a
u
332 :
代打名無し@実況は実況板で:2008/04/11(金) 21:04:22 ID:AvRImyOl0
ほしゅ
g
浦学出身者はもう燕軍団にはいないんだなあ…
ホシュ
保守
32.ミキシング・ポリシー
硬い、空しい音がした。
蹴っ飛ばした石が起伏の激しい道を無様に転がり、草葉の樹海の中に消える。
それを花田真人は冷めたような、だがどこかに赤みを帯びた目で見送った。
無性にイライラする。
まともな人間なら誰もやりたがるはずが無いような事を強制された。誰もが持つであろう権利を破棄され、信念を冒涜された。
そしてその冒涜の証は、部屋を出た途端にも否応無しに知らされた。
(鎌田……)
ぐちゃぐちゃの内臓と、それが孕んでいた血液で赤く染め上げられた背番号20。
少し自惚れの強いきらいもあったが、明るくて付き合いもいい、憎めない奴だった。
それがこんな吐き気さえ催させるような姿になって、路傍の石のように横たわっている。
許せない理不尽。
だがそれと同時に、自分の無力さをもまた実感する。
自分に何が出来るか。
自分は死んだ人間を生き返らせる方法も知らないし、イベントを停止させるためのプロセスも知らない。
死体を思い浮かべながら、やり場の無い不満と不安に心を揺るがせるくらい。
鬱積した不満は、いくら手当たり次第に仲間を殺そうが、鎌田の仇を取ろうが解消できそうに無い。
もやもやした不安は、どれだけ安全な場所に閉じ籠もろうが捨てられるようなものでは無い。
どうしたらいいのだろうか。何をしたら、この暗澹とした何かを掃えるだろうか?
山の麓近い深い木々の中、苛立ちと胸の痞えを抱えながら延々と花田は自問する。
――パスン!
ややくぐもった特徴的な音質の銃声が、頭上の枝を賑わせたのはそんな時だった。
* * *
そもそもの始まりはあの窪みを見つけた時からだったと、佐藤賢(背番号13)は思う。
人を殺そうとは思えなかった。
それは仲の良いチームメイトを殺すのが嫌だったというのも確かにある。
だが何より、自分が人を殺せるか、万が一殺せてもその重い十字架に耐えてまで生きられるかにまるで自信が無かったのだ。
(とにかくどこかに隠れていよう。殺すのも殺されるのも嫌だよ)
この目立つ容姿。そして見た目通りの鈍足。
自分がこの殺し合いにおいて格好の標的として狙われやすいという事は、容易に予想の出来る事であった。
無闇に動き回るのはあまりにも怖すぎる。
だから例え建設的で無いとは分かっていても、孤独が辛いと分かっていても、佐藤にとっては隠れる以外には選択肢は無かったのだ。
そうして山の中アジトを求めて彷徨ってる内に、隠れるにはうってつけの適度な大きさの窪みを見つけたまでは良かった。
山の中に入り込んだのは、このような不便な場所の方が人も来にくいだろうという明快な論理からだった。
実際、つい数分前まではそれで上手くいっていた。
たまに微かに聞こえてくる銃声にびくびくしつつ、暗く狭い穴の中、何とか無事に過ごせていた。
だが、尿意だけはどうしても抑えがたく、少しだけ外で小用を済ませようと穴を出た、その時。
出会ってしまったのだ。最も見たくなかったモノ、目の前の魂を刈り取るべく迫ってくるチームメートに。
「「……!」」
先に発見したのはどちらかは分からなかった。ほぼ同時に、双方の顔に衝撃が浮かんだ。
そのまま作られた均衡状態は、しかしすぐに破られる。
何時でもそう出来るように構えていたのか、佐藤と向かい合っている男が、すっと右腕を上げ、佐藤に向けて来たから。
「……!?」
その瞬間一気に背筋の凍るような感触に佐藤は襲われた。その上げられた右腕に握られたもの、それが――拳銃だったから。
思わず佐藤は相手の顔を見返す。そのやんちゃ坊主のような面影を残した顔には見覚えがあった。
「……増渕……?」
信じられない思いで聞き返す。増渕竜義。このまだ二十歳にもなっていない、人懐っこい後輩が、自分を殺そうとしている?
「賢さん、恨みはありません。ですが……死んでください!」
パスン!
閃光が巻き起こり、轟音と言うには小さめな音が高らかに鳴り響く。
銃声という名の冷酷な宣言は佐藤の脳裡から説得という選択肢をあっさりと掻き消した。
とにかく佐藤は逃げるしかやりようが無かった。デイパックは窪みの中に残したままだ。反撃する武器も無い。
一撃で当てられたらどうしようもなかったが、幸い弾は周りの枝を踊らせただけで、胸を貫く痛みは湧き上がって来なかった。
そのまま身を翻して、無我夢中で佐藤は山道を下る。
刹那、増渕はその佐藤の様子を見て、安心したような、そんな表情を浮かべる。
だがその揺らぎも一瞬の事。すぐに顔を引き攣らせると、足を大きく踏み出し、追撃態勢に入った。
風景が目まぐるしい勢いで流れていく。緑の濃淡がころころと変わる。
佐藤は迫りくる影に恐怖していた。ああ、やっぱりこうなったなという思いが頭の中で回る。
やっぱり自分は恐怖に怯える側の人間。狙われる側の人間。
「はっ、はっ、……はあ、はあ……」
実際その事を証明するかのように、息はすぐに上がりだし、動きも少しずつ鈍っていく。
こんな事になるくらいなら、せめてもっとダイエットしておけばよかった。
そんな今さら過ぎる後悔に囚われながら、佐藤賢は起伏の激しい林道を只管に駆け降りる。
再び発砲音が鳴った。
しかし放たれた鉛はまたしても佐藤の体に風穴を開ける事は無く、周辺の木を穿つだけに止まる。
いくら足が遅くても瞬発力自体はある。逃げながらもなるべく遮蔽物の多い方向へ向かっているため、狙いをつけられにくい。
これで佐藤が青木や飯原といった面子のような脚力を所持していたら、既に鬼の手から逃れ、自由の身となっていた事だろう。
だが悲しいかな走力差は歴然としていた。
増渕も発砲の反動で何度も体勢を崩しながらも、若さに任せてどんどん佐藤との距離を詰めていく。
(くそぉ……)
足が思うように動かない。もはや追いかけっこは成り立たくなりつつある。
完全に追い詰められているのを佐藤は実感する。
パスン!
