オリックスバファローズバトルロワイアル第2章

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468「120・引き金 3/3」 ◆UKNMK1fJ2Y :2007/03/05(月) 22:53:08 ID:E2x67iXK0
もし最後の2人が加藤と歌藤になったら、歌藤は加藤に銃口を向けるだろうか。
歌藤は加藤を撃つだろうか。
(生き残れるのは、1人……)
残り時間はどんどん減ってゆく。
今この間にも、1時間の制限を設けられたトラップタイムの為に選手たちが走り回ってい
る。生き残る為の【K】という灯りを探して。
幸運にもグループを成立させることが出来た選手同士はその後どうするのだろう。そのま
ま手を携えて脱出方法を考えるのか。それとも互いに武器を向け合うのか。
誰を、何を信じればいいのか。
信じられるものなどあるのだろうか。この特異な状況下で。
『俺、撃つかも』
あの時の歌藤の言葉が頭を離れない。撃たれるのは自分かもしれない。
猿はまだこちらに背を向けて踊っている。
加藤はゆっくりと立ち上がった。ベルトから銃を抜き、微かに震える両手でそれを握る。
銃口を、寝ている歌藤へと向けた。
今から1時間がたち、トラップタイムが終了した後。
『撃つかも』
ひとつの言葉が呪文のように頭の中で回る。
(………俺、撃つかも)
銃口が定まる。
歌藤は微動だにせず、目を閉じている。
(………俺………)
右手の人差し指に力が入る。
猿のステップがぴたりと止まった。

【残り・28人】
469「121・これは宿命に非ず 1/4」 ◆UKNMK1fJ2Y :2007/03/05(月) 22:54:41 ID:E2x67iXK0
パアン!
突然の火薬の破裂音に驚いて塩崎は振り返った。
それほど遠くはない。けれど近くもない。
何が起こったのだろう。仲間を探さなければならない1時間なのに、誰が発砲したのだろ
う。仲違いがあったのだろうか。それとも明らかに敵と思える人物が……
(銃か……有利な武器だよな)
飛び道具はずるいと思う。塩崎が持っているのは小型チェーンソー。少々荒っぽい武器だ。
我儘を言わせてもらうなら、銃のようにスマートなものが欲しかった。実際それを手にし
て、自分が駆使出来るかどうかはわからないが。
(ま、俺の生き方自体がスマートじゃないけどさ)
苦笑いをする気にもなれない。暗い緑の木々の中、気ばかりが焦っている。
この島に来て、出発地点を出てから、ずっとひとつの家の中に籠もっていた。自分の力だ
けではどうしようもない状況で、ただ現実から逃げていた。もし居場所が禁止エリアに入
ったら逃げ出そう。それまではここに隠れていよう。そんな都合のいい言い訳で自分を納
得させていた。しかし今回のトラップはそれすらも許してくれなかった。小さな穴の中に
隠れているちっぽけな虫たちまで炙り出された。
(くじけず一歩先に行動した奴が勝つんだ)
それは野球の世界でも同じことだ。才能があり、輝きを放ちながら入ってきた選手でも、
その後の努力や心構え次第で寂しい道へと向かってしまうこともある。逆にドラフト下位
で目立たずひっそり入団した選手が、数年後に誰にも予想すら出来なかったような大活躍
をしたりする。果てはメジャーリーグにまで旅立つこともある。
気まぐれな運命の女神の操る糸が彼らの道を揺り動かす。不安定なつり橋の上を渡るよう
に、塩崎はこの時間を過ごしていた。彼が橋の真ん中に来た時、その重みで足場が崩れて
しまわないだろうか。谷底へ落ちたりしないだろうか。それを避けるには急いで走った方
がいいのか。逆に慎重に時間をかけてゆっくり歩を進めればいいのか。
選択肢が沢山ありすぎる。全ては選んだ本人の自己責任だ。
塩崎はドラフト3位でオリックスに入団した。大学を中退し、社会人を経てのプロ入りだ
った。卒業証書をもらえなかったことがやや心残りだが、そうしなければプロにはなれな
かったのだと思っている。その点は以前後藤と話してうなずきあったことだった。
470「121・これは宿命に非ず 2/4」 ◆UKNMK1fJ2Y :2007/03/05(月) 22:55:43 ID:E2x67iXK0
自分には社会を見る時間が必要だったのだ。そこでしか磨けないものがあったのだ。
だからこそこうしてプロに入り、常時一軍にいるそれなりのプライドがある。
そして今、運命の女神はまた塩崎の渡るつり橋を揺らしている。
この谷底にあるのは間違いなく死だ。
怪我やトレード、引退といった生易しいものではない。確実な死だ。
(でも………運命なら変えられるはずなんだ)
学生時代に読んだ国語の教科書にこんなことが書いてあった。いや、担当の教師が言った
言葉だっただろうか。はっきりとは覚えていないが、内容は間違いなく覚えている。
「宿命は生まれた時から定められていて変えることは出来ないけれど、運命は自分で切り
開いて変えられるものだ」
その言葉があまりに印象的で、いつも心のどこかに覚えていた。
自分が野球の道を進むのは宿命だ。けれどどんな道に進むのかは運命だ。そう信じた。
ガサガサッ。
物思いにふけりつつ歩いていたら、突然近くの枝葉が揺れた。
誰だ!
