【モバイル】米アップル「iPhone」次世代端末への試金石……無視できぬ「iPod」成功例[01/11]

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185日本経済新聞 2007年1月15日 企業1面13版
コラム:経営の視点 

iPod携帯の衝撃 −日本の家電産業に挑戦状−

 米アップルが携帯電話機への参入など家電戦略を発表した。最高経営責任者(CEO)の
スティーブ・ジョブズ氏は「新たな歴史を作る」と宣言、30年の歴史を塗り替えるため、社名
から「コンピュータ」を落した。ジョブズ氏の新戦略は日本の家電産業への挑戦状ともとれる。
 「目標はソニーだ」−−。パソコンの「iMac」の登場でアップルの復活が鮮明となった1999年、
ジョブズ氏はこう強調した。当時、ソニーはプレイステーションなどの成功で株価が急騰。ソニー
ファンのジョブズ氏にとって、真のライバルはマイクロソフトではなく、ソニーだった。そのとき
から、携帯音楽プレーヤーの「iPod」の構想があったに違いない。
 今回投入するiPod内蔵の携帯電話機「iPhone」はもっと大きな意味を持つ。ジョブズ氏は
ライバル名こそ口にしなかったが、携帯電話機参入は日本の電機メーカーすべてに対する
挑戦ともいえるからだ。
 アップルの設立はマイクロソフトと同じ75年。両者は常にパソコンのライバルと擬せられて
きたが、実は競争関係が先鋭化した80年代後半にはジョブズ氏はすでにCEOの座を追われて
いた。ジョブズ氏の視線はその時を機にパソコンの次に注がれていた。
 一つが携帯情報端末である。音楽プレーヤーはソニーの「ウォークマン」を意識したものだが、
ひな型はほかにもあった。アップルが92年に発表した世界初の携帯情報端末「ニュートン」で
ある。ジョブズ氏はこの開発には関わってはおらず、CEOに返り咲くや自分とは無縁の同事業を
売却してしまった。そして自分の手で改めて起こしたのがiPodの事業である。
 だがニュートンもiPodもアップルの力だけではこの世に登場しなかった。ニュートンの開発には
シャープが協力、iPodのハードディスクは東芝が提供した。いわばアップルの成功は日本の電機
メーカーが支えたわけだが、日本企業は逆に後退の道をたどる。薄型テレビでは韓国勢の攻勢
を許し、携帯電話でも苦戦が目立つ。期待の次世代DVDでさえ優位性を発揮できずにいる。
 米技術出版社、レッドヘリングのアレックス・ビューCEOは「日本メーカーはこの十年で海外の
技術動向を見失った」と指摘する。80年代に比べ海外を回る日本企業のトップが激減し、代わり
に韓国や中国の経営者が増えた。米国に来ればデジタル音楽配信需要の高まりは誰でも実感
することができたという。
 携帯音楽プレーヤーや携帯電話市場での日本の苦戦に対し、国内の法制度の違いや通信市場
の特殊性を挙げる声もある。しかし国内市場には通じても、海外市場での後退の説明にはならない。
携帯端末にこだわったジョブズ氏は音楽業界を説得し、通信業界の賛同を得たからこそ、iPodや
iPhoneを投入できた。
 「家電王国・日本」の名声を返上してしまった今の日本の電機産業は、かつてCEOを追われた時の
ジョブズ氏と似ている。名誉を挽回できるかどうかは、ひとえに日本の経営者がジョブズ氏のような
執念を持てるかどうかにかかっている。