8月11日、朝、某県警本部――
(´・ω・`)「昨日の死体、内藤ホライゾンの死因はわかったのかい? 」
( ゚∋゚)「出血多量のショック死で間違いありません。
本来ならば看守が見張っているので自殺を防いでいるのに、面目ありません」
(´・ω・`)「内藤は品行方正だったらしいからね。監視が甘くなるのも無理は無い。
事件から五年も経っているし、むしろ自殺したことの方が不思議なくらいだからな」
そう、何故死んだのか――大柄で垂れ眉の男、ショボン警部は頭の中で自問した。
昨日の突然の内藤ホライゾンの死が気になっていた。
何故死んだのか、あまりにも唐突で、不可解だ。
内藤の死体も既に見た。
不思議なことに、舌を噛み切るという痛々しい最期の幕引きを行ったのにも関わらず、内藤の顔は安らかだった。
苦しみから解放された、そんな印象を受けた。
そしてそれも、ショボンの頭から離れない不可解な点であった。
(´・ω・`)「この事件、確かずいぶんと刑の執行について争ったんじゃなかったかい?」
( ゚∋゚)「ええ、内藤の家族、両親だけですが、息子はそんなことする人物じゃなかったと主張していましたし
一家惨殺と言っても、実際に殺されたのは夫と妻と子どもの三人、死刑かどうかはギリギリでした。
それを、ニダーの親戚の方々がこぞって死刑を促したんです。あそこには腕のいい弁護士もいましたしね」
( ゚∋゚)「結局は、内藤の家族が不幸にも事故で亡くなられて、裁判は加害者側の弁護の勢いを失ってしまい
ニダー側の主張が通って、死刑になったんですけどね」
(´・ω・`)「そういえば、鑑識くん
確か5年前の事件でも不可解なことが無かったかい? 」
( ゚∋゚)「ええ、まあ。
正体不明の血痕が検出された金属バットがありましたね」
その金属バットは、内藤が殺人を犯した現場、すなわちニダー家の応接間のテーブルの上に置かれていた。
厳重なケースの中に収められていたので、よほど大事に扱われていたものだろうと推測される。
しかしバット自体はどこにでも売っているような平凡なもので、これといった特徴は無かった。
本来ボールが当たるべき場所でルミノール反応があった以外は。
内藤の犯行は明らかだったので、そのバットは怪しい点こそあったものの、鑑識が保管庫に入れたままだった。
事件も5年も前のものなので、今そのことを覚えているのはその事件を調査していたショボンくらいだろう。
(´・ω・`)「そのバット、もう一度調べられないかな。
どうも気になっていたんだ。初めて見たときから」
( ゚∋゚)「しかし今回の内藤の自殺は全く事件性の無いものですし。
上が許してくれるかどうか」
困り顔の鑑識を見て、ショボンはわずかに唸る。
(´・ω・`)「……難しいかもしれないが、少しでいい。
情報化社会も以前より発展したんだ。前とは違った情報が得られるかもしれない」
鑑識が了解し、保管庫へ向かうのを見届けたショボンは、ゆっくりと窓の外に目をやった。
昨日の晴天は今日にも継続されていた。
強い夏の日差しが、ショボンの体をこれでもかというほど熱している。
もうじき半世紀を生きたことになるショボンの目に、その光はあまりにも強すぎた。
バットだけじゃない、ショボンは心の中で呟いた。
ショボンは昔のことを思い出していた。
まだ自分が市警だったころだ。
D市の市警だったのは、もう二十年も前の話だ。
ショボンもまだ警察になったばかりで、犯人逮捕に躍起になっていた。
ショボンは未だに覚えている。
25歳のとき、自分は内藤と会ったことがある。
他の誰にも、もちろん警察関係者にも言ったことがなかった。
そもそも、そのときの内藤は一般市民であったからだ。
それから15年経ち、内藤が犯罪者として検挙されたとき、ショボンはどれほど驚いたことか。
昔見かけた善良な青年を、ずっとあとになって自分の手で逮捕することになるなんて。
さらに五年経った現在、内藤が死んだ今でも、その疑問は頭に残っていた。
彼の犯罪はきっと裏がある。
きっとあの謎の笑顔にも意味があるはずだ。
それをずっと知りたかった。
しかし本人である内藤ホライゾンは死んでしまった。
もう真実を知ることは難しいのだろう。
せめて一度でも面会していれば、と今更悔やんでも、ショボンにはどうすることもできなかった。
8月11日、夜――
ショボンは帰路についていた。
昨日のブーンの死はまだ世間で噂になっている。
関連した質問の電話も何本か対処した。
内藤は思ったよりも広く、世間に影響を与えていた。
けど、それが一風変わった殺人鬼としてであるということに、ショボンは心の奥で苛立っていた。
疲れた目線を足元に向けながら、ショボンは路地を曲がった。
「ショボンさん、お疲れ様です! 」
あと数歩で家、というところで若い声が掛かる。
ショボンは聞きなれたその声に気付き、顔をしかめて見上げた。
_
( ゚∀゚)
(´・ω・`)「ジョルジュか、いいのかこんな夜中に」
ショボンの家の玄関に佇む、にやにやとした青年。
ショボンは数年前から彼のことを知っていた。
_
( ゚∀゚) 「うちは基本的に放任主義なんで
それに今は夏休みなんで、試みに一人暮らししてますから」
14:第一話 ◆GIfZM2iQHE:2012/03/04(日) 00:06:09 ID:AIC9HsFA0
(´・ω・`)「そんなこと言っても、君は未成年だろう?
