しかしいくらなんでもバッターが打席に立つ前に投球するのはどうかと思う。

まだこちらはそんな気構えすらしていなかったのに。
ちゃんとツーストライクに追い込んでからにしてほしかった。
これでは盛り上がりも糞もないではないか。

「僕が犯人だって……?」

KIRAまでの距離およそ3メートル。
この距離をじわじわと埋めてほしかったのに。
教室をうろうろしながら、これまでに得た情報から組み立てた
推理を披露して、最後の最後、僕の目の前にやってきて言うべきだ。
ぐぅの音も出ないほど完膚なきまでに叩きのめしてほしかった。
73まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/07(水) 23:15:07 ID:???
「う、嘘……」
「ほ、ほんとに?」

saokoとねるね。
お前らのハモり芸にも飽きた。
次に生まれ変わる時はカラオケの機械の中にしてくれ。

周りに居た人間が後ずさる。
KIRAの推理に驚いたりする為の背景要員だった連中が
僕を中心に見事なほど綺麗な円を作ってくれた。
ここでKIRAが「嘘だ」と言えばやっぱり
みんな揃ってずっこけてくれるのだろうか。

「どうして僕が犯人なのかな?」

ここから無実を勝ち取ることは出来ないというのは百も承知だった。
ただ、まだ時間が早すぎる。
壁にかかった時計の針が示している時刻は、5時を少し過ぎたところだった。
時間を稼ぐ必要があったし、何より演出としては
やっぱりタイミリミット直前が望ましい。
せっかくこうしてみんな集まったのだから全員にノートを見せてあげたい。
自分の名前が書かれていることを知った人間はどんな顔をするのか?
口から頭蓋骨を飛び出させるぐらいのリアクションを取ってくれる
人間は果たして何人いるだろうか。
74まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/07(水) 23:20:50 ID:???
「逃げ切れるとでも思ってるのか?」

思っていない。
というより逃げる気などない。
何故なら勝つのは僕だからだ。

「逃げるも何も……いきなり犯人扱いされて驚いてるんだけど?」

この時ふと悪戯心が沸いて出た。
ちょうどいい時間稼ぎにもなるし、KIRAがどうやって今夜の事件の
真相に辿り着いたのかも知りたいので、もう少し遊んでみようと思った。

「KIRAがどう推理したかは知らないけど、僕も僕なりの推理が
 あって、僕の考える犯人というのがいるんだけどね。
 もちろん僕以外でね」
「往生際が悪いな」
「やってもいなのに犯人扱いされれば誰だって反論したくなるでしょう?」

ところで、もしかしてKIRAは、全ての殺人が一人の人間によるものだと
考えているのだろうか? 大体、容疑者が多すぎるのである。
六年二組の生徒だった29人に担任だったゲロッパー、
それと特別ゲストのノワに、勝手にしゃしゃり出てきた携帯を加え、
計31人である。
果たしてこの中に何人容疑から外せるものがいるだろう。
75まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/07(水) 23:27:00 ID:???
KIRAがあのトリックとはいえないようなチャチなカラクリに
気付いたのなら、逆にそれを利用すれば複数の人間に
犯行が可能だという事にも気付くはずだ。

「じゃあ……誰が犯人だって言うんだ」

ここで突然、鬱井である。
どこからどう見ても、隙なく馬鹿丸出しの顔で僕を睨んでいる。

お前がどの角度から見ても馬鹿だというのはもう十分にわかっている。
鬱井の人生で、彼に関わった全ての人が最低一度は
思っただろう。あぁこいつは馬鹿なんだ、と。

あれから十三年経った今日、清々しいぐらいに成長していなかった
鬱井を見て、馬鹿は死んでも治らないという言葉を
座右の銘にしようかと思ったほどである。
それぐらい衝撃の馬鹿っぷりだった。

ただ狂言回しとしては中々役に立った。
それだけは褒めてやってもいい。
鬱井がいなければもっと早くにゲームは終わっていただろう。
もちろん皮肉だが、今はまだ口には出さないでおこう。
76まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/07(水) 23:32:36 ID:???
KIRAの敗因は鬱井如きを手足として使っていたことだ。
いくら監督が名将でも選手がバットの変わりにバナナを握って
打席に立ったのでは試合にならない。

流石のKIRAも猿を指揮するのは骨が折れただろう。
猿も猿なりに努力はするかもしれないし、監督にアドバイスを聞くことも
あるかもしれないが効果があったようには見えない。
鬱井のことだからバットの持ち方よりもバナナの皮のむき方を
聞いていたのではないだろうか。

見当外れの方向に向かって走った挙句、バジルを犯人だと決め付けていた。
KIRAの苦労は容易に想像出来た。使えない部下を持つ苦労はよくわかる。

ノワは一体何をしているのか。
わざと捕まるようには指示しておいたが、
隙をついて逃げろとまでは言っていない。
どちらにしろノワにも死んでもらう予定だが、
学校の外にでも身を隠されていては面倒だ。

「そうだね。例えば……KIRA。KIRAにも犯行は可能だよね?」
「そんなことある訳ないだろ。いや、出来っこない」
「そうかな?」
「当たり前だろ。どうやってKIRAがみんなを殺すんだ」

鼻息を荒げて鬱井が近づいてくる。
今日、最初に見たときよりも顎髭が若干伸びていて汚らしい。
77まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/07(水) 23:36:46 ID:???
「そんなに近寄って来なくても聴こえるよ」

僕は近寄ってくる鬱井から目を逸らしてKIRAを見た。
鬱井に比べてKIRAの顎はつるつるしていて綺麗だ。触りたい。

「僕が犯人……か。なるほどそういう考え方もあるか」
「おいKIRA、お前までなにを」

僕の視線に気付いたKIRAは、自分が犯人だと名指しされても
全く動じた様子もなく、冷めた目で僕を見ていた。

「まずキラヲタだ。キラヲタが死んでいるのが発見されたのが23時前。
 死亡推定時刻がその約一時間ほど前だとKIRAは言ったそうだけど
 果たしてそれは本当なのか?」
「本当だ。俺もKIRAと一緒に死体を調べたから間違いない」

KIRAに言ったのに鬱井が答えた。
唾が飛んできそうで凄く不愉快だ。

「間違いない? KIRAも鬱井も、医師免許でも持ってるの?」
「なにぃ……」
「この中に医者はいない。本当にキラヲタがその時間に殺されたかどうか
 なんて誰が証明出来るの?」
「そんなの後で調べればわかることだ!」

その“後”はお前らにはない。
78まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/07(水) 23:42:23 ID:???
「そうかもしれないけど、少なくとも今はそれが本当かどうか
 わからないと言ってるんだよ。死んでから何日も
 経っていれば素人が見てもわかるかもしれないけど
 死後一時間、なんて言われても僕には本当かどうかわからないね」
「KIRAが嘘をついてるって言うのか?」
「大体そこがおかしい。“KIRAが嘘をつく訳がない”“KIRAが
 言うんだから間違いない”って、みんなKIRAのことを
 過大評価し過ぎじゃないかな」
「俺やKIRAは警察の人間だ。そんなことするはずがない」
「警察の人間なら絶対に人を殺さないの? 犯罪には手を染めないの?」
「……それは……いや」

鬱井が口ごもる。
ここですぐに切り返せないような奴に用はない。

「待てよ。KIRAが犯人だって言うなら、KIRAはいつキラヲタを殺したんだ?」

と、ここでおっかけが話に割って入ってきた。
こいつは高い所からものを言うので嫌いだ。
人と話すときは相手の目線に合わせろ木偶の坊が。

「KIRAの言う死亡推定時刻が嘘だとしたら、キラヲタが殺されたのは
 肝試しで教室を出た時から死んでるのが見つかるまでの間ってことになる」

当たり前だ。
79まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/07(水) 23:46:36 ID:???
「なにが言いたいの?」
「KIRAは肝試しに出ていない。あの時教室を出ていない人間に
 キラヲタを殺すのは無理じゃないか?」

なるほど。木偶の坊なりに知恵を絞った上での発言のようだった。
しかしやはり大男は総身に知恵がまわりかねている。

「覚えてないの? KIRAは肝試しを中止させたあと、
 KIRAはキラヲタを探しに行くと言って一人で先に教室を出て行ったじゃないか。
 確か22時過ぎだったかな。そしてKIRAが戻って来たのは……」
「あぁ、そういえば……確かキラヲタの死体が見つかってすぐだったな。
 KIRAが戻って来たのはトイレの前にみんな集まった頃だった」
「そう、KIRAが22時から23時までどこで何をしていたか
 わからない。KIRAが一人で先に出た後、僕らも三人一組に
 わかれてキラヲタを探しに出てたけど、誰か途中でKIRAを
 見かけたという人は?」

一人ぐらいはいるかと思ったが、誰も手をあげなかった。

「……いないみたいだね。これでKIRAにも犯行は可能だって
 わかってもらえたかな。KIRA、なにか反論は?」
「僕はキラヲタを殺していない……が、お前の言う通りだな。
 確かに僕の22時から23時までの行動を証明出来るものはなにもない」
「それは自白と受け取ってもいいのかな」
「ただ僕は嘘はついていない。キラヲタが殺されたのは21時30分から
 22時の間だ。多少の誤差はあるだろうが自信はある」

毅然とした態度だった。
KIRAは犯人じゃないのだから当然といえば当然だが。
80まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/07(水) 23:50:59 ID:???
「自信って言われてもね」
「そうだな。信じたくないなら信じなくていい」
「うん、悪いけど僕は信じないよ。……僕だけじゃないと思うけど」

まだ誰も口には出そうとしなかったが、
周りにもKIRAに対して不信感を抱き始めた
者達が現れ始めたというのは空気でわかった。

「ってことはやっぱりキラヲタは肝試しから帰ってきてから殺されたってことか」

と、クロス。
いきなり出てくるな。

「……そう考えるのが自然だろうね」

クロスはチェックポイントのことを言ってるんだろうが、
KIRAがあのカラクリに気付いているのかどうか確かめたかったので
そこはあまり触れず適当に流すつもりだった。
まだ時間が早いので強引に話を進める。

「じゃあ次に下ネタだ。これもKIRAに犯行可──」
「それは絶対に無理だ!」

言い終える前に鬱井が噛み付いてきた。
異常なほどの反応の速さである。
81まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/07(水) 23:53:47 ID:???
「何がどう、“絶対に無理”なのかな?」
「下ネタが殺されたのは教室が爆発してからだ。
 爆発が23時30分。下ネタが死んでるのをみんなが確認したのは
 それから10分後ぐらいだろう。俺は爆発の直前までKIRAと
 一緒に教室の中にいた。俺とKIRAはギリギリで教室を出て、
 北校舎の階段で一階まで下りた。中庭に入ろうとした時に爆発だ。
 それから外に出ようと思って一度階段で二階に上った。
 北校舎一階の廊下にはベニヤ板があって通れないからな。
 それで渡り廊下を通って──」
「もういいよ鬱井」
「なんだと」
「鬱井が言いたいのは『俺と一緒だったからKIRAには下ネタを
 殺せない』ってことだろう?」
「そうだ」
「その時は二人で行動してたんだろ? そんなの信じられないね」
「どういう意味だ」
「二人が共犯だってことさ」
「お前よくもそんないい加減なことを……!」
「いい加減? そんなことないと思うけどね。
 君達一緒に村にやってきた人間が怪しいと思ったからあの時
 部屋割りをしたんだ。当然の考えだろ。二人で一緒に行動してた
 時の話されてもアリバイ工作だとしか取れないね」
「ぐっ……」

鬱井が悔しそうに肩を震わせる。
こんな屁理屈を『一応筋は通ってる』と納得してしまったのだろう。
鬱案外素直な子なのかもしれない。
82まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/07(水) 23:58:03 ID:???
「次はシニアだね。これもKIRAには犯行可能。
 シニアが殺されたのは0時過ぎから2時過ぎの間」
「待て、どうしてそうなる」
「下ネタ殺しの容疑がかけられたシニアを事務室に
 隔離したのが0時過ぎ。シニアが死んでるのが発見されたのが
 2時過ぎ。なにか間違ってる?」
「……? お前、自分の言ってることがわかってるのか?
 シニアを最後に見たのは……お前だろう」
「そうだよ」

給食室で林檎を切ってから、まず事務室に向かってシニアを殺した。
事務室から出たところを鬱井に見られてしまったのだ。
これはもう取り消しようがない事実である。

「お前と廊下で会ったのが2時過ぎだ。
 俺が応接室を出てここ……1−2に戻る前だ。
 あの時お前は『シニアは寝てた』と言ってたが、
 あれは嘘だったんだろう。あの時お前はシニアを殺して出てきたんだ」

正解だ。

「確かにそう思われても仕方ないね。でも僕はやってない」
「じゃあどう説明する気だ? あのすぐ後にイノ達が
 事務室に入ってシニアが死んでたのを確認してるんだぞ」
「そうだね」
83まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/08(木) 00:02:32 ID:???
鬱井に見られたのは最悪だった。
シニアからノートを奪う絶好のチャンスだったので
あの時はその後のことはあまり考えずに行動した。

「確かにイノセンス達がシニアの死を確認する前に事務室に入ったのは僕だ。
 それは認めよう。でもね、僕が入った時にはもうシニアは殺されていたんだ」
「ふざけるな……」
「ふざけてない。鬱井にもあの時ちゃんと言ったはずだ。
 “椅子に座ったまま寝てたみたいだったよ。
 電気も消えてたし。起こしちゃ悪いかと思って声はかけなかったけど”って」
「それがなんだって言うんだ」
「だからね、僕は寝てると思って声もかけずに事務室を出たんだ。
 だけど実はあの時僕が見たシニアは既に息をしてなかったんだ。
 暗かったし、どこか怪我してるなんて考えもしなかったよ。
 寝てるだけだと思い込んでた」
「そんな言い訳が通ると思ってるのか」
「通るね。言い訳じゃないけど」
「じゃあシニアはいつ殺された?
 言っとくが俺はシニアが事務室に隔離されてから事務室でシニアと話をしてる。
 俺だけじゃない。イノ、お前も事務室でシニアと話したんだろ?」

鬱井が真っ赤な顔をイノセンスの方に向ける。必死過ぎだ。

「あぁ……正確な時間は覚えてないが……鬱井と見張り交代して
 ちさこを探しに行ったあと……ノワが捕まってからだから
 1時30分ぐらい、だな」
84まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/08(木) 00:05:41 ID:???
イノセンスの僕を見る目は、まさに刺すような目だった。
ある意味でこいつが一番厄介な相手だ。
こいつも僕を疑っているのだろう。
犯人だと認めた瞬間、いきなり殺しにかかってくるかもしれない。
もしそうなったとしても互角に渡り合える自信はあるが。

「ほらな、少なくとも1時30分までは生きてたってことだ」

なにが“ほらな”だ偉そうに。

「鬱井もイノセンスも一人で事務室に入ったんでしょ?
 それじゃほんとにシニアが生きてたかどうかわからない」
「あ? 俺がシニアを殺したってのか?」
「別にそうは言ってないけど」

イノセンスの視線が更に鋭くなる。
今にも飛びかかって来そうだ。

「じゃあどういう意味だコラ……」

なんだ? やるのか。上等だ。

「よせ、イノ……」

拳を握って構えようとした時、横から出てきた蟹玉がイノセンスの肩を掴んだ。
85まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/08(木) 00:09:47 ID:???
「お前がシニアを殺すはずがないってことはわかってるさ……」

銀色の長い髪が揺れる。
このいちいち芝居がかった言動に吐き気がする。
KANIだかなんだか知らないが落ち目になって引退した
自称アーティスト如きがいつまで人の目を気にしているのか。

「僕が事務室に入った時にシニアを殺したと疑うのなら、
 僕も同じように君達を疑うよ。僕も君達もシニアを殺した証拠はないし
 殺していない証拠もない。同じ容疑者だ。
 もちろんさっき言ったようにKIRAだって容疑者の一人だ」
「俺やイノが容疑者に含まれるというのはともかく、
 なんでKIRAまで容疑者になるんだ」
「言い出したらキリがないけどね……。いくらでも時間はあると思うけど。
 じゃあ仮に鬱井、イノセンスの証言が本当だとしようか。
 シニアが生きてたのは1時30分までは確認されている。
 なら犯行時間は1時30分から2時過ぎまでの30分に絞れるね。
 KIRA、その30分の間はどこで何を?」

大体は把握しているつもりだが、あえてKIRAに話をふった。
連続して鬱井の相手をするのは疲れるからだ。
86まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/08(木) 00:33:16 ID:???
「その時間はこの教室にいたな。1時20分ぐらいに鬱井とノワと
 一緒にここに来た。。それから10分か15分して鬱井が
 一度二階に降りている」
「それで? 確かノワに眠らされたとかなんとか聞いたけど?」
「そうだ。1時30分前後から記憶がないな。
 鬱井とイノセンスに担がれて二階に降りてきたのはなんとなく覚えているが」
「ふぅん。じゃあ鬱井、イノセンスがここに来たのは?」

鬱井とイノセンスの行動も大体把握している。

「俺はまずKIRA、ノワと一緒にこの教室に入って……今KIRAが言ったように
 一度ここを出た。それが1時30分ちょっと前だ。
 それから校長室、応接室とまわった。ここに戻ってきたのが2時過ぎだ。
 ちょうどイノ達が死んでいるシニアを発見した頃だ。
 イノは俺のすぐあとにここに来た……」
「そうだね。2時前後に僕と話した後、鬱井は階段の方に行ったから
 それは間違いないだろう。それは僕も証言しよう。
 だけどそれなら全然話にならないね。ノワは犯人に加担している共犯者だ。
 KIRAが犯人なら、眠らされてたってことにして1時30分から2時過ぎまで
 自由に動ける。ノワが捕まったあとは廊下の見張りも
 なくなったし誰にも見られずに事務室に行ける」

僕は鬱井に見つかってしまったが。

「まぁ僕は鬱井も共犯者だと思ってるから
 ノワをここに連れて来たということ自体疑ってるけどね」
「なんだと」
「だってよく考えてみなよ。ここにノワが閉じ込められてるのを
 見たのは何人いるかな?」
87まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/08(木) 00:52:27 ID:???
同意を求めるように周りを見回すと、さっきよりも多くの
人間がKIRAに対して疑惑の眼差しを向けていた。

「“ノワが1−2にいる”という情報はKIRA、鬱井、イノセンスの証言から
 しか得ていない。本当にここにいたのか? とさえ思うよ」
「俺達三人がノワとグルだったって言ってるのか?」
「ごく自然な考えだと思うけど。実際に今ここにノワがいないじゃないか」
「いや、ノワは間違いなくここにいた。あれを見ろ」

見なくてもわかる。
鬱井は窓際の床を指差した。
一部分だけ真っ赤に染まった床の上に、肉が落ちている。
ノワの手の肉だろう。

「あれはノワの……」

鬱井の必死な説明を聞き流しながら僕はKIRAを見た。
KIRAは今、自分が追い込まれているだなんて全く思っていないようだった。
眼鏡を外して人差し指と親指で両目の目頭をつまむようにして押さえていた。
目が疲れたのだろうか。そういえばKIRAの視力はいくつぐらいなんだろう。
88まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/08(木) 01:07:55 ID:???
「……という訳だ。だから携帯もノワの姿を見てる。
 調べればあれがノワの手の肉だと……」
「また“調べれば”? 今それが出来ないというのはわかってるよね?
 人の肉だというのは間違いなさそうだけどあれがノワのものかどうか
 なんてどうやって証明するのさ? 大体ノワを捕まえないことには
 わからないんじゃないの? それに携帯だって君達の仲間だろう。
 信用出来ないね」
「信用、信用って、そんなこと言ったら話が進まないだろうが」
「でもこれはそういう話だよね? 物的な証拠がない以上
 今、犯人を割り出せるとしたら客観的に見た事実から推理するしかない」
「くっ……この野郎……」

誰が野郎だ。死ね馬鹿野郎が。

「最後にインリン達六人が殺害された件だ」

流石に鬱井は噛み付いてこなかった。
というよりこの件に関しては鬱井はなにもわかっていないのだろう。
バジルを犯人だと決め付けていたがどう説明する気だったのだろう。
そこにつっこんでみてもよかったが、ひとまず話を進めることにした。
しかしKIRAがどう考えているのかが気になる。
KIRAなら絶対に見抜いているはずだ。
89まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/08(木) 01:12:15 ID:???
「部屋割りが変わってインリン達が校長室を使うようになったのが
 シニアが殺されたあと、2時30分ぐらいだ。
 そして六人が死んでいるのが見つかったのが4時前ぐらいだろう。
 つまりこの一時間半の間に殺されたということになる」
「俺は3時前後に職員室の鍵を校長室に持って行ったぞ。
 本家に渡した。あれはみんなの死体を職員室に運び込んだあとだから
 この時間は間違いない。おっかけも俺と一緒に校内をまわってたんだからな。
 それに……シニアの時と同様、インリン達を最後に見たのはお前だだろう。
 お前は3時30分頃に校長室にコーヒーを持っていってる。
 saokoとねるねと一緒に給食室に行ってたのもちゃんとメモしてある。
 ついでに言うがKIRAはあの時、ソファーの上で寝ていた。
 お前がコーヒーを持っていった時に殺したんだろう。
 それ以外に何がある?」

鬱井は肝心なことを濁したままで自信満々に言い切った。
それはともかく鬱井のくせにやたら饒舌なのが気に入らない。

「俺が3時に殺したのならお前がそのあとに校長室に行った時に
 インリン達が生きてるのがおかしいじゃないか。矛盾してるだろう」
「まぁ僕はやってない、と主張するしかないね。
 2時30分から4時の間と言ったのはシニアの時と同じく、
 僕や鬱井のような一人で校長室に行った人間の証言を認めてないだけだ」
「またそれか……で? KIRAが犯人の場合どうやって殺すんだ?」

鬱井が挑発的な物言いをするので衝動的に殺してやりたくなったが、
ここは我慢だ。どうせこいつはもうすぐ死ぬのだ。
90まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/08(木) 01:17:55 ID:???
「僕は犯人じゃないから、僕がコーヒーを持って行った時は
 インリン達が生きていて、その時に殺したわけでもないと主張するよ。
 つまりインリン達が殺されたのはそのあと、3時30分から4時までの間だと
 僕は考えている」
「違う、そのことじゃない。鍵はどうする?
 インリン達が殺された時、校長室は内側から鍵がかかっていた。
 あれをどう説明する気だ?」
「──同じ質問を返そう。僕が犯人ならどうやってインリン達を殺せばいい?」
「……それは……」

鬱井がまた口ごもる。
やっぱり何もわかっていなかったのか。
それで僕に立てつくとは信じられない身の程知らずだ。
あんな単純な仕掛けに気付かないような馬鹿が相手では
話にならない。

「あの状況で僕に殺せる訳がない。
 逆に僕が聞きたいね。誰がどうやって殺したのか……」

鬱井は何も言えず、ただ僕を睨んでいるだけだった。

「ここまでなんだかんだと言ったけど、僕は何も
 KIRAが犯人だと決めつけている訳じゃないよ。
 ただ可能性というだけなら僕以外の人間にもあったと言いたいんだ。
 だって証拠がないもの。そうでしょう……KIRA?」
91まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/08(木) 01:23:55 ID:???
そこそこ時間は稼げた。
あとはKIRAがどう推理し、僕を犯人だと見抜いたかということだけだ。
それを聞き終わる頃にはちょうどいい時間になっているだろう。

「仕方ないな」

KIRAはため息混じりに僕を見た。

「本当なら、お前が自分で犯人だとみんなの前で認めれば
 それで終わりにしようと思ったんだが……。
 お前の屁理屈を聞いて僕に疑いを抱いている人間もいるようだ。
 このままお前を逮捕してもみんなの僕に対する疑惑は消えないだろう。
 ──いいだろう、きっちりと納得のいく説明をしてやる」
92まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/08(木) 01:24:41 ID:???
100.「華鼬」 /終
93アルケミ ◆go1scGQcTU :2007/03/18(日) 11:38:20 ID:YQCjnMA7
保守

間もなく最終回!?
94アルケミ ◆go1scGQcTU :2007/03/24(土) 15:17:35 ID:kaNT3/9Z
再びの保守
95アルケミ ◆go1scGQcTU :2007/03/27(火) 23:01:01 ID:???
物語がはじまって、一体何人の命が潰えていったのだろうか
とどまるところを知らない惨劇、いつ終わるかもわからない悪夢、、、
幾多の驚きとともに我々を震え上がらせてきたこの物語の幕もそろそろ降りる
最後に待ち受けているものは、そして終わりの先に我々は何を見るのだろう

刮目してみよう、それが礼儀なのだから

驚愕の第101夜、、、、、、


coming soon



( ^ω^)<だお
96まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/28(水) 01:48:29 ID:???
【第11夜】



肝禿村へと続く山道を、三人の男と一人の女が歩いていた。

「はっはっはっ……まさか俺達四人まで駆り出されるとはな」

先頭を歩く大柄な男が大気を振るわせるほど大きな声で笑った。

「しかしわからんな……こんな仕事に四人も要るか?」

真夏だというのに厚手の黒いコートを着込んだ男が
「俺一人で十分だ」と涼しげな顔で言うと、大柄な男は
それに対抗するように「いや俺一人でお釣りがくる」と息巻いた。

「仕方ないでしょ? ボスの命令なんだから」

二人を見て、女は呆れたように言った。
声の主で彼女の顔は美しかったが、
頬には大きな十字傷が刻まれていた。
腰まで伸びたブルーの髪が傷を見えにくくしていたが、
彼女自身には隠す気も無く、アルファベットの“X”を連想させる
その傷を、彼女はむしろ誇らしく思ってさえいた。
97まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/28(水) 01:56:24 ID:???
「だけどよサティ」大柄な男が立ち止まって振り返る。
「なによ」サティと呼ばれた彼女も立ち止まる。

サティは露骨に嫌そうな顔で、犬を追い払うような手つきをして
大柄な男に前を向いて歩くよう促す。

「急に立ち止まらないでよヴォルマレフ。
 あんたみたいな熊男にぶつかったらアタシみたいな
 か弱い乙女、ひとたまりもないわ」
「か弱い乙女だぁ? 笑わせるぜ。か弱い乙女がそんな長剣を腰に差して歩くかよ」
「うるさいわね。斬られたいの?」

サティがブルーの髪をかきあげながら、ヴォルマレフと呼ばれた
大柄な男の横を通り過ぎていく。
サティの腰に巻かれたオリエンタルな装飾が施された皮製のごついベルトと
衣服の間には、彼女の身の丈を超えるほどの長い剣の鞘が乱暴に差し込まれていた。

ヴォルマレフはひゅうっとかすれた口笛を吹いて、大股に歩き出した。

「で、なに?」

ヴォルマレフがサティの横に並ぶと、サティは不愉快そうに隣の大男を見上げた。
彼女は背が低いことに人一倍劣等感を持っており、
例え相手が男であろうと見下ろされるのが我慢ならなかった。
98まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/28(水) 02:01:24 ID:???
「今まで俺達四人全員でかからなきゃならねぇほどのデカい仕事があったか?」

サティのコンプレックスを知ってか知らずか、ヴォルマレフは
少し腰をかがめてサティの顔を覗き込むようにして言った。

「ないわね」
「だろう? ルゥじゃねぇけどこんな仕事、誰か一人で十分だと思わねぇか」

ルゥ、というのは黒いコートの男のことである。
彼のコードネームはルーベンス・ドヤトフスキーだったが、
何事にもせっかちなヴォルマレフは彼の名を呼ぶ時はいつも
こう略して呼んでいた。
ちなみにヴォルマレフはヴォルマレフ・ゴルゴンゾーラ、
サティはナギサ・クロヴェニーという。
“サティ”というのは完全に愛称で、由来は
彼女がヴォルマレフ達の属する組織に入った時に付けられた
いわゆる団員番号の13番(サーティーン)からきている。

「仕方ないでしょ、ボスの命令なんだし……それにもしかすると
 今日はボスに会えるかもよ?」
「さてどうだかな」

ヴォルマレフは呆れたように笑った。

「なぁユス、お前なにか聞いてねぇのか?」
99まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/28(水) 02:06:53 ID:???
ヴォルマレフが声をかけたユスという男は、
どこか幼さを残した顔立ちの細身で一見貧弱そうに見える男だったが、
四人の中で唯一“ボス”と会ったことがあるというユスは、
組織で四天王と呼ばれる彼ら四人の中ではリーダー格扱いされていた。
さきほどからサティとヴォルマレフのやりとりには全く興味ナシと
言った様子で無言で山道を歩いている。
サティはヴォルマレフが彼の名を口にした瞬間、
思わず気が緩んでしまっていたことに気付く。

目的地にはまだ到着していないが、もう任務は始まっているのだ。
ヴォルマレフも、ルゥも、道中ずっとくだらない話ばかりしてはいるが、
この中には一人として殺気を纏っていない者はいない。
例え一寸先も見えぬ闇の中であろうと、彼らはいついかなる時も
プロフェッショナルなのだ。
常に神経を研ぎ澄まし、いつどこから襲ってくるやも知れぬ刺客の存在を
想定して行動している。
彼らはそういう集団であり、そうでなければならない。

それなのに今の自分はどうか。
目の前にいるたった一人の男の名前を聞いただけで、
サティの心構えはもう、戦場で必要とされるそれではなくなっていた。
100まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/28(水) 02:14:22 ID:???
ユースケ・サンタモニカ……彼は四天王最強の男にして、
サティの初恋の相手だった。

言えぬままに散った小さな恋。

戦場に咲いた徒花は、今も枯れずに彼女の心に根を張ったままだった。
忘れなくてはいけない──そう思えば思うほど、彼女の胸は締め付けられた。

日増しに大きくなっていくこの想いを打ち明けられたなら、どんなに楽か。
頬の十字傷がひりひりと痛み出した。

「今回の仕事は俺達にとって……いや、組織にとって何よりも優先させなければ
 ならない仕事だ」

ユスが殺気を孕んだ声で静かに言った。

「ほう……ボスはこんなちんけな村で一体何をおっぱじめようってんだ?」

ヴォルマレフが嬉しそうに笑う。

「今夜、ノートが手に入る」
「……! ノート? あのノートが!?」
「あぁ、お前たちもある程度のことは知っているだろう。
 我ら華鼬が世界に進出する為に欠かせないあのノートだ」
「こいつぁ楽しみだな」

ヴォルマレフは拳を握り締め、体を大きく震わせた。
101まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/28(水) 02:17:09 ID:???
「今、ボス自らがノート奪取の為に動いておられる」
「じゃあ、やっぱり今日会うことになるのか。
 それより俺達の仕事は一体なんだ? ボスのサポートか?」
「まだわからん。ボスはあまり俺達に顔を見せたくないようだからな。
 ボスからの指示があるまでしばらく待機だな」
「ちぇっなんだよ! それじゃヘタすりゃ何もせずとんぼ帰りの可能性も
 あるってことか!? 冗談じゃねぇぞこんな山奥まで来て!」
「いや……おそらく俺達も動かねばなるまい」

ユスの全身から発せられる殺気が一際鋭くなった。

「I/MinA//.M……通称“水色ナイフのミナ”……お前たちも知っているだろう」

ユスの口から出た名前を聞いて、ヴォルマレフの顔つきが変わった。

「ミナ……だと!? 奴がどうしたってんだ」
「奴もこの村に来ているらしい」

まさかその名前を聞くとは思わなかった。
サティはこの時ようやく、霧散してしまった殺気を取り戻した。

水色のナイフのミナ……サティ達の属する組織の中で最も異質な存在。
どんな仕事も器用にこなし、その戦闘能力はユスでさえ一目置くほどである。

「どうやら奴は組織を抜け、あちら側に加担しているようだ。
 裏切り者には死の制裁を与えなければならない」
「ふん、だったらやっぱり四人もいらねぇだろうよ。俺一人で……うっ」
102まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/28(水) 02:20:52 ID:???
刹那。

目にも留まらぬスピードで、ヴォルマレフの顎先に銃がつきつけられていた。

「な、なんの真似だユス」
「うぬぼれるなよ。あの男、お前一人で勝てる相手ではない」

ス……と銃が降ろされる。
ユスは銃を握ったまま、再び歩き出した。

サティは、ヴォルマレフは、ルゥは、
ユスのただならぬ迫力に圧されるばかりで言葉を失ってしまっていたが、
ユスの言わんとしていることだけは理解していた。

今夜、この辺鄙な村がかつてない戦場になるのだ、と。
103まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/28(水) 02:29:07 ID:???
101.「指名」




「まず、20時30分過ぎに全員が6−2の教室に全員集まった」

KIRAは深みのある声で静かに話し始めた。
KIRAの言葉に皆、無言で頷く。

「それからしばらく雑談が続き、21時」

1−2の教室内に緊迫した空気が流れる。
21時、肝試しが始まった時間だ。

「まずアルケミが最初に教室を出た」

KIRAがアルケミの名を口にすると、アルケミの体がびくっと反応したのがわかった。

「それからは五分おきに、アンキモ、イノセンス、九州、インリン……という順番で
 教室を出て行った」

KIRAは一同を見渡して続ける。

「そして21時25分、キラヲタが教室を出る。
 これがキラヲタが生きている間にみんなで目撃した最後の瞬間だ」

と、KIRAはここで一旦言葉を切り、全員の反応を伺うように
もう一度一同を見渡した。
誰も何も言わなかった。
104まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/28(水) 02:33:54 ID:???
「それからugo、saoko、鬱井、参号丸、おっかけ、シーウーマン、蟹玉という
 順番で教室を出て行く。蟹玉の次に出る予定だったのはシニアだが、
 僕がここで肝試しを中止させた。この時が22時。
 そして僕は一人で教室を出てキラヲタを探しに行った。
 その後は……鬱井」

急に名前を呼ばれて鬱井は戸惑ったが、
KIRAが自分が出て行ったあとの教室内の様子を説明しろと
促しているのだとすぐに気付き、一つ咳払いをしてから話し始めた。

「KIRAが出て行ってからは、き、肝試しに行った人間が帰ってくるのを
 みんなで待った。最後に出た蟹玉が戻ってきたのが22時……25分」

鬱井はKIRAの機嫌を伺うようにして話している自分に気付いた。
ちょっとでも間違ったことを言ったら怒鳴られる……と、
いつの間にか身も心もKIRAの手下になりきっていた自分に
心底嫌気がさした。

「蟹玉が戻ってきて、三人一組でキラヲタを探しに行くことになった。
 この時キラヲタ捜索に出ていかなったのがゲロッパー先生、ラチメチ、ミサキヲタ。
 ……それぞれどんな風に班分けしたかも言った方がいいか?」

鬱井はおそるおそるKIRAにお伺いを立てるようにして聞いた。

「僕やお前と一緒に村に来た人間だけで構成された班はないから
 その必要はない……と僕は思うがみんなはどうだ?」
105まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/28(水) 02:36:44 ID:???
KIRAが全員を見渡す。
誰からも異論は出なかった。
鬱井達晴刷市メンバーだけで組んだ班があったら、
その三人が共謀してキラヲタを殺したかもしれないという憶測が立つからだ。
鬱井はメモを見て確認したがKIRAの言う通り
鬱井達と一緒に村に来たメンバーだけで組んだ班はない。

「そして23時前、北校舎四階女子トイレでキラヲタが死んでいるのが
 見つかる……」

鬱井はなんとなく、バジルの反応が気になって横目で彼を見たが、
バジルはうつむいていて表情がよくわからなかった。

「見つけたのは……ミサキヲタ」
「え、えぇ、そうよ……」

鬱井がメモを見ながら確認すると、ミサキヲタが答えた。
ミサキヲタは続けて「私が見つけたときにはもう死んでた」と付け加えた。
とっさに自分に疑いがかかるのを避けようとしたのだろう。
しかしこれではやはりミサキヲタも容疑者の一人であると言わざるを得ない。
KIRAの診立てた死亡推定時刻から今まで容疑者リストからは除外していたが、
KIRAが嘘をついていた、という可能性を指摘された以上は
ミサキヲタをリストから外すことは出来ない。

この時、鬱井は嫌な予感がしていた。
せっかくここまで調べてきたことも、
『KIRAや鬱井が共犯だった可能性もある』なんて言われたら
一から考え直さなくてはならないからだ。
自分やKIRA、それにニコフ達までを対象にすると
容疑者の数が一気に増える。
106まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/28(水) 02:39:47 ID:???
もっとも自分が犯人ではないというのは誰よりも鬱井自身が
よくわかっていたが、確かに客観的に見れば自分にも
犯行は可能だし、容疑者と言われても仕方がないような気もする。

もしかしたらこれ、犯人捕まえられなくなるんじゃないのか。 
などと鬱井が思い始めた時、KIRAが口を開いた。

「僕の診立てた死亡推定時刻を信じないと言うのなら、
 キラヲタが殺されたのは教室を出た21時25分から23時までの間、
 ということになる」
「ちょっと待ってくれないか。なんでそうなる?」

待ったをかけたのはクロスだった。

「キラヲタが殺されたのは肝試しから帰ってくる直前ぐらいじゃないのか?
 21時25分はないだろう」

クロスは納得いかないといった顔だった。

「だって……給食室と体育館、両方のチェックポイントには
 ちゃんとキラヲタの名前が書いてあったんだろう? 
 ならその二箇所とも通過したっ……てことじゃないのか?」

クロスは肝試しに出ていないのでいまいちイメージしきれないのか、
校内の見取り図でも頭に浮かべて考えながら話しているようだった。
すると一番手で肝試しに挑戦したアルケミが軽く手をあげて発言権を求めた。
関係ないけどアルケミは今、検事をやっているらしい。
107まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/28(水) 02:42:14 ID:???
「僕は体育館のチェックポイントまでに15分はかかった。
 もしかすると20分は過ぎていたかもしれない」

鬱井も自分がまわった時のことを思い出していた。
確かに体育館のチェックポイントに着くにはそれぐらいの時間を要するだろう。
ちなみに肝試しは一周平均約25分。

「そうだろう? だからキラヲタは少なくとも21時40分から45分までは
 生きていたってことにならないか?」
「いや、キラヲタは北校舎四階で見つかった。
 チェックポイントを通過してからあそこまで戻ったのなら
 21時45分から50分ぐらいに殺されたんじゃないのか」
「でも急げばもっと……」

アルケミとクロスが向き合って自分の考えを言い合っているのを
横目に見て、KIRAが静かに口を開いた。

「あれはキラヲタが書いたんじゃない。犯人が書いたんだ」
「え?」

アルケミとクロスの動きが止まった。

「……と、僕は考えているんだが」

KIRAはふぅ、とため息をついた。
KIRAからすれば自分の推理が正しいに決まってるのだから
わざわざ他の可能性まで提示していく必要などないのだ。
しかしこうやって全ての可能性を順番に並べた上で
ひとつ残らず叩き潰していった方が犯人に“負け”を
つきつけることが出来る、そう考えているのかもしれない。
108まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/28(水) 02:44:27 ID:???
「今、アルケミ達が言ったようにキラヲタがちゃんとチェックポイントを
 通過して、帰ってくる直前に殺された、というケース。
 これだと犯行時間は21時45……いや40分から55分、
 22時前ぐらいまでと考えられるだろう。
 その場合は前提としてキラヲタがチェックポイントを通過して
 いなければならない」

アルケミとクロスが頷く。

「だがチェックポイントにキラヲタの名前を書いたのがキラヲタ本人ではなく、
 別人が書いたとしたら犯行時間の幅は広がる。
 つまりキラヲタが教室を出た直後から死んでいるのが見つかるまでまでだ」
「だから……なんでそうなるんだ?」
「僕が言いたいのは、“キラヲタ以外にもキラヲタの名前をチェックポイントに
 書ける者がいる”ということだ……」

イライラしているのか、KIRAの眉間にしわが寄っている。

「そうか! わかったぞ」

アルケミがまた腕をぴんと伸ばした。癖らしい。

「本当にちゃんと肝試しで校内をまわったかどうかは
 本人にしかわからない。何故ならあの時、まだ僕達の前に
 姿を現していない人物がいるからだ」

アルケミの言う人物とは携帯とノワのことである。
109まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/28(水) 02:49:46 ID:???
「あの時ノワはまだ姿を見せていなかったから、
 それこそ自由に動ける。肝試しに出た人間の代わりに
 チェックポイントに名前を書いてやることも出来るし、
 一階で牛乳瓶を取ったり給食室で瓶に牛乳を入れることも出来るし、
 極端な話、誰かの代わりに肝試しのルートを通って遊ぶことも出来る」

アルケミに続けとばかりにクロスが前に出る。
冗談のつもりなのかクロスはニヤリと笑ったが、
つられて笑うものは誰もいなかった。

「ってことは……肝試しに出てた人間にはアリバイがなくなる……?」

おっかけが顔をしかめて腕を組んだ。

「そうだ。KIRAの診立てた死亡推定時刻が信じるか信じないかは別として、
 確かにそれが本当かどうかはわからない。医者じゃないんだからな。
 ならキラヲタが教室を出てから死んでいるのが発見されるまでの間、
 一人で教室を出て一人で行動していた人間全てに犯行が可能となる」

と、興奮気味にアルケミが言った。
鬱井は嫌な予感が的中して肩を落とした。
そんなことになったらほらやっぱり俺まで容疑者やんけ……と。
110まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/28(水) 02:54:52 ID:???
「ならお前も容疑者の一人になるな」

クロスが意地の悪そうな笑みを浮かべてアルケミを見た。

「ま、待ってくれ。僕も容疑者になるのか?」

アルケミがぴんと腕を伸ばして挙手する。

「確かに僕が帰ってきた時、キラヲタはもういなかった。
 けど時間的に考えて……」

と、そこまで言ってアルケミは腕を降ろした。

「……いや、可能か。僕にも出来ないことは……ない」
「そうだ。アルケミが犯人の場合だとこうなる。
 アルケミは自分で肝試しのルートを通ればいい。
 ゴール直前、少し急げばキラヲタが教室を
 出る直前に先回りしてトイレで待ち伏せすることも出来る。
 急げば一周にかかる平均時間をオーバーする前にゴール出来る。
 そしてあらかじめ打ち合わせしておいてノワにキラヲタの代わりに
 校内をまわってこさせればいい、ということだ」

クロスが得意気に推理を披露しているのを見て、
これはいよいよめんどくさいことになってきた……と、
鬱井はうんざりした気分になってきた。
KIRAはもっとめんどくさいだろう。
クロスはもしかして一人一人のパターンを説明していく気だろうか。
鬱井は自分が犯人だった場合はどうなるのだろうと考えた。
111まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/28(水) 03:00:33 ID:???
「つまりキラヲタを殺すことが出来たのは肝試しで教室を出た、
 アルケミ、アンキモ、イノセンス、九州、インリン、キラヲタ、ugo、saoko、鬱井、参号丸、
 おっかけ、シーウーマン、蟹玉……」

容疑者となり得る人間の名前を順番に言い始めたのは携帯だった。
突然口を開いた携帯を見て全員が驚いたように彼を凝視していた。

「それに肝試しを中止させてから一人で教室を出たKIRA、
 その時はまだみんなの前に姿を見せていなかった俺、
 そしてノワで16人。だろ? KIRA……」
「待て待て。キラヲタまで入れるのか」

さっきまで自分が犯人だと言っていたほどだから、
あっさり自分を容疑者として数えたことには鬱井は驚かなかったが、
被害者であるキラヲタの名前まで入っていたことに鬱井は異議を唱えた。
それに他にも既に殺されてしまった者も含まれている。

「自殺という線もある……」
「いや、あれはどう見ても自殺じゃなかった。
 自分で自分の喉にあんな深くナイフは刺せないだろう」
「さぁ……俺はやったことないからわからないけど……
 その気になれば出来るんじゃないのか……?」

携帯は自分で言っておきながらまるで興味がなさそうだった。
112まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/28(水) 03:05:16 ID:???
「そうだな。僕はキラヲタは除外していたが……なら言い直そう。
 キラヲタを殺すことが出来たのはキラヲタを含めて16人だ。
 しかしこの16人がキラヲタ殺害を可能にするにはノワの存在が不可欠となる」
「だろう?」

クロスが誇らしげに胸を張る。

「──が、それは言い換えれば“ノワがいなければ犯行は不可能”ということでもある」

調子に乗ったクロスを抑えつけるように厳しい口調でKIRAが言うと、
クロスは顔をひきつらせて一歩後ずさった。

「さっきも言ったが、キラヲタの名前を書いてまわったのはノワじゃない。
 キラヲタを殺した犯人が自分でキラヲタの代わりに名前を書いてまわったんだ。
 そしてノワはキラヲタを殺してもいない」

KIRAの口調がいっそう強くなる。
これだけ自信たっぷりに言われると、証拠がなくても信じてしまいそうだ。

「となると……犯人は……」

全員の視線が自然と携帯に向けられた。
しかしKIRAが首を横に振る。

「違う。携帯じゃない」

KIRAの言葉に、みんな戸惑ったように隣にいる者と顔を見合わせる。
113まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/28(水) 03:08:54 ID:???
鬱井も混乱していた。
鬱井も、キラヲタを殺すにはノワの協力がなければ不可能だと思っていたからだ。
そもそも今KIRAの言った条件に当てはめて考えるなら、さっきKIRAが
犯人だと言った人物には犯行は不可能なんじゃないかと鬱井は考えた。

「携帯じゃないって言うなら……」

携帯に視線を向けていた全員が、揃って首を捻る。

ノワはキラヲタを殺した犯人でもなくてキラヲタの名前を書いてもいない、
そしてキラヲタの名前を書いてまわったのが犯人自身だとすると、
キラヲタは自分で肝試しのコースをまわれなかった、つまり殺されたのは
教室を出てすぐということになる。
そうなるともう、犯行(キラヲタの名前を書いてまわるのも含めて)が可能なのは、
今、この場に一人しかいないように思えた。

「犯人は……ugo?」

誰かが呟いた。

ugoは床にぺたんと座り、足を崩してくつろいでいた。
自分が名指しされても全く動じている様子もない。
114まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/28(水) 03:15:15 ID:???
本当は犯行が可能と思えるのは二人いる。
それは肝試しでキラヲタの前と後に出たインリンとugoだ。
キラヲタより先に出たインリンなら、自分が教室を出た後に
キラヲタが出てくるまでトイレに隠れて待ち伏せすればいい。
そしてキラヲタを殺してから、チェックポイントで自分の名前を
書いた時に一緒にキラヲタの名前を書いていけばいいのだ。

しかしインリンは殺されてしまった。
となると残ったugoにしか出来そうにない。
ugoが犯人だと、チェックポイントでまずキラヲタの名前を書いてから
自分の名前を書いていけばいいということになる。
しかし鬱井はどうにも納得がいかなかった。

「違う。僕じゃない。僕が犯人だとするとキラヲタは教室を出てから
 僕が出てくるまで待っていなければならなくなる。それはあり得ないだろう」

ugoは淡々と自分の身の潔白を主張した。

「キラヲタは教室を出てすぐに殺された。
 犯人はキラヲタが教室から出てくるのを待っていた。
 つまり犯人はキラヲタより先に教室を出た人間」

ugoがぼそぼそと呟くと、KIRAは無言で頷いた。

そうなると、残されたのは五人だ。
その中にはKIRAが犯人だと言った人物もしっかり入っている。
115まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/28(水) 03:26:29 ID:???
犯人はキラヲタより先に教室を出た人間──。
それは五人いる。
その五人のうち、キラヲタの一つ前……この五人の中で最後に教室を出たインリンは
殺されてしまったので除外。これで残り四人。

最初に教室を出たアルケミは、キラヲタが出てすぐに教室に戻ってきた。
キラヲタを殺すことは出来てもその後キラヲタの名前を書いてまわることは
出来ないだろうから除外。これで残り三人。

2番目に出たアンキモ、3番目に出たイノセンスの二人は最初から疑ってすらいなかった。
この二人だけでなく一緒に村にやって来たメンバーが犯人であるはずがないと
最初から何の根拠もなく信じきっていたので鬱井は無意識にこの二人を除外していた。

そうすると残るは一人。その人物こそがKIRAの指名した人物である。

「お前がいくら否定しようが勝手だが、僕には全てわかっている。
 もう一度言おう」

KIRAの視線が一人の人物に向けられる。
それにつられて鬱井を始め、教室にいた全員の視線も彼女に向けられた。

「お前が犯人だ……九州」

KIRAの視線の先で、九州は何故か嬉しそうに笑っていた。
116まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/28(水) 03:27:37 ID:???
101.「指名」 /終
117まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/30(金) 00:41:49 ID:???
102.「恍惚」



「キラヲタを殺したのは九州で、キラヲタの名前を書いたのも九州……?」

ミサキヲタが腑に落ちないといった表情で九州を見つめている。
というより九州が犯人だということ自体いまいち信じることが出来ない、
といった顔だった。

KIRAの視線の先にいる彼女、九州こそが今夜の事件の犯人──。

本当に、本当にそうなのだろうか。
KIRAがこれだけ自信を持って名指しするほどなのだから
間違いのないことなのだろう、と、鬱井は半ば自分で
考えるのを諦めていたが、目の前にいる鬱井より頭ひとつ小さい
彼女が、かつてのクラスメイト達を次々に殺した犯人だとは
鬱井も信じきれないでいた。

九州に関する思い出は正直、ないに等しい。
小学校の頃はあまり話したこともなかった。
もしかすると昨日、村に帰ってきてからの方が話した回数は多いかもしれない。
118まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/30(金) 00:46:16 ID:???
「僕が犯人、ね。面白い……どうしてそうなるのか聞かせてもらおうか」

“僕”……。
そう、九州は女性なのに“僕”という一人称を使う。
鬱井が九州のことでよく覚えていることといえばそれぐらいだった。

鬱井は昨日、村に帰ってきてからことを思い出していた。
あれはニコフ、ラチメチと一緒に村の公民館から出た時のことだ。


『ショボーンの家ってどっちだっけ?』
『確かバス停のとこから真っ直ぐ・・・・・・あ!』

ニコフが驚いた顔で指をさした先には、一人の女性が立っていた。
それが九州だった。

『おお!久しぶり』

九州とは小学校以来だった。
小学校卒業後、九州は九州に引っ越したと聞いていた。
卒業後、彼女がどこで何をしていたのかは鬱井は全く知らない。

『三人とも久しぶりだね……』

と、思わずいつもの調子で気軽に声をかけたものの、
九州とはあまり仲良くなかったことを思い出した。
119まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/30(金) 00:48:38 ID:???
『ほんと久しぶりだな……って、なんかこっち帰ってきてからこればっか言ってる』

ただでさえ記憶力にあまり自信がない鬱井は、
(こいつってどんな奴だっけ……?)と、九州に関する
記憶を引っ張り出しながら適当に言葉を繋いだ。
(どうも思い出せないな……)
そんなに印象の残らない奴だったのか、それとも自分の記憶力が無さすぎるのか?
鬱井は頭を掻きながら九州からの応答を待った。

『久しぶりなのによく僕だってわかったね?』

と、九州は笑顔で言った。
この時鬱井は九州の使った“僕”という一人称でようやく思い出した。
女子なのに何故か自分のことを“僕”と言う……。
それが鬱井にとって最も印象的な九州の特徴だった。
そのことを思い出して思わず頭を掻く手が止まった。

しかし他には……? 他には何かあっただろうか?
鬱井はやっとのことで思い浮かべた小学校時代の九州の姿を
目の前にいる彼女に重ねてみたが、これといった思い出は出てこなかった。

『あ、これ? 実はいまだに開けられなくて』

九州が手に持っていたラムネの瓶を差し出した。
じっと自分を見ている鬱井を見て、九州は鬱井が手に持っている
瓶を見ているのだと勘違いしたのだろう。
しかしその瓶でもうひとつ九州に関することを思い出した。
120まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/30(金) 00:53:12 ID:???

