1 :
依頼@株主 ★:
2げっと
ぼくちんのちんちんなのだ
4 :
代打名無し@実況は実況板で:2007/12/31(月) 16:58:25 ID:2QHjBvCEO
1.プロローグ:The first betrayal
意味も無くカーテンの隙間から外を覗いてみる。
窓の向こうは相変わらず牢乎とした冷気が黒の中で揺蕩っているらしく、外を歩く通行人が儚げに身を竦めていた。
ため息をついてカーテンを閉めると同時に、何と無く点けていたテレビからジングルベルのメロディが流れてくる。
ゆったりとした、平和で陽気なメロディ。
クリスマスケーキを囲んだ団欒を想像する。いや、クリスマスツリーの下で彼女と熱い抱擁ってのも悪くないかもしれないな。
そんな取り留めの無い事を考えながら、増渕竜義(旧背番号63)はソファの上にどさりと身を横たえた。
今は12月、プロ野球界はもう既にオフシーズンに突入していて、チームに縛られる必要は一時的に消え去っている。
とはいえプロ野球選手たるもの健全で屈強な身体はある程度保ち続ける必要はあるものの、
この時期が選手達にとって一番自由な時期である事は確かであるはず。
増渕も若手らしくオフでも自主トレを欠かさない一方で、シーズン中には出来ない享楽を楽しむ事もある。
何と無く気に障ったメロディをリモコンで遮断すると、増渕はヤクルトに入団して以降の事をふと思い返してみる。
人生でも三本の指に入るくるいに緊張したドラフト。大好きだったヤクルトに引き当ててもらったのが分かった時、本当に嬉しかった。
噂に違わずチームの雰囲気も明るくアットホームな感じで、先輩も優しい人ばかりだった。
一緒に入団した同級生も――正直見ていて大丈夫かコイツと心配になる奴もいたけれど――すぐに打ち解け、友達になる事が出来た。
初めてのキャンプは一軍スタート。それなりに注目を集め、オープン戦でも好投する事が出来た。
公式戦初登板では、前田さんや新井さんなど錚々たる顔触れが並ぶ広島打線を相手に、7回1失点と好投した。
でもそうして自信が付いて来た途端に、連続でKOされて二軍落ち。ファームでも燻ってる内に何時しか肩を痛め、リハビリ生活。
それでも最後の最後に一軍に戻ってこれて、初勝利も記録した。
この前の契約更改でも、将来のエースとして高津さんがつけていたはずの背番号22をもらえる事になった。
新監督の高田さんも、自分の事をかなり気に入ってくれてるらしい。
順風満帆だ。
多少の挫折はあるものの、それでも自分の野球人生はとても順調に進んでいる。
まるで野球の神様に引き寄せられるかのように。
そう、自分はこれから、スターへの階段を登っていくのだ。
由規にも加藤にも負けない、ヤクルト球団史に残るスーパースターへの道を。
自分の力で巨人や阪神などの金満球団を倒してヤクルトを優勝させ、スターになって。
ヤクルトレディーをしながら女手一つで育ててくれた母に最高の恩返しをする、そんなサクセスストーリー。
「実現させて見せるさ」
呟く。胸を疼かせ、決意の炎を滲ませながら。
「絶対に」
その時。
不意に、ソファの横に置いておいた携帯電話が軽快な音を室内に響かせる。
気だるげな様子で寝返り携帯を開いた増渕は、ディスプレイに表示された名前を見て思わず眉を顰めた。
「小川監督?」
小川淳司(背番号80)。東京ヤクルトスワローズの二軍監督。
いや違う。今はもう一軍のヘッドコーチになってるんだっけ。
しかし何故今なのか。今はシーズンオフ。今年の分の球団の公式行事は既に全部終わっている。
契約更改も既に済ませたはずだ。そんな自分に一体何の用があるというのか。
とりあえずそんな疑問を頭の隅に押しやり、通話を開始する。
「もしもし?」
『増渕か。いいか、よーく聞いてくれ、とても重要な用件がある』
重要な用件? 増渕は思わず鸚鵡返しをしたくなった。
当惑する増渕の様子を知ってか知らずか、小川の声はゆっくりと、更なる情報を電波に乗せる。
『明日、神宮球場にあるクラブハウスに来い。そこで球団による大事なイベントを行う事になった。
お前の他にも、うちの選手の大部分に来てもらう事になっている。集合は昼の12時だ。いいな、絶対に来いよ」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」
耐えられずに思わず制止した。
意味が分からない。
何故オフシーズンである今、いきなり強制的に呼び出されなければならないのか。
しかも個人的な呼び出しならまだ分からないでもないが、どうやらかなりの選手が集まるらしい。
納会ももう済んだはずなのに今更選手達を呼び出して何をするつもりなのだろうか。
実はヤクルトだけこの時期に特別の球団イベントがあるとか言うのだろうか? いや、そんな話は聞いた覚えが無い。
「いきなり言われても困りますよ。僕にも予定があるんですよ」
『そうだろうな。だが、特にキャンセルしなきゃならんような用事は無いはずだ』
「た、確かにせいぜい自主トレ程度ですけど……でも、僕以外の選手もそうとは限らないじゃないですか。
宮本さんとか青木さんとか忙しそうだし……」
『宮本とかには早めに連絡して予定を空けておいてもらった。心配する必要は無い』
「でも……」
『つべこべ言うな。これは決まった事だ』
小川のいつにも増して強い口調に押され、増渕は思わず押し黙った。
続けて詳しい諸注意が流れる間も、心の中では疑問が渦巻き続ける。
『と言うわけだ。後何か聞きたい事はあるか?』
どうやら説明が終わったらしい。正直に言うと聞きたい事は山ほどあったが、とりあえず思いついた言葉をぶつけていく。
「い、一体何をするんですか? 大勢の選手が集まる行事って、一体……」
『それは今は言えない。行ってみてからのお楽しみだ』
「僕のほかには、誰が参加するんですか?」
『それもはっきりとは言えない。とりあえず、お前の学年で参加してもらうのはお前だけだ』
無い無い尽くしだ。思わず舌打ちしそうになる一方で、同級生が参加しないという話に寂しさと不安を覚える。
『もう無いか。それじゃ切るぞ。いいか、絶対にだ。絶対に来い』
「待ってください! 最後に一つだけ、何故こんな時期に、いきなりイベントなんて――」
少し会話が途切れたのを見て取った小川が電話を切ろうとしたのを、慌てて止めて咄嗟の質問を投げかける。
増渕は少しでも知りたかった。何度も絶対に来いと念押しするほどの重大なイベントの輪郭を、せめて一片だけでも。
だが、返ってきた答えは、無情にも。
『お前がそれを知る必要は無い』
それだけだった。
通話が切れても尚、増渕はソファに伏して押し黙ったままだった。
考えがまとまらない。突然の召集命令、有無を言わさぬ小川の態度――。
一体何なんだろうか。シーズンオフのこの時期に、選手を集めて一体何をさせるつもりか。
それに、通話の最後の最後、切る直前に小川が付け足した一言。
『あ、そうそう、この事は明日集まるまで誰にも喋ったら駄目だからな。この点にも留意しておいてくれ』
口外禁止。ますます怪しい。
わざわざ秘密にしなければならないという事は、それだけ妙な理由での集まりだという事か。
華やかな球界の裏の部分を覗いたような、不気味な気分に増渕は襲われた。
(何でこんな事を……)
沈黙を続け、思考に沈む。だが答えは見つかりそうにない。
結局、増渕は答えを諦めざるを得なかった。
碌にヒントがない以上いくら考えても仕方がない。自分の頭ではこれが限界だ。
(まあ行ってみるしかないか。あれだけ言われた以上参加しないのもまずいだろうし。
まさか選手生命に関わるような事まではないだろ)
行けば何とかなるだろう。そんなアバウトな結論に縋らざるを得なかった。
(何かすっきりしないな。気分転換にちょっとランニングでもしてくるか)
そう思い立つと、のっそりと立ち上がった。
割り切れない思いを胸の中に懐いたまま。
増渕は知らない。翌日に控える謎の行事が、選手生命どころか命そのものを脅かすものであるという事を。
増渕は知らない。彼が登るべきスターへの階段が、既に取り外されていた事を。
増渕は知らない。彼が愛していたヤクルトに、最悪な形で裏切られるという事を。
血が踊り悪意が連鎖する恐怖の宴まで、あともう少し。
【残り48名】
とりあえず以上です。
お手柔らかによろしくお願いします。
乙!
続きが楽しみです!
2.B-Project
「う〜〜〜〜遅刻遅刻」
今クラブハウスの中を全力疾走している僕は、東京ヤクルトスワローズに所属するごく一般的なプロ野球選手。
強いて違うところをあげるとすれば他の人より多くヒットを打つってとこかナ――
「――なーんて、言ってる場合じゃねえよな、こりゃっ!」
そう吹っ切るように軽く叫ぶと、ストライドを更に広げ、より一層の力を足に込める。
それまでも全力だった彼の走るスピードは更に上がり、複雑なクラブハウスの通路をカミソリのように鋭く曲がっていく。
彼の名前は青木宣親(背番号23)。
一年前のWBC、そしてつい最近行われた北京五輪アジア予選において日本代表に選ばれて活躍した、
走攻守の三拍子を揃えた日本を代表する野球選手の一人である。
だが、そのような見事な肩書きなど微塵も想像がつかないくらいに今の青木は慌てていた。
当然である。彼はこの日ヤクルト球団が行う“イベント”における集合時刻に、実に30分もの大遅刻をかましたからだ。
これがせいぜい5分程度の事だったら、元々面の皮の厚い彼の事だけに呑気な調子で歩きながら通路を通り抜けていたかもしれないが、
流石に30分、しかも到着するなり待ち構えていた小川に捉まってカミナリを落とされたとあっては、
最低でも慌てる素振りくらいは見せるのが当たり前である。
とにかくそんなわけでクラブハウスの中のロッカールームに飛び込む。
小川の言う分には、一旦ここに来て用意してあるユニフォームに着替えてから、
駐車場に停めてあるバスに乗り込んで指示を待て、という事らしい。
折角ここまで来たのにまた移動するのかよだの、何でユニフォームに着替える必要があるんだとか、
様々な取り留めの無い愚痴を思いながら自らのロッカーに直行する。
その途中、ふと見ると中のベンチに一人のもはや若者と言うには微妙な年齢の男が座っているのを青木は見つけた。
「藤井さん?」
「あ、やっと来たんだ〜」
青木の目の前にいる藤井秀悟(背番号18)は、駄菓子を食らいながら軽く手を挙げた。
「藤井さん、何やってんすか……。バスで待ってろって言われませんでしたか?」
「うん。でもどうせ青木も来てないんだし、ちょっとぐらいいいかなって思って」
「バスの中で食ってりゃいいじゃないっすか」
「そう言われてもさ、小川さんがバスの中に余計なもの持ち込むなって言うんだも〜ん。ひどいよね〜」
そう言いながら藤井は尚も駄菓子を頬張り続ける。
相変わらず子供っぽい先輩に青木は呆れつつも、気になっていた質問をぶつけてみる。
「ねえ藤井さん、どうして俺らが今日集められたか分かります?」
青木もまた、今回集められた理由を疑問に思っている内の一人だった。
シーズンオフ真っ只中のこの時期に、何故選手たちが改めて集められなきゃならないのか。
曲がりなりにも青木よりも長くこのチームにいる藤井ならば知っているかもしれないと、ふと青木は閃いたのだった。
「え、知らないよ〜。俺もただ大事なイベントって聞いただけだよ」
案の定当ては外れた。まあ藤井に期待するのが間違いだったのかもしれないと青木は納得する。
「それにしても、こんな時期に一体何する気なんでしょうね。
この時期に球団でやれる事なんてあんまり思いつきませんけど」
「う〜ん、みんなで年忘れゲーム大会! とかかな?」
「強制参加させられておいてそんなのだったら俺怒りますよ?」
「え〜、いいじゃん。みんなで遊んだら楽しいと思うよ〜」
そういう問題じゃないでしょと青木は突っ込みたくなった。
本当にこの人は先輩なんだろうか。この人の頭の中はお花畑か何かか?
「ホント藤井さんは呑気っすね。いきなり呼びつけられて腹立ちません?」
「う〜ん、確かにジジ達がちょっと心配やけどね。でも一応球団のイベントなんだし、そう気負う事もないと思うよ」
「そうですか。……俺は碌な事にならない気がするんだけど」
そう言って青木は首を振る。ああ、やっぱり本当にこの人は単純だ。
「そんじゃそろそろ行くよ。青木も早くしてね〜」
藤井は不意に立ち上がりそう言うと、菓子袋を捨てて出て行った。どうやら駄菓子を食べ尽くしたらしい。
その背中をちらりと見つめ、青木は薄く、皮肉げに笑う。
(全く、同じ早稲田出身なのにこうも違うとはね)
まるで苦労を感じさせない、呑気で単純なその姿。
だが青木達は知っている。藤井の今までの人生が決して並大抵のものではなかったという事に。
様々な出来事が藤井を傷付ける度に彼が何を感じてきたのか、青木達には知る余地もない。
元よりこんな性格だったのか。それとも色々な苦しい出来事に揉まれて今の彼が出来上がったのか。
とにかく、いくら遠回りをしてでも自分を貫くその生き様には感心させられない事もない。
だが、青木はこのような生き方をなぞるつもりはさらさらない。
藤井だって彼なりの努力をしているのだろう。だが、こんな遠回りばかりの野球人生、自分は真っ平ごめんだ。
だって自分は欲張りだから。
プロ野球選手として、少しでも多くの勲章が欲しいから。
だからその分、最短距離を目指し、一つでも多くの勲章をかき集めてみせる。
着替えを済ませた青木はすぐに駐車場に出る。
待ち構えていたバスは、着いた時遠目からちらりと目に入れた時と同じように立ち尽くしている。
周りの閑散とした様子とも相まって、青木には普段使用しているバスとは何かが違うように感じられた。
遅刻についてどう誤魔化そうかを考えつつ、ドアに手をかける。
手を伸ばしている間に、青木は不思議な事に気がついていた。
――静かすぎる。
ヤクルトは雰囲気の良いチームで有名だ。
このような待ち時間でも他愛のない話題で盛り上がってる事がほとんどだ。
それが、今はどうだ。僅かに開いたドアの先からは微かな音さえ聞こえてこない。
何があったんだろう。深く考える事も無しにドアを開け、中に入り込む。
段を上がり、バスの中を見渡した瞬間、青木は思わず目を見開いた。
――全員、眠っている。
青木は呆然とした。真ん中の通路に倒れている藤井以外は全員席に着いているようだが、それが皆目を閉じ、不自然な様子で眠っている。
異様すぎる。何故こうも揃いも揃って。
それに、この妙な臭いは何だ。脳味噌を溶かすかのような受け入れ難い臭い。
これはまさかと思ったときにはもう遅かった。青木は自分の身体がゆっくりと沈んでいくのを感じる。
踏ん張ろうとするも叶わずに倒れ込む瞬間、青木は更にもう一つのサプライズを知った。
(健さん!? それにカズさんに高津さん……)
最前列には、左手に鈴木健(旧背番号9)がぽつんと、
そして右手では石井一久(旧背番号16)と高津臣吾(旧背番号22)が寄り添うようにして眠っていた。
引退やFAなど、それぞれ異なる理由でチームを去ったはずの彼ら。
その彼らが何故ここにいるのか?
考える余裕を与えられぬまま、青木の意識は闇に落ちていった。
その頃車外では、一人の男が青木が崩れ落ちるのを確認する。
男は暫くの間車内を見守っていたが、誰も起き上がってこない事に安心したのか、
やがて手に隠し持っていたトランシーバーをおもむろに弄り始める。
そして通信対象が出たのを確認すると、無機質な温度のない声で告げた。
「全選手処置完了。よってこれより、バトルロワイアル計画、通称『B-Project』を開始いたします」
【プログラム開始】
【残り48名】
とりあえずここまで。
まだ注目度も低い事だし、気楽にじゅっくり頑張っていこうと思います。
頑張ってくださいね!
乙です!続きが楽しみです。
陰ながら応援してます。
乙です。ワッフルワッフル
3.瓢箪からこま
覚醒は鈍痛と共に起こった。
頭の奥が締め付けられるような痛みが本来の目覚めとは一線を画していて、石川雅規(背番号19)は思わず顔を顰める。
唸り声を上げつつ目を開くと、最初に目に入ったのは灰色の世界だった。
その様子を見て、彼の一児の父親とは思えぬ童顔に浮かぶしかめっ面は徐々に崩れていく。
代わりに浮かぶのは、純粋な疑問。
(ここ、どこ?)
上半身を起こし、辺りを見回す事で石川の頭の中は100パーセント?マークで一杯になる。
(何でみんな寝てるの?)
周りには大勢のユニフォームを着たチームメイトがいたが、石川と同じように起きたばかりらしい様子の者が数人ほどいるだけで、
後の仲間は全員未だに床に転がり続けたままの状態である。
明らかに、おかしい。
「おい、起きんかい、ポチ」
放心に陥りかけた石川の意識を救ったのは、数少ない既に目を覚ましていた人物の一人である宮本慎也(背番号6)が
城石憲之(背番号10)を起こそうとする声だった。
こういう時まで率先して行動するとは流石キャプテンだなとやや的外れな感想を懐きつつ、
石川もまたまずは他の選手を起こす事が先決だと悟り、隣で寝ていた鎌田祐哉(背番号20)の体を揺さぶり叩き始める。
「ねえ、起きてよカマちゃん」
「うーん」
鎌田はゆっくりと目を覚ますと、首を振って辺りを見回す。
寝起きの不快感が徐々に疑心に変わっていく彼の様子を見て、石川は先程までの自分が鎌田に乗り移ったかのような感覚を覚えた。
「あれー、ここどこ? どうして俺らこんな所にいるの?」
「知らないよ」
「えー、いいじゃん教えてくれたって。幼馴染なのにつれないなー」
「そんな事言われても俺だって起きたばかりなんだから仕方ないじゃん」
小学校の頃からの友人である鎌田といい加減な会話をしつつ、石川は自分達の存在する空間を観察する。
どうやら部屋の中のようだ。広さは少し大きめな学校の教室ぐらいだろうか。
部屋の中にはクラブハウスに呼ばれたチームメイト以外には誰もいない。それどころか机や椅子一つさえ存在しなかった。
壁は扉が一つある以外はコンクリートで占められていた。床はリノリウムで、異常なまでの殺風景が選手一同を包んでいる。
「一体何なんだろうね」
「さあ」
石川と鎌田が会話している間にも段々と集められたメンバーが起き出し、二人の会話に混ざるものまで出てくる。
全員が意識を覚醒する頃には、彼らのように疑問を話し合う者、あるいは扉を開けようとする者など、各々が様々な行動を起こしていた。
「まあお前ら落ち着けや。とりあえず状況を整理せなあかんわ」
バラバラに動いていた彼らをまとめたのは、宮本のこの一言だった。
日本代表で幾度もキャプテンを務める程の高いキャプテンシーを誇る彼の言葉はまさにつるの一声となり、
騒々しかった空気を一度に黙らせ彼一人に意識を集中させる。
「ここがどこか、分かるやつおるか?」
自分が注目されてるのを確認し、宮本はゆっくりと問題点を吐き出す。
しかしその疑問に答えられるものはいなかった。
それが分かったら苦労しないと石川は思った。彼の心の声が聞こえたかのように、それもそうかとばかりに宮本は鷹揚に頷く。
「そんならこの事は保留しとこか。ほな次、何で俺らはこんな所に閉じ込められてんのやろ? そこのドアは開かないんやったよな」
「さっき押したり引いたり叩いたりしてみましたけど、ビクともしませんでした」
困惑がありありと聞いて取れる口調で田中浩康(背番号7)が返す。
それを受けて、宮本は顎に手を当てて考え込んだ。
「確か球団がイベントを行うとかで集められたんですよね」
「うん、そんでバスに乗り込んで雑談をしていた所までは覚えとるんや。
そこから意識が遠のいて、気付いたらここにいた、ちゅうわけやけど……」
沈黙が再び場に漂う。納得できる発想が出ないのは全員に共通していた。
もどかしい雰囲気を断ち切るかのように宮本は咳を一つすると、取り纏めるように言う。
「クラブハウスんとこに小川さんとかいて指示されたやろ?
小川さんらがちゃんとおってくれた以上はそう簡単に変な目には遭わんと思うわ。
とりあえず落ち着いて待と。焦ったら損するだけやで」
突然カチャッという音が響いたのは、宮本がそう言った直後の事だった。
音がしてから約2、3秒後に、開かなかったはずの扉が突然ゆっくりと開き出す。
何や、言った途端にかいと宮本が呟くと共に、全員の視線が一気に扉に向けられる。
扉の向こうから現れたのは、一人の男。
その男は、今季限りで東京ヤクルトスワローズの一軍ヘッドコーチを辞任したはずの男、伊東昭光(旧背番号72)だった。
彼の姿を認識した石川は、釈然としない気分を覚えた。
彼はもうコーチを辞めたはずだった。その彼が何故、こんな時にこうして自分達の目の前にいるのか。
彼がいる以上とりあえず変な団体に捕まった等の可能性は消えたも同然でその事には安心してよかったが、
怪しさのレベルで言えば似たようなものだ。
「伊東さん、これどういう事なんですか? いきなり呼び出してきた思ったら眠らせてこんな所に連れて来るなんて、
いくらなんでもおかしいんやないですか?」
「俺らが納得できるように説明してくださいよ。カズさんとかまで呼んできて、一体何がしたいんですか?」
全員の思いを代弁するかのように宮本が質問し、更に青木が畳み掛ける。
二人、特に青木の口調が強めだったせいもあって次第にささくれ立ったムードが形成されていく。
それに対して伊東は無表情のまま何も言わない。石川の心の中で徐々に不安が堆積していく。
何か言って下さいよ。一言でも会話が成り立てば、みんな安心できるのに。
そんな中、重苦しい雰囲気を打ち破ったのはベテランの木田優夫(背番号42)だった。
「そんな顔しないで下さいよ。別に今から殺し合いをするとか、そういうものじゃないんでしょ?
だったら楽しく行きましょうよ! 何があるのかは分かりませんけど、やれるだけの事はやりますよ!」
球界屈指のコメディアンとしても定評のある彼ならではのくだけた物言い。
彼の言葉を切欠に、張り詰めていた場の空気に僅かな綻びが生まれる。
「ちょっ、いくらなんでも殺し合いはないでしょ!」
「えー、でも何かそれっぽくない? みんな眠らされて一箇所に集められたところにいきなり先生とかが入ってくるのって、
いかにもちょっと殺し合いをしてもらいますって言われそうな感じじゃない?」
「だからって殺し合いはないですよー! そんなの映画や小説の中の世界だけの事でしょ!
だいいち先生じゃなくて伊東さんだし!」
「そうですよー! いやー、まさか木田さんがそんなダークな事を思いつくなんて知らなかったなー。木田さん怖ーい!」
木田に応えるかのように、若い選手達が木田と軽口の応酬をする。
それに伴い、一同は一時的に今の状況の不自然さを忘れ、いつも通りの和気藹々とした雰囲気を取り戻す。
そう、今まで大切に保たれ続けてきた、幸せな日常の光景。
石川もその雰囲気に乗り、微笑を浮かべて軽口に付き合おうとする。
だがその時石川は気付いてしまった。
この空気の中でたった一人、不穏な雰囲気を纏い続けている男がいるという事に。
本来の注目の的であるはずの伊東が、能面のような無表情を保ったまま、異様な光を湛えて一同を眺め続けているという事に。
石川の顔から笑みがさっと消え、背筋に表現しようのない悪寒が走る。
何でだ。何でそんな顔をするんだ、あなたは。
あなたは一体何をするつもりなんだ!
衝動に身を任せた恐怖の叫びが咽喉下までこみ上げられる。
その刹那。
今まで全く動く気配の無かった伊東の咽喉が不意に震え、唇がゆっくりと開かれる。
そして紡ぎ出された言葉は、たった7文字。
「そういうものだ」
重々しい声は和やかな雰囲気にも例外なく浸透し、全員の表情を凍らせる。
一瞬で完成する沈黙。
石川には伊東がほんの僅かの間、彼の挙げたその“成果”に満足げな表情を浮かべた、そのように見えた。
悪寒が全身に広がった。目の前にいるのは本当についこの間まで自分達の面倒を見ていたあの伊東なのだろうか。
それを確かめる暇はもう無かった。口を挟んで抗う事も出来ぬまま、残酷な宣告が下される。
「これから、お前らに殺し合いをしてもらう」
【残り48名】
投下乙。
akmtが主催者できたか…
ギコ久や根岸も出るって事は古田も出てくるのかな?
投下乙です。
これからが楽しみ。
4.説明
今までバトルロワイアルなんて映画や小説の中だけの事だと信じて生きてきたからかどうか知らないが、
集まった選手一同に衝撃が走った。
伊東元ヘッドにこれから殺し合いをしてもらうと言われたのだ。
だが、その言葉に対して咄嗟に行動を取れる人間は、現実には誰一人としていなかった。
全員が、ただ呆然として伊東の顔をまじまじと見返す事しか出来なかった。
コロシアイ。
日常に規格化された思考はそれだけの台詞の理解が叶わない。
たった五文字しかない言葉にも拘わらず。
「あ、あの……」
人によっては永遠にも値しそうな今度の沈黙を破ったのは松岡健一(背番号21)。
「う、嘘ですよね? 殺し合いなんて……」
焦点の合わない目をしたまま、おずおずと切り出す。
しかし伊東は、あたかも最初から聞こえていないかのように、願望に似たその質問を聞き流した。
続かない会話。平然としている伊東。
痺れを切らした松岡は、クールで通っている顔を奇妙な形に歪ませ更に声を発する。
「嘘でしょ? だって、殺し合いなんて……
そんな事していいと思ってるんですか? そもそも何で俺らがそんな事しなきゃならないんですか?」
「何でかって? 答えは簡単です。そうする必要が生じたからです」
松岡の呻きと同時に、またしてもドアが開き、一人の老人が大勢の屈強な男達を引き連れて入室すると共に解答を提示する。
彼が引き連れている男達は揃いも揃って兵士のような服に身を包み大仰なライフルを抱えていて、
遠からぬ昔に見た戦争映画を石川に連想させた。
そんな中、うようよと流れ込んでくる男達の最後に、チームの誰もがよく見知った男が引き摺られるようにして入室し、
選手の間にどよめきを起こさせる。
「古田さん……」
古田敦也(旧背番号27)。長年スワローズの頭脳として君臨し、2007年限りで現役を引退しヤクルトを退団した筈の男。
チームを去ってからも常に自信に満ちていた表情をしていたはずの彼は今、別人のように憔悴しきった顔をしている。
おまけに何故か着用しているユニフォームには無数のシワや擦り切れた跡があり、
彼が既に何か只事ではない目に遭っている事を想像する事は難くなかった。
今まで黙りこくっていたはずの伊東が、老人の姿を認めるやいなや、彼に向き直ると同時に早速言葉を発する。
「お待ちしておりました。多菊相談役」
「待たせてすまないね。彼が結構な抵抗を示したものでね、全く今年は彼に足を引っ張られてばかりだ」
畏まる伊東に対し、東京ヤクルトスワローズの球団相談役であるその老人、多菊善和はうらぶれた姿の古田を見ながら悠揚に返事をする。
その間、選手達は何も言う事が出来なかった。
聞くべき事が多すぎて何を話せばいいのか分からなかったのだ。
生じた必要とは何か。何故伊東と多菊、そして古田がここにいるのか。古田の身に一体何が起こったのか。他諸々。
「それでは説明を始めていいですか?」
「うむ、やってくれたまえ」
全員が惑っている隙を突くかのように、多菊の許可を取ると伊東は胸を反り、密度の増した空間に声を響かせる。
「まず前もって言っておく。大人しく座って、俺がいいと言うまで俺の話によく耳を傾け続けていろ。
決して俺の話の邪魔をするな。場合によってはこいつら兵士達に“お仕置き”をしてもらう事になるかも知れんぞ」
その言葉と共に、多菊と共に入ってきていた大勢の男達が一斉にライフルを構え、選手達に向けてくる。
仰々しく並列する暗い銃口に圧され、選手達は次々と力が抜けたように腰を落とした。
リノリウムの冷たい感触がやけに薄気味悪いもののように石川には感じられた。
「お前らには今から殺し合いをしてもらう。といっても気負う事はない。ただのゲームみたいなものだと思って貰って構わない。
お前らの内で生きて帰ってまた野球をする事が出来るのは一人だけだ。二人でも三人でも無いからな、間違えるなよ」
一人だけ、という単語が出た瞬間選手達の顔が更に歪んだ。空気がざわめく。
「ここは無人島だ。と言っても何も無いわけじゃない。元々は人が住んでいたところだからある程度の設備があったりもする。
詳しい島の位置関係は、この部屋を出てから外に出るまでの間で渡すデイパックの中に地図を入れておくからそれを参考にしてくれ。
ちなみにデイパックには他にもそれぞれコンパス、筆記用具、水と食糧、名簿、時計、懐中電灯、
そしてお前らが使う武器が入ってる。せいぜい大切に使えよ。
ちなみに当たり前だが中の武器は一人一人それぞれ違っている。当たりも外れも、ピンからキリまである。
たとえ外れだったとしてもそれは日頃の行いが悪かったせいだと思って諦めろ」
相変わらずの辛辣な言い草だと石川は思った。今まで、それも愛情ゆえのものだと信じていたのに。
「開始は昼の12時ちょうどからだ。背番号、ちなみに2007年のものだ、の小さい者から順に、3分間隔でスタートしてもらう。
最後の奴、この面子の中で言えばユウイチ、お前の事だな、が出発してから10分後にこの建物から半径200mを禁止エリアにする」
名前を出された松元ユウイチ(旧背番号65)の肩がビクッと揺れる。
もう来日して何年も経つ故か、遠い異国の地の出身である彼でも今の状況の深刻さを十分に理解しているようだった。
「ちなみに禁止エリアとは入っているだけで死ぬエリアの事だ。
ここの他にも、開始から7時間後、午後7時からだな、そこから2時間毎に地図で区切られたエリアを一箇所ずつ禁止エリアとしていく。
禁止エリアの場所は一日四回、六時間毎にある放送で死亡者の名前と共に発表するから、心して聴いておけ」
狂ってやがると誰かが聞こえない程度に呟いた。
それは決して、淡々と説明を続ける伊東だけに向けられたものではなかった。
「とりあえず以上だ。何か質問したい奴はいるか?」
「あの、この首輪は一体何なんですか?」
間髪入れずにそう質問したのは米野智人(背番号51)だった。
言われると同時に皆の意識が首元に向く。
実のところ全員首輪が着けられている事には気づいていたのだが、他に気になる事が多すぎて注意を向ける暇が無かったのだ。
一体何でこんなものが。それに、どういうわけか古田の首にまで首輪が着けられている。
「ああそうそう、忘れてた。その首輪はお前ら全員に着いている。
その首輪がどういう構造になっているかはお前らにもだいたいの見当はつくよな。
先程禁止エリアに入ったら死ぬと言ったが、それはその首輪が爆発する事によってだ。
他にもこの島を抜け出そうとしたり、無理に外そうとした場合にもそいつは爆発する。
あと、24時間死者が出なかった場合にも全員の首輪を爆破させるからな」
爆発、その言葉の響きに石川は総毛立つ思いになった。
呆気なさ過ぎて、何だかリアリティの無い響き。
ギョッとした表情で首輪を睨み付ける者もちらほらと見受けられる。
「他には何かあるか?」
「すみません、一体どうしてこのメンバーで殺し合いなんて……」
今度は新人であった西崎聡(背番号30)が尋ねる。
その質問を聞いて、石川は違和感を思い出す。
選手で埋まりつつあったバスの中に、どういうわけか高津や石井一らが乗り込んできたのを見た時の事を。
西崎の質問を聞くと、何故か今度は伊東が顔を歪め始めた。
「お前らも今年の成績を知ってるだろう? 何せお前らが駄目だったからこの成績になったんだからな。
今年のヤクルトは実に弱かった。勝率も12球団の中でも最悪だったくらいだ。
そんなんだから、オーナーもこう言い出したくなるわけだよ。
こんな体たらくなくらいならこれ以上球団を持っていても仕方がない、無駄に金がかかるだけだってな――」
話が見えてこない。
確かに今年のひどいチーム状況は、自分達が良い成績を残せなかったからに他ならない。
今年連続二桁勝利を途切れさせてしまった石川にとってはその悔しさを尚更実感できる。
オーナーの短絡ぶりも、ここ数年のチームが出す赤字、本社の業績の悪化を考えれば決して有り得ない事では無いだろう。
だがそれがどうした。それと集められたメンバーと一体どういう関係が――
「私もね、説得したんですよ。どうにかならないかって」
唐突にここで多菊が受け継いだ。全員の視線が一斉に彼に向く。
「私の説得でオーナーも態度を軟化させてくれましてね。上の人間一同で色々話し合ったんですよ。
それで話し合った末に結論が出たんです。要するに資金を浮かし、儲ける事が出来ればいいのだと、
そして資金を得るためにも、不甲斐ない成績を残した者達に責任を取ってもらえばいいのだとね」
ゆっくりとした、子供に教え諭すような多菊の説明が部屋に響き渡る。
何というシンプルで、安易で、理不尽な響き。
流石に黙っていられなくなったのか、選手たちが一気にざわめきを始めた。
喧騒の中で西崎の声がヒステリックな響きを持って通る。
「そ、それじゃ……」
「そう、日本人の中で今期一軍の試合に出た者、
あるいは高給を稼いでいるにもかかわらず試合に出なかった、すなわち期待を裏切った者、
つまり今期の不甲斐ない成績に加担したと思われる者を一気にここで削ろう、
という事でこのプログラムを企画する事になったわけです」
「そういう事だ。ただし間違ってイレギュラーで加わる事になった奴らもいるみたいだがな」
そう言って伊東がちらりと目をやった先には、12球団合同トライアウトを経て、つい先日チームに入団したばかりであるはずの
萩原淳(背番号48)と斉藤宜之(背番号54)の姿があった。
理不尽な論理が巻き起こす騒ぎの中、頭を抱え顔を見せずに蹲っている斉藤に対し、萩原はさも無関心そうにあらぬ方向を見ている。
彼ら二人の態度が一体何を意味するのかは、今の石川には推理できなかった。
【残り48名】
wktkが止まらない。乙です
乙です。
ハギーもいるのか・・・。
びっくりした。
保守
保守
5.存在が断つ退路
「ふざけないで下さい!」
突如、一人の男が堪忍袋の緒を切らしたかのように勢い良く立ち上がった。
そして立ち上がると共に、憤りを秘めた目で伊東を睨め付ける。
「ん、誰かと思ったら城石か」
「確かに僕らが今期不甲斐ない成績を残してしまったという事は認めます。でも、だからって殺し合いは無いでしょうが!?」
端正な顔を怒気で歪めて城石が啖呵を切る。
「アホ、撃たれたらどうするんや」
「だって黙ってるわけにはいかないじゃないですか!?」
即座に宮本も立ち上がり、座らせようと肩を押し下げるが、それでも尚城石の口は止まろうとしない。
そんな様子を見て、伊東は苦々しそうに口を歪める。
「フン、選手会長としての責任のつもりか?」
「そんな問題じゃないでしょう!? 殺し合いなんて僕には、いや僕等には出来ません!
どうか考え直してください! 今ならまだ間に合います!」
震える声が小さな灰色の世界に染み込んでいく。
その城石の悲痛な訴えを、石川は無意識の内に心の奥底の冷たい部分に分析させていた。
殺し合いなんて自分達には出来ない。全くその通りだ。
真っ当な人間なら、誰だって人殺しなんか出来るわけがない。
ましてや今ここにいるのは苦楽を共にしてきた仲間同士なのだ。その仲間達でお互いに醜い命の奪い合いをする姿など想像したくもない。
考え直して欲しいというのにも全面的に同感だ。
どんな辛い日常でも、酷く無意味な争いによって呆気なく駆け抜けられるものに比べたらどんなに有難い事か。
目の前の最悪の選択肢さえ避ける事が出来れば、後はどんな選択肢でも受け入れていいとさえ思う。
だが、今なら間に合う、というのはどうだろう?
もちろん自分だって、間に合っているとは思いたい。間に合っていてほしい。
だが、先程から聞こえてきて仕方がないのだ。伊東の無表情と異常な眼光を覗いてしまった自分には。
既に手遅れだという、囁きが。
今にも伊東に向かって詰め寄っていきそうな城石を警戒してか、兵士達が一斉にライフルを彼一人に向ける。
そんな兵士達を手で牽制すると、伊東は唐突に話題を変えた。
「なあお前ら、どうして元監督が今ここにいると思う?」
そう言われ、城石ら全員の視線が一気に古田に向けられる。
注目を浴びても尚、彼の姿は現役時代からは想像もつかないほどに爛れていて、失望さえ覚えさせそうな様子である。
そう、古田に何が起こったのか、彼の存在がこの場においてどんな意味を持つのか。
他に衝撃的な知らせが多すぎて今まで聞く機会を逃し続けてきた謎を思い出し、選手達が息を呑む。
「実は、本当は古田君にはここに来て貰うつもりは無かったんですよ」
種明かしは多菊からだった。全員の視線が今度は多菊に向けられる。
「彼は異常なまでにとも言えるほど深くヤクルトというチームを愛していました。
やはり、彼自身が作り上げたチームだという自惚れでもあったせいでしょうかね。
ともかく、球場等での彼とのいくらかの接触の経験から我々は判断したのですよ。
この計画を彼に知らせてはならない。彼がこの計画に賛成するとは思えない。
そして、あらゆる方面に強い人脈を持つ彼ならば、下手を打てばこの計画に多大なる悪影響を齎しかねない、とね
我々は慎重に計画を進めました。ま、計画の内容上当然の事ですね。
伊東君のほか、協力してくれるスタッフにもこっそり内諾を頂きました。
このまま順調にこの日まで漕ぎ付けられるはずだったんですよ。ところがね、
――怒鳴り込んできちゃったんですよ、古田君がね」
一区切り置くと、多菊は愉快そうに嗤う。
自棄になったような、でも余裕のある、矛盾した含みを持つ笑みだった。
「我々は焦りましたよ。いやもう、古田君にも凄い剣幕で怒鳴られちゃったりして。
でもこちらにもツキはありました。
……古田君、言ってなかったんですよ。他の誰にも、この事をね。
彼の言う分には、この計画のスタッフを務めるある者から密告される形で知ったんだそうです。
でもそれだけ。それ以外に裏を取る事が出来なかったから、已む無く直接我々の元に乗り込んできたというわけです。
助かりましたね。少しくらい騒ぎになっても何とかする自信はもちろんありますが、それでも余計な失点をせずに済んだのは大きい」
ゆっくりと、まるで怪談を語るような口調で多菊は語る。
彼の横では古田が相変わらず幽霊のような容相で佇んでいて、石川にはその姿から、
ヤクルト本社で果敢にバトルロワイヤルの中止を求める彼の姿を想像する事はあまりにも難すぎる事のように思えた。
「というわけでね、いろいろあった末、計画の障害にならないように、古田君にはちょっとお仕置きさせてもらいました。
でもね、制裁の対象は彼だけでは無いんですよ。
――そう、言いましたよね。古田君に知らせた密告者がいるって」
実はこの時伊東は既に、多菊の語りの裏でこっそりと、トランシーバーを取り出し何者かとの通信を行っていた。
しかし、選手たちはだらだらと続く多菊の語り口上に気を取られ、通信に気付く者は皆無だった。
「もともと狭いネットワークの中で選んだスタッフですからね。密告者を特定するのは容易でした。
見つけた以上はやる事は一つです。裏切り者に与えるもの、それは絶対的な罰以外にありえません」
そう言うやいなや、再び扉が開く。
今度渇いた部屋に入ってきたのは、これまたユニフォームを着た男達。
選手たちの間に、もうここに来てから何度目かも分からないざわめきが走った。
何故ならその男達は、それぞれ伊藤智仁(背番号84)、八重樫幸雄(背番号77)、馬場敏史(背番号83)、飯田哲也(背番号85)と、
それぞれ2008年度のスワローズで一軍のコーチを務めることになっていた男達であるからだった。
伊藤と飯田はそれぞれ兵士達が持っているのと同じように物騒なライフルを抱え、
八重樫と馬場は二人一組で、青い布を被された大きな物体の乗った担架を下げていた。
――大きな物体の乗った担架?
「皆さん、これがユダの末路です」
八重樫と馬場に担架を降ろさせてから、多菊はこう言うと共に一気に布を取り払う。
その瞬間、くぐもった呻き声や悲鳴、そして息を呑む気配といったようなものが部屋中に充満する。
その間石川は、心の奥底で響く何者かの声をひたすらに聞き続けていた。
ああ、やっぱり手遅れだったね、という嘲りを。
布の下には、人型があった。
人型の頭は潰れていた。何度も殴られたのか、皮膚は既にボロ雑巾のようになっており、
割れた隙間からは脳漿のようなものがこびり付いてるのが見える。
顔は当然のように原形を留めておらず、潰れかけた眼球と削ぎ落とされた耳から流れた血の痕が全体を彩っていた。
手足は在らぬ方向に捩れ、右腕はもはや千切れかかっており白い骨まで覗いている。
全身には無数の鋭器損傷。流れた血が白いユニフォームを赤く染め上げ、選手達の鼻孔に生ぐさい臭いを送る。
そしてその鈍く染まったユニフォームに印された番号は――71。
人型の有様はあまりにも凄惨過ぎた。
襲い来る吐き気を堪え切れず、部屋の隅まで這いずって本当に中身をぶちまける者まで現れるほどだった。
狂乱に巻き込まれる部屋。
そんな中、目の前の憐れな人型の正体を最初に告発したのは、川本良平(背番号28)だった。
驚愕に塗られた顔で、口を張り裂けそうなほどに大きく開いて叫ぶ。
「中西コーチ!!?」
横たわってるのは何?
そう、中西親志(背番号71)の成れの果て。
無惨な死体、そして各々が見せる思い思いの混乱を前に、多菊は満足そうに口角を吊り上げ、言う。
「こういう事です。既に賽は投げられました。
もうゲームは始まっている。誰にもこれを止める事は出来ない」
【残り48名】
投下きたー
思いの外ポチが男らしいw
そして…ああ、やえりん…
うわ、訂正
やえりん→中西コーチ…
保守
6.先攻逃げ切り
夜が更ける。だが、俺達のいる場所は無数のネオンの煌きに包まれていて、まだまだ活気を切らそうとしない。
それもそのはず、今はまだ試合の真っ只中だ。
視線をバックスクリーンに移す。眩い電光によって記されるスコアは1対0。俺達が1点リードだ。
緊迫した投手戦。相手投手の調子もよいが、それ以上にうちの先発がよく抑えてくれている。
今は何回? ああ、八回か。それじゃそろそろ来るかな。
「――、次の回から行ってもらうぞ」
ああ、やっぱり来た。
それじゃ、俺は俺の役割をきちっと果たしてきましょうかね。
突如目の前に晒された惨殺体は、選手達の心に恐怖と混乱を植え付ける。
それは志田宗大(背番号0)にとっても例外ではなかった。
目に見える世界がぐにゃりと曲がる。非日常という異次元に絡め取られていく。
息が苦しい。肺の中に酸素が入っていかない。地上なのに溺れそうだ。
ああ、誰か俺をこの悪夢の海から救い出してくれないだろうか。
そんな志田の願いを聞き届けたのだろうか、伊東は腕時計をちらりと見るとゆっくりと言い渡す。
「よし、そろそろ時間だ。これよりゲームを開始する。ちなみに元監督も折角だから参加者に含ませてもらった。これで48人だ。
それじゃ出発してもらうぞ。まずは背番号0、志田宗大。お前からだ」
自分の名前が呼ばれた事を志田は知覚する。しかし、それだけだった。
背番号0、志田宗大。これにどういう意味があるのか?
何をすればいいのか?
頭がドロドロとしていて働かない。
「志田、おい志田、聞いてるのか」
再び伊東の声が響く。
そしてそれに被せるようにムネくん、ムネくん、という声が聞こえる。
この声は……石川か?
思わず石川の姿を探し、志田は首を動かす。
だが、彼の目に飛び込んできたのは。
(……うっ)
先程目を逸らしたばかりの、中西だったものの抜け殻。
血の気がさっと引く。
今から、俺達は殺し合いをする。
ならば、俺もいずれはこのようになるのだろうか?
俺もこのような惨たらしい責め苦に合わされた末死を迎えるのだろうか?
