日本一のドランゴンズの秋季キャンプ。
その練習グランドのマウンドに、金村の姿があった。
金村とは、開幕前に「中日が日本一になったらキャンプ視察はしない」と豪語していた男だ。
しかし、その予想は見事に外れ、ドラゴンズは日本一の栄冠に輝いたのだった。
その金村がなぜ今この場所にいるのか? そしてなぜマウンドに?
それは、3週間前にさかのぼる。
ドラゴンズは、落合の宣言どおりの4勝3敗で、ダイエーを下して日本一を決めた。
それと同時に起きたのが「2ch金村祭り」である。
ドラファンはもとより、金村の解説者としての無能ぶりに憤っていた他チームファンも、その祭りに参加した。
テレビ、ラジオには抗議の電話・メールが殺到し、金村のHPは閉鎖に追い込まれ、あらゆるランキングサイトは「金義明」によって1位を独占された。
「金村祭り」は「大久保祭り」の導引ともなり、2chでは連日金村・大久保の発言集が張り出された。
ワイドショーにも取り上げられ、報道番組でもその騒動は紹介された。
ここに至って金村と大久保は、記者会見を開き謝罪することを余儀なくされた。
金村は泣きじゃくりながら言った。
「落合監督および中日選手、中日ファンの皆様方に不愉快な思いをさせてしまったことを深くお詫び申し上げます!」
「今回のことを謙虚に受け止め、一野球人として、精進していきたいと思います」
一緒に引きずり出された大久保はうつむくばかり。
しかし、記者席からは容赦のない質問が出た。
ワイドショーのレポーターだ。
「中日が優勝したらキャンプの視察はしないということでしたが、それはどうなるんですか?」
まずい質問をされたと思いながら、金村は答えた。
「ええと…それはですねー、ですから、一から出直してですね…、野球人として…」
完全にキョドる金村。
レポーターはなおも畳み掛けた。
「ですから、キャンプを視察するんですか? しないんですか?」
観念したように金村が答えた。
「ええとですね、今回の反省を踏まえた上で、キャンプを視察はしたいと考えております」
キャンプ視察をしないとは、解説者を廃業すると同義である。
解説者の肩書きを取ったら、何の価値もない人間だということは金村が一番良く知っていた。
「ああ、そうなんですか…」
レポーターはそう言ってあっさり引き下がったが、2chでは燃料投下とばかりに
あっと言う間に54スレを消費した。
テレビ・ラジオ局も金村・大久保の来季の起用を見直し始めていた。
和田アキ子も「ぜんぜん男らしくないよ! こんなの!」と批判、峰竜太も「まあねえ…」うなずく。
長島一茂が「落合監督も、金村さんに辞めてもらいたいだなんて思ってませんよ! デーブはぜんぜん関係ないし…」とフォローするが、
芸能界全体の流れは完全に、金村・大久保追放に傾いていった。
金村は思い立った。落合に直接謝罪しよう、と。
プライドは許さないが、芸能界を追放されたら、土方しかできない。
金村は、大久保とともにドラゴンズ秋季キャンプ上に向かった。
そこには、金村の土下座を全国に発信しようと、マスコミが詰め掛けていた。
金村は、落合の姿を見つけると、全力で走っていった。
大久保もゼイゼイ言いながらついてくる。
息を切らしながら金村は言った。
「監督! 失礼なこと言ってすみませんでした!」
そして、深々と頭を下げた。
息を切らしているのは、誠意を見せるためのテクニックだ。
続いて、大久保も言った。
「金村さんを許してやってください! お願いします!」
間接的に「俺は関係ない、悪いのは金村だけだ」と言っているのだ。
「え?」ちょっと驚いた様子の落合。「いや…、そんなの気にしてないよ」
金村はもう一押しとばかり、叫んだ。
「いえ! 私が間違っていました! 申し訳ございませんでした! 本日をもって野球解説者を辞めさせていただきます!」
報道陣が色めき立つ、「オイオイ、金村。マジ辞めるのかよ」と。
(金村!! 俺を道連れにするな…!)これは大久保の心の叫び。
ちょっと間をおくと、ニヤリと笑って落合が言った。
「金村、じゃオレと勝負しないか? オレに勝ったら、解説者やめなくていいよ」
「え?」何のことかわからない様子の金村。「勝負って? なんですの?」
落合が答えて言った。
「いや、だからお前がピッチャー、オレがバッター」
「オレから3アウトとったらお前の勝ち。その前にオレが4点取ったらオレの勝ち」
金村が驚いたように落合の顔を見る。
「俺が監督を3アウトに抑えたら、解説者辞めなくていいんですか?」
「ああ、そうだよ。守備には、ウチの奴らをつかせる。キャッチャーはデーブな」
大久保の方をポンと叩きながら、落合が言った。
金村は叫んだ。「監督、よろしくお願いします!」
(俺も甲子園優勝投手や。こんなオッサン抑えれるで…!)