『お前も変わってないな……ほれ、貸してみ』

そして鬱井は昔と同じように瓶を開けたやったのだった。


「九州、お前が教室を出たのが21時15分だ……間違いないな?」

黒板の前に立ったKIRAは、チョーク箱から白いチョークを
一本取り出して話し始めた。

「そうだ。ちなみに僕が戻って来たのは21時40分だよ」

九州は犯人だと名指しされても、狼狽するどころかどこか挑発的だった。

「言われなくてもわかっている」

KIRAは背を向け、黒板に何かの図を描いていく。
それが校舎の見取り図だということはすぐにわかった。
みんなKIRAがその見取り図を使って何かをしようとしているのは
わかったようで、KIRAが描き終るまでの間、口を開く者はいなかった。
静寂に支配された教室にチョークが黒板を滑る音だけが響く。
KIRAは機械のように正確に縦横に線を引き、あっという間に
見取り図を完成させてしまった。
片仮名の“コ”を反対に向けた形の校舎の、一階から四階までの
似たような形のものが四つ描かれている。
そして一階の図の横には申し訳程度に描かれた四角い枠が描かれていた。
体育館だろう。
KIRAは図を描き終わると、チョークを片手に持ったまま話し始める。
121まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/30(金) 01:03:17 ID:???
「見ての通りこれは校舎のそれぞれの階を上から見た場合の断面図だが、
 この図に間違いはないかどうかを実行委員の者に確認したい」

KIRAは似たような四つの図のうち、四階の図の『6−2』と書かれた、
教室にあたる部分にチョークの先をつけて鬱井達に向き直った。

「……間違いないね」

ugoが頷く。

「ベニヤ板の設置場所もちゃんと合ってる」

おっかけは腕を組んだまま険しい顔つきで言った。

ベニヤ板は全部で四箇所に設置されていた。
北校舎四階の廊下、6−2の教室のちょうど真ん中の辺り、
南校舎二階の廊下、職員室の真ん中辺り、
北校舎一階の廊下西側の端、渡り廊下の手前、
南校舎一階の廊下東側、トイレと空き教室の間、
の四つだ。

「間違いないな? は今度は実際に肝試しに出て校内をまわった者に聞こう。
 どういうルートで校内をまわった?」

KIRAはチョークを少し動かして、『6−2』から白い線を廊下へと引いた。
122まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/30(金) 01:05:05 ID:???
「えぇと……まず教室を後ろのドアから出て右へ、階段に向かうだろ」
「それしか道がないからな」

アルケミとおっかけが交互に説明し始めた。
鬱井も自分が通ったルートを思い出す。
二人の言った通り、教室を後ろのドアから出ると、
左にはベニヤ板が設置されていて右……階段の方へしか行かれなかった。

「それから、一階で牛乳瓶を取らなきゃ行けないから階段で一階まで下りる」
「階段を下りて、廊下を渡り廊下の方に向かって少し歩くと3−1の教室だ。
 そこに牛乳瓶が人数分置いてあった」

肝試しにはいくつかルールがあった。
まず北校舎一階の3−1の教室で空の牛乳瓶を一本取り、
南校舎二階の給食室の冷蔵庫にある牛乳パックから牛乳を瓶に移さなければならない。
給食室はチェックポイントにもなっており、冷蔵庫に貼ってあった
紙にそこを通った証明に名前を書いていかなければならなかった。
給食室を出た後は体育館へ向かう。
体育館には牛乳に入れるミルメークが置いてあり、それを取ってこなければならない。
体育館も給食室同様チェックポイントになっていたため、そこでも名前を
書かなければならなかった。

これらをクリアして教室へと戻ってくる、というのが簡単なルールだ。
123まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/30(金) 01:08:15 ID:???
「瓶を取ったら、3−1を出て廊下を戻って階段の裏にあるドアを通って
 中庭に出た」
「北校舎一階の廊下にもベニヤ板が設置されていて渡り廊下を通って
 南校舎に行くことは出来ないからな。
 職員室に向かうなら廊下を戻って中庭から南校舎に向かった方が早い。
 もっともわざとそう通らせるためにベニヤ板を設置したんだが」
「ここまでで5分前後かな? はっきりとは言えないけど」

わざとそう通らせるために……。

実行委員だったおっかけが何気なく言ったが、
鬱井は何故かその言葉がひっかかった。

「それで中庭を通って、南校舎に入って、階段で二階へ上った。
 いや、上るしかなかったというか」
「あぁ、中庭から南校舎に入ってすぐ右にもベニヤ板が設置されている」

そう、アルケミの言う通り上るしかなかったのだ。
瓶を取って給食室に向かうなら、自然とそのルートになるだろう。
あれはただの遊び……あの時はみんな、鬱井ももちろんそう思っていた。
どのルートを通れば最短でゴールが出来るだとか、そんなことは深く
考えずに漠然と目的地から目的地へと向かっていた。
124まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/30(金) 01:10:52 ID:???
「で、二階に上ったらまた廊下にベニヤ板があって」
「職員室に作った迷路を通らせるためにな」
「職員室の中を通ってベニヤ板の向こう側の方のドアから廊下へ出て
 真っ直ぐ給食室に向かった」
「この辺りまで10分前後か?」
「迷路にどれぐらい時間がかかるかによるだろうな」

職員室に作られた迷路はたいしたモノではなかった。
暗闇のせいで多少時間はかかったが、初めて通る者でも数分かからないだろう。
そして誰もが迷路を抜けたあと、アルケミが言ったように真っ直ぐ給食室へと向かうはずだ。

「給食室で牛乳を瓶に移し変えて、チェックポイントの紙に名前を書いて
 給食室を出た。僕は一番だったから誰の名前も書いてなかった」
「俺が名前を書いた時には、俺より先に教室を出た者の名は
 全員、書いてあった。そんなにじっくり紙を見てたわけじゃないが、
 一応実行委員として不正はないか確認のつもりでざっと見たが、
 順番的にも矛盾はなかったと記憶している」

鬱井は自分が給食室に入った時のことを思い出していたが、
自分が見た時も特におかしいところはなかったように思える。
しかしおっかけのように名前が書かれているべき順番など気にもしていなかったので
自信はあまりなかった。
とりあえず自分の前に出たsaokoの名前が最後に書かれていたのだけは覚えている。
125まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/30(金) 01:13:07 ID:???
「給食室を出たら、すぐ傍にある西側の階段を使って一階に下りた。
 で、階段下りてそのまま正面に歩いて玄関だ」
「玄関を出たら、グラウンドを通って体育館だな。
 ここまで15分ぐらいだろう」

あの時肝試しに出た何人かが頷いた。
口を挟まないだけで、みんな同じルートを通っていたようだ。

「体育館に入ると今度はベニヤ板で作られた結構本格的な迷路があった」
「といっても見てくれだけでそんなにややこしくはないし、
 職員室と違って明るかったから抜けるのにそう時間はかからないだろうがな」
「迷路の途中で二つめのチェックポイントがあって、そこで給食室と
 同じように名前を書いた。ここも僕が最初に通ったから当然誰の名前も
 書いてなかった」

二つめのチェックポイント……という言葉に、
鬱井はもう、ひっかかりを通り越して違和感を覚えていた。
確かに体育館は“二つめ”のチェックポイントといって間違いないだろう。
鬱井にとっても体育館は二つめのチェックポイントだった。
犯人にとってもそうだったに違いない。
だが、“二つめ”というのは、自然とそうなってしまっただけである。
先に給食室を通ってくるだろうから、体育館が「二つめの」と表現されるだけだ。
126まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/30(金) 01:15:56 ID:???
鬱井が違和感を覚えていたのは、体育館がどうのということではなかった。
二つめ、つまり第2のチェックポイントに疑問があるわけでもない。
体育館を二つめのチェックポイントとしてしまう、この肝試しの
ルールと実行委員が設定した通常の正規ルートに対しての違和感だった。

誰だって同じルートを通る……はたして本当にそうなのだろうか。
犯人──九州もチェックポイントは通過している。
それもKIRAが言うにはキラヲタの分までこなしているというのだ。
だとしたらどうやって? 普通に考えてそんなことは無理だろう。
九州が実は双子だった、なんていう答えはいくらなんでもあり得ない。
KIRAは「九州が一人で自分とキラヲタの分をこなした」というニュアンスで言っている。
それを事実とするにはどう考えても無理がある。

みんなと同じルートを通ったのなら。

「名前を書いてからは迷路を抜けて……」
「ここまでに20分……」

アルケミとおっかけは鬱井が感じた違和感には全く気付いていないようで、
体育館から先のルート説明を続けていたが、鬱井の耳には届いていなかった。

そうか、そういうことか。
なんだこんな簡単な話だったのか、と鬱井は内心がっかりしていた。

気付いてしまえばひどくあっけない、全ては勝手な思い込みだったのだ。
127まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/30(金) 01:17:53 ID:???
「それで、教室に戻ってゴール」
「一周約25分、だな」

アルケミとおっかけが説明を終えると、KIRAがすかさず口を開く。

「と、いうのが肝試しのコースとそれぞれのポイントまでにかかった
 おおまかな平均時間だ。そしてほとんどの者が今、アルケミ達が言った
 ルートを通ったと思う」

ふと見ると、黒板に描かれた校舎には白い線が新たに追加されている途中だった。
線は6−2の教室を出てからアルケミ達が言った、鬱井も通ったルートを辿っていた。

「だが、肝試しに出た者の中で一人だけ、違うルートを通った者がいる。
 それはもちろん九州、お前だ」

KIRAの手元のチョークの先から白い線がどんどん延びていく。
体育館から延びた線は校舎の北側を通って玄関へと入る。

「違うルート、ね。なら僕がどんなルートを通ったのか聞かせてもらおうかな」

九州は相変わらず挑発的だった。
この九州の態度にも鬱井は違和感を覚えていた。
もうKIRAには全て見破られているというのは誰よりも九州自身が
一番よくわかっているはずだ。しかし開き直っているわけでもない、
何故か自信に満ち溢れていて、どこかこの状況を楽しんでいるような、
そんな顔だった。
128まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/30(金) 01:19:54 ID:???
追い詰められているはずの殺人犯が、この局面でこんな表情をするのは
一体どういう心理からくるのか、九州は一体何を考えているのか、
鬱井には想像もつかなかった。

「その前にもうひとつ、ふたつ……イノ」
「ん?」

突然KIRAがイノセンスに声をかけた。

「イノ、お前が給食室で名前を書いた時、九州の名前は書かれていたか?」
「……いや、書いてなかったな。アルケミとアンキモの名前だけだった。
 ついでに言うと体育館もそうだった」

イノセンスはめんどくさそうに答えた。

「よし、次はugo。ugo、お前が通った時は……」
「僕が通った時にはキラヲタの名前は書いてたよ。体育館もね」
「──そうか」
「僕より先に通った者の名前はちゃんと教室を出た順番通りに
 書かれていた。給食室も体育館も」

KIRAが聞きたかったであろうことをugoは聞かれる前に簡潔に答えた。
ugoも、もう気付いているのだろう。
さっきまで九州の近くに座っていたはずのugoはいつの間にか
彼女から十分に距離を取った場所まで移動していた。

「聞いた通りだ。これで九州も、キラヲタも、二人の名前は
 矛盾することなくチェックポイントの紙に書かれていたということになる」

KIRAは一旦チョークを置き、指を鳴らすような仕草で指先についた粉を払った。
129まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/30(金) 01:22:20 ID:???
「変なこと言うね。それだとやっぱり僕は犯人じゃないということでしょう?」

九州が片眉を吊り上げて笑う。

「いや、お前が犯人だ」
「ふん……まぁいい。さっさと聞かせてよ」
「もちろんだ」

KIRAは再びチョークを手にして、黒板に何か書きながら話し始めた。

「21時、まずアルケミが教室を出る……」

KIRAはものすごい勢いで黒板の空いたスペースに何かを書いていく。

「21時5分、アンキモが教室を出る。この時アルケミは一階へ降りて牛乳瓶を取り、
 中庭へ続く扉から中庭を通って南校舎にへ……」

KIRAは念仏を唱えるようにぶつぶつと呟きながら、
ものすごい勢いで黒板のスペースを埋めていく。

「21時10分、イノセンスが教室を出る……この時アルケミは職員室の迷路を抜けて
 給食室へ……アンキモは一階へ降りて牛乳瓶を取り、
 中庭へ続く扉から中庭を通って南校舎へ……」

ものすごい勢いでKIRAの手元のチョークが黒板の上を躍る。
130まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/30(金) 01:23:49 ID:???
「21時15分、九州が教室を出る……この時アルケミは給食室でチェックを済ませ
 給食室を出て玄関から外へ出てグラウンドを通って体育館へ……
 アンキモは職員室の迷路を抜けて給食室へ……イノセンスは一階へ降りて
 牛乳瓶を取り、中庭へ続く扉から中庭を通って南校舎へ……」

ものすごい勢いでKIRAが呟く。

「ここからだ……」

KIRAは呟くのはやめたが、手元のチョークは止まらない。

「九州、お前の行動はこうだ。
 お前は21時15分に教室を出る。
 この時お前より先に教室を出たアルケミ、アンキモ、イノセンスの位置はこうだ」

がっ! がっ! がっ! と、KIRAは黒板に描かれた校舎見取り図のある三点に
叩きつけるようにチョークで印をつけた。
印をつけるとチョークは再びものすごい勢いで動き出した。

「アルケミは給食室を出るか出ないか、アンキモは職員室の迷路を抜けるか抜けないか、
 イノセンスは中庭を通るか通らないかのタイミングだ」

鬱井が九州の方に目をやると、九州は何故か恍惚の表情を浮かべて、
黒板にかじりつくようにしているKIRAの後ろ姿を見つめていた。

「お前は教室を出たあと、まずは他の者達と同じく階段を使って
 一階まで下りる。早足で3−1に教室に向かい、そこで
 お前は牛乳瓶を2本取ったんだ」
131まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/30(金) 01:27:31 ID:???
だんだんだだんだん、だんだだだだだだん。
黒板を打ちつけるチョークの音は激しくも一定のリズムを刻んでいた。

「そもそもこの『瓶を取っていく』というのがクセモノだ。
 3−1に置かれていた瓶の数はちょうど人数分あったそうだが、
 誰がどの瓶を持っていかなくてはならないのか指定はされていない。
 さらにこの3−1では、給食室や体育館と違って自分が通ったことを
 証明するものはない。本当に通ったかどうかはゴールした時に
 瓶を持っているかどうか、そしてその瓶が3−1に置かれていた物か
 どうかは、肝試しが終わったあとに3−1に残っている瓶の数でしか
 ……つまり全ての瓶がなくなっているかどうかでしか判断出来ない。
 肝試しの途中では、3−1の教室は電気も点いていなかったそうだから
 そこを通った者もいちいちそこに何本あるかまで数えはしないだろう。
 お前は自分の分とキラヲタの分の瓶を取り、すぐに3−1を出て、
 廊下を戻った。だがお前は中庭へは出ず、階段をもう一度上ったんだ。
 イノセンスが給食室でチェックを済ませるのを確認するためにな。
 瓶はあらかじめ用意していたというのも考えたが、瓶を隠し持って
 おくのは無理だろう。それに何より瓶を取りに行くのは
 教室を出てすぐでなくてもいいからだ。時間は十分あったはず。」

KIRAは早口でそこまで一気に言うと、一度息継ぎを入れた。

「階段を上ったお前は、渡り廊下を通って南校舎に向かった。
 北校舎二階、三階にはベニヤ板はない。
 南校舎に移ったお前は、給食室に誰かが出入りするのを確認出来る位置まで
 素早く移動する。お前が通るルートは他の者は使わない……使おうと
 すら考えないルートだ。少々バタバタと音をさせても問題ない。
 走ればすぐに南校舎に移れるだろう」

息継ぎを入れる。しかしチョークは止まらない。
132まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/30(金) 01:30:30 ID:???
「21時20分、インリンが教室を出る……アルケミは体育館、アンキモは体育館の前、
 そしてイノセンスが給食室を出る。お前はおそらく階段のあたりに身を隠して
 いたんだろう。イノセンスが給食室から出たのを確認して、お前はすぐに給食室に
 入って自分の名前を書いて出る。牛乳は自分の分を入れるだけでいい。
 給食室を出たお前は渡り廊下を通って急いで北校舎に戻る。
 北校舎の階段で上から下りてくるインリンに見つからないように注意して、もう一度
 四階まで上る。四階に上ったらすぐに女子トイレに隠れる」

鬱井は九州がとったであろう行動はなんとなくわかっていたつもりだったが、
あまりにKIRAが早口すぎるので混乱していた。
何時何分に誰がどこで何をしていたかまで頭に入れていられない。
鬱井は九州の動き以外はほとんど聞き流していた。

「21時25分、キラヲタが教室を出る。お前はキラヲタが女子トイレの前を
 通った時に薬品で眠らせてトイレにキラヲタを引きずり込み、殺したんだ。
 キラヲタを殺したお前は、階段を下りて渡り廊下を通って再び給食室へ向かう。
 イノセンスの時と同じように身を隠して今度はインリンが給食室を通過するのを待つ。
 この時アルケミは体育館を抜けて校舎の外周を周って戻ってきてゴールする頃。
 アンキモは体育館、イノセンスは体育館へ向かう途中」

息継ぎ。

「21時30分、ugoが教室を出る……お前はインリンが給食室を出たのを確認し、
 すぐに給食室に入って今度はキラヲタの名前を書く。これで給食室の
 チェックポイントに矛盾はなくなる。
 しかしここからがお前にとっては大変だった。
 この時アンキモはもうゴールする頃、イノセンスは体育館で迷路を通っている頃、
 そして何より自分よりあとに出たインリンが自分より先を行ってるんだ。
 お前は何としてでもインリンより先に体育館に行かなければならない」
133まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/30(金) 01:32:23 ID:???
相変わらずチョークはすごい勢いだったが、
さすがに喋り疲れたのか、KIRAは大きく息を吐いた。

「給食室を出たお前は、階段を下りずに三階に上る。
 階段を下りても前をインリンが歩いている。先に出たお前が追い越すのは不自然だ。
 南校舎三階ならベニヤ板はないし、ここは肝試しのルールを考えれば、
 通る者などいるはずもない。気をつけなければいけないのは
 6−2の教室の窓から誰かが南校舎を見ているかも知れないということだけだ。
 身を屈めながら手に持っている瓶から牛乳がこぼれるのに気をつけながら
 廊下を駆け抜けるのは大変だっただろう。
 ……そして南校舎東側の階段を使って一階まで駆け下りる。
 ugoが中庭から入ってくるまでに一階に下りて、
 お前は北校舎一階廊下の東側にあるドアの鍵を開けて体育館へ向かう」

東側のドア……あの鍵を開けたのは九州だったのか……。
下ネタ殺された時、シニアがそのドアを使って外から入ってきたと言っていた。
鬱井はそれを聞くまであのドアの存在を忘れていたが、
それよりも何故ドアの鍵が開いていたのかが不思議でならなかった。
今夜の同窓会では使う必要のない所は全て鍵がしてあるはずだからだ。
校内のいたる所にある色んなドアのほとんどは、建物の内側、
または部屋の内側からしか鍵を開け閉め出来ないようになっているものが多い。

鬱井は疑問だったことがひとつ解消して、ひとり納得して頷いていたが、
その間もKIRAは喋り続けている。
134まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/30(金) 01:34:29 ID:???
「21時35分、saokoが教室を出る……インリンより先に体育館に入ったお前は
 急いで迷路を抜けてチェックポイントに名前を書く。
 さらに一度その場を離れてインリンに名前を書かせてからキラヲタの名前を書かなければ
 ならない。これはかなり無理をしなければならないが、不可能ではない。
 インリンの進み具合やお前自身の行動の速さによっては、自分の名前を書いてから
 迷路を戻って一度体育館を出て、どこかに身を隠してインリンが体育館に入るのを
 確認してからお前も後を追う、というパターンが理想だろう。
 場合によっては職員室より複雑な迷路のどこかに身を隠すのもありだ。
 お前もインリンも実行委員、迷路がどうなっているか詳しく知っていただろう。
 それならインリンは無駄な通り方はなしない。最短で迷路を抜けれるはずだ。
 お前は迷路の構造を知っている人間なら通らない場所にでも身を隠して
 気配を殺してインリンが通るのを待てばいい。
 この二つ以外だと、いっそのこと迷路を抜けきって体育用具室で
 身を隠せばいい。あそこなら──」

と、KIRAは何故かそこで口を開けたまま固まった。

「どうした……KIRA?」
「──そうか。もしかしてあそこに……いや、今は……」

それはほんの一瞬だったが、KIRAは何か重要なことに気付いたのだと
鬱井は直感した。

「──あそこなら、人ひとりいくらでも隠れることが……出来る。
 例えば跳び箱の中……」

KIRAは小さくそう言うと、少し何か考えてから再び口を開いた。
135まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/30(金) 01:35:50 ID:???
「……とにかく、九州、お前は一度どこかに身を隠してインリンが体育館を抜けるのを
 待った。21時35分、鬱井が教室を出た頃だ……。
 インリンが名前を書いたあと、お前がキラヲタの名前を書く。
 そして給食室から体育館へ向かう時と同じく、お前は自分より先に
 進んでいるインリンをどうにかして追い越さないといけない。
 それにはやはり普通のルートからでは無理だ。そうなると方法はひとつ。
 ugoが来るまでに迷路を逆走して体育館を出て、南校舎東側のドアから
 校舎の中へ入り、東側の階段を使って四階まで上がる。
 南校舎四階の廊下を抜けて渡り廊下を通って北校舎に移りゴール、というルート。
 迷路逆走後、南校舎に入る時は鬱井がそこを通るかもしれないこと、
 四階に上って廊下を抜ける時に、6−2の教室から
 誰かが南校舎を見ていないか、ということにだけ気をつければいいだけ……」

KIRAの推理の中の九州が犯行を終えてインリンより先にゴールする。
ここまで聞いて、鬱井は半分以上理解出来ていなかったが、
九州が通ったルートだけはなんとか把握出来た。
気付くと黒板のスペースは完全になくなっており、
びっしりとKIRAの字が書き込まれていた。
これを読めばもう少し理解出来るのかもと思ったが、
とてもでないが最初から最後まで読んでいられないほどの文字数なので
鬱井は読むのを諦めた。

その時ふとあることを思い出した。
九州は、教室を出てからゴールするまで一度も通っていない所があるのだ。
136まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/30(金) 01:37:37 ID:???
そこは肝試しに出た人間ならみんな通ったはずだし、もちろん鬱井も通った。
そして肝試しのあと、鬱井は九州と一緒にそこを通っていたのだ。

キラヲタを探しに行く時、鬱井は九州、インリンと班を組んだ。
通常のルートに沿って捜索することになり、6−2の教室を出てから
階段を下りて3−1へ向かった。それから中庭に出ようとした時のことだった。

『ぬぁ!?』

中庭へ通じるドアを開けると人体模型が置いてある。
それを見て鬱井は声をあげた。

『なんつー声出してんだよ。さっき通ったんだろ』

驚く鬱井を見てインリンが鼻で笑った。

『い、いやわかってたんだけどね……リアクション芸をね……』

涙目になりながら鬱井は強がった。
それを見たインリンに更にからかわれてすごく悔しかったのを覚えている。
その時、九州は二人を無視して先に中庭に出て行った。
鬱井達も慌てて九州のあとを追って中庭へ出た。
137まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/30(金) 01:39:14 ID:???
『あ……』

先頭を歩き、九州が南校舎に通じるドアに手をかけたその時、
後ろにいた鬱井は、そのドアの向こうにあるトラップが仕掛けてあるのを
思い出して思わず声を漏らした。

『なに?どうしたの鬱……ぅわっぷ!』

ドアを開けた瞬間、糸で吊るされた蒟蒻が勢いよく九州の顔面にヒットした。

『こ、蒟蒻……?』

この時に気付くべきだったのだ。
この時九州は、目を白黒させて揺れる蒟蒻を見つめていた。
その驚き方がおかしかったのだ。

肝試しでそこを通った人間ならば、そこに蒟蒻が仕掛けられていることを
覚えているはずだ。
しかし九州の驚き様は、まるで初めてその仕掛けにひっかかったような
リアクションだった。
138まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/30(金) 01:41:30 ID:???
事実、九州はここを通っていなかった。
それにこの時気付いていれば、後に起こる事件は防げたかもしれない。

しかし鬱井はこの時、全く別のことを考えていた。

ニコフと間接キスしたくて、肝試しで自分が通った時に、
ニコフの唇に当たるであろう部分に3回ほど濃厚なキスをしておいたのだ。
結局ニコフの番が来る前に肝試しは中止となってしまい、
代わりに本来ならトラップにひっかかるはずのない九州と間接キスを
してしまったのだった。

世の中どこでどうなるかわからんなぁ、と、鬱井は緊迫しているはずの
この状況でしみじみ思っていたのだった。
139まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/30(金) 01:42:41 ID:???
102.「恍惚」/終
140おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2007/03/30(金) 20:25:07 ID:???
次の展開としては九州の反駁か。
それとも、そろそろノートの効果来るのかな・・・
141まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/31(土) 23:46:32 ID:???
103.「激昂」



「そうか。確かに九州はみんなとは違うルートを通っていたことになる」

キラヲタを探しに行った時のことを思い出して鬱井は呟いた。
これはKIRAの推理の裏付けになる、と思って鬱井はあの時の
九州のリアクションについて言及しようとしたが、
KIRAは鬱井の言葉が聞こえていないのか聞いていないのか、
じっと九州を見たまま黙っていた。
九州は未だ焦りの色を見せていない。

「あぁ、鬱井はあの時の蒟蒻のことを言ってるんだね? あれは……」
「そんなことはどうでもいい。続けるぞ」
「──だ、そうだよ」

九州は鬱井に対して何か弁解しようとしたらしかったが、
KIRAは「どうでもいい」の一言で斬り捨ててしまった。
どうでもよくはないだろう、と鬱井は内心腹を立てたが、
あの時一緒だったインリンもいない今、鬱井が「あの時九州はああだった」
と言っても「蒟蒻の存在を忘れてただけ」とでも言われてしまえばお終いだ。
あの時の様子をビデオカメラにでも収めていなければ水掛け論になる。
しかしKIRAはそこまで考えた上で斬り捨てたわけではなく、
ただ「余計な口を挟むな」と言わんばかりの口調だったので
鬱井は主の意を汲み取って黙っていることにした。
142まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/31(土) 23:51:26 ID:???
「確かにKIRAの言った通りに動けば僕はキラヲタを殺して、
 キラヲタの名前を書いていくのも可能かもしれないね。
 でも今のじゃ僕がそれを実行したっていう証拠はどこにもないんじゃないかな?
 むしろ僕以上に実行しやすい者がいるような気がするけれど」

九州は相変わらず挑発的な口調だった。
しかしKIRAは容疑者である九州に対してでさえ
黙っていろと言わんばかりの視線を送り、彼女の反論を無視して話し続ける。

「今話したのがキラヲタの殺害方法とトリックとも言えないトリックだ。
 次は下ネタの件……」
「──無視か。まぁいい。で? 僕はどうやって下ネタを殺したのかな?」

腰に手をあてて“休め”のポーズで九州がKIRAを挑発する。
KIRAは九州の挑発に乗ることなく粛々と話し続ける。

「……下ネタを殺したのはお前じゃない。お前には無理だ」

KIRAの一言に教室内がざわついた。
KIRAはそれにかまわず続ける。

「下ネタが殺されたのは23時30分の爆発のあと、
 爆発のわずか10分後だ。あの時の全員の証言と爆発後の
 全員の位置関係から考えて九州には犯行は不可能だ」
143まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/03/31(土) 23:57:07 ID:???
KIRAが淡々と九州犯人説を否定すると、ミサキヲタが一歩前に出た。

「じゃあ……下ネタを殺したのはノワ?」

九州じゃないのなら、ノワ。
この場にいる多くの人間が漠然とそう考えたようだった。
しかしKIRAは首を横に振る。

「ノワは爆発の前後からイノセンスと南校舎の四階にいた。
 ノワにも下ネタを殺すことは出来ない」

KIRAはノワ犯人説もあっさり否定した。

「下ネタに関しては、限られたごく一部の人間にしか彼を殺せない。
 まず、教室を出てすぐに爆発が起こった時、前のドアから出た
 ほとんどの者は南校舎の西側の階段あたりで動きを止めたはずだ」

鬱井はメモ帳のページをめくって確認した。
前のドアから出た者と、その順番は、
saoko、ねるね、バケ千代、携帯、シニア、九州、ニコフ、
おっかけ、ちさこ、ミサキヲタ、シーウーマン、本家、参号丸、ヲタヲタ、である。
そして爆発のあと、携帯とシニア以外は固まって南校舎一階付近で
様子を見ていたということだった。
下ネタの死体発見までみんなずっと一緒だったという。
つまりこの時点で携帯、シニア以外の12人は容疑者から外されるということだ。
確かにこれだと九州には下ネタを殺すことは出来ないだろう。
144まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/01(日) 00:01:22 ID:???
「後ろのドアから出た人間はどうなるの?」

ミサキヲタが続けて質問した。

後ろのドアから出た者とその順番は、
バジル、インリン、ugo、アルケミ、クロス、蟹玉、ラチメチ、ゲロッパー、ショボーン、
アンキモ、わんたん、下ネタ、である。
それから少し間を置いて鬱井とKIRAも後ろのドアから出ている。

注目すべきは教室を出た順番だった。
鬱井とKIRAは時間差があるので別として、殺された下ネタこそが最後に教室を出ているのだ。
そして爆発時、後ろのドアから出た者のほとんどが体育館に避難していた。
それから下ネタの死体発見まで体育館に避難していた者達は固まって
行動していたのだ。これで“体育館にいたものには犯行は不可能”となる。
鬱井はメモ帳に視線を落としたままそのことを説明した。

「これで犯人は数人に絞られるな」アルケミが言った。
アルケミの言う通り、これだけで犯行が可能なのは数人だけとなる。

鬱井はメモ帳を睨みつけて考える。
客観的に見て考えれば、
『鬱井、KIRAは共犯だった』と言われてしまえば、返す言葉が思いつかない。
『イノセンス、ノワが共犯だった』と言えなくもなさそうだ。
携帯、シニアにいたってはアリバイすらない。
そしてもう一人……この人物にも犯行は可能なはずだが、
容疑者の中で一番殺人からかけはなれているように思えた。
145まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/01(日) 00:05:15 ID:???
しかし、それら全ては鬱井の主観でしかない。
鬱井は自分が犯人じゃないこともKIRAが犯人じゃないことも知っている。
イノセンス、ノワが爆発の前後、南校舎四階でやりあっていたというのも
まず間違いないはずだ。
下ネタの死体発見後、銃声がして蟹玉と一緒に四階に上った時、
あの時のイノセンスの様子が自作自演だったとは思えない。
走り去っていく後ろ姿は今にして思えばノワに間違いはないと断言出来る。
シニアは……シニアは、自分で直接取り調べた。
一度はヤケを起こして『自分がやった』と言っていたが、その後の
シニアの態度を見て、シニアは犯人じゃないと鬱井は確信していた。

主観だらけである。
自分はやはり刑事には向いていないのか、と鬱井は自信をなくしかけたが、
それでも“仲間”を疑う気にはなれなかった。
その時、

「俺が下ネタを殺したんだ」

と、隅の方に座っていた携帯が、再び自分が犯人だと主張した。

「携帯……さっきからお前はそう言ってるけど、それだと今KIRAが──」
「あぁ、そうだな。キラヲタを殺したのは実は九州だった。
 そうなのかもしれない。俺がキラヲタを殺したというのは取り消そう」
「と、取り消そうってお前……」
「何かおかしいか? 俺にはあの時のアリバイはない。
 俺なら下ネタを殺せるだろう。犯人が犯人だと名乗り出て
 何か不都合でもあるのか」
「だからそれはさ……」
146まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/01(日) 00:08:53 ID:???
またこのやりとりになるのかと鬱井は困り果てた。
確かに携帯に当時のアリバイがない以上、本人がそう言ってしまえば
どうしようもない。それに鬱井が勝手に信じきっているだけで
本当は、本当に携帯が下ネタを殺したのかもしれない。
どうしたものかと鬱井はKIRAに助けを求めて視線を送ったが、
KIRAは鬱井にも、携帯にも、九州にも視線を送っていなかった。
その視線が容疑者に含まれる一人の人物に向かって向けられていると
鬱井が気づいた時、KIRAは口を開いた。

「携帯、お前がいくら自分が犯人だと主張しても、
 お前が犯人であるということを証明するよりも、
 お前が庇おうとしている人間が犯人じゃないと証明することの方が
 はるかに難しいんだ。もう諦めろ。お前も本当は庇いきるのは
 無理だとわかっているだろう」

KIRAの視線の先に、震えるラチメチの姿があった。
既に何人かは、その人物を庇おうとしているという携帯ですら、
KIRAの視線の意味と、ラチメチが震えている理由を理解していた。
理解していないのは、理解しようとしていないのは、
仲間を信じようとしている鬱井だけだったのかもしれない。

「下ネタを殺したのは……ラチメチ、お前だ」

KIRAがそう断言すると、ラチメチはうつむいたまま肩を震わせていた。
147まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/01(日) 00:11:55 ID:???
「違う、俺が殺したんだ。ラチメチはやっていない」

携帯が背中を丸めたままKIRAを睨みつける。
携帯の声はいつもとは違ってかなり荒々しかった。

「──いいだろう。なら下ネタの件はあとでじっくり話そう」

情けをかけたわけでもなんでもなく、KIRAはまず九州を華鼬として
捕まえることを優先したようだった。
ラチメチの周りにいた人間は皆一斉に身を退いたが、誰もラチメチに向かって
罵声を浴びせる者はいなかった。
ラチメチは九州と違い、一切何も反論しなかった。
否定も肯定もせず、ただ震えているだけだった。

「とにかく、九州……お前はこの件に関してはシロだと言わざるを得ない」
「ふん……まるで僕が犯人だった方がよかったと言いたそうだね」

九州はラチメチが犯人だと知っていたのだろうか。
ラチメチを見る九州の目はひどく乾いていた。
そこには何の感情も見受けられない。
まだ、九州もラチメチも犯人だと完全に証明されたわけではない。
だが、もし二人ともがKIRAの言う通り殺人という罪を犯してしまったのだとしたら、
同じ人殺しである人間に対して九州は今、何を思っているのか。
何も思っていないのだとしたら、九州は人を殺すということに対しても
何も感じてはいないのだろう。

自分が犯人だと名指しされてからの九州の態度は異常である。
自分に注がれる懐疑的な眼差しすら、彼女にとっては何ということもない
ものなのだろうか。
148まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/01(日) 00:15:23 ID:???
「ま、いいか。じゃあ次はシニアの件だね……」

まるでゲームを楽しんでいるかのように、九州はKIRAに推理の続き話すよう促した。
その時、九州がほんの一瞬視線を斜め上に向けたのを鬱井は見逃さなかった。
九州はすぐに視線をKIRAへと戻したが、鬱井は九州がKIRAから視線を
逸らした理由を探した。

壁にかかった時計の針が、5時25分をさしていた。
他には何か意味のありそうなものはない。
九州は何か時間を気にしているのか……?

「シニアの件はもう説明の必要などない。
 お前があの時、シニアが隔離されていた事務室に入ったというのは
 明らかだ」

ラチメチのことも気にかかるが、KIRAも九州に言われるままに
第三の殺人について話し始めたので、鬱井は確認するように
メモ帳のページをめくった。

KIRAの言う通り“九州が犯人だった”と仮定するなら推理の必要はない。
九州が事務室から出て来たのを目撃したのは鬱井だったからだ。
殺したとすればあの時だろう。

「明らか、ねぇ……まぁ今更事務室に入ったことを否定するつもりはないよ。
 だけど何度も言うけど、僕はあの時シニアは寝てるんだと思って
 出てきたんだ。これしか言いようがないけどね」
「なんとでも言うがいい。お前がシニアを殺したというのは明白だ」
「だったら同じセリフを返そう。“なんとでも言うがいい”ってね。
 ……それに“証拠があるなら見せてみろ”と付け加えておくよ」
149まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/01(日) 00:18:19 ID:???
あくまでも九州は証拠の提示を求める。
鬱井はなんとかして九州をギャフンと言わせてやれないかと
必死でシニアが殺された時の状況を脳をフル回転させ、必死に思い出そうとした。
その結果、出てきた言葉はこれだった。

「そうだKIRA、あの時、事務室は窓に鍵がかかっていなかったぞ!」

もしかして九州が何かトリックを仕掛けたのかもしれない。
そう考えた鬱井の必死の証言だった。
これは多くの人間が事実として知っているはずである。
しかしKIRAは「シニアが殺される前に換気か何かの目的で窓を開け、
鍵をかけわすれたんだろう」とあっさりトリック説を否定した。
まぁそうですよねーと鬱井はがっかりしながらも渋々納得した。

「九州、お前が下ネタを除く一連の事件の犯人だという証拠を
 僕はちゃんと掴んでいる。だがそれを説明するには時間がかかりすぎる。
 まずはお前にキラヲタ、シニア、インリン達を殺すことが出来たということを
 証明しているだけだ。証拠はそれから見せてやる」
「ふふ……僕は全然かまわないよ。どうしても僕を犯人に
 仕立て上げたいというならゆっくり説明してくれればいいさ」

九州が再び視線を斜め上に逸らした。
今度は確実に視線の先を捉えること出来た。
やはりそこには時計があり、九州が何かの理由で時間を気にしていると
鬱井は確信した。しかし、それが何故なのかまではわからない。
ただ単に今何時かを見ただけなのかもしれない。
150まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/01(日) 00:22:07 ID:???
「さて次はインリン達だね。KIRAが僕を犯人だと言うなら、
 僕は一体どうやって殺したんでしょう?」

九州の口調はますますぞんざいなものになっていた。
もはや開き直りと言うレベルではない。
KIRAはそれでも挑発に乗ったり感情的になることはなかった。

「これよ!」

と、教室中に響き渡るその声は、KIRAのものでもなく、
明らかに冷静さを欠いた感情的なものだった。
ニコフである。ニコフは何かを持って高々と手を上げた。

「九州……! あなたがインリン達をどうやって殺したのかわかってるわっ!」

ニコフはかなり興奮していた。いや、興奮というより激怒しているように見える。
あまりの激昂ぶりに鬱井は何故か自分までもが怒られているような錯覚に陥った。

「これって……それ、なに? なんのつもりなのかな?」

九州は明らかにニコフを馬鹿にしているようだった。
それもそのはず、ニコフが高々と掲げているのは、
どこからどうみてもおもちゃのナイフだったからだ。
さすがの鬱井もニコフが何を言い出すのか心配になっていた。
まさか『このナイフで殺したのよ!』と言い出すのではないだろうか、と。
151まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/01(日) 00:28:19 ID:???
「これが! インリン達を殺したトリックよ!」

ニコフはおもちゃのナイフの柄を握り締め、腕をめいっぱい九州に向けて伸ばした。
プラスチック製の刃の先が九州の顔に向けられる。
ニコフは今にも『いざ尋常に勝負!』と言い出しそうな勢いだった。

「危ないなぁ、刃物を人に向けちゃだめだよ」
「くっ……!」

本物じゃないということをわかっていながら、九州はニヤニヤ笑ってニコフをからかう。

「KIRA! 私に説明させて!」

馬鹿にされて悔しかったのか、はたまた恥ずかしかったのか、
ニコフはおもちゃのナイフを引っ込めながら今度はKIRAに詰め寄った。

「あ、あぁ……わかった」

ニコフの激烈さにさすがのKIRAもたじろいでいた。

「で、なんなの? ニコフは何がしたいの?」

九州が火に油を注ぐ。

「九州、あなたが犯人だってことはわかってるわ!」
「それはもう聞き飽きたよ」
「いっ、今から私が説明してあげる!」
「どうぞどうぞ」
「そうやって余裕を見せてられるのも今のうちよ!」
「いいからはやくしてよ」
152まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/01(日) 00:32:00 ID:???
暖簾に腕押し。ニコフがわめき散らしても九州は動ずることもなく
へらへらと笑っているだけだった。

「ニ、ニコフ落ち着いて……わめき散らしてるだけじゃ……」
「鬱井は黙ってて!」
「は、はい」

鬱井は感情的になっているニコフを諭そうとしたが逆に怒られてしまった。

「九州! あなたは人の命をなんだと思っているの!?
 あなたは何故、そんな顔をしていられるの!?
 みんなを殺しておいて、どうしてそんなに楽しそうに笑っていられるの!?」

ニコフは九州のふざけた態度がどうしても許せなかったようだ。
いつものニコフなら最後まで口を挟むことはなかっただろう。

「もうそういう話はいいからさぁ、さっさと話を進めてくれないかな。
 ……ところでニコフ、ファンデーション浮いてるよ。
 あんまり表情を歪めると顔にヒビが入っちゃうよ。少し落ち着けば?」
「……! それは昨日からずっと……あ、あなただって……」
「僕は化粧なんてしないよ。君みたいに顔を武装する必要ないもの」
「ぐぅ……!」

この二人は何の話をしているのか。
ただわかったのは九州はノーメイクで、ニコフはかなり化粧が厚いということだった。
九州は何故か勝ち誇ったような顔をしていて、ニコフは何故か悔しそうに唇を噛んでいた。
153まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/01(日) 00:33:16 ID:???
「い、いや今はそんなことはどうでもいいわ」
「そうだね落ち着いた方がいい。ストレスは美容の大敵だ」
「なにを……!」

二人の意味不明なやりとりを横目に見て、KIRAがふぅ、とため息をついた。

「ニコフ……やっぱり僕が──」
「ま、待ってKIRA、大丈夫だから」

呆れたように顔をしかめるKIRAを見て、ニコフは慌てて首を大きく横にふった。

「ま、まずは、インリン達が殺された時の状況よ」

KIRAの冷めた目でニコフはようやく落ち着きを取り戻したようだった。
そんなニコフを尻目に九州がKIRAの方を向く。

「ところでKIRAは化粧の濃い女は好き?」
「いや、僕は控えめな方が──」
「何の話をしてるのよおおおお!」

九州の質問にKIRAがうっかり答えかけると、
ニコフは鬼神の形相で二人のやりとりを無理やりに遮った。

5時半をまわった頃、ニコフ対九州の女の対決は、
やや九州有利のペースで展開していたのだった。
154まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/01(日) 00:33:58 ID:???
103.「激昂」/終
155まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/01(日) 01:23:38 ID:???
104.「把手」



インリン達が殺されていたのは、鍵のかかった校長室内だった。
インリン達が生きているのは、3時過ぎに鬱井が校長室の鍵を
持って行った時までは確認出来ている。
その30分後、3時30分に九州が校長室に
コーヒーを持って行っている。九州の主張では、
コーヒーを置いてすぐに出て行った、ということだが
九州が犯人ならこの時に殺したはずだ。
そして更にその30分後、4時前にインリン達がいる校長室から
ガラスの割れる音がして、応接室、事務室にいた残りのほぼ全員が
廊下に飛び出した。校長室のドアは開かず、おっかけが体当たりして
ドアをぶち破ってようやく校長室に入ることが出来たのだが──。
ここで九州が犯人だと考えると無理が出てくる。
校長室の鍵は、内側からしかかけられない。
インリン達を殺したとして、犯人はどうやって鍵をかけて外に
出るのか、というのが謎だった。

「まずこの場にいる全員がインリン達が生きているのを確認出来たのは
 シニアが殺されたあと、部屋割りが変わった2時30分よ。
 インリン達が揃って校長室に入るのを複数の人間が目撃したのは
 この時が最後」

ニコフはなんとか落ち着いたようだったが、それでも顔は引き攣ったままだった。

「そのあと、鬱井が3時過ぎに職員室の鍵を持って、
 3時30分に九州がコーヒーを持って校長室に行ってる」

ニコフは九州に言われたことを気にしているのか、
出来るだけ表情を変えずに話そうとしているようだった。
156まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/01(日) 01:26:44 ID:???
「そんなのわかってるよ」

九州はニコフを挑発するように笑う。
が、ニコフは九州を睨みつけるだけで何も言い返さなかった。

「どうせ僕が3時30分に校長室に行った時にインリン達を殺したって
 言うんだろ? 言っとくけどそれは無理だよ。
 ねぇ? saoko、ねるね」

九州はぐるんと首を横にまわしてsaokoとねるねに声をかけた。
名前を呼ばれた二人はあからさまに怯えた表情をして抱き合っていた。
二人は九州が犯人だと思っているのだろう。

「僕とsaoko、ねるねで給食室にコーヒーを淹れに行ったんだ。
 コーヒーを人数分淹れて、三人で一緒に給食室を出て、
 三人一緒にそれぞれの部屋にコーヒーを持って行った」

九州は同意を求めるように二人に向かって強い口調で言った。

「あの時、事務室にはsaokoが持って行った。
 応接室にはねるねが、校長室には僕が持って行った。
 これは間違いない、そうだろう」

今度は鬱井に向かって言う。
鬱井がメモ帳を見ると、確かにそう書いてある。
三人がそれぞれの部屋に持っていった時間も3時30分で間違いはない。
157まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/01(日) 01:28:59 ID:???
「で、僕はシニアが殺されたあと、応接室にいたメンバーだ。
 僕は校長室にコーヒーを持って行った時、インリン達と
 少し話をしてから部屋を出た。応接室に戻ったのは
 数分後だ。いや、2分かそこらだろう。
 僕がコーヒーを持って行ってから応接室に戻ったのは何時何分か?
 それは応接室にいた人間ならよくわかってくれてるだろう」

今度は当時応接室にいたメンバー一人一人に
確認するように順番に視線を移していく。

「ちょっと待て。インリン達と話をしてたなんて言ってなかったじゃないか」

インリン達が殺されたあと、鬱井は九州にもコーヒーを持って行った時のことを
詳しく聞いていたが、その時はそんなこと一言も言っていなかった。
そのことを追及すると、

「あれ? そうだっけ? じゃあその時は言うのを忘れてたか、
 鬱井が聞き逃したのか、メモし忘れたんじゃないの?」
「なんだと。まさかそんな屁理屈が通るとでも……」

と、鬱井は言いかけてやめた。
どうせ言った言わないの水掛け論になるのは目に見えている。
それよりも九州が何を言おうとしているのかが気になったので
ひとまず九州の言葉を待つことにした。

「2分だよ? 2分でどうやってインリン達を殺す?
 インリン達はちゃんと全員起きていた。
 あの時、校長室で僕とインリン達が争うような音は聞こえたか?
 それに僕一人で男を含む六人を殺せるわけがないだろう。
 常識で考えてものを言ってよね」
158まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/01(日) 01:32:31 ID:???
犯罪組織のトップに立つ人間が何を言うか……という考えも
鬱井にはなくはなかったが、しかし、一見して小柄で華奢な
九州のどこにそんな力があるだろうか、と思ったのも事実だ。
確かに九州の言う通り、わずか2分で物音ひとつ立てず
六人を殺すのは九州でなくても不可能に思えた。

「そうね、確かにその2分でインリン達を殺すのは無理……」

ニコフが静かに呟いた。
あれだけ憤慨していたのにあっさりと負けを認めてしまうのか? と、
鬱井は怪訝に思ったが、そうではなかった。

「でも、そうじゃない……それがそもそも間違っているのよ」
「なにが? 言いたいことがあるならはっきり言ってくれないかな」

九州はわざとニコフを苛立たせようとしているのは鬱井にもわかった。
それはニコフを興奮させて推理を破綻させようだとか、そういった
ものでもなんでもなく、ただただニコフをおちょくっているだけに見えた。
しかしニコフはさきほどとは打って変わって落ち着いていた。
明鏡止水の如しといった雰囲気で九州の悪態にもまるで無反応だった。

「インリン達が殺されたのは3時30分じゃない。
 あなたがインリン達を殺したのはあの時、校長室のドアを打ち破る直前よ」
「なに……」

ニコフが透き通るような声で言うと、ほんのわずかだが、
九州の表情に変化の色が見えた気がした。
159まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/01(日) 01:35:43 ID:???
「鬱井」
「は、はい」

突然ニコフが鬱井の方に向き直った。
ニコフの表情は真剣そのもので、とてもさっきまで厚化粧を指摘されて
憤怒していたのと同一人物だとは思えないほどだった。

「3時30分以降に、部屋を出た人間は?」
「は、はい。し、しばしお待ちを」

言われるがまま鬱井はページをめくる。

「え、えぇと……あの時俺達がいた事務室からは、
 アンキモ、それにニ、ニコフもトイレに行ってるね。
 はっきりと何時何分に出たかまではわからないけど、
 全員2、3分で戻ってきてるね」

鬱井は何が何だかわからぬまま、おそるおそるメモしてあることを読み上げる。

「応接室は……バジルが頻繁に出たり入ったりしてる。
 これは3時30分以降どころかその前からずっとだ」

これが鬱井がバジルを犯人だと思った要員のひとつである。
何をしていたのかわからないが、もしかすると何かトリックを
仕掛けたのでは……と考えたのだ。
しかしそれは腹の調子が悪かったからだ、と判明したが。

「あとはugo、クロス、ミサキヲタ……」

そこまで読んで鬱井はようやくニコフが何故こんなことを聞いたのか
理解した。もう一人、応接室を出た人間がいる。
160まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/01(日) 01:37:28 ID:???
「──九州……も部屋を出てる」

何故こんなことを見落としていたのか、俺は!
自分の間抜けさに腹が立った。

「応接室にいたみんなに聞くわ。
 部屋を出た人は、みんなそれぞれ一人で出たんでしょう?」

ニコフが首を左右にふって応接室にいたメンバー達の顔を見ていく。

「そう……だな。いや、一人いるな。バジルだ。
 一人が出て行って、そいつが戻ってくる前に部屋を出てった奴と言えば、
 バジルぐらいか」

おっかけがバジルを見ながら言うと、バジルは申し訳なさそうに頷いた。

「クロスが戻って来るまで待ってようと思ったんだけど、
 が、我慢出来なくて……」

バジルはそこまで言うと、恥ずかしそうにうつむいた。

「でもバジルも何回かの内は、一人で出てって誰かが部屋を出る前に
 戻ってきている時もあったよ」

ugoもニコフの聞いたことの意味を理解しているようだった。
つまりバジルも3時30分以降に一人で行動していた人間の一人となる、
と言っているのだ。
しかしニコフにとってはバジルの情報は必要ないだろう。
問題は、3時30分以降、九州が一人で行動出来る時間があったかどうかだ。
161まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/01(日) 01:41:07 ID:???
ニコフは一言一言、丁寧に区切って九州に詰問する。
九州はさきほどまでと違ってニコフに対して馬鹿にしたような
視線を送ってはいなかったが、それでも薄く笑みを浮かべていた。

「……いつ頃だったかな」
「覚えてない、と?」
「いつトイレに行ったかまでいちいち覚えてなんかないね」
「そう……覚えてない、と言うのね」

九州は未だ余裕の表情で、あくまで覚えてないの一点張りで通そうと
しているようだったが、ニコフもまた、どこか余裕のある表情だった。

「なら今度は九州以外の、他の応接室にいたみんなに聞くわ。
 ガラスの割れる音がした時、九州は部屋にいた?」

ニコフがおっかけ達に向かってそう尋ねた瞬間、
九州が口の端を歪に吊り上げたのを鬱井は見た。

「──いなかった」

アルケミが険しい表情で答えた。

「ガラスが割れる音がして、最初に廊下に出たのは、ぼ、僕だ」

バジルが顔をこわばらせる。

「ぼ、僕が廊下に出た時、九州が、こ、校長室のドアを
 開けようとしてた……。
 僕は何が何だかわからなかったけど、必死でドアを開けようとしてる
 九州を見て、ド、ド、ドアを開けなきゃと思ったんだ……」
162まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/01(日) 01:44:36 ID:???
あの時、ガラスの割れる音がした時、鬱井が事務室から飛び出したあの時──。

「わた、わた、私達が出た時は……」
「きゅきゅきゅ、九州とバジルがドアを開けようとしてたの……」

saokoとねるねが身を寄せ合って震えている。

「ガラスが割れる音がする数分前に九州が部屋を出て行ったんだ。
 あの時は──トイレから帰ってきた九州が、部屋に戻る直前に
 たまたま廊下にいたからだと思っていたが……まさか……」

バジルやsaoko達と違い、おっかけはあくまで冷静だった。

「そう、九州はトイレに行ったんじゃない。
 インリン達を殺しに行っていたのよ」

確信に迫るニコフの一言で、一気に場の空気が緊張する。
いつの間にか探偵役はKIRAからニコフに交代していたが、
九州はニコフが立ちはだかってからずっと笑みを浮かべている。
しかしその笑みの形も意味も最初とは違っていた。
感情的にわめき散らしていたニコフを下品な女だと言わんばかりに
軽蔑の念を含んでいた嘲笑は、追い詰められているのを楽しんでいるような、
KIRAに向けていたものと同じ種類の笑みへと変わっていた。

「ふっ……中々面白い発想だけど、いくつか肝心なことを忘れてないかな?」

九州の笑みは強がりではなく、自信に満ち溢れてもいた。
163まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/01(日) 01:49:13 ID:???
「えぇ、わかってるわ……。
 だけど私は、あなたがどうやってインリン達を殺したかはわかってる……
 始めにそう言ったわ」
「いいだろう。聞かせてもらおうか」
「もちろんよ」

ニコフの凛とした眼差しが九州の歪んだ笑みを捉える。

「あの時、私が廊下に出た時にはもうあなた達応接室のメンバーが
 廊下に出ていた。ミサキヲタはただ立ち尽くしていた。
 わんたんはその隣でただ怯えていた。saokoとねるねも
 身を寄せ合って震えていたわ」

ニコフは一歩、九州の方へと歩み寄る。

「何が起こったのかはわからなかった。
 わかったのはただ校長室で異変があったということだけ。
 それはガラスの割れる音と、校長室にいたみんなが廊下に出てきていない
 ということから容易に想像出来た」

また一歩、ニコフは歩み寄る。

「あの時、バジルは必死に校長室のドアを叩いて部屋の中に向かって
 呼びかけていたわ。でも返事はなかった。
 当然ね……あの時、校長室の中にいたみんなはもう殺されていたのだから」

九州は少しずつ近づいてくるニコフに一歩も退かず、強気な目で睨み返している。
164まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/01(日) 01:51:19 ID:???
「どうにかしてドアを開けなきゃいけない。
 みんなそう思ったわ。でもドアには鍵がかかっている。
 少々ドアノブを乱暴に捻ったところでドアはびくともしない。
 あの場にいたみんながそう思った。九州、あなたを見てね……」

ニコフは一旦言葉を切って、小さく息を吐いた。

「結局おっかけが体当たりしてドアはなんとか開いたわ。
 でも、おかげでドアは壊れて元通りにはならなくなった。
 そうでもしなきゃドアは開けることが出来なかっただろうから、
 そう判断したからよ」

おっかけが小さく頷いていたが、ニコフは九州を見据えたまま、
まばたきもせず唇を動かし続けた。

「でも、本当はそうじゃなかった。
 本当はドアを打ち破る必要はなかった。
 何故ならあの時、校長室のドアには鍵がかかっていなかった」

あの時、バジルが必死の形相でドアを叩いていた。
その横で九州はドアノブを左右に捻ってなんとか鍵をこじ開けようとしていたが、
あれは演技だったのだ。

「ドアを開けるのには当然ドアノブを捻らなきゃならない。
 でも鍵がかかっていればドアノブを捻っても開くはずがない。
 そして鍵がかかっているかどうかはドアノブを捻らなきゃわからない。
 ──あの時、ドアノブに触れていたのは九州、あなただけよ。
 あなたは誰よりも先にドアノブを握った。鍵のかかっていないドアノブをね。
 ここまで言えばもう十分でしょう」
165まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/01(日) 01:59:12 ID:???
ニコフはそこまで一息に言って、九州の反応を待った。
しかし九州は「ふぅ……ん」と、生返事をするだけだった。
一体、今、九州は何を思っているのか。鬱井には想像もつかない。

「“そもそも何故鍵が開いていたのか”ということでしょう。
 それは簡単なことよ。あなたはコーヒーを持って行った時に、
 校長室のドアに鍵がかからないように細工をしたのよ」

ニコフはさっき引っ込めたおもちゃのナイフを取り出した。

「校長室のドアは……うぅん、校長室だけじゃない。
 応接室、事務室もそうだった。もしかすると他にも同じような
 ドアがあるのかもしれない」

ニコフは何かを思い出すような顔つきで、宙を見つめる。

「木製の古いドアだったわ。
 もっとも校舎自体が相当古いから仕方ないのだけど。
 あのドアは内側からしか鍵を開け閉め出来ない仕様になっていた」

九州は何も言わない、何の反応も見せずただニコフの言葉に聞き入っているようだった。

「内側からしか鍵をかけることもできないし、鍵を開けることもできない。
 当然、外側のドアノブに鍵穴なんてない。校長室や応接室は
 言ってみれば家の中の一部屋に過ぎない。
 だって玄関や校舎の外に通じる所だけしっかりと施錠出来ていれば
 いいのだから。家にだって鍵をかけられる部屋はある。
 でも大抵は内側からロックするだけの簡単なものばかり。
 家の中の部屋にまで鍵を使わなきゃ開けられないドアなんて
 作らないわ。それと同じ理屈ね」
166まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/01(日) 02:03:03 ID:???
と、ここでニコフはふ……と肩の力を抜いて、誰にともなく呟き始める。

「ここで訂正しておかなくちゃならないのだけど、
 “鍵”というのは広い意味で“錠”と同じ意味。
 今言っている“鍵”は本来正しい意味での“鍵=鍵穴に差し込む道具”ではないわ。
 校長室のドアは“錠”をかけることは出来るけど、
 “鍵”を差し込んで“錠”をかけるタイプではない、
 本当に簡素なものだった。そう、ちょうど私の実家にあったトイレと
 同じタイプの古いものだわ……」

ニコフの実家のトイレ……という甘美な響きに背徳感を禁じ得なかったが、
鬱井は同時に湧き上がる欲望に胸を高鳴らせた。

「校長室の外側のドアノブには何も付いていない。
 当然、鍵を差し込むことは出来ないし、そもそも“鍵”を使って
 開けるタイプのものではない。これが重要なことなの。
 内側のドアノブは外側とひとつだけ違いがあるわ。
 それはドアノブの中央に、錠をかけるための……その…… 
 アレが付いてるのよ! ……なんていうんだっけ」

ニコフが人差し指と親指で何かつまんで、つまんだものを
90℃捻るようなジェスチャーで鬱井に訴えかける。
ニコフが何のことを言っているのかはわかるが、アレがなんという
名称で呼ぶべきなのかがわからない。
167まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/01(日) 02:04:24 ID:???
ドアノブを真正面から見た場合……通常、縦になっているが
錠をかける時は、こう……横に倒す、アレだ。

「レバー?」

レバー?

「ノズルじゃないっけ?」

ノズルはノズルであって、アレではない。

「──スイッチとは言わないか」

惜しい!

