>>320 108.後回し
状況証拠は揃っている。
問題はそれを受け入れるかどうかだった。
「誰かが助けたかもしれないじゃないか」
だれもいない灯台の内部に椎木のよく通る声が響く。
だが、声に出して言ってみても状況証拠は動かない。
鴨居から吊るされたロープは半ばで断ち切られ、空に静止している。
切り口はぎざぎざで、鋭利とはいえない刃物で無理やりに叩き切ったようだ。
踏み台が腹立ち紛れに蹴り飛ばされたか、隅のほうに所在無げに転がっている。
紙コップが2つ机の上に並んでいる。配布の食料の包装紙を剥いた跡も同じく2つだ。
しかしカバンは1つしか残っていない。
残っているカバンの中には見覚えのある狭山不動尊のお守りが入っている。
錦のお守り袋が持ち主の汗を吸ってか、一部に変色が見える。
痛ましげに椎木はその表情をゆがめた。
「気が変わったかもしれないし」
だがそれなら荷物が残っている理由がない。
星と藤原を追いかけるべきだ、杉山は今は諦めて次の放送を待てと判断は告げる。
「もう少し、探そう」
結局椎木は付近をもう少し捜索することに決め、灯台を出る。
外に出ると強い風が潮の匂いをはらんで吹きつけてきた。
暗い海に一瞬目をやり、その果てのない暗闇の向こうから押し寄せる波の音に
微量の恐怖を感じ取って、早々にその場を後にする。
島の南側に当たるこの付近は、この島の中では狭いながらも耕地が広がっていた
模様で、山麓に貼り付くような平野部分を耕してかつては生計を立てていた
農民がいたのかもしれない。
でも、この広さでは絶対食っていけてなかったよな、と椎木は思う。
予想だが、おそらく口止め料も含んだ多額の現金と引き換えに島からあっさりと
出て行ったのだろう。もっとも立ち退いた彼らもよもやこのような計画の
一コマとは思うまい。
取りとめない思考にやや意識が散漫になっていた椎木の目に、一面の暗闇の中に
動かない明かりが小さく見える。
納屋か何かだろうか。誘蛾灯に惹かれる蛾のように、ふらふらとその明かりへと
椎木は足を向ける。そして自分に言い聞かせるように、小さく呟いた。
「ここでも手がかりがなければ、諦めて引き返す。いいな、引き返すんだ」
不機嫌な顔の水田は星野に言った。
「後ろ手に縛るのやめてもらえません?」
目つきには剣呑さが混じる。怖い顔で凄まれている。
そりゃそうだよなあと星野は思う。
「まあ、わかるけどさ。大沼があれだろ?」
「やから、俺は何もしてないし、しませんって!」
「しっ!叫ばないでくれ、大沼が起きる」
その声に大沼が居るほうをじっと見つめるが、特に動きはない。
「後ろ手じゃあ確かにやりにくいよな。でも解くと大沼がまた何し始めるか
分からないんだよなあ」
「せめて前で縛るように変えてもらえません?水も飲めへん」
水田の懇願に星野はそれもそうだとひとつ頷くと両の手を縛った紐を解いて行く。
縛り直す星野の手を眺めながら水田は少し考える。
(今なら、暴れれば星野さんも大沼さんも殺れる)
水田の視界には紐を縛り直す星野の両手が映る。縛り直していた手を止めて星野が
顔を上げる。どこか笑っているようなへの字眉毛、陽気で馴れ馴れしく感じるほどに
お節介で、だが疑うこともなく親身になって心配している声が、まなざしが水田を
まっすぐに見つめている。
「痛くない?大丈夫?手首とか肘とか痛めたら大変だし」
「いや……別に」
「やっぱりもうちょっと緩めとくよ。ある程度自由が利かないと辛いでしょ」
星野の縛り方はもうほとんど申し訳程度になっている。抜けようと思えばいつでも
縄抜け出来そうだった。
「形だけってやつですか?」
「大沼を刺激したくないしね。気分悪いかもしれないけど大人しくしてくれよ」
結局大人しくすることにした。よく眠れるとは思わなかったが眠りが欲しいと思った。
見透かしたように星野は水田に提案する。
「疲れてるなら休んでて構わないよ」
「別に、疲れてなんていませんよ」
「目の下、ごっついクマ作ってる。人相がやばい。前科持ちですって顔になってる。
どう見ても働きすぎって感じよ。いいから大人しく先に休みなよ」
「そうします。疲れてるような気ぃしてきました」
いや。何かを延期しようとしているのかもしれない。
そう水田は思ったが、自分が何を延期しようとしているのかは分からなかった。
あいつ、何をしたんだろう。屋根裏で眠る水田がいる方向を星野は見上げる。
「やっぱり、殺してきたんだろうなあ……あれは」
大沼は明らかに動揺を通り越してパニックを起こしかけていた。
