小学生のころに流行ったキャラクターのグッズが散乱した部屋。私の部屋。
窓の外は、黒から白にグラデーションがかかっている。もうすぐ夜明けだ。
電気のついていない部屋は、微かな日光で不気味に浮き上がっていた。
私の前にあるのは、紙と100円の安いライター、洗面器に張った水、黒光りするカッター。
教科書やらプリントやらが散らばったこの部屋で、私はその4つだけを見つめていた。
それらを見つめる私の眼は、外の空気に劣らない冷たさを秘めていた。
そしてどこか寂しげで、ぼんやりとした視線。
その眼は紙切れを捉え、そこに綴られた文字をなぞった。
熊本県在住“名前 前原愛 年齢 14歳 死因 虐めを苦に自殺”
クラスの女子曰く、『キモイ』らしい私の字が躍っている。
甲高い笑い声が頭の中で鳴り響いた気がした。
彼女たちは私がいなくなって喜ぶのだろうか。
『玩具』が無くなったと悔やむのだろうか。
どちらにしろ、悲しんではくれないだろう。
いや、私には悲しんでくれる人なんていないのだろう。
そんなことを考えて、ふと嘲笑した。自分に対するものだった。
『誰からも好かれるように』と授かったこの名前も、今では私を苦しめるものの1つにすぎない。
帰りが遅い母親。
外出の多い父親。
友達のいない学校。
楽しくない毎日。
退屈な人生。
もうたくさん・・・。
ゆっくりと、私の右手はライターへ伸びる。小さな音と共に小さな火が灯る。
その炎は赤々ゆらめき、私を天国へ連れて行ってくれるようだった。
左手で紙をつまみ、目の前に持ってくる。
ライターの火が紙と重なる。紙は煙を上げた。
その煙はゆっくりと赤に変わる。
火はやがて炎となって、部屋全体を少し明るくした。
あっというまに炎は私の指に届いて、手は名残惜しそうに紙を放した。
黒い煤になった紙だったものは、洗面器の水の中に沈んでいく。
私はしばらくそれを見つめていた。
そしてライターを離した右手は、ゆっくりとカッターへと伸びる。
硬い感触。震える手。
いつもならなんともないことなのに・・・。
カチ、カチ、カチ、という音と共に刃を出す。そのまま左の袖をめくった。
手の甲、手の平を始め、その無数の切り傷は肘まで続いていた。
傷跡と細長い瘡蓋は、縦横無尽に、楽しそうに私の腕で遊んでいた。
徐々に強さを増す日光に光を反射した刃が、深い傷跡の密集した手首に近づく。
冷たい刃の感触。
青い血管が浮き上がる。血液の流れる速さが増した。
力を強めると、皮膚がくい込んだ。
いつのまにか、私は涙を溢していた。
ぎゅっと眼を瞑り、歯を食いしばった。
そして一気に右手を引く。
手首が燃えるように熱くなった。
一瞬のことだった。生きていることを実感した。
顔や腕に、生暖かい液体が飛び散った。シャー、とシャワーのような音が部屋に広がる。
左手を、ゆっくりと天に掲げた。手首から肘、肩に、熱いモノが流れた。
そして、がくんっと腕が堕ちる。
指先から熱が奪われて行くのを感じられた。
恐怖からか、寒さからか、体が少し震えた。
もう指が動かない。
足の力がぬける。
意識が遠のき、闇に吸い込まれて―――
数分前の出来事を知る者は
消えた
―――終わり―――