やはり気をつけてほしいものだね」
_
( ゚∀゚) 「ショボンさん相変わらずカタいですね〜。
そんなんだから奥さんに逃げられるんですよ」
(;´・ω・`)「別居しているだけだと言っただろ。
君、今日は何しにうちに来たんだ? 」
_
( ゚∀゚) 「ちょっと協力してもらいたいことがあるんですよ。
ささ、とりあえず家に入りましょう」
(;´・ω・`)「私の家なんだが……」
この青年、ジョルジュ君にはいろいろ話過ぎたようだ。
鍵を開けながら、ショボンはそう考える。
長く生きていても後悔は募るばっかりなのだ。
ショボンはそんなことも思った。
どことなく楽しげなジョルジュを引き連れて、ショボンは自分の家に入る。
妻が別居したのは3年前だ。
一人息子が中学へ上がるのと同時に、大喧嘩してそれっきり。
奇しくもその数日後に、ショボンはジョルジュに出会った。
2007年4月のことだった
ショボンのいる地域周辺で、ひったくり事件が多発したのである。
犯行はあらかじめヘルメットと手袋を装着して背後からバイクで走り一気に盗むもので、被害は増えるが捜査は難航した。
精神的に疲れていたショボンはなかなか捜査に身が入らず、いらいらを募らせていた。
_
( ゚∀゚) 「おじさん、手伝ってやろうか」
ジョルジュは突然現れて、ショボンに協力すると提案してきた。
当然ながらショボンは反対した。
マンガじゃあるまいし、まだ16歳の少年を捜査に参加させられるものか、と。
_
( ゚∀゚) 「それじゃヒント教えてあげるよ。
犯人が狙っているのは以前Eスポーツジムに通っていた中年女性ばかりで、全員家に犬を飼っている。
そして息子が一人だけいるよ」
あまりにも事細かにジョルジュが述べるものだから、ショボンも興味が湧いたようだ。
後日、ショボンは青年に言われた通りEスポーツジムを調べ、中年女性の何人かを調べた。
そして犬と息子の条件に合う人をリストアップし、刑事を張り込ませた。
するとあまりにも呆気なく、犯人逮捕に至ったのである。
Dスポーツジムで出会った女性と結婚したが喧嘩して別居になってしまい、腹いせに行っていたという。
犬も息子も犯人の妻が自分の家に持って行ってしまったらしい。
結局のところ、ショボンにとっては嫌な感じの事件だった。
それからショボンはジョルジュと出会い、いつの間にか様々なことを語る仲になっていった。
ジョルジュは時折ショボンの家に来ては、ショボンの捜査の助言をしてくれた。
その的確さに、ショボンは素直に感嘆していた。
ただ、初めのうちジョルジュは馴れ馴れしく話しかけてきていたので、敬語を使えとよく注意していたのだが。
新密度が増した頃に、ショボンはこっそりお礼としてずっと昔の事件調査の話をしてあげた。
昔あった大事件には、ジョルジュもよく興味を示してくれた。
ショボンはジョルジュに、自分の息子の姿を投影していたのだろう。
歳はジョルジュの方がやや上だが、大差は無い。
明るいジョルジュを世話してあげることに、ショボンは徐々に楽しみを覚えてきていた。
ジョルジュはなかなか富裕な家の子なのかもしれない。
ショボンは時々そう感じた。
身なりも整ってるし、家がそう近くは無いようなのに何の気なしにショボンに会いに来るからだ。
もちろんそれは事件があったときだけだが。
(´・ω・`)「最近は特に大きな事件は起きていなかったと思うが、何しに来たんだ? 」
_
( ゚∀゚) 「ええ、事件ではないんですが」
ジョルジュは「確かに」とでも言うかのように頷いた。
ショボンはジョルジュの話を静かに待つ。
( ゚∀゚) 「死んでしまった内藤ホライゾンについて話を聞きたいんです」
「内藤ホライゾン」という名前が、ショボンの頭の中で響く。
警察署内でも何度も頭の中で反芻していたその名前。
(;´・ω・`)「……どうしてあの男のことが気になるんだい? 」
ショボンは期待を込めてジョルジュに質問する。
自分でも何かがおかしいとは思っていたが、何故なのかはわからなかったからだ。
_
( ゚∀゚) 「明らかな矛盾というわけではないのですが。
内藤ホライゾンの死ぬ理由がわからないんです」
ショボンは頷く。「続けてくれ」という合図だ。
ジョルジュは訥々と説明し始める。
_
( ゚∀゚) 「内藤ホライゾンが事件を起こしたのは5年前のニダー一家殺人事件。
このときの犯行の動機もわかっていませんが、今は置いておきます。
内藤ホライゾンは長い間裁判に掛けられ、死刑はほぼ確定だった」
そうだ、ショボンは自分でもそのことは思い至っていた。
内藤ホライゾンは何をしなくても、そのうち死ぬはずだったのだ。
_
( ゚∀゚) 「内藤が死にたがっていたのであれば、何故五年間も生きていたのか。
またできる限り生きたかったのならば刑が執行されるまで大人しく待っていればよかったはずです」
(´・ω・`)「うむ、その不可解さは私も感じていた」
ショボンの感じている不可解さには20年前の記憶や死んだ後の笑顔も絡んでくるのだが
そこまではジョルジュも知らないだろうし、特に伝えることもないと思ってショボンは言うのを止めておく。
_
( ゚∀゚) 「さすがっすね〜、ショボンさん。
そこで俺からの提案なんですが……」
_
( ゚∀゚) 「調査しませんか? この事件」
一瞬、ショボンは呆気にとられていた。
(;´・ω・`)「……え!? 」
_
( ゚∀゚) 「いやあ、だって気になるじゃないですか。
こういうのは一度調査してみないと」
ジョルジュは事もなげに言う。
ショボンは残念そうに息を吐いた。
ジョルジュならば何か具体的な矛盾点を提示してくれる、そんな気がしたのだが、どうも上手くいかなかった。
(´・ω・`)「あのねえ、警察も暇じゃないんだよ
事件性の無い事柄に一々首を突っ込むわけにはいかないんだ」
( ゚∀゚) 「それじゃ、今度のショボンさんの休みのときに行きましょう。
それなら問題ないでしょう? 」
(;´・ω・`)「せっかくの休みを潰すというのかい? 」
_
( ゚∀゚) 「仕事が無理なら趣味で、ですよ」
ショボンは呆れた様子で、にこやかなジョルジュの顔を見る。
断りたいが、自分でも確かに気になっていたことではある。
内藤ホライゾンが何故死んだのか、何故死んだ後にあんなに安らかな表情だったのか。
ショボンは休みを取り戻すのを諦めて、ジョルジュに向き直った。
(´・ω・`)「いいだろう
内藤ホライゾンがどのような人物だったのか、ちょうど私も気になっていたところだ」
ジョルジュはあからさまに嬉しそうな表情をして「よっしゃあ」と叫んだ。
_
( ゚∀゚) 「ありがとうございます、ショボンさん!
