400 :
名無し名人:
熊坂「栗田さん、今日は折り入ってお願いがあるんです」
栗田「え、私に?」
熊坂「僕の妹のことなんです。栗田さんに最初にお会いした時のこと覚えていますか?
あなたのゆう子という名をすぐに覚えたので驚いたでしょう」
栗田「ええ・・・ただあの時熊坂さんは妹の名も『ゆう子』でしたとおっしゃったので
気になって・・・過去形を使われたのでもう亡くなられたのかと・・・」
熊坂「そんなことまでよく覚えていてくださった。あの時、過去形を使ってしまったのには、
理由があるんです。私たち兄妹が早くに両親を亡くしたことは、前にお話ししたと思います。
他に全く身寄りも親戚もなかったのですが、縁があって私は中原先生の弟子となり、
奨励会に入ることになりました。私たちは別れたくなかった。しかし私は10歳、妹は6歳。
私たちは大人の決めたことに従うしかなかったのです」
熊坂「それから5年ほどは手紙のやり取りもあったのですが、ある時突然妹の方から
手紙が来なくなり、私が出す手紙も戻ってくるようになってしまいました。
私は色々手を尽くして探したのですが、妹の行方は分かりませんでした・・・」
401 :
名無し名人:05/01/30 15:30:48 ID:2TpRAieW
栗田「そんな事情とは知らずに・・・それで過去形を使ったんですね」
熊坂「ところが、つい先日新しく頼んだ興信所が妹の居所を発見したんです」
栗田「わあ!良かったですね!おめでとうございます!」
熊坂「ところが、あまりおめでたくないんです。全ての証拠が揃っていて、間違いなく
私の妹なのに妹は違うと言うんです。妹は私のことなんか知らない、何かの間違いだと
言い張るばかり・・・しかも会ってくれと私が言っても会いたくないと拒絶し続けて・・・
私の妹に会っていただきたいんです。会って私の妹ではないという理由を聞きだしてほしいんです。
私には栗田さんの他にこんなことを頼める人間はないんです」
栗田「まぁ・・・光栄です。出来る限りのことをさせていただきます」
熊坂「栗田さん、ありがとう」
栗田「ただ・・・私一人では自信がありません。山岡さんにも手伝ってもらっていいですか」
熊坂「栗田さんは、山岡さんを頼りにしているんだなぁ」
402 :
名無し名人:05/01/30 15:31:19 ID:2TpRAieW
山岡「ええーーーっ!俺が熊坂さんのためにそんなことするの!?
栗田「私、熊坂さんがお気の毒で・・・なんとかしてあげたくて」
山岡「そりゃ、君がそう考えるのは立派なことだけど、俺は困るよ」
栗田「なぜ!?熊坂さんの力になってあげようと思わないの?」
山岡(たはは・・・変な約束しちまったからな。熊坂さんに降級点を取らせて、
島本さんが降級点を取らないよう俺が協力するなんてさ・・・)
二木「ごめんなさい、お待たせしちゃって」
山岡(やれやれ・・・熊坂さんのために俺と栗田さんが協力するなんて言ったら島本さんに
殺されちまうぜ・・・)
島本「栗田さん、僕すごくいい棋譜を見つけたんです。とてもいい味の棋譜なんです。
ぜひ栗田さんと一緒に並べたい。栗田さんの美しさを残らず引き出してみせます」
二木「じゃあ、今度の『将棋棋譜めぐり』楽しみね。栗田さん、指にタコができるくらい
一緒に棋譜並べをするといいわ」
403 :
名無し名人:05/01/30 15:31:49 ID:2TpRAieW
コンコン
栗田「まあ、熊坂さん!」
島本「ぬ・・・なんの用だ?」
熊坂「棋譜並べの邪魔をしてすみません。どうしても山岡さんにお会いしたくて来たんですが、
この部屋だとうかがったので」
山岡「へ、俺に?」
熊坂「山岡さん、栗田さんからお聞きの通りです。お願いします。一生恩に着ます」