そう叫ぼうとした。しかし緊張で声が出なかった。思い返すとここ数十時間、ほとんど声
を出して喋っていない。せいぜい独り言を数回。喉が働いてくれないのも仕方が無い。
足を止め、耳をすました。虫の音。風が微かに葉を揺らす音。そんな音しか聞こえなかっ
た。音を立てた人物は逃げてしまったのだろうか。そもそも人間だろうか。妙な獣などい
ないだろうか。
(犬とかならまだいいけどさ……)
ガサッ。
また音がした。今度は枝の揺れが見えた。一瞬月灯りを遮った影も。
「だ、誰だ!」
今度こそ声が出た。震え掠れてはいたが。
「誰だ!誰かいるのか!」
腹の底に力を入れて声を出した。しかし返事は無い。
気持ちが不安に揺れ始める。自分は危険な存在に声をかけてしまったのではないだろうか。
敵に居場所をみすみす教えてしまい、今、敵から狙われているのではないだろうか。
471「121・これは宿命に非ず 3/4」 ◆UKNMK1fJ2Y :2007/03/05(月) 22:56:56 ID:E2x67iXK0
(ヤバイのか……?)
肩にかけていた小型チェーンソーに手をやる。肩掛けを外し、両手で構えた。いつでもス
イッチを入れられるように、右手の人差し指をそこに添える。
『………誰か……いるのか?』
木々の向こうから小声が聞こえた。探るような、慎重な声。
塩崎にはその声が誰だかすぐにわかった。
「水さん!」
『塩崎か!』
「はい!どこにいるんですか!」
『待て!大声を出すな!敵に見つかる!』
「て、敵?!」
背中に冷たいものが走る。
『右肩をやられた。そっちに行く。小声で誘導してくれ。それか目印に何か……』
小さくガサリと音がした。これはきっと水口の立てた音だ。塩崎は初めて仲間に出会えた
喜びで一杯になった。一刻も早く水口に会いたかった。ようやく独りではなくなるのだ。
信じられるのだ。仲間を信じることが出来るのだ。
「怪我してるんですか?」
『ああ、でも動けないことはない。歩くと痛むが……しばらく右腕が動かせないかもな』
敵がいる。今まで放送でゲームに負けた選手たちの名前を聞いた。けれど塩崎には実感
が無かった。実際に生死を賭けた戦いに直面していないのだから、どうしようもない。
だが水口は経験したのだ。怪我を負い、なんとか生き延びる程度に。
(水さん………誰か敵を殺したんだろうか)
また余計な不安がよぎる。水口は敵に襲われ逃げ切ったのか。それとも誰かを襲い、返り
討ちにあったのか。それとも敵を倒し………殺したのか。
『塩崎、お前【K】はいくつある?俺は1個も無いんだ』
「俺は……2個です」
『あと1個か……ちょっと希望が見えてきたな』
少しだけ笑いを含んだ口調が聞こえた。
(水さん、【K】が無いんだ……じゃあ俺より大変だ……)
472「121・これは宿命に非ず 4/4」 ◆UKNMK1fJ2Y :2007/03/05(月) 22:57:44 ID:E2x67iXK0
どうして怪我をしたのか、それを知りたかった。場合によっては敵が誰だかわかる。その
人物が持っている武器も。
(これは宿命なんかじゃない)
水口と出会えたのは、自分の足で歩き出したから。
(これは運命だ。だから自分の力で切り開くんだ)
塩崎は再び歩き出した。初めて自分の意思で目的を持って歩き出した。
木々が揺れる。向こう側に見覚えのある服の色が見えた。
「水さん!」
走り出した。
「塩崎!無事だったか!よかった!」
いつもの笑みが見えた。
右肩を赤く染めた水口に駆け寄り、倒れそうになったその体を支えた。

【残り・28人】
473 ◆UKNMK1fJ2Y :2007/03/05(月) 23:03:06 ID:E2x67iXK0
今回は以上です。
例の出来事の為、いろいろと考える時間を頂きました。
まだ完全な気持ちの決着はついてはいませんが、
改めて自分の気持ちと文章を整理して続行致しますので、よろしくお願い致します。
