プロ野球バトルロワイアルの統合スレです。投下場所としてお使い下さい。
※統合を強要する訳ではありません。
ご使用は各バトの判断にお任せ致します。
**作品投下ガイドライン**
職人トリップの前に所属バトを表示
例:億205◆cZJuOTmaac
当該バトの前回投下分をアンカーで結び、タイトル表示
例:
>>2 『タイトル』
― 本 文 ―
バトロワSSリレーのガイドライン
第1条/キャラの死、扱いは皆平等
第2条/リアルタイムで書きながら投下しない
第3条/これまでの流れをしっかり頭に叩き込んでから続きを書く
第4条/日本語は正しく使う。文法や用法がひどすぎる場合NG。
第5条/前後と矛盾した話をかかない
第6条/他人の名を騙らない
第7条/レッテル貼り、決め付けはほどほどに(問題作の擁護=作者)など
第8条/総ツッコミには耳をかたむける。
第9条/上記を持ち出し大暴れしない。ネタスレではこれを参考にしない。
第10条/ガイドラインを悪用しないこと。
(第1条を盾に空気の読めない無意味な殺しをしたり、第7条を盾に自作自演をしないこと)
リアルタイム書き投下のデメリット
1.推敲ができない
⇒表現・構成・演出を練れない(読み手への責任)
⇒誤字・誤用をする可能性がかなり上がる(読み手への責任)
⇒上記による矛盾した内容や低質な作品の発生(他書き手への責任)
2.複数レスの場合時間がかかる
⇒その間に他の書き手が投下できない(他書き手への責任)
⇒投下に遭遇した場合待つ事によってだれたり盛り上がらない危険がある。(読み手への責任)
3.バックアップがない
⇒鯖障害・ミスなどで書いた分が消えたとき全てご破算(読み手・他書き手への責任)
4.上記のデメリットに気づいていない
⇒思いついたままに書き込みするのは、考える力が弱いと取られる事も。
文章を見直す(推敲)事は考える事につながる。過去の作品を読み込まず、自分が書ければ
それでいいという人はリレー小説には向かないということを理解して欲しい。
>>1 乙
懲罰鯖移転とは……
野球観戦から帰ってきたらいきなりスレ落ちてたんでびっくりした
いちおつ
新作期待保守
11 :
代打名無し@実況は実況板で:2008/04/18(金) 01:06:16 ID:3aMdALVq0
ho
まめに保全
>1乙
捕手
ほしゅっとな
ほしゅ
16 :
代打名無し@実況は実況板で:2008/04/20(日) 10:30:20 ID:q/Vxe3JZ0
g
17 :
代打名無し@実況は実況板で:2008/04/20(日) 21:15:00 ID:GPF0dea+0
虎バト新作きたー!
ほほほ
保守
億バト新作期待捕手
ほしゅ
オリバト最新作見る前にスレ落ちてもうた。
23 :
代打名無し@実況は実況板で:2008/04/23(水) 23:47:41 ID:pvp4cKQ60
bt
保守るよ
ほ
v
ほ
hosyu
29 :
代打名無し@実況は実況板で:2008/04/27(日) 03:39:57 ID:m6GB6i170
hosyu
30 :
代打名無し@実況は実況板で:2008/04/27(日) 15:27:17 ID:paImpR7RO
保守
補習
32 :
代打名無し@実況は実況板で:2008/04/29(火) 09:03:54 ID:lpEw2wIKO
保守
新作期待ほす
ほしゅ
ホシュ
>1さん乙です。早速使わせて頂きます。
102.夜を彷徨う
ゴルフコースの上には誰もいない。ただ一人、張をのぞいては。
暗い足元を懐中電灯の心もとない明かりで照らしながら、ゆっくりと足を進めている。
西からの季節風は相変わらず張の頬を冷たくし、低い風鳴りの音を時折伴って、強く吹く。
「いた……」
船を運転できるかどうか。船はどこにあるか。
それらの要素を探す為に、そして何より気まずい別れ方になってしまった許と
話し合う為にどうしても会いたい。会って話をしなければ何も始まらない。
だから、張は許を探し、出会った場所であるゴルフ場付近に来ていた。
剥き出しになった暴力の、その破壊の爪痕ははっきりと残されている。
足元に横たわる東と小野の遺体は寒風の元、もう凍えることはない。
陰惨な光景は、注意深く隠され忘れ去られるように細工されてきた、
世界の根源に宿る暴力性を無残に暴き出す。
偽りの平穏は脆くも崩れ去り、日常の陥穽は足元から破壊する。
陥穽より薄皮一枚、その下に封じられてきた世界の暴虐と矛盾が、
生贄を求めて彷徨う悪霊の群として甦る。
悪霊の求めるままに生贄に差し招かれた二人は無言で張に問いかける。
君はこのゲームでどんなプレイヤーになりたいんだ?
「許しちゃいけないよな。こんなの」
張は自分の怒りがまだ錆び付いていないことを確認した。
彼らだけではない。張は泣き出すのを堪えるように顔をぐしゃっと歪めた。
首輪から発せられた電子音、あの甲高い音が鼓膜の奥にこびりついて離れない。
え?と、短い呟きを残して、何も状況が分からない顔で、呆気なく長田は死んだ。
自分の軽率さが長田を殺した。
黒岩に掴みかかった自分の軽率さによって、長田は見せしめよろしく殺された。
その借りを返す。
「忘れるな。この怒りを忘れるな」
だから何とかしなければならない。武器も、ある。
右肩にかけたカバンの重み、スターリングmk2が頼りだ。
武器の使い方は知っている。
問題は訓練ではなく本当に人を撃ったことなんてないことだ。
張は目を閉じる。構えたサブマシンガンの掃射が黒岩を、表情の読み取れない
兵士たちを薙ぎ払うところを想像する。
サブマシンガンは軽やかに唄い、
トマトソースをぶちまけたような真紅が唄に呼応する。
無慈悲な鉛玉を全員にお釣りが来るほどに叩き付け、
不細工に腸をぶちまけた木偶どもは操り糸を失ったように、
地面にバタバタと崩れ落ちる。
死に切れない黒岩がうめきながらこちらを睨みつける。
憎しみに満ちた視線を跳ね返し、
その額のど真ん中、
ど真ん中に銃弾を浴びせる。
錐を通したような穴が空き、
一瞬遅れて血がどくどくと流れ出す。
悪党には似合いの色。
そのまま地獄に落ちろ、下郎!
無意識に止めていた呼吸をする。大きく息を吸い、大きく息を吐く。
空気の中の深夜の気配が、肺を満たして肺から出て行く。
脳内の光景はただの妄想で、現実の光景はここに撃つべき敵はない。
現実と妄想の落差、眩暈さえ起こしそうなギャップ、その二重写しを楽しむ。
「できる。大丈夫だ」
イメージトレーニングは完璧だ。後はその舞台を整える。
そのために、許に会いに行くべきだ。ただ、許は……
(お前らさ、教えてくれないかな?許さんの言ったこと、本当なのかどうか)
死者は何も答えない。ただ喪われてしまったと、それだけを張に伝える。
(俺は歩き出せるだろうか?許さんの所へ、真実へ)
強い風が吹いた。低い音が悲しげに鳴り響き、ゴルフコースを駆け抜けた。
誰かが一人死ぬたびに、心に穴が空いていく。
空いた穴を震わせながら、悲しい音が鳴り響く。
きっとこの穴が埋められることはないのだろう。
「行こう。真実を知るには、ここに居ても仕方ない」
強い風が吹いた。悲しい音は止まない。
悲しい音は止まない。木々の梢が悲歌を奏でる。
ざわざわざわわとさざめきわたる、真っ暗暗い森の中。
(こんな闇夜の森の中、よくやるよ)
自嘲半分、自棄半分の苦い笑いに口元を曲げて、白く吐息を昇らせる。
そんな苦笑いを浮かべても、今しなければならないことがあるから、許はここにいる。
――昔聞いた話が本当だとすると、多くの監視装置によって我々は見張られている。
――監視装置を探し出し、場所をマーク。余裕があれば破壊する。
そのために、監視者たちの目につきにくいと思われる夜に行動を済ませなければならない。
明かりも必要最低限だ。目立ってはいけない。
闇夜の森の中を彷徨する。もし監視装置を設置したなら、その痕跡は残っているはずだ。
こんな登山道を離れた森の中なら尚更。
とはいえ、だ。許は呼吸を整える。
山中の道なき道を行くのは相当に骨の折れる作業で、足元を踏み外しヒヤリと
したことなら数度のみならず、斜面を滑り落ちたのも……一度ある。
滑り落ちた斜面の下で許はユニフォームの泥をはらった。
ケガはない。まだやるべき事があるのだろう。
前方にいきなり開けた場所を見つける。何本か木を伐採した跡のようだ。
(場所どこらへん…この辺りかな)
滑り落ちたせいで場所の把握が曖昧だが、地図を眺めて見当をつける。
監視装置の類がありそうな不自然な空間に収穫を期待して、許は懐中電灯の
明かりを頼りに落ち葉をかき回し捜索するが、予期せぬ痕跡にその手は止まった。
血痕だ。
派手に出血したらしく、血だまりと言った方がより正確という有様だ。
その量は致命傷を想起させ、許の表情は曇る。
血痕の一部に凝集がある。ここで血を流したのは一人ではないらしい。
ここで何が起こったのだろう?許の脳裏を嫌な憶測が巡る。
血はボタボタと南へと続いている。血痕を辿ると途中で放り出された二人分の
荷物を見つける。拾い上げると意外と重みがあり、許は少し躊躇ったが二つとも
左肩に担ぐと再び血痕を辿るが、どれほども行かないうちに前方に倒れ伏した
人影らしきものを見つけた。
刺激しないようにゆっくりと近付くが、ぴくりとも動かない。
駆け寄ろうとした許の足が、躊躇いがちに止まる。
もしこれが罠であるなら。一人が一人を殺し、そして死んだふりを……
(考えすぎだ。俺が来ることを知らなければ、そんなことはできない)
考えすぎだと思いつつも、警戒を緩めることは出来ない。ゆっくり近寄ると、
二人の身元が知れた。松川とG.G.佐藤だ。膝をつき、息を確かめる。
(松川は、ダメか。G.G.も……いや、生きてる)
G.G.には息がある。ただ、深くはないがざっくりと切れた背中の傷はどうだろう。
未だじくじくと流れている血を止めるのが先決。許はそう判断し、ユニフォームの
上からまだ開いたままの傷を押さえつける。
(重要器官は傷ついていなさそうだ。出血さえ止まれば)
傷に触れられた痛覚にG.G.が呻く。
「帆足を…頼む……松川が……頼み…どうか……、間に合って」
混濁した意識で懇願される。
「しっかり、傷は浅い」
「……松川が、治してやらないと」
「落ち着いて、動かないで。大丈夫、平気、任せて」
動こうとしたG.G.を止めて、手当てを続ける。
幅の広い切り傷は背中を横一線に切り裂いている。手で押さえるのでは傷が
広すぎて間に合わない。
包帯代わりに巻きつけるものを探して、申し訳ないと思いながらも松川の
ダグアウトジャケットを脱がせて巻きつける。
(傷は深くないが、止血が間に合うか?意識にやや混濁あり。おそらく既に
1?程度は出血してしまっている。体重の8〜10%が血液でその3分の1から
2分の1の出血で死ぬとされているから、G.G.なら2.5?あたりから致死量だ。
ただ、実際は数値に個人差が大きい。……頼む、間に合え)
このまま安静にしていれば多分出血は止められるだろう、そう願いたい。
許は自分のダグアウトジャケットを脱ぐと寒気に震えているG.G.に掛ける。
お陰で自身が寒そうに両腕を抱える破目になるが仕方ないと首を振る。
G.G.の様子が落ち着いたのを見て、松川の傍に寄る。
腹を撃たれて既に絶命している。血で赤く染め抜かれた白いユニフォームに、
やり場のない悲しみが込み上げる。
また、救えなかった。
黙祷する。自責の念に似た申し訳なさが込み上げ、悲しみに胸が詰まる。
それでも何かを振り解くように許は目を開ける。今は悲しみに暮れる時ではない。
拾ってきた、おそらくこの二人のものであろう荷物を確認する。
中には見慣れた自動小銃、M4が入っている。榴弾発射機、M203付きだ。
40mm榴弾が何発あるだろう?自分がやろうとしている破壊工作を考えると、
これは必要な駒になるかもしれない。
ただ、どうしようもなく人手が足りない。
(張がいればなあ……居たら居たで揉めるか)
あの気まずい別れ方になってしまった後輩はどこの空の下だろう?
この島のなかで、まだ生きていてくれればいいのだが。
西風が夜を運ぶ。夜明けにはまだ遠い。
【×松川誉弘(48) 残り31名】
>39が一部文字化けしてますね、すみません。
?はリットルです。
以前のスレに投下した分はおいおい保管庫のほうに再投下します。
それでは再びよろしくお願いします。
ひとまず保守
新作乙です。
やはり駄目だったか、松川……
台湾コンビとGGの未来が気になります
乙です。松川の願いが届きますように…
ho
46 :
代打名無し@実況は実況板で:2008/05/05(月) 02:39:25 ID:2nYHp7vTO
ほ
ほ
48 :
代打名無し@実況は実況板で:2008/05/06(火) 18:02:26 ID:Mh1uTQNOO
ほしゅ
億バト新作期待ほしゅ
億バト、SB・楽天連合がどうなったのか気になる・・・
ところでdat落ちした章ってどこで見られる?
ho
見守るスレおちた・・・
hoshu
ho
hohoho
ほしゅ
想像もできないような出来事があるとスレが急激に増えるからヤバイ
職人ガンバレ保守!
drk
hoshu
61 :
代打名無し@実況は実況板で:2008/05/11(日) 20:28:39 ID:E32ltwrx0
b
ho
ほ
【118】涙より速く走れ
さくさくと小気味良いリズムで、枯葉に埋もれた道を踏んでゆく。
暗闇に目を慣らしておいたお蔭で、夜の木立の中でも何とか見通しが利いた。これなら夜明けまでに少しは距離を稼ぐことができるだろう、と考える。
だが、森の入り口からいくらも行かぬ内、黒田はその足を止めた。
意識を凝らすまでもない。すぐ傍の藪の中から、突き刺さるような視線を感じた。
(先周りされたか、やっぱり)
鋭い風切り音がして、反射的に身を翻す。小さな石くれが帽子の鍔を掠めて飛んで行った。フェイク。
しまった、と思った時には、既に相手の気配が背後にあった。
振り返らず、走り出すその一歩を踏み出す一瞬前、後頭部に硬く冷たいものが突き当てられた。
動けば、撃たれる。
張り詰めるような沈黙、そして―――
黒田は前傾していた体をゆっくりと起こして、言った。
「靴、もう見つかっちゃいましたか」
「お前の手口なんぞお見通しだ」
後頭部に銃口を突きつけたまま、野村が応える。
「戻れ、クロ」
「嫌です」
「聞き分けろ。お前はこれからのカープに必要な人間だ。死なせる訳にはいかん。まして人殺しをさせる訳にもいかん」
「それは野村さんも同じや。俺が行かなかったら、野村さんやる気でしょう」
押し当てられた銃口が、ほんの僅か震えた。
「クロ、」
「俺は」
遮る声が思わず強くなる。
互いに思うことは同じだと分かっていた。
無意味かもしれない。愚かなことかもしれない。それでも、果たさずにはいられないのだ。
佐々岡を屠った清原、そして、緒方を奪ったこのゲームへの復讐を。
「俺は…いつか広島を出てく。それが、今です」
野村が何か言おうとしている。違う、か、やめろ、か。言葉にはならず、ただ深く長い吐息が聞こえた。
振り返らぬまま、黒田はゆっくりと歩き出す。俯いて動かない野村を置いて。
やがて早足になり、全力で森の中を駆けた。
走れ。もっと速く走れ。体がばらばらになるくらいに速く。
この涙が零れ落ちる前に。
裏口のドアを開けると、壁によりかかる人影があった。
「西口…」
いつのまに起きていたのだろう。正気に返ったのかと思うや否や、頭がことりと横に傾く。
乾いた唇が微かに動いた。
「みんな、そうだ」
掠れた小さな呟きは、やけにはっきりと耳に響いた。
「みぃんな、勝手なこと言って…死んでく」
「……」
野村はドアの向こうを振り返る。
黒田が去った森には、まだ明けぬ夜の闇が広がっていた。
【残り45名 年俸総額99億8900万円】
お久しぶりです。
話数等々ちょっと自信がないので、保管庫収納までに訂正します。
乙です
黒田(ノД`)
乙です。
黒田・・・・
頑張れと言いたいけど、言えない・・・。
hosu
乙です
みんな悲しいな、思いが分かるだけに
>>36 103.赤い林檎に唇寄せて
M67に触れる。ポケットに突っ込んだ涌井の右手の中、りんごに似た形をした
手榴弾は丸い滑らかな鋼の感触をその右手の皮膚に伝える。
いざとなればこれに頼れる、りんごの形の手榴弾。何故こういう形状なのかは
よくわからないけれど、別に間違ってはいない。ただ。
(りんご、かあ)
その中心に誘い込むような形に、涌井は何とも言えない微妙な不快感を感じる。
それは球体であり、それと同時に中心に向けて孔が空いている。
吸い込もうとする形、それに涌井は不快感を覚える。
(放っておいて欲しいよねえ)
吸い込み、捕らえ、離さない、その引力の芯、飛び出したはずなのにまた捕らえられる、
永遠にこのリングを回転し続ける、その中心は虚ろ。
よく知られた創世神話を連想する。
楽園にて人間が、悪魔に唆されて食べてはいけない知恵の実を食べた。
神に背いて知恵の実を食べた二人は神の楽園から追放された。
(どうみてもワナです。本当にありがとうございました)
本当に食べてはいけないものなら手の届くところに置いてはいけない。
わざわざ手の届くところに置いておいて、引っ掛かったのを見計らって罪だと宣告する。
意地の悪い奴だと思う。きっとその性格はドSに違いない。
知恵の実を手に入れて、人は自然にはない技術を生み出した。
手の中のりんごの感触は冷たい。知恵はこのりんごを生み出す技術を人にもたらした。
(知恵。自明を疑う事。当たり前に挑むこと。己を取り巻く全てに挑むこと)
何故そうしないの?何故、そうしなかったの?
悪魔に唆されでもしたように、今まで疑問に思うことさえもなかったことを問う。
りんごの引力が僕を捕らえて離さないから。
りんごの引力の芯に懐かしい光景を垣間見て、そっと涌井は目を伏せる。
最前列で声を枯らせて名を叫ぶ母の声。
媚を含んだ上目づかいで見つめる少女の赤い唇。
貧乏くじを押しつけ続けた悪友の日に焼けた頬。
涙ぐましい努力でやる気のない生徒相手に授業をする教師の怒り顔。
りんごは炸裂する。
(まあだから、これで人が死んでも僕のせいじゃないよっと)
帆足の背中を見つめる。血に染まった肩の赤錆色が生々しい。
これが有る限り帆足は折れないだろうが、もう一押し、意地にさせておきたい。
「帆足さん!やっぱりやめましょうよ」
「済ませてくる。待ってろ」
帆足のすげない言葉に対し、涌井は無言で不満げな気配を全身で表した。
「見られたくないんだ」
「それでも放っておけません」
煽りつつ、かつ、追い払われないようにしなければならない。
追い払われては武器も寝床も手に入らないし、疑われても厄介だ。
怪しまれない程度に、涌井ははっきりと意思を伝える。
帆足はそれに対しやや五月蝿げにした。
「拘る理由、ワクにはないだろう?」
拘る理由はない。だが拘りたいのは何故だろう?考え込むように涌井は黙る。
その答えは曖昧な形で何となく心に浮かんでいたが、改めてそれを言葉で掴む。
人がその、ぎりぎりの場面で何になろうとするのか、それを見たいのかもしれない。
松坂健太はその場面で、それでも憎悪に身を任せるのを拒んだ。そして死んだ。
帆足和幸はその場面で、果たしてどうするだろう?
涌井秀章はその場面で、それでも掴みたいという思いを貫いたのだけど。
初志貫徹。いいことだ、それ自体は。涌井の口元に微笑が浮かぶが、それは
帆足には見えなかった。
「宮崎さんは、謝りたいって言ってて、でも帆足さん、僕が見張ってないと
問答無用って感じなんですもん」
帆足は口を噤む。何かを言うことをあきらめたのかもしれない。
涌井から視線を外すと、目的地の方角を眺めて沈黙する。
坂の上にある家は、この位置からでもよく見える。
「強襲する」
どうやら、どのようにして中に入るか思案していたようだ。
あえて表の道路沿いではなく、裏側にあたる家と家の間を忍び歩く。
通り道があるわけではない。静まり返った庭、軒先、ブロックの上を、
遊び盛りの子供のように、猫のような動きで軽やかにすり抜ける。
遠目に、人の出入りがあった。場所ははっきりしないが、目的地の方向だ。
誰かはよく分からない。心拍数は跳ね上がり、擬音がどきりという文字として
涌井の心に浮かんだ。
そんな筈はない。だが、そうでもおかしくない、全くおかしくない。
なぜならその人は、絶対に自分の予想を超える人なのだ。超えるべき人なのだ。
心に湧き起こる畏怖と期待、めったにないことに涌井の血が騒ぐ。
深呼吸をする。心拍数を調える。夜の闇とともに酸素を吸い、細胞を酸化させた
残りカスを吐きだす。
誰かが出て行くのに、帆足も気付いていたようだ。表の道路を行く物音を
聞き届け、十分に離れただろう時間を見計らい再び先を急ぐと、ようやく
目的地に辿りつく。
家を囲む低いブロック塀を乗り越え侵入する。
縁側のある古い作りの広い家だ。縁側に面した庭に、丸みのある緑の葉を茂らせた
常緑の低木が繁茂している。そしてその緑色に囲まれるようにして、錆の浮いた
物干し台に錆の浮いた物干し竿がさしてあった。
帆足は涌井を振り返り告げる。
「これ以上は近付いてくれるな。流れ弾が当たるかもしれないし、危険だ」
これ以上近寄ることを帆足は許さないつもりのようだった。
だから涌井は下がった位置で大人しく見物を決め込んだ。
(さて、帆足さんは撃てるのかな?)
涌井の視線の先で帆足が銃をとる。構えそのものは、さまになっている。
縁側に面したガラス窓が閉まっていることを確認すると、一発銃弾を撃ちこんだ。
普通のガラスは白く澄んだ高音を発して簡単に砕け散る。派手な銃声を被せられ、
ガラスの割れる密かな高音はかき消えた。
反撃を予想して帆足は地面に伏せる。しかし反撃はなく、畳を踏むかすかな音
だけが誰かの接近を知らせている。
「帆足か?」
静かな声が来訪者の名前を呼ぶ。暗がりに沈む影は、まさしく宮崎一彰のものだった。
仇敵を撃てとコルトガバメントは主張する。
冷静に帆足は彼我の距離を測る。怒りで何も考えられなくなる程に動揺するだろうかと
怖れてもいたが、いざこうして遭遇すると、思いのほか冷静だった。
ただ、血が凍るほどの憎悪がある。
「なら?」
宮崎はここから見る限り素手だった。だが、どこかに武器を隠しているかも
しれない。
反撃を受けずに、かつ確実に仕留められる距離まで近付く。
これはかなりの難問だ。
帆足は細い目をさらに細くして、相手の動きを注視する。
触れれば切れそうな緊張感、ぴりぴりとした空気に盛んに神経が危険信号を送る。
絶対零度の敵意を受けて、宮崎は努めて静かな声で帆足に告げた。
「君は俺を撃つ権利がある」
【残り31名】
ほ
ほしゅ
新作乙!
ついに因縁の二人が出会ったか……
さて、これからどうなるかな?
ご無沙汰しております。
dat落ちで読めない状態になっている作品を含め、最新作までを取り急ぎ保管庫へ格納し
ました。
保管庫・作品ともに仕事が遅くてすみません。
>>職人諸氏
訂正依頼などありましたら、職人専用掲示板までお願いします。
作品を投下してからそちらにも顔を出させていただきます。
猫バト新作乙です!!