山岡「いやあの・・・そう言われちゃうとなぁ・・・」
熊坂「ありがとうございます!それでは栗田さん、よろしくお願いします。失礼します」
栗田「は、はい」
島本「山岡さん!約束守ってくれるんだろうな!」
山岡「心配ない、心配ないって。は〜〜〜あ、どうなっちゃうんだろ?」
404 :
名無し名人:05/01/30 15:32:45 ID:2TpRAieW
山岡「なんで俺がこんなことしなけりゃならないんだよ・・・」
栗田「あのねえ、男は一度引き受けたらああだこうだと文句を言わないの」
(熊妹登場)
栗田「ゆう子さん。私も同じ名前なんです。少しお時間いただけませんか。お話ししたいことがあるんです」
熊妹「人違いでしょう」
山岡「人違いなら人違いでいいけれど、熊坂さんが順位戦に参加できるのもあと2ヶ月だそうです」
栗田「ところが星を売ってくれる相手がいないんです」
山岡「熊坂さんは弱いので、下手に星を売っては八百長だと言われかねないらしいんです」
熊妹「兄はそんなに弱いんですか?」
山岡「上がっていいですか?」
405 :
名無し名人:05/01/30 15:33:14 ID:2TpRAieW
熊妹「兄の棋力はどんな具合なんですか」
山岡「熊坂さんは弱くなんかありませんよ。プロ棋士そのもの」
熊妹「ええ!私を騙したのね!帰ってください!出ていって!」
山岡「熊坂さんのことを書いてある記事ばかりだ。ほとんど記事にならないのによくもこれだけ
集めたもんだ」
熊妹「返してください!」
山岡「あなたが熊坂さんの妹であることを認めず、会おうとしないのは熊坂さんを嫌って
いるからじゃない、それどころか熊坂さんを愛し、心の底から誇りに思っているんですね」
栗田「同じ名前のよしみで話してくれませんか?どうしてお兄さんのことを知らぬ存ぜぬと
言い張るのか・・・」
406 :
名無し名人:05/01/30 15:33:43 ID:2TpRAieW
熊妹「私を引き取ってくれた養父は小さな将棋道場の席主で最初はとても強かった。ところが
私が小学6年生の時に養父が真剣師のイカサマに引っ掛かって道場を乗っ取られ、借金取りに
追われる身になりました。私たちは知らない土地へ移り、知れるといけないといって兄に手紙を
書くことも禁じられました・・・
それまで仲の良かった養父母も争うようになって、養父は姿を消してしまい・・・
イヤなことばかり続いて・・・私は何もかもイヤになり、悪い連中の誘いに乗ってしまいました。
養母と喧嘩をし家を飛び出し・・・そのままズルズルと深みにはまり落ちるところまで
落ちてしまいました・・・
ところが3年ほど前、何気なく手にした将棋世界を見て驚きました。長い間会いたいと思っていた
兄の写真が出ているではありませんか。しかも兄はプロ棋士になっていたんです。
私はうれしくてうれしくて・・・
そして自分もこんなことをしていてはいけないと思いました。一緒に暮らしていたヤクザ者を置いて
別の街に移り、真面目な職業についたのです。今年になってこの町に移ってきて、小さいながらも
ちゃんとした会社の正社員になる機会をつかみました。
会社に提出するために、養父母と逃げ出した街からこの街に15年間で初めて住民票を移しました。
それを興信所がつかみ、兄が私の居所を知ったようです」
407 :
名無し名人:05/01/30 15:34:31 ID:2TpRAieW
熊妹「私は女として、人間として最低の職業をしていたのよ。そんな私が兄に会えるわけがないでしょう」
栗田「熊坂さんはそんな心のせまい人じゃないわ。しかもあなたがどんなであれ、あなたのことを
愛しています。だいいち今は立派な仕事についているじゃありませんか」
