たしかに、生活できないからお金をくれ、出さないのなら将棋界にも、
家族にもばらすぞと脅している。
しかし、精神的苦痛も、仕事の機会を失った度合いも、
たしかに林葉さんのほうが大きいのである。
合計約1000万円を支払ったと言う中原さんは当然のことをしたのである。
中原さんは、林葉さんへの電話で、いくら必要なのかを尋ね、
その時「お金はあんまりないよ」と言ったら、「ひどい。
永世名人なんだから、あるでしょう」と言われたとぼやいているが、
これは往生際が悪い。
不倫した男の責任というものがあるだろう。
激しい性交の「快美な時」に飲み込まれたかわいそうな中原さん(笑)。
だが,どんなに甘美な「時」であるにせよ,
「時」は他動的に流れるしかないものなのだろうか。
林葉さんが中原さんに与えた慰撫にはとうてい敵わないが,
それも他動的な「快美な時」であったのだろう。
意識を裏返し,行動し,交流し,意識を裏返し,行動し,交流し,
何が何でも我の覚醒,知の建設,ジャックのように登る豆の木,
「目的意識の時」を作り出さずにはおくものかという決断が必要である。
中原さんは将棋という事物ではもう「目的意識の時」を創出できなくなっていた。
将棋が一番強いだけという初老の男が,林葉さんのような若くてそこそこいい女に
「快美な時」を贈与される幸運に我を失い,知を消し去って陶然とし,
おのれの人生を見失い、林葉さんの人生も誤導してしまったことこそ,
中原さんの本当の罪なのである。
その罪を償うには,林葉さんに貸した金を快く贈与し、「快美な時」をプレゼントしてくれた林葉さんに感謝
し、手記の最後に書いている「生きることは戦うことだ」を実行するしかないであろう。
ただし、それは林葉さんと戦うことではない。