それで、休みはいつになりますか? 」
ショボンはカレンダーを確認する。
遠ければいいのだが、とショボンは微かに願ったが、やはり思い通りにはならないようだ。
(´・ω・`)「明後日、金曜日が非番だね」
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8月12日(木)、午前10時頃――
鬱田ドクオは携帯を片手に地図を確認しながら、某県F市の街を歩いていた。
F市は県庁所在地であり、ここ数年で最も急速に成長した都市であった。
といっても、ドクオが今歩いている街路は都会の喧騒からだいぶ引き離されている。
かつては商店街であったところを改良してビル街にしようと試みたが、失敗したらしい。
全体的にコンクリートの鬱屈した雰囲気が漂っている、あまり足を踏み入れたくない通りだった。
今日は昨日までの晴天が崩れて曇り気味であることも影響しているかもしれない。
目的地はもう見えている。
周りの建物の間にすっぽりと収まった、うらぶれた細いビルの二階。
『モララー探偵事務所』――ガラスに貼ってある黄色い文字が見受けられた。
ドクオは二、三度地図の目的地と名前を確認する。
ここが目的地であるとわかり、携帯を閉じた。
しかし――あまりにボロい見た目に、ドクオは不安を覚える。
本当に大丈夫なのだろうか、という言葉が脳を過った。
妙に圧迫感のある薄暗い階段を上り、二階に辿り着く。
表で見たのと同じ文字が入口のドアにも貼ってある。
ドクオはドアをノックして、予約した者だという旨を伝え、返事が返ってきたのでノブを回した。
( ・∀・)「これはこれは、よくお越し下さいました」
入室してすぐに、ドクオに声が掛かった。
彼がこの探偵事務所を経営している男、モララーに違いない。
さっぱりとした男――それがドクオが最初にモララーに抱いたイメージである。
表も裏も無い、そんな直感がして、ドクオは少し緊張が解れた。
街の雰囲気や圧迫感のせいで、思った以上に肩が張っていたみたいだ。
モララーの机は窓を背にしており、もし今日が昨日までのような快晴ならば逆光で見えなかっただろう。
机の前には相向かいのソファ、その真中に透明なガラスのテーブルがある。
( ・∀・)「C市に在住の大学生であるドクオさんですね?
昨日予約された」
('A`)「ええ、そうです。
調べてもらいたいことがありまして……」
モララーはドクオを、扉側に設置してあるソファに座らせる。
それからコーヒーを取りだしてきて、テーブルの上に置き、ドクオの相向かいに座った。
( ・∀・)「まあコーヒーでも飲んで、詳しいことを聞かせてくださいな」
気さくに話しかけてくれるモララーに、ドクオはますます好意を抱いた。
一口コーヒーを飲んでから、説明をする。
('A`)「実は、先日亡くなったブーンについて調査していただきたいのです」
ドクオはあくまでも簡潔に、意味がはっきり伝わるように言った。
モララーはコーヒーを持ちながら動きを止める。
( ・∀・)「…………? 」
まるでドクオが理解しづらい発言をしたかのように、文字通り首を傾げるモララー。
ドクオは一瞬どうしてそんな目が向けられるのかわからず、それから一つ思い当たる。
「あっ」と小さく叫んで、ドクオは訂正した。
('A`)「先日亡くなった内藤ホライゾンについて調査していただきたいのです」
(;・∀・)「いやいやいや、チョイ待ち、まあそれもあるけどさ」
モララーは掌をドクオの前に出す。
彼が困惑していることはドクオにもわかった。
同時にドクオはがっかりする。
どうやら名前が一般に知られているものではなかったから、というわけではなかったようだ。
ドクオもまた少し首を傾げた。
(;・∀・)「死んだ人をどう調査するのさ? 」
('A`)「ああ、そういうことでお困りでしたか。 それは……」
答えを言おうとして、思考を巡らせるが、言葉が出てこない。
ややあって、ドクオは自分がその答えを知るわけがないことに気付いた。
('A`)「わかりませんよ。だからここにきたんです」
気まずい沈黙が流れる。
ドクオにとって、その嫌な感覚は小学生の時から訪れるものであったが、モララーにとってはたまったものではないだろう。
困っているモララーを見てそれを痛感する。
(;・∀・)「しかも君が言った、内藤ホライゾンって、あれだよね?