カンヌキ、とも考えたがどうもピンと来ないので鬱井は口には出さなかった。
鬱井もニコフも答えを求めて万能博士KIRAの方を見たが、
KIRAは眼鏡を外して目頭を押さえていた。これじゃ仕方ない。

「……とにかく、ドアノブには錠をかけるアレが付いてる。
 アレを横に倒すと、ドアは外から開けられなくなる。
 だけどあのドアには、もうひとつ、アレじゃなくて、アレがない」

アレ、ばかりでわかりにくい……と、鬱井は思ったが
ニコフこっちのアレについてはちゃんとわかっているようだ。多分。
168まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/01(日) 02:07:46 ID:???
「普通、錠をかけたら錠面から四角いボルトが飛び出して、
 それがつっかえ棒になってドアを開かなくすることが出来る。
 でも校長室のドアにはそんなボルトは内臓されてないわ。
 あのドアにはラッチボルトしか付いてない。
 どういう構造かは知らないけど、錠をかけるアレを横にすると、
 ドアノブが固定されて動かなくなる」

ラッチボルトとは……と、ニコフが簡単な説明を始めた。

空錠(そらじょう)に用いられる先端が三角形のボルト。
「から締め」「仮締め」ともいう。通常はスプリングの力で錠面から
常に突き出すように付けられているが、戸を閉めかけた時に、
ドア枠側に付けた受け座(ストライク・プレート)のふち(リップ)に当たって
ボルトが押し戻される。完全に戸が閉まると受け座の穴にボルトが滑り込んで
自動的に戸が固定される。開ける時は把手を回転させてボルトを引き入れることで
空錠を解く。

だそうである。これがわかっていてアレの名前がわからないというのは
どうにも不可解だが、今はそんなことを気にしている場合ではない。

「ドアに錠をかけると、ドアノブは動かなくなる。
 たったこれだけの簡単なことよ。
 でも、これは裏を返せば、セキュリティ面では安全性に欠けるということよ」

ニコフが一人うんうんと頷く。
169まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/01(日) 02:10:09 ID:???
「錠をかけなくても、ドアは閉まっていればドアノブを引っ張るだけじゃ
 開かないというのは説明しなくてもわかると思う。
 それはドアを閉めた状態の時、ラッチボルトが枠側にひっかかっているからよ。
 じゃあこのラッチボルトはどうやればひっこむのか。
 それはドアノブを捻る、ただそれだけ。
 ドアを閉めている状態で錠をすれば、ドアノブは動かなくなり、
 ラッチボルトがひっこまない、つまりドアを開けることが出来なくなる」

ニコフは取り出していたナイフを持ち替え、
左手で柄を握ると、右手の人差し指をナイフの切っ先に押し当てた。
ナイフの刃(といってもプラスチックだが)はニコフの指に押され、
どんどん柄の中にその身を埋めていく。
ニコフは刃の先まで柄の中に収めると、刃が飛び出してくる部分に
指で蓋をしたまま、ナイフを九州につきだした。

「これがドアノブを捻った時のラッチボルトの状態よ。
 ドアノブから手を離すと……」

ニコフは人差し指をナイフの刃先から離す。
するとナイフが勢いよく柄から飛び出す。

「ラッチボルトはこのおもちゃのナイフと同じで、
 少し力を加えればひっこむの。そしてラッチボルトさえ
 ひっこんでいれば、ドアノブが動こうが動くまいが
 ドアは自由に開け閉め出来る。そうでしょう、九州」

ニコフの錠についての講釈を終え、ようやく九州に向き直った。
170まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/01(日) 02:11:05 ID:???
「言いたいことはわかった。
 それで? 僕はどうやってそのラッチボルトをひっこめたままに
 しておくのかな?」
「絆創膏よ」

九州が言い終わるか否かのタイミングでニコフはすかさず言った。

「九州、あなた指の怪我はどうしたの?」

ニコフはニヤリと意味ありげに笑った。
しかしその瞬間、ニコフの頬のあたりにヒビが走ったのを鬱井は見てしまった。
171まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/01(日) 02:12:10 ID:???
104.「把手」/終
172まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/01(日) 02:20:27 ID:???
105.「証拠」



「九州、あなた指の怪我はどうしたの?」

真っ直ぐ九州の目を見ていたニコフが目線を落とした。
すると九州は右手の指を折り曲げて拳を作った。

「インリン達が殺される前、あなたは鬱井から絆創膏を箱ごと
 受け取ったはず。数分後には返しに来たわ。
 指を怪我したって聞いたけど、どうして絆創膏を貼っていないの?」

ニコフがじっと九州の右手を見つめる。
九州は拳を握ったまま、無言でニコフを見つめている。

「隠したって無駄よ。あなたが怪我したっていう右手貼られているはずの
 絆創膏は、あなたが握っている手の指の中には貼られていないもの」

ニコフがきっぱりそう断言すると、九州はゆっくりと手を開いた。
そこにはニコフの言う通り、余計な付属物は一切なく、
白い手のひらから細い指が五本伸びているだけだった。
その内の一本、人差し指の先には小さな赤い点が出来ていた。

「あなたは校長室にコーヒーを持って行った時に、
 錠面に絆創膏を貼ってラッチボルトをドアの内側にひっこめさせて
 ドアを閉めたのね。そうすればあなたが部屋を出たあと、
 インリン達がアレで錠をかけても、ドアは外側からでも開けることが出来るようになる」

九州は、ニコフが喋っている間ずっと自分の右手の人差し指を見つめていた。
173まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/01(日) 02:22:17 ID:???
「あの絆創膏の箱は新品だった。あなたしか絆創膏は使っていない。
 あのドアのラッチボルトが出ている錠面を調べれば
 絆創膏が貼られたかどうかはわかる……よね? KIRA」
「そうだな。まぁ錠面を触ってみればテープの粘着性で
 ベトついているだろうから詳しく調べるまでもないだろう」

ニコフとKIRAが顔を見合わせて頷く。
なんだか気に入らない……と鬱井は心の中で毒づいた。

「錠面に貼った絆創膏はドアを打ち破ったあと、誰かに
 気づかれる前に回収すればいい……そう思ったんでしょう?」
「ふん、言っとくけど僕はインリン達が殺されてからは一度も
 校長室に入っていないよ」
「嘘よ」
「嘘じゃないと言うなら、誰か僕が校長室に入ったところを見た者がいるのか?」

九州ははっきりとそう言ったが、確かにあの後九州が校長室に入ったところを
見たものはいない……が、鬱井のメモ帳にはインリン達が殺されたあと
の全員の行動も記されている。
九州を含む何人かは、あの後も単独で数分間行動している者がいる。
その間に回収に行けばいいだけだが……。
なんとかして九州を言い負かすことは出来ないだろうかと
鬱井は子供じみたことを考えていたが、何も思いつかない。
174まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/01(日) 02:24:39 ID:???
「それにもうひとつ忘れてないか。
 僕が今ニコフが言った仕掛けをしたとしよう。
 それでも、どうやって僕が一人で、インリン達六人を、
 物音ひとつ立てず、わずか数分で殺すことが出来るのか、ということだ」

いつの間にか九州の顔からは笑みが消えていたが、
それでも口調だけは強いままだった。

「そうなると考えられるのはコーヒーに睡眠薬か何か入れた、だな。
 それ以外には方法はない」

ここでKIRAがニコフに代わって口を開いた。

「そんなの入れてないよ。知らないとしか言いようがない。
 そんな時間もなかった」
「saoko、ねるね、本当か?」

九州が否定すると、KIRAはsaoko達に確認をとった。

「え、えっと……あの時は、確か……私が事務室に入った時、
 まだ二人はそれぞれのドアの前にいたわ……」と、saoko。続けて、
「私が応接室に入る瞬間……横目でだけど、九州はまだ
 廊下にいたのが見えたわ」と、ねるね。

二人とも悪魔でも見るような目で九州を見ている。
175まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/01(日) 02:28:01 ID:???
「そ、それに今思い出したわ。そういえば、給食室を出たあと、
 九州は確かに自分から校長室に向かって先に歩いて行っ……」
「ふざけるなよ!」
「ひ、ひぃっ」

九州は二人を怒鳴りつけたが、表情には怒りの色は見て取れない。
無表情のまま、二人の証言を遮るように怒鳴った九州を見て
saokoとねるねは異様な恐怖を感じたのだろう。
二人ともガタガタと音を立てそうなほど震えていた。

「いいか? 二人ともKIRAやニコフにのせられて適当なことを
 言ってるけど、お前達の証言は嘘だ。 
 お前達が先に部屋に入っていくのを待っていた?
 よくもそんないい加減で無責任で根拠も証拠もないことを言えるもんだな。
 お前達が今やっているのはどういうことかわかっているのか?
 ありもしない事実をでっちあげて、僕を人殺しに仕立て上げようとしている。
 それがどういうことだかわかっているのか」

九州は表情に変化こそ見せないものの、二人に向かって
投げられる言葉のいたる所に殺気が篭っていた。
176まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/01(日) 02:34:06 ID:???
「で、でも確かに最後まで廊下に……」
「本当か? 本当に、絶対に、間違いはないと言い切れるか?」
「ひ、ひぃぃ」
「いいか? これは殺人事件だ。そして僕は容疑者、容疑者だ。
 容疑者という言葉の意味ぐらいわかるだろう。容疑者は容疑者であって
 僕が犯人だと決まったわけじゃあない。お前達の証言がどれだけ
 重要なものになるかわかってるのか? もし僕が逮捕されて
 起訴されたとしよう。当然裁判になる。お前達は
 今言った戯言を法廷で胸を張って証言出来るか? 
 日本の、いやこれだけの大量殺人だ。国外からも注目されるだろう。
 お前達の証言は、裁判官が、犯人が犯人であると決めるための
 重要な材料として受け止めるんだ。もし僕が無実で、お前達のせいで僕が
 死刑にでもなったらどうなるかわかってるのか。
 もしも後に新事実が出て、僕が犯人じゃなかったら
 お前達は人殺しだ。その辺、わかって言ってるんだろうな」

九州がすごい勢いで二人を責め立てる。
saokoとねるねは真っ青な顔で口をパクパクさせるのみだった。
177まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/01(日) 02:36:16 ID:???
「しかも『そういえば』だと? 言うに事欠いて
 『九州は自分から校長室に行こうとしていた』?
 なんだそれは? お前らテレビ見て納豆がダイエットに効くと
 聞けばスーパーに走るタイプだろう。KIRAやニコフに流されやがって。
 お前らの主観なんか知るか。お前らはありのまま見たことだけを
 正確に言えばいいんだ。お前らが僕をどういう人間だと思って
 見ているかなんて今、関係ない。
 ようし決めた。もし捕まったらお前ら訴えてやる。
 ありもしない事実をでっちあげたんだ。覚悟は出来てるだろうな。
 僕はとことんまで争うぞ。最高裁までいってやる。
 弁護士も超一流どころを雇ってやるからな。
 争うのは僕が殺したかどうかということだけじゃない。
 お前らがいかに自分でものを考えることのできないカスで、
 周りに流されて人を人殺しに仕立て上げたクズかを世間に訴えてやる。
 もしも僕が無罪になったらお前ら、どうなるかわかってるだろうな。
 僕の一生を台無しにしかけたんだ。それ相応の損害賠償請求してやるからな」

九州はねちねちねちねちと絡み付けるようにsaokoとねるねを脅した。
saokoとねるねはかわいそうなほど震え上がって声も出せずにいる。

「いいんだな? お前達はそれで」

九州が二人に迫り寄ると、二人は顔をくしゃくしゃにして泣き始めた。

「ご、ごごごごめんなさいぃぃ」
「か、勘違いでした。私達の勘違いでした……」

二人は泣きながら九州に何度も何度も頭を下げて、
自分達の証言を取り消すと謝罪し始めた。
178まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/01(日) 02:38:59 ID:???
「んな馬鹿な……二人とも落ち着いてよく考えてくれ」

鬱井は途中から呆れて茫然としていたが、
泣きじゃくる二人を見て我に返った。

「ご、ご、ごめんなさいぃぃ」
「ごめんなんさい……ごめんなさい……」

マジか。マジで取り消すのか。
二人を口車に乗せたのはどう見ても九州の方である。
こんなやり方で九州は罪を逃れられると思っているのか?
鬱井はsaokoとねるねをなだめながら九州の方を見たが、
九州は満足げな笑みを浮かべて泣きじゃくる二人を見ていた。
なんて奴だ。こいつはただ二人をイジめたかっただけなのだ。
あんな屁理屈で完膚なきまでに叩きのめされるこの二人もどうかと思うが……。

「やれやれ……」

KIRAも呆れ返っていた。
いや、お前は呆れてないで途中で止めてやれよと鬱井は言いたかった。

「KIRA、どうすんだよ」
「saokoとねるねには気の毒だが、二人の証言なんてどうでもいい」

KIRAの必殺『どうでもいい』が出た。
なら本当にどうでもいいのだろうが……こいつはこいつで酷すぎる。
鬱井は何が正義で、何が悪なんだろうと深いことを考え始めたが、
なんだかそれすらもどうでもいい……と考えるのをやめた。
179まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/01(日) 02:40:56 ID:???
「どうでもいい、か。KIRAの言う通りだね。
 そもそも僕が校長室に入っていないんだから
 この二人の証言なんて確かにどうでもいいね」

九州は目を細めて笑った。

「笑っていられるのも今のうちよ」

ニコフが敵意を剥き出しにして九州を睨みつける。
「はは……」と、九州はつまらなそうに乾いた笑い声をあげた。

「九州、あなた校長室に入っていないと言うなら、
 絆創膏はどうしたって言うの?」
「それが、せっかく用意してもらって悪いんだけど
 どうも指に合わなくてね。貼る時にもうちょっとキツく
 貼ればよかったかな。すぐ指からズレるんでトイレに行った時に
 流しちゃったんだ。本当だよ。もちろんその絆創膏は
 僕の指以外には貼ってないよ」
「嘘よ」
「そればっかりだね君は。嘘と言われても本当だから仕方ない。
 まぁ本当にトイレに流したかどうか調べたいなら、
 下水管でも調べればぁ?」

九州はいやに自信たっぷりだった。
さすがにそこまではしないと思っているのだろうか。
しかしやるとなったらKIRAならマジでやりかねない。
そうなったら下手すると俺がくっさい思いをしなくちゃいけなく
なるんじゃなかろうな……。
鬱井は小さい頃、汲み取り式の便所にはまった苦臭い記憶を思い出した。
180まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/01(日) 02:42:18 ID:???
「嘘よ! 嘘に決まってる! そこまで言うなら私が……」
「待て、ニコフ。正気か!?」

汚物まみれのニコフ……! 
想像しただけでよだれが出そうになったが、今はそれどころではない。
もし、九州が本当にトイレに流したのだとしても、
いくらなんでも絆創膏みたいな小さなものなど見つけられるわけがない。

しかし九州も嫌味なほど自信たっぷりだ。
もし出てきたら出てきたで、それはそれでこちらが不利になるだけだということも
鬱井はわかっていた。ニコフだって本当はわかっているだろう。

「もしかすると本当にトイレに流したのかもしれない」

鬱井はニコフがエロ……もとい無茶をしないように、
その可能性も否定は出来ないと言い聞かせたが、
ニコフは一向に退こうとはしなかった。

「違う! あるのよ! その絆創膏は!」
「えぇ!?」

鬱井がニコフの両肩を抑えると、ニコフは鬱井の両手を払いのけて叫んだ。

「KIRA!」
「あぁ……」

ニコフに言われると、KIRAはスーツの内ポケットに手をつっこんだ。
181まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/01(日) 02:45:14 ID:???
ニコフに言われると、KIRAはスーツの内ポケットに手をつっこんだ。

「九州! あなたは本当は絆創膏を回収出来なかった。そうでしょう?」
「なんだと……?」
「何故なら……その絆創膏は、私達が回収したからよ」
「……ふん」

KIRAが内ポケットから綺麗に折りたたまれたハンカチを取り出す。
そしてハンカチの折り目を丁寧に広げていくと、小汚い何かが現れた。
それを見て、九州の顔色が一気に変わったのだった。

「これが何かわかるでしょう? 九州……あなたはこれをドアに──」
「違う、ニコフ。そうじゃない」
「え?」

ニコフはハンカチの上の小汚いものを見て、鼻息荒く九州に詰め寄ろうとしたが、
KIRAに言葉を遮られてぽかんとしていた。

「違う……って?」
「あぁ、違うんだ。“これ”じゃない」

KIRAは小汚いそれをよく見えるようにニコフの顔の前に持っていった。
「あ……?」ニコフはそれを見て驚いたように口を開ける。
KIRAはニコフが驚いたのを見てハンカチをニコフの顔の前から取り下げる。
182まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/01(日) 02:47:13 ID:???
「九州、お前さっき校長室には入っていないと言ったな」
「……言ったよ」
「ふ……そうか認めるか。
 てっきりまた『覚えていない』と言うのかと思ったが」

KIRAの言葉には皮肉が込められていたが、
九州は何も言い返さず、何も否定しなかった。

「お前は確かに、絆創膏を回収する為には校長室には入ってはいない、のだろう。
 いや、入ることが出来なかったのかもしれない。
 だがお前はコーヒーを持って行ったあと、確実にもう一度校長室に
 入っている。それはもちろんインリン達を殺した時だ」

KIRAは覗き込むように九州の顔を見ていたが、
九州はうつむいたまま黙っていた。

「この絆創膏には、外側のテープの部分に大量に血液が付着している。
 これはインリン達六人の誰かの血だろう。そして内側の白いパッドの部分、
 ここにも少量だが血が付いている。お前の血だ。
 調べればすぐにわかる」

KIRAはハンカチの上のぐしゃぐしゃになった小汚い絆創膏を、
爪の先でつまんで広げると、傷口にあてられる白いパッドの
部分に確かに赤い染みがついているのが鬱井にも見えた。
そして唐突に、この絆創膏が一体何なのかを思い出した。
183まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/01(日) 02:48:52 ID:???
「それは! そ、それが泥沼の正体だったのかァー!」

校長室のドアをぶち破った時、鬱井は一度部屋の中に入った。
しかしあまりの惨状と、事件を未然に防ぐことが出来なかった
自分の無力さに、気力を失ってすぐに部屋を出たのだった。
それからしばらく廊下でへたりこんでいたのだが、
ショボーンに連れられて事務室に戻ろうと立ち上がった時、
靴の裏に違和感を覚えたのだった。
歩く度に何かが床に足を貼り付けようとする不快感。
泥沼にはまってしまったような感覚に陥ったのだった。
その正体はこの絆創膏だったのだ。

この絆創膏は確かに、あの時鬱井が九州に渡した箱の中に入っていたものだろう。
これが靴の裏に貼り付いたのは、校長室を出てからだ。
そして大量に付着している血液、これは校長室で殺された誰かの血だ。
全てを理解した鬱井は興奮しながらそのことをKIRAに告げた。
KIRAは黙って頷き、ニコフは呆気にとられた表情を浮かべていた。
そして九州はうつむいたまま微動だにしなかった。

「語るに落ちたな。お前が一度も校長室に入っていないと言うなら、
 この絆創膏はどうして校長室の中にあった?」

KIRAは絆創膏をハンカチの中に戻す。

「言い逃れられるのなら言い逃れてみろ」

インリン達を殺したことを裏付ける絆創膏は、他でもない
殺害現場に残されたままだったのだ。
これぞ動かぬ証拠である。
184まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/01(日) 02:51:47 ID:???
その時に鬱井はあの時の光景を思い出した。
ガラスが割れる音がして廊下に飛び出した時、
ドアノブを握っている九州の手が、本気でドアを開けようとしていたのか
どうかは鬱井にはわからなかったし、角度的に九州の右手の人差し指に
絆創膏が貼られていたかどうかも見えなかった。

しかしドアをぶち破ったあと、インリン達が無惨に殺されているのを発見したあと、
絶望し、自分の無力さを呪いながら廊下に座り込んでいた時に、
鬱井は確かに見ていたのだ。

おっかけ達が校長室の中を調べてくれていた時、
何人かが廊下で鬱井と同じように座り込んでいた。

saokoとねるねはこれ以上ないというぐらいにお互いの体を密着させて怯えていた。

バジルは吐き気を堪えながらよろよろとトイレに向かって歩き出し、
クロスが心配そうに付き添って行った。

ニコフは同情とも憐憫とも言えぬ悲しそうな目で鬱井を見ていた。

イノセンスは憤り、3階にいたノワの元に向かい、蟹玉がそれに連れ添った。

わんたんは家に帰りたいと泣き叫んでいた。

ミサキヲタは、鬱井と同じようにうずくまっていた。
185まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/01(日) 02:53:43 ID:???
そして九州……九州も泣いているように見えた。
しかしあれは今にして思えば当然演技だったわけだ。
両手で顔を覆って隠していたが、きっと両手の下で舌を出していたのだろう。
鬱井はそんなこと毛ほども考えず、顔を覆う両手の指の隙間から
彼女の表情を伺おうとしたが、廊下の薄暗さが彼女の本性を見えなくして
しまっていた。
あの時鬱井が思ったのは、彼女が思ったより細く綺麗な指をしていたという
ことだけである。そう、さきほど見たのと同じ、細く綺麗な指だった。
その指にはやはり、余計な付属物など一切なく、
彼女の顔を覆う白い手の甲からは細い指が五本伸びていただけだった。
そこに巻かれていなければならないはずの絆創膏の存在など、
すっかり忘れてしまうほど綺麗な女性の指だった。

しかし、どうして俺はこんなに間抜けなのか、と、
鬱井が自分で自分を責める暇もなく、事態は急転し始めていた。

目の前でうつむいていた九州はいつの間にか鬱井達に背を向け、
教室の中央に向かってよろよろと歩き出した。
教室内にいた全ての人間の視線は、力なく足を引きずる九州に
向かって注がれていた。
誰一人口を開く者はおらず、ただ黙って九州の動向を見守っていた。

気づくと皆一斉に教室の端へと寄っていた。

それはまるで舞台のようだった。
部屋の入り口側に沿って並ぶ観客達に見守られ、
九州はゆっくりと教室の中央まで歩を進め、
観客達に背を向けて立っていた。
186まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/01(日) 02:56:38 ID:???
やがて九州の両肩が小刻みに揺れ、教室内に乾いた笑い声が響き始めた。

異様な光景に誰も動くことは出来ず、皆息を飲んで
その小さな背中に魅入るばかりだった。

笑い声は次第に大きくなり、閉め切られた窓までが怯えたように震え始めた。

狂ったように笑い続ける九州は、うなだれたままゆっくりと上体だけを捻り、
半身をこちらに向けて、歪んだ笑みを浮かべていた。

「そうだ。僕が華鼬だ」

九州が、自らを犯人だと認めた瞬間だった。

自らを護るべきはずの絆創膏は、確かに九州の犯行を可能にし、
その罪を覆い隠してくれたのかもしれない。
しかし皮肉にも、粘着性を失い、本来の機能すら果たせなくなった
たった一枚の薄汚れた絆創膏が真実を明るみにしてしまったのだった。
案外、真実というものが明らかになる時はこんなものなのかもしれない。
鬱井は複雑な気持ちでKIRAを見た。

さっき見たぐしゃぐしゃの絆創膏はハンカチの中に折りたたまれ、
既にKIRAのスーツの内ポケットに収められている。

鬱井は緊張の面持ちで九州に視線を送るKIRAを見て、
改めて彼の才能を認めた上で、心の中でこう呟いた。

お前、証拠持ってたんならさっさと出しとけよ、と……。
187まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/01(日) 02:57:27 ID:???
105.「証拠」/終
188まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/08(日) 23:34:06 ID:???
106.「脇役」



「本当なら全員殺したかったんだけどね」

九州が鬱井達に向き直る。
腰に手をあて、モデルのようにポーズを決める九州の
表情からは、もちろん反省や後悔の色はみられなかった。

「いつから気づいていた? 僕が犯人だと」

目だけを動かし、九州はKIRAを見据えた。
さきほどからそうだが、九州はKIRA以外の人間は
まるで眼中にないようだった。

「その質問に答えるには、こちらから先に確認しておかなくては
 ならないことがある。……ちさこはお前が殺したのか?」
「あぁ、殺した。僕が殺したよ。あの時は結構焦ったけどね」
「……死体はどうした?」
「ちさこならさっきあなたが言った所にいるんじゃないかな」
「やはりそうか……」

さっきKIRAが言った所……? とはどこのことなのかと
鬱井は記憶を巻き戻してみたが、どこのことなのか見当がつかない。
189まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/08(日) 23:42:52 ID:???
「何故あんな所にノワがいるのかと疑問だったが……
 あれはちさこの死体をあそこまで運びに行っていたんだな」
「そうだよ。だってキラヲタの時みたいにあのままほったらかしに
 しておくのはさすがにまずいと思ったからね」

『あんな所』『ノワ』『運びに行っていた』……。
そして『キラヲタの時みたいに』という言葉で、鬱井はようやく
それがどこのことなのか気づいた。

体育用具室か、と。

「なるほど、ちさこのことも最初からお見通しだったってことか。
 まぁ少し考えれば当然だね」

ふふん、と九州は何故か嬉しそうに鼻を鳴らした。

「いや……全てわかったのはついさっきだ」

KIRAが悔しそうに唇を噛むと、

「あぁ、そうなの? ふぅ……ん」

九州はそんなKIRAを見て、何故か不満げに目を細めた。
190まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/08(日) 23:50:46 ID:???



「ちさこまで……殺してたなんて」

鬱井は呟きながら、自分があまり驚いていないことに気づいていた。

今まで行方がわからなくなっていたのだ。
正直、生きているとはと思っていなかった。
しかし驚いていない理由はそれだけではない。
というより、九州が犯人だったというのが判明した時点で、
無意識のうちにその可能性に気づいていたのかもしれない。

「さて、言った通り僕が犯人だったわけだが、
 それだけではまだわからないこともあるだろう?
 僕は逃げも隠れもしないし、自分が犯人だと言ったことを
 取り消すつもりもない。せっかくだから答え合わせといこうか。
 ……遊びを終わらせるにはまだ少々時間が早い」

5時45分。
九州の言う『遊びの時間』はいつ終わるというのだろうか。
191まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/08(日) 23:56:46 ID:???



ちさこ。
ちさこが“失踪”したのはいつだっただろうか。
鬱井はメモ帳に記した、ちさこ失踪前後について書かれているページを開いた。
そこに書かれている内容を目にした時、鬱井は数時間前のことを思い出していた。
このページをKIRAと一緒に見ていたのだ。
あぁそうか……KIRAはもうあの時既に九州を疑っていたのか。
考えてみればそれもそのはず。このページを見れば一目瞭然だ。
そしてさきほど披露して大コケした自分の推理の裏付けとなる(はずだった)ことも、
このページに書かれていたのだ。

『……これは?』
『ん? ちさこがいなくなった時の……』
『……そうか』
『なんか変か?』

そのページには、
0時過ぎに事務室に下ネタ殺しの容疑者であるシニアを隔離し、
応接室に男性、校長室に女性、という割り振りで部屋をわけてから
ちさこがいなくなったと騒ぎになるまでの間に部屋を出た人間の
名前が書かれていた。
192まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/09(月) 00:03:34 ID:???
部屋を出たのは5人。
まず応接室からKIRA。これが部屋割りをしてすぐの0時10分ぐらいだろうか。
KIRAは肝試しのコースを自分の足でまわるために一人で応接室を出て行った。
そしてこれはあとでわかったのだが、KIRAが応接室を出たのと
ほぼ同じタイミングで校長室からニコフが出ている。
廊下で顔を合わせた二人はそのまま一緒に6−2へ向かっている。
これはその時廊下で見張りをしていたイノセンス、アルケミからも裏は取れている。

しかし裏を取るまでもなく、KIRAとニコフの行動については
二人から聞いているし、疑う理由もない。

それに失踪したちさこで3人。

『この時、部屋を出たのはこの二人だけ、で間違いないな?』
『え? あぁ……』
『順番もこれで間違いないな?』

KIRAがメモ帳に書かれた二人の名前を指でなぞる。
KIRA、ニコフ、ちさこの三人の名前をよけて、この時KIRAが指で
撫でていたのは、バジルと九州の名前だった。
193まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/09(月) 00:08:46 ID:???



「本当はあの時、ニコフを殺してやろうと思ったんだけどね」

語尾に音符かハートマークでもつきそうな弾んだ声だった。

「てっきりトイレに行ったと思ったのに。
 まさかKIRAと二人で肝試しデートしてとはね……」

ひやかすようにKIRAとニコフ交互に見る。
しかし二人とも小学生みたいに顔を真っ赤にして
否定するわけもなく、真剣な眼差しで九州を見ていた。

「他には? なにか質問はあるかな?」

九州は人差し指を唇にあてて首を捻る。

「結局ノワは誰も殺してなかったってこと……だよな?」
「あ、そうだ。ノワのことを忘れてたね。
 そうだよ。鬱井の言う通りノワは誰も殺していない。
 勘違いしないでほしいけど、別に彼をかばおうってわけじゃない」

鬱井は九州にではなく、KIRAに向かって尋ねたのだが、
KIRAが口を開く前に九州が鬱井の質問に答えた。
194まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/09(月) 00:19:58 ID:???
「あいつにやらせたのは各所の爆破の仕掛けと、ちさこの死体を
 体育用具室まで運びに行かせたこと。それから廊下の見張りを解くために
 わざと捕まらせたこと。それと……チェックポイントの紙に書いた
 キラヲタの名前を塗りつぶさせたこと、ぐらいかな。
 あれはその場しのぎのために書いたものだから、よく見れば
 キラヲタの字じゃないってわかったと思うよ。左手で書いただけだから」

台本でも読み上げるように、機械的に九州の唇が動く。

「ノワについては他にも色々と言っておきたいこともあるんだけど──」

と、九州は突然あらたまったように声のトーンを落とし、
“休め”のようなポーズから一転、姿勢を正して“気を付け”の格好で
背筋を伸ばして両手を体の側面にぴったりとくっつけた。

「もうそろそろエンディングだ。中ボス以下のキャラについての
 設定や裏話なんてこれ以上必要ないだろう」

携帯のような抑揚のない声だった。

「十三年……いや、もっと前からだ。
 今日、この日、この時をずっと待ち侘びていた」

両足の太腿に添えられていた九州の両手がゆっくりと離れる。

「僕が、新世界の神となるこの瞬間を」
195まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/09(月) 00:33:11 ID:???

──などと意味不明な供述を繰り返しており……。

鬱井は数日後、新聞に載るであろう記事を想像した。

よりにもよって新世界の神、ときたか。
人の命を奪っておいて何が神か。
鬱井から見た九州は、神でもなければ同じ故郷で生まれ育った旧友でもない、
もはやただのクレイジーな大量殺人犯でしかなかった。

「君達は感謝すべきだ。神が誕生する瞬間に立ち会えることを。
 そして新世界の礎となれることを」

自らを十字架にでも見立てているのか、九州は両手を大きく広げて
鬱井達の視線を全身で受け止めていた。

「なに言ってんの?」
「わけのわからんことを……」
「なにが神よ。意味わからない」
「きめぇな。電波飛ばしてんじゃねぇぞ」
「あっぶねーなこいつ。薬でもやってんじゃないの」

九州の際どい発言に皆一斉に批難の声をあげた。
声はいつしか罵倒に変わり、しまいにはほとんど野次と化していた。
196まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/09(月) 00:38:36 ID:???
九州はしばらくの間、十字架ポーズのまま自分を批判する声に
耳を傾けていたが、やがて両手を下ろしてつまらなさそうに
宙を見つめていた。

言ってもわからぬ馬鹿ばかり……とでも言いたげな目だった。

「九州、続きはあとでゆっくり聞かせてもらおう」

鬱井は懐から手錠を取り出し、九州を睨みつけた。

「ふん……」

九州は不愉快そうに鼻を鳴らすと、突然服の下から何かを
取り出した。

「あ? それは……」

鬱井は思わず持っている手錠を落としそうになった。
九州が手にしているのは一冊の黒いノートだった。
そしてその表紙には、『DEATH NOTE』と、書かれていた。

それはゲロッパーが持っていたものとよく似ていた。
いや、似ているどころかそっくりだった。
197まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/09(月) 00:45:24 ID:???
「これがなにかわかるかな?」

何故九州がそのノートを持ってるんだ?
まさか、いつの間にか奪い取られた……?

しかし、それはありえない。

「やっぱりわかってない人の方が多いみたいだね。
 まったく勘が鈍いというかなんというか……仕方ない」

鬱井やKIRA以外のみんなは九州の持っている黒いノートを見ても
それが何のノートなのか全くわかっていないようだった。

「このノートの名前は『DEATH NOTE』。
 かつて君達が『ANGEL NOTE』と呼んでいたものだ。
“このノートに書かれた願いは必ず叶う”……天使のノート。
 これはあの頃、教室に置かれていたあのノートだ」

全員によく見えるように、九州はノートを目の高さまで持ち上げた。

「またわけのわからんことを……あのノートは全員の目の前で
 焼却されたはずだ。お前も見ていただろう」

おっかけが呆れたように言うと、

「想像力のない人間は黙っていろ」

と、九州はおっかけには目もくれず吐き捨てた。
198まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/09(月) 00:55:28 ID:???
「KIRA、あなたは違うはずだ。あなたならもう全部わかっているでしょう?」
「あぁ、そうだな」
「やっぱり! さすがKIRAだ。じゃあこのノートの本当の使い方は?」
「知っている」

九州の問いにKIRAが顔色ひとつ答えると、九州は満足げに何度も頷いて、

「よかった。KIRAさえわかってくれてれば他はどうでもいいんだ。
 一から説明するのも面倒だしね」

と、ほっとしたように満面の笑みを浮かべていた。

「なんだ? どういうことなんだ」

KIRAと九州のやりとりを見てクロスが困惑していた。
クロスだけではなく、ほとんどの者が同じような表情を浮かべていた。
すると九州は露骨に不機嫌そうな顔で舌打ちし、
「脇役は黙ってろ」と毒づいた。

「だ、誰が脇役だと!」
「お前だ。お前だけじゃない。KIRA以外のお前ら全員脇役だ」
「なにぃ!?」
「うるさいな」

クロスが顔を真っ赤にして九州に詰め寄ろうとしたが、
「落ち着け」と、おっかけがクロスをなだめる。
九州はやはり、クロスの方を見ようともしなかった
視線はずっとKIRAに向いたままである。
199まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/09(月) 01:01:07 ID:???
「もしかすると、あなたに先にノートを獲られるかもしれないと思ってた」

九州は少しうつむき加減に、上目使いにKIRAを見ていた。
その目は殺人犯が刑事に向けるものではなかった。

「僕からノートを無理やり奪おうと思わないの?」

意地悪そうな顔つきになって、九州はぎゅっとノートを抱きしめた。

「そんなことをしても意味がない」
「ふふ……そう、そうだよね。
 今僕からノートを取り上げたってどうしようもない。
 だって──」

九州は一歩後ろに下がると、KIRAに視線を合わしたままノートを開いた。
今九州が開いているページに何が書かれているか、鬱井達には見えない。

「このノートに一度書かれたことは、どんな事をしても
 取り消すことは出来ない……」

ANGEL NOTE──そのノートに書かれた願いは必ず叶う、天使のノート。
真っ白だった表紙は、今は黒く塗りつぶされ、DEATH NOTEと名付けられている。

このノートに一度書かれたことは、どんな事をしても取り消すことは出来ない。

九州はそう言った。
そしてさきほどこうも言っていた。

このノートの本当の使い方は?
200まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/09(月) 01:06:44 ID:???
「DEATH NOTE……このノートに名前を書かれた者は死ぬ。
 それがこのノートの本当の使い方だ」

九州はノートを持ち替えて、あるページを鬱井達に向けて開いた。

「名前を書かれた者は40秒で心臓麻痺する。
 だが名前のあとに死の方法を書き込めばその通りの死に方をする。
 細かいルールはたくさんあるが、ここに書いてあることは
 全てルールの範囲内だ」

アルケミ   2006年8月16日午前6時 心臓麻痺
イノセンス  2006年8月16日午前6時 心臓麻痺
ugo    2006年8月16日午前6時 心臓麻痺
鬱井   2006年8月16日午前6時 心臓麻痺  
おっかけ 2006年8月16日午前6時 心臓麻痺
蟹玉   2006年8月16日午前6時 心臓麻痺
KIRA   2006年8月16日午前6時 心臓麻痺
クロス  2006年8月16日午前6時 心臓麻痺
バジル  2006年8月16日午前6時 心臓麻痺
アンキモ  2006年8月16日午前6時 心臓麻痺
saoko  2006年8月16日午前6時 心臓麻痺
ショボーン  2006年8月16日午前6時 心臓麻痺
ニコフ    2006年8月16日午前6時 心臓麻痺
ねるね  2006年8月16日午前6時 心臓麻痺
ミサキヲタ  2006年8月16日午前6時 心臓麻痺
ラチルメチル 2006年8月16日午前6時 心臓麻痺
わんたん 2006年8月16日午前6時 心臓麻痺
携帯   2006年8月16日午前6時 心臓麻痺
ゲロッパー 2006年8月16日午前6時 心臓麻痺
ノワ     2006年8月16日午前6時 心臓麻痺
201まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/09(月) 01:08:29 ID:???
今ここにいる人間で、名前が書かれていないのは九州だけだった。
そして驚くことに共犯者であるノワの名前までそこには書かれていた。

ほとんどの者は、なんのことだかわかっていなかっただろう。
皆そこに書かれている異常な内容に言葉を失っていた。
鬱井も少し状況が違えば『神発言の次はこれか……』とせいぜい
鳥肌をたてるぐらいだったに違いない。

しかし、このノートが本物なら──。
鬱井にはそう思わざるを得ないいくつかの根拠があった。

さっきKIRAがゲロッパーから受け取っていたノートは?
これがノートの本当の使い方?
何故、仲間であるノワまで?

色んな疑問が頭を駆け巡ったが、鬱井はそれらの疑問を九州やKIRAに
ぶつける前に、視線をある方向に向けた。

「KIRA、僕の勝ちだ」

この時、九州がどんな表情をしていたのかは鬱井にはわからなかった。

鬱井の目が壁にかかった時計を捉えたのは、
長針と短針が同時に一目盛りずつ動き、
2006年8月16日の午前6時を迎えた瞬間だった。
202まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/09(月) 01:09:11 ID:???
106.「脇役」/終
203おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2007/04/09(月) 01:10:19 ID:???
ドクン…ドクン……
204まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/10(火) 00:00:50 ID:???
107.「細工」



目の前が暗くなる。
全身から血の気が引いていくのがよくわかる。

あぁ、俺はこんなところで死ぬのか……。

足の先から順に、頭に向かって少しずつ感覚が麻痺していく。
何だかとても息苦しい。

どうせ死ぬなら最期に……。

もう声すら出そうにない。
心臓の鼓動がドクンとひとつ、大きな音を立てた。

ニコフ、ずっと言いたいことがあったんだ。俺、ニコフのこと──。

最後の力を振り絞って、ニコフへ想いを伝えようとしたが時、既に遅し。
気づくと床に膝をついていた。

俺、ニコフのことが……ま……
205まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/10(火) 00:06:44 ID:???



……だ、生きてる!? まだ生きてるぞ俺は!

死んでなかった。死にそうな気配もない。
視界は良好だし、息も出来るし、床についた両手からひんやりとした
感覚が伝わってくる。俺はちゃんと生きてます人間だもの。

「何をしてるんだ鬱井」

頭上から床よりも冷えたKIRAの声が聴こえた。
KIRAの声で、鬱井は自分が床に四つん這いになっていることに気づいた。

「あ、あれ?」

慌てて立ち上がって室内を見回すと、鬱井以外はみんな自分の両足で
しっかりと立っていた。

「お前は何をしてるんだ」

KIRAにもう一度聞かれたが、「うへへ」としか言いようがない。
まさかわけのわからん思い込みで勝手に死にそうになりましたとは言えない。
俺って女だったら想像妊娠するタイプなのかな……。
鬱井は本当に「うへへ」と苦笑いしながら、汗ばんだ手のひらにくっついた
床のほこりをはたきおとした。
206まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/10(火) 00:10:14 ID:???
こほん、と咳払いをして何事もなかったように振舞ったが、
もう誰も鬱井のことなど見てはいなかった。

全員の視線は教室の中央に向かって注がれている。
そこには電池が切れたように固まっている九州が立っていた。
先ほど鬱井が倒れこむ前に見たポーズのままで。

「わ」

九州の唇がぷるぷると小刻みに震える。

「罠だ。これは罠だ。KIRAが僕を陥れるために仕組んだ罠だ。
 ノートに名前を書いて死なないというのはおかしいじゃないか。
 それが罠だという証拠」
「えっ」

九州はわなわなと全身までを震わせながら罠、罠と連呼した──。
いや、それはどうでもいいのだが、それより何故俺達は死んでいないのか。
そもそもノートが本物だとか偽物だとかノートの本当の使い方だとか
何が何だかわからない。

アルケミやクロス達にいたっては完全に「なんだこの電波女は」という目で
九州を見ていた。
207まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/10(火) 00:13:34 ID:???
「……ち、違う……ありえない……」

何を否定しているのかさえわからないが、九州はかたかたと歯を鳴らして
首を横に振るばかりだった。

「……っ……っ……!」

ぐっ……と、何かを溜め込むように九州が体全体を強張らせる。
九州の周りだけが、ぴしぴしと音を立てているように見えた。

「デッ、デッ、DEATH NOTEなんだ! このノートに書かれたことは絶対なんだ!
 なんだお前ら、なんで生きてるんだよっ! はや、はやく死ねよ!」

子供みたいに両手を闇雲に振り回して九州はわめきちらしていた。

「はっ! そうか時間──時計がおかしいんだ。ほんとはまだ6時に」

九州はものすごい形相で壁にかかった時計を睨みつけた。
6時2分……あ、3分になった。だけど俺は生きてます人間だもの。

「6時3分4秒、5秒、6秒……ふむ、意外と正確だな」

KIRAが自分の腕時計と壁の時計を見比べながら呟いた。
208まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/10(火) 00:17:12 ID:???
「うっ、嘘だ」
「嘘などついていない。つく意味もない」
「嘘に決まってる。そうだ、わかったぞ。
 あらかじめ壁の時計に細工をしてたのか。
 僕を陥れようとしてるんだな。ちくしょう。卑怯だぞ」

九州は必死でKIRAに食い下がっていたが、時計に細工をしたとして
それがなんだというのだろう。

「細工などしていない。僕の腕時計を見ろ」
「うるさい! うるさい! やめろ!」
「僕の時計に狂いはない。6時3分25秒、26、27……」
「やめろ! わ、わー! わーっ!」

KIRAは腕時計がよく見えるように袖を少しまくりあげて九州に
見せようとしたが、九州は目を閉じ耳を塞いで頭をぐるんぐるん振り回していた。
もはや現実を受け止めたくなくてわめきちらしているだけのようで
見ていて痛々しかった。

これ以上はただの見世物だ。
鬱井は手錠を手にしてそっと九州に近づいた。

「や、止めろ!」

手錠をかけようとすると、九州は鬱井の手を払いのけた。
209まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/10(火) 00:27:38 ID:???
「や……止め……」

九州は教室の奥に向かって駆け出したかと思うと、
すぐに足をもつれさせて派手に転んだ。
立ち上がることもままならず、這うようにしてようやくのことで窓際に辿り着くと、
息を切らせて必死で窓枠にしがみついていた。
しばらくの間、室内には大きく肩を上下させる九州の息遣いだけが続いていた。

「九州……華鼬……お前の負けだ」

と、KIRAは冷たく言い放ち、

「これがお前の探していたノートだ」

スーツの上着の下に隠していたノートを取り出した。
表紙にDEATH NOTEと書かれた黒いノート。
それは九州が持っているのと全く同じものに見えた。

一体どういうことなんだ。
という目で九州はKIRAが取り出したノートを凝視していたが、
それは鬱井も同じだった。

よくわからないが九州が持っていたノートはどうやら偽物だったようだ。
そして今KIRAが取り出したノートは、九州が探していたノートなのだという。
210まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/10(火) 00:31:40 ID:???
よくわからないが九州が持っていたノートはどうやら偽物だったようだ。
そして今KIRAが取り出したノートは、九州が探していたノートなのだという。

九州は、今自分が持っているノートを手に入れた時、
これこそが本物、自分が探していたノートだと確信していたに違いない。
しかし実際にはそうでなかった。

だとすれば考えられるのは……まさか……。
口に出すどころか心の中で思い浮かべるのも憚ってしまう。

──もしかして、KIRAは今夜学校に来てから、全く同じものを、
……この一晩の間に……作ったとでも言い出すのではないだろうか──と。



そんな無茶な。
いくらKIRAが完璧超人でもそれはさすがに無理だろう。


「なん……だそれは。どうして、そんなものが──」

偽物(?)とはいえ、もう一冊のノートの所有者である九州にも
わからないようだった。

というかこの事態の意味を理解しているのはKIRA以外にいるのだろうか?
さっき九州を追い詰めていたニコフもなんだか微妙な顔をしている。
211まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/10(火) 00:41:36 ID:???
「これを見てもまだわからんか」

KIRAが手の甲でノートの表紙をぽんと叩く。
九州は自分の持っているノートとKIRAの持っているノートを何度も
見比べていたが、表情は強張ったままだった。

「あの時、十三年前に……すり替えられたんだ」
「それはわかってる!」

KIRAの諭すような口調に、九州は馬鹿にされたように感じたのか
自分の持っているノートを床に叩きつけた。

「すり替え……それはわかってる。だから僕は、すり替えたんだ」

……? と、続けて九州。
意味がわからない。

「そう、お前はすり替えた。……いや、正しくは『お前も』だ」

と、KIRAも。
二人してすり替えすり替え言うので何をすり替えていたのかも
わからなくなってきた。

「なんでだ……なんで……」
「その様子じゃ本当に何もわかっていないようだな。
 ……そのノートが本物かどうか確認すらしていないんだろう」
「確認……?」
212まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/10(火) 00:50:02 ID:???
確認、という言葉に何かひっかかったのか、
九州は訝しげな顔で床に叩きつけたノートを拾い上げた。
九州は拾い上げたノートを開くと、ぱらぱらとページを何度かめくった。

「……どういうことだ」

一体何を“確認”したのかはわからない。
しかし九州も自分が何を確認させられているのかわかっていないようだった。

「それを見てもわからないんじゃ、十三年前に何があったかもわからないだろうな」

KIRAは少し呆れたように言うと、九州に自分の持っているノートを開いて見せた。

KIRAが開いたページ──左から開いて1ページ目だ──には、

   100点が取れますように
   100点が取れますように
   カレー事件の犯人が死にますように
   Lコテ 1993年8月15日午後11時 焼身自殺

と書かれていた。

五行目まではいかにも子供じみた文だったが、
最後の一行だけがひどく生々しく感じられた。
213まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/10(火) 00:55:41 ID:???
「ぐ……ぅぅぅぅ!」

九州は再び自分の持っているノートを開いて、食い入るように見ていた。

「……ちくしょう! そういうことだったのか!」

ノートを閉じるや否や、九州は鬱井達に向かってノートを投げつけた。

「えっ……ぐはっ!」

ぼーっとしていた鬱井の額にノートの角が直撃した。
ガスッという小気味いい音が鬱井の頭の中に響き渡る。

「ぐぅぅぅ……な、なにさらすねん……」

額をおさえながら思わず鬱井は身を屈める……と、そこには
たった今鬱井にクリティカルヒットしたノートが落ちている。
痛みを堪えながらノートを拾い上げ、開いてみると……。

KIRAの持っていたノートと同じく、左から1ページ目に、

   100点が取れますように
   100点が取れますように
   カレー事件の犯人が死にますように
   100おく円ください
   取り上げられたゲームボーイが返してもらえますように

と書かれていた。
214まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/10(火) 01:00:23 ID:???
107.「細工」/終
215まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/10(火) 23:43:39 ID:???
108.「手紙」



小学校6年の夏休み、あれはLコテのお葬式の何日かあとだった。
もう休みも数日しかなかったのだが、わたしは全然宿題を
やっていなかったのでかなり焦っていた。
そもそも宿題を家に持って帰ってすらいなかったことを思い出し、
慌てて学校まで宿題を取りに行くハメになった。

教室の机から宿題を取って帰ろうとした時に、ふとロッカーの上に
置いてあるノートのことが気になり、なんとなくノートを手にとって
開いてみた。その時に『カレー事件の犯人が死にますように』と
書かれていたのを見つけてしまった。
わたしはそれを見て、つい魔が刺してしまったのだ。
気づくとわたしは宿題と一緒にノートを持って帰っていた。
このノートの力が本物なら、独り占めしたいと思ってしまったのだ。
 
家に帰ってわたしは、宿題もそっちのけでさっそく自分の願いを書いてみた。
人を殺せるほどの力があるなら『100億円ください』という願いぐらい
簡単に叶うだろうと思っていた。
だけど夏休みが終わるまで待っても何も起きなかった。
がっかりしたわたしは、やっぱりノートは元に戻しておこうと思った。
216まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/10(火) 23:48:14 ID:???
2学期の始業式の日、わたしはノートがなくなっていることで教室が騒ぎに
なっているんじゃないかと思っていたが、教室は思いもよらないことで騒ぎに
なっていた。

わたしが盗んだはずのノートが教室にあったからだ。
その新しいノートは、見た目はわたしが盗んだノートとほぼ同じ物だったが、
中に書かれていた内容は、わたしが盗んだノートに書いてあった内容と同じで、
『カレー事件の犯人が死にますように』までのみっつの願いが書かれていた。
当然わたしが盗んだノートに自分で書いた願いは書かれていなかったが、
それ以外はわたしが盗んだノートとそっくりだった。

わたしはその新しいノートを見て、もしかすると盗んだノートが偽物だったんじゃ
ないかと考えた。誰かがわたしと同じようなことを考え、夏休みの間に
偽のノートを作って本物のノートとすりかえたんじゃないか、
わたしが盗んだのは誰かがすりかえて置いていった偽物なんじゃないかと。
だから願いが叶わなかったんだ、と。

そう考えたわたしは、そのすりかえた誰かと同じように、自分の持っている
偽のノートと教室に置かれていたノートをすりかえてやろうと企んだ。

放課後、みんなが帰ったあとにわたしはこっそりノートをすりかえた。
その時は「これで億万長者になれる」と浮かれきっていた。
そのせいでわたしは重大なミスをしてしまったことに気づかなかった。
217まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/10(火) 23:55:49 ID:???
家に帰ってすりかえたノートに願いを書こうとしたその時、わたしは自分の
犯したミスに気づいた。

わたしが持って帰ってきたノートには、『テストで100点が取れますように』
という二つの同じ願いと、誰が書いたかはわからない『カレー事件の犯人が
死にますように』という願い。
それに加えて、その日新しく書かれたインリンの『取り上げられたゲームボーイが
返してもらえますように』というよっつの願いが書かれていた。

わたしはノートをすりかえる時に、置いてきた偽のノートに
インリンの願いを書いておくのを忘れていたのだ。
しかもそれだけじゃなく、置いてきたノートにはわたしの字で、
『100億円ください』と書いてある。
これではすぐにすりかえがバレてしまうとわたしは死ぬほど焦った。

わたしは今すぐにでも自分の願いを書きたいというのを我漫して、
次の日、すりかえたノートを持って朝一番に学校に行きました。
誰かにすりかえが気づかれる前に、教室に置いてあるノートと、
もう一度すりかえようと考えたのだ。
この時、わたしはノートの独り占めは諦めていた。
ノートをちゃんと元通りに戻して、インリンの願いが本当に叶ってから
自分の願いを書こうと思ったのだ。
218まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/11(水) 00:02:17 ID:???
だけど学校に着いてわたしはまたびっくりしてしまうことになる。
わたしが置いておいたノートに、インリンの願いが書き込まれていたからだ。
一体誰が何のためにそんなことをしたのか見当もつかず気味が悪かったが、
とにかくもう一度ノートをすりかえた。
これで教室に置いてあるノートが2学期が始まった時に誰かが置いたノート、
わたしが持っているのが夏休みの間に盗んだノート、ということになった。

ノートを無事にすりかえ、クラスのみんなにすりかえをしたことに気づかれず
ほっとしていたものの、わたしは誰がノートをもう一冊用意して、わたしの代わりに
インリンの願いを書いたのかが気になっていた。
もしかするとそいつはわたしがノートをすりかえたことに気づいているかもしれない。
そう思うとなんだか怖くなってきた。それと同時に、そいつが何を思って
そんなことをしたのかが知りたくなった。

わたしはその日、クラスのみんなを観察することにした。
注意深く見ていると、すぐにおかしなことに気づいた。
わたしと同じように、クラスのみんなを観察しているような奴がいたのだ。

当時わたしの前の席に座っていた九州。

わたしは九州が新しくノートを用意してわたしの代わりにインリンの願いを書いた奴だと
直感した。だけどなんの証拠もないし理由もさっぱりわからない。
さすがに直接そのことを聞くわけにもいかないので、
わたしは九州にだけ狙いを絞って注意深く観察することにした。

九州を見ていて、ある不自然なことに気づく。

九州は授業の前にランドセルから教科書などを取り出す時、やたら周りを気にしていた。
明らかにいつもと様子が違う、と思った。
219まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/11(水) 00:08:46 ID:???
もしかするとランドセルに何か隠しているのかもしれないと思ったわたしは、
ある作戦を孝えた。

まず「100億円について 昼休み 体育館裏」とメモ書きした紙の切れ端を用意して、
授業中に、それが後ろからまわってきたことにして前に座っていた九州に読ませようと
考えた。九州がノートすりかえに気づいていて、わたしの代わりにインリンの願いを
書いたのなら、これだけで何かリアクションがあるはずだと確信していたのだ。

メモは直接九州には渡さず、わたしの後ろの席のショボーンにまわすことにした。
メモが前の席からまわってきたフリをして、ショボーンに「どんどんまわしていって」と
そのメモを渡す。そしてメモは、男子女子分け隔てなく教室を巡り巡って一周し、
わたしの前の席の九州に届いた。
これでメモの発信源をつきとめらることもないだろう。

そして昼休み、九州は目論見通り教室を出て行った。
しかし教室を出て行ったのは九州だけではなく、「100億円」というキーワードに
興味を持った連中までが体育館裏に向かってしまった。
きっと九州は、これじゃ話が出来ないと思ってがっかりしただろう。


──計画通り。

わたしは一人ほくそ笑み、ひとけのない教室で九州のランドセルをこっそり調べた。

そして恐ろしいものを見つけてしまったのだ。
220まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/11(水) 00:13:17 ID:???
九州のランドセルの中には、真っ黒に塗りつぶされたノートが入っていた。
その時は読めなかったが、表紙にはDEATH NOTEと書かれていた。

おそるおそるノートを手に取り、開いて中をみようとしたその時だった。
誰かが教室に入ってきていたことにわたしは気づいていなかった。
背後に気配を感じてふりかえると、ゲロッパー先生が立っていた。

「そのノートはなんだ」
「え? いや別に……」
「貸しなさい」

と、先生は問答無用でわたしからノートを奪い取った。
なにすんだこの人、と内心ムッとしたが、よく考えたらこれはわたしのじゃない。
先生はランドセルからパクるところを見てないはずだから
きっとわたしのものだと思っていたのだろう。
わたしは怒られるのが嫌だったので、
九州のランドセルからパクったことは黙っていることにした。

ノートを開いて中を見ている時の先生の目が鬼気迫るものだったのをよく覚えている。

ノートを閉じて先生が一言。

「……これは没収する」

わたしは何も言い返さなかった。
221まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/11(水) 00:22:07 ID:???
元々わたしのものじゃないしまぁいっか、というのが半分、
「九州のランドセルからパクりました」とは言うわけにもいかないというのが半分。

この件は親には言わないでおいてやる。
そのかわり、お前もこのことは誰にも言うな、と。
その理由については、要約するとイジメに繋がるからなんとかいうことだった。
そこまで言わせるとは、黒いノートには書かれている内容はどれほど
シャレになっていないのだろうと背筋が寒くなった。
先生はわたしが黒いノートを自作したと思っているようだった。

作った? のは当然わたしじゃない。九州だ。
九州があんな気色悪いノートを作る子だとは思わなかったが、
誰だって人に見せない一面があるのだろうと納得することにした。

どうせ黒いのノートは本物ではないのだ、とわたしはノートを没収されることを
気楽に考えていた。何故ならこの日、インリンの願いは叶っていたからだ。
今わたしが持っているノートにもインリンの願いは書いてある。
だけどこっちのノートの力でその願いが叶ったわけではない。
誰が書いたのかわからないが、教室に置いてある方のノートが
インリンの願いを叶えたのだろう。
それは今わたしの持っているノートに自分で書いた億万長者の夢が、
叶いそうな気配すらないことからわかっていた。

本物のノートは今、教室に置いてある方の白いノートに違いないのだ。
222まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/11(水) 00:41:23 ID:???
そしてわたしは九州への配慮を忘れていたことに気づく。
いくらあんな悪趣味なノートとはいえ、盗まれたとなったら
九州は騒ぎ出すかもしれない。もし先生にでもチクられたら
すぐにわたしの仕業だとバレてしまう。

「せ、先生」
「なんだ」
「あの……やっぱりノート返してくれませんか」

本物じゃないのなら、返しておくのが無難だろう。
そう思ってダメ元でお願いしてみたが、

「放課後、職員室に来なさい」

と、言われてしまった。余計なこと言わなきゃよかったと後悔した。

そして先生は教室を出て行った。

そうえいば、先生はなんで教室に来たんだろう。
昼休みだというのに。

と、不思議に思っていると昼休み終了のチャイムが鳴った。
223まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/11(水) 00:47:08 ID:???
九州はその後、平然としていた。
ランドセルからノートがなくなっていることには気づいているはずだ。
それなのに全く慌てた様子は見られなかった。
いや、そう見せていたのかもしれない。
ノートを盗んだ犯人がこのクラスの中にいると確信し、
犯人に対して動揺を悟らせまいとしているようにも見えた。

結局九州はノートがなくなったことを騒ぎ出すこともなくその日は終わった。

わたしは家に帰ってから、自分の持っているノートを黒く塗りつぶした。
あの黒いノートの表紙を思い出しながら、

わたしは放課後、言われた通り職員室に向かった。

「もうこれは学校に持ってこないように」

先生はそれだけ言って、わたしに黒いノートを返してくれた。
わたしは「わかりました」とだけ言って職員室を出た。

帰る前に九州の机にでもノートを入れておこうかとも考えたが、
結局、九州はノート紛失について騒ぎ出さなかったのでとりあえずノートは
家に持って帰ることにした。
224まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/11(水) 00:49:04 ID:???
家に帰り、すぐに黒いノートを開いた。
没収されてしまうほどの内容とはどんなものなのかと期待したが、
中身はある意味想像以上のものだった。

   100点が取れますように
   100点が取れますように
   カレー事件の犯人が死にますように
   100おく円ください
   取り上げられたゲームボーイが返してもらえますように

と、書かれていたのだ。

それはわたしが持っているもう一冊の白いノートに書かれているのと同じ内容だった。
225まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/11(水) 00:50:02 ID:???
108.「手紙」/終
226まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/11(水) 23:30:31 ID:???
シニアの残した手紙(というより手記に近かったが)は、そこで途切れていた。
そこに書かれていた内容については鬱井達晴刷市メンバーしか知らない。
九州は手紙の存在に気づかなかったようだ。

もし九州が手紙に気づいていたらどうなっていたかはわからない。

鬱井は手紙の内容を読んでもちんぷんかんぷんだった。
これだけ読んでもシニアがノート所有者だったかどうかよくわからない。
九州が黒いノートを持っていたとも書かれていたが、それだけでは
やはり“九州がノートを探していた華鼬”だという決め手にも欠けていた。
第一シニアが九州からノートを盗んだところで終わっているので
その後どうなったのかがわからない。
今、ここにある黒い2冊のノートが、シニアの手紙に登場しているノートと
同一のものなのかということも。

KIRAは全てを知っているようだった。
そして九州も“確認”とやらで全てを理解したようだった。

一体何がどうなっているのやら……。

鬱井は九州にかけ損ねた手錠をしまうべきかどうか迷っていた。
227まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/11(水) 23:35:16 ID:???
109.「馬鹿」



全ては十三年前のあの日からだった。

ゲロッパーが持ち込んだノートにはまったく興味がなかった。
そんな都合のいいものがあるわけないと思っていたからだ。

ところがしばらくして下ネタが願いを書き込むと本当に願いが叶った。
それでも半信半疑だったが、調べてみる価値はあると思った。

肝禿村に古くから伝わる蒟蒻神の伝説と何か関係があるのかと考え、
村の公民館で調べみると、すぐにあのノートの正体がわかった。

その昔、この村の守り神である蒟蒻神が神通力の全てを封じ込めた巻き物を
神官であるショボーンの先祖に残したのだという。

そのあたりの詳細はいくら調べてもそれ以上のことはわからなかったが、
蒟蒻神が残した巻き物の神通力とは、巻き物に名前を書かれた人間は
必ず死ぬということだけはなんとかつきとめた。

名前を書かれると死ぬ。

そんなものが本当にあるのなら、文字通り神になれる。
それから僕は毎日のように公民館に入り浸り、ひたすら書物を読み漁った。
228まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/11(水) 23:39:15 ID:???
調べれば調べるほど巻き物の神通力が凄まじいものだと知る。

巻き物を使用する際の掟……ルールはかなり複雑なものだったが、
夏になる頃にはおおまかなルールについて把握することが出来た。

何故巻き物がノートになったのかは定かではないが、
おそらく長い年月を経て、持ち主も変わっていったのだろう。
時代の流れと共に、歴代の所有者の誰かが巻き物をノートへと作り変えたのだと
僕は結論付けた。

そして巻き物……ノートはゲロッパーの手へと渡った。
ゲロッパーは本当の使い方を知らなかったのだろう。
だからあんな風に学校に持ち込めたのだ。
知っていたならそう易々と人前に晒すわけがない。

しかし、あのノートが本物かどうか、決定したわけではなかった。
結局のところ『願いが叶う』というのは嘘なのだ。
下ネタが100点を取れたのもただのまぐれに過ぎない。
本当の使い方は『人を殺す』その一点のみだ。

そして願いを叶えたいのなら、その使い方だけでなんとでもなるということを
僕は理解していた。
229まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/11(水) 23:44:00 ID:???
試したい。

夏休みに入る頃には四六時中その欲求に駆られていた。
あのノートが本物なら、誰かの名前を書けばすぐに結果はわかる。
気づくと僕は夏休みで誰もいない学校へ向かっていた。

1993年8月15日の夜だった。

問題は一体誰の名前を書くか、ということだった。

ノート、もとい巻き物には複雑なルールがある。

もっとも重要なのが『書く人間の顔を知っていないと効力がない』というものだ。
最初は芸能人あたりでも殺してみようかと考えた。
有名人なら死ねばニュースになるだろうと思ったからだ。

だが教室に忍び込んだ僕は、ロッカーの上に置かれていたノートを開いて考えを変えた。

『カレー事件の犯人が死にますように』

1学期の終業式の日にはなかったはずの、新たな願いがいつの間にか書かれていたのだ。

カレー事件の犯人、それはLコテだ。
カレー事件の真相についてはこの時はまだ一部の者しか知らなかった。
僕はその一部の者だった。
230まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/11(水) 23:46:55 ID:???
書いたのはニコフ──すぐに想像がついた。
僕はニコフの願いを叶えてやることにした。

あらかじめ用意しておいた偽のノートとすりかえた。
すりかえの際にきちんと書かれている内容も筆跡も真似ておいた。

一体どんな風に死ぬのか。
どうやって殺そうか。
迷いに迷った挙句、LコテにはDEATH NOTEと名付けたそのノートのデビューに
ふさわしい死に方をしてもらうことにした。

ノートを家に持って帰り、すぐにこう書き込んだ。

『Lコテ 1993年8月15日午後11時 焼身自殺』

さすがに書くときは手が震えたが、震えの半分は期待からくる興奮だった。

本当にこの通りに死ぬのだろうか。
僕は期待に胸を膨らませて眠りについた。


次の日、Lコテは僕がノートに記した通り、火事で焼け死んだ。
出火は午後11時頃だったという。
これでDEATH NOTEが本物だと確信した。
231まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/11(水) 23:50:47 ID:???
ちなみにその火事でLコテの両親も死んでしまったらしいがそんなことは
どうでもよかった。ただノートの力が本物だったと証明されて嬉しかった。

生き残ったのはLコテの弟、ノワ一人だった。
ノワは命には別状はなかったものの、顔に大ヤケドを負った。
僕のせいだがそんなこともどうでもよかった。
ノワはその後、親戚に引き取られることになり村を出て行った。

顔のヤケドがどれぐらいひどいものだったのか知ったのは
それから数年後だった。

ノワとは小学生の時にも何度か会ったことはあるが、
僕がノワに対して持っていたのは“いつも姉の後ろに隠れている気弱な少年”
というイメージだった。
しかし数年後のノワは別人のように変わっていた。
どれぐらい変わっていたのかというと……いや、どうでもいい。
ノワなんて本当にどうでもいい。


──夏休み終了、2学期。
クラスは予想通りノートのことで騒ぎになっていた。
ニコフが書いたであろう願いが本当に叶ってしまったのだから。
232まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/11(水) 23:53:33 ID:???
ニコフの青ざめた顔を見て僕は非常に愉快な気持ちになった。

だがせっかくの愉快な気持ちはどこかの馬鹿にぶち壊されることになる。

僕は自分で用意した偽ノートも処分する予定だった。
そもそも偽のノートを用意したのは、先々のことを考えて
“『カレー事件の犯人が死にますように』と書いたからLコテは死んだ”
という逸話がほしかったからだ。
しかし僕が本物のノートに書いた内容でしか殺せないというのは誰にも
知られたくなかったし、もちろん僕が殺したというのも知られたくなかった。

ちょっとした遊びのつもりだった。
クラスの者達にノートの力が本物だったと信じ込ませたかっただけだ。
それが叶ったので、偽のノートはすぐに回収して処分してやろうと思った。
まずバレはしないと思っていたが、いつ誰が本当の使い方を知るかは
わからない。もし偽のノートに人の名前を書かれたらやっかいだ。

回収のチャンスを伺っているうちにインリンの馬鹿が願いを書き込んでしまった。
しかも取られたゲーム機を返してほしいだのという死に値するほど
自分勝手な願いだった。殺してやろうかと思った。

ようやく回収のチャンスが巡ってきたのは放課後だった。
帰りの会が終わったあと、しばらく図書室で時間を潰してから
教室に戻った。
233まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/11(水) 23:57:37 ID:???
教室に置いてあるノートを開いて驚いた。

書かれている内容が変わっていたからだ。
そこには『テストで100点』がふたつ、それに
『カレー事件』のこと、そして『ゲーム機』の願いが書かれていなければ
ならないはずなのに、

   100点が取れますように
   100点が取れますように
   カレー事件の犯人が死にますように
   100おく円ください

という内容だったからだ。

『カレー事件』のあとに汚い字で『100おく円ください』と書かれている。
本当ならその行にはインリンの願いが書かれていなければならないはずだ。
しかしインリンの願いを消して上から書いたような形跡はなかった。

つまり、誰かがすりかえた──。
それ以外はありえない。
僕と同じく、誰かが偽のノートを作ってすりかえた。
そういうことだ。

しかし誰が何の目的でやったのかは知らないが、
どちらにしろそいつが馬鹿を見たことは間違いない。
何故なら僕がDEATH NOTEと名付けたノートこそが本物だからだ。
それは夏休みの間に証明されている。
すりかえた馬鹿は偽物と偽物をすりかえたのだ。
234まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/12(木) 00:00:34 ID:???
その馬鹿が哀れにも思えたが、その馬鹿を放っておくわけにはいかなかった。
もしかするとその馬鹿がいつかノートの本当の使い方に気づくかもしれないのだ。
もし盗んでいったノートに人の名前を書かれたら僕が
すりかえたことまで発覚してしまう。

それになにより僕と同じようなことを考えた奴がいるというのが気に食わなかった。
なんとしてでもそいつを見つけ出し然るべき制裁を加えてやらなければならない。

馬鹿は誰なのか。
置かれていたノートに書かれていた新たな願い。
字が汚すぎて逆に誰の字なのかわからない。
男なのか女なのかも判断がつかなかった。

願いを書き写すことも忘れるような馬鹿だから、炙り出すのは簡単だと思っていた。
きっとそいつは今頃ノートを試しているだろう。
『100おく円ください』なんて書いてるぐらいだから、
ノートの本当の使い方まではしらないのだろうが、似たようなくだらない願いを
書くはず。そしてその願いはどちらにせよ叶わない。

そうすると馬鹿はどう動くだろうか?