とうとうこの2人が出会うことに
待ちに待ってたました!!でも今後を思うと・・・・
>>79 大変乙です、保管庫管理、ありがとうございます
億バトが続いているのがありがたいです
hohoho
shushushu
84 :
代打名無し@実況は実況板で:2008/05/18(日) 21:49:36 ID:DjDmgyYV0
b
ho
86 :
代打名無し@実況は実況板で:2008/05/19(月) 21:42:28 ID:6g3VKzE5O
☆
保守!
ほす
hosyu
ho
捕手
92 :
代打名無し@実況は実況板で:2008/05/24(土) 00:19:42 ID:VbS2DFdm0
ho
hoshu
新作期待ほす
96 :
代打名無し@実況は実況板で:2008/05/26(月) 23:30:01 ID:NDEDsEOo0
b
虎バトも燕バトもおちたよ ほしゅ
やっぱりシーズン中は保守難しいな
最悪、落ちつくまではここのスレで全バトやったらどうだろ
職人さんが投下しやすい状態でやるのが一番だけど…
>>72 104.嵐(tempest)
冷気が忍び寄る。冬の夜の冷気が足元を脅かし、涌井は両手をポケットに入れる。
白い吐息の向こうで、宮崎の言葉を受けた帆足は表情を依然変えずにいる。
空間を凍らせる冷気が止まない。
「へえ?」
無音の空間に、小馬鹿にしたような返答が帆足の口から発せられる。
「弁明の類でもしてみたらどうです?」
俺を撃てという宮崎の言葉にも、帆足は怒りを抑えることはなかった。
冷やりとする憎悪を露にし、宮崎に弁明を促す。
「わざとじゃなかった」
宮崎は両手は空だといいたげによく見えるように手のひらをこちらに向けてひろげている。
ガバメントを構えたまま、土足で縁側を踏み、帆足は一歩詰める。
「わざとではない。ならばなぜ穣を撃ったんです?」
「争っているように見えたんだ。言い争い、今にも武器を振り回すように見えて、
止めようと思ったはずだったんだ。それなのに、振り返った帆足と穣の、目が合って。
その手の武器が、銃の鈍い色と包丁の白い色が。
怖かったんだ、俺には。もう撃ってる奴がいて、長田も土井コーチもあんなことに……。
ただ怖かったんだ、そして臆病だったから」
絶対零度の怒りが揺らぐ。より危険なほうへ。
「すまない、謝って……」
「謝って済むとでも?それで済ませられるようなものなら!」
「それでも、謝るしかない。それ以外にできることなどない」
宮崎の謝罪にも聞く耳持たぬとばかりに、消え入りそうな語尾に重ねて
帆足は謝罪をすげなく切り捨てる。
その怒りを受けて宮崎は幾分語調を強め、謝罪の意志を伝えようとしたが、
言葉は得られない。ただ、不気味な哄笑が湧き起こる。
帆足が哂っているのだ。
「誰に?本当に償わなきゃいけない相手はここに、いない」
冷たい怒りが始めて熱を帯びた叫びになる。無の空間を焼ききる激しいフレアが
噴き上げ、叫びが、喉をふるわせる。それは悲鳴のようにも聞こえた。
「もういないんだ!穣は死んだ、お前が殺したんだ、不意打ちで俺を、穣をやった!」
瞬間の激昂、叫びが夜を焼く。だが熱はあっという間に冷える。悲痛な叫びは今はもう
背筋を寒くするような哂いにすりかえられて、そこには不敵なほどの悪意がある。
「撃て。それで気が済むならそれでいい。言い訳はできない」
宮崎が両の手を頭の後ろで組んだ。帆足の哂いが消える。二歩近付くと、無言で
狙いをつける。
両手で構え、サイト越しに胴体を捉えて、一発。
ドンッという発砲音と、重い反動が腕から肩へ伝わる。反動を押さえ込もうと意識したか、
弾はそれて畳の床に着弾し、煙が一筋立ち昇る。
「よく狙えよ」
「たまたまです」
さらに一発、もう一発。排莢された45ACPの空薬莢がコトンコトンと畳に転がる。
反動で腕が揺れても外さないだろう距離にも関わらず、弾は畳を撃ち続ける。
「当ててくれよ。生きて償えるとは思っていない」
「言われなくとも!」
再び狙いをつけようとした手が震える。アイアンサイトが相手の胴体を捕らえて
いるのに、腕を固定できない。目を背けたい。
「撃てよ!今、撃たなければ、何のために穣は死んだんだ!」
切り裂くような痛みがあふれる。アイアンサイトが歪んで見えるのは陽炎のせいではない。
興奮に目元に涙を滲ませ、それは一筋流れ出す。
がむしゃらに引き金を引く。連続して4回の発砲音が響く。
ぱちんと音をたててスライドがロックされ、引き金がテンションを失う。
弾切れだ。
「弾が、出ない……」
小さな力ない呟きが闇に放られる。
「帆足…」
在らぬ方を撃ち続け、弾切れになったコルトガバメントを手に抱え、
がくりと帆足は膝をつく。
かける言葉も見つけられず、宮崎はくずおれた報復者の震える肩を、
困惑と同情と申し訳なさが混じった複雑な表情で眺める。
「どうして」
水滴が畳に落ちる密かな音を伴い、滂沱の涙が頬を濡らす。
「どうして俺は!」
慟哭が胸をつく。かける言葉など見つけられず、ただ宮崎はその背中を
半ば呆然と見やるしか出来なかった。
勝負は決した。撃てる奴は撃てるし、撃てない奴はどんなに理由があっても
撃てないのだろう。
(宮崎さんのほうが怖いな。彼はどんな理由であれ、撃てたんだから)
だが、今のところは寝床が優先と、涌井は可愛い後輩の顔で静かに帆足の元へと歩き出す。
「帆足さん」
涌井の姿に宮崎が怪訝な顔をした。
宮崎の訝しげな視線に疑問を覚えつつも、涌井は顔を押さえて慟哭する帆足の傍に
立とうとする。その距離はあと一歩。
「ワク……?」
宮崎の表情に険がある。
その表情に危険を読み取り、涌井は手榴弾の安全ピンを抜いた。
「どうかしたんですか?」
つとめて表情を変えずに、何も気付かなかったふりで涌井は宮崎に答える。
「大輔が来ていたが、お前まさか本当に撃ったのか?」
安全レバーを押したまま、ピンを外す。心の中で1,2と数える。
「だったら?」
言うなり、レバーから手を離し、ピンを外した手榴弾を投げつける。
宮崎の斜め前、帆足と宮崎の間に等距離を意識して投げると、狙い通りに鋼色の
りんごは転がった。
巻き込まれまいと素早く身を翻すと縁側を蹴り、涌井は地面に伏せる。
伏せた背中の向こうで響くのは爆発音、鋼の嵐は荒れ狂い、屋内に赤い雨が降る。
雨が上がり、嵐が過ぎても、虹はきっと架からない。
【残り31人】
猫バト待ってました!乙です!
壮絶…壮絶過ぎる
帆足に泣いた(つд;)そして涌井…!!
二人は生きてるのか…死んでしまったのか…次の投下が待遠しい
103 :
代打名無し@実況は実況板で:2008/05/29(木) 06:11:58 ID:/PQ0k/LsO
捕手
捕手
ho
猫バト、乙です…!すみません泣きました。どうか帆足無事でいてくれ(宮崎も)。
ho
ほほほ
捕手
110 :
代打名無し@実況は実況板で:2008/06/02(月) 00:07:01 ID:5BihRWLW0
ho
ほ
su
114 :
代打名無し@実況は実況板で:2008/06/05(木) 00:08:41 ID:8KaQ6ObA0
b
hosyu
ほしゅ
hoshu
>>64 【120】目にて言う
静かだな。
風が止んでる。
俺も、なんだか―――静かだ。
あんなに血が出ていたのに、もう体中どこも痛まない。
流れる血が無くなったのか。
そうか。
終わり、なのか。
じゃあ…とうとう会えなかったな。会いたくて随分探し回ったのに。
それで、こんな。
…でも、いいんだ。何か、いいや。
最後に、あの人に謝りたかったんだ。信じられなくてごめん、って。
ありがとうって言いたかった。守ってくれたことや、もっと、初めて会ってからこれまでの全部に。
ありがとうって。
―――それと、あんたにも。
ごめんな。
気持ち悪いだろ、こんな泥だらけの血だらけで。
もうあんまり見えないし聞こえないからさ。
あんたが誰で、なんで傍にいてくれるのか、分からない。
どうしてそんなに泣いてくれるのか、分からない。
でもお蔭で怖くないよ。俺の最期を見守ってくれる人がいる、それだけで。
ありがとう。
本当にありがとう。
…もう、いいよ。
いいから、行きなよ。
あんたは行くべき所があるんだろう。きっと。
随分明るくなってきたな。夜明けが近いみたいだ。
あぁ、ほら、見てみなよ。
空があんなに透き通ってる。今日はきっといい天気になるよ。
暑くなる?
でもさ、そうでなきゃ野球ってのは――――
【残り??名 年俸総額?円】
ほ
す
乙です!
誰の独白なんだろう?なんだか寂しい感じが伝わる文章ですね
hosu
ほしゅ
hos
126 :
代打名無し@実況は実況板で:2008/06/10(火) 00:51:51 ID:cPMRMmoK0
あ
ほ
新作期待ほす
hoshu
130 :
代打名無し@実況は実況板で:2008/06/12(木) 22:25:41 ID:bCME95RNO
ほ
>>99 105.永遠、一瞬の
宮崎が必死の形相のヘッドスライディングで、畳の上に転がる小さな丸い物に
飛びついた。鋭い警告の叫びが自失状態の帆足に届く。
「伏せろ!」
頭から滑り込む人の影を帆足は見た。
刹那、諍いのりんごが、鋭い光と破裂音とともに破片をばら撒く。
滑り込み腹這いになったランナーに、捩れた意地の悪い破片がいくつも突き刺さる。
いくつも、いくつも。
刹那の爆発が収まっても、ただ呆然と眼前の光景を帆足は眺めていた。
臭いが意識に呼びかける。髪の焦げる臭いより、もっときつい臭いだ。
蛋白質の焦げる臭いだとようやくそれに気がついて、反射的に吐気を覚える。
吐気に反応して出た唾を吐く。現状を帆足の大脳がようやく処理し始める。
嗅覚。蛋白質の焦げる生臭い臭いと化学繊維の燃える甘い臭いと爆発物による
火薬の臭いが混ざっている。胸の悪くなる臭いだ。
視覚。手榴弾の爆風と鉄の破片とを一身に引き受けて宮崎は倒れ伏し、
もうぴくりとも動かない。
触覚。少し動かしてみた手足に異常は感じられない。立ち上がっても痛みはない。
無傷だ。無傷で済んだのは間違いなく宮崎の最後の努力の賜物だろう。
聴覚。後背から足音が近付いて止まる。振り返るとそこにいるのは
随伴してきた後輩、涌井だ。
眠たげな目にはふてぶてしさと野心とが同居する。ボロ雑巾を見るような目つきで
宮崎の遺体を一瞥し、涌井は帆足に向き直る。
「帆足さん、やっぱり宮崎さん撃ったほうが良かったですね。そうしたら、
もしかしたら生き残れたかもしれませんよ?」
考えるよりも先に、体が反応する。右手が涌井の顎へ飛んだ。
コルトガバメントの銃把が涌井の顎を完璧にとらえる。
避けられず床に転倒した涌井の手から、中国54式拳銃が奥の方へと転がった。
頭を押さえ、少しふらつきながらも涌井は立ち上がる。
口元を手の甲で拭うと、怒りを込めて帆足をねめつける。
「大人しく死んでおけば!」
憎々しげに吐き捨てられた言葉は、帆足のよく知っていたはずの
可愛い後輩の声で唱えられた。
しかし、よく知っていたはずの可愛い後輩の言う言葉とは似ても似つかない。
「このクソガキ……性根叩き直してやる」
ふてぶてしい態度の涌井と、妙に落ち着いた態度の帆足が対峙する。
帆足の落ち着きぶりが気にかかったのか、涌井の表情に警戒感が浮かぶ。
「お互い素手だ、泣きいれて二度と歯向かおうなんて気がなくなるまで、ぶん殴る」
「出来るんですか?」
嘲りを隠さない口調で涌井は挑発するが、帆足はそれを無視するように
宮崎の傍に膝をつき、コルトガバメントを置いた。
「復讐も出来ず、命と引き換えに命を助けられ。なんて道化だ」
ダグアウトジャケットを脱ぐと、血溜りに沈む宮崎の遺体を隠すように覆った。
「それ、敵でしょ?」
「そうさ。だからこの場で借りを返す」
半端な挑発はもう効かない。涌井は覚悟を決める。正面から帆足を倒さなければ、
松坂への挑戦権は得られない。
「上等!」
涌井は右ストレートを帆足の頬へと放つが、素早く反応した帆足の左手に阻まれる。
瞬間の力比べは、涌井が先に拳を引き、左のローキックで脛を払う。
庇うように帆足の姿勢が崩れる。
足にダメージを与えてからの右フックは見切られたように下がって避けられる。
カウンター気味の帆足の右ストレートが来るが、左腕のブロックが間に合った。
睨みあいから、今度は両手を組み合っての力比べ、お互いの位置が近い。
「人を試そうと言わんばかりの状況に虫唾が走る。それに乗るお前にも、だ」
「勝ち残ることが重要なんです。でないと、僕が居る意味がないじゃないですか」
意見は噛みあわない。お互いがお互いを認識し、意見を共有する。
"こいつは全力で叩く"
同じタイミングで手を離す。帆足が軽く左右でジャブを入れる。
スウェイバックで難なく回避、帆足の踏み込み足を払う。
追い討ちの左ストレートを見越しての出足払いがきれいに決まり、
そのまま体当たりで床に押し倒しマウントポジションを取る。
上から頭を殴ろうとしたその右腕を取られる。帆足の両足が首にかかる。
絞められる。危険を察知し足を外そうともがく。だが外れない。
「こ、んのぉーーッッ」
力任せに帆足を体ごと持ち上げ、叩きつける。
ようやく外れるが、力任せに振り解いた影響で右の肘を少し痛めた。
帆足はスタンディングポジションに戻している。
「もっと怒れよ、僕をぶちのめしたいなら、もっと」
痛めた肘、痛覚が僅かに不平を漏らすがそんなものに構う暇はない。気にもならない。
不満が独り言として口をつく。涌井は顔をあげ、改めて帆足に不満をぶつける。
「僕にとって越えなきゃならない壁は、こんなレベルじゃないんですよ。帆足さん」
「なめた事言ってくれる、クソガキ」
凄みを含んだ笑みがお互いの口元に浮かぶ。
かかってこいよとばかりに、涌井は左手を差し出し、手の平を上にして手招きし、
挑発する。
帆足が冷気を感じさせる、刺すような視線で涌井の眉間あたりを睨む。
帆足の左拳が涌井を襲う。
涌井はカウンター狙いでむしろ踏み込んで、右アッパーで顎を狙う。
だがその左ストレート自体がフェイントだ。帆足は半回転して右の裏拳を放つ。
帆足の拳が涌井のこめかみの辺りを打つ。続けて右肘を涌井の脇腹に叩き込む。
打撃によろけて数歩下がったところを体当たりで壁に振られる。
背中を床の間の柱に強打し、瞬間、涌井の息が詰まる。
そして顎に一発くらわそうと接近した帆足に苦し紛れの涌井の前蹴りが腹に入る。
今度は帆足がよろけて数歩さがり、痛覚に一瞬歯を食いしばる。
無理やり肺に空気を送り込み、涌井が渾身の左ストレートを打つ。
その左を待っていたかのように帆足は半身で回避し背面に回りこむと、
両腕で涌井を絞める。
がっちりと食い込んだ腕に呼吸を阻害され、もがく。
酸素を失い、床に座り込む。そのまま絞める腕の力は止まらない。
(落ちるわけには、いかない……!)
落ちたふりでだらりと落ちた右手に、袖の中に隠していたデリンジャーを握りこむ。
やたら重い引き金を最後の力をこめて引ききった。
重い音と共に鉛弾が一発、丁度帆足の脇腹の辺りに撃ち込まれる。
絞め上げる腕の力が僅かに緩む。さらにもう一発。それでもまだ腕は離れない。
ただもう無茶苦茶に暴れて、ようやく腕が外れる。酸素を求めて犬のように喘ぎ、
胸を大きく上下させながら畳の上に大の字に転がる。
声が聞こえる。小さな呟き。誰かに語られているのではない声。
「負ける、わけには……」
「負けるわけには、いかないんです。僕も、あなたも」
右肘が今になって痛む。痛む肘を庇いながら立ち上がる。
帆足の視線が涌井を追う。目を閉じようともせず、口元から血の泡を吐きながらも、
まだその両眼は怯むことなく涌井を睨みつける。
涌井も微動だにせず、その視線を受け止める。見えぬ火花が散るようなにらみ合い。
永遠、一瞬の。
「負けるわけには、いかないんです。松坂大輔に勝って、生き残るためには」
やがて涌井は踵を反す。
目を閉ざしてやる必要はない。彼は自分を睨んでいたかったのだ、呪いをこめて。
なら、その呪いが届くようにしておいてやれ。
そのまま崩れ落ちたい程に重い足をひきずりながら涌井は無警戒に外に出る。
急がなければならなかった。松坂に追いつかれる前に追い越さなければならない。
だが、遅かったようだ。
「詰めが甘いな」
早速待ち伏せだ。ふらつく足で涌井は踏ん張り、左拳で殴りかかるが、
一回り小柄な男に簡単にあしらわれ、突っ込んだ左肩を捉まれる。
「取引をしないか?当然ながら他言無用。武器も補給も情報もこちらから提供する。
ただし、こちらが指定する人物を追ってもらう」
一回り小柄な男、待ち伏せていた高木浩は涌井にそう通告した。
「断ったら?」
「お前は断らないよ」
余裕綽綽のその態度は気に入らないが、その取引は涌井にとって、現状の利害に
一致する。凡そ利用して捨てるつもりだろうが、敢えてのってやれと
涌井はさらに要求を増やす。
「ああ、断らない、断りませんよ。眠らせてください、少し疲れたんで。
それと手当てをお願いします。肘を痛めました、冷やすものが要ります」
「全部合わせて2時間の猶予、これで足りるな?」
「それでいいです。では、詳しい条件を」
高木浩の取引に乗った涌井のまなざしには強いものが宿る。
そのまなざしの強さはどこか松坂にも似ていた。
涌井はきっと、エースになれたのだろう。こんなことさえなければ。
こんなことさえなければ。何度となく心の中で繰り返した言葉を、
高木浩はまた繰り返した。
【×宮崎一彰(43) ×帆足和幸(34) 残り29人】
hos
乙です。
宮崎も帆足も終わってしまったか…
小野寺がどう思うか気になるな
帆足ファンの自分としては、感慨深い最後でした…。放送を聴いた時など、本当に帆足だったらそうするだろうなと思うことが何度もありました。(もちろん現実とは別ですが)職人さま、ありがとうございます。これからも楽しみにしています。
ほ
す
141 :
代打名無し@実況は実況板で:2008/06/15(日) 23:21:25 ID:TlNGr2Xz0
1
2
3
4
5
6
148 :
代打名無し@実況は実況板で:2008/06/19(木) 23:59:34 ID:jKkHM2WT0
s
hoshu
ほすす
ほ
捕手
ho
す
ho
158 :
代打名無し@全板トーナメント開催中:2008/06/25(水) 23:58:04 ID:mrmx5NLhO
あ
ほっす
160 :
代打名無し@全板トーナメント開催中:2008/06/27(金) 08:25:03 ID:tv2cWgqt0
のす
ほっすす
hosyu
164 :
代打名無し@実況は野球ch板で:2008/06/29(日) 23:12:56 ID:rmu9fPLe0
a
ho
hoshu
[ ~ ε ~][ `=´]( 6∀6)(’ー’ )
ho
172 :
代打名無し@実況は野球ch板で:2008/07/04(金) 14:48:24 ID:KTSlBje7O
は
ここで投下されてるバトの好きな章について語ってくれないか
>>虎バト十二章
>>20 166.無人
相対する彼らの間で燃え盛る炎の音が、一際大きく聞こえた。
「は、はは……」
(結局、こういう運命か――)
数十秒の停滞の後、杉山の口をついて出たのは乾いた笑いだった。憑きものが
落ちたように、肩を落とす。それまで自分を取り巻いていた強迫観念が、その鎖
を解き放ち気化してしまったようだ。
多分これを人は『魔が差した』と呼ぶのだろう。
後に残ったのは、諦めと、悟りと、納得だった。
やはり、自分には出来やしないのだ。
彼らを殺して生き延びようなんて、そんなことは神様も運命の女神も認めては
くれないのだ。
「ねぇ、何してるの……?」
身を起こした江草が、拙い質問を繰り返した。せわしなく動き出した視線が、
狩野に、杉山に、杉山の手元に、膝元に転がるペットボトルに、床に放置された
小瓶に、傍らに置かれたナイフと銃とナックルに移る。
それらを小動物のごとき機敏な視線の動きで確認したところで、恐らく江草は
おおよその事態を推察できたはずだ。それでも、彼の問いかけは止まなかった。
「杉山! 何……」
「うるさい」
静かに、だが決然と、杉山は壊れたレコードのような問いかけをはねつけた。
膝立ちになり、江草の顔を見返す。
見開かれた目。開かれた口。鼻の穴も耳の穴も開いている。きっと毛穴も開いて
るのだろう。こうやって見ると、人の顔は随分とたくさんの穴で構成されているもの
なのだなと思った。そんな見方をしたのは人生で初めてだった。
ああ、穴だらけだ。
「もううんざりなんだよ」
発した台詞は端的だったが、そこにはこれまで飲み込んできた全ての言葉が集約
されていた。
「いつまでも寝込んでるひ弱なコイツも、何でも俺にばっかり押しつけるお前も」
感情にまかせて続けた言葉は本音だったが、どこまで本気だったかは定かではない。
自分に酔っている気がした。台詞に酔っている。言い過ぎだ。何もここまで言う
つもりはない。そこまで強く思っていたわけでもない。
斜め上から見下ろす己の理性からの警告を無視して、杉山は続けた。
「お前らは俺のことを利用してるだけやないか!」
声の下で狩野が身じろいだ。
隣で発せられた批判に己が含まれていることに無意識下で気付いたというわけ
ではなく、単にその音に反応しただけなのだろう。数度ごそごそ動いた身体は、
再び訪れた沈黙に安心したように、ストーブの暖かみと睡眠を享受していた。
だが狩野が眠りから覚めようが覚めまいが、彼を挟んで相対している二人には
もはや大きな問題ではなかった。彼をほとんど意識外に追いやっていると言って
も過言ではない。
杉山は江草を、江草は杉山を、そして己自身を、認識するだけで手一杯だった。
「裏切るの……?」
呟きは、いつかの彼を彷彿させる、低く、冷たい音だった。
杉山に向けられた冷めた視線は、もし狩野が起きていたら戦慄していただろう。
変わってしまった。かつての江草は、杉山にこんな眼差しをよこすことなどあり
得なかっただろう。猜疑心と、非難の目。
「杉山は、俺を裏切るの」
疑問系でなく、繰り返された呟きは、もはや確信を持って杉山を斬りつけた。
「…………」
返す言葉などあるわけもない。それでも、江草は杉山の口から否定の言葉を聞き
たかったのかもしれない。
そう、その『分かってて答えを求める姿』が、ここのところやけに杉山の癪に障った。
分かってて、裏切りたくなるのだ。
あるいは、それは『言わされている』自分自身への反抗かもしれない。言わされて
いる己の存在意義を考えてしまう。杉山直久とは何だ? お前の自我は? 主張は
ないのか? 協調という名の自主性の欠如に甘んじてはいないか? 思考が極端に
振れる。極論とは一面の真理はつくが一面しか突いていない。分かっている。拳を
振り上げ熱演する脳内のアジテーター。冷めた目で背もたれに身を沈める自分と、
席を立ち熱狂する自分が競演する。これは末期か?