一昨日くらいに死んだ犯罪者。めっちゃニュース流れてた」
ドクオはまさにその通りというように肯定する。
モララーは暫く固まっていた 。
ドクオは昔から、自分が人との会話に向いていないことを知っていた。
今だって返事はしたものの、そこから自分で言葉を発する気にはなれない。
どれほど相手が言葉を見つけるのに困っていようと、相手からの言葉を待ってしまう。
このように、返答に困る相手の姿を見ることも多かった。けれど、それは決して気持ちのいいものではない。
できることならば会話は避けたい、コミュニケーションを避けていたい。
でも、今それは無理な願いだ。
どうしてもこの会話は続けなければならないのだ。
モララーに、ブーンの調査を依頼するということを必ず成功させなければ――
( ・∀・)「あのね、私は今まで調査って言われたらいろんなものがあったのよ」
ようやくモララーが口を開く。
( ・∀・)「家出した家族とか、不倫している夫とか、ストーカー見つけたり。
生身の人のドロドロしたところを見つけたりするのが多いんだよね」
('A`)「……あんまりやりたくない仕事ですね」
(;・∀・)「まあね、時々そう思うよ。そこまでストレートに言われるとちょっと辛いね。
君、ひょっとしてあまり人と話さないタイプ? 」
('A`)「ええ、まあ。友達いません」
( ・∀・) 「そっか…………」
('A`)「ええ…………」
再び訪れる沈黙。
もちろんドクオは望んでこの沈黙を戻したわけではない。
ドクオ自身焦ってはいた。
こんなにすぐモララーに断られてしまうわけにはいかない。
話を繋がなければならない、けどそれはドクオの最も苦手とすることだ。
嫌な空気を感じながら、ドクオはモララーの返答を待っていた。
幸いモララーは気を取り直して話を続けてくれた。
( ・∀・)「まあいいや。話を戻そう。
とにかく、依頼主ってのは自分のことを一番に考えていることが多い。
だから、死んだ人を調べたことはあまりないんだ。私もあまりしたくはない。
こんなこと言うのも悪いけど、あんまり実益がないような、そんな気がしちゃうんだよね」
モララーは申し訳なさそうに言う。
率直な感じ方がちゃんと伝わってくるモララーの話し方にはドクオも感心した。
( ・∀・)「だいたい、どうして死んでしまった人のことなんか調べようと思ったんだい? 」
もっともな質問だろう、ドクオはそう思った。
自分は傍から見れば笑顔の殺人鬼とは何の繋がりも無い一般市民なのだから。
ドクオはモララーの言葉に頷いて、頭の中を整理し始めた。
('A`)「昔、会ったことがあるんです。
その、内藤ホライゾンさんに」
モララーの眉がわずかに動くのを見て、ドクオは少し安心した。
興味を持ってくれそうだ――ドクオはそう感じて急いで言葉を繋げていく。
('A`)「僕はあの人と何度か出会って、思ったんです。
この人凄く良い人だなって。
あの人は僕に凄く優しくしてくれて、いろんなことを教えてくれたから。
どうしても、世間でいう殺人鬼のイメージと結びつかなくて」
ドクオは自分でもひどく感覚的な感想だと思ったが、モララーは特に批判することも無く聞いていた。
ドクオはつくづく安心して言葉を続ける。
('A`)「事件があったときは衝撃的でした。
あの人が犯罪をするなんて、とても信じられなくて。
それに名前まで違っていたし」
( ・∀・)「名前……ひょっとしてさっき言いかけた、ブーンって名前かい? 」
モララーが言葉を挟んでくる。
決して話の流れを切ったではない。ごくごく自然に割り込んできたのだ。
ドクオは落ち着いて返答する。
('A`)「はい。
僕が初めてあの人にあったときはそう名乗っていたんです」
モララーは少し考えている様子だった。
ひとまず一蹴されずにすんだ、ドクオはその安堵感を味わった。
( ・∀・)「じゃあその殺人をした内藤ホライゾンが、ブーンさんに良く似た別人だった、ということはないのかい? 」
('A`)「いえ、それはありません。
あの事件は僕がそのとき暮らしていた近くで起きたものですし、あの事件以来ブーンさんには会っていませんから」
( ・∀・)「B市の中で、君はブーンさんと結構近かいところで暮らしていたのかな 」
('A`)「はい」
('A`)「いきなり変な相談ですいません。
でも、僕は知りたいんです。
あんなに優しかったブーンさんがどうして犯罪を行ったのか、そしてどうして今になって死んだのか」
モララーはじっと考え込んでいた。
ドクオの説明はあまりにも簡潔で、感覚的で、不明瞭な点もあったが。
それでも内藤ホライゾン、もといブーンに対する気持ちを込めて言葉にした。
元々話すことが苦手なのである。説得じみた真似はできるわけがない。
ドクオは最初から気持ちで勝負するつもりだった。
ドクオはじっとモララーを見つめていた。
その目がだんだんと、面白いものを見たときの少年と同じような輝きを持ってくるのを、ドクオはしっかりと見ていた。
ふと、この人はどうして探偵になったのだろうという疑問がドクオに湧いてくる。