「ひぎぃっ!」
発砲音と共に、ついに焼けるような痛みが右肩を襲ったのを佐藤は感じた。
穿たれたと言うより、擦られた。大した傷では無いが、それでも彼にとどめとなる絶望を与えるには十分なもの。
そのまま痛む箇所から押し倒されるように、派手な音を立てて地面に転がる。
必死に身を捻り、立ち上がろうともがく佐藤。だがそれも続かない。
後方へと向けられた視線が、もうすでに4、5メートルの距離に迫った増渕を捉えたから。
「あ……」
佐藤の顔が完全に恐怖と絶望で塗り潰される。しかし増渕の顔も、佐藤に負けず劣らずといった風情に歪んでいる。
「……許して下さい、こうするしか、無いんです……」
切れ切れの息の中、絞り出すようにして増渕が謝る。
佐藤には、それがまるで綿あめのように甘くて、スカスカで、軽薄な謝罪のように思えてならなかった。
何を言おうが、それでこちらが救われるわけでは無い。掴みたくない運命を掴まされたらただ実体の無い黄泉の世界に引きずり込まれるだけだ。
だが何れにせよもうどうにもならない。流石に弾の無駄遣いにはもう懲りたのか、確実に仕留めるべく更に一歩一歩増渕が近づいてくる。
こちらにはもう、増渕を振り切るだけの余力は無い。
(ああ、もっと食べたかったな、お米……)
最期を予期し想うのは、やはり食べ物、そしてその中でも一番好きだった日本の主食。
米作りの農家で生まれ育った佐藤にとっては、それは彼のアイデンティティにも等しい。
(もう一度、食べたいよ。父さん母さんの作ってくれたお米、優子の炊いてくれたお米)
増渕の引き締まった肉体が目の前に聳え立つ。少し土の混じったユニフォームの白い部分が、米の集合体であるようにさえ佐藤には見えた。
増渕の右腕がゆっくりと挙げられる。63番のユニフォームを残像として網膜に残しながら、佐藤は目を閉じる。
その時。
「おい、こうするしか無いって、どういう事だよ?」
聞き覚えの大いにある、声がした。
一瞬何が何だか分からなくなって、佐藤は目を開いた。
別に逃げても良かったかもしれない。
と言うか、本質的にはチキンな自分からすればその方が自然だったような気がする。
なのにわざわざ危険と知った上で向かっていったのは、単に苛立っていたからに他ならないだろうと花田は思う。
その結果見つけたのが、一人がもう一人に銃口を突き付けて、今にも殺そうとしている場面。
殺す者と殺される者のあまりに明快な構図。思わず苦笑すら浮かびそうになる。
「言葉のまんま、ですよ。俺が生きるには、こうするしか無い、という事です」
銃口を突き付ける方の男、増渕竜義は突然の闖入者に惑いを隠せないながらも、それだけをぶつ切りにして答える。
一方の銃口を突き付けられた男、佐藤賢は状況の変化を把握しきれず、あたふたしているといった感じだ。
あーあ、今ならこいつにも隙が出来てるから、ひょっとしたら逃げられるかも知れないというのに。
そんな冷めた思考が脳裏に走る。しかしわざわざそれを指摘しようとまでは思わない。
少なくとも今は、自分の事でいっぱいいっぱいなのだ。
増渕を見返す。肩を震わせ、動揺を隠せないながらもいつでも引き金を引ける態勢は変わらない。
「ふーん、仲間の命を奪ってでも、自分が生き残るしか無いと思ってるわけだ」
「ええそうですよ! どんな事があっても、俺はこのチームで母ちゃんに恩返しするんですよ!
母ちゃんが好きだった、母ちゃんと俺の誇りだったこのチームで!
そのためにも、誰を殺してでも俺が生き残らなきゃいけないんだ!」
花田がそう聞いたのは、ただの気まぐれだったのかも知れない。
そんな内心と釣り合うのを拒むかのように、増渕は不機嫌そうに語調を強め、悲壮な様子で答える。
このチームで?
