「初芝・・・・・・いえ、ハツさん」
「あら、そこにいるのはジョニー」
ごきげんよう、と挨拶する間もなく、初芝は階段に飛びついた。
「それどころじゃないのよ、あなたが今日復帰後マリン初登板って噂を聞きつけてきたんだけど」
「私もたった今来たばかりだから」
階段を上り終えて、一塁側ベンチへ。扉の前から、外のざわめきが聞こえてきた。
「・・・・・・?」
初芝と顔を見合わせながら、グリーンガムに似た扉を開けた。
すると。
「・・・・・・」
どういうことだろう。
そこには奇蹟が待っていた。
暖かい球場。
決して広いとはいえないスペースだけれど、そこに2万人近くのファンたちの笑顔があった。
ある者は歓声をあげ、ある者はビールをあおり、ある者はタオルを弄び。
それぞれが、好きなように過ごしている。
「ハツさん・・・・・・」
黒木は立ち尽くした。並んで立っていた初芝が、黒木の手をギュッと握った。
「ええ。何て素敵なのかしら」
「まだあるわよ」
先にベンチに入っていた堀が、二人の手を引いてグラウンド前まで連れていった。
「これは──」
千葉マリンの一塁側ベンチからは、三塁側スタンドが見える。
その三塁側スタンドに、今まさにマリサポたちがどんどん集まってくるところだった。
「タネを明かせば、もうすぐ守備練習開始だからね」
堀が笑った。一塁側では入りきらず、三塁側までマリサポが入っているという。
「でも、いい光景でしょ?」
「・・・・・・ええ」
「ジョニーのリクエスト」
「ええ・・・・・・!」
見たかったのはこの光景だった。
「ホーム復帰で負け投手なんて最悪だったね」
堀が笑う。だが黒木は首を横に振った。
「最良よ」
「え?」
「今日は、今までの人生で最良の日だったわ」
ゲーム終了を知らせる放送が流れた。
最高ではないか。
それでも、まだ夢から覚めていないのだから。