僕が夏休みにやったすりかえに気づけるほど頭のよさそうな奴には思えない。
もしかするとLコテが死んだのも偶然だったと思い、盗んだノートを捨ててしまう
可能性もあった。
そうなったらそうなったで仕方ないが、もうひとつの可能性もあった。
235まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/12(木) 00:03:08 ID:???
願いを書き写すのを忘れていたことに気づき、もう一度すりかえを行う──。

こっちの方が可能性は高いかもしれない。
ならいつすりかえてくるか。おそらく今日はもうすりかえには来ないだろう。
すりかえに来るとしたら、考えられるのは明日の朝一番。
誰よりも先に教室にきてすりかえようとヤツは考えるはず。

なら僕はその瞬間をおさえればいい。
いや、おさえる必要もない。
誰がすりかえに来るのかを確認だけ出来れば、顔さえ見れればいつでも
殺せる。
明日の朝、どこかに……掃除用具入れでもいい。
隠れてすりかえの瞬間を見届けてやろう。

そう決めて教室を出ようとした時、つい悪戯心が芽生えてしまった。
どうせ隠れて見るなら、少し脅かしてやろうと思ったのだ。

僕はその辺の机の中をを一つずつ覗いていった。
筆箱を置きっぱなしにしている奴がいたので、そこから鉛筆を拝借した。

そしてノートに、『取り上げられたゲームボーイが返してもらえますように』と
書いてやった。筆跡はインリンのものと明らかに違うが、かまわない。
要は馬鹿にプレッシャーを与えてやりたかったのだ。
「間抜けなお前の代わりに書いておいてやったぞ」と。
明日の朝、願いが書き足されているのを見てその馬鹿はどんな顔をするだろう。
それが見てみたかったのだ。
236まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/12(木) 00:09:54 ID:???
次の日、いつもより1時間も前に家を出て学校に向かった。
さすがにこれ以上はやく出ても学校が開いていないだろう。

すぐに殺さなくてはならない状況も想定して、念のために本物のノートも
ランドセルに忍ばせた。
掃除用具入れに隠れて馬鹿が来るのを待ち構えるつもりだったが、
いくら馬鹿でも誰かが願いを書き足したことには気づくだろう。
その時に僕が隠れて見ているのにも気づくかもしれない。
そうなったら直ちに殺さなければならないからだ。


教室に入ると、当たり前だがまだ誰も来ていなかった。
とりあえず掃除用具入れにでも隠れていようかと考えたが、
その前になんとなく教室に置いてあるノートを確認しておこうと
ノートを手にした時、背後から声がかかった。

「お、はやいな」

ゲロッパーだ。
何故こんな時間に……というのはお互い様だが、無視するわけにもいかなかった。
僕は『おはようございます』というのが大嫌いだったが、最低限のマナーとして
こちらから朝の挨拶をしてやった。
それなのにゲロッパーはまともに挨拶も返さず、

「ノートを見ていたのか」

と、僕からノートを奪い取った。
237まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/12(木) 00:14:57 ID:???
まずい。
今見られたら内容が変わっていることに気づかれる。
そうなれば僕ともう一人の馬鹿がやったすりかえまで気づかれるかもしれない。

とっさにランドセルをおろしてDEATH NOTEを取り出そうとしたが、
ゲロッパーは何度かページをめくるとすぐにノートを閉じた。

「ふむ……」

と、頷いてゲロッパーは何事もなかったようにロッカーの上にノートを置いた。

まさか。

もう既にすりかえられている……?

ゲロッパーが何の反応も見せないということは、
中に書かれている内容に変化がないということだ。

ヤツは昨日僕が帰ったあとに教室に来たのだろうか。
それとも夜にでも学校に忍び込んだのか。
もしかすると今日、僕より先に来ていたのかもしれない。

ゲロッパーはそんな僕の考えなどつゆ知らず、

「ちょっと職員室に来てくれないか」

と、やや命令口調で言った。
238まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/12(木) 00:19:19 ID:???
何様だジジイが、と腹が立ったが断るのも不自然だったので仕方なく
ゲロッパーについて職員室に向かった。

職員室に着くと、ゲロッパーは聞くに堪えない話をし始めた。

Lコテの死とノートを関連付けて騒ぐ生徒が多くて、困っている。
このままでは学級崩壊に繋がりかねないとかなんとか。
あまりにもくだらない内容だったのでほとんど聞き流していた。
お前はノートの騒ぎにも流されていないし、お前からも
そんなデマを流さないようにみんなに言ってくれないかという内容だった。
馬鹿はノートをすりかえた馬鹿だけではなかった。
目の前にも驚くほどの馬鹿がいたのだ。それもいい年した馬鹿だ。

それが朝一番に来た優秀な生徒に対していうことか。
大体ノートを学校に持ってきたのはお前だろうがと説教してやりたかった。

しかし学校では真面目な生徒を演じていたので、
僕は「わかりました」と慇懃に頭をさげて職員室を出た。
こんな馬鹿でも僕の成績表を作る奴なのだ。
恩を売っておいて損はない。

といっても言われた通りにするつもりはさらさらなかったが。
騒ぎたい奴は勝手に騒がせておけばいい。
239まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/12(木) 00:23:28 ID:???
教室に戻るとまだ誰も来ていなかった。

僕はすぐにロッカーの上に置いてあるノートを開いてみた。

   100点が取れますように
   100点が取れますように
   カレー事件の犯人が死にますように
   取り上げられたゲームボーイが返してもらえますように


やはり再度すりかえられていた。
ヤツがいつの間にすりかえたのかわからないが、結局ヤツの思い通り、
クラスの誰もがすりかえがあったことにすら気づかなかった。


3時間目の授業中、メモがまわってきた。

メモには『100億円について 昼休み 体育館裏』とだけ書かれていた。

ふざけやがって……。
メモを見た瞬間大声で叫びそうになってしまったが、
なんとか気持ちを落ち着かせて、冷静に思考を巡らした。

こいつはもしかすると、僕が最初にすりかえたことを知っているのではないだろうか。
何か目的があって僕を誘い出そうとしているのかもしれない。

上等だ。

神に逆らうとはどういうことなのか身を以って教えてやろう。
240まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/12(木) 00:27:27 ID:???
昼休み、指定通り体育館裏へ向かった。
が、メモが教室中をまわったせいで関係のない者達までついてきてしまった。

この中に神に逆らう不届き者がいるのか……?
しかしこれでは相手もすりかえについて話を切り出すわけにはいかないだろう。
案の定そこでノートについて話しかけてくる者はいなかった。

そしてこれが相手の策だったと知ったのは教室に戻ってすぐだった。

──DEATH NOTEがない。

やはり相手は僕のすりかえに気づいていたのか……?
一度ならず二度までも不覚をとってしまった自分に腹が立ったが、
それよりも神を恐れぬこの行為に殺意が沸きあがった。

しかしそれを悟られるわけにはいかない。
平静を装い午後の授業に挑んだ。

神経を研ぎ澄まし、挙動が不審な者はいないかと一日中観察していたが、
敵も神に喧嘩を売るだけあって簡単にしっぽを出すようなヤツではなかった。



長期戦も覚悟していたが、結末はあまりにもあっけなく訪れることになる。

それから二日後、教室に置いてあったノートが何者かによって盗まれたのだ。
241まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/12(木) 00:30:52 ID:???
すぐには敵の狙いがわからなかった。
一体何の為に偽だとわかりきっているノートまで盗んだのか。
もしかするとまた別の誰かが、という考えもなくはなかったが、
このタイミングでこんなことをしてくるのはヤツ以外には考えられなかった。

更に二日後、日曜を挟んで週の初めの月曜日、
ゲロッパーがとんでもないことを言い出した。

ノートを盗んだものが名乗り出たというのだ。
ゲロッパーはそれが誰なのかを明かそうとはしなかった。
更に何を血迷ったかノートを処分するとまで言い出した。

その時僕は全てを理解した。


そうか、これがヤツのシナリオ……!


教室に置いてあった偽ノートを盗み出し、教室を混乱に陥れる!
そして自らそれを名乗り出ることで騒ぎを収めにかかる!
ゲロッパーが犯人の名を明かさないというのもヤツの計算の内だったのか!

ヤツはDEATH NOTEを見てノートの本当の使い方を知ったのかもしれない。
いや、もしかすると最初から……!?
242まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/12(木) 00:34:48 ID:???
全ては本物のDEATH NOTEを僕から奪うために……?

ヤツはずっと待っていたのか。誰かがノートをすりかえるのを。
自分の手は汚さずに僕にノートをすりかえさせ、偽のノートを教室に置かせる。
そして自分で偽と偽をすりかえることで、僕を誘い出したのだ。

僕がDEATH NOTEを持ってくるのもヤツのシナリオ通りだったというわけか……!
ノートを処分させた理由は、DEATH NOTEの存在を世間に知られたくないという
用心深さからだろう。偽とはいえ願いが叶うなんてノートがこの世に残っていては
DEATH NOTEを使い続けていればいつか警察から捜査の手が伸び、
残されている偽のノートを検証されてしまうかもしれないとまで考えたのか。

そうすれば蒟蒻神の伝説と結びつけ、人を殺せる巻き物が実在したと
世間に知られるだろう。だが偽を本物だと思い込ませたまま処分すれば、
DEATH NOTEの存在は否定されることになる。
それは確かに僕も考えたことだ。間違いないだろう。

──たいしたやつだ。

まんまと踊らされた。
いいだろう、お前を好敵手と認めよう。

せいぜいDEATH NOTEを使って好きに暴れるがいい。
僕は今から地下に潜って力を蓄え、いつか必ずお前からノートを
奪い返し、この手でお前を殺す。

そしてその時こそが、僕が頂点に立ち、新世界の神となる時だ!
243まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/12(木) 00:36:42 ID:???
──そう思ってこの十三年間、じっと身を潜め力を蓄えた。
Lコテの死の真相をエサにノワをそそのかし、華鼬という組織を作った。
脇役なりにノワはよく頑張った。組織はあっという間に関東一円に
名を轟かすほどに成長し、ようやくここまできたというのに──。

全て、全ては僕の勘違いだったのだ。
あの時、すりかえていたのは、敵は、一人じゃなかった。

敵はもう一人いたのだ。
244まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/12(木) 01:08:59 ID:???
109.「馬鹿」/終
245 ◆K.TAI/tg8o :2007/04/12(木) 01:11:23 ID:???
まさかのシメ忘れ
246まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/12(木) 22:49:33 ID:???
110.「彼女」



十三年前の夏。
生徒達にとっては一年でもっとも長い休みだといっても
教師にとってはそうではない。
彼らが元気に外で走り回っている頃、私達教師は学校という職場に通っているのだ。


その日も当然暑かった。
職員室に冷房がきいていなければとてもじゃないが耐えられなかっただろう。

椅子から立ち上がり、伸びをしながら窓の外を眺めていると、
学校の敷地をぐるっと囲んでいるフェンス伝いに一人の女の子が
歩いているのが見えた。私が受け持っているクラスの女子生徒だ。
終業式の日に何か忘れ物でもしていたのかとぼんやり想像を巡らせながら
彼女を見ていると、彼女は何故か急に足を止めた。
その時、遠目だったのではっきりとはわからなかったが、彼女が一瞬こちらを
見たような気がした。もしかして私が彼女を見ていることに気づいたのかと思い、
声をかけようと窓を開けると、彼女は踵を返して走り去っていってしまった。

はて、彼女は忘れ物などするような生徒だっただろうかと私は訝しく思った。
私が見てきた限りでは彼女は真面目な、優秀といってもいい生徒だ。
彼女が授業で使う教科書や筆記用具を忘れてきたことなど一度もなかった。
それに今の態度、どこか不自然だ。
247まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/12(木) 22:56:12 ID:???
「ゲロッパー先生、どうかされたんですか?」
「あぁ、いや」
「おや、あれはあなたのクラスの……」
「えぇ、そうです。声をかけようかと思ったのですが」

同僚に声をかけられ、そちらを向いて話しているうちに
彼女の姿はもう見えなくなっていた。

「生徒はいいですねぇ。一ヶ月も遊んでいられるのですから」
「そうですな」

彼女はたまたまこの辺で遊んでいただけだったのかもしれない。
もしかすると「こんなところで遊んでないで宿題をしなさい」と
言われるのが嫌で逃げたのだろうか。
私は普段から生徒に厳しくし過ぎていたかと苦笑しながら窓を閉めた。



2学期の始業式の日、クラスはノートのことで騒ぎになっていた。
ノートに『カレー事件の犯人が死にますように』と書かれていたからだ。
小学生らしい発想というべきか、小学生にしては鋭いというべきか、
彼らはすぐにLコテの死と結びつけて騒ぎを大きくしようとしていた。

ノートの力を本物だと確信したのか、男子生徒の一人がノートに願いを書き込んだ。
私が彼から取り上げたゲーム機を返してほしい、というものだった。

私はその願いを叶えてやることにした。
248まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/12(木) 23:04:18 ID:???
放課後、生徒達が帰ったあと、私は彼から没収したゲーム機を持って
教室へ向かった。

職員室を出て、階段を上って教室のある四階にあがった時だった。
渡り廊下の先に人の影が見えた。

影は明らかに小さく、子供のものだとすぐにわかった。
校内に残っている生徒がいるとは思えなかったが、まだ夕方だ。

私は足早にその影を追いかけたが、追いつくことは出来なかった。
渡り廊下を通って北校舎に移ると、廊下の奥、東側の階段を駆け下りて行く
足音が廊下に響いていた。

やはり誰かいたのは間違いない。
きっと叱られると思って逃げたのだろう。
私も誰かに見られるのは望ましくなかったので、それ以上深追いするのはやめにした。

教室に入り、すばやくゲーム機を男子生徒の机に入れた。
これで明日の朝にはまたひとつノートの伝説が増えるのだ。

彼の喜ぶ顔を想像しながら、教室を出ようとした時、ふと嫌な予感がした。
さっきの影は、この北校舎四階にいたのは間違いない。
こそこそと隠れて一体何をしていたのか……。
そんなことは決まっている。人に見られたくない行いをしていたから逃げたのだ。

私はロッカーの上に置いてあるノートを開いた。
249まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/12(木) 23:14:31 ID:???
やはり私の予感は的中していた。

   100点が取れますように
   100点が取れますように
   カレー事件の犯人が死にますように
   100おく円ください
   取り上げられたゲームボーイが返してもらえますように

すぐにノートがすりかえられたことを察した。
カレー事件の願いのあとには男子生徒のゲーム機を返してほしいという願いの間に、
お世辞にも上手とはいえない字で書かれた新たな願いが挟まれていたのだ。

一体誰がすりかえたのかはわからないが、“犯人”の字の汚さと
お粗末な犯行手口に私は苦笑した。

これでは誰が見てもすりかえたことは明らかだ。
字からは誰の仕業なのか判断しかねるが、私が受け持っているクラスの中の
誰かには違いない。

すりかえた者は何を思ってこんなことをしたのかということだが、
それは一番下に書かれた願いから簡単に読み取れた。

ノートのすりかえは、これが二度目だということだ。
いつの間にすりかえたのかは知らないが、犯人はノートを自分一人のものに
しようと企み、偽のノートを作ってすりかえた。
一度目のすりかえが行われたのは、『カレー事件』の願いが書かれてから
ゲーム機の願いが書かれるまでの間だろう。
250まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/12(木) 23:23:20 ID:???
一度目のすりかえで本物を手に入れたと思い込んだ犯人は、
自分の願いを書いてみたものの、待てど暮らせど願いが叶いそうになかったので
さぞがっかりしただろう。
それもそのはず、私は犯人がそれだけの富を得ようとしていることを知らなかったし、
知っていてもさすがに叶えてやれそうにない。

しかしどうにも解せないことがある。
二度すりかえがあったとなると、これでは犯人は、自分が一度目にすりかえた
二冊のノートをもう一度すりかえただけなのだ。
今、ここに置いてあるノートが元々教室に置いてあったものなら、
犯人が今しがたすりかえて持って帰ったのは、自分自身が作った偽物だと
いうことになる。
偽者だと気づかれる前に、元に戻しておこうと考えたのだろうか。

だが、それだとやはり納得いかないことがある。
元に戻しておこうと考えたなら、二冊のノートに書かれている内容が
違ってしまうという点に気づかないはずがない。
現に犯人は自分の願いのあとにゲーム機の願いを書き足している。
これで誤魔化せるとでも思っているのだろうか。

すりかえが発覚するのを恐れたて元に戻したというのなら、
さすがにこんな間の抜けたミスをするとは考えにくかった。
それとも自分の作った偽物さえ回収出来ればすりかえがあったことを
知られてもかまわないと思ったのだろうか。

犯人が作ったノートには、自分が作った偽物だと知られてしまう
致命的な欠点でもあったのだろうか。
251まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/12(木) 23:30:25 ID:???
私が見た限りでは、“教室に置かれているノート”に違和感を覚えたのは
今が初めてのことだ。

犯人が一体何を考えているのかは量りかねるが、もしかすると犯人がさっきまで
ここにいたのはノートをそっくりに作り変えようとしていたのではないだろうか。
その最中に誰かの近づいてくる気配、私の足音を聞いて慌てて逃げ出した、とは
考えられないか。

更にもうひとつ、犯人は慌てていたので自分が持参したノートを置き、
教室に置いてあったノートを持っていってしまったのではないか。

その可能性の方が高いように思えた。

それなら犯人はこれからどう動くだろう。
もし私が犯人なら……もう一度すりかえる。
今置いてあるこのノートが他の者に見られてしまう前に、だ。

しかし今日はさすがにもう来ないだろう。

明日はいつもよりはやく出勤するか、と、私は教室をあとにした。



次の日の朝、私は職員室の窓から外を眺めて犯人を待った。
犯人がすりかえにくるなら朝一番しかない。
ここから見張っていれば、誰かが登校してくればすぐにわかる。
252まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/12(木) 23:37:41 ID:???
やがて一人の生徒が歩いてくるのが目に入った。

その生徒は紛れもなく私のクラスの女子生徒だったが、彼女が犯人なのだろうか。

ここから見ていることを気づかれないようにと私は彼女の姿を確認してすぐに
窓際から離れた。

少し間をおいて、彼女が教室に入る頃合を見計らって私は職員室を出た私は、
気配を悟られぬように気をつけながら、慎重な足取りで教室へ向かった。

北校舎の四階に着くと、私は息さえ殺して廊下を忍び足で歩いた。
教室の前まで来た私は、ドアをそっと開けて中を覗き込んだ。

そこには確かにさっき見た私のクラスの女子生徒がいた。

彼女は私には気づかず背を向けたまま、ロッカーの前でノートを持って立っていた。

「お、はやいな」

私が声をかけると、彼女はさほど驚いた様子も見せずに振り返った。

「おはようございます」

表情こそ平静を装ってはいるものの、挨拶はどこかぎこちなかった。
やはり何か隠しているのか。
私は彼女の手から有無をいわさずノートを奪い取った。
もしすりかえていたのが彼女なら、もう中に書かれた内容は変わっているはずだ。
253まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/12(木) 23:44:28 ID:???
しかしノートを開いてみると、そこには昨日と同じく、

   100点が取れますように
   100点が取れますように
   カレー事件の犯人が死にますように
   100おく円ください
   取り上げられたゲームボーイが返してもらえますように

と、書かれていた。すりかえは行われていない。
彼女は何もやっていないのか。
平然とした顔をしているが、それは演技ではなかったのか。
しかしこれを見たなら昨日と内容が変わっているのに気づくのではないだろうか。
気づいたのならもっと何か反応があってもいいはずだと思ったが、
私は彼女が無反応でいる理由がなんとなくわかった。

彼女はクラスがノートのことで盛り上がっている時も、いつもつまらなさそうな
顔をしていた。ノートにはまるで興味がなさそうだった。
クラスの中では浮いているというほどでもないが、どこか他の生徒達と
距離をおいているようなフシが見られた。
もしかするとノートに何が書かれているかなんて知らなかったのではないだろうか。
たまたま朝早く来て、時間つぶしに噂になっているノートをちょっと見てみようと
していただけだったのかもしれない。

彼女がすりかえたとは思えないが、すりかえていないとも言い切れない。
しかし彼女が犯人でないとしたら、彼女がここにいる以上、犯人はノートを
すりかえることが出来ないだろう。

そこで私は犯人の為というわけではないが、すりかえやすい環境を作ってやることに
した。
254まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/12(木) 23:54:54 ID:???
「ちょっと職員室に来てくれないか」

職員室なら誰かが登校してくればすぐにわかる。
そして本当にすりかえが行われれば、今見たばかりの内容が変わるはずだ。
それだけあとで確認出来れば、もうその人間が犯人だと断定していいだろう。
逆にもしすりかえが行われなければ目の前にいる彼女が犯人だったという
可能性も高くなる。

私は彼女を連れて職員室に向かった。

職員室に彼女を連れ出したものの、特にこれといって彼女に対して
言うべきことがなかったことに気づく。
基本的に真面目で優秀な生徒なので、注意することもない。
私は苦し紛れにLコテの死とノートを結びつけて噂している連中に
彼女からデマを流さないように注意してくれないか、と頼んだ。
無茶苦茶な話だと自分でも思っていたが、彼女は嫌そうな顔もせず
素直にはい、はい、と頷いてくれていた。

話している途中、私は目の端で一人の生徒が学校に向かって歩いてきているのを
捉えた。私のクラスの生徒だ。

あれが犯人に違いない、と私は確信した。

それから10分ほど、なんとか話を引き伸ばし続けたが、
やがて本当に何も言う事がなくなってしまったので私は彼女を解放することにした。
さすがにもうすりかえは終わっているだろう。
255まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/13(金) 00:01:51 ID:???



すりかえが行われたかどうかすぐにでも確かめたかったが、
立場上、生徒達の前でそれを確認するわけにもいかなった。

しかし、すりかえが行われたことはノートを見なくてもわかった。
誰もノートのことで騒いでいなかったからだ。
すりかえがちゃんと行われたからこそ、彼らはすりかえがあったことに気づかないのだ。

しかし一応この目で確認はしておきたい。
私は確認のチャンスを待つことにした。

3時間目の授業中だった。
生徒達が私の目を盗んで何やらメモをまわしているのがわかった。
いつものことだと私は見てみぬふりをした。
授業に支障がなければそれぐらいかまわない、と考えていたからだ。

しかしその日は少し様子が違った。
ただの内緒話にしてはやけに規模が大きい。
彼らは私に気づかれまいと注意しながらメモをまわしていたが、
私は私でそれに気づいていないふりをして彼らを観察した。

どうやらメモは全員にまわされたようだったが、彼らはメモをまわすだけでは飽き足らず、
ひそひそと何か密談しているようだった。
それがメモに関することだろうというのは容易に想像がついた。
256まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/13(金) 00:09:54 ID:???
授業が終わったあと、ひとりの生徒にそのことを問いただしてみた。
その生徒ははっきりとは言わなかったが、どうやら昼休みに何か企んでいるらしい。

他の生徒にもそれとなく聞いてみたが、やはり答えは同じようなものだった。
もうメモも処分されたのだろうし、子供同士大人には秘密にしておきたいことが
あるのだろう。必死になって詳しく聞くのも大人げないので私はそれ以上は
彼らにメモのことは聞かなかった。
それよりも、昼休みに少なくともクラスの半数以上の人間が教室を出て行くらしいと
いう情報が聞けただけで十分だった。


昼休み、ノートの中身を確認するために教室へ行くと、一人の女子生徒がいた。
その生徒は今朝職員室から見た生徒だった。
そして彼女は自分の席のあたりで、手に一冊の黒いノートを持って立っていた。
もしその女子生徒でなかったら私は引き返していただろう。

私が彼女に近づくと、気配を察した彼女は驚いた顔で振り返った。

「そのノートはなんだ」
「え? いや別に……」
「貸しなさい」

見るからに異様な雰囲気を放っているそのノートを見て、
気づくと私は教室に置いてあるノートの中身を確認するのも忘れ、彼女から無理やり
ノートを奪い取っていた。
257まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/13(金) 00:17:10 ID:???
ノートを開いた瞬間、心臓をわしづかみにされたような気分になった。

そのノートに、

   100点が取れますように
   100点が取れますように
   カレー事件の犯人が死にますように
   Lコテ 1993年8月15日午後11時 焼身自殺

と書かれていたのを見て、私は思わず目を背けノートを閉じた。

「……これは没収する」

我ながら横暴すぎるとは思ったが、それどころではなかった。
何故、彼女は……こいつは、こんなものを持っていたのだ。

もはやノートのすりかえ云々など頭の片隅にもなかった。
気づくと私は、彼女に“口止め”していた。
自分でも何を言ってるのかわからない。それほど混乱していた。

話しているうちに、彼女が呆気にとられたような表情になっているのに
気づき私は我に返った。
どうも彼女は、なにを口止めされているのかもわかっていないようだった。

なんとか彼女に“全て黙っていること”を約束させ、教室を出ようとすると、
彼女に呼び止められた。
258まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/13(金) 00:25:56 ID:???
「あの……やっぱりノート返してくれませんか」

返せるわけがない。
いや、しかしそういうわけにもいかないか。
返さないと言えば口止めしたことも誰かに……。

どうすればいいのかわからない。
ひどく混乱していた。
とにかく少し時間がほしい。

「放課後、職員室に来なさい」

苦し紛れの時間稼ぎだったが、それだけしか言えなかった。

昼休みも終わり、ずっとそのことだけを考えていた。
私のクラスの5時間目の授業が音楽だったのが幸いだった。
私は彼らが音楽室で授業を受けている間に一生懸命知恵を絞った。

何故こんなノートを持っていたのか。
このノートに書かれていることは何を意味しているのか。
ノートを取り上げた時のあの不自然な態度は?

さっき教室に入った時のことをよく思い出す。
教室には彼女が一人。手には黒いノート。

待てよ、何故一人だけ教室にいたんだ。
そりゃ昼休みだ。休み時間まで教室で自習していろとは言えない。
どこで遊んでいようと生徒の勝手だ。
なら他の生徒達は?
259まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/13(金) 00:32:12 ID:???
他の生徒達は──。

そうか、授業中にまわしていたあのメモ……。
どこに行ったのかは知らないが、他の生徒達はメモに書かれていた
何かを見て、どこかへ行っていたのだ。
もっと言ってしまえば、教室を出て行くように仕向けられたのか。
あのメモを書いた張本人、それは彼女なのかもしれない。

少々強引な考え方だとは思ったが、しかし、そう決め付けてしまうと
色々なことに合点がいく。

あのノートは彼女のものではなく、誰か別の生徒のもので、
それを盗むために他の生徒を教室から出て行かせたのではないか。

と、するなら彼女は何の為にあのノートを盗んだのだろう。
いや、その前に誰がこの黒いノートを──。

落ち着け。
頭を冷やしてよく考えろ。

深呼吸して心を落ち着かせる。

すりかえがあったのはわかっている。
昨日の夜すりかえたのは──彼女に違いないはずだ。

そうだ、すりかえだ。
教室に置いてあるノートはどうなった!?

私は昼休みに教室に行った元々の理由を思い出した。
260まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/13(金) 00:55:20 ID:???
すぐに職員室を出て教室へと向かう。

教室に入った時に、最初からこの時間に確かめに来ればよかったということに
気づいた。この時間なら生徒は確実にいないのだから。

苦笑しながら教室に置いてあるノートを開くと、

   100点が取れますように
   100点が取れますように
   カレー事件の犯人が死にますように
   取り上げられたゲームボーイが返してもらえますように

と、書かれていた。
またすりかわっている──。
これでわかったことは、今朝教室にいた彼女はすりかえの犯人でないということ、
そして昼休みにいた彼女がすりかえの犯人だったに違いないということだ。

私はノートをロッカーの上に置き、職員室へ戻る途中も
思考を巡らし続けた。

無意味に思える2度のすりかえ。
その際に生じた矛盾。
彼女の不自然な態度と黒いノート。

複雑に絡み合った糸と糸が、ゆっくりと解けてゆく。
261まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/13(金) 00:59:10 ID:???
ノートをすりかえたのは彼女、これは間違いない。
彼女が2度ノートをすりかえた理由、それはノートを自分一人のものにする為。
その為に彼女は偽のノートを作りすりかえた。
それは2学期が始まる前、おそらく夏休みの間だろう。
ノートをすりかえて彼女は自分の願いを叶えるために『100億円ください』と
書いた。しかし願いは叶わない。
そこで彼女は“このノートは偽物”、つまり彼女がすりかえたのは
誰かがすりかえた偽物だったと気づく。
昨日の放課後に見たときのあのノートには、
『100億円』のあとに『ゲーム機』の願いが書かれていた。
次の日、つまり今日すりかえたのは自分の書かれている願いの順番に
矛盾があるのに気づいたから。

何故彼女がこんな面倒な真似をするはめになったのか。

それはもう一人すりかえた人間がいるからだ。

そうか、そうだったのか。
最初にすりかえた人間、それが黒いノートの所有者だったんだ。
そしてその所有者は……。

これで全てが繋がった。



職員室に戻ると、私はすぐに机の引き出しから1冊のノートを取り出した。
白い、新品のノートだ。
262まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/13(金) 01:00:29 ID:???
まさかこれを使うことになるとは思わなかったが、念のために用意しておいて
よかった。

さっき彼女は黒いノートを自分のものだと否定も肯定もしなかった。
それにあの態度、もしかすると彼女はまだ中を見ていなかったのかもしれない。
もし誰かから盗んだのなら、それは言い出せないだろうし、
中を見ていないなら返してもらったノートが別のものに変わっていてもわからない
だろう。

とりあえず外見だけ似せておこう。
中身は……こう書いておけばいい。

   100点が取れますように
   100点が取れますように
   カレー事件の犯人が死にますように
   100おく円ください
   取り上げられたゲームボーイが返してもらえますように

これであとはすりかえた者同士、二人が勝手に腹の探りあいをすればいい。

『DEATH NOTE』

偽造したノートの表紙にそう書いた時、チャイムが鳴った。
263まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/13(金) 01:01:21 ID:???
110.「彼女」/終
264まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/14(土) 23:16:53 ID:???
【第12夜】



このノートに名前を書かれた人間は死ぬ。
書く人物の顔が頭に入っていないと効果はない。
ゆえに同姓同名の人物に一遍に効果は得られない。

名前の後に人間界単位で40秒以内に死因を書くと、その通りになる。

死因を書かなければ全てが心臓麻痺となる。

死因を書くと更に6分40秒、詳しい死の状況を記載する時間が与えられる。





“このノートに一度書かれたことは、どんな事をしても取り消すことは出来ない”
265まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/14(土) 23:31:28 ID:???
111.「零」



「なんだったんだ……僕の……僕の十三年は一体……」

もはや勝ち目はないと悟ったのか、九州は力なく笑うと崩れ落ちるように
その場にへたり込んだ──かと思ったが、そうではなかった。

「うぐ〜!」

床に両手をついたかと思うと、陸上の選手顔負けのスタートを
きってKIRA目掛けて突進した。

ひらり、と、KIRAがあと一歩というところで闘牛士の如く鮮やかにかわすと、
九州はそのまま勢いよく黒板にぶつかった。

「う、うぅ……!」

それでも九州はすぐにKIRAに目標を定め直し、再びKIRAめがけて襲いかかろうとした。

「やめろ九州!」

九州がKIRAに向かって踏み出そうとした瞬間、鬱井は九州の後ろに回りこみ
羽交い絞めにして九州を押さえ込んだ。
266まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/14(土) 23:39:48 ID:???
「離……せ!」
「暴れたって無駄だ。お前の負けだ」
「うるさいうるさい! 離せ! 離せェー!」

九州は鬱井から逃れようと必死にもがいたが、
鬱井が腕を九州の両脇にひっかけただけで
九州は一歩も進むことが出来なくなった。

「往生際の悪い奴だな」

KIRAはノートを片手に持ったまま、冷たく言い放った。

「そのノートをよこせ!」
「断る」
「いいからよこせよ!」
「断る」

なんだこの間抜けなやりとりは……。
この期に及んでそんな無茶な要求をする九州も九州だったが、
律儀に答えるKIRAもKIRAだった。

「お前が……いや、お前達のような馬鹿がそのノートを持っていたって
 宝の持ち腐れだ! そのノートを正しく使うことが出来るのは!
 そのノートを使ってこの腐った世の中を正しい方向に変えていけるのは
 この僕だけだ!」

暴れ疲れたのか九州はもがくのをやめたが、口だけは止まらない。
267まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/14(土) 23:47:18 ID:???
「馬鹿と鋏は使いようと言う諺があるだろう。
 馬鹿は使われることはあっても鋏を使うことは出来ない。
 お前達のような馬鹿は僕という至高の存在の為に黙って鋏を研いでいればいいんだ!
 お前達のような馬鹿にはそれぐらいしか生きる価値はない!
 自覚しろ! そして認めろ! 己の愚かさと、僕という才能を!」

開いた口が塞がらないどころか顎が外れてそのまま飛んでいってしまいそうなほど
わがままで自己中心的で自分勝手な発言だった。

馬鹿、馬鹿と連呼しているがはっきり言って──。

「馬鹿はお前だ」

一瞬、つい声が漏れてしまったのかと思ったが、言ったのはKIRAだった。

「なんだと……」

九州は心の底から驚いたように呟いた。

「聴こえなかったか。馬鹿はお前だと言ったんだ」
「ふざけるな! と、取り消せ!」

KIRAがもう一度言うと、再び九州が暴れだした。

「誰が……誰が馬鹿だ! 僕は馬鹿じゃない! 取り消せ!」
「いや、何度でも言おう。お前は馬鹿だ」
「馬鹿じゃない!」
「馬鹿だ」
268まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/14(土) 23:53:46 ID:???
馬鹿呼ばわりされたのがよほど悔しかったのか、九州は顔を真っ赤にして
KIRAに発言の撤回を求めていた。
鬱井はこの出来の悪い漫才はいつ終わるのかと思いつつ、
KIRAに馬鹿呼ばわりされている九州にちょっとだけ親近感を覚えていた。
うぅん、KIRAに本気で馬鹿だと思われているのは俺だけじゃなかったか、と。

「くそっ……どいつもこいつも! なんだその目は!」

羽交い絞めされたままの九州が片足を振り上げて見えない何かを蹴り飛ばす。
周りを見回すと、教室にいる人間の九州を見る目はさっきまでと違っていた。
九州に注がれる冷えた視線。
殺人鬼・九州に恐れを抱いている者はもう一人もいなかった。

さっきまで抱き合って震えていたsaokoとねるねまでもが
今では軽蔑した表情で九州を見ていた。

「九州、いい加減にしろ……」
「うるさい! いい加減にするのはお前の方だ鬱井!
 いつまで僕の体に触ってる! 離せよこの野郎!」

九州は鬱井の腕を掴んで必死に引き剥がそうとしたが、
かわいそうなぐらいにびくともしない。

「離せよ! 気持ち悪いんだよ! 汚いんだよ蛆虫野郎が!」

ひどい言われようだったが、もはや今の九州が何っても全てが滑稽で、
痛くも痒くもなかった。
269まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/14(土) 23:59:18 ID:???
「お前達恥ずかしくないのか!? こんなに大勢でよってたかって
 僕をイジめやがって」

もう無茶苦茶だ。

「大体、僕は不利だったんだ。当たり前だ。僕は一人でお前達を
 相手にしてたんだからな。ハンデをやってたんだ。
 じゃなかったら僕が勝ってたに決まってる」

誰に何を言い訳しているのか、九州はぶつぶつと呟き続ける。

「そうだ。僕一人対お前達全員だ。こんなの勝負になるわけがないだろう。
 ノワは糞の役にも立たなかったし、呼んでもいないのに勝手にゲームに参加
 してきた奴はいるし、こんなのゲームとして成立するわけなかったんだ」

呼んでもいないというのは携帯のことか、と、鬱井が横目で携帯を見ると
携帯は相変わらず教室の隅で背中を丸めて座っていた。

「仕舞いには勝手に自分でゲームを始める奴まで出る始末だ」

と、九州はラチメチに向かって吐き捨てるように言うとにやにやと笑い始めた。

「そいつだって人殺しだろう。はやくそいつも捕まえろよ」

九州がラチメチを指差して笑ったが、ラチメチはただ黙ってうつむいていた。

「なぁ、どうなんだ。なんとか言ったらどうなんだ。
 お前が下ネタを殺したんだろう? まさか違うなんて言い出さないだろうな」
270まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/15(日) 00:02:42 ID:???
九州は悪意に満ちた笑みを浮かべながらラチメチを見ていたが、
ラチメチは何も言い返さなかった。
いや、言い返せなかったというのが正しいのだろう。
ラチメチの肩が微かに震えているのがわかった。

「なんだぁ? どうして何も言わないんだ。
 お前まさか、僕に罪をなすりつけようとしているんじゃないだろうな。
 なんて奴だ。人間のクズだな。人を殺しておいて──」

そこで九州の言葉が途切れた。
教室の隅で座っていたはずの携帯がいつの間にか目の前にいたからだ。

「なんだよ。不愉快だから僕の目の前に立つな。
 ……大体お前も何なんだ。呼んでもないのに来やがって。
 あぁそうか、お前ラチメチが好きなのか? そうなんだろう。
 だからわざわざこんな山奥まで来て、自分が犯人だなんて言い出したんだろ?
 それにしても本当に余計なことをしてくれたもんだ。
 ノワに何を言ったのか知らないけどまさか勝手にあいつを逃がしてくれるとはね」

ふん、と九州は鼻を鳴らして携帯から視線を逸らした。
すると九州が喋り終わるのを待っていたのか、携帯はゆっくりと口を開いた。

「──ノワは、お前にとって何なんだ?」
「ノワ? ただの駒に決まってるだろう。駒にすら成りきれない役立たずだったがな」
「駒……か」
「当たり前だ。まさか僕が『大切な仲間だ』だとか言うとでも思ったか。
 あんな奴、僕がいなければただのチンピラ以下の野良犬だ」
「なるほど……で、役立たずなノワは今夜俺達と一緒に始末するつもりだったのか」
「当たり前だろう。ノートさえ手に入ればノワなんて僕の中では鉛筆より下のランクだ」
271まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/15(日) 00:13:37 ID:???
聞いているこっちが胸糞悪くなるような言い草に、鬱井が九州の口を
塞いで黙らせようとした時、携帯が床に落ちたままになっている
九州が持っていたノートを拾い上げた。

「このノートを持っていたのはシニア。
 シニアを殺して奪ったのだから当然シニアの名前は書いていないな。
 もちろんシニアより先に殺された人間の名前も書いていない。
 インリン達の名前もない。つまりインリン達を殺してからこれを書いたんだな。
 ……まだ見つかってないちさこの名前もないな」

ページをぱらぱらとめくりながら携帯が呟く。

「死んだ人間の名前を書く必要はないだろう」

九州は事も無げに言うと、敵意を剥き出しにして携帯を睨みつけた。

「このノートが本物だったら見事に皆殺しだったわけか」

と、携帯はノートを閉じるとそのまま床に放り捨てた。
そして今度はKIRAに向かって手を伸ばす。

「なんだ? 携帯……」
「貸してくれ」

携帯は、KIRAの持っているノートをことを言っているようだった。
何をする気なのかと鬱井は訝しく思ったが、KIRAは無言で携帯にノートを
手渡した。
272まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/15(日) 00:19:20 ID:???
携帯は、KIRAの持っているノートをことを言っているようだった。
何をする気なのかと鬱井は訝しく思ったが、KIRAは無言で携帯にノートを
手渡した。

「そしてこっちがお前が探していたノート……。
 もしこっちに名前を書かれていたら俺達は死んでいたわけだ」

床に放り捨てたノートの時と同じようにページをぱらぱらとめくりながら呟く。
なんだか時間を数秒巻き戻して同じ映像を見ているような気分だ。
それほど2冊のノートはそっくりだった。

「そうだ……そっちのノートさえあれば僕の勝ちだった」

悔しそうに九州が唇を噛む。

「なるほど、そう考えると恐ろしいノートだな。
 名前を書くだけで殺せるなんて史上最高……いや、史上最悪の殺人兵器だ。
 もしこっちに名前を書かれていたらと思うとゾッとするな。
 お前の言う通り、これさえあればお前の勝ちだっただろう」

本気なのか冗談なのかわからない、相変わらず抑揚のない声だった。
それに加えて表情まで死んでいるから更に何を考えているのかわからない。

「なんなら今からでもいいから僕の代わりに名前を書いてくれないか」

お前が言うな、と鬱井は思ったが、九州の場合は明らかに冗談だとわかる口調だった。
しかし、
273まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/15(日) 00:26:45 ID:???
「あぁ……書こう」

と、携帯はどこから取り出したのか、いつの間にかペンを片手に持っていた。
一体どこからペンを……と鬱井は不思議に思ったが、それどころではない。
「ってなんでやねーん」という一人ノリツッコミでも披露するのかと思ったが、
携帯は無表情のままさらさらとノートに何かを書き込んだ。
おいおいおいおいまさか本当に自分の名前を書いてるのか!?
九州も呆気にとられた表情で携帯を見ていた。

「40秒で心臓麻痺……だったな?」

携帯はペンを放り投げると、ノートを開いたままこちら──鬱井と九州の方に向けた。

「……あ?」

そこには、大きく『九州』と書かれていた。
途端に九州の顔色が変わる。

「……っっっうぉぉぉおい! お前っ! なにっなにをやってる!」

九州がものすごい勢いで暴れだした。
さっきまでたやすく押さえ込めていたはずなのに、どこにこんな力があったのか。

「あと35秒、34、33……」

携帯はKIRAの腕の掴みあげて、腕時計を見ながらカウントしていく。
274まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/15(日) 00:33:05 ID:???
「お前! 自分が何をやってるかわかってるのか!
 なにやってる! はやく消せ! 取り消せぇぇぇ!」

我を失った九州のキンキンに歪んだ声が教室に響き渡る。

「このノートに一度書かれたことは、どんな事をしても
 取り消すことは出来ない……これもお前が言ったことだ」
「ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな!
 なんとかしろ! 助けろ! 僕は死にたくない!」

火事場の馬鹿力とはこのことか。
半狂乱で暴れる九州は鬱井の体を無理やり引きずり始めた。

「ムシのいい話だな。お前に殺された者達もお前と同じ気持ちだっただろう。
 悪党なら悪党らしく最期は潔く死ね」
「わがぅっ、わかってるのか! お前も人殺しになるんだぞ!」
「──かまわない」
「嫌だ嫌だ嫌だ! 死にたくない! 助けて! 助けてー!」

窮地に陥った九州が助けを求めたのはKIRAだった。
鬱井の体を引っ張るどころか背負いかねない勢いでKIRAに向かって歩き出す。

「KIRA! お願い! 助けて、助けて!」

両手をばたばたと振り回してKIRAに助けを乞うたが、KIRAは当然の如く
手すら差し伸べなかった。
275まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/15(日) 00:37:32 ID:???
「残り15秒、14、13……」

無常にもカウントは続く。
九州はKIRAに無視されると、顔をくしゃくしゃにして鬱井に助けを求めてきた。

「う、う、鬱井! なんとかして! お願いだ! 助けてくれたらなんでもするから!」

なんでもする……という言葉に鬱井は反応しそうになってしまったが、
反応したところで何もしてやれない。


はっ? ところで俺、なんでまだ九州を押さえてるんだろう。
もう意味なくないか?


そうこうしている間にも九州に残された時間は1秒、また1秒と減っていく。

「九州、あの……」
「あ゛ーっ! あ゛ぁーっ! ぃぎやああああああああああああっ!」
「う、うわぁ」

せめて最期ぐらいは何か温かい言葉を……と鬱井は思ったが、
断末魔の雄叫びをあげる九州の顔はもはや人外魔境の域に達していた。
目を合わせただけで道連れにされそうな気がして、鬱井は反射的に
九州から顔を背けてしまった。
276まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/15(日) 00:41:50 ID:???
「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ逝きたくない!
 うわあああああああああああああああああああああああああ死にたくない!
 逝きたくない゛ぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」
「2、1……ゼロ」

ビクン! と携帯のカウント停止と同時に九州の体が大きく仰け反った。
その勢いで九州の後頭部がまともに鬱井の鼻面を打ち、鬱井は思わず
九州の体から手を放してしまった。

支えを失った九州はそのまま床に崩れ落ち、仰向けになった顔の穴という穴からは
小汚い汁が流れ出ていた。



「し……死んだ……」

誰かのごくりと唾を飲む音。

「携帯……お前……」
「殺された人間の気持ちがこれで少しはわかったんじゃないか」
「い、いや……そんな……」

いくら九州が極悪人といえど、本当に殺してしまうとは──。

「お、おい! 生きてる! まだ生きてるぞ!」
「うぇっ!?」

声がした方へ鬱井が振り返ると、倒れた九州の傍におっかけが座り込んでいた。
277まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/15(日) 00:44:42 ID:???
「まだ脈はある。気を失ってるだけだ」
「あ、あれ? 生きてるの?」

よく見ると、九州の体が小刻みに痙攣しているのがわかった。

「お、おいKIRA……どうなってんの?」
「ショックで気絶したんだろう」
「いやそうじゃなくて……」

何故九州は生きてるのか。
否、何故九州は死んでいないのか、という意味で鬱井は聞いていた。

「だってお前が持ってたノートは……」

今、携帯が持っているノートは間違いなくKIRAが持っていた方のノートだ。
まさかここにきて一瞬の間にすりかえたとでも言うのかと鬱井は思ったが、

「あぁ、それも偽物だ」

KIRAがあっさりそう言った時、隣にいた携帯がノートを床に放り捨てた。
予想していなかった答えに鬱井が絶句していると、KIRAが続けて口を開いた。

「どんな願いも叶うANGEL NOTE──。
 名前を書くだけで人が殺せるDEATH NOTE──か」

KIRAが少し疲れたようにため息をつく。

「──そんな都合のいいものがあるわけないだろう」
278まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/15(日) 00:45:25 ID:???
111.「零」/終
279まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/18(水) 23:44:35 ID:???
112.「不覚」



鬱井が気絶している九州に手錠をかけた頃には、
教室内の空気は完全に弛緩しきっていた。
誰もが安堵の表情を浮かべ、中には笑顔の者もいる。

しかし、まだ全てが終わったわけではないのだ。

「なぁKIRA……」

周りの者達に気づかれぬようにKIRAに声をかけると、
「なんだ」と面倒くさそうにKIRAは返事した。

「な、なんでそんな嫌そうな顔するんだよ」
「どうせ下らないことを聞くつもりだろう」
「下らなくなんかねーよ。これで全部解決したわけじゃないだろ」
「……あぁ」

殺されてしまった者のほとんどは九州の手による被害者だったが、
一人だけ例外がいる。下ネタだ。
そして下ネタを殺したとされているのはラチメチだ。
280まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/18(水) 23:54:39 ID:???
「……どうするんだ」
「お前の職業は何だ」
「刑事だ」
「ならやることはわかっているだろう」
「お前もだろ」

やらなければならないこと。
それはわかっている。もちろんKIRAもわかっているだろう。
お互いにはっきりとは口に出さなかったが、
鬱井はその“やらなければいけないこと”をKIRAに押し付けたかった。

「だって……なぁ」

人を殺すのはいけないことで、悪いことをしたら捕まります。
それはよくわかっているが、やっぱりラチメチに手錠をかけるのは気が進まない、
というのが本音だった。
鬱井の中では根本的にラチメチと九州では属しているカテゴリが違う。

これ差別か? 偏見か? いや違うだろ、これは全然アリだろう。
ラチメチはお友達フォルダに入ってるけど、九州は元々そうじゃなかったじゃん。
好き嫌いはあるさ。仕方ないだろ人間だもの。
それに九州には同情の余地なんかないんじゃね?

と、鬱井が自問自答していると、

「少しだけ待ってくれないか」
「うぉぉ……びっくりした」

携帯が音もなく鬱井とKIRAの間に割って入ってきた。
281まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/19(木) 00:00:41 ID:???
「どうせ逃げようにも逃げれしないし、かまわないだろう」

ぽん、と鬱井とKIRAの肩に手を置く。

「まぁ……そうだけど。おいKIRA」
「いいだろう。ならラチメチのことは後にしよう」

幸い? にも九州の無様な姿がインパクトありすぎて
みんなラチメチのことなど忘れているようだった。

「そうしてくれ」

携帯は礼を言うでもなく、鬱井達から手を離してラチメチの方に向かって
歩いていった。何か話すつもりなのだろうか。

その時ふと思った。
そういえば昨日から携帯とラチメチが話をしているのを一度も見たことがない。

この二人の関係について鬱井はよく知らない。
ただ二人ともお互いのことをビシバシ意識しているというのだけは
鈍感な鬱井でも察していた。

ラチメチは教室の隅で、一人みんなから距離をおくようにして立っていた。

携帯が自分の方に向かって歩いてきているのに気づいたラチメチは、
一瞬だけ驚いたような顔をしたがすぐに携帯から目を逸らしてしまった。
282まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/19(木) 00:07:52 ID:???
「なぁKIRA、ちょっといいか」

と、鬱井が携帯達に目を奪われていると、ugoが話しかけてきた。

「あのノートなんだけどさ、あれって……」
「あぁ、それは……」

よし、チャンスや。
KIRAがugoの質問に答えている間に鬱井はそっとその場から離れ、
携帯達の会話を聞きに行くことにした。

窓の外を見ながら、んーん〜と鼻歌まじりにさりげなく携帯達に近づく。
少しだけ距離を取って、鬱井はラチメチには見えないように携帯の背後に立ったが、

「二人で話をさせてくれないか」

携帯は振り返りもせずに牽制してきた。
後ろに目でもついてるのかこいつは。

「心配しなくても余計なことは言ったりしない」

かなり威圧的な声だった。
暗に『邪魔すんな消えろ』と言われている気がして、鬱井はあっさり退場することにした。

これは口裏を合わせるだとか、そんなシーンじゃないというのは空気でわかる。
鬱井は“空気の読める子”を自負していたので、何も言わずに二人から離れた。
あとは若い二人に任せよう。


そのあと二人が何を話したのか鬱井は知らない。
283まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/19(木) 00:13:22 ID:???



さてこれからどうしたらいいのかな、と、あてもなく教室をうろうろする。

教室の中にはいくつかの輪が出来ており、
それぞれに好き勝手なことを口にしていた。

「夜が明けて段々暑くなってきたね」
「ほんと。いつ帰れるのかな」

この輪は『どうでもいいからはやく帰りたいよ』派の輪だ。

「もうそろそろ村の誰か通報してるんじゃない?」

鬱井達が未だに学校に留まっているのは、単純に帰れないからだ。
肝禿橋が爆破されてしまったので、救助が来ないことには村に戻れない。

鬱井はこの輪には加わらず、そのまま違うグループの方へ歩いた。



「本当にこいつがみんなを殺したってのか……。
 こうやって見ているととても信じられんな」
「わたしは最初から怪しいと思ってた」

九州は倒れてからそのまま床に寝かせて……というより転がしたままになっている。
九州を囲んで見下ろしているのは『実行委員』の輪だ。

あ、そういや九州も実行委員だっけ……。
この輪にも加わらずそのまま素通りする。
284まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/19(木) 00:17:40 ID:???



「鬱井、これからどうするの?」
「ん? うん……」

ニコフ。あぁニコフ。
君が無事だったのがなにより嬉しい。
ニコフ+その他が固まるこの輪は我らが晴刷組? の輪だ。

……が、よく見るとメンバーが足りないことに気づいた。

「あれ? あの三人は」

ゲロッパーとイノセンスと蟹玉がいない。

「あぁ、先生が気分悪いって……先に二階に下りたよ。
 事務室か応接室じゃない?」
「えぇ? 勝手に出歩いたら危ないのに……まぁイノも一緒なら大丈夫か」
「わたしたちももう下りてもいいの?」

ニコフは手をうちわ代わりにしてぱたぱたと扇ぐ。
むしろこんな所にいつまでも残っている方が変だ。
あっついし……。

「あー……ま、ちょっと待って。KIRAの指示待ちってことで」

ニコフにそう言い残して鬱井は輪を離れた。
285まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/19(木) 00:21:33 ID:???



