【コラム】さよならウラン、こんにちはトリウム --谷口正次(資源・環境ジャーナリスト) [04/07]

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1ライトスタッフ◎φ ★
去る1月25日、中国科学院(the Chinese Academy of Science)が“戦略的・先端
科学技術特別プロジェクト”として、トリウム溶融塩原子炉の研究開発を行うと
公式に発表した。その内容については3月3日の当コラムで紹介した。

そして、3月11日の大震災による福島第一原子力発電所の事故だ。

3・11震災発生までは、中国科学院の発表に対して世界のメディアのメイン
ストリームはほとんど反応しなかった。しかし、3・11以後は変わった。

米国は持っていたボールを落としてしまった

3月21日に英国のデイリー・テレグラフ(The Daily Telegraph)に掲載された
「中国がトリウムでリードする(China is Leading The Way With Thorium)」と
題する記事を見てみよう。要訳すると次のようになる。

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津波が福島ウラン原子力発電所を襲い、原子力に対する国民の信頼を失うことになる
数週間前のこと。中国はトリウムをベースとする原子力発電の技術開発に乗り出した
ことを公式発表した。このことは、あまり注目を浴びることなく見過ごされた。

中国科学院は、「トリウム溶融塩炉システムを選択した」と述べている。

この、液体燃料のアイデアは、もともと1960年代に米国のオークリッジ・国立
研究所の物理学者たちによって切り開かれた。しかし、米国は持っていたボールを
落としてしまったのである。

中国の科学者たちは有害廃棄物がウランより1000分の1以下になり、トリウム
溶融塩炉は、本質的に悲惨な事故を起こしにくいシステムなのだ。

(Ambrose Evans-Pritchard)
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この記事の中では、元NASAのエンジニアで、トリウムの専門家であるカ−ク
・ソレンセンのコメントも紹介している。

「この原子炉は驚くほど安全な構造になっている。もし、過熱し始めると、小さな
栓が溶けて溶融塩は鍋の中に排出される。津波で損傷して使えなくなるコンピュ−
タ−も、あるいは電動ポンプも不要である。原子炉自体で安全が守られる」

「日本で見られたような水素爆発のようなことも起こらない。それは大気圧で
運転されるからである。放射能漏れもなく、スリーマイル島、チェルノブィル
あるいは福島のように制御不能状態が長く続くようなことはありえない」

■同じ量の燃料からウランの約90倍のエネルギー

もう1つ、3月19日、ウオール・ストリート・ジャーナルの「この先に異なる
原子力はあるか(Does a Different Nuclear Power Lie ahead ?)」という
タイトルの記事を要約して紹介しよう。

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福島原発事故は、結果的に原子力産業に再度“足かせをはめる”契機となりそうだ。

日本に設置されている固形燃料ウラン原子炉は時代遅れの技術であり、より安全で
かつコストの安い、全く異なった種類の核エネルギーによって置き換えられ、次第に
消えていくだろうといった議論がここ数年の間に始まっていた。それが、トリウム
液体燃料原子炉である。(※続く)

http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20110405/219323/?P=1
2ライトスタッフ◎φ ★:2011/04/07(木) 12:28:49.47 ID:???
>>1の続き

トリウムは連続的にウラン233を作ることによってトリウム自身の燃料を生み出し
(=増殖させ)、同じ量の燃料からウランの約90倍のエネルギーを生み出すことが
できる。ウラン233の核分裂反応によってプルトニウムその他核兵器製造原料を
発生することがない。トリウム溶融塩炉方式では、燃料が最初から溶融しているのだ
から、燃料棒のメルト・ダウンということはあり得ない。そして、核反応は冷却に
従って減速される。

新しい技術は、常に完成するまでに成熟したライバル技術と格闘することになる。
しかし、トリウムのライバルであるウランはすでにコスト面で沈没した。

最初の鉄道ができた時、コストあるいは信頼性で運河と競争できなかった。今こそ、
トリウムのポテンシャルを見いだすことを始める時だ。(by Matt Ridley)
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この記事は3月19日に掲載されたわけだから、中国のトリウム溶融塩炉のことに
言及してもよさそうなものだ。天下のWSJが知らなかったはずがないが、中国に
先を越されたことを米国民にあまり広めたくないという力学が働いたのだろうか。

トリウム溶融塩炉は、もともと米国が研究開発していたものだ。しかも、1965年
から1969年まで無事故で成功裏に実証試験を終えているのである。しかし、米ソ
冷戦時代、核兵器をつくるのに必要なプルトニウムが出ない原子燃料では困る。
それに、燃料棒の取替えで儲ける仕組みになっているのに、液体燃料の溶融塩炉では
企業としてうまみがない。当時、議会の公聴会で米ゼネラル・エレクトリック(GE)
の社長が証言したそうだ。

そして、ニクソン大統領は、溶融塩炉の開発責任者でオークリッジ国立研究所の
物理学者、ワインバーグを解雇して、トリウム原子炉を封印してしまった経緯がある。
このことを、デイリー・テレグラフの記事では、米国が「ボールを落としてしまった」
と表現したわけだ。