星野が止めなければ、そして水田が大人しく武装解除に応じなければ、
何も考えずにこの場で最後の1つの火炎瓶を放り投げたに違いない。
星野がなんとか踏み止まれたのはひとえに自分は先輩だという矜持のおかげだろう。
それでも、最初にこの納屋に入ってきたときの水田の目つきの剣呑さと、
纏う空気の荒んだ感じは星野を脅かした。今でもだ。
星野は両腕に抱えた玩具のAK47をじっと眺める。
本当によく出来た玩具だった。この場で水田の武器を捨てさせることに
それで成功したわけだから、玩具様様である。
武器を回収し、怯える大沼を向こうへ押しやり、そして水田をようやく寝かせて
一息つくと、今後のことで頭が痛い。
「でも確認して、下手に刺激するのもあれだよなあ。ヤブヘビってやつ?」
嫌そうに、恐る恐る上を見る。
「結局気がつかないフリでシラ切り通すのが一番安全……かなあ」
寝ている間に寝込みを襲うとか。ふと物騒な考えが思い浮かぶ。
「無理無理、絶対無理、武器もないしそれに返り討ちにされそうだし」
ふとした思い付きを星野は想像しようとしたが返り討ちに遭うところしか
想像できなかった。
一人で動物園の熊のように、困った困ったとぐるぐる歩き回る星野の背後で
扉がするすると音を立てて開いた。
「おーい、星野か?」
「ひっ!」
振り向いた星野が空気とともに悲鳴を飲み込む。開いた扉の向こうで、
体格のいい男が砲身の長い銃を担いで立っていた。
「よくわかるもんですね」
水田は椎木を正視しようとしない。椎木もそれを特に指摘するつもりはない。
「明かりが漏れてる。見つけてくださいって言わんばかりだ」
「見つかりたいのかもしれませんよ。星野さんは探し人がいるようでした。
まあ、大沼さんがぶるっちまって動かないようですがね」
呆れ気味な水田の言い方は生意気な後輩のそれで、椎木はにやりとした。
その手の口撃は椎木もよくやる性質だ。
「大沼らしいな」
「何の用です?」
水田が初めて椎木の額あたりに視線をやった。呆れ気味の気配は失せて、
こちらの出方を窺おうとする警戒心が滲んでいる。
「まずは、そうだな。杉山を、スギについて知っているか?」
その名前を聞いて、芝居がかった笑いを水田が漏らした。
ひとしきりくつくつと笑った後、睨みつける。
「殺したと言ったら?」
水田の顔に笑みが浮かぶ。
さしずめ、地獄の薄ら笑いを浮かべるジャック・ニコルソンといったところだろう。
椎木はホラー映画のワンシーンを思い出す。
「そない言うたらそのデカイ銃で俺の頭を吹っ飛ばします?チーズみたいに
穴だらけにでもします?」
ジャック・ニコルソンならもっとふてぶてしいな。そう、こんなに傷ついた
小動物のような反応はしないだろう。
「落ち着けよ」
「落ち着いてます」
どこからどう見ても捨て鉢になっているようにしか見えない水田を宥めるが、
どれほど効果があったのかは不明だ。
ただこの反応から見て杉山に直接手を下したという訳ではなさそうだった。
だが、問題なく生きているのならこれほど取り乱しはしないだろう。
「別に取って喰おうってんじゃない。スギの安否を確認したいだけでね」
ゆっくりと椎木は水田に語りかける。ともかく敵意はないことを伝える。
そして、叱責するつもりもないことを伝える。話をするというのが目的なら、
責め立てては余計話が出来なくなる。椎木の経験則だった。
「途中まで一緒だったが、目を離してしまったのが痛恨事だったよ。
見殺しにでもしたのか?」
見殺し、その言葉に水田が一瞬、大きく目を見開く。何かを叫ぼうとしたか
唇が少し動いたが、表情はすぐに唇を噛んだ渋面に置き替えられる。
「図星か」
水田の表情が変わるのを目聡く見つけて椎木はそう小さく呟いた。
むっつりと水田は黙り込んだ。不貞腐れた態度が疑いを肯定していた。
「ああ、そうさ。助けなかった」
「……何故」
短い椎木の呻きは、水田の癇に障ったようだった。
「何故って!あんなん無理やった!」
明らかな動揺ぶりに椎木は水田の内心を推し量ろうとする。
「助けたかったのか?」
「別に」
だが水田は不貞腐れたような態度に戻り、椎木の憶測を妨げるように黙り込んだ。
白けたような沈黙が二人の間を行き交う。
(面倒だなあ)
椎木は口にこそ出さないが顔を曇らせる。
意地を張っている水田も、とりあえず杉山に対しては悪意があったようではない。
だが、黒瀬を殺しているのも事実だ。
(いっそ、撃つか)
その思考に手の平に脂汗が吹き出る。
(ただ、このたった一発の弾丸を喰らわせる相手として、こいつは適当か?)