無言の肯定を返した杉山に、カッと江草の表情が激高に歪んだ。
「……んでだよ……ッ!」
完全に立ち上がり切らないまま、よろめくように近づいてきた江草が杉山の胸ぐら
を掴み、次の瞬間強く押し倒した。
カンッと足下で小さな音がした。
おぼつかない足取りで駆け寄った江草が、床に転がったボールペンを蹴り飛ばす
音だと悟ったのは、杉山がしたたかに背中を打ち付けた後だった。
背中の痛みよりも、間をおかず胸部に感じた圧迫感の方が強かった。一瞬呼吸を
乱し、杉山は軽く咳き込んだ。
「杉山だけは裏切らないって信じてたのに!」
狩野をまたぎ、杉山に馬乗りになった江草が拳と悲鳴を叩き付けてくる。
「頑張って信じてたのに!」
(ああそうか)
その言葉に、杉山は納得した。
彼は『頑張って』信じていたのだ。
本当は心のどこかで――『杉山が裏切らない』という保証がどこにもないことを、
感じ取っていたのだろう。
だから彼は信頼を求めたのだ。言葉で、行動で、杉山が信じられる人間であること
を杉山自身に証明してくれるよう求めたのだ。
依存とすら感じる彼の信頼の強要は、不安の裏返しだ。信じた相手に殺されかけた
恐怖の中で、信じたい相手に必死に縋り付こうとしていた。
(俺は分かってやれなかったな)
分かってやるべきだったのかもしれない。きっと、努力すれば理解してやれただろう。
それが出来なかったのは、疲れていたのだ。理解する努力をしてまで理解してやら
なければいけない負担を、杉山自身が放棄したかったのだ。
「……ぐささん?」
寝起きらしい声が、視界に映らない場所から聞こえた。
いかに疲労していようとも、さすがにすぐ隣で繰り広げられる揉み合いと、江草の
怒声を前に眠り続けられるような神経は持ち合わせていなかったらしい。
尋常ならざる事態に、ばっと跳ね起きた狩野が、杉山に馬乗りになった江草の手の
内にあるものを認識して顔色を変える。
「江草さん! 何を、何、なにして……」
パニックという名の制止の声は何の効力もなく、そして、遅すぎた。
ゆらり、と江草の掌でひらめいた銀の刃が近づいたかと思うと、胸部に走った
痛みに杉山は声にならない悲鳴を上げた。
「がっ……」
江草が手にしていたのは、刃こぼれした包丁だった。
最初の家で見つけたそれを、彼は隠し持っていたらしい。
杉山が思っていたより、彼には自己防衛本能というものが働いていたのかもしれない。
そのことに安心するような余裕は、今はもう持ち合わせてはいなかったが。
「は……っ」
肺を刺され、ひゅぅ――と空気が抜けるような音が己の耳に届いた。
本来酸素が入るべき場所に血液が逆流する。生理的に咳き込むと、血でうがいを
する羽目になった。
(殺される――)
この島に放り出されて以来、何度となくシミュレートした状況下が、より切迫した
――あるいは手遅れな状態で実現される。
(俺は、俺は――死にたくない)
そう思った瞬間、震える手で、杉山は床に転がった銃に触れていた。
パン
銃口を標的に密着させた状態での発砲音は随分とくぐもっていて、音は体内で炸裂
したかのように響かなかった。
「あ……」
濁音の混じった最初の母音を口にして、江草の身体が引きつる。
目の前で、大きな目がこれ以上ないほど見開かれ、その目尻から涙の粒が溢れた。
こぼれ落ちた滴が杉山の赤く染まった胸を濡らし、衣服を通して染み込んでくる。
感じるはずのない涙の暖かみを、皮膚に感じた気がした。
その瞬間、杉山は悟った。
自分は、大切な友人を手にかけてしまったのだと。
江草の身体が前のめりに倒れ込んでくる。
その動きをスローモーションに感じながら、杉山は親友の泣き顔を見た。
「えぐ……ごめ……」
(ごめんな――)
自分がもう少し大人だったら、こんな結末を迎えずに済んだだろうか。
もう少し広い心を持てば。強い胆力を持てば。
自分を見守り続けてくれた大先輩捕手や、一見粗暴だが懐の深い最年長投手や、
いたずら好きのチームリーダーなら、母のような厳しさと優しさと忍耐力を持って、
このかわいそうな親友を救ってやることが出来ただろうか。
結局自責の念に終着する自分は、救いようもなく「らしい」と思った。
後悔と懺悔に飲まれ、杉山は覆い被さる亡骸の背に手を伸ばし、最期の意識を
手放した。
夢うつつの中で、眠りの縁に紛れ込んでくる怒声に寝苦しさを覚え、狩野恵輔は
意識を浮上させた。
(この声は――)
「えぐささん?」
呟いた声は長い眠りのせいで強ばった口の中でくぐもり、十分な音を発していなかった。
だが、色を取り戻した視界に映った光景は、眠気や寝ぼけまなこなどというものを
一息で吹き飛ばすには十分な代物だった。
江草が鬼の形相で杉山を押し倒し、馬乗りになっている。
すぐさま身を起こした狩野は、しかし次の瞬間、それ以上の事実に気付き、全身の
血の気を一気にどこかへと吸い上げられる感覚を味わった。
江草の右手にはいつの間にか、刃こぼれした包丁が握られていたのだ。
「江草さん! 何を、何、なにして……」
銀色がひらめいた。
制止の言葉も、咄嗟に――それこそ闇雲にだが、伸ばした手も、全てが遅かった。
「がっ……」
衝撃に仰け反った杉山の身体。大きく開かれた口腔から、無音の絶叫が迸る。
胸部に突き立った包丁は茶けた取っ手部分だけが服の上から覗いているだけで、
それが手品用のナイフでなければ間違いなく刃渡り分の刃が杉山の身体を貫いている
ことを証明していた。
「げほっ……ごぽっ……」
ひゅぅ――と音を立てて息を吸い込んだ彼が咳をした瞬間、生々しい血泉が口腔
から込み上げ、吐き出された。
一体何が起こったのだろう。
それら全ての事象を目にしながら、狩野は完全な状況理解にまで及んでいなかった。
誰が誰を殺している?
クライマックスだけを強制的に見させられた映画のように要領を得ない。まるで
登場人物の名前が頭に入っていないようだ。いや、入っていないわけがないのだが、
脳がそれらを一致させることを拒否していた。
ああ、これが逃避か。狩野は思った。信じがたい配役を前に、同姓同名の別人
だったらいいのにと無益な願望を漏らしている自分は映画評論家にはなれそうにもない。
身体が動かなかった。目の前で繰り広げられた惨劇に、身体どころか、思考回路
すら通常勤務要請を固辞していた。
しかし悲劇はそこでは終わらなかった。
哀れな観客を置き去りにし、展開は終幕に向けて息をつぐ間も与えず加速していく。
血の咳をまき散らしながら、杉山の右手が床を這った。弱々しい手つきで移動した
それは、彼の隣に転がった鉄の玩具を探り当てた。あ、と思う間もなく、その武器は
思いの外素早い動作で翻り、本来の持ち主に向けて突きつけられた。
ザウエルP220。黒光りするその近代的なフォルムの銃身は、馬乗りになった青年の
胸元に埋まっていた。そう、埋まっていた。ナイフのように突き立てられた銃口と、
心臓の距離は衣類と皮膚と骨以外は1ミリの隙間もなかった。
パン
当然放たれた銃声は酷くくぐもっていた。第三者の耳に届く音よりも、被害者自身
が聞いた体内での破裂音の方が大きかっただろう。無論、それを証明する手だては
狩野も、そこにいる他の誰も持ち合わせていないが。
「あ……」
見開かれた江草の大きな目から、大粒の涙がこぼれ落ちる。
いやに輝きながら杉山の胸に落ちたそれは、哀しくなるほど、仲間内の殺し合いと
いう惨劇に相応しくなかった。生気に満ちていたはずの童顔から、全ての気力が失われる。
同時に、傾いてくる親友を迎え入れる杉山の顔は白茶けていて、本来は人の良い顔
に、今は悔恨の色が満ちていた。彼もまた、長くない人生の終息を待っている。
「えぐ……ごめ……」
重なり合って、二つの魂の灯が消えた。
江草は杉山の胸に突き立てたナイフの柄を握りしめたまま、杉山は江草の心臓に
銃口を向けたまま。
「う……うああぁぁぁぁあっ!?」
完全に幕引きがされた瞬間、狩野恵輔は絶叫していた。
「あ……あ……」
喉が引きつる。嘔吐感を催しそうなほど、舌は口腔の奥へと逃げ込んでいた。
訳が分からない。
杉山直久。江草仁貴。この二人が殺し合った。紛れもない事実は物的証拠を伴って
そこに存在するが、その結論に行き着くまでの過程が狩野恵輔の中ですっぽりと
抜け落ちていた。
彼らは親友同士なはずだ。仲が良くて、信頼し合っていて、助け合っていた。一体
なぜ、彼らが殺し合わなければならなかったのか。狩野が目覚めていた時、一度だけ
二人の間に不穏な空気が漂ったことがある。それでも、本当ならたいしたものでは
ないはずだ。次の日には何事もなかったかのように挨拶をして、馬鹿話をして気が
付けば忘れているような小さなわだかまり。あの時の亀裂が広がり、このような惨劇
へと繋がったというのなら、この世界は――この島はあまりにも呪われている。
目の前に襲い来る何かから逃れようと身体を後ろへ寄せた瞬間、震える手が、枕元
の冷たい感触に当たった。
あしらえたように枕元に添えられた十徳ナイフ。
それを意識せず拾い上げた時、異常な震えに襲われた。
歯の根が噛み合わない。がちがちと奥歯が鳴り響くのを聞きながら、金属の輝きが
狩野の思考を浚っていく。
拳銃。指輪。刃こぼれした包丁。彼女の笑顔。殺し合い。白いフリル。血だらけの
死体。結婚。名前。裏切り。狂気。絶望。
全てが滅茶苦茶にシャッフルした漫画のコマ割のように氾濫し、狩野の脳を中心に
置いたドラム型洗濯機の中を回り出す。
(死にたい――)
混乱の中で、そんな言葉だけがやけに鮮明に脳裏を染め上げる。
ぱちぱちと彼らの横で燃えるささやかな炎が、地獄の業火にも似た不気味さで二つ
の死体を照らしていた。
ここは地獄だ。
この地獄から抜け出す方法を、狩野は一つしか見つけ出せなかった。
恐慌の中選んだただ一つの脱出路に、狩野は突進した。
震える手で取りこぼしそうになる十徳ナイフを握り締め、収められた短い刃渡りを
取り出した。鈍い輝きを見せるそれを首筋に沿え、刃先を横に一閃した。
――しようとした。
(聖子――)
一人の女性の笑顔が浮かんだ。
「……っ!」
息を飲み、狩野は掌に吸い付いてきたナイフを叩き落とした。床に高く跳ねた前川
の遺品が悲鳴を上げる。
(俺は……何を……)
心臓が自分のものとは思えないほど肥大していた。自らやろうとしていたことなのに、
通り魔か強盗に殺されかけたかのような驚きと恐怖があった。
(落ち着け)
震える右手首を左手で抑える。
しきりに深呼吸を繰り返しながら、狩野は何度も己に言い聞かせた。
杉山が死んだ。江草が死んだ。だが、なぜ自分まで死ぬ必要がある?
一人でも生きるのだ。
彼一人の人生では、もうないのだ。
人生をかけて守らなければいけないものが、自分にはあるのだから。
(俺は生きなきゃ)
そう思った瞬間、酷い喉の渇きを覚え、狩野は視界に入った、床に転がったペット
ボトルを掴んだ。
貴重なはずの飲料水は口を開けたまま床に転がっていて、内容量を三分の一ほどに
減らしていた。
水は命だ。
(食料と、水)
あるものを出来るだけかき集め、この呪われた家を出る。
その後のことは……何も考えていない。
(とにかく、逃げなきゃ)
襲い来る殺人者たちからも、この悪夢のような状況からも。
気持ちを落ち着けようと、狩野は手の内の水を煽った。
ストーブの火を前に何時間も眠っていたせいだろうか、身体が水分を欲していた。
長らく対面していない潤いが全身に染み渡り、一瞬、気持ちが楽になる。
味のおかしさに気付いたのは大部分を飲み下した後だった。
「……ぁ……ッ?」
致死量の50倍近い青酸カリ。
胃の粘膜に触れ、シアン化水素と化したそれは内側から容赦なく狩野の生命を貪った。
残り少なくなったペットボトルが床に跳ね、転がる。
「ウ……ガ…ァ…!」
急激に迫り上がった激しい嘔吐感と、痛み。本能的に今しがた飲み込んだものを
吐き出そうと口腔を広げるが、その前に狩野は床に倒れ込んだ。身体が他人のもの
のように言うことを聞かない。全身を痙攣が襲う。がむしゃらに喉や胸を掻きむしって
も、襲い来るありとあらゆる苦痛からは逃げられそうになかった。
(何が起こった?)
瞬間的に、狩野は記憶の隅に追いやられていた、彼自身の支給品を思い出した。
(俺は、死ねない――)
その決意とは裏腹に、狩野は急速に襲い来る己の死を自覚していた。
『死にたい』と一瞬でも願った届け出を、地獄の閻魔大王が取り下げ願いが届く前
に受理してしまったようだ。
苦痛はいつしか苦痛でもなくなっていた。確かに自分はもがき苦しんでいるのに、
精神はすでに別離してしまったかのように穏やかに悶える己の肉体を見下ろしている。
(聖子ごめんな)
自分が最期まで死を選ばなかったことを、彼女は解ってくれるだろうか。
(ありがとう)
自ら死を選ぶ鮮烈な誘惑。
それを押しとどめてくれた存在がいたこと――それほど生に執着するに足る人に
出会えた幸福に、狩野は愛しい人に感謝した。
時計を見ると、あと二十分ほどで定時放送の時間だった。
地図とペンの所在を確認しようと関本は立ち止まり、己の尻ポケットを探った。
「ん?」
地図はすぐに指先に吸い付いたが、それに書き込むためのペンの所在が判明しない。
かついでいたデイバッグをおろし、丁寧に中を探るが、呼びかけても返事はなかった。
「あ、忘れてもた」
記憶をたぐり寄せ、杉山たちに出会った小屋に置き忘れてしまったことに気付く。
もう大分歩いてきたので、ボールペンごときのために戻るのは面倒臭かったが、
コンビニがあるわけでもないこの孤島で、筆記用具を失うのは致命的だ。貸して
くれる人間に会えるとも限らないし、なにより、もうすぐ始まる定時放送で、いくつ
あるか分からない禁止エリアの記号を丸覚え出来る自信がなかった。
なんとか放送に間に合わそうと早足で戻りながら、ロスする時間を考えて、関本は
自分の迂闊さを呪った。
その二十分後、関本健太郎は己の間の悪さをさらに呪うことになる。
チリンチリン。がっ……
「いっ……!!!」
階段とはなぜこうも絶妙な位置に角があるのだろう。そんな概念的な疑問を持つのは、
おそらく八つ当たり以外何ものでもないが、関本は意思も悪意もないステップの角に
毒づかずにはいられなかった。
学習能力なく鈴付きテグスに足を引っかけられ、弁慶の泣き所を打ち付けた関本
は声にならない痛みに数十秒間のたうち回ることとなった。
ひとしきり痛がった後、今度は昨夜のように誰も迎えに出てはくれないので、自ら
立ち上がってドアをノックする。
反応はなかった。
ノブに手をかけるが、ドアには当然カギがかかっていて開かない。
誰か危険人物が来たと思って居留守を使っているのかもしれない。
「おぅーい?」
呼びかけるが、いらえはない。
出て行ったのだろうか、そんな疑問が掠めるが、だが杉山と話していても、すぐに
出て行くような口ぶりではなかった。
一抹の不安が過ぎる。
誰かに襲われて逃げ出した? ならばカギが内側からかかっているのはおかしい。
嫌な予感が足の形を象り胸の裏側を蹴り上げた。
得体の知れない、予感。
そう言えば、昨夜は窓が少し開いていたことを思い出し、関本は正面入り口から
向かって左側の壁へと回り込んだ。
案の定、窓枠と窓の間にはわずかな隙間が残っていた。関本は可能な限り心に余裕
を取り戻させ、一度大きく息を吸い込んでから明るい表情を作った。大丈夫。何もないは
ずだ。
その瞬間、舌先に感じた微妙に錆び臭い空気の味は、あまりにも微量で、関本が顧みる
ことはなかった。
ガラッ
「杉山ー? ごめん、俺ペン忘れ……」
窓を引き、カーテンを取り払って声をかけた関本は、予定していたの半分の台詞も
言い終わらずに終音した。
最初に目に入ったのは、朝の光が十分に差し込まず薄暗い部屋の中で、変わらぬ
様子で燃え盛るストーブのオレンジ色の火。
そして、その傍らに横たわる、一瞬、その男が誰であるのか判別に戸惑うほど苦痛
に表情を変えた狩野恵輔の亡骸だった。
その頭の先を辿ると、仲むつまじく重なり合う、二つの死体。
それを死体と認識したのは、彼らを中心に広がる夥しい血の沼がそう推察させた
からで、それがなければ関本の角度からは、彼らが生きているのか死んでいるのか、
彼らが何者であるのかすら判別がしがたかった。
青ざめた狩野の死に顔を見れる角度でなければ、それでも彼らが死んでいるとは
にわかには信じがたかっただろう。
狩野と同じ部屋で事切れる二人が何者であるのかは、関本自身の体験と記憶と、
状況が説明している。
認識と理解とがかけ離れ過ぎると、人の脳は数秒、あるいは数十秒の空白を作り出す
ことがある。
「……どういうことだ?」
たっぷりとその空白の時間を持て余した関本健太郎の頭上に、唐突に鳴り響いた六甲
おろしが降り注いだ。
【残り29人】
乙です!
……なんというか、圧巻(’A`)
一話のうちに全部が起こるとは思いませんでした……GJです。
187 :
代打名無し@実況は野球ch板で:2008/07/05(土) 22:49:44 ID:Z+kiyIr50
a
乙です。
うわあああああぁぁああ・・・
なんかもう・・・乙です。
うぎゃあああああ!
しょ…職人さま乙です。
でもー!ぎゃああああああ!
虎バトキタワァ*・゜゚・*:.。..。.:*・゜(n‘∀‘)η゚・*:.。. .。.:*・゜゚・* !!!!!
職人さん乙です!
ってあああああああああああああああああ!!!!!!
191 :
代打名無し@実況は野球ch板で:2008/07/06(日) 07:48:04 ID:uLygNwHX0
と、虎バトきたー!!!
職人様乙です!
192 :
代打名無し@実況は野球ch板で:2008/07/06(日) 23:12:34 ID:/ppIBYssO
広島と横浜→広島大洋
広島50試合 横スタ20試合
阪神とオリックス→オリ神タイガース→甲子園40試合、大阪ドーム20試合、神戸10試合
ヤクルトとロッテ→ロッテスワローズ→神宮45試合、マリン25試合
ハムと楽天→日本ハムイーグルス→札幌40試合、クリスタ30試合 にしたらいい
ほ
うわあ
三人ともとは・・・
セキモンどーする?!どーなる?!
hoshu
197 :
代打名無し@実況は野球ch板で:2008/07/10(木) 23:30:06 ID:hk7CY3ej0
ほ
199 :
代打名無し@実況は野球ch板で:2008/07/12(土) 12:09:15 ID:Ka987F6v0
あ
200 :
代打名無し@実況は野球ch板で:2008/07/13(日) 08:40:06 ID:LQGAcGzX0
ちゃ
hosyu
>>119 【121】一目瞭然
声が聞こえる。
大切な。大切な――彼の声。
潮の音が聞こえる。
下柳は裸足で砂浜に立っていた。白い砂浜。足下を浚うように波が引いていく。
視線の先に、彼がいた。
水しぶきを跳ねさせながら、しなやかに波打ち際を駆ける。
近づいてくる軽快な足音。飛びついてきた身体を抱きしめた。
もう久しく触れていない気がする。懐かしい温もり。
「お前、なんでココにいるんだよ?」
黒いつぶらな瞳が見上げてくる。彼は答えるわけもないが、下柳は満足だった。
ただ抱きしめて、湿った、艶やかな黒い毛並みを撫でた――
「ラガー……?」
掌に触れた毛の塊を撫で、下柳剛(T42)は『彼』の名を呼んだ。
だが、感触が違う。
違和感を感じ、瞼を押し上げる。下柳はベッドサイドに伸ばされた自分の左手を
見た。
その下にあるものに視線を移動させていくと、よくよく見知った顔があった。
ベットサイドにしゃがみ込み、なぜか大人しく下柳に頭を撫でられている同僚の
桧山進次郎(T24)だった。
「……ワン」
ゴンッ
「キモいわ」
ご親切に犬の鳴き真似をしてくる後輩を一刀両断し、下柳は不快な目覚めに舌打
ちした。
「シモさんが間違えたんやないっすかー。呼んでも起きへんし」
ゲンコツで殴られた頭をさすり、ぶつぶつと文句を連ねる桧山進次郎。
目覚めてみると、そこは砂浜でも何でもなく、昨夜眠った洋館の客間だった。
まただ。ここに来てから、懐かしく、幸せな時間の夢を見ることが多いのは、
現実逃避というやつだろう。下柳は大きく息を吐いた。夢で逃げることくらい
は許されていいと思う。ただ目覚めた時に酷く空しくなる。
「矢野さん、もう起きてますよ。今日は朝一で北に向かうんでしょ」
時計を見てみると、次の放送まではまだ時間があった。日の昇っていない空は
まだ暗く、夜の様相を呈している。
「俺の常識では夜っていうんだけどな、この時間は」
皮肉を口にしつつ、ベッドから這い出る。フローリングのひんやりとした感触が
足の裏に伝わり、触覚が覚醒した。
「それは矢野さんに直接言ってください。出る前にこの館を探索していくそうですよ」
「なるほどね……」
それは下柳も提案しようと思っていたことだ。この館と館の主にちょっとした興味
を抱いていたのは、下柳だけではなかったらしい。恐らく矢野の場合は、単なる
好奇心からだけでなく、手がかりであったり、身を守るものであったり――何か有効
なものがないかと期待しての行動だろうが。
彼が期待する理由も分からないではない。この屋敷の主は何の片付けもせずにこの
島を去ったらしく、住居人が生活に使用していたとおぼしきものはほとんど残っていた。
その恩恵にあずかり、昨日はごく一般的に市販されている風邪薬――登録商品名
を明確にするならパブ○ンSを台所の薬棚から見付け、矢野に処方した。
昨夜は一晩熱にうなされ桧山と交代で様子を見ていたが、普通の風邪ならば薬を
飲んで一日寝ていれば大方は回復するはずだ。
矢野と合流し、三人は一階に下りた。
ロビーを物色した後、奥に続く長い廊下に並ぶドアを一つ一つ開けて中を確かめる。
物置であったり、風呂場であったり、トイレであったり、客間や応接室もあれば、
それこそ何もない部屋もあった。
「これだけ部屋がありゃあ、掃除も大変だろうな」
などと庶民臭い感想を述べる下柳。
勿論部屋を片付けてくれる家政婦くらい雇っているのだろうが、その生活を
うらやましいとも下柳は別段思わなかった。
ラガーとルビー。大切な彼らと暮らし、たまに仲の良い友人が訪れる。そんな
生活が出来れば十分だ。
一室には、何やら小難しい専門書がずらりと並べられた書庫があった。
「なんだこりゃ、図書館か?」
「うわー、俺、難しい本って苦手なんですよね〜」
得意なプロ野球選手の方が希少だろうが、桧山がアホっぽい台詞を口にする。
授業中は寝るか早弁を喰らい、昼休みはグラウンドでトンボをかけ、終礼には出席
せず部活動に励むのが大方の日本高校球児の育ち方である。だがあえて口にして
自分の頭の悪さを反復する必要もないので、下柳は黙って書庫に足を踏み入れた。
『アメリカ社会史総論』『米国近代史研究』――
見るだに眠くなりそうなタイトルの分厚い書籍が並んでいる。ざっと見た限り、
アメリカに関するものが比較的多い気がする。とにかく偏っている。少しでも
読む気になれるものが一つも見あたらない。
(住んでたのは変わり者の学者か研究者か……?)