その時、花田の思考に楔のようなものが打ち込まれた。
自分達の不始末を俺達に押し付けて、それで高みの見物を決め込んでいるこのチーム。
人間のとしての尊厳を徹底的に破壊し、会話さえ禁じたこのチーム。
鎌田をあんな、ヒトという生き物からさえ危うく逸脱しかかった姿に変えたこのチーム。
厭らしい多菊の笑みが増渕の背後に立った気がした。
不気味に口元を歪めて嘲う老人達がさらにズラズラ並んだ気がした。
それは錯覚だと分かっていても、我を忘れさせる要因に成り得た。
「へえ、仲間を殺して、今までチームを支えてきた功労者も、これからチームを支えていくであろう連中も含めてみんな殺して、
そんでこのチームにはお前と俺達にこんな事をさせるキチガイ野郎共だけ残るってわけか。
こんなんで本当に、お前のオカンに自慢できるチームって言えんのか?
こんなはりぼてのようなチームでいくら活躍したところで、お前本当にオカンに胸張れるのかよ?」
自然に口からぺらぺら溢れ出していた。一瞬心臓が燃えるような感覚を覚える。
増渕の口走った感情が、今自分が抱えていた憤懣と本当にフィットした。
こいつはあの理不尽をぶつけられて、なのにそんな事を言うか。
――このガキが。
「う……」
言われた増渕は、目を泳がせて口ごもったが、それでも負けじと震える声で言い返す。
「う、うるさい! あんたに何が分かる! 誰がいなかろうが、俺さえいれば母ちゃんも喜ぶし、このチームは無事に成立するんだ!」
「分かりたくもねえな。そんなのただの牽強付会じゃねえか。自分に都合良くこじつけてるだけだろ」
とりあえず館山からの受け売りだという事は内緒にしておいた。
だんだん増渕と相乗するかのように、互いに感情が昂っていく。
もっともそれぞれ別の種類のものっぽいが。
こちらは積もっていた暗澹たるものがモクモクと膨れ上がっていくような、そんな心持ちだ。
「そもそも誰が死のうが関係ないんなら、俺の事なんか気にしないでサッサと殺せよ。
それとも、ぐだぐだ言いながらもやっぱり殺せないってわけか?」
「何言ってるんですか!? 言われなくてもそのつもりですよ!」
「ふーん、じゃあやれよ。撃てよ」
「い、今やりますよ。賢さんやってから、あなたも撃ちます」
そう言いながらも、増渕の腕は花田と佐藤の中間で、ブルブルとふらつくばかりで進展を見せない。
この様子にも花田はカチンときた。
風が吹けば倒れそうな脆いその信念。理不尽に与する以上、せめてそれなりに肝が据わっていればまだ見直す気になれた。
だがこいつは緩い。
撃つ事自体は出来ていたのに、俺が来た途端に撃たなくなった。
俺が入ってまた迷いが生じた、そういう事か。
いずれにせよ、そんなあやふやな態度は花田の心を更に逆撫でする。
花田は決めた。
とりあえずまずは、こいつに一撃を加える事から始めようと。
「おい、マサル! こいつに何発くらい撃たれたんだっけ」
花田は佐藤に問う。佐藤は腰を抜かしたのか、律義にも射程圏内からは大して動いてないが、それでも一応銃口を避けるように体を捻っている。
「え? だいたい3、4発くらい撃っていたと思いますが……」
存外な調子で佐藤は答えた。意外なタイミングで意外な事を聞かれたという困惑がありありと見てとれる。
それを聞くと同時に、花田は増渕に向ってジグザグに駆け出した。
「!? な、何を……!」
今までこちらが動きを見せなかった分油断していたのだろう、佐藤に狙いを定めかけていた増渕の表情に驚愕が浮かぶ。
慌てて花田に向けて発砲する。
1発、また1発。
だが、当たらない。掠りもしない。
花田には計算できていた。3、4発くらい撃たれたにも拘らず佐藤は右肩を掠めた痕以外に殆ど怪我をしていない。
これは佐藤の逃げるコースが良かった事もあったが、明らかに増渕が銃の扱いに慣れていない証明でもあった。
だから、動いていれば当たらない。ましてや左右をジグザグに動き回られればますます狙いをつけにくい。
そのまま増渕は弾を浪費していく。やがて響くのはカチ、カチという硬い音。
増渕が弾切れを悟るとほぼ同時に花田が追い付き、体ごと増渕に投げ込む。
「おらぁっ!」
「く……!」
しかし増渕は、花田のタックルをそのまままともには受けず、体を引いて花田を砂利道にはたき込んだ。
(弾さえ、弾さえリロードできれば、それで終わりだ……!)
躊躇っていたばかりに、結局無駄に弾薬を使い尽くしてしまった。
だが、また豊富に弾薬を装填できれば再びこちらの圧倒的優位が出来る。銃さえあればこちらのもの。
そのまま増渕は踵を返して、花田から距離を取った。
替えの弾倉はデイパックの中だ。花田をかわしつつ、急いでリロードしようと中に手を伸ばす。
「逃がすかっ!」
林道にダイブしてユニフォームを汚した花田が再び突っ込んでくる。
花田を避け、円形に回り込むようにして走りながら、増渕は必死でマガジンを探り当て外に出した。
これさえ仕込めればこちらの勝ちだ。忙しない手元を必死に器用に動かし、マガジンを入れ替える。
填った、これで装填できた。
そのまま増渕は後ろを振り返り、蜂のように隈なく彼を追尾してくる花田に銃を向けようとする。
だがその時。
「今だ! マサル、やれっ!」
花田の裂帛が森に響く。
増渕はハッとした。
そうだ、自分は花田に突っ込まれ、佐藤の元から離れていた。
だが自分は今弧を描くように花田から逃げている。それは本来の標的だった佐藤を逃さないようにと思ってだったが、
これは裏を返せば佐藤も自分からそんなに離れてはいないという事。
しかも自分は今、弾倉の入れ替えに夢中になってて、手元以外の全体への神経が疎かになっていた。
つまり、自分は奇襲を仕掛けられる隙をみすみす許していたのだ!