従って、中国科学院の発表で、溶融塩炉開発によって、知的所有権がすべて手に入る
と言っていることについては甚だ違和感を感ずる。

なお、中国科学院の責任者が記者に、ウラン原子炉は燃焼効率の悪い“石炭ストーブ”
のようなものだと説明した。これはウラン型の欠点を説明するのにとても分かりやすい
表現だ。それは、ストーブから排出される燃え残りの石炭殻のように、使用済み燃料の
中に燃えるものがまだたくさん残っているからだ。だから、使用済み核燃料の再処理
をして燃やしているわけだ。

福島第一原発の格納容器の上に驚くほど大量の使用済み燃料が保管されているのは
素人目にも異様だ。高レベル放射性廃棄物の最終処分場に難儀していることをうか
がわせる。

いずれにしても、ウラン型原子炉は技術の耐用年数が過ぎているのに、政治的力学に
よって何とか生き長らえさせようと悪戦苦闘している状態だ。経済合理性も失いつつ
あるのではなかろうか。

■オバマ大統領が言及しないのは、政治的な配慮か

ブッシュ政権時代には、「原子力ルネッサンス」を打ち出し、増える核廃棄物のために、
ネバダ州のユッカ・マウンテンに全米の核廃棄物を集めて貯蔵場の建設を計画した。
(※続く)
3ライトスタッフ◎φ ★:2011/04/07(木) 12:29:12.89 ID:???
>>2の続き

しかし、オバマ大統領はこの計画を中止してしまった。自ら原子力発電所建設投資に
助成することを決めながら、核廃棄物はどうするつもりだろう。トリウムを勘定に
入れた政策とは考えられないだろうか。2009年4月5日には、チェコのプラハで
核廃絶宣言を行い、ノーベル平和賞も受賞した。トリウム原子力なら核兵器製造に
必要なプルトニウムが出ないので、核拡散防止につながる。それに廃棄物の量が
圧倒的に少ない。

米国には、オーストラリア、カザフスタン、カナダ、ニジェールといったウラン
産出国のように安く採掘・精製できるウランはない。しかし、2009年には、新しく
トリウム資源が見つかり、米国地質調査所(USGS)によると世界一の資源保有国に
なったと発表している。そのほか、米国がトリウム原子力を視野に入れている状況
証拠はいくつも出てきている。

ただし、今のところオバマ大統領もエネルギー省長官(Dr. チュー)も一言もトリウム
に言及していない。政治的な配慮であろう。共和党の政策、産業界のロビーストなど
抵抗勢力は多いので、迂闊に打ち出せないのではなかろうか。我が国とて同様な事情
があることは容易に想像できるというものだ。

しかし、このたびの福島原発事故が、今後の我が国の、いや世界の原子力政策に深刻な
ダメージを与えたことは間違いなかろう。今こそ、過去のしがらみを破り、目先の
ビジネスに拘泥しないように、新たな原子力政策を打ち出す絶好の機会である。
しかし、大型石油タンカーのように急に舵を切ることはできないのだろう。

■日本も潮流に乗り遅れないように願いたい

幸いにしてトリウムの燃焼は溶融塩炉だけでしかできないわけではない。既存の
ウラン型原子炉にもトリウムを装荷が可能ということである。徐々に燃料をウラン
からトリウムへ転換して行けばよい。高速増殖炉だけは止めなければいけない。

軽水炉型あるいはCANDU炉(カナダ型重水炉)などにトリウムと低濃縮ウランを使用
する研究開発などもすでにノルウェー、カナダ、中国、インドなどで始まっている。
特に中国、インドはウラン資源はないがトリウム資源は豊富である。エネルギー独立
のための国家戦略として力を入れているのは当然である。

日本も世界の潮流に乗り遅れないように願いたいものだ。特に、インドの西海岸に
多量に賦存するトリウム資源は、モナズ石という鉱物の中に6〜9%入っているもの
であるが、甚だ好都合なことに、そのモナズ石の中には50%前後レア・アースが
入っているのである。トリウムの副産物としてレア・アースが取れるというわけだ。

一方、中国では、インドと異なるタイプの鉱床であるが、内モンゴル自治区の世界
最大のレア・アース鉱山に、厄介な廃棄物としてすでに推定4000トンのトリウムが
堆積しており、このトリウムを原子燃料に利用しようと動き出したのである。筆者は
2009年9月に内モンゴルのレア・アース鉱山に近い包頭で行われた「核燃料としての
トリウム利用に関する国際会議(TU2009)」に参加して中国の本気度を読み取った。
そして、1月25日の公式発表である。※続く
4ライトスタッフ◎φ ★:2011/04/07(木) 12:29:22.91 ID:???
>>3の続き

中国はレア・アースの輸出規制をますます強めてきており、世界で2012年危機説が
広まっている。レア・アースとトリウムの関係をよく考慮して、我が国の国家戦略を
早急に策定すべきと考える。

福島原発事故のほとぼりが冷めるのを待って、政策当局、業界、そして学界がまた
ぞろ在来の政策に固執して悪戦苦闘する姿だけは見たくないものだ。

◎執筆者/谷口正次 資源・環境ジャーナリスト
1960年九州工業大学鉱山工学科卒、小野田セメントに入社。同社資源事業部長などを
経て、1994年に秩父小野田常務、1996年専務、1998年に太平洋セメント専務。
2001年に屋久島電工社長(太平洋セメント専務取締役兼務)2004年6月国連大学
ゼロエミッションフォーラム理事(産業界ネットワーク代表)。主な著書に「メタル
・ウォーズ」(東洋経済新報社)、「入門・資源危機―国益と地球益のジレンマ」
(新評論)など。