474代打名無し@実況は実況板で:2007/03/05(月) 23:49:42 ID:L7y83+opO
俺の塩崎キタ――――――――!!!
乙で――す
475代打名無し@実況は実況板で:2007/03/06(火) 00:41:53 ID:qzwF6wWU0
職人さん乙です。
続きを楽しみにしていますので、これからも続けてくださいね。

それにしてもウタはどうなるんだ…
476代打名無し@実況は実況板で:2007/03/06(火) 01:10:30 ID:6WSSN4rfO
カトウコンビ仲間割れ!?
ハラハラする展開だ(・∀・)
今回も乙です!!
477代打名無し@実況は実況板で:2007/03/06(火) 09:37:11 ID:TRr9Slen0
新作乙です!
作者さん続けてくれてよかった…
火薬の破裂音が非常に気になる…
478代打名無し@実況は実況板で:2007/03/07(水) 08:22:59 ID:XYwIotUQ0
捕手
479代打名無し@実況は実況板で:2007/03/08(木) 08:11:06 ID:jiNNpDxSO
勝捕手
480代打名無し@実況は実況板で:2007/03/09(金) 01:09:04 ID:FVR2vhJSO
☆ゅ
481代打名無し@実況は実況板で:2007/03/10(土) 22:32:15 ID:XsHTh+ZvO
星野伸之
482代打名無し@実況は実況板で:2007/03/11(日) 16:00:48 ID:d1wZfwvaO
ほす
483代打名無し@実況は実況板で:2007/03/12(月) 07:29:37 ID:AVH2UmC3O
484代打名無し@実況は実況板で:2007/03/13(火) 10:51:59 ID:7y0vG08wO
星に願いを
485代打名無し@実況は実況板で:2007/03/14(水) 06:32:56 ID:JR45krXRO
保守
486代打名無し@実況は実況板で:2007/03/15(木) 00:26:27 ID:9BdlZIdDO
ほむれす
487代打名無し@実況は実況板で:2007/03/15(木) 00:50:53 ID:6ctD+oLsO
小猫を胸に抱いて保守。
488代打名無し@実況は実況板で:2007/03/16(金) 00:11:36 ID:YIHGWPf2O
続きwktk保守
489代打名無し@実況は実況板で:2007/03/16(金) 22:55:49 ID:QfGQKE2YO
490あ ◆php9GvBL8E :2007/03/17(土) 00:56:19 ID:h9HDTkIMO
491代打名無し@実況は実況板で:2007/03/18(日) 02:50:25 ID:RK58LynWO
保守
492代打名無し@実況は実況板で:2007/03/18(日) 11:40:13 ID:EAhzeQ4mO
サゲ
493「122・3つの思惑 1/8」 ◆UKNMK1fJ2Y :2007/03/19(月) 00:31:34 ID:Nyhr6er90
どこかで銃声とも取れる破裂音が聞こえた。
平野佳寿は一瞬ブルッと体を震わせた。気づかれたかと思って隣を見ると、後藤はいつも
より少しだけ真剣な表情で前を向いていた。うまいことバレなかったようだ。
【K】をひとつも持たない平野は、今は後藤にぶらさがっているしか方法が無かった。自
分のプライドを傷つけた今すぐにでも消してしまいたい相手だが、それによって自分の首
を絞めてしまっては意味がない。屈辱的ではあるが、この1時間は休戦、それだけは確か
だった。
「銃声かな」
後藤が呟く。
「どうでしょうね。単に火薬が破裂した音でしょう?」
「ネズミ花火か爆竹か。その程度でも今の俺らには銃声に聞こえるんだよな」
「臆病なんですね」
鼻で笑ってやった。後藤はいつも通りのニヤニヤ顔を浮かべた。
「お前だって、銃声だって思っただろ?」
「思いませんよ」
「いや、思った。一瞬ビクッてなったろ」
「………音に驚いただけです」