(嫌だ)
コンマ1秒でその結論が出る。
(嫌だ嫌だ嫌だ、こんなの嫌だ、死にたくない死にたくない)
「おい志田いい加減にしろ、死にてえのか!」
怒声がエンドレスに嵌りかけていた思考を遮る。
ビクッと全身を震わせた志田は、ここで漸く兵士達のライフルが全て自分を向いていることに気付く。
――ああそうか、中西さんのようにならないためにここを出なきゃならないのか。
納得した志田は電流を流されたかのように勢いよく立ち上がると、そのまま我先にと扉に走る。
誰かが志田の名を呼んでいたようだったが無視した。ただ生存本能のみに遵って志田は部屋を抜けた。
部屋を出たら待っていたのは一本道の通路だった。
志田が出てきた時点での視点からは右と左に分かれており、定期的に扉が立ち並んでいる。
どうやらこの建物の部屋は一つだけではないらしい。
壁に貼り付けてあった右向きの矢印に従い右へ行くと、じきに沢山のデイパックが積まれた受付らしき場所に出る。
そこにはこれまた数人の兵士がいて、見通しのいい通路を隙無く監視していた。
志田の姿を認めて、兵士が声を掛けてくる。
「志田選手ですね?」
「は、はい」
簡単な受け答えをすると、兵士の一人が積まれたデイパックの中から一つを選ぶと、志田の目の前に無造作に置く。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます……」
何と無く礼を言うと、兵士は出口はあちらです、と通路の先を指し示した。
言われるがまま、背中を押されるように志田は先を急ぐ。
出口を出た先に広がっていたのは、森を切り裂く三本の分かれ道であった。
森があった事に感想を抱く余裕も無いまま志田は真ん中の道を選んで突っ走った。
とにかく動いていないとすぐに何者かに襲われそうな気がしたからだった。
漸く志田が立ち止まったのは、数分ほど森閑の中を疾走した後だった。
(落ち着けよ俺、俺が真っ先に建物を出たんだから、襲われるはずないじゃん……)
動転した思考に気付き、己が恥ずかしくなる。
「ふう、やれやれ……」
ちょっと走ったせいか軽く汗が噴出してきた。
汗をふき取りながら木に凭れ掛かり、辺りを見回す。
周囲には出口付近となおも変わらず森が広がっている。一体どこまで続くのだろうか。
そういえばまだ自分が小さかった頃にも、遠足とかでよくこういう森の中を歩いたっけ。
(そんな事より中身を確認しなきゃ)
雑念を断ちデイパックを下ろす。
中には、伊東が言っていたように地図等の道具一式が入っていて、その事が志田をとりあえず安堵させる。
(後は武器だ、一体どれが……)
そう思って続けて中を見回す。そうしている内に見慣れない機械が不意に志田の目についた。
「何だこれ」
機械を取り出す。形は何と無く、ゲーム機というイメージだ。
そう、あれだ、確かニンテンドーDSってやつだったか。尤もあれはこれよりややボタンが少なかったはずだが。
よくあれでチームの中で盛り上がってたっけ。パワプロとかみんゴルとかで盛り上がっていたロッカールームを思い出す。
あの群れの中に俺は戻れるのだろうか?
答えは恐らく、いや確実にノーだ。
ゲームは既に始まっている。否が応でもこれから先どんどん、中西のように無惨に転がされる亡骸は増えていく事だろう。
愉しみを共有したチームメイトも、櫛の歯が抜けるように一人、また一人と欠けて、亡骸に化けていくに違いない。
(俺もその中に入るのか?)
とりとめも無く機械を撫でながら志田は考える。
自分が死体とならずに済む、その方法を探すのは酷く困難な事のように思えた。
最後の一人まで生き残れという事、つまり誰かと共に生き残るのは不可能という事。
それはすなわち、あの場にいたチームメイト全員が敵となって立ちはだかるという事。
グラウンド上で、時にはベンチ裏で共に笑い合っていた仲間が、今は自分の命を狙う狩猟者となる。
その狩猟者を相手に、自分はこんな機械だけで対抗できるのだろうか?
そこまで考えたとき、不意に小さな瞬きが志田の目を射抜く。
志田が目を落とすと、そこには一つの黄色い点滅が浮かんだ画面があった。
何だこれ、そう思った志田は画面に目を凝らす。
点滅は動かない。そして点滅の周りには、記号のようなものが並んでいる。
その記号には見覚えがあった。確か小学校の授業で習ったものだったような。
これは……森の地図記号か?
そして一つだけの点滅。まさか……。
立ち上がり、突拍子も無くランダムに決めた方向にダッシュしてみる。
走りながら画面を確認してみると……やはり点滅も少し移動していた。
鋭く切り返して再び元の場所に向かってダッシュする。
するとやはり……点滅は元の位置に戻っていた。
凭れ掛かっていた木に帰還したところで漸く志田は機械の正体を理解する。
小さな存在であるはずの機械の価値を知り、志田は打ち震えた。
これはつまり、いわゆる探知機という奴なのだろう。
存在する事によって、自らの周りに集う者を簡単に把握できる魔法の機械。
自分にはこれに見合う価値があるのだろうか。
――ただの守備固めにしか過ぎない自分に。
グラウンドに立つ自分を思い出す。
嘗てはリードオフマンとして期待されていた時期もあった。
しかしここ数年の間、自分は試合開始の瞬間は大抵慎ましくベンチに座っていて。
出番は代走でなければ大概、勝ってる時に送り込まれる守備固め。
打球処理という貴重な自己顕示の機会さえない場合も多い、いてもいなくても大して変わらない存在。
果たして青木のような天才や、宮本のようなプロ野球界を支える人間を犠牲にして、自分がこれを有効活用する資格はあるのか。
“リードを守り切るため”という大義名分の下でしか成り立たないような自分が、これを手にする資格はあるのか。
その時、すっと画面に新たな瞬きが映りこむ。
(度会さんだ)
志田は直感した。
自分の次に呼ばれる者。それは確か度会博文(背番号4)だったはず。
気持ちのよい性格の先輩。
いつもニコニコ笑っていて、まるで先輩という事を感じさせない明るい人。
その彼に対し、自分はどんな対応をするか。
……言うまでもない。
志田は乱暴な動作でデイパックを背負う。
そして探知機を――絶対手放すもんかという思いを表すかのように――強く握り締め、走り出した。
追加された点滅とは全くの逆方向に。
探知機を最大限に行使して、逃げて逃げて最後まで逃げまくる。それが志田の下した決断だった。
「命は平等なんだ……」
ミスを責められた時のように、言い訳がましく呟く。
罪悪感をくびり殺してでも、志田にはこの選択肢以外には選びようが無かった。
自分は絶対に死にたくない、この事は中西の残骸を見た時から確かな事だ。
そして他の選手も同様な気持ちである事は容易に想像がつく。しかしそれは自分の気持ちを否定する材料にはなりえない。
例え自分が他の選手よりも劣っていると分かっていても、生き残って失望されるような存在だと分かっていても、
それでも他の選手を押しのけてでも生き残りたいという思い――種としての最も正しい本能――は抑えられるはずが無かった。
そして、いざ引き当てた探知機。
敵をいち早く察知し、自らから遠ざける事を容易とする“武器”。
これに縋れば人殺しもほとんどせずに済む。
ただ皆が勝手に殺し合うのを黙って傍観していればよい。
正直反則に近い武器だと思わない事も無いが、そんな杞憂を気にしていても仕方が無かった。
支給された以上はどんな使い方をしようが自分の勝手だ。
それによく考えてみたら、似た者同士ではないか。
支給された者にひたすら敵から逃げ切らせる事を目的とする探知機、
そしてチームのリードを守らせる、つまり『逃げ切らせる』ために起用される自分。
そう、自分はただ自分の役割を果たすだけなのだ。
『逃げ切る』べくして『逃げ切る』という役割を。
「逃げ切ってやる……俺は絶対に逃げ切ってやる……!」
うわ言のように悲壮な決意を呟きながら、志田は尚も無人の森を走り続ける。
その目には既に、この上も無く暗い光が宿っていた。
【残り48名】
激しく乙ですwktk
投下乙です!
これからどうなるか楽しみ。
保守
あまりにもショックすぎて壮絶な亀になってしまったけど
,. -‐'''''""¨¨¨ヽ
(.___,,,... -ァァフ| あ…ありのまま昨日起こった事を話すぜ!
|i i| }! }} //|
|l、{ j} /,,ィ//| 『福地を貰う事が決まってもう戦力の移動が無いだろうと思い
i|:!ヾ、_ノ/ u {:}//ヘ 安心してヤクルトロワを始めたらロワ開始早々妙な時期に藤井・坂元・三木がトレードされた』
|リ u' } ,ノ _,!V,ハ |
/´fト、_{ル{,ィ'eラ , タ人 な… 何を言っているのか わからねーと思うが
/' ヾ|宀| {´,)⌒`/ |<ヽトiゝ おれも何をされたのかわからなかった…
,゙ / )ヽ iLレ u' | | ヾlトハ〉
|/_/ ハ !ニ⊇ '/:} V:::::ヽ 頭がどうにかなりそうだった…
// 二二二7'T'' /u' __ /:::::::/`ヽ
/'´r ー---ァ‐゙T´ '"´ /::::/-‐ \
/ // 广¨´ /' /:::::/´ ̄`ヽ ⌒ヽ
ノ ' / ノ:::::`ー-、___/:::::// ヽ }
_/`丶 /:::::::::::::::::::::::::: ̄`ー-{:::... イ
ホント何でロワ始めた時に限ってこんな時期にトレードなんてやるのかねえ……orz
ショックでただでさえ最序盤の割に遅い投下速度がさらに遅くなるかも……
言い訳になるけど一応言っておきます。
とりあえず古田とか混ざっていて誰が参加してるのか少し分かりにくいと思うので、ここらで参加選手一覧出しておきます。
0 志田宗大
4 度会博文
6 宮本慎也
7 田中浩康
8 武内晋一
9 鈴木健
10 城石憲之
11 遠藤政隆
13 佐藤賢
14 高市俊
16 石井一久
17 川島亮
18 藤井秀悟
19 石川雅規
20 鎌田祐哉
21 松岡健一
22 高津臣吾
23 青木宣親
24 花田真人
25 館山昌平
26 河端龍
27 古田敦也
28 川本良平
30 西崎聡
31 真中満
32 小野公誠
33 畠山和洋
35 三木肇
36 川端慎吾
37 福川将和
39 梶本勇介
40 大原秉秀
41 高井雄平
42 木田優夫
43 宮出隆自
44 松井光介
45 坂元弥太郎
46 飯原誉士
47 田中充
48 萩原淳
51 米野智人
52 伊藤秀範
53 五十嵐亮太
54 斉藤宜之
61 石井弘寿
62 吉川昌宏
63 増渕竜義
65 松元ユウイチ
以上48人
12月中旬頃開始の設定なので福地や橋本・押本・川島(慶)は入っていません。これから出番があるかは秘密です。
ただでさえ高津とか入れてしまってる上に今回のトレードで抜けた三人も入っていて、
こんな序盤からもはやヤクルトロワっぽく無くなってて申し訳ありません。
ここら辺り理解してその上で読んで頂けるなら幸いです。
55 :
代打名無し@実況は実況板で:2008/01/12(土) 16:34:09 ID:UPMcqOBi0
おー
おk
気にしないよ寧ろwktk
いつも乙です
全然きになんないからおk!
むしろやりたい放題キボン!
でもafoのトレードはこたえました
保守
7.BOYS BE…
部屋は独特の緊張感に包まれていた。
その空気は試合前のロッカールームの中ともある意味似通っていて、何だか腹立たしい。
確かにこれも同じ“ゲーム”とやららしいが、だからって。
一人、また一人と選手の名を読み上げる伊東の声を聞きながら、石川はただずっとその場に座っていた。
殺し合いは始められてしまった。
それはこの部屋で目を覚ました瞬間からか。
それとも伊東にはっきりと殺し合いをしてもらうと言われた瞬間からか。
それとも中西の死体を見た瞬間からか。
それは分からない。
とにかく、殺し合いは始められてしまった。
「おいコラ、何勝手に動いてるんだ!」
俄然伊東の怒鳴り声が耳朶を叩き、石川は肩を竦める。
怒鳴られたのは石川の目の前にいた花田真人(背番号24)だった。
四つん這いになって動こうとしたところに雷を浴び、花田の口が戸惑ったように開く。
「え、いや、誰かに話しかけようかなと……」
「俺が名前を呼んでいる間は勝手に動いちゃいかん。その場でじっとしてろ」
有無を言わさぬ口調で伊東が封じた。
暴君め、と微かに零して花田がゆっくりと姿勢を直し、それに伴い部屋に緊迫感が更に蔓延する。
窓が欲しいな、と石川は思った。
窓があれば、少しはこの息苦しい雰囲気を拡散できるかもしれないのに。
この酷く無機質な部屋はそれさえ許してくれないのか。
「マー、おうい、マー」
ふと小さく囁く声が聞こえてくる。
首を動かすと、そこには案の定鎌田がいた。
元より隣同士に座っていたので、伊東に聞き咎められる事も無く会話をする事は可能だ。
何やら思いつめたような表情の鎌田を見つめ返すと、鎌田は少し何やら躊躇うような動作をしたがやがて口を開く。
「一緒に行こう」
決意を込めた口ぶり。
「何とかしよう。なるべくみんなで助かる方法を見つけるんだ」
そう言ってじっとこちらを探るように見つめてくる。
返事をするまでも無かった。
石川も、この異常な状況がもう取り返しのつかないものであるという事はよく分かっている。
だが、かと言って言われるがままにこれ以上取り返しのつかない事態を進行させたいとは思わなかった。
殺し合いなんてゴメンだ。みんなと一緒に野球がしたい。
このふざけた状況を抜け出し、仲間と一緒にまた神宮に戻りたい。
石川は小さく頷いて、鎌田と視線を交わす。
長年の間柄で培ったアイコンタクト。
お互いの顔が、同じように決意に満ちた顔になっているのを石川は感じた。
(大丈夫、まだ俺達は負けていない。十分抵抗できる)
手応えを掴んだ感触を確かめると、石川は部屋全体に目を向けた。
石川と鎌田は昔ながらの幼馴染だ。
と言っても、だからといって四六時中行動を共にする程の仲ではない。
それどころか最近は藤井や川島の辺りと連む機会の方がずっと多かったくらいだ。
それでも石川にとって、この場において一番頼りになる人間は鎌田をおいて他に無かった。
それは幼少時からの習性みたいなものだった。
まだスポーツ少年団に入ったばかりの頃、何かにつけて鎌田を慕っていた遠い記憶。
それは決してプロで活躍している今でも薄れてはいないわけで。
ほとんど対等の関係になった今も、鎌田が“頼れるお兄ちゃん”なのは変わりようがない。
(カマちゃんと一緒なら、安心できる)
絶対の信頼をもってそう結論づける。
では他の選手はどうか?
声を掛けたにも拘わらず、心ここにあらずな状態のまま振り向く事無く出ていった志田。
石川の位置からは表情は見えないものの、早く動きたくてしょうがないといった様子の藤井。
一カ所に固まっている、相変わらずのぼやぼやした顔を見せる石井一と、神妙な面持ちで腕を組んでいる高津。
苛立ちを隠し切れていない顰め面のまま、じっと伊東を睨んでいる花田。
虚ろな目をしたまま、微動だにせず床を睨んでいる増渕。
これら様々な挙動を見せる選手達の内、誰を信頼すればよいのか。
(出来れば全員信じたいけど……)
みんなチームメイトなんだから、殺し合いなんかするはずが無い。
そう信じたいのは山々だが、残念ながら不安材料はそこかしこに転がっている。
中西の遺体を見た時の、一同の狼狽ぶり。
そしてつい先程外から僅かに聞こえてきた、悲鳴らしき叫び声。
徐々に積み重ねられるこれらの現実が、人間不信を加速させていく。
誰が安全で、誰が危険か?
判断を誤れば文字通りに命取りとなる、リスクの高い取捨選択。
(……よそう)
石川は首を振った。
そんな事は判断する必要が無い。
まずは、みんなを信じる事が大事だ。
殺し合いを止めさせるのに、人を信じられないようでは話にならない。
名前を呼ばれ、出口を出た石川はまず周囲の森を見回す。
直前に出発した藤井が待ってくれている事を期待していた石川だったが、望みに反しむせ返るような自然しか見当たらない。
待ってくれなかったのはもしや藤井が殺し合いに乗ったからではないのかという悲観的な思考が脳裏を掠めたが、
ただでさえ打ち合わせも何もしていない上、藤井本来の脳天気な性格も考えると仕方のない事だと思い直す。
鎌田を待つべく出口の前に立っていようと考えていたが、よく見たら出口にも見張りの兵士がいる事に気付き、
やむなく茂みの中に隠れる事にした。
三本に分かれた道の内真ん中と左の道の間の茂みを選び、枝と枝の間を分け入っていく。
こういう時小さい体は便利だよなと、ヤケクソめいた親への感謝をしながら鬱陶しい枝を潜り抜けて、
やがて比較的座りやすい苔と雑草の生えたポイントを見つけ腰を下ろした。
(さて、どうやって待とう)
一息ついた石川は数秒の間迷っていたが、すぐに背負いし物の存在を思い出しデイパックを下ろす。
伊東の説明の記憶を掘り返しながらとりあえず中を探ったら、すぐに馬鹿でかいタンクが目についた。
(おいおい……何だよこりゃ)
デイパックを受け取った時やけに重いなとは思ったが、まさかこんな物騒そうな物を攫まされていたとは。
一緒にあった説明書を見ると案の定火炎放射器などと書かれていて、細々と書き込まれた説明が石川の心を自然と倦ませる。
とは言え引いてしまったものは仕方なかった。気を取り直し、中から地図を取り出して見てみる事にした。
地図には簡素ながらも島の全景が描かれていて、素っ気無い図の上を縦横それぞれ8つずつのエリア
(ちなみに縦がABC…といったアルファベット、横が123…といった数字に分けられている)に区切るラインが這っている。
森等の自然の他にも市街地等もあるらしく、ありふれた公共施設なんかもいくらかが載っていた。
島の形自体はわりと歪で、北東には灯台のある小さな半島まであったりする。
そして、北西の端の方――エリアで言えば、B-1の辺り――には、他とは一風変わった様相を示す、
そこだけとりわけ目立っている赤色で示された『運営本部』なる施設が一つ。
(ここが出発地点、なのかな)
簡単に想像はついた。周りが森で占められているという事もその確信を強化する更なる理由となる。
ただ、スタート場所にしてはやや端過ぎるような気がしないでもない。
その事で何かメリットがあるのかは分からなかったが、考えている場合でない事は確かだった。
(とりあえず島の全貌は分かった。さて、これからどうするかを考えなきゃ)
考えるべき思考に移る。
まずもう少ししたら出てくる鎌田と合流する事は確定している。
では次。合流後、一体どこを目指せばよいのか?
出来るだけ多くの人間で助かるためには、どこをどう動いたらいいのか?
もう10名以上のチームメイトが石川より先に出発している。
最初の出発者である志田が建物を出てから優に30分は過ぎている以上、既に大分島中に散らばってしまっていると考えて良さそうだ。
時間がかかるとそれだけ不利になる要素も多くなるだけに、なるべく早く集まりたいものである。
(まず、人が多く集まりそうな地区からかな)
殺し合いというイベントの性質上、あえて人が行きたがらないような場所を目指す者もいる事は当然見当がついていたが、
それでもまずは地道に探さざるを得なかった。
自分達は万能ではない。人探しに特化した達人でもない。
わざわざ見つかりにくい場所に隠れようとする者から狙いを絞るのはリスクが高い。
どちらにせよ見つけなければならない存在ではあるが、それでも最悪この殺し合いを壊してから何とかするという手もある。
まずはとにかくなるべく大人数で集まるのが先決だろう。
数を集められれば、活路は開ける。
――本当にそうなのか?
俄かに幻聴が石川の耳に湧き上がる。
その声は中西の遺体を見た時に聞こえて来た嘲りと同じものだった。
――言ったはずだろ、もう手遅れだって。
臓腑に冷気を吹き付けるような響きを持った声。
その声に石川は敏く反応する。
(違う、そんな事はない、俺はみんなを信じている)
――でも、中西さんは死んだ。
(ふざけるな。確かに中西さんは死んだ。でもだからと言ってみんなが屈するはずが無い、これで屈したら中西さんにも顔向けが出来ない)
囁き掛ける声に強い拒絶を示す石川。
だがその一方で、心の奥底ではやはり声の提示する恐怖に怯えていた。
石川はまだ目の前で人が死体になる過程を見た経験が無い。
中西にしても、いつの間にかタンパク質の固まりになっていたものを見ただけに過ぎない。
しかし、もしも実際に仲間が仲間を殺す瞬間を見てしまったら。
そのとき果たして自分はどうなるのだろうか。
(……いい加減よそう)
ぶんぶんと首を振って、幻聴を追い払う。
どうも先程からネガティブな思考に吸い込まれがちだ。
やはり中西の死体の影響が強すぎたか。
こういう時は誰かに励ましてもらいたいものだ。
(早く出てこないかな、カマちゃん)
縋るべきはやはり合流相手にして、頼れるお兄ちゃん。
その時、不意に扉の開く音が石川の耳に飛び込む。
顔を上げると、先程石川が出てきた出口に、新たに一人の男の影が佇んでいる。
その男の顔を見て、石川の顔が一気に喜色に満ちた。
(カマちゃん!)
建物を出たばかりの鎌田は、先程石川がやったように周囲をきょろきょろと見回していて動かない。
合流の約束を交わした石川の姿を探している事は明らかで、その事が石川に焦りを生じさせる。
(こんなところにいては駄目だ。早く姿を現さないと!)
慌てて地図を仕舞って立ち上がろうとするが、火炎放射器が重くて手間取ってしまう。
ますます募る焦りと苛立ち。しかし、石川がこの手間に感じているものはそれだけでは無かった。
感じるのは誕生日やクリスマスを後数日に控えた子供が感じるような焦りと苛立ち。
そう、それに混じるのは。
(やっとカマちゃんと行動できる!)
気持ちの高揚。
心に巣食っていた不安は、鎌田の顔を見た瞬間に一気に吹き飛んだ。
もう弱音を吐くまでも無い。自分とカマちゃんが組めば大丈夫だ。
カマちゃんがいれば、何とかなる。
ようやくデイパックを背負い、石川はぐっと立ち上がった。
その拍子に、偶然にも尚も石川の姿を求めていた鎌田と、はっきりと目が合う。
その刹那。
――ぱらららららららららららららららららららっ。
弾ける。
忽然と響く、乾いた音の織り成す不気味な旋律。
それに伴い咲き乱れる、真っ赤な花。
花の群生地となっているのは、鎌田の身体。
全てがあっという間だった。
待ち侘びていた幼馴染は一瞬の内に赤色人種と化し、そのまま糸を切られた人形のように呆気なく地面に崩れ落ちる。
それ切り、もうぴくりとも動かない。
実に呆気ない事の顛末。
「あ、あああ……」
石川は、呆然と一連の映像を焼き付け、これまた人形のようにぺたりと地面に尻をつける。
口をパクパクと動かしていたが、やがてその動きもぴたりと止まった。
何もかもが消え去った。
殺し合いなんか起こり得ないという仮定が。培ってきた友情が。描いていた青写真が。
――カマちゃんと一緒にこのゲームを止める。
信じていたはずの目標。
だけど今まで、それの大前提にあたる“カマちゃん”が無くなるなんて、疑いもしていなかった。
幼い頃から、一緒にグラウンドで切磋琢磨し合い、笑いあった記憶。
それらの全てが、色褪せて砕け散ってゆく。
そしてそれに伴う理想の破壊。
鎌田の死をもって、みんなで神宮に戻れるという希望は永久に失われた。
今度こそ、完全に手遅れ。覆水盆に帰らず。
「…………」
石川雅規は動かない。あたかも目の前に横たわる鎌田の死体のように。
彼は空虚となった。
何もかも忘れた。
子供の頃の思い出も、グラウンドの土の匂いの記憶も、和気藹々としたロッカールームの記憶も、何もかも。
彼の脳裏では、無慈悲な銃弾によって身を穿たれるに従い、鎌田の瞳が急速に光を失っていく過程が。
ただひたすらに、繰り返され続けていた。
【鎌田祐哉(20)× 残り47名】
乙です。リアルタイムに立ち会った
ダーカマ…
職人さん乙です!!
なんとなくカマーダは最後まで生き残る気がしていたのに…
展開が全く読めない分続きを楽しみにしております
乙です。志田に期待
70 :
代打名無し@実況は実況板で:2008/01/16(水) 20:25:05 ID:e4VH3gL+0
乙です
カツオが主人公臭ただよってる
青木は三村臭
捕手
ほ
8.The second man
死の唄が部屋中に流れたのは、鎌田が出て行った直後、ちょうど手持ち無沙汰な伊東が軽い欠伸をかました時だった。
――ぱららららららららら――
乾燥した連射音。
戦場の兵士を冥土に送る、地獄からの使者。
その凶暴な調べは残っている選手達に恐怖を齎し、警告を発する。
更なる重苦しい空気がのしかかる中、選手達の心に一様に浮かぶのは、音が示した事実。
――既に一人、確実にこの殺し合いに乗った人物がいる。
――しかも、音量の大きさからして、この部屋から遠からぬ場所に。
「ほう、もうやる気満々の奴がいるか。こりゃ案外早く終わるかもな」
澱んだ部屋の空気をまるで人事のように、何時もと変わらぬ調子で伊東が言う。
しかし、それに応えられる者はいなかった。ただ沈黙のみが部屋を占拠していた。
「よし、三分経った。それじゃあ次いくぞー。背番号21、松岡健一」
沈黙を破ったのはやはり伊東より贈られる地獄への召集命令だった。
しかしそれに反応して立ち上がる者はいなかった。
立ち上がるべき人物、松岡はただガタガタ震えているだけで自発的に動こうとする気配すら見せない。
(全く、マウンド上と変わらず骨の無い奴だ)
心中でそんな悪態をつき伊東は声を荒げる。
「おい松岡、テメエ聞いてんのか?」
「……だ」
「あ?」
松岡の口から小さな何かが零れたのを聞き、伊東の表情に戸惑いが生じる。
その何かは、すぐにヒステリックな叫びに進化した。
「嫌だ!行きたくない!」
「何だと?」
「コーチもあのマシンガンの音聞いたでしょう!今出てったら確実にあれで殺される!嫌だよ、死にたくないよ!」
俄かに場の空気に亀裂が走り、松岡を中心にさざめき出す。
恐怖心と生存本能に捕われた松岡の顔は日頃のクールさを奪われ、涙と鼻水でぐしゃぐしゃに歪んでいた。
「そんなの関係ねえ。お前の番なんだから、お前が行かなきゃ始まらねえだろ」
「そんな!何とかしてくださいよ!」
「知るか!もう諦めろ!」
「ひどい!」
空しい叫びと傲慢な叫びが交互に轟く。
埒も無い押し問答だった。
出発前から早くも阿鼻叫喚の様相を示してきた部屋、そして松岡の取り乱しぶりが決して他人事ではない今の立場に、
他のメンバーの顔も一様に曇っていく。
「いい加減にしろ!これ以上ぐずぐずしてるつもりなら、今この場で死んでもらうぞ!」
「やだ!死にたくない!」
「なら行け!後が詰まってるんだから早くしろ!」
「どっちも嫌だあ!勘弁してください!」
「るせえ!男ならガタガタ言ってないで覚悟決めろ!」
「もうこんなの嫌だ、家に帰して下さいよぉ!」
駄々っ子のように聞き分けなく涙声で喚き続ける松岡。そんな彼を他のチームメイトは複雑な目で見遣っていた。
凶暴な嵐はすぐそこに迫っている。
今、そこにある危機に誰よりも間近な位置に押しやられている松岡を、誰が責められようか。
こうしてみっともない姿を晒すのは、松岡ではなく彼等自身だったかもしれないのだ。
「……もういい!テメエはここで死ね!」
言う事を聞かない松岡に我慢する気も無くした伊東がついに最後通牒を叩きつけ、兵士達のライフルが一斉に松岡に狙いを定める。
その時だった。一人の男が立ち上がり、矢庭に松岡の目の前に躍り出たのは。
「あー、その話ちょっと待ってくださいよ、伊東さん……」
「ん、何だ高津?勝手に動くなって言っただろ?」
「まあまあ、いいじゃないですか少しぐらい」
唐突に話を遮られた伊東が興奮冷めやらぬ様子で吐いて捨てるように言ったのに対し、
立ち上がった男――高津は、マウンド上でスタンドの観客を気にするような素振りを見せてから、
修羅場に立たされているとは思えぬ飄々とした口調で伊東を宥め始める。
「駄目だ。第一これはお前には関係の無い話だろう」
「関係大ありですよ。ほら、松岡の次俺じゃないですか」
そう言う高津のユニフォームの背中には、約2ヶ月前まで――彼がヤクルトを追われるまで――背負っていた、22の数字が記されていた。
「このままだと俺が次に死ぬ事になるんですよ。何とかなりません?俺だって犬死にはゴメンですよ」
「なるわけ無いだろ。ついてなかったと思って諦めろ」
「そうですか。でも俺の次は青木ですよ。彼まであっさり死なせちゃうんですか?」
「……まあ仕方ねえだろうな」
いきなり引合いに出された青木がぴくっと視線を上げる。その眼は、伊東と対峙する高津を不思議そうに見つめていた。
青木に限らず、挑戦的な態度を見せる高津の姿を、全員がただ呆然と見ていた。
そんな部屋の様子を尻目に、高津はさらにあえて不敵な表情を作り、言う。
「……本当にそれでいいんですか?」
「あん?」
「考えてみてくださいよ。このままだと、松岡から最後のユウイチまで、みんな出口のところでやられちゃう事になりますよ?」
「それがどうした?早く終わる分いいだろ」
そこまで伊東が言ったところで。
不意に、高津が口元を小さく歪める。
その曲がった表情には、見る者をゾッとさせるようなオーラみたいな何かが確かに顕現されていた。
「でもそれじゃ……“つまらない”と思いません?」
「……何だと。そりゃ一体どういう意味だ」
「さあね。ただ、今これを見ているのは別に伊東さんや多菊相談役だけってわけじゃないんでしょう?
そして彼等が見たいのは……ただの殺し合ったという“結果”だけじゃ無いはずだ」
そう言ってじっと伊東の目を見据える。
「……何が言いたい」
「さあね。こうやって皆に殺し合いをさせるからには、あんた等もそれなりのものが見たいんじゃないですか?
なら、こんなもったいない状況をそのままに放って置く手は無いはずじゃないですか?」
『パチ、パチパチ……』
その時、不意に小さな乾いた拍手が部屋中に鳴る。
すぐに音の出所を求めて目を走らせた面々は、その音が室内にいる誰かではなく、別の何かが発したものだと見当をつける事に成功する。
得体の知れない音に益々正気を脅かされる思いになりつつ、選手達は固唾を呑んで次に流れる音の続きを聞いた。
『なかなか勘が鋭いですね高津君。流石はかつての名ストッパーだ、面白いところを押さえている』
響いたのは、いつの間にか部屋から消えていた多菊の声だった。
選手達の顔に新たに戸惑いが生じる。何故多菊の声が聞こえるのか。部屋の中に超小型スピーカーでもついているのだろうか。
「かつての、じゃなくて今でも俺は立派なストッパーのつもりですけどね」
『ふっ、ご冗談を……。虚勢を張っても無駄ですよ。君は歳を取りすぎた。今の君からは大した価値は見受けられない。
どこの世界にまともな力を持つ火消しを喜んで手放す経営者がいるもんですか』
皮肉に対しプライドに任せて言い返したが、平然と更に辛辣な皮肉を返され高津は黙る。
気付く者こそいなかったが、閉じられた彼の唇は、激しい憤りを表すかのように強く噛み締められていた。
『まあいいでしょう。こちらとしても、あまりにも早くゲームを終わらせられるとかえって困りますしね。何とかしてあげますよ』
そんな高津とは対照に、多菊はゆとりのある口調で意外にもあっさりと、何らかの手を打つことを約束した。
その気安い調子に、松岡等選手一同の顔がこぞって半信半疑になる。
この当面の閉鎖的状況、絶望的状況を乗り切るために、どうすれば良いのか。
多菊はどんな手口を使うつもりか。
本部放送室。
この場所にいた多菊は、選手達のいる部屋との交信を絶つと、右肘をつき、俯いて右手を額に当てる。
その様子を見た兵士達の内の一人が、多菊の体調が悪化したのかと考え、支えるべく横に近寄る。
瞬間、その兵士の背中に冷たいものが走った。
――多菊は嗤っていたのだ。何かのおぞましい像のように、眼を細め、不気味なまでに口角を吊り上げて。
「くくっ……流石は日本球界屈指のタレントだ。実にイベント慣れしている。自分達の役割を良く分かっている……。
その通りだ。我々は見せなきゃならないんだよ。
――殺し合いという“ショー”の“過程”をね……」
そう言った多菊の顔がますます愉悦に歪む。
彼の背後には、無数のモニターが並んでいた。
そのモニターは島のあらゆる場所、そしてその中であらゆる行動を取る選手をそれぞれ映し出していた。
彼の目蓋の裏にある光景が浮かんでいた。
オーナーが、プロ野球界を牛耳るあの老人が、その他様々な人間が、後ろに並ぶ映像を通し全てを見守ろうとする光景が。
「さて、それじゃああのポンコツの望みを叶えてやるとするか。
これをやればこの周りを鬱陶しく嗅ぎ回ってくるイヌも追い払えるし、一石二鳥だ……」
胸の悪くなるような嗤いと共に、多菊は今度は選手達の部屋に限らず、島全体への交信を開始した。
『多菊です。皆さん御存分に殺し合いをなさっているところ申し訳ありませんが、若干のルール変更がありますのでお聞きください。
最初の説明の時、私は伊東君にこう説明してもらったのですが、覚えていますか?
【参加者の中で最後の人間が出発してから、10分後に出発地点から半径200mを禁止エリアにする】と。
ところがですね、見ていたところどうもこのルールを悪用する参加者が現れたようなのですよ。
そんなわけで、我々は多少のルール変更をもって対応する事を決めました。
これから、参加者が出発するたびに、出発してからの5分間で出発地点から半径200mの区域を抜け出せなかった場合は、
その参加者の首輪を爆破させる事にします。
そして、すでに出発している参加者は、この放送が終わってからの5分間で抜け出せなかった場合に爆破させる事にします。
要するに、最後の人間が出発するまでの間ずっとこの近辺に潜んでいる、というような横着な手法を禁ずる、というわけです。
不満はおありかもしれませんが、ゲームバランスの維持のためにも必要な事ですのでご容赦ください。
それでは、頑張ってゲームを続けてください』
淡々とした調子で続けられた連絡を、選手達は黙って聞き続けていた。
連絡が終わった後、彼等の表情に若干の緩みが見られる。
今までは最後の参加者が出てくるまで出口の近辺に隠れていても許されていたのが、この連絡で強制的に出口を離れざるを得なくなった。
つまり、出口を出るなり襲われる事の危険性は格段に下がったという事だ。
「と言うわけだ。まあ、お前ら全員相談役の優しさに感謝するこったな。
……さて、それじゃ今度こそ行ってもらうぞ。背番号21、松岡健一」
連絡が終わって幾許も経たない内に早速伊東が松岡の名を呼ぶ。
それに対し松岡は少しの間拍子抜けしたようにぼんやりしていたが、
伊東がやっぱり死んでもらおうかと一喝したら、泡を食ったように慌てて出発していった。
そしてそれから2分後、高津の名前が呼ばれた。
「あれ、ちょっと早いような気がするんですが、気のせいですかね?」
「お前や松岡があれこれ言い出したせいで予定時間が遅れてな。数人分少し間隔を縮める事になるのだ」
軽い口調で伊東に話しかける高津。その顔からは、先程のゾッとさせるような表情の面影は微塵も見当たらない。
そのまま伊東と二言三言交すと、最後にいつもの、人柄の良さそうな笑顔を見せて部屋を出て行った。
部屋の中の誰にも聞こえないような、伊東の低い呟きに送られて。
「……ま、せいぜい頑張んな。“ナンバー2の男”よお……」
【残り47名】
仕事が速い!!乙です!
元祖劇場王…カッコヨス
保守
9.何故彼は怒っているのか
『――それでは、頑張ってゲームを続けてください』
「チッ」
その放送を聞いた城石は思わず舌打ちせずにはいられなかった。
先程の連射音といい、反吐が出そうになって来る。
「どいつもこいつもふざけやがって!」
頭が熱くなる。
脳味噌の中で高熱の球が跳ね回っているかのようだ。
目の前に轟然と聳え立つ病的なまでに真っ白い壁を蹴りつけ、少しでも熱を発散しようと試みるが、残るのは爪先から頭へと抜ける痛みと痺れのみ。
苛立ちは益々膨脹していくばかりだ。
「ホントムカつく」
憤怒、そしてそれを昇華できない無念を捨て台詞に変え、城石は壁に背を向けて走り出した。
何故彼は怒っているのか。
それに理由を見つける事の何と不毛な事か。
それを彼に聞いたらこう答えるだろう。
怒らないのがおかしい、と。
面前の悪を見過ごす事は、おかしい事ではないのか、と。
もとより、誰よりも曲がった事が嫌いな性質だった。
高校の野球部で主将になった時、それまで部の悪しき伝統と化していた上級生から下級生への理不尽な“つぶし”を、彼の代限りできっぱりと止めさせた。
大学の野球部では、修復不可能なまでに浸透していた先輩後輩間の不条理な関係に耐え兼ね、一年で見切りをつけた。
数々の横暴がまかり通るプロの世界に飛び込んでからも、他者との関係に妥協せずに取り組んでいった。
その結果真面目という評価を受け、生え抜きでないにも拘らず選手会長を任されるまでになった。
つい一時間近く前も、伊東の威圧的な態度に臆する事無く、あの場で唯一人明確に反抗の意思を示した。
根っからの性分なのだ。間違っているものを見過ごしていては人格を構成し得ない。
要するに、城石憲之は正義感の塊なのだ。
にっちもさっちもいかない状況には慣れていた。
大学を中退して根無し草としての生活を余儀無くされても尚、諦めずにプロへの道を切り開いた過去が城石にはある。
だから名前を呼ばれた後何をすべきかも理解していた。
城石はまともに島内に出て殺し合いに参加することはなく、徹底的にスタート地点の建物の周りをうろついたのだ。
何故そんなところに留まっている必要があったのか。それは単純な事だ。
調べる必要があったのだ。この忌まわしきプログラムの運営を司っている機能がある、この建物を。
城石は決して、建築物の構造に精通しているわけではない。
せいぜい事務用品にちょっと詳しいぐらいだ。
だがそれでも、堂々と屹立しているこの建物の中に伊東や多菊等が潜んでいる以上、この建物に選手達を支配するための機密があるに違いないと推理していただけに、
外観だけでも手掛かりを掴んでおく事に損はないと城石は踏んだのだ。
そして手掛かりを掴んだ後、何をするのか。
決まっている。手掛かりを足掛かりに本部に侵入してこの殺し合いを中止させて、チームメイトを解放するのだ。
許せるはずがない。多菊も、伊東も、彼らに協力しているらしいコーチ一同も。
人間を無理矢理に拉致し、同じ仲間同士で殺し合いを強制させるなど外道の所業だ。
どんな魂胆があるのかは分からないが、彼らの言いなりになどなるはずがない。
城石にとっては、多菊等のねっとりと傷めつけるような口調も中西の無残な死体も、彼の中の反骨心を煽るだけの効果しか齎さなかった。
他の選手が惨状に混乱したり、迷いを見せたりする中でも、彼は決して、自分を見失う事は無かった。
――何が何でも人殺しはしない。殺し合いなんて糞くらえだ。
そして城石は、他の選手もまた同じように考えているのだろうと信じていた。
だが何なのだ。建物の真裏辺りまで調べた頃に響いてきた、あのタイプ音は。
聞く者に大きな戦慄をもたらす、忌まわしきマシンガンのハーモニー。
それが呆気なく響いてくる。しかも、城石の見立てではこの建物の出口辺りから。
それはつまり、出発する前からもうこの殺し合いに乗る気満々だった馬鹿がいるという事だ。
一体誰の仕業なのか。
城石はすでに逆算していた。マシンガンが鳴り響く前後に誰が出口付近にいたかを。
それが起こった直後に城石が確認した時計は、大体十二時四十五分まであと数分程といったところを指していた。
名簿で確認し、さらに最初の出発者の志田が十二時〇分に出た事を考えると、丁度その時間帯に建物を出た人間に該当するのは――
――背番号20、鎌田祐哉。
(いや、違う)
城石は首を振った。鎌田ではない。
伊東の説明と名簿を信じるならば、鎌田が出発するのは十二時四十二分。
つまり足りないのだ。出発してから、武器を確認して弾を詰め、マシンガンを構えるまでの時間が。
状況的には、残念ながら――寧ろ被害者となっている可能性が高い。
となると怪しいのは……鎌田の直前に出発した人物。
(つまり石川、藤井、川島、といった辺りか……)
まず石川雅規。童顔と上背の低さのせいもあり大人しそうに見えるが、割と侮れないところのある男。
だが彼の線は薄いか。石川と鎌田が幼馴染という事は城石も知っている。いきなり幼馴染を撃つとは考えにくい。
しかしそれでも、出発順を考えれば最有力容疑者なだけに、注意しておく必要があるだろう。
次に藤井秀悟。気まぐれで自堕落な、どこか危険な香りのする男。
こいつならば、という気がしないでもない。
何かの調子でタカが外れてしまえば、伊東の言う通りゲーム感覚でこの殺し合いを楽しむという事もありそうだ。
そして川島亮(背番号17)。どこか独特の世界を持った、掴みどころの無い男。
彼は確か、先月肩の手術をしたばかりだったはずだ。
基本的には優しい奴だったが、この事が悪い方向に影響したりすれば、もしかすれば……。
(…………)
分かっている。三人とも決して悪い奴ではない。
ポジションが違うためそこまで太い交流があるわけではないが、皆平常時ならばとても人を殺せるとは思えない、明るく気のいい後輩なのだ。
だが、だからと言って事実を見逃すわけにはいかない。
悔しいが、この三人には特に嫌疑を向ける必要がありそうだ。
そして、いざこの三人の内誰が撃ったかが分かったら、いや、三人に限らず誰かがチームメイトを殺そうとしたと分かったら――
殺しはしないが――それなりの鉄鎚を、与えなければならない。
そう、二度と野球をさせないくらいには。
(……まあそれでも、真っ先に正義の鉄鎚を受けるべきなのは、俺達をこんな目に遭わせ引き金を引かざるを得なくさせたあいつ等だけどな)
城石は、出発前の多菊の顔を思い浮かべる。
先程の放送で彼の言っていた『ルールを悪用する参加者』とは、おそらく自分の事なのだろう。
そうでなければ、ああして本部から強制的に城石を遠ざけるはずが無い。
やはりあの男としてもこの建物を調べられるのを好ましく思っていなかったようだ。
まだ調べ切れていなかっただけに、こうしてこの場を後にせざるを得ないのは悔しくて仕方がない。
だが、その代りに一つ証明された事がある。
それは、多菊等管理者がこの場所を調べられたら困るという事。つまり、やはりこの建物はプログラムの中枢であるという事。
ここを叩けばプログラムを止められる公算が強いという事だ。
(ならば、後は首輪を何とかしてここに戻ってくればいいだけの話だ)
首輪に軽く手をやる。これをはめてこの建物を調べまわっている自分の姿は、あのクソ爺からすればさぞかし面倒な番犬のように見えたに違いない。
ならば上等だ。こうなったらそれこそ警察犬のようにこの島を徹底的に嗅ぎ回って、必ずゲームを打倒するための手掛かりを見つけてやる。
走りながら、城石はふと首輪から離した左手を見る。
そこには在るべきはずのものがない。それが益々城石の怒りを掻き立てる。
(あいつ等はあれまで奪ったのか)
左手薬指に輝くはずのもの、それは妻との愛の証。
この場に運ばれて来る時にたまたま取れたか、それとも意図的に盗られたか。
(まあいいさ、持って生きたいなら持って行けよ)
必ず取り返すから。
絶対にお前等の悪巧みを打ち壊して、仲間と共に彼女の待つ東京へ帰るから。
だからせいぜい今のうちは笑っていろ、悪党共。
だがその代り。
(最後に笑うのは俺だ)
スワローズ随一の反骨精神を持つ男。背番号10、城石憲之。
彼の怒濤の反逆は、今ここに始まったばかりだ。
【残り47名】
今日は以上です。
途中でレスが反映されなくなって(一応理由は分かったものの)びびった……
職人様乙です。ポチ熱いよポチ
保守
ポチ支援するぞ〜!
乙です!
犯人が誰か物凄く気になります…
投下乙です!
犯人誰なんだろう…
(〇・∀・)ホシュホシュ
ほんと、誰なんだろ
10.dreaming
――ここはどこ?そして僕は誰だ?