「ん……?」
そんな想像が頭を掠めた頃、一瞬、目に付く文字を見つけ、下柳は流れていった
視線を引き戻した。
『近代スポーツの倫理とアメリカ資本主義の精神』
「…………」
『スポーツ』という文字が目を惹いただけだった。やはり読む気になれないタイトル
なのは変わりなく、下柳は再び視線を滑らして書庫の奥へと進んだ。
「エロ本とか隠してたらおもしれぇのに」
別に読みたいわけではないが、こうも重苦しい本だらけの中に、グラビア雑誌など
が挟まっていたら少しばかりこの屋敷の主に愛着が沸いてしまうだろう。どうも、下柳
の脳内には、見たこともないこの洋館の持ち主像が着々と構築されようとしていた。
「……なんだこりゃ」
どこまでも続く硬派な本の羅列に、好感の持てるエロ爺像を諦めかけていたところで、
最後の棚にぶち当たる。
かなり年期の入った雑誌が無造作に積み上げられていた。
一番上にあった本を手に取ると、大量の埃が舞った。眉をしかめ、表紙を払うと、
いかにも古くさいレイアウトで、大きく振りかぶった投手の写真が写り込んでいた。
野球雑誌だった。
発行年月日を見ると、30年以上前のものだった。
他の物も適当に取り上げる。スポーツ新聞やスポーツ誌、どれも野球に関連した
書物ばかりだった。そして、どれも古い。
主は相当な野球ファンでもあったのだろうか。プロ野球にとどまらず、黄色く鄙びた
英語新聞も出てきた。メジャーリーグの記事であるらしいが、英語など読めないので
内容はよく分からない。
積み上げられた書物の表紙に目を通すのも飽きてきた頃、一冊のファイルが出てきた。
中身を開く。そこには丁寧にスクラップされた野球記事が並んでいた。
ぱらぱらと読み流す。幸い全て日本語なので解読出来るが、まじめに読んでいたら
日が暮れてしまうだろう。見出しだけに目を通して、それらの記事が同じある事件を
追っていることに気付いた。
「『黒い霧事件』……?」
誰もが名前くらいは聞いたことのある、有名な賭博事件だ。
世間を騒がせたプロ野球の黒歴史。
なぜこんなものを――と思う。興味のある出来事ではあるが、不明瞭なまま収束した
部分も多く、プロ野球が好きな者ならどちらかというと避けて通りたい部分だろう。
「矢野さんシモさん! すんごいイケてるもん発見しましたよ!」
思考がスクラップ記事に傾きかけた時、桧山の弾んだ声が書庫に響いた。
早々に小難しい本の山に飽きた桧山が、別の部屋を探索していたらしい。
反対奥の書棚を見ていたらしい矢野とドア付近で合流し、桧山に招かれながら廊下
を進む。
「ここ、ここ」
しきりにある扉を指さす桧山。目がキラキラ輝いている。
部屋には外から鍵がかけられていたらしい。らしいというのは、その鍵が何者か
によって人為的に壊されていたためだ。何者かというのは、この場合言うまでもなく
桧山進次郎ではあるのだが。
空き家のドアを壊したことにさほど罪悪感はないのか、意気揚々と二人を招き
入れた桧山が、後ろ手でドアを閉めた。
「うわ……」
矢野が声を漏らす。この館の中でも一際瀟洒な部屋は、持ち主の私室であるように
見えた。
向かって左壁は、一面がやはり重厚な造りの書棚となっていて、下柳が一生かかって
も読むことのないような本が整列している。
しかしおそらく矢野が感嘆したのは、鎮座している書棚でも西洋甲冑でもなく、正面
に広がる闇色の壁であろう。
この古めかしい洋風の造りの家にあって、そこだけ妙に近代的な技術をはめ込んだ、
大きな一枚張りの窓である。
スクリーンのような継ぎ目のない透明な硝子の向こう、夜闇に目を凝らせば、絵の
ような湖畔の光景が広がっていた。
これが、訪れる夕暮れの景色を愉しむために、この家の主人が設えたものであること
は、昨日見事な夕焼けを目の当たりにした人間にとっては想像に難くない。
「これ絶対俺に似合いますよね〜」
大窓に目を奪われる二人をよそに、桧山はうっとりとその隣、部屋の角に鎮座する
西洋甲冑を見つめていた。
「…………」
無論、桧山のたわごとに答える者は誰もいない。
こんなものを本当に部屋に飾る人間がいるのかと半ば呆れながら、下柳は直立する
甲冑に目をやった。
銀色の兜を被った時代錯誤な兵士が、重そうな盾を手に直立不動の姿勢で侵入者を
威嚇している。威圧感のあるその風体は十分に古美術品としての風格を有していたが、
その価値がいかほどのものかは素人の下柳には分からない。
桧山がこれを着ているところを想像してみるが、こんなものに似合う似合わないが
あるのかも分からなかった。
(そもそも顔見えねーし)
「白騎士シンジロー・R・ヒヤマ……いや黄金騎士? 月光騎士? ここはやっぱり
王道で聖騎士……」
だが当の本人は、自分がこれを着て白馬にでもまたがっているところでも想像して
いるらしい。無意味にねじこまれたミドルネームのRは彼の愛するライトのポジション
から由来するものだろう、と安直にあたりをつける。
写真付きブログのコメントに載せる肩書きを賢明に考える桧山の脇をすり抜け、
ふらりと矢野が甲冑に近づいた。
「着るなよ、邪魔だから」
「着ぃへんわ!」
桧山じゃあるまいし。と呟きながら、重装備の兵士を素通りし、矢野は後ろの棚に
飾られてある観賞用の剣を手に取った。
「コレ……」
「レイピア、だな」
西洋甲冑があるなら洋剣もあるのだろう。分かりやすい趣向だ。
アメリカ。野球。西洋。屋敷の主は趣味に一貫性というものを重んじなかったらしい。
あるいは、下柳が知らない部分で、これらは一本の線で繋がっているのだろうか。蔵書
から察するに、主は下柳などよりも余程脳みその皺の数の多い人間のようだから、下柳の
知らない共通点を知っていても不思議ではない。それすらも、この抜け殻の館からくみ
取れる想像の域を出ないのだが。
矢野はしばしその細身の剣を試すすがめつし、おもむろに甲冑と向かい合い、片手
で剣を構えた。
「ちゃうちゃう、レイピアの持ち方は……」
適当に柄を握りしめた矢野に手ほどきをする。それを見て、矢野が感心したように
目を瞬かせた。
「シモ物知りやなー」
「ちょっとやったことある」
特に自慢するでもなく応える。槍投げも自衛隊も格闘技も自主トレで経験済みだ。
下柳の毎年の風変わりな自主トレは球界でも有名だ。こんな形で役に立つとは毛ほど
も思っていなかったが、何事も経験しておくものである。
何度か軽く振り回し、まともな自衛用の武器も持っていなかった矢野は、ここで
発見した剣を拝借することを決めたようだった。
「変な剣やけど、もろてくわ。ジェット風船飛ばすよりはマシやろ」
「じゃあ俺はこのカッチョイイ鎧を……」
「鎧に縛り付けて置いてくぞ」
「ウソですって〜。冗談ですよ、シモさん」
多分本気で着てみたいのだろう桧山を切り捨てる。こんなものを着て歩く馬鹿が
いたら、その気はなくても反射的に撃ち殺してしまいそうだ。
ポーズではなくドアに向かおうとしたところ、矢野の固い声がストップをかけた。
「ちょ、ちょっと待て」
急に潜められた声に異変を感じ、下柳は足を止めた。桧山も、黙って注視する。
「さっきから、物音が聞こえる……」
注意深い表情で、矢野は耳元に手をやった。
「物音?」
急に、部屋が静かになる。全員が息を潜め、そこにある不自然な音を探った。
ギィ……パタン……
ギィ……パタン……
短い周期で繰り返される音は小さく、隣で雑談している人間がいるだけでも危うく
聞き逃してしまいそうなものだった。
それに矢野が気付いたのは、熟練された捕手特有の洞察力と注意深さ故だろう。
三者の心拍音が聞こえそうな程静まり返った部屋では、その音が少しずつ近くなって
きていることに気付くのに時間はかからなかった。
「誰か……いる?」
声音を消し、吐息だけで桧山がそう紡いだ。
足音が止まった。
(しまった――)
その理由に桧山も気付いたらしく、表情に緊張が走る。
鍵が壊れているのだ。
誰かが中にいることは、一目瞭然。
【残り44名 年俸総額98億900万円】
210 :
代打名無し@実況は野球ch板で:2008/07/15(火) 01:44:25 ID:GlCfYzxP0
1
職人様乙です!
阪神組は和やかに緊迫してるグループが多いな。
職人様乙!
桧山は相変わらずいいキャラしてるなw
乙です!
どうなる阪神組?続きが楽しみです
ほ
215 :
代打名無し@実況は野球ch板で:2008/07/17(木) 23:59:15 ID:os6dW1Xq0
a
ほす
217 :
代打名無し@実況は野球ch板で:2008/07/19(土) 10:12:01 ID:HJRJ7two0
a
218 :
代打名無し@実況は野球ch板で:2008/07/19(土) 20:47:58 ID:bOELWVSW0
保守
ho
職人様乙!
億バトとアテネは特に好きだから久々に続きが読めてホントにうれしいですよ。・゚・(つД`)・゚・。
ほ
>>185より
167.引っかかり
居間の隣の部屋に敷かれた布団の上に二軍監督・木戸は仰向けの状態に
寝かされていた。傍らには金本と藤本、その周囲には手当てに使われた
タオルや衣類などの切れ端が散乱している。
「木戸さん、大丈夫ですか? 僕らが分かりますか?」
抑えた声で注意深く藤本が呼びかけると、木戸はまだうつろな目をしばらく
きょろきょろと動かしていたが、自分を見守る二人を認めて頭を横に傾けた。
「ここは……?」
藤本はホッとしつつ、答えた。
「僕らがアジトにしてる空き家です。安心してください」
その時、赤星が的場を伴って部屋に戻ってきた。
「お前はまた、どこ行っとったんじゃ!」
金本は振り返るや的場を強くにらみつけた。その語気の強さと顔つきの
厳しさに藤本は一瞬たじろいだが、的場の身を心配すればこそだということは
すぐに理解できた。
「すみません。ちょっと、玄関先で風に当たってました」
的場は殊勝な態度で頭を下げた。
「気分でも悪いのか?」
藤本が尋ねると同時にまったく同じ台詞を金本も口にしていた。その顔からは
今しがた的場を怒鳴りつけた際の険しさが嘘のようにかき消え、ただ彼を
案じる心のみが伝わってくる。おそらく自分も同じ表情をしていることだろう。
「いえ。赤星さんにもそう言われましたけど、ほんとにちょっと外の空気に
当たりたくなっただけです。心配かけて本当にすみません」
的場は苦笑いを浮かべ、もう一度深々と頭を下げた。
「ほうか。……そんなら、ええ。お前らもこっちに来い」
ふっと一つ息を吐き、金本が手招いた。赤星と的場は藤本と金本が陣取る
布団の反対側に回り、並んで腰を下ろした。
「木戸さん、しんどかったら無理に話して頂かなくてもいいんですけど――」
左肩を血に染めて横たわる二軍監督を気遣いつつ赤星が切り出した。
「どうしてまた、あなたがゲームに参加することになったんですか?」
「昨日……いや、一昨日か。球団社長の野崎さんから急に呼び出されてな。
大変なことになったから、すぐ来てほしいと。とりあえず駆けつけたら、和田と
八木もおった。そして野崎さんから今回のゲームのことを聞かされた」
木戸はじっと天井の一点を見つめたまま語り始めた。時おり顔をしかめつつ、
だがしっかりした言葉でゲームに参加させられるまでの経緯を綴っていった。
「そうだったんですか……。僕はてっきり木戸さんや和田さんも監督たちと
同じで運営側についているものだとばかり思ってました」
全てを聞き終え、赤星が意外そうに言った。金本も同感といった具合に頷く。
「……まあ、そう思うのが自然やろな。葛城もそうやった」
「葛城に会ったんですか?」
同級生の名前を聞き、藤本は思わず木戸に尋ねた。
「昨日、森の中でな。あいつは俺を運営側の手先と思って銃を向けてきた。
今お前たちに話したようなことを必死で説明したら解放してくれたが、それでも
俺の話を完全には信用しきれんと言うとった。けど撃って、本当やった場合に
後悔もしたくないから、行ってくれと」
話を聞き、藤本は安堵した。葛城は少なくともゲームに染まっていないと確信
できるからだ。
「ところで木戸さん、その傷はどうしたんですか?」
再び赤星が聞くと、木戸は自分の肩口に目をやり、わずかに顔をゆがめた。
「これか……。すまんが、その話はまた後にしてくれるか? ちょっと、疲れた」
「あ! こっちこそ、すみませんでした。ついつい色々聞いてしまって」
赤星が謝ると同時に金本が立ち上がった。
「それなら、わしらは向こうへ行くんで、ゆっくり寝て下さい」
「ああ、すまんな……」
藤本は木戸に布団をかけ直してやった。木戸が目を閉じるのを見届け、
四人は彼を残して隣の居間へと移動した。
部屋の中央にあるテーブルの四辺に銘々が腰を下ろすとようやく人心地が
つける思いがした。話題にのぼるのはまず木戸のことだ。
「良かったですね。木戸さんの具合が落ち着いて」
「一時はどうなるかと思ったがな」
「……それにしても、不思議ですね」
場の雰囲気がやわらぐ中、ひとり赤星だけが何かをいぶかしむように呟いた。
何が?と他の三人が彼の方を見る。
「八木さんはともかく、木戸さんや和田さんが何も知らなかったってことがです」
「そんなに不思議か?」
特に気にもとめていなかったという様子で金本が聞いた。
「なんか、おかしくないですか? 選手は全員が参加させられてるわけですし、
監督はじめスタッフだって全員が関わってるのが自然だと思うんですけど」
「確かに、木戸さんと和田さんだけが外されてるのは変な気もしますね」
赤星の言葉に同意したのは的場だ。
「もしかすると、あの二人だけじゃないのかもしれないな。あくまで見た限り
ですけど、今にして思うとあの体育館には監督のほかは一軍のコーチしか
いなかった気がするんです。裏で仕事をしてただけなのかもしれませんが、
二軍のスタッフが全員外されてるという可能性もあると思います」
そう聞いて藤本も体育館でのことを思い出そうとしていた。確かに、言われた
ようにあの場に二軍のコーチ陣の姿はなかった気がする。
(……ん?)
記憶をたどっていくうちに、ふと思い出すことがあった。体育館。そう、あの時。
「もし二軍のスタッフがゲームから外されてるなら、理由はなんじゃ?」
「そこまでは分かりません。けど、どうも引っかかるんです」
気にしすぎかもしれませんが、と赤星は最後に付け加えた。彼が黙ると金本も
的場も考え込んでしまった。そして赤星が言うこととは違うが、藤本もまた
引っかかりを感じていた。違和感、とでも呼べばいいのだろうか。
(これって……?)
あの体育館で、おそらく自分以外にも感じていた選手はいると思うが――。
「そう深い意味はないと思うがな。……と、もう朝か」
金本がふと窓の外を見やった。東の空が明らんできている。
「ですね。ユタカさんと秀太のことはどうします? 木戸さんを置いて行くわけ
にはいかないから、みんなで捜しに行くのは無理ですけど」
赤星が皆に向かって尋ねると、的場がわずかに顔をこわばらせた。しかし、
ひとり考えにふける藤本をはじめ気づいたメンバーはいない。
金本は腕を組んで少し考えた後、静かに言った。
「あいつらのことは気になるが、ここまで来たら動くのは朝の放送を待ってから
でもええじゃろう。今は無事でいてくれることを祈るのみじゃが……」
「じゃあ、放送まで一眠りします? 昨日の夜もろくに寝てませんから……」
腕の時計に視線を落としながら的場が問いかけた。
「いや、なんか色々あって完全に目が冴えてしもたな。けど、眠いやつが
おったら遠慮せんと寝たらええぞ」
「いえ、僕はべつに眠くないんですけど」
首を横に振る的場に続いて赤星が笑いながら言う。
「僕も今さらって感じです。ぜんぜん眠くないです」
「サル、お前は大丈夫か?」
「え? は、はい!」
急に話しかけられ、深い思考に没頭していた藤本は焦った。
「なんじゃ、寝ぼけとるんか? 眠たかったらお前"だけ"寝てもええぞ」
にやにやしている金本がしゃくにさわり、すぐに切り返してやる。
「誰も寝ぼけてませんって! ていうか、金本さんこそ大丈夫ですか? 僕らと
違ってお年寄りなんですから、無理せんと寝た方がええんちゃいます?」
「なんじゃと、お前はまたいらんことを!」
ぶうん、と金本の拳が飛んでくる。藤本はおどけた仕草で頭をガードし、攻撃を
よけた。やれやれまた始まった、と言いたげな呆れ顔で赤星と的場がこちらを
見ている。先ほど覚えた妙な違和感は気になるが、今は胸の内にしまった。
【残り29人】
226 :
代打名無し@実況は野球ch板で:2008/07/22(火) 21:48:35 ID:Ep2JzGJx0
うおおおゴレンジャーキター
職人様乙です!&代理乙です!
マトーバを心底心配するゴレンジャーが・・・(ノД`)
新作乙です。
いろいろ気になりますね。おどけてる藤本が悲しいです。
ゴレンジャーすきじゃー彼らが唯一の救いなのに
誰かに何があったら絶対になく
ほす
231 :
代打名無し@実況は野球ch板で:2008/07/24(木) 23:33:21 ID:ttq+tV1t0
a
ほしゅっておこう
235 :
代打名無し@実況は野球ch板で:2008/07/28(月) 22:29:02 ID:LHtvWhu70
a
ほしゅ
ほっしゅほっしゅ
>>225 168.残酷な迷子
もう恒例となった空虚さと戯れる時間を持て余し、今岡誠は久慈のいた家を背に、
夜道を歩んでいた。
弱々しい月明かり以外は、外灯すら灯らない集落の闇。その闇に己が同化してきて
いる気がした。体積を増して取り憑いてくる闇に手足を取られ、そのまま溶けて、
闇と一体化する。
そんなつまらない空想を打ち切り、今岡は腕の時計を見た。
時刻は午前五時に差し掛かろうとしていた。
つい時間を気にしてしまうが、それに何の意味があるのだろう、とふと疑問に思う。
すぐに答えは出た。特に意味はない。習慣、というものだ。
胸に手を当ててみる。スカスカだった。
もう穴は随分と広がっていて、心の原型も留めていない。果たして今岡の心は
どんな形をしていたのだろうか。思い出せない。
それすら消えていって、後に残るのはどうしようもない空と虚の残滓だ。
辟易する。分かっているのに繰り返す己にさらに空しさが募る。
穴にも夜の闇は滑り込んできていて、やはり触れる部分から浸食してきている
ようだ。
辟易する。穴の中から空と虚を掴んで投げ出したくなる。
(俺は、何をしているんやろうか――)
後悔ではない。ただ、酷く虚しい。あの時の――浅井に死を与える選択をした
久慈の姿に、真っ直ぐで曇りのない目をした人間が人殺しとなる瞬間に立ち会った
ことに、全身の血が沸騰するような高揚感を覚えた――あの時の興奮は、一体どこ
へと吸い上げられてしまったのか。
『死ぬなよ!』
背中に投げかけられた台詞に、妙な新鮮味を覚えた。驚いてしまった。
ああ、そんな選択肢もあるのか、と漠然と気付く。思いも寄らなかった。そもそも、
生きよう、とか死のう、とか、そんなことを考えたことは、この島に来てから一度も
なかったような気がする。
今岡誠はいつも観察者であり、実験者だったのだ。
『なぁ今岡、お前は生きることに執着してへんのちゃうか?』
桧山の遺言が蘇る。そうかもしれない。確かにそうだ。
殺す、とか殺される、というのと、生きよう、とか死のう、というのは別の感情だ。
もちろんこの状況では、それらがリンクすることは往々にしてあるのだが、少なく
とも今岡にとって、誰かを殺すことや、誰かに殺されようとすることは、彼自身の
生きたいとか死にたいという意思とはまた別の次元に存在する。
だがそれは随分と人の倫理からはずれた価値観なような気がした。崇め奉り、神棚
の上にでも飾っておかなければいけない尊厳ある『生死』を、今岡は尻ポケットから
取り出して軽く放り投げ、部屋の隅に転がしているのだ。
だから、自分は異質なのだろう。
(眠いな……)
思考が眠い。面白くない思索は今岡の興味を呼び起こさない。
思考を中断し、今岡は随分と傾いだ月を見上げた。
黄ばんだ面を向ける天体にあくびを差し向け、右目をこする。
寝る場所。そう寝る場所を探していたのだ。
あんなことがあってすっかり当初の目的を忘れていた。
すぐ、忘れる。目の前に何か気になることがあれば、それまで考えていたことが
どこかへ飛んでいってしまう。今岡誠はそういう性分だった。良いことだとは思って
いないが、努力をしてまで直そうと思えるほど気にしてもいなかった。
この辺りは民家が密集しているが、あまり近くに落ち着くとまた出会ってしまう
可能性がある。
今岡は久慈に「負けた」のだ。久慈のあの純粋で強固な意志に敬意を表して、
彼を殺さないことに決めた。
だがそれすらも、今岡は簡単に忘れてしまう。今岡は隣の集落まで足を伸ばすこと
にした。
それに何となく、彼にもう一度会いたくない気がした。
半刻ほど歩いただろうか。山の向こうに隠れていた太陽が少しずつ端光を覗かせ、
東の空が藍色づいてきた。闇が払拭されていく。
(あそこでいいか)
適当に見定め、目的地に向かって歩を進める。
今度は少し慎重に、今岡は民家の前に立ち止まり、まず玄関から中に入るより先に
家の周囲をぐるりと一周することにした。
中に誰かいる気配があるならやめておこう。今はもう、たった一人を除いて誰にも
会いたくない気分だった。
また、アレがくるかもしれない。
玄関のちょうど真反対まで周り、今岡は足を止めた。雨風に晒され薄汚れている壁に、
大きめの窓が設置されている。当然のごとくカーテンがかけられているのだが、今岡は
そのカーテンの隙間が気になった。
気になり、じっとその隙間を見つめて神経を集中させると、人の話し声が聞こえた。
誰かいるらしい。無人の家で話し声は聞こえない。
誰がいるのだろう。やめとけばいいのに、好奇心が疼いた。誰かいるなら大人しく
別の家を探す当初の予定は、今岡の中ではあっさりと忘れられていた。足音を潜め、
壁に張り付き、じわじわと窓に近づく。
そして、窓枠との最近距離まで近づいたとき、おあつらえ向きにわずかに窓が開いて
いることに気付いた。ここから覗け、と言われているようだ。
言われるままに今岡は隙間から中を覗き込んだ。まず目に入ったのは、電灯のついて
いない薄暗い部屋に座り込んだ誰かの後ろ姿と、その前に据えられた足の短いテーブル、
隣に置かれたストーブだった。
ああ、だからか、と今岡は納得する。今岡が話し声に気付いたのは窓が少し開いて
いたせいだ。そして、窓が数センチ開いていたのは、ストーブをつけているので換気
するためだ。
一つの謎の解決に満足し、今岡はさて誰がいるのだろうという疑問に胸を躍らせた。
一番手前にいる人間は、ユニフォームを脱いでアンダー姿だったが、その小さな
背中ですぐに誰か分かった。赤星だ。
一瞬、胸の中を何かが弾ける。赤星がいる。そして、彼は今岡からはカーテンが
邪魔で死角になっている誰かと話しているらしい。
赤星が一緒にいる相手、それは――
(もしかして――)
見つかる危険を冒して、今岡は窓に張り付いた。角度を正面に変え、隙間との距離
を縮めれば、視界は格段に広くなる。さほど広くもない居間の大部分が見渡せた。
彼の向かいであぐらを掻いて頷いている男。
(金本さん――)
期待していた人物の出現に、込み上げる感情が食道のあたりを圧迫する。
緊張と興奮。興奮に込み上げてくる声を、緊張が押し戻そうとする一瞬のせめぎ合い。
「か……」
思わず、その場から窓を開き、声をかけそうになった。
「うぎゃー!」
その向こう見ずな行動を制止したのは、今岡の理性でも何でもなく、いきなり
聞こえた何者かの悲鳴だった。
「藤本!?」
赤星が慌ただしく立ち上がり、悲鳴の主の名を呼ぶ。
「サル、どうし……!」
金本も続き、居間の出入り口に向かおうとした時――
「うわ〜!」
悲鳴を上げ、ズボンのベルトをかちゃかちゃやりながら藤本が部屋に駆け込んでくる。
わたわたと後ろ手にドアを閉め、軽く息を切らしながら報告した。
「い、今、トイレにゴキブリが……!」
『…………………………』
ピコーン!