ランドにはドラゴンズのレギュラーメンバーが散っている。
マウンドには、借りたユニフォーム姿の金村と大久保。
大久保のユニフォームははちきれんばかりだ。
「大丈夫すか? 金村さん?」心配そうな大久保。
金村の道連れにされてはたまったものではない。
「ふん! あんなオッサンに打たれるわけないやろ。三冠王ゆうても20年も前のことやんけ」
金村は強気だ。
「俺のほうが若いんや。負けるわけないで」そう言うと、大久保をマウンドから追い出した。
(落合の野郎、吠え面かかしたる!)
秋季キャンプだというのに、つめかけた報道陣。
視線は落合と金村に注がれている。
(クソ! いくらなんでも4点も取られるわけないやろ、ボケ!)
振りかぶると、金村は第一球を投げた。
パシッ! 鋭い音と同時に金村の左の頬をボールがかすめていった。
金村が思わず振り返ると、井端がセカンド右に回りこんでキャッチ、一回転してファーストに送球した。
「わんなう〜」大久保が指を突き上げる。
「サ、サンキュ…」金村が井端に声をかける。
「いえ。監督に手を抜くなと言われてますんで」
(くそっ…)
落合の眼光が鋭い。
(このオッサン、マジやんけ…)
一瞬ひるんだ自分を振り払うように首を振ると、再び振りかぶった。
1アウトからの第一球、落合はまたも初球打ち。
ポーンとライトの福留の前にボールが落ち、バウンドした。
福留がゆっくりとボールをキャッチし内野に返すのを見ながら、金村は舌打ちをした。
(相変わらずセコいヒットやで…あのオッサンは)
「どんま、どんま〜い」大久保が声を出す。
「代走は幕田な」落合は言いながら、バッターボックスに戻る。
「オレの代走だからな、盗塁はなしだぞ!」
「そうっすよね〜」大久保がヘラヘラしてみせる。
(このデブが…、死ね…!)
金村が大久保をにらみつけながら、セットポジションに入る。
「金村さ〜ん、ランナー走んないからセットはいいって! いいですって!」
そう言う大久保の声には耳を貸さず、セットポジションから振りかぶった。
第一球は外角低めに外れてショートバウンド。
大久保は、思いっきり後ろにそらす。
幕田は二塁に走りかけるが、
「幕田! 走んなくっていいって。オレの代わりだもの」
という落合の声に一塁に戻る。
そして落合は「おい、シゲ! お前がマスクかぶれ」と言って谷繁を呼ぶと、
「大久保、お前はもういいよ」とシッシッと大久保を退かせた。
「え〜」と不満そうな表情をして見せると、大久保はそそくさとベンチの前に引っ込んだ。
続く第二球、第三球とコントロールが定まらない。
「金村さ〜ん。もっと腕振って、もっと腕振って〜」
そんな大久保の声援も耳に入らない。
(ちきしょう…)
金村が四球目を投じた。内角の厳しい球。
落合は右腕をたたむと、鋭いバットスイングでボールを叩く。
ボールはギュルギュルと恐ろしいほどの回転をしながら右カーブを描くと、レフト線フェアゾーンに落ちた。
ボールはフェンスにあたり、ファールグラウンドを転々。ツーベースヒット。
英智が井端にボールを返したときには、幕田はホームを駆け抜けていた。
落合に一点が入った。
二塁に代走土谷を送ると、照れ笑いを浮かべながら落合がバッターボックスに戻る。
1アウト2塁。
相変わらず、金村のコントロールが定まらない。
あっと言う間に、1ストライク3ボールとなった。
マウンドに渡邊がかけよる。
「金村さん、だいぶ必死みたいですね。ウチらもレギュラー争いでは必死だったんですよ。頑張ってください」
「あ、ああ」と言いながら金村は、心の中で渡邊に毒づいた。
(このアホ! 二流選手の分際で…!)