名前を呼ばれ出発してからも尚、石井一久は現実を受け入れる気にならないままだった。
落ち着くために何と無く右の茂みに入ってみたものの、やっぱり釈然とせず、何もする気にならない。
そもそも思考をする事さえままならない。脳幹をごっそり抉られたかのような気分だ。
ここはどこか?分からない。どっかの無人島だ。
では自分は誰か?それは分かる。紛れも無く石井一久34歳、野球選手だ。
……なら尚更おかしい。
どうして自分がヤクルトスワローズの選手達と一緒に殺し合いなんてやっているのだろうか。
――自分は西武ライオンズの選手なのに。
15年程前だっただろうか。
まだ若く、大した実績を残せていなかったにも拘わらず、騒々しい舞台に引きずり出されて。
流石に戸惑った。自分に課された責任の重大さを思うと、心臓が縮み上がりそうになったものだった。
(今にして思えばその程度で動じる自分がまるで信じられないのだが。やはり若さというものは恐ろしい)
そんな僕の背中を押してくれたのは、キラリと眼鏡を光らせ、どっしりと構えるあの姿。
彼、古田さんのお陰で夢を見る事が出来た。
古田さんがいれば、当時無敵だったあの強固かつ緻密な集団を打ち倒すのも、容易い事のように思えた。
実際にはその年は駄目だった。だけどその翌年に、本当に倒してみせた。
古田さんと。高津さんと。みんなで。
あれから、僕はいろいろな楽しい夢を見た。
天王山でのあのノーヒットノーラン。
あのキャッチャーミットを目指して投げていれば、不思議と大事な試合で負ける事は無かった。
もっと変わった夢を見たくて海の向こうへ渡ったりもした。
もう一つの野球は、それなりにスリリングで楽しかったものの、やっぱり何かが足りなかった。
だから、向こうに飽きた時も、他の好条件を提示してくれたチームを振り切って、あの人達の元に戻った。
戻ってきて、久々に味わったあの雰囲気が最高に心地良かった。あの人達と野球をやるのが、本当に楽しかった。
だけど。
『――また、会いましょう』
僕の見ている目の前で、古田さんはグラウンドから去って行った。
そして間もない内に、紙屑を丸めてゴミ箱に放り込むかのような呆気ない形で、高津さんもまたこのチームを追われた。
その時だったかもしれない。このチームの中での僕の居場所が、すでに消えつつある事に薄々気付いたのは。
その思いは球団との下交渉の時益々強まった。もうお前等の時代は終わったんだという無言の嘲りが、肌にチクチク刺さるようだった。
だから新天地を求めた。このどうしようもない寂寥を埋める、新しい夢を求めて。
茫洋とした目付きで周囲を眺める。
木々の間から覗くやけに眩しい陽光が、自然と視線を下に置いたデイパックに導いた。
中身はまだ検めていなかった。意識せずただぼんやりと、スローモーな動作で一久はそれに手を伸ばす。
クラブハウスに呼ばれたのは突然だった。イベントについて説明された瞬間は絶対に行かないつもりだったが、高津さんも来ると聞いて、渋々行く事にした。
球団バスに乗り込んだら、一様に奇異な目で見られた。何人かに質問をされたので、適当にあしらっておいた。
そしてしばらくして、高津さんが乗り込んできた。あの時の高津さんの顔を、僕は忘れられない。
……はっきり言って、あれは高津さんでは無かった。そう思えるぐらい彼の顔は窶れていて、貧相だった。
当然のように隣に座ってきた彼は僕に対し親しげにあれこれ話しかけてきたが、気分が乗らなかった僕はその全てを拒絶した。
そのうちに僕は眠りについた。目が覚めた時には、決別した“他人”と友人のふりをした“紛い者”の混ぜ込まれた世界から解放されている事を信じて。
だが、あれから実際に僕の目に飛び込んできたのは、次々と起こる奇天烈で理不尽な事象、そして更なる紛い者。
それは確かに彼のユニフォームを着ていた。しかしその振る舞いは、決して彼なんかではなく、見知らぬ他人のものだった。
古田さんはあんな絶望を示す人ではなかった。あの人はいつも、自信に満ちた顔をしていた。
それにグラウンドを去ったはずの彼が、こんな形で僕等の前に姿を現す理由など無い。
うんざりだった。高津さん、古田さん、伊東さん。そして絵空事のようなプログラム、周りで粛々と絵空事を受け入れる“他人”。
何もかもが偽物だった。こんな奇妙な世界の茶番には付き合ってられなかった。
だってそうだろう?僕はもうこのチームとは関係ないんだ。出て行けと促したのは向こうなのに、今更責任を求められても困る。
僕はもう、西武の選手なんだ。
ゆっくりとチャックを開けた先で待っていたのは、黒光りする物々しい兵器だった。
付属していた説明書には、それがIMIウージーというサブマシンガンである事、そしてそれの使い方が、ただ淡々と記載されていた。
一久は、表情を変える事無くじっとそれを見続けていた。
数分かけてじっくり読むと、彼は徐に説明書通りに弾を込め始めた。
何故僕はこんなまやかしの世界にいるのか。
何故こんな謂れの無い責めを受けなければならないのか。
いくら元の世界に戻りたいと思っても、相も変わらず目に浮かぶものは一緒だ。
嬉々として常軌を逸した計画を語る多菊と伊東さん。
腑抜け、絶望を禁じ得ないくらいに澱んでいる長年の友人。
不気味な異形を見るような目で僕を見る“他人”。
頭がおかしくなりそうだった。ネジの外れた世界。今僕は、この不合理な世界に閉じ込められている。
何か僕を救い出してくれるものは無いだろうか。
……一つだけ、方法があった。
こんな世界、リセットしてしまえばいいんだ。
目に見えるものがまやかしばかりなら、それを全て無くせばいい。
偽者が全て消えたならば、きっと本物の元に帰れる。
また新しい、楽しい夢を見る事が出来る。
弾を込め終えた一久は、感情が希薄な眼を上げ、出口を見やる。
映った光景は、ちょうど背番号19の男、石川が自分が入ったものとは逆の茂みに分け入り、徐々に姿が見えなくなっていくところだった。
いつの間にかそこまで順番が回ってきていた事に気づき、自らののんびり加減に一久は苦笑する。
(川島も藤井ももう行っちゃってたか。まあいいや)
過ぎた事は意に介さず、無表情でもたもたとウージーを構える。
のんびりマイペースは一久の専売特許だ。
鎌田が出てきてからも石井はマイペースを崩す事は無かった。
何を思ったか周囲をちろちろ見回しているだけで動かない鎌田に、一久は慎重に銃口の照準を合わせる。
じっくりと狙いを定めている間、アメリカにいた頃の同僚が狩猟の楽しみについて自慢げに語っていた事を一久は思い出していた。
――あの国では銃器の流通が日本に比べてはるかに盛んだった。銃を撃つのにまるで抵抗の無い人間が殆どだった。
では、自分はどうか?本当にこの銃で、人を撃てるのか?
(撃てるさ。あれは人間なんかではなく、ただの幻なんだから。
そしてその幻をみんな消せば、本物のみんなが待つ元の世界に戻れるんだから)
――ぱららららららららららららららららららら。
初めての射撃体験は、まずまずの成果を上げた。
のんびり念入りに準備をしたため、反動も最小限に抑える事が出来た。
別の茂みから漏れた呻き声が一久の耳に入る余地は無かった。一久はただ齎された結果に対し安心していた。
これで偽者は倒せる事が証明できた。こうなればあとは、あの絵空事に付き合って幻を倒していけばいい。
“ヤクルトの選手”としてこの世界を生き残れば、もう一度“多菊”と“伊東”の元に辿り着ける。そこで彼らを倒せばジ・エンドだ。
僕はまた、新しい夢の中に帰還できる。
(夢――)
そうだ、よく考えると今の状況も夢だ。
ただし僕が本来いるべきなのがあくまでモノの例えの“夢”なのに対し、この世界は本物の夢、それもとびきりの悪夢なのだろう。
こんなグロテスクで傍迷惑な夢は、早く壊して覚まさなければならない。
そう、きっと僕はヤクルトに対し踏ん切りのつかない部分があったんだろう。
認めたくなかったが、何だかんだで今の僕はまだ、ヤクルトスワローズの選手のままなのだ。
だからこそこの狂った計画を認識させられ、古田さんも高津さんも他の選手も皆排除せねばならない幻として立ちはだかるのだろう。
ならば清算しなければならない。こんな風にして僕を縛る、苦しい夢は清算しなければ。
多菊の放送が流れ、一久が軽く肩を竦めながらその場を去るのは、それからもう少し後の事である。
【残り47名】
乙です!
か、かずひさ…ガクブルガクブル
うぎゃー。そうだったのか。。。
100 :
代打名無し@実況は実況板で:2008/01/27(日) 23:31:38 ID:rPHr4TQZ0
100get
ギコ久koeeeeeeeeeeeeeeeeee!!
ギコおおおおおおおおおお
hosyu
捕手川本
11.消えたエース/自慢の先輩
真昼間にも拘わらず仄暗い部屋の中。
選手達が醸し出す雰囲気も、同じように未だに暗く冴えないままだった。
彼等の耳からは銃声の残響が鼓膜に残って離れず、おまけに床の上では壮絶な中西の惨死体が今も尚その存在を主張し続けている。
この状況で彼等に盛り上がれ、元気を取り戻せというのは、どだい酷な話だった。
「次、背番号25、館山昌平」
役所の職員のような事務的な声が、また一人選手を死地へと送り込む。
それを受けて呼ばれた男、館山昌平(背番号25)は、既に覚悟を決めていたのか、それともそのように見せかけているだけなのか、平常と変わらぬ軽い調子で立ち上がる。
部屋を抜ける直前にやおら立ち止まると、何を思ったか伊東と同じく残っていたコーチ陣にぺこりとお辞儀をする。
そして部屋全体に向き直り、彼は言い放った。
「また、来世」
ブラックジョークのつもりだったのだろうか。おどけたようなその別れ文句に、一瞬部屋がざわつく。
人を食ったその神経を、ある者は恐れ、ある者は無性に羨ましがった。
だが松井光介(背番号44)はそのどちらでも無く、館山のあくまでも軽い態度にただちりちりとした憤りを感じていた。
――そんな風に、いい加減な態度でいるべきではないだろうに。
人生にはどうしようもない不合理と不平等がついてまわると思い知ったのは、高二の時の夏だった。
『……丹波が……亡くなった……』
刹那、思考が停止した。
その次の瞬間には、たちの悪い冗談を言われているのだと思った。
だって、信じられるはずがなかったから。
エースで四番、投打の柱として君臨していた彼が。
昨日まで皆と同じように、泣いて、怒って、笑ってた彼、丹波慎也が。
――死んだなんて。
『ぅ、嘘だ……嘘だあああああああ!!!』
俄かに一人のチームメイトが、虚しい叫びを上げて泣き崩れた。
それからは堰を切ったようだった。仲間が一人一人、次々と崩れ落ちて行き、室内が悲嘆に満ちた鼻声で埋め尽くされる。
合宿所は忽ちの内に涙雨の土砂降りに曝され、松井達を濡らした。
丹波と中学の頃から一緒だった同級生は、3時間近くも泣き続けていた。
松井も、同じくらい、泣いた。
蝉の声だけが、我関せずな調子でナインの悲嘆に伴奏を加えていた。
彼等の涙が枯れ尽きる、その時まで。
夏真っ盛りの、茹だる様に熱い一日の事だった。
あれから何年経っただろうか?松井は考える。
あの日から自分達は、天国へ旅立った丹波に報いるためにも、何が何でも甲子園へ行かなければならなかった。
全員が、丹波の残した魂と共に甲子園に行くために、一丸となった。
何のはずみか自分が彼の後のエースに指名されて。
言葉に出来ないほどの物凄い重圧だった。しかし、その重圧は、何が何でも絶対に撥ね退けなければならないものだった。
必死で力を付けた甲斐があって、何とかその重圧を撥ね退けて義務は果たし、センバツへの切符は手に入ったものの、一回戦負け。
それでも諦めずに自分達はさらに絆を強め、切磋琢磨し、その結果。
再び甲子園への道を切り開き。
勝った。
効果を歌っている間中、これで丹波に報いる事が出来たという想いが込み上げ、涙が止まらなかった。
それが丹波の死からほぼ1年後の事。
……そのさらに11年後、時と共に鮮烈な記憶も忘却の彼方に飛んでいた今。
松井は、丹波のいる場所ことあの世に今にも追いやられかけている。
殺し合い。どうしてこんな事になるのだろうか。
多菊達は明らかに、自分達が殺し合いをする姿を見て楽しもうとしている。
そして、ゾッとするような笑みを浮かべて殺し合いを見世物なんかに例えた高津も、ふざけた別れ文句を残して去った館山も、
もしかしたらこのくそ益体も無い状況を楽しんでいるのかもしれない。
彼らのその態度は、誰よりも重く悲劇的な死を間近で感じた松井にとっては、到底理解の及ぶものでは無かった。
生きたくても生きられない人間の悲劇は、丹波に限らず世の中に腐るほどある。
それなのにどうして、人間の命をゲームのように弄ぶ事が納得できようか。
だが現実には、どんな手を使ったか分からないが実際に命は弄ばれ、狂気の宴は円滑に進められようとしている。
……もしも自分の代わりに、あの一年間で一つになった仲間達の誰かが、この殺し合いに巻き込まれていたらどうしただろうか。
阿部ならば……優しい彼の事だ、きっと皆を説得して殺し合いを止めようとするだろう。ユーモアもあるだけに、楽しいギャグで皆の荒んだ心も和ませられるに違いない。
幕田は……緊張感の無い奴の事だ。まるで動じないで、バカンスだとばかりに砂浜かどっかに裸で寝転んでいても不思議じゃないな。この島に砂浜があるかは知らないが。
その他にも、池浦に、斉藤に……皆の行動が手に取るように目に浮かぶ。
その想像の中では皆揃って、このプログラムに反対し、抵抗していた。
かつての戦友達は、皆松井の心の中で、黄金の精神をもって眩いほどの輝きを放っていた。
(それに比べて、俺は……)
「なあ……なあ松井」
不意に一つの囁き声と、小さな触覚が松井の耳朶と左肩を刺激した。
振り返ると、やはりすぐ後ろに坐っていた吉川昌宏(背番号62)が、遠慮がちに松井を突いているのが見えた。
トレードマークのサングラスを外した吉川の顔からは、いつものメンチ顔とも形容される程のふてぶてしさは感じられない。
思い詰めたような弱々しい瞳が松井の心を射抜く。
「あのさあ……やっぱり駄目なのか?」
哀願。
何の事かは分かっていた。
もうこれで、三度目だったから。
だから、松井が与える答えも、分かり切っていた。
「……ゴメン。悪いけど、無理。一緒には行けないや」
吉川は大学での同級生だった。
高知からはるばる大都会までやって来た「いごっそう」。
学部も同じ法学部だったのもあって、その縁からすぐに仲良くなり、親友となった。
プロで同じチームになれた時は本当に嬉しかった。
そして今でも親友であり続けていた。野球の事から私生活の事まで、ありとあらゆる事を屈託なく話せる大切な友だった。
そんな彼が、島の北端か南端辺りで、待ち合わせしようと誘ってくれた。
(でも、俺はみんなほど強くないんだ)
駄目だった。
どうしようもなく怖いのだ。
吉川に裏切られるのがでは無く、あの丹波のように、手の届く所にいる大切な人を失う事が。
(あの悲しい出来事は、俺の心には間違った方向に作用してしまった)
この腐った生命遊戯は許されるはずがないのに。
それ以上に自分は、仲間と行動した結果、目の前で仲間を失うのが怖い。
吉川の死を、目の前で見るのが怖い。
吉川の顔がくしゃくしゃに歪む。
自分に突き放されたという事実が彼の光明を容赦無く砕き、言葉にならない悲鳴をあげさせているように松井には見えた。
絶望の浮かんだ顔で、吉川は文句の一つも返さずぽつりと一言だけ、独り言のように言った。
「殺すから……殺し合いに乗るから、一緒に行けないのか?」
恨むような視線が松井を構成する細胞を隅から隅まで刺す。
「いや……」
儚い疑いに対し、松井はただ繊弱な否定しか出来なかった。
自信を持って、はっきりと否定できないのが悲しかった。
嫌なはずなのに、仲間を失う恐怖に負け、かえって仲間を多く見殺しにする負のスパイラル。
それは、殺し合いに乗るのと実質的に同じ事。
分かっている。けれど、どうしようもない。
翻然と、今まで松井の脳裏から隠れていた一人の男が、記憶の中で姿を復活させた。
その男は天才として、いつも周りに新鮮な何かを与えていた。
無邪気でふてぶてしくて、でも意志の強さは人一倍の物を持っていた。
そんな“怪物”だった彼はどういうわけかいつも自分の事を慕って、付いて来てくれて。
その畏敬の念は、彼がその天才性を世界中に知らしめた今でも、曇り一つ翳る事無く続いていて。
あいつならば、こんな状況でも自分を貫き皆をグイグイ引っ張っていくだろう。
でも。そんな彼に比べて、自分と来たら。
(ごめんな大輔…………俺は、お前の尊敬する俺ではいられないみたいだ)
重い記憶が彼に影を落とし、自然と俯かせる。
松井の名が呼ばれるまでには、まだかなりの時間がかかりそうだった。
【残り47名】
乙です
松井さんんんんんんん
ほしゅ
12.keep yourself alive
スパイクを滞り無く前に動かす。
乾いた土を踏み拉く感触が妙にしっくりきて、川島亮は若干頬を緩めた。
「やっぱ広めな分歩きやすい道だな。ハイキングでもしてるようだよ」
と言っても実際のハイキングがどんなものかは実のところよく知らないのだが。そもそも休日に外出する事自体稀なくらいだ。
こんな事でも起こらなかったら、一人でこんな場所を歩く事なんて絶対無かっただろうと川島は思う。
(そりゃまあたまには外出しろとはよく言われたけどね……)
でも、こんな形でってのは流石に嫌だなぁ。
「さて、それにしてもどうしようかなぁ」
徐にゆったりとした口調で呟く。
何となく現実味が湧かなかったせいか、最初の分かれ道の内比較的広かった真ん中の道を何も考えずに選んで、それからは取り留めも無く進んでいた。
だが、先程の銃声やその後の多菊による放送から察するに、そろそろ本気でどうするか決めなきゃならない頃合いらしい。
(あのめちゃおっかない音、マシンガンなのかなぁ……あんなのに襲われたら一たまりもないや)
銃声の事を思い出し、川島は思う。
特にあの音の主には出来るだけ会いたくないものだ。
(あれをやったのは誰なんだろう)
音の主について考えてみるが、どうにも想像がつかなかった。
チームメイトの事はよく知っているつもりだが、それでもそれを殺人者として見るのは容易では無い事だった。
しかしあのようにしてマシンガンの音が聞こえてきたという事は、誰かが殺人者か、少なくともそれに準ずる者なのだろう。
そのような類の者に襲われたら、まだ肩の治り切っていない自分には勝ち目が薄い。
(となると、やっぱ隠れた方がいいのかなぁ)
結局そんな考えに落ち着く。
今のところ積極的に仲間を殺すつもりにはなれないし、かと言って仲間を作る程他人を信用できるわけでもない。
普段の様に、なるべく他の参加者を避けて引きこもって、成り行きを見守るのが無難っぽい。
とりあえず隠れる場所が多く比較的快適な集落を目指し、どっかの家に閉じ籠もるのがいいだろう。
(こんな時までインドア派な自分か。まあ仕方ないな……)
この上も無い皮肉を感じ、川島は唇を歪めた。
(でも、いくら誰にも会わないように気をつけていても、きっと誰かには会う事になるんだろうなぁ)
ごくりと唾を呑む。
どれだけ警戒していても、誰かに会わねばならない、あるいは会ってしまう時は恐らく来る。
何故なら、この殺し合いはそのように出来ているからだ。
どんなにうまく隠れていても、そこが禁止エリアになれば、動かない限り死が訪れるのみだ。
そこから動いて新しい隠れ家を見つけても、また禁止エリアにされれば同じ事。
そのような事を繰り返していれば、何時か誰かにばったり出くわしてしまう可能性は大きい。
禁止エリアという絶対的なルールが、誰かと誰かを徐々に同じ場所に導き、巡り合わせていく。
何時自分がその誰かとなるかは分からない。
……その何時来るか分からない時に、自分はその相手に正しい対応が出来るか?
(殺さなきゃいけない時も、あるのかな)
どう見ても相手が危険だと思える時。
あるいは、時間切れが迫っていたり食糧が足りなかったりと、殺したほうが自分の利益になる時。
勿論、逃げるという選択肢がある時なら、逃げればいいのだろう。
だがその選択肢が無かったら。殺すか死ぬか、その二択だったら。
はたして自分は相手を殺せるのだろうか?
「殺す」
試しに口に出して呟いてみる。
自分の覚悟がどのようなものか、確かめるため。
「完膚無きまでに殺す。二度と生き返ってこないように」
心を氷の中に閉じ込め、己を冷酷な鬼に見立てて呟く。
「撃って、刺して、殴って、斬って、蹴って、絞めて、突いて、沈めて、騙して、殺す」
――――。
「って無理だろ俺!」
はっと我に返り思わず叫ぶ。
叫びながら自身の軽率な発言を反芻し、その恐ろしさに川島は愕然とした。
人殺しはやはり人として越えてはならない一線のはず。
こんな状況とはいえそれを受け入れるのは、やはり――人非人の成す業。
なのにこの自分の言動はどうか。仮定でしかも選択肢が少ない時とはいえ、恬淡と現実を受け入れ、冷たく仲間を切り離すその宣言。
自分の言葉とは思えないくらいに、それは冷酷で。
まるで自分のもう一つの人格を見つけたようでゾッとする。
川島はようやくこの殺し合いの意味を理解したような気になった。
どんなに恐ろしい、醜悪に満ちた言葉でも、口に出すだけなら誰でも出来る。
実際に川島自身もふざけて「死ね」とか「殺す」とか言った経験も何回かあった。
だが、実際にその言葉を実行できるか、それが普通の人間と異常者を分ける。
そしてこの場においては、それが生と死をも分ける事になるのだ。
自分はどちらになるのか?それは分からない。
今は無理でも、心底に眠っている冷たい何かがもう一度目覚めたら、その時はどうなるか。
分からないからこそ、恐ろしい。
嫌なしこりを誤魔化すかのようにデイパックを下し、眺めてみた。
そう言えばここまでまだ中身を見ていない。この中には、ひょっとしたら今の状況をどうにかするいいものが入っているかもしれない。
もっとも、それが何なのかは分かるはずも無いが。
意を決してチャックを開いてみる。
「……パソコン……」
中に入っていたのは、白い光を放つノートパソコン。
無駄に嵩張る上、武器としても防具としても使いにくい微妙なもの。
しかしそれを見た川島の顔は、この島に来て初めての安堵に包まれていた。
……これなら、人殺しに使う事も無い。使いたくても使えない。
つまり、自分が自分で無くなる事も、少なくとも当分はない。
状況を好転させたわけでは無いが、悪化する事も防げた。それが何より嬉しかった。
(それにしても、どうしたらいいのかな……)
ノートパソコンを矯めつ眇めつ撫で回しながら、川島は首をひねる。
武器として使えないなら、どう扱えばよいか。
答えは数秒で出た。とりあえず他に使い方が思いつかなかった。
「……ブログでもやるかぁ」
【残り47名】
ブログっておい!
職人さん乙です
∧,,∧ カタカタ
( -_-)/ ̄ ̄/ <ブログでもやりますよぉ(^^)v
( _つ_// BR/
{二二} 三三}
 ̄ ̄ ̄ ̄"
職人さん乙です!!
ブログwwwwwwこれはafoにも期待したいところだwww
最後まで生き残るのはブログできるし川島かな。
職人さん乙です!
>幕田は……緊張感の無い奴の事だ。まるで動じないで、バカンスだとばかりに砂浜かどっかに裸で寝転んでいても不思議じゃないな。
ちょwwwドラバト04wwww
あ、そんなネタがあるの? ドラバト探してこよっと。
13.ライジングゲーム
「ああもうっ……何で、何でこんな事になるんだよ……!」
何度目かも分からない涙交じりの叫喚が空しく森に溶け込む。
無駄だとは分かっていても、高市俊(背番号14)はそう叫ばずにはいられなかった。
折角大物ルーキーとして期待されてこのチームに入って、プロ入り初先発の時こそKOをくらって力不足を露呈したものの、
それでも二軍ではまずまずの成績を残して自信がついて、さあ来年こそは一軍でもこの調子で、今度こそいい成績を残せるよう頑張るぞって思ってたのに。
まさに一寸先は闇。
今、高市は日常に潜む闇の沼の底に引き摺り込まれ、その沼に既に首まで嵌っていた。
もはや彼の心は恐怖に雁字搦めにされ、正常な思考というものを見失っている。
「怖いよ……怖いよクソッ……人殺しなんて、おかしいだろっ……!」
狂愚とも取れる行動とも気づかず、尚も虚しい独り言は続く。
幸か不幸か、その戦慄き声を聞きつけてやってくる物好きは、未だに誰一人として現れない。
(松本っ……吉田っ……いいよなお前等はっ……)
唐突に思い出したのは、共に甲子園で活躍し、今は別の球団に在籍する高校時代の同級生。
5年前、彼ら二人がドラフトで指名された瞬間、正直祝福の気持ちよりも悔しさ、羨望といったものの方が勝った。
特に、エースだった自分を差し置いて投手として上位指名された吉田の歓喜の表情には、狂おしいほどの嫉妬、焦りというような感情を刺激されたものだった。
それでも、大学で必死に頑張った結果プロ入りした今では立場は逆転し、彼等より優位に立ったものだと思い込んでいた。
プロでのデビューこそ後れを取ったものの、その分自らの価値を高め、二人よりも遥かに良い待遇でプロに迎えられる事が出来た。
そして在籍球団。彼等二人が広島という片田舎の貧乏な球団なのに対し、
こちらは、これまた不人気で貧乏とはいえ曲がりなりにも在京球団で、マスコミからの注目も受けやすい。
今年は駄目だったけど、自分の実力を考えれば来年は活躍できるはずだった。そしてその時こそ、自分が完全に二人を上回ったのだという事を証明するはずだった。
なのに待ち受けていたのはこのプログラム。
「何で……何で俺だけが殺し合いなんかする羽目になるんだよぉっ……」
結局のところ自分は野球どころか人生においても彼等に惨敗するという事か。
彼ら二人はこれからも上を目指し続けられるのに、自分だけ散々恐怖を味わった末にこんな何処かも分からぬような無人島でのたれ死ぬというのか。
そう考えると、再び悔恨の涙が出てきた。
このままでは死んでも死にきれない。しかし自分が人殺しをしてまで生き延びられるとも思えなかった。
涙は絶えず、滝のように溢れてくる。
「うあぁぁああぁっ……」
覚束ない足取りが止まり、高市はついにその場にしゃがみ、泣き崩れた。
バトルロワイヤルという泥沼に沈められた彼を嘲笑うかのように、森がただざわざわと風に揺られていた。
どれぐらい経っただろうか。
漸く涙腺が熱く粘ついたその液体の生産活動を停止した頃、高市はやっと今の自分の状況に薄々思い至るようになってきた。
「そういえば、ここどこだっけ……」
ふと自分の現在地が気になり、デイパックから地図を取り出す。
出発してから今までの間で十分市街地に出る時間はあったにも関わらず、他の選手に会うのが怖くて、街を避けてずっと森の中を迂回してきた。
地図によると南の方が集落が多い事を考えても、どうやら自分はまだ北の方にいるらしい。
「とりあえずもう少しここら辺にいようかな……」
何だかんだで人の多い場所に出るのは躊躇された。人と出会って、殺し合いに発展するのが怖かった。
行動について仮初めの結論を出した高市は、ついでにもう少し荷物を探ってみる事にする。
「……ふう」
デイパックの中を探り終えるのに1分も掛からなかった。
コンパス、筆記用具、水と食糧、名簿、時計、懐中電灯。
中には伊東が言っていた通りに、様々なものが詰め込まれていた。
どれも、それぞれ単品ならば、血腥い殺し合いとは何ら縁の無い物品。
これだけならば、ただの山歩きか何かだと言われてもおかしくないはずの荷物。
だが、デイパックの傍らにさり気無く置かれた品物が、これが殺し合いだという事を声高に主張している。
鈍い茶色のガンケース。
長すぎてデイパックに収まり切らないが故に別々に渡され、何故デイパックが皆の目の届かない場所で渡されるのかを理解したものだった。
今まで高市は、これの中身を知らないでいた。覗こうとする気力すら起きなかった。
しかし今になってどういうわけか中を見る勇気が湧いてきていた。泣き尽くした事で深層意識に変化でも生じたのだろうか。
ふるふると、恐る恐る今まで目を背けていた物に手を伸ばす。
パカッという音と共に現れた中身は、案の定危険な香りを放つ散弾銃だった。
「ウィンチェスターM1897、か……」
同席していた説明書に目を通し、高市はその仰々しい武器の名前を知る。
『トレンチガン(塹壕銃)』の異名を持ち、第一次世界大戦の時には凄まじい威力を発揮しドイツ軍を震え上がらせたその銃の歴史を高市は知るはずも無かったが、
偶然にもそれを見た高市が発した一言は的を射ていた。
他の選手も皆このような武器を支給されてるとしたら、必然的に起こるのは派手な銃撃戦。命の奪い合い。
そう、その様子はまさに。
「これじゃまるで戦争だよ……」
……え?
何気なく呟いたその時、高市の脳内で、何かが駆け巡った。
その何かは、高市にこれまでとは全く異なる、斬新な論理をプレゼントした。
そのプレゼントのキーワードとなるのは、“戦争”。
戦争。それは忌み嫌われるものの代表格。
だが、地球上の人間達がいくら無くなってほしいと願っても、戦争は何時の時代になっても無くならない。
何故無くならないのか。そんなの決まっている。利益になるからだ。
何時だって戦争は勝った方の利益になる。勝った方が相応の地位を得て、成り上がっていく。それが古代からの理だ。
はるか昔から、人間はそうやって戦争という名の殺し合いをし、利益を奪い合ってきた。
その数々の殺し合いは否定されていたか?――否。
むしろ奨励されていた。一人でも多くの敵を倒せば倒すほど、多くの褒美がそれぞれに与えられた。
それが戦争というもの。
そうして、大昔から殺し合いは肯定されていたのだ。
なのにどうして今更拒む必要がある?
今の世はたかが法律に戒められただけで、皆口を揃えてどんな時、場合でも人殺しはいけないと説く。
冗談では無い。
はるか昔から人間は、殺す事によって名誉や財産を得、未来を切り開いてきたのだ。
もはや殺人自体、人間一人一人のパーソナリティに深く根付いた性癖と言っても過言でも無いはずだ。
なのに何故今になって、自らの命を長らえるという動物の基本的欲求に逆らってでも、殺人を我慢する必要があろうか。
この場では殺戮は禁止どころか推奨されているのだ。何も逆らう必要なんか無いではないか。
まして、その対象がチームメイトであると同時にライバルであるとなればなおさらだ。
今ここで高市以外の選手全員が死ねば、それだけ球界において高市の出番を奪い、活躍を妨げるライバルが減る。
つまり、ここで高市が生き残る事は、無条件に高市自身のプロ野球界での出世にもつながるのだ。
無限に広がる可能性。素晴らしい未来。
こんな良い事尽くめの“ゲーム”に乗らない理由などどこにもない!
「そうじゃん……そうだよ俺……何で今まで気づかなかったんだっ……!」
矢庭に顔を上げ、震える声で高市は言う。
その声にはどこか、狂気の混じった興奮があった。
ほんの少し前まで恐怖に震えていた彼の心理は、元から彼の中で蠢いていた野心と一つのキーワードを切欠に、百八十度変わっていた。
先程まで小動物のように情けなく脅えていた自分が、バカみたいに可笑しくて堪らなかった。顔を押さえ、笑い声を不気味にくぐもらせる。
「アッハハハハ……ハハハハハッ……!」
今まで、自分はルールとか倫理とか、そういったものに縛られて人殺しはいけないものだと無条件に思い込んでいた。
だがこれからは違う。自分は人間本来の姿に戻るのだ。
殺戮、謀略……これらが渦巻く戦争で他人を蹴落として華麗な勝利を掴み、対価としてかけがえのない財産、栄光を手に入れる。
そういったあるがままの、人間らしい姿。
そして逸早く摂理に気付き、この姿になれた自分はライバルよりも圧倒的に有利なのだ。
先程には無かった自信と妖しさに満ちた目を光らせ、高市は欣喜雀躍しながら勢い良く立ちあがった。
ぼんやりしてはいられない。早く、他の選手に会うんだ。会って、殺すんだ。
大丈夫、この銃があれば負けるはずが無い。この銃と共に俺は生き残る。
生き残って東京に帰れたら、松本や吉田なんて目じゃないくらいの栄光が待っているんだ。そう考えると何も怖くはない。
「よーし、絶対にこの“戦争”で勝ってやる!頑張るぞ!」
涙はとっくの昔に乾いていた。代わりに涎が出そうな程に浮かれた気分だった。
――ただのゲームみたいなものだ――
そう、これはゲームなのだ。
未来の自分がより良い利益を手に入れるための戦争ゲーム。
とっても素敵な出世ゲーム。
【残り47名】
乙です
高市怖いいいい
乙です。高市怖いよ高市
129 :
代打名無し@実況は実況板で:2008/02/07(木) 00:32:01 ID:M/MNMElwO
ホ
まだ怯えてる時の高市が何気に結構凄い性格してるのね。
ほしゅ
保守
保守
14.アウトレットシアター
冬空に浮かぶ太陽は、笑うように灼熱を演出する事も無く、ただ黙々と照っている。
その太陽の下、俺――高津臣吾は、木偶の坊野郎と二人きりで、鬱蒼と茂る森の中にいた。
具体的にはどこかは分からない。地図も見ずに、ただけもの道の示すがままにむやみやたらに走ったからだ。
「なあ、何か言えよ、コラ」
ぜえぜえ息を切らしながら俺は木偶の坊に話しかける。
こんなに走ったのはいつ以来だったろうか。ガキの頃まで遡ってもこれだけ精魂込めて走った事は無かった気がするぞ。
「おい、先輩が聞いてるんだぞ。一言ぐらい返したっていいじゃねえか」
対する木偶の坊は、息をする様子さえ無いまま黙っている。
確かにこいつは先程も、走ると言うよりはただ俺に引きずられていると言った方が適切なものだったが。
その脆弱な様子が何だか妙に癪に障り、追及にもついやり場の無い苛立ちが混じった。
「なあ、一体何があったんだ、石川――」
白状すると、決めかねていた。
理解の及ばない出来事に巻き込まれて、俺はひたすら渦巻く思考の海に溺れていた。
あらゆる要素が意味不明を構築、その結果堂々巡りの混乱に導かれる俺の頭脳。
そんな半ば茫漠とした意識の中決まっていたのは、ただ死にたくない、生きてまた野球がしたい、その事のみだ。
だから、それだけで臓腑を揺るがすようなあの機関銃の音を聞いた時も、仲間の混乱に託けて必死でもがいた。
ただ自分が死にたくないがために、プライドを保ち、余裕があるように演技して。
笑顔を作ろうとして失敗したのには我ながら動揺しすぎだと呆れたが、結果的には妥協を引き出す事に成功して。
でもその時でもまだ、俺は揺れていた。
伊東さんに少し早めに呼ばれた時も、まだ早いという思いが表に浮かび出そうになるのを堪えるのが精いっぱいで、内面では焦燥が俺の神経を責め立てるがまま。
結局デイパックをもらい外に出る瞬間まで、殺し合いに乗るかどうかの答えはとうとう出せなかった。
そんなグラついた状態で外に出た時、俺の目の前に広がったのは緑と茶色が支配する空間。
しかし一点だけ、その場から切り離されたかのような赤が広がっているスペースがあるのも俺は同時に理解した。
「鎌田……」
そう遠くない足元に無造作に転がっているのは、全身に血を纏った人間。
太陽の温い光がスポットライトのように鮮血を照らし、凄惨を浮かび上がらせているその様子に俺は思わず息を呑み、教室で皆が感じた嫌な予感が当たっていた事を悟った。
「ひでえ事をしやがる……」
俺はぽつりと呟いた。
もっとも、この時の呟きには、せいぜいニュースで遠い異国でのテロ事件が報じられた時程度の実感しか籠らず、
後に俺が誰かをこのようにするかもしれないという可能性なんて、これっぽっちも浮かんでこなかったのだが。
とにかく憐みと一種の野次馬根性に操られ、俺は鎌田の亡骸にそっと近づいた。
吐き気のするような赤の中首から足まで余す所無く開いた穴、そして奇跡的に無事だった頭部から覗く冥い目に圧倒されそうになるも、勇気を出して触れようとする。
その時。
がさっと、何かが騒いだ。
刹那、俺は悪寒に忍び寄られた。
まるで鎌田に触るなとでも言いたげな、何かが。
「誰だ?」
思わず口に出して聞きながら俺は周囲を見渡した。
異物はすぐに分かった。茂みの中、少し目を凝らせば分かる位置にそいつは隠されていた。
「石川?」
口から出たのは疑問形だった。姿形は石川そのものなのにも拘らず、身を包む雰囲気が明らかに瘴気のそれだったからだ。
「おいどうした、何やってんだよそこで?」
何かを感じ、俺は鎌田から離れて石川に近づいた。
ぐしゃっ。
折れる枝の音がやけにグロテスクに感じられた。
石川は何もしていなかった。
涙さえも流さず、硝子玉のような乾いた目がじっと鎌田の死体を向いている以外は、意志と言える意思はどこにも見当たらない。
その様子は恰も何かの邪念を送っているかのようにも見え、うすら寒いものが背中に走るのを感じた。
「さっきの放送聞いただろ、ここ禁止エリアになるぞ」
空気を持て余した俺は、ふと言ってみる。
俺の脳裏は、先程粘って多菊に言わせたあるフレーズを確かに覚えていた。
『5分間で出発地点から半径200mの区域を抜け出せなかった場合は、その参加者の首輪を爆破させる事にします』
この放送は島全体に流れているかは知らなかったが、少なくとも出発地点からこれ程近い場所にいる石川が聞いてないはずが無かった。
なのに石川は反応を示さない。
俺がこうして改めて言ってやっても、幽霊のように瘴気を振り撒いて佇んでいるだけだ。
「いいのかよ、首輪を爆破されても。死ぬぞ」
尚ももう一度話しかけてみる。だが結果は同じ。
石川はうんとすら言わずに、ただただ佇み続けている。
それを確認した俺は厭きれ、見切りをつけた。
どんな都合があるのかは知らないが、生きる気が無いのなら放っておけばいい。放っておいても俺の罪にはならない。
それに伊東さんの言葉を信じるなら、生きて帰れるのは一人のみ。労せずして一人減ってくれるのならば有難い事この上ない。
――さあ行け高津臣吾。一人の競争相手も見捨てられないでどうする。
だが、気が付いたら俺は。
いつの間にか石川の手を取り、ぐいと引っ張ると。
「馬鹿野郎、いい加減ここ抜けるぞ!走れ!」
そう叫びながら、強引に彼を引き連れ走り出していた。
石川の奴は何を聞いても相変わらず、ボケ老人の様に反応を示さない。
「ったく、聞き分けの無いお子ちゃまだな」
尋問にも疲れた俺は、そう吐き捨てると顰め面を作って木に凭れ込む。
……それにしても。
腕で汗を一気に拭いながら、俺はふと考えた。
何故なのだろう。
俺がわざわざ余計な労力を使ってまで、木偶の坊を引き摺って走れたのは。
良心でも残ってたのか?
ぱっと思いついた仮説に一度首を捻る。
目の前に死の危機に瀕している奴がいるとして、まともな人間なら100人中100人もがそいつを助けようとするだろう。
だがもし今が殺し合いをしなければならない時ならば、そうとは限らない。
助ける側に立つ奴に運命に逆らえるくらいの良心があるか否か、死にかけの奴の運命はそれに委ねられる。
自分は後者だと思っていた。
もっと強かな、非情になれる人間だと思っていたのだ。
そうでなければ、40に手が届こうかというこの年になるまで、日本を代表する守護神であり続けられるはずが無い。
相手打線を、ライバルを、容赦なく斬って斬って斬り落して、漸く俺という存在は成り立ってるのだ。
だが実際の俺は、減らせるはずのライバルを憐み、助けた。
とんでもないお人好し。そんな結果に俺はただ自己矛盾を感じ、呆れる。
だからこんなのを助けたってか?
置物のような石川を睥睨し、矛で刺すように行き場の無い疑問を投げかけた。
やはり反応は無い。もはや当然となった無反応に、俺の内面がまた微かにささくれ立つ。
全く、異次元にでもいるつもりなのだろうか。
物理的にはすぐ近くにいるのに、石川との間に開くのは酷く広大な距離。
今石川は自分で勝手に隔たりを作って、無理矢理にでも俺に理解させようとしている。
ふざけてるとしか言いようが無い。
いくら幼馴染が死んだからってここまでされては困る。こちらにとっては多大なる迷惑だ。
こいつが不甲斐無いが故に、俺は余計な事をし、考える羽目になったのだ。
倦んだ気分が巻き上がってきた。
俺は石川が居るであろう異次元に向かい、心中で呼びかけた。
――戻ってこいよ、そうなりゃ俺もお前も楽になれるかもしれないぜ。
妙に喉の渇きを感じた。
走りすぎたせいか。それとも考えすぎたせいか。
デイパックに水や支給品が入っている事を思い出し、気分転換も兼ねて中身を探る。
「はれ?」
入っていた物を見た瞬間、思わず目を疑った。
その時点ではそれが武器だという事には気付かなかった。ただ皮肉の利いたアイテムだとしか思わなかった。
だがそのまま中をあらかた調べまわっても他に特別なものは入っておらず、俺は呆然とする。
念のため石川のデイパックも勝手に探らせてもらうと、ちゃんと火炎放射器が出てきた。その頃には自然に表情が苦笑いになるのを感じていた。
「おい、見ろよこれ。すごい皮肉だと思わないか?」
返事が返ってこないのははなから覚悟の上で、わざとおどけて話しかけてみる。
俺の手には支給品――ヤクルトとタフマン、それぞれの10本ずつのセットが握られていた。
ヤクルトを追われたはずの俺に、武器としてヤクルトを支給……これ以上の皮肉はそうそう見当たるまい。
だが石川の表情は変化を見せない。絶望を背負ったような白けた表情のままだった。
チッと舌打ちをすると、俺はヤクルトの方を選び、封を開ける。
そのまま肌色の液体を喉に流し込む。
ゆっくり、訥々と流れる液体。ほんのりとした甘み。
それを感じている瞬間。
不意に、何かが閃くのを感じた。
球団に呼び出されたのは突然だった。
再雇用先がいつまでも決まらず、困惑の混じった焦りに満ちていた俺にとってはイベントなんて他人事だったが、
来れば新たな球団を世話してやれる事になるかもしれないという誘い文句に惹かれた。
俺はそのまま迷いもせずクラブハウスに向かった。困惑に満ちたかつての仲間の視線も気にならなかった。
一久もいた事に驚き、いろいろ話しかけてみたがどういうわけか冷たくあしらわれた。
後から考えてみれば、あの時の俺は仕事にあぶれてたせいもあって、眼だけ狼のようにぎらつかせて窶れているように映り、
それが彼を引かせてしまったのかもしれないが、ともかくその時は単に虫の居所が悪いのだろうという事で納得していた。
それからすぐに俺は眠くなった。眠りに落ちる間際に目の端に映った、ヤクルトの看板が妙に印象に残っていた。
今思えば、あの誘いは明らかに信用に値しない言葉だった。今までの自分への仕打ちを考えれば、球団にそんな情などあるはずが無かった。
だが、あの時の俺はただ飢えていた。
表では焦ってないように嘯いていても、裏では自分を必要としてくれるチームを一途に求めて、当の無い迷路を彷徨っていた(ああ、部屋にいた時とまるで同じだ)。
だからこそ、あんな見え見えの罠にも陥りやすい状態だったわけだ。
でも本当にそれだけだったのだろうか。俺がわざわざクラブハウスに向かった理由は。
――俺は、何だかんだ言ってやはりヤクルトを、チームメイトを愛していたからじゃないのか?
俺のピッチングスタイルは劇場型だと、よく指摘されたものだった。
そう簡単にはゲームを終わらせず、ハラハラするようなピンチを演出して、それでも抑えるというまるで演劇か何かのようなスタイル。
だが、演劇は一人ではやれない。脇役から舞台演出まで、手伝ってくれる仲間がいるからこそ劇は上演できる。
俺の場合はチームメイトがそれだった。
俺の出番を作ってくれる先発と中継ぎ。俺が打たれても好守でカバーし、盛り立ててくれる野手。
みんながみんな、俺の“劇場”を支えてくれた。
だからこそ俺はここまでの実績を積み上げられたのだと思う。
でもそんな感謝は、俺があんな形でチームを去った時にすでに消えたものだと今まで思っていた。
古田さんも、そして一久もいなくなったこの球団への感謝など、すでに亡き物だと。
でも、そうでは無かった。
俺はこのチームに縋りたかった。またあの仲間と共に笑い合いたかった。
だからこそ、プライドもかなぐり捨ててまで、自ら嘘に吸い込まれていったのではないか?