先程自分でもつい言ってしまったが、決して気持ちのいい仕事ではないはずだ。
それでもこの仕事を選んだということに、この瞳の輝きは関係しているのであろうか。
ドクオが色々と考えているうちに、モララーの方は意志が固まったらしい。
顔を上げて、モララーはドクオを向いた。
モララーは改まった口調になる。
( ・∀・)「だいたい、状況はわかりました。
本来ならこのような調査は行ったことが無いので、なんとも返答し辛かったのですが」
ドクオは無意識のうちに拳を握りしめて、モララーの答えを聞いていた。
それが緊張した時の彼の癖であった。
( ・∀・)「――私としても、とても興味深い事柄であります
あまり大した収穫は無いでしょうが、まずは5年前の犯行現場から調査していきましょう」
ドクオはモララーの言葉を聞き終わると、一気に呼気を吐きだした。
肩の力が抜けて、拳が解かれていく。
('A`)「ああ、よかった。
ありがとうございます、探偵さん」
本心から、ドクオは感謝の言葉を述べた。
調査はしてくれることが決定したので、ドクオは一安心する。
そして、これは出来たらでいいのだが、ドクオはもう一つの提案をする。
('A`)「モララーさん、あの……
できたらでいいんですが、聞いてほしいんです」
('A`)「僕も調査についていってよろしいでしょうか」
( ・∀・)「そうだねえ……」
モララーはドクオの顔を見つめて、何度か頷く。
まるで調べられているような気がして、ドクオは少しだけ緊張する。
それでもさっきよりはだいぶましだったが。
( ・∀・)「いいでしょう。
相手は死人ですし、ばれるとかそういうことは気にしなくていい。
それに……はっきりいって私の興味からくる暇つぶしみたいなものですから」
('A`)「暇つぶし……ですか。
なんかすいません。忙しいのに」
相手が少しでもマイナスイメージの言葉を出したら、つい謝ってしまう。
それもドクオの癖だった。
( ・∀・)「いやいや、謝らなくていいんだよ。
何もしていないだろう」
モララーはカラカラと明るく笑い飛ばす。
聞いてて気分が良くなるような、垢ぬけた笑い声だ。
ドクオもつられて、気がついたら口の端が微妙に上がっていた。
( ・∀・)「それに、ここはあんまり客が来ないからね。
私としても、この探偵事務所だけで生きているわけじゃないから」
ドクオは納得し、少しホッとする。
自分が迷惑でないとわかると人一倍嬉しかった。
一方で、別の疑問が湧いてくる。
('A`)「じゃあどうやって生活しているんです? 」
言いながら、ドクオは自分でも、今日は良く喋るなあと思う。
今までは誰かと一緒にいて、こんなに会話が続いたことはほとんどない。
まして自分から疑問を投げかけるなんて、母親にだって珍しいことだった。
モララーはそれほど話しやすく、気兼ねしない男だった。
( ・∀・)「ああ、普段なら適当にアルバイト見つけて稼いでるよ。
今はちょうど期限終わって、何もないけどね」
あっさりと、モララーは答える。
あまりに普通な態度で答えたので、ドクオは返答が遅れてしまった。
(;'A`)「え、それって……ちゃんとした仕事は? 」
( ・∀・)「ないよ」
今度はドクオが困惑する番だった。
(;'A`)「じゃあ……お金とか大丈夫なんですか? 」
( ・∀・)「できのいい兄弟がいるんだ。
大抵はそいつが何とかしてくれる」
その兄弟にとってはひどく迷惑な話だろう、とドクオは思った。
先ほどとは違う種類の汗が、次々と流れていく。
(;'A`)「あの、失礼ですが、おいくつですか? 」
( ・∀・)「今年で40かな」
その数字に、ドクオは呆気にとられた。
ドクオ年齢のダブルスコアよりさらに上である。
ドクオは、たとえ自分でなくても、返答しづらいに違いないと思った。
40歳になっても収入源は兄弟頼みだという、そのような生活が果たしていいものなのだろうか。
( ・∀・)「といっても、誕生日ははっきりとは知らないし。
兄弟も血が繋がっていないんだけどな」
('A`)「血が繋がっていない……ですか」
ドクオの言葉をきいて、モララーはにやっと笑う。
何故笑われているのかわからず、ドクオは目をぱちくりさせた。
( ・∀・)「いや、ごめんな。
お前みたいな反応はもうずっと昔から見てきてるんだ」
モララーは可笑しそうに笑う。
この時のドクオには、何故そんなに可笑しいのか完全に理解することはできなかった。
( ・∀・)「俺はな、記憶がないんだよ」
事も無げにモララーが打ち明かす。
いつの間にか、モララーの一人称が変わっていた。
ただの仕事上の関係から、ドクオ相手に打ち解けてきたということなのだろう。
ドクオはぽかんとした後に、その言葉の意味を理解する。
(;'A`)「記憶喪失……ですか? 」
( ・∀・)「おう、ガキのころの記憶がさっぱり無いんだ。
結構な歳になってからしか、思い出せないのさ」
('A`)「へえ……」
初めこそ驚いたが、ドクオはだんだんとモララーの発言に興味を抱いた。
記憶喪失など、聞いたことはあるが実際にそうなった人を見たことは無い。