緊張感が漂う沈黙だった。触れれば切れそうなほど張り詰めた空気がこの
狭い空間を支配している。
それは水田と椎木の意地のぶつかり合いだった。
「なあ、しばらく止めにしないか?」
長いにらみ合いを経て、ようやく椎木が口を開いた。
「何を」
「お前が今、誰かを殺さなくても事態はそう変わらん。今から24時間だけでも
停戦っつーと大袈裟だが、しばらく手を抜いてくれないかってことだよ」
「ふん……」
「まあ考えてくれよ。今更お前が張り切らなくてもいいってのは分かるだろ?」
「甘いですね」
「そうか?俺はそうとは思わないが」
「撃てばよかったんですよ。殺らへんかったこと、後悔するかもしれませんよ?」
話は終わりとばかり椎木は立ち上がる。
「返事してませんよ」
「追々考えてくれればいいさ。24時間は考えていられる」
梯子に足をかけ、一段下りてから上に声をかけた。
「ああ、それと。これな、弾、一発しか入ってないんだな。とっておきの
一発なのさ。お前に使うにゃ勿体無い」
そう言い残すと椎木は梯子を降りていった。
一人取り残された水田は呟いた。
「いけすかない」
不機嫌そうに鼻を鳴らして横になる。考える時間も休息を取る時間もまだ十分にあった。
目を閉じると睡魔はすぐに訪れた。
【残り28人】
新作西口!
虚勢をはる水田の姿が切ないよ……
椎木も星野もなんだかんだで優しいな
hoshu
364 :
代打名無し@実況は野球ch板で:2008/09/17(水) 15:42:59 ID:ChM8kRcUO
あげ
猫氏しんさくおつ!
毎度毎度すごすぐるw
ほっしゅ
捕手
367 :
代打名無し@実況は野球ch板で:2008/09/19(金) 02:05:45 ID:87r51CpP0
1
>>368 乙です! これは嬉しい
頑張って書こう……
お待たせしてて申し訳ありません
書き手の一人より
北京バトロワ・・・書いてみたい気もするけど自分文才ないからなぁ
ビリバトとか見てて思ったけど
複数球団の選手を動かして書くって難しいな
>>371 アテネが止まったまんまだから北京も難しかろうw
複数球団バトロワで、ビリバトだけが今でも稼働してるのが奇跡みたいなものだ
ビリバトは好きなシーンがある
読んでみたいけどなあ
やっぱ書くほうとしては難しいんですね
複数球団の選手がうまく絡み合ってるネタを見るとおおっ!って思う
職人さんにも贔屓の球団があるだろうに、それに偏ってない書き方をしてることに感心するというか
難しいだろうにね
375 :
代打名無し@実況は野球ch板で:2008/09/21(日) 20:17:03 ID:ZYzDoEILO
荒れそうだから早めあげ
保守
ほす
378 :
代打名無し@実況は野球ch板で:2008/09/24(水) 01:09:26 ID:jc8ynnvd0
1
保守
ほ
保守
保守
保守
384 :
代打名無し@実況は野球ch板で:2008/09/30(火) 22:44:16 ID:JqdHgaMkO
2
>368
今更ですが見ました!ありがとうございます!
動け俺の手…!