「なるほどね……」
苦笑いが深くなるのを実感しながら、俺は乳酸菌を飲み干す。
多分俺が目の前の男を救ったのも、同じ理由なのだろう。
単純な事だ。男は紛れもなく“仲間”だったからだ。
良心だの何だのの前に、ただ仲間を失いたくなかったから。
だから、ああして引き摺っていけたのだ。
そう、最初から選択の余地は無かった。
今思えば、あの時あの部屋であのタイミングで立ち上がれたのも、ただ自分が死にたくなかったからというだけでは無かった。
救いたかったのだ。恐怖を目前にし、狂気のまま生を終えかけていた松岡を。
それは人間として、ヤクルトの一員としての、嘘偽りの無い本性。
ゲームに乗るかどうかなんて、考える必要は無かった。
どのみち俺には、こうして仲間、そしてヤクルトそのものを救うための道しか無かったのだから。
何となく分かってきた。俺がこの舞台で演じるべき役割が。
さぞかし多菊達は、俺達が戦い血を散らせ合うアクション活劇がお望みなのだろう。
だがそんなわけにはいかない。
俺達が演じるのは、危機を乗り越え、絆を深めて悪を打ち倒す人情劇だ。
そして俺は、アクションから人情に、シナリオを書き換える役だ。
そうと決まったからにはまずやる事があった。
「おら、シャキッとしろ!これ飲んで元気出せ!」
俺は声を張り上げ、石川にタフマンを差し出す。
そう、多菊達に対抗するにはまずはこいつを何とかする必要がある。
眠れる小さなエース。
石川は変わらず反応を示さない。だが俺は諦めるわけにはいかなかった。
良い劇を上演するには、一人でも多くの役者が要る。
石川には戻ってきてもらう必要があった。異次元から、この世界に。
「しっかりしろ、このチビ!」
眼前にタフマンを突きつけ、さらに呼びかける。
その呼びかけは、先程までよりもずっと、切実なものになっているのが自分でも分かる。
「……う、ぁ……」
幽かに、本当に幽かに。
能面が反応を取り戻した。
さあ、劇場の幕は開いた。
It's Shingotime!
【残り47名】
ド S
乙! 根岸に泣けた・・・
乙です!
高津さん格好良い…!!
捕手
15.先駆的覚悟性
覚悟とは何を指すか。
それが単に辛い現実を受け止める事であるなら、小野公誠(背番号32)はとっくにそれが出来ていた。
もっとも、それがその中でも決して良い種類の“覚悟”では無い事は本人も重々承知はしていたが。
部屋に残る者も漸く半数を切ったものの、まだまだ来るべき戦闘を想起して怯え悲しむ参加者はかなり残っている。
そんな中小野は、うら悲しそうな表情でただ一人、他の誰もが目を逸らしていた“モノ”をただずっと見つめ続けていた。
(中西さん……)
スワローズ一筋20年。
丁度小野と入れ替わる形で現役を退いてからも、ずっとこの球団にコーチとして尽くし続けてきた人。
(悔しいですよ……あなたがこんな形で命を落とすなんて……)
彼の功績は、彼のコーチ生活と共に現役生活を歩み続けてきた小野が誰よりも知っている。
その的確なデータ分析力、そしてそれを用いた巧みなリード指導は小野やその他多くの若手達、そして古田にとってさえも大いなる道標となった。
数々の乱闘に関する武勇伝が示す強烈な闘争心も加えて、あの辛口の野村監督からさえも絶大の信頼を置かれていた。
彼の魂は、小野等ヤクルトの捕手一同に着々と受け継がれている。
その中西が、殺された。哀れな見せしめとして、言葉に表すのも躊躇われるくらい無惨に。
悔しくて仕方ない。悲しくて仕方ない。
でも。
(でも……すごく中西さんらしいと思います。きっとこうなる事も予期できたにも拘らず、他人に望みを託す事が出来た。
中西さん、本当にあなたは最後まで、俺達にとっての……鑑でした)
「背番号32、小野公誠」
死刑を宣告する裁判長のような冷たい厳格さを孕む声は、ついに小野の名に及んだ。
その呼び声に反応した小野は、慌てる様子を見せる事も無く、何の異常も無い動作で伊東の前に歩み出る。
「……出発の前に、中西さんを悼ませてもらえませんか」
「駄目だ。さっさと行け」
「どうかお願いします。ほんの少しだけでいいんです」
即答で却下しながらも、伊東の顔にはごく僅かに、必ずしも悪くない意味での翳りが差した事を小野は見抜いていた。
やはりヤクルト一筋を貫いてきたのは彼も同じなだけに、彼もまた感じ入る何かはあってもおかしくは無い。
このような微妙な内面を自然に見抜けるあたり、自分はやはり根っからの捕手なのだという事を小野は実感する。
「……少しだけだぞ」
見抜いた内面を突いて押したのが効いた。丁寧に一礼して、部屋の隅に安置された中西の遺体に歩み寄る。
人間の尊厳もへったくれも無いほどに姿を変えた中西の前にゆっくりと正座すると、小野は瞑目し、哀傷の意を述べた。
「今までありがとうございました。どうか安らかに眠ってください」
短く稚拙な儀式を終えると、そのまま出口に向かう前に部屋を見渡す。
一際蒼褪めた顔の青年がいたので、自分なりに何かがしたくなった。
伊東等主催側の人間が気色ばむのにも気にせず、青年――米野智人に悠然と近づく。
何かされると思い込んだのか思わず呻き声を上げそうになる米野を見下ろすと、肩に手を乗せて話しかけた。
「いいか、何が何でも生きろよ。現実から目を背けるな。生きて、本当の生きる意味というやつを見つけるんだ。
そしてその上で、お前らしく生きろ。自分を信じて、自分が正しいと思う方向に進めばいい」
青年の顔から青みが消え、代わりにぽかんとした表情が浮かび上がる。
それを見届け、小野が愁眉を開くと同時に伊東の苛立ち混じりの声が響く。
「公誠、いい加減にしろ」
「申し訳ありません、もう行きます」
少しだけ焦りを含めた声で答えて振り返ると、さっと立ちあがる。
ほんのりと優しげな空気が消え、部屋にまた元の雰囲気が戻るまでそう時間はかからなかった。
覚悟は出来ていた。
いつ出来たかとなると、それはあの異質な音が鳴った時を除いて他ならない。
薄々と情景は想像できた。だからこそわざわざダサい置き土産まで残す気になったわけだ。
でも、だからと言って決してそれが当たって欲しかったわけでは無かった。
むしろあてが外れてくれたらどれだけ幸せだったことか。
だが、現実が俺に浴びせるのは、やはり泥水で。
「……鎌田……」
出口を出てすぐに小野の目に飛び込んできたのは、全身血に塗れた鎌田の亡骸だった。
やはりあの馬鹿げたタイプみたいな音で、一人の仲間が命を絶たれていた。
それが鎌田だったというのも、これまた予想通り。
小野はため息をついた。演技のように悲しげな表情を見せた。
――この瞬間、小野の運命は決まった。
(落ち込む事は無い、ただ俺なりの覚悟に従うだけだ)
数十秒の間じっと見下ろしていた小野だったが、不意に動き出すと、ゆっくりと鎌田に近づく。
大量の穴から見える血肉が酷く不気味ながらも、不思議と吐き気は起きなかった。
徐にしゃがみ込み、支給されたばかりのデイパックを下す。
(余計なものがあっちゃ、こいつを背負えないもんな)
「よっこらしょ」
三十路越えらしい掛け声を出して鎌田を持ち上げると、そのままデイパックの代わりに背負う。
自分より体躯の大きい亡骸だったが気にならなかった。
パワーは小野の大事なセールスポイントの一つだ。
分かれ道は最初から目に入らなかった。
向かって右に、建物に沿って進む。
それは先程の城石が歩んだ道とほぼ同じ。
違いと言えば、背負っているものがデイパックか死体かぐらいだ。
「それにしてもおい、ユニフォーム汚れちまっただろ。どうしてくれるんだ」
小野は数分歩いた後、全身が血に染まった鎌田を下してから、冗談混じりに呟く。
もちろんその軽口に鎌田は永遠に答えられない。ただ空洞のように光を失った目を見開き、瞬きもせずに小野を見つめ返す事しか出来ない。
小野は苦しげに顔を歪ませると、鎌田の瞼を閉じさせ、胸の上で手を組ませる。
手を組ませた拍子に、胸に開いた穴から粘り気のある黒ずんだ液体が押し出されてきて、更に下に敷かれた雑草を汚した。
ごぼ、と歪んだ音を立てたその様子を見て、小野は幻聴を聞いたような気がした。
(ああ、俺もまたもうすぐこのようになるんだな)
スーパーサブ。そしてポスト古田。
それがこの十年間における小野の立場だった。
プロ初打席で初本塁打。
そんな輝かしいスタートを切り、何時の日か古田が一線を退いた際には彼の時代が来ると見込まれ。
でも漸く古田の時代が終わった今では後を行く若手に追い抜かれ。
結局最後までスーパーサブとして小野は終わろうとしている。
単純な実力の問題もあったのだろう。巡り合わせの悪さもあったのだろう。
だが、小野は冷静に自己分析が出来ていた。
(――優しすぎるんだよな)
優しかったのだ。イスを奪い、競争相手を押しのける程の厳しさ、ハングリーさに、小野はただ、恵まれなかった。
そしてそれは、この舞台でも変わらず。
(俺には、チームメイトは殺せない。チームメイト皆で生き残りたい)
そう願う心を、どうしても捨てられなかった。中西が非業の死を遂げた事を知っても、それによってこれが逃れ得ない運命だという事が分かっても。
これだけならまだ良かったかもしれない。
これだけならまだ助かったかもしれない。
だが、彼は優しいと共に、哀しいまでにロマンチストであり、頑固だった。
……ピ……ピ……ピ……
何処からともなく電子的な音が流れ始める。それは確かに小野の首元から鳴っていた。
当然小野の耳にも届くが、その知覚が運動神経から末梢に伝わる事は無く、小野は泰然として動かない。
幻聴で無くなった事を悟り、小野は寂しげに苦笑した。
(全く、これじゃ心中みたいで気持ち悪いな)
脳裏では多菊の言った言葉が反復されていた。
『出発してからの5分間で出発地点から半径200mの区域を抜け出せなかった場合は、その参加者の首輪を爆破させる事にします』
チームメイト皆で生き残りたい。それが小野の願いだった。
皆がいなければ野球が出来ない。仲間を欠いた状態で、どの面下げてまた野球が出来るのか。
死を半強制的に義務付けられた場で、小野はこのような考えから抜け出せなかった。
これだけならむしろ倫理的には称賛に値するかもしれない。
だが、理想は深みに嵌り、小野を抜け出せない沼へと誘った。
みんなで野球をする。ここにいる48人全員で。一人でも欠けたら駄目だ。
そう、“一人でも欠けたら”、もうそれでアウトだった。
だから、彼はこんな誓いを立て、仮の覚悟を決めた。
(俺は誰も殺したくないし、誰が死ぬのも見たくない。我儘だろうが、48人全員で無ければ俺は帰れない。
だから、こうする。もしも、48人の内一人も死なずにこの殺し合いを止めさせる事が出来たなら、その時こそ俺は胸を張って帰ろう。
だがその代わり、48人の内、一人でも本当に死んでいるのが確認できたら――俺はその時点で自らの命を断つ)
……ピ……ピ……ピ……
電子音は断続的に鳴り続ける。
結局望みはあのマシンガンの音と同時に事実上切られ、小野は死への存在となった。
いや、そもそもあんな荒唐無稽な理想を掲げた時点で、もう既に死への存在でしか無かったのだろう。
(うーん、軽トラに撥ねられても無傷なくらいの幸運があれば大丈夫かなと思ったんだけど、やっぱり甘かったなあ)
頭が白んでゆく。持ち主のいなくなる頭の中に、走馬灯が自然と侵入していく。
思い浮かんだのは、まずは育ててくれた家族、そして妻、子供。
何よりも大切にしていた彼等。もう笑顔を見る事も、見せる事も、永久に出来ない。
(ごめんな、お父さん意気地無しで。でも、こうして覚悟を決めた以上、俺はこの方が幸せなんだ)
……ピ……ピ……ピ……
次に思い浮かぶのは、今までずっと世話になった恩師、そしてチームメイト。
一人一人の顔がゆっくりと脳裏に遷ろう中、ふと、一人の顔が引っ掛かり、存在を訴える。
自分の出発前、ふとした気まぐれから最終的に“遺言”を託す事になった青年。
少々失礼だが、平和を愛してやまない憎めない後輩。
(米野……悪いな。あんな事言った当の本人がこんなんで。でもよ、あれは本心なんだ)
そう、自分はあの言葉とは逆に、大いなる決断と責任を持って、何が何でも死のうとしている。
だが、だからこそ、米野には自分のように逃避して欲しくないという気持ちが強かった。
自分と違って、米野はまだ若く、背負う物も少なくて可能性も広い。
そんな米野が、あの場では萎縮していた。
既に年相応の落ち着きを見せていた福川将和(背番号37)とは異なり、殺し合いという不気味な幻想に呑まれ、己を見失いかけていた。
だから、指標を示した。もう一度川本や福川と同じラインに立ってもらいたくて。
(しっかり頼むぞ。一度は正捕手となった身だろ。お前なら出来る。見つけられる)
ピ、ピ、ピ、ピ、ピ、ピ、ピ、ピ、ピ、ピ
音の間隔が短くなってきた。どうやらお迎えももう近いらしい。
再び回りだした走馬灯は、最後にある輝きを持った一点で止まる。
ずっと憧れて来て、そしていつか追い抜くはずだったあの背中。
(古田さん……)
球界を代表する頭脳。彼は今どこにいるのだろうか。自分より先に出て行った事は知っているが。
中西が遺した覚悟の分も、彼には頑張ってもらいたいものだ。
(それにしても、抜きたかったなあ……)
入団会見で古田さんを追い抜きたいと高らかに宣言した遠い過去。
新人の時のキャンプで同室となってから、執拗に追いすがったあの背中。
でも、もう永遠に届かない。
(本当に、何が駄目だったのだろう)
あれ、答えは出てたのでは無かったか?
最後に疑問を思いつくと同時に、それ自体もまた疑問に変わる。
既に濁りかけた意識の中、思考が最後の瞬きを見せる。
ピピピピピピピピピピピピピピ
(ああ、そうか)
ピィ―――――――――ッ
(優しいと言うよりは、弱かったんだろうな)
パァン
【小野公誠(32)× 残り46名】
152 :
代打名無し@実況は実況板で:2008/02/13(水) 00:00:03 ID:bCKCo7DR0
職人さん乙です。
小野さんらしい決断。
米野には頑張ってもらいたいです。
乙です
悲しくて切ない…
公誠いいいいいいいいい(ノД`)
155
156!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
16.特殊能力『負け運』
島中心部の市街地、その西の外れに、数軒の粗末な小屋があった。
それらの小屋の朽ち果て具合は、いずれも長らく放置されていたのか相当に酷い。
その薄汚れた様相は、さぞかし夜になれば近寄り難いくらいの不気味さを際立たせることだろう。
そんな物悲しささえ漂う小屋の内一つに、今しも一人の男が目をつけ、中に侵入しようとしていた。
野性的とも言えるその男こと館山昌平の顔には、何処と無く憂いを秘めた表情がある。
その表情の理由は、突然放り込まれたこの不可解な戯事に関しての他にもう一つあった。
彼の左手にだらしなく下げられている巨大なトランクである。
このトランクは、館山が出発地点の建物を出る際にデイパックと共に渡された物であった。
これはどういう事かと係の兵士に尋ねたところ、規格外によりデイパックには入り切らないためこうして別々に渡すと答えられたのを館山は覚えている。
その事自体は別に良かった。
その時の館山としては、渡される武器が何だろうがどうでもよかった。
と言っても、それは即ち彼が殺し合いに乗るつもりが無い事にそのまま直結すると言う事では無かった。
そもそも殺し合いに参加すると言う意識が些か希薄だったのである。
元々彼は、頭の回転は速いものの、ややもすれば周りの動きに対する反応が遅れがちである。
そのマイペースさ足るや、周りで嵐が渦巻いても彼一人は平気で独自の方法で切り抜けそうにさえ見えるくらいのものだ。
だから部屋にいる間も、殺し合い云々よりも皆と別れなければならない寂しさにまず考えが行き、心配した。
だからこそ寝返ったとは言え今までお世話になったコーチ陣に感謝の意を表したり、敢えて軽い言い方をする事で仲間の緊張を緩ませてあげようとしたりしたわけである
(もっとも後者に関しては逆効果となったが)。
だがさしもの彼も、出発直後にお目にかかった鎌田の悲惨な末路には肝を冷やさざるを得なかった。
時間を置いてない分、中西の時よりもはるかに強烈に鼻腔を刺激するその血臭は館山に少なくない打撃を与え、
それまで空回りしていた館山の危機意識にやっとエンジンをかける事に成功したのだ。
――こりゃ、うかうかしてるとマジで命に係わるぞ。
血の滴る鎌田の亡骸を見つめながら、館山はその思いがムラムラと湧き出すのを感じていた。
ここで漸く館山は通常の人間と同じ危機感に追いついたわけだが、それに加えて、道中で館山は更に否が応でも追加されざるを得なかったハンデに悩まされる事になる。
そう、トランクが重すぎるのだ。
前述の通り、館山に渡された支給品はこの黒いトランクであり、デイパックの中には彼のために用意された武器は無い。
つまり彼は当分の間、このトランクの中身の行使が死活問題となり重く圧し掛かる。
だから彼はトランクを手放すわけにはいかない。
しかし、重いのである、これが。
館山が見たところ、このトランクは巨大さ以外は何の変哲も無いものだったが、
頑丈に作られているせいなのか、中に鉛が入っているかのような重ささえ感じられ、開始早々彼の腕の疲労を促進させている。
ここが平和な舞台であれば両手で抱えるよう持てばまだ疲労を抑えられたかもしれないものの、何時他の人物に襲われるか知れないこの場では迂闊に両手を塞ぐと命取りだ。
こんなわけで、館山は憂いに心を巣食われながらも気丈に片手でトランクをぶら提げながら歩かざるを得なかったわけである。
さて、このように苦心した結果館山は何とか小屋に辿り着いたわけだが、どっこい小屋はそう簡単に彼の侵入を許そうとしない。
「あれ……開かない」
右手でドアノブを掴み、引っ張ってみるも中々ドアがビクとする様子が無い。
数秒間ノブをガチャガチャ鳴らし続けていた館山だったが、そんな中ある可能性に気付く。
「ひょっとして……鍵がかかっているのか?」
ひょっとしても何も、普通はこのような建物には鍵が掛かっていない方が不自然なわけだが、
この殺し合いという状況に慣れ出した分そちらの常識が薄れたのか、何の違和感も無くつい呟く。
「なら仕方ない……強引に開けるか」
……諦めると言う可能性は思いつかなかった。
止せばいいのに、彼は更に力を加え、強引に中に入ろうと実力行使を試みた。
その結果。
バキッ
ボコッ
「グエッ」
入り口は開いた、ただし扉を犠牲にして。
蝶番に極大の負荷を掛けられ、その結果図らずも自由を得たドアはそのまま館山に向ってぱったり倒れる。
当然館山に避ける隙は無い。自らが引き寄せてしまった扉の洗礼を容赦無く浴びる事になった。
激痛。
痛烈な一撃を喰らった館山は、額を押さえながら思わずこう呟く。
「クソっ……支給品といい、本当に俺ってついてない事ばっかりだな……」
いやいや、今のは不運と言うより明らかな館山の判断ミスなわけだが。
とは言え、彼がこう呟きたくなるのも無理も無い事ではあった。
そもそも、この一連の流れ以外にも、とかく今年の館山は運に見放され続けてきたのである。
折角開幕から調子が好く、中継ぎから先発に回っても好調を維持し続け、最優秀防御率も狙えるくらいにまで抑えまくったのに、
彼が投げるたびに毎回毎回打線は沈黙し、守備は心なしか疎かになる。
畢竟積み重なるのは常に黒星。9回を無失点に抑えても結局黒星をつけられた試合さえあった。
そんな嫌がらせみたいな日々の末、挙句の果てに待っていたのはまさかの抑えへの配置転換。
急な指名に体が追い付かず、失敗を繰り返し、ますます黒星が積み重なり一気に防御率も急落していくという狂った連鎖。
結局、シーズンが終わる頃には防御率3.17にも拘らず3勝12敗と言う無惨な成績が残っていたのだった。
「ふぅ……」
ともかく、薄暗い小屋の中に慎重に侵入しながら館山はため息をつく。
大体、確かに高校時代、相手があの松坂だったという相手の悪さもあるとはいえ、延長12回を無失点に抑えながら負けたり、
プロに入ってからも、新人の年で途中からローテに入ってそこそこの好投を続けたもののちっとも勝てず、プロ初勝利を2年後に持ち越されたりと、
昔から運の無さは自覚していたが、それにしても今年はひどすぎる。
何回投げても援護をくれない打線。無茶苦茶な配置転換をする首脳陣。
それでも、流石にこの不運はこれで終わりだと思っていた。新しい年になり、気分一新、今度こそ運に恵まれる一年が来ると思っていた。
なのに、一年の最後の最後で最大のアンラッキー。イカれた球団幹部連中による殺し合いの強要。
一瞬たりとも気の抜けないデスゲーム。しかも、生き残るためには今まで仲良くしていたチームメイトを犠牲にしなければならない。
ああ、神様はどこまで俺を絶望させれば気が済むのだろうか。
「まあとりあえず、まずは死なない事が先決だな」
絶望していてもどうにもならない。館山は顔を上げる。
小屋の中は意外と広い上物も多く、埃こそ積もっているものの十分住むには堪えるようになっている。
ここならとりあえず拠点にはなる。そう判断した館山は中に置かれてあった椅子に座り、デイパックとトランクを床に置いた。
トランクの中身はまだ見てなかった。武器の確認中は隙が出来やすいため、見通しの良すぎる屋外よりは室内で見た方が良いと思ったからだった。
室内は窓から差し込む光以外は中々薄暗く、薄闇の中で埃が舞い散っている。
館山はトランクをじっと見据えた。
――頼む。
ここまでの道中では重すぎて不便で仕方なかったこのトランクだったが、重いと言う事は即ち、重火器類である事を指している可能性が高い。
もし重火器類のような大当たり武器であれば、自ら積極的に人殺しをするかどうかはともかく、少なくとも自らの身を守るという点においてはかなり有利になるに違いない。
いやむしろそうでなければ困ると思った。そうでなければ、わざわざ苦労してここまで運んだ意味が無い。
館山はごくりと唾を呑むと、一気にトランクに手を伸ばした。
――神様お願い、どうか重火器を、せめて少しでも身を守るのに役立つものをください。
留め金を外し、ばっと中身を開け放った――
『賭博黙示録カイジ』
『ジョジョの奇妙な冒険』
いきなり目に入って来たのはその二つの文、そしてキャラクターの絵が描かれた本だった。
館山は一瞬、自分が何を見て、感じているのか分からなくなる。
何でだ?何でこんな所で目に映るのが重火器とかの武器じゃなくてカイジやDIOなんだ?しかもやけにぎっしり詰まってるぞ?
少々の間目を点にするが、間もなくそれらの上に何か文が書かれたメモ用紙が張り付いている事に気づいた。
一体何だ?理解を混迷させたまま館山はその文字の羅列に目を通す。
刹那、館山の口が、今までの人生でもこれ以上大きくは開いた事が無いくらいに、あんぐりと開いた。
「大当たり!
これらは今回のゲームをより有意義に楽しんでもらうための特別便利アイテム『特選・マンガ本セット』!!
これで戦い方の勉強をしたり、疲れた時には気分転換したりと、色んな用途に使えるスグレモノ!
さあ、これを読んで最後まで生き残ろう!ガンバレ!」
( ゚д゚)
( ゚д゚ )
どう見ても大はずれです。本当にありがとうございました。
文字を認識した瞬間…館山は……羽をもがれた鳥のように…その場にくずおれたっ……!
館山…敗北っ……!運命からの圧倒的敗北っ……!
館山の脳裏に浮かぶのは……どこまでもどこまでも続く深淵に……吸い込まれていく彼自身の姿……!
世界が翳む……!精神が解脱し……幽霊のように浮遊するっ……!
何という悪夢……!状況は絶体絶命……!
館山は心の中で…己の神を殴り倒し……そしてこう叫んだ……!
こんな…こんな時まで……俺の負け運は健在なのかとっ……!
【残り46名】
乙です
ちょww
>>157 ( ゚д゚)
( ゚д゚ )
館山涙目www
乙…ッ!
ざわ…ざわ…
館山カワイソスwwwwww
バトロワで馬鹿みたいに笑ったの初めてだわwwwwwww
館山がんばるんだ
すごいなこれはwww
そう言えば自分が見に行った試合でも館山は抑えたのに負けてたな…。
乙です。
なんじゃこりゃwww
館山カワイソス
169 :
代打名無し@実況は実況板で:2008/02/18(月) 12:13:30 ID:SHzX+JqJO
タテヤマ…(´・ω・`)
館山の前に俺が笑い死ぬわw
保守
久々に来てみたら…
何だこれはwwwwwwwwwwww腹抱えてワロタwwwwwwwwwwwwwwwwww
17.ハヤテのごとく
扉を抜けると、そこに具現されていたのはやけに曖昧模糊な空間だった。
世界が輪郭を無くしたかのような、朦朧とした感覚。
無性にその意味を知りたくなり、目を凝らす。
理由はすぐ見つかった。
誰も存在してはならないはずの場所に、ひっそりと佇む影と、その眼前に広がる鈍い色の血糊。
「あ……」
影が、ぴくりと反応した。
それと同時か否か、影が驚いたようにこちらを振り返る。
その顔は、確かに近い過去において見覚えのあるものだった。
「坂元さん」
「や、やあ……」
坂元弥太郎(背番号45)は、まるで非合法の店で出会った知り合いのような気まずい面持ちで話し掛けて来る。
その顔は強張っていて、額を流れる汗の冷たさまでありありと伝わってくるようだった。
大方、外に出るなり敷かれていた謎めいた血糊に心奪われ、足を取られたというところか。
とりあえず、敵意は無いようだが――
――興味なし。
飯原誉士(旧背番号46)は、向けられる視線から顔を逸らし、地面を荒く蹴り飛ばす。
「お、おい!」
そのまま弾丸のように前方に押し出された躯は、坂元を置き去りにして露と消えた。
――こんなところでぼやぼやしている暇は無い。
――どのように動けば、生き延びる確率を上げられるか。
殺し合いが始められ、志田が出発してからも、飯原は真っ先にこの事を考えるだけの余裕は持っていた。
今シーズン、ついにレギュラーの座を奪った。背番号も一桁になったし、親族やファンからも期待の眼差しで見られているという自覚はある。
まだまだ自分の野球人生はこれからなのに、こんなところで死ぬわけにはいかない。
最後の一人を目指すか、仲間と共にプログラムからの脱出を目指すか。
生き残るにはどちらを選ぶ方が確率が高いかはそう簡単には判断がつかないが、どちらを選ぶにせよ何かしら要点を押さえた行動が必要になる。
この行動の選択を誤れば、文字通りの命取りだ。
暢気にしている場合ではない。考えろ、飯原誉士。
少しでも生存の可能性を上げるにはどうすればいい?
着想を得たのは、鎌田が出発した直後ぐらいに起こったマシンガンの発砲音を聞いた時だった。
他の多数の選手と同様に、彼もまた物々しく火薬が爆ぜる音に恐怖し、誰がそれの発生源なのかに思いを巡らせた。
その時、彼の頭にある閃きが生じる。
――この、誰がマシンガンをぶっ放したかという謎が分かれば、それだけ他の参加者より優位に立てるのではないか?
銃、ましてやサブマシンガンを撃ったという事は、則ち仲間を殺そうという意思を持つ人間であると見てほぼ間違いないだろう。
誰がそのような危険人物であるかの情報を得る事が出来れば、その人物を見かけた時にいち早く危険と認識し距離を置く事が出来る。
そう、情報だ。
はるか昔から現在まで、異なる種族同士の戦いにおいて、情報は重要な役割を担ってきた。
戦国時代の合戦や、近代の世界大戦等の有名な戦闘でも、情報の豊富さが勝敗を分けた例は数多くある。
このバトルロワイアルにしてもそうだ。マシンガンの持ち主の件に限らず、誰が殺し合いに乗っていて、誰が乗っていないか。
また、乗っていない中でどれ程の数の選手が殺し合いを止めさせるために具体的な行動を取ろうとしているか。
かつ、それらの具体的な行動に、乗るだけの価値があるか。
この島には何があり、そしてどこが安全と言えるか。
これら様々なプログラムに関する情報を少しでも多く手に入れる事が出来れば、それだけ手段も増え、生き延びるための正しい選択肢も選びやすくなる。
殺戮ゲームに乗るか乗らぬか、それを決めるのは十分な情報を集め、研究の材料が出揃ってからでも遅くは無い。
(決まりだな)
一瞬だけ、思わず口元がニヤリと微笑む。
では、どのようにして情報を得るか。
考えるまでも無い。
ここは無人島。頼りになるのは自身の他には支給される僅かな道具しかない。
誰が何を渡されたかの表や、何を考えているかを示す脳内チェッカー、あるいは島全体で何が起こっているかを逐一知らせてくれる番組なんかがあれば都合が良いが、
使える物質の限られたこの島では、そんな便利な物そうそう見られるはずが無いのだ。
となると、方法は一つしかない。
(昔からよく言うもんな。情報は足で稼ぐものである、って)
世界が引き締まっていく。
目に見える光景が、VTRの中の画像のようにはっきりとした輪郭の中に収斂されていく。
迫る無数の木々の中、飯原は軟らかい土の上を只管に走る。
少しでも速く。生きるために。
(坂元さん、大丈夫かな)
微かに、坂元の不自然に突っ張った顔を思い出す。
誰のものかも判別できない血糊の前に、呆然と立ち尽くしていた坂元。
もしかしたら彼は、助けを求めていたのかもしれない。
目の前の不可解な光景に判断がつかず、他の人間の解釈を欲しがっていたのかもしれない。
だが、自分はそれに付き合っている暇は無かった。
事は一刻を争う。
こうしている間にも着々と時間は進み、状況も変化している。
一つでも有用な情報を手に入れるためには、碌な情報を持たない者の相手をしている場合では無いのだ。
脳裏から坂元の顔が自然と消え、走行速度がトップスピードに乗る。
――自分の筆頭武器、韋駄天。
情報を集めるにしても、既に島内に散らばってしまった他の参加者に会うには運が要るし、何より殺し合いに乗った人間とぶつかった場合のリスクが高い。
ならば、まずすべき事はこの島自体の情報の網羅だ。
島の中にどんな施設があり、どんな木々が生え、どんな生物が住むか。
また、それらの中に生き残るために役立つようなアイテムと成り得る物があるか。
平たく言えばフィールドワークだ。
島内を直接観察して回り、道中で接触し得る仲間からは少しでも多くの情報を引き出し、その上でどう生き抜くかを研究する。
自らの俊足をもってすれば、限られた時間の中でも、敏速な調査をスムーズに行う事が可能となるだろう。
(まずは島内を一周しよう。島の地形を把握し、脱出が可能かを調べる)
そのためにも走って走って走り抜け。
生きるために、島中を走り回って一刻も早く情報を掻き集めるのだ。
殺戮の島を、一陣の疾風が駆け抜ける。
【残り46名】
176 :
代打名無し@実況は実況板で:2008/02/21(木) 23:24:11 ID:ZyCmtAJG0
乙です
飯原冷静すぎ。
メッシかっこえー
18.黒い笑顔
森を抜け、家屋が疎らに点在するようになった中、一人の男が堂々と歩いていた。
「畜生、なめとんのかいゴルァッ」
額に青筋を立て、傍若無人な様相でモリモリ歩く。
彼、武内晋一(背番号8)は怒りに怒っていた。
何もかも気に入らない。
いきなり何処とも知れぬ島に連れて来られたと思ったら、たかが一年成績が悪かったからとか言う訳の分からない理由で殺し合えときた。
冗談じゃない。
元々命令されるのは大嫌いだったが、それが殺人となれば尚更だ。
人殺しなんて厄介事、やりたい奴だけで勝手にやってればいいのだ。
それを自分達のような希少なセンスを持つ人間、言わばエリートにさせようとするなんてお門違いも甚だしい。
「ふざけんやないわ、この俺を誰だと思っとるんや」
超名門の高校と大学で一年生からレギュラーを張り、プロの世界にも希望枠という最高級の扱いを受けて入った、
まさに野球エリートそのものの経歴を送っている武内だけに、自分が選ばれた人間であるという自負も人一倍強かった。
傷を付けられた自尊心が疼き、武内の怒りの炎に薪を焼べる。
「今に見とれや。俺をこないな事に巻き込んだアホ共、全員揃っていてもうたるわ」
不愉快なせせら笑いを浮かべる多菊とその背後の面々を思い、武内は高らかに宣言をぶち上げる。
そんな武内を呼び止める声がかかったのは、こんな風に怒りに震えながら小さな公園の横を通り掛かった時だった。
「おーい、タケ」
武内は最初、その呼び掛けを聞き逃しかけた。
言うまでもなく、怒りで頭がいっぱいになっていたからだ。
しかし、その声の主が馴染み深い先輩である事に思い至ると、自然に武内の足は公園の内部に向かっていた。
「あれー、青木さんやないっすか」
武内の視線の先から青木宣親がこちらに小走りで向かってくるのが分かる。
普通の会話をするような程近い距離まで互いに迫ったところで、青木が武内の身に一通り無遠慮な視線を送ってから、笑顔で話し掛けて来た。
「よお、怪我とかはしてねえようだな」
「おかげさまで。青木さんこそ無事みたいで何よりです」
「なんかえらくムスッとした顔してたからさ、何かあったのかと思ったぜ」
「あはは、心配かけてすいません」
武内もまたつられて笑みを浮かべる。
武内にとって、青木は全チームメイトの中でもかなり信頼をおける方である存在だった。
早稲田黄金期の偉大な先輩の一人。
プロに入ってからその天性の才能を最大限に開花させ、きらびやかな道を突っ走るその様は、憧れさえ抱かせる程だ。
そんな存在である青木に会えた事は、武内に安心感を齎す。
「なあに、何も無いならいいさ。とりあえず座って話すか」
青木はそう言うと、親指で脇にひっそりと置いてあるベンチを指し示す。
その何気ない物腰にさえ一流の風格が漂っているように、武内には感じられる。
「そうっすね」
控え目に頷き、武内はベンチへ向かった。
(全く、この俺様や青木さんのような人間をこないなしけた島なんかで抹殺しようなんて、ホンマオーナー共はいかれとるわ)
置かれていたベンチは、この寂れた島を象徴するかのように剥げ朽ちていた。
子供向けらしく派手派手しく塗られていた黄色がかえって侘しさを強調している。
そんな脆そうなベンチだったが、青木が躊躇無く座るのを見て武内も構わずに座った。
「それにしても、とんでもない事になったもんだな」
「そうですね、どうにかせなならん由々しき事態だと思てます」
「全くだ。宮崎風に言えばまさしく『どげんかせんといかん』事態だよ」
「ハハ、どんだけ〜」
普段通りに、冗談混じりの会話を交わす。長閑な公園の風景も含めて、至って平和な一コマだ。
「タケは出発してからここに来るまでに、誰か会ったか?」
「いえ、特には。青木さんはどうです?」
「俺もお前が一人目だよ。……それにしても意外だな。てっきりタケは浩康と一緒だと思ってたんだがな」
「え、何で……」
「ほら、お前とあいつ出る順番前後してたじゃねーか」
「あ、ああそうでしたね、そういえば」
あんな状況の中わざわざそんな事まで覚えているとは。青木のクレバーな神経に武内は感心する。
「待っとってくれたら一緒に行動したでしょうがね。俺が出た時には誰もいまへんでしたよ」
田中浩康。彼もまた早稲田黄金時代の一員であり、尊敬できる先輩の一人である。
歳が近い分より親密な付き合いをしている相手でもあるだけに、一緒に行動できればさぞかし心強い存在だったであろう。
「浩康さん大丈夫でしょうかね。なんか心配になってきましたよ」
見捨てられたのかという疑いから、つい弱気が頭を擡げる。
「まあ浩康の事だからそう大事じゃあないだろ。単に忘れてたとかさ。あんなタフな奴そう簡単に死にはしねえよ」
そう言うと青木は自信あり気にニヤリとしてみせる。
本当にいい笑顔をしていると武内は思った。
数多の女性ファンを魅了する爽やかなスマイル。武内も彼みたいにファンからの支持を集めたいとは常々思っているが、中々そうはいかないのが残念なところだ。
「そういや、お前の支給品何だったよ」
ふと思い付いたという表情で青木が武内に聞く。
「俺ですか?どうやらこれらしゅうて」
言いながら武内は彼自身のデイパックを開ける。
出てきたのは、そこらの金物屋で売っていそうななりをした電動式チェーンソーだった。
「うお、こりゃいい武器もらってんなー」
「そうすか?とんでもないものもらってもうたと戦々恐々しているところっすよ」
「いやそれでも、ハズレよりははるかにましだろ。俺なんかただのリモコンだぜ」
そう言った青木は、言葉通りにボタンが一つしかないリモコンを取り出して見せる。
「あはっ、リモコン!一体何に使うたらいいんでしょうかねー」
「全く、俺も初めて見た瞬間はア然としたぜ」
今度は口を大きく広げて哄笑する。
武内も一緒になって、心から愉快そうに笑った。
「ホンマ勘弁してほしいですよね。こんなんじゃあいつらをいてまうのにも使えへんやん」
「んー、あいつらって誰の事だよ」
「誰って多菊と伊東達の事に決まっとるやないですか。奴らのアホ面ぶっ飛ばして俺らナメたオトシマエつけてもらうんですよ」
「えっ、おいおいんな事出来んのかよー、今の俺達はあいつに命握られてんだぜ?」
「やからこそ思い知らせてやるんすよ、俺らにんな脅しなんか通用せえへんって」
そこまで言うと武内は腕を振り上げ握り拳を作る。
「前にたかが選手がなんて言うてた偉い人がいましたけど、あいつらもきっとその程度にしか俺らの事思てないんでしょうよ。
でも、なに、俺らみんなで集まって言い聞かせれば分かってくれますよ。
俺らが殺し合いゲームなんかに使われるような屑やのうて、生きて活躍するべき人材なんやってね」
自然と拳に力が入るのを武内は感じた。
青木が自分に協力してくれれば、奴等を打ち倒す時もそう遠くは無くなるはずだ。
泣き叫んで許しを乞う連中の顔を想像すると、溜飲が下がる思いになる。
「ふうん……」
希望と反骨の満ちた表情を浮かべる武内を、青木は何ともなしにじろじろと眺める。
武内は気がつかない。その顔からは笑顔が薄れ、やや別の何かの混じった表情になっている事に。
だが、それもしばしの間だけ。
「そうだな。確かに俺も生きて活躍したいよ。また神宮のグラウンドでな」
返事と共にニコリと笑う青木。
その笑顔を見て、武内はまた一段と安心した。
大学の頃、そしてプロに入ってからも、あの神宮球場の鮮やかな人工芝の上で輝き続ける青木。
自分も、いつかあのようなヒーローとして、輝く時が来るのだろうか。
ふと眼前を見上げる。太陽の光が目に入ったのだろうか、目に淡い光芒が走る。
眼前に広がるのは静かなでちっぽけな遊び場。
砂場、鉄棒、滑り台、ブランコ……いずれも子供の頃に、よく遊んだ遊具。
――そうだ。子供の頃から決めてたじゃないか。絶対にヒーローになって見せるって。
来るのだろうか、じゃない。来るに決まっているのだ。エリートである自分がヒーローになれないはずが無いのだ。
「あ、そうそう」
そのためにも、まずは何としてでもこのクソゲームの管理者を打倒さなければならない。絶対に……
「今、お前の首輪の時限装置、作動させておいたから」
「へ?」
何を言われたのか、武内は一瞬では理解できなかった。
首輪、時限、作動。そういった単語が、今の武内にとっての青木からは遠く離れ過ぎていたから。
「言い忘れてたけどさ、俺の支給品、なんつーか、時限式首輪爆破リモコンとか言うやつらしいんだわ。それで早速使わせてもらったわけよ」
「な、ちょい待ってくださいよ、青木さん」
理解がおぼろげに形成されていく。
時限式、首輪爆破……という事は。
「これを作動させるとさ、作動させた相手の首輪をちょうど10時間後に爆破させるんだってさ。ドカーンってな」
「ちょ、冗談もたいがいに……」
顔が引き攣っていく。
青木さんが、俺の首輪を爆破する?あんなちっぽけなリモコンで?何から何まで冗談にしか見えない。
「作動させるのに成功したら首輪が少しだけ点滅するんだ。お前も分かってるだろ?一瞬首元が眩しかった事にさ」
しかし、そんな武内に、青木の言葉は更にリアルな響きを持って襲いかかる。
言われてみれば、先程ちらと感じた淡い光芒。あれは首輪から発したものだったわけか。
「あ、青木さんっ……」
降りかかる突然の変貌を振り払いたくて、武内は思わず声を上げる。
遠くに旅立ってしまう友と別れたくなくて、しがみ付くかのように。
だが、そんな彼に対し、青木は尚も残酷を突き付ける。
先程迄と変わらぬ、清々しい笑顔のままで。
「まあ解除する方法もあるにはあるからさ、助けてやらん事も無いぜ。ただし、ただじゃあ助けねえけどな。
そうだな、5人……いや、10時間だからせいぜい3人かな。というわけで……」
表情筋が固まったのを感じる。
冗談じゃない。
青木は本気だ。
「とりあえず、10時間以内に3人殺してこい。お前のために甘めのノルマにしてやったんだからな、ありがたく思えよ」
本気で、この殺し合いに乗っている。
しばし、公園に沈黙が落ちた。
心が、カタカタと揺れる。
尊敬する先輩が、このふざけたゲームに乗っていた。しかも、もう既に自分の命を握った上で、人殺しを強要してきている。
「ふ、ふざけんでくださいよ。そ、そんな事するわけないやないですか!」
震える心の中、武内は必死に言葉で抵抗を試みる。
だが、それは青木から更なる残酷を引き出すだけで。
「あー、そうか。本当は殺せてなんかいないのに、殺したと嘘をつけばそれで済むというわけか。
確かにこのままじゃ、お前が3人殺して来てもそれを証明する手立ては無いもんなー。
でもそうはさせねえよ。要するに証拠を持ってこさせりゃいいんだ。
そうだな……よし、こうしよう。殺してきた証拠として、手首……左の手首を切り離して持ってこい。
ラッキーな事にお前の武器チェーンソーだし、どうせ体を切り裂くついでだ。手首程度じゃ嵩張らないし、そのくらい大した事じゃないだろ?
あー、あとちなみに解除に使うモノも別の所に置いてあるから、俺を今殺して奪おうとしても無駄だかんな」
脳がグニャグニャと揺り動かされる。まるで、ボクサーが顔面にストレートを浴びた時のように。
大した事じゃない?手首を切り離すなんて非道が?そんな事世間一般の凶悪殺人鬼でも言わないぞ?
彼が青木だなんて信じたくない。殺し合いの場は彼を変えてしまった。今目の前にいるのは、先輩じゃない、別の何かだ。
ああ、だが、その顔が、その笑顔が。
彼が紛れも無く青木であるという事を主張している。
体内に、混乱と恐怖が注ぎ込まれていく。
それでも、何とか残っている憤怒とプライドを力に変え、武内は精一杯の反撃をぶつける。
「な、なめんで下さいよ!さっきの俺の話聞いてなかったんですか!みんなで集まって多菊達をしばくって!
そんな事する必要なんかないんすよ!青木さんも、俺も、みんなも、こんな所なんかで死ぬべき人材では無いんですから!」
そう、自分達は、選ばれたエリートなのだ。エリートは、この程度の苦難で負けるはずが無い。死ぬはずが無い。
「解除する方法はあるんでしょ?やったら今すぐ解除して下さいよ!
アホな事やめて、俺に協力してくださいよ!」
そこまで言って、武内は青木の顔を睨む。
傷だらけの狂犬の面持ちで挑みかかった武内。
だが、それを青木は、嘲笑という形で受け止める。
「協力?多菊達をしばく?
ハッ、ハハハッ!ホント面白えよ!お前体形の割に痩せっぽちな考えしてるよなあ!クククッ!」
「痩せっぽち?」
痩せっぽち。青木が用いた妙な言い回しを、武内は思わず鸚鵡返ししてしまう。
そして、武内は思い知らされる事になる。自らの甘さ、弱さを。
みんなで集まる。多菊をぶっ飛ばす。ああご立派な考えさ。両方やれたら素敵さ。
でもなあ……それ、どうやって実行すんだよ。
皆が皆お前のその夢物語が実現すると信じてくれると思うか?そして実際に、多菊を倒せるか?