「……まだこの学校のどこかにいるんだろ?」
「まぁ、みんなで固まってれば大丈夫なんじゃない?」

この輪は『ノワはどこ行ったの』の輪だ。
ノワについてはまだまだわからないことが多い。
この輪が話しているのはノワが今どこで何をしているか、についてだった。
鬱井達が帰れないのと同じ理由で、ノワもまだ校内のどこかに
いるのは間違いないはずだ。

その行方を知っていそうなのは九州、そして携帯。
九州は気絶してしまっているし、ノワが逃げてしまったのは
計算外としていたようだから、何も知らないのだろう。
そしてノワを逃がしたのは携帯だ。
携帯なら何か知っているに違いない。

と、鬱井が教室の隅に目をやると、

「あ?」

ラチメチと話していたはずの携帯がいない。

トイレか? と思った瞬間だった。

「鬱井、ついてこい」

KIRAに背後から肩を掴まれた。
286まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/19(木) 00:27:15 ID:???
「ついてこいって……どこに」
「体育用具室」
「体育用……あぁ、そうか。わかった」

そうだった。
おそらくそこに、ちさこの死体があるのだろう。

「……っと、待ったKIRA。ここどうすんだ?
 俺ら二人とも離れちゃまずいだろ」

その理由はいくつかあるが、その中で鬱井がもっとも懸念しているのは
ノワの存在だ。
いつノワがここにやってくるかわからない。
せめてイノセンスがいてくれれば安心だが、今イノセンスは二階だ。
もしノワが九州を助ける為に襲ってきたらみんなの危険が危ない。

そのことをKIRAに告げると、

「大丈夫だ」

と、すたすた教室の入り口に向かって歩き出した。

「ちょ、待てよ。なにが大丈夫なのさ」

KIRAはそのまま足を止めずに廊下に出てしまった。
鬱井も慌ててKIRAのあとを追いかける。
287まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/19(木) 00:34:25 ID:???
「ノワは来ない」

廊下に出たところでKIRAは鬱井を一瞥して言った。

「なんでそう言い切れるんだ」
「ノワは体育用具室にいるはずだ」
「えぇ?」

KIRAは『おそらく』と付け加えてさっさと歩き出した。
『おそらく』て。
いなかったらどうすんだ。

「やっぱり俺だけでも残った方がいいんじゃないか」
「いや、お前でもいないよりはマシだ」
「あん?」

どういう意味だ、の前に『お前でも』の『でも』がひっかかる。

「ノワだけなら僕一人でもかまわないが……念の為だ。
 とにかく、ノワはここには来ない」
「……? わからん……」

よくわからないがKIRAは『一人じゃ怖いから一緒について来て来てー』と
言ってるのだろうか。
鬱井はそう解釈することにしてひとまずKIRAの言う通りにすることにした。
288まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/19(木) 00:39:15 ID:???





──体育用具室。
ノワは電気も点けずに待っていた。

「……電気点けるぞ」

ノワからの返事も待たずに電気のスイッチを押した。

「ちさこは“そこ”か?」

部屋が明るくなる。
ノワは8段組みの跳び箱の上で悠々と足を組んで座っていた。

「……あぁ。出してやりたいのか?」
「死体の上に座るのは感心出来ないが……そのままでいい」
「そうか……ならここのまま聞かせてもらおうか」

ノワは足を組みかえ、

「携帯、お前の言う通りにしたんだ。誰が姉さんを殺したかはやく教えろ」

両手をポケットにつっこんだまま、壁に背中をもたせて寄りかかっている
携帯を睨みつけた。

「……どうしても知りたいか」
「なんだと? まさか今更取引を反故にする気か?」
289まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/19(木) 00:45:21 ID:???
ノワは跳び箱から飛び降りると、包帯が巻かれた右手を携帯に差し出した。

「お前が『全てを教えてやる』と言うからここまでやったんだ」
「そうだったかな」
「……っ貴様! 約束が違うぞ!」

包帯の巻かれていない左手で携帯の胸倉を掴むと、
ノワは怒りを露にして携帯にくってかかった。

「左手一本でもお前一人どうとでも出来るんだ……!
 死にたくなかったら下らない駆け引きはやめてさっさと知っていることを全て話せ!」
「まぁ待て。そう焦るな。何も教えないとは言ってない」
「ふざけるなよ……」

胸倉を掴むノワの手が震える。
携帯はじっとノワの目の奥を見ていた。

「教えてやりたいのは山々なんだが」
「なに?」
「もう少し待て」
「いい加減にしろ! 殺されたいのか!」
「殺されたくない」
「くっ……! なんのつもりだ!? なにを考えてる?」
「来るかどうか待ってるんだ」
「待ってる……? なにを──」

言いかけてノワは携帯から──否、入り口のドアから離れた。
290まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/19(木) 00:51:27 ID:???
「ほらやっぱり来た」

ドアがゆっくりと開く。

「動くな。二人ともだ」

そこにはKIRAと鬱井が銃を構えて立っていた。

「貴様……俺を騙したのか……!」
「そんなつもりじゃなかったんだがな。
 来そうな気がして少し待ってみたんだが、やっぱり来たな。
 お前も運がないな。まぁ自業自得だ。所詮悪党の末路なんてこんなもんだろう。
 ……撃つなよ。KIRA、鬱井」

ただでさえヨレヨレなのに、ノワに掴まれてシャツが更にだらしなく伸びてしまった。
携帯は胸元を手で軽くはたいてから、両手を挙げてKIRA達に向き直った。




──応接室。

「大丈夫かよ先生。なんか飲むか?」

イノセンスはソファーで寝ているゲロッパーに声をかけたが、

「あぁ……」

飲みたいのかそうでないのかわからない生返事だった。
291まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/19(木) 01:00:33 ID:???
「水でいいか? 牛乳も腐るほどあるぞ。
 むしろ飲まなきゃほんとに腐る」

冗談のつもりだったが、ゲロッパーは首を二、三度横に振って、

「水を頼む……すまんな」

と、真顔で言った。

「蟹玉、お前もなんか飲むか?」
「いや、俺はいい……」
「あっそ」



廊下に出て、給食室に向かう。
もうすっかり朝だ。廊下の窓から差し込む光が月光から朝日へと変わっている。
清々しいを通り越して気持ち悪いほどいい天気だ。

「ねむ……」

あくびを一つついて、だらだらとゆっくり廊下を歩いていると、
驚くほど気が抜けている自分に気づいた。

これからどうするかな……。
などと今後の身の振り方を考えながら、給食室に足を踏み入れた。
292まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/19(木) 01:07:49 ID:???
板前もいいかもなぁ……。
板前というか料理人? 
パティシエもありだろう。

片手で包丁か何かを振るう仕草をしながら、冷蔵庫のドアを開けようとした瞬間だった。


──不覚。

背後から尋常ならぬ殺気が放たれたのを感じたと同時に、
首筋に冷たいものが当てられた。

「動かないでね……」

女の声。
完璧な気配断ち……ではない。
自分が油断していたのだ。
まさかここに来てこの展開は予想していなかった。

「両手、そのまま頭の上で組んで」

聴いた事のない女の声だった。

「……誰?」
「……」

言われた通り頭の上で手を組みながら質問してみたが、返答はなかった。
293まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/19(木) 01:14:55 ID:???
声がしたのは肩の高さぐらいからだった。
しかし声の発信元まで距離にして1mはある。
ナイフではないようだが、まさか日本刀でも構えてやがるんだろうか。

「あなた、名前は?」

ここは素直に答えたほうがいいと判断して、イノセンスは正直に自分の名前を告げた。

「へぇ……もっとゴツいのを想像してたけど。人は見かけによらないってこのことだね」

と、感心したように女は言ったが、
それが自分に向けられた言葉ではないというのは肌で感じた。

神経を研ぎ澄ましてようやくわかるほどの濃縮された殺気がもう一つ、
給食室には存在していた。

2対1か……分が悪い。

「初めまして、裏切り者さん」

女は声を押し殺して笑ったが、首筋に当てられた刃はぶれることなく
ピタリと吸い付いたままだった。
さっきから隙を奪うために気づかれぬよう_単位で体を横にずらしているが、
イノセンスの首がずれた分だけ刃も首筋に密着したままついてくる。

「お前ら、華鼬か……?」

どうやら相手は自分の素性を知っているようだ。
それにこの隙のなさ。素人ではない。
と、すると考えられるのはそれしかなかった。
294まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/19(木) 01:20:07 ID:???
どうやら相手は自分の素性を知っているようだ。
それにこの隙のなさ。素人ではない。
と、すると考えられるのはそれしかなかった。

「『ら』だって。さすがだね。気配読まれてるよヴォルマレフ」

ヴォルマレフ……ヴォルマレフだと!?

なんだそのアホみたいな名前は。
そんな名前の奴に生殺与奪の権を握られているのか俺は。

「時間ないから速攻でイクぜ」

と、野太い男の声。こいつがヴォルマレフだろう。
声の位置からしてかなりの大男と推測される。

しかし待て。

「あんたノートの在り処を知ってるのか?」
「それともあなたがノートを持ってるの?」

二人の口から出た『ノート』という単語も気になるが、
それより“水色のナイフのミナ”って誰だ。俺か。勘弁しろ。

「どうなんだ? あぁ?」

いきなり目の前の冷蔵庫が迫って来る。
ヴォルマレフに後頭部を鷲づかみにされたのだと気づいたのは
顔面を冷蔵庫に叩きつけられた時だった。
295まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/19(木) 01:24:48 ID:???
ヴォルマレフは笑いながら二度、三度と冷蔵庫にイノセンスの顔面を叩きつけた。
首筋から刃の感触が消えていた。

「オラ、さっさと──」

後頭部を掴むヴォルマレフの手の力がほんの一瞬緩んだ。
時間にしてコンマ1秒にも満たないその刹那の瞬間、
イノセンスは頭の上で組んだ手を解くと同時にそのまま後頭部を
掴んでいるヴォルマレフの手首へと両手を滑らし、

「ぐっ!?」

ぐりっと手首を捻りあげて、さらっとヴォルマレフをねじ伏せながら、
するっと体を入れ替えて、体を入れ替える瞬間にすぐ後ろにいるであろう
女の持っている日本刀か何かを蹴り上げて──という作戦だったが、
あっけなく失敗した。

イノセンスが体を入れ替えて、視界に長剣を構える女を捉えた段階で、
既にこめかみに硬いものが押し当てられていた。

足元にヴォルマレフという大男。
目の前に長剣を構える女。
そして真横にもう一人。

「三人いたのか……」

今の今までこの場に居ることすら悟らせぬほど完璧な気配断ちだった。

うーんこれは殺されるかもしれん……と、半ば諦めながらも
イノセンスはどこかこの状況を楽しんでいた。
296まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/19(木) 01:25:48 ID:???
112.「不覚」/終
297まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/20(金) 02:11:08 ID:???
113.「詭弁」



「なんだと! なんだその態度は!」
「落ち着けバジル」
「くっ! 離せ、離せよ!」

クロスがバジルを羽交い絞めにしているのにはわけがある。

バジルの怒りの矛先である九州は、鬱井達が出て行ったあとに
目を覚ました。
目を覚ました九州は、体を起こしてしばらく自分の置かれた状況を
整理するように周囲を見回していたが、すぐに全てを理解したらしく
忌々しそうに自分の両手にかかった手錠を見つめていた。

ニコフはそっと九州の目の前に座った。

「九州……」
「死ね」
「あなたいつまでもそんな態度じゃ──」
「死ね」
「あなたのしたことは──」
「死ね」

九州は目を覚ましてからずっと、何を言われようと何を聞かれようと
吐き捨てるように『死ね』の一点張りだった。
反省の色など全く見られない。

恋人であるキラヲタを殺されたバジルに対してさえこの調子なのだ。
298まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/20(金) 02:16:21 ID:???
「ちくしょう! 離せよ! 僕にそいつを殺させろ!」

殺させろとは穏やかではないがバジルが憤慨する気持ちはよくわかる。
それでも九州は、

「死ね」

と、律儀に返してしまうものだから益々バジルの表情が怒りで歪む。

「バジルの言う通りだ……! こんな奴死んだ方がいいに決まってる」

バジルだけではない。
往生際が悪いどころかこの期に及んでなお敵意を剥き出しにして
噛みついてくる九州に、教室内の弛緩した空気は再び張り詰めだしていた。

「お前は何様のつもりなんだ」
「死ね」
「おい、少しは考えてものを言えよ」
「死ね」

このままではいつ誰が九州に手を出してしまうかわからない。
いくら九州が救いようのない悪人でも、だからといって暴力を
ふるっていいわけではない。

「み、みんなちょっと落ち着いて」

ニコフは九州を外に連れ出すことにした。
KIRAに無断でそんなことをするのはよくないかもしれないが、
そのKIRAがいないのだから仕方ない。
299まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/20(金) 02:20:57 ID:???
ニコフが九州を別室に隔離するよう提案すると、全員が黙って頷いた。

「さ、九州。立って」
「死ね」
「いいから」

悪態をつき続ける九州の手を引っ張って無理やり体を引き起こす。
ニコフは念の為に誰か一緒に来てくれないかと周囲を見回したが、
皆、ニコフから目を逸らす。
ニコフと目を合わしてくれたのは一人だけだった。

「漏れも一緒に行きまつよ」

ショボーンだ。
本当は誰か男の人がいいのだけれど、とニコフは思っていたが、
まぁ下に行くぐらいなら大丈夫だろうと判断して
ショボーンと二人で九州を二階へ連れて下りることにした。

ニコフが手を引っ張ると、九州は抵抗こそしなかったものの、
足に重りでもつけられているかのように中々歩き出そうとしなかった。

「ほら、ちゃんと歩いて」
「死ね」
「『死ね』なんて簡単に言っちゃダメでつよ……」
「死ね」

たかが二階へ連れて行くだけなのに先が思いやられる。
300まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/20(金) 02:27:42 ID:???





──給食室。

「ノートはどこだ?」

銃をつきつけられ、更には3対1。
これではどうにもならない。
かといって正直に答えると、みんなが危ない。
それにノートは偽物だったのだ。

どないせいというのだ。

「答えろ」

イノセンスは考えに考え、とにかく時間を稼ぐことに徹した。

「……わかった。正直に言うよ。ノートは俺が持ってる」
「出せ」
「アホか。あんなもん持ち歩いてるわけないだろ。誰かに見られたらヤバいだろ」
「……どこにある」

どこどこにある、とか言うと殺される気がした。
301まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/20(金) 02:32:16 ID:???
「ついてこい」

どこにある、とは決して言わない。
こう言っておけば、こいつら勝手に
『あぁ口じゃ説明出来ない所に隠してあるのか』と思うはずだ。
とにかく時間を稼いで稼いで稼ぎまくるしかない。
なんとかしてKIRA、あとついでに鬱井が来るまでは。

とりあえずそれっぽく振舞っていればすぐには殺されないだろう。
まずありえないだろうが逃げ出すチャンスも出来るかもしれない。

しかしイノセンスの時間稼ぎは10秒も続かなかった。

給食室を出た時、ニコフとショボーンが九州を連れて階段から下りてきたからだ。

逃げろ! と叫ぶ前に、先頭で給食室を出たイノセンスの真横から影が飛び出した。

見張りか……こいつら、三人どころか四人もいやがった!
ニコフ達はこちらに全く気づいていないようだった。
自分一人ならなんとかなるかもしれないが、ニコフ達ではどうしようもない。

神様仏様、村の守り神の蒟蒻神様、
全く信じてませんけどどうにかしやがれ。

祈るよりも先に、気づくとイノセンスは走り出していた。
302まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/20(金) 02:36:37 ID:???





──体育用具室。

「どういうつもりだ」

鬱井達が銃をかまえたまま体育用具室に入ると、ノワは一瞬たじろいだが、
携帯のように両手を挙げて降伏の意思を見せることはなかった。

「どういうつもりって……おとなしくしろって言ってるんだ」
「お前じゃない。携帯に言ってるんだ」
「ん……?」

確かにノワは鬱井やKIRAに向けて言ったのではなかった。
ノワは鬱井達の持っている銃になど臆することなく、
真っ直ぐ携帯だけを見ていた。

「お前はこう言ったはずだ。『俺は全て知っている』とな。
 九州が華鼬だということも、十三年前の姉さんの死についても、
 真実を知っていると言っただろう」
「あぁ言ったな。といっても華鼬云々は俺はよく知らないし興味もないが」

二人は鬱井達の存在を無視して何やら興味深いことを話し始めた。
KIRAも口を挟もうとせず、黙って二人の会話に聞き入っていた。
303まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/20(金) 02:43:46 ID:???

「お前があの時に言ったことに間違いはなかったのだろう。
 今、お前やKIRA達がここにいることがその証拠だ。
 お前の推理に間違いはなかったというのは認めよう。だが──」

あの時、というのはノワがまだ3−1で手錠に繋がれていた時のことだろう。

「肝心なことをまだ聞いていない。姉さんは誰に殺されたんだ。
 お前の言った通り、九州が姉さんを殺そうとしていたのはわかった。
 俺のことも今日ここで殺そうとしていたのも信じよう。
 だがノートは偽物だったのだろう。俺は生きている。
 なら誰が姉さんを殺したというんだ」

なんだなんだ?
よくわからんが携帯はノワが逃げる前に、既に九州を犯人だと断定していた
ということだろうか? しかもノート偽物説まで見抜いていた?
そして更には九州の計画も、十三年前のLコテの死の真相まで掴んでいただと!?

そんな馬鹿な。

鬱井は壁にもたれかかっている携帯をまじまじと見たが、
とてもじゃないがそこまで読みきっていたエスパー野郎には見えなかった。

「この取引はお前から持ちかけてきたものだ。
 姉さんを殺した真犯人を教える代わりに俺に姿を消せ、と」
「お前にとっては損のない取引だっただろう」
「損はしていなくてもこれじゃ得もしていない。
 いや、九州が捕まったのなら俺にとってはマイナスでしかない。
 ──姉さんを殺した犯人がわからなければ」
304まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/20(金) 02:50:24 ID:???
ノワはLコテを殺した犯人さえ判れば他はどうでもいい、といった口調だった。
姉さん姉さん、とノワは口にする度に辛そうな顔をする。
ノワにとっては真実さえ知ることが出来るなら、捕まってしまうことなど
何の苦にもならないのだろうか。

「俺はどうなったっていい。捕まえたければ捕まえろ。
 だがその前に教えてくれ。──頼む」

苦悶に満ちた表情で懇願するノワを見て、鬱井はなんだか心苦しくなった。
ノワがあれからどんな人生を送ってきたのは知らない。

ノワはあの日の真相を知るためだけに、ずっとそれだけを目標に生きてきたのか。
あの日からノワの時間は止まったままだったのだろう。

「Lコテは──」

携帯が壁から背を離し、静かに口を開ことうした時、
「待て携帯」と、KIRAが遮った。

「ノワ、お前の知りたがっている真実──お前はそれを知って、
 どうする気だ?」

KIRAは銃を降ろしてノワと向き合ったが、ノワは答えなかった。

「復讐する気か」
「お前には関係ない」

Lコテの仇を討つ為に、今までノワは生きてきたのだ。
鬱井には想像もつかないが、人の命を奪ってしまうということが
どういうことだか全て理解した上で、ノワが“覚悟”を決めているのだけは肌で感じた。
305まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/20(金) 03:05:28 ID:???
「俺がやらなきゃ誰が姉さんの無念を晴らすんだ」
「それはお前が決めることじゃない」
「なら誰がそれを決める。誰が姉さんを殺した奴を裁くんだ。」

ノワは包帯を巻いた右手を振り上げ、力任せに壁に叩きつけた。
重く鈍い音が体育用具室に響く。

「数年前、九州に出会い、俺はノートの存在と姉さんが死んだのは
 事故じゃなかったことを知った。
 そしてノートの持ち主こそが姉さんを殺した人物だと。
 九州はノートを探すのに協力すれば必ず姉さんを殺した犯人を
 見つけることが出来ると言って、俺に組織を作らせた」

組織としての“華鼬”を作ったのはノワ。
九州は保身の為に自ら表に立つのを嫌い、ノワを表面上の組織のトップに
立たせていたのだろうとはKIRAが言っていたが、その通りだったのか。

「九州はお前を利用していただけだ」
「あいつが俺のことを道具としてしか見ていなかったことぐらい
 最初からわかっていた。
 それでも真実を知ることが出来るのならそれでかまわないと思っていた」

利用されていると知っていながら、それでも目的の為に自分を押し殺してきたのか。
306まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/20(金) 03:11:55 ID:???
その時、鬱井はいつの間にか自分も銃を下ろしていたことに気づく。

九州は疑うまでもなく極悪人だ。
自らの私利私欲の為だけにノートを欲し、
自分勝手な理屈で多くの人間の命を奪った。

だがノワはどうだ。ノワは本当にただの悪人なのか?
これまでにノワがどんな犯罪を犯してきたのかはわからない。
今日だけでも明らかに法に触れることをやってのけている。
鬱井が刑事である以上ノワを捕まえないわけにはいかない。

「犯人を殺してもLコテは生き返らない」

携帯が独り言のように呟くと、

「そんなことは言われなくてもわかってる!」

ノワは再び拳──というより腕全体を壁に叩きつけた。

「いいや、わかってない」
「なんだと……」
「わかってるならそんな馬鹿なことはしない」
「黙れ」
「黙らない」
「……何が言いたいんだ」

携帯は相変わらずの無表情だったが、ノワの表情には翳りが見え始めていた。
307まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/20(金) 03:17:41 ID:???
携帯は相変わらずの無表情だったが、ノワの表情には翳りが見え始めていた。

「まさか『復讐なんて馬鹿げたことはやめろ』などと言う気じゃないだろうな」
「そうだ。復讐なんて馬鹿げてる。そんなことをしても無意味だ。
 それにお前はもうここで終わりだ。復讐を果たすことすら出来ない」
「……だったら俺はどうすればいい」

携帯が『どうもしなくていい』とか容赦のないことを言いそうな気がして、
鬱井は慌てて適当なことを言って携帯の言葉を遮ろうとしたが、
鬱井より先にKIRAが口を開いた。

「どうもしなくていい」

お前が言うんかい、とつっこみそうになったがぐっと堪える。
この後にKIRAが言うセリフがわかるからだ。

「Lコテを殺した犯人は僕が捕まえる」

やはり予想通りだった。
携帯が知っているぐらいだから当然KIRAも知っている。

そして鬱井も。
鬱井も十三年前の事件の真相はKIRAから聞かされていた。
ただその時はまだ憶測の域を出ていなかった。

しかし今は違う。
少なくともKIRAはもう確信している。
308まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/20(金) 03:26:43 ID:???
「誰がやったのかわかっているのか……?
 そしていつでも捕まえられる……と?」
「あぁ。ただここから出てからになるが」
「そいつを捕まえてどうする」
「どうもしない。それで終わりだ」

僕の役目は、とKIRAが言い終える前にノワがKIRAに詰め寄る。

「じゃあ誰がそいつを裁く」
「それは僕やお前が決めることじゃない」
「……なら!」
「──ただ、犯人は間違いなく罰を受けることになる。
 それは間違いない。どれぐらいの罰を受けることになるかも
 僕やお前が決めることは出来ないが、犯人はこれから長い時間をかけて
 罪を償うことになる」

ノワが今にも暴れだしそうで鬱井は慌てて銃をかまえようとしたが、
KIRAは鬱井とは逆に、銃を懐に収めてしまった。

「姉さんを殺したことがそんなことで許されるとでも──」
「だからそれは僕やお前が決めることじゃない」
「姉さんを殺しておいて十三年ものうのうと生きてきた奴だ。
 今更そいつが自らの罪の重さを自覚し、反省するわけがない」
「ただ、後悔はしている」
「──なんだと」
「犯人もこの十三年間、苦しみ続けて来たんだ。お前と同じように」
「一緒にするな」
「……お前が犯人を殺せば、お前も犯人と同じ罪を犯すことになる。そうなれば一緒だ」
「詭弁だ」
309まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/20(金) 03:45:34 ID:???
と、そこで携帯が追い討ちをかけるようにこんなことを言い出した。

「約束しよう。お前の代わり、というわけではないが俺達が犯人を捕まえる。
 誰にも邪魔はさせない。Lコテはお前の姉であり、俺達のクラスメイトでもあった。
 必ず仇は討つ」
「仇──」

正直、携帯のセリフこそ詭弁にしか聞こえない。
大体警察でもない携帯が捕まえるわけではない。
が、ここで余計な口を挟むとまた話がこじれるので鬱井は黙っていた。

「だからお前は復讐なんて考えないでLコテの分まで生きてやればいいんだ」
「……」

どこでも聞けそうなセリフだったが、ノワにはもっとも効果的な一言だった。
ただ携帯の場合、声や表情に感情の起伏がまるで見られなくて、
逆に本気で言ってるのかどうか判断し難い。

どちらにせよノワに選択の余地はない。
ノワも携帯もKIRAも、そして鬱井も黙ったまま時間だけが過ぎてゆく。

………………………………………………………………………………。

黙っているだけの時間はとても長く感じる。
一体いつまでこの状態が続くのかと鬱井は不安になってきた。
なんだか自分を含めて全員が蝋人形のようだ。
いつまでも黙ったままじゃ話が進まないだろうが。

仕方ないので鬱井がとっておきのギャグを披露して場の空気を
変えようとしたその時。

静寂を打ち破ったのは、遠くから響く銃声だった。
310まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/20(金) 03:46:25 ID:???
113.「詭弁」/終
311まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/22(日) 23:19:40 ID:???
114.「激走」



どうやら僕は神じゃなかったらしい。
僕はとうとう神には成り得なかった。

何故なら。

神はここではないどこかにいて、僕を見守っていてくれたからだ。
この世界を正しい方向に導こうとした僕を、神は見捨てはしなかった。

やはり最後の最後の最後の最後の最後の最後の最後まで諦めてはいけない。
諦めたらそこで試合終了だと誰かが言っていた。



「イ……ノ!?」
「あわ……だ、誰でつかあれ!?」

ニコフとショボーンに両脇を抱きかかえられ(何様だこいつら)階段を下りると、
給食室の方からイノセンスと、季節外れどころか一目で場違いだとわかる
意味不明な黒いコートを着込んだ男が廊下を駆けてくる。
更にその後ろから二人の男と一人の女のが前を行くイノセンスを追いかけるようにして
駆け出してきているのも見えた。
312まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/22(日) 23:29:48 ID:???
そうかこいつらが例の四人組か、と九州は心の中で歓喜した。

四人組をここに呼んだのはノワだが、それは九州の指示だ。
四人とは一度も顔を合わせたことはないが、彼らの実力はノワの折り紙つきだ。
まぁ信用していいだろう。

「逃げろ!」

イノセンスが必死の形相で叫ぶと、九州の腕を掴むニコフの手が離れた。

馬鹿女が!

「っあ!?」
「ひゃあ」

ニコフが手を離した瞬間、九州は体当たりしてニコフとショボーンをまとめて突き飛ばした。
無様に廊下に転がった二人を見て、思わず笑いが込み上げてきた。

「くっはははは!」

ざぁまぁーみろKIRA!
お前は僕をとっとと殺すしかなかったってことさ!
しかしこの四人が来た以上もう誰にも止められない!
手遅れだ。お前らは必ず死ぬ!!
313まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/22(日) 23:35:44 ID:???
「あーっはっはっは!」

勝った! 完全に勝った! 僕の勝ちだ!
神にはなれなかったが、最後に笑うのは、頂点に立つのは、この僕だ!
そうだ、これからは天帝と名乗ろう。

ずどん。

──と、銃声。


九州の目の前で、イノセンスがニコフとショボーンに覆いかぶさるように倒れ込んでいる。
そして四人の中でリーダー各と思われるキザそうな男が銃口をこちらに向けて
立っている。銃口からは微かに白い煙。

キザそうな男が銃口をこちらに向けて──。

こちらに向けて!?

「あ……ぅ……」

じわじわと腹部に焼けるような痛みが広がる。
そっと手をあてると、温かい液体がべっとりと手のひらを赤く染めた。

撃たれた?
僕が?
どうして!?

なんだこの血は!?
314まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/22(日) 23:40:04 ID:???
「ばっ……」

九州は銃を握ったままこちらに向かって悠々と歩いてくる男を見据え、

「馬鹿野郎ーっ! 貴様、誰を撃ってる!?」
 
と、腹の底から怒りをぶちまけたが、

「……ふざけるな……撃つなら……」

仕舞いには声を出すことも出来なくなっていった。

「誰だこの女。なんで手錠されてるんだ?」
「さぁ……よく知らないけど、なにか悪いことでもしたんでしょ」

薄れゆく意識の中で、九州はリノリウムの床に頬を張りつけ、
頭上で交わされる会話を聞いていた。

「どうでもいいけど、この女はボスじゃないんでしょ? ユス」

ユスとは誰のことなのか。
もう顔をあげることすらままならない九州には判断のしようがなかった。

「当たり前だろ。こいつ、撃たれる瞬間身動き一つしなかったぜ。
 そんな鈍い奴が俺らのボスでたまるかよ」
「それに手錠されてるし。あたし達が来る前にもう捕まっちゃいました、
 なんてありえないでしょ。そんなのがボスとかショボすぎるし」

そうか、しまった。

僕はこいつらと一度も顔を合わせたことがなかったんだった……。
315まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/22(日) 23:47:42 ID:???





──体育用具室。

「くっそ……! だから言ったじゃないか!」

鬱井はKIRAに文句を言いながら体育用具室を飛び出した。
KIRAが後ろから何か叫んでいたが、鬱井の耳には届かない。
今の鬱井の頭には、ニコフのことしかなかった。

「ニコフ、無事でいてくれ!」

銃声がどこからのものなのかはわからなかった。
一体誰が……まさか九州が隠し持っていた?
とにかく3−1まで戻るしかない。

「うぉぉぉ! ニコフ! ニコーフ!」

鬱井はこの日、人生で最も速い走りを見せた。
316まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/22(日) 23:53:48 ID:???





──南校舎三階3−1教室。

「な、なんだ今の!」
「銃声!?」
「きゃあっ」

ラチメチ達のいる3−1の教室は一瞬でパニックになった。
誰もが今すぐ教室を出て逃げるべきなのか、このまま全員でここに
固まっていた方が安全なのかわからずただおろおろするばかりだった。

だがラチメチは違った。
銃声を聴いて、気づくと廊下に飛び出していた。


   『明日、自分が死ぬってわかったらどうする……って言ったな』
   『──え?』
   『言ったんだ』
   『そう……だっけ』


教室の隅で携帯と話していたことを思い出しながら、ラチメチは廊下を駆け出した。
317まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/22(日) 23:59:47 ID:???
   『俺はあの時答えなかったけど──いや、答えられなかったけど……』
   『あの時……?』
   『今なら言えるよ。もし、明日自分が死ぬってわかったら、俺は──』
   『……』
   『もう後悔したくないから、自分に出来ること。自分にしか出来ないことを、
    やれるだけやってみる』
   『自分に……出来ること……自分にしか……』

生まれたときから持っていた、不思議な力。
見えてたのに、ずっと見えないふりをしてきた。

    『今度は俺が聞く番だ』
    『……』
    『このまま死んでもいい……なんて思ってないか?』
    『──あ』
    『やっと思い出したか』
    『うん……』
    『──俺には誰も助けられないと思ってた。
     家族だろうが、仲間だろうが、誰も』
    『うん……言ってた……ね』
    『なぁラチメチ』
    『はい……』
    『俺達──思い出に負けたのか?』

鏡を見るのが怖かった。
もしかすると、もうすぐそこまで終わりが迫ってきているんじゃないかと、
怖くて鏡の中の自分と目を合わせることが出来なかった。

もう一人の私にまっすぐな目で見つめられて、
心の自由が利かなくなるのが怖かった。  
318まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/23(月) 00:08:10 ID:???
    『携帯、どこ行くの?』
    『ちょっと人と約束があってな』
    『約束……? 何の? 誰と……?』
    『そいつ、今のお前と同じ顔をしてた』 
    『……?』
    『ずるずる、ずるずる……。まぁ、そうかもな。
     俺もそうだったからあいつの気持ちはわからないでもない』
    『……』
    『じゃあちょっと行って来る。すぐ戻るよ』
    『──待って携帯!』  
    『なんだ?』
    『携帯は……? 携帯はもう……』
    『──引きずり過ぎて……すり減ったかな……』

自分にできること、自分にしか出来ないこと。
私にしかない特別な力。
今までずっと見えないふりをしてきたけど、もう怖くない。





──南校舎二階廊下。

「あ、あわわわ……」
「きゅ、九州」

背後に殺気を感じ、咄嗟に床に倒れたニコフとショボーンに覆いかぶさって正解だった。
イノセンス達は何とか銃撃から逃れることは出来たが、九州はまさか自分が
撃たれるとは夢にも思っていなかったのだろう、腹部から出血するまで
笑みさえ浮かべていた。しかしもはや虫の息だ。
319まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/23(月) 00:17:13 ID:???
「……ふぅ……は、はー……ふぅ……は、はー……」

うつ伏せに倒れた九州は、自らの流した大量の血の海の中で、
次第に呼吸を弱めていった。もう助からないだろう。

「さぁ、早く立ってノートの所まで案内しろ」

敵はすぐには攻撃を仕掛けてこなかった。
四人は一定の距離を保ったままイノセンス達にそれぞれの武器を向けて構えている。

「おい、こいつら関係ないからこいつらは見逃して──って、ダメ?」
「ダメだ。三人とも立て」
「ちっ……」

そう甘くないか。
仕方なく立ち上がる。
しかし、こっからどうする──?

その時だった。

「──サティ、ヴォルマレフ」

銃をかまえたまま、さきほどユスと呼ばれた男がヴォルマレフと女に目配せした。

イノセンス達の後ろ、応接室のドアが開く音。
階段の上から誰かが駆け下りてくる足音。

「まさかボスが下りてくるってんじゃねぇよなぁ」

ヴォルマレフが階段の前に立ち、上から下りてくる者を待ち構える。
320まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/23(月) 00:30:13 ID:???
「殺していいの?」

サティと呼ばれた女が応接室の方へと歩き出す。

──隙あり。こいつら、俺のことなめすぎだぜ!

四人のうち、二人が完全にイノセンス達から注意を逸らし、
残りの二人もほんの僅かだが階段と応接室に気を取られたのを
イノセンスは見逃さなかった。

100%無駄のない最速の手順で隠し持っているナイフを抜き、
相打ち覚悟でリーダー格のユスという男を殺る!
そうすれば他の三人は俺だけを狙うはずだ。
そして俺が蜂の巣か八つ裂きにでもされてる間にニコフ達をなんとか逃がせば、
あとはKIRAに──という作戦だったが、これもあっさり失敗することになる。

イノセンスが立ち上がりかけたニコフを左手で突き飛ばし、
右手でナイフを素早く抜き取った瞬間、

「えやぁぁぁ」

イノセンスよりも先にショボーンが敵に飛び掛ったのだ。
子持ちの主婦だと侮っていた。
こいつは案外素質があるのかもしれない。
なんなら弟子にしてやっても──なんて感心してる場合ではない。
321まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/23(月) 00:35:45 ID:???
「アホっ!」

ユスという男はどちらを撃つべきか──という迷いを一瞬見せた。
それはイノセンスも同様だった。
このままユスという男を殺るか、ショボーンも突き飛ばして狙いをずらさせるべきか、と。





──南校舎三階3−1教室。

「んニコフ! 大丈夫かァー!」

鬱井が3−1の教室に飛び込んだのは最初の銃声から僅か数十秒後だった。
自分のどこにこんな脚力があったのかと思うほどの速さだったが、
鬱井の激走虚しく、3−1にはニコフの姿はなかった。

「あ、あれー!? ニコフはぁ!?」

鬱井はニコフの他にショボーン、ラチメチ、それに九州の姿も
なかったことには気づかなかった。

「う、鬱井! 銃声が……」

ミサキヲタが真っ青な顔で駆け寄ってきたが、そんなことはわかっている!
322まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/23(月) 00:39:41 ID:???
「どこだ!?」
「わ、わかんない。でもさっき下にニコフ達が……」
「なにぃー!」

下? そうか二階か。イノセンス達も下にいるはず。

「ど、ど、どうしたらいいの!?」

ミサキヲタと全く同じ顔色をしたわんたんがガクガク震えている。

「と、とにっかく気をつけろ!」

我ながら無責任な指示だとは思ったが、銃撃がここで起こったのでないなら
外に出るよりは安全だろう。

鬱井が踵を返して教室を出ようとした時、

「ぬぉっ」
「……くっ」

入り口でKIRAと正面衝突した。
KIRAも鬱井のあとを追って来ていたのだ。

そして更に、

「ぶへっ」
「うお」
「むっ……」

遅れてきた携帯が玉突き事故を起こした。

そして二度目の銃声が響く。
323まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/23(月) 00:46:05 ID:???





──南校舎西側階段踊り場。

ラチメチが三階と二階の間の踊り場まで辿り着いた時だった。
眼前──正確には眼下というべきだろう。
目を疑うような光景がそこには広がっていた。

階段を下りると十字路になっている。
その十字路の真ん中を舞台に、

階段の下に見たことのない巨躯な男。
その後ろにニコフ、イノセンス、ショボーン。
うつ伏せになって倒れている九州。
三人の向こうに見たことのない長剣を持った女。
イノセンス達を中心として十字路を左九時の方向に見たことのない男が二人。
二人の内一人が銃をかまえて立っていた。

あまりにも突拍子のないシーンに、ラチメチは異世界に迷い込んだのかと錯覚して
しまったが、それでもラチメチの足は止まらず、飛び降りるように踊り場から両足を
空中に投げ出していた。
324まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/23(月) 00:52:16 ID:???
「 ア ホ っ ! 」

銃口がどこを向いているのかはわからない。
しかし、イノセンスとショボーンのどちらかは確実に撃たれる。
もしかするとニコフを狙っているのかもしれない。

ラチメチは階段の途中の踏み段に足をかけたかどうかも自覚していなかったが、
体をどう動かすべきかは決まっていた。

自分にしか出来ないこと。
私にしか出来ないこと。

私だけがわかる、私だけが視ることの出来る未来。
これから死にゆく人間が自分にははっきりとわかる。
それは裏を返せば、まだ未来のある人間は殺すことは出来ないということでもある。

“ニコフとショボーンは絶対に死なない”

命の灯火が消えかかっているのはイノセンスだ。

だから私は命を懸けて、運命を変えてみせる。
例えその代償に自分の命を落とすことになったとしてもかまわない。
もう後悔はしたくないから。
325まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/23(月) 00:59:33 ID:???





──体育用具室。

「くっそ……! だから言ったじゃないか!」

最初の銃声で鬱井は誰よりもはやく体育用具室を飛び出した。

「待て鬱井! 一人で行くな!」

KIRAも鬱井のあとを追って飛び出す。

「どうなってる……」

そして携帯もまた、二人のあとを追って出て行った。

そうか、あいつらが来たのか……。

ノワは右手の包帯を力任せに引きちぎると、
その場に包帯を投げ捨てて体育用具室をあとにした。
326まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/23(月) 01:04:14 ID:???





──南校舎二階廊下。

ユスという男が自分に狙いを定めた瞬間、イノセンスはニコフ同様ショボーンを突き飛ばした。
お互いに迷いを見せたのはほんの一瞬だったが、その一瞬の迷いが
命取りになるということもお互いに理解していた。
しかし、ナイフと銃という武器の差は大きい。
イノセンスが間合いを詰めるよりも、ユスが引き金を引く方が速かった。

間に合わない──せめて一撃ぐらいは喰らわしてやりたかったが……。

イノセンスが死を覚悟した瞬間、不意に何かがイノセンスの体に覆いかぶさってきた。
同時に銃声。だが、イノセンスの体に痛みが走ることはなかった。

「──ラチメチ!?」

イノセンスを銃弾から守ったのはラチメチだった。

「おい!」

廊下に倒されたイノセンスはラチメチの体を抱きかかえながら起き上がろうとしたが、
ラチメチの背中にまわした手に生温かい感触が伝わる。血だ。

「なん……で……おい! ラチメチ──」
327まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/23(月) 01:07:34 ID:???
ラチメチは気を失っているようだった。
何故ラチメチがここに、どうして俺を……いや、そんなこと考えてる場合じゃない。
幸いにも急所は外れているし、弾も貫通している。
これならすぐに手当てすれば命に別状はないはずだ。
とにかく止血を──その前にこいつらから逃げなくては……。
と、その時。

ドゴォォォン!

銃声とはまた違う、何かが爆発したような音が響いた。
音はすぐ近くからだ。

イノセンスが音のした方向に顔を向けると、信じられないものが
こちらに向かって吹っ飛んできた。

廊下に設置されたベニヤ板である。

正確にはベニヤ板だった木片だ。

実行委員の者に聞いたところ、廊下を封鎖するために
ベニヤ板を何枚も重ねて五寸釘で壁や天井に無理やり打ち付けたらしい。
その厚さはおっかけ曰く『国語辞典並み』だという。

かなり乱暴な封鎖の仕方だが、効果は抜群で、
とてもじゃないが人間が素手でぶち壊せるものではない。

はずなのだが。

応接室から出てきた蟹玉とゲロッパーが壁に張り付いて硬直している。
廊下はすっかり見通しがよくなっていた。
ベニヤ板が設置されていた場所には、抜き身の真剣のような殺気を放つ
ノワが仁王立ちしていた。
328まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/23(月) 01:09:14 ID:???
114.「激走」/終
329まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/23(月) 23:20:11 ID:???
115.「告白」



「ああああああ……ああ!? ニコフ!」

ニコフは、ニコフは無事だった。
廊下に手をついて座り込んでいる。
見た限りではどこも怪我はしていないようだった。

しかし、だからといって胸を撫で下ろせる状況ではなかった。
明らかに敵だとわかる見たことのない男女四人。
憔悴しきった表情で座り込んでいるニコフ。
そのすぐ傍で倒れているのは九州だ。

そして、イノセンスとショボーンに抱きかかえられているラチメチの背中は
真っ赤に染まっていた。

「動くな!」

銃をかまえて叫んだのは鬱井ではなく、鬱井の後ろにいるKIRAだった。

「ラチメチ!」
「待て! 携帯!」

倒れているラチメチを見て、携帯が止める間もなく階段を駆け下りて行った。
330まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/23(月) 23:27:23 ID:???
「くそっ!」
「行くぞ鬱井!」

意を決して携帯のあとに続いて階段を下り始めたが、
謎の四人組は鬱井達には目もくれず、何故か応接室の方を見ていた。
いや、よく見ると四人だけじゃない。
イノセンス達も同じ方向を見ている。

階段を下りきって、鬱井は彼らが何を見ているのかを知った。

「ノワ……?」

ノワがこちらに向かって歩いてきていた。
なんでそっちから?
という疑問を感じたのと同時に、廊下に設置されていたベニヤ板が破壊されている
ことに気づいた。

何なんだ?
何が起こって何がどうなったのかさっぱりわからない。
鬱井はわけもわからずとりあえず引き金に指をかけて銃をかまえたが、
誰に照準を合わせればいいのかもわからなかった。

「誰? あれ」

と、なんか変な長い剣を持った女。
お前こそ誰だ。

「あれがボスだ」

銃を持った男が言った。
ボスって誰だ。お前も誰だ。
331まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/23(月) 23:34:34 ID:???
「へぇ、あれが。確かにそこの女よりはそれっぽいね」

女が剣の先で床に倒れている九州を指す。
それで鬱井はなんとなく状況を把握した。
よくわからんがこいつらは華鼬の構成員なのだろう。

ノワは床に散らばったベニヤ板らしき木片を踏み潰しながらゆっくりと
鬱井達の所まで来ると、

「中止だ」

と、四人組に向けて言った。

「中止?」

銃を持った男が目を細める。

「あぁ、中止だ。組織としての華鼬は終わりだ」
「冗談を──」

ノワと銃を持った男の間に張り詰めた空気が流れる。
二人の──いや、ノワと四人組の放つ異様な雰囲気と殺気に、
鬱井は一歩も動くことが出来なかった。

「ねぇ、ほんとにこいつがボスなの?」
「まさかこんなとこまで呼びつけといて『帰れ』もねぇだろう」
「ユス、どういうことだ?」

外見的特長を語るのもめんどくさい他の三人が身構える。
332まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/23(月) 23:41:37 ID:???
「……確か……あのノートは死の前の行動を操れたはず──」

ユスとか呼ばれた男が呟いた。
どうやら四人もノートのことを知っているようだ。

偽物だけどな、と鬱井は思ったが緊張で声が出なかった。

「じゃあもう操られてるってこと?」
「──どちらにせよ……もうボスと呼ぶ必要はなさそうだ」

ユスという男が、す……と片手を上げると、他の三人はそれぞれ
独特の構え(強そうな)でユスという男の後ろに並んだ。
ノワから見ると四人が縦一列に並んでいる格好になっているのだろうが、
四人の現実離れした外見のせいで横から見ている鬱井には
出来の悪いドラクエにしか見えなかった。

さしずめノワはラスボスか。
そういえばノワってデスピサロっぽいな色んな意味でと思うのは俺だけだろうかと
鬱井がドラクエ好きにしか通じなさそうな下らないことを思いついた瞬間、
四人が一斉にノワに襲い掛かった。

「ノワ!」

やばい、このままじゃノワが──!
我に返った鬱井は、縦一列に並んだまま物凄いスピードでノワに突進する
四人に銃を向けようとしたが、あまりの速さに照準が追いつかなかった。
333まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/23(月) 23:46:15 ID:???
誰か時を止めろ! と鬱井は強く願った。


そして、ほんとにその願いは叶った。

後にこの瞬間の出来事を人に説明する時、どう言えばいいのだろう。

1秒前まで確かにそこにあったはずのノワの姿が消失し、
ノワに襲い掛かった四人の体が宙を舞っていた。

キュッ──という黒板を爪でひっかいたような音が背後から聴こえたのは
四人の体が廊下に転がった時だった。

振り返るとそこにはノワ。

「──え?」

もう一度振り返る。
四人はぴくりとも動かず廊下に横たわっていた。

「あ?」

もう一度振り返る。
やっぱりノワが立っていた。


あぁそうか。
ノワはデスピサロなんかじゃない。

ノワが金髪なのはサイヤ人だったからなのだ。

鬱井はそれで納得することにした。
334まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/23(月) 23:51:54 ID:???



──10分後。

ノワの超人的活躍により、謎の四人組は一瞬にして退場を余儀なくされた。
さすがに手錠の数が足りないので、気絶した四人は職員室にあったガムテープで
グルグル巻きにして空き部屋に放り込んでおいた。
ノワ曰く『三日は目覚めないだろう』とのこと。
たいしたやつだ、ぐらいしかコメントのしようがない。

ラチメチはあのあとすぐに携帯が保健室まで連れて行った。
といってもこんな所じゃ適切な治療は望めないので止血するぐらいしかないだろう。

そして九州。
九州はかろうじて生きていた。
だが出血量から見て、もう助からないだろうというのは一目でわかった。

「なんか……憐れだな……」
「自業自得だ」
「……」

鬱井、KIRA、ノワの三人は、血の海の中で倒れている九州を
取り囲むようにして立っていた。

「ノワ……なにをしてる……はやくぼくをたすけろ……」

弱々しい声でノワに“命令”する。
この期に及んで上から口調な九州に鬱井はただ呆れるばかりだった。
335まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/23(月) 23:59:34 ID:???
「無理だな。もうお前は助からん。諦めろ」

ノワが冷たく言い放つと、九州は寂しそうな目を鬱井に向けた。

そんな目で見るな……。
鬱井は思わず目を逸らしてしまった。

「いたい……KIRA、いたいよ……」
「当たり前だ」

KIRAの返し方はノワより冷たかった。

「僕は死ぬのか……」
「そうだ。今度は嘘じゃない」
「くそぅ……」

九州は悔しそうにかさかさになった唇を噛んだ。

「なぁ九州」

鬱井は、九州にどうしても聞いてみたいことがあった。

「お前にとって、命って……いや、“人”ってなんだ」
「駒だ」

何の迷いもなく、九州は間髪入れずにあっさりと答えた。
336まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/24(火) 00:07:02 ID:???
「駒だと?」
「僕以外の人間なんて生きてる価値は無いに等しい。お前もだ」
「なんでそんな──」
「うるさい。キレイゴトは聞きたくない。黙れ」

九州は瞼が閉じそうになるのを堪えているのか、まつ毛をぴくぴく上下させる。

「KIRA、今何時……?」

後頭部を支点にして、九州は首をごろりと転がしてKIRAを見上げた。
どうでもいいがKIRAに話す時だけ明らかに口調が優しいのは何なんだ。

「6時50分」
「そう……ありがとう……」
「なんだ?」
「……いや別に……自分の死亡時刻ぐらい把握して死にたいと思っただけ……」

なんだそれは。
本当によくわからない奴だ、と鬱井はコケそうになったが、

「そうだ。しまった……!」

ノワが突然、何かを思い出したように顔色を変えた。
足元で九州が「ちっ」と舌打ちする。

「どうしたノワ?」
「はやく外に脱出するんだ! この学校は7時ちょうどに爆破される!」

この学校は7時ちょうどに爆破される! な、なんだってー! アホか。
337まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/24(火) 00:12:34 ID:???
「なんだそれは!? お前らラスト直前だってのに無茶苦茶しすぎだぞ!」

ラスト直前だからか、とも思ったがそこを掘り下げて考察してる場合でもなさそうだ。

「いや、グラウンドまで出れば大丈夫だ。とにかく死にたくなければ
 外に出るしかない」

と、ノワは言ったが、

「無理だね……」

九州が目を細めて笑った。
目を細めたのはもう限界が近づいているからかもしれないが。

「ノワ、お前には秘密にしておいたが……10分後に爆発するのは
 お前が橋や教室に仕掛けたものとは別物だ……。
 あれは僕が作ったんだ……グラウンドに逃げたぐらいじゃ
 どうにもならない……ふふふ……」
「グ、グラウンドに逃げてもどうにもならないって……どんな威力だよ!」
「東京ドーム4個分」

馬鹿か。
そんな凶悪なものを仕掛けて何がしたいのか全く意味がわからない。

「その爆弾とやらはどこにある?」

KIRAは冷静だった。
あと10分しかないのだから九州に文句を言ったり、
誰かに『そんな展開はありえない』と説教しても仕方ない。
今やらなければならない課題を最速でクリアしなければならないのだ。
338まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/24(火) 00:18:56 ID:???
「自分で探しなよ……でも、一応これだけは言っておこう……。
 死にたくなければ空を飛んで逃げるか、爆発を止めるしかない、と……ごふっ」

ヒントにもならない戯れ言と血を吐いて、九州は目を閉じた。
とうとう死んだのかと思ったが、何秒かすると九州は再び目を開けた。
こいつはこいつで中々しぶとい奴だ。

「さ、さいごに……ひ……ひとつだけ……KIRA……」

もはや焦点さえ定まらぬ虚ろな目で、九州はKIRAを見上げる。

「ず……ずっとあなたが好きだった……」

ほんの一瞬、九州の目が乙女チックに輝いた気がした。
九州の告白を受けたKIRAは、その場に片膝をついて九州の顔を覗き込む。
何をする気なのだ。

殺して殺して殺しまくって、最後に自分も殺されるというオチの
イカれた思想の殺人鬼と、それを追い続けた刑事が見つめ合う。
永遠とも思える長い長い沈黙のあと、KIRAが静かに口を開いた。

「悪いな。僕は心の底からお前のことが嫌いだ」

KIRAの情け容赦のない一言で、二人の空間を切り抜いていた
四角い枠が音を立てて崩れ落ちる。世界は一巡し、二人だけの時間に
終わりの時が来たことを告げる鐘が鳴り響き、なにを言ってるのか。
とにかく、

「ちくしょう……」

これが華鼬・九州の最期の言葉となった。
339まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/24(火) 00:25:45 ID:???




──肝禿小学校、爆破まで残り7分。

「で、どうすんだKIRA?」
「とにかく爆弾を探して──いや、その前にみんなを避難させなければ」
「でも逃げたって意味ないんだろ?」
「とにかくお前はみんなを避難させろ。僕は爆弾を探す」
「探すったってどこを……」
「いいから言われた通りにしろ!」
「は、はい」

KIRAに怒鳴られ、鬱井が三階へ向かおうと階段をあがろうとした時、
下から携帯が上って来た。

「あ、携帯! 大変だ!」
「なんだ」

事情を知らない携帯は、呑気にのたのた階段を上がってくる。

「爆弾が仕掛けられてるらしい。すぐに避難するんだ」
「あぁ、あれのことか」
「え?」

階段を駆け上がろうとしていた鬱井の足が思わず止まった。
340まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/24(火) 00:30:56 ID:???
「なんだ? 知ってるのか?」
「保健室にあったぞ」
「保健室!?」

なんと都合のいい展開だろうか。
少し拍子抜けだが、これで探す手間が省けた。

「って、ちょっと待て。なんでそんなのんびりしてんだお前!」

爆弾を見つけたのならもっと息せき切らして走って来いと言いたかった。

「なんでって……お前こそなんでそんなに焦ってるんだ鬱井」
「なんでって……お前なんでそんなに焦ってないんだ携帯」
「なんでって……焦る必要ないからだ」
「なんで?」
「なんでなんでうるさいな。俺が爆弾を止めたからに決まってるだろ」
「なんで!?」

携帯の話によると、ラチメチを保健室に連れて行くと、ベッドの上に爆弾が
あったのだという。
どんな爆弾だったのか尋ねると、どこからどう見ても爆弾にしか見えない、
それはもう爆弾らしい爆弾で、『爆弾』としか形容のしようがないほどの
爆弾で、東京ドームを四個は吹き飛ばしそうな爆弾だったらしい。
そこまで言うのだからさぞかし爆弾だったのだろう。
341まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/24(火) 00:43:36 ID:???
携帯の説明はひどく雑だったが、とりあえずその爆弾の箱(?)からは六本の
それぞれ違う色の線が伸びていて、正しい順番で一本ずつ線を切っていかなければ
爆発を止められない仕組みになっていたらしい。
爆弾と一緒に紙が置いてあって、そこに解除のヒントが書かれていたらしい。
おそらく、というか間違いなく九州が書いたものなのだろう。
そして携帯はその紙に書かれたヒントを読んで『楽勝で解除してやった』らしい。

「そ、そんな楽勝だったの」
「五秒で解いた」
「す、すごいね」
「別に」

なんだか九州がものすごくかわいそうに思えたが、
鬱井はすぐにそのことをKIRAに伝えた。

「で、その紙に何が書いてたんだ?」
「あぁ、ほら」

携帯はポケットからくしゃくしゃに丸まった紙くずを取り出して、
鬱井に手渡した。

「お前なぁ。もうちょっと丁寧に……」
「もう終わったことだしいいじゃないか」

鬱井に紙くずを手渡すと、携帯はそのまま階段を上がって行ってしまった。
ちなみにラチメチは『今のところ命に別状はなさそう』だとのこと。

これにて悪夢のような華鼬の夜に幕が降り、あとは救助が来るのを
待つだけとなった。
342まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/24(火) 00:45:38 ID:???
115.「告白」/終
343まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/26(木) 23:37:58 ID:???
116.「龍頭」



──応接室。
鬱井は頭を抱えてソファーに座っていた。

「うぅむ……」

九州が書いたと思われる、爆弾の解除方法についてのヒントを記した紙と
にらめっこし始めてもう5分になる。

「ふむむ……」

携帯の話では、赤、青、黄色、緑、白、黒、の六本の線が
爆弾の箱(?)から伸びていて、それを順番に切っていっただけだと
言っていたが、携帯がどの順番で切ったのかがわからない。
344まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/26(木) 23:51:15 ID:???
それにしてもこの九州、ノリノリである。
それが鬱井の率直な感想だった。

もし鬱井達(ノワ含む)を皆殺しにしたなら、九州は爆弾を自分で解除しなければ
ならなかったのだ。
全員を殺したあと、九州は一人で保健室に行き、
自分で書いたこの紙を目にすることになる。

俺だったらすごく恥ずかしい気持ちになるだろう。
そんな内容だった。

「鬱井、まだ考えてるの?」

鬱井が頭を抱えていると、ニコフがにやにやしながら声をかけてきた。
隣には同じくらいにやにやしているアンキモがいる。

「うーん……わからん」
「うっふふふ……」
「な、なんだよ」
「別にぃ。じゃ、お先に」

意地の悪い笑みを浮かべたままニコフとアンキモは応接室を出て行った。

これで今、応接室に残っているのはもう鬱井だけだ。

「はぁ……」

鬱井はため息をつきながら立ち上がると、紙を丁寧に折りたたんで
胸ポケットにしまい、隣の事務室に移った。
345まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/27(金) 00:08:42 ID:???



──2時間前。


3−1に残っていた者達に四人組をとりおさえたこと(といっても彼らは
四人組の姿すら見ていないが)を伝えたあと。

鬱井はKIRAと共にもう一度体育用具室に行き、
ちさこの死体を跳び箱の中から発見した。

九州の死体もあのままにはしておけなかったので、ひとまず職員室へと
運んでおいた。

ラチメチは気を失ったまま保健室のベッドに寝かされていて、
ニコフやショボーンが付き添った。

ノワは。
今までのことや、今後の処分についてはともかく、
もう鬱井達にとっては“敵”ではなくなっていた。
しかしみんなと一緒に救助を待つというわけにもいかず、
今は事務室に隔離されていた。
ちなみに事務室にはノワの他にイノセンスと携帯もいる。

今度こそ全てが終わった。
まだやらなきゃならないことはたくさんあるが、
ちょっと休憩……と、応接室のソファーに腰掛けた時だった。
346まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/27(金) 00:14:38 ID:???
「……な、なんだ!?」

どこからか地鳴りのような音が響いてきた。
音がどんどん大きく──近づいてくる。
それにつれて窓がびりびりと震え始めた。

「や、やべぇ! なんか……爆発!?」

まさか他にも爆弾が仕掛けられてたのか!?
もうあかんもう終わりやと鬱井は絶望したが、もちろん爆弾などどこにも
仕掛けられてはいなかった。

「いや、違う」

と、KIRA。

「外だ」
「ふぇ?」

なんのこっちゃと考える暇もなく、KIRAは応接室を出て行ったので、
鬱井は反射的に(悲しいことに)わけもわからず主人であるKIRAのあとを追った。


足早に廊下を歩き、階段を下りて玄関へ。
玄関を出るとKIRAはグラウンドの方へ向かった。
音は益々大きくなる。
347まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/27(金) 00:23:12 ID:???
「おぉ……」

グラウンドに出て、鬱井は思わず声を漏らした。
地鳴りのような音の正体はヘリコプターだったのだ!
ヘリはちょうどこれからグラウンドの中央に着陸するところだった。
ものすごい勢いでプロペラが回っている。
すげーこんな近くで見たの初めてだぜ、と鬱井は興奮した。

「はっ!? そうだ。興奮してる場合じゃない。KIRA、なんだあれ」

と、鬱井が隣にいるKIRAに声をかけたが、KIRAは鬱井を無視して
グラウンドの中央に向かって歩き出していた。

「ちょ、待てよ」

鬱井も慌てて後を追った。



「月くん、お疲れ様です」

ヘリの中から出てきた、鬱井達とそう年の変わらない青年が
KIRAに向かってびしっと敬礼する。ライトくんって誰だ?