「強がっちゃってさー」
全く頭に来る。ボケているかと思えばどこか鋭い。性格が読めない。平野が最も苦手とす
るタイプだ。いっそお人よしの方が思い通りに操縦出来て楽なのだが。
「音のした方、行ってみるか」
今度は馬鹿なことを言い出した。平野は慌てた内心を隠した様子で答えた。
「今は【K】を見つけるのが先でしょう?馬鹿なこと言わないで下さい」
だが後藤はいたって真面目な口調だった。
「だってさ、音がしたってことは誰かがいるってことだろ?そいつが【K】2個持ってた
ら俺たちグループ成立だぞ。そいつだって仲間を探してるのかもしれないしさ」
確かに一理ある。後藤のくせに。
「俺たちがこうやって歩いてても全然誰にも会えないだろ?だから、こっちからそういう
手掛かりに向かって突っ込んで行った方がいいのかなって」
494「122・3つの思惑 2/8」 ◆UKNMK1fJ2Y :2007/03/19(月) 00:32:23 ID:Nyhr6er90
論理的に整っている後藤の言い分に平野は口を閉ざした。同意したい気持ちもあるが、危
険性を感じる部分も強い。もし休戦協定を飲み込んでくれない敵だったらどうするのか。
後藤は銃を持っている。それなりの防御と攻撃が出来る。だが平野は金属バット。どうも
分が悪い。
「じゃあ平野、お前歌歌え。さっきみたいに」
また話が妙な方向へと捻じ曲がる。
「………ゴッツさんの冗談は一切受け付けないことにしています」
「お前、可愛くないねー」
「そんなこと自分が一番良く知ってますから」
「顔なんて言ってないぞ、心の問題だぞ」
「…………」
どうしてこうも腹立たしいことしか言わないのだろう。今すぐ金属バットを振り上げたい
気分だ。
(1時間後を覚えてろ。川越さんの予行練習にしてやる)
小さく拳を握り締め、出来るだけ表情を変えないまま後藤を睨んだ。ポーカーフェイスも
平野の得意技だ。そのせいか、年齢以上に落ち着きすぎているとも言われる。自分として
はそんなことは無いと思っているし、自分から笑いに走ることだってある。けれどどうも
周囲は平野を大人びた青年として認めたいらしい。
(いつもそうなんだ、勝手に俺のイメージを作って、それを先行させて。それにそぐわな
い行動を取ると愚痴やら何やら言ってくるんだ。人のイメージ勝手に作るなっての)
横にいる後藤はどうなのだろう。噂に聞いたところによると、大学を中退した理由は先輩
たちによる陰湿なイジメに遭ったからだという。本当の自分と周囲の作り上げた自分のイ
メージに大きな差があったからこそ、そういう目に遭ったのではないだろうか。聞けばイ
ジメに遭った理由も、練習試合でエースピッチャーから1年生の後藤がホームランを打っ
たからだけだという。あまりに理不尽な理由だ。平野だったら黙っちゃいないだろう。だ
が後藤は身を引いた。しばらくの間は頑張ったが、どこからも救いの手を差し伸べられる
ことなく、ただ自分から姿を消した。野球部からも、大学からも。
495「122・3つの思惑 3/8」 ◆UKNMK1fJ2Y :2007/03/19(月) 00:34:08 ID:Nyhr6er90
(納得出来なかっただろうな)
つらかっただろう。傷ついただろう。けれど後藤はそれを表に出さない。不思議なくらい
平然と笑っている。
(ひょっとしたら後藤さんは、何かを乗り越えてしまったのかもしれない)
本当に傷ついた者だけが知り得る場所、感じ取れる領域、それを後藤は体感したのかもし
れない。だからいつでも平然とお気楽そうな顔をして、両手でオレンジ色のバットを抱え
たまま緑の芝生を見ているのかもしれない。
見えているのはその芝生の向こうにあるものだろうか。芝生の上に引かれた白い線。その
白い国境を越えた向こう側には何があるのだろうか。それは後藤にしか見えないのだろう
か。平野には見ることが出来ないのだろうか。
「………ゴッツさん」
「ん?」