「なっ……ど、どこだ!」
足を止め、全方位を慌てて見回す。
道の向こう――いない。
藪の中――いない。
木の陰――いない。
(どういう事だ!)
早く見つけなければならない。身を守るために。
後ろを振り向く。――
「!!?」
その時には、花田が既に眼前まで迫っていた。
だんだん大きくなる花田の顔はニヤリと歪み、中からちろりと舌を出す。
その瞬間増渕は気付いた。
自分に追い付くために、花田がブラフを使ってきた事に。
「グブッ!」
助走つきの花田の右拳がそのまま増渕の顔面にめり込む。
増渕の頭の中で火花が散る。衝撃で思わず銃を取り落す。
これが、痛み。自分が人に与えようとしていた痛み。
「ガキめ! その性根ぶっ潰してやる!」
花田が憤懣に任せてそう叫ぶ傍ら、増渕の手元を離れた銃が花田の足元に吹っ飛ぶ。
花田はまだ治まって無いらしい。銃を取り返すのは厳しいだろう。
そもそも花田に銃を取られ、それで攻撃されたら、もうこちらが終わる。
「お、俺は母ちゃんのために生き残るんだ!!」
そう捨て台詞を残して、増渕は逃げ出した。
胸で癪や迷いといった様々なものが、高速で蠢いているのを感じていた。
「ちっ……」
花田は舌打ちし、あえてそのまま増渕を見送る。
一発殴った。そうしたら、胸の痞えが取れたような気がした。
とりあえず今回はこれでチャラにしても良さそうだ。
武器が彼の手元を離れた以上、いくらどう思ってようが、そう簡単にその信条に則る事も出来ないだろう。
花田が銃――コルトガバメントだった――を拾うと同時に、後ろからどたどたと足音が聞こえてくる。
「あ、有難うございます……」
「よせよ。そんなつもりじゃねえ」
感謝を露わにする佐藤に対し、ひらひらと手を振る。
そう、そんなつもりでは無かった。ただ増渕の態度や口ぶりにイラッと来ただけで。
助けるつもりなどさらさら無かった。ただ自分のため、自分が無力でない事を証明するために、衝動に任せて動いただけ。
(でも……)
確かに、結果的にその行動が彼を助ける事に繋がったのは事実だった。
それなら、こんな感じでいいのかもしれないと思った。
多菊や伊東の事が腹立たしいのなら、彼等への不満が燻るのなら、こうして彼等に逆らったりすれば、少しはどうにかなるかもしれない。
自分達は権利は奪われても、一人一人の信念までは奪われてはいないのだから。
「あの、すみません、何ならこれから一緒に行きませんか? 独りはもう懲り懲りで……」
汗を忙しく拭いながら佐藤がそう切り出してくる。
彼なりに何か思う事があったのかも知れない。
夕陽が森の中に陰影を引いている。
その陰影は時のように緩やかに移ろい、明と暗の境界線を変化させてゆく。
ふと佐藤が急に、股を押さえて縮こまった。
「あ、そういえばおしっこ、したかったんだった……」
そう言ってきょろきょろと周囲を見回す。
――悪くないかもしれないな。
もっともっとこいつと話をするのも、少しはストレスに効く事になるかも知れない。
トイレを求めて視線を彷徨わせる佐藤の滑稽な様子を見ている内に、花田にはそう思えてきたのだった。
【残り44名】
花田劇場も計算づぐめなのか
乙です
乙です
花田がチキンじゃないwww
347 :
代打名無し@実況は実況板で:2008/04/14(月) 16:31:45 ID:CmWmZMgsO
乙でした。
花田ww
格好良すぎるw
乙です!