みんなを信じさせ、多菊をぶっ潰すだけの秘策がお前にあるのか?
あんなら言ってみろよ!」
青木に唐突に凄まれ、武内は言葉に詰まった。
そもそも、考え付こうとした努力すら無かった。エリートの自分達がこんな所で倒れるはずが無い。ただそう思っていただけだ。
「ほら、やっぱり上っ面の言葉でありもしない希望に縋っているだけじゃねえか。
見せかけの言葉を頼りにして、糸クズのように細っちょろい希望を掴もうなんて、本当に痩せた考えだよなあ」
背筋を中心に、全身にぞくぞくさせる何かが廻っていくのを武内は感じた。
希望をすっかり忘れた、その口ぶり。
そう言えば、目の前のその笑顔も、神宮でいつも見ていた希望に満ち溢れた笑顔じゃない。
もっと別の、何か化物が潜んでいるような笑顔だ。
「大体それにお前は、俺達がこんな所で死ぬべき人間では無いとか言うけどな……
違うんだよ、それは」
一方の青木は、武内の恐怖にも気づかぬ様子で言葉を続ける。
武内はそれに対し、もう反論を返す様子も無かった。
今の武内は、蜘蛛の巣に引っ掛かった虫だった。
絡め取られ、後は、蹂躙されるだけの存在。
「そんな問題じゃねえんだよ。何と言おうと、俺らは多菊に命を握られてるんだよ。
死者が出なかったら共倒れでドカンだ。生きるべき人間はみんな死ぬ。そんなの意味ねえだろ?
だからこの場では、逆なんだ。誰もが、ここで死んでいい人材なんだ。
どんなにお前が認めなくても、少なくとも上の連中がそう認め、そうさせるのならそれが正解なんだ。
だから俺はどんな手を使ってでも生き残るんだ。
少なくとも俺は、俺自身に生きる価値があると踏んでいるからな。なら他の奴に死んでもらうしかないだろ?」
武内は、酩酊した。
自分の矜持であったプライドが、粉々に砕け散っていくのを感じた。
本当は奥の奥では分かっていたかもしれない。
エリートであるという事なんて、ここでは何の意味も持たないという事に。
どんなに優秀でも、実績があっても、この場では非力な駒の一つに過ぎないのだ。
培ってきた経歴でわけの分からない自信を創造し、今にも壊れそうな自尊心を隠してきた。
けど、それももう、限界だった。
この島には、死んではいけない特別な存在などいない。
全員がただ、生き残る機会を平等に与えられていただけだ。
殺戮に、理由は要らない。
「嫌だあああぁぁぁ、死にたくないぃぃぃぃ!!!」
突然武内は立ち上がると、ブンブンとチェーンソーを振り回す。
その滑稽なまでの光景に、青木は一瞬だけビビりを隠せなかったが、すぐに落ち着いた表情を見せると武内に向かって囁く。
とどめとなるべき、一言を。
「死にたくないなら、殺してこい。今から10時間以内に、切り裂いて、手首を持ってこい。
そうすりゃ助けてやる。俺が保証する」
実際には青木は武内を助けるつもりは無い。そもそも一人だけ生き残るつもりなのに、他人を助ける道理が無い。
だが今の武内は、そんな事を考える余裕も無いまでに壊れていた。
プライドを引っぺがされ、タイムリミットを突き付けられた武内に残っていたのは、生への執着だけだった。
自分は当たり前に生きられる人間とはもはや違う。生かされているだけの人間なのだ。
チェーンソーの電源を入れる。風を切り裂く金属音が公園中に響く。
そのまま抱えるようにしてチェーンソーを持つと、武内は公園の出口を目指し駆け出す。
ヒーローになんかなれなくていい。ヒーローになろうなんて生意気だ。生きていさえすればいいのだ。
そのためにも、殺さなければ。
「生きたい生きたいやから殺す早く殺す殺ってくるやから待ってやアオさん浩康さんも藤井さんもみんなみんな殺ってくるやから絶対待っててえな!!」
狂った叫びが残響として、閑静な公園に残った。
青木はその様子を、ベンチに座ってただじっと眺めていた。
そんな彼自身の様子は、まるで煙草を吸う時のように悠然としていて。
「あーあ、あいつ壊れやがったか。そんなんだから二軍の首位打者止まりなんだよ。
一軍でも活躍したかったらもっと俺のようにどっしりしてないとね。カカッ」
面白そうに笑う。その表情からは、武内に非常な選択を迫り精神を曲げた事に対する罪悪感などは見られない。
「で、これからどうするかな。タケは使い物にならんかもしれんし、こりゃ何か別の対策を練る必要がありそうだなっと。
いやー、面倒くせえなあ、ホント……」
その怠惰な言葉とは裏腹に、彼の顔には深い皺の刻まれた、和やかなスマイルが浮かんでいる。
それは、人中の化け物と形容するのが相応しい、そんな笑顔だった。
【残り46名】
ぎゃああああ
ヒロヤスがようやく文字に出たと思ったら生命の危機に(´;ω;`)
職人様乙です
青木…((;゚Д゚)ガクガクブルブル
ほ
19.Justice to Believe
緑と黄土色の入り混じる、小さな山の麓。
そこに、一人の大男がじっと佇んでいた。
その様は他者の視点から見れば、フランスの彫刻家オーギュスト・ロダンの遺したブロンズ像「考える人」にも見えなくも無い。
だが、その男の内面は、決して像のように芸術を誇っているわけでは無く、ただただ人間としての問題に苦悩していた。
石の上に長い足を行儀良く畳み坐っている彼の目の前には、男の巨体と比べればちっぽけかも知れないが、それでも激烈な存在感を持つモノが存在する。
彼、宮出隆自(背番号43)は地面の上に何気無く置かれているそれを困惑の面持ちで眺め、長い物思いに耽っていた。
――俺はこの銃を、どうすればいいと言うのだ?
気が優しくて力持ち。
漫画やゲームなんかにおける大男は、大体このようなキャラでありがちだ。
そしてそれは、宮出にも当て嵌まる事柄であった。
真面目で優しいお人好し。
宮出を知る者は一様に彼をそう評する。
愛媛の温暖な気候で伸び伸びと育った宮出は、明るいチームカラーで有名なスワローズにも違和感無く溶け込み、
三十路を越えた今でも、チームの一員として純粋さを失う事無く親しまれ続けてきた。
そんな彼だから、殺し合えと言われて、はいそうですかと言うとおりにする事もしない、と言うか出来ない。
いくらもうベテランの域に入るとは言え、命の正確な重さを把握している自信は宮出には無かったが、
それでもこのゲームが間違っている、あってはならない事だという事だけは確信できた。
しかし戦わないとなるとどうするべきか分からない。
とりあえず殺し合いはしないという漠然とした思いだけを抱いて宮出は建物を出る。
数十分ほどふらふら歩いた後だろうか、ふと現在自分がいる場所が気になり、デイパックの中に地図が入っている事を思い出す。
そう、彼が見たいのは地図だけであった。地図さえ見れれば良かったのだ。
だが、デイパックを開けた宮出の目に、否応無しに飛び込んできたのは――ニューナンブM60。拳銃。
「何ぞこれ」
思わず伊予弁での呟きが出る。
皮肉だった。自分は殺し合いはしたくない。なのに渡されたのは、もっとも殺し合いらしい武器とも言えるものだ。
手に取ってみる。想像していたよりは持ちにくかった。怪我の癒えたばかりの指と殺傷兵器特有の非現実感の為させる業だ。
――みんなが、これらを使って互いに殺し合う。
指が自動的に汗ばんだ。熱と汗が拳銃に渡っていくのが実感できた。
認めたくなくて、リボルバーを手放す。手から呆気なく落ちたそれは、音も立てずに腐葉土の上に落ちる。
其れきり、その凶器は動かなかった。
足を生やして逃げ去り、宮出の目の前から消えてくれたりはしなかった。
目を回しそうな気分になった。
そのまますとんと、眠るように石の上に腰を下ろす。地面の上に残る悪夢から目を逸らせないまま。
そして今に至るわけである。
重なり合った枝葉の合間から漏れる光が宮出の顔を刺し、引き攣った表情を露わにする。
俺はこれをどうする?
既に数十回も繰り返した問いを頭の中に響かせ、宮出は考え込む。
俺は人殺しはしない。同じチームの仲間を殺すなんて、有り得ない。
でも、実際に支給されたのは、仲間を殺すための凶器だ。
悪意に満ちたそれは、今も俺の心を睨みつけ、囁き続けている。
俺を使ってみろ、と。
俺にはその囁きを無視し、自分からこの場を去る権利もある。
でもその場合、自分の代わりにこの場を訪れた者が何を思うか。
そいつは俺と同じように、答えの出ない問いに苦悶し、動きを止めるのだろうか。
それとも、嬉々として銃を手に取り、仲間を殺そうとするのだろうか。
どちらも想像したくなかった。
仲間に自分の苦しみを擦り付けるなど本意では無い。仲間の狂気と死を促進させるなど以ての外だ。
だから俺は、ここで銃との決着を付けなければならない。
だからこそ俺は動けない。思考の拮抗した鬩ぎ合いを続けている。
『お前はいつもいつも考え込みすぎなんだよな』
何時だったか、グラウンドの傍らで、仲間同士で雑談している時にそう言われたのを唐突に思い出す。
これは確か城石の言だったか。
あの全ての始まりの部屋の中で、真っ先に考えもなしに立ちあがった影に対し、宮出は吐露した。
仕方ないじゃないですか。だって俺は、こんな時でもみんなで喜びを分かち合いたいんですから。
佇む宮出の居る場所は、慎ましい風の音以外はどこまでも静謐だった。
思えば、あのマシンガンのメロディ以降、特に争うような音は聞いていない。
これは希望と取るべきか、それともあくまでも自分の素知らぬところで殺し合いが進んでいく事に危惧を抱くべきか。
「……希望に決まってるじゃないか」
体に似合わぬ、今にも消えそうな掠れた声が出る。
だが、部屋で小さな爆音も、悲鳴も聞いた。この事実は、揺るがない。
もう希望を信じるのは難しいのだろうか。
「はぁ……」
ため息が出る。
目の前に横たわる銃が、殺し合いを強いる人々と同じくらい憎らしかった。
こんなものがあるから、俺達は希望を引き裂かれ、何が正義なのかを見失っていく。
仲間を芯から蝕み、別の生物に変えてゆく。
そして、いずれは自分までも。
「本当にそうなのかな」
ふと腕を伸ばし、ニューナンブを掴もうとする。
本当にこれを持ち続けていたら、自分ではいられなくなるのだろうか。
みんなと仲良しでありたい自分を見失わないでいられるのだろうか。
平常の自分で、いられるのだろうか。
何も変わらなかった。
銃を手にしても尚、宮出は宮出のままだ。
異形に変化するなんて事は無かった。
正義は変わらず、そこに存在した。
――当り前の事だよな。
宮出は苦笑する。
先程までの自分が馬鹿らしくて、涙が潤み出そうな気分だった。
怯える必要は無い。凶器は喋らない、干渉しない。凶器の使い方を決めるのは、自分自身だ。
自分に自信を持とう。そうすればもう、惑わされる事は無い。
デイパックからペットボトルを取り出す。勢い良く喉を鳴らして水を消費してから、勢い良く立ち上がる。
「うっしゃ!」
気合いを入れてからデイパックを斜めに背負うと、右手にリボルバーを持ったまま宮出は歩き出した。
(殺すためには使わない。だが、誰かと誰かが争っている時、それを止めるのには使えるかも知れない。
それでいいんだ。何を持とうと、変わらぬ正義を貫けばいい)
そう、この程度で仲間が変わる事は無い。何があろうと確かにみんなの中にみんなはある。
だから信じれば必ず何とかなるはずだ。信じるための正義は必ずみんなの中にある。
「正義か……そうだ、正義と言えば」
ふと宮出は、顔だけ動かして銃をちらりと見てみた。
握られた銃はニューナンブ。この銃は元々誰の専用武器であるか、宮出は思い出す。
「お巡りさんか……」
日本の警官が使用する銃の代表。
何の事は無かった。銃は銃でも、これは立派に正義を象徴する銃であったわけだ。
悪意の囁きは完全なる幻聴であった事が、これで判明したわけだ。
「すると俺がこれからやるのは、さしずめパトロール巡回ってとこか?」
殺し合いを防止するために、各地を歩いて回る。まさにその通りだった。
「そう考えるとある意味かっこいいな。よし!それじゃ頑張るか」
明るく声に出し、宮出は歩を早めた。
またみんなで喜び合うため、自らの正義にかけて。
30秒後、宮出は自分がまだ地図も見ていない事に気づいて、再び立ち止まる事になる。
【残り46名】
みあでいい人だよみあで(*´д`)
青様読んだあとだとなおいい人にみえるよ
B ̄I ̄*G よし!それじゃ頑張るか
B ̄I ̄G ………
B; ̄I ̄G あっ、地図地図
職人さん乙です。宮出がんがれ宮出
保守
20.若人の憂鬱
現代の若者は堕落した、と嘆く中年男性は多い。
と言っても、それはここ数年に限った事では無い。
その証拠として、ある考古学者が古代エジプトの遺跡を調査して「最近の若い者は…」と書かれた石版を発見した事が広く知られている。
とは言え、昨今ではそのような声が以前よりも明らかに強くなっているのもまた事実だ。
その理由としてはやはり、若者による凶悪犯罪や働かない若者の急増、そしてそれらを過剰に報道するマスメディアの能力の膨大化等が一因として挙げられるだろう。
それはともかく、今、市街地の中にある一軒の倉庫の中に、一人の若者がいる。
彼の名前は川端慎吾(背番号36)。1987年生まれ、ちょうどゆとり世代に該当する年代である。
そのせいでは無いのだが、今の彼はまさに、ここ数年の堕落した若者のような様相であった。
まだ太陽が高い時刻であるにも拘らず暗い倉庫の中は、僅かな風さえ遮断して、凪いだ空気を中に充満させる。
自分の心も同じように凪いでいると、川端は自覚していた。
空気がきれいだ。人がいないのが寂しいが、街の雰囲気もまずまずだ。
自然も多いし、住人もいるならばさぞかし中々風情のある島であっただろう。
島から帰った後も、もう一度ここを訪れてみてもいいかも知れない。
顔が薄く綻ぶのを川端は感じる。
そして銃。
説明書にはワルサーP38と書いてあった。
言わずと知れたルパン三世のパートナー。
幼少の頃から決してこの番組を見てなかったわけではない川端にとって、この拳銃はある程度見覚えがある類のものである。
ただでさえ拳銃なんて普段は滅多にお目にかかれない上に、それが人気キャラクターの操る著名なものなら、気持ちに与えてくれるハリも尚更だ。
「えへへ、これごっついなぁ……」
そう、川端自身は心が凪いでいるつもりだったが、実際の彼はこの状況に興奮し、心を高ぶらせていたのであった。
練習中とはかけ離れたトロンとした眼つきのまま、拳銃を撫で回してうっとりとしているだけで、
その様子ははっきり言って美少女のフィギュアを見てハァハァ言ってるアキバ系オタクと大差の無い状態である。
ましてやこれがバトルロワイアル中となれば、どう見てもアブナイ奴だ。
爛々と輝く目。歪んだ唇。
魔性に見入られたかのように、今の川端は怪しさに包まれ、異常な姿を晒している。
「本物の銃てこんなんやったんやなあ……ホンマかっこええわ……」
今の自分がどう見えるかも考慮する事さえ能わず、川端は何度目かも分からぬ虚ろな呟きを洩らした。
傍目から見れば、彼のこの姿はこの殺し合いに反対する者どころか、殺し合いを肯定する者さえも失望させる有様と言って良いだろう。
何をやっているんだ。もっと動いて、ゲームを促進させろと。
だが仕方がなかった。
まだ二十歳になったばかりの身。しかもドラフトでも特別に高い評価を受けて入ったわけじゃない。
一年目から一軍の試合には出て、お立ち台に登ったりもした。でもそれも消化試合の事。
今年も一軍の試合には出たけどほんの少しだけ。それどころかシーズン終盤に怪我をしたせいで、以降は一軍どころかファームにさえも貢献していない。
そんな彼だから、この殺し合いの開催を宣告されても、受け入れる事が自然、困難となる。
資金を浮かす? 自分の年棒はチームでも最低クラスに属する。わざわざ削るほどのものでも無いはずだ。
不甲斐無い成績に加担した? 自分は殆ど試合に出てない。他の選手は兎も角自分に関しては完全にお門違いだ。
はっきり言えばとばっちり。そんな理解できない不条理が川端の心に空白を作り、
危機感や恐怖、或いは憤りといった本来抱くべき感情がその中に吸い込まれていき、その結果が彼をこのような堕落した状態に陥らせる。
いわば心の麻痺、あるいは乖離。
本来警笛の役割を果たすべき死体が、彼の位置からは見えにくかったり既に動かされたりしていたのもまた彼の不幸だった。
「そうや……ただこうしとるだけやとつまらんなあ」
不意に、独り言のトーンが上がり、表情の明るみが増す。
「やっぱり、こういうもんは実際に撃ってみるのが一番ええよなあ……」
それは、銃を持つ者としての当然の欲求だった。
今までは幸いにも彼の倫理観自体が、殺し合いに順応しているのでは無く、日常、つまり殺人が是とされないのが当たり前な世界に置いてけぼりなせいもあって、
彼の頭は殺人という行動に手を染めようとはしなかったが、それでもこうして与えられた以上は使ってみたくなるのが人間の性。
準備は簡単だ。弾を装填して、狙いをつけるだけ。
標的は……あそこにかかっているカレンダーにしよう。
右腕を伸ばして、引き金を絞って、さあこれでガンマン気分だ。
パンッ!
あれ?
それが実際に銃を撃った川端の最初の感想だった。
体が後ろに吹っ飛んでいる。別に突然寝ようと思ったとか、そういうわけじゃないのに。
そしてリアルに感じる、腕の痺れ。
剥き出しの銃身をまじまじと見つめる。これってこんなにクルものだったか。せいぜいゲームセンターにあるようなオモチャに毛が生えた程度だと思ってたのに。
「あれ? おかしいなあ……」
ふと顔を上げて弾の行き先を確認する。
先程狙いを定めたカレンダーには傷一つついてない。
その代わり、それとは遠く離れた壁に穴が開いている。結構厚い壁だと思ってたのに、そこからは外の光まで射してきている。
いくらなんでも、こんなに強かったか、銃って?
おかしいわぁ。そうもう一度呟くと、川端は銃口を上げる。
誤魔化すように、もう一度にへらと笑ってみせる。でも、額に生じた一粒の汗は誤魔化しようが無かった。
パンッ! パンッ! パンッ! パンッ! パンッ! パンッ! パンッ! パンッ!
カチッ、カチッ。
あれれ?
川端は笑顔を硬直させたまま、壁際にへたり込む。
引き金を引く度に、音速の凶弾が倉庫の中を迷走し、建物を派手に破壊した。
カレンダーとは遠く離れた位置に置かれた肥料らしき物の入った袋に穴が開き、中身が軽快な音を立てて穴から散らばっている。
カレンダーとは遠く離れた位置に置かれた安っぽい壺が、撃たれた拍子に台から落ち、粉々に砕け散っている。
カレンダーとは遠く離れた位置に置かれた古い鳩時計からは、狩人に撃ち落とされたかのように粉砕された小鳥が転がり出てきている。
そしてカレンダーとは遠く離れた壁に無慈悲に開けられた、穴、穴、穴。
その癖、肝心のカレンダーは、かすり傷一つさえ負っていない。
信じられないものを見た気分だった。全身に鳥肌が立った。
重い感触の残った腕が次第に震え出す。胸で抱え込むようにしてそれを抑えた。
眩しい。何度も繰り返されたマズルフラッシュが目に焼き付いている。そしてそれから昇る白い煙も。
虚構の世界で見た銃撃戦も、こんなに目を傷めつけたものだっただろうか?
否、そうではない。
これは本物だ。
腕に残る痺れ。派手な閃光。蹂躙された室内。全てが主張する。
ここでは殺し合いが簡単に行われる。
そして自分はこの銃を使って、殺し合いに参加しなければならない、と。
「あ……わああ、わわ……」
抑え込んだはずの震えが全身に広がった。
固まった顔が、徐々に弱々しくなっていく。
川端は漸くこのゲームを理解しつつあった。
観覧する側の人間にとっては、確かにこれは楽しいものであるが、実際に参加する側の人間にとっては、一部の例外を除いては呑気に楽しむものでは決して無い。
怯えるものなのだ。参加者が恐怖に怯え、その様子を観覧者が見て楽しむ。それがこのゲームの正しい在り方なのだ。
プレイヤーの一人である以上、例え現実逃避であっても、楽しむ事は許されない。
「わあああああ!」
心の麻痺が解け、感情が一気に吐き出されていくのを川端は感じた。
頭の中が恐怖で満たされていく。
死ぬ? 俺が? こんな事で?
冗談じゃない。満足な事は何もやれてないと言うのに。俺の人生はまだこれからなのに。
だが、かと言って生き残れるのか? 無理だ。
青木さん、宮本さん、宮出さん……それに古田さんや一久さん、高津さんまで。実績もあって強そうな人は、この島にはゴロゴロいる。
それに比べて自分なんか、居ても居なくてもいいような卑小な存在。勝てるわけがない。
自分はこの島で、確実に死ぬ。殺される。
「ひいぃ……嫌や、こんなん嫌やっ……!」
慄き声が理性を破って口から毀れる。
両親の顔が浮かんだ。
プロの入ってからも、よく大阪から試合を見に来てくれていた二人。
来年こそは、もっと一軍での勇姿を見せてあげるつもりだった。
共に甲子園の土を踏んだ高校時代の仲間が浮かんだ。
今でも他愛ない事でも連絡を取り合っている彼等。彼等と話し合っている時だけは嫌な事も全部忘れられた。
同い年のチームメイト二人が浮かんだ。
ポジションがそれぞれ違うせいもあってすぐ仲良くなれた。辛い事があった時も、お互いに慰め合ったものだった。
今、走馬灯のように頭を占めた彼等は、ここにはいない。
彼等に知られる事も無いまま、自分はひっそりと、この廃墟のような島で殺される。
「嫌や……嫌や……嫌やぁぁ……」
目から何か熱いものが零れるのを感じた。その何かは、すぐに量を増やし、とめどなく溢れ出していった。
川端は動く事が出来ない。つい先程までは悦楽で、そして今は絶望で。
じきに、足音が響いてきた。
一定のリズムを刻むそれは、徐々にこちらに向かってきているらしい。
川端の絶望が最高潮に達する。
誰だろうか。いや、誰が来ても勝てるはずがない。それなら俺はどうなるのだろうか。この銃のようなもので撃たれるのだろうか。
自分なんかとは違い、彼は正確に自分の額を撃ち抜いてくるだろう。
そうしたら自分は自分を失い、冷たい床に転がる。二度とは起き上がれない。魂が暗い穴の底に引きずり込まれていくだけだ。
嫌だ。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
でも無力な自分には何の為す術も無い。
どうしようもない。
川端に追い打ちをかけるように、足音が扉の前でピタリと止まる。
「わああ……」
観念したかのような、力無い呻きを打ち消すかのように扉がギギギと音をたてる。
扉の向こうには、差し込む光と共に一人のユニフォームを着た男が陰を作っていた。
倉庫に入って真っ先に川端の姿が目に入ったのか、男は軽く倉庫の中を見回しただけで、川端に顔を向けたまま一直線に彼の元へ向かっていく。
「どないしたん?」
それが男の第一声だった。
生気のすっかり薄れ、怯えの詰まった目で川端は男を見上げる。
もう駄目だ。無駄に足掻く気力も無かった。自分はこのまま殺される。
――だって、よりにもよってこの人が相手なんだから。
金属バットをだらしなく肩の高さに掲げた、宮本慎也の姿がそこにあった。
【残り46名】
DVDキタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!
宮本…
頼む…おまいが頼みの綱だ
慎也は一体、どちら側なんだ…!
てか今回のメインなのに最後にちょろっとだけ出てきた2323にばかり注目を取られてる川端哀れw
とにかく頑張ってほしい
21.狂熱
灰色の匣が、ジャックナイフのように鋭利に研ぎ澄まされていく。
伏魔殿の如き運営本部の中からは殆どの選手が吐き出され、既に生贄は残り一人となっていた。
たった一人の参加者に対し、運営側のリーダーと四人のコーチ、そして大量の軍人。絶対的で圧倒的な戦力差。
ともすればプレッシャーにも為り得る重苦しい軋轢が自然と揺曳し、部屋全体に襲いかかる。
「背番号65……松元ユウイチ」
最後の一人の名前が呼ばれた。
伊東の擦れたような、カラカラの声が響く。流石に二時間以上もの間立ちっ放しだと少しは応えてくる。
ユウイチは静かに立ち上がる。
その顔を見て、伊東は意外に思った。
シーズン中は投手を担当する事が多かった伊東にとっては、ユウイチはそこまで深く内面を把握している選手では無かった。
だからラテンアメリカの血の混じった、些か鈍重そうな風貌は闘争意欲不足を伊東に連想させ、
さぞかしいかにもこの殺し合いに相応しい弱り顔になっているものだと思わされていた。
だが今のユウイチは違う。まるで打席に立っている時のような、獲物を狙うふてぶてしい顔だ。
これも、嘗て植民地でもあった祖国の血の意地のなせる業かもしれない。そのような夢見めいた妄想が伊東の頭に上る。
「ねえ伊東さん」
唐突にユウイチが伊東に話しかけた。
「今この場で、俺が伊東さんを殺したら、どうなるんでしょうかね」
伊東の眉がぴくりと動く。
疑問文とも言い難い、平坦な口調だった。まるで最初から、それを実行する事を決意しているかのように。
この場に同等な立場から自分を観察する者が無いという事実が、彼を大胆にさせたのかもしれない。
「俺を殺す前に、お前が殺されるだろうな」
輪をかけて平坦な口調で言い返す。別にこんな事で意地を張る必要も無いのだが。
当然の返答にユウイチが動揺を見せる事は無い。それどころかさらに畳みかける。そもそも最初からこちらが本命だったのかも知れない。
「それじゃあ……もし俺が一発、あんたを殴るだけだったらどうかな」
言とともに、ユウイチの左拳に力が籠められてるのが分かる。
伊東は、ユウイチが今自分に何を見ているかを本能で感じ取っていた。
――こいつは、本気で殴るつもりだ。
敬語を捨てた事も含め、荒れ狂う激情はすぐそこまで来ているのが分かる。
よく尖った針が風船までコンマ数ミリまで近づけられたかのような、張り詰めた一時。
「それでもやはり、お前が殺されるだけだろうさ」
冷静に、伊東はありのままの真実を述べた。
ライフルが傲然と現実を誇示した。桎梏が場を制圧する。
一瞬、何か熱をもったものが破裂したように錯覚した。
ずっと伊東を睨みつけていたユウイチが、やがて先に目を切る。
「失望した」
一言なのに、その響きは汚泥のように粘々しく、毒々しい。
込められているのは未練か、それとも怨念か。
「後悔させてやるよ。覚えてろ」
それだけ吐き捨てて、ユウイチは部屋を後にした。
擦れ合うドアの悲鳴が、索漠とした空間によく木霊していた。
『お疲れ様、伊東君』
全ての参加者が消え、伊東等コーチ陣と兵士のみになった空間に、忽然と多菊の声が響いた。
『とりあえず管理室までどうぞ。そこでコーヒーでも用意させましょう』
「御配慮痛み入ります」
スピーカーから流暢に流れる労いを、伊東は固辞する事無く素直に受け取った。
丁寧な返事の後すぐに声はぷつっと切れる。伊東は手持無沙汰そうなコーチ陣に向き直ると声をかける。
「せっかくですし、皆一緒に行きましょう」
コーチ陣は数瞬の間顔を見合わせていたが、断る理由も無いと判断したのか伊東の後に続く。
兵士一同を残し伊東達は部屋を出た。
管理室に向かう途中、伊東はふと窓を見上げる。
名も無き島の上に立つ空は、青く澄んではいるものの煌めきを欠いていた。
何故だろうか。自分達の所業がそのように見せるのだろうか。
――馬鹿馬鹿しい。
そんな事が気にかかるくらいならば、今この場所に居るはずが無い。
狂った煌めきでもいい。今自分がここにいるのは、それを手に入れるだけの価値があるからだ。
ユウイチの捨て台詞が脳内にリフレインした。
顔がきつく締った。思い出すのはある日の密室の部屋。帰りを待つ家族の姿。
そして……自分が今まで熱心な指導を施し続けてきた、投手陣。
「悪いな。俺はもう覚悟を決めた」
【残り46名】
職人様、乙です。ついに全員出発しましたね。無理だと分かっていても、もうこれ以上誰も死なない事を願うばかりです。
保守
ほす
212 :
代打名無し@実況は実況板で:2008/03/04(火) 20:40:43 ID:oz1U7VPj0
ほす
保守
オープン戦勝利記念保守
22.名脇役は秘かに会議に出席する
「くそっ、一体全体どうなっとるんだ!」
痺れを切らしたかのような男声の裂帛が室内に響く。それと同時に拳が白いテーブルを叩いた。
ドンッ!
怒髪に気圧されたかのように、机上のコップの中の緑色の液体がゆらゆらと波立つ。
「お、落ち着いてください猿渡監督」
俺の隣に座っている男、佐藤真一(背番号82)さんが、一人怒鳴っている男、監督(と言っても勿論あくまで二軍だが)こと猿渡寛茂(背番号89)さんを宥めようと声をかける。
だがその声はますます猿渡さんを逆上させるだけに終わったらしい。
「落ち着けだと? 落ち着いてなんかいられるか!」
猿渡さんはそう叫ぶと、まるで諸悪の根源が佐藤さんにあるかのように彼を強く睨みつける。
俺はその一連の様子を見て、ほとほと呆れてしまった。
全く、そうカリカリするもんじゃないだろ。もっとじっくり粘っこく攻めてこそ男だろうが。
俺の名前は土橋勝征(背番号75)。東京ヤクルトスワローズと言う球団でコーチをやらせてもらっているイイ男だ。
って、自分でイイ男って言うのは妙な気が……まあいいや。
今俺達がいるのは、我がヤクルトの本拠地、神宮球場のミーティングルーム。
懐かしいね。俺が現役だった頃はよくここに入ったものだ。ここ一年の間はご無沙汰だったけどな。
で、なんでこんな場所にいるかと言うと、話せば長くなるな。
聞いた話だと、何でも実は……我がヤクルトに所属する選手の殆どが行方不明になっちまったようなんだ。
切欠は、寮にいる数名の選手が猿渡さんの部屋を訪ねて来て、こう切り出した事からだったらしい。
『すみません……監督は何か“イベント”について知ってますか?』
その話を聞いた猿渡さんは最初、きょとんとしたそうだ。
無理もない、今でも俺や猿渡さんも含めて皆、今も尚その“イベント”が何なのかがまるで分からないんだからな。
どうやらそいつらの話によると、一昨日の夜、前二軍監督の小川さんの名を名乗る人物が寮の特定の面々に電話をかけて来たらしい。
その電話の内容は、翌日正午に神宮球場のクラブハウスに集まってイベントを行うから来い、というもので、強制参加かつ秘密厳守も同時に命じられたと言う。
『秘密と言われても、俺等同じチームメイトくらいなら喋ってもいいかとでも思ったんですかね。ちょっと追求したら簡単に喋ってくれましたよ。
ま、それは兎も角として、ここからですよ、問題なのは』
彼等はそこで言葉を区切った。それから発せられた一言で、猿渡さんは事が重大であると悟ったらしい。
『――未だに連絡が取れないんですよ。みんな』
寮の中でイベントに選ばれた者が、居残り組を残して寮を出たのが昨日の午前中。
彼等の話では、出発者の様子には不安こそあれ、特に変わった様子は無かったそうだ。
それが、夜になっても、そして一晩越して朝になっても、未だに帰ってくる様子が無い。
不安になってイベント組の携帯に連絡を入れてみても、全員一向に返事も戻ってくる様子が無いし、小川さんに関してもまた同様だった。
そこで、来年から小川さんに代わって二軍監督になる猿渡さんなら何か知っているかもしれないと言うわけで、彼の部屋を訪ねたわけだ。
寮に一緒に住んでいる猿渡さんなら悩み事も気軽に打ち明けられやすいしな。
勿論猿渡さんはそんな事知るはずが無かった。まさに寝耳に水としか言いようがない事態だったに違いない。
とにかく、それから猿渡さんが彼らから詳細を聞いて、確認のためにクラブハウスに行ってみたら何故か追い返されてしまって、
おまけにオーナーや社長等、さらに居なくなった選手達との連絡も梨の礫。
それでどうしたらいいか分からないので、止むを得ず俺等連絡の取れるコーチ陣を呼んで相談しようと考えたという事だそうだ。
この緊急会議が始まってから、もう一時間近くが経つ。
猿渡さんが必死で開いた相談の機会であるにも拘らず、殆どの時間が沈黙で過ぎ去っている。
全く、本当に迷惑なもんだ。こんな収穫の見込めん集まりなんか開くくらいなら、家でゴロゴロしていたほうがまだマシだと言うのに。
「まあ、でも私たちに出来る事が無い以上仕方ありませんよ。ここはひとまず八木沢さんと淡口さんからの連絡を待つしかないでしょう」
俺が新人の頃からの先輩である角富士夫(背番号76)さんが、諭すように口を開く。
今回の件では、他球団での経験が豊富で人脈も幅広い八木沢荘六(背番号74)さんと淡口憲治(背番号79)さんにはもう既に違うアプローチ、
即ち他球団やマスコミ関連と言ったヤクルトとの直接の関係の無いところへの探りを入れてもらっている。
特に淡口さんは今年まで新監督の高田繁(背番号88)さんの配下だった事もあって、そちら関連との連携もお願いしてもらっているのだ。
「それで済んだら苦労しないだろう。こうしている間にも可愛い選手達がとんでもない目に遭っているかもしれないんだ!」
猿渡さんが顔を真っ赤にして怒鳴る。
俺は仏頂面を崩さないまま腕を組み替え、頬杖をついた。
だからカリカリするなっちゅーに。そんなに怒っちゃますますハゲるぞ。
だが俺のそんな余計な心配も空しく、猿渡さんは目玉をひん剥いてますますヒートアップしていく。
「ええい、もうこうなったら俺が本社に乗り込んでくるわい!」
「む、無理ですよ。どうせ追い返されるに決まってますよ!」
「馬鹿野郎! ジッとしていても埒があかねえんならこっちから仕掛けるしかねえだろ!」
ついにとんでもない事まで言い出した。
山部太(背番号99)が神経質そうな声で説得しようとするも、溢れんばかりの怒気の前にあっさり跳ね返される。
やれやれ、打つ手無しだ。
「それとも、おめえらは他に何か良い手を思いつくとでも言うのか!? 土橋! てめえなんか全然発言してないようだが、実際のところどうなんだ!?」
ありゃ、俺に矛先が向いてきやがった。
馬鹿野郎、俺がそんなもの思いついているわけねえだろ。
思いついてたら今頃堂々と挙手して『ところで俺のアイデアを聞いてくれ。こいつをどう思う?』ってやって、
それで皆が『すごく……名案です……』と感動して万事解決、のはずなんだ。
「……いえ、特に何も……」
何時も通りぶっきらぼうに答えるしかない。
俺の無感情な様子が気に障ったのかますます顔を紅潮させると、猿渡さんは修羅のような顔つきで怒鳴る。
「ふん、もういい! 俺は行く、止めんじゃねえぞ!」
そのまま猿渡さんはお茶を倒して立ち上がると、ズンズンと出口に向かって歩いてゆく。
その様を、俺を含めた他の集まっているコーチ全員が、何も言えずに黙って見ていた。
情けないねえ。まあいいか、これで今日はもう帰れる。
ん、待てよ? そう言えば、八木沢さんと淡口さんを含めて、今ここに集まっている人間……全員“二軍の”コーチじゃあないか?
と言う事は、“一軍の”コーチには連絡が取れない、と言う事……どういう事だ?
とその時、懐の携帯がブルブル悶えるのを俺は感じ取る。
そう言えば、曲がりなりにも会議だからと言うわけでマナーモードにしておいたんだっけ。
妻だろうか。今日は早く帰って来いという催促だろうか。
だったらこっちも、とりあえず今日の朝飯について文句を言わせてもらう事にするか。
全く、納豆にしろ生卵にしろもっと粘っこく、シコシコしてなきゃいかんだろうが。
鮭にしたって、今日のはまるで身が引き締まってなかったし……。
カチャ。
「もしもし、何だよ一体――」
「土橋か、俺や」
全身に鳥肌が立った。
ヤバい。流石の俺でも全く頭が上がらない御方だ。いやらしさ、ねちっこさにおいてはこの人の右に出る者はいない。
俺の表情が変わったのを悟ったのか、猿渡さんも含めた他のコーチが一斉に動きを止めて俺の方に顔を向ける。
だがどうしてだ。どうしてこの人が、このタイミングで俺なんかに電話を?
「おーいどうした、分からんのか。俺や。野村克也や」
【残り46名】
何か字数制限?が厳しくなってるし……
早朝から乙です!
土橋さんキタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!
…と思ってたら
ノムさんまでキタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!! ど、どうなるんだ…
すごく大きいです
土橋様キタワァ*・゜゚・*:.。..。.:*・゜(n‘∀‘)η゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*!!!!
ドバとノムさんキタ━━━━━━(ゝ○_○)━━━━━━!!!!
保守
ほしゅ
土橋のあまりのエロさに妊娠した
23.BIG SUCCESS
どこまで続くかもとんと分からぬ道程。
文字通りの未知の領域。
そんな、だが何の変哲も無い古道を、梶本勇介(背番号39)はとろとろと歩いていた。
彼の様子には、さほど警戒心とかそういったものは見られない。
彼にとっては、ここまでに起こった一連の出来事自体が、恐怖とか以前に何だかしっくりこないものにしか映らなかった。
無人島で、チームメイト達と、殺し合い。
普通の人間からすれば理外でしかないこのイベントは、独特の世界観を持つ梶本にとっても理解し難い類のものであった。
妄想のようなイベント。これはもしかしたら本当に、自分の頭の中の妄想の一種ではないか?
だが、その一方で額を流れる汗、背中に伝わるデイパックの重み、それらのものがこれが現実だという事を知らせている。
どっちを信じたらいいのか?
アンリアルな記憶とリアルな触覚、これらのせめぎ合いがますます梶本を二つの曖昧な境界の中に押し込んでいく。
主観的に見れば、これは現実なのだろう。目に映る鮮明な世界、指から伝わるユニフォームの生地の厚み、皆意識と連動してはっきり伝わってくる。
頬を捩ってみても、やっぱり痛い。
客観的に見れば、これは妄想なのだろう。どこの世界に野球のユニフォームを着て殺し合いをするような趣味を持つ人間がいるのだろうか。
こんな未開の地を歩くのにしても、普通はRPGに出てくるような勇者がする事であって、実在の野球選手はお呼びではないはずだ。
現在地の森が今にもモンスターの現れ出てきそうななりをしているだけに、その思いもますます強くなる。
「困ったな」
この島の中を歩いている全員に共通の思いを、他の者ほどには深刻さを感じさせない口調で呟く。
現実でも妄想でもいい。
どちらでもいいから、早く帰りたいものだ。
寮のベッドで目覚めて、球場に行って、野球をして帰る日常に。
だが時は、彼のその願いを叶えないまま刻一刻と過ぎていく。
梶本は相変わらず、ダンジョンのような明るめの森の中を当ても無いまま歩く。
梶本の頭ではまだ答えが出せないでいる。
現実と妄想との判別は、今の梶本にとっては人類究極の命題にも等しかった。
そんな中、不意に眼前で大いに繁殖していた茂みが、大きな音を立てた。
それまで心持ち浮ついていた梶本は、一瞬遅れて立ち止まる。
何事か確かめようと凝視すると、一人の男が茂みを、まるで桃から出てくる桃太郎のように真っ二つに割り這い出てくる。
三木肇(背番号35)だった。
梶本は目を見開いた。次の瞬間には、彼の表情が一気に安心に満ちた幸せそうなものに変わっていた。
だがそれは、心細い状況の中、ポジションが近い故付き合いの多い、頼れる先輩に会えたためでは無かった。
梶本を喜ばせたのは、三木自体では無く、彼の手が掲げている物体。
それはプラカードのようなものだった。派手派手しい赤地に、白抜き文字が踊っている。
その内容は、このようなものだった。
『ド ッ キ リ 大 成 功 !』
それはまさに、梶本の中に渦巻く疑問を一挙に解決する、単純明快な発想の具現化だった。
合点がいく。これなら全てに説明がつく。
伊東も多菊も、実際には自分達を殺すつもりが無いからこそあのような残酷な事が言えたのだろう。
無骨な部屋の中で見せられた中西の死体も、人形か何かを使った偽物なのだろう。
聞こえてきた銃声も、ただテープで流しただけなのだろう。
建物を出る時に見かけた血の絨毯も、絵の具でも用意して撒いただけのものに違いない。
要するに、全てが自分達を驚かすための演出。
不可解な点を挙げるとしたら、共にあの教室に居たはずの三木が何故こうして真実を知らせる側にいる事だが、
それも三木が予め仕掛人に仕込まれていたサクラだとすれば納得できる。
もしかしたら三木の他にも何人か、同じように全てを知った上で参加者のふりをしていた者もいるのかもしれない。
とにかく、これでやっと帰る事が出来る。
ファンタジーめいた冒険から、懸命にバットを振る日常に。
「やーい、引っ掛かったなカジ!」
三木はプラカードを掲げたまま、おどけた顔をして近寄ってくる。
梶本の目に映る何もかもが、今や彼を解放へと導いていた。
梶本もまた三木に歩み寄り、砕けた調子で呼び掛ける。
「なーんだ、そうだったんですか! いやー、まんまと騙されましたよ。どうせなら僕も仕掛人側の方がよかったな――」
轟音。
重いようで意外と軽く、何故かやけに安っぽく感じられる音。
火花が飛び散るような衝撃。
それと連動して、思考が一瞬停止する。
若干遅れてやってくるのは鈍い頭痛。
思わず頭に手をやる。
返した手に付属していたのは、見覚えのある絵の具のような粘液。
あれ?
疑問を覚えた瞬間、再び轟音が梶本を襲った。
体がぐらりと揺れる。頭痛が酷くなった。
わけが分からなくなってきた。
これは殺し合いという妄想では無く、ドッキリという現実なはずだ。
なのになぜ、こんなに痛みを感じるのだろうか?