熊妹「だめよ・・・週刊将棋や将棋世界が私のことを知ったら大喜びで騒ぎ立てるに決まってるわ。
若きプロ棋士がとんでもない過去のある妹を持っているなんて、こんなにいいネタはないもの。
それに昔の連中やヤクザたちが私たちのことをかぎつけたらどうなるの? 兄は難関の三段リーグを
抜けてプロ棋士になったから、年齢制限で退会していった人の中には妬んでいる人もたくさん
いるはずよ。そんな連中がその騒ぎを利用して兄を引きずり降ろそうとするかもしれない」
栗田「それは考えすぎよ、心配のしすぎよ」
熊妹「そんなに楽観的に考えられるのはあなたが幸せに育ってきた証拠。兄は私にとって一番大事な
人間、兄を傷つけるようなことはどんな小さなことでもしたくない。だから私は兄と会わない方が
いいのよ」
数日後
熊坂「・・・かわいそうに・・・そんな辛い目に遭ってきたのか・・・私が自分で迎えに行く。
なにがなんでもゆう子を幸せにしてやるんだ」
栗田「でも下手に騒ぐと、妹さんはまた姿を消しますよ」
山岡「熊坂さん、妹さんと暮らした昔のこと、いろいろ話してくれませんか」
408 :
名無し名人:05/01/30 15:35:29 ID:2TpRAieW
栗田「引っ越すんですか」
熊妹「ええ」
栗田「熊坂さんに見つからないようになのね・・・」
熊妹「もう、どうか私のことは忘れてください」
山岡「なにか食べに行きましょう、お別れに・・・」
栗田「そのくらいのことならいいでしょう、ね」
山岡「何が好きですか?」
熊妹「私はなんでも・・・あら、この匂い・・・トウモロコシ」
栗田「トウモロコシが好きなんですか?」
熊妹「大好き・・・両親を失ってしばらく施設にいた頃、兄と二人で施設を抜け出したことが
あるんです。夕方になってお腹がすいて、そしたら焼きトウモロコシの屋台があって兄が買ってくれた。
お金がないから一本を二人で分けて・・・美味しかったわ。それも普通のトウモロコシと
ハニーバンタムというのがあって、ハニーバンタムは高かったから、普通のトウモロコシにしたの」
山岡「そうか、20年前というとハニーバンタムが出始めた頃だね。甘いから人気が出てほとんど
ハニーバンタムばかりになってしまったけど」
熊妹「でも私は昔のトウモロコシの方が味があって好き・・・その時トウモロコシって美味しいねと
私が喜んだら兄が・・・大きくなったらトウモロコシ屋になって腹一杯食べさせるよって・・・」
409 :
名無し名人:05/01/30 15:36:19 ID:2TpRAieW
栗田「せっかくだから、トウモロコシ買いましょう」
熊妹「ええ。三本下さい。あ!」
熊坂「はい、トウモロコシおまちどお!」
・・・
熊坂「ゆう子、僕は誰に何を言われようとへこたれるような弱虫じゃないよ。週刊将棋や将棋世界
なんて糞くらえだ」
熊妹「・・・」
熊坂「フリクラに落ちたら逆に落とし前をつけさせてやる。それにいざとなったら引退届を出して
お前と2人でトウモロコシ屋をやろう。将棋のプロ棋士なんかよりトウモロコシ屋の方が
よりまっとうで真実の人生みたいだし、腹一杯おまえにトウモロコシを食べさせてやると言った
約束を果たせるからな」」
熊妹「お兄さん!」
410 :
名無し名人:05/01/30 15:36:36 ID:2TpRAieW
山岡「俺は熊坂さんが好きになったよ」
栗田「私も」
山岡「はて困った。島本さんとの約束を破ってしまったかな・・・」
栗田「島本さんとなんの約束をしたの?」
山岡「え、いや、ひええハニーバンタムは甘いなあ」
栗田「言いなさい。どんな約束をしたの!」
山岡「ふむ、俺も昔のトウモロコシの方が好きだな。味にコクがあったよな」
栗田「よおし!どこまでもごまかす気ね!待てぇ」