少し神妙な口調になった平野に呼びかけられ、後藤は相変わらずの表情で振り向いた。
「ゴッツさんが大学時代にホームラン打った人って、今どこのチームにいるんです?」
気のせいかその瞬間、後藤は困ったように眉をひそめて苦笑いをした。すぐに元の表情に
戻ったのだが。
「しばらくはプロの世界にいたけど、もう辞めちゃったんだ」
「え……」
「近鉄にいて、1年目はいい成績を残したらしいんだけど、その後巨人に行って、いろい
ろ難しかったらしくて、海の向こうのカナディアンリーグに移籍して……そのリーグも無
くなったって噂聞いたけど………どうなったかな………元気かな………まだ野球続けてる
といいけどな………」
平野は信じられない目で後藤を見た。
『元気かな』
後藤はそう言ったのだ。自分が傷つけられるキッカケとなった人物を気遣う言葉を口にし
たのだ。その投手自身が後藤を苛め始めたのか、それとも周囲の先輩たちが「示しがつか
ない」という馬鹿らしい理由で先に苛め始めたのかはわからないが。
「阿部ちゃんなら知ってるかもなあ……まーちゃんに聞くとわかるかもよ」
またノンビリした顔つきで語る。
496「122・3つの思惑 4/8」 ◆UKNMK1fJ2Y :2007/03/19(月) 00:34:45 ID:Nyhr6er90
(この人………本当に何かを乗り越えたのかもしれない………)
平野がまだ扉すら見えない領域に、後藤は棲んでいるのかもしれない。
(こいつはかなり……厄介だ)
その表情を信じてはいけない。見てはいけない。自分の意思が揺らいでしまうから。
(こんなことじゃこの世界を生き抜けない)
1時間だけだ。1時間たったら決着をつけるのだ。
自分を落ち着けようと深呼吸をした。顔を上げた時、視界の横にぼんやりとした光が入っ
た。反射的に平野は懐中電灯を握ったまま両手でバットを握り、そちらを向いた。
「どうした?」
「光が!」
暗い木々の間、その向こうの方の地面から淡い灯りが漏れていた。そしてその光は少しず
つ、2人の方へ近づいてきていた。
「誰だ?」
握りづらいと思ったのか、平野は慌てて懐中電灯とバットを握りやすいようなスタンスを
探した。けれどうまくいかず、仕方なく懐中電灯ベルトに挿し、なんとか少しでも灯りが
前を照らすように角度をつけた。
横でシャッという音がした。後藤が両手で細長い銃を構える準備をしていた。
ガサリ、という音がした。そしてその人物がゆっくりとした足取りで姿を現した。
「………早川さん……?!」
平野の口調は戸惑っていた。何故なら、早川が両手で日本刀を持っていたからだ。
「出来た!」
後藤が声を上げた。
「え?」
平野が中途半端な声を出す。
「早川大輔、【K】が2つ!俺が1つでグループ成立だ!」
「あっ!そうか!」
497「122・3つの思惑 5/8」 ◆UKNMK1fJ2Y :2007/03/19(月) 00:35:37 ID:Nyhr6er90
しかし2人は戸惑っていた。早川の日本刀が近くまで来た時、その刀の先に何か布のよう
なものが引っかかっているのが見えたからだ。平野は言葉を失った。こういう場合、どん
な言葉をかければいいのかわからなかった。前回遭遇した清原は全身から闘争意欲を感じ
られた。そういう宣言も出発地点で聞いた。だから平野もすぐに戦闘態勢に移れた。後藤
と会った時は中途半端な感情だった。その中で徐々に憎しみが湧いた。しかし今はどうだ
ろう。相手の出方が全くわからない。しかも早川は微かに微笑んでいた。何か自信のよう
なものが感じられた。逆にそれが平野を不安にさせた。こういうタイプが一番恐いのだ。
動こうにも動けない。話しかけたくても言葉が見つからない。平野は黙り込んでしまった。
「早川さん」
今さっきまでよりも優しい表情で後藤が話しかける。緊張感に満ちた自分の表情に気づき、
平野はまた後藤の中にある深いものを感じ取り、悔しくなった。
(………くそっ、なんか俺、ゴッツさんに負けてる感じがする……畜生!)