また轟音。
段々現実と妄想の区別がつかなくなっていく。
折角解決したと思ったのに、これでまた振り出しに戻った。ついてない。
轟音。
ついに地面に崩れる。
意識の消える間隔が長くなっていく。
遠退きつつある理性の中、やはりこれは妄想なのかなと梶本は結論を出しかけていた。
これが現実なら、自分がこんな目に遭うはずがない。こんな今にも死にそうな怪我をするなんて、頭の中の空想でしか有り得ない。
ほら、その証拠に、幻聴まで聞こえてきたではないか――
「……ね……死ねっ……!」
* * *
何度繰り返しただろうか。
足元に臥せる後輩の肢体は、もう一指たりとも動かない。
肩で息を吐きながら、三木はちらりと手元に目を落とす。
手にしているプラカードは既に文字がかき消え、血とペンキの入り混じった赤が不気味に光っている。
ぎゅっと瞑目すると、苦しげに呟く。
「ドッキリ大成功、か。ホンマよう引っ掛かってくれたな、カジ」
もしも三木が見たのが、梶本のように血だまりとプラカードだけだったならば、彼もまたこの殺し合いをドッキリだと勘違いしていたかも知れない。
だが三木は見てしまっていた。血だまりから引く一筋の尻尾を辿った結果、二体の無残な死体を。
全身に穴が開いた鎌田の亡骸。首から上が吹っ飛んだ小野の亡骸。
つい先程までチームメイトだった者の変わり果てた姿は、脅しでも何でもなく、殺し合いと言う唯一つの現実を三木の脳に容赦無く刷り込ませる。
現実を知る者にドッキリのプラカードを見せたところで、大いなる皮肉にしかならないのは当然の事であった。
血濡れのプラカードが指から滑り落ちる。
ドッキリを装った騙し討ちも、今回はあっさりと成功したものの肝心のプラカードの字が読めなくなっている以上もう使えない手だろう。
「……ホンマにドッキリやったら、どないによかった事やろうな」
風に吹き消されそうな呟きが漏れる。
三木とてチームメイトを殺す事に罪悪感が無いわけではない。自分だって本当はこんな事なんかしたくない。
だがそれでも、自分はまだ死ねない。死ぬわけにはいかないのだ。
自分はまだ、成功を掴んでないのだ。
このヤクルトに入団してからずっと、毎年毎年期待されながらも怪我を繰り返して、思うような成績を残せないでいた。
今の自分はいわば、ただの没落者。
この命を失うまでに、自分は何としてでも、どんな手を使ってでも、この状況から成り上がり、成功を手にする必要があるのだ。
自分の活躍を楽しみに待っていてくれる、可愛い家族のためにも。
胃袋を押し潰すかのような苦しい感情を必死に忘れ、三木は梶本の背中に手を伸ばす。
すぐ脇の、ボロ雑巾のようにクシャクシャになった頭部は見なかった。見られるはずが無かった。
まだ温かみをもった体からデイパックを抜き取り、中身を探る。
中には地図や水などの基本的なものの他、ボーガンが入っているのが分かった。
(カジは、これを使う気なんかさらさらなかったって事かい)
そもそもドッキリだと言う嘘にあっさり騙される時点で戦意が無い事は分かっていたが、
それでもこうして改めてその事実を突き付けられると、胸を突き上げてくるものがある。
「……何しんみりしとんのや。喜ばしい事やないの。これでやっとまともな武器が手に入ったんや。これは俺の、言わば戦利品や――」
いろいろな物を振り払うため、わざとらしく景気付けに言ってみた。
そう、これでやっと思う存分に戦えるのだ。もうあんな馬鹿馬鹿しい殺し方をする必要は無い。
……だが、それでもやはり、このどうしようもない自己嫌悪は消えるはずも無く。
「……ホンマ、ゴメンな」
言わずにはいられなかった。
人一倍変わり者だった後輩の笑顔を思い出す。
彼は、梶本は天国でもうまくやっていけるのだろうか。
自分はきっと彼と同じ場所には行けないだろう。
だがそれでもやらなければならないのだ。
いつの日か、妻と子の元に大成功の吉報を披露するために。絶対に。
誰であろうと倒すしか、道は残されていない。
【梶本勇介(39)× 残り45名】
乙です
カジー…
ほしゅ
24.いちばん静かな海/青と蒼の狭間で
ザ……ザザ……
海が静かに呼吸する。
さざ波がゆっくりと浜辺を揺らす。
今、一人の男がその穏やかな光景に、至って自然な形で溶け込む事を達成していた。
絶えず洗い流される浜に小さな足跡を残し、背中に得も知れぬ哀愁を湛えながら独りひっそりと歩く中年男の姿からは、
詩的な印象さえ与えられると言っても過言では無いかも知れない。
ふと何かを思い立ったかのように、男は海に顔を向ける。
海は奇麗だった。
本土からは大分離れているのだろうか、透き通った水面にはゴミ一つ見当たらず、白く眩い光のみが粉々に砕け、輝いている。
そんないかにも見る者の目を喜ばせるような見事な海にも、男、鈴木健はただため息をつくだけだった。
彼独特のその厳つい顔には、生気は無い。
鈴木は最初から生き残るつもりは無かった。
元々野球選手としては既に死んだ身である。
マスターズリーグでこそ続けてはいるものの、現役で若い面子と渡り合っていくのにはとっくに限界を感じていた。
かもすれば大幅な減俸を宣告されたあの年の終わり頃の辺りから、既に死んだも同然だったのかもしれない。
そんな自分がまだ若く将来のあるかつての仲間を押し退けて生き残るなど、おこがましい事だとしか思えなかった。
家族の事、そして第二の人生における野球との関わりを考えると未練が無いとは言えない。
だがそれは他の人間にとっても等しく同じ事であった。
嬉しそうに家族の事を話してくれる仲間が、楽しそうに野球に打ち込む仲間が、脳裏から消えては浮かんでくるのだ。
彼は、諦めざるを得なかった。
首を振って周囲を見通す。
彼がいるのは島最北端の広い海岸の砂浜だ。
この島にまだ人が住んでいた頃はこの場所も海水浴場として賑わっていたのか、砂浜を上がれば民宿や海の家などの観光客用の施設がちらほらと見受けられる。
いずれも今はもう意味も無いものだ。
目の前の白く鮮やかな砂浜も、サファイアの輝きを持つ海も生かす事の出来ない、屍同然の廃墟。
まるで、プレイヤーとしての価値を失った自分のようだ。
鈴木は自嘲気味に顔を歪める。
俺のようにあの廃墟が意味を持たないのなら、この他のどれよりも静かな海もまた、意味を持たないままなのだろうか?
空を見上げる。日は少し沈みかけているものの、まだまだ保たれる色は青い。
再び海に目を落とす。やはり光の遊弋する水面は青い。
青い。蒼い。どこまでも青く、蒼い。
そう、思えば自分が渡り歩いた処もまた、青く、蒼かった。
爽やかな空色のライオンズブルー。
どっしりとした濃紺のスワローズブルー。
自分はこれらの青の中で何がやれたのだったか。
空色の中では、若い頃は黄金時代のメンバーの中に埋もれていて、彼等がいなくなったら自分がチームを引っ張る立場になって、それでもその内放りだされて。
濃紺の中では、そんな捨てられた自分を拾ってくれて、新しい野球の見方を知って、それでも最後は理不尽な争いを強要されて。
あらゆる思い出がある。そのあらゆる思い出が、青と蒼でごっちゃになり、噛み砕かれ、水のように溶けていくような気分になる。
そんな曖昧な、記憶の混濁。
だが、一つだけ確かな事がある。
「ライオンズもスワローズも、どっちもいいチームだったよなあ」
どちらも素晴らしいチームだったからこそ、自分は輝く事が出来たという事だ。
もっとも、今となってはこんな事一つくらい覚えていても、酷く無意味なのだが。
砂浜をちょこちょこと一匹の蟹が横切る。
それと交差するような形で鈴木も浜辺を進む。
浜辺は大きく開けすぎていて、あらゆる方角から狙われてもおかしくない。
鈴木もその事は承知の上だった。
どうせ予定は無いし、何時死んでも構わないんだ。この静かで蒼い海を俺の血で汚すのもまた一興だろう。
海に倒れ、血をばら撒く自分を想像する。
押し潰してくるような青と蒼をねじふせれば、寂れた海も少しは意味を持つかも知れない。
捨て鉢だと自覚しているのかも曖昧なまま、ニヤニヤとした笑いがこぼれるのを鈴木は感じる。
十年近く前死んだ父は、全身にある癌と戦った末、心不全であの世へ旅立った。
その息子である自分は、どのようにして死に至るのだろうか?
どのようにして血をばら撒き、海を汚すのだろうか?
汚れた海からは、どのようにして水や生き物は逃げ惑うのだろうか?
――と、そこまで考えたところで、一つ思い出した。
そうだ、もしやって来たのが万が一、俺みたいなこれ以上生きる必要の無い者を生かしてくれるお人好しだったら、ちょっと手伝ってくれるよう頼む事にしよう。
やりたい事を思い出した。そしてそれは一応、こんな状況でも可能な事だろう。
わざと目立つように大きく伸びをしながら、鈴木は言った。
「あー、やっぱ、釣り、してえな……!」
【残り45名】
(○・∀・)ニヤニヤ
乙(○・∀・)ニヤニヤ
(○・∀・)ニヤニヤ114114
(メ・∀・)ニヤニヤ…フッ
(〇・∀・)ニヤニヤ
このバトはいい感じにネタスレ風味だなあ
と 思って久々に燕ネタスレを
さがしたら落ちてた・・・
(〇・∀・)ニヤニヤ
保守
保守
保守オッケーイ!!
25.探し人は誰ですか? まだまだ探す気ですか?
冬とはいえ日が沈むにはまだまだ早く、果てしない宇宙から届く優しき光は分け隔てなく島を包む。
だが、そのささやかな光が示す生き生きとした命の息吹をもってしても尚、この島全体が齎す殺伐な雰囲気は消し去りようが無いだろう。
この島においては街も森も、ただ塵のようにそこに存在するだけ。
住民と言う多数の人間によって活気を生み出したりする事も無く、ただ静かに事の成り行きをじっと見守るのみ。
今も土が、白壁が、あらゆるものが見ているに違いない。
この島に唯一存在する人間達が、己の醜さ、未熟さを突き付けられ、困り果てている姿を。
今丁度この時間においては、島で唯一つの郵便局もまたそんな人間を観察している内の一つと言えるだろう。
かつては島内の幹をなす建物の一つだったそれも、本来存在するべきだった人間を排除した現在ではたった一人の男しか孕んでいなかった。
その男はこの建物の中を、何かを探し回る様に動いていた。
客用の待合室から職員用の休憩室、果ては職員の使っていたであろうロッカーの中まで。
そう、彼は捜していたのだ。
これまでの殆どの時間を使って、たった一人の男を求めて。
今、待合室と隣接したトイレからその男が出てきたようだ。
彼は肩を落とし、見るからに落胆していた。どうやらこれでこの建物の中を全て探し終わったらしい。
「ちぇ、やっぱりここも駄目か」
そう呟くと、彼は眉尻を下げ、無念に満ちたため息をついた。
入口に戻ろうとするが、その前に不意にどっと疲れが体中に押し寄せてくるのを感じる。
男は少し考える。一刻も早く“彼”を見つけなければならない。
そのためには余分な時間は割いてられないのではないか。こうしている間、“彼”は自分のすぐ近くにいるかも知れないんだぞ?
……否、そうとも限らない。
疲れて鈍った肉体に鞭を打って当ての無い捜索を続行するよりも、むしろ休息を取って身体の活力を取り戻した方が時間を短縮できるのではないか。
そもそも“あの時”から今まで、ずっとこうして全力で捜索を続けてきているのだ。いくらタフな人間でも、疲れぐらいは感じる頃だ。
そろそろ休みぐらい取っても、バチは当たるまい。
男は待合室の椅子に勢い良く座り、手で汗を拭う。
そのままデイパックから水の入ったペットボトルを取り出すと、味わうようにゆっくりと喉を潤す。
ゴクリ、ゴクリ。
景気のいい音が喉の中で鳴り、彼の心にほんの僅かな安らぎが戻った。
ペットボトルを置き、壁に凭れて建物の内部を見渡す。
遠い何かを見つめる目だった。
* * *
話は数時間ほど前に遡る。
運営本部の中、恐ろしげな兵士からデイパックを受け取った田中浩康は、これからの事に思いを巡らせていた。
とんでもない事になった。夢か幻のような、そんな非現実的な展開。
今でも驚きで自分の心はいっぱいだ。
中西の死体もそうだが、何よりも自分達のコーチだった人間があんな狂った所業が行えるとは思った事が無い。
どうしてあんな事が出来たのだろうか? 人はそう簡単に変われるものなのだろうか?
少なくとも自分はあんな風に変わりたくはないが。浩康はそう思う。
一先ず、言われた通りに仲間を殺すのは止めておこう。
外に出たらまずはデイパックを確認して、それからは争いはなるべく避け、穏便に行動する。
うん、こうやって考えられる俺、至って冷静。
そう自分に言い聞かせると同時に、浩康は出口の扉に辿り着く。
出口の扉を開ける事に、浩康は若干の恐怖を覚えた。
ここを出れば、もう安全圏には戻れない。
他の選手全員が死なない限り、このバトルフィールドから逃れ出る事が出来ない。
手にじっとり粘ついた汗が伝わるのを感じる。
「……大丈夫、きっとみんなそう簡単にあんな話を信じるはずが無いさ……」
自分を勇気づけるように一言だけ、おまじないをかけるように呟いた。
効果はあったらしく、恐怖がすっと脳幹から引いていく。
我ながら単純な性格だ。そう思って浩康は愁眉を開いた。
――浩康は気付いてなかった。自分がまだ、このイベントの本当の恐ろしさを知らないでいる事に。
扉を開けた浩康の目に最初に飛び込んできたのは、神々しい反射光だった。
(うおっ! まぶしっ!)
頼りの綱である目を一瞬眩まされ、思わず声に出しそうになる。
12月にしては中々生きのいい太陽だ。そう実感した刹那、次に目に入ってきたのは動く何かだった。
それは人の形をしていた。それを見て、血管に少しだけぎょっとした感情が迸るのを浩康は感じる。
何故人が? 自分はちゃんと前に出発した人間から3分おいて出発したはずだ。なのに何故、まだここにとどまっている?
――浩康が出発したのはまだ禁止エリアのルールが厳しくなる前の事だったが、その事を差し引いても尤もな疑問となるには浩康には十分だった。
後続の人間が先を行く人間に与えるプレッシャーというものは、普通の人間が想像する以上に大きい。
大学時代に幾度も首位を維持する事の難しさを身をもって体感していた浩康だけに、その思いもますまし強くなる。
そんな中暢気に後続を待つなんて、普通できるか?
だがその疑問も、待っていたその人物を確認できるその声で、氷解する。
「よう、待っとったで浩康」
聞き違えるはずが無い声だった。
それは紛れも無く、チームを代表する選手にして、こんな状況の時こそ最も頼れる人間。
宮本慎也。
「慎也さん!」
呼び掛ける。声色には感動すら混じっていた。
この人なら分かる、理解できる。
日本のプロ野球を背負って立つキャプテン。
経験豊富で、誰よりも責任感が強く、男気のある先輩。
彼のその世界一と言っても過言では無いリーダーシップには、二遊間を組む相方として、他の何人よりも深い恩赦を受けていた。
この人なら皆を待ち構えていてもおかしくない。
これほど深い度量を持つ人なら、こんなおっかないゲームくらい、屁とも思わないだろう。
誰よりも周りの信頼を集めている彼なら、皆をまとめ上げてこの殺し合いを止めさせるかも。
いや、きっとそうに違いない!
「なあ、俺仲間集めようと思うんや。やから悪いけど、浩康も付き合ってくれへんかな」
果たして宮本は、浩康が期待していた通りの台詞を言った。
早口で喋ったのは、浩康にそのままこの場をそそくさと発たれないかと心配したからかもしれない。
だがそんなものは今の浩康にとっては杞憂以外の何物でも無かった。
勿論とすら言う必要は無い。その代わりにいつものように挨拶を返す。
より日常を、強調するために。
「アッハッハ! 人にモノ頼む前に、まずそのデコを何とかして下さいよ! いきなり太陽拳使われちゃ返事もしにくいで――」
だが、浩康のその冗談は最後まで言い切られる事は無かった。
それどころでは無かった。卒然と、全身が氷のようなものに金縛りにされる感覚に遭ったのだ。
浩康は気付いてしまった。
刹那、宮本の目が獰猛な豹のように光り、右手に握られた金属バットがゆるりと振り上げられていた事に。
浩康は硬直していた。彼の脳内では、怒涛の勢いで恐怖が流れ込み、警笛が鳴り響いていた。
宮本は確かにチームの良きリーダーだった。長年の間、古田等と共にヤクルトを引っ張った経験を基に、抜群の信頼を込めた目で見られていた。
だが、裏を返せばどうだろう?
経験豊富という事は、則ちそれだけ強かだという事。
信頼されているという事は、それだけ疑われないという事。
つまり、彼がこの殺し合いに乗ったならば、彼に敵う者などそうはいないのだ。
彼が仲間を集めると言えばそう疑念を持つ者などいないだろう。
しかし彼としてみれば、そう言われて相手が油断したところを襲ったり、本当に集めたとしても十分な数が揃ったところで一網打尽にする事だって出来る。
もっとも、そんな狡猾なやり口は宮本の矜持、男気が許すわけがないという考えもある。
確かにこの島に連れて来られる前の宮本ならそれを信じてもいいであろう。
でも、ここで大きな意味を持つのが、本部の中で起こった一連の流れだ。
あの場では、伊東が、そして他のコーチ陣が、平然とした顔で残酷な作業を行っていた。
多菊については、契約更改の時の印象からも、こんな事をしてもおかしくないとは正直僅かだけだが思えたりする。
だが彼等は違う。
彼等にあんな真似が出来るなんて、想像し得るわけがない。
厳しかったりしたが、皆それなりに選手想いだったはずなのだ。
そんな彼等の有様を見るに、結論は一つしか無い。
人は、簡単に変われる。
ましてや、その上宮本には下地もある。
何せ彼はプロ野球界隈でも名うての……ドSだ。
ムードを明るくするため、等あらゆる意味があったとは言え、普段から後輩にプロレス技をかけたりして苦しめるのが好きだった彼。
元々人を痛め付けるのが好きな人間は、当然ながら正常な人間よりも殺人鬼の適性は跳ね上がる……ように思える。
もし彼が日本中の野球ファンを感動させたその男気を失い、強かでサディスティックな側面だけが色濃く顕れていたとしたら……
そこに残るのは――最凶の邪神、だ。
◇ ◆ ◇
「ほう、よういっちょ前に言ってくれるもんやな、ちょいとベストナインとったからっていい気になりよって」
馬鹿に明るい声で宮本が返してくる。
だが顔は笑っていない。手には銀色に光る金属バットのグリップが、今にも折れそうなほどに強く握り絞められている。
そのグリップが自らの首のようにも思えて、浩康は慄く。
浩康は動けない。まるで宮本に魔力をかけられたかのように動けない。
ただ体をガチガチと震わせ、迫り来る魔の手に身を任せる事しか出来ない。
「ホンマどうにかならへんかいな? アオといいヨネといい先輩なめくさりよって」
「す、すいばしぇん……か、堪忍してくだひゃい……」
超サイヤ人のような圧倒的存在感を持って立ち塞がる宮本に、浩康は為す術も無い。
涙ぐみながら、生きながらえる術を乞うのみ。
だけど。
「ま、ええよ。どんな答えにせよ『やる』つもりやったし」
満面の笑顔で、宮本は言った。
浩康との距離、ゼロ距離。
振り下ろす。首。
「ガッ……!?」
痛み以上に強烈な眩暈が浩康を襲う。呼吸が急激に乱され、一時的な酸欠状態に陥る。
そのまま息つく暇無く、今度は足を払われる。
「ええなあ、ホンマ嬉しゅうてぞくぞくするわ……!」
はいつくばる浩康に、興奮と恍惚を足して2で割った嬌声が落とされる。
それがただ悍ましくて、必死に逃げ出そうとするものの、地に足がならぬ手がつかない。
「さあ、こっからが本番やで」
振り下ろす。脚。
振り下ろす。腕。
振り下ろす。胸。
振り下ろす。腰。
振り下ろす。――
バキリ、ボキリ。
くぐもった音が骨の破壊されゆく様を証明する。
金属バットがリズミカルに、田中浩康を為す大切な構成成分を壊していく。
ただし、頭部を除いて。
「ギィェァァアアアアア――はぐっ!――うごあっ――ギャアア――」
まるで打出の小槌のように、バットを一振りするたびに断末魔が一つ、また一つと漏れ出る。
「ククク……! 鳴けや、鳴かんかいっ! お前の鳴き声が俺の美味……栄養となるんやっ! ククク……!」
宮本が狂喜に満ちた声を突き上げるたびに、バットが鞭のように、次々と一閃される。
その度に浩康は悶え、のた打ち回る。その成りは蜘蛛の巣に絡め取られた哀れな虫を彷彿とさせるもので。
彼が解放される事は、もう死ぬまで無いと見てよいだろう。
「嫌ァ……せ、せめて、もう殺して……殺してくだひゃい……それだけが……俺の望みれす……」
「さっきは、許してやったやろ……? 今度はダメぇ! この至福の瞬間、思う存分楽しませてもらうでっ! グフフ……
アヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ」
宮本慎也は猛る。欲望の赴くままに猛り狂う。
Sの王者、今ここに覚醒せり。
◇ ◆ ◇
「なーんて、ついあの時は思っちゃったけどなあ……」
静謐な待合室の中、浩康が頭を振りながら呟く。
結局実際のところは、以上のような妄想に囚われた浩康が、そのまま我を忘れて奇声を上げながらその場を走り去ったというわけであって。
つまるところ宮本が殺し合いに乗っているかどうかは、分からないままなのだ。
「幾らなんでも、これは飛躍しすぎだったよなあ……」
あの瞬間に、妄想の中でドSの神として降臨していた宮本の姿を思い出し、忸怩たる思いになる。
宮本が殺し合いに乗った側かも知れないと気付いた瞬間、あれほど冷静だと思っていた心が一気に取り乱れてしまった。
その結果がこれだ。
情けない事この上ない。
あるいはこうして簡単に心に疑心暗鬼を注入し、落ち着きを崩壊させるのもまたバトルロワイヤルの恐ろしさなのかもしれない。
「アカン、やっぱいい加減そろそろまた会わなきゃ」
そう言って浩康は立ち上がる。立ち上がった勢いで埃が軽く、空中に舞った。
一刻も早くまた宮本に会って、確かめなければならない。それが浩康の当面の目標であり、誓いであった。
浩康の脳裏は、今も尚彼が本部前を逃げ去るシーンを再生する事を可能としている。
恐怖で引き攣った表情で、バットの無い手の方を掻い潜って逃げ去る自分。
そんな自分を見て、『ちょ、何で逃げるんや!』と叫ぶやいなや後を追いかけてきた宮本。
あの時は、ただ宮本が怖くて怖くて、若さに任せて必死で追いすがる彼を振り切った。
だが今にして思えば、あの宮本の声、表情には邪心なんか無かった。そう思えて仕方がない。
目が光ったように見えてたのも、向こうもいつものように軽口に反応しただけだったのを冷静さを欠いたこちらが過剰に受け取ってしまっただけにも思えてくるし、
金属バットにしたって、向こうにはそんなつもりなど無く、ただ持っていただけなのかもしれない。
もしそうだったならば、自分は宮本にとんでもない借りを負ってしまった事になるのだ。
浩康が弱かったばかりに、逃げ出してしまったばかりに、宮本は浩康自身との合流はおろか、
浩康を追いかけて本部を離れた事で、さらに後続の選手との合流すら困難になってしまった。
合流さえ成功していれば、多菊の横槍が入ったかもしれないにせよ主催対抗の大集団が作れたかもしれないだけに、今回彼が犯した失策は痛恨の極みなのかもしれない。
今の彼の方針も、その罪深さと十分に向き合っているからこそだ。
もう一度宮本と会って、今度こそ彼が殺し合いに乗っていない事が確認できたら、その時は――
――謝る。そして彼に最大限の協力を惜しまない。
彼の足を引っ張った罪を滅ぼすために。
命を張ってでも、彼を助けてみせよう。
外へ出る。まだまだ太陽は穏やかに輝いている。だが、だからといって油断するわけにはいかない。
「さて、急がないとな」
真実、そしてそれの向こうに待っているであろう贖罪のために、浩康は静かに素早く歩みを進める。
しかし彼は気付いていない。
今度は、宮本が殺し合いに乗っている側である可能性が、すっぽり頭から抜け落ちてしまっている事に。
【残り45名】
>>241 いやいや、これでもこっちとしては23バト的なネタ系じゃなくて、真剣な命の奪い合いを書いてるつもりなんですけどねwww
いずれにしても面白いと思って戴ければ幸いですw
浩康のタフ過ぎる想像力に戦慄……w
乙です
浩康wwwタフすぎるwwwwww
読んでてなぜか振り逃げない事件を思い出した
ひたむきだけどどこか抜けてる感じもあるんだよね、浩康って
257 :
代打名無し@実況は実況板で:2008/03/19(水) 23:38:44 ID:ZPjdmifp0
ほしゅ
保守…ツヅキマダカナー?(°Å゜)
ほしゅ
26.さよなら絶望
それはもう決定事項であった。
(ああ、短い人生だったなあ)
禍々しき死神が一歩一歩、ゆっくり迫って来るように川端の目に映る。
白銀の輝きを放つ金属バットは、それこそ死神の鎌のようだった。
毒ガスのようにじんわりと、絶望が川端の脳味噌を埋め尽くす。
怖い。鳥肌が立つ。
「そんな顔せんでや。別に取って食おう思うとるわけやないんやから」
苦笑雑じりの猫撫で声も、悪魔の毒々しき戯言にしか聞こえない。
川端は頭を抱え、ぎゅっと目をつぶる。
せめて、少しでも苦痛の薄い死を求めながら。
不意に耳障りな足音が止んだ。
深いため息の後、静寂。
その静寂自体が、己に送られる葬送曲のように川端には思えた。
ああ、この厭な絶望よ、早く終わってくれ。
絞首台を前にした死刑囚のように、深い深い絶望の中、今、静かに川端は死を受け入れる……
ガ シ ッ !
予想外の事だった。
両肩を強く、熱く掴まれる感触。
何が何だか分からなくて思わず目を開ける。
目一杯に映ったのは、真剣な宮本の顔だった。
想像していたような、意識をブラックアウトに追いやる痛みの衝撃は無い。ただ得体の知れぬ熱情が伝わってくるのを感じる。
戸惑いを隠せない川端をじっと見つめながら、宮本は言った。
「落ち着け。俺は殺し合いするつもりなんかないから」
* * *
――それにしても、難儀な事やなぁ。
それが宮本が今回のプログラムを知らされてから最初に抱いた感想だった。
チームの選手同士で殺し合い。是非を問う前に、とにかく頭が痛くなるぐらい困った事態だという事は確かだ。
「全く、こう言うんも何やけどオッサン方みんな頭わいてんちゃうかなー。俺にこんなんせえ言うても、無理に決まっとるやろ。
やってなあ……」
これが本物の殺し合いで無く、プロレスの試合であるようなバトルロイヤル系のイベントだったならば、嬉々として参加した事だろう。
ヘッドロックやラリアットから金的蹴りまで何でもござれ。
ドSを自負する自分だけに、あらゆる手を使って快感を楽しみつつ場を盛り上げたに違いない。
だがこれはそんな生易しいゲームでは無い。ガチの命の奪い合いなのだ。
これで敗れた者は、二度と野球も出来ないし、家族の元にも帰れない。
そんな中で素直に勝ち残ろうとするほど自分は図々しくない。
何せ自分は選手会会長であり、ヤクルト、そして日本代表のキャプテンなのだ。
誰よりも仲間の事を考え、大切にしなければならない立場。
こんな最低の行事に乗れるくらいなら、これ程の重いポストは最初からこなしていけるはずが無いのだ。
(誰が人殺しなんかするようなカスの後をついていきたがるかいな。皆の気持ちを慮ってこそリーダーっちゅうもんや)
野球を嫌う者、あるいは自殺願望を持つ者は世の中には大勢いる。
だが、少なくともこの島に強制的に連れて来られた者は皆、もっと生きたい、もっと野球をしたいという気持ちに嘘偽りは無い。
この事は、ずっとチームのまとめ役として彼等を見守ってきた自分だからこそ、何よりも保証できる事だ。
ならばその想いを、力の及ぶ限りでも叶えるように尽力する。それがキャプテンとして果たすべき責務だろう。
(ほんなら、やる事は決まりやろ……)
仲間を集める。そして殺し合いを止めさせる。
これしかあり得ないと宮本は思った。
仲間の生きたいという願いを無視するなど論外だ。だがかと言ってひたすら隠れているというのもまた却下だ。
隠れているという事は即ち仲間が殺し合うのを黙って指を銜えて見ているという事だし、
もし万が一誰も殺し合わないという喜ばしい事態になっても、伊東がさりげなく言っていたあの“首輪24時間ルール”により、全員の首輪が爆破される。
そんな阿呆で洒落にもならない結末を迎えるのは御免こうむる。
となると自ら積極的に動いて、仲間を集めつつこの状況を何とかする方法を見つけるしか無い。
(やれやれ、面倒事は嫌なんやけどな……)
正直愚痴を零したい気分だ。
会長として行う事務も多い。日本代表でも他の選手を牽引するだけでは終わらず、首脳陣と選手との繋ぎ役までしなければならなかった。
本当に最近は託される面倒事が多すぎる。それだけに、今回のこれも誰かに任せられるものなら任せたい役割だ。
だが。譲れないプライドが宮本の自意識に語りかける。
(まあしゃーないわな。やって俺がキャプテンなんやから、俺がしっかりせなあかん)
そう、自分はキャプテンなのだ。チームの模範となるべき人間が情けなかったら試合にもならない。
重責を受け入れた以上は、こんな辛い状況だからこそ、率先して危機に陥った仲間達を救うよう努力するのが義務というものだ。
(『仲間を守る』『殺し合いをせずに帰る方法を探す』。両方やらないかんのがキャプテンの辛いところやな。
ま、腹括って頑張りまひょか……)
* * *
「……あ…………え……?」
未だによく分からないといった表情のまま、川端が呻く。
川端は、これまでこの場にいる人種は殺人者のみだと思い込んでいた。
主催に反抗する者や殺人をためらう者の存在は、理解の及ぶものですら無かった。
だから、今の宮本の言葉も、暫くの間の内は脳裏で意味不明なノイズとして乱反射するに留まる。
「何が起こったか聞かせてくれんか? 何か銃声がしよったみたいやけど……」
混乱が治まらぬ内に、迷子の子供に応対する警官のような優しい口調で宮本が語りかけてくる。
何が何だか分からない。死期を逃した事で奇妙な空白が川端の心に入る。
ただ、一つ気になるのが、真っ直ぐに向けられた宮本の目が、殺人鬼のそれでは無い、という事だ。
「あの、何で……」
「とりあえず、お前はどっか怪我とかしとるか? それだけでも聞かせてくれんかな」
不精髭に包まれた口が川端の疑問を遮り、更に優しげな台詞を出す。
思わず首を横に振る。ほうか、それは良かった、と言う宮本の微小な呟きを川端は聞き洩らさなかった。
「ほんで、ここらへん、他に人おるんかな? おんならどうなっとるか教えてくれんかな」
優しい尋問は続く。その間も目は川端から離れない。
その目に誘導されるように、川端は思わず返事をしていた。
「……いえ……特に誰も……」
「ふーん、それホントなんやろうな?」
「……はい……と思います」
そこまで答えたところで、漸く宮本は肩から手を離した。
そのまま胡散臭げな顔で考え込むようにしながら胡乱な室内をじっくり見直す。取り留めの無い沈黙が場に落ちる。
「あの…………俺を殺さないんですか?」
沈黙の間隙を縫うように、逆に川端から問うた。
立ち居振る舞い、台詞、どれをとっても殺人鬼とは異なる。
そんな宮本の姿は、川端にとっては異次元の住人のように謎めいているようにも思われた。
「何で殺さなあかんの? 言ったやろ、殺し合いするつもりは無いって」
宮本が、目を大きくして振り返る。声と表情に若干の憤りが混じっていた。
川端は困った。これは自分に向けられているのか? ならば、怒りは一体どこで買ったのだろうか?
「でも、伊東さんも言ってましたよね、殺せって……」
「アホ。殺し合えなんて言われて、誰が素直にハイそうですかって従えるかいな」
「へ?」
思考が凍りつきそうになるのを川端は感じる。
次々と耳に入ってくる意味の取れない文。
殺し合わない? どうしてそんな事を言える?
だって……
「でも、練習メニューとか、コーチが決めたものにみんな従うでしょ? そういうものやないんですか?」
そう、目上の人間の命令は絶対。大抵の場合は全員素直に従う。
だから殺し合いをしろと言われたら、全員何の疑問も持たずに素直に、殺し合いを行う。
それが当り前の事ではないのか?
そこまで思ったところで気づいた。宮本が呆気に取られた表情のままわなわなと震えているという事に。
「ドアホウ、んなわけないやろ!!!!」
雷が落ちた。建物を揺るがしそうな怒声に思わず身を縮み込ませる。
「あんな、お前今の状況がどんだけ異常か分かっとんのか? 練習とかそういったもんとかとはちゃうんやで?
ポチかて言うてたやろ? いくら命令やとしても、人殺しなんてみんな嫌に決まっとるわ!」
宮本が呆れ顔のまま一気に捲し立ててくる。
「え、でも殺し合いせな帰れないんじゃ……」
「やーかーら、それを何とかすればええんやろがい! そりゃ難しいやろけど、首輪を外すなり多菊さん達を捕まえたりすりゃ殺し合う必要も無くなるやろ?
やから俺はそれを目指してるっちゅうわけや、そんでそれはきっとみんなも同じなはずなんや!」
「あっ……」
ここへ来て漸く、今までの宮本の言葉の意味が分かった。
雪崩のような宮本の台詞が、川端の心に染みてゆく。
殺し合いだけでは無かった。この島にいるのは敵だけでは無かった。
目の前のキャプテンは、この場においても皆に慕われるキャプテンであり続けている。
そしてそれはみんなも同じ。殺し合いばかりがこの島で行われるべき事ではないんだ――!
コホン、と咳が鳴った。見上げると、宮本が恥ずかしそうに、顔を赤らめていた。
「……悪い、ちょっと興奮しすぎたわ。ほんで……この場所で何があったんか、そろそろ教えてくれへんかな?」
その顔には、先程から見せていた包容力のある笑み。
それが川端の頭に電流を流した。
早く言わなければ。この人を疑った、己の罪を少しでも軽くするためにも。
川端はありのままに話した。出発してから今まで、自分が何をし、何を思ったかを全て。
「ふーん、そやったんか。安心したわ」
川端の告白を聞き終えた宮本は、こう感想を述べた。
「やって、あんなに発砲音がしたら、銃撃戦かと思うのが普通やろ。それが実際はそんなんやったんやからな。いやホンマよかったわ」
「でもかっこ悪いっすよね、やっぱ」
「はは、まあな。でも若気の至りと思たら諦めもつくやろ。害にならない分はるかによかったわ」
宮本としても、何発も銃声が響く中にバット一本だけで身を投じるのは正直博打だった。
だが、キャプテンとしての決意をした以上、仲間の諍いは命を賭してでも止めるくらいの覚悟はする必要はあった。
仲間の危機に尻尾を巻いて逃げだすようではまとめ役として失格と言わざるを得ない。
それが、そう遠くない前に起こった球界の危機で、プロ野球の命運を賭けて選手一同を率いて戦い、
そして今回も宮本の知る前からこの殺し合いを止めさせるために戦っていたかつてのリーダー、古田敦也から受け継いだ美学でもあった。
それだけに、いざ乗り込んでみたらただの独り相撲だったのには、拍子抜けであると共に大いなる幸運であり、感謝すべき僥倖だったと言えるだろう。
「あと、怖かったんによう俺の話を聞いてくれたな、それは有難かったわ。感謝してる。何せ浩康なんか問答無用で逃げ出しよったもんでな」
「あ、いや、それは怖くて動けなかっただけなんですが……え、浩康さんにも会ったんですか? 逃げ出したって事はまさか――」
「出口の所でな。いきなりデコやの太陽拳やの失礼な事言いよったと思ったら、変な雄叫びあげて、そのまま逃亡よ。
ま、ちょっと錯乱しただけやろうから心配する事も無いやろ」
出口で次々と出てくるチームメイトを待ち伏せる作戦を考え付いた時は、我ながら良案だと思ったものだった。
それだけについ浩康を深追いして計画がおじゃんになってしまったのは痛恨であり、残念だった。
もし今後浩康に再会できたならば、その時は失礼の件も含めて、きついお仕置きをかましてやる必要があるだろう。
「ま、そんなわけでそろそろいこか。まだまだ仲間集めなあかんし、それに古田さんにも会って話聞きたいしな」
「え、俺も……一緒でいいんですか?」
「当たり前やろ。お前にかてやって貰おう思うとる事は沢山ある。
それに何よりお前も欠けちゃあかん大切な後輩やし、目の届く所に置いておきたいんや」
ちょっとした粗相があっただけに負い目を感じていたのか、遠慮がちに尋ねる川端に宮本は即答した。
宮本としても川端を邪険にする理由は無い。何よりも、漸く見つけられた仲間だけに大事にしたいという気持ちがあった。
「お前等の存在があるから、俺も気を抜かずに切磋琢磨できるし、このチームの将来に希望を持てるんや。
自信を持て。未来のスワローズを担うのはお前らや」
「……はいっ!」
川端は元気良く返事した。
彼の心にはもう蛮勇も怯えも無かった。
ようやく彼も、しっかりと現実を見据え、地に足をついて立つ事を可能としたのだ。
迷える青年の歯車を元に戻す、それが戦場のキャプテンとしての初仕事であった。
「そんじゃ急いでいきますか。俺がたてちゃった銃声のせいで他にも誰かやってきたらまずいですし」
「アホか。人集めすんなら逆に好都合やないか」
「でも、好戦的な人がもし来たらヤバいんじゃ……」
そこまで言って川端は口ごもる。
殺し合いをする人間ばかりじゃ無いというのは分かったものの、それでも殺し合いに乗った者の存在は否定できない。
出口の血の跡からも、少なくとも一人は殺し合いに乗った確率は高いのだ。
だが、宮本はそれに対し平然と言い切った。
「なに、そんなん俺らで説得すればええだけの話やんか」
太陽は東から昇ると言ったかのように、当たり前の事を言う口調だった。
そのまま慌てない慌てないと呟きながら、悠然と彼自身の肩を揉みしだく。
その様子に川端は確信した。
どんなに辛くても、この人ならきっと何とかしてくれる。
この優しく逞しい男とさえ一緒にいれば、どんな局面でも乗り切れると、希望を捨てずにいられると。
(宮本さんの手に係れば、絶望なんかさよならや)
肩には今も尚、チームリーダーの持つ温もりが、強く身に染みて残っていた。
【残り45名】
職人様乙です。流石選手会長は頼りになる。
宮本さん…カッコイーネ(*゚д゚*)
浩康へのきついお仕置きが楽しみw
DVD流石に頼りになるな
武内が出会ってたのがDVDだったらな…
これはピロヤスとも合流フラグw
宮本軍団VS青木軍団の形かなん。
時間以降も期待してます。
273 :
代打名無し@実況は実況板で:2008/03/25(火) 00:13:55 ID:DhSGGMyy0
参加者名簿の中に五十嵐の名前あるけど、去年一軍で投げてなくね?
>>273 一軍二軍問わず全員参加
外人はこのゲームに参加してるんだったけ?
去年の一軍出場選手または高額年俸選手
>>275 なるほど、なら弘寿と五十嵐が参加してるのも納得
27.理由
意志もまた、一つの孤独である。――――――――A・カミュ『手帖』
全てが無色だった。
少なくとも、俺――石井弘寿(背番号61)にはそう見えた。
このような景色が見えたのは、あの無味乾燥の台の上に横たわった時以来かも知れない。
白くくすんだ建物、白抜きの『手術中』の文字、無機質な声、表情の窺い取れぬマスク、むかむかするような薬品のにおい――
こうした事物が無性に脳の中で渦のように回る。
何もかも結論の出ない内に、何かが聞こえた。
顔を上げると世界に色が付く。血が脈打つのが感じ取れる。
「――、背番号――、――」
声の主は伊東さんのようだ。
何を言っているのかはよく分からない。少なくとも俺の名前では無いらしい。
声に呼応するかのように、一人の男が立ち上がり、俺の視界を遮る。
何気なく胸に目が合った。青い胸文字が小刻みに震えているのが分かった。
視線を上げてみる。酷く歪んでいて、低く暗い雲が出ている時の空のように、今にも泣きだしそうな顔があった。
その顔もまた鬱陶しく震えている。
――これから殺し合いをしなければならないという事を思い出した。
彼がいなくなっても、色めいた世界は放置されたままだ。
目のやり場が無くなった。とりあえず五十嵐亮太(背番号53)を見て紛らわせる。
窮屈そうな体操座りをして、整った顔には恐怖を示す表情(後で確認したところ、彼の他にも数名がそれに準ずる顔を模っていた)。
だがその目には、彼の中に確定された強い意志もまた見て取れない事も無い。
一体何の意志を持っているというのか?
何かを決意しているのだろうか。それならば恐らく、ここを出てからの行動も決まっているのだろう。
別に詮索するつもりは無かった。ただ、奇妙な羨望を覚えた。
「何、見てんすか?」
不意に声が掛けられたので、俺は軽く飛び退く。
驚いたと言うよりは、脊髄が勝手に反応したと言う方が正しいだろう。
いつの間にか亮太が訝しげな相貌をこしらえて俺を見返している。
どう反応すれば良いか暫く呆然としたが、何れにせよ何か声を掛けるのが自然なのではないかと思い直す。
「なあ――」
「一緒に行こうっていう頼みなら、無しですよ」
気遣いは簡単に切り落とされた。そういうつもりじゃ無いと釈明する事も出来たが、別に不都合は無いので構わなかった。
どんな表情をするべきか迷ったが、とりあえず薄笑いでごまかす。
「悪いけど、俺にはやらなきゃならない事があるんです」
図星だと思ったのか、俺の顔を睨むようにして見ながら亮太は続ける。
伊東さんがまた何かを呼ぶ声が、はっきりと聞き取れた。
何が呼ばれたのかは、相変わらず頭に入らなかったが。
「俺気付いたんですよ、最初の多菊の説明、あれには……重大な矛盾があるって」
最初の、のところから一段と声が潜められる。
それを聞いて少し前に聞いた多菊の言葉を思い出した。
『日本人の中で今期一軍の試合に出た者、
あるいは高給を稼いでいるにもかかわらず試合に出なかった、すなわち期待を裏切った者――』
思うに、後者は俺と亮太を指すのだろう。
これは言うまでも無い事であり、全員一致で明らかな事だ。
ずいぶん理不尽だと思わないでもなかったが、俺はこれらの取り決めに対し疑問も持たなければ、文句を言うつもりも無かった。
済んだ事にとやかく言うメリットも無いと思ったし、計算されていたとは言え期待を裏切ったのは事実だから。
そして何より、どうでもよかったから。
「そこを突けば、このふざけたゲームもどうにか中止できるかも知れない。俺はそれに賭けたいんです」
「…………」
亮太は熱っぽく最後の部分を強調する。
彼は取り決めを疑問視し、それを行動に移す道を選んだらしい。
先程見た意志はこれだったのか。
『あるいは高給を稼いでいるにもかかわらず試合に出なかった』
多菊の言葉が耳朶で繰り返された。
こめかみが波打つ。
脳の奥に痺れるような、疼くような不快感が分泌された。
「そのためにも、とにかく古田さんに会おうと思うんです。鍵を握るのはあの人のはずだから」
彼の語り口上からは、冷静ながらもどこか熱に浮かされたかのような昂ぶりが加わっていく。
まるで大変重大な事を言っているかのような口ぶりだ。
……急激に言いようの無い倦怠感が俺の上に襲いかかってくるような、そんな感覚が生まれた。
「だから、俺は島中を駆けずり回って、体力を使い果たしてでも古田さんを見つけます」
何でわざわざ、俺にそんな事を言う?
かれこれ何時間もの間ずっと、彼の話を聞き続けている気がした。
……五月蠅い。
「もっとも、俺のこの仮説には証拠は無いです。だから、ゴリさんと一緒だと迷惑をかけるかも知れない。
いや、これは俺の我儘な以上、どちらにしても迷惑をかける事になるでしょう。だから――」
もういい、分かった。黙れ。聞きたくない。
もう面倒だ。
だから、だから、だから、だから、だから――
何だってんだ?