「でっ……」
「驚かせるなサル! そんなもん小便かけて撃退しろ!」
「そんなんじゃ退治できないですって!」
冷めた間の後、この時を待っていたかのように取り出されたピコピコハンマーが
藤本の頭頂部を直撃する。
頭を抑えながら、さらに言い募る藤本。
「だってもう、こう、かさかさ〜っと俺の足に……うわぁ〜」
「そんでしょんべんも切らずに飛び出してきたわけか! かー、情けないのぅ。
それでも男か」
「おまえ……それはいくらなんでもヘタレ過ぎだろ」
こんな異常事態でなければ、同情してくれる人間もいただろう。両者に糾弾された
藤本が、不服そうに――金本には敵わないと見たのか、赤星に反論する。
「そんなこと言って、赤星さんだったら絶対同じ状況だったらパニック起こしてズボン
下げたまま飛び出してきますよ! 俺の方がチャック上げる余裕があっただけ……」
「そ、そんなことあるか!」
侮辱された選手会長が気の弱い反論をする。実際、潔癖な赤星であるだけに否定し
切れないらしい。ズボンを下げたまま部屋に飛び込んでくる赤星が目に浮かぶようだ。
「みなさんまだ早朝なのでもう少しお静かに……怪我人にも触りますし」
そんな彼らの永遠に続きそうな言い合いを収めたのは、別室から戻ってきた的場
だった。
「すまん。馬鹿がくだらんことで騒ぎよって……そんなことより木戸さんの様態は
どうじゃ」
「落ち着いてはいるみたいです。あれから静かに眠っていて、うなされる様子もなく、
呼吸も規則正しいです」
的場の報告に、同時に、その場にいる誰かから安堵の溜息が漏れた。
「そうか……それならいい。ご苦労じゃったの。次はサルに看させるから、お前も
しばらく休め」
金本に指図された藤本が無言で承諾し、立ち上がる。
決して景気がいいとは言えない動作で――もとより怪我人の看病の交代に景気がよい
行動が取れるわけもないが――右手を挙げ、的場とバトンタッチをする。
戸口をくぐる瞬間、思い出したように振り返り、藤本は的場に注意を喚起した。
「トイレ行くときは気をつけろよ、ゴキブリ出るから……」
少し、笑いのさざめきが的場の口元に浮かんだ。
窓の隙間から漏れ聞こえる声。
暖かいストーブの前でテーブルを囲んで、金本と赤星、的場の談笑が続く。先ほどの
藤本の間抜けな行動を的場に聞かせて物笑いにしているらしい。
決して笑ってばかりいられる状況ではないはずだが、無理にでも雰囲気を明るく
しようという思惑もあるのだろう。そうやって互いを気遣い合える関係というのが、
今岡には随分久しく感じられた。
そういえば、この島に来てから自分はいつも独りだ。
(金本さん――)
急速に、彼の姿が遠くなった。急速に、周囲の明度が落ちる。
夜明けは確かに近づいているのに、今岡は時間が逆戻りした感覚を覚えた。
暗闇の中に浮かぶのは、疑問だった。理解できない疑問。その答えがぽっかりと
抜け落ちている。もしかしたら、心が削れたときに一緒に取り浚われてしまったの
かもしれない。
なんだ、彼はなんだ、なぜ笑っているのだ。
なぜ仲間と共に笑っているのだろう。
この差は何なのだろう。
友人は多い方ではない。近寄りがたいと言われることもある。
それでも孤独だったことはあまりなかった。今思えば、少ないながらも近くには
いつでも誰かがいてくれたように思う。
そういえば、プロで結果が出せず、モチベーションが上がらず、誰もが離れて
いった時期にも妻がいてくれた。
今、今岡は独りだ。
今、こんな状況でも、金本は一人ではない。
金本知憲は友人の多い男だ。
豪快で、飾らない彼の周りには人が集まる。彼が誰に近づいていくのではなく、
相手の方から彼の周りに集まってくる。
それらは自然と役割を持って集まってくる。彼が笑いを取りやすい、いじりやすい者、
周りで彼の冗談を笑う者、周りの空気を読んで周囲を盛り上げる者、そんな彼らがはみ
出さないように、細かく雑用ができる者。
誰も頼んでいないのに、勝手に彼の周りに集まって、彼を中心に賑やかな円を作る。
(遠い――)
金本知憲は、あまりにも遠い存在だった。
自分は彼に何を期待したのだろう。
彼にとって今岡誠とは、円の端で笑う大多数の内の一人でしかなく、今岡が金本を
必要としても、金本は今岡を必要とはしない。
急速に孤立を感じた。
孤独ではなく、孤立。
ただ独りで立っている。
彼らの姿がブラウン管の向こうの芝居のように遠く感じて、木々のざわめきも、
風の囁きも、音という音が遠ざかっていく。耳に詰め物をしたかのように聴覚が鈍く
なっていく。
次第に胸の中で大きくなっていく風穴から冷気が入り込み、四肢を冷やしていく。
急に全身が寒くなった。怖い、ではなく寒い。生暖かい空気の充満する電車から降りて、
初秋の夜の肌寒さを実感した時のような、全身にまとわりつく薄ら寒さ。それは孤独だった。
誰かに聞いて欲しかった。
誰かに、今の自分の心の在処を教えて欲しかった。
(誰かに――誰に?)
どこにもいないではないか。
誰もいないではないか。
桧山も、金本も、いないではないか。
耳鳴りがする。大きく。小さく。波のさざめきのように。
今岡誠を救ってくれる人間を、今岡誠は誰一人思い浮かべられなかった。
(こどく)
その言葉を音には乗せず唇に刻む。
今岡は歩き出した。
「あれ……?」
「赤星さん?」
的場が交代でやってきてから、座る位置を変えた赤星が、首を伸ばして窓の方を
見やる。
テーブルを挟んで向かいに座る的場が、不思議そうに呼びかけた。
「今、誰かいたような……」
その言葉に、的場の顔が軽く強ばるのが分かった。
一瞬の緊張が居間を走り抜ける。
見間違いだろうか。窓の隙間から、何かの陰が動いたような気がしたのだ。
「ちょっと、確認しますね……」
声のトーンを落とし、周囲にそう告げてから、赤星は立ち上がった。
「おい、気をつけろ」
金本の声が飛ぶ。小さく頷き、赤星は心持ち緊張しながら、ゆっくり手を伸ばした。
そしてすばやい動作で、さっとカーテンを引く。
「…………誰もいない……」
なにもない。
そこには換気用に赤星が数センチ開けた窓があり、その向こうには朝焼けの接近を
知らせる、濃藍のスクリーンが広がっているだけだ。
人影も、人の気配も、動物のようなものすらいない。
その時強い風が吹き、揺れた枝葉の合間から山間の端光が見えた。
その朝、今岡誠は彷徨い続けた。
【残り29人】
職人様乙です。
深い、深いなー今岡。
金本じゃないと今岡が感じた今、
いったい誰が彼を救ってくれるんだろう…
>>209 【122】もう一人の清水
「う……」
肌寒さに身を震わせ、仁志敏久(G8)はゆっくりと意識を覚醒させた。
(どこだ……ここ?)
悪酔いした時のような気持ちの悪い浮遊感に襲われた。
視界も、頭も霧がかっている。鼓膜に水の膜が張ったような感覚。鼻が詰まり、口内には正体の分からない苦みと不快感が立ちこめていた。
五感という五感の感覚がぼやけている。寝起きだからなのか、それ以外に原因があるのかは分からないが。
(最悪だ)
最悪の目覚めだ。
悪態を吐き出そうにも、口と舌が強ばっていて言葉が出ない。息は吐き出せても、そこに音を乗せる作業が億劫だった。
「…………」
頭痛すら伴う頭をもたげ、何とか上半身を起こして周囲を見渡すと、そこは狭い家だった。
(小汚い……狭い……よくこんなところに住めるな。そのうち倒壊するんじゃないの?)
実際、そこまで酷くはないかもしれないが、八つ当たり気味に扱き下ろす。
悪態を突くのは得意だ。生意気を言うのも得意だ。今はあえてそうすることで、自分らしさを取り戻そうとしている。
どうやら、下着だけをつけた状態でベッドに眠っていたらしい。
(寒いはずだ……)
なんでこんなことを、とも思ったが、理由はすぐに分かった。
ベッドの足下に畳んで置かれたユニフォーム。そのカラーは、すでに白と言うよりは赤と言った方が正しい。
この服のままベッドに眠るのは、さすがに抵抗がある。寝かせる方も抵抗があるだろう。
誰かと一緒にいた気がする。
誰かに引きずられ連れてこられた気がする。
頭がぼんやりとしていて、記憶が判然としない。
霞む視界に苛立ち、仁志は数度瞬きを繰り返した。
先ほどよりはいくらかマシになった気がして、仁志は遠くを見ようと、カーテンの引かれた窓の方を向く。
カーテンの端をつまみ、僅かに空いた隙間から外を覗き込んだ。
「あ……」
思わず漏れ出た声は、僅かに震えていた。
窓の向こうには、まだ日の昇り切らない早朝の薄闇が広がっていた。
見るだけで気持ちが引き締まりそうな、凛とした空気。冷たい水のたゆたう沼辺。
ゆるやかなカーブを描く水べりに目を滑らすと、その遠くない先に、白い小さな建物があった。
民家、とは違うらしい。白塗りのそれは、正面に大きな窓と、小さな玄関口があり、玄関の横にはなにやら木造の看板が掛けられている。
不用心にもカーテンの掛けられていない窓の向こうに、人の背中があった。
椅子に腰をかけている男の背中が。
ぼやけた視界の見せるまやかしではないかと、その後ろ姿を凝視する。
『SHIMIZU』
背もたれに隠れて下半分ほどは見えないが、それでも、覗くローマ字の名前は確かにSHIMIZUと読めた。
(嘘だ――!)
霞む目を瞬かせ、奔流のように舞い戻ってくる記憶に仁志はこれ以上ないほど息を飲んだ。
「清水……しみず……」
血が付いていることも構わず、仁志は手早くユニフォームを身につけた。
その間にも、譫言のように清水の名を口ずさむ。
どちらが現実で、どちらが夢なのか。
気がつけば、仁志は傍らに置かれたデイバックを手に取っていた。
「仁志……?」
(いない)
ドアを開け、誰もいない部屋に呼びかけてから、前田幸長(G29)は音を立てて床にバケツを置いた。
中の水が勢いよく跳ね、あやうく前田のスパイクを濡らしかける。
ベットの上は慌てて飛び出したようにぐちゃぐちゃになっていて、足下に畳んでいたユニフォームはない。
勿論スパイクも、デイバッグもだ。
「どこ行ったんだ、あいつ……」
予想外の展開に狼狽する。
入り口付近に出来た小さな水たまりを飛び越え、前田はベッドサイドに近づいた。
何か置き手紙か痕跡はないかと目をこらす。
「う……っ」
その時、カーテンの隙間から窓の外に映った人影に、心臓が飛び出そうになった。
慌てて声を飲み込み、前田は壁に張り付いて外の人物を伺った。
(あれは……村松……)
ただ彼が歩いているだけならば、ここまで身の危険を感じなかったかもしれない。
必要以上に脈が速くなっているのは、彼が手にした拳銃までしっかり目に入れてしまったからだ。
銃を手に、周囲の様子を伺いながら沼の周辺を歩いている。
近くにあんな人間がいただなんて気付きもしなかった。
相手が銃を持っている以上、戦意があるとしたら非常に危険な状況だ。
そして、戦意のあるなしはここからでは分かるわけもない。
前田の脳裏に、先日の苦い記憶が蘇る。
銃。桑田が江藤を殺した銃。小林が前田を殺そうとした銃。ただその引き金を引くだけで、簡単に人の命を奪える凶器。
危険。と、過去の経験が警告する。
気付かれないうちに、ただちにここから離れるのが得策だ。
(でも……)
外傷以上に心に深い傷を負っているであろう同僚の姿が頭をちらつく。
(でも、いないものはしようがないじゃねーか……)
もしかしたら、仁志自身も近隣に村松がいることを察し、危険を感じて場所を移したのかもしれない。
そうなるとこんな場所に留まって仁志を待つ自分はとんだ愚か者になる。
(どうする?)
なんとなく、しかし確信に近い予感として、仁志はもうこの家には戻ってこない気がした。
もう二度と、仁志と会うことはないような、薄ら寒い予感。
(でも、俺は――)
あの時、清水の死に顔に託されたバトンを、次のランナーに託すこともせず、放り出すことが許されていいのだろうか。
村松の視線が、前田の潜む民家へと向く。そして、迷いのない足取りで向かってきた。
(ヤバイ!)
一瞬の躊躇は手遅れに近いものだった。今から、ドアから逃げだそうとすれば、間違いなく村松と鉢合わせることになるだろう。
開きっぱなしのドア。水の張ったバケツと、床に水がこぼれた真新しい跡。
間違いなく、つい今し方――実際のところは現在進行形で――誰かがいることを主張する物件の数々。
頭が真っ白になる。その白い空間に、間違いなく近づいてくる足音。
ギシッ――と、脆いきしみを上げて板張りの床が鳴った。
開けっ放しのドアから侵入した男は、まず足下に残る水たまりを注視したようだった。
黒に白のラインの入ったスパイクが動きを止め、やがて大股で水たまりをまたいで歩み出す。
床下十数センチの世界から、前田幸長は息を飲んで侵入者の動向を見据えていた。
部屋に一つしかないベッドの下にデイバッグと一緒に自らの身体を押し込み、前田幸長は一部収納された段ボールに混じって埃臭い床の味を味わっていた。
なんと惨めな姿だろう、と掠める気持ちがないわけでないが、それ以上に感情は恐慌と緊張に偏っていた。這い蹲り、鼻や口や耳の穴を可能な限り絞り込もうと努める。ここでくしゃみや咳がでれば、全てがおしまいだ。
「誰かいるのか?」
警戒と緊張を押し殺したような声。
かけられた言葉は、前田の心臓を握り潰しそうなほどの圧力を伴って目の前を回った。
ギシッ――
体重移動の度にきしむ床の音が鼓動を早くする。
(来るな、来るな――)
近づいてくるスパイクのつま先がこちらを向く。来るなと念じながら、頭のどこかでああもうダメだと誰かが叫んでいる。
このスパイクが前田の目の前で止まって、垂れ下がっているシートをちょっと持ち上げて、逆さまに人の顔が覗けば、その先にあるのはあの黒光りする銃口の丸い筒の入り口だけだ。
逃げる場もなく、避ける間もなく、飛び出る銃弾を目視する間もなく全てが終わる。
目の前をちかちかする幻想に眩暈を起こしかけたとき、黒いつま先が前田から見て右に方向転換した。
あの先にあるのは、部屋に一つしかないクローゼットだ。使用状況からすると、物置と言った方が正しい。
ガラガラ――ガンッ!
いささか乱暴な音を立てクローゼットが引き空けられる。それがこのオンボロ屋の立て付けが悪いせいか、侵入者の性質のせいかは分からない。
いずれにしろ、最後のガンッ! は前田を這ったまま飛び上がらせそうなほど驚かせた。
静かになる。前田も沼に向かう前に確認したが、旧式の掃除機やモップが放り込まれた物置だ。今入り口に鎮座しているバケツもそこから発掘した。
案の定、侵入者はすぐにそこから興味を失ったらしい。
足音が再び近づいてくる。次はベッドの下か?
(来るな! 頼む、来ないでくれ――)
必死の祈りも空しく、前田の狭い視界に、黒い爪先が映った。
その爪先が正面を向いた瞬間、もう気絶したい――真剣に前田はそう思った。
「逃げた、か……」
意図的な気絶に向かおうとしていた前田の耳に、免罪符のような呟きが飛び込んだのは、前田の体感時間を度外視すればほんの数拍後のことだった。
スパイクに目が付いていれば間違いなく見つかったという近距離で向かい合っていた村松の足が踵を返し、徐々に遠ざかっていく。
村松の気配が完全に消えた頃、前田幸長は取るものもとりあえず民家を飛び出した。
(すまん、仁志――)
拾った人間を置いていってしまうことに、小さな罪悪感がちくりと胸を刺す。
実際に置いていかれたのは前田の方なのだが、仁志の状態を考えると、根が善人な前田は後味が悪かった。
とはいえ、彼の行き先が分からず、不用意に辺りをふらついて探すにはあまりにもリスクが高すぎる。
せめて彼が無事でいること、そして出来れば再会を祈りながら、前田幸長は沼のほとりを後にした。
ベッドに寝ていても良かったが、どうにも落ち着かずに、清水直行(M18)は部屋に唯一あるデスクに頬杖を突いて村松有人(Bs3)の帰りを待っていた。
机に右肘を載せ、包帯でぐるぐる巻きにされた左肩を観察する。
村松に与えられた痛み止めの薬が効いているのか、昨夜よりは身体の自由が効くようになった。
出血は酷かったが、致命傷にはならなかったらしい。妙なところで強運だ。
「リハビリすれば、また野球……出来るようになるかな」
祈るように呟く。生きるか死ぬかの状況に直面していてもなお、そんな風に思う自分の野球馬鹿さ加減に苦笑を禁じ得ない。
正面に目をやると、ドア付近の壁際に置かれた患者用の丸椅子が目に入った。
村松はなぜかその椅子を陣取っているので、自動的に窓側にあるデスクと椅子が清水の席になっていた。
見回りをしてくる、と言って村松が出て行ってからしばらく経つ。
単に体感の時間スピードが遅いだけかもしれないが、少しだけ不安になり、清水はそわそわと窓の外に目をやった。
何ら変わりのない沼のほとりの風景。
朝の清涼な空気が漂う辺りは、もうすぐ昇る太陽を待ちわび、うっすらと明度を
増していた。
昨夜は暗くて気にならなかったが、そう遠くない距離を開けて、向かいに粗末な作りの民家が佇んでいた。
こちら側を向いた窓は、しっかりとカーテンが閉まっていて、もし中に誰か潜んでいたとしても分からないだろう。
ふと、カーテンすらかけられていない窓際に座る自分がえらく無防備である気がして、急に不安が立ち昇った。
やはり布団に潜って大人しくしていた方がいいだろうか。
いっそのこと、ベッドのシーツを一枚引っぺがして、カーテンにしてしまおうか。
そうしてしまおう。思い立ったが吉日。やることを見つけ、若干暇を持て余していた清水は立ち上がった。
そう思い腰を浮かせかけた時、急にドアノブが回され、心臓が飛び跳ねた。
「村松さん、ノックくらいは――っ!?」
軋んだ音を立てて開いたドアの隙間から、崩れ落ちるように男が入ってきた。
村松ではない。
気付き、清水は息を飲んで突然の訪問者を凝視した。
【残り44名 年俸総額98億900万円】
おおお乙です
さてここからどうなるのか…
255 :
代打名無し@実況は野球ch板で:2008/07/30(水) 23:36:28 ID:InGg+0oR0
o
>>253 【123】面倒臭い男
ドアにもたれかかり、もつれた足を支えながら、侵入者は室内で立ちすくむ清水
の姿を確認した。
「……なんだ、清水じゃないのか……」
どこか焦点の定まっていない瞳は、そこにいるのが清水直行と確認した途端、
落胆したように色を失った。
「に、し……さん?」
まるで別人のように生気を失ってはいたが、紛れもなくその男は読売ジャイアンツ
の仁志敏久(G8)だった。
がっくりと項垂れた仁志は、もはや動く気力もないようだった。
その場に跪き、やがて腰を降ろし、ついにはその場に寝転がってしまう。
どうみても正気の人間の行動ではない。
ともすれば泥酔中の酔っぱらいにも見える行動に、戦意や敵意があるようには
見えない。
痛む身体を押し、清水は仁志の元に近寄った。
「うっ……」
そして、鼻に付いた濃い血臭に一瞬怯む。見る影もなくユニフォームを汚している
染みの正体が、乾ききった大量の血であることに気付いた。
(怪我!? いや――)
これだけ夥しい量の血を被っているが、仁志本人に目立った出血はなさそうだ。
何より、これだけの出血をする大怪我をしていれば、一人でこんなところまで
歩いて来れるはずがない。
ならば、これは他人の血なのだろう。どんなシチュエーションでこうなったのは
想像も出来ないし、あまりしたくはないが。
寝転がったまま、濁った眼で見上げる血まみれの男と目が合い、ギクリとする。
「お前、誰」
虚ろな瞳が、侮蔑の色を浮かべた。
「清水……直行です」
相手の妙な迫力に押され、遠慮がちに答えると、仁志の肩がビクリと動いた。
「清水……?」
名前を聞いてきたくせに、彼は自分が「清水」という名について話題を振られた
ように聞き返してきた。
「清水は……死んだ……」
(俺……?)