見守るスレ いつのまにか落ちたな
保守
>>385 待ってますから気長に書いてください。
保守
保守
ほほす
ほ
檻バト止まったゃったね保守
>>356 109.スタンド・バイ・ミー
「まじかよ……こんな」
暴かれたのは無残な現実だった。
空虚で殺風景な本堂の畳の上に放置された凄惨な遺体、そんな現実を受け入れ
られない思いがそのまま呻き声として片岡の喉を震わせる。
ぎこちなくふらふらと近寄ろうとするが、酸化しはじめた血の臭気が瞬間
鼻についたような気がして、顔を背けて足を止める。近寄ろうとしながらも
どうしても近づけず、腰が抜けたようにへなへなと片岡は床に座り込んだ。
無意識に呼吸が荒くなり、鼓動がつられてテンポを上げた。
次第に片岡の脳内で何かが氷解していく。
つまり、これが今の自分に突きつけられた現実という奴なのだ。
くそやくたいもない現実とかつて自分が嘯いて理解していたはずのそれは、
実際はただ理解していたつもりでしかなく、本当はひとかけらも理解して
いなかったのだ。
友達を、こんな形で喪うということが、こんなにも身を切られるような思いが
するということを、かけらも理解していなかった。
「なんで……俺は生きてるんだ?」
「待て!」
片岡の動きに西口が危険を感じたのか、行く手を遮るように腕を伸ばす。
だがその手は空を切った。一瞬早く片岡は制止をすりぬけて、夜闇の中へ
駆け出した。
ただ駆ける、駆ける、駆ける。
――風になればいい、みんな死んでしまえ、どうせみんな死んでしまうんだ。
――死んでやる!綺麗に、完璧に、正しく死んでやる!
「あ、山茶花」
細い路地を行く目に映る赤い花に、中島が足を止め声を上げる。
つられて佐藤友も足を止め、花の色に目を細める。
「いや、椿か。どちらかだな」
「どっちなんですか?」
「枯れればわかる。椿なら首から、山茶花なら花弁が一枚一枚枯れていく。
死んではじめて、自分が何ものであるかを悟るってね。
ところで、この向こうって禁止エリアだよな」
「うん、もうなってますね」
「こっちの集落は危険かもな。後で和田さんに言ってみよう」
無理に話題を変えたような不自然さが不吉な感覚をもって中島の心に影を落とした。
ひたひたと迫る不安感に、変わった話題に無理に乗る。
「結局おりませんでしたね。収穫と言えそうなのはそのPSPくらい」
点々と残る血痕を辿り、付近を捜索したが発見したのは荷物を整理した跡なのか
PSPがあるだけ。中島の手に渡してある。
「いいのか悪いのか。星を見逃してるくらいだし、余裕がないのは確かなんだがな」
「星、大丈夫なんでしょうか?」
「どうだかな。星の体力次第だろうな」
「戻りますか?」
会話が途切れたその隙間に異音が割り込んだ。誰かの叫び声のようだ。
ためらいなく佐藤友の手が銃把を握り、つられて中島も銃を探る。
「ナカジ、それ、弾込めてるか?」
「……いいえ」
「じゃ、しまっとけ。意味がない」
闇の向こうからアスファルトを蹴る足音がかすかに届く。誰かがこちらに走ってくる。
威嚇の為に一発撃っておこう。佐藤友はそう判断し闇へ向けて構えるが、
それを制止するかのように、人の叫び声が足音に被さった。
「とーーめーーてぇーーーーーー」
どこか間延びした叫びだった。
即座に銃を仕舞い振り向くと、中島が既に斜め後ろの位置でバックアップに
ついていた。正面に目を向けると、暗闇の向こうから人影が飛び込んでくる。
早い。
片岡か?と疑問に思う間があったかどうか。ともかく進行方向をブロックした
佐藤友を、片岡は佐藤友の左側へ抜けようとする。
その動きに対して左側へと重心を動かしたその動きを待っていたかのように、
片岡の右足が強く地面を蹴り、急角度で逆へ回りこむ。
フェイントに引っ掛けられたと軽く舌打ちしつつ、左足を踏ん張ろうとする。
「っ、待て!」
痛む踵に行動の遅れができる。その遅れだけで十分と、片岡は佐藤友の右を抜き、