「……どうしたんです? ゴリさん何かおかしいっすよ? 顔色もどこか悪いし。
具合悪いならやっぱ誰かに同行頼んだ方が――」
また何か言っている。
逃げ場が無いので、ぼんやりと空を眺め回して、聞こえてないふりをした。
吸い込まれそうなほどに色の無い天井が、やたらに目に優しかった。
おかしいと言えば、確かにおかしいのかも知れない。
自分でもこんな感覚に陥ったのは初めてだという事が、辛うじて分かるからだ。
奇怪な倦怠感、そして無関心。
生まれ故郷のスモッグ混じりの潮の臭い、深夜の高校のグラウンド、光り輝く神宮のネオン、
伊東さんの怒号、アテネの星空、妻と子供の笑顔――こうした何もかもがまるで心に訴えかけて来ない。
退廃とはこういう事を言うのかも知れない。
それはあのモノクロームの中で動く伊東さんと多菊の口を思い返しても、今デイパックの中に入っている手榴弾を見ても変わらなかった。
「……手榴弾」
他者に見られれば皮肉と取られるかもしれない。
リハビリ続きでずっと投げられなかった、それでも漸く復帰の目処が立ちつつあった自分。
やっとまた、ボールをキャッチャーミットに思い切り投げられる。
そんな頃合いに、ボールを取り上げられ、代わりにこれを投げろと押し付けられた、そんな黒い塊。
なのに、ちっとも悔しさが込み上げて来ない。
何故だろうか。
これに限らず、もっと後悔、恨み辛みとかも押し寄せてきてもいいはずなのに。
父が野球さえやっていなければ。
入る高校を間違えてさえいなければ。
ヤクルトにさえ指名されていなければ。
打者に転向さえしていれば。
あのオフ、メジャー行きを承認さえされていれば。
……こんな事に巻き込まれたりしなかったかもしれないのに、それを悔やむ気持ちさえ起こらない。
感動の死滅。
何が俺を変えたのだろうか。
分からない。
たった一人でのリハビリの孤独。
低迷するチームをただテレビの画面を通して見ている事しか出来ない不条理。
そういったモノが徐々に俺を蝕んで、殺したのだろうか。
それとも、昨日までの俺は昔のように明るくて多様な感情があった。
それが今日この場所で、全てを奪われた事で歯車が狂ってしまったのか。
俺は今日初めて、殺された。そういうモノなのか。
前者だと、亮太の説明がつかない。
後者だと、俺以外の全員の説明がつかない。
答えは闇の中だ。
唐突に、前方から雑音が聞こえた。
それが声だと分かったのは、聞き覚えが曲がりなりにもあったからだった。
「ゴリさん? ゴリさんですよね!」
落ち着き無く地面を蹴る音と共に声が近付いてくる。
何であんなに嬉しそうなのだろうか。
とりあえず呼ばれたからには返事をしなければならない。
「川本……」
俺が名を呼ぶと、川本良平は元気良くやっぱゴリさんだ、良かったと言った。
何が良いのかはとんと分からなかったが、いちいち聞くまでも無いだろう。
どうせ無益で、億劫な作業に過ぎない。
「ずっと誰でもいいから会いたかったんですけどね、いくら駆けずり回っても意外と誰にも会えなくて、
もう贅沢言わないから何でも来いって思ってたらゴリさんがいて」
あっ、だからと言って別にゴリさんに不満ってわけじゃありませんよ、むしろゴリさんでよかったと思ってます、と慌てて付け足して笑う。
その無邪気な顔に、俺はむず痒さを覚えると共に、ほんの僅かなデジャヴを見る。
嫌な、予感がした。
「あ、もしかして警戒してます? 安心してくださいよ、俺人殺す気なんて全然無いですから。本当です」
俺の顔を窺いながら早口で言うと共に、勿体ぶる様に息を吸う。
木々がそれに合わせるかのように風に揺られ騒ぐ。
目覚ましベルのような警笛が俺の脳内で鳴った。
鬱陶しい倦怠感が、はらわたの中でウォームアップを始めている事が自覚できた。
「俺、このイベント潰そうと思ってるんですよ」
何でも無い事のように、川本はそう言った。
「変だと思いません? 資金浮かしたいから殺し合わせるなんて、馬鹿げているとしか思えませんよ。
節約にしてもやり方ってもんがあるでしょ。人殺しなんて一番やっちゃいけない事じゃないですか。
ましてや気心知れたチームメイトなら尚更でしょ」
ゆっくりと吟味するように、だが攻撃的な語気で言い募る。
頭にチリチリとした痛みが走った。
脳内に像が浮かび、目の前の男の顔と重なる。
今まさに古田さんの姿を追い求めている筈の、リハビリ仲間の像が。
「だから、潰します。絶対にあいつ等の思い通りにはさせません」
汗が目を包むのを感じた。
五臓六腑が皮膚の下で一時に蠕動するのを痛切に感じる。
足が一歩後退した。
一歩程度では無意味だと分かっていたにも拘らず。
しかし川本は、そんな事気にもせず、逆に一歩足を俺に向かって踏み出してくる。
「ゴリさんも、協力してください。一緒に、俺等の正義、見せつけてやりましょうよ」
心の敷居を踏み越えて、迫ってくるのが分かる。
全てが、うんざりだった。
感情がデッドエンドから敷衍できずに立ち止まったかのような状態。
息苦しさを感じる。喉に焼け付くかのようなものが詰まったかのようだ。
「殺人なんか糞くらえです。またみんなで野球しましょう」
もういいよ、分かったから終わりにしてくれ。
手が尻ポケットに伸びた。
一個だけ隠し持っていた手榴弾の詰まった、ポケットに。
ゲームを中止させる? 古田さんを探す?
イベントを潰す? 思い通りにさせない?
人殺しはやっちゃいけない?
理由は?
バトルロワイアル、今の俺にはそれを否定する要素は無い。
そこには多少不条理なものの、明快な理由があるから。
だが、何人にそれを打ち壊す権利がある?
それには理由が無ければ、対抗し得ない。
また野球をしたいから?
少なくとも、今の俺にとってはくだらない事だ。
ボールを取り上げられても悔しさの欠片も湧きあがらないような人間にとって、そんな事言い訳の材料とする資格さえあるもんか。
人殺しはいけないから?
それは理由にならない。これにまた、なぜ人を殺してはならないのかという問題がついて回る。
勿論、ただの道徳観念なんかに用は無い。
死ぬのが怖いから?
それを言うなら、薄っぺらな理由で、俗化した観念を押し付けられる方が――
殺される事よりも、よっぽど怖い。
ポケットに突っ込みかけたところで、俺は手を止めた。
川本はそんな俺を見て、漸く訝しげな顔に変わる。
隙だらけの状態。
手榴弾を投げ付ける事も出来るし、そうしなくても済むのだが、どちらでも同じ事だった。
だから、俺は投げなかった。
投げる代わりに、踵を返して、川本に背を向けて歩き始めた。
逃げ場がある以上、別に投げ付ける理由も無かったから。
「ちょっと、どこへ行くんですか?」
後ろから川本が声を掛けてくる。妙にうろたえたような口調が滑稽だ。
「お前から離れる」
「ど、どうしてですか? 何か理由でもあるんですか?」
その言葉そっくり返す、と言いかけたが止まった。
理由、か。
言うならば、まさに俺はそれを求めているのかも知れない。
人を殺す理由。あるいは、殺し合いを拒む理由。どちらでもいい。
今の人形のように虚無的な自分に、明瞭な意志を与えてくれる理由。
他人のお仕着せでは無く、俺だけが選ぶ理由。
「とりあえず、当分俺に近づくな」
振り返らずに、それだけ吐き捨てた。
川本を殺す理由は無かったものの、彼から逃げる理由はあったから。
その根拠の無い信念が、気味が悪くて仕方なかったから。
少し距離を離したであろうところで振り返ると、呆然とした顔で立ち尽くしているのが分かった。
追ってくる様子は無い。彼の孤独を思うと、ほんの少しだけいい気味だと思った。
そのまま歩く。すっかり川本の姿が見えなくなった頃には、光が目を射抜くようになっていた。
顔を上げる。冬空は早くも夕暮に近づきかけていて、太陽が空を降りるその速さにただ驚かされる。
「太陽か……」
そう言えば、誰だったかは忘れたが、人を殺した動機が『太陽のせい』である男もいたんだったか。
詳細は覚えていないが、その逸話を聞いた当時は、随分くだらない動機だと思ったような気がする。
俺もまた、そのようなくだらない理由で、人を殺すという意志を持つ事があるのだろうか。
ひょっとしたら、あるのかもしれない。
だがどうでもいい事だった。
何れにせよ、俺自身が納得に足る理由なら、それで十分だろう。
俺は目を細め、俯いた。
西日が眩しかったからだ。
【残り45名】
>>274 外人は不参加ですよ〜
詳しくは
>>31参照
リアルタイム乙ですー
ほ
星
ほ
ほー
290 :
代打名無し@実況は実況板で:2008/03/30(日) 23:59:33 ID:t1hQlF9n0
バトル
開幕三連勝記念保守真紀子
28.囚人のジレンマ
喉が渇く。体が水を欲する。
でも我慢した。雀の涙ほどの賃金の中、飢えを凌いだ経験は既に積んでいたから。
目の前に広がる緑青の如き自然を見据えながら、伊藤秀範(背番号52)は唾を飲み込んで喉をごまかした。
「それにしても、何でこんな事になったんだろう……」
独りでにこの日約三度目の嘆きが零れる。
高校、社会人と中々芽が出ず苦しんでいた時に、新しい独立リーグが出来ると聞いてそれに飛び込み、
段ボールの棚卸し等もしながらがむしゃらに頑張った結果、やっと本当のプロ野球選手になれたと言うのに。
突然強制されたバトルロワイアル。殺し合い。
「せめて、育成枠のままだったらなあ……」
正規のドラフトでは無く、育成枠からヤクルトに入った自分。
その育成枠から、支配下選手に登録された時は、天にも昇れそうなくらいに嬉しかったものだけど。
今となっては、恨めしいものだ。
多菊の言葉を思い出す。
『日本人の中で今期一軍の試合に出た者――つまり今期の不甲斐ない成績に加担したと思われる者』
つまり、支配下登録され一軍の試合で投げる事さえ無ければ、こんな事に参加しなくても済んだわけだ。
そう考えると、ただでさえそれぞれ苦い思い出だったプロ初登板、初先発のマウンドがさらに色褪せるのを感じる。
焦る必要なんて無かったのだ。今年じゃなくて、来年、じっくり力をつけた後だったならば。それが明暗を分けた。
ああ、本当に悔やんでも悔やみきれない。
一か月前の古巣との試合でも、十分に恩返しして首脳陣にもアピールできた。
来年からはその古巣の後輩もこの球団に入る事が決まり、先輩として気合も入っていた。
今年の登板さえ無ければ、来年こそは、もっと素晴らしい、誇れる成績が残せていたかもしれないのに。
「……いい加減、気持ち切り替えなきゃな」
そう言って左手で頭をこつんと叩く。
過ぎた事に何時までも引き摺られていても無益だ。
別にこうなったからと言ってもう駄目だと決まったわけじゃない。
残せていたかも、じゃない。生き残って、残すのだ。
四国に残るかつてのチームメイト達に、希望を与えるためにも。
そのためにも、今大切なのは。
「Whyじゃなくて、Howを考えなきゃ」
何故こうなったかを今求めてもどうにもならない。まずはどうやって生き残るかが大事だ。
「さて、どうしようか」
伊藤は考える。
差し当たり生き残るための策はいろいろだろう。
食糧と水は大切にする、無暗に体力を使わない、等が基本的なところか。
だが、最も重要な策は、大まかに言えば二つに分かれる。
殺し合いに乗るか、乗らないか。
「……ゴクッ」
先程と違い、半ば無意識的に唾を呑む。
人物によっては、前者を選ぼうと思っても選べなかったりもするだろう。
ハリセンとか鍋の蓋とかの、いわゆるハズレを引いた人物だ。
だが伊藤は違う。
まるで脆いガラス細工を扱うかのように右手に繊細に握られた、黒光りのすべすべした塊。
人間、特に日本人にとっての禁忌の内の一つ。
グロック17。拳銃。
これを人に向けて撃てば、簡単に命を奪える。
選択肢があるという事実は、伊藤にとって幸運とも言えたし、不幸とも言えた。
汗が首筋を伝うのを伊藤は感じた。
渇いたこの塊に、どんどん体内の水分を吸収されているような感覚がする。
伊藤は銃をじっと見た。
殺すための権利は得た。では、それを行使するか、否か。
(俺以外の人間だったら、どうするだろうか?)
ふと、発想が出る。
このように銃器が支給されている以上、何もそれを引いたのが自分だけである事は無いだろう。
アタリの武器を引いた、人を殺せる人物。
彼等は何を思うか。
判別不能な数のそれが集まった群衆は、どのような指向性に傾くか。
皆がゲームに乗ると言うのなら、自分も乗らざるを得ないだろう。
皆がゲームに反逆すると言うのなら、自分も協力するべきだろう。
だが実際には、目に見えないものの意思を見通す事なんて出来やしない。
故に知らざるを得ない。
自分の思考をもって、皆の論理を見抜く方法を。
それが出来なければ、自分は囚人のように、処刑されるのを待つばかりとなるだろう。
皆が乗るならば、殺されるという方法で。
皆が乗らないならば、タイムリミットによる首輪爆破という方法で。
(囚人のジレンマ、か……)
ふと、昔伯父から何かのついでに他愛無く聞かされた話が、今の状況に酷似している事に気が付いた。
共犯関係にある囚人二人が互いの意思を知る術の無い状態で突き付けられる、黙秘か自白かの選択肢。
二人とも黙秘すれば軽い刑で済むが、二人とも自白すればそれなりに重い刑罰と成る。
また、自分一人だけが自白すれば自分は二人とも黙秘の時よりもさらに軽い刑と成り、
逆に相手一人だけが自白すれば自分だけ二人とも自白の時よりもさらに重い刑に処される。
それゆえに囚人は思い悩む。共犯者と協調すべきか、あるいは裏切って自白するか。
自分達もそれと同じだ。もっともこの場合は自分一人と、その他の不特定多数だが。
全員が殺し合いに乗っていれば、自分も乗る事で生き残る確率を何とか見出せる。
だが全員が乗っていなければ、自分も協力する事で最も平和的な解決法に希望を持つ事が出来るはずだ。
タイムリミットまでに殺し合いを止めさせ、全員で生きて帰るという方法で。
そうだと仮定すれば、自分一人が乗ってしまったらその希望を壊す事になる。
そうなった場合は自分が生き残るのは割合に易しいかも知れない。だが、無事皆で生き残るという最善の理想は泡と消える。
だがかと言って、自分一人が乗っていないならば、戦場の中滑稽な“平和ボケ”の状態である自分は格好の標的となり、呆気無く命を失うだろう。
そう、囚人が裏切るよりも互いに協調した方が最も得なのにも拘らず、自分の利益を考えれば裏切らざるを得ないように、
この場合も互いに乗らないのが最も平和ながらも、己の命の安全を考えれば乗らざるを得ない状況なのだ。
さて、どうする?
殺し合うという己にとっての最適の戦略を選ぶか。或いは反逆するという全体としての最適の戦略に賭けるか。
同時に選べない、そして一度選んだら取り返しがつかない以上慎重に、だが迅速な判断が必要だ。
孤島に閉じ込められし囚人は、相反の及ぼす陰険に逡巡する。
【残り45名】
おっかしいな、32行以内に収めているはずなんだけどな……
1レスの文字数制限がわけわからん
職人様乙です。頼むからゲームにのらないでくれよ
29.Quality Start
(これは……いわゆるブラックジョーク、なんかじゃないんだよな)
(本当に命の奪い合いを、しなきゃならないんだよな……)
そんな事をぽつぽつ考えながら、木田優夫は目を瞬かせた。
濃緑と焦茶の葉から発する青臭さが断続的に鼻をくすぐる。今、木田は藪の中にいた。背の高い藪の中、その巨体を器用に丸め、縮こまっていた。
出発してからどのようにしてここまで来たかは、正直それほど印象に残っていない。
だが目覚めてから出発までの一連の流れなら、今でも容易に思い出せた。
全てが始まる前に自分が発したあの言葉は、あの時は正しく冗談以外の何物でも無かった。
そんな事が現実に起こりうるなんて、あの不自然な空間に放り出されてさえも信じられなかったから。
だが、現実は躊躇いも無く空言を真にした。とびきりに非情で、不純で、直截的な真に。
不意に目が潤むのを感じる。流すほどでは無いが、それでも確かに生み出された液体が、角膜を緩く包む。
(ああ、俺泣いているんだな)
木田は自覚した。
何故だろうか。そこまでウェットなタイプでは無かったと自分では思うのだが。
藪に群生する草花の棘が痛いからだろうか。
いや、違う。
ただ、怖いから、だ。
『木田さんはいいですよね。いろんな経験してる分、きっと落ち着いていられるんだ』
出発前の部屋で付近に座っていた或る青年が、ぼそりと恨めしげに呟いた一言を木田は思い出す。
成程確かにそのような見方もあるだろう。
野球というスポーツを続けてきて早20数年。多くの若手選手の年齢と同じかそれ以上の野球人生を、木田は既に歩んできている。
その間様々な事を学んだ。トレードも、海の向こうの野球も経験し、交通事故で死にかけた事さえあった。
その都度、野球の、人生の素晴らしさを胸一杯に味わったり、或いは残酷さに失望したり。
そのように一歩一歩重ねてきた年輪は、さぞかし彼にとっては目映く光る盾に見えたのかも知れない。
若々しさと引き換えに得た、肥大化した老獪で塗り固められた黄金色の盾。
(そんなものあるかよ)
自虐的な微笑が浮かぶ。泣き笑い、といった表情だ。
あの時は沈黙を通したが、今目の前でそう言われたとしたら、自分はこう叫ばずにはいられなかっただろう。
ふざけるな、俺だって怖いものは怖いんだ、と。
事実、しゃがみ込む今の自分の体は不器用に痙攣し、飛び交う殺意に穴の開くほど懊悩し続けている。
その様はもはや、道化人形にも為り損ねた木偶の坊だ。
情けなさでますます泣きそうな気分になるが、今更どうにか出来るものでは無い。
(だってさ、誰だって死にたくねえじゃねえかよ)
狂気を推進する中西の残骸。命を失った者の恐ろしげな顛末を十二分に示した上で、こうなるのが嫌ならば殺せと吹き込んでくる悪魔。
実に効果的なコンビネーションだと称賛したい。見事にその狙い通りに、自分は自分を殺す影に悩まされ、怯えている。
分かっている。自分が若者達ほど長く野球を続ける猶予は残っていないという事くらい。
分かっている。自分には守るべき家族も無いという事くらい。
それでも命は惜しい。殺されるなんて嫌だ。こんな事で死にたくない。
いくら先発とリリーフ両方でフル回転させられた経験があろうが、気難しいテレビタレントと仲良くなれようが、
流石に死の恐怖を簡単に払拭できるほど融通の利く人間では無いのである。
そもそも今までとは何もかもが根源的に違うのだ。
死にたくないから死ななくていい、という当たり前の法則は通用しない。
既に多菊等がそれを破っている以上、あらゆる法律が価値を凋落させ、代わりに新たな価値観を台頭させようと暗躍している。
――飲み込まれた方が楽なのだろうか?
怖いならば、その恐怖の源を除け。生きたいならば、その障害となるモノはすべて除け。
そんな暗示的な説法が頭の中でカーニバルを奏でる。
幸い、自分にはそれを実行する道具はある。
でかい両掌に固く握られた、IMIジェリコ941。
これさえあれば、妨害するハードルを除けられる。
たった一人の生き残り、その道への良いスタートを切るためには、ハードルは少ない方が良い。
ガサ……ガサ……
ふと、枝葉の連理の向こう側、整備の殆ど及んでいない道から、足音が聞こえてきた。
血の気が一気に昂る。心音が漸進的に早い間隔で打ち鳴らされていく。
ユニフォームを着ているという事は参加者だ。でも手ぶらだ。しかし、すぐ出せるところに武器を隠してるのかも知れない。
だがそんな彼を蚊帳の外に置くかのように、男は彼の見ている目の前を素通りしていく。
その後に及んで木田は、その彼もまた心細げに震えている事にようやく気付いた。
怖いのだろうか。
直ぐ目の前に潜んでいる影にも気付かないほど、盲目的に怯えているのだろうか。
だとしたら、哀れだ。可哀想な存在だ。
「……うッ!」
木田に考える隙を与えずに、低い呻きが木田のいる藪を揺らす。
目を凝らすと、石に躓いたのか或いは踏鞴を踏んだのか、前のめりに倒れた男が物憂げに身を起こすところだった。
この段階で木田は漸く、初めてはっきりと向けられたその背番号から、それが誰なのかを理解する。
30番、西崎聡。
自分とは一回り以上も年の離れた若者。
今年入ってきたばかりで一軍帯同期間も短かった彼とは交流は少なかったが、大人しい好青年だったと記憶している。
彼はこちらに気が付く様子が無い。ただ彼にとっての前方のみを落ち着き無く見回していて、藪に埋伏するベテランの存在は理外にある。
今なら、彼を……何の問題も無く、排除できる。
両腕を上げる。慎重に、枝葉を躱して。
ジェリコの銃口が、西崎の背中とピタリ一致する。
ミルクを一気飲みしたかのような高揚感が木田を襲った。
あまりの緊張に意識さえ飛びそうだ。
セーフティーは既に解除してある。
今ここでトリガーを引けば、彼は倒れるのだ。
(仕方ない……仕方ないんだ)
言い聞かせる。
自分が生きるためには。
運命は何時も残酷なのだ。
精神の呻吟がリミットまで達する。
情景が騒然たる大気を排出する。
心臓がドラムのように激しいビートを演奏する。
あともう少し指を折り曲げれば、もう引き返せない。
さあ撃て、撃つんだ。
不条理に身を任せろ。お前は今、堕ちていいんだ。
敵を排除し、生き残れ!
殺せ!
殺せ!
殺せ!
kill!kill!kill!kill!kill!kill――!
「……やっぱり、無理だ……」
力無く呟く。
その瞬間、ありとあらゆるものの熱気がすっと冷めたような気がした。
両腕がすとんと落ちる。銃さえ取り落してしまいそうだ。
「ふざけるなよ……人殺しなんて、出来るわけ無いだろう……」
目の前が滲む。体が軽く震え出す。今度こそ涙が頬を伝うのを感じた。
そう、自分が人を殺せる人間だったら、ここまで悩む事は無かった。
こんなに恐怖に煩悶し、葛藤したのも、殺されるのが嫌だったのと同時に、殺す事も嫌だったからに他ならない。
改めて思い返す。
自分は確かに強かな性質だ。
強かだったからこそ、この生き馬の目を抜くような曲者だらけのこの世界で、20年以上も生き続けられたのだ。
だが、それ以上に確かなのは。
自分はどうしようもなく臆病であり、そして優し過ぎるという事だ。
自らの選手としての更なる成功を阻害し、自らを恨ませさえしたこの性質。
何十年もの歳月に揉まれてさえも変えられなかったこの性分が、たかが一日で変えられる道理など無い。
いくら免罪符を唱えようが、人殺しの十字架など到底背負いきれるものでは無いのだ。
殺人なんか、不可能だ。
ましてや。
「みんな、仲間じゃないか……!」
――嬉しい事も悲しい事も、全部、横に仲間がいて経験する事なんです。
――野球で大きな事は、常に仲間がいるという事だと思う。
何時かのインタビューで、このように言ったのを木田は覚えている。
そう、仲間がいなければ野球が出来ない。
だって野球は一人でやるものじゃないから。それが当たり前のロジック。
そして、たった数日の付き合いと言えども、西崎は確かに、木田にとっての“仲間”だったのだ。
その仲間を自らの手で排除するなんて、どうして出来ようか。
流されない。
流されるわけにはいかない。
(だったら、抗ってやる)
怖いものは怖い。死にたくないという強い願いも変わらない。
だが、人は殺せない。それなら、恐怖を押し留めてでも逆らうしかない。
この計画を壊す。そんな大それた事は臆病な自分には厳しいかも知れない。
だが、それでも確実にやれる事ならある。
自分はプロ野球選手であると同時に、日本一偉大な笑いの伝道師を師匠に持つ芸人なのだ。
同じ恐怖に陥った仲間を、笑わせてやってこそ本懐ではないか。
そう、自分は仲間を殺したりはしない。
仲間を生かすという形で、このゲームに抗うのだ。
キッと前を見据える。
西崎は土埃を払い、また歩き出そうとしている。
木田は銃をデイパックにしまうと、腕をギュッと掴んで、こう呟く。
「楽しく、行こう」
それはあの部屋の中でも言った言葉。ただし、その時とは違い、今度の言葉には真剣な決意が籠っている。
体の痙攣がピタリと止まった。目元をひと拭いすると、木田は立ち上がる。
ガサリ。巨躯が派手に藪を鳴らし、その音で漸く西崎は背後の存在に気付き、振り返る。
恐怖に捕り付かれた顔。今にも潰されそうな表情。
これから何が起こるかは分からない。こんな理不尽な世界の事だ。恐ろしい事、肝を潰しそうな事態もあるとは思う。
今だって俺も目の前の存在が怖い。だがそれでも、俺は今までの法則に縋って生きたい。
だから、皆を生かすために、やれるだけの事はやる。
例えそのためのベストなやり方は既に逃していても、よりベターな道を選ぶ事なら出来るから。
そのためにはまず、目の前の可哀想な青年を和ませ、励まして見せる。
さあ、ベターな道を選ぶためにも、まずはベターなスタートを切ろう。
「西崎! ……だよな」
木田は優しく声を掛けた。
木漏れ日が無秩序に二人を照らしていた。
【残り45名】
職人様乙です。木田がマーダーにならなくて良かった。
捕手
つーか乱立し過ぎだろ・・・
305 :
代打名無し@実況は実況板で:2008/04/04(金) 17:22:50 ID:QFLzjZbG0
ほしゅ
30.a fearless optimist
福川将和は仲間を欲していた。
それは単に彼が人恋しがっていたと言うより、生存を求める上での計算から来た目論見と言う方が近いであろう。
仲間は多い方がいい。
仲間と時間を共有するという事実が想像以上に人間心理に深い安心感を与える事は、短くない野球人生の上で福川もよく知っている。
ましてやこのような一寸先も分からぬ極限状態と来れば尚更である。
だが何よりも優先すべきメリットは、選択肢の幅を広げられるという点だ。
ゲームに勝つためには、その場の状況に応じて最も適切と思われる作戦を選ばなければならない。
それは野球の試合においても殺し合いにおいても同じだ。
投手の最も良い球を見抜き、配球を組み立てる。この作業とバトルロワイアルからの生還を目指す事は、異なるようで実はまるで似たようなもの。
良い球の候補である球種が多ければ多いほどリードが有利になる様に、信用できる人間が多ければ多いほどこのイベントにおける立ち回りも有利になるのだ。
自らを厚く覆う仲間は襲ってくる敵に対する矛にも盾にもなるし、それにお互いに信用し合っている分いざという時にはまとめて始末しやすい。
或いは成功率は希少ながらも、数にものを言わせて殺し合いの中止を図るイレギュラーまで狙えたりもする。
これらの選択肢の中から最適解を選び、それに伴い仲間を利用する。
そのためにもまずは信用できる仲間を掻き集める。
これが本部の部屋でじっくり考えた結果、このゲームに対して福川が出した答えであった。
――とりあえずまずは仲間だ。仲間を集めなければどうにもならない。
そして福川は、最初に島中心部の市街地に足を踏み入れる。
そもそも市街地というモノは、人間が住みやすいように整えられた末に構築された産物だけに、ありのままの自然より人を集める確率は当然はるかに高い。
その分逆にこの性質を警戒し、敢えて避ける者もいるかも知れない。
だがその分を差し引いても、快適さ、安全さといったこのような地域の持つ魅力が引き付ける人間の方が多い事はあまりにも明白だった。
故に、彼が市街地を目指したのは自然の道理であったと言えるだろう。
このようにして市街地の探索を割と辛抱強く続けた彼だったが、探せども探せども一向に信用できるチームメイトに会う気配が無い。
(因みに聞こえてきた鳴り響く銃声は遠ざけるようにして避けた。
仲間が確実にいる事は分かったものの、銃撃戦なんかが起こる以上そこにいるのが信頼に値する仲間ではない公算が強いと判断したからである)
バトルロワイアルというゲームにおいて共に行動出来る仲間を見つけるという事は、どうやら覚悟していた分よりも尚、難しいようだった。
それ故に彼は、半ば憂鬱になりかけていた。
ある一軒の、他と同じように何の変哲も無さそうな民家の敷居を跨ぐまでは。
玄関のドアを開けると同時に、十分な声量をもって声を掛ける。
「福川や。俺は殺し合いに乗るつもりはない。誰かおんなら出てきてくれんか」
そのまま待つ。しかし残響が尾を引いて残るのみで、返事は無い。
確認すると、福川は中にゆっくりと身を滑り込ませる。
後ろ手でドアを閉めると、奇妙な音で軋んだ。
平気な顔のまま土足で玄関を越えると、長めの廊下の突き当りには壁、
そしてその左右に平行に並ぶ壁には、右手側に二つの扉がくっついている事が分かる。
(さて、どちらから確認するか……)
3秒の沈思の後、右手手前にある扉から開いてみる事にする。
ドアノブを引き寄せると同時に飛び退く。返事が無いからと言って中に人がいないとは限らないからだ。
特に敵となる人間ならば、絶好の不意を打つチャンスだけに寧ろ返事をしない方が普通と言える。
――ゴッ!
だが杜撰な防衛策はもう一方の壁に呆気なく阻まれた。
しまったと一瞬肝を冷やしたが、さ迷う扉の向こうには鏡と洗面台が見えるのみで、人っ子一人姿は無かった。
何慌てとんねんと自分に言い聞かせて、頭を摩りながら中に入る。どうやらトイレと風呂場の共存する部屋のようだった。
直前の失態の影響か、今度は割合警戒を緩めてそれらの様子を見る。
とりあえず電気は使えるらしく、風呂場の明かりをつけてガラス越しに中を見たが怪しい影は無い。トイレもまた然りだった。
一々安心して洗面台の引き出しも開けたら、古ぼけた洗剤が一つあるだけであとは空洞となっている。
(何や、意外と何も無いねんな)
福川は実のところ、こうしてこの島の一軒の家を隅々と調べるのはこれが初めての事だった。
故に、民家にはもっと現実の生活と変わらないくらいに生活用品が置かれているものだと思っていたのだ。
しかし、これではどうも期待外れと言わざるを得なくなるかもしれない。
ホンマついてないわ、そう呟きかけて自分が弱気になりすぎている事に気付く。
(アカンアカン、別にそんなに動揺するような事でも無いやろ)
食糧や武器に使えそうなものなら兎も角、風呂掃除の道具がいくらあったところで役に立つわけでも無いだろう。それを何と大げさな。
首を振って福川は廊下に戻った。どうも本来の調子を見失ってるようだ。
そもそもわざわざ人探しの時間を無駄に使ってまで民家を探索しているのも、弱気になった末の無意識の逃避なのかもしれない。
もう外に出ようか。それはずいぶん魅力的な考えのようにも思えたが、ここは意地が勝った。
こうなったら毒食わば皿までだ。
それに調べるのが終わったらここで休んでもいいだろう。仲間を集める前にいい加減気分転換をするべきなのかも知れない。
福川は廊下の奥に進む。
奥の扉は開いていて、その間隙から日差しが漏れ出でている。
そのさまが未知の世界への扉を開いているように見えて、福川は唾を呑んだ。
あの奥には誰かいるのだろうか。もはやいるとは思えないが、可能性も消えたわけでは無い。
いたとしたら、果たして自分は彼を歓迎するべきか。
出来るものならしたい、だがそれが襲撃者ならば、このまま孤独でいるのとどちらが幸せか。
そんな事を考えながら扉の前に近づく。
先程の頭をぶつけた記憶が甦る。福川は容赦せずに光の中に飛び込まんとする。
――その時。
「!?」
全てが電光石火だった。
響いたのは軽やかな鈍音、そして空を切り裂く音。
驚愕の降り注ぐ閑も無い。黒い染みのようなものが目の前に迫る。
視界の中で瞬時に面積を広くしていくそれは、そのまま福川に目も瞑らせぬまま彼の顔面に圧力を与える。
痛みが刹那彼の頭の情報をデリートし、そして復元する。
何が起こった? 誰かいた? 油断した? 判断ミスだったか?
しかし矢継早に流れたその疑問は、自動車が凹む時のような重い音と共に再び霧散する事になる。
「ッグッ!?」
今度は後頭部に何かを叩きつけられたかのような激しい衝撃。
もう一人いる? そう思った直後思い出す。今度は何かが後頭部を強打したのでは無く後頭部が何かを強打した事、そして自分が足元をグラつかせていた事を。
――また壁に頭をぶつけた。
その自覚と同時に、第六感が自我が失われるための閾値を越えた事を知らせ、そのまま恍惚の世界へと彼を導く。
薄れゆく意識の中、最後に福川が聞いたのは、状況とはあまりにかけ離れた、能天気なトーンから繰り出される台詞だった。
「やった〜! 名付けて『俺もコナンになっちゃおう作戦』、大成功〜!」
「ほんっっっっっとすいません!」
目の前で茶髪の天然パーマ男がすごい勢いで両手をついている。床にめり込みそうな勢いだ。
福川は後頭部の膨らみを慈しむ様に摩りながら、呆れ返った口調で言った。
「ホンマ何のつもりや、秀悟」
「いや、誰か来たからひょっとしたら所謂マーダーってやつなんかなぁと思って、それなら撃退した方がええかなとつい……」
天パー男こと藤井秀悟は、まるで小動物のようにうろたえる。その脇にはほんのりした黄土色のサッカーボール。
そう、先程福川に矢の如き速さで迫った黒い染みの正体は、藤井が蹴っ飛ばしたこのサッカーボールだったのだ。
まるで名探偵コナンみたいなこの攻撃は藤井自身には正当防衛以外の腹積もりは無かったらしいが、
漫画の中でなければ喜劇でしか有り得ないような手口には福川も開いた口が塞がらなかった。
これが自分だったから良かったようなものの、本物のマーダー相手にあんな子供じみた作戦で通用するとでも思ってるのだろうか。
そう福川は問い質したい気分になる。
「だいたいな、俺ちゃんと名乗ったやんか、福川って。なのに何で撃退されなあかんねん」
「あ、それは俺も迷ったんですけど……もしかしたら他の誰かが蝶ネクタイ型変声機でも使ってフクさんの声色で俺を騙そうとしてんのかな〜って思っちゃって」
そう答えると藤井は照れ隠し気味に舌を出す。
顔面の腫れが疼いたような気がした。
こいつはどこまで二次元の世界に浸かっているつもりなのだろうか。
天衣無縫なのは結構だが、こんな状況の中でぐらいは大人としての分別をつけて欲しい。
何せ、このまま行けばこいつが記念すべき仲間第一号となってしまうのだ。
「あのなー、今の状況分かってんのか? バトルロワイアルやぞ? そんな呑気にしとったらすぐ殺されてしまうで」
「あ、その点については心配ありませんよ。前に手相占ってもらった時86歳まで無事に生きるって言われましたし〜」
余りにも理解を越えた藤井の返答に、福川は思わず頭を抱えた。
恐怖の中で変わってしまった仲間は恐ろしいだろうが、ここまで全く変わらない、むしろ拍車がかかってるのもそれはそれで恐ろしいものだ。
「まあ、何にせよフクさんがゲームに乗ってなくて良かったですよ。みんなやっぱり殺し合いなんかする気ないんだな〜って。安心しました」
福川の煩悶にも気づかず藤井はいつの間にか土下座を崩して逆に話し掛ける。
その様子からは辛さ、悩ましさといったようなものは感じ取れず、今にも鼻歌でも歌い出しそうでさえある。
その奔放すぎる目の前の存在に福川は目眩がしそうな気分にさえさせられる。
「……ホンマお前の呑気さが羨ましいわ」
堪らず福川は皮肉った。
いつもはムードメーカーとして馬鹿やってる自分でさえこうして真剣に生き残ろうともがいていると言うのに、こいつときたら。
「いや〜、こんな事で自分を見失うのも、何かおかしいじゃないですか。俺は俺らしくあったほうがいいかな〜って」
フクさんももっといつものように明るくした方がいいと思いますよ。ていうかして下さいよ。そう言って藤井は屈託無く笑う。
(……襲撃者の方がまだましやったかもな……)
今から他の仲間を探すのも難しいだろう。
どうもこれから自分は、このどこまでも呑気な楽天家を貴重な信用できる仲間として扱っていかなければならないらしい。
前途を想像し、福川は完全に憂鬱な気分に陥ったのであった。
【残り45名】
職人様乙です。afoがafo過ぎるw
ああ、afoだ。afoがafoで嬉しい・・・・。
福川とafoの組み合わせが面白いな! 実際にはもう見られないわけだが・・・
職人氏、乙です
314 :
代打名無し@実況は実況板で:2008/04/05(土) 11:07:09 ID:bbidHjxZO
職人様乙。
afowww
こんなafoが去ったのがちょっと悲しい…
藤井www
なにげに今回のタイトルも、頭文字順番並べたらafoとなってるしww
をを本当だ!
職人さんすげー!!
作者さん乙です
afoクソワロタwwwwww
31.一発退場
枝葉のそよぐ音に紛れて、靴が地面を叩く音が同調する。
坂元弥太郎と田中充(背番号47)は、屈強な体に似合わぬ重い足取りをまるで揃えるように、林の中、市街地同士を結ぶ街道を歩いていた。
「あっ」
不意に坂元が呻くと同時に、その足並みが乱れる。
ひび割れたアスファルトに靴の突起物が引っ掛かったらしい。
前のめりに倒れ、思わず左手と膝を付く。
「いつつ……」
「おい、大丈夫か?」
「あ、結構です」
見かねた充が、心配そうな表情をして手を差し伸べるが、坂元はそれを固辞する。
充に向けた手は微かにすり剥けていたが、流石にそれで泣き言を言うには憚られた。
「気をつけろよ。何せ慣れない道だからな」
「はい」
「それにいつ襲われるか分からんしな、なるべくこの程度の隙は見せたくない」
その時、空気が一変した。
自分で言った癖に、喉に小骨が刺さったかのようなむず痒い顔に変わる充。
それにつられるように、坂元の顔も一瞬ハッとしたような表情を見せた後、滅入ったように暗くなった。
二人とも、これまでの人生でいつ命を落とすか分からない瀬戸際に立った事など一度も無かった。
足取りは、前にもまして重くなる。
二人が組んだのは、半ば自然の成り行きだった。
出口の前の赤い水溜りに呆然としている内に、いきなり己の首輪が細かく電子音を刻みだした事に気づき、坂元は泡を食って駆け出した。
徐々に短くなる警告の間隔に怯えながらも何とか禁止エリアからは逃げ切った。
だが如何せん急に200mもダッシュさせられるのはキツい。
そのまま何も考える暇も無く息を切らしている所に、彼の次の次に出発した充が追い付いてきた。
それからはお互いに敵意が無く、高校の先輩後輩という事もあって共に行動する事になったのだ。
二人に行く当てはなかった。正直どこへ向っているのかさえ分からないで歩いている。
「なあ、ヤタロー」
唐突に充が声を掛ける。
「俺達、これからどうすればいいのかな」
「えっ、えーと……うーん……」
坂元はまるで居眠りをしてる最中に教師に当てられた学生のような、曖昧な返事しか出来ない。
これまで建設的な話は何一つして来なかった。
お互いに支給品を確認して、それからは互いの近況や高校時代の思い出等を語って誤魔化してきた。
真面目に今後の事を考えると、あの意味不明な血液を見た時のようなわけの分からない不快感が押し寄せてくるようでむかむかするのだ。
「一応さ、誰か見つけたら……やっちゃうって手もあるよな……」
「や、やるって……」
重々しい口調で充がぽつぽつと切り出すのに伴い、坂元の顔が強張っていく。
「ほら……俺達二人とも、そこそこいい武器引いたみたいだしさ……二人掛かりでなら、案外楽にやれるんじゃ……」
そう言って充は顔を伏せる。
確かに充の言うとおり、二人は支給品には恵まれているようだった。
坂元の右腕に抱えられているのは、AK-47という名の、カラシニコフと言う異名も持つ高名な突撃銃。
充の左腕に抱えられているのは、彼の豊かな背丈をも優に上回る長躯の槍。
「……確かに、そうかも知れませんけど……」
共に殺傷力は十分過ぎるほどの武器だ。
だが、それをする事は、即ち。
「……仲間を、仲良かったチームメイトを……殺すって事ですよね……」
坂元はそう言って眉尻を下げた。
空気がさらに重くなる。
お互いに、所持している凶器の重みが酷く増量したかのような錯覚を受ける。
「な……い、いや、違うよ……ほら、冗談だって!
お互い、何か口数少なくなってるしさ、ここらで何か気分転換でもあった方がいいかなって……」
取り繕うように、場違いに明るい声で充が言う。
だが、その顔には不用意な事を言ったという後悔がありありと浮かんでいるようにも取れた。
このような極限状況では、特に心構えも無い発言や行動は得てして裏目に出がちなのである。
「だいたいさ、お前ならまだしも、俺が生き残っても仕方ないだろ……」
自棄気味の明るさに自虐まで加える充。
「そ、そんな事ないですよ!」
「そりゃあ死にたくないけどさ……そもそも今年の俺一軍の試合に出たってだけで殆ど戦力外じゃん。
実際に戦力外にされて、二度もトライアウト受けたし。俺なんかが生き残っても使ってくれそうにないだろ」
「それだったら俺だって同じですよ。偶々クビにならなかっただけで、全然一軍には上がれなかったし。
こんな事が無かったらそろそろトレードにでも出されそうな気分さえしてたくらいですよ」
フォローするはずが、いつの間にか坂元まで自虐の渦に飲み込まれてしまっていた。
お互いに顔を見合わせる。
「本当、こんな目に遭うくらいならサラリーマンとかになる方がまだ良かったのになあ……」
「……同感です……どうせならトレードの方がはるかに良かった……」
坂元は深い溜息をついた。
こんなはずでは無かった。
せめて監督がもっと一軍で使ってくれれば、少しは諦めがつくくらいマシな成績が残せたかもしれないのに。
現実は二軍のセーブ王なんてちっとも有り難くないタイトル貰っただけで。
いや、そもそも今年に限らず、ここ数年こんな不本意な状態が続いている気がする。
あの頃のようにまた脚光を浴びたいのに。
今よりももっと若さにはち切れた頃のように、またまっさらなマウンドを自分色に染め上げていきたいのに。
また頼りになる先発投手として、ローテーションに入れるくらいの活躍がしたいのに!
パンッ
「え……?」
フニャとでも言うような感じで、思わず坂元の口から間抜けな声が飛び出る。
一瞬意識が封殺されたかのように、何も分からなかった。
その次の瞬間には、それが銃声だと心から理解していた。
「――――!」
全身の血液の流れが一時に活発になる。
音はでかかった。出発前、あの建物で聞いた連射音と大体同じかそれ以上だ。
血の沼がフラッシュバックする。あの忌まわしき沼は、あの建物の出口のすぐ傍に出来ていたはずだ。
水量からもたぶんあの沼はあの音のせいで出来ていて、と言う事は!
「ヤバいです充さん! 俺達かなり近いところから狙われてます!」
そう叫ぶとともに坂元はカラシニコフを構え、周囲を見回す。
銃を構えたのは条件反射だった。
正直人を殺す踏ん切りがついたわけでは無い。だが生きるためには、やらなくてはならない事がある。
迫り来る恐怖から身を隠しつつ、応戦しなければならない。ただ、この場合、充はどうすればいいのか。
坂元と違って充は銃に対しての応戦はきつい。どうすれば……
そこまで考えて、坂元は気付いた。
自分の足元から、どこかで嗅いだような臭いが上りつつある。
デジャヴか?
いや、確かに自分はつい数時間前この臭いを煽ったばかりだ。
鼻孔をチクチク突く、嫌悪感を催すようなこの臭いを。
「――あ、あああああぁぁ!?」
足元には、充がうつ伏せに倒れていた。
胸元に大きな穴を開けて、その穴から真っ赤なものを噴き出させて。
充はぴくりとも動く様子は無い。
その様子を坂元は信じられない様子で見ていた。
そんな馬鹿な。さっきまであんなに何事も無さそうに喋り、動いてたのに、あんなちょっと大きな銃声一発だけでこうなるのか。
もう起き上がる事も無いのか。
もう俺達と話す事も無いのか。
面倒見のいい人だった。
同じ高校の縁で、前から何かと世話してもらっていた。
今年はお互い二軍生活が長くて、話す機会も多かった。
子供を遊園地に連れて行った時の話とか、とても嬉しそうに聞かせてくれて――
パンッ
チュンッ
銃声が再び鳴った。
坂元は思わず全方位を高速で見回す。
すると、今度は彼の直ぐ足元のアスファルトが抉れているのが分かった。
自然なものよりも、もっと派手に、暴虐的に。
この痕跡は、坂元に一つの、非常に簡潔かつ憫笑的な戒告を与える。
次はお前だ、と。
「――――!?!?」
パニックになった坂元は、声にすらならない怪音を撒き散らす。
そしてカラシニコフを全方位に所構わず向け、弾を迸らせた。
認識が甘かった。
そうだ、いくら世話になっていようが、そんな事関係ない。
今は自分が生きなければどうにもならないのだ。
先輩から恩を受けた過去も、自らの未来も、今この瞬間の現在に比べれば塵みたいなものだ。
一度隙を見せたら、直ちに呆気無く殺されるのだから。
やがて、弾を撃ち出すまま坂元は行く先の見当もつけずに駆け出す。
今度は躓くわけにはいかない。隙を見せれば、充さんのようにこの世から一発で退場させられてしまう。
そうはいくか。
俺は充さんみたいに簡単には死なない。
死ぬもんか。死ぬもんか!