花田かっこよすぎワロタwwwwww
つーか賢、最後に思い浮かぶのがご飯ってww
33.ピンチヒッター:誰か
潮騒。それは時には人の心を落ち着かせ、時には郷愁を誘い、時には無闇にささくれ立たせる。
だが真中満(背番号31)は押し寄せる波の音に特別な感情を抱く事も無いまま、潮風に満ちた空気を肺一杯に吸い込んだのだった。
真中の目の前には海、そしてそれに沿った廃れた集落。
内陸の町で育った彼には別に海に思い入れがあるわけでは無い。
ただ何となく思うがままに足を運んだら、この廃村に出たというだけの話だ。
(しっかしひでえ所だな)
一、二時間ほど歩き回ってはみたが、ぽつぽつと見える人家は全てが木造建築で、しかも朽ち果ててボロボロ。
道路も一面たりとも舗装されておらず、雑草の所々に繁茂したその様は本当に道と呼んでよいのかすら怪しい。
黴の臭いさえしてきそうなその衰退ぶり。正しく文明から取り残されているとしか言いようが無い土地だ。
「世が世なら、俺もこんな辺鄙な所歩いている事も無かったはずなんだよな」
ゆるゆると首を振りながら真中は愚痴をこぼす。
十五年前のあの日、このヤクルトというチームに指名される事さえ無ければ。
三年前のこの頃、自分を必要としてくれるチームさえ他にあれば。
こんな事に巻き込まれる事も無く、いつも通りよく寝て、よく酒を飲み、よく野球をする生活が続いていたのだろう。
だが真中の表情は、彼の今の立場ほどは深刻では無かった。
「まあ、これもツキが無かったってこったな」
他人事のようにあっけらかんと呟く。
そう、いくらこの状況を嘆いても仕方が無い。
人生とは先が見えない中でも手探りで、運命を選んでいく作業の繰り返しなのである。
自分は運命を受け入れ、この球団に残り続けたからこそこうなった。
運命を見極められなかった。ツキの在り処を間違えた。その結果がこれなのだ。
そこまで考えて、真中は自らを憫笑した。
いろんな経験もした分、若い頃よりは図々しい性格になれたようだ。
とはいえ、と真中は思う。
確かに自分は貧乏籤を引いた。しかし、だからと言ってそれでもう終わりだという事では無い。
これから先、まだ挽回するチャンスはある。生き残りさえすれば、また家族の元に帰り、平和な日々を過ごす事が出来る。
「まあこのままここのように朽ち果てるのもありっちゃありなんだけどな」
西日に照らされ、深い影の差す集落を見回しながら独りごつ。
プロでの実績は既に十分残した。
最近はご無沙汰とはいえ、何回も日本一を経験できた。
一億円プレーヤーにもなったり、選手会長を務めたりもした。
もう選手としてはそろそろ引き際も近づいているだけに、ここらで散るのも悪くは無いのかも知れない。
だがそれでもやはり、生きられる可能性が残されている以上は全力で生きたいとは思う。
去年自分は終始代打だった。何故だか出る度にヒットが出て、代打の神様として持て囃された。
あの雰囲気も悪いものでは無かった。ピンチヒッター、真中と言うコールの瞬間にあれほど身震いが心地よかったがした年はかつて無かった。
帰れるものならまた帰りたい。あのコールを聞きたい。いや、やっぱりあのコールじゃ物足りない。可能ならもう一度レギュラーをこの手に取り戻したい。
では、どうやって生き残るか。
「誰かに代わって欲しいもんだな。真中選手に代わりまして、ピンチヒッター、誰かってな感じで」
冗談めかした口調で呟く。これが試合みたいに選手の入れ替えのきくものだったら、こんなに苦労する事も無いだろう。
だが実際にはそんな楽な生存など許されたりはしない。これは殺し合いであって、試合では無い。
となると、真面目に殺し合いの中での生き残り方を模索するしか無い。
(殺し合いとなると……選択肢は二つだな)
真中は心中で大雑把に分けた。
殺し合いに乗って、最後の一人になるか。
それとも、仲間と協力して殺し合いを止めるか。
(どっちにしても面倒くせえもんだな)
人間を殺す事はたとえ一人だけでも重労働だ。相手も抵抗するだろうし、それに体力だけでなく精神力も疲労させられる作業だ。
だがかといってこのゲームを止めるにしても、何をやればいいのかすら分からない。
仲間と組んだとしても、それが本当に有効かは正直未知数だし、そもそも協力してくれる仲間を見つける事自体が面倒だ。
(どちらも生き残る確率で言えば似たようなもんか。じゃあ、どうするか……)
考えている内に自然と喉が渇く。デイパックの中に水を求めかけたその時、不意に真中は閃く。
(そうだ、どうせ選択肢はこれに乗るか、それとも止めさせるかの二択なんだ。
だったらもうこうしよう。デイパックの中の武器が人を殺せるようなものだったら前者、そうで無かったら後者のツキが向いていると考えよう
それでツキが乗ってる方を選べばいい)
これ以上論理的に考えても水掛け論だ。
もうこうなったら自分の思考に代わって、このデイパックの中に支給品を入れた誰かに代わりに決断を任せてもいいじゃないか。
そう、たまには自分がピンチヒッターを出す側に回ってもいい、そうだろう?