第五球、真中やや内、甘いコースにボールが入ってきた。
落合が軽く振りぬくと、荒木の頭を越えセンターの横にボールが飛んでいった。
二塁ランナーの土谷がサードベースをけろうとすると、三塁コーチに入っていた井上が土谷をあわてて止めた。
「エッ」と言って土谷が顔を上げると、アレックスがバックホームしたボールが豪快な音を立て谷繁のミットに納まっていた。
谷繁はすかさず二塁をけん制、バッターランナーの落合は苦笑いしながら一塁に戻った。
「あぶねえ…」土谷がつぶやくと、三塁コーチの井上が答えた。「オチョアの肩はヤバイからな」
あんた誰だよw
いろんな意味ですげーよw
1アウト1・3塁、一塁の代走は大西、金村の顔中は汗だらけだ。
(このオッサン、バケモノだ…)
あっと言う間の三連打。抑えられる気がしない。肩で息をする金村。
すると横から声がかかった。
「サードランナー気にしない! ゲッツー取りにいこう、ゲッツー!」…立浪だった。
さらに後ろからも声がかかった。
「そうそう。ゲッツーいこう。バッター鈍足だよ!」…井端の声。
「打たせていこう。ゴロ打たせていこう」…荒木。
渡邊も負けじと吠えた。「GG賞トリオの内野陣を信じろ!」
渡邊は惜しくも次点でGG賞にもれていた。
「OK」と金村は内野を見渡しながら答え、バッターに向かった。
バックの守備に頼もしさを感じる自分に苛立つ。
(ここは低めだ)
金村は低め低めにボールを集めた。
カウント2ストライク2ボール。厳しい球は巧みにカットされた。
ファール二つの後の7球目、投げた瞬間、落合の目が光った。
痛烈なライナーがレフトの横を襲う。
全力疾走の英智が好捕、サードランナー土谷がタッチアップの構えを見せるが、落合の「やめとけ」の声に断念。
同時に、英智の返球が中継の立浪のグラブに納まった。
落合は満足そうに英智の方を見ながら、バッターボックスに戻っていった。
つか長すぎ
2アウト1・3塁。
「よし、ツーアウトだ!」谷繁が野手に檄を飛ばす。
金村はロージンバッグを手に取り、思った。
(くそ。この野球…、ドラゴンズの野球…、おもしれーじゃねーか…!)
それは、現役時代には一度も体験できなかった野球だった。
2ストライク1ボールに追い込んだ。
野手は既に守備体勢に入っている。金村も投球動作に入る。
「うりゃっ!」渾身のストレートを外角いっぱいに投げ込んだ。
高校時代、誰も打てなかった球だ。
(やった…!)
金村が見逃し三振を確信したその瞬間、落合のバットがフッと現れた。
ボールはバットにめがけ吸い込まれ、バットに吸いついた。
そして、ヒュンとバットが一閃すると、ボールは右中間スタンドに消えていった。
アレックスが呆れたように首を振る。福留もただただ呆然としている。
報道陣も撤収した中、金村はマウンドでがっくりとうなだれていた。
大久保は、不安そうにキョロキョロしている。
4点目のホームを踏んだ落合が、金村に近づいてきて言った。
「野球の面白さがわかったでしょ。野球は面白いの」
「はい…」金村は顔をグシャグシャにしながら答えた。
落合はなおも続けた。「野球人なら野球の面白さを知らなきゃ。解説者ならそれを人に伝えなきゃ」
ウッウッと泣き続ける金村。大久保は相変わらずキョロキョロと挙動不審。
「だったら、これからもっと野球を見なさい。人の好き嫌いはいいから。野球を伝えなって」
「ひっ、ひっ…、ふぁい…、ううっ」しゃっくりで声にならない金村の声。
「じゃあ、ウチのキャンプでも見て、もっと野球の面白さを知りなさい」
そう言い残すと、落合はブルペンに消えていった。
「か…監督…!?」
909 :
代打名無し@実況は実況板で:04/09/29 04:41:45 ID:I/1EitAq
金村!有終の美を見せてくれ
もしや幕田スレの職人さん?>ID:o7/9VIf3
しかしそのとき既に、「金村・大久保が芸能界完全引退」はワイドショーで報道されていた。
その日の報道番組にも取り上げられ、次の日のスポーツ新聞の一面も飾った。
金村・大久保は火消しに躍起となるが、落合との賭けは取材陣に多数目撃されていた。
落合も「どうでもいいじゃん」とのコメントしか発表しなかったため、金村・大久保の廃業は既成事実となってしまった。
テレビ局との契約も取れず、バラエティにも呼ばれなくなった二人の姿を見た者は、その後誰もいない。