元々人との接触はないが、ごく普通の人間でもそれは同じだろう。
( ・∀・)「俺は全然気にしてないがな。
むしろこうして一つは話題にできるから」
確かにモララーの口調からは記憶喪失であることを悲しむような感じは無い。
むしろ相手の反応を見て楽しんでいるようにさえ、ドクオには思えた。
それからも二人は話を続けた。
モララーはだいたい高校生のときに記憶を失って、拾われた。
モララーの兄弟というのは、彼を拾って育ててくれた家の人らしい。
年齢も恐らくモララーに近いのだそうだ。
モララーの名前は、拾われたときに着ていた服の裏に書かれていたもので、苗字まではわからない。
苗字が必要な時は拾ってくれた家の「分手」を使っているそうだ。
分手さんの家は山の中にあり、子どもを高校に行かせていなかった。
勉強はその家の主人が教えてくれて、モララーはそこの家の子どもと一緒に山の中で勉強したとか。
このように、会話は途切れることなく続けられた。
モララーの育った環境があまりにも普通とかけ離れていたので、ドクオは次々と質問をした。
まだ山の中での話しかしていないときであったが、モララーは強引に話を切る。
再びブーンのことに話が戻った時には、外で雨が降り出していた。
ブーンの調査は、明日、8月13日金曜日に早速行うことになった。
まず調べるのは事件現場から。
手掛かりなんてもう残されていないだろうが、犯行の状況を見ておくことは大事なことだ。
これがモララーの言い分だった。
探偵事務所を後にして、アパートに戻ったとき、ドクオは達成感を感じていた。
ブーンの調査をしてもらうことに成功したことを素直に喜んだ。
ドクオの頭の中にはモララーの飄々とした姿が映っていた。
ドクオにとって、とても好印象だった。
けれど――頭を振って、その姿を消す。
わかっている、これは指令なのだ。
ブーンの話をネタにして、モララーに接近すること。
それが8月10日の夜に、携帯で伝えられた指令だった。
('A`)「わかっているさ」
ドクオはそう呟く。
そして、同時に指令を伝えてきた人物の言葉が蘇る。
『今はまだ言えないが、そのうち説明する
その前にちゃんと接触するんだ。モララーと
ブーンのことに関する最重要人物なんだからな』
笑顔の殺人鬼、内藤ホライゾン、またの名をブーンというその男。
彼の死に関係して、四人の人物が行動を始めていた。
警部のショボンと、その付き添いの青年ジョルジュ。
指令を受けたドクオと、記憶喪失の探偵モララー。
彼ら四人の行動が
一人の男に纏わる、悲しい事実と、嘘を暴いていく。
そして事件は、これから始まるのである。
〜〜第二話へ続く〜〜
8月13日(金)、1時頃、A市――
探偵、モララーはスーツを着て、冴えない青年ドクオを連れてこの街に来ていた。
聞けば彼は19歳なのだという。
自分の半分以下であることに、若干驚いた。
自分の年齢といっても、それは一緒に暮らしていた分手マスという青年の年齢と合わせただけであり
実際の自分の年齢とは違っているのかもしれない。
そもそも記憶がないのだから、あまり気にしてもしょうがない、というのがモララーの持論だった。
A市内のバスに乗り、彼らが向かっているのは、かつて笑顔の殺人鬼内藤ホライゾンがニダー一家を殺害した場所である。
事前にA市の交番で聞いた話によると、ニダーの屋敷は取り壊されてどこかの金持ちがマンションを建設したという。
その人物は殺人事件があったことなど毛頭気にしていない人物なのだろう、モララーはそう考えると呆れてしまう。
たとえ自分が今暮らしている場所で、ほんの数年前に血だまりができていたとしても、何とも思わないのだろうか。
暮らしていける場所ならば、どこでもいいから綺麗なところの方がいい気がするのだが。
――でも山から離れたらどこも似たようなものか、そう思い至りモララーは苦笑いする。
('A`)「あの……モララーさん」
消え入るような声が聞こえてきたので、モララーはハッとする。
隣の席に座っていたドクオが話しかけていたのだ。
しかもそのおずおずとした様子からすると、どうやら長いこと声を掛け続けていたらしい。
('A`)「大丈夫ですか? さっきから一人でため息ついたり、笑ったり」
考え事をしながら表情を出していたのをドクオはしっかり見ていたらしい。
モララーは微かな恥を感じながら、それを掻き消して笑い飛ばした。
( ・∀・)「なあに、ちょっと考え事していただけさ
どうも昔から考えているといつの間にか表情が出てしまうんだよ」
('A`)「なるほど……なんだかモララーさんらしいですね」
ドクオの口が少しだけ緩んでいた。
モララーさんらしい、か――言われたモララーは頭を掻いた。
自分の性格はそんなにもわかりやすいものなのだろうか、昨日今日でわかってしまうほどに。
少しだけ考えたが、「わかりづらい」と言われるよりマシだと思い、モララーは満足する。
それにしても、この青年は変わりやすいな――モララーの思考の対象は自分からドクオに移る。
変わるといっても昨日探偵事務所に入ってきたときから、今とを比べてということだ。