そんなわけはない。自分で自分に突っ込みを入れつつ、名簿にもう一人の清水の
名があったことを思い出す。
仁志敏久と清水隆行。同期入団で、同じ球団で新人王を争い、数年前までは不動
の一、二番コンビとして読売巨人軍を率いてきた。……セリーグとはあまり縁のない
清水は、二人の関係についてその程度の知識しか持ち合わせていない。
(確か、第二回目の放送で――)
名前を呼ばれていたはずだ。
とりあえず、清水は仁志の身体を起こし、壁にもたれさせてやった。なさられるが
ままに姿勢を入れ替えた男は、魯鈍とした眼で部屋を眺めていた。
「何で、ここに来たんですか?」
まるでここに彼の探す清水がいるかのような態度で入ってきた。
「……清水がいたから」
「…………」
確かにいたが。
(何なんだよ……)
まるで分からない。当を得ない仁志の言動に困惑し、清水は返す言葉を探しあぐねいた。
胸元の18の番号を見て、仁志が軽蔑するように鼻をならした。
まるで自分が「清水」であることを認めないようなその仕草に、さすがにむっとして
清水は語彙を強めた。
「……清水は、俺ですよ」
だが、すぐにそれを後悔する。
強めの口調で言い切ると、相手が顔を歪めた。
明らかに傷付いたそぶりを見せ、とうとう仁志は俯いてしまった。
小刻みに震える肩が、小柄な身体を余計に小さく見せた。
「仁志さん……」
今まで漠然と抱いていた仁志敏久のイメージとはかけ離れた男の姿に、清水は
少なからず驚きながら肩に手を置いた。
「泣いてるんですか……?」
ゆっくりと、顔を上げる。
「俺が……」
泣くわけ、ないダロ……
頭から滴り落ちた血が頬で乾いて、まるで血の涙の跡のようになっていた。
どれくらい時が過ぎただろうか。
ベッドも椅子もあるのに床に座り込み、言葉も交わさずに向き合う男が二人。
奇妙な沈黙が続く。
床を睨み付けたまま、清水はじっと今の状況について考えを巡らせていた。
どういった経緯かは知らないが、彼が清水隆行の死に直面したのはほぼ間違いと
見て良いだろう。
だとすれば今の彼の姿は同情すべきだ。こんなにも絶望の底に追いやられた人間への
対応の仕方を、清水は知らない。
「お前……」
代名詞で呼ばれ、顔を向けた。
「お前……清水…………直行」
かなり考えた後に、下の名前も呟く。合っていただけ素晴らしい。
「清水……」
繰り返し、眉をひそめる仁志。
「むかつく名前だな」
言いがかりだ。
「何でお前、清水っていうんだよ」
「すいません」
「謝んな。清水みたいに」
傲慢な物言いにむっとする。
彼が『清水』の名前に過剰反応する気持ちも分かるから、不条理な文句にも
謝ってやったのに。
はっきり言って同じ名字なだけであまり知らない。巨人軍でもそれほど目立つ
存在ではなかったはずだ。もっとも、あのチームは他に目立つ人間が多すぎるのだが。
目立たないと言えば、自分もエースと言われている割にイマイチ目立たないが、
共通点といえばそれくらいだ。名前と、地味。はっきり言ってどうでもいい共通点だ。
「じゃあ直行って呼んでくださいよ」
「…………」
(応えろよ)
了承しているのかしていないのか分からない。
コンパで『○○って呼んでよ』と言って女の子にノリの悪い反応をされた時みたい
な間の悪さだ。
まあいい。そのうち名前を呼ばれる機会があればその時分かるだろう。もう一生
ないかもしれないが。
いきなり飛び込んできてこの物言い。本来なら冷たく突き放して放り出してやる
ところだが、彼の境遇を考えるとそれも良心が痛む。
いろいろと言いたいことを飲み込み、清水は大きく息を吐き出した。
「とりあえず、身体洗った方がいいですね」
今思いつける、彼に対してしてやれる最良の気遣いを選択する。
「歩けますよね? すぐそこの沼で1回……」
「沼は嫌。汚い。シャワーがいい」
「わがまま言わんでください」
このやりとりが二回目であることを清水は知らない。
「そのままでいる方がよっぽど汚いですよ」
立ち上がろうとしない仁志に、先に自分が立って手を差し出してやる。
「ほら」
「…………」
仁志は頑として動かない。
ワガママな子供を相手にする苦労に通じるものを感じ、清水はいらっと沸き上がる
放り出したい感情を何とか抑え込んだ。
(どうしたいんだよ! アンタは)
ほんの少し前のうじうじしていた自分も、はたから見たらこんな感じだったの
だろうかと彼を見て思う。
途方に暮れていた自分。自分がどうしたいのかも分からず、ただ悲観的なスパイラル
に嵌り込んでいた。
夢で見たあの光景のように、もし本当に福浦が目の前で死んでいたら、自分も彼の
ようになっていたかもしれない。
そう思うと、どうしようもない使命感に掻き立てられた。
この人は、このまま放っておいたらダメになる。枝からもがれたまま、腐るのを
待っている果物だ。
(ああいらいらする)
もう一人の清水は、よくこんな男に付き合っていられたものだ。
一度だけ、清水は仁志に確認することにした。その答えによって、彼に対する対応
を決める。
「……死にたいんだったら、止めませんよ」
ただ、ここではやめて欲しいとだけは一言付け加えておきたいが。
「俺は死なない。――死ねない」
仁志は目に涙を溜めて、今までにない力強さでそう呟いた。
その決意の裏側に何があるのか、もちろん清水には分からない。
「だったら――」
そこで、ドアがノックされた。
【残り44名 年俸総額98億900万円】
乙!
>名前と、地味。はっきり言ってどうでもいい共通点だ。
ちょっと笑ってしまったw
乙!!
としひさぁ〜!!!(泣)
今岡の「こどく」って言葉が、今の彼の状況と相まってなんか…
つらいね
265 :
代打名無し@実況は野球ch板で:2008/08/01(金) 21:45:30 ID:tp6RvrUo0
v
>>131 106.Hall of bright carvings Part1
奇妙な建物だった。
埃っぽい空気の中を、サーチライトのように懐中電灯で高い天井を照らしてみれば、
明かり取りの天窓が反射とともに存在を主張している。広間の真ん中には何かを
模したのかうっすら埃を被り、鈍く輝く彫刻が鎮座しているのが目を引いた。
装飾的な鏡に彩られた円形のホールは全体的に赤色を基調に装飾がなされており、
赤いホールの右手に階段、トイレといった箇所に繋がる通路が覗いている。
「赤の間って感じだな」
右手から正面へと目を転じれば、奥の中二階へと赤い絨毯の敷かれた階段とスロープが
続き、その先に案内通りクロークがあるようだ。
ホールの案内によれば、クロークの横はティールームになっているが、ここからでは
よく見えない。
「向こう見てきます。電源ボックスとかあるかもしれません」
大島と後藤光が右手の壁から奥へと向かう。あちらには裏口がある。
「手当てしないとね」
大島と後藤光を見送ってから、ともかく中へ運び込んだ星の手当てに和田が取り掛かる。
「ちょっと行って来ます」
様子を少し離れた位置で眺めながら、二人も三人もいらないなと思った佐藤友は、
結局その場は和田に任せて大島と後藤光の後を追うことにした。
「こっち、裏口があるみたいだね」
「そうみたいですね」
どことなく暗い印象なのは、先程のホールとは違いあまり装飾がないからだろう。
探し物はあっさりとドアの傍に見つかった。電源ボックスを分からないままに
弄っていると電源が入り、おかげで自動ドアが開閉するようになったせいかどうか
大島がひょいと思いつきで外に出て、周囲をきょろきょろと見回した。
周囲は真っ暗で何も見えない。鼻をつままれても分からない濃密な闇は自然、
大島を身構えさせる。
「ゲッチュ、ここ閉めるから」
「あ、はい」
自動ドアをくぐった大島を先に立たせ後藤光がその後に続こうとして、ふと
視線のようなものを感じ振り向いた。
「ゲッチュ!」
目に、光のようなものが映り、まるで何かに命令されでもしたかのように、
躊躇いもなく体が動いた。
弾き飛ばす勢いで大島を突き飛ばし、そして自身も伏せようとした。
音はない、ただただスロウな白黒の世界で、閃光だけが目に焼きつく。
モノクロの世界で目の前に1つの黒点が見える。
認識しても、追いつかない。
見えているのに、避けられない。
衝撃と同時に右の脇腹に激しい痛みと熱とが弾ける。
世界に色彩が戻り、時間が動き出す。
痛みを吐き出すように、喉の奥から空気の塊とともに絶叫が漏れた。
「ッぐがああああああ……」
突然突き飛ばされた。
予想しない行動に、とっさについた右手から叩き付けられる。
間髪いれず、至近で響く銃声と、濁音の断末魔が轟く。
振り向いた大島の目の前で後藤光が腹を押さえて崩れ落ちる。
声にならない悲鳴に口を開け、浅く荒い呼吸を繰り返している。
「あ、あああ………」
名前が言葉にならない。目の前の像たちが処理できない現実の欠片として
焦点を結ばず、ただばらばらに散らばっている。
浅い呼吸を繰り返す。酸素を求めて水面に上がってきた瀕死の金魚のように、
ぱくぱくと口だけが動いている。
動けずにいる大島の目の前まで、殺人者はやけにゆっくりとした足取りで……
いやもしかしたら早かったのかもしれないが、極度に集中した意識の中で
引き伸ばされた時間は全ての光景を映画のようなスロウな動きに変えていた。
「誰だ!」
佐藤友が銃を構えて乱入する。大島を捕まえるとまだ燃焼ガスできな臭い拳銃を
頭に突きつけた。銃身の熱が冷えていくのが肌越しに伝わり、そんな距離に銃口が
突きつけられているという事実に大島は慄いた。
「動くな!」
石井義の声が聞こえた。言われなくとも動けなかった。
運び込んだ星の容態は悪い。
まずは手当てをと、懐中電灯の明かりの元で十分とは言えないまでも応急処置を始める。
「熱が出てるし、傷も多い」
「敗血症とか、言わないでくれよ」
「結構簡単に起こすらしいですからね」
田崎は割りとあっさりと言い放つ。縁起でもないと不愉快になるが、
これが現実なのだろう。顰め面は田崎に見つからずに済んだのは
ひとえにこの暗闇のおかげだ。
再び星へと視線を戻した丁度そのとき、ホールの壁の照明に光が点る。
光の元で見ると、相変わらず苦しげに長い睫が伏せられているのがわかる。
明かりが点り、傷の手当てもスムーズに進むようになるうちに星は気がついたようだった。
「藤原の、荷物……」
「わかった、荷物だな。ゆっくり休んでいいから、安心して眠って」
まだぼんやりしているようだったが、言葉は聞き取ることが出来た。
きっとそのことが気懸りだったのだろう、それを言付けると星はまた目を閉じた。
可能な限りの手当てを終え、一息ついて辺りを見回せば、奥の壁に大きな油絵が
掛かっているのに気がついた。茶色っぽい色、前衛的な絵の具の使い方が妙に
不安感をかきたてる。
考えすぎだと不安を一蹴し、再び星の様子に目を転じると、よく眠っているようだった。
酷く疲れてもいるのだろう。
一体彼はどんな危難の中を潜り抜けてきたのか、誰がそれを知っているだろうか?
しばしの深夜の安息に全員張り詰めていたものを緩め、めいめい腰を下ろす。
中島は少し考えてから口を開きかけたのだが、しかしそれは無情に妨げられた。
高らかな、火薬の爆ぜる音が二回、暗闇の安息を貫く。
同時に、心胆寒からしめる絶叫が聞こえた。半身に悪寒が走り、恐怖が臓腑をえぐる。
一瞬の金縛りの後、悲鳴のほうへと駆け出した。
後藤光と大島の後を追ったのは別に何か深い理由があったわけではない。
ふと心配になっただけ、それだけのことだった。その心配が今、目の前で的中している。
「動くな!」
大島を盾にして石井義は銃をちらつかせる。
(これでは動けない。射線が通らない)
大島は石井義の前に立たされている。
ここから後ろの石井義を狙っても、大島に当たる可能性が高い。
人質をとってこちらを威嚇する石井義に、佐藤友は表情を変えないよう苦心する。
隙を見せれば付け込まれるだろう。
石井義を撃退する、そして大島を無傷で取り返す。この二つを同時に実行する。
辛い状況だが不可能ではない。
(義人も動けまい。人質が一人ではどうしようもない)
後ろで足音がする。和田や中島といった面々が来たのだろう。
それはこの状況で有利に働くかどうか、怪しいものだった。
ともかく威嚇には威嚇で返す他はない。人質が効いているように見えてはいけない。
もし効いているように見えてしまったら、余計に人質を取り戻すことが難しくなる。
「撃つなよ?」
「撃たせてくれよ」
嬉しそうに凄んでみる。石井義は不快げに眉をひそめた。
目に入ったのは予期していた通り、あるいはそれ以上の凄惨な光景だった。
足元に斃れ伏した後藤光は傷をおさえ力なく呻き声を上げ、そこから床に
広がる血のシミは一秒ごとにその範囲を広げている。
石井義は大島の首に左腕をかけたまま、右手の拳銃をそのこめかみに向けている。
佐藤友は引き抜いた拳銃で石井義を狙っている。
「撃つなよ?」
「撃たせてくれよ」
ぞっとする言葉は低い響きで佐藤友の口から放たれた。
石井義はただ、無言で向けている銃口を押し付ける。
大島は息をのむ。音が、やけに大きく聞こえた。
佐藤友はそれらにも動じる気配さえも見せず、むしろ嬉しそうに言い放った。
「嬉しいことしてくれる、撃つ理由が出来るってもんだ」
その言葉に、石井義よりむしろ和田のほうが凍った。
(お前……冗談だよな?)
案じる目で和田は佐藤友の横顔を見つめた。
「撃つなよ?」
つい撃ってしまった後藤光はいま地面に倒れている。
もうじき死ぬだろう。
ともかく人質を盾に牽制する。人質を取った以上そうするしかない。
「撃たせてくれよ」
通用していない。苛々する。
無言で大島のこめかみに銃口を突きつけてみるが、動揺のかけらさえも見せなかった。
予期せぬ早さで増援が現れたのに慌てて人質を取ってはみたが、こうも通用しない
となると力押しのほうがかえって良かったかもしれない。
「嬉しいことしてくれる、撃つ理由が出来るってもんだ」
「可愛い後輩じゃないのか?」
だが、均衡は破られてはいない。
均衡が保たれているうちに、どうにかして事態を打開しなければ。
石井義は現状を把握するべく、観察する視線で今いる面子を見回した。
大島は恐怖で完全に抵抗の意志を失っている。
追加でやってきた面子も一見、武器はない。強気に押せば折れるだろうか。
人質は、佐藤友には通用していないが、後からおっとり刀で駆けつけた連中に
対しては効くかもしれない。
後から来た和田らに効くような台詞を石井義は投げてみた。
どこからどう見ても三流の悪役の台詞だが、この際仕方ない。
「武器を置いて降参すれば、ゲッチュは無傷で返してやるよ」
「それはこっちの損だな。むしろ今無条件にお前が降伏することを薦めるよ。
人数の差はいかんともし難いぜ?」
だが和田らが何かを言う前に佐藤友は先に潰してきた。
「木偶の坊がいるだけじゃあな」
「なら仕方ない。ゲッチュ、恨むなら義人を恨めよ」
そう言いながらも銃は撃たない。両者とも。
何かを待っている。
石井義は大島を突き飛ばすタイミングを。
佐藤友は大島が突き飛ばされるタイミングを。
そのタイミングは遅れてやってきた。杖をつく音と足を引き摺る音として。
「星、来るな!」
和田が叫ぶ。聞こえないのか聞こえているのか、それを無視して歩く星の足取りは
おぼつかない。
(こうやって庇われている間に、また誰かが死ぬ)
微妙に回る視界とぶり返す吐気をこらえながら、星は杖を握り両足で地面を踏みしめる。
「へえ、あいつまだ生きてたんだ」
足が止まる。その小馬鹿にしたような響きに耳の奥で鼓動がひとつ大きく音を鳴らす。
(雪辱は晴らせ。なめられたらやり返せ)
血が騒ぐ。騒ぐ血の求めるままに頭を上げる。視線の向こうで会話する
二人の人物を認める。
「殺し損ねたか?」
「しぶとい奴でね、どうにもやりにくい」
どこか共犯者めいたやり取りだった。
はっ、と短く息を吐くと、石井義を射抜く目で睨みつける。
それは、やり返さなければならない相手だ。
(やってやる、後には退けない)
杖を握り直す。
「おーーーーっ!」
左足で地を蹴る。
獣のような叫びと共に、ばねの効いた動きで、地を蹴り溜めた力で面を狙う。
気合の声と強く地面を蹴る大きな音にも石井義は慌てず騒がず、むしろチャンスと
ばかりに大島をそちらに突き飛ばす。
結果、星を巻き込んで二人とも床に勢いよく転倒する。
大島を突き飛ばした石井義は素早く反転、外へと逃れようとする。
それを読みきって、大島がいなくなり射線が通った佐藤友が石井義を狙い撃つ。
石井義の逃げる背中目がけてトリガーを引く。
命中させたように見えたが、石井義の足は止まらず、そのまま外へと逃れた。
佐藤友もその後を追って駆け出した。
林立するコンクリートの壁と柱の隙間を戦場に、石井義と佐藤友が交錯する。
散発的な撃ち合いはお互いに決定打を与えない。
暗闇のなか、気配を探り、息を吐き集中する。
お互いに構えた銃口がお互いを狙っている。心音が五月蠅いほどに早鐘を打つ。
どちらが先に焦れるか?我慢比べに負けたのは石井義だ。
物陰に姿勢を低くして転がり込もうとする影を佐藤友が放った銃弾が追跡する。
だが動く標的を捉えきれず、銃弾はタイルを破壊し破片をばら撒いた。
仕方なく後を追う。じぐざぐに走り、距離を詰める。
暗闇の戦闘距離は至近だ。鼻の先での戦いに緊張感はいや増す。
追跡の足を止め、在らぬ方を佐藤友が撃つ。
誘いだと知った石井義だがあえてそれに乗る。
銃声を頼りに佐藤友の至近に迫る。
「来い!」
遮蔽から飛び出し、石井義の懐に佐藤友が飛び込む。その距離、2mもないだろう。
だが先手を取ったのは石井義だ。しっかりとは狙わずに連続で引鉄を引く。
「弾切れ!」
必殺を期してのダブルタップだったが、初弾を放ったところで弾が切れた。
スライドが甲高い音を立ててロックされ、空の薬室を外気にさらす。
残り弾数を失念していた自分の間抜けさに怒りを覚えながらも慌てて柱の陰に
身を寄せて、新しい弾倉をセットするが、それより先に佐藤友が石井義を狙う。
大島に突きつけていたP5の形状から弾数がそんなに多くないと踏んでの、
弾切れを見越した誘いだった。
最期の一撃を見舞おうと、軽く狙いをつけて引鉄を引く。
だが、弾は出ず燃焼ガスの抜ける間抜けな音だけがそれに応える。
「ジャムった!」
自分の不運を呪い、叫ぶ。焦りながらも後背の壁に隠れ、排莢口を注意深く
右手で払い、空薬莢を取り除く。だがP99の詰まった排莢口から空薬莢を
取り除いた時には、既にP5に新しい弾倉が装填されている。
「畜生、仲がいいな!」
「ああ、お互いにな!」
お互いのアクシデントに苦々しい感情を込めて応酬する。
再び二人の距離は少し離れた。
佐藤友が口を開く。作り物の冷静さを覆い被せた声は、その冷ややかさがむしろ
最後通牒であることを如実に示している。
「義人、いい加減止めないか?」
「今更な台詞だな。ひるんだか?」
「貝塚さんからのお願いでね。助けてやってくれだとさ。今際の際の頼みとあれば
断れたもんじゃない」
「意味がわからない」
あまりにも予想外の言葉に、石井義は頓狂な調子になる。
「あいつは分かってないだけだって、良いこと悪いことが分かってないだけだって
最期までお前を庇ってた」
「何故貝塚さんがそこまで俺を庇うんだよ!」
「さあな。優しい人だったし、はっきりした理由なんてないのだろうよ。
だが俺は理由が聞きたい。何故三井さんを殺した?」
「確信していたように見えたよ、ここではこのルールに従うしかないと。
だから俺も先人に倣ってルール通りにやってるだけさ」
「俺の知っている三井さんはそんな人ではなかった!」
「でも事実だぜ?三井さんが殺気ありありだったのは」
煤を含んだきな臭い風が吹き寄せる。背後に迫る山の暗いシルエットの向こうで、
山火事の熾火が暗い空を仄かに赤く染めている。
上空を旋回するヘリの音がバラバラバラと響く。
それはまるで陰惨な運命を啓示するドラムロールのように対峙する二人の上に鳴り響いた。
不吉な連想が靄のように入り込もうとする。だがそれらが佐藤友の中で像を結ぶ前に
石井義が迷いや躊躇いを全く感じさせない軽い調子で続きを喋り始める。
「殺しはいけないってのが今までのルール、でも今はルール変更で、殺すことが
正しいことだ、そうだろ?」
「つまり、根っからこのゲームに染まってるってことか」
「それはお互い様じゃないか?手段としての暴力を否定しようと思ってないだろ?」
それは佐藤友にとって聞き覚えのある非難だった。
和田の案じるような、怒っているような視線を思い出して、やや表情をゆがめた。
「お前さ、本当にこんな殺し合い、やりたくてやってるのか?」
「人殺しが大好きなんです、ってほど狂っちゃないぜ。本音を言えばさ、
単にさっさと終わらせて帰りたいだけなんだよね。
どっちかって言うとこれは不得手なゲームだからさ」
軽く言い放つ。あくまで軽く。1たす1は2だよ、という位の軽さだった。
「もういい、よく分かった。やっぱりお前一度死んだほうがいい」
「文字通りの死刑宣告かよ」
「馬鹿は死ななきゃ治らん」
「ひでぇ言い草」
じりじりと佐藤友が離れた距離を詰めていく。石井義はじりじりと後退する。
後退する足が段差を踏んで止まる。階段だ。
注意が一瞬離れた、その隙を見逃さなかった。
銃弾が石井義を襲う。
反射的に回避しようとして、足を踏み外す。
派手な音を立てて石井義は階段を転げ落ち、佐藤友はそれを追いかけようとして、
足が止まる。
明滅する多くの情景、戸惑いが佐藤友の動きを完全に止める。
(すみません、無理です)
心の中で貝塚に謝り、再び階段下へと落ちた石井義を追いかけたが、もう姿が見えない。
逡巡していた時間がそんなに長かったのだろうか?
……長かったかもしれない。
(追うか?)
追跡するかすまいか、その場で迷うが結局踵を反し建物に戻る。
(少し騒ぎすぎた。他の襲撃があるかもしれない……言い訳か)
言い訳と気がつかない訳ではない。今更だと思わない訳ではない。
それでも今ここで、貝塚の今際の際の頼みを無碍にも出来なかった。
(和田さんに小言をもらうか。いや、もう小言じゃ済まないか)
怒られるのは目に見えていた。
気が乗らなさそうに建物に戻る佐藤友の足取りには疲労が濃い。
次に聞かされるのは多分、後藤光の死だ。
【残り29名】
276 :
代打名無し@実況は野球ch板で:2008/08/03(日) 09:06:49 ID:TcMC4oxb0
お
乙です!
義人は何処へ向かったんだろう
野田が近くに居そうだ…
新作乙!
石井義VS佐藤友の銃撃戦第二ラウンドは、またしても痛み分け?か……
二人ともカッコいい!そして怖えよ!
あと後藤光がやっぱり不運で不憫だ……
ほしゅ
ほ
ほしゅ
283 :
代打名無し@実況は野球ch板で:2008/08/10(日) 00:27:56 ID:NGeT/opZ0
x
ho
a
b
c
d
ほ種
hoshu
e
保守
保守
ホシュ
念のためほしゅで
297 :
代打名無し@実況は野球ch板で:2008/08/23(土) 02:20:35 ID:jH4uxSM0O
一旦ageますね
298 :
代打名無し@実況は野球ch板で:2008/08/23(土) 04:21:30 ID:d1ZSud81O
星野ジャパンでお願いします
主人公:川崎
殺人鬼:岩瀬
主人公の味方:スンヨプ
ほす
主人公マー
殺人鬼西岡
担任星野
見せしめ岩瀬
前回経験者川崎
雑魚GG
オリバト、見守るスレ落ちた
五輪落ち着くまではここでやるしかないのかな…
むしろここが残ったことが奇跡的だね
しかしこうなると、アテネどうなるのかなーこのまま未完で終わってしまうのだろうか
303 :
代打名無し@実況は野球ch板で:2008/08/24(日) 11:41:12 ID:VDAzysZr0
北京はやる話すら上がらなかったね
まあ、バトロワ自体が衰退してるししゃーないないが
成績考えると、出来そうだけどね
職人が少なそうだ
北京バトロワあるとしたら、マーダー役は誰かな
また上原あたりか
本戦出れなかった選手とか
上原って、どの話でもマーダーな気がする
しかも、リアルでは親しい人間ばっか殺してるイメージが
ロッテ・サブロー俊介宏之、中日・和田、楽天・岩隈、広島・石原など落選者も面白そうな顔ぶれだけど
中でもオリの加藤には善でも悪でも大活躍を期待したいな
>>308 中日なら和田より井端じゃないか?