(さて、鬼が出るか、蛇が出るか……ってどっちも駄目だろ)
運命をかけて、一世一代のギャンブル。
真中は腹を括り、ファスナーに手を掛けた。
【残り44名】
353 :
代打名無し@実況は実況板で:2008/04/16(水) 10:35:36 ID:xSrJs/m0O
乙
乙サンテレビ。
これでデイパックの中から武器として空のビール瓶とか出てきたり…しないですよね?w
乙です
気のきいた感想が書けなくて申し訳ないですが、楽しみにしています
頑張ってください
356 :
代打名無し@実況は実況板で:2008/04/18(金) 02:01:51 ID:RxjxKTuBO
ほし
ほしゅ
358 :
代打名無し@実況は実況板で:2008/04/19(土) 15:51:09 ID:P0YpKN3sO
ほす
ほし
360 :
代打名無し@実況は実況板で:2008/04/20(日) 20:00:23 ID:1qdUN4pQO
ほせ
ほっし
362 :
代打名無し@実況は実況板で:2008/04/22(火) 00:55:35 ID:5gkmWiEn0
保守
ほしゅ
34.主役も脇役も関係なく舞台に誘われる
猥雑な都会の夕方は、豪壮なうねりを伴って人々をそれぞれの焦燥に誘い込む。
煩雑な仕事に喘ぎ急ぐ者。学業を終え、仲間内での遊戯に勤しむ者。
だが彼等は等しく平和を享受している。そこには外界から閉鎖された空間で極限状態に追い込まれた人種を思いやる余地などこれっぽっちも無い。
そうやって群衆は、襞のように無数に生え揃い蠢くビルに居丈高に見下ろされて生きていく。
だがそのビルもまた、疲れた都会人を例外なく照らす夕陽のように優しい平和を、何の疑問も挟まずに消費する人々を孕んでいるのだろう。
むろん、建物は安寧をいくら崩されようが、痛みこそすれ憤ったり苦しんだりはしない。
だが人間はそうはいかないのだ。
高田馬場駅前、緻密に交ざり合うビル群。
その内の一つに、小洒落たラテン系の雰囲気を持つスペイン料理店がある。
その店はまだ開店前なのだろうか、若者の狂騒に満ちた嬌声も、鼻を擽るオリーブオイルの匂いも漂ってこないが、
さりとて師走特有の凛とした冷気を助長するかのような沈黙が澱んでいるわけでも無かった。
清潔でシックな広間のテーブル席の一つから、今しも二種類の声が飛び交い、店内に余韻を残している。
「――というわけで、全体的にはこのような流れで行きましょうか」
「うーん、ちょい待ってや。何か物足りないんやけどな」
「えっ?」
「ほら、やっぱ折角のクリスマスパーティーやろ? それにしてはクリスマスプレゼントがちょっとみみっちい気がするんや」
「そうですか? ご要望通り十分取り揃えたつもりですが」
「やけどこうして改めて見てみるとなあ。こんなんなんかどや?」
そう言うと、関西弁の男が机に向って何かを書きつける。
落ち着いた空間の中、二人の男がテーブルで向かい合い、相談をしているようだった。
紙に書かれたその内容に、眼鏡の男の顔色が曇る。
「ちょっとそれは……予算もオーバーしますし」
「ちょっとくらいええやん。何なら俺が自腹で払ってもええで」
「でも……第一今からだと取り寄せも間に合うか分かりませんし……」
「うーん、そうなんか。折角皆と触れ合える機会やし、もっと楽しませてあげたいんやけどな〜」
そう言って関西弁の男の表情が残念そうに沈む。
数日後この場所で行われるクリスマスパーティーの主催者であり、主役。それが彼の役割だった。
今日は会場の下見がてら、パーティーへ向けての打ち合わせもしようとやって来ていたのだ。
(やっぱ初めてやから上手くいかへん事も多いな。アイドルとかのイベントを企画するマネージャーとかの気持ちがようわかった気がするわ)
ため息がてらにそう思うと、不意に懐旧の念が込み上げてくる。
アイドル。そう、20年近く前、自分はマネージャーなんかでは無く、まさにアイドルそのものであった。
動くたびに追っかけギャルが付きまとい、仕事場でも自分へ向けられる黄色い声が氾濫した毎日。
あの頃は皆で好き勝手に浮かれていればそれで良かった。
時代の求めるがままに思う存分暴れ回ればそれだけみんなが喜んでくれて、それがとても心地良くて。
本当にすごく幸せで、楽しい時代だった。
「まあ今は今で十分幸せなんやけどな」
静かにそう呟き、対面する眼鏡の男が「え?」と不思議そうに顔を上げる。
その瞬間。唐突に軽快なJ-POPがテーブル上に鳴り響いた。
会話を求めているらしく、J-POPはそのメロディを止めようとしない。
「電話ですか?」
対面からの問いかけに、彼はむ、と顔を顰める。
メロディから誰が掛けてきたのかは大体見当が付く。そしてそれは今のこの世界とはあまりそぐわないものだ。
大事な用件かも知れない事を考えると、出た方がいいのかも知れない。
だがかと言って大した事の無い用事だったら、まだ打ち合わせ中なのに席を外すのも申し訳ない。
そもそも契約も終わったこの時期だけに、この筋からは大事な用件はそれほどない気もする。
彼は逡巡する。思いのほか神経質な一面もあるのである。
「ブンさん、やっぱ出た方がいいですよ。僕なら大丈夫ですから」
見かねたのか、眼鏡の男が彼に薦める。
彼は頷いた。これ以上悩んでもかえって迷惑だろう。出よう。
「すまんな、しばらく待っててや」
そう言って、彼――池山隆寛(E背番号77)はポケットから携帯電話を取り出し、席を立った。
「もしもし?」
『よう、出たか』
流れた声はほぼ予想通りのものだった。
数日ぶりのその声を聞いて、池山は元々細い眼をさらに細める。
「なんや、お前どうしたんや。西宮に帰ったんやなかったのか」
