世界情勢の不安要素はむしろチャンス 日本復活を裏付ける「3つの福音」
1990年のバブル崩壊以降、わが国経済は長期低迷の時期を過ごしてきた。
その間、物価変動を加味しない名目ベースでの経済成長率は低下し、我々の給与はほとんど上昇していない。
その時期を、我々は“失われた20年”と称した。
多くの日本人が自信を失い“縮み志向”の中で生活してきたとも言える。
足もとでも、ユーロ圏の信用不安の拡大など暗いニュースが多い。
だが私は、そうした経済環境の急激な変化は、日本経済にとって「復活のチャンス」と見るべきと考える。
主な理由は3つある。
1つは、欧米経済の低迷が続きそうなことだ。
ヨーロッパや米国の経済は、まだ不動産バブルの後始末=バランスシート調整を完全に終了していない。
特に、欧州諸国はこれから財政支出を絞り込む。本格的な景気回復までには、時間を要することだろう。
2つ目は、今後、世界経済の中心となることが予想されるアジア諸国との親密な関係だ。
これから大規模なインフラ投資が見込まれる新興国、特にアジア諸国との関係を生かすことができれば、わが国の持つ高い技術力は大きな武器になるはずだ。
そして3つ目は、わが国経済が身軽なことだ。
1990年初頭、わが国の大規模な資産バブルが崩壊した後、わが国の金融機関は足かけ13年間の歳月をかけて不良債権を処理し、わが国経済はバランスシート調整を終わらせた。
つまり、わが国経済は、欧米諸国と比較するとバブルの“重荷”をすでに処理し終わり、身軽になっているのである。
問題は、我々自身が元気になれるか否かだ。
わけのわからない政治など置き去りにして、我々自身が前を向いてリスクに立ち向かうことができれば、わが国経済はチャンスを生かすことができるはずだ。
バブル崩壊を経て、気づけば日本は「一周遅れのフロントランナー」に?
1990年代初頭の大規模なバブルの崩壊以降、わが国のプレゼンスは大きく低下した。
80年台、わが国が“世界の工場”だった時期、世界中どこに行っても日本メーカーのブランド名が付いた電器製品を見ることができた。
また、一部のICチップにおいて、世界での市場占有率が8割を超える品目もあった。
ところが現在では、家電製品の有力ブランド名は、韓国のサムスン、LG、あるいは中国のハイアールにとって代わられた。
成長著しいスマートフォン市場でも、わが国企業の存在感は低下している。
そうした状況を見て、多くの投資家が日本株に対する興味を失ったり、国際社会の中で「日本が凋落しつつある」と認識し、
バブル崩壊後に経済が低迷する“日本病”という言葉すらできた。
ただし、2000年代後半、欧米社会で大規模な不動産バブルが発生し、今その後始末にかまけている状況を冷静に分析すると、
バブル崩壊後に経済活動が低迷期を続けることは、なにもわが国だけに限ったことではないことがわかる。
わが国が景気低迷に苦悩しているとき、現在FRBの議長を務めるバーナンキ氏は、当時のわが国を見て、
「日銀はヘリコプターからおカネをまけば、日本の景気は改善する」と提言した。
そのバーナンキ議長は今、金融を超緩和気味にし、多額のドル紙幣を印刷して市中にばらまいている。
それでも、「米国の労働市場の回復はイライラするほど遅い」と認識している。
>>2に続く
ソース:ダイヤモンド・オンライン 今週のキーワード 真壁昭夫
http://diamond.jp/articles/-/15208