選んで欲しくて欲しくて選ばれなくてスネてたしな。
プロローグで1001が殺されて終了、ってネタしか思い浮かばんw
残りの時間なにやってんだよw
みんなで砂浜でビーチバレー
プレイ中は、中日ワダサンとKK先輩は頭にタオル巻いてね
>>312 和田さんはタオルを巻かないとレーザーを乱射して危険だな。
しかしこのスレも微妙に燻ったか
五輪終わってまた落ち着くだろうか
Kk先輩って何のこと?
この流れでは桑田清原は関係ないよね?
五輪が始まったころ企画すれば良かったかな
でも成績を踏まえて考えるのも悪くない
318 :
代打名無し@実況は野球ch板で:2008/08/27(水) 09:04:05 ID:odxto8al0
保守
北京バトロワ
・肉まんとウナギと餃子の大食い競争
・藻の海としょっぱい雨の振る北京市内と郊外工業地帯をトライアスロン
・フリーチベット抗議デモに参加
以上の3つの競技で生き残ったものが優勝。
※ゲスト解説は多村仁さん(SB)でTBSがお送りします。
107.Hall of bright carvings Part2
遠くから語りかけられる必死な声に後藤光の意識が戻る。
暗い視界の中で禿頭の大男が像を結ぶ。
「ゲッチュは……」
「無事だよ」
和田の眼差しには悲嘆の色が濃い。きっと猶予がないことを知っているのだろう。
「頼む」
「ああ」
大島は少し後ろで座り込んでいる。この状況に怯えているのだろう。
世界が薄暗く見えるこのときに、怯えて動けない後輩の為に何かを話さなければと、
ただこの一念、後藤光は懸命に口を動かす。
「よう、……無事で良かった」
震える手をゆるゆると挙げ、親指を立ててサインを送る。
(頑張れよゲッチュ……)
ふ、と息を吐く。腕が落ちる。和田がそれを受け止めた。
しばらくその姿勢のまま微動だにしなかった和田だったが、再び動く。
首を横に振り、俯いて。
「ゲッチュ」
いつまでも腰を抜かしたように座り込んでいる大島を立たせようと、和田は手を伸べる。
ごくさりげない行動だった。
ぱちん、と軽い叩く音が響く。
和田が伸べた手を、軽く叩かれたその手を驚きの色を顕わに見つめる。
大島が怯えた挙措で、怯えた表情で和田を見上げる。
「……」
言葉を失った和田の視線の先で、血の気を失って青ざめた唇が戦慄いていた。
「ゲッチュはどうでした?」
和田の表情が暗い。
「傍を離れようとしないんだ。近寄るな、って顔で、ゴンちゃんを引き摺って
ティールームに引きこもってる」
田崎はティールームがある奥の広間のほうに視線を向ける。溜息を洩らすと
感想を述べる。
「そう、しばらく奥には行かないほうがよさそうですね」
「そうなるな。すまんね」
「いや。無理もないでしょう」
謝る必要はないと、田崎は片手を顔の前で振るジェスチャーをした。
和田の背後の人物に視線を送る。話題を変えるにはおあつらえむきだった。
「星の具合はどうです?」
「このまま冷やして安静にしていれば大丈夫だと思いたいがな」
大島と正面からぶつかって倒れた時には意識がなく随分慌てさせたものだったが、
10分程して意識は戻った。だが記憶の混乱が見られるなど相当具合が悪い。
いいから休めと命じて、今は首を冷やしながら目を閉じて横になっている。
水を張った盥にタオルを浸す。
中島が持ち込んだ盥がこんなところで役に立った。
水で冷やしたタオルを取り替えてやる、その首の鬱血に目が行った。
「いったいここまでに何があったのやら」
「擦過傷、内出血痕、銃創、首にも鬱血の痕。満身創痍ですね」
星の話題をふったのは田崎だったが、実際にはほとんど興味がなかったのかと
思わせる程度に無関心そうに一瞥してからパソコンを立ち上げるとUSBメモリを挿す。
「藤原の荷物の中からこれ、出てきたんで、色々やってみます」
「頼んだ」
そう言い置くと和田は裏口へ向かう。散発的な銃声が止んでいる。
帰還してくるのは誰かわからないが、出迎えるしかない。
他の誰かを危険に曝すわけにはいかないのだ。
裏口から戻ってきたのは佐藤友だった。
どこか挑むような不敵な表情をしている。怒られることを予想したきかん気の子供が
強がるようなふてぶてしい目だ。
長い沈黙、奇妙な緊張。
「ま、座ろうや」
「はい」
和田が結局その沈黙と緊張を破り、二人床にどっかと腰を下ろす。
「ゴンちゃんが死んだ」
「残念です。うぬぼれかもしれませんが、もう少し早く行けば助けられたかも
しれません。やるべきことが出来てない自分にね、ちょっと腹が立ちます」
やや饒舌に聞こえると、佐藤友の発言に和田は少し違和感を感じた。
強烈な自尊心と自負心、それが佐藤友亮という男の本質に根ざしていること、
この程度の理解なら十分にできる程度の年月は経った。
実際のところ、彼は傷ついているのだろう。このように軽んじられたことに。
だが、傷ついたとしても、それを明らかにするような言動はしないのだ。
それを、自意識が許さない。
しかしそんな意地っぱりも、少しここでは棘棘しく映る。
むしろ取り乱して大泣きしてくれるくらいの反応のほうが良かった。
この反応はこの状況下においては冷静すぎて不気味なのだ。
「そういう方向で自分を責めないでいい」
和田は慰める言葉をかける。これもある意味では気味の悪い冷静さに通じるだろうか。
自分自身はもっと馬鹿な男だと、馬鹿で良いとも思っていたのだが。
だが、今は馬鹿になる訳にはいかない。だから切り出さざるをえない。
「何故ゲッチュを見殺しにした?」
「人質が一人だったからです」
佐藤友の答えは要領を得ない。続けて補足が入る。
「人質の存在が義人の優位性を担保していて、それを撃ったら義人は詰みます。
なら、複数いればともかく、一人しかいない人質では撃ちません、撃てませんよ。
つまり、一人しかいない人質ってのは意味がないんです」
理屈としては確かに正しかった。
「絶対に撃たないという保証はなかった。逆上して撃つ可能性はゼロではなかった筈だ」
「99%の確信はありましたよ」
それは和田の言葉を肯定している。
とっさに握りしめた右拳の、手のひらに食い込む整えた爪の固い感触に我にかえる。
今ここで殴り倒してでも考え方を矯正すべきなのだろうか?
殴れば考えを改めてくれるだろうか?
見つめる黒い瞳には、怜悧なほどの理知の光がある。
和田にはそれが訝しいものと映る。
話は終わりとばかりに佐藤友は立ち上がる。
「出て行きますよ。相容れないでしょう」
佐藤友の発言は、どこか寂しげにも聞こえた。
話は終わりということなのだろう。和田も疲労を感じながらも立ち上がる。
殴ることはやめた。怒りにまかせぶん殴りたい衝動はあるが、
考えあってのことなら、殴ってもきっと考えを変えはしないだろう。
むしろ依怙地にするだけだ。
エントランスで和田は佐藤友に握手を求めた。
少し驚いたような顔をしたが、少しだけ表情を緩めて佐藤友は握手に応じる。
「お前だって、俺たちの仲間だ。いつでも帰ってくることができる。
せめてそれだけ、覚えておいてくれ」
黒い瞳に視線を合わせ、そう声をかけるのが精一杯だった。
「二人とも意地はりすぎですよ」
出て言った人間の後を、言葉にならない不安感をかかえ見つめていた和田に
後ろから中島が声をかけた。
「そうだな、その通りだ」
そう言われれば確かにその通りなのかもしれない。
だが、目指す場所は同じでも、手段の違いが余りにも明白すぎた。
この差は、相容れることはないだろう。和田も結局はそれを痛感している。
「追いかけてもええですか?」
「気になるのか?」
ある意味では、それは助け舟でもあった。
今の佐藤友を一人で行かせるのは不安だった。
「友亮さんもですけど、むしろクリのほうが、気になって」
予想外の人間の名前に和田は少し驚き顔になる。
「何とかとめたいんですよ。でも止められないかもしれません」
声も表情も暗く沈んで、中島の深い懊悩がはっきりと伝わる。
「それは、つまり友亮とクリとが戦うような状況に、遭遇すればそうなると、
そういうことか?」
少し答え難そうにする中島に、和田は婉曲な言い回しをした。
中島は首を縦に振った。
「船のこと、よろしく頼みます。ちょっと手が回りそうにないんで」
「こっちも手一杯だよ」
ややおどけて手を広げる。そんな和田の動作に、きゃははと軽い笑い声を立てて
中島が笑った。中島らしい無邪気な笑顔に和田は表情を和ませた。
「途中で誰かに会うたら、こっち手伝うようお願いしてみます」
そう言いおくと、中島は佐藤友と同じく暗闇へと消えていく。
和田はその背中を見送り、そして姿が見えなくなると、がらんと広い赤の広間は
深夜の静寂に包まれる。徐々に和田の表情からは和らいだものが消えていく。
遅すぎたのだ。
ただ出て行った人間の後を見送る。寒々しい予感が晴れない。
予感を振り払うことができない。
こちらを見上げる佐藤友の冷めたような表情、馬鹿にしているわけでなく、
暴力に麻痺した無感動さ。それを思い出す。
おそらくあのときに、失ってはいけないものを、喪いたくなかったものと同時に
失ったのではないか?
代わりは出来ない。自分に代わりはできない。
どんな苛酷な状況でも、恨みと憎しみとも無縁だった男。
(貴さん、あなたは何故死んでしまったのです?)
石井貴の遺言、正津の酸鼻な骸、佐藤友の頑なさ、コマ送りに再生される記憶、
目の前には鈍く輝く彫刻が和田を冷たく見下ろす。
一人佇む赤の広間で、無力を噛み締めただ呻く。
「友亮、正津は撃ってはいけなかった。我々はそれがどんなに困難でも、
恨みと憎しみと恐れが我々をどんなに縮こまらせたとしても、我々は、
その縮こまった腕を伸ばして、我々が等しく苛酷な運命に震えていることを
共有しなければならなかった。」
何かを模した像は捩れながら天を目指す。埃まみれの天井へと和田の視線が向く。
空は暗い。夜明け前の闇は深く、人を迷わせる。
「我とわが身の自由を求めるなら、不信はその鬼子として現れるだろう。
お前の正しさ、悪魔の正論、それが我々へと向けられる殺戮機械と
ならないことを祈る」
だが予感はやまない。
再び彼が現れたとき、彼はいったい何者として我々の前に現れるのだろう?
「一人旅に逆戻りか」
徒労感が無いわけではないが、ともかく足を進める佐藤友の姿があった。
星と藤原を襲った殺人者の行方が気になっていた。あの様子なら血痕を辿れば
多少手がかりは得られるだろうと、地面を照らし痕跡を探す。
果たして血痕は点々と黒いアスファルトを濡らしていて、気をつけて見さえすれば
追跡するのは容易だった。
しばし地面に留意しゆっくりと前進する佐藤友の背後から駆け足の足音がする。
逃げるには近すぎると瞬時に判断し、銃に手を伸ばし警戒する。
だが警戒は無用とばかり、向こうから声が飛んできた。
「追いついたー、ちょっと待ってくださいよ」
くだけた物言いはよく知っている後輩のものだった。
「ナカジか、和田さんと一緒に行くんじゃないのか?」
「ちょっと、ね。まあ色々訳がありまして……」
警戒は無用の相手と判明して再び痕跡を辿る作業に戻る。
足元、懐中電灯に切り取られた丸い明かりに留意すると、血痕が大きくなって
きている。襲撃された地点が近いということだろう。
「あー、つまり友亮さんに倒して欲しぃない相手がいるんですよ」
「因縁の相手?」
「そんなとこです」
「名前は?」
ひときわ大きくアスファルトが赤黒く変色している。
懐中電灯の光を反射して光るのは散乱している空薬莢だった。ざっと見ただけでも
10個以上はありそうだ。
これだけ撃って、星を取り逃しているわけだから武器か、武器を扱う本人か、
どちらかに問題がある。
しゃがみ込んで、それを拾い上げると興味深そうにじっと眺める。
自分の持っている9oパラベラムと念のため大きさを比較してみるが
やはり拾ったもののほうが大きい。似たようなものを見たことがあるか考えて
正津が持っていたものと大きさが似るかなと考える。
だとしたらここで武器を振り回したのは野田の疑いが濃いだろうか。
(野田さんの武器は、サブマシンガンか。あのでかいやつ。厄介だ)
思案する最中、名前は、との問いかけに中島からは答えが返ってこない。
躊躇しているのだろうか。
「まあ、答えたくないならいいさ。その時に言ってくれれば譲ろう」
言いたくないことの1つもあるだろうと佐藤友はその場は流そうとしたが、
流そうとした言葉を聞いて中島は意を決し、口にしたくない名を言った。
「……栗山巧」
それだけ口ごもった理由を佐藤友は理解して、いらぬ念押しをする。
「いいのか?」
「良うないから、困ってます」
「そりゃそうだ、愚問だった」
いらぬ念押しと中島の返答を待たずとも悟り、それに自身の動揺を察して
佐藤友は軽く肩をすくめた。
【×後藤光貴(50) 残り28人】
すいません、リンク張るの忘れてました。
>>266からの続きです
hoshu
330 :
561:2008/08/30(土) 20:37:21 ID:yLmiBsvT0
捕手
hoshu
竜バト2004が見れなくなってるorz
>>260 【124】DIRECTION
「シモ……?」
足音を潜め、下柳は無言で矢野に自分の荷物を押しつけてから、その部屋に一つ
しかないドアに近づいた。
外開きのドアが、下柳がノブに触れるよりも早く開いた。
侵入者が誰かを認識する暇はなかった。挨拶もなく繰り出された右拳を咄嗟に身
を沈めて避け、下柳は間髪入れずその胴体に蹴りを打ち込んだ。
プロレスラーの桜庭和志にこっちの世界でも通じると言われた下柳のキックに
大きな身体がよろめき、くの字に折り曲がる。
しかしその苦痛にも動じず、相手はすぐさま後ろ手に隠し持っていたボウガン
を取りだした。
「――っ!」
凶悪な輝きを放つ銀の矢尻に、一瞬、下柳は色を失った。反射的に身を引くのが
精一杯で、その後ろにいる人間達の安否までは気が回らなかった。
羽虫が耳元で飛び回るような不快な音を立て、ボウガンの矢が室内の空気を裂く。
「……うひ……」
振り返ると、青ざめた顔の桧山進次郎の頬から、赤い液体が垂れ出していた。
「あた、いたっ! いやーっ、俺の顔に傷がーっ!」
傷を抑えて喚き出す桧山のイマイチ緊張感に欠ける悲鳴。
ガシャァン! ガシャン!
その時、派手な破壊音が室内にこだました。矢野が洋甲冑の兜と楯を掴み取り、
立て続けに窓に投げつけたのだ。
一枚張りの硝子窓はあっさりと、その中央に大きな脱出口を開いた。
「ゲホッ……シモ! ひーやん! こっちに!」
熱の余韻の残る咳を吐き出しながら、矢野が叫ぶ。
その声に、下柳が振り返って応える余裕はなかった。城島健司(H2)はすでに
第二射目の矢を弓にかけている。
下柳は叫んだ。
「ひー! 矢野を連れて逃げろ!」
「でも……!」
「早く逃げろ!」
躊躇する桧山に喝を入れる。もたもたしている暇はないのだ。
「……行きますよ、矢野さん!」
意を決したらしい桧山が矢野の腕を掴む。その手に引かれるのを矢野が拒んだ。
「ちょ、待てや、何でシモを……!」
ガァン!
もみ合う二人に向けて射放たれようとしていたボウガンが直前で弾き飛ぶ。
城島が目を見張る。その先には、下柳の掲げたS&Wが硝煙を上げていた。
至近距離とは言え、この状況で正確に相手の武器をはじき飛ばすのは、
まったく銃器を扱ったことのない素人では難しい。
趣味も交えた自衛隊自主トレで、講師に筋がいいと褒められた射撃の腕が
こんな形で役立ったことに、下柳は喜ぶべきかどうか迷った。
予想外の狙撃手の存在に、一瞬、城島の対応が遅れた。
「シモさん! 『レフト』へ!」
抗う矢野を無理矢理引っ張りながら、右手を上げ、窓の向こうへと降り立つ桧山。
窓枠の下に姿を消した二人が、再び城島の視界に入ることはなかった。
一瞬そちらを振り返り、確認して頷いた下柳は、再びトリガーを引いた。そして、
後方に飛びずさる。
パァン!
今度はボウガンを拾おうとした城島の手元を狙い、撃ち抜く。
敵に銃口を向けたまま、すでに下柳は窓際まで到達していた。
そのまま身を翻し、窓の外の芝に着地する。
割れた窓越しに、置き土産と言わんばかりにさらに二発を発砲する。――壁際に
置かれた甲冑に向かって。
ギィン! ギュイン!
思わず眉を顰めたくなるような音を立てて、甲冑を掠めた銃弾は予想不可能な
角度に飛ぶ散弾となり、あらぬ所に穴を穿った。
その一つが、たまたま後を追おうとした城島の爪先数十センチ先を通り抜け、
床に突き抜ける。
もちろん散弾の角度を思いのままに操るような、漫画じみた技術は下柳は持ち合
わせていない。が、情のある人間が狙って撃つのとは違い、運が悪ければ平気で
致命傷を負わせる二つの凶弾は、城島の動きを止めるには十分だった。
窓枠の下に身を沈め、城島の視界から消えてから、下柳は桧山が指し示した方向
に駆け出した。
「ちっ……」
舌打ちし、城島健司はボウガンを拾い上げて窓際に駆け寄った。
窓下を覗き込むが、そこにはすでに無精髭の男の姿はない。
左右を確認しても人影はなく、標的は死角へと逃げ込み逃亡したらしい。
レフト、は当然左のことだ。城島に聞こえる声で叫んでおきながら、わざわざ行く
手をぼかすように英語に言い換えたことに違和感はあるが、悩んでいる暇はない。
後から逃げた下柳ならば、まだ追いつける。
飛び道具を持っている場合、追われるより追う方が有利だ。
いくらド素人よりは多少腕があるとはいえ、逃げながら後方で動く標的に当てる
ことは不可能に近い。
対するこちらは、射程範囲まで入れば前方のターゲットに的を絞るのはそれほど
難しくない。付け焼き刃とは言え、銃弾と違い使い回せる矢の特性を活かし、木の
幹を相手に積んだ練習は無駄ではないはずだ。
城島は左手に駆けだした。
右方向に真っ直ぐ進んで屋敷の角を曲がり死角に入り、敷地を抜け、点在する民家の
裏にある林に差しかかったところで、下柳はようやく速度を落とした。
木陰に休む二つの影のうち、一つがひょっこりと顔を出す。
まだ血の滲む頬に人の悪い笑みを浮かべ、桧山は意外そうな声を作った。
「あれ、俺『レフト』って言ったやないですか」
「お前、右手上げて『レフト』って叫んだだろ。左って言えばいいのに、レフト
なんて誰でも分かる英語暗号みたいに使いやがって」
しかも何か笑ってたし。と付け足す。
この状況で笑える彼の精神力よりも、この状況であえて笑った彼が何を意図して
いたのかを考えた。
それは敵襲である城島を――ともすれば下柳も騙そうかという人の悪い笑みだ。
「あー、あとお前は」
推理ついでに、指摘する。
「ライトが死ぬほど好き」
彼が外野のその位置を守ることに誇りを持っていることはよく知っている。
ナルシストなこの男が、咄嗟に選ぶなら彼の愛するライトではないのかと思った
違和感が最初のヒントだった。
それはおそらく下柳も、自分が同じ状況ならば『レフト』――左腕投手である自分
にあやかって左を選んだだろうという自覚があるからだ。彼に負けず劣らず、自己愛
が強いかもしれないと思う下柳だった。
「おおおー大正解です」
ぱちぱちぱちと気の入ってない拍手をする桧山。
「俺が素直に左行ったらどうするつもりだったの」
「その場合は、俺と矢野さんで逃げ切るのでご安心を」
「……撃ち殺すぞ」
「いやーん」
放っておいたら延々と続きそうな掛け合いをため息で終わらせ、下柳は桧山と、
隣で苦笑いを浮かべている矢野を交互に見やった。
「とりあえず、怪我がなくて良かった」
「ちょいちょいちょい」
一件落着とまとめようとしたところで、桧山が抗議の声を上げる。頬に滲んだ
血の跡を強調し、彼が顔を近づけてくる分後ろに下がる下柳。
「これ! 重傷っすよ!」
「んなもん唾つけといたら治るだろ」
「酷い!」
左頬を抑え、涙ながらわめき出す桧山。
「どう思います!? 矢野さん!?」
「いや、もう血止まりかけてるやん」
「痕が残ったらどうするんですかー!」
「……男らしくなるんちゃう?」
返答にあぐねいていた矢野が、苦し紛れに回答する。
「なるほど! 戦場を生き抜いた男の証ってことですね!」
「そうそう」
機嫌を直した桧山に適当に話を合わせる矢野。
「じゃ、行くか」
桧山が納得したところで、下柳は矢野から預けていた荷物を取り上げて前へと
進み出た。方位磁石を取り出し、方角を確認する。
「どこへ行くんっすか?」
「決まってるやろ。――北や」
先を歩いていた下柳を矢野が追い越す。その後ろに付き従い、下柳は小さく笑み
を浮かべた。
「Yes,Ser.」
北を望むと、薄暗い空に山の陰が見て取れた。いつの間にか、垂れ込めていた夜
の闇が払拭され、微かに色づきを見せ始めた空に朝鳥の声が響く。
日が昇ろうとしていた。
【残り44名 年俸総額98億900万円】
>>332 あれもう無理だよなあ…
続き楽しみにしてたんだが
保守
341 :
代打名無し@実況は野球ch板で:2008/09/03(水) 17:03:32 ID:IUe5jK270
保守
342 :
代打名無し@実況は野球ch板で:2008/09/04(木) 05:02:33 ID:NhaZOaIP0
>>337あの、間違ってたら悪いんだけど、Yes Ser って、Yes Sir、じゃないか・・?
>>332 今見たら見られるようになってるよ?
>>338 自分も楽しみにしてたんだけどな・・・。
誰か続き書いてくれないかな?ちょっと位選手の性格が違ってもいいからさ・・。
hoshu
>>343 ここで話していいのかな、見守るスレ行った方がいいだろうか
竜バトは色々伏線もあったし続き書くのむずかしいよな
また最初からやり直すしかねーなw
ほす
捕手といえば↓
349 :
代打名無し@実況は野球ch板で:2008/09/09(火) 02:38:23 ID:TS3Yd7nj0
.