飛び出した。が、中島に止められる。
「放せよ!」
「はーなーしーちゃーーだめーーー」
間延びした叫びが向こうから聞こえる。
「放すな!」
「わかってる、暴れるから!」
片岡の右腕をつかんで中島が力任せに引き寄せ、取った腕を固めようとする。
引き寄せる力に呼吸を合わせ中島の懐に飛び込むと、左肘を打ちつけた。
「!」
まともに顎に入った肘に目が眩んだ中島の手が緩む。片岡は緩んだ手を振り解くが、
佐藤友が後ろからその肩を捕まえる。
「そっちは禁止エリア、――!」
厳しい警告の声を無視して、片岡は無言の後ろ蹴りを喰らわせる。
いきなりのローブローに佐藤友は脂汗を流して地面に崩れ落ちた。
悲鳴を上げる余裕もない。
再び駆け出そうとする片岡に中島が足をねらって後ろからのスライディングを
敢行する。足をとられて地面に転がった片岡はすぐに跳ね起きようと手足を動かすが、
それより先に中島が地面に押さえ込みようやく取り押さえる。
「助かる!」
叫びとともに遅れて西口が現れる。
ぱん!と小さな乾いた音とともに片岡の両頬を両手で挟むように軽く叩くと、
そのまま両手で両頬を包むとじっと見つめる。
「落ち着いてよ。ほんまにもう」
西口の声には安堵と心配が色濃く現れているが、ともかく片岡を捕まえたことに
安心したのか少し日に焼けている地黒の顔は柔らかい表情を見せている。
「……――ひっく」
片岡が泣き出した。
派手に泣いている片岡を中島が面倒を見ているのを横目に、ようやく痛覚から
解放された佐藤友が西口を訝しげに一瞥する。
「説明してくれます?このままじゃ蹴られ損です」
明らかに不機嫌な表情を認めて、困った顔で西口が片岡を見ると、まだ中島が
宥めている最中だった。
「パニック起こして飛び出しよったんやわ」
片岡が落ち着くまでの時間で充分だろうと西口は判断して話し始める。
「それは見たらわかります。何でああまで取り乱したんです?」
「死体探しさ。さんぺーのね」
さらりと西口が口にした言葉は確かにああまで取り乱す理由には成ると思ったが、
わざわざ探した理由が解せず、訝しげな眼差しがよりきつくなる。
「いきなりで刺激が強すぎたんかな」
他人事っぽく茶化しながらも目は真剣だ。
片岡を試しているな、佐藤友はようやくそのことに感づく。
「ここにあるものは本物なのか贋物なのか。ヤスは本物に気がついた。気がついて
しもたなら、それによって何か変わるかもしれんし、あるいは何も変わらん
かもしれへん。ピエロになるかヒーローになるか、さてどないするかな?」
「鍛えるつもりですか?」
「まあ、こっちの事情やね。はよ使いもんになるようにせんと共倒れになるから」
「訳アリですか」
「そういうこと」
前途に立ちはだかる障害を思い、自然に会話が途切れる。
「化けなかったらどうするんですか?」
答えを求めた問いではないが、佐藤友の問いに西口は答えなかった。
振り返り西口の横顔を睨んでみるがその表情はいつものように飄々とつかみ所が
なく内心を読み取ることは出来ない。
仕方なく正面に視線を戻し、片岡と中島が落ち着くのを待つことにすると、
直ぐに二人とも現れた。
泣いていた片岡の目は充血し、泣き止んだばかりの顔はいまだにゆがんでいる。
「俺は、止めさせる。絶対に止めさせるんだ」
そう宣言すると、ひっく、とまたしゃくりあげる声が漏れた。
西口はいつものように笑みを口の端に上らせてそれを見ているが、その表情が
一変するのは片岡が頓狂な調子で膝を叩いて叫んだからだ。
「そうだよ、あのままじゃ可哀想だ」
「ちょっと、ヤス、置いてかんでよ」
何かを思いついたらしい片岡がいきなり踵を反し、来た方へと駆け出していく。
西口の存在をすっかり忘れたかのような行動に、慌てて片岡の後を追って
西口も駆け出していってしまった。
「どうする?」
嵐のように現れて去っていった二人組みを見送って佐藤友は中島に尋ねる。
「友亮さんは?」
「行ってみるかな。気になる」