「早川さん、【K】2つ持ってますよね?俺、1個持ってるんです。平野はゼロ。だからこ
れでグループ成立です。俺たちが手を組めばもう安心です。落ち着いて、一緒に行動しま
しょう」
早川は何も言わない。平野は不安になって後藤と早川の顔を交互に見た。
「早川さん、聞こえてます?」
また後藤が話しかける。
「聞こえてたら、何か答えてもらえますか?でないと俺らもどうにも出来ないんで」
「………ああ」
微かな返事があった。後藤が安心したように笑う。
「早川さん、何があったんです?ひとまず俺らはこれでグループ成立です。この3人でい
れば1時間後のトラップタイムが終わった時にも生き延びられるんです。だから、仲間に
なって下さいね」
必要以上に優しく話しかける。途端に早川が糸の切れた操り人形のように地面に崩れ落ち
た。しかしそのまま倒れることはなく、日本刀で体を支えるようにして座り込んだ。
「早川さん?!」
2人して駆け寄る。しゃがんだままの早川は、それでも両手を日本刀から離さなかった。
懐中電灯は首から紐で提げており、針金などを使って上手く前方数メートル辺りを照らす
ようになっていた。
498「122・3つの思惑 6/8」 ◆UKNMK1fJ2Y :2007/03/19(月) 00:36:18 ID:Nyhr6er90
(こうすれば両手が使えるのか)
平野はその針金の支え方をしっかりと見た。自分にもこの道具が必要だ。
「早川さん、何があったんです?」
後藤が優しく問いかける。しかし早川の正面ではなく、左横に並んで座った。
「これ、日本刀ですよね、先に布引っかかってますよね、誰かに会ったんですか?敵です
か?恐かったですか?」
ゆっくりと、静かに早川が顔を上げた。しかし後藤の方を見ず、そのまま自分の持つ日本
刀を見つめた。
「………この刀が、呼ぶんだ」
「は?」
曖昧な返事を返す。早川の口調は予想外にしっかりしていた。キチンと自分の意思を持っ
ている喋り方だった。ただ、目だけが日本刀に惹きつけられていた。
「………この刀、最初は持つまで不安だったんだ。ずっと鞄にしまってた。でも、一度手
にしたら……すっごくかっこよく見えたんだ。キラッて光って……なんだか由緒ある刀な
のか、そのレプリカなのか知らないけど……持ってみたらすごく自信が湧いてきたんだ」
平野は刀を観察し始めた。一見普通の刀だ。長い日本刀。だが良く見ると、先に引っかか
っている白い布に赤い染みが見えた。ゾクリを背中を寒いものが走る。
「最初は、その辺にある木の葉っぱとか斬ってたんだ……どんな風に、どれくらい斬れる
のかって……けっこう気持ちよく斬れるんだよ。だから今度は背の低い木を斬ってみたん
だ。低くて細いタイプの木がまとまって生えてたんで……そしたらさ、すっごい気持ちい
いんだよ……よく斬れるんだよ……手応えもいいし、爽快感もあって……気づいたら夢中
になって斬ってた」
「森林伐採はダメっすよ。自然が泣きますよ」
後藤の妙なツッコミにも、早川は素直にうなずいていた。
「そうだよな、俺もそう思ったんだよ。だからそこを離れたんだ………でも」
「でも?」
「この刀から手を離せなくて……」
「そりゃあ武器だし。鞄にしまう必要も無いでしょ?むしろ丸腰になっちゃうし」
「そういう意味じゃなくて……」
499「122・3つの思惑 7/8」 ◆UKNMK1fJ2Y :2007/03/19(月) 00:37:18 ID:Nyhr6er90
初めて早川が後藤の顔を見た。どこか不安げな色を称えていた。
「この刀が、手を離すなって言うんだ」
「は?」
「手を離すなって。この刀を試せって。もっと何かを斬れって。だから俺……」
早川の両手に力がこもる。
