腰が砕けた男は、その場に崩れ、がたがたと震えていた。
だが視線だけはシャキンから外さなかった。
(;'A`)「わ、わかりません。けど、強いですよ。あなたも相当お強い。
そこいらの剣士とは訳が違う。でも、その男も、ただの浪人ではない」
嘘を言っている風ではないし、騙そうとしているようにも見えない言い方だ。
目利きというのがどの程度か信用はできなかったが、会うだけ会っても良さそうだと思った。
(`・ω・´)「その男は何処に?」
(;'A`)「あたしの家にいます。あ、申し遅れました。あたしは薬屋のドクオといいます」
(`・ω・´)「ドクオさん。近い内に伺います」
('A`)「はい。お待ちしております。何卒、ごひいきに」
立ち上がり、深く頭を下げたドクオに背を向け、シャキンは歩き出す。
得体の知れない浪人たちがはびこり、その乱れた剣気に、にわかに町がざわめきだっていた。
五百両という懸賞金以上に、自分の名を売りたい者たちが多いようだ。
まずは自分で、強い者を探してみようと考えた。
見つからなければ、ドクオの言う浪人を当たってみればいい。
だが、誰と、何人と組もうが、最後にやつを斬り殺すのは自分の役目だと思った。
五年前から一時も忘れず、やつの殺意だけで生きてきた。
皆が兄を忘れ、記憶の隅に追いやる中、自分だけが兄を背負っていた。
今でも振り返れば兄がこちらに笑いかけてくる気がした。
背負っているのではない。縛られておるのじゃ。
シャキンに殺される直前に、荒巻が言った言葉だ。
心に響いた訳ではないが、兄の追懐と共に、どこからか響いてくるようになった。
呪詛のように、夜がやってくると、耳の奥で荒巻が囁くのだ。
夜猿ごと、全て絶ちきる。
生きるには、そうするしか無かった。
十四輪「愚連隊」
( ・∀・)「もうすぐ海だ」
松林に囲まれた道を抜けていくと、遠くに砂浜の盛り上がりが見えた。
早足で歩く癖が無くなっていたので、ここまで随分とかかってしまった。
小さな砂浜に、いくつか舟が座礁していた。
既に使われていないようで、手入れされておらず、藻が生えていた。
( ・∀・)「想像していたより、潮の臭いはしないだろう?」
海岸線を歩いて行く。
陽はまだ高く、ちりちりと耳の裏から肌を焦がしていった。
しばらく歩くと、岩礁がぽつぽつと見えた。
飛び移りながら沖の方を目指したが、上に乗れるほどの岩礁はすぐに途絶えた。
岩に当たる波が砕けて散り、袴を濡らしていく。
肌にじっとりと潮がつき始めた。
両手に抱えた壺をそっと隣に降ろし、岩の上に腰を下ろした。
尻が濡れたが、気にならなかった。
つーが死んだ。
五輪寺でつーの屍体を見つけた旅籠の女将が、モララーへ教えた。
確認した屍体は、確かにつーのものだった。
夜猿が町人を斬り殺したというのは、知っていた。
あのとき夜猿から逃げ回っていたのはモララーだ。
ただ、あのときつーが、あんなにも近くにいたことは、知らなかった。
知っていれば、走る道を変えていただろう。
いずれにしろ、モララーは夜猿から逃げ出し、逃げ出したことで、つーが死んだ。
一度拾った命を、また落とした。
( ・∀・)(全て失った)
士道も、友も、つーも、何もかもを失った。
ハインは否定してくれたが、今の自分は魂すらない木偶にしか感じなかった。
骨壺の蓋を取り、中の骨を手ですくう。
元々小さい体だったのに、もっと軽くなった。
手のひらの上で残っていた骨のかけらは、風が吹くと消えるように飛んでいった。
陽が高いにも関わらず、暑いとは感じず、光の眩しさもわからなかった。
最後につーとした会話は何だったか、思い出せないでいた。
思い出せるのは、屈託のない笑顔だけだった。
ハインも、つーも、記憶にある顔はいつも笑っているものばかりだ。
仏頂面の自分と居るときでさえ笑えるのだ。
あの二人に勝てるはずがない。
汚い仕事に手を染めたにも関わらず、ハインに気迫で負け、夜猿から逃げ出し、
つーを殺してしまって、まだおめおめと生きようとしている。
これを、木偶と言わずして何と呼ぶか。
木偶は悩まない。
ハインの笑い声が聞こえた気がした。
一つ、思い出した。
約束があった。
( ・∀・)(海、これも、そういえば約束だった)
こんなことになるなら、ハインと立ち会わずに、つーと海に行くべきだった。
そしてもう一つ、自分は約束していることがある。