正直事務所で話し始めたときにはあまり好感が持てなかった。
まるで人とコミュニケーションをとることを本能的に避けているように、モララーには思えたのだ。
ところが、今隣に座っている青年ははっきりと何かに向かっている。
事件のことだろうとモララーは推察する。
何があったのかは詳しく話してくれなかったが、この青年は内藤ホライゾン、ブーンのことを知りたいと強く願っている。
モララーはその姿勢が気に入っていた。
内藤ホライゾン、いや、ブーンと呼ぶことにしよう、とモララーは思った。
まだその謎については触れることはできない。
この、言うなれば5年後の現場検証で何かが見つかればいいのだが――
('A`)「モララーさん、もう着きましたよ? 」
ドクオが心配そうに声をモララーに掛けてきた。
モララーはまたしても考えに熱中してしまったので、ボリボリと頭を掻く。
昔からそうだ。少なくとも記憶があるうちから、モララーは考えすぎるとよく周りが見えなくなったのだ。
バスから下りて、そこで初めて外の景色に気付く。
F市と比べたら見劣りするが、某県北部の中枢的な役割を占める街だ。
モララー達が下りたのは駅からほんの数キロ離れただけの地点だが、それでも薄汚れたビルと街路が目立つ。
山育ちの影響か、ついついモララ―はそんなことばかり考えてしまうのであった。
当時の殺害現場、つまりニダーの屋敷は本当に跡形もなくなっていた。
情報を頼りに来ては見たものの、聳え立つのは高級マンションでしかない。
一度歩みが止まり、困ってしまったモララー達は、しかたなくマンションの周りを歩くことにした。
一応目は配らせておくのだが、やはりこれといったものは見当たらない。
やがて、歩き始めた地点が見えてこようとしていたときだった。
(*゚ー゚)
傘を畳んで持ち、マンションを見上げている女性がいた。
どことなく気品が醸し出されていて、育ちの良さそうな見た目。
年齢は20代後半か30代になりたてだろうとモララーは推測する。
('A`)「あの人、マンションに入らずにずっと見上げていますね」
ドクオが指摘して、モララーも頷いた。
どうも女性はマンションに入るために来たのではないらしい。
ただその場所を見に来ただけなのだろうか。
モララーが考えを広げているうちに、女性が二人の方を向く。
思えば男性二人にじっと見られているのだ。不愉快に感じたかもしれない。
モララーは咄嗟に頭を下げた。隣のドクオもそれに倣う。
女性はただ、にこっと微笑みかけてきた
( ・∀・)「あの、なんかすいません。こいつがじっと見ちゃって」
モララーはドクオの頭をくしゃくしゃにしながら言う。
(;'A`)「ええ!? いやまあ……うえぇ!?」
この青年は見た目からしてこういう状況が苦手なのだろうとモララーは思っていた。
あまりにも口が回らないドクオが惨めになってきたので、モララーは腕を下ろす。
( ・∀・)「いやあ、すまなかった。俺も見てたから気にしなくていいんだぞ」
(;'A`)「そういう問題でもない、と思いますけど」
(*゚ー゚)「ふふ」
女性が笑ったので、モララーもドクオもパッと表情を変えてそちらを向く。
それから、彼らは話し始めた。
自分たちが、ここで5年前に起こった殺人事件について調査していること。
特に内藤ホライゾンについて調べていることを。
出会いがしらに殺人事件の話をするのは奇妙だが、モララーは自然に話を繋げていった。
女性はひとしきり聞いた後、言葉を発する。
(*゚ー゚)「内藤ホライゾンさんのことはよく知っていますよ。
私の姉と関わりがありましたから」
その清楚な女性の名前はしぃと言った。
彼女もまた、3日前の内藤ホライゾンの急死について疑問に思っていた。
それでこの現場に来てみたが、何をするでもなく佇んでいるところでモララーたちに出会ったのだという。
(*゚ー゚)「もうちょっとしたら、このお花を道端に添えようと思っていたんですけどね」
そういって、しぃは手元の小さい花をモララーたちに見せる。
リボンの装飾がかわいらしいが、決して派手なわけではない。
( ・∀・)「献花、ですか」
(*゚ー゚)「ええ、そう。
もちろん、亡くなられたニダーさんと、その奥さんのためでもあるわ。
でも本当は、内藤ホライゾンさんのため」
( ・∀・)「そんなに思い入れがあるんですねえ」
(*゚ー゚)「いえいえ、私なんて面識がないので。
姉のためです。あの人、今は忙しいけど、きっとこれをあげたがってるだろうって思うんです。
だから私が、姉の代わりに」
(*゚ー゚)「あんまり仲良くないんですけどね。私と姉は。
価値観が違うというか、姉はすごく自由な人だから。
でも、根っこの方では同じなんじゃないかなあ」
言いながら、しぃはマンションを眼を細めて見上げる。
つられてモララーとドクオも見上げてしまった。やや自己主張の激しすぎるその相貌。
(*゚ー゚)「跡形もないって、まさにこのことですよね」
なんだか虚しそうに、しぃが呟いた。
(#・∀・)「全く、このバカでかいマンションなんか建てるから現場が無くなっちまうんだよ!