「ま、松田さん……その呼び方はここでは……」

KIRAは何故か恥ずかしそうに(すごくレアな表情だ)松田という青年に
向かって敬礼を返した。
348まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/27(金) 00:27:46 ID:???
松田という青年もおそらく同じ警察の人間なのだろう。
見た感じ、なんとなーく自分に似てる気がした。なんとなく。

「ライトくん、無事か?」
「ライトくん、怪我人は?」

ヘリの中から更に数人が降りてきた。

何気に最初からすごそうな体格のいい男と、恋愛経験のなさそうな眉毛がない男。
それに護送車でテレビ局につっこみそうな白髪交じりのオッサンは、
鬱井でも知っている警察の偉い人である。

あとヘリの操縦席に特許とか持ってそうなおじいちゃんが座っていた。
鬱井に気づくとペコリと頭を下げてくれたので、鬱井も慌てて頭を下げた。


彼らとKIRAの会話を聞いていると、華鼬を追っていた捜査本部の人間だと
わかった。

ライトくんというのはKIRAの偽名みたいなものなのだということも。
なるほど、まぁ……KIRAに似合ってるからいいんじゃないだろうか。

KIRAに「ライトってどういう字を書くんだ?」と聞いたら何故か殴られた。


それから。
ヘリで数人ずつ村へ帰されることになった。
まず怪我人であるラチメチや、体調不良を訴えていたゲロッパーが優先的に乗せられた。
これはKIRAの指示でもある。
349まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/27(金) 00:32:16 ID:???
ヘリが何度か往復するうちに、残りは晴刷市メンバーだけになった。
その間、KIRAは捜査本部の人間達と共に校内を歩き回っていた。
鬱井も同行しようと思ったのだが、KIRAに『お前は来なくていい』と
言われたので、鬱井は応接室でニコフ達とお喋りして時間を潰すことにした。


「なにそれ?」

鬱井がヒントの書かれた紙を見せると、みんな興味津々だった。
こんな反応が出来るのも、もう危機迫るような状況ではなくなったからだろう。

「いや携帯がさ……」

と、鬱井が九州が死ぬ前に言っていたことと、携帯から聞いたこととを
併せて説明すると、ニコフは目を輝かせ、

「要はなぞなぞねっ!」

よーしニコフ頑張っちゃうぞーとばかりに張り切り出した。
あぁ、平和だなぁ……。

「まぁ、でも……携帯が答え知ってるんだけどね」
「ダメよ言っちゃ! 自分で考えるからっ」
「あ、はい……」

ニコフはすごくたのしそうだった。
他のみんなも真剣な顔で紙を見ている。
350まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/27(金) 00:35:16 ID:???
「あ、わかった」

ニコフがぽん、と手を叩く。

「はやいな」
「ふっふっふ……」

満足そうに何度も頷き、ニコフは胸を張って笑った。

「で、答えは?」
「それは自分で考えなきゃ」
「えぇー……」

それがめんどくさいからみんなに聞いたのに……。

「わかった」
「うぇ、マジで?」
「ふっふふ……楽勝」

驚く鬱井を見て、アンキモもニコフのように満足そうに笑った。

「あぁ、そういうことか……」

と、蟹玉まで。

「え、なんでそんなすぐわかっちゃうの君達……」

九州が一生懸命考えたんだぜ、これ……とは言わなかった。

「漏れもわかったでつ」

そしてショボーンも。
351まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/27(金) 00:38:55 ID:???
遂にわからないのは鬱井一人になってしまった。

……いや、まだだ!


「ちょ、隣行って来るわ」

鬱井は紙を持って隣の事務室に移った。

事務室にはイノセンス、ノワ、そして最初に解いた携帯の三人がいた。

「先に言う。携帯! 答え言うなよ!」

と、念を押してからイノセンスとノワに紙を見せる。

「……わかったけど? なに? 鬱井わからないの? マジで? 本気で?」

イノセンスにも秒殺された。いや俺じゃなくて九州が。
でもなんか悔しいっ。
えぇいまだだ、まだノワがいる。

「ノワ、どうだい?」
「──あぁ、わかった」
「ぐっ……」

遂に、遂にわからないのは鬱井一人になってしまった。
352まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/27(金) 00:41:14 ID:???
「ちょ、携帯。ヒントをくれ、ヒントを」
「ヒントなんてない」
「えぇ?」
「そんなのヒントになってない。それ、なぞなぞとして成立してないぞ」

ヒントになってない?
どういうことじゃいと鬱井は首をかしげたが、それはイノセンスとノワも一緒だった。
答えすらわからない自分ならともかく、なんでだ?

「もうわからん! 答え教えてくれ」
「嫌だ」
「なんでだよ!」
「なんとなく教えたくない」
「ひでぇよ!」

ここまで来て俺だけ仲間外れか! と、鬱井はショックを受けたが、
まだ一人だけこれを見せてない奴がいることに気づいた。

「ちくしょう……ん?」

その時、廊下からKIRAの声がした。
そう、KIRAはまだこれを見てない!

「KIRA〜!」

鬱井が勢いよく廊下に飛び出すと、KIRAが捜査本部の者達が、
なにやら真剣な顔つきで校長室を指差して話し込んでいた。
しかし鬱井にとってはそれどころではない。
353まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/27(金) 00:45:18 ID:???
「おいKIRA!」
「な、なんだ」

KIRAが驚いて振り返る。

「これを……」
「わかった」
「う、うぅ……」

紙を見せた瞬間に、秒殺どころか瞬殺された。
九州が、だけど。

「邪魔だ。お前は中に入ってろ」

KIRAがしっしっ、と鬱井を追い払う。

「せ、せめてヒントをくれ」
「そんなのヒントになってない。それ、なぞなぞとして成立してないぞ」

携帯と同じセリフを言って、KIRAは捜査本部の者達と共に校長室に入っていった。



──そして2時間後、現在。

鬱井が再び事務室に入ると、イノセンスと携帯の姿はなかった。
あの二人はニコフ達と一緒にヘリに乗ったのだ。
今、事務室にいるのはKIRAとノワだけだった。
そして学校に残っているのはもう鬱井達3人だけだ。
354まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/27(金) 00:47:52 ID:???
「まだ考えてるのかお前は」
「だってわかんないんだもん……」

暗に『教えてくれ』と言ったつもりだったが、
KIRAはそんな鬱井の浅ましい考えを見抜いたようで、
わざとらしく鬱井から目を逸らして窓の外に目を向けた。

事務室に沈黙が流れる。

答えを教えてもらえそうにない。

──事務室に沈黙が流れる。

KIRAもノワも一言も発しないのでなんだかとっても息苦しい。

「なぁKIRA、ちょっと聞いていいか」
「なんだ」

ほっといたら誰も喋らなさそうだったので、仕方なく鬱井から
ネタを振ることにした。

「その時計ってどうなってんの?」

鬱井はKIRAの腕時計を指差した。
他にもたくさん聞きたいことはあるが、まずは手近なとこから
ひとつずつ聞いていこうと思ったのだ。
355まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/27(金) 01:00:26 ID:???
「何故そんなことを聞く?」
「いや……なんか仕掛けでもあるのかなーと思ってさ」
「ふむ」

と、KIRAが袖を捲り上げる。やっぱりほんとに仕掛けがあるようだ。
それは鬱井もなんとなくわかっていたが、気になるのは
時計の中に何が入っているのかということだった。

「これはだな……」

KIRAは腕時計のリューズをそっと指でつまんだかと思うと、
すごいはやさでカチカチカチカチっとリューズを引っ張った。
おお、何が飛び出すのだろう……と、鬱井はワクワクしながら
KIRAの腕時計を凝視した。

カシャン、バシュン! キィン!「うぉ!?」時計から目にも留まらぬ
スピードで何かが飛び出したかと思うと、その“何か”は壁に跳ね返って
鬱井の足元に転がった。つまようじ? かと思ったがそうではない。

「な、なんだ今の……」
「麻酔銃」
「お前、そんなのあるんだったらちゃんと蝶ネクタイしろよ」

しかも声が変えられるやつだ、と鬱井が言いかけると、
KIRAはニヤリとしてネクタイの結び目をキュッとつまんだ。

「あ、いい。やめろ。やらなくていいから」

嫌な予感がして慌てて待ったをかけると、KIRAは少し残念そうな顔をした。
356まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/27(金) 01:05:01 ID:???
やれやれ……と、鬱井はKIRAの足元に視線を落とす。
一応はただの革靴に見えるがどうだろう。

「で、どこのアガサ博士に作ってもらったの?」
「ugoだ」
「あぁそう……って、ugo!?」

なんでugoがこんなとんでもアイテムを?

「知らんのか? ugoはその筋じゃかなり有名な発明家だぞ」

知るか。
なにが“その筋”じゃわけわからん。

「ただ……最近あまりよくない噂を耳にするがな。
 ugoの研究──」

と、KIRAは言いかけて急に口ごもった。

「いや、それはまた別の話だ。この話はよしておこう」

是非そうしてくれ。
これ以上話を広げられてはかなわないのでもう質問は後回しにしよう。
聞きたいことはまだたくさんあるが、
そのほとんどは村に戻れば嫌でも答えがわかるのだ。

とりあえずは、これだけ自力でなんとか解いてみようかな。
鬱井はお迎えが来るまでの間、九州の残したなぞなぞに没頭することにした。
357まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/27(金) 01:09:15 ID:???
     Qちゃんの! ドキドキ☆爆破クイズ

最初に切らなければならない線は黒または白のどちらかだ。
爆発を止めたいなら、一度も間違えずに正しい順番で切ればいい。
死にたくなければ死ぬ気で考えろ。黒は何にも染まらない。黒は白を呑み込むが、
白では黒を呑めない。まずは白の線を切ることをおすすめする。

次に切るのは暖色または寒色。その次も暖色または寒色を切ることになる。
二番目に選んで切るべき色は信号機にも使われている色だ。つまり青、黄、赤のどれか。
この三色の中から選ぶとすれば僕は黄色だけは絶対に選ばない。信号に黄色は必要ない。
青は進め、赤は止まれだが中間の黄色だけは曖昧で何が言いたいのかわからない。死ね。

三番目に切らなければならないのは続けて暖色か寒色のどちらかだ。
当然だが、二番目に選んだ線の色だけは除外されることになる。 
ヒントは「僕が嫌いな色」。どうしてもこの色だけは生理的に受けつかない。
ちなみに六本の中で、暖色は黄色と赤しかないが、この二本のどちらかで間違いない。

次、四番目は黒の線を切る訳だが、その場合は最初に白の線を選んでなくてはいけない。  
君は僕の忠告通り白を切ったはず。しかし僕を信じず最初に黒を切ったのならもう死ね。
この屑野郎。人の忠告は素直に聞いておくものだ。後悔してももう遅い。
泣いて謝っても許さないぞ。最初に白を選ばなかったお前が悪いんだ。このとんまが。

線も残りニ本となり、次に選ぶのは青か緑だ。この二色が残ってないなら君は終わりだ。
諦めて念仏でも唱えてろ。だがもしも青と緑が残っているのならまだ望みはある。
知恵を絞ってよく考えろ。どちらを切るかは君次第だが、一応ヒントを記しておく。
二番目の文章で、候補にあがっている信号の三色だが、青くない青信号は沢山ある。

さてラストだが、君が素直な奴なら最初から最後まで僕の指示通り線を切っているはず。
三番目までは悩んだかもしれないが後半は悩む必要はなかっただろう。最後にもう一つ
忠告しよう。君のようなアホは迂闊に他人など信用しないことだ。しかし君はアホだから
自分の運命を左右する最後の二択で緑の線を切っているのだろう。このどてかぼちゃが。
358まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/27(金) 01:16:49 ID:???
……とだけ書かれているのだが、やっぱりわからない。
俺はアホなんだろうか? 

それにしてもうちのクラスは変な奴ばっかりだ。

鬱井が白、赤、黄色、黒、緑、青、の順番に違いないと結論を出した時、
ばたばたばたばたと空気を切り裂くプロペラの音が聞こえてきた。
359まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/27(金) 01:17:43 ID:???
116.「龍頭」/終
360まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/28(土) 00:33:46 ID:???
117.「雑種」



村に着くと、鬱井とKIRAだけがヘリから降ろされた。

「KIRA……」

ヘリの中から、ノワが訴えかけるような目で鬱井達を見ていた。

「心配するな……約束は守る」

KIRAがそう言うと、ノワは力なく笑って軽く両手をあげた。
ノワの両手には手錠がかかっている。


ヘリが飛び立つのを見送って、鬱井とKIRAはノワとの約束を果たす為に
歩き出した。

二人が向かったのは、ゲロッパーの家だった。
361まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/28(土) 00:40:02 ID:???



ゲロッパーの家の玄関の前で携帯が座っていた。
鬱井もKIRAも声はかけなかったが、携帯は二人に気づくとゆっくりと立ち上がった。

「俺も立ち合わせてもらうが……かまわないな?」

KIRAは携帯と目も合わせず、

「好きにしろ」

とだけ言って玄関の引き戸に手をかけた。

立て付けの悪い引き戸が耳障りな音を立てると、
庭先でうろうろしていた犬の『げろっぱ』が家人に来客を知らせるように吠え立てた。

「おわっ」

尻尾を振りながら鬱井の足元にまとわりついてきかと思うと、
げろっぱはガブリと鬱井のふくらはぎに噛み付いた。

「いてててっ」
「わふわふわふ! ふががっ」
「な、なにすんだこの馬鹿犬!」

頭をひっぱたいて追い払うほどではないし、
かといって下手に動くと逆に怪我してしまいそうな絶妙な力加減だった。
362まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/28(土) 00:46:44 ID:???
身動き取れずに鬱井がされるがままに立ち尽くしていると、

「お前はそこで遊んでいろ」

と、KIRAと携帯は鬱井をおいてさっさと家の中に入っていってしまった。


10分後。
鬱井は相変わらず玄関の前で立ち尽くしていた。
足元でふがぐるるわふとげろっぱが唸り声をあげている。
いつまでこうしていなきゃならないのだろうと鬱井がうんざりし始めた時、
ようやく引き戸が開いた。携帯だ。

「KIRAは?」

出てきたのは携帯一人だった。
後ろから遅れてKIRAが出てくるということもなく、
携帯は玄関の敷居を跨いで外に出ると、後ろ手に引き戸をスライドさせて
ぴしゃりと戸を閉めてしまった。

「なぁ携帯。KIRAは? ってば……」

携帯が答えないのでもう一度聞くと、

「さぁ、そのうち出てくるんじゃないか」

と、携帯はそっけなく答えて歩き出そうとしたので、
鬱井は慌てて携帯の腕を掴んで引き留めた。
363まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/28(土) 00:51:51 ID:???
「ちょ、待て待て。どうなったんだよ? というか俺はどうしたらいい」
「どうなったって……何しに来たんだ、ここに。
 ……お前がどうしたらいいのかは俺に聞かれても困る」

不愉快そうに鬱井の腕を振り払う携帯の表情は本当に不愉快そうだった。

鬱井達がここに来た理由。
それはノワとの約束を果たす為、つまり──。

「……KIRAは、ゲロッパー先生を逮捕したのか?」
「さぁ」
「さぁって……お前今まで中で何してたの。KIRAは何してるのさ」
「俺は確認……いや、見届けたかっただけだからな」

十三年前、Lコテの家に放火して、Lコテとその両親を殺した犯人が
自分の犯した罪を認めるのを、と、携帯は呟いた。

「じゃ……やっぱ先生が犯人だったのか。KIRAの言った通りだったんだな」
「あぁ……」
「そんで、動機は?」

鬱井は全く動揺していなかった。
それどころか一つ肩の荷が降りた気さえする。
だけど降ろした荷の中に何が入っていたのかぐらいはすぐに知りたい。
364まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/28(土) 00:57:56 ID:???
「動機なんて俺に聞かれてもな」
「聞いたんだろ?」
「なんとなく、さわりだけな」
「なんだそりゃ」
「興味ないんだ、そういうの。聞いたって仕方ないだろう。
 それにどうせ俺から聞かなくてもあとでわかるだろ。
 KIRAが出てくるのを待ってろよ」

じゃあそういうことだからちょっとぶらぶらしてくる、と携帯が歩き出そうと
したので鬱井はもう一度携帯の腕を掴んで引き留めた。

「待てってば。まだ聞きたいことはある」
「なんだしつこいな。言っとくがアレのことなら答えないぞ」
「う……」

携帯の言う『アレ』とは例の爆弾の解除方法のアレだろう。

「じゃなくて、俺が聞きたいのは……」

アレはアレでどさくさに紛れて答えを聞こうとしていたのは事実だが、
鬱井が今聞きたいのはそのことではなく、ゲロッパーの動機でもない。

「携帯、お前はどこからどこまで知っていて、何をしようとしてたんだ」

鬱井にとって一番“謎”なのは、華鼬のことでもなく、十三年前のことでもなく、
ましてや九州の残したなぞなぞなんかでもない。
目の前にいる携帯こそが鬱井にとって最もミステリーな存在だった。

最初から最後までいたのかいなかったのかもわからない微妙な立ち回り。
かと思えば核心に迫るシーンには必ずといっていいほど携帯が関わっていた。
だけどだからといって携帯が事件解決に役立ったのかというと……そうでもない。
365まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/28(土) 01:04:31 ID:???
「なぁ、答えろよ」
「……全部知ってたよ」
「言うと思った」

半ば予想していた答えだったが、それでは「あぁそっかーふぅん」と
納得することは出来ない。

「もういいだろ」
「よくねーよ。あのな携帯。言っとくけどお前、結構ギリギリだってこと
 忘れちゃいけないぞ」

昨夜からの携帯の数々の奇怪な行動が法に触れてるかどうかもまた
微妙なところだったが、鬱井は軽い脅しのつもりで言うだけ言ってみた。

「……めんどくさい奴だな……」

携帯は鬱井の脅しには怯んだ様子もなかったが、一応は答える気に
なったようで、めんどくさそうにため息をつきながらその場に座り込んだ。

「ところでこいつ、何犬なんだろうな」
「え? さぁ……雑種だろ」

未だに飽きることなく親の仇かというほどに鬱井の足を噛み続けている
げろっぱの頭を、携帯はおそれることもなく撫で回した。
お前も噛まれろ! と、鬱井は咄嗟に念じたが、げろっぱは嬉しそうに
携帯の手をなめまわしていた。この差はなんだろう。

「こいつブルテリアっぽいな。でも目元を見ると柴の血も入ってそうだ。
 洋犬と日本犬の雑種かな」
366まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/28(土) 01:07:26 ID:???
どうやらげろっぱはハーフのようで、日本犬らしからぬ端正な顔立ちだった。
げろっぱはすらりと伸びた鼻の先を携帯の胸元に埋めて、何かを確かめるように
ふがふがと鼻を鳴らしていた。
なるほど犬も人間も、外国の血が混じると鼻が高くなるのだろうか。
いや、今はそんなことどうでもいい。危うく煙に巻かれるところだった。

「いや、それよりさ」
「わかってるよ。聞きたいことがあるならはやくしてくれ」
「ぬぅ……」
「わおん!」
「うるせぇアホ犬! えこひいき犬め!」
「やめろよ鬱井。かわいそうだろ」

二人して馬鹿にしやがって……いや一人と一匹か。

「で? 携帯、お前はどこまで知ってたんだ」
「だから全部だって言ってるだろ」
「それじゃ話進まないだろうが! ちゃんと最初から順を追って説明しろっつの」
「だから、全部知ってたってことは最初から知ってたってことだ」
「あぁん?」

最初から知ってた?

「って、最初ってどの最初だよ」
「その前に聞き返すが、お前が今俺から聞こうとしてるのはどの話だ」
「混ぜ返すな!」
「混ぜ返してないだろ。全部とか最初とか言われても困る」
「困ってるのはこっちだ!」
「知るかそんなもん」
「嘘つけ! 知ってるだろ!」
「知らん知らん。あー知らん」
「この野郎!」
367まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/28(土) 01:10:44 ID:???
子供か俺らは! と、鬱井は怒鳴りそうになったが、

「8月11日だ」

と、いきなり携帯が吐き捨てるように呟いたので、鬱井は喉まで出掛かった
つっこみを呑み込んだ。

8月11日? 今日は8月16日です。つまり5日前。
なんかあったっけ。

「──なんかあったっけ?」
「電話がかかってきた」
「誰に?」
「俺に」
「誰から……あぁ、あれか」

8月11日の朝、携帯に電話がかかってきたのだ。
それで……なんだっけ?

「──それで……なんだっけ?」

着信履歴に残った番号は、ラチメチの番号だったと判明したが、
電話の相手はラチメチではなかったという。
ラチメチ自身もそのことに覚えがないと言っていた。
何故ならその時間帯、ラチメチは何者かに(ノワだ)さらわれて薬品で
意識を奪われてその時自分がどこにいたのかもああああああわかったぞ
そういうことかそうだったのかちくしょうこの野郎。
368まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/28(土) 01:14:01 ID:???
電話の相手が言ったのは『ノートを返せ』の一言だけ。
その声は女の声だった。
言ったのがラチメチではないなら、考えられるのは一人しかいないじゃない。

「あれは九州の声だった……と」
「そうだよ」
「そうだよって……お前、すぐに言えよ気づいてたなら」
「そんなこと言ったってな。あれが九州の声だって気づいたのは
 もう……下ネタが殺……死んだあとだったしな」
「いや、だから……気づいた時点で言えよ」
「言ったってどうにもならんかっただろ。
 着信はラチメチの電話からだったし、録音してたわけでもないから証拠もない。
 どうせ九州は『僕はそんな電話してない』と言うに決まってる」

感心してる場合ではないが、携帯はやたらと九州の声真似が上手かった。

「とにかく、俺は九州の声を聴いて大体のことはわかった。
 ……ということだよ」
「でも、お前が九州の声だったと言ってくれてれば……」
「確かな証拠もないのに人を犯人扱いするのはどうだろうか」
「……それ、誰のこと言ってるんだ」
「別に」

なんとなく、携帯がそのことを言わなかった理由が見えてきた。

「でもな携帯。いくら隠そうとしたって事実は消えないぞ。わかってるんだろほんとは」
「何の話かわからないな」
「嘘つけ。……まぁいいや。もうあとは俺らがどうこう言うことじゃない」
「そんなことはない。まだこれからだ」
「おい、今更変なことすんなよ」
「さぁ」
369まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/28(土) 01:17:51 ID:???
お互いに核心に触れるキーワードを一切出さずに会話しているのが
なんだかおかしかった。でも意味はちゃんと通じている。
鬱井の言いたいことは伝わっただろうし、携帯の言いたいことも
鬱井には伝わっている。

「それで……どうなる。これから」
「なにが」
「警察だろ? お前」
「あぁ、そういうことか。まぁ……回復を待ってから、かな」
「そうか」
「でもわかんないぞ。KIRAがどうするか全然わからん。
 俺、たぶんこの件から外される気がするし」
「……もう外されてないか?」
「うーん……だよねぇ。なんかもう……蚊帳の外、だ」

まぁなんかわかったら一応教えるよ、と携帯に言うと、
携帯は「すまん」と全然申し訳なくなさそうに頭を下げた。

「もういいのか?」
「へ?」
「他に何か聞かなくて」
「んー……なんだろうな。いっぱいある気がするんだが。
 強いて言うなら『なんか他にも隠してることあるだろう』かな」
「あるよ」

やっぱりな、と鬱井は笑いそうになった。

「で、どうせ『教えたくない』だろ」
「いや、じゃあひとつだけ」

げろっぱの頭をわしわしと一際強く撫で回して携帯は立ち上がった。
370まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/28(土) 01:22:41 ID:???
「あ、やっぱりやめとこうかな」
「どっちだよ」
「あんまり言いたくないかもしれん」
「言いたくなきゃいいよ、もう……KIRAに聞くから」
「……KIRAは知らんと思うが」
「なに? だったらやっぱりどうしても聞きたい」

KIRAすら知らない事実をKIRAより先に掴む。
これは鬱井的にはかなりポイントが高い。

「……すまん。やっぱりやめる」
「っおい! そこまで言っといてそれはないぞ。ぐわっ」
「がううう」

抗議しようと思わず鬱井も立ち上がったが、その途端げろっぱに噛み付かれた。
もう我慢の限界だ。人間様の恐ろしさを教えてやる、と、げろっぱの脳天に
手刀をお見舞いしようとした時、携帯がさりげなく歩き出した。

「ちょ、待てよ携帯」
「じゃ、ちょっとぶらぶらしてくる」
「おいってば。何なんだよ! 教えてくれ」

鬱井がげろっぱに軟式空手チョップを喰らわせながら携帯に向かって叫ぶと、
携帯は2、3歩ほど進んでから足を止めて、ゆっくりと振り返った。

「ノートはあの3冊だけじゃなかった」

そう言って、げろっぱの逆襲に遭い地べたを這う鬱井を
置き去りにして、携帯は今度こそどこかに行ってしまった。
371まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/04/28(土) 01:24:02 ID:???
117.「雑種」/終
372おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2007/05/03(木) 22:02:34 ID:KkvJzzXv
保守
373おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2007/05/06(日) 18:53:30 ID:fJewvZua
うんこちんちん
374まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/07(月) 00:07:18 ID:???
118.「当然」



事件から一週間が経った。
僕は自分の予言通り、世間を騒がせているあの事件から完全にハブられていた。
まるで僕なんて最初からあの事件に関わっていなかったんじゃないかと思うほど、
僕とは無関係な所で事件の後処理が進められている。

連日、テレビ・新聞では、KIRAによってある程度操作された
事実とは多少異なる事件の詳細が報道されている。

まず、テレビ等ではノート云々については一切報道されていない。
ノートのノの字も出てこない。国家権力って恐ろしい。

しかしインターネットでは、
警察は都合の悪い事実を隠そうとしている、と指摘する者も多い。

最初、世間一般に向けて発表されたのは、
『肝禿村という過疎地で開かれた小学校の同窓会で、
 異常者が刃物を振り回して同級生を次々に殺傷した』という程度で、
最初は九州の名前すら報道されていなかった。

しかし被害者の数の多さや、犯人と被害者達が同じ小学校の同級生だった
こと、そして犯人自身が事件現場で謎の死を遂げたという結末が
人々の好奇心をかきたて、事件発覚からわずか二日後には
顔写真付きで九州の実名が報道されるようになった。
375まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/07(月) 00:12:56 ID:???
四日目にはインターネット上で警察関係者が事件に巻き込まれていた
という情報が流れ、『つまり警察の人間が犯人だった』という強引な解釈を
する者までいた。インターネットって恐ろしい。

しかし僕やKIRAがその場にいたのは事実だし、KIRAがノートについて隠蔽工作
しまくっているのも明白なので、僕はそのうち自分の顔写真がネットで
流出するんじゃないかとドキドキしていた。いざという時の為に
サインの練習をしておいた方がいいのかもしれない。
近い将来僕の元に押し寄せてくるかもしれない全国の鬱井ファンを
がっかりさせるわけにはいくまい。


僕がようやく(なんかおかしいぞ)と感じたのは五日目だった。


六日目、違和感の正体に気づいた。
マスコミが追いかけていたのは、相変わらず九州の起こした事件だけだった。
何故こんなことに気づかなかったのだろうか。
ゲロッパー先生のことも、ラチメチのことも、ノート同様まるでなかったことに
されていたのだ。


そして七日目、事件から一週間が経った今日、2006年8月23日。
KIRAから電話がかかってきた。
376まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/07(月) 00:27:17 ID:???
夜の8時。
KIRAから呼び出され、僕は国内最強のファミリーレストラン『ワイミーズ』に
来ていた。KIRAが晴刷市まで来ると言ったので、僕が場所を指定した。

「あ、もう来てんのか」

自分が一番乗りだと思っていたが、奥の窓際の席にショボーンが座っていた。

「よう」
「あ、うっさん」

僕は席に座るとすぐに呼び出しボタンを押した。
ここに来たらまず食べなければならないものがあるからだ。

「またあのマズいサラダ食べるんでつか?」
「フリスクサラダをマズいという奴は味覚がおかしいと思うよ」
「まぁ食べたきゃ食べればいいと思いまつけど……
 ところで今日来るのって、漏れ達だけ?」
「あぁ、だと思うよ」
「師匠も誘ったんでつけどねぇ。『めんどくさいからいい』って」
「師匠?」

ショボーンの発した謎のキーワードについて聞き返した時、
ウェイトレスがフリスクサラダを運んできた。

よくわからないがどうやらショボーンは一週間前(四人組に撃たれた時らしい)イノセンスに
助けられて、イノセンスのことを師匠と崇めるようになったのだという。
何故そうなるのか全く理解出来なかったが、まぁ天然だしねと納得することにした。
377まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/07(月) 00:32:53 ID:???
「イノは師匠と呼ぶのはどうかと思うけど……」
「なんででつか?」
「えー……なんでって……あ、KIRAだ」

返答に困って口をモゴモゴさせていると、ようやくKIRAが来た。

「もう二人とも来てたのか」
「おう、おせぇよお前」
「少し道が混んでたんだ。さて……」

KIRAは遅れて来たことを詫びる気配もなく、いきなり本題に入った。

「ショボーン、例の物は見つかったか?」
「それが……探したんでつけど、やっぱり見つからなかったでつ」
「──そうか。なら仕方ないな」

KIRAとショボーンが残念そうに顔を見合わせた。
なんのことだ?

「例の物ってなんだ」

お約束だが、蚊帳の外代表として僕が聞いてみた。

「やっぱり漏れの実家にはないのかも……」
「他に心当たりは?」
「うーん……肝禿山の社? とか……。でももう建物が崩れて中には
 入れないと思ふ……」

無視された。
378まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/07(月) 00:36:06 ID:???
「例の物ってなんだ!」

ムカついたのでもう一度大きな声で聞いてみる。

「あるとしたらショボーンの実家だと思ったんだがな……」
「例の物ってなんだ! ってば!」

ヤケクソに叫びながら、僕はKIRA達の会話を聞いてあの日のことを思い出していた。
村に帰った日、8月15日だ。

確かちょうどこれぐらいの時間、夜の8時過ぎだったと思う。
学校へ向かう途中、蒟蒻地蔵が立っているバス停でショボーンと合流した時だ。

『ショボーン、どうだった?』と、KIRAがいつも通りすかした表情と口調で。
『ごめんなさひ……一応少し探してみたんでつけど……』 と、ショボーンがショボーンと。
『そうか。まぁ仕方ない』と、KIRAがいつも通りすかした表情と口調で。
『何の話だ?』と、僕。
『お前が寝ている間にもみんな動いていたんだ。
 役立たずは知らなくていい』と、KIRAがいつも通り偉そうな表情と口調で。
『うっ……そ、そんな言い方しなくてもいいだろ……』と、かわいそうな僕。

こんなやりとりがあった。
僕はあの日、お昼過ぎから非常事態に備えて仮眠を取っていたので、
僕がおねむしている間にみんなが何をしていたのかは知らない。
どうやらこの時話していたのは例の物とやらのことだろう。

「まぁ見つからなかったのならそれでかまわない。
 それに、本当にあったとしても見つからない方がいいのかもしれない」
「そうでつね。もしもいつか見つかったとしたら、その時は処分しようと思いまつ」
「そうした方がいいだろう」

そして僕の質問はやっぱり鮮やかにスルーされたのだった。
379まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/07(月) 00:41:38 ID:???
「でも、もし漏れが見つけて持ってきてたとしたらどうするつもりだったんでつか?」
「同じことさ。僕の目の前で処分してもらおうと思った」

例の物とやらについての話が終わってしまいそうだったので、
僕はしつこくもう一度だけ聞いてることにした。

「例の物ってなに」
「巻物」

KIRAはそっけなくだがようやく答えてくれた。

「あぁそう……で、なにそれ。なんの巻物なの」

巻物、と言われてもでっていう話なので続けて聞いてみたが、

「デス巻物?」

と、KIRAではなくショボーンが答えてくれた。
しかしデス巻物と言われてもやはりでっていう以下略。

「人が殺せるノートがデスノートっていうなら、
 人が殺せる巻物はデス巻物なんじゃないでつか?」
「あーなるほどね。……って、ちょっと待て」

僕は思わずテーブルを叩いた。
380まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/07(月) 00:49:03 ID:???
「人を殺せる……ってそんなもんがほんとにあるのか!?」
「だからそれを確かめる為にショボーンに探すよう頼んだんだ」
「いや、だからなんでショボーン?」
「お前、話を聞いてなかったのか」

ふぅ、とKIRAがため息をつく。

「学校に持ち込まれたノートは全部偽物だった。当たり前だ。
 もし本物があるなら村の神官であるショボーンの一族が
 管理しているに決まってるだろうが」
「ぬぅ……!」

言われてみればそりゃそうだ。
しかし、それだと……九州アホじゃねーのと思ってしまう。

「巻物が見つからなかったのなら……さて、どうしたものかな……」

KIRAは突然神妙な顔つきになって、腕を組んで一人で首をかしげたり
眼鏡をくいってやったりしながら何事かぶつぶつと呟き始めた。
僕はぶつぶつ言ってるKIRAを見て、一週間前に携帯から聞いたことを思い出した。

『ノートはあの3冊だけじゃなかった』

携帯は確かにそう言った。
『KIRAは知らないと思うが』とも携帯が言っていたので、
ほんとは教えてなんかやりたくはなかったが、結構重要なことっぽいので
仕方なく僕はあのあと、携帯から聞いたことをこっそりKIRAに報告した。
KIRAがどんな顔をするのかとちょっとワクワクしたが、
KIRAは『それはわかってる』とだけ言ってそれ以上そのことについて言及しなかった。
なんだよ知ってたじゃねーか、と携帯に文句を言ってやりたかったが、
あのあと色々とばたばたし始めたので、結局あれから携帯と会話する
機会がないまま村を出ることになったのだった。
381まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/07(月) 00:53:34 ID:???
そういや携帯はあれからどうしているのだろう、と思ったその時、
猛烈な腹痛が僕を襲った。

やばい、これはやばい。
フリスクサラダを食うと3回に一回はこうなる。
それがわかっていて僕はフリスクサラダを好んで食べているのだが。
しかしこれはやばい。5年に一度あるかないかの大物だ。
僕は便意をもよおしていることをみんなに悟られないように
涼しい顔をして席を立ち、二人に断りを入れずトイレへ向かった。


そして15分後。
大格闘の末、僕がトイレから戻るとKIRAとショボーンはいなくなっていた。

なんて薄情な奴らだろうか。せめて声をかけにきてほしかった。
まぁ支払いをせずに済んだからよしとしよう。
僕は半泣きで店を出た。

「KIRA〜!」
「なんだ鬱井、まだいたのか。てっきり帰ったのかと思っていたぞ」

駐車場にはKIRA一人しかいなかった。
もうショボーンは帰ってしまったようだ。
KIRAは僕を置き去りにしたことを謝る気は毛頭ないようで、
無言で車に乗り込もうとした。
そうはいくか。
382まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/07(月) 00:58:17 ID:???
「おい! ついでに家まで送ってくれよ」
「なにが『ついで』だ。あつかましい奴だな。歩いて帰れ」
「まぁそういうなよ。いいじゃねーか」

KIRAは明らかに嫌そうな顔をしていたが、僕は勝手に助手席に乗り込んだ。

「あ、俺の家は知ってる? とりあえず国道真っ直ぐ行ってくれればいいから」
「僕はお前の運転手じゃない」
「まぁそういうなよ。うへへ」

KIRAは明らかに嫌そうな顔をしていたが、僕は無視してシートベルトを締めた。
KIRAは忌々しそうに僕を睨みながら舌打ちしつつも、諦めたようで
自分もシートベルトを締めた。そうそう、交通ルールは守らなくちゃね。


「なぁKIRA」

ワイミーズを出て2、3分走った頃、僕はひたすら無言でハンドルを握っている
KIRAに話しかけた。

「先生はどうなるのかな」
「極刑になるだろうな」

即答だった。
しかしそれもそうか。放火で3人も殺したのだから。
それも計画的犯行だったのだ。

「まぁ……常識的に考えたらそうなるか」

車は赤信号でひっかかり、アスファルトにひかれた白い線の前でピタリと止まった。
車内に沈黙が流れる。僕は窓の外に目をやった。
信号が青に変わり、車が動き出すのを待って僕はもう一つKIRAに質問を投げかけた。
383まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/07(月) 01:04:29 ID:???
「ラチメチは……?」

ゲロッパー先生のことは聞かなくても大体わかっていた。
だがラチメチのことは全く知らない。
村にいた間、KIRAはラチメチを捕まえようともしなかったからだ。
もしかすると、なかったことにするのかなとも思っていた。

「ラチメチは今、警察病院にいる。もう2、3日もすれば退院出来るそうだ」
「あぁそう、よかった……って、そうじゃなくて。
 いや元気になったのはいいことだが」

警察病院にいるということは、あまりいい状況ではないということだ。

「それってやっぱり容疑者扱いなんだよな」
「まぁ、そうだな」
「まぁってなんだ」
「いや、別に」

どうも歯切れの悪い返事だった。

「まだ、その〜……してないのか? 取調べとか」
「したよ」
「お前が?」
「そうだ。といっても調書なんか取ってないが」
「そうか。で、下ネタの件はどう……あ、次の信号右な」

僕が右折を指示すると、KIRAは無言でウィンカーを右に出した。
384まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/07(月) 01:07:53 ID:???
「……そんで、下ネタの件だけど。やっぱりラチメチが……その……」
「ラチメチは、自分が殺した、とは言っている」
「とは? ……あ、このまま真っ直ぐ、点滅の信号にあたるまで行ってくれ」

やっぱりKIRAは何か隠している。
いや、隠しているというより……。

「なんなんだよ」
「まぁ、そういうことだ。わかるだろう」
「わかるか!」
「うるさい奴だな。納得しろ」

なにか隠しているといより、こいつもわかっていないんじゃないだろうか。
そもそもあの時なにがあって下ネタが死ぬことになったのか。
KIRAはそのことをラチメチには聞かなかったのか? という質問をぶつけてみた。

「もちろんラチメチ本人から直接聞いたよ」
「聞いたんならちゃんとそれを教えてくれよ。俺にもそれぐらいの権利はあるだろ」
「うむ……まぁ、そうかな。そうだな。……点滅の信号が見えたぞ」
「あ、そこじゃなくて信号越えてもうちょい。あそこ左」

僕が人に自宅への道筋を教える時に必ず伝える、なんたらいう行政書士の看板が
出ている家(自宅権事務所なのだろうか?)の角を曲がって、車はゆるやかなカーブが
続く下り坂を道なりに進んでいく。もう2分もせず僕の家に着いてしまう。
385まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/07(月) 01:11:55 ID:???
「そんで? ……公園が見えるまで真っ直ぐ」
「だから……爆発があっただろう」
「爆発? あぁ、あの時な。えーっと23時だっけ? 
 あれ? 23時30分だったかな……」
「そう、23時30分だ」
「俺らが最後に教室を出て……」
「公園だぞ」
「あー……ここで止めてくれ」
「お前、公園に住んでたのか?」
「違うわい。この裏だ。車でも裏側に回れるけど、歩いて公園抜けた方が
 早いから……ってそんなことはどうでもいい」

まだ話は終わってないのに着いてしまった。
それどころかまだ何も聞いてないし。

「じゃあな」
「まだなんも聞いてないんだけど」
「そんなこと言ったってもう着いたじゃないか。
 僕も暇じゃない。早く降りろ」
「おまえ、さいあくだな」

自分でもよくわからない捨て台詞を言って、僕はシートベルトを外してドアを開けた。

「そこまで言いたくないならそれでもいいけどさ」
「別にそんなことはない」
「じゃあ言えよ」
「時間がない」
「どないやねん」

もうおまえとはやっとれんわー……とは言わずに僕は車から降りた。
386まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/07(月) 01:13:54 ID:???
「じゃあ、いっこだけ」

ドアを閉める前に、ひとつだけ、一番気になることだけ聞いておくことにした。

「ラチメチはどうなるの?」
「……わからん」

意外な答えだった。

「わかんないの?」
「なんだ。喧嘩売ってるのか」
「ち、違うよ」

別に馬鹿にしたつもりはないのに、KIRAは今にも僕を撃ち殺しそうな目をしていた。
これだからプライドの高いエリートは困る。

「つまり、なんだ、そのー……どう言えばいいのかな。
 ラチメチは無罪放免になる可能性もある?」
「ある」
「……実刑もありえる、と」
「そうだ」

弁護士次第だな、と言ってKIRAはドアを閉めるよう促した。
Uターンして去っていく車のテールランプを見ながら、
僕は何故か『そんなことはない。まだこれからだ』と携帯が言っていたのを
思い出していた。
387まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/07(月) 01:14:34 ID:???
118.「当然」/終
388アルケミ ◆go1scGQcTU :2007/05/14(月) 00:00:00 ID:LwsOvlfz
保守
389まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/14(月) 00:32:06 ID:???
119.「新説」



「いや、マジで焦ったよ」

僕はコップの水を一気に飲み干し、おかわりの為にテーブルの隅の水差しに
手を伸ばした。ほんとはコーラかなんか飲みたいが、今日はKIRAがいないので
割り勘になるだろう。無駄な出費は控えねばならない。
それにフリスクサラダはなんにでも合うので水でも問題ない。

2006年8月24日。
今日、ラチメチのお見舞いに行って来た。
そしてその帰り、僕はワイミーズでニコフ、イノセンス、ショボーンの三人と会っていた。

「ほんとにラチメチがそんなこと言ったの?」

と、訝しげにニコフ。

「アレじゃないの……ほら、痛み止めの薬とかの副作用……とかさ」

イノセンスも信じていないようだった。

「漏れは信じまつよ」

唯一ラチメチの言ったことを信じているのはショボーンだけだった。
390まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/14(月) 00:36:53 ID:???
「信じちゃうのかよ」
「ロマンチックじゃないでつか」
「そういう問題か? ていうかその前にロマンチックか?」
「デス巻物もあるんでつから、不思議じゃないと思いまつけどねぇ……」

さすが神官の一族だ。
オカルトすれすれの話にも肯定的だった。いや、天然だからか。

「デス巻物って?」

ニコフが更に訝しげな顔で言った。
昨日はいなかったからなんのことかさっぱりわからないのだろう。
僕とショボーン、それにKIRAの三人で昨日会っていたことと、その時話していたことを
簡単に説明した。

「デス巻物……ねぇ」
「ノートだからデスノート。巻物だからデス巻物、でつよ」
「いやそれはわかってるんだけど……」

ショボーンの天然ボケをさらりとかわし、ニコフは真剣な顔でなにやら思案し始めた。

「ずっとひっかかってたんだけど……やっぱりおかしいよね」

ニコフはテーブルに視線を落としたまま、静かに口を開いた。

「ほんとにショボーンの実家にその巻物……つまり本物のノート──正確にはノートの
 原型となるべきだった巻物──があるとしたら、学校に持ち込まれたのは最初から
 偽物だったってことだよね」
「うん。そういうことだな」

わかりきったことだったので僕は適当に相槌を打った。
391まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/14(月) 00:42:13 ID:???
「で、ノートは実は三冊どころか四冊あった……と」
「らしい」
「……あ、わかったわかった。そういうことね」
「えぇ、ほんとに?」

ニコフはもう全て納得がいったというような顔になった。

さて、ここでもう一度よく考えてみることにしよう。

村から帰る前、僕が携帯と最後に話した時にあいつが言っていた、
『ノートは三冊だけじゃなかった』という発言。
それにKIRAも『それはわかっている』と言っていた。

つまり──やべー全然わからん。

「だから、いつ誰がすりかえたのか、ちゅー話だよ!」

何故か逆ギレしてしまった。しかも誰に向けての怒りなのか自分でもわからない。
しかし、とにかく、わからんものはわからん。

「シニアの手紙に書いてた内容と先生が言ってたことを合わせて考えれば
 わかると思うけど」
「わからん、俺は全っ然わからん」
「なんで怒ってるの……」

しかしニコフの言う通りか。
あの時九州からはノートのことについて聞くことは出来なかったし、
九州が死んでしまった今となっては、九州がどのタイミングですりかえたかは
シニアの手紙と先生の話から推測することしか出来ない。
392まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/14(月) 00:45:48 ID:???
まず、1学期の最初に先生がノートを教室に持ち込んだ。
もちろん何の効力もないただのノートだったわけだが、
奇跡を信じた下ネタが『テストで100点が取れますように』と願いを書き込んだ。
そして本当にこの願いは叶った……って、ちょっと待てよ。

「下ネタってほんとに100点取らなかったっけ」

あのノートがただのノートなら、そんな願いが叶うわけない。
人のこと言えないが、下ネタの成績は相当悪かった。
あいつがほんとに100点取らなきゃ誰もノートのこと信じなかったかもしれない。

「まぐれでしょ。たまたまじゃないの」

ニコフはあっさり言った。
しかし、偽物だったのだからそれしかあり得ないか。
下ネタが100点を取ったあと、同じ願いを書いた奴がいるが
その願いは叶わなかった。
あの時は『同じ願いは叶わない』なんて言ってたが、
このことを考えるとやっぱりノートなんて関係なく、
下ネタがまぐれで100点をとっただけだったのだろう。はい、次。

そして1学期の終わり、7月21日、ニコフが『カレー事件の犯人が死にますように』と
書き込んだ。

──ニコフの体操服カレーまみれ事件。

数ある6年2組事件簿の中でも最も後味の悪い事件だ。
『BB事件』のような笑えるエピソードと比べると、
この事件は本当に救いようがない。
393まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/14(月) 00:53:58 ID:???
はっきりとした日付は覚えていないが、あれは7月に入ってすぐだった。
ある日、ラチメチのロッカーの中からカレーまみれにされたニコフの体操服が見つかった。
犯人は女子達が教室に入る直前に最後まで残っていた男子生徒、携帯だと断定された。
携帯は容疑を否認し、転校するまで事実無根だと主張し続けたが、
クラスのほとんどの者は状況的に見て彼しか犯人になりえないと決め付けていた。

そこでニコフの書いた願いだ。
携帯が犯人だとされていたにも関わらず、何故ニコフはあんな願いを書いたのか。
犯人である携帯を許せず、それこそ殺してしまいたかったのなら、
『携帯が死にますように』と書くべきだ。

ニコフがそう書かなかったのにはわけがある。
ニコフは真犯人が誰であるか、薄々感づいていて、その犯人を……。

いや、この話を語りだすと4日か5日はかかるので割愛しよう。
それにあの時のニコフの心情を、ニコフ以外の人間が知ったように語るのもどうかと思う。

ニコフ以外の僕を含むクラス全員が知っている事件の経緯だけ簡単に説明すると、

ニコフの体操服をカレーまみれにしたのはLコテだった。
しかしLコテはニコフを狙っていたのではなかった。
本当はラチメチの体操服をカレーまみれにしようとしていたのだ。
だが、どういうわけかラチメチのロッカーにはニコフの体操服が入っていた。
それに気づかずLコテは、その日の給食で出たカレーをビニール袋か何かに
こっそり詰めておいて、昼休み、人目がないのを見計らってラチメチのロッカーに
入っていた体操服の袋にカレーをぶちまけたのだ。
394まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/14(月) 00:57:19 ID:???
この真相はLコテの死後、当時Lコテと仲がよかった……というか
傍目から見てLコテの金魚のフンみたいに四六時中Lコテの後をついてまわっていた
シーウーマンの証言で明らかとなった。

何故Lコテはそんなことをしたのかというと、
当時クラスの女王を気取っていたLコテは、クラスの男子から
絶大な支持を受けていたラチメチに嫉妬していたから、らしい。
Lコテとラチメチの間に確執があったというわけではなく、
Lコテが一方的にラチメチを敵視していたのだ。

僕にはよくわからないが、女子って怖ぇなーという話だ。

カレー事件はLコテの死で決着してしまったような形になったのだが、
ひとつだけ謎に包まれていることがある。

「誰がニコフとラチメチの体操服を入れ替えたんだろうな」

一体誰が何の為にそんなことをしたのか知らないが、
そいつが二人の体操服を入れ替えなければ、もしかすると
その後の数々の事件は起きなかったのかもしれないのだ。

「あんまり知りたくないけどね。今更だし……」

ニコフは困ったように呟いた。しまった、失言だったか。
言わなきゃよかった。
395まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/14(月) 01:01:29 ID:???
「ま、まぁそうだね。ほんと今更だね」
「うん……」
「あんま気にすんなよニコフ! どうせそいつはロクな死に方しないよ」

言ってから更に失言を重ねてしまったことに気づいた。
ニコフが悲しそうな顔をしていたが、それより自分で言っておいてなんだが、
体操服を入れ替えた奴はもしかすると、学校で殺された人間の中に
いるのかも……なんて考えるとちょっとゾッとした。

「さ、さぁ続けようぜ!」

なんだか嫌なムードになりかけたので僕は無理やり話を進めることにした。

7月21日。ニコフの証言より。
終業式の日にニコフが『カレー事件の〜』と書いた。
これは目の前にいるニコフ本人が認めているので間違いない。
この時この一冊目のノートには『100点〜』『100点〜』『カレー〜』
と書かれていた。

8月15日。
Lコテ死亡。

8月15日〜8月31日。20日前後? シニアの手紙より。
シニアが教室に置いてあった一冊目のノートを持って帰る。
ノートには『カレー〜』までのみっつの願いが書かれていて順番等にも矛盾なし。
そしてシニアが『100億円〜』と書き足す。
396まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/14(月) 01:04:23 ID:???
9月1日。先生の証言&シニアの手紙より。
教室に新しいノートが置かれていた。
二冊目のノートに書かれていたのは『カレー〜』までのみっつ。
更にこの日、インリンの『ゲーム機〜』の願いが書き足される。
シニアが一冊目と二冊目をすりかえ、教室には一冊目が置かれる。
放課後、先生がインリンの願いを叶える為に教室へ。
一冊目には、『100点〜』『100点〜』『カレー〜』『100億円〜』『ゲーム機〜』
の五つの願いが書かれていた。


「ほら、ここ。9月1日がおかしい」

僕は頭の中でノートすりかえの経緯を必死にまとめて、ようやく
矛盾点を発見したのだった。

「なにが」

と、やる気のないイノセンス。

「なんでノートが置いてあるんだよって話だよ。
 それに書かれている願いがなんかおかしいことになってるし」
「だから……九州が置いたんでしょ? 書き足したりしたのも九州」

ニコフが当たり前でしょと言いたげに鼻で笑った。

「なんで九州がそんなことするのさ」
「えーっとね……あ、めんどくさい。すごいめんどくさい」
「そう言わずに」
「だったら先にノートがなくなるところまで進めた方がいいと思う」
「なんで……と言いたいとこだが、わかった」

ニコフが回答を用意してくれているようなので、僕は言われた通りにすることにした。
397まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/14(月) 01:07:22 ID:???
9月2日。先生の証言とシニアの手紙より。
先生が朝一で出勤。職員室からすりかえた生徒が来るのを見張っていた。

一番に登校して来たのは九州。
先生はすぐに教室に向かってすりかえの現場を抑えようとしたが、
ノートはすりかえられていなかった。
その後先生が九州を職員室に連れて行き、教室を空にした。

次に来たのがシニア。
シニアは先生と九州が職員室にいる間に再びノートをすりかえた。

そんで、シニアは九州の不審な態度に気づき、3時間目の授業中メモをまわす。
昼休みに、九州のランドセルからDEATH NOTEと書かれた黒いノートをパクる。
そこに先生が現れて、黒いノートを没収する。
僕はこのノートを三冊目とカウントしている。
この時、先生がノートを開くと中には、
『100点』『100点』『カレー』『Lコテ〜』の順番で四つの願い? 
が書かれていた。

先生は職員室に戻り、5時間目、音楽の授業で誰もいない教室へ。
置いてあったノートを開いて、すりかえたのがシニアだと確信する、と。

それから再び職員室に戻って、三冊目の黒いノートに見せかけたノートを偽造。
これが四冊目……あ、ほんとだ。四冊あるじゃないか。
携帯が言ってたのはこういうことか……。
なんで気づかなかったのだろう。

「鬱井が人の話聞いてないからじゃないの」

ニコフが僕の心を読んでツッコミを入れてきた。
なるほど、これじゃ報告されたKIRAも『わかってる』としか言いようがないだろう。
じゃあなんで携帯はあんなこと言ったのさ?
398まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/14(月) 01:10:11 ID:???
「鬱井が何もわかってないからヒントくれたんじゃないの?」

またニコフが僕の心を読んだ。
まぁ……そういうことなのだろう。

「で、続きは? 鬱井……」
「続きも何も、これでノートの話は終わりじゃね?」

四冊目のノートが作られてから二日後の9月4日。
教室に置かれていたノートが盗まれる。

更にその二日後の9月6日。
誰かが名乗り出て(先生の自作自演だったわけだが)ノートは先生の元へ。
ノートはみんなの前で焼却された。

これで終わりだ。
それから新しくノートが置かれることはなかった。

……ん? やっぱなんか変だぞ。

「あれ? それで終わりかよ!?」

僕は自分で自分が言ったことに対してつっこんだ。

「じゃあそろそろ解答編を……」

ニコフは姿勢を正して、軽く咳払いした。
399まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/14(月) 01:13:55 ID:???
・九州はどのタイミングで何をしたの?
・9月1日の放課後、先生が見た人影って誰じゃい?
・四冊目を用意したのってもしかして携帯じゃね?

僕は頭の中で箇条書きしてニコフにまとめて質問した。

「うーんと……鬱井、もう8月15日のこと忘れてるでしょ?」
「いつの8月15日だよ」
「今年の」

8月15日というキーワードで僕の脳内で検索をかけると
『はないたちの夜』と『Lコテ死亡』がひっかかる。
今年の、ということは『はないたちの夜』の方か。

「そりゃ覚えてるよ。まだ一週間ちょいだぜ」
「じゃあわかると思うんだけど」
「いぢわるかっ!」
「ふ……」

ニコフはやれやれだぜ、と言いたそうな顔で僕を見る。

「まず、あの日の九州の目的は、本物ノートを手に入れること。
 実際には本物なんてなかったわけだけど……とにかく、九州は本物が
 存在すると信じていた。それがあの日シニアが学校に持ってきたノートだと
 確信した。でも、九州が手に入れようとしていたのは先生が持ってた方だった」
「うん……うん?」

結局全部偽物で? 九州が手に入れようとしてたのが? ……?
400まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/14(月) 01:17:01 ID:???
「わ、わかんねぇ」

降参だ。もう考えるだけ時間の無駄だとさえ思った僕は、
あっさり白旗を揚げた。
このド低脳がァーと言われそうな気がしたが、ニコフは優しく丁寧に教えてくれた。

「そもそも九州がノートの力を信じたのは、Lコテが死んだから。
 鬱井が言ってる“三冊目”にだけ書かれてる『Lコテ』の願いは九州が
 書いたもの、ってこと。厳密に言うと“三冊目”は本当は“一冊目”なんだけどね」
「おっ……ん?」
「Lコテが死んだのは」
「十三年前の8月15日……」
「そう、そして九州がノートに記したLコテの死亡時刻も同じ日だった。
 『Lコテ 1993年8月15日午後11時 焼身自殺』……。
 Lコテの家から出火したのはあの日の午後11時」

ってことは……。なにっ!?

「“ノートやっぱり本物だったよ説”か!」
「じゃなくて、偶然。しっかりしてよ鬱井。
 Lコテを殺したのは先生だってことも忘れたの?」
「はっ!?」

そうだった! いや、しかし!?

「“先生が操られてたんだよ説”か!? なんてことだ!」
「違うって! あのノート……正確にはデス巻物? はそんな使い方出来ないよ」

そういえばニコフがKIRAと一緒に色々調べてたのを思い出した。
401まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/14(月) 01:20:11 ID:???
「他人を巻き込む死に方は出来ない……と、ありまつ」
「なぬ?」

どこから取り出したのか、ショボーンが古びた本を開いていた。

「あの火事で死んだのはLコテだけじゃなかったでしょ。
 もしノートが本物だったら、Lコテだけが死んでなきゃならない。
 九州はそのこと知らなかったみたいだけど、ノートの力でLコテを
 殺せたと思った、ってこと。
 といっても結局ノートは偽物だったわけで……ややこしいな」
「あ、あうう……?」

頭がぐるぐるしてきたが、無理にでもニコフの言葉を呑み込むしかなかった。

「はっきりした日付はわからないけど九州は8月15日以前にすりかえた、
 ということだと思う。23日先まで操れる、というルールを知ってたのか
 どうか怪しいところだけど……。もしかして当日に書いたのかな」
「どうでつかね……8月15日よりもっと前にすりかえてたとするなら、
 なんで8月15日に設定したのかという疑問が残りまつけどね……」
「じゃあやっぱり8月15日にすりかえて、その日のうちに書いた、でいいのかな」

ニコフとショボーンがまた意味のわからないやりとりを始めた。
なんだよ23日って……。

「そんじゃ、九州が持ってったのが元々教室に置いてあった一冊目? になるんか」

ずっと黙っていたイノセンスが口を開いた。

「そんなら、九州が持ってた黒いノート……三冊目と一冊目は同じものってことか」
「そう……だと思うけど……」

何故イノセンスがそう思ったのかすら追いきれなくなっていたが、と、すると……?
402まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/14(月) 01:24:28 ID:???
「あれ? じゃあやっぱ三冊しかないんじゃん!?」
「いや、四冊あるって。九州が2学期始まる前に教室に置いたやつ」
「うん? なんでそうなる。九州が用意したのをシニアがパクッて……
 パクッて? あれ、九州が取り返し……てないのか。先生が……」

なんか堂々巡りの予感がしてきた。
ぐるぐる回っているのは僕の頭なのかノートなのか。

「で? 夏休みの間にぃ……九州のあと、シニアもノートをすりかえるだろ……」
「いや、すりかえてない。持って帰っただけ。九州が用意したやつね」
「それがほんとの“二冊目”か?」
「そうそう」
「うむ、把握した……あ、ここだ! 教室からノートが消えてるじゃないか!」
「ちょ、鬱井うるさい」

シニアはすりかえたのではなく、ノートを持ち去ったのだ。
これで教室からノートが消える。
しかし2学期が始まった9月1日、ノートは置かれていた。

「さっきも言ったけど、それも九州が用意した……ってことだと思うよ」
「なんでさ? そんなことする意味なくないか」
「でもそうじゃないと後々のすりかえに説明がつかなくなるし」
「だから、なんでさ?」
「しつっこいなぁ……! ちっと黙っててくれない?」
「ご、ごめん」

鬼人と化したニコフによると、
とにかく9月1日までに教室に新たなノートを置いたのは九州だという。
これが大前提で、そうじゃなかったらこの後の話は成り立たないとニコフは豪語した。
403まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/14(月) 01:26:35 ID:???
まず、シニアが自分が持ち去ったノートと、新たに置かれたノートをすりかえる。
そして先生がインリンの願いを叶える為に教室に行った時、ノートがすりかえられた
ことに気づくわけだが、シニアがすりかえ、先生が教室に行くまでの間に
ノートに手を加えた者がいる。

シニアが書き忘れたインリンの願いを書き足した者、それが九州。
先生が見た人影は九州だったに違いない、ということだ。

だからなんでそんなことするのさ? と聞きたかったが、黙っていることにした。
それに、よく考えたら九州の思考回路なんて僕に理解出来そうにない。

それで次の日、九州は朝一で学校に来る。これは間違いない。
しかし九州はノートをすりかえたわけではない。

「すりかえられたかどうか確認しようとしたんじゃないかな」

ニコフはそれだけ言って更に話を進める。

昼休みにシニアが九州のランドセルからノートをパクるわけだが、
これが九州が最初にすりかえたノートなのだ、とニコフは力説した。
なんだか強引に自分自身を納得させようとしているようにも見えるのだが気のせいか。

「そんでそのあと、九州がノートを手にする機会はなかったわけだけどさ」

九州は自分のノートがシニアに盗まれたのだといつ気づいたんだ?