カラシニコフが、掻き鳴らしたかのごとき旋律を森に響き渡らせていた。
* * *
「フン、ちょろいもんよ」
銃口から昇る硝煙の匂いが鼻を撫で、高市俊はうっとりと目を細めた。
元来動く事はあまり好きでは無かった。
だから狙撃手の道を選んだ。
いかにも戦争らしい作戦でもあるし、最高だと思った。
市街地同士を結ぶ街道なら人通りも集中しやすいし、それに林の中なら隠れる場所も多い。
だからその道沿いに拠点を張って、通り掛かる者に狙いを絞ってウィンチェスターで仕留める。
それが高市の立てた奸策。
妙な案配だが、命中させる確信はあった。
元々コントロールにかけては自信はあったから。
尤も、これは投球術と射撃の腕を混同しただけの話なのだが。
「これで撃墜1、か」
初めて人を殺した。だが、罪悪感など沸くはずが無かった。
何せこの場では殺し合いを奨励しているのだから。
そして自分はただあるがままの姿に随従しているだけなのだから。
寧ろ嬉しくて堪らない。これで自らの利益を妨害するライバルを一人、この手で排除できたのだ。
(……アカン、まだ気を抜くのは早い)
感動と興奮のあまり、つい忘れてしまうところだった。
まだもう一人倒すべき標的は残っている。
殲滅せよ、蝿一匹たりとも仕留め損なうものか。
集中力のカケラを動員して、再び狙いを定める。
耳を軽快に叩く高音。
しかし必殺を期して放たれた漆黒の悪魔は、標的から僅かに逸れ、砂利と炭化水素を鋭利に削るだけで止まる。
舌打ちしつつリベンジを果たそうと思ったら、何を思ったか標的がいきなり銃を持ち出して乱射し出した。
流石に乱射は万一の事を考えると恐ろしく、一旦身を潜めている内にそのまま逃げられた。
追撃は我慢した。弾数の差を考えても、深追いするのは危険だった。
こんな事なら向こうを先に狙うんだったと反省しつつ、撤退も立派な戦略の一つだと割り切る。
(とりあえず場所を変えよう。これだけ派手に銃声がしまくったんだ、ここにいたら目立ってしまう)
ロボットのように冷静に高市は判断を下した。
スナイパーは敵に悟られずに攻撃を行うからこそ恐怖の対象と成り得る。
人がいると予め知らせてある場所に潜んでいても効力は稀薄なのだ。
(急ごう、早くまたゲームがしたい、この手でライバルを打ち倒したい)
更なる出世を掴むために、目指すは見敵必殺。
狂気を顔に漲らせたまま、高市の進撃は止まらない。
* * *
警告を受けたフィールドプレーヤーは去っていった。
戦闘狂のスナイパーも去っていった。
喧噪の焦土に残るのは、哀れな屍が一つのみ。
――いや、違った。正確に言えば『まだ』違った。
田中充は、生きていた。致命傷を受けても尚、一度は意識を失いながらも、ごく僅かに回復し、生き長らえていたのだ。
そして更に、彼が狙撃されるその刹那、偶々後方確認した際に目撃していた。
彼を地に頽れさせた、殺人者の姿を。
(くそっ……高……市……め……)
高市としても当然、敵にとっての死角から狙撃したつもりだったろう。
しかし所詮はただのプロ野球選手であり、戦闘の素人。完璧のつもりでも、抜け目は出来ていた。
慢心が生んだ不覚。
元々生き残れる確率が絶望的だというのは分かってたが、それでもやはりこうして簡単に殺されるのは悔しい。
だからもはや他に出来る事の無い今、せめてそれだけでも遺したいと彼は思った。
故に、弾痕から黙々と命が流れ、刻々と気が遠くなっていく中、指に自らの血を塗り、黒い地面に書き殴る。
(……た……か……)
頭がぼうっとしてきた。漢字で書くのも面倒だ。
ひらがなで一字ずつ、気魄を注ぎ込むかのようにダイイングメッセージを書き連ねる。
これも不要品とされた男の意地か。
だが、体が徐々に言う事を聞かなくなってくる。
(…………い…………)
最後の「ち」の文字を描く寸前、今度こそ彼の意識は潰えた。
【田中充(47)× 残り44名】
職人さん乙ですー
これはまさかの高井疑われフラグ
あぁ・・・戦力外・・・
この途切れたダイイングメッセージが後にどうつながっていくのかwktkです
ヤタローと高井って仲良かったよね。
ほしゅ
a
u
332 :
代打名無し@実況は実況板で:2008/04/11(金) 21:04:22 ID:AvRImyOl0
ほしゅ
g
浦学出身者はもう燕軍団にはいないんだなあ…
ホシュ
保守
32.ミキシング・ポリシー
硬い、空しい音がした。
蹴っ飛ばした石が起伏の激しい道を無様に転がり、草葉の樹海の中に消える。
それを花田真人は冷めたような、だがどこかに赤みを帯びた目で見送った。
無性にイライラする。
まともな人間なら誰もやりたがるはずが無いような事を強制された。誰もが持つであろう権利を破棄され、信念を冒涜された。
そしてその冒涜の証は、部屋を出た途端にも否応無しに知らされた。
(鎌田……)
ぐちゃぐちゃの内臓と、それが孕んでいた血液で赤く染め上げられた背番号20。
少し自惚れの強いきらいもあったが、明るくて付き合いもいい、憎めない奴だった。
それがこんな吐き気さえ催させるような姿になって、路傍の石のように横たわっている。
許せない理不尽。
だがそれと同時に、自分の無力さをもまた実感する。
自分に何が出来るか。
自分は死んだ人間を生き返らせる方法も知らないし、イベントを停止させるためのプロセスも知らない。
死体を思い浮かべながら、やり場の無い不満と不安に心を揺るがせるくらい。
鬱積した不満は、いくら手当たり次第に仲間を殺そうが、鎌田の仇を取ろうが解消できそうに無い。
もやもやした不安は、どれだけ安全な場所に閉じ籠もろうが捨てられるようなものでは無い。
どうしたらいいのだろうか。何をしたら、この暗澹とした何かを掃えるだろうか?
山の麓近い深い木々の中、苛立ちと胸の痞えを抱えながら延々と花田は自問する。
――パスン!
ややくぐもった特徴的な音質の銃声が、頭上の枝を賑わせたのはそんな時だった。
* * *
そもそもの始まりはあの窪みを見つけた時からだったと、佐藤賢(背番号13)は思う。
人を殺そうとは思えなかった。
それは仲の良いチームメイトを殺すのが嫌だったというのも確かにある。
だが何より、自分が人を殺せるか、万が一殺せてもその重い十字架に耐えてまで生きられるかにまるで自信が無かったのだ。
(とにかくどこかに隠れていよう。殺すのも殺されるのも嫌だよ)
この目立つ容姿。そして見た目通りの鈍足。
自分がこの殺し合いにおいて格好の標的として狙われやすいという事は、容易に予想の出来る事であった。
無闇に動き回るのはあまりにも怖すぎる。
だから例え建設的で無いとは分かっていても、孤独が辛いと分かっていても、佐藤にとっては隠れる以外には選択肢は無かったのだ。
そうして山の中アジトを求めて彷徨ってる内に、隠れるにはうってつけの適度な大きさの窪みを見つけたまでは良かった。
山の中に入り込んだのは、このような不便な場所の方が人も来にくいだろうという明快な論理からだった。
実際、つい数分前まではそれで上手くいっていた。
たまに微かに聞こえてくる銃声にびくびくしつつ、暗く狭い穴の中、何とか無事に過ごせていた。
だが、尿意だけはどうしても抑えがたく、少しだけ外で小用を済ませようと穴を出た、その時。
出会ってしまったのだ。最も見たくなかったモノ、目の前の魂を刈り取るべく迫ってくるチームメートに。
「「……!」」
先に発見したのはどちらかは分からなかった。ほぼ同時に、双方の顔に衝撃が浮かんだ。
そのまま作られた均衡状態は、しかしすぐに破られる。
何時でもそう出来るように構えていたのか、佐藤と向かい合っている男が、すっと右腕を上げ、佐藤に向けて来たから。
「……!?」
その瞬間一気に背筋の凍るような感触に佐藤は襲われた。その上げられた右腕に握られたもの、それが――拳銃だったから。
思わず佐藤は相手の顔を見返す。そのやんちゃ坊主のような面影を残した顔には見覚えがあった。
「……増渕……?」
信じられない思いで聞き返す。増渕竜義。このまだ二十歳にもなっていない、人懐っこい後輩が、自分を殺そうとしている?
「賢さん、恨みはありません。ですが……死んでください!」
パスン!
閃光が巻き起こり、轟音と言うには小さめな音が高らかに鳴り響く。
銃声という名の冷酷な宣言は佐藤の脳裡から説得という選択肢をあっさりと掻き消した。
とにかく佐藤は逃げるしかやりようが無かった。デイパックは窪みの中に残したままだ。反撃する武器も無い。
一撃で当てられたらどうしようもなかったが、幸い弾は周りの枝を踊らせただけで、胸を貫く痛みは湧き上がって来なかった。
そのまま身を翻して、無我夢中で佐藤は山道を下る。
刹那、増渕はその佐藤の様子を見て、安心したような、そんな表情を浮かべる。
だがその揺らぎも一瞬の事。すぐに顔を引き攣らせると、足を大きく踏み出し、追撃態勢に入った。
風景が目まぐるしい勢いで流れていく。緑の濃淡がころころと変わる。
佐藤は迫りくる影に恐怖していた。ああ、やっぱりこうなったなという思いが頭の中で回る。
やっぱり自分は恐怖に怯える側の人間。狙われる側の人間。
「はっ、はっ、……はあ、はあ……」
実際その事を証明するかのように、息はすぐに上がりだし、動きも少しずつ鈍っていく。
こんな事になるくらいなら、せめてもっとダイエットしておけばよかった。
そんな今さら過ぎる後悔に囚われながら、佐藤賢は起伏の激しい林道を只管に駆け降りる。
再び発砲音が鳴った。
しかし放たれた鉛はまたしても佐藤の体に風穴を開ける事は無く、周辺の木を穿つだけに止まる。
いくら足が遅くても瞬発力自体はある。逃げながらもなるべく遮蔽物の多い方向へ向かっているため、狙いをつけられにくい。
これで佐藤が青木や飯原といった面子のような脚力を所持していたら、既に鬼の手から逃れ、自由の身となっていた事だろう。
だが悲しいかな走力差は歴然としていた。
増渕も発砲の反動で何度も体勢を崩しながらも、若さに任せてどんどん佐藤との距離を詰めていく。
(くそぉ……)
足が思うように動かない。もはや追いかけっこは成り立たくなりつつある。
完全に追い詰められているのを佐藤は実感する。
パスン!
「ひぎぃっ!」
発砲音と共に、ついに焼けるような痛みが右肩を襲ったのを佐藤は感じた。
穿たれたと言うより、擦られた。大した傷では無いが、それでも彼にとどめとなる絶望を与えるには十分なもの。
そのまま痛む箇所から押し倒されるように、派手な音を立てて地面に転がる。
必死に身を捻り、立ち上がろうともがく佐藤。だがそれも続かない。
後方へと向けられた視線が、もうすでに4、5メートルの距離に迫った増渕を捉えたから。
「あ……」
佐藤の顔が完全に恐怖と絶望で塗り潰される。しかし増渕の顔も、佐藤に負けず劣らずといった風情に歪んでいる。
「……許して下さい、こうするしか、無いんです……」
切れ切れの息の中、絞り出すようにして増渕が謝る。
佐藤には、それがまるで綿あめのように甘くて、スカスカで、軽薄な謝罪のように思えてならなかった。
何を言おうが、それでこちらが救われるわけでは無い。掴みたくない運命を掴まされたらただ実体の無い黄泉の世界に引きずり込まれるだけだ。
だが何れにせよもうどうにもならない。流石に弾の無駄遣いにはもう懲りたのか、確実に仕留めるべく更に一歩一歩増渕が近づいてくる。
こちらにはもう、増渕を振り切るだけの余力は無い。
(ああ、もっと食べたかったな、お米……)
最期を予期し想うのは、やはり食べ物、そしてその中でも一番好きだった日本の主食。
米作りの農家で生まれ育った佐藤にとっては、それは彼のアイデンティティにも等しい。
(もう一度、食べたいよ。父さん母さんの作ってくれたお米、優子の炊いてくれたお米)
増渕の引き締まった肉体が目の前に聳え立つ。少し土の混じったユニフォームの白い部分が、米の集合体であるようにさえ佐藤には見えた。
増渕の右腕がゆっくりと挙げられる。63番のユニフォームを残像として網膜に残しながら、佐藤は目を閉じる。
その時。
「おい、こうするしか無いって、どういう事だよ?」
聞き覚えの大いにある、声がした。
一瞬何が何だか分からなくなって、佐藤は目を開いた。
別に逃げても良かったかもしれない。
と言うか、本質的にはチキンな自分からすればその方が自然だったような気がする。
なのにわざわざ危険と知った上で向かっていったのは、単に苛立っていたからに他ならないだろうと花田は思う。
その結果見つけたのが、一人がもう一人に銃口を突き付けて、今にも殺そうとしている場面。
殺す者と殺される者のあまりに明快な構図。思わず苦笑すら浮かびそうになる。
「言葉のまんま、ですよ。俺が生きるには、こうするしか無い、という事です」
銃口を突き付ける方の男、増渕竜義は突然の闖入者に惑いを隠せないながらも、それだけをぶつ切りにして答える。
一方の銃口を突き付けられた男、佐藤賢は状況の変化を把握しきれず、あたふたしているといった感じだ。
あーあ、今ならこいつにも隙が出来てるから、ひょっとしたら逃げられるかも知れないというのに。
そんな冷めた思考が脳裏に走る。しかしわざわざそれを指摘しようとまでは思わない。
少なくとも今は、自分の事でいっぱいいっぱいなのだ。
増渕を見返す。肩を震わせ、動揺を隠せないながらもいつでも引き金を引ける態勢は変わらない。
「ふーん、仲間の命を奪ってでも、自分が生き残るしか無いと思ってるわけだ」
「ええそうですよ! どんな事があっても、俺はこのチームで母ちゃんに恩返しするんですよ!
母ちゃんが好きだった、母ちゃんと俺の誇りだったこのチームで!
そのためにも、誰を殺してでも俺が生き残らなきゃいけないんだ!」
花田がそう聞いたのは、ただの気まぐれだったのかも知れない。
そんな内心と釣り合うのを拒むかのように、増渕は不機嫌そうに語調を強め、悲壮な様子で答える。
このチームで?
その時、花田の思考に楔のようなものが打ち込まれた。
自分達の不始末を俺達に押し付けて、それで高みの見物を決め込んでいるこのチーム。
人間のとしての尊厳を徹底的に破壊し、会話さえ禁じたこのチーム。
鎌田をあんな、ヒトという生き物からさえ危うく逸脱しかかった姿に変えたこのチーム。
厭らしい多菊の笑みが増渕の背後に立った気がした。
不気味に口元を歪めて嘲う老人達がさらにズラズラ並んだ気がした。
それは錯覚だと分かっていても、我を忘れさせる要因に成り得た。
「へえ、仲間を殺して、今までチームを支えてきた功労者も、これからチームを支えていくであろう連中も含めてみんな殺して、
そんでこのチームにはお前と俺達にこんな事をさせるキチガイ野郎共だけ残るってわけか。
こんなんで本当に、お前のオカンに自慢できるチームって言えんのか?
こんなはりぼてのようなチームでいくら活躍したところで、お前本当にオカンに胸張れるのかよ?」
自然に口からぺらぺら溢れ出していた。一瞬心臓が燃えるような感覚を覚える。
増渕の口走った感情が、今自分が抱えていた憤懣と本当にフィットした。
こいつはあの理不尽をぶつけられて、なのにそんな事を言うか。
――このガキが。
「う……」
言われた増渕は、目を泳がせて口ごもったが、それでも負けじと震える声で言い返す。
「う、うるさい! あんたに何が分かる! 誰がいなかろうが、俺さえいれば母ちゃんも喜ぶし、このチームは無事に成立するんだ!」
「分かりたくもねえな。そんなのただの牽強付会じゃねえか。自分に都合良くこじつけてるだけだろ」
とりあえず館山からの受け売りだという事は内緒にしておいた。
だんだん増渕と相乗するかのように、互いに感情が昂っていく。
もっともそれぞれ別の種類のものっぽいが。
こちらは積もっていた暗澹たるものがモクモクと膨れ上がっていくような、そんな心持ちだ。
「そもそも誰が死のうが関係ないんなら、俺の事なんか気にしないでサッサと殺せよ。
それとも、ぐだぐだ言いながらもやっぱり殺せないってわけか?」
「何言ってるんですか!? 言われなくてもそのつもりですよ!」
「ふーん、じゃあやれよ。撃てよ」
「い、今やりますよ。賢さんやってから、あなたも撃ちます」
そう言いながらも、増渕の腕は花田と佐藤の中間で、ブルブルとふらつくばかりで進展を見せない。
この様子にも花田はカチンときた。
風が吹けば倒れそうな脆いその信念。理不尽に与する以上、せめてそれなりに肝が据わっていればまだ見直す気になれた。
だがこいつは緩い。
撃つ事自体は出来ていたのに、俺が来た途端に撃たなくなった。
俺が入ってまた迷いが生じた、そういう事か。
いずれにせよ、そんなあやふやな態度は花田の心を更に逆撫でする。
花田は決めた。
とりあえずまずは、こいつに一撃を加える事から始めようと。
「おい、マサル! こいつに何発くらい撃たれたんだっけ」
花田は佐藤に問う。佐藤は腰を抜かしたのか、律義にも射程圏内からは大して動いてないが、それでも一応銃口を避けるように体を捻っている。
「え? だいたい3、4発くらい撃っていたと思いますが……」
存外な調子で佐藤は答えた。意外なタイミングで意外な事を聞かれたという困惑がありありと見てとれる。
それを聞くと同時に、花田は増渕に向ってジグザグに駆け出した。
「!? な、何を……!」
今までこちらが動きを見せなかった分油断していたのだろう、佐藤に狙いを定めかけていた増渕の表情に驚愕が浮かぶ。
慌てて花田に向けて発砲する。
1発、また1発。
だが、当たらない。掠りもしない。
花田には計算できていた。3、4発くらい撃たれたにも拘らず佐藤は右肩を掠めた痕以外に殆ど怪我をしていない。
これは佐藤の逃げるコースが良かった事もあったが、明らかに増渕が銃の扱いに慣れていない証明でもあった。
だから、動いていれば当たらない。ましてや左右をジグザグに動き回られればますます狙いをつけにくい。
そのまま増渕は弾を浪費していく。やがて響くのはカチ、カチという硬い音。
増渕が弾切れを悟るとほぼ同時に花田が追い付き、体ごと増渕に投げ込む。
「おらぁっ!」
「く……!」
しかし増渕は、花田のタックルをそのまままともには受けず、体を引いて花田を砂利道にはたき込んだ。
(弾さえ、弾さえリロードできれば、それで終わりだ……!)
躊躇っていたばかりに、結局無駄に弾薬を使い尽くしてしまった。
だが、また豊富に弾薬を装填できれば再びこちらの圧倒的優位が出来る。銃さえあればこちらのもの。
そのまま増渕は踵を返して、花田から距離を取った。
替えの弾倉はデイパックの中だ。花田をかわしつつ、急いでリロードしようと中に手を伸ばす。
「逃がすかっ!」
林道にダイブしてユニフォームを汚した花田が再び突っ込んでくる。
花田を避け、円形に回り込むようにして走りながら、増渕は必死でマガジンを探り当て外に出した。
これさえ仕込めればこちらの勝ちだ。忙しない手元を必死に器用に動かし、マガジンを入れ替える。
填った、これで装填できた。
そのまま増渕は後ろを振り返り、蜂のように隈なく彼を追尾してくる花田に銃を向けようとする。
だがその時。
「今だ! マサル、やれっ!」
花田の裂帛が森に響く。
増渕はハッとした。
そうだ、自分は花田に突っ込まれ、佐藤の元から離れていた。
だが自分は今弧を描くように花田から逃げている。それは本来の標的だった佐藤を逃さないようにと思ってだったが、
これは裏を返せば佐藤も自分からそんなに離れてはいないという事。
しかも自分は今、弾倉の入れ替えに夢中になってて、手元以外の全体への神経が疎かになっていた。
つまり、自分は奇襲を仕掛けられる隙をみすみす許していたのだ!
「なっ……ど、どこだ!」
足を止め、全方位を慌てて見回す。
道の向こう――いない。
藪の中――いない。
木の陰――いない。
(どういう事だ!)
早く見つけなければならない。身を守るために。
後ろを振り向く。――
「!!?」
その時には、花田が既に眼前まで迫っていた。
だんだん大きくなる花田の顔はニヤリと歪み、中からちろりと舌を出す。
その瞬間増渕は気付いた。
自分に追い付くために、花田がブラフを使ってきた事に。
「グブッ!」
助走つきの花田の右拳がそのまま増渕の顔面にめり込む。
増渕の頭の中で火花が散る。衝撃で思わず銃を取り落す。
これが、痛み。自分が人に与えようとしていた痛み。
「ガキめ! その性根ぶっ潰してやる!」
花田が憤懣に任せてそう叫ぶ傍ら、増渕の手元を離れた銃が花田の足元に吹っ飛ぶ。
花田はまだ治まって無いらしい。銃を取り返すのは厳しいだろう。
そもそも花田に銃を取られ、それで攻撃されたら、もうこちらが終わる。
「お、俺は母ちゃんのために生き残るんだ!!」
そう捨て台詞を残して、増渕は逃げ出した。
胸で癪や迷いといった様々なものが、高速で蠢いているのを感じていた。
「ちっ……」
花田は舌打ちし、あえてそのまま増渕を見送る。
一発殴った。そうしたら、胸の痞えが取れたような気がした。
とりあえず今回はこれでチャラにしても良さそうだ。
武器が彼の手元を離れた以上、いくらどう思ってようが、そう簡単にその信条に則る事も出来ないだろう。
花田が銃――コルトガバメントだった――を拾うと同時に、後ろからどたどたと足音が聞こえてくる。
「あ、有難うございます……」
「よせよ。そんなつもりじゃねえ」
感謝を露わにする佐藤に対し、ひらひらと手を振る。
そう、そんなつもりでは無かった。ただ増渕の態度や口ぶりにイラッと来ただけで。
助けるつもりなどさらさら無かった。ただ自分のため、自分が無力でない事を証明するために、衝動に任せて動いただけ。
(でも……)
確かに、結果的にその行動が彼を助ける事に繋がったのは事実だった。
それなら、こんな感じでいいのかもしれないと思った。
多菊や伊東の事が腹立たしいのなら、彼等への不満が燻るのなら、こうして彼等に逆らったりすれば、少しはどうにかなるかもしれない。
自分達は権利は奪われても、一人一人の信念までは奪われてはいないのだから。
「あの、すみません、何ならこれから一緒に行きませんか? 独りはもう懲り懲りで……」
汗を忙しく拭いながら佐藤がそう切り出してくる。
彼なりに何か思う事があったのかも知れない。
夕陽が森の中に陰影を引いている。
その陰影は時のように緩やかに移ろい、明と暗の境界線を変化させてゆく。
ふと佐藤が急に、股を押さえて縮こまった。
「あ、そういえばおしっこ、したかったんだった……」
そう言ってきょろきょろと周囲を見回す。
――悪くないかもしれないな。
もっともっとこいつと話をするのも、少しはストレスに効く事になるかも知れない。
トイレを求めて視線を彷徨わせる佐藤の滑稽な様子を見ている内に、花田にはそう思えてきたのだった。
【残り44名】
花田劇場も計算づぐめなのか
乙です
乙です
花田がチキンじゃないwww
347 :
代打名無し@実況は実況板で:2008/04/14(月) 16:31:45 ID:CmWmZMgsO
乙でした。
花田ww
格好良すぎるw
乙です!
花田かっこよすぎワロタwwwwww
つーか賢、最後に思い浮かぶのがご飯ってww
33.ピンチヒッター:誰か
潮騒。それは時には人の心を落ち着かせ、時には郷愁を誘い、時には無闇にささくれ立たせる。
だが真中満(背番号31)は押し寄せる波の音に特別な感情を抱く事も無いまま、潮風に満ちた空気を肺一杯に吸い込んだのだった。
真中の目の前には海、そしてそれに沿った廃れた集落。
内陸の町で育った彼には別に海に思い入れがあるわけでは無い。
ただ何となく思うがままに足を運んだら、この廃村に出たというだけの話だ。
(しっかしひでえ所だな)
一、二時間ほど歩き回ってはみたが、ぽつぽつと見える人家は全てが木造建築で、しかも朽ち果ててボロボロ。
道路も一面たりとも舗装されておらず、雑草の所々に繁茂したその様は本当に道と呼んでよいのかすら怪しい。
黴の臭いさえしてきそうなその衰退ぶり。正しく文明から取り残されているとしか言いようが無い土地だ。
「世が世なら、俺もこんな辺鄙な所歩いている事も無かったはずなんだよな」
ゆるゆると首を振りながら真中は愚痴をこぼす。
十五年前のあの日、このヤクルトというチームに指名される事さえ無ければ。
三年前のこの頃、自分を必要としてくれるチームさえ他にあれば。
こんな事に巻き込まれる事も無く、いつも通りよく寝て、よく酒を飲み、よく野球をする生活が続いていたのだろう。
だが真中の表情は、彼の今の立場ほどは深刻では無かった。
「まあ、これもツキが無かったってこったな」
他人事のようにあっけらかんと呟く。
そう、いくらこの状況を嘆いても仕方が無い。
人生とは先が見えない中でも手探りで、運命を選んでいく作業の繰り返しなのである。
自分は運命を受け入れ、この球団に残り続けたからこそこうなった。
運命を見極められなかった。ツキの在り処を間違えた。その結果がこれなのだ。
そこまで考えて、真中は自らを憫笑した。
いろんな経験もした分、若い頃よりは図々しい性格になれたようだ。
とはいえ、と真中は思う。
確かに自分は貧乏籤を引いた。しかし、だからと言ってそれでもう終わりだという事では無い。
これから先、まだ挽回するチャンスはある。生き残りさえすれば、また家族の元に帰り、平和な日々を過ごす事が出来る。
「まあこのままここのように朽ち果てるのもありっちゃありなんだけどな」
西日に照らされ、深い影の差す集落を見回しながら独りごつ。
プロでの実績は既に十分残した。
最近はご無沙汰とはいえ、何回も日本一を経験できた。
一億円プレーヤーにもなったり、選手会長を務めたりもした。
もう選手としてはそろそろ引き際も近づいているだけに、ここらで散るのも悪くは無いのかも知れない。
だがそれでもやはり、生きられる可能性が残されている以上は全力で生きたいとは思う。
去年自分は終始代打だった。何故だか出る度にヒットが出て、代打の神様として持て囃された。
あの雰囲気も悪いものでは無かった。ピンチヒッター、真中と言うコールの瞬間にあれほど身震いが心地よかったがした年はかつて無かった。
帰れるものならまた帰りたい。あのコールを聞きたい。いや、やっぱりあのコールじゃ物足りない。可能ならもう一度レギュラーをこの手に取り戻したい。
では、どうやって生き残るか。
「誰かに代わって欲しいもんだな。真中選手に代わりまして、ピンチヒッター、誰かってな感じで」
冗談めかした口調で呟く。これが試合みたいに選手の入れ替えのきくものだったら、こんなに苦労する事も無いだろう。
だが実際にはそんな楽な生存など許されたりはしない。これは殺し合いであって、試合では無い。
となると、真面目に殺し合いの中での生き残り方を模索するしか無い。
(殺し合いとなると……選択肢は二つだな)
真中は心中で大雑把に分けた。
殺し合いに乗って、最後の一人になるか。
それとも、仲間と協力して殺し合いを止めるか。
(どっちにしても面倒くせえもんだな)
人間を殺す事はたとえ一人だけでも重労働だ。相手も抵抗するだろうし、それに体力だけでなく精神力も疲労させられる作業だ。
だがかといってこのゲームを止めるにしても、何をやればいいのかすら分からない。
仲間と組んだとしても、それが本当に有効かは正直未知数だし、そもそも協力してくれる仲間を見つける事自体が面倒だ。
(どちらも生き残る確率で言えば似たようなもんか。じゃあ、どうするか……)
考えている内に自然と喉が渇く。デイパックの中に水を求めかけたその時、不意に真中は閃く。
(そうだ、どうせ選択肢はこれに乗るか、それとも止めさせるかの二択なんだ。
だったらもうこうしよう。デイパックの中の武器が人を殺せるようなものだったら前者、そうで無かったら後者のツキが向いていると考えよう
それでツキが乗ってる方を選べばいい)
これ以上論理的に考えても水掛け論だ。
もうこうなったら自分の思考に代わって、このデイパックの中に支給品を入れた誰かに代わりに決断を任せてもいいじゃないか。
そう、たまには自分がピンチヒッターを出す側に回ってもいい、そうだろう?
(さて、鬼が出るか、蛇が出るか……ってどっちも駄目だろ)
運命をかけて、一世一代のギャンブル。
真中は腹を括り、ファスナーに手を掛けた。
【残り44名】
353 :
代打名無し@実況は実況板で:2008/04/16(水) 10:35:36 ID:xSrJs/m0O
乙
乙サンテレビ。
これでデイパックの中から武器として空のビール瓶とか出てきたり…しないですよね?w
乙です
気のきいた感想が書けなくて申し訳ないですが、楽しみにしています
頑張ってください
356 :
代打名無し@実況は実況板で:2008/04/18(金) 02:01:51 ID:RxjxKTuBO
ほし
ほしゅ
358 :
代打名無し@実況は実況板で:2008/04/19(土) 15:51:09 ID:P0YpKN3sO
ほす
ほし
360 :
代打名無し@実況は実況板で:2008/04/20(日) 20:00:23 ID:1qdUN4pQO
ほせ
ほっし
362 :
代打名無し@実況は実況板で:2008/04/22(火) 00:55:35 ID:5gkmWiEn0
保守
ほしゅ
34.主役も脇役も関係なく舞台に誘われる
猥雑な都会の夕方は、豪壮なうねりを伴って人々をそれぞれの焦燥に誘い込む。
煩雑な仕事に喘ぎ急ぐ者。学業を終え、仲間内での遊戯に勤しむ者。
だが彼等は等しく平和を享受している。そこには外界から閉鎖された空間で極限状態に追い込まれた人種を思いやる余地などこれっぽっちも無い。
そうやって群衆は、襞のように無数に生え揃い蠢くビルに居丈高に見下ろされて生きていく。
だがそのビルもまた、疲れた都会人を例外なく照らす夕陽のように優しい平和を、何の疑問も挟まずに消費する人々を孕んでいるのだろう。
むろん、建物は安寧をいくら崩されようが、痛みこそすれ憤ったり苦しんだりはしない。
だが人間はそうはいかないのだ。
高田馬場駅前、緻密に交ざり合うビル群。
その内の一つに、小洒落たラテン系の雰囲気を持つスペイン料理店がある。
その店はまだ開店前なのだろうか、若者の狂騒に満ちた嬌声も、鼻を擽るオリーブオイルの匂いも漂ってこないが、
さりとて師走特有の凛とした冷気を助長するかのような沈黙が澱んでいるわけでも無かった。
清潔でシックな広間のテーブル席の一つから、今しも二種類の声が飛び交い、店内に余韻を残している。
「――というわけで、全体的にはこのような流れで行きましょうか」
「うーん、ちょい待ってや。何か物足りないんやけどな」
「えっ?」
「ほら、やっぱ折角のクリスマスパーティーやろ? それにしてはクリスマスプレゼントがちょっとみみっちい気がするんや」
「そうですか? ご要望通り十分取り揃えたつもりですが」
「やけどこうして改めて見てみるとなあ。こんなんなんかどや?」
そう言うと、関西弁の男が机に向って何かを書きつける。
落ち着いた空間の中、二人の男がテーブルで向かい合い、相談をしているようだった。
紙に書かれたその内容に、眼鏡の男の顔色が曇る。
「ちょっとそれは……予算もオーバーしますし」
「ちょっとくらいええやん。何なら俺が自腹で払ってもええで」
「でも……第一今からだと取り寄せも間に合うか分かりませんし……」
「うーん、そうなんか。折角皆と触れ合える機会やし、もっと楽しませてあげたいんやけどな〜」
そう言って関西弁の男の表情が残念そうに沈む。
数日後この場所で行われるクリスマスパーティーの主催者であり、主役。それが彼の役割だった。
今日は会場の下見がてら、パーティーへ向けての打ち合わせもしようとやって来ていたのだ。
(やっぱ初めてやから上手くいかへん事も多いな。アイドルとかのイベントを企画するマネージャーとかの気持ちがようわかった気がするわ)
ため息がてらにそう思うと、不意に懐旧の念が込み上げてくる。
アイドル。そう、20年近く前、自分はマネージャーなんかでは無く、まさにアイドルそのものであった。
動くたびに追っかけギャルが付きまとい、仕事場でも自分へ向けられる黄色い声が氾濫した毎日。
あの頃は皆で好き勝手に浮かれていればそれで良かった。
時代の求めるがままに思う存分暴れ回ればそれだけみんなが喜んでくれて、それがとても心地良くて。
本当にすごく幸せで、楽しい時代だった。
「まあ今は今で十分幸せなんやけどな」
静かにそう呟き、対面する眼鏡の男が「え?」と不思議そうに顔を上げる。
その瞬間。唐突に軽快なJ-POPがテーブル上に鳴り響いた。
会話を求めているらしく、J-POPはそのメロディを止めようとしない。
「電話ですか?」
対面からの問いかけに、彼はむ、と顔を顰める。
メロディから誰が掛けてきたのかは大体見当が付く。そしてそれは今のこの世界とはあまりそぐわないものだ。
大事な用件かも知れない事を考えると、出た方がいいのかも知れない。
だがかと言って大した事の無い用事だったら、まだ打ち合わせ中なのに席を外すのも申し訳ない。
そもそも契約も終わったこの時期だけに、この筋からは大事な用件はそれほどない気もする。
彼は逡巡する。思いのほか神経質な一面もあるのである。
「ブンさん、やっぱ出た方がいいですよ。僕なら大丈夫ですから」
見かねたのか、眼鏡の男が彼に薦める。
彼は頷いた。これ以上悩んでもかえって迷惑だろう。出よう。
「すまんな、しばらく待っててや」
そう言って、彼――池山隆寛(E背番号77)はポケットから携帯電話を取り出し、席を立った。
「もしもし?」
『よう、出たか』
流れた声はほぼ予想通りのものだった。
数日ぶりのその声を聞いて、池山は元々細い眼をさらに細める。
「なんや、お前どうしたんや。西宮に帰ったんやなかったのか」
『ん、まあな。そっちは今東京か?』
「そうやけど、それがどないしてん」
『あ、いや。そうか。そっちは調子はどうだ?』
「んー、まあぼちぼちってとこかなあ」
返事をしながら、彼は違和感を感じ始めていた。
相手の事はよく知ってる。橋上秀樹(E背番号78)。プロの世界に飛び込んだ時の同期で、20年以上の腐れ縁だ。
今は同じように、かつて仕えた上司の元で指導者としての修業をしている仲でもある。
だが何かおかしい。吃りもいつもに比べて多い。何だかソワソワしている。
何か言い出したい、だけど躊躇っている。そんな感じだ。
「で、それがどうしたんよ。一体何の用やねん」
『うん、実はな……ちょっと内密の話なんだけど』
「ああ、一応席外してきたとこやから、別に今なら構わんで」
そう言うと、相手側からの少しの安心と、息を吸い込む音が電話越しに伝わってくる。
それを聞いて、池山はふと若干の不安を覚えたように感じた。
内密の用事なんてまるで見当がつかない。
大事な用件なんだろうか。チームに何かがあったのだろうか。選手が何かトラブルを起こしたとか、そんな事だったりするのか。
「ほれ、ちゃっちゃと言いなや」
『それじゃ単刀直入に言う。……実は……ヤクルトの選手達が、行方不明だという事らしいんだ』
事実は、彼の予想の斜め上を越えていたのだった。
「はあ? どういう事やねん、そりゃ」
『俺もよく知らん。監督からお前が説明せえって粗筋を聞かされただけだ』
思わず間の抜けた声を出す池山に対し、いかにも真面目くさった声で橋上が答える。
選手達が、行方不明。これだけでもきょとんとさせられるには十分だ。いくらなんでも単刀直入すぎる。
だが、野村監督から聞かされたというのはどういう事だろうか。
「そ、それって何や。ニュースとかにもなってんのかいな」
『いや、世間には一切情報が流れて無いらしい。だから俺も監督に聞かされて初めて知ったんだ』
あっさりとそう言い足す橋上に向って、池山は何と答えたらいいか分からなかった。
選手が行方不明だなんて、今時そんな事があり得るのだろうか。
何かの間違いとかではないのか。秘密裏のドッキリとか。
「兎に角もっと詳しく話聞かせてや。一体何が何だか分からんわ」
『も、勿論そのつもりだ。そのために電話したんだからな』
わけの分からぬ焦りと苛立ちから、思わず強い口調になる。
そんな池山を宥め賺すかのように、橋上は伝え聞いた現状を、訥々と語り始めた。
『――というわけだ』
「そ、そんな事になっとるなんて……」
あらましを聞き、池山は自分の耳を疑いたい気分になった。
いくらなんでも変だ。世にも奇妙な物語でもこんな話にはそうそうお目にはかかれないだろう。
人間消失。そんな荒唐無稽な絵空事のはずの現象が、電波を通じリアルさを伴って運び込んでくる。
冬の風が、不意に身に侵食していくのを感じた。
「何や、タチの悪い冗談とか、そんなんやないのか」
『嘘だと思うなら寮か神宮に来てみろとの事だ。そもそもこんな嘘ついて一体何のメリットがあるんだよ』
「…………」
『選手だけでなく、高田さんや一部のコーチ達も行方が分からなくなっているらしい。
だから今後は残ってるコーチ陣と協力体制を組む事になったそうだ』
「だからって……」
『マスコミにも当たってはみたが、どこもこの事にはまるで触れようとしてくれないらしい。
妙だろ? プロ野球選手がチームごと姿を消したなんて、普通メディアにとっては格好の話の種じゃないか。
つまり、この件では裏で何かの権力が動いていて、一般に流布されるはずの情報を隠匿するための手管が働いている可能性が強い。
そして、そうして情報操作が行われている以上、この件を調べられるのは俺達内輪の人間だけと言う事だ』
段々、頬が引き攣っていく。
権力。一つの球団の選手の消失をまるまる闇に葬れる権力。そんなものが動いていると言うのか。
何のために。どんな関係があるのか。
……いや、ちょっと待て。
「おい、今俺達と言わんかったか? それってまさか……」
ある予感を抱いて、数秒の間合いの後、池山は訊いた。
こんなとんでもない情報をわざわざ知らせて来たって事は、まさか――
『……監督から頼まれた。今のままでは調査人員が足りなさ過ぎる。
それで、監督が信頼を置け、かつヤクルトの内情をある程度把握している俺達を引き込もうと考えたというわけだ』
北風が、池山の体を強烈に打ちつけ、去って行った。
「お、俺が……?」
『今もいろいろ調査の範囲を広げてるが、この先どんな事実が待ってるかはまだまるで分からんらしい。
何かの勘違いである可能性もある一方で、ひょっとしたら危険領域に足を踏み入れているのかも知れないという事だ』
「…………」
『監督は無理にとは言わない、だが出来ればどうか手伝ってくれと言っていた。力を貸してくれと』
池山は呆然と、ただ突っ立っていた。
非日常は何時でも、日常の中に扉を埋没させて潜んでいる。
今、それへ向かうための扉が、ゆっくりと開かれた。
「……お前は、やっぱり手伝うんか?」
『ああ、何だかんだで監督にもヤクルトにも、長い事世話になってるからな。
松井さんも同じように、協力する事になったらしい』
「松井さんも……」
『イケ、お前も手伝ってくれないか。手伝ってくれるなら、一旦神宮球場のミーティングルームに集まれと監督は言っていた。
今東京なんだろ? 今から行けば俺よりは早く着くはずだ』
橋上の口調は、まるで協力するのが当たり前のようだ。
そう言えば、喋りも最初に比べてずいぶんすらすらとしている。喋っている内に腹が据わってきたか。
そんな橋上の声を、池山は不思議な面持ちで耳にしていた。
何でだ?
確かに俺達は、かつてヤクルトで一つの時代を築いた。
あの頃は随分いい思いもした。ヤクルトという球団には感謝してもし切れないし、仲間だった後輩達もかけがえのない存在だと思う。
だが、俺達は今は、ヤクルトとは別のチームのために働いているんだ。
今は楽天の事を、何よりも大切にしていかなければいかないはずなんだ。
なのにどうして、敵となったはずのチームに協力する義理があるのか。
いや、それだけならまだいい。
誰だって、他人の危機を見過ごす道理は無い。ましてやそれが特別によく知っている間柄なら尚更だ。
それに監督の気持ちにはすごく共感できる。
あの人は何だかんだで恩情や縁といったものをすごく大切にしてくれる人だ。
その事は、現役時代にあの人を何度も胴上げさせてきた縁で、あの人に雇ってもらえた自分が一番よく知っている。
だが、だからと言って、下手をすれば命に係わるかも知れない、先の見えない事態と分かっていてわざわざ首を突っ込んで、果たして大丈夫なのか。
強大な圧力を前にしては、無謀になったりはしないか。
『なあ頼むよ。昔から一緒にいろいろやってきた仲だろ?』
返事をしない池山にじれたのか、橋上が重ねてくる。
池山は、徐々に地平線に吸い込まれていく夕陽と、それに照らされている街並みや雑踏を何ともなしに眺めながら、それを聞いていた。
確かに、昔からの仲だ。
この都会特有の玉石混淆な空の下、自分達は若さとテンションに身を任せて、共に好き放題に騒いでいた。
サイケデリックなカクテル光線に照らされればどんな遊戯でも冒険でも何でもやれる、そんな幸せな時代。
(だが、今はもう違う)
オレンジに紺が混じりつつある薄汚れた空を、索漠を滲ませながら池山はすっと見上げる。
時代は変わった。年もとった。守らなければならないモノも出来た。
そんな身で、危険に躊躇も無く飛び込むような真似は出来ない。
無理をして何かがあれば、誰が妻と子供達を、そして若きチームの未来を支えて行くというのだ。
もう、ただ自分の思うが侭に、ブンブンとバットを振り回していい時代は終わったのだ。
『うーん、しゃーねーな。また連絡するわ。少し時間やるから、その時にまで心構えしておいてくれ。
今度は良い返事が来るのを期待するぞ』
橋上の声が頭の中で鐘の音のように響く。
自分はどうするべきなのか。
自分に何が出来るのか。
『ああ、そうそう、一つ言い忘れてた。監督からの伝言がもう一つあったんだ』
声は響くのに、脳がそれを理解しようとしない。
行方不明。謎の黒幕。もう何が何だかだ。
俺にどうにか出来るものか。一体どうしろと言うのか――!
『「なあイケ、正義のヒーローってやつになってみたいとは思わんか」だそうだ』
何かが、切れたような気がした。
脳味噌を雁字搦めに拘束していた、綱のような何かが。
耳の奥ではツー、ツー、と通話切れを示す音が鳴り響いている。
眼下の都会の風景からは、徐々に活気が溢れ始めていた。
「ヒーローか……」
池山は呟いた。
「そうか、監督がやりたいのは、そういう事なんやな」
そしてごく自然な仕草で、携帯電話をポケットに収めた。
ヒーロー、確かにそれは今の自分にはもう似合う言葉では無いのかも知れない。
そんな甘言に惑わされず、年相応に今なりの幸せを守って生きていくのが正しいのかも知れない。
だが、それは逃げでは無いのか。
何時までも、幾つになっても心の中でヒーローを追い求め、ヒーローとなるのが、男というモノの性では無いのか。
若かりし頃、お立ち台へ上る権利を求めて、我武者羅に結果を出してきた時のように。
人気者の座を維持するため、皆の求めるアイドルとして振舞っていた時のように。
何が起こっているのかはわからない、それでももしかしたら艱難辛苦に喘いでいるのかも知れないチームを、
そして嘗て共に喜びを分かち合った仲間を救い出して見せるのが、ヒーローの仕事では無いのか。
確かに自分は何も影響を与えられないかも知れない、それどころかただでは済まなくなるかも知れない。
だがもう結構。やっぱりかつて愛したチームを、チームの未来を託した後輩達を見捨てるくらいなら、立ち上がるくらいは俺達にも出来る。
そう、迷いは要らない。目先の事なんてぶっちぎれ。
もう一度、自由だったあのうら若き頃のように、無茶に向かって突き進め。
幾つになっても、全力フルスイング。それがヒーローであり、俺なんだから。
レストランの扉を開けて、広間に戻る。
テーブルについている打ち合わせ相手の男は、長すぎると言いたげな不満そうな表情で眼鏡を光らせている。
そんな彼に対し、舞い戻って来た池山は意気揚々としていて、何処か吹っ切れたようにも見える。
「随分時間かかりましたね。開店時間も近づいてきた事ですし、場所を移しましょうか」
「もうええわ」
え、と相手の表情が固まる。
その困惑に向かい、ニヤッと笑って池山は続けた。
とりあえず深く考えるのは後だ。さあ、派手にやったろうやないか。
強大な黒幕に果敢に立ち向かい仲間の平和を取り戻す、正義の味方ごっこを。
「急な用事が出来た、また今度にしようや」
【残り44名】
>>355 変に気張らなくても結構ですよ。こちらとしてもどんな感想でも無いよりはある方がはるかに嬉しいです。
これからも宜しくお願いします。
乙です
リアルタイム投下に立ち会ったw
乙です
池山かっこええええ
池山が出てくるなんて・・・。
乙です!
乙です
池山登場にテンションあがります! ノムさんもかっこええ…
ノムがこういう行動するかな?と思ってたら、
池山への説得の言葉で狙いを納得したw
乙です
池山まで…
色々な人が関わってきてドキがムネムネです
378 :
代打名無し@実況は実況板で:
干す