『ん、まあな。そっちは今東京か?』
「そうやけど、それがどないしてん」
『あ、いや。そうか。そっちは調子はどうだ?』
「んー、まあぼちぼちってとこかなあ」
返事をしながら、彼は違和感を感じ始めていた。
相手の事はよく知ってる。橋上秀樹(E背番号78)。プロの世界に飛び込んだ時の同期で、20年以上の腐れ縁だ。
今は同じように、かつて仕えた上司の元で指導者としての修業をしている仲でもある。
だが何かおかしい。吃りもいつもに比べて多い。何だかソワソワしている。
何か言い出したい、だけど躊躇っている。そんな感じだ。
「で、それがどうしたんよ。一体何の用やねん」
『うん、実はな……ちょっと内密の話なんだけど』
「ああ、一応席外してきたとこやから、別に今なら構わんで」
そう言うと、相手側からの少しの安心と、息を吸い込む音が電話越しに伝わってくる。
それを聞いて、池山はふと若干の不安を覚えたように感じた。
内密の用事なんてまるで見当がつかない。
大事な用件なんだろうか。チームに何かがあったのだろうか。選手が何かトラブルを起こしたとか、そんな事だったりするのか。
「ほれ、ちゃっちゃと言いなや」
『それじゃ単刀直入に言う。……実は……ヤクルトの選手達が、行方不明だという事らしいんだ』
事実は、彼の予想の斜め上を越えていたのだった。
「はあ? どういう事やねん、そりゃ」
『俺もよく知らん。監督からお前が説明せえって粗筋を聞かされただけだ』
思わず間の抜けた声を出す池山に対し、いかにも真面目くさった声で橋上が答える。
選手達が、行方不明。これだけでもきょとんとさせられるには十分だ。いくらなんでも単刀直入すぎる。
だが、野村監督から聞かされたというのはどういう事だろうか。
「そ、それって何や。ニュースとかにもなってんのかいな」
『いや、世間には一切情報が流れて無いらしい。だから俺も監督に聞かされて初めて知ったんだ』
あっさりとそう言い足す橋上に向って、池山は何と答えたらいいか分からなかった。
選手が行方不明だなんて、今時そんな事があり得るのだろうか。
何かの間違いとかではないのか。秘密裏のドッキリとか。
「兎に角もっと詳しく話聞かせてや。一体何が何だか分からんわ」
『も、勿論そのつもりだ。そのために電話したんだからな』
わけの分からぬ焦りと苛立ちから、思わず強い口調になる。
そんな池山を宥め賺すかのように、橋上は伝え聞いた現状を、訥々と語り始めた。
『――というわけだ』
「そ、そんな事になっとるなんて……」
あらましを聞き、池山は自分の耳を疑いたい気分になった。
いくらなんでも変だ。世にも奇妙な物語でもこんな話にはそうそうお目にはかかれないだろう。
人間消失。そんな荒唐無稽な絵空事のはずの現象が、電波を通じリアルさを伴って運び込んでくる。
冬の風が、不意に身に侵食していくのを感じた。
「何や、タチの悪い冗談とか、そんなんやないのか」
『嘘だと思うなら寮か神宮に来てみろとの事だ。そもそもこんな嘘ついて一体何のメリットがあるんだよ』
「…………」
『選手だけでなく、高田さんや一部のコーチ達も行方が分からなくなっているらしい。
だから今後は残ってるコーチ陣と協力体制を組む事になったそうだ』
「だからって……」
『マスコミにも当たってはみたが、どこもこの事にはまるで触れようとしてくれないらしい。
妙だろ? プロ野球選手がチームごと姿を消したなんて、普通メディアにとっては格好の話の種じゃないか。
つまり、この件では裏で何かの権力が動いていて、一般に流布されるはずの情報を隠匿するための手管が働いている可能性が強い。
そして、そうして情報操作が行われている以上、この件を調べられるのは俺達内輪の人間だけと言う事だ』
段々、頬が引き攣っていく。
権力。一つの球団の選手の消失をまるまる闇に葬れる権力。そんなものが動いていると言うのか。
何のために。どんな関係があるのか。
……いや、ちょっと待て。
「おい、今俺達と言わんかったか? それってまさか……」
ある予感を抱いて、数秒の間合いの後、池山は訊いた。
こんなとんでもない情報をわざわざ知らせて来たって事は、まさか――
『……監督から頼まれた。今のままでは調査人員が足りなさ過ぎる。
それで、監督が信頼を置け、かつヤクルトの内情をある程度把握している俺達を引き込もうと考えたというわけだ』
北風が、池山の体を強烈に打ちつけ、去って行った。
「お、俺が……?」
『今もいろいろ調査の範囲を広げてるが、この先どんな事実が待ってるかはまだまるで分からんらしい。
何かの勘違いである可能性もある一方で、ひょっとしたら危険領域に足を踏み入れているのかも知れないという事だ』
「…………」
『監督は無理にとは言わない、だが出来ればどうか手伝ってくれと言っていた。力を貸してくれと』
池山は呆然と、ただ突っ立っていた。
非日常は何時でも、日常の中に扉を埋没させて潜んでいる。
今、それへ向かうための扉が、ゆっくりと開かれた。
「……お前は、やっぱり手伝うんか?」
『ああ、何だかんだで監督にもヤクルトにも、長い事世話になってるからな。
松井さんも同じように、協力する事になったらしい』
「松井さんも……」
『イケ、お前も手伝ってくれないか。手伝ってくれるなら、一旦神宮球場のミーティングルームに集まれと監督は言っていた。
今東京なんだろ? 今から行けば俺よりは早く着くはずだ』
橋上の口調は、まるで協力するのが当たり前のようだ。
そう言えば、喋りも最初に比べてずいぶんすらすらとしている。喋っている内に腹が据わってきたか。
そんな橋上の声を、池山は不思議な面持ちで耳にしていた。
何でだ?
