名無しの道化 ◆JOKERcTb3oファンクラブ

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69まきひと ◆zeDiWCcgGk
小学生のころに流行ったキャラクターのグッズが散乱した部屋。私の部屋。
窓の外は、黒から白にグラデーションがかかっている。もうすぐ夜明けだ。
電気のついていない部屋は、微かな日光で不気味に浮き上がっていた。

私の前にあるのは、紙と100円の安いライター、洗面器に張った水、黒光りするカッター。
教科書やらプリントやらが散らばったこの部屋で、私はその4つだけを見つめていた。
それらを見つめる私の眼は、外の空気に劣らない冷たさを秘めていた。
そしてどこか寂しげで、ぼんやりとした視線。
その眼は紙切れを捉え、そこに綴られた文字をなぞった。

熊本県在住“名前 前原愛  年齢 14歳  死因 虐めを苦に自殺”
70まきひと ◆zeDiWCcgGk :2006/09/28(木) 02:22:03 ID:???
クラスの女子曰く、『キモイ』らしい私の字が躍っている。
甲高い笑い声が頭の中で鳴り響いた気がした。
彼女たちは私がいなくなって喜ぶのだろうか。
『玩具』が無くなったと悔やむのだろうか。
どちらにしろ、悲しんではくれないだろう。
71まきひと ◆zeDiWCcgGk :2006/09/28(木) 02:22:51 ID:???
いや、私には悲しんでくれる人なんていないのだろう。
そんなことを考えて、ふと嘲笑した。自分に対するものだった。

『誰からも好かれるように』と授かったこの名前も、今では私を苦しめるものの1つにすぎない。

帰りが遅い母親。
外出の多い父親。
友達のいない学校。
楽しくない毎日。
退屈な人生。

もうたくさん・・・。
72まきひと ◆zeDiWCcgGk :2006/09/28(木) 02:23:40 ID:???
ゆっくりと、私の右手はライターへ伸びる。小さな音と共に小さな火が灯る。
その炎は赤々ゆらめき、私を天国へ連れて行ってくれるようだった。
左手で紙をつまみ、目の前に持ってくる。
ライターの火が紙と重なる。紙は煙を上げた。
その煙はゆっくりと赤に変わる。
火はやがて炎となって、部屋全体を少し明るくした。
あっというまに炎は私の指に届いて、手は名残惜しそうに紙を放した。
黒い煤になった紙だったものは、洗面器の水の中に沈んでいく。
私はしばらくそれを見つめていた。
73まきひと ◆zeDiWCcgGk :2006/09/28(木) 02:24:57 ID:???
そしてライターを離した右手は、ゆっくりとカッターへと伸びる。
硬い感触。震える手。

いつもならなんともないことなのに・・・。
カチ、カチ、カチ、という音と共に刃を出す。そのまま左の袖をめくった。
手の甲、手の平を始め、その無数の切り傷は肘まで続いていた。

傷跡と細長い瘡蓋は、縦横無尽に、楽しそうに私の腕で遊んでいた。
徐々に強さを増す日光に光を反射した刃が、深い傷跡の密集した手首に近づく。

冷たい刃の感触。
青い血管が浮き上がる。血液の流れる速さが増した。

力を強めると、皮膚がくい込んだ。
いつのまにか、私は涙を溢していた。
ぎゅっと眼を瞑り、歯を食いしばった。

そして一気に右手を引く。
74まきひと ◆zeDiWCcgGk :2006/09/28(木) 02:26:28 ID:???
手首が燃えるように熱くなった。
一瞬のことだった。生きていることを実感した。
顔や腕に、生暖かい液体が飛び散った。シャー、とシャワーのような音が部屋に広がる。

左手を、ゆっくりと天に掲げた。手首から肘、肩に、熱いモノが流れた。

そして、がくんっと腕が堕ちる。

指先から熱が奪われて行くのを感じられた。
恐怖からか、寒さからか、体が少し震えた。
もう指が動かない。
足の力がぬける。

意識が遠のき、闇に吸い込まれて―――
75まきひと ◆zeDiWCcgGk :2006/09/28(木) 02:27:07 ID:???
数分前の出来事を知る者は

         消えた



―――終わり―――