「それはほら、葉書」
「葉書……あぁ同窓会のあれか」
404まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/14(月) 01:31:09 ID:???
 同窓会のお知らせ 8月15日 肝禿小学校6年2組教室

とだけ書かれた葉書がほぼ全員に送られてきた。
そのうちの何人かには『ノート持参』とも書かれていたのだが、
僕には書かれていなかった。

「あれが書かれてた人は、メモ見て体育館裏に行かなかった人だよ。
 まぁメモ書いたのシニアだけど」
「あ、わかった。そういや俺行ったな。イノも行ったよね?」
「あー、行ったなぁ」

イノセンスも納得したように頷いていた。

肝試しが始まる前、ミサキヲタが葉書にノートのことが書かれていたかどうかを
みんなに聞いていたが、あの時シニアは手をあげていなかった。

それ以前に確か11日だったはずだが、ここ、ワイミーズで僕達晴刷市メンバーに
KIRAが同じ質問をしたが、シニアはその時も『書いてなかった』と言っていた。
あれは嘘だったのだ。

それが嘘だとわかるのは、葉書を受け取ったシニア自身と、
葉書を送った九州だけだ。あの時手をあげなかったシニアを見て、
九州はシニアがノートの所有者だと気づいたのだろう。

「先生も嘘ついてたってことだよな」
「あぁ、ほんとだ」

先生もノート持参と書かれる条件に当てはまるはず。
だけど先生はあの時手をあげてなかった。
しかもほんとにもう一冊のノート所有者だったのだ。
405 ◆K.TAI/tg8o :2007/05/14(月) 01:35:41 ID:???
規制緩和
406おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2007/05/14(月) 01:37:16 ID:CVvDrNE7
私怨
407 ◆K.TAI/tg8o :2007/05/14(月) 01:38:56 ID:???
もいっちょ
408 ◆K.TAI/tg8o :2007/05/14(月) 01:46:19 ID:???
長いですね
409おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2007/05/14(月) 01:47:30 ID:???
私怨2
410 ◆K.TAI/tg8o :2007/05/14(月) 01:49:53 ID:???
おっかねえ字を使うない
411まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/14(月) 02:01:39 ID:???
「むしろ九州は先生を疑うべきじゃないのか?
 九州は十三年前、シニアがノートすりかえに絡んでたことすら
 気づいてなかったんだろ? でも先生とはちょっと絡んでる」
「ほんまや。ニコフ、なんで?」
「え、えぇとね」

ニコフもこのことに気づいていなかったようだ。
これ、どう説明する気だ!

「先生が手をあげてなかったことに気づかなかった……って、だめ?」
「うーん……ちょっとしょっぱいな」
「二人とも可能性はあったけど、あの時シニアを狙うチャンスがあったから、
 まずはシニアから、とか。で、ほんとに持ってたから先生のことはなかったことに」
「しょっぱいなぁ」
「だったら九州に聞いてよ!」

それは無理だ、と思ったがニコフが再び鬼人モードに入ったので
それ以上つっこむのはやめにした。

「じゃあもう大体わかったよね? 私、帰る!」
「ま、待てよニコフ」
「あ゛!? なに?」

慌ててニコフを引き留めたが、ただ気まずい別れ方をしたくなかっただけじゃない。

・四冊目を用意したのってもしかして携帯じゃね?

まだこれが残ってる。
412まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/14(月) 02:08:46 ID:???
「アホなの? 今決着ついただろ。九州が2冊、先生が2冊で四冊だろが」

ニコフではなくイノセンスが答えてくれた。

が、あまりにもひどい言い方だと思う。
もう少しオブラートに包むべきだ。

僕はむかついたので無理やり新説を唱えることにした。

「もしかして、携帯もどっかですりかえてるんじゃないか?」

ヤケクソ気味の新説だったが、僕は半分ぐらい本気だった。
どうも携帯は怪しい、というだけの理由なのだが。

「ねーよ」

イノセンスは虫けらを見る目で僕を睨む。

「なんでそう言い切れるんだよっ」
「携帯がすりかえる意味がねーよ」
「そんじゃなんであんな思わせぶりなんだあいつは」
「知るか」
「もしかするとね、言い出せずにいる過去の罪を暴いてほしいのかもしれんよ。
 ショクザイだよ。ザンゲだよ」
「意味わからんわ」
「他にあんな思わせぶりなこと言う理由が見つからないぜ?」
「かまってほしい年頃なんじゃないの」

冗談みたいにイノセンスは言うが、なんかほんとっぽくて嫌だ。
413まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/14(月) 02:13:27 ID:???
「だってすりかえるタイミングないだろ」
「確かにない……ように思えるけど、なんか見落としてる気がするんだ」
「つーか、携帯に直接聞けよ。なんでちゃんと聞かないの? アホなの?」
「だってどうせ聞いても教えてくんないもん。聞かなくてもわかるもん」
「ちょ、携帯の電話番号教えろ。俺が聞くわ、もうウダウダしてんのウゼぇ」

素敵な行動力だなぁと感心しながら、僕は携帯の電話番号を教えた。

「あ、携帯? イノだけど。お前、ノートすりかえたの?」

おお、直だ。挨拶も前置きもない。

「うん……え? 鬱井? あぁ、いるよ」

イノセンスがチラッと僕を見る。なんか嫌な予感がする。

「代われ? いいけど、その前に教えてくれよ。……ダメ? わかった」

ほれ、とイノセンスは僕に電話を渡す。ものすごい嫌な予感がする。

「も、もしもし鬱井だけど」
「鬱井か。どうしてそんなことを言うんだお前は?」
「だ、だって」
「見損なったよ。お前は最低だ。クズだ。生きてる価値がない。じゃあな」
「あ、おい」

プッ プー プー プー

切られた。しかも淡々と罵られた。
414まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/14(月) 02:18:00 ID:???
「どうした鬱井?」
「切られた」
「なんで泣きそうなんだよお前は」
「別に……」

僕は涙を堪えてイノセンスに電話を返した。
イノセンスはすぐに電話をかけなおしたが、

「あ、ダメだ。着信拒否された」

と、残念そうに電話をしまった。
この様子じゃ僕の電話からかけても同じだろう。

「まぁいいや。どうせこの先かけることもないし」
「よくねーよ。俺、罵られ損じゃん……」
「人のこと疑ってたお前が悪いんじゃね?」
「ひ、ひでぇ」
「でもこれがわかっただろ。携帯はすりかえに関係なし! 以上」
「ひ、ひでぇ」

誰か五分だけ時間を巻き戻せと僕は心の中で叫んだ。

「じゃあこれで携帯のことは決着ということで」

ニコフが僕をあざ笑う。ちくしょう。
しかしまだまだまだまだ謎は残っている。
415まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/14(月) 02:22:13 ID:???
携帯がかまってほしかっただけだろうがなんだろうが、僕が携帯から聞いた
『ノート三冊じゃなかったらしいぜ』という報告に『それはわかってる』と
KIRAは返したのだ。KIRAのあの返事もたいがい思わせぶりだったぜ?

よし、ここらでちょっとまとめよう。
さっきからウダウダ議論してわかったのは、
先生が最初に持ち込んだ一冊目。
九州がすりかえる為に用意した二冊目。
シニアがパクッたせいで更に三冊目。

そいで先生が偽造した四冊目。

……やっぱり辻褄合っとるな。
なーんだ。もうこれでオッケーじゃん。

意味不明に思える九州の行動は常人には理解不能ということでいいだろう。
先生は……先生もちょっとアレかな? オッケーオッケー。
シニアは言わずもがなだ。

はい、これで決着! もう考えるのやーめた!

と、僕は全てをぶん投げてもう帰ろっかなーとさりげなくソワソワしたり外をチラチラみたりして
帰りたいアピールしたが、ニコフがそれを許してくれなかった。

「じゃ、話を戻してラチメチの、人の寿命がわかるという力の真偽についてだけど」

えーまだ語るのぉ……今日はもういいじゃん、と、うんざりしつつ、
このあと1時間ほど議論したが、結局この件については答えが出なかった。
416まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/14(月) 02:23:19 ID:???
119.「新説」/終
417まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/14(月) 23:45:58 ID:???
120.「夢現」



【 夢 】


「こんにちは。携帯くん、いますか?」
「あら、あなた携帯のクラスの……」
「はい。今日、引越しするって聞いたから……」
「見送りに来てくれたの? ありがとうね。
 でもあの子、忘れ物したとかで今、学校に行ってるのよ」
「学校……そうですか」

私は携帯を見送りに彼の家を訪ねたが、携帯はいなかった。
おばさんは「すぐ帰ってくるから」と言って私を家の中に招いてくれたが、
引越しの準備で急がしそうにしている家にあがりこむほど私は無神経ではなかった。

「いえ、じゃあ学校に行ってみます」

私はおばさんに頭を下げて、学校に向かった。

1993年、7月の終わり頃のとても暑い日だった。
418まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/14(月) 23:52:29 ID:???
携帯と会えたのは学校ではなく、学校の手前の肝禿橋だった。

橋を渡ろうとした時、反対側から携帯が歩いてくるのが見えた。
私が手を振ると携帯は一瞬だけ足を止めた。
その時、手に何か持っていたような気がしたが、
橋の中間地点で彼と対峙した時、携帯の手は両方とも空だった。
ただの見間違いだったのかな、と、深くは考えなかった。

「忘れ物は?」

携帯が何も持っていないということは、何も持って帰ってこなかった
ということだ。私は無意識の内にそう訪ねていたが、携帯が橋の向こうで
足を止めた理由と結びつけて考えてはいなかった。

「忘れた」
「……?」
「忘れ物を、忘れてきたんだ」
「はぁ……?」

携帯はたまによくわからないことを言う。
私はいつものことだと片付けてそれ以上追求しなかった。

二人して黙り込む。
私は足下を流れる肝禿川の渓流に耳を澄ましていた。
そのうちにふい、と携帯が歩き出したので、私も踵を返して携帯のあとに続いた。
419まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/15(火) 00:03:01 ID:???
「お別れだね」
「うん」
「もう会えないのかな」
「縁があれば会えるだろ」
「なかったら?」
「会えない……んだろうな」
「そんなものなの?」
「そんなものだろ」

私の言った『そんなもの』と携帯の言った『そんなもの』のニュアンスはきっと違う。
でも私は何も言えなかった。

「ラチメチ」

突然、携帯が足を止めた。私も「はい」とそれにならう。

「あのノートって本物だと思うか」
「ノートって、ANGEL NOTEのこと?」
「そうだ。……ところで、どうにかならないのかそのネーミング。
 どうせ女子が付けたんだろう。どうでもいいけどな」

まぁ、今更変えたって俺には関係ないけど。
携帯の心の声が聴こえた気がした。

「本物……なのかな。わかんない」

私は正直に答えた。
420まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/15(火) 00:10:24 ID:???
「じゃあ本物だとしたら、お前はどうする?」
「どうするって……」
「なんて書く?」
「携帯、どうしたの?」
「叶えたい願いはないのか」
「そんなにいきなり言われても、すぐには思いつかないよ」

矢継ぎ早に質問を投げかけられ、私は困惑するばかりだった。

「あのノート、願いを叶えたらその分不幸になるんだよ?」
「それは気にしなくていい。そのリスクはなしという前提で」
「それに、先に書かれた願いはもう叶わないんだよ」
「先に書かれた願いなんてたいしたこと書いてない。
 お前、神頼みするほど成績悪くないだろ」
「しかも一人につき願いは一つしか叶えられないって噂」
「知ってる。だからこそ何よりも優先して叶えたい願いはなんだと聞いてるんだ」
「えー……なにぃ? 携帯、変だよ」

どうしてそんなことを聞くのだろう。
それこそ『今更』な気がした。

「はやく言えよ。もう行かなきゃいけないんだ」
「そんなこと言われたって」

突然すぎて思いつかない。
携帯が急かすので、私は咄嗟にこう答えた。

「携帯が犯人じゃないって、みんなにわかってほしい」

嘘ではなかった。
カレー事件の犯人は携帯じゃないと私は信じていたから。
421 ◆K.TAI/tg8o :2007/05/15(火) 00:12:47 ID:???
ほうほうそれで
422天然ショボーン ◆SoBON/8Tpo :2007/05/15(火) 00:13:59 ID:???
┃ ∧
┃ω・) <シッ
┃O)

423なっちゃん:2007/05/15(火) 00:15:45 ID:???
(>ω<) <エ〜ン!
424まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/15(火) 00:22:34 ID:???
私の本当の願いはこの眼の力のことだったけど、
この時はまだ携帯にも話していなかったし、言えなかった。
それに本当に何でも願いが叶うのなら、私なんかの為にだけ使うよりは
他人の為に使った方がいいに決まってる。この時はそう思っていた。

「それは、なし」

携帯が両手の人差し指を交差させて首を横に振った。
なんだか照れているようにも見えるけど表情に変化がないので、どうだろう。

「なんで?」
「いいから。それはなし」
「えぇー……でも、私だったらそう書くよ」
「ありがとう。でも、それはなし。別ので」

携帯は頑なにその願いを却下した。自分のことだからだろうか、と思った。

「携帯だったらなんて書く?」
「聞いてるのは俺だ」
「いいから教えてよ」
「え……嫌だ」

携帯は私に背を向けた。

「なんでよ」と、私は携帯の前に回り込む。
「言いたくないから」と、また携帯が背を向けるので、
「なんでよ」と、私はもう一度回り込み、結局元の位置に戻った。
425まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/15(火) 00:30:55 ID:???
「言いたくないから、というこの明快な答えにこれ以上の説明が要るのか」
「なんで言いたくないか、を聞いてるんだよ」
「言いたくないから言いたくないんだ」
「それは、なし」
「なしと言われても困るな」
「じゃあ……携帯は誰の為に願いを書く?」
「誰……って、それは」

携帯の視線が真っ直ぐ私の目に突き刺さる。
あまりにも真剣な眼差しに、私は瞬きも忘れてじっと携帯の言葉の続きを待った。

「なに?」
「なんでもない」

携帯は私から目を逸らすと、一人で歩き出した。

「待ってよ」

私は慌ててあとを追う。

しばらく無言のまま歩き続け、携帯の家が見えた頃。

「じゃあ、じゃあお前はアレなんだな。アレか。
 その……自分の為じゃなくてだな。ほら、ノート」
「ん?」

携帯が口ごもりながら呟いた。
前を見たままだったので、独り言かと思った。
426まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/15(火) 00:36:32 ID:???
「使わないんだな、自分の為には」
「あ、うん。その方が……」
「それで、でも、例えば絶対に使わなきゃならないとしたらだな。その……」
「……? だから言ってるじゃない。携帯の〜……って」
「あ、あぁ。そうなんだな。うん、わかった。そうか。そうだな。
 俺もそう……だよ」
「……? なに?」

結局、携帯が何を言いたいのかさっぱりわからないまま、
携帯の家の前に着いてしまった。

携帯は無言で玄関の方へ歩いていく。
私も無言で、携帯の背中を見つめた。

携帯が玄関の引き戸を開けて、こちらを振り返る。
十秒ほどの沈黙の後、携帯が口を開いた。

「じゃあ俺は、お前の為に書くよ」
「え?」

一瞬、何のことだかわからなくて聞き返してしまった。

「またな」

一方的に再会の約束をして、携帯は振り返りもせずに家の中に入っていった。
気のせいか、普段全く血の気が通ってなさそうな携帯の顔が、
真っ赤になっていた気がした。
427 ◆K.TAI/tg8o :2007/05/15(火) 00:37:35 ID:???
ツンです
428まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/15(火) 00:43:52 ID:???
携帯を見送った(全然見送れてなかったけど)日の夜、
私は布団を頭までかぶって考え事をしていた。

携帯が最後に言った一言が頭の中をぐるぐるまわっている。

『お前の為に書くよ』

どういう意味だろうか、と考えに考え出した結論は一つ。
携帯はノートを持っていったんじゃないだろうか。
忘れ物なんかほんとはなくて、携帯は学校にANGEL NOTEを取りに行ったのだ。
そういえば肝禿橋で会った時、携帯は何かを隠したような素振りを見せた。
ノートぐらいのものなら服の下にでも入れてしまえばいい。
というかノートぐらいじゃないと隠せそうにない。

ノートは本物だと思うか? 本物だとしたら、お前はどうする?
なんて書く? 叶えたい願いはないのか。

これらの質問、そのあとのノートのルール(あくまで噂だけど)、
ノートを使ったら不幸になるというリスクに対して『無視していい』と携帯は言った。
そして最後に言った一言……。

もしかして携帯は、私の為に、私の代わりに、願いを書こうとしてくれたんじゃ
ないだろうか。
だからあんなにしつこく『願いはなんだ』と聞いてきたんだ。
きっとそうに違いない。

だったらどうして、私が言った願いは却下したのだろう。
携帯が犯人じゃないって、みんなにわかってほしい。
これは私にとっても携帯にとってもいいことだと思うのだけど。
429ラブテスターキモハゲ ◆TiSEyrYTX. :2007/05/15(火) 00:45:30 ID:???
( ゚▽゚)y─┛~~

恋愛数値がビンビンですぅ
430まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/15(火) 00:48:49 ID:???
そして携帯は、私の提案した願いではない別の願いをかくのなら、
なんと書くつもりなのだろう。

『お前の為に書くよ』という言葉が頭の中をぐるぐるまわる。

なんで携帯は私の為にそこまでしてくれるのかな。
もしかして携帯は私のこと……好……き……な、の、かな。マジで? 
あぁどうしよう、ヤバい。うっわードキドキしてきた〜!
でも、こんなこと一人で必死になって考えてるけど、はずれてたら
すっごい恥ずかしい。誰かに言ったわけじゃないんだけど。
でもやっぱ、アレはやっぱ、そういう意味っていうかやっぱ告白的な
アレだったように思う。うわどうしよう、やばー……どうしたらいいのかな?
どうもしようがないんだけど。だって連絡先も聞いてないし、それに
知っててもなんて言うのさ。ありがとう? なんか違うそうじゃなくてもっと……。

ふと気づくと、窓の外から聞こえてきていたゲーコゲーコという鳴き声が
ミーンミーンに変わっていた。枕元の置時計に目をやると……もう6時じゃん!
一睡も出来なかった。生まれて初めて徹夜した小6の夏休み。

そして気づくと私は学校に向かっていたのだった。
目的はノートがほんとになくなっているかどうかを確かめる為。
モヤモヤするのはそれを確認してからだ。


教室に入って、顔から火が出そうになった。
ノートはちゃんと置いてあったのだ。
あー誰にも言わなくてよかった。昨日の今日で言う暇もなかっただけだけど。
とにかく友達に恥ずかしいセリフを言わないで済んだので私、セーフ!

教室の中央で私は野球の審判のように両手を水平に広げる。
って誰も見てないし! 寝てないせいかやたらとテンションが高いなと自分でつっこんだ。
あーアホらし。帰って寝よう。急に眠気が襲ってきた。
431まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/15(火) 00:55:06 ID:???
あくびをしながら教室を出ようとした時、ふとノートのことが気になった。
何の気なしにノートを開くと、眠気がふっとんだ。
いつの間にか書き込まれていた新たな願い。

 カレー事件の犯人が死にますように

「誰が書いたの……?」

誰もいない教室で私は誰にともなく問いかけた。当然、返事はない。
私はおそろしくなって、ノートをロッカーの上に放り投げて教室から飛び出した。

誰があんなことを?

すぐに思い当たったのは携帯だった。
携帯は昨日、もしかしてこれを書く為に……うぅん、そんなはずない。
そんなはずは……。そもそもこんなノートで人が死ぬなんて……。

でも、もし本当にこの願いが叶ったら……?

……本当に叶うのだろうか。

私はいつの間にか自分の部屋にいた。
どうやって帰ってきたのかも覚えていなかった。
そして自分が今、なにをしているのかもわからなかった。
私は机の引き出しから新品の白いノートを取り出し、再び学校に向かった。


あの願いを書いたのが携帯かどうか、私は考えないようにしていた。
それよりも、本当に願いが叶うのかどうかが知りたかった。

私は学校の教室で家から持ってきたノートとANGEL NOTEを並べて、
ANGEL NOTEのページに書かれている内容を書き写した。
432まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/15(火) 01:03:03 ID:???
偽造したノートをロッカーの上に置き、私はANGEL NOTEを抱きかかえるようにして
教室を出た。誰もいない廊下に私の足音だけが響く。

こんなことをして大丈夫だろうか。
誰かにすりかえが見破られないだろうか。
バチが当たったりしないんだろうか。

そんなことを考えていたが、元に戻しておくという選択肢は浮かんでこなかった。

校門を出て、私はノートを服の下に忍ばせた。
ノートを持っているところを誰かに見られでもしたらおしまいだ。
私はこの時、誰が見ても挙動不審だったと思う。
誰かがどこかから私の行動を見てはいなかっただろうか。
もちろん誰もいなかったが、私は何度も何度も振り返りながら家路を急いだ。

校門を出て、学校の敷地をぐるりと囲んでいるフェンス沿いに50mほど
歩いて、私はまた振り返った。やっぱり誰もいない。いるわけがない。
そもそも夏休みなんだから、学校には──先生ぐらいしかいない。

その時、校舎の方から視線を感じた。
視線は南校舎の2階、職員室からだった。

太陽の光が反射しているせいで顔がよく見えないけど、
窓ガラスの向こうに誰かが立っているのはわかった。
窓ガラスの向こうに立っているのは誰だろうと、私は思わず足を止めて
校舎に顔を向けて目を凝らしていたことに気づく。
何をやってるの。向こうからはきっと私がよく見えている──。

手を翳して顔を隠そうとした時、窓ガラスの向こうの人影が窓を開けようとした。
私は慌ててその場から走り去った。

向こうは私が誰だかわかっただろうか。
433 ◆K.TAI/tg8o :2007/05/15(火) 01:05:47 ID:???
シエンタ
434まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/15(火) 01:09:36 ID:???
それから何日間かは後悔と恐怖でノートに願いを書くことが出来なかった。
でもその間、あの時職員室から見ていた誰かが『ノートを返しなさい』と
家にやってくることもなかったし、この何日間かの間に遊んだ友達からも
『ノートが盗まれた』なんて話は聞かなかったので、私はいよいよ願いを
書き込むことにした。

自分の部屋の机にノートを広げ、私は一番気に入っていたシャーペンを
ノートの上に転がした。
私の願い、それは『普通の女の子になりたい』という抽象的なものだった。
でも、こう書けばきっと願いは叶う。もう人の寿命なんて見たくない。

こんな書き方にしようと思ったのは、ノートを元に戻さなくてはならない
状況も想定してのことだった。
まぁ『普通の眼にしてください』と書かれているのをクラスのみんなが見たって
なんのことだかわからないだろうけど。筆跡で誰の字だかバレてしまうかも
しれないし、用心に越したことはない。
……などとああだこうだと知恵を絞ったにも関わらず、私は願いを書けないでいた。

『お前の為に書くよ』

あの日から、未だにこの言葉が頭の中をぐるぐるまわっている。
いや、携帯が私のことをアレとかそういうことでずっと
モニョモニョしてるわけでなくて。してるけど。じゃなくて
それよりももっと、別の角度からあの言葉を捉えてるのよ、私は。ほんとに。
誰に言い訳するでもなくそう言い聞かせて、私はシャーペンを拾い上げた。

私の中の利己心と乙女心と自己犠牲愛が三つ巴で殴り合い、
生き残った願いをやっとのことで書き込んだのは午前6時だった。
人生二度目の徹夜をした小6の夏休み。
435まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/15(火) 01:17:22 ID:???
願いがすぐに叶うとは思っていなかったのは、私が書いた願いが
一夜にして叶うような内容ではなく、ひどく抽象的なものだったことと、
先に書かれたカレー事件の願いがまだ叶っていなかったからだ。

8月15日……正確には明けて次の日、8月16日。
この日まで私はどこか感覚が麻痺していたのかもしれない。

私の書いた願いが叶うのなら、先に書かれた願いが叶ったあとだろう。
それはつまり、カレー事件の犯人が死んだあとに私の願いが叶うということだ。

人が死ぬ、ということを私は誰よりもよく知っていたつもりだったけど、
それは大きな間違いだった
クラスの友達からの電話でLコテが死んだことを知った時、私は受話器を握ったまま
その場に崩れ落ちた。
私は無意識のうちに、人が死ぬことを願っていたのだ。

その日から私は原因不明の高熱を出して一週間の間、寝込んでしまった。
ようやく布団から起き上がれるようになったのが夏休みの終わり頃だった。

Lコテが死んだことで、私はノートを持っていることさえ恐ろしくなっていた。
自分の書いた願いのことなんてどうでもいい。とにかくこのノートを手放したい。
でも、自分で処分するのも怖かった。

8月25日。
私はノートを持って学校に向かった。
私がノートをすりかえてちょうど一ヶ月ぐらいだろうか。
教室に着くと、私が置いたはずのノートはなくなっていた。

真っ先に思ったのは、『これでは携帯が無実だったと証明出来ない』
ということだった。
436まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/15(火) 01:23:48 ID:???
誰かが『カレー事件の犯人が死にますように』と書いたから、Lコテは死んだのだ。
ノートがなくなってしまっては誰もそのことに気づかない。
携帯の罪を晴らす為にはノートが必要だ。
『カレー事件の犯人が死にますように』と書かれたノートが。
そして私はその願いが書かれたノートを持っている。
このノートを置いておけば、みんな携帯が無実だったとわかるだろう。
でもこのノートには、私の願いが書いてある。

見られたくない。
単純にそう思った。恥ずかしいからだ。

でもノートは置かなければならない。どうすればいいのだろう。
誰かが私の作った偽のノートを持ち去らなければこんなに悩む必要ないのに──。
私の作った偽のノート?

そうだ、あれは私が作った偽物だったのだ。
何故こんなことに気づかなかったのだろう。
病み上がりなせいか頭がまわっていなかった。

偽のノートがなくなって困っているのなら、もう一冊偽ノートを作ればいいだけだ。

いつの間にか私が持っている“本物”のノートに対しての恐怖感は薄らいでいた。

私は家に帰ってすぐにもう一冊新しく偽のノートを作り、
もう一度教室に偽ノートを置いた時には、“本物”のノートを手放す気は
なくなっていた。
こんな危険なノート人目に触れる所に置いていてはいけない、
誰かが責任を持って保管すべきだ、なんて正義感を私は持ち合わせていなかった。
ただ、私が書いた願いを誰にも知られたくなかっただけ──。
437まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/15(火) 01:29:37 ID:???
そして夏休みが終わり、2学期。
私が気になっていたのは、私の作った偽ノートを盗んだ“犯人”の反応だった。
自分が持ち去ったはずのノートが、何故か教室に置いてある。
新しいノートを見て、犯人は一体何を思っただろう。
それに犯人もきっと、ノートを持ち帰ってすぐに願いを書き込んだはずだ。
もしかすると私のすりかえに気づくかもしれない……。
そして気づいたなら、どう行動するのか。

私は犯人探しなんてする気はなかった。
携帯がカレー無実だったと証明されればそれでよかった。
でも、誰が犯人なのか知りたい気持ちは少なからずあった。
もし私が犯人だったらどうするだろう。
私は犯人になったつもりで考えてみた。

私なら、持ち去ったノートに書いた願いが叶わなかったことと、
教室に新たにノートが置かれていることで、すりかえに気づくかもしれない。
そしてすりかえに気づいた私、もとい犯人は、新たに置かれたノートこそが
本物なんじゃないかと考える、かもしれない。
もしそう考えたとして、私が犯人なら、もう一度ノートを盗もうとするだろう。
それも、出来るだけ早く。今日にでも、だ。

放課後、私は一度学校の外に出て、適当に時間を潰してから
再び教室に向かった。

教室には誰もない。ノートはちゃんとロッカーの上に置いてあった。
犯人は持ち去らなかったのか……私はがっかりしたような、
ほっとしたような複雑な気持ちで教室を出た。
438 ◆K.TAI/tg8o :2007/05/15(火) 01:31:08 ID:???
そろそろピンチになってきました
439まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/15(火) 01:33:15 ID:???
外はもう夕暮れ。
学校に残っている生徒は私だけかもしれない。
こんな時間まで残っているのを先生に見つかったら怒られるだろうなと
思いながら渡り廊下に差し掛かった時だった。

渡り廊下の先にある、南校舎の階段から誰かが上がってくる足音が聞こえた。
こんな時間に四階まであがってくるのは先生しかいない。
私はすぐに引き返して北校舎の階段まで走った。
見つかったら怒られるに決まってる。

もう探偵ごっこはやめよう。
下手に動いて私がすりかえたことがバレるのも嫌だ。

私はそれから教室のノートには一切近づかないようにした。

そう決めた数日後、案の定またもノートが盗まれた。
その二日後、誰かが名乗り出て、ノートを先生に返したらしい。
ノートは私達の前で焼却炉に投げ込まれ、私の不安の種は何一つなくなった。

これで私の持っているノートに書いた恥ずかしい願いが叶えば完璧なんだけど。

そして、もし私の持っているノートが偽物で、
あの時携帯がすりかえていたとしたら、携帯はなんて書いたのかな……。
440まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/15(火) 01:38:28 ID:???
【 現 】


「はっ!?」
「おはよう」

目が覚めると、そこには鬱井がいた。

「う、鬱井……いつからいたの?」
「30分ぐらい前から」

私は夢を見ていた。ここ数日、何度も繰り返し見るあの頃の夢。

「起こしてくれればよかったのに」
「悪いかなーと思ってさ」
「そんな……いいのに。うっ」

起き上がろうとすると傷口が痛んだ。
そうだった。私は銃で撃たれて入院していたのだ。

「無理しない方がいいよ」
「うん、大丈夫」

あまり力をかけないようにして、私はゆっくりと上半身だけ起こした。
ずっと寝ていたせいか頭がくらくらする。
441まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/15(火) 01:46:05 ID:???
「今日、何日の何曜日だっけ?」
「なんだ? あれから今まで眠ってたのか?」
「ずっと寝てばっかりで日にちの感覚が……」
「ニートじゃあるまいし……今日は8月24日……の、木曜日。
 ついでにいうと2006年だよ」

ということはあれからもう一週間以上経ったのか。
寝てばかりいたせいか、何ヶ月も前のことのように思える。

「鬱井、なんでここにいるの?」
「お見舞い……かな」
「そう……ありがとう」

私がお礼を言うと、携帯は「うん」と頷いた。

「まぁ元気そうでよかった。そういや、KIRAも来たんだろ?」
「うん、昨日ね」

鬱井の言う通りKIRAは昨日来たが、それはお見舞いではなく
一週間前の事件に関することで私に事情を聞きに来たのだった。
そのことを告げると、鬱井は「あいつのことだから、出て行く時
『お大事に』とか言わなかっただろ?」と笑っていた。

それからしばらく、私と鬱井は他愛もない雑談を続けた。
どうやら鬱井の『お見舞いに来た』は本心だったようで、少し嬉しかった。

10分ほどした頃、会話が途切れた。
鬱井は壁にかかった時計を見たり、椅子に座ったまま背伸びをしたりしていた。
帰るタイミングを見計らっているのだろう。

私は鬱井が帰ってしまう前に、ひとつだけ聞いておきたいことがあった。
昨日、KIRAに聞けなかったことだ。
442まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/15(火) 01:53:09 ID:???
「ねぇ鬱井。ノワってどうなったか知ってる?」
「ノワ? いや、それが俺も知らないんだな。KIRA教えてくんないし」
「そう……私も昨日聞いたんだけど」
「なんでノワのことを? あ、そういやノワにさらわれたんだっけ……」
「うぅん違うの。そのことはもうなんとも思ってないよ」
「じゃあなんで?」
「寿命がどうなってるのかなと思って」
「ふーん寿命がね……なんだそれは」
「私、人の寿命がわかるの」
「へー……えっと……俺、どうしたらいい?」
「イノの運命は変わったと思うんだけど……ノワは顔を見てないから」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。なんか周波数合ってないぞ。大丈夫か?
 うわぁどうしよう……ナースコールした方がいいのかな……」

どうやら完璧にイタイ女だと思われたみたいだった。
でも私はもう自分の力のことを隠して生きるつもりはなかった。

「ごめんね。いきなりこんなこと言っても意味わかんないよね」
「い、いや……なんつーか俺の方こそごめん……なんとなく」
「でも、ほんとなの」
「うん、うん。だ、大丈夫。俺、大丈夫だから。言わないから」

やっぱり信じて貰えなかった。
鬱井があまりにも動揺しているので「うそぴょーん!」と言っておいた方が
いいだろうかと思ったけど、鬱井の顔が面白かったので私は自分の発言を
取り消さなかった。

「あ、あぁ! もうこんな時間だやべー。お、俺もう行かなくちゃ。
 じゃあねラチメチ。ま、また来るよ。……たぶん」
443まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/15(火) 02:00:00 ID:???
鬱井が顔をひきつらせながら立ち上がり、パイプ椅子をたたみもせずに
部屋を出て行こうとしたその時。
コンコン、と、不意にドアがノックされた。
私が返事する前に鬱井が「どうぞ」と勝手に答えると、
ドアがゆっくりと開いた。来たのは携帯だった。

「あれ? どうしたんだ携帯。なんで来たの?」
「俺のセリフだよ、鬱井。お前こそなんで来たんだ」
「なんでって……そりゃ来るよ」
「だろう? 俺も同じだ」
「いや、同じじゃない……まぁいいや。どうせKIRAはこのこと知ってるんだろ」
「あぁ」
「ふーん。じゃあいいや」

二人は会話しながら体を入れ替え、鬱井は部屋の外に出て、携帯は部屋の中に
入ってきた。

「じゃあ俺行くわ。ラチメチ、お大事にね」

鬱井はドアに手をかけて私に手を振ったので、
私が同じようにして手を振り返すと、鬱井は笑顔でドアを閉めた。

と、思ったらすぐにもう一度ドアが開いた。

「あ、そうだ。そういや携帯、お前今何してるの?」

鬱井が顔だけを部屋の中に入れて携帯にそう尋ねると、
携帯は少しめんどくさそうに、

「何って、息してるよ」

と、子供のような返答をした。
444まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/15(火) 02:06:53 ID:???
「違うよ。最近、何してるの? って意味」
「仕事……のようなもの……の、準備……など」
「えぇ!? お前仕事してたの? てっきりニートなのかと」
「いや、仕事はしてない。けど無職じゃない。ちゃんと登録はしてる」
「は? なんだそりゃ。派遣でもやってるの?」

鬱井は一層訝しげな顔つきになって携帯に質問を重ねたが、
携帯は答えず、ポケットから何か取り出した。名刺だ。
携帯は名刺を無言で鬱井に渡した。
鬱井はその名刺を見て、目を見開いて声をあげた。

「え!? マジで!?」
「そういうことだから……じゃあな鬱井」

鬱井が小声で「マジでーマジでー」と唸っていたが、携帯はそれを無視して
鬱井の頭を部屋の外に押し出して、無理やりドアを閉めた。

「さて、今日来たのはもちろんラチメチの容態が気になっていたから……
 というのもあるが、半分はKIRAや鬱井に対する建前だ。
 まぁあいつらもわかっているとは思うが。
 いや、半分といっても、俺が心配してるというのは本気でだな……」
「なに?」
「いや、だから……まぁ、元気そうで何よりだ」
「……? うん、ありがとう」

携帯は頭をかきながら言い訳のようにぶつぶつと呟きながら、
さっきまで鬱井が座っていたパイプ椅子に腰を下ろした。
なんだか照れているようにも見えるけど表情に変化がないので、どうだろう。
445まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/15(火) 02:12:30 ID:???
「で、だな……KIRAは……来たんだろ?」
「え? うん。昨日」
「何を話した?」
「一週間前のこと……」
「そうか。なら悪いが昨日KIRAに話したことを俺にも話してくれないか」
「どうして……?」
「いいから」

携帯が何を考えているのかわからないけど、隠す気も誤魔化す気もなかったので
正直に話すことにした。それに、携帯はたぶん全部わかっているだろうから。

「あの時……」

私が携帯に話したのは、昨日KIRAに話したことと全く同じ内容だった。

「──なの」
「うん」

話し終えると、携帯は顔色ひとつ変えずに頷いた。

「よし、大体わかった。じゃあ今度は質問だ」
「さっきから質問してるじゃない」
「いや、今までのはただの確認であって質問じゃない」
「ふぅん……あの、携帯、なにする気なの?」
「大丈夫、心配しなくていい」

携帯は私をじっと見据えて、

「じゃあ……まずは最初の質問から」
「最初の……って、携帯」
446まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/15(火) 02:18:37 ID:???
「一週間前……正確には9日前になるな。
 8月15日の23時30分。教室が爆破された時だ。
 教室の後ろのドアから出たのはバジル、インリン、ugo、アルケミ、クロス、蟹玉、
 ラチメチ、ゲロッパー先生、ショボーン、アンキモ、わんたん、下ネタの順番で12人。
 ラチメチが出たのは7番目だった。教室を出たラチメチは先に出た者達と同じように
 階段を下りたが、体調が悪かったこともあり、ラチメチは自分より後から出た者にも
 どんどん抜かれて、一階に下りた時には11番目に出たわんたんにも抜かれた。
 しかしラチメチは最後尾だったわけではない。ラチメチの後ろにはまだ下ネタがいた。
 下ネタはラチメチを追い抜こうとはせず、ラチメチのすぐ後ろについて階段を下りていた。
 ──爆発が起きたのは、ラチメチが中庭を抜けて南校舎に入った時だった。
 爆発の衝撃でラチメチは倒れそうになったが、すぐ傍にいた下ネタがラチメチの体を
 支えた。ラチメチは下ネタに礼を言おうとしたが、いきなり下ネタがゲヘヘと笑い出し
 ラチメチの口を塞いで目の前のトイレに無理やり連れ込んだ。トイレに入ると、
 下ネタは『I Love You』などと耳元で囁きながら服を脱がそうとしてきたので、
 ラチメチは咄嗟に下ネタを突き飛ばした。すると下ネタはポケットからナイフを
 取り出し、ラチメチに刃を向け……以下、二人の会話──。
 『てか、大人しくしろって言ってんだろォ!』
 『やめて! なにをする気なの!?』
 『ッゼーんだよ叫ぶんじゃねェーよ』
 『どうしてそんなナイフを持ってるの? はっ!? まさかあなたが──』
 と、ラチメチは両手で口を塞いで……以下、二人の会話──。
 『あ、あなたがキラヲタを殺したの!?』
 『だったらどーするよ!?』
 『ひどい! なんてことを……』
 『うるせーんだよっ! お前も殺されたくなかったら大人しくしろや』
 ──ちなみにこれはラチメチの勘違いを下ネタが利用しただけである。
 下ネタはナイフを持ったままラチメチに近づき……以下、二人の会話──。
 『なぁいいだろラチメチ。俺マジずっとお前のことが好きだったんだぜ?』
 『や、やめて! 誰か──』
 『ちょ、うっせんだよ!』
 下ネタがナイフを持ったままラチメチに襲い掛かる。
447まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/15(火) 02:26:26 ID:???
 ラチメチは下ネタをかわしてトイレから脱出しようとしたが、
 下ネタに腕を掴まれてしまい、二人は揉み合いになって、
 足をもつれさせて二人はその場に倒れ込んだ。
 ──その拍子にナイフが下ネタの頚動脈を切ってしまった。
 その時廊下から足音が聞こえてきた。動転したラチメチは思わずトイレの奥の
 窓からグラウンドに出てその場から逃げ出してしまった」

と、携帯はそこまで一息で一気に言い切った。
途中の私と下ネタの会話は、本当に私達が喋っているのかと思うほど
上手な声真似だった。

「……ここまで、間違いないな」
「うん……でも、質問って? 今のが?」
「いや、今のも確認」

ここまで間違いないかどうかが質問なのだろうかと思ったけど、違うみたいだ。

「質問はひとつだ。ラチメチ、お前は下ネタを殺したのか、殺していないのか」
「それは──」

それは、昨日KIRAからもされたのと同じ質問だった。

「私が殺した──も同然だと思う」

私は昨日と同じ答えを返すしかなかった。

「KIRAにもそう言ったのか」
「うん……」
「調書は? まだ取られてないだろ」
「ちょうしょ……? あ、うん。今みたいな感じでただ話してただけだけど」
448まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/15(火) 02:30:14 ID:???
「よし、わかった」
「なんなの……?」
「──とにかく……ラチメチはこれからも正直に、ありのままに起こったことを
 話せばいい……ということだ」
「いや、答えになってない……」
「うん」

わけもわからず私が首を横に振ると、携帯は満足そうに何度も頷いていた。

「じゃ、これでこの話は終わりだ。嫌なこと思い出させてすまない」
「え、う、うん」

なんなんだろう。この人がなにを考えてるのかさっぱりわからない。

「あぁ、もうこんな時間か」
「もう行くの?」
「うん、また来るよ。じゃあ……」
「待って、携帯」
「ん?」

私は手を伸ばして立ち上がろうとする携帯を引き留めた。
どうしても聞いておきたいことがあったからだ。

「なんだ? 何か気になることでもあるのか」

携帯はたぶん、一週間前の事件に関することで何か聞かれると思っているに違いない。
でも私が聞きたいのはそのことではなかった。

「もしかして……本物のノートは携帯が持ってるんじゃないの?」

思い切って聞いてみた。
出来るだけさらっと言ったつもりだったが、上手くいったかどうかはわからなかった。
449まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/15(火) 02:37:51 ID:???
「何故そう思う?」

私の覚悟の深さとは裏腹に、携帯は全く動じた様子もない。

「何故って……それは──」
「『私のすりかえたノートが本物じゃなかったから』……だろ」
「──! ……うっ」

思わず体を大きく捻ると、激しい痛みが走った。

「無理するな」
「大丈夫……それより」
「どうして俺がそれを知っているのか、か?」
「……うん」
「俺もすりかえたからだよ」
「え?」

私が驚いて声をあげると、携帯は僅かに口元を緩めて笑った。

「なにをそんなに驚いてるんだ」
「だって……」

私は返す言葉が見つからなかった。
実を言うと、驚いたけど……驚いていない。
何も驚くことなどないのだ。
私は、私より先に携帯がすりかえたのはではないのかと疑っていた。
私の考えは当たっていた。それだけのことだ。

「いつ……? 携帯はいつ、すりかえたの?」

私は言いながら、携帯がなんと答えるかも予想はついていた。
450まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/15(火) 02:40:58 ID:???
「7月の終わり」
「じゃ、あの日」
「そう」

やっぱり。これで全部わかった。

「まぁ偽物だったんだけどな」
「お互い、ね」
「なら」

携帯は緩めていた口元を引き締めると、

「2学期が始まる前に、教室に新しいノートを置いたというのもラチメチ、お前だな?」
「そうだよ」
「そこがわからないんだ」

携帯は頭を掻きながら私の顔を覗き込む。

「なんでそんなことをする必要がある?」
「置きたかったから」

私がそう答えると、携帯は「明快な答えだ」と、私から顔を背けた。

「怒ったの?」
「怒ってないよ。これでまたひとつ謎が解けた。正直に答えてくれてアリガトウ」

皮肉だ。
ただでさえ抑揚のない口調は、後半完全に平坦になっていた。

ふむ。そっちがそういう態度なら、こっちにも考えがある。
451まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/15(火) 02:43:31 ID:???
「じゃあ聞くけど、携帯はなんですりかえたの?」

私は意地悪な質問をした。
途端に携帯の表情が強張る。

「ねぇ、どうしてすりかえたの?」

携帯が固まったので、私はもう一度聞いた。
どうして○○したの? と聞いても、携帯は本当のことを決して言わない。
私はそれがわかっていて聞いていた。

「……すりかえたかったから」

本当のことは恥ずかしくて言えない。
携帯も、私も。

「ね? そうでしょ? そういうことだよ」
「う、あー……」
「ねぇ、なんで私がすりかえたか聞かないの?」
「……悪かった。もう聞かない」
「まぁ偽物だったしね!」
「あ、あぁ……お互い、な」

携帯はなんとも形容のし難い表情になって、両足を上げてパイプ椅子の上で
猫のように丸くなった。
452まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/15(火) 02:45:49 ID:???
「でも、願いは叶ったよ。私はね」

駄目押しで私がそう言うと、

「俺も……だよ」

と、携帯は椅子の上であぐらをかいて頭を掻き毟った。
携帯は今にも転げ落ちそうな格好で猫みたいな唸り声をあげながら、
恥ずかしそうにくねくねと体をよじれさせた。
パイプ椅子がギシギシと音を立てる。

「で、携帯はなんて書いたの?」
「もう勘弁してくれ……」
「私がなんて書いたか教えようか」
「いいって、いいから……うあぁ」

携帯はとうとう椅子から転げ落ちた。
私は傷に響くのも忘れて笑った。
453ニコフ ◆nikov2e/PM :2007/05/15(火) 02:45:56 ID:???
支援!!!
454まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/15(火) 02:47:00 ID:???
120.「夢現」/終
455まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/15(火) 23:30:58 ID:???
エピローグ.「色々」
 


   1.蚊帳の外刑事と黒い権力


あれから更に数ヶ月が経ち、僕はすっかりいつもの日常に戻っていた。
ただ、あの事件から僕の署内での立場は少しだけ変化していた。

あの時捕まった四人組の供述で、行方不明だったLd課長は華鼬の構成員だったと
いうことが明らかになった。
そのことは署内で噂になり、僕があの事件に関わっていたということも
知る人ぞ知る伝説となった。
もう僕を無気力刑事とあだ名する者は誰もいなかった。

ただ昇進や特別ボーナスなんかは一切なかったが。

どこまでいっても所詮知る人ぞ知る、という程度のハクがついただけだ。
それもそのはず、あの事件の後始末がどうなったのか僕は全然知らない。
僕は蚊帳の外に追い出されたままだった。

KIRAが圧力をかけたのかなんなのか、夏が終わる頃にはマイとかいうアイドルと
なんたらいう芸人の電撃入籍が世間を賑わわせていて、結局ノートのノの字も
出てこなかった。
あくまでも表面的には、だったが。

僕はこの日休みだったので、家で朝からテレビをつけっぱなしにしたまま
パソコンの前に座っていた。
456まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/15(火) 23:38:58 ID:???
某巨大掲示板ではあの事件に関するスレッドが立ちまくっていた。
中には『九州に萌えるスレ』なんて馬鹿みたいなスレッドまであったほどだ。
好奇心でちょっと覗いてみたが、ニュースで流された顔写真はもちろん、
どこから流出したのか小、中、高の卒業アルバムの写真までアップされていた。
そしてみんな顔文字を使ってハァハァしているのだ。この世は病んでいる。

事件から一ヶ月ほど経った頃、はっきりと名指しで『KIRAとかいう警視が黒幕説』
なんてアホみたいな噂も流れていた。
噂が流れ始めた頃は、せっかく偽名を使っていたのにKIRAも散々だなぁなんて
僕は他人事のように思っていたが、最近では『その場にもう一人刑事がいた』
という情報まで流出していた。インターネットは恐ろしい。
もし僕の名前が出たらどうしようかとドキドキしていたが、
匿名掲示板よりおそろしいのは特級エリートである。
肝禿村での事件に関するスレッドは100レスもつかずに停止されるのだ。
たぶんKIRAの仕業だとは思うが、実際のところはどうなのか知らない。
しかし掲示板の住人からすれば『警察必死だな』という感じだろう。

本当に恐ろしいのはインターネットではなく、堂々と黒い権力を振りかざす
あいつなんじゃないかと思う。

そんなこんなで誰かがスレッドを立てては停止されを繰り返し、
いつしか何が本当なのかもわからぬまま、不確定な情報だけがただただ垂れ流され
続け、あとには『なんかヤバい事件』という事実だけが残った。
そして『肝禿村の事件はタブー』という図式が出来上がったのだった。
457まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/15(火) 23:44:31 ID:???
更に日を追うごとに真実は明後日の方へと一人歩きし、
全く関係なさそうな情報でもそれっぽければOKというネタへと変わっていった。
今、僕が見ているスレッドではeomだとか柏駅だとか公安がどうのこうのとか
なんだかよくわからない文字列が羅列され、
誰か来たとかふじこだとかわけのわからない流れになっている。

僕は家まで車で送ってもらったあの日から、KIRAと一度も連絡を取っていなかった。
まぁ元々頻繁に連絡を取り合う仲だったわけではなかったのだから、
これもまたいつもの日常に戻ったということなのだろうと思っていた。


僕はパソコンの電源を切って、床に寝転んだ。
テレビからサッカーの試合を実況するアナウンサーの声が聞こえていた。

あー平和だ、平和っていいな。
でも平和ってのは言い換えれば退屈だ。
なら退屈はいいことか?
などと下らないことを考えていると、ドアチャイムが鳴った。

愛しのニコフが来たのだ。
掃除しといてよかった。
458まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/15(火) 23:52:40 ID:???
   2.はぐれいたちと黄色い太陽


この日、僕は朝からとても眠たかった。
昨日の夜から、朝までずっと神奈川の某所で、とある組織のパーティーに
参加していたからだ。
ほんとはそんなことやりたくもなかったのだが、
僕の過去の悪事の証拠を掴んでいるどこぞのエリート警視に
恫喝まがいの『お願い』をされては嫌とは言えなかった。

僕が昨日掴んだ情報のおかげで近日中にその組織は壊滅することになるのだが、
当然、僕の知ったこっちゃない。あとは勝手にやってくれ。
僕はもうその手の犯罪組織と関わるのはこりごりなのだ。
僕が所属していた組織、“華鼬”もあの事件がきっかけで壊滅した……
かに見えたが、何人あるいは何十人の残党が小規模のグループを作って
悪さをしているらしい。

一度、顔を見知った奴が僕を誘いに来たが当然断った。
今の僕はまったくの堅気である。

前と比べれば、だが。


「蟹玉、ポニーさんまだ帰ってこないの?」

僕は晴刷市のライブハウス『P0NIE』にいた。
オーナーであるポニーさんはまだ肝禿村にいたが、今夜もここでプロを目指す
バンドのライブが行われる。ここのステージに上がれるのはそういう奴らだけだ。
459まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/16(水) 00:01:20 ID:???
「もしかしたらもう帰ってこないかも……な」

現在、店長代理として店を管理して営業を取り仕切っているのはこの蟹玉だ。
蟹玉はあの事件のあと、腰まであったクソ長い銀髪をばっさり切って
今ではどこからどう見ても『なんか音楽やってたっぽい兄ちゃん』である。
元・芸能人のオーラはすっかり消え去っていた。

「まぁ……あんなことがあったしなぁ」

ポニーさんの兄であり、僕達の恩師だったゲロッパー先生は今、
僕がこの世で一番行きたくない系の所にいる。

どうしてそうなったのかはもういちいち語る必要も意味もない。
ただ、先生とはもうこの先二度と会うことはない、ということだ。

「でも、あんなとこで住んでて楽しいかね? 俺だったら一週間で飽きるわ」
「さぁな……俺はマスターの代わりにこの店を守るだけさ」

ツタヤもないようなクソ田舎で暮らすなんて僕には耐え難いが、
ポニーさん本人がそう決めたのならそれでいいのだろう。
蟹玉もすっかり“マスター”っぷりが板についてきて、楽しそうだった。

「さてと、んじゃ俺そろそろ行くわ。用事あるから」
「あぁ……またな」
「おう」

蟹玉が忙しそうに機材をいじっている蟹玉の肩を叩いて僕は店を出た。
黄色い太陽が目にしみる。
460まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/16(水) 00:07:40 ID:???
『P0NIE』を出た僕は、バスに乗って晴刷市紫藤町の牛丼屋がある交差点まで
やってきた。
牛丼屋の隣に3階建ての小汚いビルがある。
そこの2階にある事務所が現在の僕の職場だ。

「約束の時間までまだ10分ぐらいあるな……」

僕はビルには入らず、牛丼屋の横の本屋に入った。

なんか面白い漫画ないかな〜と漫画コーナーをウロウロしてみたが、
特に興味を惹かれる表紙やタイトルのものがなかったので、
週刊誌でも立ち読みすることにした。

おっ……と、目を引かれたのは如何にもな胡散臭さを醸し出している
世の中のニュースなんかには流れない(流す必要がないともいう)事件や
噂を取り扱うアンダーグラウンド(?)雑誌だった。

『琵琶湖で発見! ビッシーを激写!』

が巻頭に来てるのだからこの雑誌の信憑性と売れ行きは容易に想像がつく。
しかし僕がそんなアレな雑誌を手に取ったのにはわけがある。

ビッシーのスクープ激写を鮮やかにスルーしてページをめくると、

『肝禿村の殺人は村の守り神による祟りだった!』

という記事が目に留まった。

しかし僕はそれすらスルーした。
僕が見たかった記事は蒟蒻神のイメージイラストが描かれたページの次だった。
461まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/16(水) 00:16:25 ID:???
『謎の名探偵“L”の正体に迫る!』

警察は何故Lの存在を否定するのか!? から始まるその記事は
ここ数ヶ月の間に数々の難事件を独自の捜査で見事解決へと導いた、
謎の名探偵Lの素性に迫るものだった。

『Lは10代〜40代、もしくは50代以上の欧米人、あるいはアジア人。
 男だという情報も寄せられているが、一説では女だという見方もある』

アホか──。
僕は本を閉じて店を出た。



   3.カリスマ美女と赤い汁


「きっ……! ……ったない! 鬱井!」

鬱井の部屋は本当に汚かった。
ぱっと見、片付いているように見えるが、それはただゴミをひとまとめにして
部屋の隅に追いやっただけだった。これが人を招く部屋だろうか。

「そんなことないって、全然平気だって。ニコフ、潔癖症?」
「むしろ病的なのはこの汚さだと思うけど」
「まぁ気にするなよ。ほらあがってあがって」
「……おじゃまします」

いくら暇だからといって鬱井の部屋なんかに来たのが間違いだった……と、
後悔してももう遅い。
462まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/16(水) 00:22:54 ID:???
今更帰るわけにも行かないので私は仕方なく部屋にあがった。
私が部屋の中央にある小汚いテーブルの前に座ると、
鬱井はニコニコしながら薄汚い冷蔵庫を開けてペットボトルを取り出した。
一体いつ買ったのだろう。ペットボトルの容器はありえないぐらい汚れていた。

「これしかなくてさ」

ペットボトルの中で赤い液体が揺れている。林檎ジュースだろうか。
鬱井は林檎ジュースとおぼしき赤い液体をコップになみなみと注いで、
私にコップを手渡してくれた。
間近で見るとなんだかドロドロしていて、液体というより汁と表現した方が
いいように思えた。

「これ林檎ジュース……?」
「え? オレンジだよ」

どうしてオレンジが赤いの……?
私は一滴も飲まずにコップを置いた。

「やっぱ帰ろうかな」
「はえーよ! 今来たばっかじゃん!
 やーだー! ニコフ帰っちゃやーだ〜ぁ!」

鬱井は泣きそうな顔で手足をばたばたさせたが、ちっとも可愛くない。
いい年こいて恥ずかしくないのだろうか。

「はぁ……」

怒る気力も消え失せた。
まぁいいか、鬱井は所詮鬱井なのだ。
463まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/16(水) 00:30:13 ID:???
「掃除もしないで朝からなにやってたの」
「え、テレビ見ながらネットしてたよ。あはは」

露骨に嫌味のつもりで言ったのだが、鬱井は意に介さずといった様子で
ニコニコしていた。嫌味だと気づいていないのかもしれない。
やっぱり鬱井は所詮鬱井だ。

「いやぁ、それにしても久しぶりだねニコフ」
「そうだっけ?」

言われてみれば、何度か電話で話しはしていたけど、
直接会うのは二ヶ月ぶりぐらいだった。

「どう? 仕事は」
「まぁ順調かな」

実は私はこの数ヶ月の間に勤めていた会社を退職し、
インテリアコーディネートの会社を立ち上げた。
鬱井には当たり障りなく言ったが、仕事は順調どころか
まさに飛ぶ鳥を落とす勢いだった。
最近ではテレビの取材なんかもきたりして、
私は一部では“カリスマ美人コーディネーター”なんて呼ばれたりもしている。
だけどそれを自分で言うのもアレなので、鬱井には言わなかった。