保守
保守
捕手
保守
354 :
代打名無し@実況は野球ch板で:2008/09/13(土) 20:09:12 ID:EGBe2W610
a
保守
>>320 108.後回し
状況証拠は揃っている。
問題はそれを受け入れるかどうかだった。
「誰かが助けたかもしれないじゃないか」
だれもいない灯台の内部に椎木のよく通る声が響く。
だが、声に出して言ってみても状況証拠は動かない。
鴨居から吊るされたロープは半ばで断ち切られ、空に静止している。
切り口はぎざぎざで、鋭利とはいえない刃物で無理やりに叩き切ったようだ。
踏み台が腹立ち紛れに蹴り飛ばされたか、隅のほうに所在無げに転がっている。
紙コップが2つ机の上に並んでいる。配布の食料の包装紙を剥いた跡も同じく2つだ。
しかしカバンは1つしか残っていない。
残っているカバンの中には見覚えのある狭山不動尊のお守りが入っている。
錦のお守り袋が持ち主の汗を吸ってか、一部に変色が見える。
痛ましげに椎木はその表情をゆがめた。
「気が変わったかもしれないし」
だがそれなら荷物が残っている理由がない。
星と藤原を追いかけるべきだ、杉山は今は諦めて次の放送を待てと判断は告げる。
「もう少し、探そう」
結局椎木は付近をもう少し捜索することに決め、灯台を出る。
外に出ると強い風が潮の匂いをはらんで吹きつけてきた。
暗い海に一瞬目をやり、その果てのない暗闇の向こうから押し寄せる波の音に
微量の恐怖を感じ取って、早々にその場を後にする。
島の南側に当たるこの付近は、この島の中では狭いながらも耕地が広がっていた
模様で、山麓に貼り付くような平野部分を耕してかつては生計を立てていた
農民がいたのかもしれない。
でも、この広さでは絶対食っていけてなかったよな、と椎木は思う。
予想だが、おそらく口止め料も含んだ多額の現金と引き換えに島からあっさりと
出て行ったのだろう。もっとも立ち退いた彼らもよもやこのような計画の
一コマとは思うまい。
取りとめない思考にやや意識が散漫になっていた椎木の目に、一面の暗闇の中に
動かない明かりが小さく見える。
納屋か何かだろうか。誘蛾灯に惹かれる蛾のように、ふらふらとその明かりへと
椎木は足を向ける。そして自分に言い聞かせるように、小さく呟いた。
「ここでも手がかりがなければ、諦めて引き返す。いいな、引き返すんだ」
不機嫌な顔の水田は星野に言った。
「後ろ手に縛るのやめてもらえません?」
目つきには剣呑さが混じる。怖い顔で凄まれている。
そりゃそうだよなあと星野は思う。
「まあ、わかるけどさ。大沼があれだろ?」
「やから、俺は何もしてないし、しませんって!」
「しっ!叫ばないでくれ、大沼が起きる」
その声に大沼が居るほうをじっと見つめるが、特に動きはない。
「後ろ手じゃあ確かにやりにくいよな。でも解くと大沼がまた何し始めるか
分からないんだよなあ」
「せめて前で縛るように変えてもらえません?水も飲めへん」
水田の懇願に星野はそれもそうだとひとつ頷くと両の手を縛った紐を解いて行く。
縛り直す星野の手を眺めながら水田は少し考える。
(今なら、暴れれば星野さんも大沼さんも殺れる)
水田の視界には紐を縛り直す星野の両手が映る。縛り直していた手を止めて星野が
顔を上げる。どこか笑っているようなへの字眉毛、陽気で馴れ馴れしく感じるほどに
お節介で、だが疑うこともなく親身になって心配している声が、まなざしが水田を
まっすぐに見つめている。
「痛くない?大丈夫?手首とか肘とか痛めたら大変だし」
「いや……別に」
「やっぱりもうちょっと緩めとくよ。ある程度自由が利かないと辛いでしょ」
星野の縛り方はもうほとんど申し訳程度になっている。抜けようと思えばいつでも
縄抜け出来そうだった。
「形だけってやつですか?」
「大沼を刺激したくないしね。気分悪いかもしれないけど大人しくしてくれよ」
結局大人しくすることにした。よく眠れるとは思わなかったが眠りが欲しいと思った。
見透かしたように星野は水田に提案する。
「疲れてるなら休んでて構わないよ」
「別に、疲れてなんていませんよ」
「目の下、ごっついクマ作ってる。人相がやばい。前科持ちですって顔になってる。
どう見ても働きすぎって感じよ。いいから大人しく先に休みなよ」
「そうします。疲れてるような気ぃしてきました」
いや。何かを延期しようとしているのかもしれない。
そう水田は思ったが、自分が何を延期しようとしているのかは分からなかった。
あいつ、何をしたんだろう。屋根裏で眠る水田がいる方向を星野は見上げる。
「やっぱり、殺してきたんだろうなあ……あれは」
大沼は明らかに動揺を通り越してパニックを起こしかけていた。
星野が止めなければ、そして水田が大人しく武装解除に応じなければ、
何も考えずにこの場で最後の1つの火炎瓶を放り投げたに違いない。
星野がなんとか踏み止まれたのはひとえに自分は先輩だという矜持のおかげだろう。
それでも、最初にこの納屋に入ってきたときの水田の目つきの剣呑さと、
纏う空気の荒んだ感じは星野を脅かした。今でもだ。
星野は両腕に抱えた玩具のAK47をじっと眺める。
本当によく出来た玩具だった。この場で水田の武器を捨てさせることに
それで成功したわけだから、玩具様様である。
武器を回収し、怯える大沼を向こうへ押しやり、そして水田をようやく寝かせて
一息つくと、今後のことで頭が痛い。
「でも確認して、下手に刺激するのもあれだよなあ。ヤブヘビってやつ?」
嫌そうに、恐る恐る上を見る。
「結局気がつかないフリでシラ切り通すのが一番安全……かなあ」
寝ている間に寝込みを襲うとか。ふと物騒な考えが思い浮かぶ。
「無理無理、絶対無理、武器もないしそれに返り討ちにされそうだし」
ふとした思い付きを星野は想像しようとしたが返り討ちに遭うところしか
想像できなかった。
一人で動物園の熊のように、困った困ったとぐるぐる歩き回る星野の背後で
扉がするすると音を立てて開いた。
「おーい、星野か?」
「ひっ!」
振り向いた星野が空気とともに悲鳴を飲み込む。開いた扉の向こうで、
体格のいい男が砲身の長い銃を担いで立っていた。
「よくわかるもんですね」
水田は椎木を正視しようとしない。椎木もそれを特に指摘するつもりはない。
「明かりが漏れてる。見つけてくださいって言わんばかりだ」
「見つかりたいのかもしれませんよ。星野さんは探し人がいるようでした。
まあ、大沼さんがぶるっちまって動かないようですがね」
呆れ気味な水田の言い方は生意気な後輩のそれで、椎木はにやりとした。
その手の口撃は椎木もよくやる性質だ。
「大沼らしいな」
「何の用です?」
水田が初めて椎木の額あたりに視線をやった。呆れ気味の気配は失せて、
こちらの出方を窺おうとする警戒心が滲んでいる。
「まずは、そうだな。杉山を、スギについて知っているか?」
その名前を聞いて、芝居がかった笑いを水田が漏らした。
ひとしきりくつくつと笑った後、睨みつける。
「殺したと言ったら?」
水田の顔に笑みが浮かぶ。
さしずめ、地獄の薄ら笑いを浮かべるジャック・ニコルソンといったところだろう。
椎木はホラー映画のワンシーンを思い出す。
「そない言うたらそのデカイ銃で俺の頭を吹っ飛ばします?チーズみたいに
穴だらけにでもします?」
ジャック・ニコルソンならもっとふてぶてしいな。そう、こんなに傷ついた
小動物のような反応はしないだろう。
「落ち着けよ」
「落ち着いてます」
どこからどう見ても捨て鉢になっているようにしか見えない水田を宥めるが、
どれほど効果があったのかは不明だ。
ただこの反応から見て杉山に直接手を下したという訳ではなさそうだった。
だが、問題なく生きているのならこれほど取り乱しはしないだろう。
「別に取って喰おうってんじゃない。スギの安否を確認したいだけでね」
ゆっくりと椎木は水田に語りかける。ともかく敵意はないことを伝える。
そして、叱責するつもりもないことを伝える。話をするというのが目的なら、
責め立てては余計話が出来なくなる。椎木の経験則だった。
「途中まで一緒だったが、目を離してしまったのが痛恨事だったよ。
見殺しにでもしたのか?」
見殺し、その言葉に水田が一瞬、大きく目を見開く。何かを叫ぼうとしたか
唇が少し動いたが、表情はすぐに唇を噛んだ渋面に置き替えられる。
「図星か」
水田の表情が変わるのを目聡く見つけて椎木はそう小さく呟いた。
むっつりと水田は黙り込んだ。不貞腐れた態度が疑いを肯定していた。
「ああ、そうさ。助けなかった」
「……何故」
短い椎木の呻きは、水田の癇に障ったようだった。
「何故って!あんなん無理やった!」
明らかな動揺ぶりに椎木は水田の内心を推し量ろうとする。
「助けたかったのか?」
「別に」
だが水田は不貞腐れたような態度に戻り、椎木の憶測を妨げるように黙り込んだ。
白けたような沈黙が二人の間を行き交う。
(面倒だなあ)
椎木は口にこそ出さないが顔を曇らせる。
意地を張っている水田も、とりあえず杉山に対しては悪意があったようではない。
だが、黒瀬を殺しているのも事実だ。
(いっそ、撃つか)
その思考に手の平に脂汗が吹き出る。
(ただ、このたった一発の弾丸を喰らわせる相手として、こいつは適当か?)
緊張感が漂う沈黙だった。触れれば切れそうなほど張り詰めた空気がこの
狭い空間を支配している。
それは水田と椎木の意地のぶつかり合いだった。
「なあ、しばらく止めにしないか?」
長いにらみ合いを経て、ようやく椎木が口を開いた。
「何を」
「お前が今、誰かを殺さなくても事態はそう変わらん。今から24時間だけでも
停戦っつーと大袈裟だが、しばらく手を抜いてくれないかってことだよ」
「ふん……」
「まあ考えてくれよ。今更お前が張り切らなくてもいいってのは分かるだろ?」
「甘いですね」
「そうか?俺はそうとは思わないが」
「撃てばよかったんですよ。殺らへんかったこと、後悔するかもしれませんよ?」
話は終わりとばかり椎木は立ち上がる。
「返事してませんよ」
「追々考えてくれればいいさ。24時間は考えていられる」
梯子に足をかけ、一段下りてから上に声をかけた。
「ああ、それと。これな、弾、一発しか入ってないんだな。とっておきの
一発なのさ。お前に使うにゃ勿体無い」
そう言い残すと椎木は梯子を降りていった。
一人取り残された水田は呟いた。
「いけすかない」
不機嫌そうに鼻を鳴らして横になる。考える時間も休息を取る時間もまだ十分にあった。
目を閉じると睡魔はすぐに訪れた。
【残り28人】
新作西口!
虚勢をはる水田の姿が切ないよ……
椎木も星野もなんだかんだで優しいな
hoshu
364 :
代打名無し@実況は野球ch板で:2008/09/17(水) 15:42:59 ID:ChM8kRcUO
あげ
猫氏しんさくおつ!
毎度毎度すごすぐるw
ほっしゅ
捕手
367 :
代打名無し@実況は野球ch板で:2008/09/19(金) 02:05:45 ID:87r51CpP0
1
>>368 乙です! これは嬉しい
頑張って書こう……
お待たせしてて申し訳ありません
書き手の一人より
北京バトロワ・・・書いてみたい気もするけど自分文才ないからなぁ
ビリバトとか見てて思ったけど
複数球団の選手を動かして書くって難しいな
>>371 アテネが止まったまんまだから北京も難しかろうw
複数球団バトロワで、ビリバトだけが今でも稼働してるのが奇跡みたいなものだ
ビリバトは好きなシーンがある
読んでみたいけどなあ
やっぱ書くほうとしては難しいんですね
複数球団の選手がうまく絡み合ってるネタを見るとおおっ!って思う
職人さんにも贔屓の球団があるだろうに、それに偏ってない書き方をしてることに感心するというか
難しいだろうにね
375 :
代打名無し@実況は野球ch板で:2008/09/21(日) 20:17:03 ID:ZYzDoEILO
荒れそうだから早めあげ
保守
ほす
378 :
代打名無し@実況は野球ch板で:2008/09/24(水) 01:09:26 ID:jc8ynnvd0
1
保守
ほ
保守
保守
保守
384 :
代打名無し@実況は野球ch板で:2008/09/30(火) 22:44:16 ID:JqdHgaMkO
2
>368
今更ですが見ました!ありがとうございます!
動け俺の手…!
見守るスレ いつのまにか落ちたな
保守
>>385 待ってますから気長に書いてください。
保守
保守
ほほす
ほ
檻バト止まったゃったね保守
>>356 109.スタンド・バイ・ミー
「まじかよ……こんな」
暴かれたのは無残な現実だった。
空虚で殺風景な本堂の畳の上に放置された凄惨な遺体、そんな現実を受け入れ
られない思いがそのまま呻き声として片岡の喉を震わせる。
ぎこちなくふらふらと近寄ろうとするが、酸化しはじめた血の臭気が瞬間
鼻についたような気がして、顔を背けて足を止める。近寄ろうとしながらも
どうしても近づけず、腰が抜けたようにへなへなと片岡は床に座り込んだ。
無意識に呼吸が荒くなり、鼓動がつられてテンポを上げた。
次第に片岡の脳内で何かが氷解していく。
つまり、これが今の自分に突きつけられた現実という奴なのだ。
くそやくたいもない現実とかつて自分が嘯いて理解していたはずのそれは、
実際はただ理解していたつもりでしかなく、本当はひとかけらも理解して
いなかったのだ。
友達を、こんな形で喪うということが、こんなにも身を切られるような思いが
するということを、かけらも理解していなかった。
「なんで……俺は生きてるんだ?」
「待て!」
片岡の動きに西口が危険を感じたのか、行く手を遮るように腕を伸ばす。
だがその手は空を切った。一瞬早く片岡は制止をすりぬけて、夜闇の中へ
駆け出した。
ただ駆ける、駆ける、駆ける。
――風になればいい、みんな死んでしまえ、どうせみんな死んでしまうんだ。
――死んでやる!綺麗に、完璧に、正しく死んでやる!
「あ、山茶花」
細い路地を行く目に映る赤い花に、中島が足を止め声を上げる。
つられて佐藤友も足を止め、花の色に目を細める。
「いや、椿か。どちらかだな」
「どっちなんですか?」
「枯れればわかる。椿なら首から、山茶花なら花弁が一枚一枚枯れていく。
死んではじめて、自分が何ものであるかを悟るってね。
ところで、この向こうって禁止エリアだよな」
「うん、もうなってますね」
「こっちの集落は危険かもな。後で和田さんに言ってみよう」
無理に話題を変えたような不自然さが不吉な感覚をもって中島の心に影を落とした。
ひたひたと迫る不安感に、変わった話題に無理に乗る。
「結局おりませんでしたね。収穫と言えそうなのはそのPSPくらい」
点々と残る血痕を辿り、付近を捜索したが発見したのは荷物を整理した跡なのか
PSPがあるだけ。中島の手に渡してある。
「いいのか悪いのか。星を見逃してるくらいだし、余裕がないのは確かなんだがな」
「星、大丈夫なんでしょうか?」
「どうだかな。星の体力次第だろうな」
「戻りますか?」
会話が途切れたその隙間に異音が割り込んだ。誰かの叫び声のようだ。
ためらいなく佐藤友の手が銃把を握り、つられて中島も銃を探る。
「ナカジ、それ、弾込めてるか?」
「……いいえ」
「じゃ、しまっとけ。意味がない」
闇の向こうからアスファルトを蹴る足音がかすかに届く。誰かがこちらに走ってくる。
威嚇の為に一発撃っておこう。佐藤友はそう判断し闇へ向けて構えるが、
それを制止するかのように、人の叫び声が足音に被さった。
「とーーめーーてぇーーーーーー」
どこか間延びした叫びだった。
即座に銃を仕舞い振り向くと、中島が既に斜め後ろの位置でバックアップに
ついていた。正面に目を向けると、暗闇の向こうから人影が飛び込んでくる。
早い。
片岡か?と疑問に思う間があったかどうか。ともかく進行方向をブロックした
佐藤友を、片岡は佐藤友の左側へ抜けようとする。
その動きに対して左側へと重心を動かしたその動きを待っていたかのように、
片岡の右足が強く地面を蹴り、急角度で逆へ回りこむ。
フェイントに引っ掛けられたと軽く舌打ちしつつ、左足を踏ん張ろうとする。
「っ、待て!」
痛む踵に行動の遅れができる。その遅れだけで十分と、片岡は佐藤友の右を抜き、
飛び出した。が、中島に止められる。
「放せよ!」
「はーなーしーちゃーーだめーーー」
間延びした叫びが向こうから聞こえる。
「放すな!」
「わかってる、暴れるから!」
片岡の右腕をつかんで中島が力任せに引き寄せ、取った腕を固めようとする。
引き寄せる力に呼吸を合わせ中島の懐に飛び込むと、左肘を打ちつけた。
「!」
まともに顎に入った肘に目が眩んだ中島の手が緩む。片岡は緩んだ手を振り解くが、
佐藤友が後ろからその肩を捕まえる。
「そっちは禁止エリア、――!」
厳しい警告の声を無視して、片岡は無言の後ろ蹴りを喰らわせる。
いきなりのローブローに佐藤友は脂汗を流して地面に崩れ落ちた。
悲鳴を上げる余裕もない。
再び駆け出そうとする片岡に中島が足をねらって後ろからのスライディングを
敢行する。足をとられて地面に転がった片岡はすぐに跳ね起きようと手足を動かすが、
それより先に中島が地面に押さえ込みようやく取り押さえる。
「助かる!」
叫びとともに遅れて西口が現れる。
ぱん!と小さな乾いた音とともに片岡の両頬を両手で挟むように軽く叩くと、
そのまま両手で両頬を包むとじっと見つめる。
「落ち着いてよ。ほんまにもう」
西口の声には安堵と心配が色濃く現れているが、ともかく片岡を捕まえたことに
安心したのか少し日に焼けている地黒の顔は柔らかい表情を見せている。
「……――ひっく」
片岡が泣き出した。
派手に泣いている片岡を中島が面倒を見ているのを横目に、ようやく痛覚から
解放された佐藤友が西口を訝しげに一瞥する。
「説明してくれます?このままじゃ蹴られ損です」
明らかに不機嫌な表情を認めて、困った顔で西口が片岡を見ると、まだ中島が
宥めている最中だった。
「パニック起こして飛び出しよったんやわ」
片岡が落ち着くまでの時間で充分だろうと西口は判断して話し始める。
「それは見たらわかります。何でああまで取り乱したんです?」
「死体探しさ。さんぺーのね」
さらりと西口が口にした言葉は確かにああまで取り乱す理由には成ると思ったが、
わざわざ探した理由が解せず、訝しげな眼差しがよりきつくなる。
「いきなりで刺激が強すぎたんかな」
他人事っぽく茶化しながらも目は真剣だ。
片岡を試しているな、佐藤友はようやくそのことに感づく。
「ここにあるものは本物なのか贋物なのか。ヤスは本物に気がついた。気がついて
しもたなら、それによって何か変わるかもしれんし、あるいは何も変わらん
かもしれへん。ピエロになるかヒーローになるか、さてどないするかな?」
「鍛えるつもりですか?」
「まあ、こっちの事情やね。はよ使いもんになるようにせんと共倒れになるから」
「訳アリですか」
「そういうこと」
前途に立ちはだかる障害を思い、自然に会話が途切れる。
「化けなかったらどうするんですか?」
答えを求めた問いではないが、佐藤友の問いに西口は答えなかった。
振り返り西口の横顔を睨んでみるがその表情はいつものように飄々とつかみ所が
なく内心を読み取ることは出来ない。
仕方なく正面に視線を戻し、片岡と中島が落ち着くのを待つことにすると、
直ぐに二人とも現れた。
泣いていた片岡の目は充血し、泣き止んだばかりの顔はいまだにゆがんでいる。
「俺は、止めさせる。絶対に止めさせるんだ」
そう宣言すると、ひっく、とまたしゃくりあげる声が漏れた。
西口はいつものように笑みを口の端に上らせてそれを見ているが、その表情が
一変するのは片岡が頓狂な調子で膝を叩いて叫んだからだ。
「そうだよ、あのままじゃ可哀想だ」
「ちょっと、ヤス、置いてかんでよ」
何かを思いついたらしい片岡がいきなり踵を反し、来た方へと駆け出していく。
西口の存在をすっかり忘れたかのような行動に、慌てて片岡の後を追って
西口も駆け出していってしまった。
「どうする?」
嵐のように現れて去っていった二人組みを見送って佐藤友は中島に尋ねる。
「友亮さんは?」
「行ってみるかな。気になる」
「気になるのは一緒です」
決まりとばかり、二人とも彼らの後を追った。
息を切らせ駆ける暗い道のりは別段行きも帰りも変わりあるわけでなく、
暗闇に時折ともる街路の灯りを頼りにひた走るアスファルトの路面に乾いた足音を
高く響かせるが、ただ目に映る風景のその黒は変わらずとも、駆け抜ける想いの
色合いに変わるものがあるのなら、その差に受け取る感情は変容するだろう。
変容。西口が片岡に望んだそれは今、確かにそこにあった。
変容。誰も望まなかったそれは今、栗山の精神を食んでいる。
寒々しい程に静まり返った本堂に闇が色濃く漂う。
夜明け前、空気は肌を刺すほどに深々と冷えて、静けさに拍車をかけているが
冷えた空気でも誤魔化せない、かすかに鼻が嗅ぎ取ったのは死臭だろうか。
音も立てずに闇の中で闇色の影がそろりと蠢いて、とん、と軽く何かを投げると、
ぼっ、と音を立てて燃え上がった炎は、ガソリンと火薬と煙と煤の臭いと共に、
形容し難い、否、したくない蛋白質の焦げるような臭いを伴って周囲を明るく
切り取った。
炎の明暗の中、照り返しを受けて半身を朱の色に揺らめかせ、延びた影が
ゆらりと動いた。
人の気配をさせていない。その様は幽鬼。地獄より這い出づるあやかし。
「クリ!」
片岡の声は悲鳴に近い。
幽鬼の気配を揺るがせて、栗山は少し困ったように首をかしげた。
「見られたくはなかったんですが、しゃーないですね」
中島が僅かな躊躇いの後、確認するように簡潔に問う。
「クリ、ちゃうよな?」
「いや。――俺が、殺したんです」
煙と煤と胸の悪くなる臭いに息苦しさを感じて喉のあたりを無意識に押さえる。
寄せる熱気と寒気が渦を巻き、明暗の翳りがゆらゆらと波紋のように揺れた。
佐藤友は銃を握る。栗山の告白に衝撃を受けなかったわけではないが、
結局自分が今出来ることはそれだけだ。
だが、片岡にとっては衝撃をそのままに叫ぶ。
「なんで殺したんだよ?」
能面のように硬く、およそ表情の窺い知れない彫りの深い面が憂いを帯びて俯いた。
憂い顔の彫像のように固まっている栗山にたたみかけるように片岡は問い詰める。
「お前それでいいのかよ!みんな死んじゃっても、いいって言うのかよ!」
「ひとつ、このゲームが早く終わるように、定数に達するまで殺す。
ひとつ、生き残るために全力を尽くす」
片岡の問いを聞いていないのか答えたくないのか、言葉はまるきり違うことを囀り
眼差しは炎の揺らめきを虚ろに反射する。
栗山の様子に言葉を失い、中島は立ち竦む。思いの丈を口に出そうとしても
それら全てが届かない、届かないと分かってしまうから立ち竦む。
立ち竦む中島を差し置いて、片岡は、それでもなお叫ぶ。
「俺達さ、友達だったよな。なのになんで、なんでここに居ないんだよ!」
栗山が俯いた面を上げる。
表情は当初の硬さを取り戻し、取り付く島のない冷厳さを漂わせた幽鬼の腕が
ゆるりと上がる。右手の先に握られた鋼が炎を反射してぎらりと禍々しくも
鈍く光り、殺意を強く匂わせた。
お喋りの時間が終わったことを感じ取った西口がシャベルを無言で握りしめると
栗山の挙動に意識を集中し備える。
次の挙動で、栗山がこちらを殲滅にかかるのは明らかだった。
そして中島と片岡が戦えないのもほぼ明らかだった。
「死んでもらえます?」
栗山の言葉に片岡がよろめくように一歩下がる。届かぬ言葉の虚しさに肩を震わせ
無力感に打ちひしがれながら、残酷な事実を知った。
もう一緒には居られない。栗山とも、中村とも。
【残り28人】
400 :
代打名無し@実況は野球ch板で:2008/10/06(月) 20:41:56 ID:yoDq1pJf0
400
ほ
猫新作乙!
片岡、栗山、中島、中村、みんな今年大活躍だもんなあ……
そう考えると尚更胸の痛むやり取りだ
404 :
代打名無し@実況は野球ch板で:2008/10/10(金) 07:15:31 ID:Av8+duwoO
ほ
保守