なあそうだろう、ドクオ」
(;'A`)「いやあ、でも殺人現場を5年間も残しておくのはまずいんじゃないかなあ」
(#・∀・)「いや、跡形もなくぶち壊すなんてひどい。
屋敷を屋敷としか見てないからそうなるんだ。
全く、こんなもん建てた奴をぶん殴ってやりたいよ俺は」
(*゚ー゚)「ふふ、じゃあぶん殴ってみます? 」
しぃがさらっと発した言葉に、男二人は「えっ」と言って固まってしまう。
面白そうに微笑みながら、しぃは話を続けた。
(*゚ー゚)「私のお父様なんです。このマンションを建てたのは」
(;・∀・)ヒソヒソ「い、今お父様って言ったぞ」
(;'A`)ヒソヒソ「驚くのはそこじゃないと思いますよ」
しぃの家系は古くから大量の土地を所有している富豪であり、しぃの父親は大型のマンションをいくつも経営しているそうだ。
しぃの父親は内藤ホライゾンに特別な思い入れがあって、彼が逮捕されたことも不審に思っていたらしい。
内藤の殺害が確定したことが受け入れられなかったしぃの父親は、腹いせにニダーの屋敷を買収、マンションを建設したという。
( ・∀・)「それで、その思い入れとは? 」
(*゚ー゚)「それはお父様本人に聞いてみてくださいな」
午後5時、A市郊外――
しぃが献花した後、二人はしぃに連れられた。
しぃの家には30分も掛からずに到着したのだが、そこには父親はいなかった。
父親自身は基本的に東京で暮らしているから、モララー達が到着してから使用人たちに呼んでもらったのだ。
しかしどうやらその父親は意外と遠くに出ていたらしく、ここまで時間が掛かっている。
その家の三階、高級ホテルのワンルームのような客室の窓から、モララーは曇り空を眺めていた。
普通ならそろそろ夕暮れ、紅色の陽光が人々を照らしている頃だ。
けれど今は光が届かないし、モララーの見る限りでは人もいない。
しぃの家の敷地内であるために部外者は中に入ることができないのだ。
この家の周りは鉄柵が囲っていて、入口以外から入ることは不可能。
その入口にも守衛が居るので、必ず家の人か使用人が付き添わなければ入ることはできない。
先程モララー達はしぃと一緒にいたので入ることができたのだ。
そういえばこの家はしぃの父親がしぃに人生経験をさせるために与えた家らしいが
果たして使用人つきの、しかも外界から隔離されたこの家でなされる経験はどういったものだろう、とモララーは考えてみた。
そして考えれば考えるほど、それは父親が与えたいと思った人生に過ぎないのだろうと思う。
別に非難しているわけではない。むしろ羨ましいくらいだった。
もう少し自分が若ければ、あまりの羨ましさに涙を流していたかもしれない、とモララーは思った。
(*'A`)「モララーさん」
ほんのわずかだが嬉しそうに、ドクオが呼びかけてきた。
この青年は長いこと感情をあまり表に出さない生活をしていたのだろうな。
そんなことを考えながら、モララーは振り向いた。
ドクオは二つあるベットのうちの一つで、布団にギュっと顔を押しつけていた。
どうも柔らかさを肌で感じているらしい。
思い切り肌をすりすりした後で、モララーの方を向く。
(*'A`)「僕、将来探偵になってみたいです。
こんな気持ちのいい布団で寝られるなんて」
(;・∀・)「……お前はそっちのベットだからな」
(*'A`)「うぃ」
ドクオは再びすりすりを開始する。
モララーは眉を顰めながら、頭をガリガリ擦った。
客室を用意してくれたのは意外だったが、特に断る理由も無いので二人は利用している。
特にモララーは、探偵事務所に用意してある敷布団がボロボロになってきていたのであまり使いたくなかった。
ふとドクオの敷布団は綺麗なのかと考えたが、綺麗と考えたくなかったので汚いと仮定しておく。
('A`)「モララーさん」
急に真面目な表情になって、ドクオが質問した。
( ・∀・)「ん? どうした」
('A`)「あの、つかぬことをお伺いするんですけど」
ドクオは少し言葉を迷っているようだった。
('A`)「どうしてこんなに真剣にブーンのこと調査してくれるんですか?」
(;・∀・)「……は?」
モララーには、ドクオの質問の真意がわからなかった。
だから疑問符をつけて送りかえしたのである。
でも、ドクオは首をかしげるばかりだ。
しかたないからモララーが言葉を紡いでいく。
(;・∀・)「なんでって、それがお前からの頼みだから、だろ」
('A`)「いやでも、全く知らない人なんですよ? 僕やブーンのことなんて。
それなのに、こんなとこまで来てくれて調査してくれて、いったいなんでかなって思って」
ドクオはごく普通に聴いているようだった。
それを普通と思えるのだから、やっぱりちょっと変わってるなとモララーは思った。
( ・∀・)「んー、仕事だからってのもあるけどさ」
モララーもまた言葉をいろいろと考えてみる。
なるべく自分の考えに近い言葉。
( ・∀・)「お前はさ、要はブーンのことが気になるから、調べている。
ブーンさんはホントは優しかったのに、どうして殺人なんかって」
ドクオは素直に頷いた。
( ・∀・)「そんなお前が依頼人。
だから、依頼された俺はお前を信じて、ブーンはいい人なんじゃないかっていう証拠を探す。
そしてどうしてあんなことやっちゃったのかっていう理由を見つけたい。
これが俺の頑張る理由ってとこかな」
ちょっと恥ずかしくもあったが、モララーの本心は実にこんなものであった。
('A`)「それだけですか?
たったそれだけで、あなたは僕のことやブーンのことを信じてくれるんですか」
(;・∀・)「な、なんだよいきなり。そうなんだからそうなんだよ。
こういう仕事はな、嘘をつかれることは多いけど、それでもな
依頼してきた人のことはひたすらに信じなきゃならないの。それが俺の立場なんだ」
ドクオはなんだか感心したような表情をした。
('A`)「やっぱりかっこいいですね、探偵って」
どうも気恥ずかしいので、モララーは、あーっと呻いた。
( ・∀・)「お前さんもいろいろ思うところがあるわけね」
('A`)「ええ、まあ……」
どうもすっきりしない返事が、ドクオから返ってくる。
やれやれ、とモララーは思ったが、不思議と嫌な気持ちにはならなかった。
結局のところ自分も似たようなものかもしれない、なんてことを考えていたのだ。
自分にしたって、はっきりしないことは多い気がする。飄々としているのは、それをうやむやにしているからだ。
だから、ドクオを強く責める気にはならなかった。
( ・∀・)「とりあえずお前はさ、自信もて、なんて無責任なことは言わないでおいてやるから
なるべく自分の考えを大事にしろよな。それって大切なことだぜ」
(*'A`)「はい!」
布団に顔をうずめるドクオを見ているうちに、階下で物音がするのに気付いた。
もちろん人はいるのだが、一段と動きだしたようなので、モララーは父親が来たのだろうと思う。
やがて客室の扉が開いて、しぃが二人を呼び出した。