「アンキモとかどうしてんの」
「なんか店長になるらしいよ。琉玖町の姉妹店で」
「ショボーンは?」
「こないだ家行ったよ。なっちゃん可愛かった」
「ふーん」
「……」

会話が途切れる。
464まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/16(水) 00:37:46 ID:???
「ラチメチは?」
「電話で少し話したぐらい、かな」
「元気だった?」
「うん、まぁ」

今度は会話が途切れなかった。

ラチメチは、晴刷市内で普通に生活している。
下ネタの件で無罪となったからだ。

「携帯って恐ろしいよな」
「うん、恐ろしいね。いや、よかったとは思うんだけど」

ラチメチを無罪とさせたのは、弁護人である携帯の力によるところが大きかった。

携帯が弁護士だったことも驚いたし、ラチメチの弁護人になったことにも驚いた。
でも一番びっくりしたのは無罪を勝ち取ったことだった。

ラチメチ自身は『自分が殺した』と罪を認めて刑に服す気でいたようだった。
被告自身が罪を認めたのにそれをひっくり返してしまったのだから
携帯の弁護士としての手腕は筆舌に尽くしがたい。
私や鬱井も、まさかラチメチが完全無罪になるとは夢にも思っていなかった。

「でもあれはなぁ……ほんとのところ言うとなぁ……」
「なに? やっぱり有罪だって言いたいの?」
「いや……そうじゃなくてな」
「なんかあるの?」
「うーん……これは俺の勝手な憶測なんだけど」

と、鬱井は私に出したはずの赤いオレンジジュースを一気に飲み干した。
465まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/16(水) 00:41:12 ID:???
「KIRAが噛んでるんじゃないかなーなんて」
「ラチメチを無罪にする為に? 圧力をかけたとか? 
 いくらなんでもそれは無理だと思うんだけど」
「普通に考えたらそうだけどさ。なんか最近、普通じゃありえないこと
 ばっかだしな。大体、下ネタのことなんて世間的にはなかったことみたいに
 なってるんだぞ。ノートのことも一切報道されなかったし」
「ノートは全部偽物だったんだし、報道する意味ないじゃない」
「でもノートは九州の動機に深く関係してるだろ?」
「そうだけど……」

確かに鬱井の言う通りな気もした。
けど、憶測の域を出ないというのも鬱井の言った通りだ。

「大体なー……華鼬のこととか、ノートのこととかさ、
 なんかわからんことばっかだもん。十三年前のこともそうだし」
「まだ言ってるの? それはもう決着したじゃない」
「俺だってなー……命懸けだったんだよ? なのにさー……
 最後はいきなり蚊帳の外でさー……KIRAは全然教えてくんないしさー……
 携帯も意味わかんないしさー……」

鬱井は事件以来、ことあるごとに『蚊帳の外』と、口にすることが多くなっていた。
ちょっとウザいと思ってるけど言ったらイジけるのは目に見えているので言わない。

その時、鬱井の携帯電話が鳴った。
鬱井は不快そうな表情で折りたたみ式の電話を開いたかと思うと、
すぐに表情を一変させて声をあげた。

「……KIRAだ!」

鬱井はわたわたと電話を握り締めたまま立ち上がった。
466 ◆K.TAI/tg8o :2007/05/16(水) 00:45:22 ID:???
そろそろか
467まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/16(水) 00:49:28 ID:???
「ど、どうしよう」
「出ればいいじゃない」
「なんか嫌だなぁ……嫌な予感がするんだ」

ため息をつきながら鬱井は通話ボタンを押した。

「も、もしもし」

何を緊張しているのか、鬱井の声が1オクターブ上がっていた。

「久しぶりだな……え? あぁ、家だけど。そう、休み……今、ニコ……あっ」

私の名前を口にしかけたかと思うと、鬱井は携帯電話を耳から離した。

「切られた。なんだよこいつ」
「なんだったの?」
「さぁ……『今どこだ』って言われて、家だって答えたら『よし』だって」

鬱井はかけなおそうと迷っているのか、電話を握り締めたままだった。

「電波悪かったんじゃないの?」
「いや、そんな感じじゃなか──」

鬱井がそこまで言った時、

ちゃんこーん

と、ドアチャイムが鳴った。
468まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/16(水) 00:56:46 ID:???
「ちっ……どうなってんだ今日は。新聞だったらいらねーぞ」

ぶつぶつ文句を言いながら玄関に向かう鬱井を見て、
そういえば部屋に入る時、私はドアの鍵をかけずに上がったのを思い出した。

「はい、どちらさん? 言っとくけど新聞は……おわっ」

鬱井がドアを開けようとすると、ひとりでにドアノブが回転してドアが開いた。

「鬱井、すぐに支度しろ」
「KIRA!? お前かよ」

来客はKIRAだった。ヤバい。
鬱井と付き合ってるとか思われたらどうしよう。

「む……? ニコフ、来てたのか。久しぶりだな」
「う、うん久しぶりだね」
「おい! なんで俺にはちゃんと挨拶しないの?」
「いいからお前は早く支度しろ」
「意味わからん。なんだいきなり」
「邪魔するぞ」

部屋の主である鬱井の許可を得る前にKIRAは靴を脱いで部屋にあがってきた。

「汚い部屋だな」
「うるせぇ。それよりなんだいきなり! お前、馬に蹴られて死にたいのか」
「なんで僕が馬に蹴られなきゃいけないんだ」
「もういいよ。そんで何の用だ?」
469 ◆K.TAI/tg8o :2007/05/16(水) 00:57:02 ID:???
サ店じゃあるめえし
470まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/16(水) 01:07:09 ID:???
KIRAはテーブルを挟んで私の向かい側に腰を下ろして、

「そろそろのはずだが……」

と、テーブルの上に置いてあったテレビのリモコンを手に取ると、
ボタンを何度か押して次々にチャンネルを変えていった。

「これだ」

KIRAはリモコンをテーブルに置き、テレビの画面にはニュース番組が映し出された。

『──より捜索願いが出されていた晴刷市、慈江良洲町に住む26歳の女性会社員
 である可能性が高いと見て──』

ヘリコプターから空撮されているらしい俯瞰で映し出された景色は、
男性アナウンサーが抑揚のない声で発した『晴刷市』という地名からも
すぐにどこだかわかった。

「今年も……か」

鬱井が眉をひそめて呟いた。

カメラアングルが変わり、慈江良洲町にある今はもう潰れてしまった
病院の正面玄関が映し出される。

玄関の前に制服を着た警官が背筋を伸ばして立っていて、
その隣にはカメラに向かって沈痛な面持ちで語りかける男性記者がいた。
471まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/16(水) 01:12:27 ID:???
『──さんと見られる女性の遺体は、この病院で手術室として使われていた
 部屋にそのまま残されていた手術台のベッドの上で無残に横たわっており──』

晴刷市民なら誰でも知っている猟奇殺人犯、キリサキマサキが今年も現れたのだ。

「よし、行くぞ鬱井」
「おう……って、なんでやねん!」
「まだ何か気に入らないことがあるのか」
「アホか。これだけじゃわからん」
「だから……この事件を捜査するんだ」
「せめてそこまでは言えよ! わかるか!」

鬱井はぶつくさ言いながらも既に着替えを済ましていた。
どうやらほんとに二人して出かけるようなので、私はテレビを消してあげた。

「あ!? ちょっと待て! なんで俺がお前についていかなきゃいけないんだ」
「なんでって、僕はこの事件の捜査をすることになった。
 事件は晴刷市で起きた。僕は人手がほしいと思った。
 だからお前を使おうと思った。それだけだ」
「それだけって……だからなんで俺を使おうという発想になるんだ!」
「晴刷署には僕から話を通しておいた。心配要らない」
「いや、そういうことじゃねーよ」
「大丈夫だ」
「俺じゃなくてもいいじゃん! お前、部下いっぱいいるじゃん!」
「大丈夫だ」

いがみ合いながら部屋を出て行く鬱井とKIRAを見て、
仲良いなぁ……と、私は少し羨ましく思った。
472まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/16(水) 01:20:29 ID:???
   4.ボスと主婦と子供と白いボード


「師匠! おはようございまつ!」

事務所のドアを開けた僕に、子供を抱いたまま元気いっぱい挨拶してきたのは
口調だけで誰かわかる主婦だった。

「おはよう。……って、なんでいるの? 今日休みだろ君は」

僕の現在の仕事は堅気は堅気なのだが(あくまでも僕はそう思っている)、
それでも一般の会社とは比べることも出来ないほど危険な仕事だ。
しかし何をどう血迷ったのか、ショボーンは「パートで雇ってほしい」と言い出した。
いくらなんでもはっちゃけすぎなので断ったのだが、
やれ事務所が汚いから掃除するだの電球が切れただの言って
毎日のように事務所に来るようになり、根負けした事務所のボスが
週3で雇ったのだった。
といってもそれは口実で、裏を返せば「週3日しか来ちゃダメ」という
意味が含まれている。ショボーンのことを思ってのことだ。
主婦であるショボーンを危険な目に遭わせるわけにはいかないので、
ちょっとした雑用がある時だけ手伝ってもらう、という契約で
ショボーンを納得させたのだ。

「おはようボス。まさかショボーンを正社員にする気か?」
「俺に聞くな。勝手に来たんだ。……それよりボスと呼ぶのはやめてくれ」

ボスは少し嫌そうな顔をして僕を見た。

「『勝手に』なんてひどいでつ! 漏れ達は仲間でつよ、ノワっち!」
「……その呼び方もやめてくれないか」

ボスことノワっちはかなり嫌そうな顔をしてショボーンを見た。
473まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/16(水) 01:27:05 ID:???
「そんでぇ? 今日は何するの? 今日も掃除と掃除と掃除かな?」

近所のゴミ捨て場から(ノワが)拾ってきたスプリングの飛び出した
ソファーに腰を下ろし、壁にかかったボードに目をやる。

真っ白である。
今日の予定すらない。

「む、そうだ。書くのを忘れていたな」

ノワがニヤリと笑う。

「なに!? ま、まさか仕事の依頼が来たのか! いつぶりだ!」
「仕事らしい仕事といえば先月の猫探し以来でつねぇ」
「で? 今回はどんな仕事なんだボス」
「Lからの依頼だ」
「はぁ!? L!?」
「キリサキマサキとかいう奴を捕まえるのに協力してほしい、と」
「マジか!?」
「なんだ?」
「知らないのか」

謎の連続殺人犯キリサキマサキ。
この街で暮らしてる奴なら幼稚園児でも知っている。

「キ、キリサキマサキを捕まえるんでつか……」
「ばぶー……」

同じ晴刷市民であるショボーンとなっちゃんが
親子揃って不安そうな表情を浮かべた。
474まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/16(水) 01:32:46 ID:???
一年一殺……を信条にしているのかどうか知らないが、
キリサキマサキは年に一回だけ犯行に及ぶ。
これまでの被害者の数は13人。今年は幸いにもまだ被害者は出たという
ニュースは聞かないが、時期的にそろそろだろう。
もし今年も誰かが殺されれば14年連続だ。

一体どんなイカれた奴なのか想像もつかないが、
わかっているのは、キリサキマサキ一年に一回、一人だけ殺す。
キリサキマサキは女しか殺さない。たったこれだけだ。

「ちょっと無理っぽくねーか。相手は14年間逃げまくってる奴だぞ」
「まぁそう言うな。報酬は悪くない金額だ」
「どれぐらい?」
「これぐらい」

ノワが右手でピースする。すごく似合わないので笑いそうになった。

「それ、単位は? 言っとくけど俺を動かすなら最低6桁はくれよ。
 俺とお前とショボーンで三等分するならそれじゃ足りねーぞ」
「なんだそんなことか。安心しろ。桁はこれだけだ」

ノワは左手も足して、立てた指の数で報酬金額を教えてくれた。

「マジか」
「と、Lは言ってる」
「す、すごいでつね……」
「ば、ばぶー」

生唾を飲む音が聞こえた気がしたが、自分のものなのかショボーンのものなのか
それともなっちゃんのものなのかわからなかった。それぐらい僕は興奮していた。

家、建つじゃん!
475 ◆K.TAI/tg8o :2007/05/16(水) 01:38:59 ID:???
どれ
476まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/16(水) 01:39:26 ID:???
「なにさせる気か知らんけど、Lはちゃんと払えるんだろうな!?」
「払うと言ってるんだから、払えるんだろう」
「えーっと、えーっと三で割ったら……あわわわ」
「む、待て。電話だ」

ショボーンが目をまわして倒れそうになった時、事務所に置かれた
ダイヤル式の黒電話がジリリリーンと鳴った。

「はい、こちらNISスタッフサービスですが」

ノワは微妙に声色を変えて電話に出た。

ちなみにNISは僕達の頭文字。
Nはノワのイニシャルなのだが、ショボーン的にはなっちゃんともかけているらしい。
パートのくせに屋号に絡むとはたいした主婦だ。しかも子供まで。

「む……お前か」

KIRAだ、とノワは小声で僕達に向けて言った。

「KIRAかよ。これはもうLからの依頼はお流れかもわからんね」

ノワが今、堂々と街中を歩いていられるのはKIRAのおかげだ。
KIRAからの依頼は、他の仕事を蹴ってでも優先しなければならないだろう。

と、思ったのだが。

「めんどうなことになった」

電話を終えて、うーむむとノワが低く唸った。
477まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/16(水) 01:46:13 ID:???
「仕事の依頼がきたぞ」
「って、待てよ。KIRAからの仕事ってボス個人のボランティアみたいなもんだろ?
 俺ら関係ないし」
「ショボーンはともかく、お前にも協力させろと言われた。
 なんならKIRAに電話して聞いてみろ」
「ぐっ……あの野郎」

僕もKIRAに弱みを握られている一人なのだった。

「もうお昼でつねぇ」

ショボーンは呑気に窓際に立ち、のほほんと街並みを眺めていた。

「ノワっちテレビつけていいですか?」
「あぁ」

事務所には型遅れの古いテレビが置いてある。
ノワの許可を得て、ショボーンがテレビをつけた。
ワイドショーでも見るのだろう。さすが主婦だ。

「……で、エリート警視様はなんて?」
「Lの正体を探ってほしい、と」
「マジか」
「俺がLと繋がっているのに感づいているのかもな……」
「なんでLの正体を?」
「わからん。俺達は依頼をこなすだけだ」
「これ依頼かぁ? どうせ報酬もらえないんだし適当にやろうぜ」
「いや、KIRAはLの正体をつきとめたら報酬を支払うと言っていた」
「うわぁどうせそれ税金だろ。いいのかよ」
478まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/16(水) 01:51:18 ID:???
なんだかめんどくさい仕事になりそうな予感がした。
いや待てよ。上手いことやればいいとこ取り出来るかもしれん。

よし決めた。
キリサキマサキを捕まえるついでにLもとっ捕まえてKIRAに売り払おう。
場合によってはL側についてKIRAをハメるのも面白いかもしれない。

ちょっとワクワクしてきたその時、

「あっ……ノワっち、師匠! 事件発生でつ!」

突然、ショボーンがテレビを指差して叫んだ。

『──さんと見られる女性の遺体は、この病院で手術室として使われていた
 部屋にそのまま残されていた手術台のベッドの上で無残に横たわっており──』

どうやらキリサキマサキは今年も律儀に女を殺したらしい。



   5.嘘つき警視と青い空


とりあえず、捜査本部が置かれている晴刷署に向かうことになった。
KIRAは黙々と車を運転していて、僕はぶつぶつと心の中で文句を言っていた。

「あーあ、やっぱ蚊帳の外の方が気楽でいいな」

心の中だけでは抑えきれず、ついつい口に出てしまった。
479まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/16(水) 01:56:03 ID:???
「大丈夫だ。ある程度メドがついたら捜査からは外してやる」
「ほら出た! まーた一人でいいトコ取りする気かっ!」
「人にはそれぞれ役目があり、また、個々の能力には優劣がある」
「何が言いたい」
「お前にはお前にしか出来ない仕事があるということだ」

褒められたような気がするが、同時に貶されたような気もした。

「それに、蚊帳の外とお前は言うが、一体何のことだ?」
「よくもまぁそんな白々しいことが言えるもんだ。
 さんざん仲間はずれにしたくせに!」
「もしかして肝禿村での事件のことを言ってるのか?」
「そうだよ!」
「仲間はずれになんかしてないさ。お前がわかっていないだけだろう」
「あーそうですか! すいませんねぇ馬鹿でぇ! 馬っ鹿でーすウヒヒーっと!」
「鬱井……お前……」

どうせ僕は馬鹿だ。馬鹿で何が悪い! 

「仕方ない奴だな。どうした? 何がわからないんだ? 言ってみろ」

KIRAが急に優しい口調になったが、目は明らかに僕を憐れんでいた。
ちくしょう泣くぞこの野郎。

しかしこれはチャンスだ。
この際だから聞けることは聞いておこう。

「ダイイングメッセージあっただろ? ほら、シニアが……」
「あぁ、あったな」
480 ◆K.tai/y5Gg :2007/05/16(水) 02:02:32 ID:???
主人公  主人公
481まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/16(水) 02:02:42 ID:???
 │ 
 │ │ヽヽ
 /  \ ////│/│
        /     │

「これな、おかしくないか?」
「なにがだ」
「バジルって書いてるのかと思ったんだが」
「九州、と刻みたかったんだろう」

 │ 
 │ │ヽヽ
 /  \ 

「これ、カタカナの“バ”だろ?」
「そう見えるな。横に線を引いたつもりが力が入らなかったんだろう」
「は?」

_│_ 
 │ │ヽヽ
 /  \ 

「シニアはこう線を引くつもりだった。これで漢字の“九”」
「横の点々はなんだよ」
「さんずい」
「はん? ……あぁ、さんずいの上二つの点々か。
 ……まぁ、読めなくはないな。でもこれじゃ“九洲”にならね?」
「シニアが素で漢字を間違えたんだろう」
「あーそっかーそりゃ仕方ないよね」

故人を悪く言ってはいけない。
僕は次の質問をすることにした。
482まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/16(水) 02:08:12 ID:???
「あのさぁ、学校でのことだけどさ、ナイフ多すぎじゃないか? 
 あの夜、何本出てくるんだよってぐらいナイフ出てきただろ?」

イノセンスが持ってたナイフ。キラヲタ殺害に使われたナイフ。
下ネタ殺害(無実です)に使われたナイフ。シニア殺害に使われたナイフ。
インリン達6人の殺害に使われたナイフ。ノワが逃げた時に倒れてた
携帯の傍にあったナイフ。バジルが持ってたナイフ。

僕の知らない間に、日本人は携帯電話と同じぐらいの感覚でナイフを
持ち歩くようになったのか?

「イノセンスのは持参だ」
「それはいいとして」
「あとは全部、学校に置いてあった」
「誰がどこに置いたんだ」
「九州……か、ノワ。あれから調べたが他にもたくさん出てきたぞ。
 各トイレの掃除用具入れに1本ずつぐらい」
「へぇー用意周到だぁ」
「キラヲタ、シニア、インリン達を殺すのに使ったのは九州だ。
 これはトイレに行った時にこっそり持って来たんだろう」
「へぇー」
「下ネタは、ラチメチを襲う前にどこかのトイレで見つけたんだろう。
 いつ、どこでかは知らん」
「へぇー」
「ノワが逃げた時の、携帯が持ってたのは……
 携帯がどこかのトイレで見つけたんだろう」
「へぇー」
「バジルもどこかのトイレで見つけたんだろう」
「へぇー」

これで解決した。
他には何かあっただろうか。
483 ◆K.tai/y5Gg :2007/05/16(水) 02:11:27 ID:???
一斉回収
484まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/16(水) 02:14:19 ID:???
「あ、ノワとかが使ってた薬品さ、なんでLコテカレーの臭いがしたの?」
「意味はないらしい。ノワがそう言ってた。華鼬特製で製造方法は謎だ」
「へぇー」

どんどん解決していく。
他には何かあっただろうか。

「相沢……吊が死ぬときにな、“華鼬”に関するヒントを言ってただろ?」
「いつの話だ」
「一部の……」
「何を言ってるんだ鬱井」
「あの人、華鼬のこと“彼”って言ってたよね? 
 華鼬は九州なんだから“彼女”じゃないの?」
「吊は九州の存在すら知らなかった。ノワが華鼬だと思っていたんだ」
「ほんとか? 最初からそうだったのか? ほんとにか?」
「黙れ。本当だ」

本当らしい。信じよう。

他にもまだ下らない謎は残ってる気がしたが、
ここから僕はちょっと真面目に質問することにした。

「ノートは四冊あった……で、いいんだよな?」
「何故そんなことを聞く?」
「知りたいからだよ」
「くだらん……」

雰囲気的にさらっと答えてくれるはずだと思ったが、
急にKIRAの機嫌が悪くなった。
485まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/16(水) 02:20:28 ID:???
「なんで怒ってるんだ」
「怒ってない。大体な、鬱井。ノートが四冊あったからといって、
 それが何なんだ? 人が殺せるノートなど最初からなかった。
 誰と誰が偽ノートを作り出してすりかえようと、そんなことをしても
 何の意味もなかったんだ」

KIRAの言う通りだ。ごもっともである。しかし、何を怒ってるんだ?
聞かれたことに答えろよこのキザ眼鏡がと文句を言いたかったが、
真相を聞き出すためには僕が折れなければならないだろう。
僕は無理に笑顔を作った。

「そう怒るなよ。ねぇ? 教えてよKIRA教えてよう」
「気色悪い奴だな」

笑顔がひきつりそうになったが、なんとかスマイルをキープし続ける。

「……ノートは三冊だけじゃなかった」

KIRAが鼻の頭にしわを寄せて吐き捨てたが、それどっかで聞いたぞ。
そうだ携帯だ。携帯が言ったのと同じセリフじゃないか。

「そんなことはわかっている」

僕は皮肉を込めてKIRAの声真似をして返した。

「わかってるならそれでいいじゃないか」
「よくないよ。聞かれたことに答えろっての!」
「だから、ノートは三冊だけじゃなかった」

いい加減にしろ! と怒鳴ろうとしたが、ふと何かがひっかかって
僕は怒声を飲み込んだ。
486まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/16(水) 02:26:55 ID:???
「ノートは三冊だけじゃなかった……?」

僕は無意識にKIRAや携帯が言ったセリフを口にしていた。

「そうだ……」

KIRAは前を見たまま頷いた。

「ノートは三冊だけじゃなかった」

僕はアホの子のようにもう一度呟いた。

「そうだ……」

KIRAはアホの子には見えないが、呟いて、頷く。

「ノートは三冊だけじゃなかった」
「そうだ……」
「じゃあ……ノートは四冊だった?」
「さぁ……」

僕が質問の仕方を変えると、KIRAの返答にも変化があった。

「ノートは三冊だけじゃなかった。
 三冊だけじゃないが、四冊だったとは限らない」
「そうだ……」
「五冊?」
「……」

KIRAはとうとう答えなくなった。
となると、KIRAがはっきり言いたがらない理由はひとつしか思い浮かばなかった。
487まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/16(水) 02:33:09 ID:???
「まさか……! お前もすりかえてたんか!?」
「……世の中、知らなくていいことはたくさんあるぞ鬱井」
「うわぁ最悪だ。最悪のオチだ」
「僕は何も言ってないじゃないか」
「だって、お前……お前、だって……これは」
「ノートは三冊だけじゃなかった。だが四冊だったとは限らない。
 もしかすると五冊あったのかもしれないし、六冊、七冊とあったのかも……」

ノートのバーゲンセールや! 僕は心の中で叫んだ。

「じゃあ、シニアがノートをパクッて帰ったあとに教室に新しいノート置いたのは」
「僕じゃない」
「ほんとか!?」
「誓おう」

嘘か本当かわからないが、KIRAの目に濁りはなかった。

「そんじゃお前はいつすりかえたんだ」
「僕はすりかえたなんて言ってないじゃないか」
「……じゃあ、九州、先生、シニア以外ですりかえた奴がいるとして、
 そいつはいつすりかえたんだ」
「そいつはたぶん下ネタが100点を取ってしまった時にこう思ったんだろう。
 こんなノートがあってはいつか大変なことになる、と」
「なんという余計なお世話……」
「しかしな鬱井、さっきも言ったがすりかえたって意味がなかったんだ。
 そう気にすることじゃないだろう」
「それは結果として、だろー……」
「そいつは悪用する気なんかなかったはずだ。きっとすりかえたあと、
 最初に持ち込まれた方は燃やすか何かして処分したに違いない」
「言ったモン勝ちだなぁ……」
「うるさい黙れ」
「はぁ」
488まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/16(水) 02:39:23 ID:???
なんだろうこの脱力感は……。
しかし、まだ謎は残っている。

「そんで? シニアがパクッたあとにノートを置いたのは誰? 九州でいいのか?」
「僕ではない」

あぁそう……。

「お前はそれが誰か知っ……いや、誰だと思う?」

知ってても『知ってる』とは言わないに決まってるので、まわりくどい聞き方をした。

「カレー事件の関係者……かもしれない」
「クラス全員じゃねーか」
「特に深く関わった者……かもしれない」
「深くってどれぐらいだよ」
「カレー事件を語ると必ず名前が出てくる人物……かもしれない」

誰だ。

犯人だったLコテか? それとも被害者だったニコフ? 
……やめた。僕は考えるのに向いてない。
それにもう終わったことだ。

「あ、もうひとつ」
「なんだ」

そうだ。まだ気になることがあった。
489まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/16(水) 02:44:25 ID:???
「Qちゃんのドキドキ爆破クイズの答えは、
 白、赤、黄色、黒、緑、青、の順番でいいんだよな」

僕はあの日、なんとか自力で答えを導き出したが、
結局誰も答えを教えてくれなかったのでこれが正解かどうかわからない。
まぁ合ってるだろう。さすがに。いくら僕でも。
と、思ったのだが、嫌な予感がした。そして的中した。

「違う」

KIRAが不敵な笑みを浮かべてちらりと僕を見た。
前見て運転しやがれこの野郎。

「じゃあ答えは?」
「着いたぞ。降りろ」
「あ?」

車はいつのまにか晴刷署の駐車場に止まっていた。
KIRAはシートベルトを外してさっさと車から降りて、
外から僕に「下りろ」と手招きする。
僕もシートベルトを外して車を降りた。

答えを知らないまま一生を終えることになりそうな気がしたが、

「あ゛ーっ! いい天気だなっと」

青い空の真下で背伸びをすると、なんだかどうでもよくなった。
490まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/16(水) 02:50:33 ID:???
 6.要らない携帯と緑の夢


「ほら、携帯ちょっとどいてよ」
「いいよもう。掃除なんて」
「なに言ってるの。いいからほら、どいてどいて」

掃除機の先でつっつかれ、俺は仕方なく立ち上がる。

「ほんと、どうかしてるよ。よくこんなとこで生活してたね。
 いつから掃除してないの?」
「さぁ……たぶん2ヶ月ぐらい」

適当にそう答えたが、その辺の床に転がっているコーヒーの空き缶を開けたのは
半年ぐらい前だったと記憶している。

「もうさ、携帯ちょっと外に出てたら?」
「邪魔だと言いたいのか」
「うん、邪魔」

しかし、俺が見てないうちに勝手に部屋をいじくりまわされては敵わない。
仕方なく部屋の隅に避難すると、ラチメチが掃除機を止めて何かを拾い上げた。

「あっ! 通帳発見!」

通帳なんて銀行口座を開設している者なら誰でも持っているだろうに、
ラチメチは宝物でも見つけたかのように嬉々として通帳を開いた。
491まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/16(水) 02:59:34 ID:???
「……な、なにこれ!? 桁がすごいことになってる!?
 いち、じゅー、ひゃく、せん、まん、じゅーまん、ひゃくまん、
 せんまん……うわああ」

ちなみにその通帳に記帳したのは先月なのだが、
現在その口座に眠っている金額はそこに記されているよりも
桁がもうひとつ多い。

「探偵ってそんなに儲かるの?」
「儲かるって……下品だな」
「だってこれ……ほんとすごいことになってますから!」

ラチメチは興奮しきった様子で何度も何度も預金残高の桁数を確認していた。
そんなに驚くことなのか。
俺はそんなに金を持ってなさそうに見えるのだろうか。

「大体、俺は探偵なんて名乗ったことはないぞ。世間の奴らが勝手にそう言うだけで」
「じゃあ携帯は何屋さんなの?」
「さぁ? なんだろう」

改めて問われて、俺は返答に困ってしまった。
弁護士はもうやめたし、かといってラチメチや世間の奴らが言うような“探偵”を
自称しているわけではないので、ご職業は? と聞かれても無職ですと答えるしか
ないだろう。

「弁護士はほんとにやめちゃうの?」
「やめちゃう」
「じゃあ無職だね。お金はあっても、無職じゃ世間の風当たりはきついよ」

痛いところをつかれたが、俺はそんなことでは動揺しない。
492まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/16(水) 03:05:31 ID:???
「そうだな。じゃあゲームでも作ってどこかの会社に売り込もうかな」
「ふーん……どんなゲーム?」
「タイトルは『げろっぱのなく頃に』でどうだろう。
 ある寂れた村で起こる連続殺人事件を解決するゲーム」
「はぁ……」

ラチメチの反応は鈍かった。

「プレイヤーは主人公の『げろっぱ』を操作して手がかりを探すんだ」
「へぇ……」
「で、最後に犬がワンと鳴くんだ」
「そりゃ犬はニャーとは鳴かないと思うけど。意味がわからない」
「だからな、プレイヤーが操作していた『げろっぱ』は
 実は犬だった、というオチだ。
 それでエンディングムービーを見ながらプレイヤーはこう思うんだ。
 あぁ、コマンドに『嗅ぐ』とかあったのはそういうことか、と。
 ちなみに言うまでもなく主人公のモデルはあの犬だ」
「そんなことよりLって何なの?」

俺は結構本気だったのだが、ラチメチは途中から完璧に聞き流していたようで、
新しい質問を俺にぶつけてきた。
が、やはり俺は返答に困ってしまう。
何と聞かれても答えようがない。LはLだ。そしてLは俺だ。

「Lって名前は何からきてるの?」
「愛」
「携帯も冗談言うんだね」

本気なんだが。
493まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/16(水) 03:10:43 ID:???
「なんでLなの?」
「個人情報の大切さが重要視される昨今、本名で活動するのはあまり
 よくないかと思って。ただの仮名だよ」
「だから活動って……何の?」
「さぁ、なにと言われても」
「探偵でしょ?」

【探偵】@ひそかに他人の事情や犯罪の事実などをさぐること。
また、それを職業とする人。Aひそかに敵の内情を探るもの。
まわしもの。おんみつ。

と、家にある昭和三十年に発行された広辞苑に書いてあった。

俺はLといての活動を職業にしたつもりはないし、
まわしものでもないのでやはり俺は探偵ではない。

しかし、俺は他人の事情や犯罪の事実をさぐって金銭を得ているし、
敵の内情を探ったこともある。場合によってはおんみつとして
敵の懐に潜り込むこともこの先ないとは言い切れないのだった。

俺が部屋の隅でそんなことを考えていると、ラチメチはいつの間にか
通帳を持って冷蔵庫の横のタンスの前まで移動していた。

「ここに入れといていい?」

ラチメチの手がタンスの一番上の引き出しに伸びる。
しまった。そこはダメだ。
と、思った瞬間には既に引き出しは開けられていた。
494まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/16(水) 03:15:23 ID:???
「待てそこは……」
「あ! 見つけたあああ!」

ラチメチは引き出しに通帳を入れた手で、そのまま中にあったものを取り出した。
表紙がやや黄ばんだ、元々は真っ白だったノート。

「えーっと、どれどれ……」
「ダメだ。返せ」
「やだよー」

この十三年、捨てるに捨てられなかったそのノートには、
誰にも、特にラチメチには見られたくない恥ずかしい願いが書いてあるのだ。

願いは叶ったのだから、さっさと捨てて置けばよかったと後悔した。

「うふふふ捕まえてごらんなさーい」
「こいつぅ」

俺はノートを奪おうとラチメチを追いかける。
ラチメチはノートを抱きかかえて部屋の中を逃げ回る。
今までは持て余し気味だった六畳半のスペースがひどく狭く感じた。

ここは二人じゃ狭すぎるから引越しするかな。
金はあるんだから、どこか田舎の土地を買って豪邸でも建てようか。
携帯電話なんて必要もないような緑に囲まれた所がいい。

と、なるとやっぱりあそこしかないのか。
495まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/16(水) 03:20:15 ID:???
あの土地を離れて十三年、ずっと俺には故郷なんてないものとして生きてきた。
仲間はずれにされた俺に帰るべき場所もなければ、
傍にいてくれる仲間もいないのだと。

でも今は違う。

俺はもう、一人じゃない。

そうだ。半分冗談だったが本当にゲームを作ってみよう。
さっきラチメチに言った設定はやめだ。
舞台は肝禿村。主人公は俺。ヒロインはラチメチしかいないだろう。
殺人事件なんて血なまぐさい設定はやめにして、恋愛シミュレーションにしよう。
二人の恋の行方を見守る犬のげろっぱも登場させて、ラストで俺達を祝福させよう。
タイトルだけはそのままでいいだろう。

その前にさっさとキリサキマサキを捕まえなきゃいけないな。



それから10分ほど二人で部屋の中を跳ね回っていると、
下の階の住人が怒鳴り込んできた。
俺の代わりに頭を下げるラチメチを見て、俺は引越しを決意した。
496まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/05/16(水) 03:22:22 ID:???





           はないたちの夜〜げろっぱのなく頃に〜


                     完




497おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2007/05/16(水) 23:55:52 ID:???
−−−−−− 再開 −−−−−−
498おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2007/05/20(日) 03:20:11 ID:???
499おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2007/05/24(木) 23:39:36 ID:0Q64ld/p
保守あげ
500可児玉 ◆KANI/FOJKA :2007/05/30(水) 01:30:24 ID:???
まりあさんってば難しい漢字いっぱい知ってるなぁ・・・
501おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2007/06/09(土) 23:07:13 ID:hUS8pzG+
age
502まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/06/19(火) 00:08:46 ID:???
ヘイ、ケツの軽い子猫ちゃんベイビー達。
今日は俺らのライブに来てくれてありがとな。
ちっとベースのヒデローが弦切っちまったから一旦ストップだ。
弦の張り替えが終わるまでの間、俺の貴重なMCで悶絶してくれ。

さて何を話そうか。愛を語ろうか。柄じゃねぇな。

よし、ハナちゃんの話をしようか。
ヘイヘイそこの金属バットで打ち据えられたドラム缶みたいなお前、
心配すんな。ハナちゃんって固有名詞が発する響きにビビったんだろう。
察しの通りハナちゃんはお前と同じ女だ。
おいおい、泣くんじゃねーよドラム子ちゃん。心配すんなっつったろう。
これだから年頃の娘は困るぜ。感受性が強いっつうかよ。
お前ら子猫は敏感過ぎる。タカンなジキってやつか。
揺れる乙女心はニトログリセリン、少しのショックでドカンといくか。
特にお前つうイレモノの中には随分恋ニトロが詰まってるみてえだな。
なるほどやっぱりお前はドラム缶だよ。

おっとそうアングるんじゃねぇよ。
俺はお前みたいな燃費悪そうな女、嫌いじゃねーぜ。

オーケーオーケー、そう、いい子だ。落ち着きな。
弾けるのはライブが再開してからにしなよ。

よし、んじゃハナちゃんについて。
503まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/06/19(火) 00:11:54 ID:???
まず、俺にとってハナちゃんってのはリスペクトの対象であって
決してラブい間柄に発展する可能性を秘めた女ではなかったということを
俺と彼女の名誉を守る為に明言しておきたい。

それにハナちゃんが俺の前から姿を消すまでの間、もっと正確に言えば
ハナちゃんと出会うその前から、俺には密かに想いを
寄せている女がちゃんと他にいたのだ。同じクラスのサチコさん。

ハナちゃんとサチコさん、どっちと登下校したい? と訊かれれば
そりゃあ迷わずサチコさんだろう。つうかハナちゃんじゃ若干とうが立ってる。
そもそもハナちゃんは学生じゃねぇし。そう、ハナちゃんは所謂「年上の女」だった。
女と書いてヒトだ。俺なんてマジにちょっと男としてってかそれ以前に
人として認められてねーんじゃねぇかという節も多々見受けられた。俺的に。

ハナちゃんからすりゃ俺みたいな小僧は彼女の恋愛テリトリーに立ち入ることも
罷りならねぇ鼻垂れだったろうし、もし将来ハナちゃんがどこぞの商社マンかなんかと
懇ろんなってゆくゆくはタヒチあたりの教会で式挙げようかなんて遠まわしな
プロポーズを受けた時既にハナちゃんの頭の中では二人が愛を育む新居の
見取り図はおろかそのひどく理想的で固定資産税なんて無視したバカでかい
愛の巣の建築予定地の土地の検分までの段取りが組まれていて俺の入り込む隙など
ありはしないだろうし仮に訴訟覚悟で二人の仲を引き裂こうとしても
相手の某からすりゃ俺みたいな何も持っていない小僧はやっぱり歯牙に
かけるまでもないだろう。なんだか不毛な方向に走ってしまったが、
俺はハナちゃんに対して恋愛感情を抱いたことはない。本当に。
俺が好きなのはサチコさん、だった。過去形だ。

今はもう、ハナちゃんもサチコさんもいない。
504まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/06/19(火) 00:17:55 ID:???
もしもう一度逢えるならどっちと逢いたい? と誰か俺に訊いてくれ。
訊かれてないけど答えよう。俺はハナちゃんに逢いたい。
何故ならサチコさんはもうこの世にいないからだ。

ハナちゃんと逢ってどうするんだ? と誰か俺に訊いてくれ。
訊かれてないけど答えよう。どうもしねぇよ。
サチコさんが死んじまったからってその心に開いた穴的なものをハナちゃんで
埋めたい訳ではない。断じて。

約束してた曲が出来たから聴かせてやりたいだけだ。
作詞作曲、俺。題して『はないたちの夜』。
伴奏はギター一本と少々厚みに欠けるが、割といい音出せたと自負ってる。
2分足らずの短い曲だけど、ハナちゃんの為にだけ作ったんだ。

惚れてもいないのにどうしてそこまで御執心? と誰か気軽に訊いてくれ。
俺は誤解を恐れず申し上げてやる。ハナちゃんが好きだからだ。
よう、勘違いするんじゃねぇぞ。好きにも色々あんだろう?
ちっと脳味噌の皺が多い奴ならわかんだろ。LikeとLoveは違うぜと。

あれから2年経って、俺は高校2年生になった。
あん時ハナちゃんに宣言してた通りバンドも組んだ。
詩も曲も俺が書いてる。ライブもやってる。客の入りは見ての通り上々だ。
最近じゃこの街で一番でけぇこのライブハウスにも出入りしてるぜ。
メジャーデビューはもう目の前だ。
ボーカルだけどギターも覚えた。でもバンドじゃギターはやってねぇ。
ギターはハナちゃんの前で歌う為だけに覚えたからな。
505まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/06/19(火) 00:24:05 ID:???
俺の順風満帆な近況を述べた所でもう一度。

俺はハナちゃんをリスペクトしている。
今も、あの時から変わらずずっと。そしてこれからも。

例えハナちゃんが、サチコさんを手にかけたあのマザーファッカー野郎と
同類の人殺しだったとしてもだ。

最後に一つ、訂正してお詫びした後、お前らに中指を立てておかなくてはならない
ことがある。

本当は、ハナちゃんも死んじまったんだ。

びっくりしたか? 俺の方がびっくりしてるよ。
ニュースでいきなりハナちゃんの顔写真が出たときゃ、食ってた蒸しパン
噴き出しちまったよ。しかもハナちゃん、偽名だったつうんだからよ。
やっぱわかんねぇヒトだなって思ったのも束の間、なんか『容疑者』とか
言われてんの。(25)って表記がやたらリアルで、俺は傍にあったギターで
テレビぶん殴ったよ。テレビは壊れなかったけど、ギターのネックはぶち折れたぜ。
そんでギターはそのまま窓から投げ捨てたよ。

もうハナちゃんの前じゃ演れねぇからな。くそったれが。
506 ◆K.tai/y5Gg :2007/06/19(火) 00:54:16 ID:???
をいコラ
507 ◆K.tai/y5Gg :2007/06/19(火) 00:56:16 ID:???
あ・・・・・・素で楽屋を勘違いしてた・・・・・
508まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/06/20(水) 00:48:45 ID:???
          【第一章】



   1.俺とサトチーとサチコさん


俺の住んでいる晴刷市について。
晴刷市は日本という島国の関東地方にある。
何県にあるのかなんてどうでもいいだろう。
とりあえず“県”だから東京“都”ではない。
人口? 知らねぇな。そんなに気になるなら100万人ってことにしとけ。

次に俺の通っている晴刷市立三井銅鑼(みいどら)中学について。
今年、2004年で創立50年かそこらのどこにでもある中学校だ。
生徒数は1学年300人ぐらい、×3で900人。
全国大会の常連になるような健康的な運動部は特になし。
誇れるものは何もない。芸能人になった卒業生もいない。

俺について。
日本という島国の関東地方にあるどっかの県の晴刷市に住んでいて
現在晴刷市立三井銅鑼中学3年C組に在籍している。
509まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/06/20(水) 00:55:40 ID:???
俺のルックスについてだが敢えて多くは語るまい。
俺はナルシストではないが、客観的に見て間違いなくイケメンの
部類に入るとだけ言っておこう。
ただうちの学校の女子達は恥ずかしがり屋さんが多いのでチョコなどは
貰ったことはないし、今のところ校舎裏に呼び出されて告られたこともない。
下駄箱にラブレター? ある訳ねぇだろいつの時代だよ。
ちなみに成績は「やれば出来る子」と言われ続けている。
所謂大器晩成型だ。ちょっと違う気がするがそうに決まってる。たぶん。

2004年9月某日。
ようやく夏休み気分が抜けきった頃、同学年の奴らは本格的に受験モードに
入りやがった。だが俺は「やれば出来る子」なのでまだまだ本気は出さない。
一学期の終わり、母ちゃんは俺の通知表を見て泣いていた。
よっぽど『1』という数字が好きなのだろう。


「おいジェノ! やっべーよ!」

掃除の時間、C組の教室に飛び込んで来たのは隣のクラスのサトチーだ。
サトチーもまた俺と同じく本気を出さない奴の一人で、サトチーの母ちゃんも
やはり『1』マニアらしい。仲良くしような、サトチー。

「おいおいサトチー、この平和なご時勢『やべぇ』ことなんてそうそうねーだろ」
「ばっか! ギターとベースがタダで手に入るかもって話だぜ!?」
「なに!? そりゃやべー!」

前言撤回。ハプンはいつ起こるかわからねぇ。
510まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/06/20(水) 01:02:05 ID:???
「で、なんでまた、どっからそんな話が!?」
「駅前のERINGIの店長がよ、くれるっつってんだってよ!」
「な、なにゆえ〜!?」

ERINGIというのは駅前にある楽器屋の屋号。
「なにゆえ〜」は最近巷で流行っているツッコミの一種だ。嘘だ。
俺が考えたのだが時代を先取りしすぎているせいか周りの反応はいまいち薄い。

「ポンコがよ、昨日弦買いに行った時に言われたんだってよ」
「弦を? くそ、あいつ俺らに隠れてコソコソ練習しやがって」

ポンコってのは俺やサトチーと同じく本気を出さない奴の一人で、
ポンコの母ちゃんもやはり『1』マニアらしい。
ただ俺やサトチーとポンコには大きな違いがある。
ポンコは親に買ってもらったかっちょえぇギターを持っていて、
俺やサトチーは持っていないってこと。ヘイ、お金持ちの家って羨ましいね。

「とにかくよ、店長の気が変わらない内にERINGI行こうぜ!」
「おう!」

掃除なんてしてる場合じゃねぇと俺は箒を放り投げる。
待ってろERINGI。待ってろ未だ見ぬ愛しのマイギターよ。
ほんとに貰えるのかどうか知らんが。

「ちょっとジェノ君! どこ行くの!?」
「んがっ! 痛ぇ!」

教室を出ようとした俺の後頭部に塵取りをヒットさせたのは
容姿端麗、成績優秀、才色兼備、完全無欠のクラス委員サチコさんだ。
511まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/06/20(水) 01:04:30 ID:???
「いってーな! 角当たったぞ。角!」
「まだ掃除終わってないよ」
「っせーな掃除ぐらいでガタガタ言うなブス!」
「ブスで結構。でも掃除はちゃんとやってください」
「へへーん! やなこった! ブス! ブース! あばよ!」
「待ちなさいっ」

俺は鞄を置きっぱなしにしたまま教室を飛び出した。
サチコさんは追いかけてこなかった。
サトチーは「こえー! ありゃ将来鬼嫁になるな」と笑ってた。

俺はサチコさんのことが好きだ。
512まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/06/20(水) 01:10:02 ID:???
   2.僕と下僕と中学生


豚の餌みたいな臭いがする街だな、ここは──。


豚餌臭いこの街、晴刷市に着いたのは2004年9月某日の午後6時を
少しまわった頃だった。

JR晴刷駅の構内を出て、駅前にあるSPKホテル(何の略だろう)に
向かって歩いていると、中学生と思しき二人組の男子学生が、
籠のない自転車に二人乗りして僕の横を通り過ぎて行った。

「ったくポンコの奴、ちゃんと言えよなぁ。話が上手すぎると思ったんだ」
「ったくサトチーの奴、ちゃんと言えよなぁ。話が上手すぎると思ったんだ」
「なんだよジェノ、お前もノリノリだったくせに……」
「タダより高いものはねーってうちの婆ちゃんも……」

ふらふらと右に左に車体を揺らしながら自転車が遠ざかって行く。
後ろの荷台に座っていた少年は尻が痛くならないのだろうかと
要らぬ心配をしながら僕は彼らを見送った。
ところで、自転車の二人乗りは法律上禁止されているのを彼らは
知らないのだろうか。
交通ルールも守れないのなら、そのまま車道に飛び出して
10tダンプに轢殺されてしまえ。
513まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/06/20(水) 01:17:36 ID:???
気付く。今日の夕食はハンバーグにしよう。

SPKホテルの前に着いた時、腹がきゅるきゅる鳴った。
食べたい。ハンバーグ。

「ん……?」

足元に何か落ちている。当然ハンバーグではない。
定期入れかと思って拾い上げてみると、それは定期入れでもハンバーグでもなかった。
生徒手帳だ。

晴刷市立三井銅鑼中学校、とある。
さっきの中学生が落としたのか。
校名はみいどら? と読むのだろうか。

興味本位で開いてみる。
プライバシーなど知ったことか。落とす方が悪い。

やはりさっきの中学生の物だった。
運転していた方の男子学生の顔写真の下にクラスと名前が書いてある。
更にその下にはご丁寧に住所と電話番号まで書いてあった。
もし僕が悪人ならオレオレ詐欺とやらを試みてみるところだが、
僕はそんな下賤な人間ではない。

しかし善人でもないので、すぐ傍にある交番にも届けもせず、
今来た道を少し戻って、コンビニの入り口にあるゴミ箱に捨てておいた。
514 ◆K.tai/y5Gg :2007/06/20(水) 01:18:24 ID:???
そろそろかな
515まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/06/20(水) 01:24:42 ID:???
SPKホテルの前に戻り、待つこと10分。
優秀とはいえない、忠実でもない、しかし僕の思い通りに動く下僕が
黒いビッグスクーターに乗ってやって来た。

「待たせたか?」

ヘルメットを脱ぎながら下僕が言った。僕は黙って頷く。

「道が混んでてな。すぐチェックインしてくるから待っててくれ」
「なんだ? 一緒に入って中で話せばいいだろう」
「ちょっと面倒な事になってな。すぐ行かなきゃならない。お前も一緒に来てくれ」

だったら僕がここで待っていた意味がなくなるだろうが。
それに遅れるなら連絡ぐらいしてこい。
何の為に携帯電話という機器が発明されたと思っているんだ。馬鹿が。
大体すぐに移動するならチェックインも後にすればいいだろうが。阿呆か。

と、言いたいのを我慢して僕は下僕にさっさとチェックインしてくるよう促した。
馬鹿に馬鹿と言ったら死んでしまうし、馬鹿に阿呆と言ったらムキになる。

下僕が出てくるまでの間、僕は空腹と苛立ちを紛らわせる為に
ホテルの自動開閉式のガラスのドアに映った自分の姿を眺めていた。

僕はどうしてこんなに美しいのだろう。我ながら完璧だと思う。
516 ◆K.tai/y5Gg :2007/06/20(水) 01:24:56 ID:???
おらよっと
517まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/06/20(水) 01:29:09 ID:???
「あのー……」

急に背後から声がかかって思わず飛び跳ねそうになってしまった。
あまりの美貌に目が釘付けになり、周囲への注意が散漫になっていたらしい。
これから鏡を見る時は気を付けよう。びっくりした。

ちょっとドキドキしながら振り返ると、そこにはあどけない顔をした
少年が立っていた。なんだか見覚えがある顔。どこかで会ったような。
それもごく最近だ。あ、わかった。

「あの、すいません。この辺に手帳落ちてなかったッスかね?」

薄ら笑いを浮かべて、いかにも頭悪そうな話し方をするこの少年は、
自転車を運転していた方の男子学生だった。
518まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/06/23(土) 00:02:26 ID:???
   3.俺とサトチーと法の死角


ERINGIの店長がギターとベースくれるんだってー。
マジー? やりー、キャッホイと浮かれて駅前に向かった俺とサトチーを
待っていたのは労働基準法に抵触しかねない肉体労働だった。

「お、来たね小僧共」と満面の笑みで俺達を出迎えてくれやがった
ERINGIの店長は、店内に足を踏み入れた俺達の肩を掴んで強制的に
回れ右させた。確かに呼ばれた訳ではないが入店3秒で帰れとな?
そりゃポンコと違って俺とサトチーはいつも冷やかすだけの利益に繋がらない
サクラ以下の客モドキには違いないが、この仕打ちはいくらなんでもチャイだろう。

「ちょ、あのー……俺達、ポンコから……」
「うんうん、聞いてる聞いてる。いやー助かるよ」

店長はニコニコ笑いながら俺達を店外に押し出すと、道路を挟んだ向かい側に
ある中華料理店『来々々々軒』を指差した。ちなみに「らいらいらいらい」と
書いて「らいよん」と読ませるらしい。アホくせぇ。

「あそこ行ったことある?」と店長。俺とサトチーは首を横に振る。
「ふぅん。じゃ、今からさっそくお願いね」と店長。話が見えない。
俺はサトチーと顔を見合わせた後、

「意味がわかんないんですけど」

と、よっつぐらいの意味を込めて店長に言った。
519まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/06/23(土) 00:09:41 ID:???
「意味わかんないって……なにが?」
「えっと……俺達がERINGIに足を踏み入れてから今に至るまでの
 約2分間に起こった全てが、ですけど」

俺達は(正確にはサトチーが)「ポンコから、ERINGIの店長が
ギターとベースくれるってさ」って訊いたんですけどと店長に言うと
店長は「うん言ったよ」と頷いたかと思うと「条件付きでね」と口角を
吊り上げたので俺は嫌な予感がして「それって来々々々軒が何か関係あるんですか」
と密かにどうやってバックレようかなと思いつつ尋ねると店長は目を丸くして
(え? なに言ってるの)と言わんばかりに首をかしげ「ポンコくんから聞いて
ないの?」と俺達の顔を交互に見たので俺は7秒前に最悪の展開を予想して
いたのだが一応は形式的に「なにがですか」と言ってみたすると店長は
「君達、ギターとベース欲しいんでしょ?」と質問に質問で返してきたので俺は
「欲しいですけど」と店長の質問に答えつつ「要するにタダじゃくれないって
事ですよね?」と一気にショートカットして核心に迫ると店長はあっさり
「そうだよ」と答えて「君達、ギターとベース、欲しい」とインディアン口調で
言うので俺が「俺、ギター欲しい」と口調を真似るとサトチーも「俺、ベース
欲しい」と俺に倣ったすると店長が「でも、君ら、金ない」と軽く俺達の懐事情を
看破し俺らが「俺ら、金ない」と答える前に「だから、君達、来々々々軒で
バイトする」とまた少し飛躍したことを言うので「俺、わからない。求む、求む説明」
と槍か何かを上下させるようなジェスチャーをして抗議すると店長は急に真顔になり
「ギター2万。ベースも2万。これかなり良心的価格。でも君らその2万が
用意出来ない。そうでしょ」と事も無げに言うのでちょっとノリ始めていた俺は
なんだか恥ずかしい。
520まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/06/23(土) 00:18:14 ID:???
「お金がなきゃ、モノは買えない」と店長。
俺は愛は金じゃ買えねーぜと言おうかと思ったがやめる。

「だからみんな働くんだよ」と店長。
そりゃそうだねとサトチーが唇を尖らせる。

「でも俺らは中学生だから働けません」と俺。すると店長「そりゃそうだ」と納得。
納得すんなよと俺は思う。

「でも店長は俺らに来々々々軒でバイトさせようとしてるんでしょ?
 ギターとベースの代金分」とズバリ俺。店長ちょっと困ったような顔に
なったかと思うと「違う違う。バイトじゃないよ。手伝い手伝い。ね?」と
いやらしい笑顔にシフト。なるほどそうきたか。

「つうか、俺らはERINGIの手伝いすりゃいいんじゃないんスか?」
「いや、うちは余裕で人足りてるから」
「でも、よその店に中学生を斡旋するとか」
「それはアレ。まぁ大人の事情。ちょっと来々々々軒の店長に借りがあってさ」

店長がテヘヘと笑うので俺はきめぇと思う。
そういやポンコからERINGIの店長と来々々々軒のオヤジは麻雀仲間だって
訊いたことがあったな。借金でもあるんだろう。大人ってやーね。

俺とサトチーは覚悟を決め、限りなくバイトに近い手伝いをすることを了承した。


来々々々軒でのお手伝いから解放されたのは午後6時だった。
ひたすら皿洗いしていると食器洗い器になった気がした。


そして帰り道、俺はハナちゃんと出会った。
521まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/06/23(土) 00:37:38 ID:???
   4.僕と下僕と中学生とチンピラ


「ナンパか?」
「いや、違うッスよ」
「そうか。どちらにせよ邪魔だ。消えろ」

何がおかしいのかヘラヘラ笑っている頭の悪そうな中学生に声をかけられ、
空腹だった僕はひどく機嫌が悪かった。

「え、あの……すんません」
「もういいよ。さっさとどこかへ行ってくれ」
「いや、あの、生徒手帳……」
「僕が知る訳ないだろう」

人を小馬鹿にしたような薄ら笑いは消えうせ、
中学生は肩を竦めてすごすごと僕の前から立ち去ろうとした。

「待たせたな」

男子中学生の姿が視界から消え去る前に下僕がホテルから出てきた。
僕は男子中学生から目を切り、声のした方へ振り返る。

「さて、行くか」
「その前にハンバーグが食べたいんだが」
「いや、もう時間が……」
「ハンバーグが食べたいんだ」
「……わかった」

近くにびっくりモンキーがあったな、と下僕がバイクに跨る。
もっとマシな店はないのか。どうでもいいけど車ぐらい用意しておけよと思った。
522まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/06/23(土) 00:41:44 ID:???
「なんだ? 小僧」

僕が後ろに乗ろうとすると下僕が眉間に皺を寄せて後方を睨んだ。
渡されたヘルメットを被りながら僕も後ろを見遣ると、さっきの中学生が
つっ立ってこちらを見ていた。

「まだいたのか。早く帰って宿題でもしろ」
「なんだ? 知り合いか?」
「いや、別に」

いちいち説明するのも面倒くさい。

「何か言いたそうな顔をしてるぞ」
「知るか。さっさと出せ」

僕はお腹が減っているのだ。
生徒手帳を落とした中学生の事なんか知るか。
例え僕が彼の落し物捜索をより困難にしてしまったとしても。

僕が不機嫌なのを察知したのか、下僕はそれ以上何も言わずにバイクの
エンジンをかけた。僕はもう一度後ろを振り返る。
中学生はまだこちらを見ていた。
下僕の言う通り何か言いたそうな顔をしている。
もしかして僕が生徒手帳を拾うところを目撃したのだろうか?
いや、それならその時に声をかければよかったのだからそれはないか。

何を考えてるのかわからん。
最近の中学生は気持ち悪いな。
523まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/06/23(土) 00:54:20 ID:???
「行くぞ」

ゆっくりとバイクが動き始めた。

と思ったらすぐに止まった。

「どうした」

下僕に声をかけながら体を少しずらして前方を覗き見ると、
バイクの進行方向に二人の男が立っていた。
見るからにチンピラ。

モヒカンの男は素肌の上にレザーのベストを着ていた。
スキンヘッドの男は側頭部にハートのタトゥーを入れていた。
すごいセンスだ。世紀末は終わったばっかりなのに。

きっとこの後「ここは通さねぇぜ」って言われるに違いない。
僕は身包みを剥がされてはかなわないのでキュッと身を縮めた。

「座玖屋ファミリーの者か? わざわざ出迎えてくれなくても会談には間に合うが」

先に口を開いたのは僕の下僕だった。
ザクヤふぁみりぃとは何だろうと僕は考える。
524まりあ ◆BvRWOC2f5A
「あんた、ノワだな? ってことは後ろの女が華鼬か? 
 それともそっちの小僧かな? げっへへ」

モヒカンの男が下品に嗤う。
ふと横を見ると、さっきの中学生が得意の薄ら笑いを浮かべて僕を見ていた。
まだいたのか。さっさと帰れよ。

「──これは座玖屋の命令か?」
「おい、質問してるのはこっちだぜ」
「答えられないところをみると、鈍堕華派か」

ドンダケハとは何だろう。蝶みたいな名前だなと思った。

「けっ! 大物気取ってんじゃねーぞ」
「ここでやる気か? 裏社会のルールも知らない素人が」
「てめぇ、ぶっ殺してやるぜ!」
「ふっ……弱い犬ほどよく吠えるな」

なんだかよくわからないが、僕はハンバーグが食べたくて仕方がなかった。