http://www.jttk.zaq.ne.jp/baags702/gou023.html 2000/11/13ある不倫の説話-中原誠と林葉直子-文責滝丸一兵
新潮45・5月号の中原誠さんの手記の内容を加味して書き直しました。
00年の中原誠手記発表の頃の芸能レポーター梨元勝さんの話では,
「中原さんが帰った後,毎回いろいろ片付けているうちに,
だんだん虚しくなってきたの」と林葉さんは言っていたらしい。
ここで、いろいろとは何か道具のことらしく、
道具とはたぶんSMの道具で,日本人には苦痛系のSMは
少ないそうであるから,たぶんロープとか手錠とか
拘束系の道具であろう(笑)。
林葉さんの98年のこの週刊文春不倫騒ぎの後で出した
セカンドヘアヌード写真集『SCANDAL』は、表紙でまず、
「Tバックのヒョウ柄パンティを食い込ませた尻を、
挑発的に突き出して」いるらしく、また「パンティを強烈に引っ
張って股間に食い込ませたり、目隠しのまま腕を縛ったソフトSM
に挑戦する」など「妖艶なメスを演出」しているらしい。
それが中原さんと林葉さんの関係におけるセックスの激しさを
予測させてしまったのである。
林葉さんは始め「先生には家庭があるから一番いい形で、
先生が私と会ってくれる、それだけで十分だった。」という思いであったらしい。
中原さんは林葉さんとの激しいSM混じりのセックスに
耽溺しきっていただろうし,林葉さんも「好き」と尊敬から
「私は日陰の女でいい。
あなたを一生守ってあげる…。
本気でそう思って」いたらしいのである。
また「バレないように、バレないようにって、
本当に祈るような気持ちでした。
記事にされると、相手の家庭が壊れちゃうじゃない。
それは絶対にいやだった」という気配りの中で疲れもしたらしい。