確かに俺達は、かつてヤクルトで一つの時代を築いた。
あの頃は随分いい思いもした。ヤクルトという球団には感謝してもし切れないし、仲間だった後輩達もかけがえのない存在だと思う。
だが、俺達は今は、ヤクルトとは別のチームのために働いているんだ。
今は楽天の事を、何よりも大切にしていかなければいかないはずなんだ。
なのにどうして、敵となったはずのチームに協力する義理があるのか。
いや、それだけならまだいい。
誰だって、他人の危機を見過ごす道理は無い。ましてやそれが特別によく知っている間柄なら尚更だ。
それに監督の気持ちにはすごく共感できる。
あの人は何だかんだで恩情や縁といったものをすごく大切にしてくれる人だ。
その事は、現役時代にあの人を何度も胴上げさせてきた縁で、あの人に雇ってもらえた自分が一番よく知っている。
だが、だからと言って、下手をすれば命に係わるかも知れない、先の見えない事態と分かっていてわざわざ首を突っ込んで、果たして大丈夫なのか。
強大な圧力を前にしては、無謀になったりはしないか。
『なあ頼むよ。昔から一緒にいろいろやってきた仲だろ?』
返事をしない池山にじれたのか、橋上が重ねてくる。
池山は、徐々に地平線に吸い込まれていく夕陽と、それに照らされている街並みや雑踏を何ともなしに眺めながら、それを聞いていた。
確かに、昔からの仲だ。
この都会特有の玉石混淆な空の下、自分達は若さとテンションに身を任せて、共に好き放題に騒いでいた。
サイケデリックなカクテル光線に照らされればどんな遊戯でも冒険でも何でもやれる、そんな幸せな時代。
(だが、今はもう違う)
オレンジに紺が混じりつつある薄汚れた空を、索漠を滲ませながら池山はすっと見上げる。
時代は変わった。年もとった。守らなければならないモノも出来た。
そんな身で、危険に躊躇も無く飛び込むような真似は出来ない。
無理をして何かがあれば、誰が妻と子供達を、そして若きチームの未来を支えて行くというのだ。
もう、ただ自分の思うが侭に、ブンブンとバットを振り回していい時代は終わったのだ。
『うーん、しゃーねーな。また連絡するわ。少し時間やるから、その時にまで心構えしておいてくれ。
今度は良い返事が来るのを期待するぞ』
橋上の声が頭の中で鐘の音のように響く。
自分はどうするべきなのか。
自分に何が出来るのか。
『ああ、そうそう、一つ言い忘れてた。監督からの伝言がもう一つあったんだ』
声は響くのに、脳がそれを理解しようとしない。
行方不明。謎の黒幕。もう何が何だかだ。
俺にどうにか出来るものか。一体どうしろと言うのか――!
『「なあイケ、正義のヒーローってやつになってみたいとは思わんか」だそうだ』
何かが、切れたような気がした。
脳味噌を雁字搦めに拘束していた、綱のような何かが。
耳の奥ではツー、ツー、と通話切れを示す音が鳴り響いている。
眼下の都会の風景からは、徐々に活気が溢れ始めていた。
「ヒーローか……」
池山は呟いた。
「そうか、監督がやりたいのは、そういう事なんやな」
そしてごく自然な仕草で、携帯電話をポケットに収めた。
ヒーロー、確かにそれは今の自分にはもう似合う言葉では無いのかも知れない。
そんな甘言に惑わされず、年相応に今なりの幸せを守って生きていくのが正しいのかも知れない。
だが、それは逃げでは無いのか。
何時までも、幾つになっても心の中でヒーローを追い求め、ヒーローとなるのが、男というモノの性では無いのか。
若かりし頃、お立ち台へ上る権利を求めて、我武者羅に結果を出してきた時のように。
人気者の座を維持するため、皆の求めるアイドルとして振舞っていた時のように。
何が起こっているのかはわからない、それでももしかしたら艱難辛苦に喘いでいるのかも知れないチームを、
そして嘗て共に喜びを分かち合った仲間を救い出して見せるのが、ヒーローの仕事では無いのか。
確かに自分は何も影響を与えられないかも知れない、それどころかただでは済まなくなるかも知れない。
だがもう結構。やっぱりかつて愛したチームを、チームの未来を託した後輩達を見捨てるくらいなら、立ち上がるくらいは俺達にも出来る。
そう、迷いは要らない。目先の事なんてぶっちぎれ。
もう一度、自由だったあのうら若き頃のように、無茶に向かって突き進め。
幾つになっても、全力フルスイング。それがヒーローであり、俺なんだから。
レストランの扉を開けて、広間に戻る。
テーブルについている打ち合わせ相手の男は、長すぎると言いたげな不満そうな表情で眼鏡を光らせている。
そんな彼に対し、舞い戻って来た池山は意気揚々としていて、何処か吹っ切れたようにも見える。
「随分時間かかりましたね。開店時間も近づいてきた事ですし、場所を移しましょうか」
「もうええわ」
え、と相手の表情が固まる。
その困惑に向かい、ニヤッと笑って池山は続けた。
とりあえず深く考えるのは後だ。さあ、派手にやったろうやないか。
強大な黒幕に果敢に立ち向かい仲間の平和を取り戻す、正義の味方ごっこを。
「急な用事が出来た、また今度にしようや」
【残り44名】
>>355 変に気張らなくても結構ですよ。こちらとしてもどんな感想でも無いよりはある方がはるかに嬉しいです。
これからも宜しくお願いします。
乙です
リアルタイム投下に立ち会ったw
乙です
池山かっこええええ
池山が出てくるなんて・・・。
乙です!
乙です
池山登場にテンションあがります! ノムさんもかっこええ…
ノムがこういう行動するかな?と思ってたら、
池山への説得の言葉で狙いを納得したw
乙です
池山まで…
色々な人が関わってきてドキがムネムネです
378 :
代打名無し@実況は実況板で:
干す