「気になるのは一緒です」
決まりとばかり、二人とも彼らの後を追った。
息を切らせ駆ける暗い道のりは別段行きも帰りも変わりあるわけでなく、
暗闇に時折ともる街路の灯りを頼りにひた走るアスファルトの路面に乾いた足音を
高く響かせるが、ただ目に映る風景のその黒は変わらずとも、駆け抜ける想いの
色合いに変わるものがあるのなら、その差に受け取る感情は変容するだろう。
変容。西口が片岡に望んだそれは今、確かにそこにあった。
変容。誰も望まなかったそれは今、栗山の精神を食んでいる。
寒々しい程に静まり返った本堂に闇が色濃く漂う。
夜明け前、空気は肌を刺すほどに深々と冷えて、静けさに拍車をかけているが
冷えた空気でも誤魔化せない、かすかに鼻が嗅ぎ取ったのは死臭だろうか。
音も立てずに闇の中で闇色の影がそろりと蠢いて、とん、と軽く何かを投げると、
ぼっ、と音を立てて燃え上がった炎は、ガソリンと火薬と煙と煤の臭いと共に、
形容し難い、否、したくない蛋白質の焦げるような臭いを伴って周囲を明るく
切り取った。
炎の明暗の中、照り返しを受けて半身を朱の色に揺らめかせ、延びた影が
ゆらりと動いた。
人の気配をさせていない。その様は幽鬼。地獄より這い出づるあやかし。
「クリ!」
片岡の声は悲鳴に近い。
幽鬼の気配を揺るがせて、栗山は少し困ったように首をかしげた。
「見られたくはなかったんですが、しゃーないですね」
中島が僅かな躊躇いの後、確認するように簡潔に問う。
「クリ、ちゃうよな?」
「いや。――俺が、殺したんです」
煙と煤と胸の悪くなる臭いに息苦しさを感じて喉のあたりを無意識に押さえる。
寄せる熱気と寒気が渦を巻き、明暗の翳りがゆらゆらと波紋のように揺れた。
佐藤友は銃を握る。栗山の告白に衝撃を受けなかったわけではないが、
結局自分が今出来ることはそれだけだ。
だが、片岡にとっては衝撃をそのままに叫ぶ。
「なんで殺したんだよ?」
能面のように硬く、およそ表情の窺い知れない彫りの深い面が憂いを帯びて俯いた。
憂い顔の彫像のように固まっている栗山にたたみかけるように片岡は問い詰める。
「お前それでいいのかよ!みんな死んじゃっても、いいって言うのかよ!」
「ひとつ、このゲームが早く終わるように、定数に達するまで殺す。
ひとつ、生き残るために全力を尽くす」
片岡の問いを聞いていないのか答えたくないのか、言葉はまるきり違うことを囀り
眼差しは炎の揺らめきを虚ろに反射する。
栗山の様子に言葉を失い、中島は立ち竦む。思いの丈を口に出そうとしても
それら全てが届かない、届かないと分かってしまうから立ち竦む。
立ち竦む中島を差し置いて、片岡は、それでもなお叫ぶ。
「俺達さ、友達だったよな。なのになんで、なんでここに居ないんだよ!」
栗山が俯いた面を上げる。
表情は当初の硬さを取り戻し、取り付く島のない冷厳さを漂わせた幽鬼の腕が
ゆるりと上がる。右手の先に握られた鋼が炎を反射してぎらりと禍々しくも
鈍く光り、殺意を強く匂わせた。
お喋りの時間が終わったことを感じ取った西口がシャベルを無言で握りしめると
栗山の挙動に意識を集中し備える。
次の挙動で、栗山がこちらを殲滅にかかるのは明らかだった。
そして中島と片岡が戦えないのもほぼ明らかだった。
「死んでもらえます?」
栗山の言葉に片岡がよろめくように一歩下がる。届かぬ言葉の虚しさに肩を震わせ
無力感に打ちひしがれながら、残酷な事実を知った。
もう一緒には居られない。栗山とも、中村とも。
【残り28人】
400 :
代打名無し@実況は野球ch板で:2008/10/06(月) 20:41:56 ID:yoDq1pJf0
400
ほ
猫新作乙!
片岡、栗山、中島、中村、みんな今年大活躍だもんなあ……
そう考えると尚更胸の痛むやり取りだ
404 :
代打名無し@実況は野球ch板で:2008/10/10(金) 07:15:31 ID:Av8+duwoO
ほ
保守