「俺、ついさっき、会った誰かに斬りかかったと思う」
「誰か?」
「確認しなかったんだ……暗くてよく見えなかったし、気持ちが焦ってたって言うか……」
「だって今は【K】を集めるのを優先するべきでしょう?」
「ああ、なのに斬りかかったんだ。だから俺、おかしいんだ。不安なんだ。すっごく恐い
んだ。俺、誰かと戦うかもしれない。すごく恐い。でもこの刀を持ってると安心出来るん
だ。なんだか自信が湧くんだ。でも恐いんだ。でもこの刀を持ってれば安心なんだ。だか
ら変なんだ。堂々巡りなんだ。答えが出ないんだ」
「答えなら出てますよ」
後藤が相変わらずの口調で答えた。早川も平野も驚いた顔で後藤を見た。
いつものニヤニヤ顔があった。
「俺らと一緒に行動すればいいんです。簡単なことでしょ?」
後藤はさも自慢げに続ける。
「日本刀、自信が湧くなら持ってて下さいよ。もしもの時のこともあるし。俺はちょっと
用事があるんで1時間後には離れるかもしれませんけど」
「用事?」
「ええ、阿部ちゃん見てませんか?阿部まーちゃん。探してるんですよ」
尋ねられて、早川は何かを思い出そうとするかのように目を閉じた。
「………さっき誰かに会ったけど……声……聞いたけど………誰だったかな………」
小首を傾げながら考える。
「阿部……か誰か、だったような………」
「会ったんですか?!」
途端に後藤が身を乗り出す。その勢いに一瞬早川が身を引いた。
500「122・3つの思惑 8/8」 ◆UKNMK1fJ2Y :2007/03/19(月) 00:39:00 ID:Nyhr6er90
「違ったような………なんか2つの声が………」
曖昧な返事に後藤は苦笑いをした。
「そうですか、じゃあやっぱり探さなきゃ」
また元の体勢に戻る。平野は理解不能な表情で後藤を見ていた。
「早川さん、1時間後ですけど、平野と一緒に仲間探して動いてやって下さい。こいつ、
金属バットしか持ってないんで」
勝手に話を進めるな。平野は心の中でそう呟いた。俺には俺のやり方がある。仲間探しは
確かに重要だ。だがそれは手を繋ぐ為のものではない。消す為のものだ。
「ゴッツも一緒に歩けばいいじゃないか。3人で阿部を探せばいい」
「んー……」
後藤はまたニヤニヤ笑いをした。照れているようだ。
「………それもいいかもしれませんね」
平野の思惑を置き去りにして、グループが成立した。
「とりあえず早川さん、後で誰に遭遇したか思い出したら教えて下さい。その選手がこの
辺にいるって手掛かりになるから」
「お前……本当にお気楽だな」
早川が苦笑いをする。
「そういう性分なんですよ。元々暗い考え方する方だから、自分からこうでもしないと。
……1時間後にでも、早川さんが声聞いた2人に会えるといいんだけどなあ」
後藤の無意識の呟きは、後藤が最も望んでいる本心と偶然一致していた。

【残り・28人】
501「123・酔っ払いの我が道 1/1」 ◆UKNMK1fJ2Y :2007/03/19(月) 00:40:59 ID:Nyhr6er90
山口はいい気分でうたた寝をしていた。微かに寒さを感じるが、背の低い木々の間に入れ
ばなかなかの居心地だ。すぐ横には清原が木々をベッドにしてうつ伏せに眠っている。
まるで鋭い刃物でスパッと切ったような、切っ先鋭い枝の上でよく眠っていられると思う。
おそらくそれが清原の番長とも呼ばれる所以なのだろう。筋肉の壁が痛みをシャットアウ
トしているのだろうか。自分もそれくらい体を鍛えた方がいいのだろうか。
時折清原の首元からチカチカ光る何かを感じるが、それほど気にはならない。ポケットに
1本だけ入っていた小型のブランデーをチビチビ舐める。もうすぐ無くなってしまうから
ホテルに戻りたいのだが、どうもこう暗くては道がわからない。それに眠いし妙な疲れも
あって、今は歩く気にならなかった。
「あー、星がキレイだー」
酔っ払い特有の、思ったことが口に出てしまう状態。現状を理性的に把握出来なくなって
いる。恐らくトラップタイムのことも、余程のキッカケがなければ頭の中には戻って来な
いのだろう。
ついさっき、近くを誰かが駆け抜けたような音が聞こえたが、きっと気のせいだろう。
「何をそんなに急いでんのかね……」
山口はただ1人、のんびりとした時間を過ごしている。

【残り・28人】
502 ◆UKNMK1fJ2Y :2007/03/19(月) 00:43:51 ID:Nyhr6er90
遅くなってすみません。今回は以上です。
ここ数ヶ月、仕事の方がキチキチになっているので推敲時間があまり作れず…orz
今回のようにちょっと投下間隔が出来るかもしれません。
出来るだけ週一回ペースで頑張るつもりです。よろしくお願い致します。
503代打名無し@実況は実況板で:2007/03/19(月) 06:48:01 ID:F9wLmkdHO
乙です。
お仕事大変そうな中ありがとうございます。
まったり待ってますので無理せずこれからもお願いします。
504代打名無し@実況は実況板で:2007/03/19(月) 10:08:54 ID:BpiMJ5As0
投下乙です。
無理せずお仕事の方頑張って下さいねー

それにしてもゴッツがこっかいいぜ・・・
505代打名無し@実況は実況板で:2007/03/19(月) 11:00:46 ID:MVeqJbKW0
乙です。
ここまでカッコいいごっつは初めてだw
山口このままだと死んじゃうよ山口
506代打名無し@実況は実況板で:2007/03/19(月) 13:46:35 ID:MDzU6vaHO
お久しぶりです
乙です。
>>後藤のくせに。
www
507代打名無し@実況は実況板で:2007/03/19(月) 19:43:02 ID:prfbjl6IO
乙です。
お仕事頑張ってくださいね!いつまでも待ってますので

平野の行く末にガクブル
508代打名無し@実況は実況板で:2007/03/21(水) 02:09:48 ID:HbMDgYW9O
ゴッツ…さすが後のマザー・テレサだ。
509真木:2007/03/21(水) 12:51:44 ID:W0B2ukZU0
ごっつ、ごめんよ。
510代打名無し@実況は実況板で:2007/03/22(木) 08:43:25 ID:eGlGw/tjO
     _
 ▼^   `▼
 イ fノノリ)ハ  保守…
  リ(l|゚ .゚ノlリ
_(__つ/ ̄ ̄ ̄/_
  \/___/
511代打名無し@実況は実況板で:2007/03/23(金) 23:08:35 ID:QafvF18oO
開幕前夜保守
512代打名無し@実況は実況板で:2007/03/25(日) 08:18:56 ID:MymlvgMC0
苦しい保守
513代打名無し@実況は実況板で:2007/03/26(月) 00:38:17 ID:i7JZN4cMO
改めて振り返ってみると吉井が一番怖いです保守
514代打名無し@実況は実況板で:2007/03/27(火) 00:44:32 ID:V1aFqJDyO
歌藤早く起きて保守
515代打名無し@実況は実況板で:2007/03/28(水) 21:34:34 ID:+670EdwiO
保守
516代打名無し@実況は実況板で:2007/03/30(金) 02:42:53 ID:NYHffkh2O
セも開幕するし確実に保守
517代打名無し@実況は実況板で